説明

船舶用電気推進装置

【課題】蓄電池設備の容量(設置スペースおよび重量)を大きくせずに、船舶航行中の電池切れを防止するようにした電気推進装置を提供する。
【解決手段】陸上電源8から船舶内の蓄電池3を充電し、その電力によって推進用電動機2を駆動する船舶用電気推進装置において、船舶の目的地までの距離S1、速度の計画値v1、推進用電動機の消費電力計画値P1からなる第1群のデータまたは、GPS28、電力検出器32で実測された距離S2、速度v2、推進用電動機2の消費電力P2からなる第2群のデータのいずれかと蓄電池の電池残量A1とから、目的地まで到達可能な推進電動機の消費電力上限値を求め、電力上限値を推進用電動機2に印加された電圧で除算してトルク分電流上限値IqLIMを求め、推進力指示器によって設定される推進用電動機のトルク分電流指令値Iq*がトルク分電流上限値IqLIMを超えないように制限して推進用電動機2を駆動する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄電池に貯めた電力を利用して船舶を推進するようにした船舶用電気推進装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、船舶の排出する温室効果ガスを削減するために、船舶内に蓄電池を設置し、船舶が港に停泊しているときに陸上の電源から当該蓄電池を充電し、その蓄電された電力によって推進用電動機を駆動して船舶を航行させる電気推進船の検討が行なわれている。
【0003】
このような、蓄電池に蓄電された電力を利用する船舶用電気推進装置は、例えば特許文献1等で良く知られている。
【0004】
図5は、蓄電池に蓄電された電力で船舶を航行させる船舶用電気推進装置の一例を示す図である。図5において、1は船舶の推進用プロペラ、2はこのプロペラ1を駆動する推進用電動機(誘導電動機)である。推進用電動機2の駆動電源となる蓄電池3は、PWMコンバータ4およびインバータ5間の直流主回路6に遮断器7を介して接続されている。
【0005】
PWMコンバータ4は、陸上電源8の交流電力を、停泊中投入される遮断器9、船内母線10、遮断器11、変圧器12および高調波抑制用フィルタ13を介して受電して直流電力に変換し、直流主回路6のP−N間に遮断器7を介して接続された蓄電池3を充電する。ここで、前記蓄電池3としては、ニッケル水素電池、リチウムイオン電池、鉛電池等を使用することができる。
【0006】
一方、前記インバータ5は、蓄電池3に蓄えられた直流電力を後述するPWM信号27eにより可変電圧・可変周波数(VVVF)の交流電力に変換し、遮断器14を介して前記推進用電動機2の固定子巻線に給電する。これにより、推進用電動機2は、可変速制御される。15はコンデンサであり、直流主回路6のP−N間に遮断器7および蓄電池3の直列回路に対して並列に接続されている。
【0007】
一方、前記船内母線10に接続された船内負荷17は、船舶が停泊中、遮断器9、船内母線10を介して陸上電源8から給電される。図5の場合、船舶内には発電機を設置していないので、船舶の航行中はPWMコンバータ4をインバータ運転し蓄電池3に蓄えられた直流電力を交流電力に変換して高調波抑制用フィルタ13、変圧器12、遮断器11を介して船内母線10から電力を供給される。
【0008】
推進用電動機2に流れるインバータ出力電流(推進用電動機出力電流)は、電流検出器(CT)16によって検出され、また、推進用電動機2の速度は速度検出器18によって検出される。電流検出器(CT)16で検出されたインバータ5の出力電流はベクトル制御手段を構成する座標変換器20に入力され、また、速度検出器18によって検出された速度信号は積分器19で積分されたのち、推進用電動機2の位相信号θとなって座標変換器20および座標変換器21に入力される。
【0009】
座標変換器20は前記位相信号θに基づいて前記電流検出器16で検出されたインバータ5の出力電流を座標変換してトルク分電流(有効分電流)Iqおよび磁束分電流(無効分電流)Idの成分に分解する。
磁束分電流(無効分電流)Idは、減算器22に入力されて基準値Id*との差分を求められ、その差分値をPI制御器23に入力して増幅しVd*を出力する。
【0010】
一方、トルク分電流(有効分電流)Iqは、減算器24に入力されて推進力指示器25から出力されたトルク分電流指令値Iq*との差分を求められ、その差分値をPI制御器26に入力して増幅しVq*を出力する。
【0011】
なお、推進力指示器25から推進用電動機2の回転速度の指令値を出力するようにして、実際の回転速度が指令値に制御されるようにトルク分電流指令値Iq*を決める速度制御器を別途設けても良い。
