説明

車両用制動制御システム

【課題】走行路の路面摩擦係数μの変化に対する制動制御のロバスト性を向上できる車両用制動制御システムを提供すること。
【解決手段】この車両用制動制御システム1は、流体圧Pに応じた制動力を車輪11FRに付与するホイールシリンダ22FRと、車輪加速度DVWに基づいてホイールシリンダ22FRの流体圧Pを制御する制御装置4とを備えている。そして、制御装置4が、急制動の開始後かつABS制御の開始前に、所定の流体圧Pをホイールシリンダ22FRに付与して車輪加速度DVWの復帰レベルΔDVWを取得し、この車輪加速度DVWの挙動に基づいて流体圧Pの制御目標値を算出している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、車両用制動制御システムに関し、さらに詳しくは、走行路の路面摩擦係数μの変化に対する制動制御のロバスト性を向上できる車両用制動制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年の車両用制動制御システムでは、ABS制御が広く採用されている。一般に、車両の急制動時にて車体が減速すると、車輪への十分な荷重移動が行われる前に制動力が上昇して、車輪がロック傾向に向かう。すると、ABS制御が開始されて、制御装置がホイールシリンダの流体圧Pを減圧する。このとき、ABS制御の開始時期は、スリップ率Sと所定の設定値との関係で規定される。また、この設定値は、所定のμ−S特性にかかる路面摩擦係数μを基準として設定される。
【0003】
しかしながら、走行路の路面摩擦係数μが設定値よりも高い場合(例えば、ドライ路面など)には、流体圧Pの増圧勾配が不足し、制動力が不足して制動停止距離が長くなる。逆に、走行路の路面摩擦係数μが設定値よりも低い場合(例えば、ウェット路面など)には、ABS制御の早期作動となり、やはり制動力が不足して制動停止距離が長くなる。したがって、走行路の路面摩擦係数μの変化に対して制動制御のロバスト性を確保できないという課題がある。
【0004】
なお、このような課題に関する従来の車両用制動制御システムとして、特許文献1に記載される技術が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平09−315282号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、この発明は、走行路の路面摩擦係数μの変化に対する制動制御のロバスト性を向上できる車両用制動制御システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、この発明にかかる車両用制動制御システムは、流体圧に応じた制動力を車輪に付与するホイールシリンダと、車輪加速度に基づいて前記ホイールシリンダの流体圧を制御する制御装置とを備え、且つ、前記制御装置が、ホイールシリンダの流体圧を所定の流体圧に制御して車輪加速度の挙動を取得し、前記車輪加速度の挙動に基づいて流体圧の制御目標値を算出することを特徴とする。
【0008】
また、この発明にかかる車両用制動制御システムは、前記制御装置が、前記ホイールシリンダの流体圧を保持したときの車輪加速度の復帰レベルに基づいて前記流体圧の制御目標値を算出することが好ましい。
【0009】
この発明にかかる車両用制動制御システムは、前記ホイールシリンダの流体圧を前記制御目標値まで増圧させる増圧制御を第一増圧制御と呼ぶときに、前記制御装置が、前記第一増圧制御の完了後かつ前記アンチロックブレーキ制御の開始前に、前記第一増圧制御における増圧勾配よりも緩やかな増圧勾配にて前記ホイールシリンダの流体圧を増圧する第二増圧制御を行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
