説明

表面被覆切削工具

【課題】高硬度鋼の高速重切削加工条件下において、硬質被覆層がすぐれた密着性と潤滑性と耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】WC基超硬合金またはTiCN基サーメットで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層として、薄層A:(AlCr)N層または(AlCrM)N層と薄層B:立方晶構造のNbNと六方晶構造のNbNの混合組織からなり、かつ、該混合組織についてX線回折による回折ピーク強度を調査したとき、立方晶構造のNbNの(200)面からの回折ピーク強度をIc、また、六方晶構造のNbNの(103)面と(110)面からの回折ピーク強度をIhとした場合、0.05≦Ic/Ih≦1.0を満足する回折ピーク強度比を有する層との交互積層構造からなる層を形成した表面被覆切削工具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受鋼、合金工具鋼、浸炭焼入れ鋼等の高硬度被削材を、高熱発生を伴い、かつ、切刃に高負荷が作用する高送り、高切込みの高速重切削条件で加工した場合にも、硬質被覆層がすぐれた靭性と潤滑性とを有し、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるスローアウエイチップ、被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、さらに被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルなどがあり、またスローアウエイチップを着脱自在に取り付けてソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うスローアウエイエンドミル工具などが知られている。
【0003】
具体的な被覆工具としては、例えば、炭化タングステン基(以下、WC基で示す)超硬合金または炭窒化チタン基(以下、TiCN基で示す)サーメット等で構成された工具基体の表面に硬質皮膜を蒸着形成し、被覆工具の耐摩耗性、工具寿命の改善を図ったものが一般的に知られている。
例えば、特許文献1に示すように、工具基体表面に、ZrN、HfN、NbN、TaN、MoN、WNからなる一種以上の固体潤滑膜を形成し、この固体潤滑膜と硬質皮膜との組み合わせにより、耐凝着性を高めた被覆工具が知られている。
また、特許文献2に示すように、工具基体表面に、h− [(V,Cr,Nb,Ta)(Ti,Zr,Hf,Al,Si)1−a](N,C,O,B)で表した場合、0.5≦b≦1.0でかつ六方晶構造を有する硬質被覆層を形成することにより、耐摩耗性を改善した被覆工具が知られている。
また、特許文献3に示されるように、硬質被覆層をX線回折により測定した場合、六方晶構造の窒化ニオブの(103)面からの回折ピーク強度と六方晶構造の窒化ニオブの(110)面からの回折ピーク強度の合計量「Ih」と、立方晶構造の窒化ニオブの(220)面からの回折ピーク強度「Ic」との比の値Ih/Icを2.0以下とすることにより、Ti合金の切削加工に適した被覆工具が提供されることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−179533号公報
【特許文献2】特開2006−312235号公報
【特許文献3】国際公開パンフレット WO2009/035396
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工装置のFA化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴って切削加工は一段と高効率化する傾向にあるが、前記従来被覆工具においては、これを通常条件での切削加工に用いた場合には問題はないが、これを特に、軸受鋼、合金工具鋼、浸炭焼入れ鋼等の高硬度被削材の、高い発熱を伴い、かつ、切刃に高負荷が作用する高送り、高切込みの高速重切削条件で用いた場合には、切削時に発生する高熱によって硬質被覆層が過熱されることにより、高温硬さの低下が生じるとともに、潤滑性が不足し、その結果、耐摩耗性の低下が避けられないことに加えて、硬質被覆層の靭性が十分でないため、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、高熱を発生し、かつ、切刃に対して高負荷が作用する高速重切削条件で用いた場合にも、硬質被覆層がすぐれた潤滑性、耐摩耗性および靭性を発揮する被覆工具を開発すべく、前記従来被覆工具に着目し研究を行った結果、以下の知見を得た。
【0007】
(イ)被覆工具の硬質被覆層を窒化ニオブで構成した場合、窒化ニオブからなる硬質被覆層は、高硬度および高靭性を備え、かつ、化学的安定性にも優れることが一般的に知られているが、高硬度被削材を、高熱発生を伴うとともに切刃に高負荷が作用する高速重切削条件で使用した場合には、その硬度、靭性は十分であるとはいえない。
