説明

表面被覆切削工具

【課題】ステンレス鋼、耐熱鋼等の難削材の高速切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐熱性及び耐溶着性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体の表面に硬質被覆層を形成してなる表面被覆切削工具において、該硬質被覆層は、0.5〜5μmの平均層厚を有するとともに、組成式:(Zr1−γγ)N(但し、原子比で、0.01≦γ≦0.15)を満足するZrとYの複合窒化物層の単層から構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関し、さらに詳しくは、例えば、ステンレス鋼、耐熱鋼などの、高熱発生が伴い、かつ切刃に対して断熱的、衝撃的負荷がかかる被削材を高速条件で切削加工した場合に、硬質被覆層が長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるスローアウエイチップ、被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、さらに被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルなどがあり、またスローアウエイチップを着脱自在に取り付けてソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うスローアウエイエンドミル工具などが知られている。
【0003】
また、被覆工具としては、例えば、工具基体表面に、ZrN層を設けた被覆工具も知られており、特に、構成成分であるZrによって高温硬さと耐熱性を具備することから、ZrN層がすぐれた高温硬さ、耐熱性を示すことも知られている。
【0004】
さらに、前記従来被覆工具が、例えば、図2に概略説明図で示される物理蒸着装置の1種であるアークイオンプレーティング装置に工具基体を装入し、装置内を、例えば、500℃の温度に加熱した状態で、硬質被覆層の組成に対応した合金がセットされたカソード電極、例えば、金属Zrと、アノード電極との間に、例えば、電流:90Aの条件でアーク放電を発生させ、同時に装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して、例えば、2Paの反応雰囲気とし、一方、前記工具基体には、例えば、−100Vのバイアス電圧を印加した条件で、工具基体表面に、ZrN層からなる硬質被覆層を蒸着することにより製造されることも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表昭63−502123号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、近年の切削加工装置のFA化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削工具には被削材の材種にできるだけ影響を受けない汎用性、すなわち、できるだけ多くの材種の切削加工が可能な切削工具が求められる傾向にあるが、前記従来被覆工具においては、これを、ステンレス鋼、耐熱鋼などの被削材の通常切削速度での切削加工に用いた場合には問題ないが、これらの被削材を、高い発熱をともなうとともに、切刃部に対して断続的、衝撃的負荷がかかる高速条件で切削した場合には、切削時の発熱によって被削材および切粉は高温に加熱されて粘性が増大し、これに伴って硬質被覆層表面に対する溶着性が一段と増すようになり、この結果切刃部におけるチッピング(微少欠け)の発生が急激に増加し、これが原因で比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【0007】
そこで、本発明が解決しようとする技術的課題、すなわち、本発明の目的は、高熱発生を伴う高速条件で切削した場合においてもすぐれた耐熱性および耐摩耗性を発揮する被覆工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、特に、ステンレス鋼、耐熱鋼などの難削材の切削加工を、高速切削条件で切削加工した場合に、硬質被覆層がすぐれた耐熱性とすぐれた耐摩耗性を併せ持つ被覆工具を開発すべく、鋭意研究を行った結果、工具基体の表面に、Zrとの合量に占めるYの含有割合が1〜15原子%となるようにY成分を含有させたZrとYの複合窒化物層(以下、(Zr,Y)N層で示す)を硬質被覆層として0.5〜5μmの平均層厚で形成した場合には、難削材の高速切削加工において、この被覆工具はすぐれた耐熱性とすぐれた耐摩耗性を発揮することを見出したのである。
【0009】
本発明は、前記研究結果に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に硬質被覆層を形成してなる表面被覆切削工具において、
前記硬質被覆層が、0.5〜5μmの平均層厚を有し、かつ、
組成式:(Zr1−γγ)N(但し、γはYの含有割合を示し、原子比で、0.01≦γ≦0.15である)を満足するZrとYの複合窒化物層からなることを特徴とする表面被覆切削工具。」
を特徴とするものである。
【0010】
つぎに、本発明の被覆工具の硬質被覆層に関し、前記の通りに数値限定した理由を説明する。
【0011】
(a)硬質被覆層を構成する(Zr,Y)N層の組成
硬質被覆層を構成するZrとYの複合窒化物(Zr,Y)N層は、所定の耐熱性、耐摩耗性を有するとともに、その構成成分であるY成分によって、すぐれた高温熱伝導性、高温硬さを備えるようになり、そのため、高温切削条件下でも低摩擦係数が維持され、すぐれた耐溶着性を発揮するようになるが、Yの含有割合を示すγ値がZrとの合量に占める割合(原子比、以下同じ)で0.01未満になると、高温硬さを確保することができないために耐溶着効果を期待することはできず、一方、Yの割合を示すγ値が同0.15を越えると、相対的にZrの含有割合が減少し、難削材の高速切削加工で必要とされる潤滑性を確保することができないばかりか、耐溶着性も低下し、チッピング発生を防止することが困難になることから、γ値を0.01〜0.15(原子比、以下同じ)と定めた。
【0012】
(b)硬質被覆層を構成する(Zr,Y)N層の平均層厚
そして、(Zr,Y)N層の平均層厚が0.5μm未満では、自身のもつすぐれた耐熱性、耐摩耗性を長期に亘って発揮するには不十分であり、一方その平均層厚が5μmを越えると、難削材の高速切削加工では切刃部にチッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を0.5〜5μmと定めた。
【0013】