【0012】
座標変換器21にはVd*とVq*が入力される。この座標変換器21では、前記積分器19から与えられた位相信号θによりVd*およびVq*を3相の電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*に座標変換して出力する。PWM制御部27はこの電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*と三角波を比較するなどして、PWM信号27eを生成し、それにより前記インバータ5のスイッチング素子を点弧する。この一連の動作によりインバータ5の電流制御が行われる。
【0013】
このようにベクトル制御手段は、推進用電動機2のトルク分電流Iqが推進力指示器25によって設定されるトルク分電流指令値Iq*となるようにインバータ5を制御し推進用電動機2を駆動する。
【0014】
以上のように構成された船舶用電気推進装置において、まず、陸上電源8から蓄電池3に充電する際の動作を説明する。
船舶が停泊している場合、推進用電動機2およびプロペラ1は停止しているので、推進用電動機2を駆動するインバータ5も停止している。この状態で遮断器9を閉にし、陸上電源8から船内母線10に電力を供給する。
【0015】
すると、PWMコンバータ4は遮断器11、変圧器12、フィルタ13を介して船内母線10より電力供給を受け、遮断器7を介して蓄電池3を充電する。なお、遮断器7はPWMコンバータ4またはインバータ5が故障した場合の蓄電池3保護用に設けられたものである。
【0016】
変圧器12は蓄電池3の電圧が低いときでもPWMコンバータ4の交流側に出力される電圧と船内母線10の電圧を合わせるために設置されるものである。なお、船内負荷17に対しては船内母線10より電力を供給する。
【0017】
次に、船舶を航行させる際の動作を説明する。
この場合、遮断器9は開となっており、当然、船内母線10は陸上電源8から切離されている状態となっている。
【0018】
まず、遮断器7が投入され蓄電器3からインバータ5に電力が供給される。この状態で推進力指示器25を操作し、トルク分電流指令値Iq*が出力されると前述したベクトル制御手段により推進用電動機のトルク分電流Iqがトルク分電流指令値Iq*となるように制御され、船舶が推進する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開2007−62676号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
上述した船舶用電気推進装置では、船舶の航行に必要な電力と時間から必要な電力量を求め、その電力量を備えた蓄電池3を備えることになるが、出港前に十分な充電時間が取れなかった場合や、蓄電池3の劣化等で電池の蓄電容量が減少した場合には、航行中に利用できる蓄電池3の電力量が少なくなるため、電池切れに至る可能性がある。航行中の電池切れは、船舶が漂流することとなるので絶対に避けなければならない。
【0021】
この電池切れを防止するためには、船舶に十分な容量の蓄電池3を搭載すれば容易に解決できるが、この場合蓄電池設備の設置スペースおよび重量が大きくなるため蓄電池3を搭載できるように船舶を大型化する必要がある。また、蓄電池設備が高価になるという問題もある。
【0022】
本発明は上述の欠点を解決するためになされたもので、蓄電池設備の容量(設置スペースおよび重量)を大きくせずに、船舶航行中に蓄電池の電池切れを防止することのできる船舶用電気推進装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記の目的を達成するため、本発明の請求項1に係る船舶用電気推進装置は、船舶推進用プロペラを駆動する推進用電動機と、船舶内に設置された蓄電池と、前記蓄電池の直流電圧を交流に変換し、前記推進用電動機に供給するインバータと、前記推進用電動機の電流を磁束分電流とトルク分電流に分離し、このトルク分電流が推進力指示器によって設定されるトルク分電流指令値となるように前記インバータを制御するベクトル制御手段と、前記推進用電動機の消費電力を検出する電力検出器と、前記蓄電池の電池残量を検出する電池残量検出手段と、船舶と目的地までの距離、船舶の速度、前記推進用電動機の消費電力とから船舶が目的地に到達するために必要な推進用電動機の消費電力量を演算すると共にこの推進用電動機の消費電力量と前記電池残量検出手段で検出した電池残量とから船が目的地まで到達可能な前記推進用電動機の消費電力の電力上限値を演算する第1の電力上限値演算手段と、この電力上限値および前記推進用電動機の電圧を入力し両者の商からトルク分電流上限値を演算する除算手段と、このトルク分電流上限値が前記推進力指示器のトルク分電流指令値より小さな場合にはトルク分電流指令値を前記トルク分電流上限値で制限するリミッタとを備え、船舶が目的地まで到達できるように推進用電動機の消費電力を抑制することを特徴とする。
