説明

質量分析装置

【課題】取得したマススペクトルに基づいて自動的に適切なピークを選択してプリカーサイオンとしてMS2分析を実行する場合に、信号強度が低いイオンのMS2分析の順番が来るまでに該当成分の溶出が終了してしまい十分なMS2スペクトルが得られない場合がある。
【解決手段】マススペクトルのピーク選別条件として、信号強度の下限値LLとともに上限値ULを指定可能とする。データ処理部は、LCMS分析中に得られたマススペクトルに現れるピークのピーク強度が上限値ULと下限値LLとで決まる強度範囲Athに入っているか否かを判定し、入らないピークは除外し、残ったピークについて例えば強度順にプリカーサイオンに設定してMS2分析を実行する。上限値ULを適切に設定することで、MS2分析が不要な高強度成分を避けて低濃度の成分のMS2分析を優先的に行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の質量を持つイオンをプリカーサイオンとして開裂させ、それにより生成したプロダクトイオンを質量分析するMSn型の質量分析装置に関し、さらに詳しくは、MSn-1分析で得られたMSn-1スペクトルに基づいて自動的にプリカーサイオンを選択してMSn分析を実行する機能を有するMSn型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
MSn型質量分析装置では、MS1分析により得られたマススペクトルに現れているピークの中で予めユーザが入力設定した条件に適合するピークを選別し、そのピークに対応したイオンを自動的にプリカーサイオンとして選択してMS2分析を行う機能を持つものが知られている。例えば非特許文献1に記載の液体クロマトグラフ質量分析装置(島津製作所製LCMS-IT-TOF)は、イオンを一時的に保持して質量に応じて選別した上で開裂を起こさせるためのイオントラップ(IT)と、そのイオントラップから吐き出されたイオンを高い質量分解能及び精度で質量分析するための飛行時間型質量分析計(TOF−MS)と、を有しており、LCMS分析中にMS1分析で得られたマススペクトルに対し所定の条件に適合したピークを自動的に選別してそのピークに対応したイオンをプリカーサイオンに設定してイオントラップで開裂させ、それによって生成された各種イオンをTOF−MSに導入して質量分析を行うという(MS2分析)オートMSn機能を備えている。
【0003】
一般にマススペクトルには、夾雑物由来のピークなどの不要で且つピーク強度の小さなノイズピークが多数出現するため、これらピークを誤って選択しないように、信号強度の下限値を設定しておき、ピーク強度が下限値未満であるようなピークを除去した上でプリカーサイオンの自動選択を行うような処理を行っている。また最も一般的なプリカーサイオン選択手法としては、上記のようにピーク強度が下限値以上であるものの中で、ピーク強度が高いものから順にプリカーサイオンとして設定するという方法が広く用いられている(非特許文献2参照)。
【0004】
しかしながら、上述のような手法でMS2分析を行う場合、次のような問題が生じる。即ち、液体クロマトグラフ質量分析装置では、液体クロマトグラフのカラムで時間的に分離された試料成分を含む液体試料を質量分析装置のイオン化部に導入して質量分析を行うため、1つの、つまり或る時点で得られたマススペクトルには溶出時間(カラムでの保持時間)が近い複数の成分に由来するピークが出現する。そのため、溶出時間の近い成分が多数存在する場合には、1つのマススペクトル上に異なる成分由来のピークが多数出現することになり、プリカーサイオンとして選択されるイオンの種類(つまり質量)も多くなる。こうした状況下で、上述のようにピーク強度の高い順にプリカーサイオンとして選択してMS2分析を行ってゆくと、ピーク強度が低いイオンがMS2分析されるまでに時間がかかることになる。
【0005】
特に、マススペクトルのS/N比を上げるために同一プリカーサイオンについてのMS2分析を多数回(例えば10回)繰り返し、それぞれ得られた質量プロファイルを積算処理することでMS2スペクトルを作成するような場合、1つのプリカーサイオン当たりの分析に要する時間は長い。そのため、ピーク強度が低いイオンがプリカーサイオンとしてMS2分析されるまでには余計に時間が掛かることになる。そうなると、ピーク強度が低いイオンをプリカーサイオンとしてMS2分析を実行しようとした時点で、既にカラムから該当成分の溶出が終了してしまっており、その成分についての十分な(つまり信頼性に足る)MS2スペクトルが得られないおそれがある。
