説明

被覆体

【課題】基材と被膜との密着性を高めることにより、耐摩耗性に優れた被覆体を提供する。
【解決手段】本発明の被覆体は、基材上に第1被膜が形成されたものであって、該第1被膜は、立方晶窒化硼素微粒子からなり、立方晶窒化硼素微粒子は、1nm以上100nm以下の平均粒子径を有し、基材は、第1被膜が形成される側の表面において、立方晶窒化硼素微粒子が基材に浸入するアンカー部を有することを特徴とする。第1被膜は、立方晶窒化硼素粉末を原料とし、該原料を高速気流中で基板に衝突させることにより形成されることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材を立方晶窒化硼素を主成分とする被膜により被覆した被覆体に関し、特に切削工具または摩擦攪拌接合用工具に好適に用いられる被覆体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車の製造工程、特にボディ部材および各種部品を連結する工程においては、複数の金属板部材を重ね合わせた上で、リベットによる接合、抵抗スポット溶接等のように点接合する技術が用いられている。このような点接合による金属板部材の連結は、自動車のみならず、鉄道車両を始めとする各種車両、航空機等の輸送機分野においても用いられるようになり、近年では家電製品、建材等の構造物等の分野においても広く採用され始めている。
【0003】
しかし、点接合は、溶接時にその金属板が変形しやすいこと、金属板の軟化に多大な時間を要すること等が問題となっている。このような問題を解決するための接合方法として、たとえば特許文献1では、摩擦攪拌接合(Friction Stir Spot Welding)法が提案されている。
【0004】
摩擦攪拌接合法は、接合部分のみに摩擦熱を発生させることにより、接合部分のみを軟化させて複数の金属板部材を接合する。このため、摩擦攪拌接合法は、従来の抵抗スポット溶接またはリベットによる接合よりも、接合部分以外の部分に金属板の軟化や歪みが生じにくいという利点を有する。このように接合部分を歪ませずに安定して接合することができるため、種々の特性を付与した各種の摩擦攪拌接合用工具が提案されている(たとえば特許文献2〜4)。
【0005】
摩擦攪拌接合用工具に用いられる硬質膜としては、安価で、かつ耐摩耗性に優れている材料として超硬合金、Si34セラミックス等が用いられるが、昨今の摩擦攪拌接合用工具においては更なる耐摩耗性の向上が要求されており、このような超硬合金やSi34セラミックス等を含む硬質膜においても一段と向上した耐摩耗性が求められる。
【0006】
一方、立方晶窒化硼素(cBN:cubic boron nitride)は、硬度、熱伝導性、耐摩耗性、化学的安定性等の面で優れた特性を有するため、cBNからなる被膜は、さまざまな分野で応用されている。近年では、cBNからなる被膜は、切削工具、摺動部材等への応用も展開されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表平7−505090号公報
【特許文献2】特開2001−321967号公報
【特許文献3】特開2001−314983号公報
【特許文献4】特開2002−120077号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のとおりcBNからなる被膜は、硬度、熱伝導性等の特性に優れるため、各種工具に適用する試みがなされている。しかし、cBNからなる被膜は、基材との密着性が不十分であるため、各種用途の加工時には基材と被膜との界面で剥離が生じやすく、特に耐摩耗性が十分ではないという問題があった。
【0009】
また、cBNは、工具の先端のみにろう付け等で接合して用いられたり、cBN焼結体として用いられたりするが、このようなcBNは、いずれも数GPaの超高圧を用いる超高圧法で製造したものを使用する。しかしながら、超高圧を発生させるための装置は極めて高価であるため、安価にcBNを作製することは極めて困難である。
【0010】
本発明は、上述のような現状に鑑みなされたものであって、その目的とするところは、cBN粒子を含む被膜を基材上に形成し、基材と被膜との密着性を高めることにより、耐摩耗性に優れた被覆体を安価に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の被覆体は、基材上に第1被膜が形成されたものであって、該第1被膜は、立方晶窒化硼素微粒子からなり、該立方晶窒化硼素微粒子は、1nm以上100nm以下の平均粒子径を有し、基材と第1被膜との界面には、立方晶窒化硼素微粒子が基材に浸入したアンカー部を有することを特徴とする。
【0012】
本発明の被覆体は、基材上に中間層が形成され、その中間層上に第1被膜が形成された被覆体であって、該第1被膜は、立方晶窒化硼素微粒子からなり、該立方晶窒化硼素微粒子は、1nm以上100nm以下の平均粒子径を有し、中間層と第1被膜との界面には、立方晶窒化硼素微粒子が中間層に浸入したアンカー部を有することを特徴とする。
【0013】
本発明の被覆体は、基材上に第2被膜が形成された被覆体であって、該第2被膜は、10体積%以上100体積%未満の立方晶窒化硼素微粒子と、金属バインダまたはセラミックス微粒子のいずれか一方もしくは両方とを含み、該立方晶窒化硼素微粒子とセラミックス微粒子とは、それぞれ1nm以上100nm以下の平均粒子径を有し、基材と第2被膜との界面には、立方晶窒化硼素微粒子およびセラミックス微粒子が基材に浸入したアンカー部を有することを特徴とするものでもある。
【0014】
本発明の被覆体は、基材上に中間層が形成され、その中間層上に第2被膜が形成された被覆体であって、該第2被膜は、10体積%以上100体積%未満の立方晶窒化硼素微粒子と、金属バインダまたはセラミックス微粒子のいずれか一方もしくは両方とを含み、該立方晶窒化硼素微粒子とセラミックス微粒子とは、それぞれ1nm以上100nm以下の平均粒子径を有し、中間層と第2被膜との界面には、立方晶窒化硼素微粒子およびセラミックス微粒子が中間層に浸入したアンカー部を有することを特徴とするものでもある。
【0015】