【0024】
また、本発明の請求項2に係る船舶用電気推進装置は、請求項1記載の船舶用電気推進装置において、船舶の現在位置から目的地までの距離と船舶の速度を取得するGPSを備え、船舶が出港する時までは、現在位置から目的地までの距離、船舶の速度および推進用電動機の消費電力の計画値からなる第1群のデータを選択して前記第1の電力上限値演算手段に入力し、船舶が出港した後は前記第1群のデータに替えて、前記GPSで取得した現在位置から目的地までの距離、速度、前記電力検出器で検出した前記推進用電動機の消費電力値からなる第2群のデータを選択して前記第1の電力上限値演算手段に入力する切替スイッチを備えたことを特徴とする。
【0025】
更に、本発明の請求項3に係る船舶用電気推進装置は、船舶推進用プロペラを駆動する推進用電動機と、船舶内に設置された蓄電池と、前記蓄電池の直流電圧を交流に変換し、前記推進用電動機に供給するインバータと、前記推進用電動機の電流を磁束分電流とトルク分電流に分離し、このトルク分電流が推進力指示器によって設定されるトルク分電流指令値となるように前記インバータを制御するベクトル制御手段と、前記蓄電池の電池残量を検出する電池残量検出手段と、船舶の目的地までの距離と船舶の速度とから船舶が目的地に到達するために必要な所要時間を演算すると共にこの所要時間と前記電池残量検出手段で検出した電池残量とで船が目的地まで到達可能な前記推進用電動機の消費電力の上限値を演算する第2の電力上限値演算手段と、この電力上限値および前記推進用電動機の電圧を入力し両者の商からトルク分電流上限値を演算する除算手段と、このトルク分電流上限値が前記推進力指示器のトルク分電流指令値より小さな場合にはトルク分電流指令値を前記トルク分電流上限値で制限するリミッタとを備え、船舶が目的地まで到達できるように推進用電動機の消費電力を抑制することを特徴とする。
【0026】
更にまた、本発明の請求項4に係る船舶用電気推進装置は、請求項3記載の船舶用電気推進装置において、船舶の現在位置から目的地までの距離と船舶の速度を取得するGPSを備え、船舶が出港する時までは、現在位置から目的地までの距離および船舶の速度からなる第1群のデータを選択して前記第2の電力上限値演算手段に入力し、船舶が出港した後は前記第1群のデータに替えて、前記GPSで取得した現在位置から目的地までの距離および速度からなる第2群のデータを選択して前記第2の電力上限値演算手段に入力する切替スイッチを備えたことを特徴とする。
【0027】
また、本発明の請求項5に係る船舶用電気推進装置は、請求項1乃至4記載の船舶用電気推進装置において、前記インバータに直流電力を供給するコンバータと、前記コンバータに交流電力を供給する内燃機関駆動発電機とを備え、前記蓄電池の電池残量が少ない状態で船舶の速度を上げる必要がある場合に、前記内燃機関駆動発電機を起動しコンバータを介してインバータに電力供給すると共に前記リミッタのリミッタ機能を無効として推進用電動機のトルク分電流が推進力指示器で設定されるトルク分電流指令値となるように制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、蓄電池の電池残量に応じてインバータの出力電力、すなわち推進用電動機の消費電力を制限して船舶の速度を下げて運航するようにしたので、蓄電池が電池切れの状態にならずに船舶を目的地に到達させることのできる船舶用電気推進装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る船舶用電気推進装置の構成図。
【図2】本発明の第1の実施形態の電力上限値演算手段の動作のフローチャート。
【図3】本発明の第2の実施形態に係る船舶用電気推進装置の構成図。
【図4】本発明の第3の実施形態に係る船舶用電気推進装置の構成図。
【図5】従来の船舶用電気推進装置の構成図。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明するが、各図を通して同一部品には同一符号を付与することにより重複する説明は適宜省略する。
【0031】
[第1の実施形態]
図1は本発明の第1の実施形態に係る船舶用電気推進装置の構成図である。
