説明

表面被覆切削工具

【課題】本発明の目的は、クレーター摩耗を低減するとともに高度な耐摩耗性を付与することができる被膜を備えた表面被覆切削工具を提供することにある。
【解決手段】本発明の表面被覆切削工具は、基材と該基材上に形成された被膜とを備えるものであって、この被膜は、1以上の層を含み、この層のうち少なくとも1の層は、化学式Si1-XHfXY(ただし、X、Yはそれぞれ原子組成比を示し、0<X≦0.4であり、0.8≦Y≦1.2である。また、Zは硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示す。)で示される非晶質の第1化合物を含むハフニウム含有シリコン層であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材と該基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
種々の被削材を切削加工するのに用いられる表面被覆切削工具は、WC基超硬合金、サーメット、高速度鋼等の硬質の基材に対してその表面の耐摩耗性を改善したり表面保護機能を改善したりすることを目的として、TiN、TiCN、TiAlN等の硬質被膜でその表面を被覆することが行なわれてきた。
【0003】
また、機械強度、靭性、耐熱衝撃性に優れている点から窒化ケイ素の焼結体が切削工具の基材として広く利用されているが、被削材が多様化していることおよび加工効率を向上させるために高速の切削加工が求められることなどの理由から、以前に比し切削工具の寿命は非常に短くなっている。
【0004】
このため切削工具に要求される特性、とくに耐摩耗性はますます高度なものとなっており、以って表面被覆切削工具の被膜に対しても種々の高度な特性が要求されている。
【0005】
従来、ベース素材の表面特性を被膜により改質する方法としては、SiNおよびHfNを含む混合物からなる被膜を設ける方法が提案されている(特許文献1および2)。しかしながら、これらの提案は、いずれも切削工具に関するものではなく、薄膜干渉フィルタ、サーマルプリンタヘッド、光磁気記録媒体に関するものである。そのため、ベース素材表面の硬質化、化学的耐性の付与、またはベース素材表面の平坦性を向上させるものであり、耐摩耗性については全く検討されていない。
【0006】
また、ベース素材の表面特性を改質する被膜としてSiHfNを含む複合材料も提案されているが(特許文献3および4)、いずれも切削工具に関するものではなく、自動車用窓ガラスの被覆や、サーマルプリンタヘッドの被覆を目的としたものである。このため、鋼などの切削における高温条件下での耐摩耗性については全く評価されていない。
【0007】
一方、窒化ケイ素を用いて切削工具の耐摩耗性、耐熱衝撃性を改善する方法が提案されているが(特許文献5)、被膜ではなく基材自体の組成を改質するものであり、被膜の特性を検討したものではない。したがって、ケイ素系化合物を被膜として用いることにより切削工具の耐摩耗性等の諸特性を向上させる試みはほとんどなされていない。
【特許文献1】特開平06−003523号公報
【特許文献2】特開平06−256939号公報
【特許文献3】特開平05−170489号公報
【特許文献4】特開平07−180044号公報
【特許文献5】特開平06−329470号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記のような現状に鑑みなされたものであって、クレータ摩耗を低減するとともに高度な耐摩耗性を付与することができる被膜を備えた表面被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の表面被覆切削工具は、基材と該基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、この被膜は、1以上の層を含み、この層のうち少なくとも1の層は、化学式Si1-XHfXY(ただし、X、Yはそれぞれ原子組成比を示し、0<X≦0.4であり、0.8≦Y≦1.2である。また、Zは硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示す。)で示される非晶質の第1化合物を含むハフニウム含有シリコン層であることを特徴とする。
【0010】
上記ハフニウム含有シリコン層は、その厚みが0.1μm以上10μm以下であることが好ましい。
【0011】
また、上記ハフニウム含有シリコン層は、上記第1化合物を含む第1層と、第2化合物を含む第2層とが各々1層以上積層されて形成されており、この第2化合物は、Si、Cr、Al、Ti、Hf、Ta、Nb、およびVからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とを含むことができる。
【0012】
また、上記第1層は、その厚みが0.5nm以上200nm以下であり、上記第2層は、その厚みが0.5nm以上200nm以下であることが好ましい。
【0013】
上記被膜は、上記ハフニウム含有シリコン層以外に、1層以上の硬質層を含んでいてもよく、その硬質層は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、または、該元素の少なくとも1種と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むことができる。
【0014】
上記硬質層は、Cr、Al、Ti、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、または、該元素の少なくとも1種と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むことが好ましく、また、Cr、Al、Ti、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、または、該元素の少なくとも1種と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含む2種以上の層が、各層の厚みを1nm以上100nm以下として周期的に繰り返して積層されたものであることが好ましい。
【0015】
また、本発明の表面被覆切削工具の基材は、超硬合金、サーメット、立方晶型窒化硼素焼結体、高速度鋼、セラミックス、またはダイヤモンド焼結体を適用することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の表面被覆切削工具は、特定のハフニウム含有シリコン層を含む被膜を基材上に設けることによって、クレータ摩耗を低減するとともに高度な耐摩耗性を付与することができるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
