車両用変速機
【課題】スリーブの脱落を抑制する車両用変速機を提供する。
【解決手段】車両用変速機16に備えられたスリーブ52は、その軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部52eを備えたものであることから、噛み合いに係る変速ギヤ28が傾くことでスリーブ52の端部が押し上げられた場合に、弾性変形部52eが弾性変形することで、クラッチハブ50とスリーブ52との嵌合部の面圧が高くなって摩擦抵抗が増大することに起因するスリーブ52の脱落を好適に防止することができる。すなわち、スリーブ52の脱落を抑制する車両用変速機16を提供することができる。
【解決手段】車両用変速機16に備えられたスリーブ52は、その軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部52eを備えたものであることから、噛み合いに係る変速ギヤ28が傾くことでスリーブ52の端部が押し上げられた場合に、弾性変形部52eが弾性変形することで、クラッチハブ50とスリーブ52との嵌合部の面圧が高くなって摩擦抵抗が増大することに起因するスリーブ52の脱落を好適に防止することができる。すなわち、スリーブ52の脱落を抑制する車両用変速機16を提供することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用変速機に関し、特に、スリーブの脱落を抑制するための改良に関する。
【背景技術】
【0002】
回転軸と、その回転軸に固定されたハブと、そのハブの外周側に軸心まわりの相対回転不能且つ軸心方向の相対移動可能に嵌合されたスリーブと、前記回転軸に軸心まわりの相対回転可能に配設されたそれぞれ所定の変速段を成立させるための複数のギヤとを、備え、前記スリーブを前記ハブに対して所定の相対位置に移動させることにより所定のギヤを前記回転軸に対して軸心まわりの相対回転不能とすることでそのギヤに対応する変速段を成立させる車両用変速機が知られている。例えば、マニュアルトランスミッションやセミオートマチックトランスミッション等がそれである。また、斯かる車両用変速機において、リバース機構に用いられるアイドル歯車のギヤ抜けを抑制するための技術が提案されている。例えば、特許文献1に記載されたリバース機構がそれである。この技術によれば、噛み合いに係る歯車にテーパ部を設けることで、リバースギヤにおけるアイドル歯車のギヤ抜けを好適に抑制できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−250410号公報
【特許文献2】特開2001−82505号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、前記車両用変速機では、所定の変速段が成立すべき場合において、その変速段に係るギヤから前記スリーブが脱落するスリーブ抜けが発生する不具合が指摘されていた。しかし、前述したような従来の技術では、斯かるスリーブの脱落を十分には防止できなかった。本発明者は、そのようなスリーブの脱落を抑制する車両用変速機を開発すべく鋭意研究を継続した一結果として、前記スリーブが脱落する機序を新たに解明し、その知見に基づいて本発明を為すに至った。
【0005】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであり、その目的とするところは、スリーブの脱落を抑制する車両用変速機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
斯かる目的を達成するために、本発明の要旨とするところは、回転軸と、その回転軸に固定されたハブと、そのハブの外周側に軸心まわりの相対回転不能且つ軸心方向の相対移動可能に嵌合されたスリーブと、前記回転軸に軸心まわりの相対回転可能に配設されたそれぞれ所定の変速段を成立させるための複数のギヤとを、備え、前記スリーブを前記ハブに対して所定の相対位置に移動させることにより所定のギヤを前記回転軸に対して軸心まわりの相対回転不能とすることでそのギヤに対応する変速段を成立させる車両用変速機であって、前記スリーブは、その軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部を備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0007】
このようにすれば、前記スリーブは、その軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部を備えたものであることから、噛み合いに係るギヤが傾くことでスリーブの端部が押し上げられた場合に、前記弾性変形部が弾性変形することで、ハブとスリーブとの嵌合部の面圧が高くなって摩擦抵抗が増大することに起因するスリーブの脱落を好適に防止することができる。すなわち、スリーブの脱落を抑制する車両用変速機を提供することができる。
【0008】
ここで、好適には、前記弾性変形部は、前記スリーブの軸心方向における少なくとも一部が周方向全周に渡り繊維強化樹脂材料から形成されて成るものである。このようにすれば、実用的な構成の弾性変形部を備えたスリーブにより、その脱落を好適に抑制できる。
【0009】
また、好適には、前記スリーブは、それぞれ金属材料から成る、前記ハブとの嵌合に係る第1の噛合歯及び前記ギヤとの嵌合に係る第2の噛合歯が、繊維強化樹脂材料から成る円筒状本体の内周側に設けられて構成されたものである。このようにすれば、実用的な構成のスリーブにより、その脱落を好適に抑制できると共に、前記ハブ及びギヤとの嵌合に係る噛合歯の強度を保証することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明が好適に適用される車両の駆動装置の骨子図である。
【図2】図1の駆動装置に備えられた車両用変速機において所定の変速段を成立させるための同期装置の構成を説明するためにその軸心を含む平面で切断して示す部分断面図である。
【図3】図2の車両用変速機に備えられたスリーブが入力軸に対する変速ギヤの相対回転を阻止する位置へ移動させられた状態を模式的に示す図である。
【図4】図3に示すような正常な状態に比べて入力軸に対して変速ギヤが傾いた状態を模式的に示す図である。
【図5】本発明者が解明したスリーブ抜けの機序を説明する上での前提となるギヤ入り領域及びギヤ抜け領域について説明する図である。
【図6】本発明者が解明したスリーブ抜けの機序を説明する上での前提となるギヤ入り領域及びギヤ抜け領域について説明する図である。
【図7】本発明者が解明したスリーブ抜けの機序を説明する上での前提となるギヤ入り領域及びギヤ抜け領域について説明する図である。
【図8】図4に示すように入力軸に対して変速ギヤが傾いた状態におけるスリーブとギヤピースの噛み合いを説明する図である。
【図9】図4に示すように入力軸に対して変速ギヤが傾いた状態におけるスリーブとクラッチハブの噛み合いを説明する図である。
【図10】図4に示すように入力軸に対して変速ギヤが傾いた状態におけるクラッチハブ及びスリーブの1回転中の摩擦力と軸力との関係を例示する図である。
【図11】本発明の一実施例である車両用変速機に備えられたスリーブの構成を説明する視断面図である。
【図12】従来技術の車両用変速機においてスリーブのギヤ抜けが発生する様子を模式的に示す図である。
【図13】図11に示す本実施例のスリーブを備えた車両用変速機においてギヤ抜けが抑制される様子を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の好適な実施例を図面に基づいて詳細に説明する。
【実施例】
【0012】
図1は、本発明が好適に適用される車両の駆動装置10の骨子図である。この図1に示す駆動装置10は、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)車両に好適に用いられる横置き型の装置であり、走行用の駆動力源であるエンジン12、クラッチ14、及びトランスアクスル22を備えて構成されている。
【0013】
上記エンジン12は、例えば、気筒内噴射される燃料の燃焼によって駆動力を発生させるガソリンエンジン或いはディーゼルエンジン等の内燃機関である。また、上記クラッチ14は、通常は係合状態とされる一方、図示しないクラッチペダルの踏込操作によりスリップ状態或いは開放状態とされて、上記エンジン12から出力される動力の上記トランスアクスル22への伝達を断続する動力断続装置である。また、上記トランスアクスル22は、本発明の一実施例である車両用変速機16と、終減速機18とが共通のトランスアクスルケース20(以下、単にケース20という)に収容されて構成されたものである。
【0014】