第1被膜は、立方晶窒化硼素粉末を原料とし、該原料を高速気流中で基板に衝突させることにより形成されることが好ましい。
【0016】
立方晶窒化硼素粉末は、1nm以上1μm以下の平均粒子径を有することが好ましく、立方晶窒化硼素粉末、金属粉末、およびセラミックス粉末は、それぞれ1nm以上1μm以下の平均粒子径を有することが好ましい。
【0017】
第1被膜または第2被膜は、エアロゾルデポジション法で形成されることが好ましい。
第2被膜は、立方晶窒化硼素粉末と、金属粉末またはセラミックス粉末のいずれか一方もしくは両方とを原料とし、該原料を高速気流中で基板に衝突させることにより形成されることが好ましい。
【0018】
第2被膜は、50体積%以上92体積%以下の立方晶窒化硼素微粒子を含有することが好ましい。
【0019】
セラミックス微粒子は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、Si、Mg、Ca、Y、CoおよびBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物の微粒子であることが好ましく、Al23、TiO2、SiO2、AlSiNO、SiC、TaC、B4C、BN、SiN、Y23、ZrO2およびMgOからなる群より選択される1種以上を含む微粒子であることがより好ましい。金属バインダは、Co、Ni、Fe、Mn、Crからなる群より選択される1種以上の金属からなることが好ましい。
【0020】
金属バインダは、Co、Ni、Fe、Mn、Crからなる群より選択される1種以上の金属からなることが好ましい。
【0021】
アンカー部は、1nm以上500nm以下の厚みであることが好ましい。
第1被膜または第2被膜は、1μm以上100μm以下の厚みを有することが好ましい。
【0022】
本発明の被覆体は、切削工具または摩擦攪拌接合用工具として用いられる。
【発明の効果】
【0023】
本発明の被覆体は、上記のような構成を有することにより、基材上にcBN微粒子を含む被膜を密着性高く安価に形成することができ、以って優れた耐摩耗性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の被覆体の断面図である。
【図2】中間層が形成された本発明の被覆体の断面図である。
【図3】本発明で用いた成膜装置の概念図である。
【図4】本発明で用いた成膜装置の概念図を一部拡大した図である。
【図5】本発明の被覆体である摩擦攪拌接合用工具の概略断面図である。
【図6】本実施例の被覆体に用いられる基材の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。なお、以下の実施の形態の説明では、図面を用いて説明しているが、本願の図面において同一の参照符号を付したものは、同一部分または相当部分を示している。
【0026】
<被覆体>
本発明の被覆体は、基材上にcBN微粒子のみからなる第1被膜が形成されたものであることを特徴とする。該第1被膜は、基材上に直接形成されていても良いし、中間層を介して基材上に形成されていても良い。本発明の被覆体において、基材は、第1被膜が形成される側の表面において、cBN微粒子が基材に浸入したアンカー部を有することを最大の特徴とする。これにより、基材と第1被膜との密着性が向上し、以って被覆体の耐摩耗性が飛躍的に向上したものとなる。なお、アンカー部の詳細は後述する。ここで、「cBN微粒子が基材に浸入する」とは、cBN微粒子の全てが基材に浸入することを意味するものではなく、cBN微粒子の一部が基材に浸入することを意味するものであり、その他のcBN微粒子は、浸入したcBN微粒子上に堆積されることになる。このような本発明の被覆体は、CVDやPVDなどの高温成膜プロセスを施すことなく、cBN粒子を含む被膜を形成することができる。
【0027】
基材上に中間層が形成され、その中間層上に第1被膜が形成された場合、第1被膜を構成するcBN微粒子が該中間層に浸入したアンカー部を有することを特徴とする。中間層は、基材と第1被膜との密着性を高めるために設けられるものであるが、その詳細は後述する。このように中間層を有する場合、中間層そのものによる密着性の向上効果とアンカー部による密着性の向上効果とが相乗的に作用することにより、基材と第1被膜との密着性がさらに向上したものとなる。
【0028】
本発明の被覆体は、第1被膜に代えて、cBN微粒子と、セラミックス微粒子または金属バインダのいずれか一方もしくは両方とを含む第2被膜を基材上に形成したものも含まれる。該第2被膜は、cBN微粒子に加えて、金属バインダまたはセラミックス微粒子のいずれか一方もしくは両方を含むものである。
【0029】
本発明の被覆体が、基材上に第2被膜を形成したものである場合、アンカー部は、cBN微粒子およびセラミックス微粒子が基材に浸入したものとなる他、金属バインダが基材に浸入したものとなる場合もある。また、基材上に中間層が形成され、その中間層上に第2被膜が形成された場合、第2被膜を構成するcBN微粒子およびセラミックス微粒子が該中間層に浸入したアンカー部が形成される。なお、cBN微粒子およびセラミックス微粒子の他、金属バインダが中間層に浸入する場合もある。
【0030】
<基材>
本発明の被覆体を構成する基材としては、切削工具の基材や摺動部材の基材として知られる従来公知のものを特に限定なく使用することができる。たとえば、組成的には超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはさらにTi、Ta、Nb等の炭窒化物等を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化硅素、窒化硅素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、およびこれらの混合体など)等をこのような基材の例として挙げることができるとともに、その形状は特に限定されない。このような基材として超硬合金を使用する場合、そのような超硬合金は、組織中に遊離炭素やη相と呼ばれる異常相を含んでいても本発明の効果は示される。
【0031】