<表面被覆切削工具>
本発明の表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された被膜とを備えるものである。このような構成を有する本発明の表面被覆切削工具は、たとえばドリル、エンドミル、フライス加工用または旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、またはクランクシャフトのピンミーリング加工用チップ等として極めて有用に用いることができる。そして、本発明の表面被覆切削工具は、Ti合金加工用またはインコネル合金等の耐熱合金加工用のドリル、エンドミル、フライス加工用または旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ等として特に有用に用いることができる。
【0018】
<基材>
本発明の表面被覆切削工具の基材としては、上記のような切削工具の基材として知られる従来公知のものを特に限定なく使用することができる。このような基材としては、たとえば、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはさらにTi、Ta、Nb等の炭窒化物等を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、立方晶型窒化硼素焼結体、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化硅素、窒化硅素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、およびこれらの混合体など)、ダイヤモンド焼結体等を挙げることができる。基材として超硬合金を使用する場合、そのような超硬合金は、組織中に遊離炭素やη相と呼ばれる異常相を含んでいても本発明の効果は示される。
【0019】
なお、これらの基材は、その表面が改質されたものであっても差し支えない。たとえば、超硬合金の場合はその表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合には表面硬化層が形成されていても良く、このように表面が改質されていても、本発明の効果は示される。
【0020】
<被膜>
本発明の表面被覆切削工具の上記基材上に形成される被膜は、1以上の層を含むものである。そして、それらの層のうち少なくとも1の層は、以下で詳述する第1化合物を含むハフニウム含有シリコン層である。本発明における被膜は、このハフニウム含有シリコン層を含む限り、さらに他の層を含んでいても差し支えない。なお、本発明における被膜は、基材上の全面を被覆するもののみに限られるものではなく、部分的に被膜が形成された態様をも含む。
【0021】
本発明における被膜の合計厚み(2以上の層が形成される場合はその総膜厚)は、0.1μm以上10μm以下とすることが好ましく、より好ましくはその上限が7.0μm以下であり、その下限が0.5μm以上であることが好ましく、さらに好ましくは1.0μm以上である。被膜の合計厚みが0.1μm未満の場合、耐摩耗性等の諸特性の向上作用が十分に示されない場合があり、10μmを超えると残留応力(圧縮応力または圧縮残留応力という)が大きくなり基材との密着性が低下する場合がある。なお、被膜の合計厚みの測定方法としては、表面被覆切削工具を切断し、その断面をSEM(走査型電子顕微鏡)を用いて観察することにより求めることができる。以下、該被膜についてさらに詳細に説明する。
【0022】
<ハフニウム含有シリコン層>
本発明におけるハフニウム含有シリコン層は、化学式Si1-XHfXY(ただし、X、Yはそれぞれ原子組成比を示し、0<X≦0.4であり、0.8≦Y≦1.2である。また、Zは硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示す。)で示される非晶質の第1化合物を含むものである。このような第1化合物は、Hfを含まない構造の化合物に比し高い硬度を示す。明確な原因は不明であるが、応力が低くなり(圧縮応力が大きくなり)、結果として硬度が高くなるのではないかと考えられる。
【0023】
本発明におけるハフニウム含有シリコン層は、不可避不純物を除き第1化合物のみによって構成することができる。
【0024】
なお、このようなハフニウム含有シリコン層は、第1化合物とともに、その第1化合物に起因する(第1化合物の形成時に同時に形成されたり、その形成後に経時的に形成される)副次的化合物を含んでいても差し支えない。そのような副次的化合物は第1化合物に対し少量含まれるものであり、たとえばSiと上記化学式中のZとからなる化合物や、Hfと上記化学式中のZとからなる化合物が挙げられる他、Si単体やHf単体も挙げることができる。
【0025】
また、上記ハフニウム含有シリコン層は、第1化合物とともに、他の化合物を含んでいても差し支えない。そのような他の化合物としては、たとえば、Si、Cr、Al、Ti、Hf、Ta、Nb、およびVからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とを含む第2化合物等を挙げることができる。
【0026】
なお、本発明において「ハフニウム含有シリコン層」とは、上記のように第1化合物を含む層をいうものであり、少なくとも一層の第1化合物を含む層が含まれていればよいものである。たとえば、第1化合物以外に、上記のような他の化合物を含む場合や、上記第1化合物を含む第1層と第2化合物を含む第2層を積層してなる場合にも、ハフニウム含有シリコン層と称するものとする。また、上記第1化合物は、上記化学式においてSiまたはHfの一部が他の元素(たとえばZr、Cr、Ti、Mo、Al、W、Nb、V等)に置換されているものも含み得るものとし、このような場合であっても本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0027】
<第1化合物>
上記ハフニウム含有シリコン層に含まれる第1化合物は、化学式Si1-XHfXY(ただし、X、Yはそれぞれ原子組成比を示し、0<X≦0.4であり、0.8≦Y≦1.2である。また、Zは硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示す。)で示される化合物である。上記化学式中、原子組成比Xは、好ましくは0<X≦0.25であり、その上限がより好ましくは0.12、さらに好ましくは0.1であり、その下限がより好ましくは0.005、さらに好ましくは0.01である。この原子組成比Xが0.4を超えると、硬度が低くなり、クレータ摩耗の低減効果が劣るとともに優れた耐摩耗性が示されなくなる。
