説明

耐食性R−Fe−B系焼結磁石の製造方法

【課題】 過酷条件下においても優れた耐食性を発揮するR−Fe−B系焼結磁石の製造方法を提供すること。
【解決手段】 R−Fe−B系焼結磁石の表面に、水素含有量が50ppm以上のAlまたはその合金からなる被膜を蒸着形成した後、蒸着形成されたAlまたはその合金からなる被膜に対してピーニング処理を行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた耐食性を発揮するR−Fe−B系焼結磁石の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Nd−Fe−B系焼結磁石に代表されるR−Fe−B系焼結磁石は、高い磁気特性を有していることから、今日様々な分野で使用されている。しかしながら、R−Fe−B系焼結磁石は反応性の高い希土類元素:Rを含むため、大気中で酸化腐食されやすく、何の表面処理をも行わずに使用した場合には、わずかな酸やアルカリや水分などの存在によって表面から腐食が進行して錆が発生し、それに伴って、磁石特性の劣化やばらつきを招く。さらに、錆が発生した磁石を磁気回路などの装置に組み込んだ場合、錆が飛散して周辺部品を汚染する恐れがある。
上記の点に鑑み、R−Fe−B系焼結磁石に優れた耐食性を付与することを目的として、その表面にAl被膜を蒸着法などの気相めっき法によって成膜することが行われている。Al被膜は耐食性に優れていることに加え、部品組み込み時に必要とされる接着剤との接着信頼性に優れている(接着剤が本質的に有する破壊強度に達するまでに被膜と接着剤との間で剥離が生じにくい)ので、強い接着強度が要求されるR−Fe−B系焼結磁石に対して広く適用されおり、表面にAl被膜を有するR−Fe−B系焼結磁石は、各種モータなどに組み込まれて使用されている。
【0003】
各種モータの中でも、自動車用モータに組み込まれるR−Fe−B系焼結磁石は、使用環境の温度変化が激しく、かつ、寒冷地域においては道路に散布される凍結防止剤に含まれる塩素イオンに晒されたり、海岸近辺では塩水に晒されたりすることから、最も過酷な使用環境にある磁石と言える。従って、自動車用モータに組み込まれるR−Fe−B系焼結磁石には、とりわけ優れた耐食性を発揮することが要求される。そこで、Al被膜の耐食性の向上を図るための様々な方法が提案されており、例えば特許文献1には、Al被膜に水素を1ppm〜20ppm含ませることにより、Al被膜の膜質を向上させる方法が記載されている。
しかしながら、このような方法を採用しても、R−Fe−B系焼結磁石の腐食を完全に防止することは困難であると言わざるを得ない。その理由の1つとして、蒸着形成されたAl被膜を構成する結晶組織が柱状組織である(例えば特許文献2)ことが挙げられる。この結晶組織は被膜の厚み方向に成長した柱状組織であり、結晶間には微細な空隙が存在することから、この空隙を通じて水分などが被膜表面から磁石体表面に到達し、その結果、磁石の腐食を招く。このような現象を防止するためには、特許文献1にも記載されているように、Al被膜に対してピーニング処理を行うことにより、被膜表面の平滑化と空隙の封隙を行うことが有効であるが、それでもなお、苛酷な使用環境下においては磁石の腐食が生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−32062号公報
【特許文献2】特開2005−191276号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明は、過酷条件下においても優れた耐食性を発揮するR−Fe−B系焼結磁石の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記の点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、特許文献1において提案されている量よりも多い量の水素を含ませたAl被膜に対してピーニング処理を行うと、被膜表面の平滑化と空隙の封隙だけでなく、被膜の結晶組織自体が改質され、被膜の厚み方向に成長した柱状組織の少なくとも一部がランダムに破壊された結晶間に空隙を持たない緻密な組織に変化することにより、Al被膜の耐食性が向上することを見出した。
【0007】