そこで、本発明者らは、窒化ニオブが有する複数の化合物形態、複数の結晶構造について詳細に検討したところ、特定の結晶構造からなる窒化ニオブが、特定の割合で混合した混合組織からなる窒化ニオブ層は、一段と優れた高温硬さと高靭性を備え、かつ、高温条件下での高硬度被削材との潤滑性に優れることを見出したのである。
【0008】
(ロ)即ち、窒化ニオブには、その化合物形態、結晶構造として、β−Nb2N(六方晶),γ−Nb4N3(正方晶),δ−NbN(立方晶),δ’−NbN(六方晶),ε−NbN(六方晶),η−NbN(六方晶)などがあるが、アークイオンプレーティングにより窒化ニオブを成膜するにあたり、例えば、窒素圧力を9.3Paとした条件でバイアス電圧を付加し成膜したところ、図2に示すように、バイアス電圧が0〜−60Vでは、立方晶構造の窒化ニオブ(以下、これをc−NbNで示す)が優先的に成膜されるが、バイアス電圧を高くし、−70V以上のバイアス電圧範囲で成膜したところ、六方晶構造の窒化ニオブ(以下、これをh−NbNで示す)が優先的に成膜されるようになり、硬質被覆層としては、c−NbNとh−NbNの混合組織からなる窒化ニオブが成膜された。
なお、前記成膜したc−NbNとh−NbNについての結晶構造は、例えば、Kα照射によるX線回折を行い、その回折ピーク強度位置によって確認することができる。
【0009】
(ハ)さらに、本発明者らは、バイアス電圧を適正範囲に維持してアークイオンプレーティングで窒化ニオブ層を成膜した場合に、硬質被覆層は所定比率のc−NbNとh−NbNが存在する混合組織となり、そして、所定比率の混合組織からなる窒化ニオブによって硬質被覆層を構成した場合には、高熱発生を伴い、かつ、切刃に対して高負荷が作用する高送り、高切込みの高速重切削条件において、硬質被覆層がすぐれた潤滑性と耐摩耗性を発揮することを見出したのである。
【0010】
(ニ)そして、本発明者らは、工具基体の表面に、硬質膜である(Al,Cr)N層あるいは(Al,Cr,M)N層を薄層Aとして2〜100nmの平均層厚で形成し、これの上に、硬質潤滑膜である窒化ニオブ層を薄層Bとして形成し、さらにその上に薄層A、薄層B・・・のようにナノオーダーで交互積層すると、硬質膜である(Al,Cr)N層あるいは(Al,Cr,M)N層は、すぐれた高温硬さ、高温強度、耐熱性を示し、また、硬質潤滑膜であるNbN層はすぐれた高硬度および高靭性を示すが、特に、硬質潤滑膜のNbN層中に含有されるNb成分によって、硬質膜の皮膜靭性が向上することから、高熱発生を伴う切削加工においても、NbN層のすぐれた高硬度および高靭性は維持され、したがって、難削材の高速高送り切削加工において、切刃部が高温になったとしても被削材との潤滑性にすぐれ、その結果、切刃部におけるチッピング(微少欠け)の発生が抑制され、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性が発揮されるという新規な知見を得て、かかる知見に基づき、本発明を完成するに至ったものである。
【0011】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が蒸着形成された表面被覆切削工具において、
前記硬質被覆層が、2〜100nmの層厚の薄層Aと2〜100nmの層厚の薄層Bとが交互に積層された0.5〜8μmの交互積層構造として構成され、かつ、
(a)前記薄層Aは、
組成式:(Al1−αCrα)N(ここで、αはCrの含有割合を示し、原子比で、0.25≦α≦0.55である)を満足するAlとCrの複合窒化物層からなり、
(b)前記薄層Bは、
立方晶構造の窒化ニオブと六方晶構造の窒化ニオブの混合組織として構成され該混合組織についてX線回折による回折ピーク強度を測定したとき、
立方晶構造の窒化ニオブの(200)面からの回折ピーク強度をIc、
六方晶構造の窒化ニオブの(103)面と(110)面からの回折ピーク強度をIh、
とした場合、
0.05≦Ic/Ih≦1.0
を満足する回折ピーク強度比を有し、
(c)前記工具基体直上は、前記薄層Aであることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に硬質被覆層を形成してなる表面被覆切削工具において、
前記硬質被覆層が、2〜100nmの層厚の薄層Aと2〜100nmの層厚の薄層Bとが交互に積層された0.5〜8μmの交互積層構造として構成され、かつ、
前記硬質被覆層が、
(a)前記薄層Aは、
組成式:(Al1−α−βCrαβ)N(ここで、Mは、Crを除く周期律表4a,5a,6a族の元素、Si、B、Yのうちから選ばれた1種又は2種以上の添加成分を示し、また、αはCrの含有割合、βはMの含有割合をそれぞれ示し、原子比で、0.25≦α≦0.55、0.01≦β≦0.25である)を満足するAlとCrの複合窒化物層からなり、
(b)前記薄層Bは、
立方晶構造の窒化ニオブと六方晶構造の窒化ニオブの混合組織として構成され該混合組織についてX線回折による回折ピーク強度を測定したとき、
立方晶構造の窒化ニオブの(200)面からの回折ピーク強度をIc、
六方晶構造の窒化ニオブの(103)面と(110)面からの回折ピーク強度をIh、