【0028】
本発明における第1化合物は、切削工具に要求される諸特性のうち、逃げ面の摩耗とクレータ摩耗の双方を有効に低減することができるという特性を有する。これは、Hfを上記のような原子組成比で含むことにより残留応力が調節され、高硬度化し、これとSiによってもたらされる本来的な耐酸化性とが相乗的に作用することにより、逃げ面の摩耗およびクレータ摩耗を飛躍的に低減することができ、切削工具全体として極めて優れた耐摩耗性の付与を可能にしたものである。
【0029】
なお、上記の化学式中、Zは硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示す。すなわち、Zは、これらの元素が各単独で構成されていても良く、2以上の元素が組み合わされて構成されていてもよい。2以上の元素が組み合わされて構成される場合、各元素の原子組成比は特に限定されるものではないが、窒素が含まれる場合はこれらの構成元素に占める(すなわち上記化学式中のYに対する)窒素の原子組成比を50%以上とすることが好適である。
【0030】
また、原子組成比Yは、0.8≦Y≦1.2である限り特に限定されない。Yが0.8未満の場合、耐摩耗性が低下するため好ましくない。また、Yが1.2を超えると、やはり耐摩耗性が低下するため好ましくない。なお、上記のようにZが2種以上の元素で構成される場合は、原子組成比Yはそれらの元素の総数を示すものとする。
【0031】
<第1化合物の構造>
上記第1化合物は、非晶質である。第1化合物が非晶質状態の場合、該化合物を含むハフニウム含有シリコン層において、化合物同士の結晶粒界が存在しないので、亀裂が発生した場合にその伸展を抑制することができ、結果としてより優れた耐摩耗性を示すと考えられる。また、非晶質であることから、結晶の異常成長を抑制することができるので、得られる層の表面が平滑となり、優れた耐溶着性を示す。
【0032】
<ハフニウム含有シリコン層の積層構造>
本発明における上記ハフニウム含有シリコン層は、互いに異なる組成の第1化合物を含む2種以上の層が各々1層以上積層された構造とすることができる(たとえば、SiHfNを含む層とSiHfNOを含む層の積層構造があげられる)。このような積層構造とする場合、各層の厚みや層数などは、後述する第1層と第2層の積層構造と同様にすることができる。上記ハフニウム含有シリコン層が互いに異なる組成の第1化合物を含む2種以上の層からなる第1化合物の積層構造を含む場合は、被膜に優れた耐摩耗性を付与することはもとより、層間の界面の存在により亀裂の伸展を更に抑制することができる。
【0033】
また、本発明における上記ハフニウム含有シリコン層は、上記第1化合物を含む第1層と、第2化合物を含む第2層とが各々1層以上積層されて形成されているものとすることができ、この第2化合物は、上記のようにSi、Cr、Al、Ti、Hf、Ta、Nb、およびVからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とを含むものとすることができる。このような第1層は、その厚みが0.5nm以上200nm以下であることが好ましく、また同じく第2層も、その厚みが0.5nm以上200nm以下であることが好ましい。
【0034】
ここで、この第2化合物は、Si、Cr、Al、Ti、Hf、Ta、Nb、およびVからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素に対して、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を原子組成比で0.1以上2以下含むことが好ましい。原子組成比をこの範囲のものとすることにより、以下のような優れた効果が示される。なお、Si、Cr、Al、Ti、Hf、Ta、Nb、およびVのうち異なった元素が2種以上含まれる場合、その総数が上記範囲の原子組成比を満たす限り、各元素間の原子組成比は特に制限されない。同様にして、硼素、酸素、炭素、および窒素のうち異なった元素が2種以上含まれる場合も、各元素間の原子組成比は特に制限されない。
【0035】
上記のような積層構造を採用することにより、次のような優れた効果が示される。すなわち、上記第2化合物は耐酸化性に優れているため、クレータ摩耗の低減作用および耐摩耗性の向上作用に加え、ハフニウム含有シリコン層全体として優れた耐酸化性が示される。また、このように組成の異なる2層を積層させることにより、被膜の厚み方向に亀裂が進展することを極めて有効に抑制することができ、この亀裂の進展による被膜破壊に起因した摩耗現象を効果的に低減することができることから、結果的に耐摩耗性をさらに向上させることができる。
【0036】
前述のように第1層は、その厚みが0.5nm以上200nm以下であることが好ましく、また、第2層も、その厚みが0.5nm以上200nm以下であることが好ましい。各々の層がこの範囲の厚みを有することにより、切削時における耐摩耗性が特に優れたものとなるからである。そして、上記第1層および第2層の各厚みは、より好ましくはその上限が100nm、さらに好ましくは50nmであり、その下限はより好ましくは1nmである。0.5nm未満の厚みで各層を形成することは困難であり、その厚みが200nmを超えると上記のような優れた効果が示されない場合がある。そして、好ましくは上記第1層のみの加算合計厚みが0.2μm以上10μm以下となる場合であり、より好ましくは0.7μm以上5μm以下となる場合である。第1層のみの合計厚みをこれらの範囲とすることにより、上記の効果が最も効果的に発現する。なお、第1層のみの合計厚みがこのような範囲となる限り、第2層のみの合計厚みは特に限定されないが、1μm以上10μm以下の厚みとすれば通常は十分である。このように積層される第1層と第2層との各厚みは、概ね等しいものであってもよいし、異なるものであってもよい。
【0037】
なお、ここでいう積層構造とは、上記第1層と第2層とが各々1層以上積層されて形成されていることを示すものであるが、より好ましくは上記第1層と第2層とが各々上下交互に複数積層されることが好適である。なお、このような積層構造において最下層および最上層は、第1層または第2層のいずれの層によって形成されていても差し支えない。また、積層数は特に限定されるものではないが、各層それぞれ1層以上8000層以下、より好ましくは20層以上5000層以下とすることができる。