上記変速機16は、例えば、運転席近傍に設けられた図示しないシフト操作装置の操作に応じて複数の変速段を選択的に成立させる機械式の手動変速機(マニュアルトランスミッション)である。すなわち、上記変速機16は、車両の車幅方向に互いに平行な一対の入力軸24、カウンタ軸26間にギヤ比が異なる複数組の変速ギヤ(変速ギヤ対)28a、28b、28c、28d、28e(以下、特に区別しない場合には単に変速ギヤ28という)が配設されると共に、それら各変速ギヤ28に対応して複数の噛合クラッチ30a、30b、30c、30d、30e(以下、特に区別しない場合には単に噛合クラッチ30という)が設けられた平行軸式の常時噛合式変速機構であり、シフトセレクトシャフト34の駆動によりそれら各噛合クラッチ30の何れかを選択的に係合させて変速段を切り換える同期装置(同期噛合装置)32a、32b、32c(以下、特に区別しない場合には単に同期装置32という)を備えて構成され、前進5段の変速段が成立させられるようになっている。上記入力軸24及びカウンタ軸26には、更に後進ギヤ対36が配設され、図示しない出力シャフトに配設された後進用アイドル歯車と噛み合わされることにより後進変速段が成立させられるようになっている。また、上記カウンタ軸26には、出力歯車38が配設されて前記終減速機18のファイナルギヤ40と噛み合わされている。
【0015】
前記変速機16では、上記シフトセレクトシャフト34が駆動されて上記同期装置32cにより上記噛合クラッチ30eが係合されると、変速比(入力軸24の回転数/カウンタ軸26の回転数)が最も大きい第1変速段が成立させられる。また、上記同期装置32cにより上記噛合クラッチ30dが係合されると、変速比が2番目に大きい第2変速段が成立させられる。また、上記同期装置32bにより上記噛合クラッチ30cが係合されると、変速比が3番目に大きい第3変速段が成立させられる。また、上記同期装置32bにより上記噛合クラッチ30bが係合されると、変速比が4番目に大きい第4変速段が成立させられる。また、上記同期装置32aにより上記噛合クラッチ30aが係合されると、変速比が最も小さい第5変速段が成立させられる。
【0016】
前記終減速機18は、傘歯車である左右一対のサイドギヤ42R、42Lと、それらサイドギヤ42R、42Lにそれぞれスプライン嵌合等によって連結された左右一対のドライブシャフト44R、44Lとを、備えて構成されており、前記カウンタ軸26から入力される動力を左右の前輪(駆動輪)46R、46Lに分配し、それら前輪46R、46Lを回転駆動させる。すなわち、前記終減速機18は、円滑な転がり走行となるようにそれら左右の前輪46R、46Lの駆動車軸の回転数を配分するデファレンシャル装置(差動装置)を含んでいる。また、図1に示すように、本実施例の駆動装置10においては、車両前進方向を前方とした場合に、車軸である上記ドライブシャフト44R、44Lが前記エンジン12の出力軸である入力軸24よりも後方に配設されている。
【0017】
図2は、前記変速機16において所定の変速段を成立させるための同期装置32の構成を説明するためにその軸心Cを含む平面で切断して示す部分断面図である。以下、この図を参照して、斯かる同期装置32による前記噛合クラッチ30の係合乃至解放制御について説明する。なお、図2では、前記同期装置32bの構成を示しているが、他の同期装置32も以下の説明と同様の作動によって前記噛合クラッチ30の係合乃至解放を制御するものであり、それらの説明を省略する。
【0018】
図2に示すように、前記同期装置32は、回転軸としての前記入力軸24上に、クラッチハブ50、スリーブ52、アウタシンクロナイザリング56、インナシンクロナイザリング58、ミドルリング60、ギヤピース62、及び図示しないキーを同心に備えている。このクラッチハブ50は、その内周側に形成されたスプライン溝50aにより回転軸である前記入力軸24に相対回転不能に嵌合されると共に、図2に示すスナップリング54や軸心方向の両側に配設された変速ギヤ28b、28cによってその軸心方向の位置が定められることで、その入力軸24に固定(固設)されている。また、上記クラッチハブ50の外周側には、上記スリーブ52と嵌め合わされるための外周歯50bが形成されている。
【0019】
上記スリーブ52は、略円筒形状を成すものである。また、そのスリーブ52の内周側には、図11を用いて後述するように、前記クラッチハブ50の外周側に形成された上記外周歯50b乃至ギヤピース62の外周側に形成された噛合歯62aと噛み合うように第1の噛合歯(内周歯)52a乃至第2の噛合歯52bが形成されており、それら外周歯50b、第1の噛合歯52a乃至第2の噛合歯52bが互いに嵌め合わされることにより、前記スリーブ52は前記クラッチハブ50の外周側に軸心まわりの相対回転不能且つ軸心方向の相対移動可能に嵌合されている。また、前記スリーブ52は、幅方向の中央部において内周側に突き出す凸部を有しており、図示しないキーにより通常は図2に示すような動力伝達を遮断する状態である中立位置に位置させられる一方、図示しないシフトフォークによって軸心方向へ駆動されることで図3に概略的に示すような動力伝達が可能な状態である伝達位置へ移動可能に配設されている。このシフトフォークは、例えば運転者のシフトレバー操作に連動して機械的に図2等の左右方向へ移動させられるようになっている。
【0020】
前記変速ギヤ28b、28cは、何れも前記クラッチハブ50に隣接して、ベアリング(ニードルベアリング)64b、64c等により前記入力軸24に軸心まわりの相対回転可能に配設されると共に、図示しないスナップリング等によって軸心方向の位置が決められている。また、前記ギヤピース62は、前記変速ギヤ28のクラッチハブ50側に例えば圧入や溶接により相対回転不能に固設されたものであり、そのギヤピース62の外周側には、前記スリーブ52が前記伝達位置に移動させられる前記同期装置32の作動時に、そのスリーブ52の内周側に形成された第2の噛合歯(内周歯)52bと噛み合うための噛合歯62aが形成されている。また、前記変速ギヤ28又はその変速ギヤ28に固設されたギヤピース62には、前記クラッチハブ50に隣接してそのクラッチハブ50に向かうほど小径となる外周テーパ面(外周コーン面)66が形成されている。
【0021】
前記ミドルリング60は、前記クラッチハブ50と変速ギヤ28との間において、前記ギヤピース62のクラッチハブ50側の円周方向に複数設けられた穴部62bに対応する位置に設けられた突起部60aがその穴部62bに差し込まれることで位置決めされて、前記変速ギヤ28と共に回転し且つ軸心方向の移動が許容される状態で配設されている。また、前記ミドルリング60には、前記クラッチハブ50に向かうほど小径となる内周テーパ面(内周コーン面)60b及び外周テーパ面(外周コーン面)60cが形成されている。
【0022】
前記アウタシンクロナイザリング56は、前記ミドルリング60の外周テーパ面60cに摺接させられる内周テーパ面(内周コーン面)56aと、前記スリーブ52と変速ギヤ28とが相対回転している間すなわちそのスリーブ52と変速ギヤ28とが同期回転するまでの間そのスリーブ52の噛合歯52bと係合してそのスリーブ52の軸心方向移動を阻止するための外周係合歯56bとを備え、前記クラッチハブ50に所定量以上の相対回転不能すなわち周方向に関して所定角度θAの相対回転が許容されつつ相対回転不能、且つ軸心方向の相対移動可能に前記ミドルリング60の外周側に配設されている。また、前記アウタシンクロナイザリング56は、図2に示すように、そのアウタシンクロナイザリング56の外周面56cが前記クラッチハブ50の外周歯50bが設けられている外周環の内周面に当接するように配設されており、前記クラッチハブ50に対し、周方向に関して所定角度θAの相対回転が許容されつつ相対回転不能且つ軸心方向の相対移動可能に配設されている。上記所定角度θAの相対回転は、前記スリーブ52と変速ギヤ28とが同期回転するまでそのスリーブ52の軸心方向移動が阻止されるように例えばそのスリーブ52の噛合歯52a乃至52bとアウタシンクロナイザリング56と外周係合歯56bとの周方向の相対位置が歯幅の半分程度のずれが生じるように定められている。
【0023】
前記インナシンクロナイザリング58は、前記ミドルリング60の内周側に配設されている。換言すれば、前記ミドルリング60とギヤピース62との間に間挿されている。また、前記ミドルリング60の内周テーパ面60bと摺接するための外周テーパ面(外周コーン面)58aと、前記変速ギヤ28の外周テーパ面66と摺接するための内周テーパ面(内周コーン面)58bとが形成されている。このように、本実施例の同期装置32は、それぞれコーン面(テーパ面)を有するアウタシンクロナイザリング56及びインナシンクロナイザリング58と、それらの間にあってテーパ面とそれぞれ摺接させられるテーパ面を有するミドルリング60とで構成される所謂マルチコーンシンクロ機構である。
