車両用強度部材
【課題】 高次元での高強度と衝撃エネルギー吸収能を兼ね備えた高強度鋼板を、エネルギー吸収効率と接合性の両方に優れたものとし、車両用強度部材に好適なものとする。
【解決手段】引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板と、その高強度鋼板の引張り強度に対する引張り強度比が0.3〜0.85となる鋼板とを、所定方向に延在する空間を挟んで両端において接合したものであり、前記所定方向側から荷重がかかるように使用される。
【解決手段】引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板と、その高強度鋼板の引張り強度に対する引張り強度比が0.3〜0.85となる鋼板とを、所定方向に延在する空間を挟んで両端において接合したものであり、前記所定方向側から荷重がかかるように使用される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高次元での高強度と衝撃エネルギー吸収能を兼ね備えた高強度鋼板からなる車両用強度部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の衝突安全性への要求が益々高まっている。例えば、前面衝突に対する安全策としては、フロントフレームを変形させてエネルギーを吸収し、その代わりに乗員空間であるキャビンは変形抵抗を高めてなるべく変形を抑えて乗員空間を確保するという手法が有効とされている。この手法におけるフロントフレームでのエネルギー吸収量は、変形抵抗と変形ストロークの積に比例するが、より短い変形ストロークで同等のエネルギーを吸収することができれば、フロントオーバーハングの短縮による運動性能の向上や車体軽量化など、さまざまなメリットを享受することができる。したがって、近年は、フロントフレームに使用される材料(一般的には鋼板)の強度が、より高いものになっている。
【0003】
ここで、フロントフレーム用鋼板を高強度化するにあたっては、鋼板を高強度化すると必然的に降伏点が上昇するために、初期反力、すなわち車体が衝突する瞬間の反力も大きく上昇することを考慮する必要がある。したがって、初期反力を極力低く抑えながらも、変形時の吸収エネルギーを十分に確保することが必要である。
【0004】
また、フロントフレームのような部品が長手方向に圧縮する状況にあたっては、鋼板を高強度化すると、一般に座屈形状が不安定になり、安定した蛇腹状の座屈から折れ曲がりの状態に変形態様が変化するという問題もある。いうまでもなく、折れ曲がりになると衝撃エネルギーの吸収効率も低下するため、素材を高強度化したことによる吸収エネルギーの増加も見込めなくなる。なお、鋼板の高強度化により座屈が不安定になる理由としては、鋼板素材の高強度化による加工硬化能の低下が大きいといわれている。すなわち、部材が軸方向に1回だけ座屈した時に素材の加工硬化の度合いが大きければ、座屈部のみならずその周囲にも変形が伝播し、別の部位が次に座屈し、結果的に蛇腹状の座屈形態となる。ところが、加工硬化の度合いが小さい場合は、1回目の座屈部のみに変形が集中してしまい、その場合には折れ曲がりの形態となる。一般的に鋼板を高強度化すると加工硬化能は低下するため、座屈の不安定化は避けられなかった。
【0005】
このような問題を解決するためには、部品の形状を、安定座屈しやすくなるようなものとすることが効果的であるが、エンジンルーム内のレイアウトやデザインの面で制約があり、部品の形状を所望通りに実現できるとは限らない。そこで、材料そのものの特性を最適化することで目的を達成できれば、材料を高強度化しながらも問題なくエネルギーを吸収することができる。具体的には、高強度でありながら降伏強度が低く、かつ、加工硬化能が高い鋼板を用いれば、初期反力の増加が抑制され、また、座屈が安定化し、効率的に衝撃エネルギーを吸収することができる。
【0006】
さらに、フロントフレームのような車両用車体を構成する部品においては、一般的に1種類の鋼板のみからなる部品は極めて稀であり、少なくとも2種類以上の鋼板からなる部品が多くを占めている。これは接合性、軽量化、および製造コスト等の観点から総合的な最適化を図っているためである。そのため、車両用車体部品には、基本的に異材接合が多用されており、自動車の衝突安全性への要求の1つに、衝突時に部品を構成する材料どうしの接合部で剥離が起きないことが要件として規定されていることが多い。剥離を回避する理由は、構成材料どうしの剥離によって本来得られる衝撃エネルギーの吸収効率が低下するためである。また、剥離発生の有無は接合条件によるが、選択する接合条件に最も影響を与える要素は鋼板の種類であるため、2種類以上の鋼板からなる車両用車体を構成する部品設計においては、構成する鋼板の種類の選択が重要な項目となる。
【0007】
衝突特性に優れた車体部品用の鋼板としては、加工誘起変態によりマルテンサイトを生成可能なオーステナイト組織を有するとともに、加工硬化指数が0.6以上の鋼板を用いて構成された鋼板が開示されている(特許文献1)。また、この他には、C:0.1〜0.45%を含み、Si:0.5〜1.8%を含む鋼を所定の条件で熱延、冷延、焼鈍することで、引張り強度が82〜113kgf/mm2で、引張り強度×伸びが2500kgf/mm2・%以上を示す延性の良好な高強度鋼板の製造方法が開示されている(特許文献2)。さらには、C:0.1〜0.4wt%を含み、Siを制限した成分系でMn量を高め、所定条件で2回焼鈍することで、引張り強度が811〜1240MPa、引張り強度×伸びが28000MPa・%以上の高延性を示す高強度鋼板が開示されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−130444号公報