【0038】
<ハフニウム含有シリコン層の厚み>
本発明におけるハフニウム含有シリコン層(上記積層構造を含む場合を除く)は、0.1μm以上10μm以下の厚みを有することが好ましい。より好ましくはその上限が8μm、さらに好ましくは6μmであり、特に好ましくは3μmである。また、その下限が0.3μmであることがより好ましい。
【0039】
上記厚みが0.1μm未満の場合、クレータ摩耗を低減するとともに高度な耐摩耗性を付与するという本発明の効果が示されない場合があるとともに、10μmを超えると、該効果が低減される場合がある。上記厚みが0.3μm以上3μm以下の場合に、特に優れた上記効果が示される。
【0040】
ハフニウム含有層が互いに組成の異なる第1化合物を含む2種以上の層が各々1層以上積層された構造を有する場合は、上記積層構造を含まない場合の厚みと同じく、0.1μm以上10μm以下であることが好ましく、その上限が8μmであることがより好ましく、さらに好ましくは6μm、特に好ましくは3μmである。また、その下限が0.3μmであることがより好ましい。
【0041】
また、ハフニウム含有層が上記第1層と第2層とが各々1層以上積層されて形成された積層構造を含む場合は、該層の厚みは0.3μm以上12μm以下であることが好ましい。より好ましくは、その上限が8μmであり、その下限が0.5μmである。
【0042】
上記積層された構造および積層構造を含む場合において、ハフニウム含有層の厚みが上記範囲を外れる場合は、本発明の効果が示されなかったり、該効果が低下する傾向がある。
【0043】
<ハフニウム含有シリコン層の形成方法>
本発明におけるハフニウム含有シリコン層の形成方法は、特に限定されるものではないが、得られる被膜の表面が平滑であり、組成の自由度が高い物理蒸着法(PVD法)によることが望ましい。具体的には、たとえばバランストマグネトロンスパッタリング法、アンバランストマグネトロンスパッタリング法、これらを各組み合わせた方法等を挙げることができる。なお、ハフニウム含有シリコン層が上記のような積層構造で形成されている場合であっても、これらの物理蒸着法の下、従来公知の手法により形成することができる。
【0044】
そして、特に上記のようなハフニウム含有シリコン層を好適に形成する具体的な条件を挙げると以下のとおりとなる。すなわち、ハフニウム含有シリコン層の厚みが0.3μm未満の場合で、アンバランストマグネトロンスパッタリング法を採用する場合、基板(基材)温度を350〜650℃および該装置内の反応ガス圧を400mPa〜1000mPaに設定し、所望の第1化合物に対する組成を有するターゲットをセットするとともに、所望の第1化合物に対応する反応ガスとして、たとえば窒素、酸素、メタンのうちから1以上のガスを選択して、これを導入する(なお、反応ガスの導入に際しては、希ガス/反応ガスの比を1〜5に設定することが好ましい)。そして、基板(負)バイアス電圧を0V〜−90Vに維持したまま、放電電力を5kW〜9.5kWとする条件により、非晶質のハフニウム含有シリコン層を形成することができる。
【0045】
上記所望の第1化合物に対応する組成を有するターゲットとしては、第1化合物における金属組成(シリコンおよびハフニウムの組成)を与えるものであればよく、たとえば、シリコンおよびハフニウムの金属粉末を所望の最終組成と同一の組成で混合して焼結し作製したSi−Hf焼結ターゲットや、Siからなるターゲットのエロージョン部にHfからなるターゲットを、エロージョン領域の面積比が所望の第1化合物のXを満たす組成でインジウムにより貼り合わせた貼合ターゲット等を用いることができる。また、第1化合物に硼素を含む場合は、ターゲットに予め硼素元素を含有すればよく、その含有量は所望の第1化合物のYと同一にすればよい。
【0046】
また、非晶質である第1化合物を含むハフニウム含有シリコン層の厚みが0.3μm以上の場合は、一定の厚みが形成される毎に上記バイアス電圧を−50V〜−550Vの範囲内で、200V以上(たとえば、−50Vから−350Vに変える)急激に変化させる操作を繰り返せばよい。具体的には、まず、−50V〜−90Vの基板バイアス電圧を付与し、被膜が0.25μm〜0.35μm形成されたところで、基板バイアス電圧を−350V〜−550Vへ急激に変えて、そのままの基板バイアス電圧を再び0.55μm〜0.65μmの被膜(合計厚み)が形成されるまで維持する。その後、−350V〜550Vから再度−50V〜−90Vへと基板バイアス電圧を急激に変え、さらに被膜が0.85μm〜0.95μm(合計厚み)形成されるまで基板バイアス電圧を−350V〜−550Vの範囲で特定値に維持する。このように、被膜が0.25μm〜0.35μm形成されるごとに基板バイアス電圧を急激に変化させることにより、非晶質の第1化合物を含む層を形成することができる。
【0047】
<硬質層>
本発明における被膜は、前記ハフニウム含有シリコン層以外に、さらに周期律表のIVa族元素(Ti、Zr、Hf等)、Va族元素(V、Nb、Ta等)、VIa族元素(Cr、Mo、W等)、Al、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、または、該元素の少なくとも1種と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物によって構成される1以上の硬質層を含むことができる。
【0048】
上記硬質層としては、特にCr、Al、Ti、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、または、該元素の少なくとも1種と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物によって構成される1以上の被膜を含むことが好ましい。
【0049】
このような硬質層は、高硬度で耐摩耗性に優れるとともに、極めて優れた靭性を示すものが好ましい。特に、Cr、Al、Ti、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、または、該元素の少なくとも1種と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物によって構成される1以上の被膜は、耐酸化性および耐熱性に優れていることから特に優れた耐摩耗性が示されるため極めて有効である。
【0050】
