説明

表面分析方法

【課題】試料の表面に傷などの影響を与えずに帯電を緩和させ、その表面分析を行えるようにする。
【解決手段】表面分析方法は、非導電性マトリクスに導電性フィラーを含有させた未固化の導電性試料固定材12を層状に設け、その上に試料13を、その少なくとも一部分が埋没し且つ表面の一部分が露出するようにセットした後、導電性試料固定材12を固化させて試料13を固定し、導電性試料固定材12に固定した試料13の露出した表面に分析ビームを照射して表面分析するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型電子顕微鏡観察分析、X線光電子分光分析、二次イオン質量分析等の表面分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
走査型電子顕微鏡観察分析、X線光電子分光分析、二次イオン質量分析等の表面分析は、電子線、X線、イオンビームを試料表面に照射し、その応答として得られる電子、イオンを検出することで、試料表面の形態、化学状態、エネルギーを分析する方法である。
【0003】
しかし、絶縁性の高い表面を有する試料を分析する場合、照射電子や試料からの二次電子、二次イオンの放出によって試料表面に電荷が蓄積する、いわゆるチャージアップが起こることがある。かかるチャージアップが生じると試料表面から放出される電子、イオンの軌道が乱れ、像の歪みや揺れ、エネルギーのシフト、ピーク形状の変化といった影響が現れる。
【0004】
そこで、絶縁性の高い表面を有する試料を分析する場合には、試料表面に蓄積した電荷を逃がすことにより帯電を緩和させることが行われる。
【0005】
例えば、特許文献1には、試料表面に金属などの導電膜を形成した後、分析部位の導電膜を除去し、表面に残った導電膜を介して帯電を緩和させることが開示されている。
【0006】
特許文献2には、試料を導電性の樹脂に包埋した後に分析面を切り出すことが開示されている。
【0007】
非特許文献1には、試料を導電性の高い金属に埋め込むことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平6−249805
【特許文献2】特開平8−306235
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】D. Briggs et al., TOF-SIMS surface analysis by mass spectrometry
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1記載の方法では、導電膜を除去する際にスパッタによって試料表面の組成や吸着物の組成が変化する可能性があるため最表面分析には適さない。
【0011】
特許文献2記載の方法では、試料の断面を分析したい場合には適しているが、試料表面は樹脂に囲まれているために分析を行うことが出来ない。
【0012】
非特許文献1記載の方法では、試料を金属に埋め込む際に試料の上から力を負荷するため、試料表面に傷が発生する虞があり、そのような場合に正確な表面状態を分析することが困難となる。また、電荷を逃がすためには金属と試料との密着性が重要であり、密着性の度合いによって分析結果が左右され、密着性の悪い部分では十分に帯電を緩和させることができない場合がある。
【0013】
以上のことから、試料の表面分析を適正に行うためには、試料の表面に傷などの影響を与えずに帯電を緩和させる技術が必要である。
【0014】
本願の課題は、試料の表面に傷などの影響を与えずに帯電を緩和させ、その表面分析を行えるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、非導電性マトリクスに導電性フィラーを含有させた未固化の導電性試料固定材を層状に設け、その上に試料を、その少なくとも一部分が埋没し且つ表面の一部分が露出するようにセットした後、該導電性試料固定材を固化させて該試料を固定し、該導電性試料固定材に固定した試料の露出した表面に分析ビームを照射して表面分析する表面分析方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、導電性試料固定材に試料を、その少なくとも一部分が埋没し且つ表面の一部分が露出するように固定し、試料の最表面がそのまま露出した状態となるので、試料の表面に傷などの影響を与えずに帯電を緩和させ、その表面分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】(a)〜(d)は試料の固定の方法を示す説明図である。
