説明

脳腫瘍治療用発現ベクター

【課題】 自殺遺伝子を腫瘍部に運搬する汎用的なベクターを提供する。
【解決手段】 ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(HSVtk)遺伝子などの自殺遺伝子を挿入した間葉系幹細胞由来の発現ベクターである。この自殺遺伝子の発現によって生成する酵素(HSVtkなど)が、目的とする腫瘍細胞を死滅させる又はその増殖を阻害する薬物のプロドラッグ(ガンシクロビル(GCV)など)を薬理活性(細胞毒性)をもつ薬物に変換する。この発現ベクターは採取が格段に容易な間葉系幹細胞を用いているにもかかわらず、神経幹細胞を用いた場合(特許文献1、非特許文献3)よりもバイスタンダー効果が優れている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、脳腫瘍の治療に有用な発現ベクターに関し、より詳細には、自殺遺伝子を間葉系幹細胞に挿入してなる脳腫瘍、特にグリオーマの治療に有用な発現ベクターに関する。
【背景技術】
【0002】
脳腫瘍の約1/4を占めるグリオーマは、周囲の正常脳組織に浸潤性に発育するため脳機能を温存しようとすれば手術による全摘出は困難である。更に、術後には放射線治療や抗癌剤治療を併用することが多いが、治癒率は低く、最も悪性のグリオブラストーマといわれる腫瘍では平均生存期間は約一年にすぎない。しかもこの成績はさまざまな治療戦略の開発にもかかわらず過去30年間ほとんど変わっておらず、21世紀に残された最後の悪性腫瘍の一つと言われており、新たな治療戦略の開発が急務である。
【0003】
1990年代に導入された「自殺遺伝子治療」という遺伝子治療は、ウイルスなどの遺伝子を用いて、哺乳類では無害な薬物を遺伝子導入細胞中で毒物(抗癌剤)に変化させ、癌細胞を殺す治療法である。中でも単純ヘルペスチミジンキナーゼ遺伝子(HSVtk遺伝子)と抗ウイルス剤ガンシクロビル(GCV)を用いた自殺遺伝子治療においては、遺伝子導入細胞が全体の10%程度でもすべての腫瘍が消失するバイスタンダー効果(bystander effect)がある(非特許文献1)。しかしこの治療法はラットなどの動物実験では顕著な効果が見られたが、臨床成績は必ずしも満足の行くものではなかった。その理由の一つとして、遺伝子導入のために用いたレトロウイルス産生繊維芽細胞の移動能が低く、浸潤性に発育するグリオーマ細胞をカバーしきれなかったことが挙げられる。
【0004】
一方、近年発見され神経再生の研究が盛んな神経幹細胞は脳内で極めて活発な移動能を持ち、ラットの実験では脳腫瘍と神経幹細胞を別々に左右の脳に移植して観察すると神経幹細胞が対側の脳腫瘍まで移動し、腫瘍周辺に集積することが知られている(非特許文献2)。
このような移動能のある神経幹細胞に自殺遺伝子を組み込み、腫瘍部で細胞障害性物質を発現させることにより脳腫瘍を治療する方法が試みられている(特許文献1)。本発明者らは、HSVtk/GCV遺伝子を導入した神経幹細胞細胞を脳腫瘍の周辺に移植したところ、バイスタンダー効果による抗腫瘍効果を認め、神経幹細胞が悪性グリオーマの治療に適した細胞であることを見出している(非特許文献3)。
【0005】
【特許文献1】特表2002-526104 (国際公開WO00/20560)
【非特許文献1】Nature Medicine vol.3, No.12, 1354-2401 (1997)
【非特許文献2】Cancer Research 63, 8877-8889 (2003)
【非特許文献3】Cancer Gene Therapy (2005) 12, xx-xx (in press)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
神経幹細胞は自殺遺伝子を腫瘍部に運搬するベクターとしては極めて有効であるが、臨床応用を考えた場合に、神経幹細胞を患者から取りだすのは侵襲的で極めて困難である。そのため、神経細胞と同様の移動能を持ちかつより汎用的なベクターが求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、より容易に治療細胞を得るために、骨髄より採取された間葉系幹細胞を自殺遺伝子を腫瘍部に運搬するベクターとして用いて脳腫瘍の治療試験を行った。従来、間葉系幹細胞は採取が容易であるが、その移動能やベクターとしての機能は神経幹細胞よりも遥かに劣るというのが一般的な認識であった。しかし、驚くべきことにこの間葉系幹細胞が脳から採取した神経幹細胞と同等かそれ以上の治療効果を持つことを確認した。