そして、(Zr,Y)N層は、例えば、図1に概略説明図で示される物理蒸着装置の1種であるアークイオンプレーティング装置に基体を装入し、ヒーターで装置内を、例えば、500℃の温度に加熱した状態で、装置内に所定組成のZr−Y合金からなるカソード電極(蒸発源)を配置し、アノード電極と前記カソード電極(蒸発源)との間に、例えば、電流:110Aの条件でアーク放電を発生させ、同時に装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して、例えば、3Paの反応雰囲気とし、一方、前記基体には、例えば、−150Vのバイアス電圧を印加した条件で蒸着することにより、(Zr,Y)N層からなる単層を蒸着することにより本発明の硬質被覆層を蒸着形成することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の被覆工具によれば、単層の(Zr,Y)N層からなる硬質被覆層は優れた耐熱性と耐摩耗性を備えることから、特に、ステンレス鋼や耐熱鋼等の難削材の、大きな発熱を伴い、かつ、高負荷のかかる高速切削加工であっても、すぐれた耐熱性を示し、長期に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮するものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明被覆工具を構成する硬質被覆層を形成するのに用いたアークイオンプレーティング装置を示し、(a)は概略平面図、(b)は概略正面図である。
【図2】比較被覆工具を構成する硬質被覆層を形成するのに用いた従来のアークイオンプレーティング装置の概略説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例1】
【0017】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末、TaN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度:1400℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格・CNMG120408のチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A−1〜A−10を形成した。
【0018】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比で、TiC/TiN=50/50)粉末、MoC粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を2kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格・CNMG120408のチップ形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体B−1〜B−6を形成した。
【0019】
(a)ついで、前記工具基体A−1〜A−10およびB−1〜B−6のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示されるアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着し、前記回転テーブルを挟んで相対向する両側にカソード電極(蒸発源)を配置し、カソード電極(蒸発源)として所定組成の硬質被膜層形成用のZr−Y合金を配置し、
(b)まず、装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつカソード電極とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄し、
(c)次に、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して4Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加し、かつカソード電極の前記Zr−Y合金とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させ、前記工具基体の表面に、表3、表4に示される目標組成、目標層厚の単層としての(Zr,Y)N層を0.5〜5μmの平均層厚で蒸着形成した後、前記カソード電極(蒸発源)とアノード電極との間のアーク放電を停止し、
前記(a)〜(c)により硬質被覆層を蒸着形成し、本発明被覆工具としての表面被覆スローアウエイチップ(以下、本発明被覆チップと云う)1〜16をそれぞれ製造した。
【0020】
また、比較の目的で、これら工具基体A−1〜A−10およびB−1〜B−6を、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、それぞれ図2に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、カソード電極(蒸発源)として所定組成の金属Zrを装着し、まず、装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつカソード電極の金属Zrとアノード電極との間に150Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって工具基体表面を前記金属Zrでボンバード洗浄し、ついで装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して2Paの反応雰囲気とすると共に、前記工具基体に印加するバイアス電圧を−90Vに下げて、前記所定組成の各カソード電極とアノード電極との間にアーク放電を発生させ、もって前記工具基体A−1〜A−10およびB−1〜B−6のそれぞれの表面に、表5、表6に示される目標組成および目標層厚のZrN層で構成された硬質被覆層を蒸着形成することにより、比較被覆工具としての表面被覆スローアウエイチップ(以下、比較被覆チップと云う)1〜16をそれぞれ製造した。
【0021】
つぎに、前記各種の被覆チップを、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆チップ1〜16および比較被覆チップ1〜16について、
被削材:JIS・SUS304(HB180)の丸棒、
切削速度: 140m/min.、
切り込み: 2mm、
送り: 0.3mm/rev.、
切削時間: 5分、
の条件(切削条件A)でのステンレス鋼の湿式連続高速切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、130m/min.、0.2mm/rev.)、
被削材:Ti−6Al−4V合金(HB250)の丸棒、
切削速度: 60m/min.、
切り込み: 2mm、
送り: 0.2mm/rev.、
切削時間: 5分、
の条件(切削条件B)でのTi合金の湿式連続高速切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、50m/min.、0.15mm/rev.)、
被削材:Ni−18Cr−3Mo−18.5Fe−0.9Ti−1.0(Nb+Ta)−0.5Al(HB430)の丸棒、
切削速度: 40m/min.、
切り込み: 3mm、
送り: 0.15mm/rev.、
切削時間: 5分、
の条件(切削条件C)でのNi基耐熱合金の湿式連続高速切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、30m/min.、0.15mm/rev.)、
を行い、いずれの高速切削加工試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表7、表8に示した。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
【表3】