第1の実施形態に係る船舶用電気推進装置は、陸上電源8から船内母線10を経て蓄電池3に至る電力回路、および蓄電池3から推進用電動機2に至る電力回路が図5に示した従来の船舶用電気推進装置と同じであるが、異なる点は、船舶の航行中に蓄電池の電池切れ防止を図るために、インバータ5の制御回路に対して以下述べる制限手段を付加したことにある。
【0032】
以下、図1を参照して図5と相違する点を重点的に説明する。
S1、v1およびP1は、船舶が出港する時までに、船舶の航行する航路から予め算出しておいたデータであり、これらのデータのうち、S1は船舶の現在位置から目的地までの距離[海里]、v1は平均速度計画値[ノット]で航路を航行する速度の計画値、そしてP1は当該航路を航行する際の推進用電動機2の消費電力の計画値[kW]である。なお、予め算出しておいた、現在位置から目的地までの距離S1、速度の計画値v1および推進用電動機2の消費電力の計画値P1を以下、便宜的に第1群のデータと呼称する。
【0033】
さらに、本実施形態では船舶にGPS28を搭載することにより、航行中の船舶の現在位置から目的地までの距離S2(すなわち、残りの距離)および現在の船舶の速度v2を刻々と実測し、さらに電力検出器32で推進用電動機2の消費電力P2を実測するようにしている。電力検出器32はインバータ5の出力回路に設けられた電圧検出器(PT)31で検出した出力電圧と電流検出器16で検出した出力電流とを入力して推進用電動機2の消費電力を求めている。なお、実測された距離S2、速度v2および電力検出値P2を以下、便宜的に第2群のデータと呼称する。
【0034】
そして、上記の第1群のデータ(S1、v1、P1)と、第2群のデータ(S2、v2、P2)とを切替スイッチ29の入力端子に入力する。
因みに、予め算出しておいた第1群のデータ(S1、v1およびP1)は、切替スイッチ29の入力端子Aに入力され、実測された第2群のデータ(S2、v2およびP2)は、切替スイッチ29の入力端子Bに入力される。
【0035】
切替スイッチ29の可動接点を切替操作することにより、入力端子Aに入力された第1群のデータ、または入力端子Bに入力された第2群のデータの何れか一方が出力端子Cから出力され、次段の電力上限値演算手段30Aに入力される。
【0036】
また、蓄電池3に電池残量検出手段33を設けて当該蓄電池3の電池残量A1[kWh]を検出し、その電池残量A1信号を前記電力上限値演算手段30Aに入力する。
【0037】
電力上限値演算手段30Aは、前記切替スイッチ29から出力された「距離」、「速度」および「電力」の各信号から船舶が目的地に到達するために必要な推進用電動機2の消費電力量を演算すると共にこの消費電力量と電池残量検出手段33から出力された電池残量A1信号とから船舶が目的地に到達可能な推進用電動機2の消費電力の電力上限値を算出し、これを次段の除算器34に入力する。
【0038】
この除算器34では、電力上限値演算手段30Aから出力された電力上限値を前記電圧検出器31の出力信号(電圧信号)で除算することにより、その商(電力/電圧)をトルク分電流上限値IqLIMとして出力する。このトルク分電流上限値IqLIMは、リミッタ35に入力される。
【0039】
リミッタ35では前記推進力指示器25から出力されたトルク分電流指令値Iq*がトルク分電流上限値IqLIMを越えないように制限して、ベクトル制御手段を構成する前記減算器24に入力する。すなわち、リミッタ35に入力されるトルク分電流指令値Iq*がトルク分電流上限値IqLIM以下であれば、リミッタ35からはそのままトルク分電流指令値Iq*が出力されるが、トルク分電流指令値Iq*がトルク分電流上限値IqLIMを越える場合(Iq*>IqLIM)にはリミッタ35からはトルク分電流上限値Iq1*が出力される。
【0040】
そして、トルク分電流指令値Iq*がリミッタ35によって制限された場合は、そのことを操船者に知らせる必要があるため、リミッタ35から信号を出し、表示ランプや表示パネル等の表示器36によって表示する。なお、表示器36に表示に替えて音声出力装置でアナウンスするようにしてもよいし、表示器と音声出力装置とを併用して操船者に知らせるようにしてもよい。
【0041】
次に、本実施形態の作用を説明する。
陸上電源8から船内母線10を経て蓄電池3を充電する際の動作は従来の実施形態と同様であるので、ここでの説明は省略する。
【0042】
次に、船舶を航行させる際の動作を説明する。
船舶の現在位置から目的地までの距離[海里]S1と、船舶の平均速度計画値[ノット]で航路を航行する速度の計画値v1と、当該航路を航行する際の推進用電動機の消費電力の計画値[kW]P1とを予め算出しておく。