【0006】
【非特許文献1】「液体クロマトグラフ質量分析計LCMS-IT-TOF」、[online]、株式会社島津製作所、[平成19年5月17日検索]、インターネット<URL: http://www.an.shimadzu.co.jp/products/lcms/it-tof.htm>
【非特許文献2】飯田ほか3名、「LCMS-IT-TOFのプロテオーム解析への応用」、島津評論、第63巻、第1・2号、pp.19-28、島津評論編集部、2006年9月29日発行
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであって、その目的とするところは、マススペクトル上においてピーク強度の低いイオンについても確実に、即ち、前段に配置された液体クロマトグラフのカラムから該当成分が未だ溶出している状態である間に上記低ピーク強度のイオンをプリカーサイオンとしたMSn分析を行うことができる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された第1発明は、MSn-1分析(nは2以上の整数)で得られるMSn-1スペクトルデータに基づいて1乃至複数のプリカーサイオンを決定し、該プリカーサイオンを開裂させてMSn分析を行う質量分析装置において、
a)MSn-1スペクトルについての信号強度の上限値及び下限値、又は上限と下限とを境界とする強度範囲をユーザが入力設定するための設定手段と、
b)取得されたMSn-1スペクトルに現れるピークの中で、そのピーク強度が前記上限値及び下限値で決まる又は直接入力設定される強度範囲に収まるようなピークを選別するピーク選別手段と、
c)前記ピーク選別手段により選別されたピークに対応した質量を持つイオンをプリカーサイオンとしてMSn分析を行うべく分析の制御を行う分析制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0009】
また上記課題を解決するために成された第2発明は、MSn-1分析(nは2以上の整数)で得られるMSn-1スペクトルデータに基づいて1乃至複数のプリカーサイオンを決定し、該プリカーサイオンを開裂させてMSn分析を行う質量分析装置において、
a)MSn-1スペクトルについての少なくとも信号強度の下限値をユーザが入力設定するための設定手段と、
b)取得されたMSn-1スペクトルに現れるピークの中で、そのピーク強度が前記下限値以上であるピークを選別するピーク選別手段と、
c)前記ピーク選別手段により選別されたピークに対応した質量を持つイオンを、そのピーク強度が小さいものから順にプリカーサイオンとしてMSn分析を行うべく分析の制御を行う分析制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0010】
なお、第1発明及び第2発明に係る質量分析装置は、導入される試料中の試料成分の種類が時間経過に伴って変化してしまう場合に特に有効であるから、例えば液体クロマトグラフやガスクロマトグラフ等のクロマトグラフのカラムで時間方向に分離された試料成分をイオン化部に順次導入してMS(MS1)分析やMS/MS(MS2)分析を行う質量分析装置に有用である。
【0011】
nが最小の2である場合、MSn-1分析は開裂を伴わないMS分析であり、MSn分析は1回だけ開裂操作を行うMS/MS分析である。
【0012】
この数値例で説明すると、第1発明に係る質量分析装置では、設定手段は例えばキーボードやマウスなどの操作手段を含み、ユーザにより入力された例えば信号強度の上限値及び下限値を受け付けてピーク選別手段に設定する。ピーク選別手段はマススペクトルデータを処理するデータ処理機能の一部であり、目的試料に対する実測により取得されたMSスペクトルに現れているピークの中で、そのピーク強度が上記上限値及び下限値で決まる強度範囲に入るようなピークを選別する。従って、ピーク強度が下限値を下回るような低強度ピークだけでなく、ピーク強度が上限値を上回るような高強度ピークも除外される。