【0024】
以上のように構成された同期装置32において、前記スリーブ52を移動させるためのシフトフォークの非駆動時には、図示しないキーによりそのスリーブ52が前記クラッチハブ50に対して図2のような相対位置に位置決めされる。斯かる相対位置では、前記変速ギヤ28b、28cは何れも前記入力軸24に対して軸心まわりの相対回転可能とされており、それら変速ギヤ28b、28cを介しての動力伝達は行われない。
【0025】
ここで、前記同期装置32が前記変速ギヤ28cによる動力伝達を行う状態を成立させるために駆動させられる場合を説明する。前記スリーブ52が中立位置から伝達位置への移動が開始されるシフト開始時には、図示しないキーが前記スリーブ52により内周側に押し込まれ始める際に前記変速ギヤ28c側に押されることで、前記アウタシンクロナイザリング56がミドルリング60に押圧され、そのアウタシンクロナイザリング56とミドルリング60との相対回転で発生する摩擦力により前記スリーブ52とアウタシンクロナイザリング56とが相対回転させられる。そして、前記スリーブ52とアウタシンクロナイザリング56とは図示しないキーにより周方向に所定角度θAで相対回転させられた状態でそれ以上の相対回転が阻止されるように位置決めされる。これにより、前記アウタシンクロナイザリング56とミドルリング60とが相対回転している間すなわち前記スリーブ22と変速ギヤ28cとが同期回転するまでの間は、前記スリーブ52の噛合歯52bとアウタシンクロナイザリング56の外周係合歯56bとの係合によりそのスリーブ52の軸心方向移動が阻止される。
【0026】
そして、図示しないキーを介して一体となった前記一対のシンクロナイザリング56、58とミドルリング60との間の摩擦力と、前記変速ギヤ28cの外周テーパ面66によるインナシンクロナイザリング58の内周テーパ面58cへの押圧力すなわち前記一対のシンクロナイザリング56、58と変速ギヤ28cとの間の摩擦力とでそれら一対のシンクロナイザリング56、58と変速ギヤ28cとが同期回転させられたとき、換言すれば前記スリーブ52と変速ギヤ28cとが同期回転させられたとき、そのスリーブ52の軸心方向移動を阻止するスリーブ52の噛合歯52bとアウタシンクロナイザリング56の外周係合歯56bとの係合作用がなくなり、その噛合歯52bが外周係合歯56bの間を抜けてスリーブ52がさらに前記変速ギヤ28c側へ移動させられ、前記噛合歯52bとギヤピース62の噛合歯62aとが噛み合わせられる。
【0027】
図3は、前記スリーブ52が前記入力軸24に対する前記変速ギヤ28の相対回転を阻止する位置へ移動させられた状態を模式的に示す図である。この図3に示すように、上述のような動作によって前記クラッチハブ50の外周側に形成された外周歯50bと前記スリーブ52の内周側に形成された第1の噛合歯52aが噛み合わされると共に、そのスリーブ52の内周側に形成された第2の噛合歯52bと前記ギヤピース62の外周側に形成された噛合歯62aとが噛み合わされることで、前記変速ギヤ28の前記入力軸24に対する軸心方向の相対回転が不能とされ、その変速ギヤ28を介して動力伝達可能な状態が構成される。なお、図2における前記一対のシンクロナイザリング56、58とミドルリング60との間の摺接面及びインナシンクロナイザリング58の内周テーパ面58cと変速ギヤ28の外周テーパ面66との間の摺接面のそれぞれの隙間は、その隙間がわかりやすいように図示したものであって実際の隙間は略接触している程極めて小さいものである。
【0028】
図4は、図3に示すような正常な状態に比べて前記入力軸24に対して変速ギヤ28乃至ギヤピース62が傾いた状態、すなわち変速ギヤ28乃至ギヤピース62の軸心ずれが発生した状態を模式的に示す図である。前記クラッチハブ50、スリーブ52、及びギヤピース62が一体的に回転させられる状態においては、所謂がた等によりこのように変速ギヤ28乃至ギヤピース62の軸心からの傾きが発生するおそれがある。また、図4に示すように、斯かる変速ギヤ28乃至ギヤピース62の軸心に対する傾きに起因して、前記変速ギヤ28と入力軸24との間に設けられたベアリング(ニードルベアリング)64のラジアル隙間による傾き、延いてはスリーブ52の軸心ずれ等が発生する。本発明者は、斯かる変速ギヤ28乃至ギヤピース62の軸心に対する傾きに起因して、前記スリーブ52の脱落すなわち前記ギヤピース62の噛合歯62aからの抜け(スリーブ52がクラッチハブ50側にずれていく不具合)が発生する機序を新たに解明した。以下、図4乃至図10を参照して斯かるスリーブ抜けの機序について説明する。なお、この機序の説明に用いる図4乃至図10においては、従来技術において一般的であったスリーブ52を備えた変速機16について説明する。すなわち、そのスリーブ52は全体がスチール等の金属材料により一体的に構成されたものであると共に、その内周側に設けられた噛合歯52cは、図4に示すように軸心方向に連続して形成されたものである。
【0029】
図5乃至図7は、本発明者が解明したスリーブ抜けの機序を説明する上での前提となるギヤ入り領域及びギヤ抜け領域について説明する図である。図5に示すように、前記スリーブ52の軸心が前記クラッチハブ50の軸心に対して所定の相対角度を有して傾いている場合、それらクラッチハブ50及びスリーブ52の1回転中において、図6に示すギヤ抜け領域と、図7に示すギヤ入り領域とが同時間だけ存在する。すなわち、回転トルクによる接線荷重の分力としての軸力と摩擦力との釣り合いに応じて、図6に示すように前記スリーブ52がクラッチハブ50から離隔する方向(ギヤピース62へ接近する方向)への力が発生するギヤ抜け領域と、図7に示すように前記スリーブ52がクラッチハブ50へ接近する方向(ギヤピース62から離隔する方向)への力が発生するギヤ入り領域とが交互に現れる。
【0030】
図8は、図4に示すように前記入力軸24に対して変速ギヤ28乃至ギヤピース62が傾いた状態における前記スリーブ52とギヤピース62の噛み合いを説明する図である。同様に、図9は、図4に示すように前記入力軸24に対して変速ギヤ28乃至ギヤピース62が傾いた状態における前記スリーブ52とクラッチハブ50の噛み合いを説明する図である。図8に示すような状態では、スラスト荷重により前記ギヤピース62に軸心に対する傾きが生じ、それに応じて前記スリーブ52が図4の白抜矢印に示す方向(紙面上方)へ移動させられる。また、接線荷重により前記ギヤピース62に偏心が生じ、それに応じて前記スリーブ52がそのギヤピース62に接近する方向(紙面左方)へ移動させられる。そして、斯かる状態においては、前記スリーブ52とクラッチハブ50の噛み合い部分において、図9に破線で囲繞して示すような高面圧部位が発生する。この高面圧部位は、前記クラッチハブ50の外周歯50bとスリーブ52の噛合歯52cとの歯隙が詰まって、それらの当接部位における面圧が通常値よりも高くなったものである。
【0031】
図10は、図4に示すように前記入力軸24に対して変速ギヤ28乃至ギヤピース62が傾いた状態における前記クラッチハブ50及びスリーブ52の1回転中の摩擦力と軸力との関係を例示する図であり、軸力を実線で、見かけの摩擦力を破線でそれぞれ示している。図9を用いて上述したように、前記スリーブ52とクラッチハブ50の噛み合い部分に通常値よりも面圧が高い高面圧部位が存在する場合、図10に示すように、見かけの摩擦力(=μ×面直荷重)が軸力より大きくなり、それらスリーブ52とクラッチハブ50との軸方向における相対移動(滑り)が起こらない固着領域が発生する。前述のように、前記クラッチハブ50及びスリーブ52の1回転中に斯かるスリーブ52が前記ギヤピース62へ接近するギヤ抜け領域と、そのスリーブ52が前記ギヤピース62から離隔するギヤ入り領域とが同時間だけ存在する場合には、そのスリーブ52のギヤピース62からの離脱は発生しない。しかし、上述のような固着領域が存在する場合、前記スリーブ52がギヤピース62から離隔した状態で固着領域に入り、十分にそのギヤピース62に接近させられないまま次の周期に入ることが繰り返されることで、前記スリーブ52のギヤピース62からの離脱が発生する。すなわち、前記スリーブ52のギヤピース62からの脱落は、そのギヤピース62がスリーブ52を押し上げることによりそのスリーブ52が軸心に対して傾き、その傾きによって生じる前記クラッチハ50とスリーブ52との高面圧部位に起因する固着領域が、前記スリーブ52のギヤピース62側への戻りを阻害することが根本的な機序であると考えられる。
【0032】
