説明

表面被覆切削工具およびその製造方法

【課題】耐摩耗性、耐欠損性、および密着性を兼ね備えた被覆膜を表面に有する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】本発明の表面被覆切削工具は、基材とその上に形成された被覆膜とを備えるものであって、該被覆膜は、AlaTibSicdNからなるA層と、TieAlfSigMehNからなるB層とが交互に各2層以上積層された積層体を含み、A層およびB層はそれぞれ、20nm以下の層厚であり、刃先稜線部に形成された被覆膜の表面は、急峻な形状の凸部と、隣接する凸部の間の距離が2μm以上であって、かつその間をなだらかな曲面で結ぶ第1凹部と、隣接する凸部の距離が2μm未満であって、かつその間をなだらかな曲面で結ぶ第2凹部とが不規則に形成された凹凸を有するむしれ面であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材とその上に形成された被覆膜とを備える表面被覆切削工具およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近の切削工具の動向として、地球環境保全の観点から切削油剤を用いないドライ加工が求められていること、被削材が多様化していること、加工能率を一層向上させるため切削速度がより高速になってきていることなどの理由から、工具刃先温度はますます高温になる傾向にあり、工具材料に要求される特性は厳しくなる一方である。特に工具材料の要求特性として、基材上に形成される被覆膜の高温での安定性(耐酸化特性や被覆膜の密着性)はもちろんのこと、切削工具寿命に関係する耐摩耗性の向上や耐欠損性の向上が一段と重要になっている。
【0003】
耐摩耗性および表面保護機能改善のため、WC基超硬合金、サーメット、高速度鋼等の硬質基材からなる切削工具や耐摩耗工具等の表面には、硬質被覆膜としてTiAlの窒化物を単層または複層形成することはよく知られているところである。しかしながら、最近の高速、ドライ加工では、TiAlの窒化物からなる被覆膜では十分な工具寿命が得られないのが現状である。
【0004】
このような状況下、被覆膜の耐熱性を向上し、長い工具寿命を実現する方法として、特許文献1には、TiとAlとの複合窒化物において、さらにSiを添加した被覆膜が提案されている。このようにSiを含む被覆膜は、その表面にSiを含有する緻密な酸化保護膜が形成されることから、TiAlの窒化物からなる被覆膜よりも耐熱性が優れるという利点がある。しかし、その一方で特許文献1に開示される被覆膜は、その硬度および靭性の性能が十分ではないという問題があった。
【0005】
このような問題を解決する試みとして、特許文献2および特許文献3には、Tiの窒化物、炭窒化物、窒酸化物、または炭窒酸化物にSiを適量含有した層と、TiおよびAlを主成分とする窒化物、炭窒化物、窒酸化物、または炭窒酸化物からなる層とを交互に積層した被覆膜が開示されている。また、特許文献4には、AlTiSiNからなる層と、TiSiNからなる層とを交互に積層した被覆膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平07−310174号公報
【特許文献2】特開2000−334606号公報
【特許文献3】特開2000−334607号公報
【特許文献4】特開2003−291005号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献2および特許文献3に開示されているTiSi系の被覆膜は、圧縮残留応力が極端に高いことにより、被覆膜自体が自己破壊しやすいため、基材または下層との密着性が十分ではないという問題があった。また、上記の特許文献4で開示されている被覆膜は、耐熱性、硬度、および靭性に優れる一方、かかる被覆膜で被覆した切削工具を用いて切削加工を行なうと、積層構造中の層間で剥離する傾向があり、十分な工具寿命が得られないという問題があった。
【0008】
このように被覆膜にSiを含有せしめることによって、被覆膜に耐熱性を付与する試みはなされていたが、Siの添加は被覆膜の圧縮応力を高くすることになるため、被覆膜が自己破壊したり、基材との応力差が大きくなって被覆膜の基材との密着性が低下したりするという問題があった。かかる問題を解消するための試みとして、特許文献2および3に示されるように、Siを含む層とSiを含まない層との積層構造としたり、特許文献4に示されるように、敢えて圧縮応力が低くなる成膜条件で被覆膜を成膜したりして、被覆膜に圧縮応力を付与させずにSiを添加する試みを行なわれていたが、特許文献2〜4のいずれの方法も、Siの添加による高硬度化を損なうものであり、結果として十分な工具性能を得ることができていなかった。
【0009】