上記の知見に基づいてなされた本発明の耐食性R−Fe−B系焼結磁石の製造方法は、請求項1記載の通り、R−Fe−B系焼結磁石の表面に、水素含有量が50ppm以上のAlまたはその合金からなる被膜を蒸着形成した後、蒸着形成されたAlまたはその合金からなる被膜に対してピーニング処理を行うことを特徴とする。
また、請求項2記載の製造方法は、請求項1記載の製造方法において、Alまたはその合金からなる被膜の成膜速度を0.10μm/分〜10μm/分とすることを特徴とする。
また、請求項3記載の製造方法は、請求項1または2記載の製造方法において、50℃以上のAlまたはその合金からなる被膜に対してピーニング処理を行うことを特徴とする。
また、請求項4記載の製造方法は、請求項1乃至3のいずれかに記載の製造方法において、ピーニング処理を行うことにより、被膜の少なくとも一部の結晶組織を結晶間に空隙を持たない組織に改質することを特徴とする。
また、本発明の耐食性R−Fe−B系焼結磁石は、請求項5記載の通り、請求項1乃至4のいずれかに記載の製造方法によって製造されてなることを特徴とする。
また、本発明の耐食性R−Fe−B系焼結磁石は、請求項6記載の通り、少なくとも一部の結晶組織が結晶間に空隙を持たない組織である、Alまたはその合金からなる被膜を表面に有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、過酷条件下においても優れた耐食性を発揮するR−Fe−B系焼結磁石の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】表面にAlまたはその合金からなる被膜を有するR−Fe−B系焼結磁石を製造するのに適した蒸着被膜形成装置の一実施形態の真空処理室の内部の模式的正面図(一部透視図)である。
【図2】実施例5において磁石体試験片の表面に形成されたAl被膜の内部(被膜の厚み方向における中央部付近)の透過型電子顕微鏡による断面写真と図中のサークルで示す部分の結晶回折像である。
【図3】比較例1において磁石体試験片の表面に形成されたAl被膜の内部(被膜の厚み方向における中央部付近)の透過型電子顕微鏡による断面写真と図中のサークルで示す部分の結晶回折像である。
【符号の説明】
【0010】
1 真空処理室
2 ボート(蒸発部)
3 支持テーブル
4 ボート支持台
5 円筒形バレル
6 回転シャフト
7 支持部材
8 支持軸
9 蒸着材料のワイヤー
10 繰り出しリール
11 耐熱性の保護チューブ
12 切り欠き窓
13 繰り出しギア
30 被処理物
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の耐食性R−Fe−B系焼結磁石の製造方法は、R−Fe−B系焼結磁石の表面に、水素含有量が50ppm以上のAlまたはその合金からなる被膜を蒸着形成した後、蒸着形成されたAlまたはその合金からなる被膜に対してピーニング処理を行うことを特徴とするものである。
【0012】
本発明におけるR−Fe−B系焼結磁石の表面へのAlまたはその合金からなる被膜の蒸着形成は、例えば、蒸着材料の蒸発部へのAlまたはその合金の蒸着源の供給がワイヤーフィード方式で行われ、蒸発部におけるAlまたはその合金の蒸着源の蒸発が抵抗加熱方式で行われる蒸着被膜形成装置、一例を挙げると、特開2001−335921号公報に記載されている、真空処理室内に、蒸着材料の蒸発部と、その表面に蒸着材料が蒸着される被処理物を収容するためのメッシュで形成された筒型バレルを備えた蒸着被膜形成装置であって、水平方向の回転軸線を中心に回転自在とした支持部材の回転軸線の周方向の外方に筒型バレルが公転自在に支持されており、支持部材を回転させることによって、支持部材の回転軸線を中心に公転運動する筒型バレルと蒸発部の間の距離を可変自在としつつ、ワイヤー状蒸着材料を加熱した蒸発部に連続供給しながら蒸発させることで被処理物の表面に蒸着被膜を形成することができる蒸着被膜形成装置を用いることにより容易に実施することができる。
【0013】