なお、これらの基材は、その表面が改質されたものであっても差し支えない。たとえば、超硬合金の場合はその表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合には表面硬化層が形成されていても良く、このように表面が改質されていても本発明の効果は示される。
【0032】
<第1被膜>
本発明において、第1被膜は、cBN微粒子のみからなることを特徴とする。ここで、「cBN微粒子のみからなる」とは、本発明に用いられる第1被膜は、不可避不純物を含み得ることを除き、cBN微粒子から構成されるものをいう。
【0033】
<第2被膜>
本発明の第2被膜は、cBN微粒子に加えて、セラミックス微粒子または金属バインダのいずれか一方もしくは両方を含むことを特徴とする。本発明に用いられる第2被膜は、不可避不純物を含み得ることを除き、cBN微粒子とセラミックス微粒子とから構成されていることが好ましい。これは、cBN微粒子とセラミックス微粒子とを含むことにより、アンカー部がより形成されやすくなるからである。
【0034】
ここで、本発明の第2被膜に含まれるcBN微粒子の割合は、体積比率にしてcBN微粒子が10体積%以上100体積%未満であることが好ましい。第2被膜に含まれるcBN微粒子が10体積%未満であると、被膜の硬度が低下することとなり、被覆体の耐摩耗性が低下する。被膜に含まれるcBN微粒子の体積比率に上限はない。
【0035】
ただし、被覆体の靭性と耐摩耗性とを向上させるという観点からは、cBN微粒子を50体積%以上92体積%以下含むことが好ましい。この場合、その他の成分には、セラミックス微粒子および金属バインダを含むことが好ましい。被覆体の耐摩耗性を高めるという観点からは、第2被膜にセラミックス微粒子を含むことが好ましく、被覆体の靭性を高めるという観点からは、第2被膜に金属バインダを含むことが好ましい。
【0036】
なお、本発明の第2被膜に含まれるcBN微粒子とセラミックス微粒子と金属バインダとの上記割合は、第2被膜の厚み方向において実質的に均一であっても良いし、傾斜するものであっても良い。傾斜する場合は、基材側から被覆体の表面に向かってcBN微粒子の割合をより高くすることが好ましい。このように配合割合を傾斜させることにより、後述するアンカー部を容易に形成することができ、耐摩耗性の向上に寄与することができる。
【0037】
本発明において、第2被膜に含まれるcBN微粒子とセラミックス微粒子と金属バインダとの上記割合は、透過型電子顕微鏡−電子エネルギー損失分光法(TEM−EELS:Transmission Electron Microscopy-Electron Energy-Loss Spectroscopy)により被膜断面の組成マッピングを行ない、これに基づき走査型透過電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscope)モードでのスペクトラムイメージング(SI:Spectrum Imaging)法によるスペクトルデータにより測定することができる。
【0038】
<被膜>
以下においては、第1被膜および第2被膜に対し、これらを敢えて区別する必要がない場合は単に「被膜」と記す。被膜は、基材上に直接または中間層を介して形成されるものであるが、その被覆領域は基材の全面を覆うものであっても良いし、一部分を覆うものであっても良い。そして、被膜は、1nm以上100μm以下の厚みを有することが好ましい。より好ましくは、その上限が80μmさらに好ましくは50μmであり、その下限が5nm、さらに好ましくは10nmである。被膜の厚みが1nm未満となる場合は十分なる耐摩耗性の向上作用が示されない場合があり、100μmを超えると被膜自体が剥離する場合がある。なお、このような被膜の厚みは、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)により、その断面を観察することを以って確認することができる。
【0039】
<cBN微粒子>
本発明の被膜に含まれるcBN微粒子は、1nm以上100nm以下の平均粒子径を有するものである。この平均粒子径は、より好ましくはその上限が50nm、さらに好ましくは20nmである。
【0040】
このようなcBN微粒子は、cBN構造という極めて高硬度の結晶構造を有することから、被膜の耐摩耗性を飛躍的に向上させる作用を主として担うものである。上記の平均粒子径が1nm未満の場合、成膜速度が小さく生産性に劣り、100nmを超えると表面粗さが大きくなり耐摩耗性、耐溶着性、および摺動性が各々劣ることになる。
【0041】
<セラミックス微粒子>
本発明において、第2被膜に含まれるセラミックス微粒子は、1nm以上100nm以下の平均粒子径を有するものである。この平均粒子径は、より好ましくは、その上限が50nm、さらに好ましくは20nmである。
【0042】
このようなセラミックス微粒子は、耐反応性、耐溶着性、耐熱性、摺動性などを飛躍的に向上させる作用を主として担うものである。上記平均粒子径が1nm未満の場合、成膜速度が小さく生産性に劣り、100nmを超えると表面粗さが大きくなり耐摩耗性、耐溶着性、摺動性が各々劣ることになる。
【0043】
このようなセラミックス微粒子は、結晶粒子であっても良いし、非晶質の粒子であっても良い。またその組成としては、周期律表のIVa族元素(Ti、Zr、Hf等)、Va族元素(V、Nb、Ta等)、VIa族元素(Cr、Mo、W等)、Al、Si、Mg、Ca、Y、CoおよびBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物の微粒子であることが好ましい。
【0044】
このような化合物としては、たとえばTiO、Ti23、TiO2、TiN、TiC、TiB2、ZrO2、ZrSiO4、ZrB2、ZrC、ZrN、HfO2、HfB2、HfC、HfN、V23、V24、V25、VC、VB2、VN、NbO、Nb25、NbB2、NbC、NbB、NbN、Ta25、TaB2、TaC、TaN、Cr23、Cr23、CrB2、CrB、MoO2、MoO3、MoB、MoB2、MoC、Mo2C、Mo2N、WO2、WO3、WC、WB、Al23、AlN、TiAlN、AlSiNO、SiO、SiO2、SiC、SiN、Si34、SiB6、MgB2、Mg32、MgO、MgAl24、MgMoO4、MgTiO3、MgWO4、MgZrO3、CaO、CaAl24、CaTiO3、CaWO4、CaZrO3、CaMoO4、CaC2、Ca32、Y23、Y3Al512、YMnO3、YB6、YC2、B23、B4C、BN、Co34、CoO等を挙げることができる。
