説明

脆性き裂伝播停止特性に優れた厚手高強度鋼板及びその製造方法

【課題】板厚50mm以上、降伏強度355〜460MPa、Kca=6000N/mm1.5となる温度TKca=6000が−10℃以下の、脆性き裂伝播停止特性に優れた鋼板及び該鋼板の、安定的かつ効率的な製造方法を提供する。
【解決手段】質有効結晶粒の平均円相当径が、表層部では25μm以下、板厚中心部では35μm以下であり、圧延面、圧延方向に対する集合組織強度比が、表層部では、I{001}<110>+I{112}<110>+I{332}<113>≧5、I{110}<001>+I{110}<110>+I{001}<010>≦3を満足し、かつ板厚中心部では、I{001}<110>+I{112}<110>+I{332}<113>≧3.5を満足する脆性き裂伝播停止特性に優れた厚手高強度鋼板。粗圧延後に加速冷却を行い、鋼板の表裏面がAr3−50℃以上Ar3+50℃以下、板厚中心部がAr3+80℃以上900℃以下となる温度で仕上圧延を行い、加速冷却する製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、造船、建築、橋梁、タンク、海洋構造物等の溶接構造物に好適な、脆性き裂伝播停止特性(以下、アレスト性ともいう。)に優れた板厚50mm以上の厚手高強度鋼板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の鋼構造物の大型化にともない、使用される鋼材の厚手化及び高強度化、更には、安全性確保の観点から、脆性き裂伝播停止特性への要求が厳しくなってきている。しかし、降伏強度が355〜460MPa級の高強度鋼板では、板厚が50mm以上になると、アレスト性を確保することが極めて困難になる。したがって、大型の溶接構造物への適用が可能な、アレスト性に優れた厚手高強度鋼板が要求されている。
【0003】
アレスト性を向上させる手段としては、従来から結晶粒微細化がよく知られているが、近年では集合組織制御の観点からも検討が行われている。すなわち、脆性き裂は鋼のへき開面を伝播することから、鋼板のへき開面が、き裂伝播方向と一致しないように集合組織を制御し、鋼材のアレスト性を向上させる方法できる。具体的には、板厚中心部の温度と圧延条件を制御して、圧延面に平行な集合組織において、(100)面の集積度を高めた鋼板が提案されている(例えば、特許文献1、2参照)。これらは、冷却時のフェライト変態開始温度であるAr3の近傍の特定の温度範囲での圧下率を高めて製造される。
【0004】
また、鋼板の表面から発生した脆性き裂の伝播を停止させるため、Ar3以下の温度、すなわちオーステナイトとフェライトが共存する二相域で熱間圧延する技術が提案されている(例えば、特許文献3参照)。更に、鋼板の表面温度をAr3以下に冷却して複熱過程で熱間圧延を行う方法が提案されている(例えば、特許文献4参照)。これは、鋼板の表層の組織の微細化及び集合組織の制御により、アレスト性を向上させるものである。
【0005】
また、鋼板の表面温度をオーステナイト低温域から二相域、板厚中心部の温度をオーステナイト域として熱間圧延し、板厚方向に集合組織が異なるような分布とする技術が提案されている(例えば、特許文献5参照)。これは、表層部に発生した脆性き裂を分岐させて、アレスト性を高めるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−221585号公報
【特許文献2】特開2009−235458号公報
【特許文献3】特開2008−156750号公報
【特許文献4】特開2002−020835号公報
【特許文献5】特開2008−169467号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献4によって提案されている方法は、表層部の集合組織及び組織に着目しているが、板厚内部の組織及び集合組織を制御するものではない。しかし、アレスト性は、鋼板の全厚の特性であるため、板厚内部の組織及び集合組織が不適切であると、アレスト性が向上しない場合がある。また、特許文献5によって提案されている方法は、板厚方向の集合組織の分布を大幅に変化させるものではなく、アレスト性の向上には限界があると考えられる。
【0008】