【0025】
【表4】

【0026】
【表5】

【0027】
【表6】

【0028】
【表7】

【0029】
【表8】

【実施例2】
【0030】
実施例1と同様、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末、TaN粉末、およびCo粉末からなる原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度:1400℃に1時間保持の条件で焼結し、直径が13mmの工具基体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに前記の丸棒焼結体から、研削加工にて、切刃部の直径×長さが10mm×22mmの寸法、並びにねじれ角30度の4枚刃スクエア形状をもったWC基超硬合金製の工具基体(エンドミル)A−1〜A−10をそれぞれ製造した。
【0031】
ついで、これらの工具基体(エンドミル)A−1〜A−10の表面をアセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、実施例1と同一の条件で、表9に示される目標組成および目標層厚の(Zr,Y)N層からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより、本発明被覆工具としての本発明表面被覆超硬製エンドミル(以下、本発明被覆エンドミルと云う)1〜10をそれぞれ製造した。
【0032】
また、比較の目的で、前記工具基体(エンドミル)A−1〜A−10の表面をアセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図2に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、実施例1と同一の条件で、表10に示される目標組成および目標層厚のZrN層からなる硬質被覆層を蒸着することにより、比較被覆工具としての表面被覆超硬製エンドミル(以下、比較被覆エンドミルと云う)1〜10をそれぞれ製造した。
【0033】
つぎに、本発明被覆エンドミル1〜10および比較被覆エンドミル1〜10について、
被削材−平面寸法:100 mm×250 mm、厚さ:50 mmのJIS・SUS304(HB170)の板材、
切削速度: 140m/min.、
溝深さ(切り込み):15mm、
テーブル送り: 290mm/分、
の条件(切削条件D)でのステンレス鋼の湿式高速溝切削加工試験(通常の切削速度およびテーブル送りは、それぞれ、110m/min.、280mm/分)、
被削材−平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmのTi−6Al−4V合金(HB250)の板材、
切削速度: 50m/min.、
溝深さ(切り込み):15mm、
テーブル送り: 120 mm/分、
の条件(切削条件E)でのTi合金の湿式高速溝切削加工試験(通常の切削速度およびテーブル送りは、それぞれ、35m/min.、100mm/分)、
被削材:平面寸法:100 mm×250 mm、厚さ:50 mmのNi−18Cr−3Mo−18.5Fe−0.9Ti−1.0(Nb+Ta)−0.5Al(HB430)の板材、
切削速度: 50m/min.、
溝深さ(切り込み): 15mm、
テーブル送り: 80mm/分、
の条件(切削条件F)でのNi基耐熱合金の湿式高速溝切削加工試験(通常の切削速度およびテーブル送りは、それぞれ、40m/min.、70mm/分)、
寿命の目安とされる0.1 mmに至るまでの切削溝長を測定した。この測定結果を表9、表10にそれぞれ示した。
【0034】
【表9】