【特許文献2】特開昭62−182225号公報
【特許文献3】特開平7−188834号公報
【特許文献4】特開2007−321207号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1には、実施例aとしてCr:19質量%、Ni:12.2質量%のオーステナイト系ステンレス鋼板と、実施例bとしてCr:18.3質量%、Ni:8.87質量%のオーステナイト系ステンレス鋼板が開示されている。本発明者らがそのうちの実施例bとほぼ同じ成分を含有する市販のSUS304L(オーステナイト系ステンレス鋼)を用いて、板材をハット状に折り曲げ加工した部材を用いた筒型部材(図3参照)を試験片として作製し、圧潰試験(後述の実施例参照)に供したところ、座屈は蛇腹形状で安定して生じたものの、初期反力と吸収エネルギーのバランスは、従来鋼に対して優位差がないという結果を得た。
【0010】
また、特許文献1の請求項2には、使用される鋼板の加工硬化指数が0.26以上と規定されているが、初期反力と吸収エネルギーのバランスを決定するのは、加工硬化指数すなわち“n値”だけではないことを本発明者らは把握している。そもそもこのn値とは、応力σと歪みεの関係を、「σ=Kεn」で表した場合の指数nであり、本発明者らはこれに関して3つの問題点があると考えている。
【0011】
第1に、n値自体は、応力歪み線図の形を決定しているにすぎず、材料の加工硬化量すなわち変形応力の増分の絶対値を決めるものではないということである。例えば軟鋼板はn値が高いが、応力の増分の絶対値自体が大きいわけではない。また、必ずしも全ての材料の応力歪み線図に対してn値が精度良く合うものではない。後述するように、本発明は、部材の衝突特性にとって重要な因子は、n値ではなく、応力の増分すなわち応力歪み線図の勾配であるとの知見に基づいている。
【0012】
さらには、n値を測定するにあたり、測定に用いる歪み量の範囲によって得られるn値が変わってくることも問題である。例えば、「プレス成形難易ハンドブック第3版(2007年 日刊工業新聞社 薄鋼板成形技術研究会編)、99ページ」には、「通常の材料では変形中にn値が一定ではない」と記載されている。しかしながら、n値の測定に用いる歪み量の範囲に明確な規定はない。前出の「プレス成形難易ハンドブック第3版 99ページ」には、歪み量は、「普通鋼板では5〜15%、または10〜20%とすることが多い」と記載されているのみである。また、「JIS Z 2253 薄板金属材料の加工硬化指数試験方法 7.n値の算出」の(1)には、「計算に用いる歪みの範囲は、それぞれの材料規格による。特に規定のない場合は、受渡当事者間の協定による」と記載されているものの、「JIS G 3141 冷間圧延鋼板及び鋼帯」には、n値の規定は無く、「日本鉄鋼連盟規格 JFSA−2001 自動車用冷間圧延鋼板及び鋼帯」にもn値の規定はない。
【0013】
以上を鑑みると、種々の方法で測定されたn値をそのまま比較することは正当な評価をしたことにならない。さらには、n値の測定に関しては、弾性変形域の取り扱いも慎重になされるべきである。「JIS Z 2253 薄板金属材料の加工硬化指数試験方法」には、真歪みεの定義として伸び計の標点距離Lが用いられており、これに基づくならば、弾性変形域を含んだ標点距離の変位量を用いて真歪みが計算されるため、真歪みには弾性変形分が含まれることになる。しかしながら、加工硬化指数を計算するにあたって弾性変形域も含んだ歪みを用いることには、そもそも矛盾がある。もっとも、軟鋼板等、降伏点が比較的低いものの場合には、弾性変形域を含むか否かはさほど問題にならない。しかしながら本発明のような衝突部品に適用される高強度鋼板では、軟鋼板に比べて降伏点が高いため、弾性変形域を含む場合と含まない場合のn値の差異は、無視できなくなる。
【0014】
以上のような状況に鑑み、本発明者らは、部材の衝突特性に影響する材料因子として、n値以外に、より簡便で、かつ、計算条件が明確な指標を検討してきた。その結果、弾性変形域を除外した塑性歪みを用いた、真応力真歪み線図において、真歪み3〜7%の間の真応力の傾きdσ/dεが、最も有効であるとの結論に達した。そのため本発明では、応力勾配dσ/dεを、材料特性を規定するための指標とする。その詳細な測定方法については後述する。
【0015】
次に、特許文献2では引張り強度×伸びが2500kgf/mm2・%以上を示し、特許文献3では引張り強度×伸びが28000MPa・%以上を示す強度延性バランスが良好な高強度鋼板が開示されているが、いずれの鋼板においても、初期反力を抑えて吸収エネルギーを確保するといった特性は有していない。
【0016】
