説明

被覆された工具

本発明は、本体基部と、それに適用される単層又は複数層の被覆物とを有する切削工具に関する。本発明によれば、先行技術に対して改良された切削工具を提供するために、その被覆物が少なくとも二つの異なる金属酸化物相を含む少なくとも一つの二相又は多相の層を含み、その少なくとも一つの二相又は多相の層が導電性であることが提案される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、本体基部と、その本体基部に適用された単層又は複数層の被覆物とを有する切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
切削工具は、例えば硬質金属若しくは炭化金属、サーメット、鋼又は高速度鋼のいずれかで生産された本体基部を備えている。単層又は複数層の被覆物を本体基部に付着させて耐用年数を長くすることや、切削特性も改善することがしばしば行なわれる。単層又は複数層の被覆物は、例えば金属性の硬質材料層、酸化物層などを含んでいる。CVD法(化学蒸着法)及び/又はPVD法(物理蒸着法)はこの層に適用するために利用される。被覆物に含まれる複数の層は、CVD法だけによって、若しくはPVD法だけによって、又はこれらの方法の組み合わせによって適用され得る。CVD法は必要とされる化合物の実質的に安定な相を提供するのに対し、PVD法は、準安定な化合物相にも適用することが可能である。
【0003】
PVD法に関しては、例えばマグネトロンスパッタリング、アーク蒸着(アークPVD)、イオン・メッキ、電子ビーム蒸発、レーザー・アブレーションなどのさまざまなバリエーションがある。マグネトロンスパッタリングとアーク蒸着は、被覆工具で最もよく用いられるPVD法である。これらのいろいろなPVD法には様々な改良例やバリエーションがあり、例えばパルス式又は非パルス式のマグネトロンスパッタリング、パルス式又は非パルス式のアーク蒸着などが挙げられる。
【0004】
ドイツ国特許出願公開DE 10 2004 044 240 A1には、単相で準安定で少なくとも一つの三重の酸化物層が開示されている。この酸化物層は、酸素以外に、周期表のIV族、V族、VI族の元素、アルミニウム、ケイ素の中から選択した少なくとも二つの別の化学元素を含んでおり、その元素のうちの一つが主要成分を形成し、その元素のうちの少なくとも一つの別の元素が、少なくとも一つの二次的成分を形成する。
【0005】
ドイツ国特許出願公開DE 199 37 284 A1には、金属基板上の導電性の複数層構造が開示されている。この複数層構造は、金属材料(特にクロム)を含んでいて自然に形成される酸化物によって表面を保護する第1の層と、金材料又は金合金材料を含んでいてPVD法によって付着される別の層を有する。その第2の層は、第1の層の自然に形成される酸化物膜の電気的絶縁作用を少なくとも部分的に中和することができる。このようにして被覆された構成は、例えば電子部品を遮蔽された状態で実装するための担持部として利用される。
【0006】
ドイツ国特許出願公開DE 196 51 592 A1には、少なくとも一つのアルミニウム酸化物層と金属性の硬質材料層が含まれた複数層被覆物を有する被覆された切削工具が開示されている。金属性の硬質材料層は例えばTiAlN層であり、PVD法によって付着される。その表面に直接付着されるアルミニウム酸化物層も、PVD法を利用して堆積される。
【0007】
ドイツ国特許出願公開DE 199 42 303 A1には、CVD法によって生成された多相アルミニウム酸化物層を有する切削用インサート・ビットが開示されている。CVD法によって生成されるこの層は、アルミニウム酸化物と、ジルコニウム酸化物と、第3の細かく分散された相とを含んでいて、この第3の相には、チタン酸化物、チタンオキシカーバイド、チタンオキシナイトライド、チタンオキシカーボナイトライドのいずれかが含まれる。
【0008】
ドイツ国特許出願公開DE 197 37 470 A1には、少なくとも一つの多相層を含む被覆物を有する切削用本体が開示されている。CVD法によって生成されるこの被覆物は、例えば、ジルコニウムカーボナイトライド層(立方晶系ZrCN)と、単斜晶系及び/又は正方晶系の形態になったZrO2を含んでいる。結晶性ZrCNマトリックスは硬質被覆物として機能するのに対し、その中に組み込まれたZrO2は乾燥した潤滑剤として機能する。
【0009】
ドイツ国特許出願公開DE 196 41 468 A1には、複合本体(例えば薄いアルミニウム酸化物層及び/又はジルコニウム酸化物層を含む複数層を有する切削工具)が開示されている。