【0045】
そして、上記のような化合物の中でも、本発明のセラミックス微粒子としては特にAl23、TiO2、SiO2、AlSiNO、SiC、TaC、B4C、BN、SiN、Y23、ZrO2、およびMgOからなる群より選択される1種以上を含むことが好ましい。これらの組成は、特に優れた高硬度、高耐酸化性、および高摺動性を有するためである。
【0046】
なお、上記の化学式において、各元素の原子比が特に記載されていないものは必ずしも等比となるものではなく、従来公知の原子比が全て含まれるものとする。たとえば単にTiNと記す場合、TiとNとの原子比は1:1が含まれる他、2:1、1:0.95、1:0.9等が含まれる(特に断りのない限り、以下において同じ)。
【0047】
本発明のセラミックス微粒子は、単独の化合物の微粒子であっても良いし、組成の異なる2種以上の化合物の微粒子であっても良い。
【0048】
<金属バインダ>
本発明の第2被膜に含まれる金属バインダの組成としては、あらゆる種類の金属を用いることができる。このような金属の中でも工具への応用を考えると、融点が高い材料が好ましく、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、W、Re、AgおよびCuからなる群より選択される金属、または該金属を1種以上含む合金からなることが好ましい。
【0049】
<cBN微粒子およびセラミックス微粒子の平均粒子径の測定>
本発明において、第2被膜に含まれるcBN微粒子およびセラミックス微粒子の平均粒子径は、次のようにして測定することができる。すなわち、まず透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)を用いて第2被膜の断面(第2被膜表面に対する垂直方向の断面)中におけるcBN微粒子とセラミックス微粒子とのマッピングを行なう(たとえばそれぞれの微粒子毎に2色に色分けする)。次いで、同被膜断面において、被膜表面と平行な所定の長さの任意の線分上に存在するcBN微粒子とセラミックス微粒子の個数をそれぞれ計測するとともに同線分上においてそれぞれの微粒子が占有する領域の合計長さをそれぞれの微粒子毎に測定する。
【0050】
続いて、このように測定されたそれぞれの微粒子毎の合計長さをそれぞれの微粒子の個数で除した値をそれぞれの微粒子毎の粒子径とする。そして、上記の任意の線分として3本の線分について同様の測定を行なうことにより、それらの粒子径の平均値を求め、その平均値をcBN微粒子とセラミックス微粒子との各々の平均粒子径とする。
【0051】
なお、第1被膜に含まれるcBN微粒子の平均粒子径を算出する場合、第1被膜の断面において、第1被膜表面と平行な所定の長さの任意の線分上においてcBN微粒子が占有する領域の合計長さを測定し、その合計長さを同線分上に存在するcBN微粒子の個数で除した値をcBN微粒子の粒子径とする。そして、上記の任意の線分として3本の線分について同様の測定を行ない、それらの粒子径の平均値をcBN微粒子の平均粒子径とする。当該線分の所定長さは、3μm〜5μm程度とすることが好ましい。
【0052】
なお、第2被膜中における金属バインダは粒子径を規定し得ないので算出しないこととする。なぜなら、cBN微粒子と金属バインダとの二相系の被膜では、金属バインダはcBN微粒子同士を結合するバインダの役割を果たすため、金属バインダは第2被膜の形成時に組成変形し、独立した粒子として被膜中に存在するわけではなく連続相として存在するからである。そして、cBN微粒子とセラミックス微粒子と金属バインダとの三相系の被膜であっても二相系の被膜の場合と同様、金属バインダは、cBN微粒子およびセラミックス微粒子のそれぞれを結合するバインダの役割を果たすため、金属バインダの粒子径を規定しない。
【0053】
<中間層>
本発明の被覆体は、上記の基材上に中間層が形成され、該中間層上に上記の被膜が形成されたものであっても良い。このような中間層は、基材上の全面に形成されていても良いし、基材上の一部分に形成されていても良い。このような中間層は、基材と被膜との密着性を高める作用を担うものである。なお、中間層上の全面に被膜が形成されたものであってもよいし、中間層上の一部分のみに被膜が形成されたものであってもよい。
【0054】
このような中間層の組成としては、たとえばTi、Al、CrおよびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を好適な例として挙げることができる。また、これらの化合物のみに限られるものではなく、基材と被膜との密着性を高める作用を有する化合物であればいかなる組成のものを使用しても差し支えない。
【0055】
このような中間層は、50nm以上50μm以下の厚みを有することが好ましい。より好ましくは、その上限が20μm、さらに好ましくは10μmであり、その下限が100nm、さらに好ましくは200nmである。中間層の厚みが50nm未満となる場合は十分なる密着性の向上作用が示されない場合があり、50μmを超えると生産性が劣る場合がある。なおまた、このような中間層の厚みは、被膜の厚みと同様にTEMによりその断面を観察することによって確認することができる。なお、このような中間層は、1層または2層以上形成することができる。
【0056】
<アンカー部>
本発明において、基材上に第1被膜が形成される場合、アンカー部は、第1被膜を構成するcBN微粒子が基材に浸入することにより形成される。一方、基材上に第2被膜が形成される場合、アンカー部は、第2被膜を構成するcBN微粒子およびセラミックス微粒子が基材に浸入することにより形成される。このアンカー部により基材と被膜との密着性が飛躍的に向上し、以って被覆体の耐摩耗性が飛躍的に向上したものとなる。
【0057】
