説明

車両用トラクション制御装置

【課題】左右の駆動輪のスリップが交互に大きくなるスリップのハンチングを防止することが可能な車両用トラクション制御装置を提供する。
【解決手段】ディファレンシャル15を介して駆動力が伝達される左右の後輪12L、12Rを有する車両10に適用され、スキッドコントロールコンピュータ30が左右の後輪12L、12Rのうち加速スリップが大きい後輪に対して制動力を付加するトラクション制御装置において、スキッドコントロールコンピュータ30は、左右の後輪12L、12Rの両方がスリップしている場合、加速スリップが大きい後輪に対して付加する制動力を制限する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動輪のスリップを抑制する車両用トラクション制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
左右の駆動輪のうち、加速スリップが大きい車輪に対して制動力を付加し、車両のトラクション性能を確保するトラクション制御装置が知られている(特許文献1参照)。その他、本発明に関連する先行技術文献として特許文献2及び3が存在する。
【0003】
【特許文献1】特開2004−316639号公報
【特許文献2】特開平11−78837号公報
【特許文献3】特許第2903804号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
駆動源から差動機構であるディファレンシャルを介して駆動力が伝達される左右の駆動輪では、これら左右の駆動輪の両方が加速スリップしている場合、そのうちの一方の駆動輪にのみ制動力を付加するとディファレンシャルの機構上、他方の駆動輪に伝達される駆動力が増加するので、他方の駆動輪のスリップが急激に大きくなる。このように他方の駆動輪のスリップが大きくなると今度はこの他方の駆動輪に対して制動力が付加されるので、一方の駆動輪のスリップが急激に大きくなる。このように特許文献1の装置では、左右の駆動輪のスリップが交互に急激に大きくなる、いわゆるスリップのハンチングが発生するおそれがある。
【0005】
そこで、本発明は、左右の駆動輪のスリップが交互に大きくなるスリップのハンチングを防止することが可能な車両用トラクション制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の車両用トラクション制御装置は、差動機構を介して駆動力が伝達される左右の駆動輪を有する車両に適用され、前記左右の駆動輪のうち加速スリップが大きい駆動輪に対して制動力を付加する制御手段を備えたトラクション制御装置において、前記制御手段は、前記左右の駆動輪の両方がスリップしている場合、前記加速スリップが大きい駆動輪に対して付加する制動力を制限することにより、上述した課題を解決する(請求項1)。
【0007】
本発明の車両用トラクション制御装置によれば、左右の駆動輪の両方がスリップしていた場合、加速スリップの大きい駆動輪に対して付加する制動力を制限するので、制動力が付加されなかった方の駆動輪に伝達される駆動力の増加を抑えることができる。そのため、制動力が付加されなかった方の駆動輪のスリップが急激に大きくなることを防止してスリップのハンチングを防止することができる。また、このようにスリップのハンチングを防止することにより、異音の発生を抑制するとともに車両の挙動を安定化させることができる。
【0008】
本発明の車両用トラクション制御装置の一形態においては、前記車両が走行している路面の摩擦係数を取得する摩擦係数取得手段をさらに備え、前記制御手段は、前記摩擦係数取得手段により取得された摩擦係数が小さいほど前記左右の駆動輪の両方がスリップしている場合に前記加速スリップが大きい駆動輪に対して付加する制動力を小さくしてもよい(請求項2)。路面の摩擦係数が小さいほど少しの駆動力の増加でもスリップが大きくなり易くなるため、このように路面の摩擦係数が小さいほど制動力を小さくすることにより、制動力が付加されなかった方の駆動輪のスリップの急激な増大を適切に抑制することができる。そのため、スリップのハンチングを防止することができる。
【0009】
本発明の車両用トラクション制御装置の一形態において、前記制御手段は、前記車両が有する従動輪の回転速度に基づいて前記左右の駆動輪の両方がスリップしているか否か判定してもよい(請求項3)。このように従動輪の回転速度を基準とすることにより、左右の駆動輪の両方がスリップしているか否かの判定精度を高めることができる。
【0010】