上記硬質層を構成する元素または化合物としては、具体的には、たとえば、Cr、Ti、Al、Si、V、Zr、Hf、TiAl、TiSi、AlCr、TiN、TiON、TiCN、TiCNO、TiBN、TiCBN、TiAlCN、AlN、AlCN、AlCrCN、AlON、CrN、CrCN、TiSiN、TiSiCN、Ti23、TiAlON、ZrN、ZrCN、AlZrN、TiAlN、TiAlSiN、TiAlCrSiN、AlCrN、AlCrSiN、TiZrN、TiAlMoN、TiAlNbN、TiSiN、TiSiCN、AlCrTaN、AlTiVN、TiB2、TiCrHfN、CrSiWN、TiAlCN、TiSiCN、AlZrON、AlCrCN、AlHfN、CrSiBON、TiAlWN、AlCrMoCN、TiAlBN、TiAlCrSiBCNO等を挙げることができる。
【0051】
また、Cr、Al、Ti、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、または、該元素の少なくとも1種と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物としては、Ti、Cr、Al、Si、TiAlN、TiAlNO、TiAlCNO、TiBN、TiCBN、TiSiN、TiSiNO、TiSiCNO、CrTiN、CrTiNO、CrTiCNO、SiAlN、SiAlNO、SiAlCNO、CrSiN、CrSiNO、CrSiCNO、SiAlN、SiAlNO、SiAlCNO、CrSiN、CrSiNO、CrSiCNO、TiAlSiN、TiAlSiNO、TiAlSiCNO、TiAlCrN、TiAlCrNO、TiAlCrCNO、TiCrSiN、TiCrSiNO、TiCrSiCNO、AlCrN、AlCrNO、AlCrSiNO、AlCrCNO、AlCrSiBNO等を挙げることができ、特にAlCrN、AlCrNO、AlCrSiNO、AlCrSiBNO、AlCrCNO等が好適である。
【0052】
なお、上記の化学式において、各元素の原子組成比が特に記載されていないものは、必ずしも等比を意味するものではなく、従来公知の原子組成比がすべて含まれるものとする。たとえば単にTiNと記す場合、TiとNとの原子組成比は1:1が含まれる他、2:1、1:0.95、1:0.9等が含まれる(特に断りのない限り、以下において同じ)。
【0053】
<硬質層の構造>
上記硬質層を構成する元素および/または化合物は、結晶質であることが好ましい。硬質層を構成する元素および/または化合物が結晶質の場合、得られる被膜の硬度が高く、耐酸化性が良好になり、切削工具としての性能が向上する。
【0054】
<硬質層の積層構造>
上記硬質層としては、特に、上記Cr、Al、Ti、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、または、該元素の少なくとも1種と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物によって構成される2種以上の層が、各層の厚みを1nm以上100nm以下として周期的に繰り返して積層されてなる被膜を1以上含むことが好ましい。なお、本発明における被膜は、多層構造を有する硬質層を2以上含むことができる。
【0055】
上記硬質層の各層の厚みはより好ましくは5nm以上60nm以下である。このように上記各層を周期的に繰り返して積層させることにより、耐酸化性および耐熱性がさらに向上し、極めて優れた耐摩耗性が示される。ここで、周期的に繰り返して積層させるとは、たとえば2種の層を上下交互に積層させるなど、一定の周期性をもって積層させることをいう。なお、各層の厚みが1nm未満となる場合や100nmを超える場合には、積層による耐摩耗性の向上効果が示されない場合があるが、その場合であってもこれらの元素や化合物によってもたらされる固有の耐摩耗性の向上効果は示される。
【0056】
<硬質層の厚み>
また、上記硬質層は、0.3μm以上10μm以下の厚み(多層で形成される場合はその全体の厚み)を有することが好ましく、より好ましくはその上限が7μm以下、さらに好ましくは5μm以下、その下限が0.5μm以上、さらに好ましくは1μm以上である。その厚みが0.3μm未満の場合には、十分な耐摩耗性が示されなくなるとともに十分な靭性を示さなくなる場合があり、10μmを超えると耐欠損性が低下することがあるため好ましくない。
【0057】
<硬質層の形成位置>
上記硬質層の積層配置は特に限定されるものではなく、基材とハフニウム含有シリコン層との間や、ハフニウム含有シリコン層上に形成することができ、また、ハフニウム含有シリコン層の上下両側に形成することもできる。
【0058】
<硬質層の形成方法>
本発明において上記硬質層は、物理蒸着法により形成されることが好ましく、圧縮残留応力を有していることが好ましい。物理蒸着法により硬質層を形成することにより、硬質層に圧縮残留応力を付与することができ、高い靭性を有する被膜とすることができる。また、上記のハフニウム含有シリコン層が物理蒸着法により形成される場合においてこれらの被膜と同じ成膜方法を採用することにより製造効率を向上させることができる。
【0059】
上記硬質層の形成のための物理蒸着法は、従来公知の物理蒸着法、たとえば、スパッタリング法、マグネトロンスパッタリング法、アークイオンプレーティング法、イオンプレーティング法等、いずれも採用することができるが、生産性や密着力が高いという利点を有することから、アークイオンプレーティング法が好ましい。また、ターゲットとしては、所望の最終組成と同一の組成を有する焼結ターゲットをあげることができる。
【0060】
<その他の層など>
本発明における被膜としては、上記のようなハフニウム含有シリコン層や硬質層以外の他の層をさらに1以上含むことができる。たとえばそのような他の層は、硬質層とハフニウム含有シリコン層との間に形成したり、ハフニウム含有シリコン層の上に形成したりすることができる。このような他の層を形成することにより、クレータ摩耗を低減するとともに高度な耐摩耗性を付与するという本発明の効果がさらに向上したり、あるいは潤滑性を付与したり、被削材との溶着を抑制したりすることができるという効果を達成することもできる。
【0061】
このような他の層を構成する化合物としては、硬質層を形成する化合物として例示した以外の酸化物(たとえばAl23等)、窒化物、炭窒化物等を挙げることができる。なお、このような他の層の厚みは、0.05μm以上5μm以下が好ましく、より好ましくは0.1μm以上2μm以下である。
【実施例】