本発明は、上記のような現状に鑑みなされたものであって、その目的とするところは、耐熱性、硬度、および応力バランスに優れるというAlTiSiMNの特性と耐摩耗性と靭性に優れるというTiAlSiMeNの特性とを兼備し、さらに刃先稜線部における刃先の形状を特異なものとすることにより、耐摩耗性、耐欠損性、および密着性を兼ね備えた被覆膜を表面に有する表面被覆切削工具を提供することにある。なお、MおよびMeは、それぞれ独立してV、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWからなる群より選ばれる1種以上の元素を示す。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記のような課題を解決するために、被覆膜の構成について種々の検討を重ねたところ、特許文献4に開示される被覆膜が層間で剥離しやすいのは、積層構造を構成する各層のSi量がマッチングしていなかったことによるものであるという知見を得た。かかる知見に基づいて、AlTiSiNからなる層と、TiAlSiNからなる層の組成についてさらに鋭意検討を重ねるとともに、刃先稜線部における被覆膜の構造を検討し、ついに本発明を完成させたものである。
【0011】
すなわち、本発明の表面被覆切削工具は、基材とその上に形成された被覆膜とを備えるものであって、該被覆膜は、AlaTibSicdN(ただし式中、0.35≦a≦0.7、0<c≦0.3、0≦d≦0.3、a+b+c+d=1)からなるA層と、TieAlfSigMehN(ただし式中、0≦f≦0.4、0<g≦0.3、0≦h≦0.3、e+f+g+h=1)からなるB層とが交互に各2層以上積層された積層体を含み、式中MおよびMeは、それぞれ独立してV、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWからなる群より選ばれる1種以上の元素を示し、A層およびB層はそれぞれ、20nm以下の層厚であり、刃先稜線部に形成された被覆膜の表面は、急峻な形状の凸部と、隣接する凸部の間の距離が2μm以上であって、かつその間をなだらかな曲面で結ぶ第1凹部と、隣接する凸部の距離が2μm未満であって、かつその間をなだらかな曲面で結ぶ第2凹部とが不規則に形成された凹凸を有するむしれ面であることを特徴とする。
【0012】
上記むしれ面は、第1凹部と第2凹部とが交互に形成された凹凸を有することが好ましい。刃先稜線部に形成された被覆膜は、薄膜領域を有し、該薄膜領域は、刃先稜線部以外に形成された被覆膜の膜厚の70%以下の膜厚であることが好ましい。
【0013】
薄膜領域は、刃先稜線部に形成された被覆膜の50%以上の面積を占めることが好ましく、より好ましくは被覆膜の80%以上の面積を占めることである。被覆膜は、その基材側から表面側にかけて厚み方向に圧縮応力が増大することが好ましい。
【0014】
A層を構成するSiの原子比cと、B層を構成するSiの原子比gとの差は、0.05以下であることが好ましい。
【0015】
上記の表面被覆切削工具の製造方法において、被覆膜は、成膜開始から成膜終了までの基材のバイアス電圧を徐々に変化させることにより基材上に成膜することが好ましく、被覆膜の成膜開始時の基材のバイアス電圧を30V以下とし、バイアス電圧を徐々に変化させて、被覆膜の成膜終了時の基材のバイアス電圧を70V以上とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の表面被覆切削工具は、上記のような構成を有することにより、耐熱性、硬度、および応力バランスに優れるというAlTiSiMNの特性と耐摩耗性および靭性に優れるというTiSiMeNの特性とを兼備し、耐摩耗性、耐欠損性、および密着性を兼ね備えたものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の表面被覆切削工具の刃先稜線部近傍の形状を示す模式的な断面図である。
【図2】アークイオンプレーティング装置の概略図である。
【図3】本発明の表面被覆切削工具の断面の刃先稜線部近傍をSEMで観察したときの観察画像である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について、詳細に説明する。なお、以下の実施の形態の説明では、図面を用いて説明しているが、本願の図面において同一の参照符号を付したものは、同一部分または相当部分を示している。なおまた、本発明において、層厚または膜厚は走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)または透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)により測定し、その組成はエネルギー分散型X線分析装置(EDS:Energy Dispersive x-ray Spectroscopy)により測定するものとする。
【0019】
<表面被覆切削工具>
本発明の表面被覆切削工具は、基材とその上に形成された被覆膜とを備えたものである。このような基本的構成を有する本発明の表面被覆切削工具は、たとえばドリル、エンドミル、フライス加工用または旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、またはクランクシャフトのピンミーリング加工用チップ等として極めて有用に用いることができる。
【0020】
<基材>