本発明の車両用トラクション制御装置の一形態において、前記制御手段は、前記左右の駆動輪の回転速度の差と前記車両の横方向への加速度とに基づいて前記加速スリップが大きい駆動輪に対して付加する制動力を設定してもよい(請求項4)。この場合、左右の駆動輪の回転速度の差を小さくし、また車両の走行状態を考慮した制動力を設定できる。そのため、車両を安定な走行状態に維持しつつ駆動輪の加速スリップを小さくできる。
【発明の効果】
【0011】
以上に説明したように、本発明の車両用トラクション制御装置によれば、左右の駆動輪の両方がスリップしている場合、加速スリップが大きい方の駆動輪に付加する制動力を制限するので、スリップのハンチングを防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図1は、本発明の一形態に係るトラクション制御装置が組み込まれた車両10を示している。車両10は、左右の前輪11L、11R及び左右の後輪12L、12Rを備えた4輪自動車であり、走行用動力源としての内燃機関(以下、エンジンと称することがある。)13からトランスミッション14及び差動機構としてのディファレンシャル15を介して各後輪12L、12Rに動力が伝達される。このように動力が伝達されるため車両10においては、左右の後輪12L、12Rが駆動輪となり、左右の前輪11L、11Rが従動輪となる。なお、本発明では左右の前輪11L、11Rを転動輪と呼ぶこともある。なお、ディファレンシャル15は、一般に車両に設けられる周知のものでよいため、詳細な説明は省略する。
【0013】
各前輪11L、11R及び各後輪12L、12Rには、車輪とともに回転するブレーキディスク20と、ブレーキディスク20を挟み込んで各車輪に制動力を付加するブレーキキャリパ21とがそれぞれ設けられている。また、各前輪11L、11R及び各後輪12L、12Rには車輪速センサ31a〜31dがそれぞれ設けられている。図2に拡大して示したようにブレーキキャリパ21は、ブレーキディスク20に押し付けられるブレーキパッド22と、ブレーキパッド22を駆動するシリンダ23とを備えている。各シリンダ23は、ブレーキ配管24を介してブレーキアクチュエータ25にそれぞれ接続されている。ブレーキアクチュエータ25は、その内部に油圧ポンプ及び電磁バルブ等を有し、この油圧ポンプにてブレーキペダル16にて操作されるマスタシリンダ26内のブレーキオイルを各シリンダ23に送出することにより各車輪に制動力を付加する。ブレーキアクチュエータ25は、その内部に設けられている電磁バルブの開閉によって各シリンダ23内の油圧をそれぞれ調整でき、これにより各車輪11L、11R、12L、12Rに付加する制動力をそれぞれ別々に調節することができる。
【0014】
ブレーキアクチュエータ25の油圧ポンプ及び電磁バルブの各動作は、スキッドコントロールコンピュータ(以下、コンピュータと略称することがある。)30により制御されている。コンピュータ30は、マイクロプロセッサ及びその動作に必要なRAM、ROM等の周辺機器を含んだコンピュータユニットとして構成される。コンピュータ30は、車両10の挙動に応じて車両10の各車輪に対して制動力が付加されるようにブレーキアクチュエータ25の油圧ポンプ及び電磁バルブの各動作を制御する。コンピュータ30には、車両10の挙動を把握するために種々のセンサが接続されている。このようなセンサとして、例えば車両10の横方向への加速度、いわゆる横Gに対応した信号を出力するリニアGセンサ32、車両10のヨーレートに対応した信号を出力するヨーレートセンサ33、車両10の速度に対応した信号を出力する車速センサ34などがコンピュータ30に接続されている。また、各車輪速センサ31a〜31dもコンピュータ30にそれぞれ接続されている。また、車両10にはエンジン13の状態を制御するエンジンコントロールユニット(ECU)40が設けられており、コンピュータ30はECU40と互いの情報を共有可能なように接続されている。
【0015】
コンピュータ30は、駆動輪である後輪12L、12Rの車輪速と従動輪である前輪11L、11Rの車輪速との差が所定値以上の場合、後輪12L、12Rの少なくともいずれか一方がスリップしていると判断してそのスリップを抑えるべく後輪12L、12Rのうち加速スリップの大きい方の後輪に対して制動力を付加するトラクション制御を実行する。このトラクション制御は、ブレーキリミテッドスリップデフ制御(以下、ブレーキLSD制御と称することがある。)とも呼ばれる。駆動輪である後輪12L、12Rの両方がスリップしているときにこのブレーキLSD制御が行われるとディファレンシャル15の機構上、制動力が付加された一方の後輪への駆動力が制動力が付加されなかった他方の後輪に伝達されるため、他方の後輪のスリップが大きくなるおそれがある。この場合、次に他方の後輪のスリップを抑えようと他方の後輪に制動力を付加するので、最初に制動力が付加された一方の後輪のスリップが大きくなるおそれがある。そこで、コンピュータ30は、加速スリップが大きい方の後輪に付加する制動力を適切に調整してこのようなスリップのハンチングの発生を抑えるべく図3に示した制動力制御ルーチンを所定の周期で繰り返し実行している。図3の制御ルーチンを実行することにより、コンピュータ30が本発明の制御手段として機能する。