図1は、特開2001−335921号公報に記載されている上記の蒸着被膜形成装置の一実施形態の真空処理室の内部の模式的正面図(一部透視図)である。図略の真空排気系に連なる真空処理室1の内部の上方には、水平方向の回転軸線上の回転シャフト6を中心に回転自在とした支持部材7が2個併設されており、この支持部材7の回転シャフト6の周方向の外方に6個のステンレス製のメッシュ金網で形成された円筒形バレル5が支持軸8によって公転自在に環状に支持されている。また、真空処理室1の内部の下方には、蒸着材料を蒸発させる蒸発部であるボート2が、支持テーブル3上に立設されたボート支持台4上に複数個配置されている。支持テーブル3の下方内部には、蒸着材料のワイヤー9が繰り出しリール10に巻回保持されている。蒸着材料のワイヤー9の先端はボート2の内面に向かって臨ませた耐熱性の保護チューブ11によってボート2の上方に案内されている。保護チューブ11の一部には切り欠き窓12が設けられており、この切り欠き窓12に対応して設けられた繰り出しギア13が蒸着材料のワイヤー9に直接接触し、蒸着材料のワイヤー9を繰り出すことによってボート2内に蒸着材料が絶えず供給されるように構成され、蒸着材料のワイヤー9の繰り出し速度を調節することで蒸着被膜の成膜速度を自在に制御することができる。また、回転シャフト6を中心に支持部材7を回転させると(図1矢印参照)、支持部材7の回転シャフト6の周方向の外方に支持軸8によって支持されている円筒形バレル5は、これに対応して、回転シャフト6を中心に公転運動する。その結果、個々の円筒形バレルと支持部材の下方に配置された蒸発部との間の距離が変動することになり、以下の効果が発揮される。即ち、支持部材7の下部に位置した円筒形バレルは蒸発部に接近している。従って、この円筒形バレルに収容された被処理物30に対しては、その表面に蒸着被膜が効率よく形成される。一方、蒸発部から遠ざかった円筒形バレルに収容された被処理物は、蒸発部から遠ざかった分だけ加熱状態から開放されて冷却される。従って、この間、その表面に形成された蒸着被膜の軟化が抑制される。このように、この蒸着被膜形成装置を用いれば、蒸着被膜の効率的形成と形成された蒸着被膜の軟化抑制を同時に達成することが可能となる。
【0014】
水素含有量が50ppm以上のAlまたはその合金からなる被膜の蒸着形成は、例えば、水素含有量が3ppm〜10ppmのワイヤー状蒸着材料を1g/分〜15g/分の繰り出し速度でボートに供給し、被膜の成膜速度を0.10μm/分〜10μm/分とすることで行うことができる(被膜の成膜速度はワイヤーの繰り出し速度や磁石の処理量などによって変動するが概ねこの速度範囲内において目的とする被膜の蒸着形成を実現することができる)。ワイヤー状蒸着材料の水素含有量が少なすぎたり、ワイヤー状蒸着材料の繰り出し速度や被膜の成膜速度が遅すぎたりすると、被膜中の水素含有量が50ppm以上とならない恐れがあるので注意を要する。後の工程における被膜に対するピーニング処理を効果的に行うためには、被膜中の水素含有量は100ppm以上が望ましく、130ppm以上がより望ましい。被膜中の水素含有量の上限は特段制限されるものではないが、上記の条件において被膜の蒸着形成を行う場合、被膜に含ませることができる水素の最大量は概ね200ppmである。ボートの温度は、ボート内の溶融した蒸着材料が溢れ出したり、水素がボイリングしてスプラッシュを引き起こしたりすることを防止し、被膜の蒸着形成を安定に行うために、1300℃〜1500℃に制御することが望ましい。被膜の膜厚均一性を向上させるために、円筒形バレルに攪拌用メディアを収容してもよい。攪拌用メディアとしては、例えば平均粒径が5mm〜15mmのセラミックスボールなどが挙げられる。
【0015】
なお、水素を含有する蒸着材料を用いた上記の方法は、蒸着材料を蒸発させた際、処理室内に水素を供給することができるので、別途の手段で処理室外部から水素を供給しなくても、処理室内を還元性雰囲気にして、例えば10−3Pa以上といった酸素分圧下であっても、溶融させた段階や蒸発させた段階の蒸着材料の酸化を防止し、被膜の蒸着形成を安定に行うことができる点において都合がよい。
【0016】
次に、上記のような方法でR−Fe−B系焼結磁石の表面に蒸着形成された水素含有量が50ppm以上のAlまたはその合金からなる被膜に対してピーニング処理を行う。前述の通り、蒸着形成されたAl(またはその合金からなる)被膜を構成する結晶組織は、被膜の厚み方向に成長した柱状組織であるが、全く意外なことに、被膜中の水素含有量が50ppm以上であると、被膜に対してピーニング処理を行うことにより、被膜の結晶組織自体が改質され、柱状組織の少なくとも一部がランダムに破壊された結晶間に空隙を持たない緻密な組織に変化することで、被膜の耐食性が向上する。被膜の結晶組織の改質の程度を高めてこの効果をより確実に享受するためには、前述の通り、被膜中の水素含有量は100ppm以上が望ましく、130ppm以上がより望ましい。なお、被膜の膜厚は3μm以上が望ましい。被膜の膜厚が3μm未満であると磁石に対する耐食性付与効果が得られない恐れがあるためである。また、被膜の膜厚は50μm以下が望ましい。被膜の膜厚をこれ以上厚くしても磁石に対する耐食性付与効果は変わらず、生産コストの上昇を招くだけになるからである。