【0008】
即ち、本発明は、自殺遺伝子を間葉系幹細胞に挿入した発現ベクターであって、該自殺遺伝子の発現によって生成する酵素が、目的とする腫瘍細胞を死滅させる又はその増殖を阻害する薬物のプロドラッグを薬理活性をもつ薬物に変換する活性を有する脳腫瘍治療用発現ベクター。
また、本発明は、この発現ベクターを目的の腫瘍細胞に取り込ませ、該細胞で自殺遺伝子を発現させ、その発現によって生成する酵素により目的とする腫瘍細胞を死滅させる又はその増殖を阻害する薬物に変換されるプロドラッグを該細胞に投与することから成る、腫瘍細胞を死滅させ又はその増殖を阻害する方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の発現ベクターを用いた治療法は、脳腫瘍一般の治療に有効であり、特にグリオーマの治療に有効である。本発明の発現ベクターは、脳腫瘍まで移動し、腫瘍周辺に集積する移動能を示す。特に、本発明の発現ベクターは採取が格段に容易な間葉系幹細胞を用いているにもかかわらず、神経幹細胞を用いた場合(特許文献1、非特許文献3)よりもバイスタンダー効果が優れている。
本発明の発現ベクター(例えば、HSVtk遺伝子を導入したベクター)を、患者様の手術時又は手術後に、利用して正常脳内に浸潤している残存腫瘍を治療するとより効果的であると考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明で用いる間葉系幹細胞は、骨髄から採取された間葉系幹細胞であり自己増殖能を持つ。この間葉系幹細胞は採取が容易であり、神経幹細胞におけるNestinやMusashiなどのマーカーはない。なお、腫瘍の治療に用いる場合、その患者自身の骨髄から採取された細胞が特に好ましいということはない。
また培養液の交換を繰り返すことにより浮遊細胞が除かれ、間葉系幹細胞のみが残る。
【0011】
本発明で用いる自殺遺伝子としては、ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(HSVtk)遺伝子(Proc. Natl. Acad. Sci, USA 78 (1981) 1441-1445)、シトシンデアミナーゼ遺伝子(EG11326 codA 355395..356678 E.coli)、ウラシルホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子(EG11332 upp 2618894..2618268 E.coli)、グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(gpt)遺伝子(EG10414 gpt 255977..256435 E.coli)、ニトロレダクターゼ遺伝子(EG11261 nfsA 890407..891129 E.coli)などが好ましく挙げられる。
【0012】
プロドラッグは、目的とする腫瘍細胞を死滅させる又はその増殖を阻害する薬物のプロドラッグであって、それ自身ではこのような細胞毒性を持たない薬物をいう。このプロドラッグは、自殺遺伝子の発現によって生成する酵素により薬理活性(細胞毒性)をもつ薬物に変換される。
このプロドラッグとして、自殺遺伝子がヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(HSVtk)遺伝子の場合、ガンシクロビル(GCV)、アシクロビル (Aciclovir)、ペンシクロビル (Penciclovir)、PMEAアデフォビル (PMEA Adefovir)、PMPAテノフォビル (PMPA Tenofovir)など、好ましくはGCV、アシクロビル、ペンシクロビルを用いることができる。これらは、いずれも核酸のプリン体のグアニンの類似物質でDNA合成に使われると、そこでDNA合成がストップし、抗ウイルス効果を発揮する。