この発明にかかる車両用制動制御システムは、所定の流体圧をホイールシリンダに付与したときの車輪加速度の挙動を観察することにより、走行路の路面摩擦係数を推定できる。したがって、この車輪加速度の挙動に基づいて流体圧の制御目標値を算出し、この制御目標値に基づいてホイールシリンダの流体圧を制御することにより、路面摩擦係数を反映した制動制御を実現できる。このとき、路面摩擦係数を算出することなくホイールシリンダの流体圧を制御するので、制動制御のロバスト性を向上できる利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、この発明の実施の形態にかかる車両用制動制御システムを示す構成図である。
【図2】図2は、図1に記載した車両用制動制御システムの作用を示すフローチャートである。
【図3】図3は、図1に記載した車両用制動制御システムの作用を示すフローチャートである。
【図4】図4は、図1に記載した車両用制動制御システムの作用を示す説明図である。
【図5】図5は、図1に記載した車両用制動制御システムの作用を示す説明図である。
【図6】図6は、図1に記載した車両用制動制御システムの実施例を示すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、この発明につき図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。また、この実施の形態の構成要素には、発明の同一性を維持しつつ置換可能かつ置換自明なものが含まれる。また、この実施の形態に記載された複数の変形例は、当業者自明の範囲内にて任意に組み合わせが可能である。
【0013】
[車両用制動制御システム]
図1は、この発明の実施の形態にかかる車両用制動制御システムを示す構成図である。
【0014】
この車両用制動制御システム1は、車両の制動を制御(以下、車両制動制御という。)するシステムであり、特に、ABS(Antilock Brake System)制御を実現できる。この実施の形態では、一例として、車両10がFR(Front engine Rear drive)形式を採用する四輪車であり、車両10の左側後輪11RLおよび右側後輪11RRが車両10の駆動輪であり、左側前輪11FLおよび右側前輪11FRが車両10の操舵輪である場合について説明する。
【0015】
車両用制動制御システム1は、制動装置2と、センサユニット3と、制御装置4とを備える(図1参照)。
【0016】
制動装置2は、各車輪11FR〜11RLに対する制動力を制御する装置であり、油圧回路21と、ホイールシリンダ22FR〜22RLと、ブレーキペダル23と、マスタシリンダ24とを有する。油圧回路21は、リザーバ、オイルポンプ、油圧保持弁、油圧減圧弁などにより構成される(図示省略)。
【0017】
センサユニット3は、車両状態量や制動装置2の状態量に関する情報を検出するユニットである。このセンサユニット3は、ブレーキペダルの踏み込み量を検出するブレーキペダルセンサ31と、マスタシリンダ24の圧力を検出するマスタ圧センサ32と、各車輪11FR〜11RLの車輪速度VWをそれぞれ検出する車輪速度センサ33FR〜33RLとを有する。
【0018】
制御装置4は、例えば、ECU(Electrical Control Unit)であり、センサユニット3の出力値に基づいて制動装置2を駆動制御する。この制御装置4は、制動装置2の油圧回路21を駆動制御する油圧回路制御部41と、後述するABS制御を行うABS制御部42と、後述する増圧勾配制御を行う増圧勾配制御部43と、所定の情報(例えば、制御プラグラム、制御マップ、閾値および設定値など)を格納する記憶部44とを有する。
【0019】
この車両用制動制御システム1において、(1)通常運転時には、運転者によりブレーキペダル23が踏み込まれると、その踏み込み量がマスタシリンダ24を介して油圧回路21に伝達される。すると、油圧回路21がブレーキペダル23の踏み込み量に応じて各ホイールシリンダ22FR〜22RLの流体圧Pを調整する。これにより、各ホイールシリンダ22FR〜22RLが駆動されて、各車輪11FR〜11RLに制動力が付与される。
【0020】
また、(2)制動制御時には、センサユニット3が各種の車両状態量(例えば、車輪速度など)を検出しており、制御装置4がセンサユニット3の出力信号に基づいて各ホイールシリンダ22FR〜22RLの流体圧Pの制御目標値を算出し、油圧回路21を駆動して各ホイールシリンダ22FR〜22RLの流体圧Pを制御する。これにより、各車輪11FR〜11RLの制動力が制御されて、後述する増圧勾配制御、ABS制御などの各種の制動制御が実現される。