【0017】
被膜に対するピーニング処理は、例えば、投射材として平均粒径が80μm〜200μm(望ましくは100μm〜150μm)でモース硬度が3〜8のガラスビーズやスチールボールなどを使用し、0.01MPa〜0.5MPaの投射圧で被膜に対して1分間〜1時間程度行えばよい。ピーニング処理が不十分であると被膜の結晶組織の改質が十分に行われない恐れがある一方、過剰であると被膜が磁石表面から剥れてしまったりする恐れがあるので注意を要する。ピーニング処理に使用する装置は、投射ノズルから投射材を磁石に対して投射することができるものであれば特段制限されるものではなく、例えば特開2001−341075号公報に記載のブラスト加工装置などを好適に使用することができる。投射ノズルと磁石の距離は80mm〜150mmとすることが望ましい。なお、ピーニング処理は、50℃以上の被膜に対して行うことが望ましい。50℃以上の被膜はビッカース硬度が50以下で、室温における状態よりも軟化状態にあるため、被膜の結晶組織の改質をより効果的に行うことができるからである。被膜の温度は100℃以上であることがより望ましい。50℃以上の被膜に対してピーニング処理を行うためには、成膜終了後、30分以内に処理を行うことが望ましい(例えば冷却操作を成膜終了直後から大気開放することによって行う場合)。
【0018】
水素含有量が50ppm以上の被膜に対してピーニング処理を行うことで、被膜表面の平滑化と空隙の封隙だけでなく、被膜の結晶組織自体が改質され、被膜の厚み方向に成長した柱状組織の少なくとも一部がランダムに破壊された結晶間に空隙を持たない緻密な組織に変化することにより、被膜の耐食性が向上する。被膜の結晶組織の改質は、少なくともその一部において行われればよいが、被膜全体にわたって行われることが望ましい。また、改質後の組織の少なくとも一部には、等軸的に微細化された組織が存在することが望ましい。等軸的に微細化された組織の形状は、例えば、被膜中の結晶組織の任意の方向の長さをa、当該方向に対して垂直方向の長さをbとすると、0.1<(b/a)<2の数式を満たす形状であり、aとbはいずれも例えば0.1μm〜3μmである。
【0019】
なお、R−Fe−B系焼結磁石の表面に蒸着形成される被膜がAlの合金からなる被膜の場合、Al以外の金属成分の含有量は10wt%以下であることが望ましい。例えば、Al以外の金属成分としてMgを3wt%〜7wt%含有するAl合金被膜は、耐塩水性に優れるといった点において望ましい。Alまたはその合金からなる被膜には、混入回避不可避な微量成分が含まれていてもよい。
【0020】
本発明において用いられるR−Fe−B系焼結磁石における希土類元素(R)は、Nd、Pr、Dy、Ho、Tb、Smのうち少なくとも1種を含んでいてもよく、さらに、La、Ce、Gd、Er、Eu、Tm、Yb、Lu、Yのうち少なくとも1種を含んでいてもよい。また、通常はRのうち1種をもって足りるが、実用上は2種以上の混合物(ミッシュメタルやジジムなど)を入手上の便宜などの理由によって用いることもできる。R−Fe−B系焼結磁石におけるRの含量は、10原子%未満であるとα−Fe相が析出するため、高磁気特性、特に高い保磁力(iHc)が得られず、一方、30原子%を越えるとRリッチな非磁性相が多くなり、残留磁束密度(Br)が低下して優れた特性の永久磁石が得られないので、Rの含量は組成の10原子%〜30原子%であることが望ましい。
【0021】
Feの含量は、65原子%未満であるとBrが低下し、80原子%を越えると高いiHcが得られないので、65原子%〜80原子%の含有が望ましい。また、Feの一部をCoで置換することによって、得られる磁石の磁気特性を損なうことなしに温度特性を改善することができるが、Co置換量がFeの20原子%を越えると、磁気特性が劣化するので望ましくない。Co置換量が5原子%〜15原子%の場合、Brは置換しない場合に比較して増加するため、高磁束密度を得るのに望ましい。
【0022】