また、基材上に中間層が形成され、該中間層上に第1被膜を形成する場合、アンカー部は、第1被膜を構成するcBN微粒子が該中間層に浸入することにより形成される。また、基材上に中間層が形成され、該中間層上に第2被膜を形成する場合、アンカー部は、第2被膜を構成するcBN微粒子とセラミックス微粒子とが該中間層に浸入することにより形成される。
【0058】
以下、このようなアンカー部を図1に基づき説明する。なお、図1は便宜的に基材9上に直接被膜21が形成される場合を例にとり、それを模式的に表わしたものである。このようなアンカー部は、TEMを用いて観測することにより確認することができ、この場合、観察視野は基材に対する水平方向に500nm、垂直方向に500nmの領域とすることが好ましい。
【0059】
まず、基材9上に被膜21が形成されていない部分の基材表面およびその延長線を「基材ライン」とする。そして、アンカー部とは、被膜21を構成する微粒子24(第1被膜の場合は、cBN微粒子のことを意味し、第2被膜の場合は、cBN微粒子およびセラミックス微粒子のことを意味する)が基材に浸入している部分、すなわち微粒子24が基材ラインより深さ方向に入り込んだ部分をいい、その厚みは次のようにして求めることができる。
【0060】
すなわち、上記観察視野において、各微粒子24の先端部が「基材ライン」から基材の深さ方向に最も離れた5点を抽出し(図1の破線のサークル部)、それらの「基材ライン」までの直線距離を求めこの5点の距離の平均値を算出する。続いて、任意の3視野において測定し、その平均をアンカー部の厚みD(図1中「D」で示した部分)とする。
【0061】
このようにして求められるアンカー部の厚みDは、1nm以上500nm以下であることが好ましい。より好ましくは、その上限が300nm、さらに好ましくは200nmであり、その下限が20nm、さらに好ましくは50nmである。アンカー部の厚みが1nm未満の場合、基材と被膜との密着性を十分に高めることができず、500nmを超えるとアンカー部と被膜とが一体となったまま剥離することがある。
【0062】
なお、中間層が形成される場合は、上記の説明において適宜「基材」を「中間層」に読み替えるものとし、図1における「基材ライン」に変えて図2に示した「中間層ライン」(中間層25上に被膜21が形成されていない部分の中間層表面およびその延長線)とすることにより、上記と同様にしてアンカー部の厚みを求めることができる。なおまた、中間層が形成され、該中間層上に被膜を形成する場合、アンカー部は、被膜を構成する微粒子が該中間層に浸入することにより形成される場合のみに限られるものではなく、中間層を貫通して被膜に浸入することにより形成されるものであってもよい。
【0063】
<製造方法>
本発明の被覆体は、高速気流を用いたエアロゾルデポジション法(原理的に同様の「コールドスプレー法」も含む)を用いて基材上に第1被膜または第2被膜を形成することにより、製造することができる。換言すれば、本発明の上記第1被膜は、cBN粉末を原料として、エアロゾルデポジション法により形成されるものであり、第2被膜は、cBN粉末に加えてセラミックス粉末または金属粉末を原料として、エアロゾルデポジション法により形成されるものである。
【0064】
被膜をこのようなエアロゾルデポジション法を用いて形成することにより、上記のようなアンカー部を形成することが可能となる。この点、従来のようなPVD法により被膜を形成してもアンカー部は形成されない。なお、cBN粉末がcBN微粒子の原料となり、セラミックス粉末がセラミックス微粒子の原料となり、金属粉末が金属バインダの原料となることは言うまでもない。
【0065】
以下、被膜をこのエアロゾルデポジション法により形成する場合についてさらに詳細に説明する。図3は、本発明で用いるエアロゾルデポジション法を実行するための成膜装置の概念図であり、図4は、図3の成膜装置を部分的に拡大した図である。図5は、本発明の被覆体が摩擦攪拌接合用工具の場合の模式的な断面図である。たとえば図4で示される成膜装置を用いて、基材上に被膜を形成し、図5に示される被覆体を形成する。摩擦攪拌接合用工具において、最も耐摩耗性が必要とされる部位は、図5に示すように、ショルダー部22およびプローブ部23である。よって、ショルダー部22およびプローブ部23に被膜21を形成すればよく、その他の部位には被膜21を形成しなくてもよい。
【0066】
図3に示される成膜装置には、搬送ガスボンベ1の先にガス搬送ライン2を介してエアロゾル発生器としてのエアロゾル化室4が設置されている。ガス搬送ライン2を通る搬送ガスとして、窒素、アルゴン、ヘリウム、乾燥空気などを用いることができる。
【0067】
エアロゾル化室4の内部には原料3としてcBN粉末とセラミックス粉末と金属粉末とが充填されている。これらの充填割合(体積比率)は、被膜におけるcBN微粒子とセラミックス微粒子と金属バインダの割合(体積比率)に合致させることが好ましい。なお、エアロゾル化室4は、図3のように1室のみであっても良いし、図示はしないが粉末毎に1室ずつ計3室を並列的に設けることもできる。被膜に含まれるcBN微粒子とセラミックス微粒子と金属バインダとの割合を上記のように被膜の厚み方向に傾斜させる場合は、エアロゾル化室4を3室設け、各独立に後述のガス流量を制御することにより被膜の組成を傾斜させることができる。すなわち、ガス流量を大きくすると、成膜量(被膜としての堆積量)も大きくなる傾向を示す。
【0068】
このようなエアロゾル化室4は振動を加えるための加振機5上に載置される。エアロゾル化室4はエアロゾル搬送ライン6によりノズル7に接続されており、ノズル7は成膜室を構成するチャンバ13内において基材9と向かい合う。基材9が円柱形状を基本とする摩擦攪拌接合用工具の場合、図5に示されるように、基材9には回転軸が挿入できるような穴が開いている。
【0069】
以下においては、図4を参照して図5の摩擦攪拌接合用工具の製造方法を説明する。基材9は基板ステージ10によって保持されている。基材9は、加熱機構を併せ持つ回転機構15の回転軸8により回転させられる。基材9を回転すると同時に回転軸8が加熱され、この熱が基材9に伝わって基材9を加熱することができる。なお、回転軸8はクリップ16により回転機構15に固定されている。このクリップには、通常M6程度のイモネジを用いる。