【0013】
分析制御手段は、ピーク選別手段により選別された1乃至複数のピークに対応した質量を持つイオンをプリカーサイオンとして順番に選択してMS/MS分析を行うように、例えばイオンの質量選別やイオンの開裂操作を行うための手段を制御する。 具体的には、例えば、3次元四重極型イオントラップの各電極に印加する電圧を制御することにより、目的とする質量を持つイオンの選別を行った後に、該イオンを励振させてイオントラップ内に導入したガスに衝突させ、衝突誘起解離によってイオンを開裂させる。
【0014】
上記ピーク選別手段により選別されたピークが複数である場合、それらピークにそれぞれ対応したイオンをどのような順序でプリカーサイオンに設定してMS/MS分析を行うのかは任意に決めることができ、例えばピーク強度の大きい順又は小さい順、質量の小さい順又は大きい順などとすることができる。
【0015】
また、設定手段は、信号強度の上限値及び下限値の代わりに、そうした上限、下限を境界とする強度範囲を直接入力設定できるようにしてもよい。また、それらの値は信号強度(イオン強度)の絶対値で以て指定できるようにしてもよいが、例えば基準となるベースピークに対する相対値としてもよく、或いは、下限値に対する相対値で上限値を決めるようにする等、適宜に変形することができる。
【発明の効果】
【0016】
第1発明に係る質量分析装置によれば、MSn-1スペクトルのピークを選別する条件として、信号強度の下限だけでなく上限も設定できるようにしたので、その上限を適切に、例えば既知であってMSn分析が不要であるような高い強度のピークよりも低い値となるように設定することにより、ピーク強度が相対的に低いようなイオンについても高い優先度でMSn分析することが可能となる。これにより、例えば液体クロマトグラフ質量分析装置などにおいて、濃度が比較的低いような目的成分についても精度の高いMSnスペクトルを作成し、該成分の同定や構造解析などに供することができる。
【0017】
また、従来でも、既知である成分についてMS2分析を実行しないように除外リストに登録しておくことでピーク強度が高い成分のMS2分析を避けることは可能であったが、こうした成分が多数存在する場合には、それらを一々除外リストに登録することは大変に面倒な作業であった。また、除外リストに登録できる成分の数にも制限があった。これに対し、第1発明に係る質量分析装置によれば、上限値を適切に設定しておくことで、ピーク強度がその上限値を超えるような多数の成分を一斉に除外することができるので、操作が非常に簡素化され、作業ミスも軽減することができる。
【0018】
一方、第2発明に係る質量分析装置では、設定手段は、例えばユーザにより入力された信号強度の下限値を受け付けてピーク選別手段に設定する。ピーク選別手段は目的試料に対する実測により取得された例えばMSスペクトルに現れているピークの中で、そのピーク強度が下限値を下回るようなピークを除外する。そして、分析制御手段は、ピーク選別手段により選別されたピークに対応した質量を持つイオンについて、ピーク強度が小さいものから順番にプリカーサイオンとして選択してMS2分析を行うように例えばイオントラップなどの動作を制御する。
【0019】
第2発明に係る質量分析装置によれば、ピーク強度が低いイオンから優先的にMSn分析を実行することで、例えば液体クロマトグラフ質量分析装置などにおいて、濃度が比較的低いような目的成分についてもカラムから溶出している状態で確実にMSn分析を実行し、精度の高いMSnスペクトルを作成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明に係る質量分析装置の一実施例を図面を参照して説明する。図1は本実施例による質量分析装置を含む液体クロマトグラフ質量分析装置の概略全体構成図である。
【0021】
質量分析装置1の前段に配設された液体クロマトグラフ(LC)3では、移動相容器30に貯留された移動相が送液ポンプ31により略一定流量で吸引されてカラム33に送給される。所定のタイミングでインジェクタ32から移動相中に分析対象の試料が導入され、移動相に乗ってカラム33に送り込まれる。カラム33を通過する間に、試料に含まれる各種成分は時間方向に分離され、カラム33から順番に溶出する。この溶出した試料成分を含む試料液が質量分析装置1に導入される。