【図2】(a)〜(e)はそれぞれ実施例及び比較例1〜4のトータル二次イオン像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、実施形態について図1(a)〜(d)に基づいて詳細に説明する。
【0019】
本実施形態に係る表面分析方法は、支持プレート11上に非導電性マトリクスに導電性フィラーを含有させた未固化の導電性試料固定材12を層状に設ける。次いで、その層状の導電性試料固定材12の上に試料13を、その少なくとも一部分が埋まり且つ表面の一部分が露出するようにセットした後、導電性試料固定材12を固化させて試料13を固定する。そして、それを分析装置にセットし、導電性試料固定材12に固定した試料13の露出した表面に分析ビームを照射することにより表面分析する。
【0020】
このようにすれば、導電性試料固定材12に試料13を、その少なくとも一部分が埋まり且つ表面の一部分が露出するように固定し、試料13の最表面がそのまま露出した状態となるので、試料13の表面に傷などの影響を与えずに帯電を緩和させ、その表面分析を行うことができる。
【0021】
本実施形態に係る表面分析方法では、まず、図1(a)に示すように、台上に支持プレート11を載置する。
【0022】
ここで、支持プレート11としては、低抵抗で高導電率のものが好ましく、例えば、銅プレート等が挙げられる。支持プレート11は、例えば、直径が5〜50mm、及び厚さが0.5〜5mmである。なお、支持プレート11の代わりに支持ブロック等を用いてもよい。
【0023】
次いで、図1(b)に示すように、支持プレート11上に未固化の導電性試料固定材12を層状に設ける。
【0024】
ここで、未固化の導電性試料固定材12は、液体状であってもよく、また、ゲル状であってもよく、さらに、ペースト状であってもよい。未固化の導電性試料固定材12の粘度は0.1〜1000Pa・sであることが好ましく、1〜500Pa・sであることがより好ましい。未固化の導電性試料固定材12の層厚さは0.05〜5mmであることが好ましく、0.1〜2mmであることがより好ましい。
【0025】
未固化の導電性試料固定材12は、非導電性マトリクスに導電性フィラーを含有させたものである。
【0026】
未固化の導電性試料固定材12の具体的構成としては、例えば、非導電性マトリクスが未硬化の熱硬化性樹脂であるもの、非導電性マトリクスが熱可塑性樹脂やゴム等のエラストマーであって、それが溶媒(分散媒)に溶解乃至分散したものが挙げられる。これらのうち試料13に対する溶媒の影響を排除する観点からは前者が好ましい。
【0027】
熱硬化性樹脂の非導電性マトリクスとしては、例えば、エポキシ樹脂、アクリル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、フェノール樹脂等が挙げられる。これらの熱硬化性樹脂は、試料13に対する熱の影響を排除する観点からは常温硬化性のものが好ましい。具体的な熱硬化性樹脂の非導電性マトリクスは、例えば、エポキシ樹脂系接着剤、反応形アクリル系接着剤、ポリウレタン系接着剤である。
【0028】
熱可塑性樹脂等の非導電性マトリクスとしては、例えば、塩化ビニル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、酢酸ビニル樹脂、クロロプレンゴム、ニトリルゴム等が挙げられる。溶媒(分散媒)としては、例えば、水、酢酸メチル、トルエン、メチルエチルケトン(MEK)等が挙げられる。具体的な熱可塑性樹脂等の非導電性マトリクスは、例えば、樹脂系溶剤型接着剤、エマルジョン接着剤、ゴム系溶剤型接着剤である。
【0029】
その他の未固化の導電性試料固定材12の非導電性マトリクスとしては、湿式硬化型のアルキル−α−シアノアクリレートを主成分とする接着剤や加熱溶融させたホットメルト接着剤等が挙げられる。
【0030】
非導電性マトリクスは、単一種のもので構成されていてもよく、また、複数種のものが混合されて構成されていてもよい。
【0031】
導電性フィラーは、例えば、粒状のものであってもよく、また、繊維状のものであってもよく、さらに、鱗片状のものであってもよい。
【0032】
粒状の導電性フィラーとしては、例えば、銀粉末、白金粉末、金粉末、銅粉末、ニッケル粉末、パラジウム粉末などの金属粉末;カーボンブラック、グラファイト粉などのカーボン粉が挙げられる。
【0033】
繊維状の導電性フィラーとしては、例えば、カーボン繊維;黄銅、ステンレス、アルミニウムなどの金属繊維;ニッケル、アルミニウムなどでコートした炭素繊維、金属をコートしたガラス繊維等が挙げられる。
【0034】
鱗片状の導電性フィラーとしては、例えば、黒鉛;アルミニウム、銅、ニッケルなどの金属フレーク等が挙げられる。
【0035】