更に、特許文献1〜5の方法に共通する問題であるが、特定の面のX線面強度比を有する鋼板であってもアレスト性が十分でない場合がある。例えば、圧延面と平行な(100)面強度比を規定しても、(001)[010]と(001)[110]とでは、アレスト性への寄与が異なる。すなわち、アレスト性を高めるには、三次元の集合組織を制御することが必要である。
【0009】
また、アレスト性と同時に、需要家の短納期化に対する要望も年々大きくなり、鋼板製造工程における生産性向上が強く望まれている。しかし、特許文献4によって提案されている方法のように、表層部のフェライトを再結晶させるには、Ac1以上の温度域での圧下率を十分確保する必要があり、生産性が著しく低下してしまう。特許文献5によって提案された方法は、通常の制御圧延技術の延長線上にあり、生産性の向上は期待できない。
【0010】
本発明は、このような実状に鑑みてなされたものであり、板厚が50mm以上の厚手材で、降伏強度が355〜460MPa級でも、Kca=6000N/mm1.5となる温度TKca=6000が−10℃以下となる、大型構造物に適用可能な、脆性き裂伝播停止特性に優れた鋼板(以下、高アレスト鋼板ともいう。)、及び、高アレスト鋼板を安定的かつ効率的に製造する技術を提供するものである。なお、以下では、Kca=6000N/mm1.5となる温度TKca=6000を、アレスト性指標と記すことがある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、従来、空冷していた粗圧延後に加速冷却を行うことによって、生産性を著しく高め、かつ、鋼板の表裏面及び板厚中心部の三次元の集合組織を制御した、脆性き裂伝播停止特性に優れた厚手高強度鋼板及びその製造方法である。本発明の要旨は以下のとおりである。
【0012】
(1) 質量%で、
C :0.02〜0.18%、
Si:0.03〜0.5%、
Mn:0.3〜2.0%、
P :0.020%以下、
S :0.010%以下、
Nb:0.003〜0.050%、
Ti:0.003〜0.050%、
Al:0.002〜0.10%、
N :0.0010〜0.0080%
を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる組成を有し、結晶方位差が15゜以上の境界を粒界とする有効結晶粒の平均円相当径が、表面から板厚の1/10の位置では25μm以下、板厚中心部では35μm以下であり、更に圧延面、圧延方向に対する集合組織強度比I{hkl}<uvw>が、表面から板厚の1/10の位置では、
{001}<110>+I{112}<110>+I{332}<113>≧5、
{110}<001>+I{110}<110>+I{001}<010>≦3
を満足し、かつ板厚中心部では、
{001}<110>+I{112}<110>+I{332}<113>≧3.5
を満足することを特徴とする脆性き裂伝播停止特性に優れた厚手高強度鋼板。
【0013】
(2) 質量%で、
Cu:0.05〜1.5%、
Cr:0.05〜1.0%、
Mo:0.05〜1.0%、
Ni:0.05〜2.0%、
V :0.005〜0.10%、
B :0.0002〜0.0030%
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)に記載の脆性き裂伝播停止特性に優れた厚手高強度鋼板。
【0014】
(3) 質量%で、
Mg:0.0003〜0.0050%、
Ca:0.0005〜0.0030%、
REM:0.0005〜0.010%
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の脆性き裂伝播停止特性に優れた厚手高強度鋼板。
【0015】
(4) 上記(1)〜(3)の何れかに記載の組成を有する鋼片を用いて、950〜1150℃に加熱し、900℃以上の温度で累積圧下率30%以上の粗圧延を行った後、鋼板の表裏面が300℃以上Ar3−100℃以下となるまで5〜30℃/sの冷却速度で冷却した後、鋼板の表裏面がAr3−50℃以上Ar3+50℃以下、板厚中心部がAr3+80℃以上900℃以下となる温度にて、各パス圧下率10%以下、累積圧下率40%以上の仕上圧延を行い、引き続き板厚平均で8℃/s以上の冷却速度で500℃以下の温度まで加速冷却を行うことを特徴とする脆性き裂伝播停止特性に優れた厚手高強度鋼板の製造方法。
【0016】