Bの含量は、2原子%未満であると菱面体構造が主相となり、高いiHcは得られず、28原子%を越えるとBリッチな非磁性相が多くなり、Brが低下して優れた特性の永久磁石が得られないので、2原子%〜28原子%の含有が望ましい。また、磁石の製造性の改善や低価格化のために、2.0wt%以下のP、2.0wt%以下のSのうち、少なくとも1種、合計量で2.0wt%以下を含有していてもよい。さらに、Bの一部を30wt%以下のCで置換することによって、磁石の耐食性を改善することができる。
【0023】
さらに、Al、Ti、V、Cr、Mn、Bi、Nb、Ta、Mo、W、Sb、Ge、Sn、Zr、Ni、Si、Zn、Hf、Gaのうち少なくとも1種の添加は、保磁力や減磁曲線の角型性の改善、製造性の改善、低価格化に効果がある。なお、その添加量は、最大エネルギー積(BH)maxを20MGOe以上とするためには、Brが少なくとも9kG以上必要となるので、該条件を満たす範囲で添加することが望ましい。なお、R−Fe−B系焼結磁石には、R、Fe、B以外に工業的生産上不可避な不純物を含有するものでも差し支えない。
【0024】
また、本発明において用いられるR−Fe−B系焼結磁石の中で、平均結晶粒径が1μm〜80μmの範囲にある正方晶系の結晶構造を有する化合物を主相とし、体積比で1%〜50%の非磁性相(酸化物相を除く)を含むことを特徴とするものは、iHc≧1kOe、Br>4kG、(BH)max≧10MGOeを示し、(BH)maxの最大値は25MGOe以上に達する。
【0025】
なお、ピーニング処理を行った後のAlまたはその合金からなる被膜の表面に、更に別の耐食性被膜を積層形成してもよい。このような構成を採用することにより、ピーニング処理を行うことによって少なくともその一部の結晶組織が改質されたAlまたはその合金からなる被膜の特性を増強・補完したり、さらなる機能性を付与したりすることができる。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例と比較例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。なお、以下の実施例と比較例は、例えば、米国特許4770723号公報や米国特許4792368号公報に記載されているようにして、公知の鋳造インゴットを粗粉砕し、微粉砕後に成形、焼結、熱処理、表面加工を行うことによって得られたNd14Fe79Co組成(at%)の縦50mm×横20mm×幅2mm寸法の焼結磁石(以下、磁石体試験片と称する)を用いて行った。
【0027】
実施例A:
(工程1)磁石体試験片の表面へのAl被膜の蒸着形成
図1に示した蒸着被膜形成装置を用いて以下のようにして行った。なお、真空処理室内に配置した12個の円筒形バレルは、直径110mm×長さ600mmで、ステンレス製メッシュ金網(開口率:約80%、目開きの形状:一辺が10mmの正方形、線幅:2mm)で作製されたものを用いた。
磁石体試験片に対し、サンドブラスト加工を行い、前工程の表面加工で生じた試験片の表面の酸化層を除去した。この酸化層が除去された磁石体試験片をそれぞれの円筒形バレル内に45個ずつ収容し、さらに攪拌用メディアとして平均粒径が10mmのセラミックスボール(新東工業社製)を収容し、真空処理室内を全圧が4×10−2Paになるまで真空排気した後、Arガスを全圧が5Paになるように導入し、その後、バレルの回転シャフトを4.5rpmで回転させながら、バイアス電圧−1.0kVの条件下、15分間グロー放電を行って磁石体試験片の表面を清浄化した。
続いて、Arガス圧1.3Pa、バイアス電圧−0.5kVの条件下、バレルの回転シャフトを4.5rpmで回転させながら、水素含有量が5ppmのAlワイヤー(JIS A1070に準拠したもの)の繰り出し速度を調節してAlワイヤーを蒸発部に連続供給し、これを加熱して蒸発させてイオン化し、イオンプレーティングを行い、磁石体試験片の表面にAl被膜を蒸着形成した。成膜条件の詳細と成膜結果を表1に示す。なお、被膜の膜厚は磁石体試験片10個の平均値として求めた。成膜速度は被膜の膜厚を蒸着時間で除して求めた。被膜の水素含有量は円筒形バレルの外側に固定した3枚のガラスプレートに蒸着形成された被膜から溶解法にて測定し、その平均値として求めた。
【0028】
【表1】

【0029】
(工程2)磁石体試験片の表面に蒸着形成されたAl被膜に対するピーニング処理
モース硬度が6で平均粒度が120μmのガラスビーズ(共栄研磨材社製)を用いたショットピーニングを表2の条件で行った。
【0030】
【表2】

【0031】