【0035】
【表10】

【実施例3】
【0036】
実施例2で製造した直径が13 mmの丸棒焼結体を用い、この丸棒焼結体から、研削加工にて、溝形成部の直径×長さがそれぞれ8 mm×22 mmの寸法、並びにねじれ角30度の2枚刃形状をもったWC基超硬合金製の工具基体(ドリル)A−1〜A−10をそれぞれ製造した。
【0037】
ついで、これらの工具基体(ドリル)A−1〜A−10の切刃に、ホーニングを施し、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、実施例1と同一の条件で、表11に示される目標組成および目標層厚の(Zr,Y)N層からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより、本発明被覆工具としての本発明表面被覆超硬製ドリル(以下、本発明被覆ドリルと云う)1〜10をそれぞれ製造した。
【0038】
また、比較の目的で、前記工具基体(ドリル)A−1〜A−10の表面に、ホーニングを施し、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図2に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、前記実施例1と同一の条件で、表12に示される目標組成および目標層厚を有するZrN層からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより、比較被覆工具としての表面被覆超硬製ドリル(以下、比較被覆ドリルと云う)1〜10をそれぞれ製造した。
【0039】
つぎに、本発明被覆ドリル1〜10および比較被覆ドリル1〜10について、
被削材−平面寸法:100 mm×250 mm、厚さ:50 mmのJIS・SUS304(HB180)の板材、
切削速度: 85m/min.、
送り: 0.35mm/rev、
穴深さ: 5mm、
の条件(切削条件G)でのステンレス鋼の湿式高速穴あけ切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、80m/min.、0.2mm/rev.)、
被削材−平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmのTi−6Al−4V合金(HB250)の板材、
切削速度: 45m/min.、
送り: 0.25mm/rev.、
穴深さ: 5mm、
の条件(切削条件H)でのTi合金の湿式高速穴あけ切削加工試験((通常の切削速度および送りは、それぞれ、40m/min.、0.15mm/rev.)、
被削材:平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmのNi−18Cr−3Mo−18.5Fe−0.9Ti−1.0(Nb+Ta)−0.5Al(HB430)の板材、
切削速度: 45m/min.、
送り: 0.2mm/rev.、
穴深さ: 5mm、
の条件(切削条件I)での焼入れ合金鋼の湿式高速穴あけ切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、30m/min.、0.1mm/rev.)、
をそれぞれ行い、いずれの湿式高速穴あけ切削加工試験(水溶性切削油使用)でも先端切刃面の逃げ面摩耗幅が0.3mmに至るまでの穴あけ加工数を測定した。この測定結果を表11、表12にそれぞれ示した。
【0040】
【表11】

【0041】
【表12】

【0042】
この結果得られた本発明被覆工具としての本発明被覆チップ1〜16、本発明被覆エンドミル1〜10、および本発明被覆ドリル1〜10の硬質被覆層を構成する単層の(Zr,Y)N層、並びに、比較被覆工具としての比較被覆チップ1〜16、比較被覆エンドミル1〜10、および比較被覆ドリル1〜10のZrN層からなる硬質被覆層の組成を、透過型電子顕微鏡を用いてのエネルギー分散X線分析法により測定したところ、それぞれ目標組成と実質的に同じ組成を示した。
【0043】
また、前記硬質被覆層を構成する各層の平均層厚を走査型電子顕微鏡を用いて断面測定したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均値(5ヶ所の平均値)を示した。
【0044】
表7〜12に示される結果から、本発明被覆工具は、(Zr,Y)N層のもつ優れた高温熱伝導性、高温硬さによって、高い発熱を伴う鋼の高速切削に用いても切刃の摩耗進行が抑制され、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮するようになる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
前述のように、本発明の被覆工具は、一般的な被削材の切削加工は勿論のこと、特にTi合金、ステンレス鋼等の難削材の高速切削加工でもすぐれた耐摩耗性と耐溶着性を発揮し、長期に亘ってすぐれた切削性能を示すものであるから、切削加工装置のFA化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に硬質被覆層を形成してなる表面被覆切削工具において、
前記硬質被覆層が、0.5〜5μmの平均層厚を有し、かつ、
組成式:(Zr1−γγ)N(但し、γはYの含有割合を示し、原子比で、0.01≦γ≦0.15である)を満足するZrとYの複合窒化物層からなることを特徴とする表面被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−106297(P2012−106297A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−255656(P2010−255656)
【出願日】平成22年11月16日(2010.11.16)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】