とした場合、
0.05≦Ic/Ih≦1.0
を満足する回折ピーク強度比を有し、
(c)前記工具基体直上は、前記薄層Aであることを特徴とする表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0012】
つぎに、本発明の被覆工具の硬質被覆層について説明する。
【0013】
(a)薄層Aの組成
薄層Aを構成する(Al,Cr,M)N層の構成成分であるCr成分には硬質被覆層における高温硬さを向上させ、同Cr成分には高温強度を向上させる作用があり、さらに、M成分のうちの、Crを除く周期律表4a,5a,6a族の元素、Si、Bには硬質被覆層の耐摩耗性を向上させる作用があり、また、Yには硬質被覆層の高温耐酸化性を向上させる作用があるが、Crの割合を示すα値がAlとの合量あるいはAlとMの合量に占める割合(原子比、以下同じ)で0.25未満になると、所定の高温硬さを確保することができず、これが耐摩耗性低下の原因となり、一方、Crの割合を示すα値が同0.55を越えると、相対的にAlの含有割合が減少し、高速高送り切削加工で必要とされる高温硬さを確保することができず、耐摩耗性が低下し、さらに、M成分の含有割合を示すβ値がAlとの合量に占める割合(原子比、以下同じ)で0.01未満では、M成分を含有させたことによる耐摩耗性、高温耐酸化性等の特性向上が期待できず、一方、同β値が0.25を超えると、高温強度に低下傾向が現れるようになることから、α値を0.25〜0.55、β値を0.01〜0.25と定めた。
【0014】
このような硬質被覆層の薄層Aは、例えば、図1に概略説明図で示される物理蒸着装置の1種であるアークイオンプレーティング装置に基体を装入し、ヒーターで装置内を、例えば、500℃の温度に加熱した状態で、装置内に所定組成のAl−Cr合金あるいはAl−Cr−M合金からなるカソード電極(蒸発源)を配置し、アノード電極とカソード電極(蒸発源)との間に、例えば、電流:90Aの条件でアーク放電を発生させ、同時に装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して、例えば、2Paの反応雰囲気とし、一方、前記基体には、例えば、−100Vのバイアス電圧を印加した条件で蒸着することに形成することができる。
(b)薄層Bの組成
その後、c−NbN(立方晶構造の窒化ニオブ)とh−NbN(六方晶構造の窒化ニオブ)の混合組織からなる硬質潤滑膜を構成するが、このような混合組織からなる硬質潤滑膜は、例えば、以下の条件のアークイオンプレーティングによって形成することができる。
【0015】
成膜条件:
カソード電極: 金属Nb
反応ガス: N
反応ガス圧力: 1.0〜30 Pa、
バイアス電圧: −70〜−200 V、
そして、蒸着形成された前記c−NbNとh−NbNの混合組織からなる窒化ニオブ層について、Kα照射によるX線回折を行い、c−NbNの(200)面からの回折ピーク強度をIc、また、h−NbNの(103)面と(110)面からの回折ピーク強度をIhとして、回折ピーク強度比Ic/Ihの値を求めると、Ic/Ihは0.05〜1.0となる。
図2から明らかなように、この回折ピーク強度Ic,Ihの値は、前記アークプレーティング法における成膜条件の内のバイアス電圧によって変化し、その結果、回折ピーク強度比Ic/Ihの値(即ち、c−NbNとh−NbNとの混合比率)も、前記アークプレーティング法におけるバイアス電圧によって大きく影響される。
そして、バイアス電圧が−70V未満の場合には、c−NbNの形成割合が高くh−NbNの形成が少ないため、回折ピーク強度比Ic/Ih>1.0となるが、c−NbNの混合比率が増加すると硬質被覆層の硬さを低下させ、耐摩耗性が劣化傾向を示すようになる。
一方、バイアス電圧が−200Vを超えると、優先的にh−NbNが形成され、c−NbNの形成割合が低下するため、回折ピーク強度比が0.05>Ic/Ihとなるが、h−NbNの混合比率の増加によって硬質被覆層の硬さ、高硬度被削材に対する潤滑性は大となるものの、半面、硬質被覆層の靭性の低下が生じるため、重切削加工においてチッピングが発生しやすくなる。
したがって、本発明では、c−NbNとh−NbNとの混合比率を表す回折ピーク強度比Ic/Ihの値を0.05〜1.0と定めた。
【0016】
なお、本発明でいう「h−NbNの(103)面と(110)面からの回折ピーク強度Ih」は、図2からも分かるように、2θ≒61.9°に出現する(103)面からのX線回折強度と、2θ≒62.6°に出現する(110)面からのX線回折強度との合計に相当する値である。
【0017】
本発明では、回折ピーク強度比Ic/Ihの値を0.05〜1.0の範囲に維持することによって、軸受鋼、合金工具鋼、浸炭焼入れ鋼等の高硬度被削材を、高熱発生を伴い、かつ、切刃に対して高負荷が作用する高送り、高切込みの高速重切削条件において切削加工する場合でも、硬質被覆層がすぐれた潤滑性と耐摩耗性を発揮することによって、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を維持することができる。