以上のようにして得た表面にショットピーニングを行ったAl蒸着被膜を有する磁石体試験片に対し、恒温恒湿試験機(LH−112:タバイエスペック社製)を用いて、温度80℃×相対湿度90%の湿潤雰囲気に曝露する湿潤試験を行った。被験サンプルを湿潤雰囲気に1000時間曝露した後、発錆の有無を確認してから写真撮影を行い、被膜表面の錆面積率を画像処理により算出し、錆面積率が1%以下の場合を良好、1%を超える場合を不良と評価した。結果を表3に示す(磁石体試験片2個の平均値)。
【0032】
【表3】

【0033】
表1〜表3から明らかなように、磁石体試験片の表面に蒸着形成されたAl被膜の水素含有量は、Alワイヤーの繰り出し速度に相関する単位時間当たりの放出水素量と、成膜速度に依存しており、Alワイヤーからの単位時間当たりの放出水素量が増加することによって蒸着形成時における真空処理室内の水素分圧が上昇することに加え、成膜速度の上昇によって増加した。また、Al被膜に対するピーニング処理の効果は、Al被膜の水素含有量が多いほど高く、錆面積率による評価において優れた結果を示した。
実施例5において磁石体試験片の表面に形成されたAl被膜の内部(被膜の厚み方向における中央部付近)の結晶組織と、比較例1において磁石体試験片の表面に形成されたAl被膜の内部(被膜の厚み方向における中央部付近)の結晶組織を、透過型電子顕微鏡による被膜の断面写真と結晶回折像によって解析を行った。結果をそれぞれ図2と図3に示す。図3から明らかなように、後者の結晶組織は、ショットピーニングを行う前の被膜の厚み方向に成長した柱状組織のままであり、結晶間には微細な空隙が存在するものであった。これに対し、前者の結晶組織は、図2から明らかなように、ショットピーニングを行う前の柱状組織がランダムに破壊された結晶間に空隙を持たない緻密な組織に変化したものであり、等軸的に微細化された組織の存在を確認することができた(図2において枠で囲った部分。aとbはいずれも約0.5μmでb/aは約1)。なお、実施例5において認められた結晶組織の改質は、他の実施例においても同様に認められた。また、ショットピーニングを行うことによるAl被膜の膜厚の変化は、実施例においても比較例においてもほとんどなかった。
【0034】
実施例B:
水素含有量が5ppmのAlワイヤーのかわりに、水素含有量が7ppmであってMgを4.8wt%含有するAl合金ワイヤー(JIS A5356−WYに準拠したもの)を用いること以外は実施例Aと同様の実験を行ったところ、程度の違いはあるものの実施例Aと同様の結果を得た。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、過酷条件下においても優れた耐食性を発揮するR−Fe−B系焼結磁石の製造方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
R−Fe−B系焼結磁石の表面に、水素含有量が50ppm以上のAlまたはその合金からなる被膜を蒸着形成した後、蒸着形成されたAlまたはその合金からなる被膜に対してピーニング処理を行うことを特徴とする耐食性R−Fe−B系焼結磁石の製造方法。
【請求項2】
Alまたはその合金からなる被膜の成膜速度を0.10μm/分〜10μm/分とすることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
50℃以上のAlまたはその合金からなる被膜に対してピーニング処理を行うことを特徴とする請求項1または2記載の製造方法。
【請求項4】
ピーニング処理を行うことにより、被膜の少なくとも一部の結晶組織を結晶間に空隙を持たない組織に改質することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の製造方法によって製造されてなることを特徴とする耐食性R−Fe−B系焼結磁石。
【請求項6】
少なくとも一部の結晶組織が結晶間に空隙を持たない組織である、Alまたはその合金からなる被膜を表面に有することを特徴とする耐食性R−Fe−B系焼結磁石。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−77285(P2011−77285A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−227051(P2009−227051)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】