また、従来の鋼板を採用している一般的な車両用車体部品では、前述の通り、2種類以上の鋼板で構成されている部品が多い。例えば、2種類の鋼板からなる部品の場合、引張り強度600MPa程度の鋼板と、それより引張り強度の低い鋼板で構成することがある。通常、冷間圧延鋼板の強度は含有するC量に比例するが、C量が高いほどスポット溶接の条件範囲が狭くなる。このため、従来においては、強度の異なる2種類の鋼板、つまり、C量の多い鋼板と少ない鋼板で部品を構成することで、構成材料どうしの接合条件の範囲を広くして生産性を向上させ、ひいては構成材料どうしの接合部が剥離する可能性を排除している。しかしながら、車両用車体部品に採用されている従来の冷間圧延鋼板の衝撃エネルギー吸収能は、初期反力に比例する、つまり鋼板の強度に比例するため、上記のような強度の高い鋼板と低い鋼板で構成された部品の衝撃エネルギー吸収能は、強度の高い鋼板どうしで構成された部品に比べて低い傾向にある。よって、接合性や製造コスト等では最適な状態でありながらも、使用した鋼板の衝撃エネルギー吸収能を最大限利用できる車両用車体部品を構成する必要がある。
【0017】
以上のような状況から、衝突時の初期反力をできるだけ抑えながらも良好な衝撃エネルギー吸収能が得られる高強度鋼板を、鋼板のエネルギー吸収効率を損なうことなく、接合性や製造コスト等を最適な状態で部品に適用できる技術が求められていた。
【0018】
よって本発明は、高強度と衝撃エネルギー吸収能とを高次元で兼ね備える車両用強度部材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、車両用強度部材のうち特に軸方向に変形する部品において、初期反力を抑えながらエネルギー吸収量を上昇させるために必要な材料の特性について研究を重ねた。その結果、初期反力は素材の3%変形時の応力に比例し、圧潰後の吸収エネルギーは、素材の7%変形応力に比例しているとの知見を得た。その知見を元に、初期反力を抑えながら吸収エネルギーを上昇させるためには、素材の3%変形応力をできるたけ低くし、7%変形応力をできるだけ高くすることが必要であるとの結論に達した。すなわち、歪み3〜7%の間の応力上昇つまり応力歪み線図の傾きが大きい高強度鋼板が、従来得られなかった低い初期反力と高い吸収エネルギーとのバランスを持つことができるとの結論に達した(以下、この鋼板を「開発鋼板」と称する)。また、2種類の鋼板からなる車両用強度部材におけるその1種類が開発鋼板である場合について、もう1種類の鋼板と構成材料の接合性および吸収エネルギーの関係を検討した結果、同じ開発鋼板どうしからなる車両用強度部材よりも、開発鋼板と比較的強度の低い鋼板とからなる部材の方が、構成材料どうしの剥離が発生せず、かつ、高い衝撃エネルギー吸収能を得られることが判った。また、開発鋼板の引張り強度に対する引張り強度比が一定の範囲となる鋼板の場合に、初期反力を抑えながら特に高い衝撃エネルギー吸収能を得ることができるとの知見を得た。さらには、本発明の車両用強度部材は、そのような鋼板を溶接してなるものであるが、C量が比較的高い場合には、通常のスポット溶接では十分な溶接強度を得にくい可能性がある。そこで本発明者等は、鋼板どうしを高い強度で接合するためには摩擦攪拌接合(Friction Stir Welding)が有効であるという知見も得た。
【0020】
本発明の車両用強度部材は上記知見に基づいてなされたものであり、引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板と、その高強度鋼板の引張り強度に対する引張り強度比が0.3〜0.85となる鋼板とを、所定方向に延在する空間を挟んで両端において接合したものであり、前記所定方向側から荷重がかかるように使用されることを特徴とする。
【0021】
ここで、高強度鋼板と鋼板とを摩擦攪拌接合によって接合することが望ましく、それにより、十分な溶接強度を得ることができる。
【0022】
さて、上記のように、本発明で用いる高強度鋼板(以下、「開発鋼板」と称する)は、高強度で、かつ、衝撃エネルギー吸収能を高次元で得るために、引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上であることを必須としている。ここで、まず開発鋼板の特性を示す応力歪み線図の傾きdσ/dεの測定方法について詳述する。
【0023】
素材から引張り試験片を作製して引張り試験に供するが、その際の伸び計の使用は任意である。伸び計を使用する場合には、引張り試験時に標点伸びと荷重を測定し、公称応力歪み線図を得る。次いで、公称応力歪み線図の歪みから弾性変形分を減じて塑性歪みに換算し、さらに真歪みと真応力の関係に変換する。得られた塑性真歪み真応力の関係から、真歪み0.03での真応力:σ3と、真歪み0.07での真応力:σ7を得た後に、下記式によって応力歪み線図の傾きdσ/dεを求める。
dσ/dε=(σ7−σ3)/0.04
これが、本発明で定義する応力歪み線図の傾きである。
【0024】
また、試験片が小さい等の理由で伸び計を使用できない場合には、クロスヘッド変位と荷重を測定し、応力変位線図を得た後に、応力変位線図の立ち上がりにおける直線部を弾性変形分として、その弾性変形分を歪みから減じれば、公称塑性歪みとなる。以下は上記と同じ要領で求められる。
【0025】
次に、本発明者等は、上記の従来技術によらずに加工硬化能が大幅に向上した高強度鋼板を得るために、結晶粒の超微細化に着目した研究を行ってきた。その結果、超微細粒を所定の範囲の比率で含有するフェライトを母相とし、マルテンサイト、ベイナイト、残留オーステナイトのいずれか1種、またはそれ以上からなる硬質な第2相を一定の比率で含有する複合組織鋼板とすることで、高強度でありながら従来にない高い加工硬化能を付与できるとの結論に達した。