【0010】
特にPVD法を利用して切削工具を被覆する際には、堆積される層は通常は絶縁性であるため、比較的薄い被覆物だけが適用されることができる。層が厚くなるにつれ、プラズマからイオンを堆積させる操作は不安定になる。それは例えば被覆された本体の角や縁部に特に強く現われ、層の硬度に悪い影響を与える。したがって層がより厚くなったときでさえ優れた特性を持つ硬質被覆物を有する切削工具を生産するには、長い期間にわたって、すなわちより厚い層が関係するときでさえ、堆積操作が安定していることが望ましかろう。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、現状よりも改善された切削工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の目的は、本体基部と、それに適用される単層又は複数層の被覆物とを有する切削工具によって達成される。この切削工具は、被覆物が、金属酸化物の少なくとも二つの異なる相を含有する少なくとも一つの二相又は多相の層を含んでいて、そのうちの少なくとも一つの二相又は多相の層が導電性であることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0013】
原文記載なし。
【発明を実施するための形態】
【0014】
前述のように、単層被覆物又は複数層被覆物を耐摩耗性被覆物として切削工具に適用されることが、はるか以前から知られている。それと比べて新しいのは、導電性であって金属酸化物の二つの異なる相を含有する少なくとも一つの二相又は多相の層を有するそのような被覆物が生成されることである。本発明の新規な被覆物は、切削工具の耐摩耗性、及び/又は耐用年数、及び/又は切削特性を改善すること、及び/又は改良することに関して広い範囲の可能な選択肢を提供する。
【0015】
切削工具の表面にある被覆物の摩耗耐性、耐用年数、切削特性は、さまざまな因子に依存する。因子としては、例えば切削工具の本体基部の材料、被覆物に存在する別の層の順番、性質、組成、さまざまな層の厚さ、切削工具を用いて行なう切削操作の性質などがある。同一の切削工具でも、加工する工作物の性質、それぞれの加工プロセス、加工中のさらに別の条件(例えば高温の生成、腐食性切削駅の使用)に応じて耐摩耗性が異なる可能性がある。それに加え、さまざまなタイプの摩耗には違いがあり、その違いが、それぞれの加工操作に応じて工具の有効な寿命、すなわち耐用年数に多かれ少なかれ影響を及ぼす可能性がある。したがって、工具のどの特性を改善すべきかに関して切削工具のさらなる開発と改善を常に考えるべきであり、その開発と改善を、同等な条件下で現状と比較して評価すべきである。
【0016】
本発明の被覆物には、金属酸化物の異なる少なくとも二つの相を有する導電性の少なくとも一つの二相又は多相の層が存在しており、この層が、切削工具の被覆物全体に、同等の切削操作において、同等の条件下で、その切削工具を公知の切削工具よりも優れたものにする特性を与えることができる。そのような特性には、耐摩耗性、耐用年数、切削特性、又はこれらの組み合わせが含まれる。
【0017】
被覆物における本発明の好ましい一実施態様では、導電性である少なくとも一つの二相又は多相の層に含まれる金属酸化物の少なくとも二つの異なる相は、クロム酸化物の少なくとも二つの異なる相である。その少なくとも一つの二相又は多相の層は、実質的に完全にクロム酸化物で構成することができる。その少なくとも一つの二相又は多相の層は、クロム酸化物を少なくとも主要成分として含んでいること、すなわち可能な他の成分と比べて優勢な量を含んでいることが好ましく、その割合は少なくとも80原子%だが、少なくとも90原子%が好ましく、少なくとも95原子%が特に好ましい。その少なくとも一つの二相又は多相の層は、二次的成分として、周期表のIVa族〜VIIa族の元素及び/又はアルミニウム及び/又はケイ素の炭化物、窒化物、酸化物、カーボナイトライド、オキシナイトライド、オキシカーバイド、オキシカーボナイトライド、ホウ化物、ボロナイトライド、オキソボロナイトライドや、ハイブリッド金属相、上記化合物の相混合物を含むことができる。ただしクロムは、二次的成分の元素としては除かれる。
【0018】
本発明による主要成分とは、その金属元素が、同じ層の他の金属元素との関係で少なくとも80原子%(少なくとも90原子%が好ましく、少なくとも95原子%が特に好ましい)の量が存在していることを意味する。同じ層の他の金属の化合物は、本発明では二次的成分と呼ぶ。
【0019】