本発明の表面被覆切削工具の基材としては、このような切削工具の基材として知られる従来公知のものを特に限定なく使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはさらにTi、Ta、Nb等の炭窒化物等を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化硅素、窒化硅素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、およびこれらの混合体など)、立方晶型窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体等をこのような基材の例として挙げることができる。このような基材として超硬合金を使用する場合、そのような超硬合金は、組織中に遊離炭素やη相と呼ばれる異常相を含んでいても本発明の効果は示される。
【0021】
なお、これらの基材は、その表面が改質されたものであっても差し支えない。たとえば、超硬合金の場合はその表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合には表面硬化層が形成されていてもよく、このように表面が改質されていても本発明の効果は示される。
【0022】
<被覆膜>
本発明の被覆膜は、AlaTibSicdN(ただし式中、0.35≦a≦0.7、0<c≦0.3、0≦d≦0.3、a+b+c+d=1)からなるA層と、TieAlfSigMehN(ただし式中、0≦f≦0.4、0<g≦0.3、0≦h≦0.3、e+f+g+h=1)からなるB層とが交互に各2層以上積層された積層体を含み、上記式中のMおよびMeは、それぞれ独立してV、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWからなる群より選ばれる1種以上の元素を示し、該A層および該B層はそれぞれ20nm以下の層厚であり、刃先稜線部に形成された被覆膜の表面は、急峻な形状の凸部と、隣接する凸部の距離が2μm以上であって、その間をなだらかな曲面で結ぶ第1凹部と、隣接する凸部の距離が2μm未満であって、その間をなだらかな曲面で結ぶ第2凹部とが不規則に形成された凹凸を有するむしれ面であることを特徴としている。
【0023】
このような本発明の被覆膜は、基材上の全面を被覆する態様を含むとともに、部分的に被覆膜が形成されていない態様をも含み、さらにまた部分的に被覆膜の一部の積層態様が異なっているような態様をも含む。また、本発明の被覆膜は、その全体の膜厚が1μm以上10μm以下であることが好ましい。1μm未満であると耐摩耗性に劣る場合があり、10μmを超えると基材との密着性および耐欠損性が低下する場合がある。このような被覆膜の特に好ましい膜厚は2μm以上8μm以下である。なお、上記の被覆膜は、A層およびB層以外の他の任意の層を含んでいてもよい。
【0024】
<刃先稜線部における特徴>
図1は、すくい面の中心における被覆膜表面の法線と2つの逃げ面が交差する稜とを含む平面で本発明の表面被覆切削工具を切断したときの断面図である。本発明は、図1の断面において、刃先稜線部6に形成された被覆膜2の表面は、急峻な形状の凸部と、隣接する凸部の間の距離が2μm以上であって、かつその間をなだらかな曲面で結ぶ第1凹部と、隣接する凸部の距離が2μm未満であって、かつその間をなだらかな曲面で結ぶ第2凹部とが不規則に形成された凹凸を有するむしれ面であることを特徴とする。ここで、「急峻な形状の凸部」とは、凸部の先端が鋭利であって、その凸曲面においてなだらかな面が形成されていない形状を意味する。
【0025】
このようなむしれ面は、チッピングの起点となる刃先稜線部6の膜厚が部分的に薄膜化され、かつ部分的に急峻な形状の凸部を有するため、刃先強度を増強させることができる。その結果、被覆膜2によって耐摩耗性を向上しつつ、被覆膜の脱落やチッピングを防ぐことができ、優れた耐摩耗性と優れた耐欠損性とを得ることができる。このようなむしれ面は、本発明特有の製造方法によって形成されるものであるが、その具体的な製造方法は後述する。
【0026】
ここで、本発明における「刃先稜線」と「刃先稜線部」とは異なった概念を示す。「刃先稜線」は、図1に示される断面において、すくい面と逃げ面とが交差する稜を示すものであるが、このような稜は、本発明では後述する特殊な成膜方法で成膜しているため現実には存在せず、したがって本発明においては、図1に示したようにかかる断面においてすくい面3と逃げ面4とをそれぞれ直線で近似し、その直線を延長した場合に両延長線が交差する交点を刃先稜線5とする。これに対し、「刃先稜線部」とは、切削加工時において被削材の切削に最も関与する部位であり、上記刃先稜線5の周辺部を示すものであるが、本発明においては、上記断面においてすくい面3と逃げ面4とをそれぞれ直線で近似した場合に、上記のむしれ面が形成された領域(すなわち被覆膜2表面におけるすくい面3の屈曲点から逃げ面4の屈曲点までの領域)を刃先稜線部(単に「刃先」と呼ぶこともある)とする。
【0027】
一方、上記で規定される平面に関し、「すくい面の中心」とはすくい面の幾何学的な意味での中心を意味し、すくい面の中央部に当該表面被覆切削工具を取り付けるための貫通孔が開けられている場合は、その貫通孔が開けられていないと仮定した場合のすくい面の幾何学的な意味での中心を意味する。また、「2つの逃げ面が交差する稜」とは、2つの逃げ面が交差する稜を意味するが、この稜が明瞭な稜を形成しない場合は、両逃げ面をそれぞれ幾何学的に拡大した場合に両者が交差する仮定的な稜を意味するものとする。なお、このように規定される平面が、1個の表面被覆切削工具に2以上存在する場合は、いずれか1の平面を選択するものとする。
【0028】
