説明

花粉症の検査または評価方法

【課題】花粉症に関し、特異性の高いバイオマーカーを提供する。
【解決手段】スギ花粉症者と健常者(無症状者)との血漿成分または血清成分につき、質量電荷比をバイオマーカーとしたスギ花粉症の検査・評価方法。また、スギ花粉症者と健常者との顆粒球において、有意に発現が変動する遺伝子の同定をDNAチップにより見出し、それらをバイオマーカーとしたスギ花粉症の検査・評価方法とし、それに基づいた安全な抗スギ花粉症剤をスクリーニングする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、花粉症に関連する血中バイオマーカーとして質量電荷比によって特定される血液成分、ならびに顆粒球の遺伝子の発現を指標とした花粉症の検査または評価方法、および花粉症を低減および治療する医薬品、医薬部外品、または飲食品のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スギやダニに対するアレルギーの即時型アレルギーは、近年花粉症やアトピー性皮膚炎等の大きな問題となっている。即時型アレルギーはT細胞、B細胞、肥満細胞、好塩基球等の免疫系エフェクター細胞が抗原と抗原に対するIgE抗体により活性化され、ヒスタミン等のケミカルメディエーターを放出することにより発症すると考えられている。このため、抗アレルギー薬はステロイド剤や抗ヒスタミン剤などが治療に施されるが、副作用が強くアレルギー患者の状態を健全に保つことはできていない。
【0003】
例えばスギ花粉症等のアレルギーにより発症する鼻炎の治療薬として現在用いられているもののほとんどが抗ヒスタミン剤である。抗アレルギー薬は眠気を引き起こす等の副作用を有し、副作用の無い飲食品、医薬品、医薬部外品等、花粉症に有効な抗アレルギー剤が望まれている。
一方、外的要因 (薬や食品の摂取、運動、病気など) によって生体内で起こる変化を示す生物指標をバイオマーカーと言われているが、花粉症の明確なバイオマーカーは現状では、特異的IgE抗体量、鼻汁中好酸球数、ヒスタミン濃度などが使用されている。しかしIgE抗体があっても発症しない事例も多く見出されており、鼻汁中好酸球数などは定量性に欠けており、またヒスタミンは花粉症に特異的ではなく、これらをマーカーとして花粉症に対する医薬品や食品の機能性を評価することは困難であり、また現行の抗アレルギー剤
(医薬品、飲食品) では十分満足されていないのが実際である。
【0004】
また、スギ花粉症者に関して、T細胞の遺伝子に於いて有意に発現が高い遺伝子があることが報告されている (特許文献1−8参照) が、これらは、何れも花粉症発症時に生じる、T細胞の応答を見るための技術である。
さらにアトピー性皮膚炎に関し好酸球において有意に発現が高い遺伝子があることも報告されている(特許文献9−13参照)。
【0005】
最近では白血球画分へのアレルゲン作用による活性酸素発生量をルミノール発光で測定する系(特許文献14)や、顆粒球画分にアレルゲンを作用させ、発生するラジカルとヒスタミン放出率を組み合わせ、より精度の高い検査系(特許文献15)の報告がある。
【特許文献1】特開平2000−106879号公報
【特許文献2】特願2000−614385号
【特許文献3】特願2000−614387号
【特許文献4】特願2000−614386号
【特許文献5】特願2001−500748号
【特許文献6】特願2001−500752号
【特許文献7】特願2001−500753号
【特許文献8】特願2001−563903号
【特許文献9】特願2002−529497号
【特許文献10】特願2002−530725号
【特許文献11】特開2002−119281号公報
【特許文献12】特願2002−536438号
【特許文献13】特願2002−536090号
【特許文献14】特開2001−215224号公報
【特許文献15】特願2004−283206号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、花粉症に関する詳細な生体内メカニズムは十分に解明されておらず、生体の状態をより深く反映させた、特異性の高いバイオマーカーが求められている。
またそれら特異性の高いバイオマーカーを使用することにより、効率よく花粉症の治療または予防が可能な、新規抗花粉症メカニズムを持つ医薬品、医薬部外品、飲食品、香粧品などが求められている。