【0018】
(c)薄層Aおよび薄層Bの層厚
薄層Aと薄層Bとを交互に積層して構成した複層領域では、それぞれの層が隣接して組成の異なる層を形成することにより、それぞれの層の粒子の成長の粗大化が防止され、粒子の微細化が図られ、膜強度が向上するとともに、この積層構造によってクラックの伝播・進展が防止されることで耐欠損性、耐チッピング性が向上するが、前記薄層Aおよび薄層Bのそれぞれの層厚が2nm未満では、各薄層を所定組成のものとして明確に形成することが困難であるばかりか、各薄層の有する前記のすぐれた特性を発揮することができず、一方、それぞれの層厚が100nmを超えると、粒子の粗大化による膜強度の低下により、耐欠損性、耐チッピング性が低下することから、薄層A、薄層Bのそれぞれの層厚を、2〜100nmと定めた。
また、薄層Aと薄層Bとを交互に積層した複層領域は、その領域厚みが0.5μm未満では、薄層Aの備える高硬度を充分発揮して耐摩耗性の向上を図ることができず、一方、その領域厚みが8μmを超えると、チッピング、欠損を発生しやすくなるので、薄層Aと薄層Bとを交互に積層した複層領域の領域厚みは、0.5〜8μmであることが望ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の被覆工具は、硬質被覆層を、(Al,Cr)N層あるいは(Al,Cr,M)層からなる薄層Aと、立方晶構造の窒化ニオブ(c−NbN)と六方晶構造の窒化ニオブ(h−NbN)の混合組織を有し、かつ、X線回折により該混合組織について回折ピーク強度を測定したとき、立方晶構造の窒化ニオブ(c−NbN)の(200)面からの回折ピーク強度Icと、六方晶構造の窒化ニオブ(h−NbN)の(103)面と(110)面からの回折ピーク強度Ihとの回折ピーク強度比Ic/Ihが、0.05〜1.0となるような薄層Bとが交互に積層された交互積層構造として構成したことにより、軸受鋼、合金工具鋼、浸炭焼入れ鋼等の高硬度被削材を、高熱発生を伴い、かつ、切刃に対して高負荷が作用する高送り、高切込みの高速重切削条件において用いた場合でも、硬質被覆層がすぐれた靭性と潤滑性と耐摩耗性を発揮することによって、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を維持するものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】被覆工具を構成する硬質被覆層を形成するのに用いたアークイオンプレーティング装置の概略正面図である。
【図2】アークイオンプレーティングにおいて、バイアス電圧とX線回折ピーク強度の関係を示す。
【図3】本発明の被覆工具の硬質被覆層の断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0022】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末、TaN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPa の圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度:1400℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.03のホーニング加工を施してISO規格・CNMG120408のチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A1〜A10を形成した。
【0023】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比で、TiC/TiN=50/50)粉末、MoC粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を2kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.03のホーニング加工を施してISO規格・CNMG120408のチップ形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体B1〜B6を形成した。
【0024】
(a)ついで、前記工具基体A−1〜A−10およびB−1〜B−6のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示されるアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着し、前記回転テーブルを挟んで相対向する両側にカソード電極(蒸発源)を配置し、その一方には、カソード電極(蒸発源)として薄層B形成用の金属Nbを配置し、対向する他方側のカソード電極(蒸発源)として、表3に示される薄層Aの目標組成に対応した成分組成をもった薄層A形成用のAl−Cr合金あるいはAl−Cr−M合金を前記回転テーブルを挟んで配置する。