さらに別の一実施態様では、少なくとも一つの二相又は多相の層は少なくとも3つの相を含んでいて、その中にはアルミニウム酸化物からなる少なくとも一つの相が存在している。この実施態様では、アルミニウム酸化物ではなく、層内に少なくとも二つの異なる相が存在する他の金属酸化物が主要成分として存在し、アルミニウム酸化物は二次的成分として存在することができる。この実施態様の好ましい一変形例では、二相又は多相の層は、主要成分としてクロム酸化物の少なくとも二つの相を含むとともに二次的成分としてアルミニウム酸化物の一つの相を含むか、クロム酸化物とアルミニウム酸化物のハイブリッド相を含んでいる。
【0020】
本発明のさらに別の一実施態様では、二相又は多相の層に含まれる金属酸化物の相のうちの一つは、金属酸化物の安定な一つの相である。その少なくとも一つの二相又は多相の層が主要成分としてクロム酸化物を含む本発明の一実施態様では、金属酸化物の安定な相は、Cr2O3の一つの相であることが好ましい。
【0021】
本発明のさらに別の一実施態様では、二相又は多相の層に含まれる金属酸化物の相のうちの少なくとも一つは、準安定な層である。その少なくとも一つの二相又は多相の層が主要成分としてクロム酸化物を含む実施態様では、その準安定な層は、化学量論上、クロム酸化物CrOx(ただし0.7≦x≦1.3)の準安定な一つの層であることが好ましい。
【0022】
本発明によれば、“安定相”という用語は、所定の条件下で熱力学的に安定な平衡状態にあって変化しない相を意味する。
【0023】
本発明によれば、“準安定相”という用語は、所定の条件(例えば圧力及び/又は温度)下で平衡に達する速度、すなわちエネルギーのより低い熱力学的に安定な状態に達する速度が非常に遅いために見かけだけが熱力学的に安定な平衡状態にある相を意味する。準安定な相又は状態は、障害を除去することによって安定な相又は状態だけに行くような相又は状態である。障害の除去は、エネルギーを入力すること(例えば温度又は圧力を上昇させること)によって実現できる。
【0024】
二相又は多相の層に含まれる金属酸化物の少なくとも二つの異なる相がクロム酸化物相である本発明の好ましい一実施態様においては、全体的に見て安定相と準安定相との状態であるクロム元素と酸素元素とは、CrとOの比がほぼ1:0.8〜1.2の比の場合である。CrとOの比が1:0.8よりも大きい(すなわち1:0.8未満である)場合には、この層が柔らかくなりすぎるという欠点がある。CrとOの比が1:1.2よりも小さい(すなわち1:1.2超である)場合には、この層が脆くなりすぎるという欠点がある。
【0025】
本発明のさらに別の好ましい一実施態様では、少なくとも一つの二相又は多相の層に含まれる金属酸化物の少なくとも二つの異なる相のうちの少なくとも一つの金属酸化物相が導電性である。その二相又は多相の層が主要成分としてクロム酸化物を含む場合には、クロム酸化物の導電相を代表すると考えられるCrO2の相は含まれない。導電層にCrO2の相が存在しないことは、XPS測定によって検出できる。クロム酸化物を主要成分として含むこのような層では、Cr2O3、CrO3、CrOx(ただし0.7≦x≦1.3である)の相がXPS測定によって検出されたが、CrO2の相は検出されなかった(図1参照)。したがって二相又は多相の層の導電性は、それ自体が導電性であるCrO2の存在に基づいていない。
【0026】
被覆物の少なくとも一つの二相又は多相の層は、層の厚さが10nm〜50μmであることが好ましい。その二相又は多相の層の厚さが10nm未満だと、その保護機能又は耐摩耗機能が過度に小さくなる。その二相又は多相の層の厚さが50μmを超えると、この層の中に過度に大きな応力が発生してこの層が脆くなりすぎるため、工具を操作する際に粘着の問題と剥離が起こる可能性がある。別の一実施態様では、この層の厚さは20nm〜20μmである。さらに別の一実施態様では、この層の厚さは0.5μm〜4μmである。
【0027】
通常は、少なくとも一つの二相又は多相の層は、ビッカース(Vickers)硬度(Hv)が500〜4000である。好ましい一実施態様では、この層はビッカース(Vickers)硬度(Hv)が700〜3000である。さらに別の好ましい一実施態様では、この層はビッカース(Vickers)硬度(Hv)が800〜2000である。
【0028】
本発明の被覆物に含まれる少なくとも一つの二相又は多相の層の導電率は、非導電体又は半導体の導電率よりも著しく大きく、金属導体と同程度の大きさである。導電率は1S/mよりも大きいことが望ましい。導電率は100S/mよりも大きいことが好ましい。別の一実施態様では、この層の導電率は104S/mよりも大きい。