【0021】
[増圧勾配制御およびABS制御]
図2〜図5は、図1に記載した車両用制動制御システムの作用を示すフローチャート(図2および図3)ならびに説明図(図4および図5)である。これらの図において、図2は、制動制御の全体的なフローを示している。また、図3は、増圧制御の具体的なフローを示している。図4は、車輪加速度DVWの復帰レベルΔDVWと、ホイールシリンダの流体圧Pの増圧量ΔPとの関係を示している。また、図5は、スリップ率Sと路面摩擦係数μとの一般的な関係を示している。
【0022】
一般に、車両用制動制御システムでは、急制動時にて車体が減速すると、車輪への十分な荷重移動が行われる前に制動力が上昇して、車輪がロック傾向に向かう。すると、ABS制御が開始されて、制御装置がホイールシリンダの流体圧Pを減圧する。このとき、ABS制御の開始時期は、スリップ率Sと所定の設定値との関係で規定される。また、この設定値は、所定のμ−S特性にかかる路面摩擦係数μを基準として設定される。
【0023】
しかしながら、走行路の路面摩擦係数μが設定値よりも高い場合(例えば、ドライ路面など)には、流体圧Pの増圧勾配が不足し、制動力が不足して制動停止距離が長くなる。逆に、走行路の路面摩擦係数μが設定値よりも低い場合(例えば、ウェット路面など)には、ABS制御の早期作動となり、やはり制動力が不足して制動停止距離が長くなる。したがって、走行路の路面摩擦係数μの変化に対して制動制御のロバスト性を確保できないという課題がある。
【0024】
そこで、この車両用制動制御システム1では、走行路の路面摩擦係数μの変化に対する制動制御のロバスト性を向上するために、制動制御が以下のように行われている。なお、この制動制御は、各車輪11FR〜RLに対して独立して行われる。ここでは、一例として、右前輪11FRに対して制御が行われる場合について説明する。
【0025】
ステップST1では、ブレーキペダル23が踏み込み状態にあるか否かが判定される。例えば、この実施の形態では、車両走行中にて、ブレーキペダルセンサ31がブレーキペダル23の踏み込み量を検出している。そして、制御装置4がこのブレーキペダルセンサ31の出力信号を取得したときに肯定判定を行っている。なお、制御装置4は、マスタシリンダ24の油圧に基づいて、この判定を行っても良い。このステップST1にて、肯定判定が行われた場合には、ステップST2に進み、否定判定が行われた場合には、処理が終了される。
【0026】
ステップST2では、車両10が急制動状態にあるか否かが判定される。例えば、この実施の形態では、車両走行中にて、各車輪速度センサ33FR〜33RLが各車輪11FR〜RLの車輪速度VWをそれぞれ検出している。そして、制御装置4が、車輪速度VWから車輪加速度DVWを算出し、この車輪加速度DVWと記憶部44から読み込んだ所定の閾値k1とを比較して、DVW≦k1であるときに肯定判定を行っている。このステップST2にて、肯定判定が行われた場合には、ステップST3に進み、否定判定が行われた場合には、処理が終了される。
【0027】
ステップST3では、タイマーが始動される。このタイマーの設定時間T1は、後述する車輪加速度DVWの復帰レベルΔDVWを測定するためのサンプリング時間となる。また、設定時間T1は、任意に設定され得る。なお、この実施の形態では、制御装置4が内部タイマー(図示省略)を有しており、この設定時間T1のカウントを管理している。このステップST3の後に、ステップST4に進む。
【0028】
ステップST4では、車輪加速度DVWがDVW≦k1(ステップST2の肯定判定)である車輪11FRについて、対応するホイールシリンダ22FRの流体圧Pが保持される。例えば、この実施の形態では、制御装置4が油圧回路21を駆動してホイールシリンダ22FRの駆動圧を一定に保持している。このステップST4の後に、ステップST5に進む。
【0029】