図11は、以上のような知見に基づいて為された、本発明の一実施例であるスリーブ52の構成を説明する視断面図である。この図11に示すように、本実施例の変速機16に備えられたスリーブ52は、それぞれスチール等の金属材料から成る第1の噛合歯52a及び第2の噛合歯52bが、繊維強化樹脂材料(Fiber Reinforced Plastics:FRP)から成る円筒状本体52dの内周側に相対回転不能に設けられて構成されたものである。ここで、前記クラッチハブ50から変速ギヤ28への動力伝達状態において、前記第1の噛合歯52aはそのクラッチハブ50の外周歯50bと嵌合させられるものであり、前記第2の噛合歯52bは前記ギヤピース62の嵌合歯62aと嵌合させられるものである。すなわち、本実施例のスリーブ52は、前記クラッチハブ50との嵌合に係る第1の噛合歯52aと、前記ギヤピース62との嵌合に係る第2の噛合歯52bとがそれぞれ別の部材として構成され、それらが上記円筒状本体52dの内周側に一体的に固定されて成るものである。
【0033】
換言すれば、本実施例のスリーブ52は、その軸心方向における一部が周方向全周に渡り繊維強化樹脂材料から形成されて成るものである。この繊維強化樹脂材料としては、ガラス繊維により強化された不飽和ポリエステル樹脂等が好適に用いられる。また、前記第1の噛合歯52a及び第2の噛合歯52bは、図11に示すようにその外周面において上記円筒状本体52dの内周側に固設されたものであるが、この固設に係る前記第1の噛合歯52a及び第2の噛合歯52bの外周面にはスプライン溝等の軸方向溝が形成されていることが望ましい。そのように軸方向溝が形成された前記第1の噛合歯52a及び第2の噛合歯52bの外周側に上記円筒状本体52dが成型されることで、回転方向の耐久性を保証することができる。
【0034】
また、換言すれば、本実施例のスリーブ52は、その軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部52eを備えたものである。すなわち、図11に示す前記円筒状本体52dの軸心方向における前記第1の噛合歯52aと第2の噛合歯52bとの間隙が斯かる弾性変形部52eに対応する。図12は従来技術のスリーブ52のギヤ抜けが発生する様子を、図13は本実施例のスリーブ52においてギヤ抜けが抑制される様子をそれぞれ模式的に示す図である。図12に示すような従来技術すなわち前記スリーブ52がその軸心方向に渡りスチール等の金属材料で一体的に構成されている場合においては、前記ギヤピース62がスリーブ52を押し上げることによりそのスリーブ52が軸心に対して傾き、その結果前述のようにその傾きによって生じる前記クラッチハ50とスリーブ52との高面圧部位に起因する固着領域が発生する。一方、上述したような構成の本実施例のスリーブ52においては、前記ギヤピース62に軸心に対する傾きが発生した場合において、その軸心方向における他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部52eに弾性変形が生じ、それによりスリーブ52とクラッチハブ50との相対角度が従来技術における相対角度よりも小さくなる。それにより、斯かるスリーブ52とクラッチハブ50との当接部位における面圧を均一化して高面圧部の発生、延いては固着領域の発生を抑制することができる。以上のように、軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部52eを備えた本実施例のスリーブ52では、そのスリーブ52とクラッチハブ50との当接部位における面圧を均一化して固着領域の発生を抑制することで、前述した機序によりスリーブ52がギヤピース62から脱落することを好適に抑制することができるのである。
【0035】
このように、本実施例によれば、前記スリーブ52は、その軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部52eを備えたものであることから、噛み合いに係る変速ギヤ28が傾くことでスリーブ52の端部が押し上げられた場合に、前記弾性変形部52eが弾性変形することで、クラッチハブ50とスリーブ52との嵌合部の面圧が高くなって摩擦抵抗が増大することに起因するスリーブ52の脱落を好適に防止することができる。すなわち、スリーブ52の脱落を抑制する車両用変速機16を提供することができる。
【0036】
また、前記弾性変形部52eは、前記スリーブ52の軸心方向における少なくとも一部が周方向全周に渡り繊維強化樹脂材料から形成されて成るものであるため、実用的な構成の弾性変形部52eを備えたスリーブ52により、その脱落を好適に抑制できる。
【0037】
また、前記スリーブ52は、それぞれ金属材料から成る、前記クラッチハブ50との嵌合に係る第1の噛合歯52a及び前記変速ギヤ28(ギヤピース62)との嵌合に係る第2の噛合歯52bが、繊維強化樹脂材料から成る円筒状本体52dの内周側に設けられて構成されたものであるため、実用的な構成のスリーブ52により、その脱落を好適に抑制できると共に、前記クラッチハブ50及び変速ギヤ28との嵌合に係る噛合歯の強度を保証することができる。
【0038】
以上、本発明の好適な実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、更に別の態様においても実施される。
【0039】
例えば、前述の実施例では、コーン面(テーパ面)を有するアウタシンクロナイザリング56及びインナシンクロナイザリング58と、それらの間にあってそれらテーパ面とそれぞれ摺接させられるテーパ面を有するミドルリング60とで構成される所謂マルチコーンシンクロ機構を備えた変速機に本発明が適用された例を説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば、単一のシンクロナイザを備えてそのシンクロナイザによりシンクロ作動を行うワーナー型の同期噛合装置や、サーボシンクロ型の同期噛合装置、或いはコンスタントロード型の同期噛合装置等を備えた変速機に本発明が適用されてもよい。
【0040】
また、前述の実施例では、図示しないクラッチペダルの踏込操作に応じて前記クラッチ14を断続させることで動力伝達を行うマニュアルトランスミッションに本発明が適用された例を説明したが、クラッチペダルを有することなく前記クラッチ14の断続を自動で行うセミオートマチックトランスミッションにも本発明は好適に適用されるものである。
【0041】
また、前述の実施例では、運転者のシフトレバー操作に連動して機械的に左右方向へ移動させられるシフトフォークによって前記スリーブ52が軸方向へ移動させられる形式の変速機16のクラッチであったが、油圧アクチュエータなどの駆動手段によって前記スリーブ52を軸方向へ移動させることにより変速段を自動で切り換える形式の変速機16のクラッチ等にも本発明は好適に適用され得る。また、前述の実施例の変速機16は入力軸を省略して、カウンタシャフトに直接エンジン出力が入力されるようになっていても良いなど、斯かる変速機10の構成は種々の態様が可能である。
【0042】
また、前述の実施例では、前記クラッチハブ50を中心として軸心方向の両側にクラッチ(シンクロ機構)および変速ギヤ28が配設された構成に本発明が適用された例を説明したが、何れか一方のみが配設された構成にも本発明は好適に適用される。
【0043】
また、前述の実施例では、前記入力軸24を回転軸とする同期装置32bに本発明が適用された例を説明したが、前記カウンタ軸26を回転軸とする同期装置32cにも本発明は好適に適用される。
【0044】
その他、一々例示はしないが、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲内において種々の変更が加えられて実施されるものである。
【符号の説明】
【0045】
16:車両用変速機
24:入力軸(回転軸)
28:変速ギヤ
50:クラッチハブ
52:スリーブ
52a:第1の噛合歯
52b:第2の噛合歯
52d:円筒状本体
52e:弾性変形部
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用変速機に関し、特に、スリーブの脱落を抑制するための改良に関する。
【背景技術】
【0002】
回転軸と、その回転軸に固定されたハブと、そのハブの外周側に軸心まわりの相対回転不能且つ軸心方向の相対移動可能に嵌合されたスリーブと、前記回転軸に軸心まわりの相対回転可能に配設されたそれぞれ所定の変速段を成立させるための複数のギヤとを、備え、前記スリーブを前記ハブに対して所定の相対位置に移動させることにより所定のギヤを前記回転軸に対して軸心まわりの相対回転不能とすることでそのギヤに対応する変速段を成立させる車両用変速機が知られている。例えば、マニュアルトランスミッションやセミオートマチックトランスミッション等がそれである。また、斯かる車両用変速機において、リバース機構に用いられるアイドル歯車のギヤ抜けを抑制するための技術が提案されている。例えば、特許文献1に記載されたリバース機構がそれである。この技術によれば、噛み合いに係る歯車にテーパ部を設けることで、リバースギヤにおけるアイドル歯車のギヤ抜けを好適に抑制できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−250410号公報