【0043】
切替スイッチ29の可動接点は、船舶が出港前の停止状態のとき図示のように入出力端子A−C間を接続させて、第1群のデータである距離=S1、速度=v1および電力=P1を電力上限値演算手段30Aに出力する。
【0044】
電池残量検出手段33は蓄電池3の電池残量A1[kWh]を検出し、その検出信号を電力上限値演算手段30Aに入力する。なお、電池残量を検出する方法としては例えば特開2007-85818号公報に一例が示されているので、ここでは詳しい説明は省略する。
【0045】
次に、電力上限値演算手段30Aの演算について、図2に示すフローチャートを適宜参照しながら説明する。
船舶が目的地までの運航に要する時間は、距離と速度の商であるから、S1/v1[h]となり、当該航路の運航に要する推進用電動機2の消費電力量は、運航時間と推進用電動機の消費電力の積であるから、P1×S1/v1[kWh]となる。この算出された消費電力量が電池残量A1[kWh]より小さければ船舶は目的地まで到達でき、逆に消費電力量が電池残量A1[kWh]より大きければ船舶は目的地まで到達できないことになる。
【0046】
ここで、推進用電動機2の消費電力は概ね船舶の速度の2乗に比例する。すなわち、船舶の速度がv1[ノット]の時の推進用電動機2の消費電力をP[kW]とし、船舶の速度をα倍のv1×α[ノット]に変更すると、推進用電動機2の消費電力はP×α[kW]になるが、目的地に到達するまでの所要時間は船舶の速度がv1[ノット]の時の1/α倍となるので、所定の航路を航行するための推進用電動機2の消費電力量は船舶の速度がv1[ノット]の時のα倍となる。
【0047】
よって、推進用電動機2の消費電力量を船舶の速度がv1[ノット]の時のα(α<1)倍に抑制するためには、推進用電動機2の消費電力を船舶の速度がv1[ノット]の時のα倍に抑制すればよいことになる。
【0048】
以下、図2のステップ1について説明する。
α=A1/(P1×S1/v1)とおくと、蓄電池3の電池残量A1が不足する場合はα<1となる。電力上限値演算手段30Aからは推進用電動機の消費電力の電力上限値としてP1×αを出力する。推進用電動機2の消費電力を船舶の速度がv1[ノット]の時のα倍に抑えると、船舶の速度は概略v1×α[ノット]となり、目的地までの所要時間はS1/(v1×α)[h]となる。
【0049】
目的地に到達するために必要な推進用電動機2の消費電力量は、
(P1×α)×{S1/(v1×α)}=α×(P1×S1/v1)=A1[kWh]となり電池残量A1と一致するので、船舶の速度は遅くなるが、計算上は目的地に到達できることになる。
【0050】
電圧検出器31でインバータ5から推進用電動機2に印加される電圧を検出し、除算器34で電力上限値(P1×α)を電圧で除算することにより、トルク分電流上限値IqLIMを求める。
【0051】
リミッタ35では推進力指示器25によるトルク分電流指令値Iq*が除算器34によるトルク分電流上限値IqLIMを越えないように制限して、新たなトルク分電流指令値Iq1*を出力するが、トルク分電流指令値Iq*がトルク分電流上限値IqLIM以下であれば、トルク分電流指令値Iq*=Iq1*である。
【0052】
なお、トルク分電流指令値Iq*がトルク分電流上限値IqLIMを越えたことによりリミッタ35で制限された場合は、そのことを操船者に報知するためにリミッタ35から信号を出力して表示器36に表示させる。
トルク分電流指令値を制限すると、推進用電動機2のトルクが減少するので、結果として推進用電動機2の消費電力が抑制される。
【0053】
なお、蓄電池3の電池残量A1が十分ある場合はα>1となり電力上限値が大きくなるので、リミッタ35にてトルク分電流指令値は制限されず、トルク分電流指令値Iq*に影響を与えないこととなる。即ち、Iq1*=Iq*となる。
【0054】
以上のように、予め算出しておいた計画値と蓄電池3の電池残量A1とから船舶が目的地まで運航可能なトルク分電流上限値を演算し、この上限値が推進力指示器25で設定されるトルク分電流指令値より小さい場合は、この指令値を先ほどの上限値に制限することにより船舶を目的地まで運行を可能とすることができる。
【0055】
このように予め算出しておいた計画値で船舶を目的地まで運行可能とすることができるが、実際には計画値と実際値に差があるため、以下のステップ2により定期的に電力上限値を修正する動作を行う。
【0056】
以下、図2のステップ2について説明する。