【0070】
ノズル7からはエアロゾル粒12が基材9に向かって噴出する。基板ステージ10は矢印14で示す方向に移動可能であり、これに伴い、基材9も基板ステージ10とともに移動する。チャンバ13は真空ポンプ11に接続されており、真空ポンプ11がチャンバ13内の圧力を調整することができる。
【0071】
このような成膜装置において、真空ポンプ11を稼働させ、成膜室としてのチャンバ13およびエアロゾル化室4の圧力を1Pa程度となるまで減圧する。搬送ガスボンベ1をあけて、ガスを流量0.1slm(標準状態(25℃)での1分間当たりの流量が0.1l)から15slm(標準状態(25℃)において1分間当たりの流量が15l)でエアロゾル化室4にガスを送り込み、原料3であるcBN粉末とセラミックス粉末と金属粉末とガスとが適当な比率で混合されたエアロゾルを発生させる。
【0072】
この際、エアロゾルは微小開口を有するノズル7を通じてチャンバ13に流れ込むため、エアロゾル化室4とチャンバ13との間には103Pa程度の圧力差が生じる。このエアロゾルを、エアロゾル搬送ライン6を通じて加速させ、ノズル7により基材9に向けて噴射する。
【0073】
基板ステージ10を駆動させることによりエアロゾルの衝突位置を変化させながらcBN粉末(cBN粉末に加えセラミックス粉末または金属粉末のいずれか一方もしくは両方を含む場合もある)との衝突により基材9上に本発明の被膜が焼結状態で形成される。ノズル7と基材9を相対的に移動させることにより、必要部位に成膜する。摩擦攪拌接合用工具を作製する場合、図5に示すように、ショルダー部22とプローブ部23との両方に被膜21を製膜する必要があるため、ノズルはマルチノズルを用いる。このようにして、図5に示されるように、被覆体20のショルダー部22およびプローブ部23に被膜21を形成することができる。
【0074】
上記において、被膜形成用の原料として用いるcBN粉末とセラミックス粉末と金属粉末とはそれぞれ、平均粒子径が1nm以上1μm以下のものを用いることが好ましい。より好ましくは、cBN粉末の平均粒子径は10nm以上500nm以下であり、セラミックス粉末の平均粒子径は10nm以上800nm以下であり、金属粉末の平均粒子径は50nm以上1000nm以下である。そして、特に好ましくは、cBN粉末の平均粒子径をセラミックス粉末の平均粒子径より100nm以上小さくすることが好適である。これにより3種の粉末をより緻密に混合することができるとともに良好な分散状態を得ることができる。上記平均粒径が1nm未満の場合、緻密な被膜が得られない場合がある。一方、1μmを超えると被膜の成長速度が遅くなり生産性が劣る場合がある。なお、セラミックス粉末として2種以上の化合物の粉末を使用すると、それに対応して2種以上のセラミックス微粒子を形成することができる。
【0075】
なお、ここでいうcBN粉末およびセラミックス粉末の平均粒子径とは、累積質量50質量%(一般にD50で表わされる)の粒子径をいう。このような粒子径は市販の粒度分布測定装置を用いて簡単に測定することができる。
【0076】
また、上記3種の粉末のうち、cBN粉末とセラミックス粉末とは、ともに基材(中間層が形成される場合は基材と中間層との両者)の硬度よりも高い硬度を有していることが好ましい。これにより、アンカー部を容易に形成することができるからである。ここで、cBN粉末の硬度およびセラミックス粉末の硬度としては、cBNの文献値および当該セラミックスの焼結体の文献値を採用することができる。また、基材および中間層の硬度としても、それぞれ文献値を参考にすることが好ましい。なお、金属粉末の硬度は高いことが好ましいが、必ずしも硬度が高くある必要はない。
【0077】
一方、本発明において中間層を形成する場合は、そのような中間層は従来公知のPVD法により形成することができる。特にそのようなPVD法として、アーク式イオンプレーティング法やスパッタリング法を採用することが好ましい。
【0078】
このように基材上に中間層を形成する場合は、中間層上に上記のエアロゾルデポジション法により被膜を形成することにより、被膜を構成するcBN微粒子およびセラミックス微粒子が中間層まで浸入することによりアンカー部を形成することができる。
【0079】
<用途>
本発明の被覆体は、切削工具または摺動部材として好適に用いることができる。ここで、切削工具としては、たとえばドリル、エンドミル、フライス加工用または旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、またはクランクシャフトのピンミーリング加工用チップ等を例示することができる。また、摺動部材としては、たとえば摩擦攪拌接合用工具、エンジン部品、HDD(ハードディスクドライブ)、HDDヘッド、キャプスタン、ウェハーチャック、半導体搬送用アーム、自動車駆動系部品、カメラ用ズームレンズシールリング等を例示することができる。これらの用途の中でも、鋼同士を接合するための摩擦攪拌接合用工具として用いることが好ましい。
【実施例】
【0080】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、厚み、平均粒子径、体積%等の測定は、それぞれ上記に記載した方法により行なった。
【0081】
<基材>
図4のようなエアロゾルデポジション法を用い、基材上に被膜を成膜した。図6は、本実施例の被覆体に用いられる基材の外形の一例を示す模式的な断面図である。図6に示される外形の基材を用いて各実施例および各比較例の被覆体を作製した。本発明の被覆体は、摩擦攪拌接合用工具に好適に用いられるものである。図6における各寸法は、a1=30mm、a2=4mm、a3=3.0mm、a4=8mmである。また、摩擦撹拌接合工具に好適に用いられる基材として、90質量%のWCと10質量%のCoとを含む超硬合金を準備し、表1に示した各実施例および各比較例の被覆体を形成した。以下においては、本実施例の被覆体の製造方法を示す。
【0082】
<実施例1〜18>
前述の基材に対して以下のようにして中間層(ただし表1に記載のあるもののみ)および被膜を形成することにより、被覆体を製造した。