【0013】
また自殺遺伝子がシトシンデアミナーゼ遺伝子の場合、プロドラッグは5-フルオロシトシンを用いることができる(Human Gene Therapy 7:713-720, 1996)。また、自殺遺伝子がウラシルホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子の場合、プロドラッグは5-フルオロウラシルを用いることができる(Int J Oncol 18:117-120, 2001)。また、自殺遺伝子がgpt遺伝子の場合、プロドラッグは6-チオキサンチン又は6-チオグアニンを用いることができる(Human Gene Therapy 8:2043-2055, 1997)。また、自殺遺伝子がニトロレダクターゼ(ntr)遺伝子の場合、プロドラッグはCB1954を用いることができる(Cancer Gene Therapy 7:721-731, 2000)。
【0014】
本発明の発現ベクターは、この自殺遺伝子をこの間葉系幹細胞に挿入した発現ベクターである。この発現ベクターには、適宜、プロモーター、SD配列及びターミネーターを含むDNA断片に上記自殺遺伝子のcDNAを連結して用いる。このプロモーターを適当な条件に置くことより自殺遺伝子を発現させることができる。
【0015】
腫瘍細胞を死滅させる又はその増殖を阻害する場合には、まず発現ベクターを脳腫瘍患部又はその周辺に投与する。別途プロドラッグを腫瘍細胞に投与する。
この発現ベクターは移動能を持つため、脳腫瘍まで移動し、腫瘍周辺に集積し、目的の腫瘍細胞に取り込まれる。その結果この細胞で自殺遺伝子が発現する。この自殺遺伝子の発現によって生成する酵素が、目的とする腫瘍細胞を死滅させる又はその増殖を阻害する薬物のプロドラッグを薬理活性をもつ薬物に変換することにより、標的である腫瘍細胞を死滅させる又はその増殖を阻害することができる。
【0016】
この自殺遺伝子の発現により生成する酵素とプロドラッグの反応について、HSVtk(ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)遺伝子とGCV(ガンシクロビル)を用いて説明する(化1)。HSVtk遺伝子を癌細胞に導入して発現させ、抗ウイルス剤のGCVをプロドラッグとして投与する。HSVtk遺伝子を導入された癌細胞はHSVtkによってGCVをリン酸化し、一リン酸化型のGCV(GCV−1P)を形成する。GCV−1Pはその後自身のチミジンキナーゼによって三リン酸までリン酸化が進み、DNAポリメラーゼを阻害するために、DNA複製をおこす細胞はアポトーシスに陥り死滅する。さらにGCV−1Pはギャップジャンクションを通って隣接細胞へも取り込まれ、遺伝子導入がない隣接細胞もDNA合成が阻害され死滅する(バイスタンダー効果)。
【化1】

【0017】
シトシンデアミナーゼ遺伝子と5-フルオロシトシンを用いる場合には、大腸菌(E. coli)のシトシンデアミナーゼ遺伝子のcDNAにサイトメガロウイルス初期遺伝子エンハンサー/プロモーター(cytomegalovirus early gene enhancer/promotor)をつけアデノウイルスベクターに組み込み(Hirschowitz E, et al., Human Gene Therapy 6:1055-1063, 1995)細胞に導入する。5-フルオロシトシン (Sigma) (850 mg/kg, ip, 3 days)
また、ウラシルホスホリボシルトランスフェラーゼ (UPRT) 遺伝子と5-フルオロウラシルを用いる場合には、大腸菌のUPRT遺伝子を組み込んだレトロウイルスベクター LXSNを用いて遺伝子導入する。5-フルオロウラシルは消化器がんなどに一般的に使われている抗癌剤(日本シェーリングなど)である。
また、gpt遺伝子と6-チオキサンチン又は6-チオグアニンを用いる場合には、大腸菌のgpt-レトロウイルス産生細胞(GP/E86gpt)培養の上清液により遺伝子導入する。6-チオキサンチン (250 mg/kg, ip, 8 days), 6-チオグアニン (1 mg/kg, ip, 14 days)