上記のむしれ面は、第1凹部と第2凹部とが交互に形成された凹凸を有することが好ましい。このような形状の凹凸は、被覆膜内部の圧縮応力による自己破壊によって形成されるが、予め刃先稜線部が自己破壊することによって、本発明のような高い圧縮応力を有するSi含有膜でも、密着性および耐摩耗性を両立させることができる。
【0029】
そして、本発明においては、上記断面において、刃先稜線部に形成された被覆膜は、刃先稜線部以外に形成された被覆膜の膜厚の70%以下の膜厚である薄膜領域を有することが好ましい。このような薄膜領域は、上記の第1凹部および第2凹部の底部に対応する部分であるが、被覆膜が薄膜領域を有することにより、切削時に被覆膜を安定して摩耗させることができ、工具寿命を向上させることができる。本発明において、薄膜領域は、表面被覆切削工具を切断した断面をアルゴンイオンビームを用いたクロスセクションポリッシャ(CP)によって研磨し、該研磨面をSEMによって観察することによって特定する。
【0030】
上記の薄膜領域は、刃先稜線部に形成された被覆膜の50%以上の面積を占めることが好ましく、刃先稜線部に形成された被覆膜の80%以上の面積を占めることがより好ましく、さらに好ましくは90%以上の面積を占めることである。このように刃先稜線部が薄膜領域を有することにより、切削における被覆膜の摩耗が安定して、工具寿命を大幅に向上させることができる。
【0031】
本発明の被覆膜は、その基材側から表面側にかけて厚み方向に圧縮応力が増大することが好ましい。ここで、「厚み方向に圧縮応力が増大する」とは、被覆膜の厚み方向に圧縮応力が増加する限り、その増加形態は連続的であっても段階的であってもよい。また、圧縮応力が厚み方向に部分的に減少に転じていても全体として増大している限り本発明の範囲を逸脱するものではない。被覆膜がこのような応力分布を有することにより、上記で説明した刃先稜線部におけるむしれ面によってもたらされる効果と相俟って、耐摩耗性と靭性とが高度に両立されるとともに、基材と被覆膜との密着性が一層向上したものとなる。これは、基材側の圧縮応力を低くすることにより、基材と被覆膜との密着性を確保しつつ、表面側に向けて圧縮応力を徐々に増大することにより、被覆膜自身の応力による被覆膜の内部破壊を防止し、もって切削加工時等に被覆膜表面に発生する亀裂の進展が抑えられるためと考えられる。
【0032】
この場合、被覆膜の基材側に近い部分の圧縮応力は、1.5GPa以下の範囲となることが好ましく、被覆膜の表面側は、2GPa以上の圧縮応力を有していることが好ましい。なお、本発明において、「被覆膜の表面側」とは、観念的にはその文言通り最表面を示すものであるが、実際の測定条件としては表面から厚み0.5μmまでの平均圧縮応力を意味するものとする。
【0033】
ここで、本発明でいう圧縮応力とは、被覆膜中に存在する内部応力(固有ひずみ)の1種であり、「−」(マイナス)の数値(単位:GPa)で表されるものである。このため、圧縮応力(内部応力)が高いという表現は、上記数値の絶対値が大きくなることを示し、また圧縮応力(内部応力)が低いという表現は、上記数値の絶対値が小さくなることを意味している。因みに、上記数値が「+」(プラス)で表わされるものは引張応力である。
【0034】
また、本発明の平均圧縮応力および応力分布は、以下のsin2ψ法で測定される。X線を用いたsin2ψ法は、多結晶材料の残留応力の測定方法として広く用いられている。この測定方法は、「X線応力測定法」(日本材料学会、1981年株式会社養賢堂発行)の54頁〜66頁に詳細に説明されているが、本発明ではまず並傾法と側傾法とを組み合わせてX線の進入深さを固定し、測定する応力方向と測定位置に立てた試料表面法線とを含む面内で種々のψ方向に対する回折角度2θを測定して2θ−sin2ψ線図を作成し、その勾配からその深さ(被覆膜表面側からの距離)までの平均圧縮応力を求めることができる。本発明の場合、被覆膜の断面観察によって被覆膜表面側からの厚みを求め、その厚み(深さ)までの平均圧縮応力を順次求めることにより、応力分布を測定する。すなわち、本発明の応力分布とは、被覆膜表面側からその厚みまでの平均応力の集合として捉えることができる。この点、被覆膜中のある地点の平均応力とは、被覆膜表面からその地点までの平均応力を示す。
【0035】
より具体的には、X線源からのX線を試料に所定角度で入射させ、試料で回折したX線をX線検出器で検出し、該検出値に基づいて内部応力を測定するX線応力測定方法において、試料の任意箇所の試料表面に対して任意の設定角度でX線源よりX線を入射させ、試料上のX線入射点を通り試料表面で入射X線と直角なω軸と、資料台と平行でω軸を回転させた時に入射X線と一致するχ軸を中心に試料とを回転させる時に、試料表面と入射X線とのなす角が一定となるように試料を回転させながら、回折面の法線と試料面の法線とがなす角度ψを変化させて回折線を測定することによって、試料内部の圧縮応力を求めることができる。
【0036】
なお、このような被覆膜の厚み方向の平均応力を測定するためのX線源としては、X線源の質(高輝度、高平行度、波長可変性など)の点で、シンクロトロン放射光(SR)を用いることが好ましい。
【0037】
また、上記の様に圧縮応力を2θ−sin2ψ線図から求めるためには、被覆膜のヤング率とポアソン比が必要である。該ヤング率はダイナミック硬度計を用いて測定することができ、ポアソン比は材料によって大きく変化しないことから0.2前後の値を用いれば良い。