ステップST5では、タイマーの設定時間T1が満了したか否かが判定される。このステップST5にて、肯定判定が行われた場合には、ステップST6に進み、否定判定が行われた場合には、ステップST5が繰り返される。
【0030】
ステップST6では、車輪加速度DVWの復帰レベルΔDVWが算出される。この復帰レベルΔDVWは、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pを保持したときの車輪加速度DVWの変化量をいう。例えば、この実施の形態では、タイマー始動から設定時間T1の満了まで(ステップST3〜ステップST5)、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pが保持されている。また、タイマー始動時には、車輪加速度DVWが閾値k1である(ステップST2の肯定判定およびステップST3)。そこで、制御装置4が、車輪速度センサ33FRの出力信号に基づいて設定時間T1の満了時における車輪加速度DVWを算出し、タイマー始動時の車輪加速度DVW=k1と、この設定時間T1の満了時の車輪加速度DVWとの差を算出することにより、車輪加速度DVWの復帰レベルΔDVWを算出している。
【0031】
ここで、急制動時にてホイールシリンダ22FRの流体圧Pが保持されると(ステップST4)、車輪加速度DVWが減少した後に増加して復帰する。このとき、車輪加速度DVWの復帰レベルΔDVWは、路面摩擦係数μに対して相関を有する。具体的には、路面摩擦係数μが大きいほど復帰レベルΔDVWが大きく、逆に、路面摩擦係数μが小さいほど復帰レベルΔDVWが小さい。したがって、この車輪加速度DVWの復帰レベルΔDVWを用いることにより、路面摩擦係数μを反映した制動制御を行い得る。
【0032】
なお、復帰レベルΔDVWの算出処理(ステップST6)では、タイマーの設定時間T1(サンプリング時間)が長いほど、路面摩擦係数μを精度良く反映した結果が得られるため、好ましい。一方で、この設定時間T1が長すぎると、その後の制動制御が遅れるため、好ましくない。したがって、この設定時間T1の長さは、これらの関係を考慮して、適宜設定されることが好ましい。例えば、この実施の形態では、設定時間T1がT1=24[ms]〜36[ms]に設定されている。このステップST6の後に、ステップST7に進む。
【0033】
ステップST7では、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pの制御目標値が算出される。この制御目標値の算出は、例えば、流体圧Pの増圧量ΔPあるいは増圧勾配Gに着目して行われる。なお、増圧量ΔPは、後述する第一増圧制御(ステップST81)にて、車輪11FRのスリップ率Sを所定の設定値まで上昇させるために用いられる。また、増圧勾配Gは、増圧量ΔPと、第一増圧制御の実施時間(第一増圧制御の開始からP=P+ΔPとなるまでの時間)T2との比である(G=ΔP/T2)。また、流体圧Pの制御目標値は、車輪加速度DVWの復帰レベルΔDVWに基づいて算出される。したがって、流体圧Pの制御目標値は、路面摩擦係数μを反映した数値となる。すなわち、復帰レベルΔDVWが大きい(路面摩擦係数μが大きい)場合には、車輪に対する制動力が不足していると推定できるため、流体圧Pの制御目標値が大きく設定される。一方で、復帰レベルΔDVWが小さい(路面摩擦係数μが小さい)場合には、車輪11FRに対する制動力が足りていると推定できるため、流体圧Pの制御目標値が小さく設定される。なお、この実施の形態では、制御装置4が、ステップST6にて算出された復帰レベルΔDVWと記憶部44から読み込んだ制御マップ(図4参照)とに基づいて、流体圧Pの制御目標値を算出している。このステップST7の後に、ステップST8に進む。
【0034】
ステップST8では、流体圧Pの増圧制御が行われる。この増圧制御では、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pの保持(ステップST4)を解除した後に、算出された流体圧Pの制御目標値(ステップST7)を用いて流体圧Pを増圧する制御が行われる。このとき、路面摩擦係数μが大きいほど、流体圧Pの制御目標値が大きくなる。逆に、路面摩擦係数μが小さいほど、流体圧Pの制御目標値が小さくなる。これにより、路面摩擦係数μを反映した適切な流体圧Pの増圧が実現される。このステップST8の後に、ステップST9に進む。