(5) 加速冷却終了後、300〜650℃の温度で焼戻し処理することを特徴とする上記(4)に記載の脆性き裂伝播停止特性に優れた厚手高強度鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によって、板厚が50mm以上の厚手材で、降伏強度が355〜460MPa級でも、アレスト性指標TKca=6000が−10℃以下となる、大型構造物に適用可能な高アレスト鋼板を、効率的な製造方法により提供することが可能になり、厚手かつ高強度の高アレスト鋼板を安価に提供することができるなど、産業上の効果は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】従来鋼の板厚方向集合組織分布を表わすODFの例を示す図である。
【図2】ODF上に図示した結晶方位と材料軸との関係を示す図である。
【図3】本発明鋼の板厚方向集合組織分布を表わすODFの例を示す図である。
【図4】アレスト性に及ぼす{001}<110>、{112}<110>、{332}<113>集合組織強度比の和の影響を示すグラフである。
【図5】アレスト性に及ぼす{110}<001>、{110}<110>、{001}<010>集合組織強度比の和の影響を示すグラフである。
【図6】アレスト性に及ぼすEBSP粒径の影響を示すグラフである。
【図7】アレスト性に及ぼす仕上圧延の表層部温度の影響を示すグラフである。
【図8】アレスト性に及ぼす仕上圧延の中心部温度の影響を示すグラフである。
【図9】アレスト性に及ぼす仕上圧延の各パス圧下率の影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
一般に、鋼板のアレスト性は、温度勾配型ESSO試験や二重引張試験によって評価される。試験後の破面を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察し、ティアリッジと呼ばれる延性破壊部で囲まれたへき開面の単位を「破面単位」と定義すると、この破面単位が細かいほどアレスト性が向上することが知られている。破面単位は、結晶方位差が15゜以上の境界を粒界とする有効結晶粒と相関があり、アレスト性の向上にはミクロ組織の微細化が有効である。
【0020】
そこで、本発明者らは、破面単位を効率的に微細化する手段について、種々の実験的検証を行った。まず、ミクロ組織を微細化するための有効な手段である、オーステナイト(γ)未再結晶温度域における制御圧延(Controlled Rolling;CR)と、これに続く加速冷却(Accelerated Cooling;ACC)について検討した。具体的には、鋼片を種々の圧延条件及び加速冷却条件で熱間圧延し、降伏強度が355MPa級、板厚が50mm以上の鋼板を製造して、温度勾配型ESSO試験によりアレスト性を評価し、更にミクロ組織の観察と破面単位の測定を行った。
【0021】
その結果、圧延温度が低く、累積圧下率が大きいほど、更に、冷却速度が大きく、冷却停止温度が低いほど、破面単位が小さく、ミクロ組織が微細になり、鋼板のアレスト性が向上する傾向を確認した。ところが、この方法では厚手材の板厚全体にわたってミクロ組織、例えば、フェライト粒径を細かくすることは困難であるとともに、仕上圧延の開始まで長時間の温度待ちが生じるため生産性が著しく低下してしまう。
【0022】
そこで、本発明者らは、生産性を向上させつつ、板厚方向の組織分布を制御してアレスト性を確保するべく、仕上圧延とその前後の水冷との組み合わせについて詳細な検討を行った。具体的には、表面をAr3以下の適当な温度域に冷却した後、表面と内部がそれぞれ所定の温度域となるまで待ち、1パス当たりの圧下率を規制しつつ、累積圧下率を確保するように圧延する方法である。
【0023】
種々のプロセスによって製造した鋼板を用いて、アレスト性に及ぼす鋼板の集合組織の影響を明確化するために、EBSP(Electron Back Scattering Pattern:後方散乱電子回折)による解析を実施した。測定面は圧延方向(RD)に垂直な面(RD面とする)とし、測定位置は、表面からt/10、t/4、t/2(t:板厚)の位置とした。測定は1.5×1mmの領域を10μm間隔で行い、結晶方位分布関数(Crystallite Orientation Distribution Function;ODF)を作成した上で、ランダム強度に対する特定の集合組織強度の比を読み取った。集合組織の解析には、(株)TSLソリューションズ製の解析装置を使用した。