なお、金属Nbからなるカソード電極(蒸発源)は薄層Bの蒸着形成に用い、Al−Cr合金あるいはAl−Cr−M合金からなるカソード電極(蒸発源)は薄層Aの蒸着形成および工具基体のボンバード洗浄用に用いる。
(b)まず、装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、例えば、Al−Cr合金カソード電極とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄する。
(c)ついで、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して4Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で、6〜48rpmの速度で自転しながら、同時に、回転テーブルの回転中心軸の周りに1〜8rpmの速度で回転(公転)する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加し、かつカソード電極のAl−Cr合金あるいはAl−Cr−M合金のいずれかとアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させ、前記工具基体の表面に、表3に示される目標組成、一層目標層厚の硬質膜としての(Al,Cr)N層あるいは(Al,Cr,M)N層を蒸着形成した後、前記カソード電極(蒸発源)とアノード電極との間のアーク放電を停止する。
(d)ついで、装置内に反応ガスとして、窒素ガスを導入して表3に示される反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に表3に示される直流バイアス電圧を印加して、カソード電極の金属Nbとアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、表3に示される一層目標層厚のc−NbN(立方晶構造の窒化ニオブ)とh−NbN(六方晶構造の窒化ニオブ)の混合組織からなる硬質潤滑膜を蒸着形成する。
(e)ついで、前記(c)、(d)を、目標とする硬質被覆層の全体膜厚になるまで交互に繰り返すことにより、図3に示される硬質潤滑膜:c−NbN(立方晶構造の窒化ニオブ)とh−NbN(六方晶構造の窒化ニオブ)の混合組織からなるNbN層(薄層B)と硬質膜:(Al,Cr)N層あるいは(Al,Cr,M)N層(薄層A)との交互積層構造からなる硬質被覆層を有する、ISO・CNMG120408に規定するスローアウエイチップ形状の本発明被覆工具1〜16(以下、本発明チップ1〜16という)をそれぞれ製造した。
【0025】
比較の目的で、前記工具基体A1〜A10およびB1〜B6のそれぞれを、本発明と同様な方法でISO・CNMG120408に規定するスローアウエイチップ形状の比較例被覆工具1〜16(以下、比較例チップ1〜16という)をそれぞれ製造した。
【0026】
つぎに、本発明チップ1〜16および比較例チップ1〜16のそれぞれの硬質被覆層について、Kα照射によるX線回折を行い、c−NbNの(200)面からの回折ピーク強度Ic、また、h−NbNの(103)面からの回折ピーク強度Ihを求め、回折ピーク強度比Ic/Ihの値を算出した。
この算出値を表3、表4に示す。
なお、図2には、比較例チップ1(バイアス電圧−50V)、本発明チップ5(バイアス電圧−100V)、本発明チップ10(バイアス電圧−200V)、比較例チップ10(バイアス電圧−300V)について測定したX線回折チャートを示す。
表3、表4から、本発明チップ1〜16の回折ピーク強度比Ic/Ihの値は、いずれも0.05〜1.0の範囲内であるのに対して、比較例チップ1〜2、11〜12の回折ピーク強度比Ic/Ihの値は、0.05〜1.0の範囲内であり、比較例6〜10、14〜16の回折ピーク強度比Ic/Ihの値は、0.05〜1.0の範囲を外れたものであることが分かる。なお、比較例チップ1〜2、11〜12は、薄層Aを形成せず、c−NbN(立方晶構造の窒化ニオブ)とh−NbN(六方晶構造の窒化ニオブ)の混合組織からなるNbN層の単層を表4に示される目標膜厚で形成したものである。
【0027】
つぎに、前記の各種の被覆チップを、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明チップ1〜16および比較例チップ1〜16について、
被削材:JIS・SKD61(HRC60)の丸棒、
切削速度: 160m/min.、
切り込み: 0.2mm、
送り: 0.19mm/rev.、
切削時間: 5分、
の条件(切削条件A)での焼入れ合金鋼の乾式高速高送り切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、100m/min.、0.1mm/rev.)、
被削材:JIS・SCM420(HRC61)の丸棒、
切削速度: 230m/min.、
切り込み:0.27mm、
送り: 0.15mm/rev.、
切削時間: 6分、
の条件(切削条件B)での浸炭焼入れ合金鋼の乾式高速高切込み切削加工試験(通常の切削速度および切込みは、それぞれ、170m/min.、0.2mm)、