また、ニトロレダクターゼ (ntr) 遺伝子とCB1954を用いる場合には、大腸菌のntr遺伝子にサイトメガロウイルス初期遺伝子エンハンサー/プロモーターをつけたプラスミドを作成し、エレクトロポレーションにより細胞に遺伝子導入する。CB1954 (5-アジリジニル-2,4-ジニトロベンザミド (5-(aziridin-1-yl)-2,4-dinitorobenzamide)) (20 mg/kg, ip, 5 days)

以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
【実施例1】
【0018】
(1)間葉系幹細胞(MSC)の採取
生後8週のスプラーグ・ドーリー (Sprague-Dawley)系ラットの大腿骨より骨髄細胞を採取した。大腿骨の中を5 mlの注射筒と21ゲージの針を用いてMSC培地(Stem Cell Technologies Inc.製。MesenCultTM Basal培地(Catalog #05501)と間葉系幹細胞刺激サプリメント (mesenchymal stem cell stimulatory supplements, Catalog #05502)の混合物で100 U/mlペニシリン と100μg/mlストレプトマイシンを含む。)にて洗浄し、細胞をばらばらにして、さらに新鮮なMSC培地で洗浄し70μmのメッシュを通した。細胞を25 cm2の培養フラスコに移し、37℃、5% CO2下にMSC培地にて培養、24時間後に培養液を新しいものと交換し浮遊細胞を取り除いた。それ以後も5日ごとに培養液を交換した。
【0019】
(2)単純ヘルペスチミジンキナーゼ(HSVtk)遺伝子の導入
HSVtkレトロウイルス産生細胞(PA317、マウス線維芽細胞、Genetic Therapy Inc. (Gaithersburg, MDより提供)をMSC培地で48時間培養した上澄よりHSVtkレトロウイルスを得た。これを8μg/mlポリブレン(Aldrich Chemical Company Inc., Milwaukee, WI)とともに培養中のMSCに加えさらに5時間培養し、洗浄後新鮮な培養液と交換した。150μg/ml G418 (Sigma-Aldrich Japan K.K., Tokyo, Japan)とともに一週間培養し、薬剤耐性細胞を選択することにより遺伝子導入細胞のみを得た。これらの細胞株の中からGCV感受性の高い株を選び、さらに増殖させ、充分量のHSVtk遺伝子導入MSC(MSCtk)を得た。
【0020】
(3)MSCtk細胞のin vitroのGCV感受性(HSVtk発現の確認)
MSCtk細胞を様々な濃度のGCV(0.01-1000μg/ml、Syntex Chemical Inc., Palo Alto,CA)を含む培養液で7日間培養し、テトロゾリウム比色法(Tetrozolium-based colorimetric assay, MTT assay, Mosmann T, J Immunol Methods 65:55-63, 1983)を用いて生存細胞数を計測した。その結果を図1に示す。
親株のMSCは30μg/mlのGCV濃度まで死なないが、MSCtkは0.1μg/mlのGCV濃度(MSCの1/300の濃度)で死滅することより、MSCtkがHSVtkを発現していることが確認された。
【0021】
製造例1
ラットの神経幹細胞(NSC)を、胎生14日のSprague-Dawley系ラットの大脳皮質より採取した。ただちに低温の0.6%グルコース入りの滅菌燐酸緩衝生理的食塩水の中で組織を機械的にばらばらにし、神経幹細胞展開キット/ニューロスフェア・システム (Neural stem cell expansion kit/Neurosphere system, R&D Systems, Inc., Minneapolis, MN)で培養した(NSC培養液と呼ぶ)。培養液の内容はDMEM-F12培地 (GIBCO, Invitrogen Corp., Grand Island, NY), N-2プラス培養液サプリメント (N-2 plus media supplement, R&D Systems, Inc.), グルコース (0.155%), L-グルタメート(3 mM), 重曹(sodium bicarbonate)(20 mM), ペニシリンG(100 U/ml), ストレプトマイシン(100μg/ml)であり、サプリメントとしてヒト上皮増殖因子(human EGF)及びヒト線維芽細胞増殖因子(human FGF basic)(いずれも20 ng/ml; R&D Systems Inc.)を加えた。NSCは球状に増殖し、いわゆる「ニューロスフェア (neurosphere)」を形成する。このニューロスフェアをまたばらばらにして(single cell suspension)培養を繰り返した。