【0024】
図1に、Bungeの表示法によるφ2=45゜断面のODFの例を示す。供試鋼は従来の鋼材であり、通常のCR−ACCにより製造したものである。結晶方位を圧延面(ND面)、圧延方向(RD方向)にそれぞれ平行な結晶面{hkl}、結晶方向<uvw>を用いて表現すると、t/2部におけるODFは、{001}<110>、{112}<110>、{332}<113>方位に集積が見られる。これは、圧縮歪を受けたγから変態した場合の典型的な集合組織である。
【0025】
図2に、ODF上に示される結晶方位と鋼材の結晶面との関係を模式的に示した。なお、脆性き裂の伝播方向は、圧延方向と直交する方向(TD)である。図2に示すように、従来の鋼板では、へき開面である{100}面、すなわち、{001}<010>、{110}<110>、{110}<001>が、き裂伝播方向(TD)に配置している。そのため、従来の鋼板では、脆性き裂が伝播方向に直進しやすく、アレスト性に劣ると考えられる。
【0026】
図1に示したODFのうち、t/2部のODFでは、{001}<010>、{110}<110>、{110}<001>には集積が見られず、き裂は直進しにくいと考えられる。一方、図1のt/4部のODFは、ランダムに近いものの、若干、{001}<010>や{110}<001>に集積がみられ、t/2部に比べると、き裂が伝播しやすいものと推測される。なお、t/4のODFは、せん断歪を受けたγから変態した集合組織と似ている。また、図1のt/10部のODFは、t/4部のものと近い。
【0027】
これに対して、図3にアレスト性に優れる鋼板の各板厚位置におけるODFを示す。図3のODFのうち、t/2部とt/4部のODFは、それぞれ、図1に示した従来鋼のものとほぼ同じである。しかし、図3のt/10部のODFは、図1のt/10部のODFとは大きく異なっており、t/2部のODFと似ていることを確認した。これは、表層部でもt/2部のようにき裂が直進しにくくなることを示唆しており、アレスト性向上の原因と考えられる。
【0028】
図3に示したODFは、表層域が軽度の二相域圧延組織、内部が低温CR組織であり、表面をAr3以下、内部をAr3以上とし、温度差をつけた状態で熱間圧延した鋼板の集合組織である。また、内部をAr3以上の未再結晶温度で熱間圧延することにより、中心部のCR効果が高まり、細粒化が促進される。一方、表層部では、特異な集合組織が発達して、き裂伝播抵抗を高めることができる。
【0029】
次に、アレスト性と集合組織との関係について、詳細に検討を行った。なお、{hkl}<uvw>方位のランダム強度に対する比をI{hkl}<uvw>と表記する。図4は、板厚中心部(t/2)と表層部(t/10)のI{001}<110>、I{112}<110>、I{332}<113>の和と、本発明のアレスト性指標である、Kca=6000N/mm1.5となる温度TKca=6000との関係を示したものである。図5は、表層部(t/10)のI(110)[001]、I(110)<110>、I{001}[010]の和と、本発明のアレスト性指標である、Kca=6000N/mm1.5となる温度TKca=6000との関係を示したものである。
【0030】
図4及び図5に示したように、アレスト性を確保するためには、以下の条件が必要であることがわかった。
(a)t/10部においてI{001}<110>、I{112}<110>、I{332}<113>の和(ΣIa)が5以上
(b)t/10部においてI(110)[001]、I(110)<110>、I{001}[010]の和(ΣIp)が3以下
(c)t/2部においてI{001}<110>、I{112}<110>、I{332}<113>の和(ΣIa)が3.5以上
なお、t/4部の集合組織については、製造プロセスによって大きく変化しない。また、本発明における集合組織の測定にはEBSPを用いたが、X線回折やECP(電子チャンネリングパターン)等他の方法で測定しても差し支えない。
【0031】
更に、本発明者らは、鋼板のミクロ組織についても、EBSPを用いて調査した。EBSP測定は、400×300μmの領域を1μm間隔で行い、結晶方位差が15゜以上の界面を粒界と定義したときの結晶粒(有効結晶粒)の円相当径を算出した。なお、有効結晶粒の円相当径を有効結晶粒径ということがある。各板厚位置における有効結晶粒径とアレスト性指標との関係を詳細に解析した結果を図6に示す。図6に示したように、アレスト性を確保するためには、有効結晶粒径を、t/10部で25μm以下、t/2部で35μm以下とすることが必要である。