船舶に搭載したGPS28により、航行中の現在位置から目的地までの距離S2(残りの距離)および船舶の航行中の現在の速度v2を出力する。また、電力検出器32により推進用電動機2の消費電力P2を検出する。電池残量検出手段33は蓄電池3の電池残量A1[kWh]を検出する。切替スイッチ29は、可動接点を入力端子AからBに切り替えて入出力端子B−C間を接続し、第2群のデータである、GPS28の出力する距離S2および速度v2と、電力検出器32から出力する推進用電動機2の消費電力P2を電力上限値演算手段30Aに入力する。
【0057】
続いて、図2のステップ3について説明する。
電力上限値演算手段30Aでは第1群のデータ(S1、v1、P1)に替わって入力された第2群のデータ(S2、v2、P2)と、電池残量A1とからαを再計算する。その時点でのS2、v2、P2の値により、現在位置から目的地に到達するまでの必要電力量はP2×S2/v2で算出される。
【0058】
α=A1/(P2×S2/v2)とすると、目的地に到達するために電池残量A1が不足する場合はα<1となり、電池残量が余る場合はα>1となる。
電力上限値演算手段30Aからは推進用電動機3の消費電力の電力上限値としてP2×αを出力する。その後は図2のステップ2に戻り、同様な動作を繰り返す。
【0059】
以上述べたように、本実施形態の船舶用電気推進装置によれば、電池残量A1に応じてインバータ5の出力電力、すなわち推進用電動機2の消費電力を制限して船舶の速度を下げて運航することができるように構成したので、蓄電池3の電池切れが発生することなく、船舶を目的地へ到達させることができる。
【0060】
[第2の実施形態]
図3は、本発明の第2の実施形態に係る船舶用電気推進装置の構成図である。
第2の実施形態に係る船舶用電気推進装置が図1の第1の実施形態と相違する点は、船内に内燃機関駆動発電機38を設置し、この内燃機関駆動発電機38を遮断器37を介して船内母線10に接続した点と、最低保有電力量設定器39を設けて前記電池残量検出手段33で検出した電池残量A1から当該最低保有電力量設定器39で設定した電力量を減算器40で差し引くように構成した点と、内燃機関駆動発電機38に始動指令を与え、かつ、リミッタ35の機能を有効から無効、または無効から有効に切り替える上位制御装置41を備えた点である。
【0061】
なお、内燃機関駆動発電機38は、内燃機関である原動機で発電機を駆動し発電するようにしたもので、例えば、ディーゼル発電機やガスタービン発電機等が代表的な内燃機関駆動発電機である。
【0062】
本実施形態では、第1の実施形態と同様に、蓄電池3の電池残量A1が少ない時はインバータ5の出力電力、すなわち推進用電動機2の消費電力を絞って船舶の速度を遅くして運航することを原則とするものであるが、船舶の運航上の都合により電池残量A1が少ない場合でも船舶の速度を上げて運航する必要がある場合に適用されるものである。
【0063】
最低保有電力量設定器39は、内燃機関駆動発電機38に起動指令を与えてから電力を供給できるまでに要する起動時間(例えば、40秒程度)中、船舶を全速力で推進できるだけの電力量を設定する。
【0064】
電池残量検出手段33で検出した電力量から最低保有電力量設定器39の設定電力量を減算器40で差し引いた電力量を蓄電池3の残量として、電力上限値演算手段30Aの演算を行うので、最低保有電力量設定器39で設定した電力量は必ず蓄電池3に残されることとなる。つまり、最低保有電力量設定器39は、蓄電池3に最低限残す電池残量A1を設定するためのもので、起動指令を与えて内燃機関駆動発電機38から即時電力供給できる場合は、特に最低保有電力量設定器39を設ける必要はない。
【0065】
電池残量A1が少ないときに船舶の速度を上げる場合の動作を次に説明する。
まず、上位制御装置41から内燃機関駆動発電機38に始動指令を与え、内燃機関駆動発電機38を始動させる。このとき、同時にリミッタ35に対してリミット機能を無効にし、推進力指示器25から出力されたトルク分電流指令値Iq*をそのままの大きさでIq1*として減算器24に出力する。
【0066】
この結果、内燃機関駆動発電機38は起動指令を受けてから発電電力を出力するまでに要する40秒程度の起動時間中は、蓄電池3の電力によって全速力で船舶を航行することが可能になる。その後、内燃機関駆動発電機38が運転状態になれば内燃機関駆動発電機38の発電電力で船舶を航行することができるので、蓄電池3の電池残量A1が減少していても、推進用電動機2の出力電力を絞らずに船舶を運航することができる。
【0067】
推進用電動機2に必要な電力は内燃機関駆動発電機38から遮断器37、船内母線10、遮断器11、変圧器12、フィルタ13、PWMコンバータ4および直流主回路6を介してインバータ5に入力する。