被削材:JIS・SUJ3(HRC60)の丸棒、
切削速度: 250m/min.、
切り込み: 0.3mm、
送り: 0.2mm/rev.、
切削時間: 5分、
の条件(切削条件C)での焼入れ軸受鋼の乾式高速高送り・高切込み切削加工試験(通常の切削速度、送りおよび切込みは、それぞれ、180m/min.、0.1mm/rev.、0.2mm)、
を行い、いずれの切削加工試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表5に示した。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【0030】
【表3】

【0031】
【表4】

【0032】
【表5】

【0033】
表3〜5に示される結果から、本発明の被覆工具は、軸受鋼、合金工具鋼、浸炭焼入れ鋼等の高硬度被削材を、高熱発生を伴い、かつ、切刃に高負荷が作用する高送り、高切込みの高速重切削条件で加工した場合にも、硬質被覆層がすぐれた靭性と潤滑性と高硬度を有し、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するのに対して、比較例被覆工具においては、高硬度被削材を高速重切削条件で加工した場合、硬さ、潤滑性、靭性の不足によって、溶着、チッピング等の発生によって、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
なお、被覆チップばかりでなく、被覆エンドミル、被覆ドリルを作成し、同様な切削試験を行ったところ、被覆エンドミル、被覆ドリルについても、被覆チップの場合と同様な結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0034】
前述のように、本発明の被覆工具は、一般鋼や普通鋳鉄などの切削加工は勿論のこと、軸受鋼、合金工具鋼、浸炭焼入れ鋼等の高硬度被削材の高い発熱を伴うとともに、切刃に高負荷が作用する高速重切削加工に用いた場合でも、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性、耐チッピング性を発揮し、すぐれた切削性能を示すものであるから、切削加工装置のFA化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が蒸着形成された表面被覆切削工具において、
前記硬質被覆層が、2〜100nmの層厚の薄層Aと2〜100nmの層厚の薄層Bとが交互に積層された0.5〜8μmの交互積層構造として構成され、かつ、
(a)前記薄層Aは、
組成式:(Al1−αCrα)N(ここで、αはCrの含有割合を示し、原子比で、0.25≦α≦0.55である)を満足するAlとCrの複合窒化物層からなり、
(b)前記薄層Bは、
立方晶構造の窒化ニオブと六方晶構造の窒化ニオブの混合組織として構成され該混合組織についてX線回折による回折ピーク強度を測定したとき、
立方晶構造の窒化ニオブの(200)面からの回折ピーク強度をIc、
六方晶構造の窒化ニオブの(103)面と(110)面からの回折ピーク強度をIh、
とした場合、
0.05≦Ic/Ih≦1.0
を満足する回折ピーク強度比を有し、
(c)前記工具基体直上は、前記薄層Aであることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に硬質被覆層を形成してなる表面被覆切削工具において、
前記硬質被覆層が、2〜100nmの層厚の薄層Aと2〜100nmの層厚の薄層Bとが交互に積層された0.5〜8μmの交互積層構造として構成され、かつ、
前記硬質被覆層が、
(a)前記薄層Aは、
組成式:(Al1−α−βCrαβ)N(ここで、Mは、Crを除く周期律表4a,5a,6a族の元素、Si、B、Yのうちから選ばれた1種又は2種以上の添加成分を示し、また、αはTiの含有割合、βはMの含有割合をそれぞれ示し、原子比で、0.25≦α≦0.55、0.01≦β≦0.25である)を満足するAlとCrの複合窒化物層からなり、
(b)前記薄層Bは、
立方晶構造の窒化ニオブと六方晶構造の窒化ニオブの混合組織として構成され該混合組織についてX線回折による回折ピーク強度を測定したとき、
立方晶構造の窒化ニオブの(200)面からの回折ピーク強度をIc、
六方晶構造の窒化ニオブの(103)面と(110)面からの回折ピーク強度をIh、
とした場合、
0.05≦Ic/Ih≦1.0
を満足する回折ピーク強度比を有し、
(c)前記工具基体直上は、前記薄層Aであることを特徴とする表面被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−189436(P2011−189436A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−56003(P2010−56003)
【出願日】平成22年3月12日(2010.3.12)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】