説明

誘電率の測定方法

【課題】簡便且つ精度良く絶縁性材料の誘電率を測定する方法を提供すること。
【解決手段】本発明に係る誘電率の測定方法は、極性基の含有率と誘電率とが既知である標準材料を用いて作成された、極性基の含有率と誘電率との関係を示す検量線を準備する工程と、絶縁性材料の近赤外吸収スペクトルを用いて絶縁性材料における極性基の含有率を求める工程と、得られた絶縁性材料における極性基の含有率と検量線とを照合することにより絶縁性材料の誘電率を求める工程とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電率の測定方法に関し、特に極性基を有する絶縁性材料の誘電率の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
極性基を有する絶縁性材料(以下では単に「絶縁性材料」と記すことがある)の用途としては、種々の用途が知られている。たとえば絶縁電線を構成する絶縁皮膜の材料として絶縁性材料を用いる場合、絶縁電線に高電圧が印加されることがある。この高電圧の印加により、コロナ放電が絶縁皮膜の表面で発生しやすくなり、絶縁電線の短寿命化を招くことがある。この不具合の発生を防止するためにはコロナ放電の開始電圧を高くすれば良く、そのためには低誘電率な絶縁性材料を用いて絶縁皮膜を作製することが好ましい。このように絶縁性材料には低誘電率化が要求されており、新たに開発された絶縁性材料の誘電率を比較的簡便に測定する方法の提案が求められている。
【0003】
なお、特許文献1には、ポリエーテルエステルの末端基分析法が記載されており、具体的には、性質の異なる2種類以上のヒドロキシル末端をフッ素誘導体化し、19F−NMRによりそれぞれのヒドロキシル末端の定性と定量を行うことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−142388号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは、絶縁性材料における極性基の含有率が低下すれば当該絶縁性材料の誘電率が低下することを見出した。この知見に基づいて、本発明者らは、特許文献1に記載の分析法を用いて絶縁性材料における極性基の含有率を求めれば絶縁性材料の誘電率を求めることができると考えた。
【0006】
しかし、特許文献1に記載の分析法では、絶縁性材料に含まれるヒドロキシル基の誘導体化が必須である。また、特許文献1に記載の分析法では、ヒドロキシル末端(末端のヒドロキシル基)の定量は可能であるが、末端以外のヒドロキシル基の定量は難しい。そのため、絶縁性材料における極性基の含有率を精度良く求めることが難しく、よって、絶縁性材料の誘電率の測定精度の低下を招くことがある。さらに、特許文献1に記載の分析法では、誘電体化率が低下すると、ヒドロキシル末端の定量精度の低下を招き、よって、絶縁性材料の誘電率の測定精度の低下を招くおそれがある。
【0007】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、簡便且つ精度良く絶縁性材料の誘電率を測定する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る誘電率の測定方法は、極性基の含有率と誘電率とが既知である標準材料を用いて作成された、極性基の含有率と誘電率との関係を示す検量線を準備する工程と、絶縁性材料の近赤外吸収スペクトルを用いて絶縁性材料における極性基の含有率を求める工程と、得られた絶縁性材料における極性基の含有率と検量線とを照合することにより絶縁性材料の誘電率を求める工程とを備えている。
【0009】
本発明に係る誘電率の測定方法は、絶縁性材料が基体の上面上において絶縁膜を形成した状態で絶縁性材料の近赤外吸収スペクトルを測定する工程をさらに備えていることが好ましい。
【0010】
絶縁性材料における極性基の含有率を求める工程では、近赤外吸収スペクトルに現れたピークのうち、絶縁性材料に含まれる炭化水素基に由来するピーク(以下では「炭化水素基のピーク」と記すことがある)のピーク強度に対する極性基に由来するピーク(以下では「極性基のピーク」と記すことがある)のピーク強度の比率を用いて極性基の含有率を求めることが好ましい。ここで、炭化水素基のピークは、極性基を構成する酸素原子または窒素原子と水素原子との赤外領域における基準振動の倍音、または結合音に帰属される近赤外領域での吸収ピークに由来する。また、極性基のピークは、炭化水素基を構成する炭素原子と水素原子との赤外領域における基準振動の倍音に帰属される近赤外領域での吸収ピークに由来する。