以上の導電性フィラーのうち、少量で導電性を付与できるという観点からカーボンブラックが好ましい。カーボンブラックとしては、例えば、チャネルブラック;SAF、ISAF、N−339、HAF、N−351、MAF、FEF、SRF、GPF、ECF、N−234などのファーネスブラック;FT、MTなどのサーマルブラック;アセチレンブラック等が挙げられる。
【0036】
導電性フィラーが粒状の場合の平均粒子径は0.005〜10μmであることが好ましく、0.01〜0.5μmであることがより好ましい。導電性フィラーが繊維状の場合の平均長さは0.01〜10μmであることが好ましく、0.01〜1μmであることがより好ましい。なお、平均粒子径や平均長さは電子顕微鏡により測定することができる。
【0037】
導電性フィラーの含有量は、固化した導電性試料固定材12が適度な導電性を示す量であればよく、また、その種類によっても異なるが、通常は、充分な導電性を付与する観点から、非導電性マトリクス100質量部に対して1質量部以上であることが好ましく、1.3質量部以上であることがより好ましい。一方、試料固定能力低下を抑制する観点からは、50質量部以下であることが好ましく、20質量部以下であることがより好ましく、10質量部以下であることがさらに好ましい。
【0038】
未固化の導電性試料固定材12は、非導電性マトリクス及び導電性フィラーの他に、非導電性マトリクス硬化促進剤、フィラーの分散剤等を含有していてもよい。但し、試料13に対する例えば表面汚染等の影響を排除する観点からは、未固化の導電性試料固定材12は、非導電性マトリクス及び導電性フィラーのみで構成されていることが好ましい。
【0039】
次いで、図1(c)に示すように、層状の導電性試料固定材12の上に試料13を載置した後、試料13の端を押圧することにより、図1(d)に示すように、試料13を導電性試料固定材12に、少なくとも一部分が埋没し且つ表面の一部分が露出するようにセットする。
【0040】
ここで、試料形状としては、例えば、線形状(毛髪など)、粒子形状(洗剤、ポリマー、トナーなど)等が挙げられる。
【0041】
試料13の埋没体積は、1〜99%とすることが好ましく、10〜90%とすることがより好ましく、30〜70%とすることがさらに好ましい。
【0042】
試料13の露出表面積は、表面分析が容易となるという観点から、全表面積のうち1%以上とすることが好ましく、5%以上とすることがより好ましく、10%以上とすることがさらに好ましく、20%以上とすることが特に好ましい。一方、試料13の帯電防止の観点からは、90%以下とすることが好ましく、70%以下とすることがより好ましく、60%以下とすることがさらに好ましく、50%以下とすることが特に好ましい。
【0043】
続いて、導電性試料固定材12を固化させて試料13を固定する。
【0044】
ここで、導電性試料固定材12の固化は、熱硬化性樹脂の非導電性マトリクスの場合には所定温度雰囲気下に保持することにより行うことができ、また、熱可塑性樹脂の非導電性マトリクスの場合には溶媒を飛散させることにより行うことができる。
【0045】
そして、それを分析装置にセットし、導電性試料固定材12に固定した試料13の露出した表面に分析ビームを照射することにより表面分析する。
【0046】
ここで、表面分析としては、例えば、走査型電子顕微鏡観察分析、X線光電子分光分析、二次イオン質量分析等が挙げられる。走査型電子顕微鏡観察分析では分析ビームが電子線であり、X線光電子分光分析では分析ビームがX線であり、二次イオン質量分析では分析ビームがイオンビームである。
【実施例】
【0047】
(実施例1)
市販の二剤型エポキシ系接着剤(商品名:アラルダイト、ハンツマン・アドバンスト・マテリアルズ社製)に対してカーボンブラック(商品名:Black Pearls2000、平均粒子径12nm、キャボット社製)を接着剤100質量部に対して1.5質量部をスパチュラで5分間均一に混合して含有させた試料固定材を調製した。
【0048】
次いで、直径1.2cm及び厚さ0.5mmの銅製の円盤状の支持プレートの上に上記試料固定材を厚さ1mmの層状に設け、さらに、その上に長さ1cmに切った毛髪の試料を載せ、その両端を下方に押圧することにより、試料の一部分が埋没し且つ表面の一部分が露出するようにした。試料の埋没体積は50%であり、露出表面積は全表面積のうち50%であった。
【0049】
その後、室温下で1日間保管することにより試料固定材を固化させることにより試験片を作製した。
【0050】
上記の試験片を飛行時間型二次イオン質量分析装置(ION−TOF社製 型番:TOF−SIMS IV)にセットし、測定条件:一次イオン Bi3(2+)、加速電圧25kV(pulsed current :0.04pA),Cycle Time 100μs、検出:Positive、測定範囲:75×75μm,100回スキャンとし、帯電緩和銃を未使用として二次イオンのトータルイオン像を得た。