花粉症に相関した遺伝子発現バイオマーカーとしては前述の特許文献1−8があるが、これらはいずれも、花粉症発症前後で変化するマーカーであって、オフシーズンでも花粉症を判定できるものではない。そこで本発明者らは、健常者とスギ花粉症者との血液をスギ花粉が飛散していない時期に採取し、血中の顆粒球画分につき遺伝子発現解析、さらに血清中の代謝産物解析を行い、2群間に統計学的に有意なバイオマーカーを見出すに至った。
【0007】
即時型アレルギー、特にスギ花粉症の検査は血清中のヒスタミン量を測定する方法、および、免疫系エフェクター細胞の活性化が細胞表面に存在するIgEレセプターにスギ特異的IgE抗体が結合することにより起こることから被験者の血清中のスギ特異的IgE抗体を検出する方法等が用いられているが、スギ特異的IgE抗体価が低くてもアレルギー症状が重い場合もあれば、抗体価が高くてもスギ花粉症の症状を発症しない場合もあることが知られている。またその治療または症状緩和のためには、一般的に抗ヒスタミン剤やステロイド剤が用いられるが、これらの医薬品には眠気や倦怠感を伴ったり、肝機能の低下やリバウンド等の副作用を引き起こしたりするため、安全なスギ花粉症の改善薬とは言えない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の発明者らは、上記の問題を解決するため、スギ花粉症者と健常者(無症状者)との血漿成分または血清成分につき、有意に差異のある成分を分離し精密質量測定に基づく質量電荷比をLC−TOF MS(高速液体クロマトグラフ-飛行時間型質量分析計)で見出し、それらをバイオマーカーとしたスギ花粉症の検査・評価方法とし、それに基づいた安全な抗スギ花粉症剤をスクリーニングする方法を提供する。
また、スギ花粉症者と健常者との顆粒球において、有意に発現が変動する遺伝子の同定をDNAチップにより見出し、それらをバイオマーカーとしたスギ花粉症の検査・評価方法とし、それに基づいた安全な抗スギ花粉症剤をスクリーニングする方法を提供する。
【0009】
すなわち、スギ花粉症者と健常者の抹消血から血漿を調整し、固相カラムで前処理後、日本電子社製のLC−TOF MSで分離された血液成分のマスクロマトグラムを算出し、危険率5%未満で有意差がみられた成分を、正イオン測定にて質量電荷比が448.301±10mmu(mmuミリマスユニット:1ミリマス=0.001AMU原子質量単位)
、および432.310±10mmuの2成分、負イオン測定にて質量電荷比が528.262±10mmu、および995.587±10mmuの質量電荷比の2成分、計4成分の質量電荷比を特定した。また、スギ花粉症者と健常者の抹消血から顆粒球を調整し、発現しているmRNAを取り出し、PCRで増幅させた後、DNAチップ(アフィメトリクス社製ジーンチップ)で発現マーカーを解析した。各群の平均蛍光強度比が2.0以上に変化し、かつANOVA検定で5%未満の危険率で変化がみられ、かつ各群どちらかの平均蛍光強度測定値が10.0以上を満たすものとして、GenBank(NCBIの核酸配列データベース) におけるAccession No.でAF013611、X98263、AF112482、AK022904、AU118614、BC001338、AF156552、BC032338、X98126、Z46632、J03578、AF101044、BC010100、BC000260、AL713733、BC042914、M22538およびAJ512214で表される18の遺伝子発現マーカーを特定した。
【0010】
これらのことから本発明者らは、スギ花粉症者と健常者の血漿から、LC−TOF MSにより4成分の質量電荷比を代謝物バイオマーカーとして特定し、顆粒球からDNAチップにより18の遺伝子発現バイオマーカーを特定した。
本発明では、前記の質量電荷比の4成分を代謝物バイオマーカーおよび/または18の遺伝子発現バイオマーカーを検査項目や評価対象とすることにより、スギ花粉症を低減、改善、あるいは予防する、飲食品、医薬品、医薬部外品、香粧品のスクリーニング法が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、末梢血の血漿あるいは血清を、LC−TOF MSで特定の質量電荷比で表される代謝物バイオマーカーを分析することにより、花粉症の検査・評価法が提供される。また、末梢血の顆粒球から得られるmRNAにつきDNAチップ解析を行い、特定の遺伝子発現バイオマーカーを測定することにより、花粉症の検査・評価法が提供される。
さらに、本発明のバイオマーカーを検査項目や評価対象とすることにより、スギ花粉症を低減、改善、あるいは予防する、飲食品、医薬品、医薬部外品、香粧品のスクリーニング法を提供することができる。