【0011】
極性基は、ヒドロキシル基に由来するOH、カルボキシル基に由来するCOOH、アミド基に由来するNH、およびアミノ基に由来するNH2の少なくとも一つであれば良く、絶縁性材料は、ポリイミド系樹脂材料、およびポリエステル系樹脂材料の少なくとも1つであれば良い。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る誘電率の測定方法では、簡便且つ精度良く絶縁性材料の誘電率を測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実験例1〜4におけるポリエステルイミド樹脂材料の近赤外吸収スペクトルを示すグラフである。
【図2】実験例1〜7におけるポリエステルイミド樹脂材料の誘電率の測定装置の模式平面図である。
【図3】実験例1〜7におけるポリエステルイミド樹脂材料の近赤外吸収スペクトルのピーク面積比とポリエステルイミド樹脂材料の誘電率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下では、本発明に係る誘電率の測定方法を示す。なお、本発明は、以下に示す事項に限定されない。
【0015】
<絶縁性材料の誘電率の測定方法>
本発明に係る誘電率の測定方法は、検量線を準備する工程と、絶縁性材料における極性基の含有率を求める工程と、絶縁性材料の誘電率を求める工程とを備えている。また、本発明に係る誘電率の測定方法は、絶縁性材料の近赤外吸収スペクトルを測定する工程をさらに備えていても良い。
【0016】
なお、本発明における絶縁性材料は、後述の<絶縁性材料>などで示すが、極性基を含み、炭化水素基をさらに含んでいることが好ましい。極性基は、酸素原子および窒素原子の少なくとも一方の原子と水素原子とを含んでいれば良く、たとえばヒドロキシル基に由来するOH、カルボキシル基に由来するCOOH、アミド基に由来するNHまたはアミノ基に由来するNH2である。
【0017】
また、本発明において、絶縁性材料における極性基の含有率は、絶縁性材料におけるフリーな極性基の含有率を意味する。絶縁性材料における極性基の含有率の単位は、測定方法に因るため一概に言えないが、絶縁性材料単位モル当たりの極性基のモル数である。
【0018】
<検量線の準備>
検量線は、極性基の含有率と誘電率とが既知である標準材料を用いて作成されたものである。検量線の作成方法は、特に限定されず、たとえば、横軸を標準材料における極性基の含有率とし縦軸を標準材料の誘電率としてデータをプロットし、プロットされたデータを任意の関数(一次関数など)にカーブフィットさせるという方法であれば良い。
【0019】
標準材料における極性基の含有率の求め方は、特に限定されず、たとえば、後述の<絶縁性材料における極性基の含有率の導出>に記載の方法であれば良い。
【0020】
標準材料の誘電率の求め方は、特に限定されず、たとえば、標準材料を極板で挟んで極板間の静電容量を測定し、得られた静電容量の値と極板間距離とから標準材料の誘電率を算出するという方法であれば良い。
【0021】
標準材料は、特に限定されないが、本発明における絶縁性材料と略同一の構造を有する材料であることが好ましい。これにより、標準材料は、本発明における絶縁性材料と略同程度の誘電率を有すると予想されるので、本発明に係る誘電率の測定方法の精度向上を図ることができる。
【0022】
標準材料の個数は、特に限定されない。標準材料の個数が多いと、検量線の精度が高くなり、よって、本発明に係る誘電率の測定方法の精度が向上する。しかし、標準材料の個数が多すぎると、検量線の作成に時間を費やす。これらを考慮して標準材料の個数を決めれば良い。
【0023】
<絶縁性材料の近赤外吸収スペクトルの測定>
近赤外吸収スペクトルの測定方法は、特に限定されず、透過法であっても良いし、反射法であっても良い。透過法としては、顕微透過法などを挙げることができる。また、反射法としては、ATR(attenuated total reflection)法などを挙げることができる。ここで、近赤外光とは、波数が12500cm-1〜4000cm-1である光を意味する。
【0024】
近赤外吸収スペクトルを測定するときの絶縁性材料の状態は特に限定されない。粉体状態で絶縁性材料の近赤外吸収スペクトルを測定しても良いし、絶縁性材料の使用状態(たとえば、絶縁性材料が基体の上面上において絶縁膜を形成した状態)で当該絶縁性材料の近赤外吸収スペクトルを測定しても良い。どちらの場合であっても、サンプル面に傾斜を付けることが好ましい。これにより、スペクトル干渉の発生が防止されるので、良好な吸収スペクトルが得られる。