【0022】
試料液はエレクトロスプレイノズル10から略大気圧雰囲気であるイオン化室11内に噴霧され、それによって試料液中の成分分子はイオン化され、生成されたイオンは加熱パイプ12を通って低真空雰囲気である第1中間真空室13へと送り込まれる。イオン化室11内ではエレクトロスプレイイオン化のほかに、大気圧化学イオン化などの別の大気圧イオン化法を採用してもよく、それらを併用してもよい。いずれにしてもイオンは第1中間真空室13内に配置された第1イオンレンズ14により収束されつつ、中真空雰囲気である第2中間真空室15に送り込まれ、第2中間真空室15内に配置された第2イオンレンズ16により収束されつつ高真空雰囲気である分析室17に送り込まれる。
【0023】
分析室17において、イオンは一旦、イオントラップ18内に蓄積され、場合にはよっては質量分離(質量選別)及び開裂操作を受け、所定のタイミングで一斉にイオントラップ18から排出されて飛行時間型質量分離器19に導入される。なお、イオントラップ18におけるイオンの操作はIT電源部25から各電極(エンドキャップ電極、リング電極)に印加される電圧により制御される。
【0024】
飛行時間型質量分離器19は静電場によりイオンを反射させるリフレクトロン20を備えるリフレクトロン型であり、折返し飛行する間にイオンは質量(厳密には質量電荷比m/z)に応じて分離され、質量が小さなイオンほど早くイオン検出器21に到達する。イオン検出器21は例えばイオンを電子に変換するコンバージョンダイノードと2次電子増倍管との組み合わせから成り、到達したイオン量に応じた検出信号を出力する。この検出信号はA/D変換器22によりデジタル値に変換されてデータ処理部23へと入力され、データ処理部23においてマススペクトル、マスクロマトグラム、トータルイオンクロマトグラムの作成、それら結果に基づく定性分析や定量分析などが実行される。
【0025】
また、上記のような質量分析動作を実行するために各部を制御する制御部24には、キーボードやマウスなどの操作部26、LCDディスプレイなどの表示部27が接続されている。データ処理部23や制御部24の実体はパーソナルコンピュータであって、パーソナルコンピュータにインストールされた専用の制御・処理プログラムをコンピュータで実行することにより、データ処理部23や制御部24としての機能が発揮される。
【0026】
上記質量分析装置1では、イオントラップ18において単にイオンの蓄積及び出射を行うことで通常のMS分析を行うことができ、一方、イオントラップ18においてn−1回のイオンの質量選別及び衝突誘起解離(CID)によるイオンの開裂操作を行うことで、MSn分析を行うことができる。なお、衝突誘起解離を行うために図示しないガス供給手段からイオントラップ18内に例えばArガスなどの衝突ガスが供給されるようになっている。
【0027】
次に、上記液体クロマトグラフ質量分析装置において実施可能なオートMSn機能について、図2により簡単に説明する。
図2(a)はLCMS実行時に作成されるトータルイオンクロマトグラムの一部である。これは、質量に拘わらず全てのイオンの検出結果(強度値)を時間経過に伴ってプロットしたものであり、実際には、所定時間間隔でMS分析が実行され、そのMS分析毎に1つのマススペクトル(MS1スペクトル)が作成される(図2(b)参照)。
【0028】
オートMSn機能では、このMS1スペクトルに現れるピークのピーク強度が予め設定された条件に適合するか否かが判別され、適合するピークが存在した場合に、そのピークに対応するイオンがプリカーサイオンとして自動的に設定され、イオントラップ18でそのイオンを選択するように質量分離が実行され、さらに選択したそのイオンを衝突誘起解離させるように開裂操作が実行される。そして、開裂により生じた各種プロダクトイオンが飛行時間型質量分離器19に導入されて質量分離されてイオン検出器21により検出される。その検出結果に基づいてデータ処理部23ではMS2スペクトルが作成される(図2(c)参照)。この図の例では、選択されるプリカーサイオンが1つであるが、複数のピークが設定条件に適合している場合にはプリカーサイオンは複数となるから、順番にプリカーサイオンを設定した上でそれぞれMS2分析が実行されてMS2スペクトルが作成されることになる。