【0051】
図2(a)はその二次イオンのトータルイオン像を示す。
【0052】
これによれば、二次イオン像に歪みや揺れが無く、また、毛髪のキューティクルの状態が鮮明に現れているのが分かる。これは試料が導電性試料固定材に固定されて試料表面のチャージアップが緩和されたためであると考えられる。
【0053】
(比較例1)
試料固定材のカーボンブラックの混合量を接着剤100質量部に対して0.75質量部としたことを除いて実施例1と同様に試験片を作製し、そして、その二次イオンのトータルイオン像を得た。
【0054】
図2(b)はその二次イオンのトータルイオン像を示す。
【0055】
これによれば、得られた像は局所的に明るくなっている部分が存在し、また、毛髪のキューティクルの存在が確認できないことが分かる。これは試料表面のチャージアップが生じたためであると考えられる。
【0056】
(比較例2)
非特許文献1に記載された方法に基づき、インジウム箔の上に長さ1cmに切った毛髪の試料を載せ、さらにその上に別のインジウム箔を載せて押圧し、それによって試料を下側のインジウム箔に埋め込んだ試験片を作製し、そして、実施例1と同様にしてその二次イオンのトータルイオン像を得た。
【0057】
図2(c)はその二次イオンのトータルイオン像を示す。
【0058】
これによれば、試料が全体的に暗く観察され、また、毛髪のキューティクルの存在が確認できないのが分かる。全体的に暗く観察されたのは試料表面のチャージアップが生じたためであると考えられる。その原因は試料とインジウム箔とが十分に密着していなかったためであると考えられる。また、キューティクルが観察されなかったのは、試料をインジウム箔に埋め込むまめに上から押圧した際に、試料の表面形態が変わってしまったためであると考えられる。
【0059】
(比較例3及び4)
絶縁性試料の帯電緩和を緩和させる手法として、試料を薄くするという手法が考えられる。そこで、毛髪をEz−pick(エス・テイ・ジャパン社製)を用いて薄くした試験片(比較例3)及びウルトラミクロトームを用いて薄片化した試験片(比較例4)を作製し、そして、実施例1と同様にしてその二次イオンのトータルイオン像を得た。
【0060】
図2(d)は比較例3の二次イオンのトータルイオン像を及び図2(e)は比較例4の二次イオンのトータルイオン像をそれぞれ示す。
【0061】
これらによれば、いずれも局所的に明るくなっている部分があり、また、比較例3では毛髪のキューティクルがめくれ上がっており、比較例4では毛髪のキューティクルの存在が確認できないのが分かる。局所的に明るくなっている部分があるのは試料表面のチャージアップが緩和されていないためであると考えられる。比較例3で毛髪のキューティクルがめくれ上がっており、比較例4で毛髪のキューティクルの存在が確認できないのは、薄片化する際に試料に作用した力により形状が変化したためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明は、走査型電子顕微鏡、X線光電子分光法、二次イオン質量分析法等の表面分析方法について有用である。
【符号の説明】
【0063】
11 支持プレート
12 導電性試料固定材
13 試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非導電性マトリクスに導電性フィラーを含有させた未固化の導電性試料固定材を層状に設け、その上に試料を、その少なくとも一部分が埋没し且つ表面の一部分が露出するようにセットした後、該導電性試料固定材を固化させて該試料を固定し、該導電性試料固定材に固定した試料の露出した表面に分析ビームを照射して表面分析する表面分析方法。
【請求項2】
上記導電性フィラーの含有量が上記非導電性マトリクス100質量部に対して1〜50質量部である請求項1に記載の表面分析方法。
【請求項3】
上記試料の全表面積のうち1〜90%を露出させる請求項1又は2に記載の表面分析方法。
【請求項4】
上記導電性フィラーがカーボンブラックである請求項1〜3のいずれかに記載の表面分析方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−249694(P2010−249694A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−100148(P2009−100148)
【出願日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】