【0083】
<中間層の形成>
表1中、製法の欄に「アーク」とあるものはアーク式イオンプレーティング法により、表1に記載の材質と厚みを有する中間層を形成した。
【0084】
【表1】

【0085】
アーク式イオンプレーティング法は、基材温度を350〜650℃に設定し、反応ガスとして窒素を導入させながら1.0〜8.0Paの圧力下、バイアス電圧を−25〜−700Vとして実行した。蒸発源は、表1中の材質の欄に「TiN」とあるものは「Ti」をセットした。なお、表1中の材質の欄に「TiCN」とあるものは、反応ガスとして窒素とメタンとを導入することにより形成したものである。
【0086】
なお、表1中の「空欄(−)」は、該当する中間層が形成されなかったことを示す。
<被膜の形成>
実施例1では、cBN微粒子のみからなる第1被膜を基材上に、図4の成膜装置を用いて以下の条件でエアロゾルデポジション法により形成した。また、実施例2〜18ではcBN微粒子と、セラミックス微粒子または金属バインダのうちのいずれか一方もしくは両方とを表1に記載したように含む第2被膜を、基材上または上記で形成した中間層上に実施例1と同様の条件で形成した。
【0087】
すなわち、まずエアロゾル化室4に原料として予め用意しておいたcBN粉末、もしくはcBN粉末とセラミックス粉末または金属粉末のうちのいずれか一方もしくは両方とを充填した。また、セラミックス粉末は、表1のセラミックス微粒子の化合物の欄に示されている化合物の粉末を用い、その平均粒子径は、表1のセラミックス微粒子の平均粒子径の欄に示している。また、金属粒子の平均粒子径は、表1の金属粒子の平均粒子径の欄に示している。
【0088】
そして、搬送ガスとしてはヘリウムを用い、その流量を0.1slm〜15slmの範囲で調節した。また、エアロゾル化室4の圧力が10〜20kPaとなり、チャンバ13の圧力が5〜3000Paとなるように真空ポンプ11で圧力を調整した。
【0089】
また、基板ステージ10に上記基材9をセットし、ノズル7の開口サイズは2〜4mm2の範囲で調整し、ノズル7と基材9との距離は4〜15mmの範囲で調整した。さらに基板ステージ10の移動速度を0.1〜3mm/sの範囲で調整した。回転軸8の回転速度は、1rpmとした。このようにして、表1に記載した被膜を基材上または中間層上に形成した。このようにして、本発明の実施例1〜18の被覆体を製造した。
【0090】
このようにして得られた本発明の実施例1の被覆体は、基材上に第1被膜が形成されたものであって、該第1被膜は、立方晶窒化硼素微粒子からなり、該立方晶窒化硼素微粒子は、1nm以上100nm以下の平均粒子径を有し、該基材は、第1被膜が形成される側の表面において、立方晶窒化硼素微粒子が基材に浸入するアンカー部を有するものであった。
【0091】
一方、本発明の実施例2〜16の被覆体は、基材上に第2被膜が形成されたものであって、該第2被膜は、10体積%以上100体積%未満の立方晶窒化硼素微粒子と、金属バインダまたはセラミックス微粒子のいずれか一方もしくは両方とを含み、立方晶窒化硼素微粒子とセラミックス微粒子とは、それぞれ1nm以上100nm以下の平均粒子径を有し、基材は、第2被膜が形成される側の表面において、立方晶窒化硼素微粒子およびセラミックス微粒子が基材に浸入したアンカー部を有するものであった。
【0092】
<比較例1>
実施例1で用いた基材を被覆することなく、以下の摩擦攪拌接合試験に用いた。なお、以下においては便宜的に比較例1の基材も「被覆体」と記するものとする。
【0093】
<比較例2>
実施例1で用いた基材に対し、厚み11μmのTiCNからなる被膜をCVD法によりコーティングした被覆体を作製した。
【0094】
<比較例3>
cBN微粒子とセラミックス微粒子との比が表1のように異なる他は、実施例2と同様の方法により、被覆体を作製した。このようにして得られた本発明の各実施例の被覆体および各比較例の被覆体について、摩擦攪拌接合加工試験を行なった。その結果を以下の表2に示す。
【0095】
<摩擦攪拌接合加工試験の条件>
摩擦攪拌接合加工試験では、各実施例の被覆体および各比較例の被覆体を用いて、200mm×500mmであって、厚さ0.9mmの鋼板を2枚重ねたものに対し、以下の条件で1000スポットの摩擦攪拌接合を行なった。
【0096】
鋼板種 :SPC270(引張強度:270MPa)
工具の挿入深さ:1.2mm(プローブ先端の浸入深さ)
挿入速度 :0.5mm/秒
接合時間 :2秒
回転速度 :2000rpm
負荷加重 :500kg
<被覆体の性能評価>
上記の各実施例および各比較例に対し、摩擦攪拌接合加工試験の前後の被覆体のプローブ部の直径をレーザー顕微鏡で測定することにより、摩擦攪拌接合加工試験により摩耗したプローブ部の摩耗幅を算出した。なお、摩擦攪拌接合加工試験前のプローブ部の直径から、摩擦攪拌接合加工試験後のプローブ部の直径を引いて、その値を2で割ったものを「プローブ部の摩耗量」として表2中に記載した。プローブ部の摩耗幅が小さいほど耐摩耗性に優れていることを示している。
【0097】
また、摩擦攪拌接合加工試験後の被覆体のプローブ部をレーザー顕微鏡で観察したときに、ショルダー面の外周近傍にチッピングが発生しているかを確認し、以下の評価基準に基づいてA〜Dの4段階で評価した。
【0098】
A:チッピングが見られない
B:チッピングが1〜2箇所見られる
C:チッピングが2箇所以上5箇所以下見られる
D:チッピングが6箇所以上散見される
【0099】
【表2】

【0100】
表2から明らかなように、本発明の実施例の被覆体は、アンカー部が形成されていないか本発明の範囲外となる平均粒子径の微粒子により被膜を形成した比較例の被覆体に比し優れた耐摩耗性が示された。これは、本発明の実施例の被覆体において、被膜が適切な平均粒子径の微粒子を含み、かつ基材と被膜との界面(中間層が形成される場合は中間層と被膜との界面)においてアンカー部が形成されたことにより被膜の剥離が防止され、以って優れた耐摩耗性が達成されたことを示している。
【0101】