【0032】
アレスト性に優れたミクロ組織、集合組織を有する鋼板を得るためには、仕上圧延として、表層を二相域、板厚中心をγ未再結晶域とする制御圧延(CR)を行うことが必要である。したがって、本発明の鋼板の製造方法では、最も重要な工程は、仕上圧延前の水冷と仕上圧延である。本発明者らは、良好なアレスト特性を得るための水冷、仕上圧延条件を検討し、以下の知見を得た。なお、水冷は鋼板の表裏面から行うが、以下では、単に表面ということがある。
【0033】
まず、仕上圧延前の水冷は、表裏面が300℃以上Ar3−100℃以下となるまで、5〜30℃/sの冷却速度で行う必要がある。これは、300℃未満まで水冷すると、その後の複熱によって温度が上昇せず、表層部の圧延温度が低下し、アレスト性を確保することができないためである。一方、仕上圧延前の水冷直後、表面の温度がAr3−100℃を超えていると、中心部の温度が低下するまでに時間が掛かり、表層部のフェライトが粗大化したり、生産性が低下してしまう。また、表層部の冷却速度が5℃/s未満であると、冷却時に粗大なフェライトが生成し、仕上圧延後の組織が不均一な加工フェライトとなり、靭性が低下してしまう。一方、冷却速度が30℃/s超となると、均一に冷却することが困難となり、最終的な組織、材質にばらつきが生じる可能性がある。
【0034】
仕上圧延前冷却の開始温度については特に規定する必要はない。生産性の観点からは、温度待ちをせず直ちに冷却を行うのが望ましいが、事前に計算しておいた条件に合わせるために温度待ちを行ってもよい。本発明の粗圧延条件では、温度待ちの間にオーステナイトが顕著に粒成長して材質に悪影響を及ぼす恐れはほとんどない。
【0035】
水冷後の仕上圧延は、表面の温度がAr3−50℃以上Ar3+50℃以下で行う必要がある。図7に示すように、仕上圧延の表面温度がAr3−50℃未満であると、表層部に過度の二相域圧延が施され、表層部の加工フェライトが増加し、靭性とアレスト性が低下する。一方、仕上圧延の表面温度がAr3+50℃を超えると仕上圧延前の冷却によって生成した表層部のフェライトが粗大化し、アレスト性が低下する可能性がある。
【0036】
また、水冷後の仕上圧延は、板厚中心部の温度がAr3+80℃以上900℃以下で行う必要がある。図8に示すように、板厚中心部の温度が900℃超であると、組織が十分に微細化せず、アレスト性が低下する。また、板厚中心部の温度が高いと、アレスト性に有利な集合組織が発達しないことがある。一方、中心部温度をAr3+80℃未満にするには、温度の低下に時間が掛かり、表層のフェライトが粗大化したり、生産性が低下することがある。
【0037】
仕上圧延の1パス当たりの圧下率は、10%以下に抑える必要がある。図9に示すように、10%を超えると加工発熱により板厚中心部の組織が粗大化するとともに、表層部の集合組織にも影響を及ぼし、アレスト特性が低下する場合がある。下限は特に規制する必要はないが、パス数が多くなりすぎると圧延効率が低下するため、通常は3%程度とすることが多い。仕上圧延の累積圧下率は40%以上を確保する必要がある。40%未満であるとCRの効果が不十分となり、微細組織が得られず、アレスト特性が低下する。また、仕上圧延の累積圧下率が低いと、表層部及び板厚中心部で、アレスト性に有利な集合組織が発達しないことがある。累積圧下率は、鋼片及び製品の板厚、粗圧延における累積圧下率から、適宜決定すればよく、上限を規定しない。
【0038】
本発明では、仕上圧延前の水冷の条件、仕上圧延の温度、圧下率を制御することによって、アレスト性の確保が可能になり、かつ、仕上圧延の温度待ち時間が従来の1/3程度以下に短縮されるために、生産性が大幅に向上する。
【0039】
続いて本発明におけるその他の製造条件の限定理由について説明する。
【0040】
本発明では鋼片の加熱温度を950〜1150℃とした。再加熱温度が950℃未満では合金元素の溶体化が不十分で材質不均一の原因となる。一方、再加熱温度が、1150℃を超えると加熱γ粒径が粗大化してしまい最終的な組織の微細化が困難になるおそれがある。
【0041】