【特許文献2】特開2001−82505号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、前記車両用変速機では、所定の変速段が成立すべき場合において、その変速段に係るギヤから前記スリーブが脱落するスリーブ抜けが発生する不具合が指摘されていた。しかし、前述したような従来の技術では、斯かるスリーブの脱落を十分には防止できなかった。本発明者は、そのようなスリーブの脱落を抑制する車両用変速機を開発すべく鋭意研究を継続した一結果として、前記スリーブが脱落する機序を新たに解明し、その知見に基づいて本発明を為すに至った。
【0005】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであり、その目的とするところは、スリーブの脱落を抑制する車両用変速機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
斯かる目的を達成するために、本発明の要旨とするところは、回転軸と、その回転軸に固定されたハブと、そのハブの外周側に軸心まわりの相対回転不能且つ軸心方向の相対移動可能に嵌合されたスリーブと、前記回転軸に軸心まわりの相対回転可能に配設されたそれぞれ所定の変速段を成立させるための複数のギヤとを、備え、前記スリーブを前記ハブに対して所定の相対位置に移動させることにより所定のギヤを前記回転軸に対して軸心まわりの相対回転不能とすることでそのギヤに対応する変速段を成立させる車両用変速機であって、前記スリーブは、その軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部を備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0007】
このようにすれば、前記スリーブは、その軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部を備えたものであることから、噛み合いに係るギヤが傾くことでスリーブの端部が押し上げられた場合に、前記弾性変形部が弾性変形することで、ハブとスリーブとの嵌合部の面圧が高くなって摩擦抵抗が増大することに起因するスリーブの脱落を好適に防止することができる。すなわち、スリーブの脱落を抑制する車両用変速機を提供することができる。
【0008】
ここで、好適には、前記弾性変形部は、前記スリーブの軸心方向における少なくとも一部が周方向全周に渡り繊維強化樹脂材料から形成されて成るものである。このようにすれば、実用的な構成の弾性変形部を備えたスリーブにより、その脱落を好適に抑制できる。
【0009】
また、好適には、前記スリーブは、それぞれ金属材料から成る、前記ハブとの嵌合に係る第1の噛合歯及び前記ギヤとの嵌合に係る第2の噛合歯が、繊維強化樹脂材料から成る円筒状本体の内周側に設けられて構成されたものである。このようにすれば、実用的な構成のスリーブにより、その脱落を好適に抑制できると共に、前記ハブ及びギヤとの嵌合に係る噛合歯の強度を保証することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明が好適に適用される車両の駆動装置の骨子図である。
【図2】図1の駆動装置に備えられた車両用変速機において所定の変速段を成立させるための同期装置の構成を説明するためにその軸心を含む平面で切断して示す部分断面図である。
【図3】図2の車両用変速機に備えられたスリーブが入力軸に対する変速ギヤの相対回転を阻止する位置へ移動させられた状態を模式的に示す図である。
【図4】図3に示すような正常な状態に比べて入力軸に対して変速ギヤが傾いた状態を模式的に示す図である。
【図5】本発明者が解明したスリーブ抜けの機序を説明する上での前提となるギヤ入り領域及びギヤ抜け領域について説明する図である。
【図6】本発明者が解明したスリーブ抜けの機序を説明する上での前提となるギヤ入り領域及びギヤ抜け領域について説明する図である。
【図7】本発明者が解明したスリーブ抜けの機序を説明する上での前提となるギヤ入り領域及びギヤ抜け領域について説明する図である。
【図8】図4に示すように入力軸に対して変速ギヤが傾いた状態におけるスリーブとギヤピースの噛み合いを説明する図である。
【図9】図4に示すように入力軸に対して変速ギヤが傾いた状態におけるスリーブとクラッチハブの噛み合いを説明する図である。
【図10】図4に示すように入力軸に対して変速ギヤが傾いた状態におけるクラッチハブ及びスリーブの1回転中の摩擦力と軸力との関係を例示する図である。
【図11】本発明の一実施例である車両用変速機に備えられたスリーブの構成を説明する視断面図である。
【図12】従来技術の車両用変速機においてスリーブのギヤ抜けが発生する様子を模式的に示す図である。
【図13】図11に示す本実施例のスリーブを備えた車両用変速機においてギヤ抜けが抑制される様子を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の好適な実施例を図面に基づいて詳細に説明する。
【実施例】
【0012】
図1は、本発明が好適に適用される車両の駆動装置10の骨子図である。この図1に示す駆動装置10は、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)車両に好適に用いられる横置き型の装置であり、走行用の駆動力源であるエンジン12、クラッチ14、及びトランスアクスル22を備えて構成されている。
【0013】
上記エンジン12は、例えば、気筒内噴射される燃料の燃焼によって駆動力を発生させるガソリンエンジン或いはディーゼルエンジン等の内燃機関である。また、上記クラッチ14は、通常は係合状態とされる一方、図示しないクラッチペダルの踏込操作によりスリップ状態或いは開放状態とされて、上記エンジン12から出力される動力の上記トランスアクスル22への伝達を断続する動力断続装置である。また、上記トランスアクスル22は、本発明の一実施例である車両用変速機16と、終減速機18とが共通のトランスアクスルケース20(以下、単にケース20という)に収容されて構成されたものである。
【0014】
上記変速機16は、例えば、運転席近傍に設けられた図示しないシフト操作装置の操作に応じて複数の変速段を選択的に成立させる機械式の手動変速機(マニュアルトランスミッション)である。すなわち、上記変速機16は、車両の車幅方向に互いに平行な一対の入力軸24、カウンタ軸26間にギヤ比が異なる複数組の変速ギヤ(変速ギヤ対)28a、28b、28c、28d、28e(以下、特に区別しない場合には単に変速ギヤ28という)が配設されると共に、それら各変速ギヤ28に対応して複数の噛合クラッチ30a、30b、30c、30d、30e(以下、特に区別しない場合には単に噛合クラッチ30という)が設けられた平行軸式の常時噛合式変速機構であり、シフトセレクトシャフト34の駆動によりそれら各噛合クラッチ30の何れかを選択的に係合させて変速段を切り換える同期装置(同期噛合装置)32a、32b、32c(以下、特に区別しない場合には単に同期装置32という)を備えて構成され、前進5段の変速段が成立させられるようになっている。上記入力軸24及びカウンタ軸26には、更に後進ギヤ対36が配設され、図示しない出力シャフトに配設された後進用アイドル歯車と噛み合わされることにより後進変速段が成立させられるようになっている。また、上記カウンタ軸26には、出力歯車38が配設されて前記終減速機18のファイナルギヤ40と噛み合わされている。
【0015】
前記変速機16では、上記シフトセレクトシャフト34が駆動されて上記同期装置32cにより上記噛合クラッチ30eが係合されると、変速比(入力軸24の回転数/カウンタ軸26の回転数)が最も大きい第1変速段が成立させられる。また、上記同期装置32cにより上記噛合クラッチ30dが係合されると、変速比が2番目に大きい第2変速段が成立させられる。また、上記同期装置32bにより上記噛合クラッチ30cが係合されると、変速比が3番目に大きい第3変速段が成立させられる。また、上記同期装置32bにより上記噛合クラッチ30bが係合されると、変速比が4番目に大きい第4変速段が成立させられる。また、上記同期装置32aにより上記噛合クラッチ30aが係合されると、変速比が最も小さい第5変速段が成立させられる。