また、実施例11〜14の被覆体と、実施例1〜10の被覆体とを対比すると、実施例11〜14の被覆体の方がチッピングを生じにくい。これは、cBN微粒子とともに金属バインダを含むことにより、被覆体の耐チッピング性が高められたことによるものと考えられる。
【0102】
よって、本発明の被覆体を用いて摩擦攪拌接合加工をすると、耐摩耗性が高く、かつ耐チッピング性にも優れることがわかる。
【0103】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0104】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明は、一般構造用鋼材、建築用構造用鋼材および自動車用鋼板などの鉄鋼材料をはじめとする鉄系金属、およびアルミニウム、マグネシウム等の鉄以外の金属からなる被接合物を接合するための摩擦撹拌接合用工具に関する。
【符号の説明】
【0106】
1 搬送ガスボンベ、2 ガス搬送ライン、3 原料、4 エアロゾル化室、5 加振機、6 エアロゾル搬送ライン、7 ノズル、8 回転軸、9 基材、10 基板ステージ、11 真空ポンプ、12 エアロゾル粒、13 チャンバ、14 矢印、15 回転機構、16 クリップ、20 被覆体、21 被膜、22 ショルダー部、23 プローブ部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に第1被膜が形成された被覆体であって、
前記第1被膜は、立方晶窒化硼素微粒子からなり、
前記立方晶窒化硼素微粒子は、1nm以上100nm以下の平均粒子径を有し、
前記基材と前記第1被膜との界面には、前記立方晶窒化硼素微粒子が前記基材に浸入したアンカー部を有する、被覆体。
【請求項2】
基材上に中間層が形成され、その中間層上に第1被膜が形成された被覆体であって、
前記第1被膜は、立方晶窒化硼素微粒子からなり、
前記立方晶窒化硼素微粒子は、1nm以上100nm以下の平均粒子径を有し、
前記中間層と前記第1被膜との界面には、前記立方晶窒化硼素微粒子が前記中間層に浸入したアンカー部を有する、被覆体。
【請求項3】
基材上に第2被膜が形成された被覆体であって、
前記第2被膜は、10体積%以上100体積%未満の立方晶窒化硼素微粒子と、金属バインダまたはセラミックス微粒子のいずれか一方もしくは両方とを含み、
前記立方晶窒化硼素微粒子と前記セラミックス微粒子とは、それぞれ1nm以上100nm以下の平均粒子径を有し、
前記基材と前記第2被膜との界面には、前記立方晶窒化硼素微粒子および前記セラミックス微粒子が前記基材に浸入したアンカー部を有する、被覆体。
【請求項4】
基材上に中間層が形成され、その中間層上に第2被膜が形成された被覆体であって、
前記第2被膜は、10体積%以上100体積%未満の立方晶窒化硼素微粒子と、金属バインダまたはセラミックス微粒子のいずれか一方もしくは両方とを含み、
前記立方晶窒化硼素微粒子と前記セラミックス微粒子とは、それぞれ1nm以上100nm以下の平均粒子径を有し、
前記中間層と前記第2被膜との界面には、前記立方晶窒化硼素微粒子および前記セラミックス微粒子が前記中間層に浸入したアンカー部を有する、被覆体。
【請求項5】
前記第1被膜は、立方晶窒化硼素粉末を原料とし、該原料を高速気流中で基板に衝突させることにより形成される、請求項1または2に記載の被覆体。
【請求項6】
前記立方晶窒化硼素粉末は、1nm以上1μm以下の平均粒子径を有する、請求項5に記載の被覆体。
【請求項7】
前記第1被膜は、エアロゾルデポジション法で形成される、請求項1、2、5または6に記載の被覆体。
【請求項8】
前記第2被膜は、立方晶窒化硼素粉末と、金属粉末またはセラミックス粉末のいずれか一方もしくは両方とを原料とし、該原料を高速気流中で基板に衝突させることにより形成される、請求項3または4に記載の被覆体。
【請求項9】
前記立方晶窒化硼素粉末、前記金属粉末、および前記セラミックス粉末は、それぞれ1nm以上1μm以下の平均粒子径を有する、請求項8に記載の被覆体。
【請求項10】
前記第2被膜は、エアロゾルデポジション法で形成される、請求項3、4、8または9に記載の被覆体。
【請求項11】
前記第2被膜は、50体積%以上92体積%以下の立方晶窒化硼素微粒子を含有する、請求項3、4、8、9または10に記載の被覆体。
【請求項12】
前記セラミックス微粒子は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、Si、Mg、Ca、Y、CoおよびBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物の微粒子である、請求項3、4、8、9、10または11に記載の被覆体。
【請求項13】
前記セラミックス微粒子は、Al23、TiO2、SiO2、AlSiNO、SiC、TaC、B4C、BN、SiN、Y23、ZrO2、およびMgOからなる群より選択された1種以上を含む微粒子である、請求項3、4、8、9、10、11または12に記載の被覆体。
【請求項14】
前記金属バインダは、Co、Ni、Fe、Mn、Crからなる群より選択される1種以上の金属からなる、請求項3、4、8、9、10、11、12または13に記載の被覆体。
【請求項15】
前記アンカー部は、1nm以上500nm以下の厚みである、請求項1〜14のいずれかに記載の被覆体。
【請求項16】
前記第1被膜または前記第2被膜は、1μm以上100μm以下の厚みを有する、請求項1〜15のいずれかに記載の被覆体。
【請求項17】
前記被覆体は、切削工具である、請求項1〜4のいずれかに記載の被覆体。
【請求項18】
前記被覆体は、摩擦攪拌接合用工具である、請求項1〜4のいずれかに記載の被覆体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−87341(P2012−87341A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−233479(P2010−233479)
【出願日】平成22年10月18日(2010.10.18)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】