【0029】
なお、実際には、同一プリカーサイオンを設定したMS2分析を適宜の指定回数だけ繰り返し、それぞれ得られる質量プロファイルを積算処理することでS/N比の良好なMS2スペクトルを作成することが可能である。
【0030】
上述のように、オートMSn機能を用いれば、LC3での1回の試料注入に対して、目的成分が溶出する溶出時間の付近で得られるマススペクトルからその目的成分のピークを捉えて、該成分の構造や組成を反映したMS2マススペクトルを自動的に取得することが可能となる。
【0031】
本実施例の液体クロマトグラフ質量分析装置の特徴は、上述のようなオートMSn機能による分析を実行する際に、データ処理部23で行われる、マススペクトルに基づくピーク選別動作にある。続いて、この点について図3により説明する。オートMSn機能による分析を行う際には、ユーザ(分析担当者)は予め操作部26からピーク選択条件を入力しておく必要がある。ここでは、ピーク選択条件の1つとして、信号強度の上限値ULと下限値LL(但しUL>LL)とをペアで設定することができる。
【0032】
操作部26から信号強度の上限値UL及び下限値LLが設定されると、制御部24は、図3に示すように、マススペクトル上でピーク強度を選別するための強度範囲Athをピーク選別条件としてデータ処理部23に定める。データ処理部23はLCMS分析の実行時に、マススペクトルが作成されると、そのマススペクトル上に現れるピークのピーク強度が上記強度範囲Athに入るか否かを判定し、ピーク強度が強度範囲Athに入るようなピークを選別する。いま、図3に示したようなマススペクトルが或る時点で得られたものとすると、ピーク強度が強度範囲Athに収まるP2、P3、P4の3本のピークが選別される。
【0033】
従来のように信号強度の下限値のみが設定されていた場合には、ピーク強度が最大であるピークP1がP2、P3、P4とともに選択されるが、本実施例ではピークP1のピーク強度は上限値ULを超えているため除外されてしまう。なお、P1〜P4以外のピークは下限値LLを下回っているために除外される。その結果、P2、P3、P4の3本のピークが選別されて、これらピークに対応する質量を持つイオンがそれぞれプリカーサイオンとしてMS2分析に供されることになる。
【0034】
例えば、或る程度以上の強度が得られる成分は種類が既知であって定性の必要もないような場合、その強度に応じて上限値ULを決めることにより、上記不要な成分がMS2分析されてしまうことを回避することができる。そのため、例えばいま、ピーク強度の高いものから順にプリカーサイオンを設定してMS2分析を実行する場合を考えると、従来であればピークP4のMS2分析はP1→P2→P3→P4と4番目に実行されていたのに対し、本実施例では3番目に実行されることになり待ち時間が短くなる。上述のようにLCのカラムから順次溶出してくる成分を分析している状況では、MS2分析の待ち時間が長くなると、分析しようとしていた成分の溶出が終わってしまっているおそれがあるが、待ち時間が短くなることで確実にその成分が溶出しているときに、つまり質量分析装置1に導入されているときにMS2分析を実行することができる。それによって、低濃度の成分でも良好なMS2スペクトルを得ることが可能となる。
【0035】
次に、本実施例におけるピーク選別処理の他の形態について説明する。上記説明では、信号強度の上限値ULと下限値LLとのペアを1組ピーク選別条件として設定するようにしていたが、本実施例の構成では、上限値ULと下限値LLとのペアを、複数組同時に設定することも可能である。図4は上限値ULと下限値LLとのペアを3組、つまり、上限値UL:10000/下限値LL:1000、上限値UL:1000/下限値LL:100、上限値UL:100/下限値LL:10、設定した例である。これら3組の上限値UL/下限値LLにより、互いに異なる強度範囲Ath-A、Ath-B、Ath-Cが設定される。
【0036】