【0062】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下の各被膜を構成する各層の化学組成(化合物の組成)は二次電子顕微鏡に付帯のエネルギー分散型ケイ光X線分光計(SEM−EDX)により確認し、各層の厚みは被膜の断面を二次電子顕微鏡(SEM)により観察することにより確認した。また、各層の構造はX線回折装置(XRD)および透過電子顕微鏡(TEM)で分析した。
【0063】
<基材>
基材としては、グレードがP30(JIS B 4053−1998)の超硬合金であり、形状がSNGN120408(JIS B 4121−1998)である切削チップを準備し、これを洗浄した後使用した。
【0064】
<被膜の形成方法>
本実施例および比較例において各被膜は、第1化合物(Si1-XHfXY)を含むハフニウム含有シリコン層はアンバランストマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により、それ以外の被膜(すなわち硬質層)は陰極式アークイオンプレーティング法により形成させた。ただし、ハフニウム含有シリコン層が第1化合物のみからなる積層構造を有する場合(実施例12)、および第1層および第2層とからなる積層構造を有する場合(実施例13〜18、24および25)はUBMS法により形成した。また、硬質層が2種以上の層を周期的に繰り返して積層した構造を有する場合(実施例20〜22、24、25および比較例4)はアークイオンプレーティング法により形成した。なお、成膜装置は従来公知の構成のものを特に制限なく使用することができるが、本実施例および比較例においては、UBMS法による成膜とアークイオンプレーティング法による成膜とを1の装置内で行なうことができる成膜装置を使用した。該装置を用いることにより、上記UBMS法と上記アークイオンプレーティング法を組み合わせて被膜を形成する場合、基材を装置外に取り出すことなく連続的に被膜を形成することができる。
【0065】
<ハフニウム含有シリコン層の形成方法>
第1化合物の組成が以下の表1に示したものとなるように各対応する元素を含んだ(表1の第1化合物の原子組成比と同一の原子組成比を有する)各ターゲットをセットした。該ターゲットは、上記の焼結ターゲット、貼合ターゲット等いずれも使用しうるが、本実施例ではSiとHf粉末を前記各原子組成比で混合し、焼結したSi−Hf焼結ターゲットを使用した。
【0066】
そして、真空ポンプにより該装置内を1×10-4Pa以下に減圧するとともに、該装置内に設置されたヒーターにより上記基材の温度を500℃以上に加熱し、およそ500℃で1時間保持した。
【0067】
次に、アルゴンガスを導入して該装置内の圧力を500mPa〜650mPaに保持し、基板(基材)バイアス電圧を徐々に上げながら−600Vとし、基材の表面のクリーニングを30分間行なった。続いて、基板バイアス電圧を−350Vとし、ホロカソード型ガス活性化源を用いて基材表面のクリーニングをさらに60分間行なった。その後、アルゴンガスを排気した。なお、上記クリーニングは基材に対して行なうものであり、既に被膜を形成した基材の被膜表面に対してクリーニングは行なわない(以下において同じ)。
【0068】
次いで、基板(基材)温度を500〜650℃および該装置内の反応ガス圧を400mPa〜1000mPaに設定し、表1に示した化学組成に対応する反応ガスとして、窒素、メタン、酸素のうちから1以上のガスを選択することによりこれを導入した。なお、反応ガスの導入に際しては、希ガス/反応ガスの比を1〜5に設定した。
【0069】
そして、形成するハフニウム含有シリコン層の厚みが0.3μm未満の場合は、基板バイアス電圧を−70Vに維持したまま、ターゲットにかかる放電電力を5kW〜9.5kWとして、基材(被膜を形成させたものも含む)上に第1化合物からなるハフニウム含有シリコン層を形成し、表1に記載された厚みとなったところでターゲットに供給する放電電力を停止した。
【0070】
一方、形成するハフニウム含有シリコン層の厚みが0.3μmを超える場合は、該層全体を非晶質とするため(すなわち、第1化合物を非晶質で形成するため)に、次のように基板バイアス電圧を変化させる操作を行なった。すなわち、上記のようにして該層が0.3μm形成されたところで、基板バイアス電圧を−70Vから−350Vへ急激に変えて、さらに0.3μmの厚みが形成されるまで維持した。その後、−350Vから−70Vへと基板バイアス電圧を再度急激に変え、さらに該層が0.3μm形成されるまで基板バイアス電圧を−70Vに維持した。このように、該層が0.3μm形成されるごとに基板バイアス電圧を急激に変化する操作を繰り返すことによって、所望の厚みを有するハフニウム含有シリコン層を形成した。なお、ハフニウム含有シリコン層が表1記載の厚みとなったところでターゲットに供給する放電電力を停止した。
【0071】
ここで、上記の基板バイアス電源およびターゲット供給用電源としては、直流パルス方式を用いた。基板バイアス電源では350kHzの周波数で正と負の電圧を供給し、1周期当りの正電圧を供給する時間は500nsとした。またターゲット供給用電源の周波数は50kHzで1周期当りの正負電圧の供給時間は各々半分ずつとした。
【0072】
上記反応ガスには必ず希ガス(アルゴンが好ましいがこれのみに限定されない)を混在させた。ここで、反応ガスとしては、最終生成物(第1化合物)が窒化物の場合は窒素を選択し、窒酸化物の場合は、窒素と酸素と雰囲気ガス(反応ガス分圧制御用)としてアルゴンガスを選択した。また、炭窒酸化物の場合は、メタン(メタンのみに限られずアセチレン等の炭化水素ガスを特に限定なく使用することができる)、窒素、酸素と雰囲気ガス(反応ガス分圧制御用)としてアルゴンガスを選択した。化学組成に硼素が含まれる場合はターゲットに予め硼素元素を所望量含有させたものを用いた。
【0073】
<硬質層の形成方法>
硬質層は上記のように陰極式アークイオンプレーティング法により形成した。成膜装置内の基板取り付け位置に基材(既に被膜を形成させたものも含む)をセットした。また、硬質層としてその化学組成が以下の表1に示したものとなるように、各対応する組成と同一の組成を有する各ターゲットを原料蒸発源(アーク式蒸発源)にセットした。
【0074】
そして、真空ポンプにより該装置内を1×10-4Pa以下に減圧するとともに、該装置内に設置されたヒーターにより上記基材の温度を650℃に加熱し、1時間保持した。
【0075】