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0012】
22歳から35歳までの男女27名を被験者とし、スギ花粉症者13名 (うち男性6名、女性7名) と健常者14名 (うち男性7名、女性7名) に群分けを行い、抹消血をへパリンあるいはEDTAなどの抗凝固剤入り試験管に採血し、3000rpm、20分間、4℃で遠心分離を行って上清を取り、血漿とした。得られた血漿のうち、100μlをとり、メタノールと純水で前処理を施した固相抽出カラム(Waters社製、Sep−Pak Light C18)に負荷した。純水1mlで2回洗浄後、500μlのメタノールで溶出させた。溶出液を冷却トラップ(東京理化器械社製UT-2000)付き遠心エバポレーター
(東京理化器械社製CVE-200D) で減圧乾燥させ、さらに100μlのメタノールに再溶解させ、分析用試料とした。
LC及びMSは、高感度/高分解能/高質量精度に微量成分の精密質量測定(ミリマス測定)を行うことができる日本電子社製の高速液体クロマトグラフ接続飛行時間型質量分析計JMS−T100LCを用いた。試薬類はLCMSまたは特級グレードのものを用いた。内部標準試薬として合成アミノ酸(Z−Tyr−Glu,Tos−Arg−OMe:ペプチド研究所社製)を試料と混合し濃度を1ppmとなるように調整した。LC条件およびMS条件は以下に示した。
【0013】
[LC条件]
プレカラム:Opti Guard Fit ODS(TCI社製)
カラム:Cadenza C18 2×150mm(Imtakt社製)
移動相:A=水(0.05%ギ酸)、B=アセトニトリル
流速:0.2ml/分
グラジエントプログラム:5−95%(15分)−100%(5分)
試料導入量:5μl
[TOF MS分析条件]
装置 アジレント社製Agilent 1100series(バイナリーポンプ、カラムヒーター、UV検出器、冷却機能つきオートサンプラー)
オートサンプラー設定温度:4℃
イオン化法:ESI(エレクトロスプレーイオン化、ポジティブモードおよびネガティブモード)
質量範囲:70−1000Da
オリフィス1電圧:10〜50V(掃引Pos、Neg)
イオンガイド電圧:500〜2500V(掃引Pos、Neg)
MCP電圧:2800V
スペクトル記録間隔2.5秒
[データ解析]
LC−TOF MSにて分離された成分のピークをピックアップし、それぞれについて0.2Daの質量幅でマスクロマトグラムを作成し面積計算を行った。分析毎のイオン化効率を補正するために内部標準として導入した2試料の擬分子イオン(M+H)+、(M−H)-のマスクロマトグラムの平均値でそれぞれの面積値を割って相対面積値を計算した。
スギ花粉症群と健常者群に対してt検定(T−test:EXCEL)を行い危険率5%未満で有意差のみられたものを代謝物バイオマーカー候補とした。有意差の見出された4つの成分の平均値と標準誤差範囲を図1に示す。
【0014】
また、Principle Component Analysis(PCA)には、CAMO社のUnscrambler 9.1を用いて行った。上記の手順で見つけた4つのマーカー候補を用いてPCAを行った。
1.エクセルワークシート上のデータを読み込む。
2.それぞれの成分を規格化する。
3.PCAを行う。
その結果を図2に示す。
【0015】
図に示したように花粉症患者と健常人は4つのバイオマーカー候補の相対面積値を用いてPCAによって分類することができた。従ってこれら代謝物バイオマーカーを検査あるいは評価を行うことにより、花粉が飛散していない時期における発症予測が可能となる。また、本代謝物バイオマーカーを測定することによる、花粉症を低減、改善または予防する飲食品、医薬品、医薬部外品または香粧品のスクリーニングが可能となると考えられた。
【実施例2】
【0016】
22歳から35歳までの男女27名を被験者とし、スギ花粉症者13名(うち男性6名、女性7名)と健常者14名(うち男性7名、女性7名)に群分けを行い、抹消血をへパリンあるいはEDTAなどの抗凝固剤入り試験管に採血し、末梢血に1/5量相当の6%デキストラン含有生理食塩水を加え、撹拌後室温で1時間静置し、上層の白血球画分を回収した。顆粒球(好中球)画分は、白血球画分5mlを、6mlフィコール液(アマシャム社製Ficoll−Paque PLUS)入り遠心管に重層し、1500rpm、45分間、4℃で遠心分離し、上清を除去した。沈殿に0.2%のNaCl溶液を5ml加え、45秒間スポイトを用いて沈殿を縣濁し、顆粒球に混入した赤血球を溶血させた。続いて1.6%NaCl溶液を5ml加え、撹拌して浸透圧を生理食塩水状態へ戻した。もう一度この溶血操作を繰り返し、画分中の約98%の細胞が好中球から成る顆粒球画分を得た。