【0038】
以下、このような被覆膜に含まれる積層体を構成するA層およびB層についてさらに詳細に説明する。
【0039】
<A層>
積層体を構成するA層は、AlaTibSicdN(ただし式中、0.35≦a≦0.7、0<c≦0.3、0≦d≦0.3、a+b+c+d=1)からなることを特徴とする。このようなA層は、耐熱性、硬度、および応力バランスに優れるため、高速、ドライ加工時の刃先の耐欠損性に効果的である。上記のSiの原子比cは、0.1以下であることが好ましい。上記cが0.1以下であることにより、耐熱性を向上しつつ圧縮応力の増加を抑えることができ、密着性の低下を避けることができる。また、上記aは0.5≦a≦0.6であり、上記cは0.03≦c≦0.08であり、上記dは、0≦d≦0.3であることがより好ましい。この場合耐熱性、硬度、および圧縮残留応力のバランスが良好なものとなる。上記式中、aが0.35未満であるか、またはdが0.3を超えると、耐酸化性および硬度を向上させる効果を十分に得ることができず、aが0.7を超えると、被覆膜の硬度が大きく低下して耐摩耗性が低下するため好ましくない。
【0040】
ここで、A層を構成するMは、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWからなる群より選ばれる1種以上の元素であることを特徴とする。このような元素を30原子%以下の割合でA層に含むことにより、A層中で固溶強化が生じ、A層の硬度を高めることができる。上記の元素の中でも、V、Nb、Mo、W等は、切削時の発熱によって酸化物を形成し、自己潤滑効果が発揮されるため、工具寿命を長寿命化することができるというメリットがある点で好ましい。
【0041】
なお、AlaTibSicdNという表記において、「AlaTibSicd」と、「N」との組成比は1:1の場合のみに限られるものではなく、組成比として可能である比を全て含み得るものであり、両者の比は特に限定されない。
【0042】
<B層>
上記のA層とともに積層体を構成するB層は、TieAlfSigMehN(ただし式中、0≦f≦0.4、0<g≦0.3、0≦h≦0.3、e+f+g+h=1)であることを特徴とする。このようなB層は、耐摩耗性と靭性に優れるが、さらなる高速、ドライ加工へ対応するためにはそれ単体では限界があるため、本発明においては上記のA層と交互に積層されるものである。上記のgが0.1以下であることにより、B層の急激な圧縮応力の増加を抑制し、密着性の低下を抑制することができる。ここで、上記fは0≦f≦0.4であり、上記gは0.03≦g≦0.08であり、かつ上記hは0≦h≦0.3であることがより好ましく、この場合耐摩耗性と靭性のバランスが一層良好なものとなる。上記式中、fが0.4を超えると、圧縮残留応力が大きくなり、層間剥離が生じやすくなるため好ましくない。
【0043】
ここで、B層を構成するMeは、上記のA層を構成するMと同様に、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWからなる群より選ばれる1種以上の元素であることを特徴とする。このような元素を30原子%以下の割合でB層に含むことにより、B層中で固溶強化が生じ、B層の硬度を高めることができる。上記の元素の中でも、V、Nb、Mo、W等は、切削時の発熱によって酸化物を形成し、自己潤滑効果が発揮されるため、工具寿命を長寿命化することができるというメリットがある点で好ましい。
【0044】
なお、TieAlfSigMehNという表記において、「TieAlfSigMeh」と「N」との組成比は1:1の場合のみに限られるものではなく、組成比として可能である比を全て含み得るものであり、両者の比は特に限定されない。
【0045】
<A層およびB層の層厚および積層体>
上記のようなA層およびB層はそれぞれ、20nm以下の層厚であることを特徴とする。このような層厚のA層およびB層を2層以上交互に積層させることにより、切削時の衝撃によるクラックの進展が抑えられ、耐欠損性が向上する。かかるA層およびB層は、層間で剥離しない程度に薄くすることにより密着性を向上できることから、可能な限り薄い層厚であることが好ましいが、製造設備の都合上、1nm以上10nm以下であることがより好ましい。これらの層厚が1nm未満の場合、成膜装置の基材をセットする回転テーブルの回転数が早すぎて、装置のスペック上成膜が困難となり、20nmを超えると層厚が厚すぎるため、A層およびB層の両層が有するそれぞれの特性を享受することができない。
【0046】
<Siの原子比の差>
A層を構成するSiの原子比cと、B層を構成するSiの原子比gとの差は、0.05以下であることが好ましく、より好ましくは0.03である。A層およびB層のSiの原子比をこのような範囲内に調整することにより、被覆膜の密着性を顕著に向上させることができる。Siの原子比の差が0.05を超えると、組成の均一性が取れなくなるためか、各層の応力差が大きすぎるためか、その理由は定かではないが密着性が低下する場合がある。
【0047】
<製造方法>