次に、アルゴンガスを導入して該装置内の圧力を3.0Paに保持し、基板バイアス電圧を徐々に上げながら−1500Vとし、基材の表面のクリーニングを15分間行なった。その後、アルゴンガスを排気した。なお、クリーニングは上記UBMS法と同様に、基材に対してのみ行なった。
【0076】
基板(基材)温度を550〜650℃および該装置内の反応ガス圧を4.0Paに設定し、表1に示した化学組成に対応する反応ガスとして、窒素、メタン、酸素のうちから1以上のガスを選択することによりこれを導入した。そして、基板バイアス電圧を−80Vに維持したまま、カソード電極に50〜120Aのアーク電流を供給し、アーク式蒸発源から金属イオン等を発生させ硬質層を形成した。
【0077】
そして、表1に記載した厚みとなったところでアーク式蒸発源に供給する電流を停止し、冷却後該装置内を大気に開放して、硬質層を形成させた。
【0078】
<積層構造を有するハフニウム含有シリコン層の形成方法>
実施例12は、ハフニウム含有シリコン層が、表1の第1化合物(SiHfN)と表2の第1化合物(SiHfNO)とが、厚み3nmと2nmで交互に積層された構造を有することを示す(構造の詳細は後述する)。この積層構造は、上記のとおりUBMS法により形成される。まず、所望の第1化合物と同一の組成を有するターゲット(表1および表2記載の第1化合物について共通)および基材をそれぞれ装置内にセットした。そして、このターゲットを蒸発させながら基材を回転させて、同時に反応ガスである窒素と窒素および酸素とを上記所望の厚みが形成される毎に交互に供給した。上記各層は、厚みが0.3μm未満であり、上記基板バイアス電圧を一定値に維持した場合のUBMS法の条件と同様の条件を採用することにより積層構造を形成することができた。
【0079】
一方、実施例13〜18、24および25は、ハフニウム含有シリコン層が、第1層と第2層とを表2に記載の厚みで交互に積層した構造を有することを示す。この積層構造も、上記のとおりUBMS法により形成され、その条件は上記と同様である。ただし、ターゲットとしては、第1層を形成するためのターゲット(組成は表1記載の第1化合物と同一の組成とした)と、第2層を形成するためのターゲット(組成は表2記載の第2化合物と同一の組成とした)の2種を用いた。
【0080】
<2種以上の層を周期的に積層した構造を有する硬質層の形成方法>
実施例20〜22、24、25および比較例4の硬質層1は、表1の組成の項に記載のとおり2種の化合物を交互に積層した構造を有することを示す。この構造は、上記のとおりアークイオンプレーティング法により形成される。すなわち、一方の化合物からなる層を形成するためのターゲットと他方の化合物からなる層を形成するためのターゲットとを装置内側壁に同じ高さでセットし、両ターゲットの中間点(装置のほぼ中心部)に基材をセットした。そして、これらの両ターゲットをともに蒸発させながら基材を回転させることにより、基材が一方のターゲットの正面に位置するときにはその化合物からなる層が形成され、他方のターゲットの正面に位置するときには該その他の化合物からなる層が形成されるようにした。このようにして周期的に積層した構造を形成することができるが、ターゲットを蒸発させる条件は上記条件と同様とした。
【0081】
以上のようにして、上記被膜の形成方法を適宜組み合わせて、表1および2に記載した構成の実施例1〜25と比較例1〜6の表面被覆切削工具を製造した。これらの実施例の表面被覆切削工具は、基材と該基材上に形成された被膜とを備えるものであって、この被膜は化学式Si1-XHfXY(ただし、X、Yはそれぞれ原子組成比を示し、0<X≦0.4であり、0.8≦Y≦1.2である。また、Zは硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示す。)で示される非晶質の第1化合物を含むことを特徴とするハフニウム含有シリコン層を少なくとも含むものである。
【0082】
一方、比較例1〜6の表面被覆切削工具は、比較用のものであり、比較例1、5および6はハフニウム含有シリコン層を形成する化合物として、原子組成比Xが0<X≦0.4を満足しない化合物を用いて基材上に被膜を形成させたものである。また、比較例2〜4は、ハフニウム含有シリコン層を含まない被膜を形成させたものである。具体的には、比較例2ではTiAlNからなる被膜を形成した切削工具を製造し、比較例3ではTiAlNからなる硬質層上にAlCrNからなる硬質層を形成し、最上層にTiNからなる被膜を形成した切削工具製造した。また、比較例4では基材上にTiAlNとAlCrNとからなる層を周期的に積層した構造を有する硬質層を形成した切削工具を製造した。
【0083】
【表1】

【0084】
表1中「Z」の項に記載されている数値は原子組成比を示す(それらの数値の合計は「Y」に記載された数値となる)。また、上記表1中「組成」の項に記載されている数値も原子組成比を示す。また、表1において、比較例1、5および6のハフニウム含有シリコン層は、原子組成比が本発明の第1化合物の範囲を満足するものではないが、便宜上「ハフニウム含有シリコン層」の項に記載したものである。また、比較例3はハフニウム含有シリコン層を有するものではないが、被膜の形成の順序を明確にするために、便宜上第1化合物の項にAlCrNを記載した。実施例1〜25の第1化合物、および表1の「ハフニウム含有シリコン層」の項に記載されている比較例1、5〜6で形成した化合物は非晶質であった。また、硬質層1および2を構成する化合物は結晶質であった。
【0085】
本実施例および比較例の各被膜は、表1の左欄側のものから順に基材上に形成させた。すなわち、基材表面に硬質層1を形成させ、次にハフニウム含有シリコン層、最上面に硬質層2を形成させた。なお、表1中の空欄(「−」)は層が形成されていないことを示すものであり、たとえば実施例1、2、23、および比較例1では、硬質層1を形成せずに、基材表面にハフニウム含有シリコン層を形成したことを示す。また、実施例23の(注)は、ハフニウム含有シリコン層上にTi0.5Al0.51.0からなる2.0μmの第一の硬質層2を形成し、その上面にTi1.01.0からなる0.5μmの第二の硬質層2を形成したことを示す。
【0086】
なお、硬質層が2種以上の層を周期的に積層した構造を有する場合は、「組成」の項を「化合物A/化合物B」の形式で表記した(最下層が化合物Aを含む層であり、最上層が化合物Bを含む層となるように、各層を表1に記載した厚みで交互に積層した)。たとえば、実施例20では、最下層にTiAlNからなる層を5nm形成して、その上にAlCrNからなる層を5nm形成し、さらに5nmのTiAlNからなる層、5nmのAlCrNからなる層をこの順で形成する操作を繰り返し、最上層にAlCrNからなる層を形成して合計の厚みが2.0μmである硬質層1を形成したことを示す。