いま、例えば9成分が含まれる試料の一斉分析により、9成分が同じ時間に溶出し、このMS分析結果として図4に示すようなマススペクトルが作成されたものとする。例えば強度範囲Ath-Aの条件下でピーク強度の高い順にプリカーサイオンとして選択してMS2分析を実行した場合には、ピークP1→P2→P3の順に各ピークに対応するイオンのMS2分析が行われる。また強度範囲Ath-Bの条件下でピーク強度の高い順にプリカーサイオンとして選択してMS2分析を実行した場合には、ピークP4→P5→P6の順に各ピークに対応するイオンのMS2分析が行われる。さらに強度範囲Ath-Cの条件下でピーク強度の高い順にプリカーサイオンとして選択してMS2分析を実行した場合には、ピークP7→P8→P9の順に各ピークに対応するイオンのMS2分析が行われる。
【0037】
このようにピーク数が多い場合、強度範囲Ath-Aに入る3つのイオンの良好なMS2スペクトルを作成した後に、強度範囲Ath-Bに入る3つのイオンの良好なMS2スペクトルを作成し、最後に強度範囲Ath-Cに入る3つのイオンの良好なMS2スペクトルを作成しようとすると、強度範囲Ath-Cに入るイオンのMS2分析を行うときに該当成分の溶出が終了している可能性がある。そこで、各MS2スペクトルのS/N比を良好にするためのMS2分析の繰り返しを連続的に行わず、強度範囲Ath-A→強度範囲Ath-B→強度範囲Ath-C、と順にMS2分析を実行し、これを繰り返すことでプロファイルの積算処理を行うようにするとよい。もちろん、強度範囲Ath-C→強度範囲Ath-B→強度範囲Ath-Aの順でMS2分析を実行するようにしてもよい。また、ピーク強度が強度範囲Ath-Bに入るイオンは除外し、ピーク強度が強度範囲Ath-Aと強度範囲Ath-Cに入るイオンのみのMS2分析を実行する等、ピーク選別条件の設定は任意に行うことができる。
【0038】
また、上記のように予め複数の強度範囲を設定しておき、溶出時間に応じて異なる強度範囲をピーク選別条件としてMS2分析を実行するような分析も可能である。例えば、従来は信号強度の下限値しか設定できなかったため、メジャー成分(ピーク強度が相対的に高い成分)とマイナー成分(ピーク強度が相対的に低い成分)とを両方ともにプリカーサイオンとして選択したい場合には、下限値を低めに設定しておく必要があった。ところが、そうすると、信号強度が高い成分の場合、強度が比較的低い時点でMS2分析が開始されてしまうため、該成分の信号強度がクロマトグラムのピークトップに達した時点では既にその成分についてのMS2分析は終了してしまっていることがある。本来、品質のよいMS2スペクトルを得るには、できる限り信号強度の高いプリカーサイオンを開裂させたほうが好ましいから、クロマトグラムのピークトップ付近でMS2分析を実行することが望ましい。
【0039】
そこで、本実施例の装置では、上述のように異なる強度範囲を予め設定できることを利用して、溶出時間(保持時間)に応じて適用する強度範囲を変えることができるようにしておくとよい。例えば、図5に示すようなクロマトグラムが得られることが予め分かっている或いは予想される場合、クロマトグラム上でピークp1が出現する付近の溶出時間範囲では相対的に小さな上限値UL及び下限値LLを設定しておき、クロマトグラム上でピークトップ高さが高いピークp2が出現する付近の溶出時間範囲では相対的に大きな上限値UL及び下限値LLを設定しておく。このようにすることにより、ピークp1、p2のそれぞれのピークトップ付近に達したときにマススペクトル上のピークのピーク強度が強度範囲にちょうど入るようにして、MS2分析を実行させるようにすることができる。その結果、より品質の高いMS2スペクトルを得ることができる。
【0040】
上記実施例の液体クロマトグラフ質量分析装置では、マススペクトルのピーク選別のための条件として信号強度の上限値及び下限値の両方を入力設定するようにしていたが、上限と下限とを境界とする強度範囲自体を入力設定するようにしてもよい。また、そうした入力設定に際しては、信号強度を絶対値として入力するようにしてもよいが、それ以外に、例えば基準となるベースピークに対する相対値で以て信号強度の上限値及び下限値を指定できるようにしてもよい。
【0041】