本発明の被覆膜は、物理的蒸着法(PVD法)により形成されることが好ましい。これは、本発明の被覆膜を基材表面に成膜するためには結晶性の高い化合物を形成することができる成膜プロセスであることが不可欠であり、種々の成膜方法を検討した結果、物理的蒸着法を用いることが最適であることが見出されたからである。物理的蒸着法には、たとえばスパッタリング法、イオンプレーティング法などがあるが、特に原料元素のイオン率が高いカソードアークイオンプレーティング法を用いると、被覆膜を形成する前に基材表面に対して金属またはガスイオンボンバードメント処理が可能となるため、被覆膜と基材との密着性が格段に向上するので好ましい。
【0048】
したがって、本発明の被覆膜は、物理的蒸着法の一種であるカソードアークイオンプレーティング法を採用して形成することが好ましい。図2は、カソードアークイオンプレーティング法に用いられるアークイオンプレーティング装置200の概略図である。対向する蒸発源201、202において、蒸発源201にはA層用のAlTiSiMターゲットをセットし、蒸発源202にはB層用のTiAlSiMeターゲットをセットする。また、回転テーブル204に基材210(切削工具)をセットする。
【0049】
ここで、蒸発源201にセットされるターゲットの組成(AlとTiとSiとMとの比)によりA層を構成するAlaTibSicdNのa、b、c、およびdを決定することができる。また、蒸発源202にセットされるターゲットの組成(TiとAlとSiとMeとの比)によりB層を構成するTieAlfSigMehNのe、f、g、およびhを決定することができる。
【0050】
そして、装置内が真空となるように排気した後に、装置内をたとえば500℃に加熱した状態で回転テーブル204を5rpmで回転させながら、Arガスによるスパッタクリーニング(ボンバード)を行なう。その後、基材に−50Vのバイアス電圧を印加し、回転テーブル204を3rpmで回転させながら、常に一定のアーク電流により蒸発源201、202をアーク放電させることにより、各ターゲットをイオン化させる。同時に反応ガスである窒素をガス導入口205から導入し、基材210の表面にA層およびB層を交互に成膜する。
【0051】
すなわち、蒸発源201の前を基材210が通過するときにAlaTibSicdNからなるA層が成膜され、蒸発源202の前を基材210が通過するときにTieAlfSigMehNからなるB層が成膜され、このように回転テーブル204が回転するのに従いA層とB層とを順次交互に積層させることができる。なお、成膜する間の蒸発源201のアーク電流、およびテーブルの回転数を調整することにより、A層およびB層の層厚を調整することができ、蒸発源201、202のアーク電流を一定とすることにより、A層およびB層をいずれも実質的に同一の層厚にすることができる。
【0052】
ここで、蒸発源201、202のアーク電流を低くするほど、A層およびB層の層厚は薄く形成される。ただし、ターゲットの放電を安定させるためにはアーク電流は80A以上とする必要がある。アーク電流を80A未満にすると、アーク放電が不安定になり、A層およびB層の層厚を均一に形成しにくくなる。
【0053】
また、アーク電流を150A程度とした場合、テーブルの回転数を3rpm以上15rpm以下にすることにより、20nm以下の層厚のA層およびB層を形成することができる。テーブルの回転数を3rpm未満にすると、A層およびB層の層厚が20nmを超える場合があり、15rpmを超えることは製造設備の制約上好ましくない。
【0054】
上記の被覆膜の形成において、被覆膜の基材側から表面側にかけて厚み方向に圧縮応力が増大するように被覆膜を成膜するために、成膜開始から成膜終了までの、チャンバー内の圧力および基材に印加するバイアス電圧などの条件を徐々に変化させることが好ましい。すなわちたとえば、成膜初期のバイアス電圧を30V以下として成膜を開始し、そこから傾斜的または段階的にバイアス電圧を増加させて成膜後期のバイアス電圧を70V以上となるようにバイアス電圧を調整することが好ましい。このような成膜条件で被覆膜を成膜することにより、被覆膜の表面側の圧縮応力が増大し、特に刃先稜線5において圧縮応力が集中して自己破壊することになるため、その刃先稜線部6にむしれ面が形成される。このように刃先稜線5に圧縮応力を集中させることをもって、刃先に形成される被覆膜のみを自己破壊させるという試みは従来技術ではなされておらず、このような切削工具の製造方法は極めて特異であり、これによって得られる効果もまた従来技術によって得られる効果を大きく凌ぐものである。
【0055】
上記のバイアス電圧と同様の観点から、成膜初期におけるチャンバー内の温度を550℃以上として、そこから傾斜的または段階的に昇温し、成膜終期におけるチャンバー内の温度を450℃以下になるようにチャンバー内の温度を調整することが好ましい。
【0056】
各層の層厚は、回転テーブル204の回転数、およびアーク電流値により制御することができる。なお、A層およびB層の各層厚が1nm未満では回転テーブルの回転数が非常に早くなり、装置スペック上成膜が困難となる。なお、アークイオンプレーティング装置200は、複数のヒータ206が備えられている。
【実施例】
【0057】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、実施例および比較例中の被覆膜の化合物組成はXPS(X線光電子分光分析装置)によって確認した。平均圧縮応力は上述したsin2ψ法によって測定した。
【0058】