再加熱後、900℃以上の温度で行う圧延を粗圧延といい、30%以上の累積圧下率で行う。900℃以上での累積圧下率が30%未満であると、オーステナイト(γ)の再結晶が十分進行せず混粒組織となり、材質が不均一になることがある。粗圧延の開始温度及び累積圧下率の上限は特に規定しない。粗圧延は、加熱炉から鋼片を抽出した後、直ちに開始してもよい。また、粗圧延の累積圧下率は、30%未満にならないように、鋼片の板厚と製品の板厚、仕上圧延の圧下率に応じて適宜決定すればよい。
【0042】
仕上圧延後、板厚平均で8℃/s以上の冷却速度で、500℃以下の温度まで加速冷却を行う。冷却速度が8℃/s未満、あるいは冷却停止温度が500℃よりも高いと、強度が不足するだけでなく、組織の微細化が不十分となり、アレスト性が低下してしまう。加速冷却の冷却速度の上限は特に規定しないが、本発明は、板厚が50mm以上の厚手材を対象とするため、30℃/sを超えることは難しい。加速冷却の停止温度の下限も特に限定せず、室温まで冷却してもよい。ただし、本発明は、板厚が50mm以上の厚手材を対象とするため、100℃未満まで加速冷却するには時間が掛かるため、生産性を考慮すると、100℃以上で加速冷却を停止することが好ましい。
【0043】
加速冷却の開始温度については特に規定する必要はないが、CRの効果を最大限享受するためにはできる限り速やかに冷却を開始することが望ましい。
【0044】
加速冷却後は、強度及び靭性を調整するために、焼戻し処理を行ってもよい。延性や靭性を高めるには、焼戻し処理を300℃以上で行うことが好ましい。一方、セメンタイトや結晶粒が粗大化を抑制して、アレスト性を確保するには、焼戻し温度の上限を650℃以下にすることが好ましい。
【0045】
次に、本発明の成分限定理由について説明する。
【0046】
Cは、安価に強度を高めるのに不可欠な元素であるため0.02%以上添加する。一方、C量が増えると大入熱HAZ靭性確保が困難となるため0.18%を上限とする。なお、C量は0.03%以上、0.13%以下が好ましい。
【0047】
Siは、安価な脱酸元素であり、マトリクスを固溶強化するため0.03%以上添加する。一方、Si量が0.5%を超えると溶接性とHAZ靭性を劣化させるため上限を0.5%とする。Si量は、0.1%以上、0.3%以下が好ましい。
【0048】
Mnは、母材の強度及び靭性を向上させる元素として有効であるため0.3%以上添加する。一方、Mnを過剰に添加すると、HAZ靭性、溶接割れ性を劣化させるため2.0%を上限とする。Mn量は、0.7%以上、1.7%以下が好ましく、更に好ましくは、0.9%以上、1.5%以下である。
【0049】
P、Sは、不純物であり、靭性、アレスト性を確保するため、Pは0.02%、Sは0.01%を上限とする。P及びSの含有量は少ないほど望ましい。
【0050】
Nb及びTiは、微量の添加により組織微細化、変態強化、析出強化に寄与し、母材強度確保に有効な元素であるため、それぞれ、0.003%以上添加する。一方、Ti及びNbを過剰に添加するとHAZを硬化させ著しく靭性を劣化させるため、それぞれ、0.050%を上限とする。Nb及びTiの添加量の上限は、0.03%以下が好ましく、更に好ましくは、0.02%以下である。
【0051】
Alは、重要な脱酸元素であるため0.002%以上添加する。一方、Alを過剰に添加すると鋼片の表面品位を損ない、靭性に有害な介在物を形成するため0.10%を上限とする。Al量の好ましい上限は、0.05%以下であり、更に好ましくは、0.03%以下である。
【0052】
Nは、Tiと共に窒化物を形成しHAZ靭性を向上させるため、含有量の下限を0.0010%以上とする。一方、Nの含有量が過剰であると、固溶Nによる脆化が生じたり、粗大な窒化物を生成して靭性が低下するため、上限を0.0080%以下とする。N量の好ましい上限は、0.0050%以下であり、更に好ましくは、0.0004%以下である。
【0053】
更に、選択成分として、Cu、Cr、Mo、Ni、V、Bの群およびMg、Ca、REMの群の内の1種又は2種以上を添加してもよい。
【0054】
Cu、Cr、Moは、何れも焼入れ性を向上させ、高強度化に有効であるため、0.05%以上を添加することが好ましい。一方、Cu、Cr、Moを過剰に添加すると、HAZ靭性が低下することがあるため、Cuは1.5%以下、Cr及びMoはそれぞれ1.0%以下を上限とすることが好ましい。より好ましいCu、Cr、Moの上限は、それぞれ、0.5%以下、0.8%以下、0.6%以下である。
【0055】