【0026】
このようにして製造した鋼板が開発鋼板であり、真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きが5000MPa以上となり、従来の高強度鋼板の製造技術では実現することができなかったものである。図1に、開発鋼板と従来の冷間圧延鋼板(後述の実施例に記載の開発鋼板2と低強度の比較鋼板4)の公称応力公称歪み線図を示す。開発鋼板は、特に歪み10%以下の領域で大きな加工硬化能を有している。
【0027】
開発鋼板の超微細粒のフェライト相と硬質第2相からなる組織が、従来にない大きな加工硬化能を有する理由は明確ではないが、以下のように考えられる。超微細フェライト粒においては一般的に金属の変形組織に見られる転位セル組織が形成されず可動転位密度が低いことと、硬質第2相の組織が隣接した軟質なフェライトを優先的に変形させ、歪み、すなわち転位をフェライト相中に多く導入することにより、フェライトの加工硬化能が大きくなっていると考えられる。
【0028】
ここで転位セルとは、変形により導入された転位が互いに補足し合ったりからみ合ったりして集積することで、歪みエネルギーが下がるように配列したもので、セル壁と呼ばれる転位密度の高い部分と、比較的転位密度が低い部分とからなる。このように転位セルを形成することで、歪みエネルギーが下がって内部応力が緩和されているため、セルを形成しない場合よりも、変形に必要な外部応力は小さいと考えられる。
【0029】
なお、開発鋼板の加工硬化現象および組織の詳細な解説については、特許文献4に示されている。
【0030】
次に、本発明者等は、1種類または2種類の鋼板からなる車両用強度部材において、接合性に優れ、かつ、高い衝撃エネルギー吸収能を得るのに必要な材料構成を求めるため、車両用強度部材の衝突時における破壊形態と衝撃エネルギー吸収能の関係について研究を行った。その結果、高い衝撃エネルギー吸収能を得るためには、部材を構成する鋼板どうしが互いに追従して、上記のように安定した蛇腹状の座屈変形を示すことが必要であるとの結論に達した。
【0031】
ここで、衝突時に部材を構成する鋼板どうしが互いに追従して変形するために必要な特性について検討する。1つは鋼板の強度が低いことであり、強度が低いほど衝突時の変形抵抗は低く変形方向の自由度が高いため、鋼板どうしは最後まで互いに追従して変形する。もう1つは鋼板どうしの接合強度が高いことであり、接合強度が高いほど鋼板どうしは剥離することなく最後まで互いに追従する。
【0032】
そこで、高い加工硬化能を持つことから安定した蛇腹状の座屈変形を示す開発鋼板と、車両用強度部材における鋼板どうしの追従性を向上させるため、強度の低い鋼板とを接合してなる部材の衝撃エネルギー吸収能を試験した結果、同じ開発鋼板どうしからなる部材に比べて、初期荷重を抑えながら高い衝撃エネルギー吸収能を得ることができることが判明した。また、本発明で用いる比較的C量の多い開発鋼板の場合においては、本発明で用いる比較的C量の少ない高強度鋼板、つまり、比較的強度の低い開発鋼板とで構成される部材でも、高い衝撃エネルギー吸収能を得ることができることが判明した。
【0033】
さらに、鋼板どうしの追従性を向上させる特性の1つは鋼板の強度にあることから、開発鋼板と、鋼板とを接合してなる車両用強度部材について、両鋼板の引張り応力の関係に注目した結果、開発鋼板の引張り強度に対する引張り強度比が0.3〜0.85となる鋼板の場合において、初期反力を抑えながら特にエネルギー吸収能が高くなることを見出した。
【0034】
まず、開発鋼板の相手材に引張り強度比が0.3より低い、つまり強度が極端に低い鋼板を用いた場合、鋼板どうしの追従性は向上し安定した蛇腹の座屈変形も得られるが、強度が極端に低い鋼板は衝撃エネルギー吸収能には全く寄与しなくなるため、部材としての初期反力が低下してしまい、従来技術でも達成可能なエネルギー吸収量になってしまう。一方、引張り強度比が0.3以上の鋼板の場合、鋼板どうしの追従性向上とともに鋼板自体の衝撃エネルギー吸収能も見込めるため、部材として高いエネルギー吸収能を得ることができる。
【0035】
次に、開発鋼板の相手材に引張り強度比が0.85より高い、つまり強度が比較的高い鋼板を用いた場合、鋼板どうしの追従性は失われるとともに上記の通り高強度の鋼板は折れ曲がりの変形を示すため、高い衝撃エネルギー吸収能は得られなくなる。一方、引張り強度比が0.85以下の鋼板の場合、高強度の鋼板による追従性損失や折れ曲がり変形は緩和され、高い加工硬化能を持つ開発鋼板による衝撃エネルギー吸収能により、部材として十分なエネルギー吸収能を得ることができる。
【0036】
ここで、強度の高い鋼板と、強度の低い鋼板とを接合してなる車両用強度部材は、一般に、接合性、軽量化、製造コスト等の観点から設計が行われている。一方、本発明における車両用高強度部材では、部品を構成する鋼板どうしの追従性向上を目的に開発部材に対し強度の低い鋼板を用いており、低い強度の鋼板を用いたにもかかわらず衝突エネルギー吸収能が向上する点で従来技術とは異なる。また、開発鋼板どうしではなく、従来技術にある鋼板を一部に用いることができるため、部材の製造コスト低減に有利である。
【0037】
次に、比較的C量が高い開発鋼板と、鋼板との接合手段について述べる。上記のように、本発明の車両用強度部材は、加工硬化能の高い開発鋼板と、鋼板とを摩擦攪拌接合によって互いに接合したものでもある。