また、上述したようなメジャー成分とマイナー成分とが共存する場合に、マイナー成分を優先的にMS2分析することにより、溶出が終了する前にマイナー成分のMS2分析を実行するという目的を達成し得る。そこで、上記実施例とは別の手法として、信号強度の下限値を閾値としてピーク強度が該閾値未満であるピークをマススペクトルから除外した後に、残ったピークの中でピーク強度が低いものから順番にプリカーサイオンに設定してMS2分析を実行するようにしてもよい。例えば図3の例で説明すると、マススペクトルに現れているピークの中でピーク強度が下限値LL未満のピークを除外し、残ったP1、P2、P3、P4の4本のピークの中で、ピーク強度が低い順に、つまりP4→P3→P2→P1の順に各ピークに対応するイオンをプリカーサイオンとしてMS2分析を実行すればよい。
【0042】
なお、上記実施例はいずれも一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜修正や変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の一実施例による質量分析装置を含む液体クロマトグラフ質量分析装置の概略全体構成図。
【図2】オートMSn機能の説明図であり、(a)はLCMS実行時に作成されるトータルイオンクロマトグラム、(b)、(c)はMS1スペクトル、MS2スペクトルを示す図。
【図3】本実施例におけるマススペクトル上でのピーク選別処理の一例を示す図。
【図4】本実施例におけるピーク選別処理の他の形態についての説明図。
【図5】本実施例におけるピーク選別処理の他の形態についての説明図。
【符号の説明】
【0044】
1…質量分析装置
10…エレクトロスプレイノズル
11…イオン化室
12…加熱パイプ
13…第1中間真空室
14…第1イオンレンズ
15…第2中間真空室
16…第2イオンレンズ
17…分析室
18…イオントラップ
19…飛行時間型質量分離器
20…リフレクトロン
21…イオン検出器
22…A/D変換器
23…データ処理部
24…制御部
25…IT電源部
26…操作部
27…表示部
3…液体クロマトグラフ
30…移動相容器
31…送液ポンプ
32…インジェクタ
33…カラム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MSn-1分析(nは2以上の整数)で得られるMSn-1スペクトルデータに基づいて1乃至複数のプリカーサイオンを決定し、該プリカーサイオンを開裂させてMSn分析を行う質量分析装置において、
a)MSn-1スペクトルについての信号強度の上限値及び下限値、又は上限と下限とを境界とする強度範囲をユーザが入力設定するための設定手段と、
b)取得されたMSn-1スペクトルに現れるピークの中で、そのピーク強度が前記上限値及び下限値で決まる又は直接入力設定される強度範囲に収まるようなピークを選別するピーク選別手段と、
c)前記ピーク選別手段により選別されたピークに対応した質量を持つイオンをプリカーサイオンとしてMSn分析を行うべく分析の制御を行う分析制御手段と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
MSn-1分析(nは2以上の整数)で得られるMSn-1スペクトルデータに基づいて1乃至複数のプリカーサイオンを決定し、該プリカーサイオンを開裂させてMSn分析を行う質量分析装置において、
a)MSn-1スペクトルについての少なくとも信号強度の下限値をユーザが入力設定するための設定手段と、
b)取得されたMSn-1スペクトルに現れるピークの中で、そのピーク強度が前記下限値以上であるピークを選別するピーク選別手段と、
c)前記ピーク選別手段により選別されたピークに対応した質量を持つイオンを、そのピーク強度が小さいものから順にプリカーサイオンとしてMSn分析を行うべく分析の制御を行う分析制御手段と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
クロマトグラフのカラムで時間方向に分離された試料成分を順次イオン化部に導入して分析を行うことを特徴とする請求項1又は2に記載の質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−298427(P2008−298427A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−141274(P2007−141274)
【出願日】平成19年5月29日(2007.5.29)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】