Niは、強度確保とアレスト性、HAZ靭性向上に有効であるため0.05%以上を添加することが好ましい。しかし、2.0%を超えてNiを添加しても効果が飽和し、過度に添加するとコストが上昇するため、上限を2.0%以下することが好ましい。
【0056】
Vは、析出強化により強度上昇に寄与するため0.005%以上を添加することが好ましい。一方、0.10%超のVを添加すると、HAZ靭性を損なうことがあるため、0.10%以下を上限とすることが好ましい。より好ましいV量の上限は、0.05%以下である。
【0057】
Bは、焼入れ性を向上させる元素であり、適量添加により鋼の強度を高めるのに有効である。鋼の焼入れ性を高めて強度を確保するには、0.0002%以上を添加することが好ましい。一方、Bを過度に添加すると、溶接性を損ねることがあるため、B量の上限は0.0030%以下が好ましい。
【0058】
Mg、Ca、REMは、いずれも微細な酸化物や硫化物を形成しHAZ靭性向上に寄与する元素であり、Mgは0.0003%以上、Caは0.0005%以上、REMは0.0005%以上の1種または2種以上を添加することが好ましい。一方、Mg、Ca、REMを過度に添加すると、介在物が粗大化し、靭性を損なうことがあるため、Mgは0.0050%以下、Caは0.0030%以下、REMは0.010%以下を、それぞれの上限とすることが好ましい。より好ましいMg、Ca、REMの上限は、それぞれ、である。0.0030%以下、0.0020%以下、0.0050%以下である。なお、REMとはLa,Ce等の希土類元素のことである。
【実施例】
【0059】
表1の化学成分を有する鋼片を用いて、表2、3の製造条件により板厚50〜80mmの鋼板を試作した。なお、表3の中心温度は圧延温度モデルによる計算値である。鋼板の表面から板厚の1/10の位置及び板厚中心部から試料を採取し、EBSPによって、集合組織及び有効結晶粒径を求めた。
【0060】
降伏強度(YP)、引張強度(TS)は、板厚中心部から圧延方向と直角の方向に採取したJIS Z 2201の4号引張試験片を用いて評価した。引張試験は、JIS Z 2241に準拠して行った。アレスト性についてはWES 3003(低温用圧延鋼板判定基準)に記載されている方法をもとに温度勾配型ESSO試験を行い、Kca=6000N/mm1.5を示す温度にて評価した。生産性は、鋼片重量を粗圧延開始から仕上圧延終了までの時間で割ることにより算出した。表4に母材強度、アレスト性、生産性を示す。
【0061】
【表1】

【0062】
【表2】

【0063】
【表3】

【0064】
【表4】

【0065】
本発明例のNo.1〜15は化学成分が所定の範囲内にあり、かつ所定の条件で製造したため、何れもYP:355〜460MPa級鋼として十分な強度を有しており、アレスト性指標TKca=6000も−10℃以下と良好で、生産性も180ton/h以上で高かった。
【0066】
一方、比較例のNo.16〜30は化学成分、製造条件の何れかが本発明の範囲を逸脱していたために、所定の結晶粒径、集合組織強度を満たさず、アレスト性が低下、あるいは生産性が低下している。No.18は粗圧延後の冷却を実施しない通常の製造方法であり、所定の集合組織が発達しないためにアレスト性が低く、生産性も極端に低下した。
【0067】
No.25は鋼片の再加熱温度が高く、No.24は粗圧延の累積圧下率が小さく、仕上圧延の表面温度が高い例であり、有効結晶粒径が微細にならず、集合組織も発達せず、アレスト性が低下している。No.16は粗圧延後の冷却過程で、表面の温度が低下しすぎた例であり、仕上圧延時の表面の温度が十分上がらず、表層部に不利な集合組織が発達し、アレスト性が低下している。No.17は粗圧延後の冷却速度が小さい例であり、表層部に粗大なαが生成するとともに、有利な集合組織が発達せず、アレスト性が低下している。
【0068】
No.23は板厚中心部の仕上圧延温度が高かったために、有効結晶粒が微細化されず、アレスト性に有利な集合組織が発達しなかった例であり、アレスト性が低下している。No.20は仕上圧延の累積圧下率が小さい例であり、表層部と板厚中心部でアレスト性に有利な集合組織が発達せず、有効結晶粒が微細化されず、アレスト性が低下している。No.28は仕上圧延の温度が、表面では低く、板厚中心部では高い例であり、中心部の結晶粒が微細化されず、表層部と板厚中心部でアレスト性に有利な集合組織が発達せず、アレスト性が低下している。