【0016】
図3の制御ルーチンにおいてコンピュータ30はまずステップS11で、ブレーキLSD制御を許可する。これにより後輪12L、12Rの少なくともいずれか一方がスリップした場合、そのスリップを抑えるべく加速スリップが大きい後輪に対して制動力が付加される。次のステップS12においてコンピュータ30は、左右の後輪12L、12Rのスリップ差ΔSを演算する。スリップ差ΔSは、各車輪速センサ31a〜31dの出力信号に基づいて演算する。図4は、左右の後輪12L、12Rが両方ともスリップし、かつ右の後輪12Rの方が左の後輪12Lよりもスリップ量が大きい場合の各車輪の車輪速を示している。なお、図4の線L1が右の後輪12Rの車輪速の時間変化を、線L2が左の後輪12Lの車輪速の時間変化を、線L3が前輪11L、11Rの車輪速の時間変化をそれぞれ示している。駆動輪である後輪12L、12Rが空転すると後輪12L、12Rと転動輪である前輪11L、11Rとの速度差が拡大するため、後輪12L、12Rがスリップしていると判断できる。また、左右の後輪12L、12Rで車輪速が異なる場合は、車輪速の大きい方がよりスリップしていると考えられる。そこで、図4に示したように左右の後輪12L、12Rの速度差をスリップ差ΔSとして演算する。
【0017】
続くステップS13においてコンピュータ30は、車両10に作用している横G及び車速に基づいて基本制御ゲインAを設定する。基本制御ゲインAは、スリップしている車輪に対して付加する制動力をスリップ差ΔSに基づいて算出するために設定する値であり、図5に一例を示したマップに基づいて設定される。図5に示したように基本制御ゲインAは、横Gが大きいほど、又は車速が高いほど小さく設定される。なお、図5に示した横G及び車速と基本制御ゲインAとの関係は、予め実験や数値計算などにより求め、コンピュータ30のROMにマップとして記憶させておく。
【0018】
次のステップS14においてコンピュータ30は、車両10が走行している路面の摩擦係数μを推定する。摩擦係数μは、例えば車両10の前後加速度及び横加速度に基づいて推定することができる。そのため、不図示の前後加速度センサの出力及びリニアGセンサ32の出力に基づいて推定すればよい。このように路面の摩擦係数μを推定することにより、コンピュータ30が本発明の摩擦係数取得手段として機能する。
【0019】
続くステップS15では、推定した路面の摩擦係数μに基づいて補正制御ゲインBを設定する。路面の摩擦係数μが小さいほど、駆動輪に伝達された駆動力の増加が小さくてもその駆動輪が空転し易くなる。そのため、加速スリップの大きい一方の後輪に付加する制動力が大きいと他方の後輪のスリップ量が急に増大し易くなる。そこで、路面の摩擦係数μが小さいほどスリップ量が大きい一方の後輪に付加する制動力を小さくする。補正制御ゲインBは、このようにスリップ量が大きい一方の後輪に付加する制動力を制限するべく設定されるものであり、例えば図6に示したマップに基づいて設定される。図6に示したように補正制御ゲインBには、路面の摩擦係数μが小さいほど小さい値が設定される。なお、補正制御ゲインBは、スリップしている後輪に付加する制動力を小さくするための値であるため、0以上かつ1未満の値が設定される。図6に示した関係は、例えば予め実験又は数値計算などにより求めてコンピュータ30のROMにマップとして記憶させておく。
【0020】
次のステップS16においてコンピュータ30は、左右の後輪12L、12Rの両方がスリップしているか否か判断する。この判断は、例えば図4に示したように左右の後輪12L、12Rの車輪速が前輪11L、11Rの車輪速に予め設定した許容値Rを加算して設定される閾値αよりそれぞれ大きくなった場合に左右の後輪12L、12Rの両方がスリップしていると判断する。図4では、各後輪12L、12Rの車輪速がそれぞれ閾値を以上に変化している期間Tにおいて左右の後輪12L、12Rの両方がスリップしていると判断される。
【0021】