【0087】
また、表1中、ハフニウム含有シリコン層の「積層」の項の「有」とは、ハフニウム含有シリコン層が積層構造を有することを意味しており、それぞれ、表1の第1化合物と下記表2に記載された第1化合物または第2化合物を、各層を表2に記載された厚みで交互に積層することを示す。なお、表1中、積層の項が「有」の場合の「厚み」とはハフニウム含有シリコン層全体の厚みを示す。また、上記「有」の場合は第1化合物が第1層であり、下記表2記載の第2化合物が第2層である。たとえば、実施例13では、第1層と第2層の厚みがそれぞれ100nmであり、各層を交互に積層してハフニウム含有シリコン層全体の厚みを1.5μmとすることを示している。
【0088】
【表2】

【0089】
表2中、実施例12の「第1層の厚み」の項の「注」は、表1に記載の第1化合物を含む厚みが3nmであり、表2に記載の第1化合物を含む層の厚みが2nmであることを示す。なお、表2記載の第1化合物および第2化合物はすべて結晶質であった。
【0090】
ここで、各ハフニウム含有シリコン層の積層構造は、実施例12、13、14、18、24および25では、第1化合物を含む第1層を最下層として、第2化合物を含む第2層(実施例12に限っては表2に記載された第1化合物を含む層)が最上層となるように、各層を表2に記載した厚みで交互に積層した。また、実施例15〜17では、第2化合物を含む第2層を最下層とし、第1化合物を含む第1層が最上層となるようにして、上記と同様に各層を表2に記載した厚みで交互に積層した。
【0091】
<切削試験>
実施例1〜25で製造された本発明の表面被覆切削工具および比較例1〜6で製造された表面被覆切削工具について、以下の切削条件により連続旋削試験を10分間実施することにより、逃げ面摩耗量とクレータ摩耗量とを測定した。逃げ面摩耗量が小さいもの程耐摩耗性に優れていることを示し、クレータ摩耗量が小さいもの程クレータ摩耗が低減されていることを示す。その結果を以下の表3に示す。
【0092】
(切削条件)
被削材:SCM435
切削速度:300m/min
切込み:1.0mm
送り:0.2mm/rev.
乾式/湿式:乾式
【0093】
【表3】

【0094】
表3より明らかなように、本発明の実施例の表面被覆切削工具は、比較例の表面被覆切削工具に比し、クレータ摩耗の低減化および耐摩耗性の向上の両者において優れた結果を示していることは明らかである。したがって、本発明の表面被覆切削工具は優れた切削性能を有したものである。
【0095】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0096】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と該基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、
前記被膜は、1以上の層を含み、
前記層のうち少なくとも1の層は、化学式Si1-XHfXY(ただし、X、Yはそれぞれ原子組成比を示し、0<X≦0.4であり、0.8≦Y≦1.2である。また、Zは硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示す。)で示される非晶質の第1化合物を含むハフニウム含有シリコン層であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記ハフニウム含有シリコン層は、その厚みが0.1μm以上10μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記ハフニウム含有シリコン層は、前記第1化合物を含む第1層と、第2化合物を含む第2層とが各々1層以上積層されて形成されており、
前記第2化合物は、Si、Cr、Al、Ti、Hf、Ta、Nb、およびVからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とを含むことを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記第1層は、その厚みが0.5nm以上200nm以下であり、
前記第2層は、その厚みが0.5nm以上200nm以下であることを特徴とする請求項3記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記被膜は、前記ハフニウム含有シリコン層以外に、1層以上の硬質層を含み、
前記硬質層は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、または、該元素の少なくとも1種と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
前記硬質層は、Cr、Al、Ti、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、または、該元素の少なくとも1種と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むことを特徴とする請求項5記載の表面被覆切削工具。
【請求項7】
前記硬質層は、Cr、Al、Ti、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、または、該元素の少なくとも1種と、硼素、酸素、炭素、および窒素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含む2種以上の層が、各層の厚みを1nm以上100nm以下として周期的に繰り返して積層されたものであることを特徴とする請求項5または6に記載の表面被覆切削工具。
【請求項8】
前記基材は、超硬合金、サーメット、立方晶型窒化硼素焼結体、高速度鋼、セラミックス、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の表面被覆切削工具。

【公開番号】特開2008−279562(P2008−279562A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−126996(P2007−126996)
【出願日】平成19年5月11日(2007.5.11)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(503212652)住友電工ハードメタル株式会社 (390)
【Fターム(参考)】