【0035】
なお、この実施の形態では、流体圧Pの制御目標値の設定にあたり、流体圧Pの増圧量ΔPが用いられている。また、制御装置4が、油圧回路21を駆動してホイールシリンダ22FRの流体圧Pを制御している。このとき、流体圧Pの増圧制御が以下のように行われている(図3および図4参照)。
【0036】
ステップST81では、第一増圧制御が開始される。この第一増圧制御では、制御装置4が、ステップST7にて算出した増圧量ΔPに基づいて流体圧Pの制御目標値(P+ΔP)を算出し、この制御目標値に基づいて油圧回路21を駆動して流体圧Pの増圧処理を開始する。これにより、路面摩擦係数μを反映した増圧量ΔPにより、流体圧Pの増圧が行われる。このステップST81の後に、ステップST82に進む。
【0037】
ステップST82では、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pが制御目標値に到達したか否かが判定される。この判定は、制御装置4が行う。なお、第一増圧制御の開始(ステップST81)からP=P+ΔPとなるまでの時間が第一増圧制御の実施時間T2となる。したがって、流体圧Pの増圧勾配Gは、この実施時間T2と流体圧Pの増圧量ΔPとを用いて算出できる(G=ΔP/T2)。このステップST82にて、肯定判定が行われた場合には、ステップST83に進み、否定判定が行われた場合には、ステップST82が繰り返される。
【0038】
ステップST83では、第二増圧制御が行われる。この第二増圧制御では、第一増圧制御(ステップST81)の完了後に、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pが徐々に(第一増圧制御の増圧勾配Gよりも緩やかな増圧勾配G’で)増圧される。これにより、オーバースリップが抑制される。なお、この第二増圧制御では、流体圧Pの増圧勾配G’が、第一増圧制御における流体圧Pの増圧量ΔPに関わらず一定に設定されても良いし、この増圧量ΔPに基づいて増減されても良い。このステップST8の後に、ステップST9に進む。
【0039】
上記のように、流体圧Pの増圧制御(ステップST8)では、第一増圧制御(ステップST81)および第二増圧制御(ステップST83)が順に行われて、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pが段階的に上昇する。すなわち、一般に、急制動によりスリップ率Sが増加すると、これと共に路面摩擦係数μが増加してS=20[%]前後の所定の範囲Dでピーク値をとる(図5参照)。そこで、第一増圧制御(ステップST81)では、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pを早期に増圧してスリップ率Sを大きくすることにより、路面摩擦係数μをピーク値近傍まで早期に上昇させる。これにより、適正な制動力を早期に車輪11FRに付与できる。また、その後の第二増圧制御(ステップST83)では、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pを緩やかに増圧させて、路面摩擦係数μを徐々にピーク値まで近づける。これにより、ABS制御(ステップST10)の開始を遅らせて十分な制動力を車輪に付与できる。これらにより、制動停止距離を短縮できる。
【0040】
ステップST9では、ABS制御が行われる。このABS制御では、増圧制御(ステップST9)によりホイールシリンダ22FRの流体圧Pが上昇してスリップ率Sが所定の設定値まで到達すると、流体圧Pを減圧、保持あるいは増圧することにより、そのスリップ率Sを所定の範囲D(路面摩擦係数μが最大となる範囲。図5参照。)内に維持する制御が行われる。これにより、適正な制動力が車輪11FRに付与されて、車両10のスピンやドリフトアウトが抑制される。このステップST9の後に、処理が終了される。
【0041】