【0029】
本発明の被覆物に含まれる二相又は多相の層のこの導電率は、この層が主要要素として通常は非導電性である金属酸化物を含んでいるだけに、驚くべき現象である。この層の導電率は、純粋な金属の相の存在に帰することもできない。なぜなら純粋な金属はこの層にはまったく見いだされないか、無視できるくらいの少量しか見いだされないため、層全体の導電率を説明できないからである。本発明の被覆物に含まれる二相又は多相の層には、それ自体が導電性であることが知られている金属酸化物(例えばCrO2)の相も、層全体の導電性を説明できるだけの割合で含まれていない。
【0030】
現時点では、被覆物に含まれる本発明の二相又は多相の層の導電性を明確に説明することはできない。しかし本発明の二相又は多相の層は、金属の導電率と同程度の大きさの導電率を層全体に与えるとともに本発明の被覆物の優れた材料特性に寄与する準安定で非化学量論的な金属酸化物相を含んでいると考えられる。
【0031】
本発明のさらに別の一実施態様では、少なくとも一つの二相又は多相の層は、少なくとも1種類の二次的成分をさらに含んでいる。その少なくとも一つの二相又は多相の層は、二次的成分として、周期表のIVa族〜VIIa族の元素及び/又はアルミニウム及び/又はケイ素の炭化物、窒化物、酸化物、カーボナイトライド、オキシナイトライド、オキシカーバイド、オキシカーボナイトライド、ホウ化物、ボロナイトライド、オキソボロナイトライドや、ハイブリッド金属相、上記化合物の相混合物を含むことができる。このような二次的成分の例は、(Al, Cr)2O3でAl:Crの重量比が9:1のもの、(Cr, Al, Si)2O3でAl:Siの重量比が9:1、Cr:(al, Si)重量比が1:2のものである。
【0032】
本発明による切削工具の被覆物が複数層構造である場合には、二次的成分が上に特定した組成である硬質材料層をさらに含むことができる。そのような硬質材料層の例は、Al2O3、TiN、TiB2、cBN、hBN、TiBN、TiC、TiCN、TiN、TiAlN、CrAlN、TiAlCN、TiAlYN、TiAlCrN、CrNである。被覆物は、一つ以上の硬質材料層の代わりに、又はそれに加えて、金属酸化物の少なくとも二つの異なる相を含んでいて導電性である別の一つ以上の二相又は多相の層を含むことができる。このように、本発明は、導電性である金属酸化物の少なくとも二つの異なる相を有する一つ以上の二相又は多相の層を含む被覆物だけでなく、任意の数と順番で更なる硬質材料層とそのような層が組み合わさった任意のものを含む被覆物もまた含む。
【0033】
本発明による切削工具の好ましい被覆物には以下の層が含まれる。
(Al, Cr)2O3-AlCrN-(Al, Cr)O、
TiAlN-(Al, Cr)O、
AlCrN-(Al, Cr)O、
TiAlN-Al2O3-(Al, Cr)O、
CrAlN-[(Al, Cr)O-Al2O3]x-ZrN
【0034】
本発明による切削工具の被覆物に含まれていて金属酸化物の少なくとも二つの異なる相を有する導電性の二相又は多相の層は、PVD法によって生産されることが好ましい。特に好ましいのは、マグネトロンスパッタリング、又はアーク蒸着(アークPVD)、又はそれらを改良した方法によって生産されることである。PVD被覆設備の中では、プラズマ雰囲気が低圧で生成される。そのプラズマ雰囲気には、実質的にアルゴンと酸素が含まれる。PVDマグネトロン法では、アルゴン・プラズマがターゲットの前で発生する。パワーの大きなカソード・スパッタリングが起こる(マグネトロンスパッタリング)。このようにしてターゲットから生成する金属の蒸気が酸素と反応して基板上に金属酸化物層として堆積される。
【0035】
本発明のさらに別の利点、特徴、実施態様を以下の実施例と図面を参照して説明する。
【実施例1】
【0036】
PVD被覆設備(フレクシコート;ハウザー・テクノ・コーティング社)の中で、硬質金属基板に2層PVD被覆物を設けた。層を堆積させる前にこの設備を排気して1×10-5ミリバールにした後、硬質金属の表面を170Vのバイアス電圧でのイオン・エッチングによってクリーンにした。
【0037】
基板の組成:
【0038】
1)HM-細かい粒子+10.5重量%のCo
2)HM-粗い粒子+10.5重量%のCo+1重量%のMC
3)HM-粗い粒子+11.0重量%のCo+1重量%のMC
(説明:
HM-細かい粒子=粒子の平均サイズが約1μmのWC硬金属
HM-粗い粒子=粒子の平均サイズが3〜5μmのWC硬金属
MC=混合カーバイド(TiC、TaC...)