【0025】
ここで、炭化水素基に由来するピークは、近赤外領域に存在するピークであり、炭化水素基を構成する炭素原子と水素原子との赤外領域における基準振動の倍音に帰属されるピークである。なお、赤外領域とは、測定波数領域が4000cm-1〜400cm-1である中赤外領域を意味する。また、基準振動とは、伸縮振動および変角振動などを挙げることができるが、ピーク強度を求めることを考慮すればピーク強度に優れた伸縮振動であることが好ましい。
【0026】
また、極性基に由来するピークは、近赤外領域に存在するピークであり、極性基を構成する酸素原子または窒素原子と水素原子との赤外領域における基準振動の倍音、または結合音に帰属されるピークである。なお、赤外領域とは、上述の中赤外領域を意味する。また、基準振動は、上述の理由から、伸縮振動であることが好ましい。
【0027】
<絶縁性材料における極性基の含有率の導出>
得られた近赤外吸収スペクトルから、炭化水素基のピークのピーク強度および極性基のピークのピーク強度を求め、炭化水素基のピークのピーク強度に対する極性基のピークのピーク強度の割合(以下では「ピーク強度比」と記すことがある)を算出する。
【0028】
ピーク面積値の求め方は、特に限定されず、ピークの高さを直接算出するという方法であっても良いし、(ピークの半値幅)×(ピークのピーク強度値)÷2にしたがって算出するという方法であっても良いし、積分法により面積を算出するという方法であっても良い。また、ベースラインの変動の影響を除去するため、微分スペクトルのピーク強度値から算出するという方法であっても良い。なお、ピーク強度値は、ベースライン補正後のピーク強度値であることが好ましい。
【0029】
算出されたピーク強度比から、絶縁性材料における極性基の含有率を求める。たとえば、極性基量が既知の材料から作成される検量線を用いて絶縁性材料における極性基の含有率を算出しても良いし、材料の配合量から算出された極性基のモル量を用いて絶縁性材料における極性基の相対的な含有率を算出しても良い。これにより、絶縁性材料における極性基の含有率を求めることができる。
【0030】
また、算出されたピーク強度比を絶縁性材料における極性基の含有率と見なしても良い。なぜならば、ランベルト・ベールの法則にあるように極性基に由来する吸収ピークのピーク強度値は極性基の濃度に比例するからである。
【0031】
<絶縁性材料の誘電率の導出>
得られた絶縁性材料における極性基の含有率と検量線とを照合する。これにより、絶縁性材料の誘電率を求めることができる。カーブフィッティング法を用いて検量線を作成したときには、カーブフィッティングにより得られた式に絶縁性材料における極性基の含有率を代入すれば良い。
【0032】
以上説明したように、本発明に係る誘電率の測定方法では、絶縁性材料の近赤外吸収スペクトルを測定することにより、当該絶縁性材料の誘電率を求めることができる。よって、本発明に係る誘電率の測定方法では、被測定材料の誘導体化を必要とする特許文献1に記載の分析法とは異なり、絶縁性材料の誘導体化の手間を省くことができる。したがって、本発明では、特許文献1に記載の分析法を用いて絶縁性材料の誘電率を測定する場合よりも簡便に絶縁性材料の誘電率を求めることができる。
【0033】
また、本発明に係る誘電率の測定方法では、絶縁性材料に含まれる極性基を定量することができるので、末端の極性基の定量のみを可能とする特許文献1に記載の分析法に比べて絶縁性材料における極性基の含有率を精度良く求めることができる。したがって、本発明では、特許文献1に記載の分析法を用いて絶縁性材料の誘電率を測定する場合に比べて、絶縁性材料の誘電率の測定精度が向上する。
【0034】
さらに、特許文献1に記載の分析法では、被測定材料の誘電体化率が低下するとヒドロキシル基の末端の定量化の精度低下を招くが、本発明に係る誘電率の測定方法では、絶縁性材料の極性基の誘電体化が不要なため、このような不具合の招来を防止できる。この点からも、本発明では、特許文献1に記載の分析法を用いて絶縁性材料の誘電率を測定する場合に比べて、絶縁性材料の誘電率の測定精度が向上する。
【0035】