なお、ABS制御には、公知のものが採用され得る。例えば、この実施の形態では、制御装置4が、各車輪11FR〜11RLの車輪速度センサ33FR〜33RLの出力信号に基づいて車両10の車体速度VVを推定し、この車体速度VVと各車輪11FR〜11RLの車輪速度VWとに基づいて各車輪11FR〜11RLのスリップ率S(=(VV−VW)/VV)を算出している。また、制御装置4が、このスリップ率Sと所定の設定値との比較に基づいて、各ホイールシリンダ22FR〜22RLに対する制御モード(減圧、保持または増圧)を決定している。そして、制御装置4が、この制御モードに基づいて制動装置2の油圧回路21を駆動し、各ホイールシリンダ22FR〜22RLの流体圧Pを減圧、保持あるいは増圧している。これにより、各車輪11FR〜11RLの制動圧が制御され、スリップ率Sが所定の範囲D内に維持されて、路面摩擦係数μが好適に維持される。
【0042】
なお、この実施の形態では、制御装置4が、急制動開始時にてホイールシリンダ22FRの流体圧Pを保持して、車輪加速度DVWの復帰レベルΔDVWを算出している(ステップST2の肯定判定〜ステップST6)(図2参照)。かかる構成では、流体圧Pを保持することにより、路面摩擦係数μに対応した復帰レベルΔDVWを容易に算出できる。すなわち、車輪の運動方程式は、タイヤイナーシャI、接地荷重W、タイヤ半径Rおよび制動トルクTbを用いて、I・DVW=μ・W・R−Tbにより表せる。したがって、流体圧Pを保持して制動トルクTbを一定とすることにより、路面摩擦係数μを車輪加速度DVWから容易に推定できる。
【0043】
しかし、これに限らず、制御装置4が、急制動開始時にてホイールシリンダ22FRの流体圧Pを変化させつつ、復帰レベルΔDVWを算出しても良い(図示省略)。例えば、急制動開始時における所定の設定時間T1にて、流体圧Pを所定勾配で増圧することにより、復帰レベルΔDVWを算出しても良い。かかる構成では、流体圧Pを増圧しつつ復帰レベルΔDVWを算出できるので、適正な制動力を車輪に対して早期に付与できる。
【0044】
[実施例]
図6は、図1に記載した車両用制動制御システムの実施例を示すタイムチャートである。同図は、路面摩擦係数μが相異する路面をそれぞれ走行したときの制動制御の様子を示している。以下、この実施例について、図2〜図5を参照しつつ説明する。なお、ここでは、一例として、右前輪11FRに対して制動制御が行われる場合について説明する。
【0045】
t=t0では、車両走行時にて、ブレーキペダル23が踏み込まれると、ホイールシリンダ22FRの流体圧PがP=0から上昇して車輪加速度DVWが減少し始める。すると、制御装置4が、ブレーキペダル23の踏み込みを契機として、車輪加速度DVWに基づいて急制動状態の判定を開始する(ステップST1の肯定判定およびステップST2)(図2参照)。
【0046】
t=t1では、車輪加速度DVWが大きく減少して、車輪11FRが急制動状態となる。そして、車輪加速度DVWがDVW≦k1となると、制御装置4が油圧回路21を駆動してホイールシリンダ22FRの流体圧Pを保持する(ステップST2の肯定判定およびステップST4)。すると、車輪11FRへの制動力が保持されるので、車輪加速度DVWが増加して復帰し始める。この車輪加速度DVWの復帰レベルは、路面摩擦係数μが大きいほど大きくなる。
【0047】
t=t2では、制御装置4が、車輪加速度DVWの復帰レベルΔDVWを算出する(ステップST6)。この復帰レベルΔDVWは、流体圧Pの保持の開始時t1における車輪加速度DVW=k1と所定時間T1の経過時t=t2における車輪加速度DVWとの差として算出される。また、制御装置4が、この復帰レベルΔDVWと記憶部44から読み込んだ制御マップ(図4参照)とに基づいて増圧量ΔPを設定する(ステップST7)。このとき、復帰レベルΔDVWが大きいほど、増圧量ΔPが大きく設定される。また、路面摩擦係数μがピーク値をとる手前までスリップ率Sが上昇するように、増圧量ΔPが設定される(図5参照)。具体的には、流体圧Pを増圧した後のスリップ率Sが所定の設定値よりも低くなるように、増圧量ΔPが設定される。
【0048】