HSVtkレトロウイルス産生細胞(PA317、マウス線維芽細胞、Genetic Therapy Inc. (Gaithersburg, MD)より提供)をヒト線維芽細胞増殖因子(human FGF basic)(20 ng/ml)添加したNSC培養液で24-48時間培養することによりHSVtkレトロウイルスを得た。これを8μg/ml ポリブレン (Aldrich Chemical Company Inc., Milwaukee, WI)とともに培養中のNSCに加えさらに3時間培養し、その後新鮮な培養液と交換しさらに2日間培養した。得られたニューロスフェアをまたばらばらにして、150μg/ml G418 (Sigma-Aldrich Japan K.K., Tokyo, Japan)とともに培養し、薬剤耐性細胞を選択することにより遺伝子導入細胞のみを得た。これらの細胞株の中からGCV感受性の高い株を選び、さらに増殖させ、充分量のHSVtk遺伝子導入NSC(NSCtk)を得た。
【実施例2】
【0022】
Sprague-Dawley系ラット由来のグリオーマ細胞であるC6細胞(ATCC, Manassas, VAより購入)に対するバイスタンダー効果を検証した。
C6細胞(1×105個)をさまざまな数のMSCtkと共に1μg/mlのGCVを含むDMEM培養液で10日間培養しテトロゾリウム比色法により生存細胞数を計測した。MSCtk/C6の細胞数比を1/1、1/4、1/16、1/32、1/64、1/100とMSCtk細胞量を徐々に減少させ、それぞれの比率における生存細胞数をC6単独培養時の生存細胞数で割った値(生存度)を算出した。その結果を図2に示す。
MSCtk/C6の細胞数比が1/100でも(MSCtk細胞がC6細胞の1/100でも)40%の細胞増殖抑制効果が見られ、MSCtkによるin vitroバイスタンダー効果が確認された。
製造例1で得たHSVtk遺伝子導入神経幹細胞(NSCtk)を用いた場合でも、NSCtk/C6の細胞数比が1/32まで強力なバイスタンダー効果が見られるが、MSCtkの効果はこれを上回った。
【実施例3】
【0023】
実施例2と同様な細胞混合液を作り(1×105個のC6とさまざまな数のNSCtkを10μlのDMEM液に調整)、Sprague-Dawley系ラット(日本SLC)の脳内に定位的に移植し、GCVを腹腔内投与した(15 mg/kgを一日2回、10日間)。14日目に動物を屠殺、脳を取り出し組織切片を作成、腫瘍サイズを計測した。
移植14日目のヘマトキシリン・エオジン染色脳組織切片の写真を図3に示す。移植C6細胞数は常に1x105個である。MSCtk/C6細胞比が1/1、1/4、1/16及び1/32では腫瘍は消失した(1/1及び1/32のみ図示する)。図中矢印で示すように、MSCtk/C6細胞比が1/64では小さな腫瘍が、MSCtk/C6細胞比が1/100(MSCtk細胞が1x103個)では比較的大きな腫瘍が発育している。
【0024】
また、腫瘍サイズの計測結果を図4に示す。
MSCtk/C6の細胞数比が1/100でも(MSCtk細胞がC6細胞の1/100でも)腫瘍の大きさはC6単独の時の半分であり、MSCtk/C6の細胞数比が1/32までは腫瘍が消失し、MSCtkによるin vivoバイスタンダー効果が確認された。別の試験で生存率を調べたが、MSCtk/C6の細胞数比が1/32までは、全例100日以上の生存が得られている(C6のみ移植した群では全例3週間以内に死亡した。)。