【0038】
溶接性に影響する因子としては、前述のC量だけでなく、他の元素の影響も加味したC当量を用いるべきであり、Si,Mn,P,Sを加味したC当量:Ceq(C+Mn/20+Si/40+4P+2S)が用いられる。この式によるCeqは、「新日鉄技報385号(2006年10月)38ページ」に記載されているように、スポット溶接ナゲットの破断形態に影響する因子であるとされているが、本質的には、溶融ナゲットの切欠感受性に影響して、ナゲット内の破断であるのか、母材の破断であるのかを決定する因子である。したがって、スポット溶接以外の、例えばレーザー溶接やアーク溶接継手等の溶融接合法の破断形態の判定にも利用できる。
【0039】
ところで、開発鋼板のC当量が比較的高い場合には、通常のスポット溶接で開発鋼板と、鋼板とを接合しても、十分な接合強度を得にくい可能性がある。接合強度が不十分であると、構成する鋼板どうしの追従性が失われ、エネルギー吸収量が低下する。そこで本発明では、比較的C当量が高い開発鋼板と、鋼板とを摩擦攪拌接合によって接合することにより、十分な接合強度を確保している。摩擦攪拌接合(以下、FSWと称する)は、スポット溶接やアーク溶接のように素材である鋼板を溶融せず、固相のままで接合することができる。このため、接合部の靭性が大幅に低下するのを防ぐことができる。
【0040】
開発鋼板と、鋼板とをFSWで接合して強度部材を製造するにあたっては、エネルギーの吸収特性に優れた強度部材を得るためのFSWの条件を検討する必要がある。FSWは、ツールと称される棒状の攪拌工具を接合部分に押し当てながら接合線に沿って移動することにより、鋼板の突き当て部分どうしを接合させる方法である。このようなFSWにおいては、ツールの回転速度と移動速度に応じて、ツールから鋼板への入熱量が変化する。この入熱量は、鋼板どうしを良好に接合するうえで重要な要素となる。
【0041】
入熱量が少ないと鋼板の流動が不十分となって接合も不十分なものとなる。一方、入熱量が多すぎると鋼板の温度がA3変態点を超えてしまい、その後の冷却により靭性に劣るマルテンサイト相が多く現れて強度的に不利になる。ちなみに、ツールの移動速度が遅いほど、また、回転速度が速いほど、入熱量は多くなる。また、ツールの移動速度は接合の安定性にも影響する。すなわち、ツールの移動速度が遅い場合には、接合は安定するものの、入熱量が多くなり、逆に移動速度が速いと鋼板がめくれるような変形が生じたり、攪拌部分に欠陥が生じたりする。これらの不都合が起こらないように、ツールの回転速度と移動速度を適正な範囲に制御する。その範囲としては、例えば、後述するツール形状で行う場合には、ツールの回転速度は100〜300rpm程度、ツールの移動速度は60〜100mm/分程度が好適である。また、ツールの材料も入熱量に影響し、本発明の場合には、WC(タングステンカーバイド)系の超硬合金などが好適である。
【発明の効果】
【0042】
本発明の車両用強度部材は、引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板と、その高強度鋼板の引張り強度に対する引張り強度比が0.3〜0.85となる鋼板を接合したものである。このため、本発明の車両用強度部材は、加工硬化能の大幅な向上に伴う安定した座屈形態での圧潰が可能である。また、本発明の車両用強度部材は、優れた耐衝撃性能を有し、接合性向上や製造コスト低減を図りながらも高次元での高強度と衝撃エネルギー吸収能を兼ね備える。そして、このような特性を有することから、部材の薄肉化による大幅な軽量化、ならびにそれに伴う車両の燃費の大幅な向上が達成可能であり、CO2の排出削減に大きく寄与するといった効果が得られる。また、摩擦攪拌接合で高強度鋼板を接合することにより、高い接合強度が確保されているため、車両用強度部材として大いに有望である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】実施例における開発鋼板と比較鋼板の公称応力公称歪み線図である。
【図2】実施例の引張り試験に使用した試験片の形状を示す図である。
【図3】実施例で使用した圧潰試験用の筒型部材を示す斜視図である。
【図4】スティッチ状に鋼板をFSWで接合した筒型部材を示す斜視図である。
【図5】鋼板をスポット溶接で接合した筒型部材を示す斜視図である。
【図6】筒型部材を圧潰試験用に作製した試験体の斜視図である。
【図7】実施例において自由落下式の落錘試験機を用いて試験体を圧潰試験に供している状態を示す側面図である。
【図8】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図9】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図10】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図11】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図12】実施例で行った圧潰試験で測定した初期反力と吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図13】実施例で行った圧潰試験で測定した初期反力と吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図14】実施例で行った圧潰試験で測定した吸収エネルギーと背板およびハット部に用いた鋼板の引張り強度比との関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