【0069】
No.27は、表面の温度が低下した例であり、表層部に加工フェライトが生成し、アレスト性に有利な集合組織が発達せず、アレスト性が低下しており、また、仕上圧延前の待ち時間が長いため、生産性も低下している。No.22は仕上圧延の各パス圧下率が大きかったために、加工発熱により板厚中心部の結晶粒径が大きくなり、表層部ではアレスト性に有利な集合組織が発達せず、アレスト性が低下している。
【0070】
No.21は圧延終了後の加速冷却の冷却速度が小さく、No.26は冷却停止温度が高い例であり、有効結晶粒の微細化が不十分になり、アレスト性が低下している。No.19は熱処理温度が高く、セメンタイト及び組織が粗大化し、アレスト性が低下した例である。No.29はC含有量が多く、強度が過大となった例であり、アレスト性が低下している。No.30はNb量が多い例であり、加熱時に残存した粗大な未固溶Nbが脆性破壊の起点となり、アレスト性が低下している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.02〜0.18%、
Si:0.03〜0.5%、
Mn:0.3〜2.0%、
P :0.020%以下、
S :0.010%以下、
Nb:0.003〜0.050%、
Ti:0.003〜0.050%、
Al:0.002〜0.10%、
N :0.0010〜0.0080%
を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる組成を有し、結晶方位差が15゜以上の境界を粒界とする有効結晶粒の平均円相当径が、表面から板厚の1/10の位置では25μm以下、板厚中心部では35μm以下であり、更に圧延面、圧延方向に対する集合組織強度比I{hkl}<uvw>が、表面から板厚の1/10の位置では、
{001}<110>+I{112}<110>+I{332}<113>≧5、
{110}<001>+I{110}<110>+I{001}<010>≦3
を満足し、かつ板厚中心部では、
{001}<110>+I{112}<110>+I{332}<113>≧3.5
を満足することを特徴とする脆性き裂伝播停止特性に優れた厚手高強度鋼板。
【請求項2】
質量%で、
Cu:0.05〜1.5%、
Cr:0.05〜1.0%、
Mo:0.05〜1.0%、
Ni:0.05〜2.0%、
V :0.005〜0.10%、
B :0.0002〜0.0030%
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の脆性き裂伝播停止特性に優れた厚手高強度鋼板。
【請求項3】
質量%で、
Mg:0.0003〜0.0050%、
Ca:0.0005〜0.0030%、
REM:0.0005〜0.010%
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の脆性き裂伝播停止特性に優れた厚手高強度鋼板。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の組成を有する鋼片を用いて、950〜1150℃に加熱し、900℃以上の温度で累積圧下率30%以上の粗圧延を行った後、鋼板の表裏面が300℃以上Ar−100℃以下となるまで5〜30℃/sの冷却速度で冷却した後、鋼板の表裏面がAr−50℃以上Ar+50℃以下、板厚中心部がAr+80℃以上900℃以下となる温度にて、各パス圧下率10%以下、累積圧下率40%以上の仕上圧延を行い、引き続き板厚平均で8℃/s以上の冷却速度で500℃以下の温度まで加速冷却を行うことを特徴とする脆性き裂伝播停止特性に優れた厚手高強度鋼板の製造方法。
【請求項5】
加速冷却終了後、300〜650℃の温度で焼戻し処理することを特徴とする請求項4に記載の脆性き裂伝播停止特性に優れた厚手高強度鋼板の製造方法。

【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−214116(P2011−214116A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−85350(P2010−85350)
【出願日】平成22年4月1日(2010.4.1)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】