【0016】
前記終減速機18は、傘歯車である左右一対のサイドギヤ42R、42Lと、それらサイドギヤ42R、42Lにそれぞれスプライン嵌合等によって連結された左右一対のドライブシャフト44R、44Lとを、備えて構成されており、前記カウンタ軸26から入力される動力を左右の前輪(駆動輪)46R、46Lに分配し、それら前輪46R、46Lを回転駆動させる。すなわち、前記終減速機18は、円滑な転がり走行となるようにそれら左右の前輪46R、46Lの駆動車軸の回転数を配分するデファレンシャル装置(差動装置)を含んでいる。また、図1に示すように、本実施例の駆動装置10においては、車両前進方向を前方とした場合に、車軸である上記ドライブシャフト44R、44Lが前記エンジン12の出力軸である入力軸24よりも後方に配設されている。
【0017】
図2は、前記変速機16において所定の変速段を成立させるための同期装置32の構成を説明するためにその軸心Cを含む平面で切断して示す部分断面図である。以下、この図を参照して、斯かる同期装置32による前記噛合クラッチ30の係合乃至解放制御について説明する。なお、図2では、前記同期装置32bの構成を示しているが、他の同期装置32も以下の説明と同様の作動によって前記噛合クラッチ30の係合乃至解放を制御するものであり、それらの説明を省略する。
【0018】
図2に示すように、前記同期装置32は、回転軸としての前記入力軸24上に、クラッチハブ50、スリーブ52、アウタシンクロナイザリング56、インナシンクロナイザリング58、ミドルリング60、ギヤピース62、及び図示しないキーを同心に備えている。このクラッチハブ50は、その内周側に形成されたスプライン溝50aにより回転軸である前記入力軸24に相対回転不能に嵌合されると共に、図2に示すスナップリング54や軸心方向の両側に配設された変速ギヤ28b、28cによってその軸心方向の位置が定められることで、その入力軸24に固定(固設)されている。また、上記クラッチハブ50の外周側には、上記スリーブ52と嵌め合わされるための外周歯50bが形成されている。
【0019】
上記スリーブ52は、略円筒形状を成すものである。また、そのスリーブ52の内周側には、図11を用いて後述するように、前記クラッチハブ50の外周側に形成された上記外周歯50b乃至ギヤピース62の外周側に形成された噛合歯62aと噛み合うように第1の噛合歯(内周歯)52a乃至第2の噛合歯52bが形成されており、それら外周歯50b、第1の噛合歯52a乃至第2の噛合歯52bが互いに嵌め合わされることにより、前記スリーブ52は前記クラッチハブ50の外周側に軸心まわりの相対回転不能且つ軸心方向の相対移動可能に嵌合されている。また、前記スリーブ52は、幅方向の中央部において内周側に突き出す凸部を有しており、図示しないキーにより通常は図2に示すような動力伝達を遮断する状態である中立位置に位置させられる一方、図示しないシフトフォークによって軸心方向へ駆動されることで図3に概略的に示すような動力伝達が可能な状態である伝達位置へ移動可能に配設されている。このシフトフォークは、例えば運転者のシフトレバー操作に連動して機械的に図2等の左右方向へ移動させられるようになっている。
【0020】
前記変速ギヤ28b、28cは、何れも前記クラッチハブ50に隣接して、ベアリング(ニードルベアリング)64b、64c等により前記入力軸24に軸心まわりの相対回転可能に配設されると共に、図示しないスナップリング等によって軸心方向の位置が決められている。また、前記ギヤピース62は、前記変速ギヤ28のクラッチハブ50側に例えば圧入や溶接により相対回転不能に固設されたものであり、そのギヤピース62の外周側には、前記スリーブ52が前記伝達位置に移動させられる前記同期装置32の作動時に、そのスリーブ52の内周側に形成された第2の噛合歯(内周歯)52bと噛み合うための噛合歯62aが形成されている。また、前記変速ギヤ28又はその変速ギヤ28に固設されたギヤピース62には、前記クラッチハブ50に隣接してそのクラッチハブ50に向かうほど小径となる外周テーパ面(外周コーン面)66が形成されている。
【0021】
前記ミドルリング60は、前記クラッチハブ50と変速ギヤ28との間において、前記ギヤピース62のクラッチハブ50側の円周方向に複数設けられた穴部62bに対応する位置に設けられた突起部60aがその穴部62bに差し込まれることで位置決めされて、前記変速ギヤ28と共に回転し且つ軸心方向の移動が許容される状態で配設されている。また、前記ミドルリング60には、前記クラッチハブ50に向かうほど小径となる内周テーパ面(内周コーン面)60b及び外周テーパ面(外周コーン面)60cが形成されている。
【0022】
前記アウタシンクロナイザリング56は、前記ミドルリング60の外周テーパ面60cに摺接させられる内周テーパ面(内周コーン面)56aと、前記スリーブ52と変速ギヤ28とが相対回転している間すなわちそのスリーブ52と変速ギヤ28とが同期回転するまでの間そのスリーブ52の噛合歯52bと係合してそのスリーブ52の軸心方向移動を阻止するための外周係合歯56bとを備え、前記クラッチハブ50に所定量以上の相対回転不能すなわち周方向に関して所定角度θAの相対回転が許容されつつ相対回転不能、且つ軸心方向の相対移動可能に前記ミドルリング60の外周側に配設されている。また、前記アウタシンクロナイザリング56は、図2に示すように、そのアウタシンクロナイザリング56の外周面56cが前記クラッチハブ50の外周歯50bが設けられている外周環の内周面に当接するように配設されており、前記クラッチハブ50に対し、周方向に関して所定角度θAの相対回転が許容されつつ相対回転不能且つ軸心方向の相対移動可能に配設されている。上記所定角度θAの相対回転は、前記スリーブ52と変速ギヤ28とが同期回転するまでそのスリーブ52の軸心方向移動が阻止されるように例えばそのスリーブ52の噛合歯52a乃至52bとアウタシンクロナイザリング56と外周係合歯56bとの周方向の相対位置が歯幅の半分程度のずれが生じるように定められている。
【0023】
前記インナシンクロナイザリング58は、前記ミドルリング60の内周側に配設されている。換言すれば、前記ミドルリング60とギヤピース62との間に間挿されている。また、前記ミドルリング60の内周テーパ面60bと摺接するための外周テーパ面(外周コーン面)58aと、前記変速ギヤ28の外周テーパ面66と摺接するための内周テーパ面(内周コーン面)58bとが形成されている。このように、本実施例の同期装置32は、それぞれコーン面(テーパ面)を有するアウタシンクロナイザリング56及びインナシンクロナイザリング58と、それらの間にあってテーパ面とそれぞれ摺接させられるテーパ面を有するミドルリング60とで構成される所謂マルチコーンシンクロ機構である。
【0024】
以上のように構成された同期装置32において、前記スリーブ52を移動させるためのシフトフォークの非駆動時には、図示しないキーによりそのスリーブ52が前記クラッチハブ50に対して図2のような相対位置に位置決めされる。斯かる相対位置では、前記変速ギヤ28b、28cは何れも前記入力軸24に対して軸心まわりの相対回転可能とされており、それら変速ギヤ28b、28cを介しての動力伝達は行われない。
【0025】
ここで、前記同期装置32が前記変速ギヤ28cによる動力伝達を行う状態を成立させるために駆動させられる場合を説明する。前記スリーブ52が中立位置から伝達位置への移動が開始されるシフト開始時には、図示しないキーが前記スリーブ52により内周側に押し込まれ始める際に前記変速ギヤ28c側に押されることで、前記アウタシンクロナイザリング56がミドルリング60に押圧され、そのアウタシンクロナイザリング56とミドルリング60との相対回転で発生する摩擦力により前記スリーブ52とアウタシンクロナイザリング56とが相対回転させられる。そして、前記スリーブ52とアウタシンクロナイザリング56とは図示しないキーにより周方向に所定角度θAで相対回転させられた状態でそれ以上の相対回転が阻止されるように位置決めされる。これにより、前記アウタシンクロナイザリング56とミドルリング60とが相対回転している間すなわち前記スリーブ22と変速ギヤ28cとが同期回転するまでの間は、前記スリーブ52の噛合歯52bとアウタシンクロナイザリング56の外周係合歯56bとの係合によりそのスリーブ52の軸心方向移動が阻止される。
【0026】