本発明の車両用強度部材を構成する高強度鋼板(開発鋼板)は、フェライトの母相と硬質第2相からなる複合組織を有する鋼板であり、一般的なフェライト系低合金鋼の成分で製造が可能である。
【0045】
所定の成分の鋼は、工業的には、転炉もしくは電気炉で溶製することができ、また、実験室的には、真空溶解もしくは大気溶解炉で溶製することができる。鋼を鋳造する場合は、バッチのインゴット鋳造も可能であるが、より生産性の高い連続鋳造を適用することも勿論可能である。作製したスラブまたはインゴットは、薄板用の連続熱間圧延ミルで圧延され、熱延コイルとなる。その際に、圧延後の冷却パターンや巻取り温度を合金成分に応じて適切に制御することで、フェライトと硬質第2相の複合組織とすることができる。このようにして得られた熱延コイルは、酸洗によって表面の酸化スケールが取り除かれた後、冷間圧延される。この際の冷間圧延率は、熱延板における硬質第2相の間隔に応じて、適切な範囲に制御される。その後、連続焼鈍、箱焼鈍等種々の方法で、焼鈍された後、必要に応じて形状矯正のためのスキンパス圧延が施されて、製品化される。
【0046】
上記のように、本発明における超微細粒複合組織を特徴とする高強度鋼板(開発鋼板)は、従来の薄鋼板の製造プロセスを変更することなく、中間素材の組織とプロセス条件の適正化のみによって製造可能である。
【0047】
また、本発明の車両用強度部材を構成する鋼板の1つは、従来から提供されている市販の自動車用鋼板であり、車両用車体部品で一般的に採用されている引張り応力450〜1000MPa程度の広い強度レベルの鋼板を用いることができる。
【実施例】
【0048】
次に、本発明の具体的な実施例を示す。当該実施例は実験室レベルで鋼板を製造したものであり、製造にあたっての真空溶解、圧延、焼鈍等の設備は、量産設備に比べて小型のものであるが、この実施例の結果は、量産設備での製造に何ら制約を与えるものではない。
【0049】
表1に示す組成を有するスラブ1〜3を真空溶解して溶製した後、圧延および焼鈍の処理を施し、処理条件の違いによって本発明に係る開発鋼板1,2と、本発明の範囲から逸脱する比較鋼板1を作製した。また、表1に示す化学組成を有する市販の鋼板1〜6の鋼板を、本発明の範囲から逸脱する比較鋼板2〜7とし、開発鋼板1,2と比較鋼板1〜7の焼鈍組織の表1に併記する。なお、表1に示す元素以外の残部はFeである。
【0050】
【表1】
F:フェライト
A:残留オーステナイト
M:マルテンサイト
B:ベイナイト
C:セメンタイト
【0051】
表1に示した金属組織(フェライト、残留オーステナイト、マルテンサイト、ベイナイト、セメンタイト、およびパーライト)は、次のように判定した。すなわち、圧延後の鋼板から圧延方向に平行な断面を切り出し、この断面をナイタール等でエッチングした後に、走査型電子顕微鏡にて倍率5000倍で撮影した2次電子像(以下、SEM写真と称する)を観察して判定した。
【0052】
次に表1に示す開発鋼板1,2および比較鋼板1〜7から、圧延方向と平行な方向が引張り軸となるように、図2に示すダンベル形状の引張り試験片を切り出して作製した。そして、引張り試験片を用いて引張り試験を行い、得られた応力歪み線図から、降伏点(YP)、引張り強度(TS)を求め、さらに、真歪み3%での真応力、真歪み7%での真応力、真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεおよび全伸び(t−El)を求めた。それらの値を表2に示す。
【0053】
【表2】
【0054】
図1は、開発鋼板と比較鋼板の応力歪み曲線の代表例として、開発鋼板2と比較鋼板4の公称応力公称歪み線図を示している。図1によると、開発鋼板においては、特に歪み10%以下の領域で大きな加工硬化能を有していることがわかる。
【0055】
次に、表2に示す開発鋼板1〜2および比較鋼板1〜7の各鋼板から、図3に示す断面矩形状の筒型部材1(発明部材と比較部材)を試験片としてそれぞれ作製した。筒型部材1は、断面ハット状に折り曲げ加工して幅方向両端部にフランジ2aを有するハット部2のフランジ2aに、平板状の背板3を接合して筒状としたもので、自動車フレーム(車両用強度部材)の一部に見立てたものである。このとき、背板3には、表2に示す開発鋼板1,2および比較鋼板1〜7の各鋼板をそれぞれ用意した。また、ハット部2の4箇所の直角の屈曲部は、半径5mmのポンチを用いて折り曲げ加工して形成した。
【0056】
図3に示した筒型部材1は、フランジ2aと背板3とを、連続的なFSWで接合したものであり、スティッチ状に接合したものを図4に示す。これらの場合のFSWは、背板3のフランジ2aに対応する表面に接合用ツールを押し当てながら移動させることにより、背板3とフランジ2aとを接合する。詳しくは、FSWに用いたツールは、ショルダー径が12mm、先端の突起の直径が4mmで高さが1.4mmのWC(タングステン−カーバイド)をベースとした超硬合金を用いた。そして、そのツールを、接合部分の表面に対する垂直方向から、接合方向(移動方向)に3°傾けた状態を保持しながら、ツールを所定速度で回転させ、かつ、2〜3トンの加圧力で加圧しながら接合方向に移動させてFSWを行った。また、スティッチ状にFSWを行う場合は、ツールを6mm移動させた接合を背板3とフランジ2aの各4箇所で行うことでスティッチ状とした。