左右の後輪12L、12Rの一方のみがスリップしている、又は両方ともスリップしていないと判断した場合はステップS17に進み、コンピュータ30はスリップ差ΔSに基本制御ゲインAを乗じて目標制動力を算出する。一方、左右の後輪12L、12Rの両方がスリップしていると判断した場合はステップS18に進み、コンピュータ30はスリップ差ΔSに基本制御ゲインA及び補正制御ゲインBを乗じて目標制動力を算出する。上述したように補正制御ゲインBは1未満の値が設定されるため、このように補正制御ゲインBを乗じることにより、目標制動力を小さくする、すなわち目標制動力を制限することができる。
【0022】
ステップS17又はS18にて目標制動力を算出した後はステップS19に進み、コンピュータ30は加速スリップの大きい方の後輪、図4の例では右の後輪12Rに対して目標制動力が付加されるようにブレーキアクチュエータ25の動作を制御する。その後、今回の制御ルーチンを終了する。
【0023】
このように本発明のトラクション制御装置によれば、駆動輪である左右の後輪12L、12Rの両方がスリップしている場合、スリップ量の大きい方の後輪に付加する制動力を制限して小さくするので、この一方の後輪が制動されたことに起因する他方の後輪の駆動力の増加を抑えることができる。そのため、他方の後輪のスリップ量の増大を抑えてスリップのハンチングを防止することができる。また、このようにスリップのハンチングを防止することにより、異音の発生を抑制するとともに車両の挙動を安定化させることができる。
【0024】
本発明は、上述した形態に限定されることなく、種々の形態にて実施することができる。例えば、本発明のトラクション制御装置が適用される車両の駆動輪は後輪でなくてもよい。前輪が駆動輪の車両に本発明を適用してもよい。上述した形態では、車両の前後加速度及び横加速度に基づいて路面の摩擦係数を推定したが、車両にセンサを設けて路面の摩擦係数を検出してもよい。各車輪に設けられるブレーキはディスクブレーキに限定されない。一般に車両に設けられ、各車輪の制動力をそれぞれ制御することが可能なブレーキが各車輪に設けられていればよい。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の一形態に係るトラクション制御装置が組み込まれた車両を示す図。
【図2】ブレーキキャリパの内部を拡大して示す図。
【図3】図1のスキッドコントロールコンピュータが実行する制動力制御ルーチンを示すフローチャート。
【図4】左右の後輪が両方ともスリップし、かつ右の後輪の方が左の後輪よりもスリップ量が大きい場合の各車輪の車輪速を示す図。
【図5】横G及び車速と基本制御ゲインとの関係の一例を示す図。
【図6】路面の摩擦係数と補正制御ゲインとの関係の一例を示す図。
【符号の説明】
【0026】
10 車両
11L、11R 前輪(従動輪)
12L、12R 後輪(駆動輪)
15 ディファレンシャル(差動機構)
30 スキッドコントロールコンピュータ(制御手段、摩擦係数取得手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
差動機構を介して駆動力が伝達される左右の駆動輪を有する車両に適用され、前記左右の駆動輪のうち加速スリップが大きい駆動輪に対して制動力を付加する制御手段を備えたトラクション制御装置において、
前記制御手段は、前記左右の駆動輪の両方がスリップしている場合、前記加速スリップが大きい駆動輪に対して付加する制動力を制限することを特徴とする車両用トラクション制御装置。
【請求項2】
前記車両が走行している路面の摩擦係数を取得する摩擦係数取得手段をさらに備え、
前記制御手段は、前記摩擦係数取得手段により取得された摩擦係数が小さいほど前記左右の駆動輪の両方がスリップしている場合に前記加速スリップが大きい駆動輪に対して付加する制動力を小さくすることを特徴とする請求項1に記載の車両用トラクション制御装置。
【請求項3】
前記制御手段は、前記車両が有する従動輪の回転速度に基づいて前記左右の駆動輪の両方がスリップしているか否か判定することを特徴とする請求項1又は2に記載の車両用トラクション制御装置。
【請求項4】
前記制御手段は、前記左右の駆動輪の回転速度の差と前記車両の横方向への加速度とに基づいて前記加速スリップが大きい駆動輪に対して付加する制動力を設定することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の車両用トラクション制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−189222(P2008−189222A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−27665(P2007−27665)
【出願日】平成19年2月7日(2007.2.7)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】