【0068】
以上述べたように第2の実施形態は、第1の実施形態と同様に、蓄電池3の電池残量A1が少ない時はインバータ5の出力電力、すなわち推進用電動機2の消費電力を絞って船舶の速度を遅くして運航することを原則とするものであるが、船舶内に内燃機関駆動発電機38を設置して船内母線10と接続することにより、電池残量A1が少ない場合でも、万一船舶の速度を上げて運航する必要性がある場合、内燃機関駆動発電機38の発電電力を使って対応することができる。
【0069】
[第3の実施形態]
図4は、本発明の第3の実施形態に係る船舶用電気推進装置の構成図である。
本実施形態の船舶用電気推進装置が図1に示した第1の実施形態の船舶用電気推進装置と相違する点は、第1群のデータ(距離S1、速度の計画値v1、消費電力の計画値P1)を使用せずに、推進用電動機2の出力電力を検出する電力検出器32および切替スイッチ29を省き、さらに、電力上限値演算手段30Aに替えて新たな電力上限値演算手段30Bを設けるようにした点である。
【0070】
次に、本実施形態の作用を説明する。
本実施形態の船舶用電気推進装置は、陸上電源8から蓄電池3に充電する際の動作は従来技術や第1の実施形態と同様なので説明は省略する。
【0071】
次に、船舶を航行させる際の動作を説明する。
電力上限値演算手段30Bに入力される距離S2、速度v2および電池残量A1は第1の実施形態の場合と同様である。
【0072】
以下、第3の実施形態に新たに設けた電力上限値演算手段30Bの演算について説明する。
GPS28で得られた距離S2[海里]と速度v2[ノット]から、目的地までの所要時間t2(t2=S2/v2)[h]を求めると共に電池残量A1[kWh]と所要時間t2[h]とから、船舶が目的地まで到達可能な推進用電動機の消費電力の電力上限値P2(P2=A1/t2)[kW]を求める。
【0073】
さらに、除算器34で推進用電動機2に印加される電圧で前記電力上限値P2を除算することによりトルク分電流上限値IqLIMを求める。
【0074】
リミッタ35ではトルク分電流指令値Iq*がトルク分電流上限値IqLIMを越えないように制限し、新たなトルク分電流指令値Iq1*を出力する。トルク分電流指令値Iq*がリミッタ35で制限された場合、電力制限された状況であることを操船者に伝えるために表示器36に表示する。トルク分電流を制限することにより、推進用電動機2のトルクを減少させるので、結果として推進用電動機2の消費電力が抑制される。
【0075】
なお、本実施形態においても、電池残量A1が十分ある場合は電力上限値が引き上げられるので、リミッタ35にてトルク分電流が制限されず、トルク分電流指令値Iq*に影響を与えないこととなる。
【0076】
以上述べたように第3の実施形態によれば、電池残量A1に応じてインバータ5の出力電力、すなわち推進用電動機2の消費電力を制限して船舶の速度を下げて運航するので、蓄電池が電池切れになることなく、船舶を目的地に到達させることができるとともに、電力検出器32、切替スイッチ29を省略したことにより、その分設備費を抑制することができる。
【0077】
また、GPS28に代え図1の実施形態と同じように距離S2と速度V2を計画値として与え推進用電動機の消費電力を抑制することも可能であり、また、切替スイッチを設け計画値からGPS28の信号へ切替えるよう構成することも可能である。
【0078】
更に、図3の内燃機関駆動発電機38、最低保有電力量設定器39、上位制御装置41を設け、電池残量が少なくなった場合でも船舶の速度を落とさず運航することも可能である。
【符号の説明】
【0079】
1…プロペラ、2…推進用電動機、3…蓄電池、4…PWMコンバータ、5…インバータ、6…直流主回路、7…遮断器、8…陸上電源、9…遮断器、10…船内母線、11…遮断器、12…変圧器、13…フィルタ、14…遮断器、15…コンデンサ、16…電流検出器(CT)、17…船内負荷、18…回転速度検出器、19…積分器、20、21…座標変換器、22、24…減算器、23、26…PI制御器、25…推進力指示器、27…PWM制御部、28…GPS、29…切替スイッチ、30A、30B…電力上限値演算手段、31…電圧検出器(PT)、32…電力検出器、33…電池残量検出手段、34…除算器、35…リミッタ、36…表示器、37…遮断器、38…内燃機関駆動発電機、39…最低保有電力量設定器、40…減算器、41…上位制御装置。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