t=t2〜t3では、制御装置4が、増圧量ΔPに基づいて第一増圧制御を開始する(ステップST81)(図3参照)。具体的には、制御装置4が、流体圧Pの制御目標値(P+ΔP)を算出し、この目標値に基づいて油圧回路21を駆動して流体圧Pの増圧処理を開始する。このとき、所定時間T2にて第一増圧制御が完了するように、流体圧Pの増圧勾配Gが設定される。したがって、流体圧Pの増圧勾配Gは、路面摩擦係数μが大きいほど大きくなる。これにより、路面摩擦係数μを反映した流体圧Pがホイールシリンダ22FRに発生して、適正な制動力が車輪11FRに対して迅速に付与される。
【0049】
t=t3では、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pが目標値に到達して、第一増圧制御が完了する(ステップST82の肯定判定)。この状態では、スリップ率Sに余裕があり、ABS制御(ステップST9)が開始されない。
【0050】
t=t3〜t4では、制御装置4が、第二増圧制御(ステップST83)を開始して、流体圧Pを徐々に増圧する。このとき、流体圧Pの増圧勾配G’が第一増圧制御(ステップST81)の増圧勾配Gよりも緩やかになるように、流体圧Pが制御される。これにより、第一増圧制御の完了時t3からABS制御(ステップST9)が開始されるまでの時間T3を長く取れるので、十分な制動力を車輪11FRに付与できる。これにより、制動停止距離を短縮できる。
【0051】
t=4では、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pが増加してスリップ率Sが所定の設定値まで到達すると、制御装置4がABS制御を開始する(ステップST9)。これにより、車両10のスピンやドリフトアウトが抑制される。
【0052】
[効果]
以上説明したように、この車両用制動制御システム1は、流体圧Pに応じた制動力を車輪11FRに付与するホイールシリンダ22FRと、車輪加速度DVWに基づいてホイールシリンダ22FRの流体圧Pを制御する制御装置4とを備える(図1参照)。そして、制御装置4が、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pを所定の流体圧(例えば、保持、所定の増圧勾配での増圧など)に制御して車輪加速度DVWの挙動(復帰レベルΔDVW)を取得し、この車輪加速度DVWの挙動に基づいて流体圧Pの制御目標値を算出する(ステップST7)(図2参照)。
【0053】
かかる構成では、所定の流体圧Pをホイールシリンダ22FRに付与したときの車輪加速度DVWの挙動(図6のt=t2〜t3参照)を観察することにより、走行路の路面摩擦係数μを推定できる。したがって、この車輪加速度DVWの挙動に基づいて流体圧Pの制御目標値を算出し(ステップST7)、この制御目標値に基づいてホイールシリンダ22FRの流体圧Pを制御する(ステップST8)ことにより、路面摩擦係数μを反映した制動制御を実現できる。このとき、路面摩擦係数μを算出することなくホイールシリンダ22FRの流体圧Pを制御するので、制動制御のロバスト性を向上できる利点がある。
【0054】
なお、この実施の形態では、急制動の開始後(ステップST2の肯定判定)かつABS制御(ステップST9)の開始前に、流体圧Pの制御目標値を算出して、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pを制御している(ステップST7およびステップST8)(図2参照)。しかし、これに限らず、通常の制動時にて、上記の制御が行われても良い。すなわち、急制動時に限らず上記の制御が行われても良いし、ABS制御の実施を前提とせずに上記の制御が行われても良い。例えば、路面摩擦係数μおよびスリップ率Sに基づいて、任意のタイミングで上記の制御が行われ得る。これにより、車輪がロックしない領域を効率的に活用できる。
【0055】