そして、図示しないキーを介して一体となった前記一対のシンクロナイザリング56、58とミドルリング60との間の摩擦力と、前記変速ギヤ28cの外周テーパ面66によるインナシンクロナイザリング58の内周テーパ面58cへの押圧力すなわち前記一対のシンクロナイザリング56、58と変速ギヤ28cとの間の摩擦力とでそれら一対のシンクロナイザリング56、58と変速ギヤ28cとが同期回転させられたとき、換言すれば前記スリーブ52と変速ギヤ28cとが同期回転させられたとき、そのスリーブ52の軸心方向移動を阻止するスリーブ52の噛合歯52bとアウタシンクロナイザリング56の外周係合歯56bとの係合作用がなくなり、その噛合歯52bが外周係合歯56bの間を抜けてスリーブ52がさらに前記変速ギヤ28c側へ移動させられ、前記噛合歯52bとギヤピース62の噛合歯62aとが噛み合わせられる。
【0027】
図3は、前記スリーブ52が前記入力軸24に対する前記変速ギヤ28の相対回転を阻止する位置へ移動させられた状態を模式的に示す図である。この図3に示すように、上述のような動作によって前記クラッチハブ50の外周側に形成された外周歯50bと前記スリーブ52の内周側に形成された第1の噛合歯52aが噛み合わされると共に、そのスリーブ52の内周側に形成された第2の噛合歯52bと前記ギヤピース62の外周側に形成された噛合歯62aとが噛み合わされることで、前記変速ギヤ28の前記入力軸24に対する軸心方向の相対回転が不能とされ、その変速ギヤ28を介して動力伝達可能な状態が構成される。なお、図2における前記一対のシンクロナイザリング56、58とミドルリング60との間の摺接面及びインナシンクロナイザリング58の内周テーパ面58cと変速ギヤ28の外周テーパ面66との間の摺接面のそれぞれの隙間は、その隙間がわかりやすいように図示したものであって実際の隙間は略接触している程極めて小さいものである。
【0028】
図4は、図3に示すような正常な状態に比べて前記入力軸24に対して変速ギヤ28乃至ギヤピース62が傾いた状態、すなわち変速ギヤ28乃至ギヤピース62の軸心ずれが発生した状態を模式的に示す図である。前記クラッチハブ50、スリーブ52、及びギヤピース62が一体的に回転させられる状態においては、所謂がた等によりこのように変速ギヤ28乃至ギヤピース62の軸心からの傾きが発生するおそれがある。また、図4に示すように、斯かる変速ギヤ28乃至ギヤピース62の軸心に対する傾きに起因して、前記変速ギヤ28と入力軸24との間に設けられたベアリング(ニードルベアリング)64のラジアル隙間による傾き、延いてはスリーブ52の軸心ずれ等が発生する。本発明者は、斯かる変速ギヤ28乃至ギヤピース62の軸心に対する傾きに起因して、前記スリーブ52の脱落すなわち前記ギヤピース62の噛合歯62aからの抜け(スリーブ52がクラッチハブ50側にずれていく不具合)が発生する機序を新たに解明した。以下、図4乃至図10を参照して斯かるスリーブ抜けの機序について説明する。なお、この機序の説明に用いる図4乃至図10においては、従来技術において一般的であったスリーブ52を備えた変速機16について説明する。すなわち、そのスリーブ52は全体がスチール等の金属材料により一体的に構成されたものであると共に、その内周側に設けられた噛合歯52cは、図4に示すように軸心方向に連続して形成されたものである。
【0029】
図5乃至図7は、本発明者が解明したスリーブ抜けの機序を説明する上での前提となるギヤ入り領域及びギヤ抜け領域について説明する図である。図5に示すように、前記スリーブ52の軸心が前記クラッチハブ50の軸心に対して所定の相対角度を有して傾いている場合、それらクラッチハブ50及びスリーブ52の1回転中において、図6に示すギヤ抜け領域と、図7に示すギヤ入り領域とが同時間だけ存在する。すなわち、回転トルクによる接線荷重の分力としての軸力と摩擦力との釣り合いに応じて、図6に示すように前記スリーブ52がクラッチハブ50から離隔する方向(ギヤピース62へ接近する方向)への力が発生するギヤ抜け領域と、図7に示すように前記スリーブ52がクラッチハブ50へ接近する方向(ギヤピース62から離隔する方向)への力が発生するギヤ入り領域とが交互に現れる。
【0030】
図8は、図4に示すように前記入力軸24に対して変速ギヤ28乃至ギヤピース62が傾いた状態における前記スリーブ52とギヤピース62の噛み合いを説明する図である。同様に、図9は、図4に示すように前記入力軸24に対して変速ギヤ28乃至ギヤピース62が傾いた状態における前記スリーブ52とクラッチハブ50の噛み合いを説明する図である。図8に示すような状態では、スラスト荷重により前記ギヤピース62に軸心に対する傾きが生じ、それに応じて前記スリーブ52が図4の白抜矢印に示す方向(紙面上方)へ移動させられる。また、接線荷重により前記ギヤピース62に偏心が生じ、それに応じて前記スリーブ52がそのギヤピース62に接近する方向(紙面左方)へ移動させられる。そして、斯かる状態においては、前記スリーブ52とクラッチハブ50の噛み合い部分において、図9に破線で囲繞して示すような高面圧部位が発生する。この高面圧部位は、前記クラッチハブ50の外周歯50bとスリーブ52の噛合歯52cとの歯隙が詰まって、それらの当接部位における面圧が通常値よりも高くなったものである。
【0031】
図10は、図4に示すように前記入力軸24に対して変速ギヤ28乃至ギヤピース62が傾いた状態における前記クラッチハブ50及びスリーブ52の1回転中の摩擦力と軸力との関係を例示する図であり、軸力を実線で、見かけの摩擦力を破線でそれぞれ示している。図9を用いて上述したように、前記スリーブ52とクラッチハブ50の噛み合い部分に通常値よりも面圧が高い高面圧部位が存在する場合、図10に示すように、見かけの摩擦力(=μ×面直荷重)が軸力より大きくなり、それらスリーブ52とクラッチハブ50との軸方向における相対移動(滑り)が起こらない固着領域が発生する。前述のように、前記クラッチハブ50及びスリーブ52の1回転中に斯かるスリーブ52が前記ギヤピース62へ接近するギヤ抜け領域と、そのスリーブ52が前記ギヤピース62から離隔するギヤ入り領域とが同時間だけ存在する場合には、そのスリーブ52のギヤピース62からの離脱は発生しない。しかし、上述のような固着領域が存在する場合、前記スリーブ52がギヤピース62から離隔した状態で固着領域に入り、十分にそのギヤピース62に接近させられないまま次の周期に入ることが繰り返されることで、前記スリーブ52のギヤピース62からの離脱が発生する。すなわち、前記スリーブ52のギヤピース62からの脱落は、そのギヤピース62がスリーブ52を押し上げることによりそのスリーブ52が軸心に対して傾き、その傾きによって生じる前記クラッチハ50とスリーブ52との高面圧部位に起因する固着領域が、前記スリーブ52のギヤピース62側への戻りを阻害することが根本的な機序であると考えられる。
【0032】
図11は、以上のような知見に基づいて為された、本発明の一実施例であるスリーブ52の構成を説明する視断面図である。この図11に示すように、本実施例の変速機16に備えられたスリーブ52は、それぞれスチール等の金属材料から成る第1の噛合歯52a及び第2の噛合歯52bが、繊維強化樹脂材料(Fiber Reinforced Plastics:FRP)から成る円筒状本体52dの内周側に相対回転不能に設けられて構成されたものである。ここで、前記クラッチハブ50から変速ギヤ28への動力伝達状態において、前記第1の噛合歯52aはそのクラッチハブ50の外周歯50bと嵌合させられるものであり、前記第2の噛合歯52bは前記ギヤピース62の嵌合歯62aと嵌合させられるものである。すなわち、本実施例のスリーブ52は、前記クラッチハブ50との嵌合に係る第1の噛合歯52aと、前記ギヤピース62との嵌合に係る第2の噛合歯52bとがそれぞれ別の部材として構成され、それらが上記円筒状本体52dの内周側に一体的に固定されて成るものである。
【0033】
換言すれば、本実施例のスリーブ52は、その軸心方向における一部が周方向全周に渡り繊維強化樹脂材料から形成されて成るものである。この繊維強化樹脂材料としては、ガラス繊維により強化された不飽和ポリエステル樹脂等が好適に用いられる。また、前記第1の噛合歯52a及び第2の噛合歯52bは、図11に示すようにその外周面において上記円筒状本体52dの内周側に固設されたものであるが、この固設に係る前記第1の噛合歯52a及び第2の噛合歯52bの外周面にはスプライン溝等の軸方向溝が形成されていることが望ましい。そのように軸方向溝が形成された前記第1の噛合歯52a及び第2の噛合歯52bの外周側に上記円筒状本体52dが成型されることで、回転方向の耐久性を保証することができる。
【0034】