【0057】
さらに、FSW以外の接合方法として、図5に示すように、フランジ2aと背板3との接合をスポット溶接(左右5箇所)で行って比較部材を作製した。
【0058】
上記のように、開発鋼板1〜2および比較鋼板1〜7を用いて図3〜5の各モデルの筒型部材1をそれぞれ作製したら、次いで、これら筒型部材1の両端に、図6に示すように天板4と地板5とをTIG溶接によって接合して、圧潰部材を作製した。天板4と地板5は正方形の鋼板であり、地板5の方が天板4よりも面積が大きい。筒型部材1は、天板4および地板5の中央部に配されている。
【0059】
作製した各圧潰試験体につき、圧潰試験を行った。圧潰試験は、図6に示すような自由落下式の落錘試験機を用い、ロードセル11で支持されたベースプレート12に地板5の四隅をボルト13で固定して筒型部材を立てて支持し、上方から落錘14を落下させて筒型部材を上から押し潰す方法を採用した。圧潰試験の条件は、落錘14の重さ約100kg、落下高さ11m、衝突時の落錘速度は約50km毎時とし、筒型部材に生じた圧潰ストローク(筒型部材の圧潰前の全長から圧潰後の全長を引いた値)と、圧潰時に発生した荷重を測定した。また、各試験体につき、吸収エネルギーと初期反力を求めた。
【0060】
表3に、圧潰ストロークが100mmにおける吸収エネルギーと初期反力の結果および圧潰初期における溶接部剥離の有無を、発明部材1〜5および比較部材1〜13について示す。また、各部材を構成するハット部2と背板3に用いる鋼板の引張り強度比も併せて示しており、これら発明部材および比較部材は、ハット部2と背板3の鋼板および接合方法の組み合わせが異なるものであるが、ハット部2に開発鋼板と背板3に比較鋼板とを接合したもののうち、引張り強度比が0.3〜0.85の範囲にあるものが発明部材であり、0.3〜0.85以外のものおよびハット部2と背板3に同じ鋼板どうしを接合したものが比較部材である。なお、圧潰初期における溶接部剥離と潰れモード゛については、圧潰試験時に試験体が潰れる様子を2000コマ/秒で撮影できる高速ビデオカメラで録画し、その映像から落錘が試験体に接触した直後において判定を行った。
【0061】
【表3】
【0062】
図8は、発明部材1と比較部材5および比較部材10の試験体について、圧潰試験で求めた圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を示しており、図9は、これら試験体の圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を示している。図8では、圧潰ストロークが5mmまでの間に荷重が突出して増す初期反力が現れ、その後の比較的低い荷重の増減により、蛇腹状に座屈している様子が表れている。
【0063】
図8において、まず比較部材5の初期反力は比較部材10より低いが、圧潰ストロークが初期反力の山を超えてからの発生荷重に関しては、比較部材5の方が平均して高いことが判る。これは、比較鋼板どうしからなる比較部材10に比べ、開発鋼板どうしからなる比較部材5の方が、初期反力を抑えながら高い吸収エネルギーを得ていることを示しており、高い加工硬化能を有する開発鋼板が優れた衝撃エネルギー吸収能を持つと言える。
【0064】
次に、図8において、発明部材1と比較部材5の初期反力は同等であるが、図9で明らかなように、吸収エネルギーは発明部材1の方が優れていることが判る。両者のハット部の鋼板は同じもの(開発鋼板1)であるが、発明部材1は背板に比較鋼板を用いたものであり、比較部材5は背板も開発鋼板1であるから、構成材料の違いによって差が生じている。比較部材5は、強度の高い開発鋼板どうしを接合したものであるため、圧潰時の鋼板どうしの追従性は強度の低い比較鋼板を背板に用いた発明部材1に比べて劣る。したがって、圧潰時の衝撃エネルギー吸収能を主に担うハット部に高い加工硬化能を有する開発鋼板を用いた場合、背板には鋼板どうしの追従性を高めるために敢えて強度の低い鋼板を用いた方が、より高い衝撃エネルギー吸収能を得られることが判った。なお、ハット部に比較鋼板を用い背板に開発鋼板を用いて接合した部材については、圧潰時の衝撃エネルギー吸収能を主に担うのは断面積が大きく角陵のあるハット部であるという理由より、高い衝撃エネルギー吸収能は得られないと考えるため実施していない。
【0065】
さらに、図10は、発明部材5と比較部材3,4の試験体について、圧潰試験で求めた圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を示しており、図11は、これら試験体の圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を示している。これら試験体は、いずれもハット部に開発鋼板2を用い背板に強度の異なる比較鋼板を用いて接合したものである。図10に示すように、比較部材3の初期反力は他の部材に比べて低く、初期反力以降の荷重も概ね低いままである。これは、比較部材3の背板には強度が比較的高い比較鋼板2を用いているため、鋼板どうしの追従性が損なわれていることによる。また、表1および表3にも示したように、比較鋼板2はC当量が高く比較部材3は圧潰初期に溶接部の剥離が発生していることにもよる。