【0017】
顆粒球について、RNA抽出カラム(キアゲン社製RNeasy)を用いて全RNAを抽出した。そしてこれよりcDNAを合成し、イン・ヴィトロ転写にてcRNAを作成する際にビオチンラベルを施した。このビオチンラベルcRNAについて、約9000種類の遺伝子プローブが搭載されているDNAチップ(アフィメトリクス社製ジーンチップHG−Focusアレイ)を用いて、ハイブリダイゼーションを行った。
その後、洗浄を行いハイブリダイゼーションされているプローブのみにフィコエリスリン−アビジンと結合反応させ、共焦点アルゴンレーザースキャナー(アフィメトリクス社製ジーンチップスキャナー)によりフィコエリスリンを励起させ、その蛍光強度を計測した。
【0018】
この蛍光強度が遺伝子発現量に相関するので、各々の遺伝子プローブの蛍光強度について「健常者群」と「花粉症者群」各々4人ずつのデータについて、各群の平均蛍光強度比が2.0以上に変化しかつANOVA検定により5%未満の危険率で変化がみられかつ各群どちらかの平均蛍光強度が10.0以上を満たす遺伝子プローブをピックアップし、花粉症を有意に反映する遺伝子発現バイオマーカーあるいはRNAマーカーとして、GenBank(NCBIの核酸配列データベース)におけるAccession No.においてAF013611、X98263、AF112482、AK022904、AU118614、BC001338、AF156552、BC032338、X98126、Z46632、J03578、AF101044、BC010100、BC000260、AL713733、BC042914、M22538およびAJ512214で表される18の遺伝子を同定した。その結果を表1に示す。
【0019】
【表1】

【0020】
従ってこれらのバイオマーカーを指標とした検査あるいは評価を行うことにより、花粉が飛散していない時期における発症予測が可能となる。またこれらバイオマーカーを測定することによる、花粉症を低減、改善または予防する飲食品、医薬品、医薬部外品、化粧品のスクリーニングが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1において健常人と花粉症の人との間の負イオン測定の結果を示すグラフである。
【図2】実施例1において代謝物バイオマーカーの検査・評価の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
LC−TOF MSの正イオン測定にて質量電荷比が448.301±10mmu、および432.310±10mmu、負イオン測定にて質量電荷比が528.262±10mmu、および995.587±10mmu、4つの血中バイオマーカーのいずれか一つ以上を指標とすることを特徴とする、花粉症の検査または評価方法。
【請求項2】
GenBank(NCBIの核酸配列データベース)におけるAccession No.AF013611、X98263、AF112482、AK022904、AU118614、BC001338、AF156552、BC032338、X98126、Z46632、J03578、AF101044、BC010100、BC000260、AL713733、BC042914、M22538およびAJ512214の18遺伝子のいずれか一つ以上の遺伝子を、血中バイオマーカーとして指標とすることを特徴とする、花粉症の検査または評価方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法で評価を行うことにより開発される花粉症低減、改善または予防を目的とした飲食品、医薬品、医薬部外品、または香粧品のスクリーニング方法。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2006−308411(P2006−308411A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−131040(P2005−131040)
【出願日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年12月8日 第27回日本分子生物学会年会組織委員会主催の「第27回 日本分子生物学会年会」において文書をもって発表
【出願人】(000000055)アサヒビール株式会社 (535)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】