また、sin2ψ法による測定において、使用したX線のエネルギーは10keVであり、回折線のピークはTi0.5Al0.5Nの(200)面とした。そして、測定した回折ピーク位置をガウス関数のフィッティングにより決定し、2θ−sin2ψ線図の傾きを求め、ヤング率としてはダイナミック硬度計(MST製ナノインデンター)を用いて求めた値を採用し、ポアソン比にはTiN(0.19)の値を用いた。
【0059】
図2のようなアークイオンプレーティング装置を用い、各層形成用のターゲットを蒸発源にセットし、基材上に被覆膜を成膜した。
【0060】
基材としては、P20相当超硬合金製フライス用スローアウェイチップ(形状:SEMT13T3AGSN−G)を準備し、それぞれ表1に示した各実施例および各比較例の被覆膜を成膜した。
【0061】
【表1】

【0062】
被覆膜は、表1中の「組成」の欄に記載した「A層」および「B層」を積層させることにより構成した。「層厚」の欄には、A層およびB層のそれぞれの層厚を示し、「全体膜厚」の欄は、被覆膜の膜厚を示した。
【0063】
そして、「基材近傍圧縮応力」の欄には、被覆膜の基材と接する側から0.5μmまでの領域における平均圧縮応力を示し、「表面近傍圧縮応力」の欄には、被覆膜の表面から厚み0.5μmまでの領域における平均圧縮応力を示した。また、「Si比の差」の欄には、被覆膜を構成するA層のSiの原子比cと、B層のSiの原子比gとの差を示した。
【0064】
たとえば、実施例1においては、図2のアークイオンプレーティング装置を用い、蒸発源201のターゲット材料にAl0.58Ti0.25Si0.05Cr0.12をセットし、蒸発源202のターゲット材料にTi0.68Si0.04Nb0.28をそれぞれセットして、被覆膜を形成することにより表面被覆切削工具を作製した。なお、被覆膜を目的の組成とするために、N2ガスを反応ガスとして導入し、さらにArガスを適宜導入してチャンバー内の圧力を調整した。
【0065】
まず、図2のアークイオンプレーティング装置のチャンバー内の圧力が真空になるように排気した後に、チャンバー内の温度を600℃まで昇温した。そして、Arガスを導入してチャンバー内の圧力を1.0Paに保持し、DCバイアス電圧を徐々に上げながら−1000Vとし、基材表面のクリーニング(ボンバード)を15分間行なった。その後アルゴンガスを排気した。これにより、Arイオンが基材表面をスパッタクリーニングし強固な汚れや酸化膜が除去された。
【0066】
次に、A層およびB層を成膜した。チャンバー内の圧力が3PaになるようにN2ガスを導入し、回転テーブル204を3rpmの回転数で回転させながら、Al0.58Ti0.25Si0.05Cr0.12ターゲットおよびTi0.68Si0.04Nb0.28ターゲットをアーク電流150Aとしてイオン化し、それぞれN2ガスと反応させることにより、基材上に層厚2nmのAl0.58Ti0.25Si0.05Cr0.12NからなるA層と、層厚2nmのTi0.68Si0.04Nb0.28NからなるB層とをそれぞれ交互に875層ずつ成膜し、合計膜厚が3.5μmの被覆膜を形成した。このとき、成膜開始時の基材DCバイアス電圧を25Vとして、それから一定の比率で変化させて、成膜終了時の基材DCバイアス電圧が80Vになるように調節し、180分間成膜した。このようにしてA層とB層とが交互に積層した積層体を含む被覆膜を成膜し、実施例1の表面被覆切削工具を作製した。
【0067】
このようにして作製された表面被覆切削工具のすくい面の中心における被覆膜表面の法線と2つの逃げ面が交差する稜とを含む平面で表面被覆切削工具を切断した。そして、その断面をアルゴンイオンビームを用いたクロスセクションポリッシャ(CP)によって研磨した。その研磨面をSEMによって1500倍の倍率で観察した。その観察画像を図3に示す。
【0068】
図3に示される画像に基づいて、刃先稜線部の形状を評価したところ、実施例1の表面被覆切削工具の刃先稜線部に形成された被覆膜の表面は、急峻な形状の凸部と、隣接する凸部の間の距離が2μm以上であって、かつその間をなだらかな曲面で結ぶ第1凹部と、隣接する凸部の距離が2μm未満であって、かつその間をなだらかな曲面で結ぶ第2凹部とが不規則に形成された凹凸を有するむしれ面であることが確認された。また、同観察画像に基づいて、刃先稜線部に占める被覆膜の全体膜厚の70%以下の領域(薄膜領域)の比率を算出した。このようにして算出した薄膜領域の比率を表1の「薄膜領域の比率」の欄に示した。
【0069】
実施例2〜20の表面被覆切削工具においても、実施例1と同様にして刃先稜線部をSEMで観察したところ、同様の形状のむしれ面が形成されていることが確認された。また、実施例1と同様の方法によって薄膜領域の比率を算出した。
【0070】
(切削性能評価)
各実施例および各比較例の表面被覆フライス加工用スローアウェイチップについて次に示す切削条件にて評価を行なった。その切削評価の結果を表2に示す。
【0071】
(1)フライス連続評価
上記で作製した表面被覆フライス加工用スローアウェイチップを用いてフライス連続試験を行なった。フライス連続切削の条件は、基材として上記の通りP20相当超硬合金製スローアウェイチップ(形状:SEMT13T3AGSN−G)を用い、被削材としてSCM435(長さ300mm×幅200mmのブロック材)を用い、切削速度=300m/min、送り量=0.25mm/t、切込み量=1.5mm、切削油なしで行なった。切削時間15分時点での逃げ面の摩耗幅を測定した。摩耗幅が少ないほど、耐摩耗性に優れていることを示している。