【0039】
基板の形状:SEHW120408(DIN-ISO 1832による)
【0040】
層の配置:
【0041】
第1の層TiAlN
【0042】
・アーク堆積
・ターゲット:Ti/Al(33/67原子%)、丸い供給源(直径63mm)
・80アンペア、495℃、N2の圧力3Pa、基板のバイアス電圧40ボルト
・層の厚さ3μm
【0043】
第2の層:(Al, Cr)2O3
【0044】
・反応性マグネトロン・スパッタリング
・ターゲット:Al/Cr(90/10原子%)、丸い供給源(直径63mm)
・スパッタのパワー10KW、495℃、Arの圧力0.5Pa、約100sccmのO2、基板のバイアス電圧150ボルト(単極性パルス)
・層の厚さ1μm
【0045】
TiAlN層は、基板と酸化物層を接合するのに役立つ。被覆物に対し、XRD測定、XPS測定、マイクロプローブ測定、抵抗値測定を実施した。マイクロプローブを用いて層複合体TiAlN-(Al, Cr)2O3で測定すると測定誤差が生じるため、単一の(Al, Cr)2O3層について、全体の組成を調べるマイクロプローブ測定を実施した。抵抗値と導電率の測定から、どの基板でも、(Al, Cr)2O3層は全体として導電性であることがわかった。導電率のレベルは約10S/mであった。
【0046】
XRD測定とXPS測定により、どの基板でも、(Al, Cr)2O3層が、安定なγ-Al2O3相と、二つの安定なCr酸化物相(CrO3、Cr2O3)と、準安定なCr酸化物相(CrOx)を含んでいることが明確になった。図1は、CrのXPSスペクトルを示す(Mg Kα放射)。XPS測定により、この層が合計で3つのクロム酸化物相を含んでいることが確認された。XPS測定から推定される相の割合は、ほぼ以下の通りであった。
Cr2O3 65重量%
CrOx 20重量%
CrO3 15重量%
ただしxは0.9であった。それに加え、測定作業の結果から、(Al, Cr)2O3層の中では、準安定なCr-酸化物相が、導電性であるために層全体に導電性を与える唯一の金属酸化物相であることがわかった。確認された相の割合と、マイクロプローブ測定によって明らかになった酸素の割合により、導電性のCrO2相は除外できた。
【0047】
比較例
【0048】
比較を目的として、実施例1と同じ基板に、同じ被覆設備において、層の順番が3μmのTiAlN-1μmのAl2O3である二層被覆物を設けた。堆積条件は実施例1と同じだが、Al2O3層を堆積させるステップで純粋なAlターゲットを使用した点が異なっていた。
【0049】
42CrMoV4鋼(強度:850MPa)を含む工作物に対するフライス削り実験において、実施例1の工具と比較例の工具を比較した。フライス削りは、冷却潤滑剤なしで、切削速度Vc=236m/分、歯の送りfz=0.2mmの下り切削モードで実施した。
【0050】
フライス削りを4800mm実施した後、工具の側面で摩耗の量を(主要刃先における)平均摩耗マーク幅VBの形態で(単位はmm)測定した。以下の平均摩耗マーク幅VBが見いだされた。
平均摩耗マーク幅VB
実施例1: 0.09mm
比較例: 0.12mm
【図1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
本体基部(2)と、該本体基部に適用される単層又は複数層の被覆物(3)とを有する切削工具であって、該被覆物が少なくとも二つの異なる金属酸化物相を含む少なくとも一つの二相又は多相の層(4)を含み、該少なくとも一つの二相又は多相の層(4)が導電性であることを特徴とする、切削工具(1)。
【請求項2】
前記少なくとも一つの二相又は多相の導電性層(4)中の前記少なくとも二つの異なる金属酸化物相が、少なくとも二つの異なる酸化クロム相であることを特徴とする、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記少なくとも一つの二相又は多相の層(4)が、主要成分として酸化クロムを含むことを特徴とする、請求項2に記載の切削工具。
【請求項4】
前記少なくとも一つの二相又は多相の層(4)が、少なくとも三つの相を有し、少なくとも一つの酸化アルミニウム相が在ることを特徴とする、請求項1から3のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項5】
前記二相又は多相の層(4)中の前記金属酸化物相の一つが、安定な金属酸化物相であり、好ましくは、Cr2O3相であることを特徴とする、請求項1から4のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項6】
前記二相又は多相の層(4)中の前記金属酸化物相の少なくとも一つが準安定相であり、好ましくは、化学量論的に0.7≦x≦1.3を有するCrOxの酸化クロムの準安定層であることを特徴とする、請求項1から5のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項7】