従来、誘電率の測定方法として、被測定材料を用いてコンデンサを作製し、作製されたコンデンサの静電容量を測定し、測定された静電容量の値から被測定材料の誘電率を算出するという方法が知られている。このように、誘電率の従来の測定方法では、被測定材料を用いてコンデンサを作製する必要がある。しかし、本発明に係る誘電率の測定方法では、絶縁性材料を用いてコンデンサを作製する手間を省くことができるので、誘電率の従来の測定方法よりも簡便に誘電率を求めることができる。
【0036】
また、近赤外分光技術では、絶縁性材料の使用状態で当該絶縁性材料の近赤外吸収スペクトルを測定可能である。よって、本発明に係る誘電率の測定方法は、絶縁性材料を含む製品(たとえば絶縁電線)の性能評価方法として使用可能である。
【0037】
さらに、近赤外分光技術では、酸またはアルカリなどを用いた前処理などが不要である。よって、本発明に係る誘電率の測定方法では、吸水により加水分解されるおそれのある絶縁性材料(たとえばポリエステル樹脂材料)の誘電率の測定も可能である。
【0038】
その上、近赤外分光技術は、モニタリングセンサーとして定評がある。よって、本発明に係る誘電率の測定方法は、オンラインでの性能評価ツールとして使用可能である。
【0039】
なお、原子間振動エネルギーを測定する手法としては、赤外吸収スペクトルの測定も知られている。赤外吸収スペクトルには、炭化水素基におけるCH伸縮振動の基本音に由来するピーク、および極性基における窒素原子または酸素原子と水素原子との伸縮振動の基本音に由来するピークなどが現れる。しかし、赤外領域では、両ピークが完全に分離されないことがある。そのため、両ピークのピーク面積値の割合を算出しても、絶縁性材料における極性基の含有率を精度良く求めることは難しく、よって、絶縁性材料の誘電率の測定精度の低下を招くことがある。一方、近赤外領域では、炭化水素基のピークと極性基のピークとが完全に分離されるので、赤外領域で発生しうる上記不具合の発生を防止できる。よって、絶縁性材料の近赤外吸収スペクトルを用いて当該絶縁性材料の誘電率を求めることが好ましい。
【0040】
<絶縁性材料>
本発明における絶縁性材料は、極性基を含み、炭化水素基を含んでいることが好ましく、たとえばポリイミド系樹脂材料またはポリエステル系樹脂材料である。このような絶縁性材料は、たとえばワニスの材料として用いられる。絶縁性材料をワニスの材料として用いたときには、当該ワニスを絶縁電線を構成する絶縁皮膜の材料として用いることができる。
【0041】
ポリイミド系樹脂材料は、分子内にイミド結合を含む樹脂材料であり、たとえばカルボン酸類とジアミン化合物とを反応させた後に脱水およびイミド化を行なって得られた樹脂材料(ポリイミド樹脂材料)であれば良い。ここで、カルボン酸類は、特に限定されないが、たとえばテトラカルボン酸二無水物などのカルボン酸無水物(酸無水物と記すことがある)であることが好ましい。また、ジアミン化合物は、特に限定されないが、たとえば4,4’−ジアミノジフェニルエーテルであれば良い。
【0042】
ポリエステル系樹脂材料は、分子内にエステル結合を含む樹脂材料であり、たとえばカルボン酸類とアルコール類とを反応させることにより得られる樹脂材料であれば良い。ここで、カルボン酸類は、特に限定されず、たとえばテレフタル酸またはイソフタル酸であれば良い。また、アルコール類は、特に限定されず、エチレングリコール(EG、EGはethylene glycolの略語)またはTHEIC(THEICはtris-(2-Hydroxyethyl) isocyanurateの略語)であれば良い。
【0043】
本発明におけるポリエステル系樹脂材料には、ポリエステルイミド樹脂材料が含まれる。ポリエステルイミド樹脂材料は、分子内にエステル結合とイミド結合とを有する樹脂材料であり、酸無水物とアミンとで形成されるイミド、アルコールとカルボン酸とで形成されるポリエステル、そしてイミドの遊離酸基または無水基がエステル形成反応に加わることで形成される。
【0044】
ここで、酸無水物は、特に限定されず、2個のカルボキシル基から1分子の水が失われて2つのアシル基が1個の酸素原子を共有する化合物であっても良いし、フリーのカルボキシル基を1つ以上含む化合物であっても良く、たとえばトリメリット酸無水物(TMA、TMAはtrimellitic anhydrideの略語)であれば良い。アミンは、特に限定されないが、4,4’−メチレンジフェニルジアミン(MDA、MDAは4,4'-methylene dianilinの略語)または2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニルプロパン(BAPP、BAPPは2,2-bis[4-(4-aminophenoxy)phenyl] propane)などのジアミン化合物であることが好ましい。アルコールは、特に限定されないが、たとえばEGまたはTHEICであれば良い。カルボン酸は、特に限定されず、テレフタル酸(TPA、TPAはterephthalic acidの略語)またはナフタレンジカルボン酸(NDCA、NDCAはnaphthalenedicarboxylic acidの略語)などの芳香族ジカルボン酸であっても良いし、テレフタル酸のアルキルエステルであっても良い。