【0072】
(2)フライス断続評価
上記で作製した表面被覆フライス加工用スローアウェイチップを用いてフライス断続試験を行なった。フライス断続切削の条件は、被削材として、S50C(長さ300mm×幅200mm)を用い、これにφ8のドリルで300穴を開けた断続面に対し、切削速度=100m/min、送り量=0.4mm/t、切込み量=1.5mm、切削油なしで行ない、チップの表面が欠損するまでに切削加工した距離を測定した。切削距離が長いほど、耐チッピング性に優れていることを示している。
【0073】
【表2】

【0074】
表2より、実施例の表面被覆切削工具は、比較例の表面被覆切削工具と比較して工具寿命が著しく向上しており、高速加工およびドライ加工に十分対応できることがわかった。これにより、本発明の表面被覆切削工具が、AlTiSiMNの特性とTiSiMeNの特性とを兼備し、耐摩耗性、耐欠損性、および密着性を兼ね備えたものであることが確認された。
【0075】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0076】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0077】
1,210 基材、2 被覆膜、3 すくい面、4 逃げ面、5 刃先稜線、6 刃先稜線部、200 アークイオンプレーティング装置、201,202 蒸発源、204 回転テーブル、205 ガス導入口、206 ヒータ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材とその上に形成された被覆膜とを備える表面被覆切削工具であって、
前記被覆膜は、AlaTibSicdN(ただし式中、0.35≦a≦0.7、0<c≦0.3、0≦d≦0.3、a+b+c+d=1)からなるA層と、TieAlfSigMehN(ただし式中、0≦f≦0.4、0<g≦0.3、0≦h≦0.3、e+f+g+h=1)からなるB層とが交互に各2層以上積層された積層体を含み、
前記式中MおよびMeは、それぞれ独立してV、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWからなる群より選ばれる1種以上の元素を示し、
前記A層および前記B層はそれぞれ、20nm以下の層厚であり、
刃先稜線部に形成された前記被覆膜の表面は、急峻な形状の凸部と、隣接する前記凸部の間の距離が2μm以上であって、かつその間をなだらかな曲面で結ぶ第1凹部と、隣接する前記凸部の距離が2μm未満であって、かつその間をなだらかな曲面で結ぶ第2凹部とが不規則に形成された凹凸を有するむしれ面である、表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記むしれ面は、前記第1凹部と前記第2凹部とが交互に形成された凹凸を有する、請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記刃先稜線部に形成された被覆膜は、前記刃先稜線部以外に形成された前記被覆膜の膜厚の70%以下の膜厚である薄膜領域を有する、請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記薄膜領域は、前記刃先稜線部に形成された被覆膜の50%以上の面積を占める、請求項3に記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記薄膜領域は、前記刃先稜線部に形成された被覆膜の80%以上の面積を占める、請求項3に記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
前記被覆膜は、その基材側から表面側にかけて厚み方向に圧縮応力が増大する、請求項1〜5のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項7】
前記A層を構成するSiの原子比cと、前記B層を構成するSiの原子比gとの差は、0.05以下である、請求項1〜6のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項8】
請求項1に記載の表面被覆切削工具の製造方法であって、
前記被覆膜は、成膜開始から成膜終了までの基材のバイアス電圧を徐々に変化させることにより前記基材上に成膜する、表面被覆切削工具の製造方法。
【請求項9】
前記被覆膜の成膜開始時の前記基材のバイアス電圧を30V以下とし、バイアス電圧を徐々に変化させて、前記被覆膜の前記成膜終了時の前記基材のバイアス電圧を70V以上とする、請求項8に記載の表面被覆切削工具の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−152852(P2012−152852A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−13938(P2011−13938)
【出願日】平成23年1月26日(2011.1.26)
【出願人】(503212652)住友電工ハードメタル株式会社 (390)
【Fターム(参考)】