また、換言すれば、本実施例のスリーブ52は、その軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部52eを備えたものである。すなわち、図11に示す前記円筒状本体52dの軸心方向における前記第1の噛合歯52aと第2の噛合歯52bとの間隙が斯かる弾性変形部52eに対応する。図12は従来技術のスリーブ52のギヤ抜けが発生する様子を、図13は本実施例のスリーブ52においてギヤ抜けが抑制される様子をそれぞれ模式的に示す図である。図12に示すような従来技術すなわち前記スリーブ52がその軸心方向に渡りスチール等の金属材料で一体的に構成されている場合においては、前記ギヤピース62がスリーブ52を押し上げることによりそのスリーブ52が軸心に対して傾き、その結果前述のようにその傾きによって生じる前記クラッチハ50とスリーブ52との高面圧部位に起因する固着領域が発生する。一方、上述したような構成の本実施例のスリーブ52においては、前記ギヤピース62に軸心に対する傾きが発生した場合において、その軸心方向における他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部52eに弾性変形が生じ、それによりスリーブ52とクラッチハブ50との相対角度が従来技術における相対角度よりも小さくなる。それにより、斯かるスリーブ52とクラッチハブ50との当接部位における面圧を均一化して高面圧部の発生、延いては固着領域の発生を抑制することができる。以上のように、軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部52eを備えた本実施例のスリーブ52では、そのスリーブ52とクラッチハブ50との当接部位における面圧を均一化して固着領域の発生を抑制することで、前述した機序によりスリーブ52がギヤピース62から脱落することを好適に抑制することができるのである。
【0035】
このように、本実施例によれば、前記スリーブ52は、その軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部52eを備えたものであることから、噛み合いに係る変速ギヤ28が傾くことでスリーブ52の端部が押し上げられた場合に、前記弾性変形部52eが弾性変形することで、クラッチハブ50とスリーブ52との嵌合部の面圧が高くなって摩擦抵抗が増大することに起因するスリーブ52の脱落を好適に防止することができる。すなわち、スリーブ52の脱落を抑制する車両用変速機16を提供することができる。
【0036】
また、前記弾性変形部52eは、前記スリーブ52の軸心方向における少なくとも一部が周方向全周に渡り繊維強化樹脂材料から形成されて成るものであるため、実用的な構成の弾性変形部52eを備えたスリーブ52により、その脱落を好適に抑制できる。
【0037】
また、前記スリーブ52は、それぞれ金属材料から成る、前記クラッチハブ50との嵌合に係る第1の噛合歯52a及び前記変速ギヤ28(ギヤピース62)との嵌合に係る第2の噛合歯52bが、繊維強化樹脂材料から成る円筒状本体52dの内周側に設けられて構成されたものであるため、実用的な構成のスリーブ52により、その脱落を好適に抑制できると共に、前記クラッチハブ50及び変速ギヤ28との嵌合に係る噛合歯の強度を保証することができる。
【0038】
以上、本発明の好適な実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、更に別の態様においても実施される。
【0039】
例えば、前述の実施例では、コーン面(テーパ面)を有するアウタシンクロナイザリング56及びインナシンクロナイザリング58と、それらの間にあってそれらテーパ面とそれぞれ摺接させられるテーパ面を有するミドルリング60とで構成される所謂マルチコーンシンクロ機構を備えた変速機に本発明が適用された例を説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば、単一のシンクロナイザを備えてそのシンクロナイザによりシンクロ作動を行うワーナー型の同期噛合装置や、サーボシンクロ型の同期噛合装置、或いはコンスタントロード型の同期噛合装置等を備えた変速機に本発明が適用されてもよい。
【0040】
また、前述の実施例では、図示しないクラッチペダルの踏込操作に応じて前記クラッチ14を断続させることで動力伝達を行うマニュアルトランスミッションに本発明が適用された例を説明したが、クラッチペダルを有することなく前記クラッチ14の断続を自動で行うセミオートマチックトランスミッションにも本発明は好適に適用されるものである。
【0041】
また、前述の実施例では、運転者のシフトレバー操作に連動して機械的に左右方向へ移動させられるシフトフォークによって前記スリーブ52が軸方向へ移動させられる形式の変速機16のクラッチであったが、油圧アクチュエータなどの駆動手段によって前記スリーブ52を軸方向へ移動させることにより変速段を自動で切り換える形式の変速機16のクラッチ等にも本発明は好適に適用され得る。また、前述の実施例の変速機16は入力軸を省略して、カウンタシャフトに直接エンジン出力が入力されるようになっていても良いなど、斯かる変速機10の構成は種々の態様が可能である。
【0042】
また、前述の実施例では、前記クラッチハブ50を中心として軸心方向の両側にクラッチ(シンクロ機構)および変速ギヤ28が配設された構成に本発明が適用された例を説明したが、何れか一方のみが配設された構成にも本発明は好適に適用される。
【0043】
また、前述の実施例では、前記入力軸24を回転軸とする同期装置32bに本発明が適用された例を説明したが、前記カウンタ軸26を回転軸とする同期装置32cにも本発明は好適に適用される。
【0044】
その他、一々例示はしないが、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲内において種々の変更が加えられて実施されるものである。
【符号の説明】
【0045】
16:車両用変速機
24:入力軸(回転軸)
28:変速ギヤ
50:クラッチハブ
52:スリーブ
52a:第1の噛合歯
52b:第2の噛合歯
52d:円筒状本体
52e:弾性変形部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸と、該回転軸に固定されたハブと、該ハブの外周側に軸心まわりの相対回転不能且つ軸心方向の相対移動可能に嵌合されたスリーブと、前記回転軸に軸心まわりの相対回転可能に配設されたそれぞれ所定の変速段を成立させるための複数のギヤとを、備え、前記スリーブを前記ハブに対して所定の相対位置に移動させることにより所定のギヤを前記回転軸に対して軸心まわりの相対回転不能とすることで該ギヤに対応する変速段を成立させる車両用変速機であって、
前記スリーブは、その軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部を備えたものであることを特徴とする車両用変速機。
【請求項2】
前記弾性変形部は、前記スリーブの軸心方向における少なくとも一部が周方向全周に渡り繊維強化樹脂材料から形成されて成るものである請求項1に記載の車両用変速機。
【請求項3】
前記スリーブは、それぞれ金属材料から成る、前記ハブとの嵌合に係る第1の噛合歯及び前記ギヤとの嵌合に係る第2の噛合歯が、繊維強化樹脂材料から成る円筒状本体の内周側に設けられて構成されたものである請求項2に記載の車両用変速機。
【請求項1】
回転軸と、該回転軸に固定されたハブと、該ハブの外周側に軸心まわりの相対回転不能且つ軸心方向の相対移動可能に嵌合されたスリーブと、前記回転軸に軸心まわりの相対回転可能に配設されたそれぞれ所定の変速段を成立させるための複数のギヤとを、備え、前記スリーブを前記ハブに対して所定の相対位置に移動させることにより所定のギヤを前記回転軸に対して軸心まわりの相対回転不能とすることで該ギヤに対応する変速段を成立させる車両用変速機であって、
前記スリーブは、その軸心方向における少なくとも一部に、他の部分よりも曲げ剛性の低い弾性変形部を備えたものであることを特徴とする車両用変速機。
【請求項2】
前記弾性変形部は、前記スリーブの軸心方向における少なくとも一部が周方向全周に渡り繊維強化樹脂材料から形成されて成るものである請求項1に記載の車両用変速機。
【請求項3】
前記スリーブは、それぞれ金属材料から成る、前記ハブとの嵌合に係る第1の噛合歯及び前記ギヤとの嵌合に係る第2の噛合歯が、繊維強化樹脂材料から成る円筒状本体の内周側に設けられて構成されたものである請求項2に記載の車両用変速機。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2010−203589(P2010−203589A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−52702(P2009−52702)
【出願日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
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