製造例1で得たHSVtk遺伝子導入神経幹細胞(NSCtk)を用いた場合でも、NSCtk/C6の細胞数比が1/16まではバイスタンダー効果により腫瘍が消失するが、MSCtkの効果はこれを上回った。
【産業上の利用可能性】
【0025】
脳腫瘍、特にグリオーマは、局所浸潤のため治療が困難であり、脳の外に転移しないため、本発明の発現ベクターを用いた治療法は、その発現ベクターが脳内を自由に動けるため、極めて有効であると考えられる。この方法は、局所注射可能な癌に使える可能性がある。
また良性脳腫瘍(髄膜腫、下垂体腺腫、神経鞘腫など)で腫瘍学的には良性でも手術困難な部位にあり摘出できず臨床的には悲惨な経過をたどる症例があるが、このような手術難易度の高い腫瘍に対し、本発明の手法は使えると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】様々な濃度のGCVによるMSCtk細胞の生存細胞数を示す図である。MSCはHSVtk遺伝子を導入していないMSCを示す。縦軸は生存細胞数(相対値)を示す。
【図2】in vitroの細胞の生存度を示す図である。横軸は、細胞数比(NSCtk/C6又はMSCtk/C6)を示し、縦軸は生存度を示す。斜線の棒グラフはMSCtkのものを示し、白の棒グラフはHSVtk遺伝子導入神経幹細胞(NSCtk)を用いたものを示す。
【図3】in vivoのラット脳腫瘍部分の写真である。数字はMSCtk/C6細胞比を示す。矢印は比較的大きな腫瘍が発育している個所を示す。
【図4】in vivoの細胞の生存度を示す図である。横軸は、細胞数比(NSCtk/C6又はMSCtk/C6)を示し、縦軸は生存度を示す。斜線の棒グラフはMSCtkのものを示し、白の棒グラフはHSVtk遺伝子導入神経幹細胞(NSCtk)を用いたものを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自殺遺伝子を間葉系幹細胞に挿入してなる発現ベクターであって、該自殺遺伝子の発現によって生成する酵素が、目的とする腫瘍細胞を死滅させる又はその増殖を阻害する薬物のプロドラッグを薬理活性をもつ薬物に変換する活性を有する脳腫瘍治療用発現ベクター。
【請求項2】
前記間葉系幹細胞がヒト骨髄から採取された請求項1に記載の発現ベクター。
【請求項3】
前記自殺遺伝子が、ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(HSVtk)遺伝子、シトシンデアミナーゼ遺伝子、ウラシルホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子、グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(gpt)遺伝子又はニトロレダクターゼ遺伝子である請求項1又は2に記載の発現ベクター。
【請求項4】
前記プロドラッグが、自殺遺伝子がシトシンデアミナーゼ遺伝子の場合5-フルオロシトシン、自殺遺伝子がウラシルホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子の場合5-フルオロウラシル、自殺遺伝子がgpt遺伝子の場合6-チオキサンチン又は6-チオグアニン、自殺遺伝子がニトロレダクターゼ(ntr)遺伝子の場合プロドラッグはCB1954である請求項3に記載の発現ベクター。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の発現ベクターを目的の腫瘍細胞に取り込ませ、該細胞で自殺遺伝子を発現させ、発現する酵素により目的とする腫瘍細胞を死滅させる又はその増殖を阻害する薬物に変換されるプロドラッグを該細胞に投与することから成る、腫瘍細胞を死滅させ又はその増殖を阻害する方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−345726(P2006−345726A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−173196(P2005−173196)
【出願日】平成17年6月14日(2005.6.14)
【出願人】(504300181)国立大学法人浜松医科大学 (96)
【Fターム(参考)】