【実施例】
【0045】
以下では、絶縁性材料としてポリエステルイミド樹脂材料を例に挙げ、ピーク面積比とポリエステルイミド樹脂材料の誘電率との関係を調べた。なお、本発明は、以下に示す実施例に限定されない。
【0046】
<実験例1〜7>
<ポリエステルイミド樹脂材料の合成>
表1に示す配合に基づいてTMA、TPA、NDCA、MDA、BAPP、EGおよびTHEICを混合し、表1に示す配合に基づいてTPT原液を混合して、80℃まで昇温させた。その後、1時間かけて80℃から180℃まで昇温させ、4時間かけて180℃から235℃まで昇温させ、235℃で3時間保持した。
【0047】
算出された留出水の質量と実測された留出水の質量との一致、および算出された樹脂材料の質量と実測された樹脂材料の質量との一致を確認して、エステル化およびイミド化の反応の完了を確認した。これにより、実験例1〜7におけるポリエステルイミド樹脂材料を得た。
【0048】
<ポリエステルイミド樹脂系ワニスの合成>
フェノールとクレゾールとの混合溶剤(ネオケミカル株式会社製、商品名SCX−1)とソルベントナフサ(丸善石油株式会社製、商品名スワゾール♯1000)との混合比率が(混合溶剤):(ソルベントナフサ)=80:20(体積比)となるように、混合溶剤とソルベントナフサとを混合して有機溶剤を調製した。実験例1〜7におけるポリエステルイミド樹脂材料の濃度が50質量%となるように、調製された有機溶剤に上記ポリエステルイミド樹脂材料を希釈させた。
【0049】
得られたポリエステルイミド樹脂溶液にTPT/m,p-Cresol溶液を表1で示す配合量添加してから、120℃で2時間混合させた。次に、そのほかの樹脂として、P100/SCX-1溶液を表1に示す配合量添加してから70℃で約1時間攪拌させた。これにより、実験例1〜7におけるポリエステルイミド樹脂系ワニスを得た。
【0050】
<絶縁電線の作製>
実験例1〜7におけるポリエステルイミド樹脂系ワニスを銅線(直径が1.0mm)の表面上に塗布して炉温450℃で焼き付けた。これにより、銅線の表面上にポリエステルイミド樹脂系ワニスからなる絶縁皮膜(厚みが35μmである)が形成されてなる絶縁電線を得た。
【0051】
<近赤外吸収スペクトルの測定>
得られた絶縁電線を食塩水中で電気分解させてから、乾燥させた。その後、その絶縁電線を構成する絶縁皮膜を60℃で12時間、真空乾燥させた。そして、絶縁皮膜をダイヤモンドアンビルセル(住友電工製Diamond EX'Press)で押しつぶして、近赤外吸収スペクトル測定用のサンプルを作製した。
【0052】
近赤外吸収分光光度計(Thermo Electron社製、品番Nicolet Magna8700)を用いて、上記得られたサンプルの近赤外吸収スペクトルを透過法で測定した。積算回数を300回とし、測定波数領域を8000cm-1〜2000cm-1とし、分解能を4.000cm-1とした。これにより、図1に示す近赤外吸収スペクトルが得られた。図1には、実験例1〜4におけるポリエステルイミド樹脂材料の近赤外吸収スペクトルを示す。
【0053】
<極性基の含有率の算出(ピーク強度比の算出)>
測定された近赤外吸収スペクトルに対して、炭化水素基のピークの裾での強度、具体的には6234cm-1および5406cm-1のそれぞれの強度をベースとするベースライン補正を行なった。その後、炭化水素基のピーク(ピーク波数が6009cm-1)のピーク強度値を算出し、極性基のピーク(ピーク波数が5239cm-1)のピーク強度値を算出して、そのピーク強度比を求めた。
【0054】
<ポリエステルイミド樹脂材料の誘電率の測定>
得られた絶縁電線を用いてポリエステルイミド樹脂材料の誘電率を測定した。具体的には、図2に示すように、絶縁電線の一端側において銅線11を絶縁皮膜12から露出させた。次に、絶縁電線の表面の3箇所に銀ペーストを塗布した。3つの銀ペースト塗布部分のうち、両端に位置する銀ペースト塗布部分13Aの塗布幅はそれぞれ10mmであり、中央に位置する銀ペースト塗布部分13Bの塗布幅は100mmであった。そして、LCRメータで銅線11と中央に位置する銀ペースト塗布部分13Bとの間の静電容量を測定し、測定された静電容量の値と絶縁皮膜12の厚みからポリエステルイミド樹脂材料の誘電率を算出した。