前記二相又は多相の層(4)中の前記少なくとも二つの異なる金属酸化物相が、全体的に見て、O元素に対するCr元素の比が、0.8-1.2に対して1である比を有する酸化クロム相であることを特徴とする、請求項1から6のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項8】
前記少なくとも一つの二相又は多相の層(4)中の前記少なくとも二つの異なる金属酸化物相の中で、少なくとも一つの金属酸化物相が導電性であることを特徴とする、請求項1から7のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項9】
前記二相又は多相の層(4)中の前記金属酸化物相がCrO2相を含まないことを特徴とする請求項1から8のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項10】
前記少なくとも一つの二相又は多相の層(4)が、10nmから50μmの厚みの層を有し、好ましくは20nmから20μmの厚みの層を有し、より好ましくは0.5μmから4μmの厚みの層を有することを特徴とする、請求項1から9のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項11】
前記少なくとも一つの二相又は多相の層(4)が、500から4000のビッカース(Vickers)硬度(Hv)を有し、好ましくは700から3000のビッカース(Vickers)硬度(Hv)を有し、より好ましくは800から2000のビッカース(Vickers)硬度(Hv)を有することを特徴とする、請求項1から10のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項12】
前記少なくとも一つの二相又は多相の層(4)が、1S/m超の導電率を有し、好ましくは100S/m超の導電率を有し、より好ましくは104S/m超の導電率を有することを特徴とする、請求項1から11のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項13】
前記少なくとも一つの二相又は多相の層(4)が、元素周期表のIV、V又はVI族の元素、アルミニウム及び/又はケイ素と、O、N、C及び/又はBとによって形成される少なくとも一つの二次的成分を更に有することを特徴とする、請求項1から12のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項14】
前記被覆物(3)が、元素周期表のIV、V又はVI族の元素、アルミニウム及び/又はケイ素と、O、N、C及び/又はBとによって形成される硬質材料層を更に含むことを特徴とする、請求項1から13のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項15】
前記少なくとも一つの二相又は多相の層(4)が、PVD法、好ましくはマグネトロンスパッタリング、アーク蒸着(アークPVD)又はそれらの改良方法によって生産されることを特徴とする、請求項1から14のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項16】
前記本体基部が、硬質金属若しくは炭化金属、サーメット、鋼又は高速度鋼(HSS)から作られることを特徴とする、請求項1から15のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項17】
前記被覆物が、少なくとも二つの、請求項1から16のいずれか1項に記載の二相又は多相の層(4,4')を含み、該少なくとも二つの二相又は多相の層(4,4')が直接的に重ね合わされた関係で配置されるか、又は一つ以上の更なる硬質材料層によって互いに分離されて配置されるかを特徴とする、請求項1から16のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項18】
前記少なくとも二つの二相又は多相の層(4,4')が、異なる組成、異なるビッカース(Vickers)硬度(Hv)及び/又は異なる導電率を有することを特徴とする、請求項17項に記載の切削工具。

【公表番号】特表2010−531742(P2010−531742A)
【公表日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−513814(P2010−513814)
【出願日】平成20年5月16日(2008.5.16)
【国際出願番号】PCT/EP2008/056038
【国際公開番号】WO2009/003756
【国際公開日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【出願人】(510000378)バルター アクチェンゲゼルシャフト (6)
【Fターム(参考)】