また、この実施の形態では、流体圧Pの制御目標値の算出(ステップST7)にて、制御装置4が、第一増圧制御(ステップST81)に用いる流体圧Pの増圧量ΔPおよび増圧勾配Gの双方を算出している(図2、図3および図6参照)。しかし、これに限らず、流体圧Pの制御目標値の算出(ステップST7)では、制御装置4が、流体圧Pの増圧量ΔPおよび増圧勾配Gのいずれか一方のみを算出しても良い。例えば、制御装置4が増圧勾配Gのみを算出し、増圧量ΔPの設定なしに第一増圧制御(ステップST81)を行い得る。この場合には、例えば、第一増圧制御(ステップST81)の実施時間T2が設定されて、流体圧Pの増圧が行われる。
【0056】
また、この車両用制動制御システム1では、制御装置4が、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pを保持したときの車輪加速度DVWの復帰レベルΔDVWに基づいて流体圧Pの制御目標値を算出する(ステップST7)(図2参照)。かかる構成では、流体圧Pを保持することにより、車輪加速度DVWの復帰レベルΔDVW(図6参照)を容易かつ精度良く取得できる。そして、この復帰レベルΔDVWを用いることにより、流体圧Pの制御目標値を簡易に算出できる。これにより、制御装置4の構成を簡素化できる利点がある。
【0057】
また、この車両用制動制御システム1では、制御装置4が、第一増圧制御(ステップST81)の完了後かつABS制御(ステップST9)の開始前に、第一増圧制御における増圧勾配Gよりも緩やかな増圧勾配G’にて、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pを増圧する第二増圧制御(ステップST83)を行う(図3参照)。かかる構成では、第一増圧制御により、適正な制動力を早期に車輪11FRに付与できる。また、その後の第二増圧制御により、ホイールシリンダ22FRの流体圧Pを緩やかに増圧させて、路面摩擦係数μをゆっくりとピーク値まで近づけ得る。これにより、ABS制御(ステップST9)の開始を遅らせて十分な制動力を車輪に付与できるので、制動停止距離を短縮できる利点がある。
【産業上の利用可能性】
【0058】
以上のように、この発明にかかる車両用制動制御システムは、走行路の路面摩擦係数μの変化に対する制動制御のロバスト性を向上できる点で有用である。
【符号の説明】
【0059】
1 車両用制動制御システム、2 制動装置、21 油圧回路、22FR〜22RL ホイールシリンダ22 ブレーキペダル、24 マスタシリンダ、3 センサユニット、31 ブレーキペダルセンサ、32 マスタ圧センサ、33FR〜33RL 車輪速度センサ、4 制御装置、41 油圧回路制御部、42 ABS制御部、43 増圧勾配制御部、44 記憶部、10 車両、11FR〜11RL 車輪

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体圧に応じた制動力を車輪に付与するホイールシリンダと、車輪加速度に基づいて前記ホイールシリンダの流体圧を制御する制御装置とを備え、且つ、
前記制御装置が、前記ホイールシリンダの流体圧を所定の流体圧に制御して車輪加速度の挙動を取得し、前記車輪加速度の挙動に基づいて流体圧の制御目標値を算出することを特徴とする車両用制動制御システム。
【請求項2】
前記制御装置が、前記ホイールシリンダの流体圧を保持したときの車輪加速度の復帰レベルに基づいて前記流体圧の制御目標値を算出する請求項1に記載の車両用制動制御システム。
【請求項3】
前記ホイールシリンダの流体圧を前記制御目標値まで増圧させる増圧制御を第一増圧制御と呼ぶときに、
前記制御装置が、前記第一増圧制御の完了後かつ前記アンチロックブレーキ制御の開始前に、前記第一増圧制御における増圧勾配よりも緩やかな増圧勾配にて前記ホイールシリンダの流体圧を増圧する第二増圧制御を行う請求項1または2に記載の車両用制動制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−101761(P2012−101761A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−254195(P2010−254195)
【出願日】平成22年11月12日(2010.11.12)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】