【0055】
結果を表1および図3に示す。図3は、実験例1〜7におけるポリエステルイミド樹脂材料のピーク強度比とその誘電率との関係を示すグラフである。
【0056】
【表1】

【0057】
表1における注釈は以下の通りである
(注1) TPT/m,p-Cresol溶液:TPTを、m−クレゾール溶液とp−クレゾール溶液との混合溶液に溶解させた溶液(TPTの濃度は63質量%である)であった
(注2) P100/SCX-1溶液:フェノール変性キシレンホルムアルデヒド樹脂P100を、固形分で、フェノールとクレゾールとの混合溶剤(ネオケミカル株式会社製、商品名SCX−1)に溶解させた溶液(P100の濃度は50質量%である)であった
(注3) ヒドロキシル基(モル%):材料配合におけるヒドロキシル基量についてベンゼン環量を基準として算出した
(注4) ピーク強度比:上記<極性基の含有率の算出>にしたがって算出された
(注5) 誘電率(F/m):上記<ポリエステルイミド樹脂材料の誘電率の測定>にしたがって測定された。
【0058】
図3に示すように、ピーク強度比が減少すると、ポリエステルイミド樹脂材料の誘電率が低くなった。このことから、ピーク強度比とポリエステルイミド樹脂材料の誘電率との間には、つまりポリエステルイミド樹脂材料における極性基の含有率とピーク強度比との間には、相関関係があることが分かった。よって、図3に示すデータを任意の関数にカーブフィットさせるなどして検量線を作成すれば、ポリエステルイミド樹脂材料の誘電率を求めることができると考えられる。詳細には、誘電率を求めたいポリエステルイミド樹脂材料の近赤外吸収スペクトルを測定してそのピーク強度比を算出し、算出されたピーク強度比を上記検量線に照合すれば、その誘電率を求めることができる。
【0059】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
極性基を含む絶縁性材料の誘電率を測定する方法であって、
極性基の含有率と誘電率とが既知である標準材料を用いて作成された、前記極性基の含有率と前記誘電率との関係を示す検量線を準備する工程と、
前記絶縁性材料の近赤外吸収スペクトルを用いて、前記絶縁性材料における前記極性基の含有率を求める工程と、
得られた絶縁性材料における極性基の含有率と前記検量線とを照合することにより、前記絶縁性材料の誘電率を求める工程と
を備えている誘電率の測定方法。
【請求項2】
前記絶縁性材料が基体の上面上において絶縁膜を形成した状態で前記絶縁性材料の近赤外吸収スペクトルを測定する工程をさらに備えている請求項1に記載の誘電率の測定方法。
【請求項3】
前記絶縁性材料における前記極性基の含有率を求める工程では、前記近赤外吸収スペクトルに現れたピークのうち、前記絶縁性材料に含まれる炭化水素基に由来するピークのピーク強度に対する前記極性基に由来するピークのピーク強度の比率を用いて、前記極性基の含有率を求め、
前記極性基に由来するピークは、前記極性基を構成する酸素原子または窒素原子と水素原子との赤外領域における基準振動の倍音、または結合音に帰属される近赤外領域での吸収ピークであり、
前記炭化水素基に由来するピークは、前記炭化水素基を構成する炭素原子と水素原子との赤外領域における基準振動の倍音に帰属される近赤外領域での吸収ピークである請求項1または2に記載の誘電率の測定方法。
【請求項4】
前記極性基は、ヒドロキシル基に由来するOH、カルボキシル基に由来するCOOH、アミド基に由来するNH、およびアミノ基に由来するNH2の少なくとも一つである請求項1〜3のいずれかに記載の誘電率の測定方法。
【請求項5】
前記絶縁性材料は、ポリイミド系樹脂材料、およびポリエステル系樹脂材料の少なくとも1つである請求項1〜4のいずれかに記載の誘電率の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−36916(P2013−36916A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174699(P2011−174699)
【出願日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】