船舶推進用プロペラを駆動する推進用電動機と、船舶内に設置された蓄電池と、前記蓄電池の直流電圧を交流に変換し、前記推進用電動機に供給するインバータと、前記推進用電動機の電流を磁束分電流とトルク分電流に分離し、このトルク分電流が推進力指示器によって設定されるトルク分電流指令値となるように前記インバータを制御するベクトル制御手段と、前記推進用電動機の消費電力を検出する電力検出器と、前記蓄電池の電池残量を検出する電池残量検出手段と、船舶と目的地までの距離、船舶の速度、前記推進用電動機の消費電力とから船舶が目的地に到達するために必要な推進用電動機の消費電力量を演算すると共にこの推進用電動機の消費電力量と前記電池残量検出手段で検出した電池残量とから船が目的地まで到達可能な前記推進用電動機の消費電力の電力上限値を演算する第1の電力上限値演算手段と、この電力上限値および前記推進用電動機の電圧を入力し両者の商からトルク分電流上限値を演算する除算手段と、このトルク分電流上限値が前記推進力指示器のトルク分電流指令値より小さな場合にはトルク分電流指令値を前記トルク分電流上限値で制限するリミッタとを備え、
船舶が目的地まで到達できるように推進用電動機の消費電力を抑制することを特徴とする船舶用電気推進装置。
【請求項2】
船舶の現在位置から目的地までの距離と船舶の速度を取得するGPSを備え、船舶が出港する時までは、現在位置から目的地までの距離、船舶の速度および推進用電動機の消費電力の計画値からなる第1群のデータを選択して前記第1の電力上限値演算手段に入力し、船舶が出港した後は前記第1群のデータに替えて、前記GPSで取得した現在位置から目的地までの距離、速度、前記電力検出器で検出した前記推進用電動機の消費電力値からなる第2群のデータを選択して前記第1の電力上限値演算手段に入力する切替スイッチを備えたことを特徴とする請求項1記載の船舶用電気推進装置。
【請求項3】
船舶推進用プロペラを駆動する推進用電動機と、船舶内に設置された蓄電池と、前記蓄電池の直流電圧を交流に変換し、前記推進用電動機に供給するインバータと、前記推進用電動機の電流を磁束分電流とトルク分電流に分離し、このトルク分電流が推進力指示器によって設定されるトルク分電流指令値となるように前記インバータを制御するベクトル制御手段と、前記蓄電池の電池残量を検出する電池残量検出手段と、船舶の目的地までの距離と船舶の速度とから船舶が目的地に到達するために必要な所要時間を演算すると共にこの所要時間と前記電池残量検出手段で検出した電池残量とで船が目的地まで到達可能な前記推進用電動機の消費電力の上限値を演算する第2の電力上限値演算手段と、この電力上限値および前記推進用電動機の電圧を入力し両者の商からトルク分電流上限値を演算する除算手段と、このトルク分電流上限値が前記推進力指示器のトルク分電流指令値より小さな場合にはトルク分電流指令値を前記トルク分電流上限値で制限するリミッタとを備え、
船舶が目的地まで到達できるように推進用電動機の消費電力を抑制することを特徴とする船舶用電気推進装置。
【請求項4】
船舶の現在位置から目的地までの距離と船舶の速度を取得するGPSを備え、船舶が出港する時までは、現在位置から目的地までの距離および船舶の速度からなる第1群のデータを選択して前記第2の電力上限値演算手段に入力し、船舶が出港した後は前記第1群のデータに替えて、前記GPSで取得した現在位置から目的地までの距離および速度からなる第2群のデータを選択して前記第2の電力上限値演算手段に入力する切替スイッチを備えたことを特徴とする請求項3記載の船舶用電気推進装置。
【請求項5】
前記インバータに直流電力を供給するコンバータと、前記コンバータに交流電力を供給する内燃機関駆動発電機とを備え、前記蓄電池の電池残量が少ない状態で船舶の速度を上げる必要がある場合に、前記内燃機関駆動発電機を起動しコンバータを介してインバータに電力供給すると共に前記リミッタのリミッタ機能を無効として推進用電動機のトルク分電流が推進力指示器で設定されるトルク分電流指令値となるように制御することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の船舶用電気推進装置。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−14222(P2013−14222A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−148325(P2011−148325)
【出願日】平成23年7月4日(2011.7.4)
【出願人】(000195959)西芝電機株式会社 (172)
【Fターム(参考)】