また、図10において、比較部材4の初期反力は発明部材5と同等であるが、図11で明らかなように、吸収エネルギー値は発明部材5より低いことが判る。これは、比較部材4の背板には強度が極端に低い比較鋼板7を用いているため、鋼板どうしの追従性は良好であるが、強度の極端に低い背板は座屈変形時に耐荷重部材として全く寄与していないことによる。一方、適度な強度を持つ比較鋼板を背板に用いた発明部材5は、初期反力が低く、かつ、吸収エネルギー値は高いことから、優れた衝撃エネルギー吸収能を持っている。したがって、ハット部に開発鋼板を用い背板に比較鋼板を用いて接合した部材であっても、開発鋼板に対してどのような強度の鋼板を用いても、必ずしも良い衝撃エネルギー吸収能が得られるわけではなく、組み合わせる比較鋼板には最適な強度範囲があるということが言える。
【0066】
次に、比較的C当量の高い開発鋼板どうしをスティッチ状にFSWで接合して作製した試験体と、その開発鋼板と比較鋼板とを同じくスティッチ状にFSWで接合して作製した試験体について比較する。図12は、発明部材5と比較部材4,7について、圧潰試験で測定された圧潰ストローク100mmまでの初期反力と吸収エネルギーとの関係を示したものである。図12より、発明部材5は比較部材4,7に比べ、初期反力は同等であるが吸収エネルギーは高いことが判る。比較的C当量の高い開発鋼板は、FSWで接合することで十分な接合強度を得ることができるが、鋼板自体が高強度であるが故に、鋼板どうしの追従性は完全に失われる。このため、圧潰初期に接合部の剥離が生じてしまい、結果として、C当量の高い開発鋼板2どうしからなる比較部材7の吸収エネルギーは低くなってしまう。一方、C当量の高い開発鋼板2であっても、背板に比較鋼板を用いた発明部材5では圧潰初期の接合部剥離は発生せず、鋼板どうしの追従性が保たれたまま高い吸収エネルギー値が得られる。したがって、比較的C当量の高い開発鋼板にあっては、比較鋼板を接合することで、接合性が最適であり、かつ、高い衝撃エネルギー吸収能を持つ部材が得られる。ただし、上述のように、開発鋼板に対して組み合わせる比較鋼板には最適な範囲があることから、比較部材4のように極端に強度の低い比較鋼板7の背板に用いた場合は、逆に吸収エネルギーは低くなってしまう。なお、図13は、連続的なFSWで接合して作製した発明部材4と比較部材6について、上記と同じ比較を行った結果を示しており、連続的なFSWであってもスティッチ状のFSWと同じ傾向を示すことが判る。ただ、連続的なFSWで接合した部材はハット部のフランジと背板が一体の剛体とみなすことができるため、結果として、吸収エネルギー値は、スティッチ状のFSWで接合したものより高くなる。
【0067】
図14は、圧潰試験で測定された圧潰ストローク100mmまでの吸収エネルギーとハット部および背板に用いる鋼板の引張り強度比との関係を、発明部材1〜5と比較部材1〜4および比較部材8について示したものである。図14によれば、引張り強度比0.3〜0.85の範囲にある発明部材1〜5は、吸収エネルギーが比較部材よりも高く衝撃エネルギー吸収性に優れており、その範囲の中でも強度比が0.5前後である場合に、特に、吸収エネルギー値は高いことが判る。したがって、本発明における開発鋼板と、適度な強度を持つ比較鋼板とを接合した発明部材1〜5は、鋼板どうしの追従性向上の効果により、優れた衝撃エネルギー吸収能を備えている。
【0068】
以上のように、本発明の強度部材は、従来の鋼板を用いた部材では得られなかった優れた耐衝撃性能、すなわち初期反力を抑制しながら吸収エネルギーを増加させるという相反する特性をバランスよく有しており、かつ、接合性においても最適な状態を実現できる。このため、車体のフロントフレーム等の車両用強度部材に用いることにより、部材長さの短縮による車体の軽量化やフロントオーバーハングの短縮による運動性能の向上、さらには、従来の鋼板を適用できることによる製造コストの低減などを実現することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、高次元での高強度と衝撃エネルギー吸収能を兼ね備えた高強度鋼板からなる車両用強度部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の衝突安全性への要求が益々高まっている。例えば、前面衝突に対する安全策としては、フロントフレームを変形させてエネルギーを吸収し、その代わりに乗員空間であるキャビンは変形抵抗を高めてなるべく変形を抑えて乗員空間を確保するという手法が有効とされている。この手法におけるフロントフレームでのエネルギー吸収量は、変形抵抗と変形ストロークの積に比例するが、より短い変形ストロークで同等のエネルギーを吸収することができれば、フロントオーバーハングの短縮による運動性能の向上や車体軽量化など、さまざまなメリットを享受することができる。したがって、近年は、フロントフレームに使用される材料(一般的には鋼板)の強度が、より高いものになっている。
【0003】
ここで、フロントフレーム用鋼板を高強度化するにあたっては、鋼板を高強度化すると必然的に降伏点が上昇するために、初期反力、すなわち車体が衝突する瞬間の反力も大きく上昇することを考慮する必要がある。したがって、初期反力を極力低く抑えながらも、変形時の吸収エネルギーを十分に確保することが必要である。
【0004】
また、フロントフレームのような部品が長手方向に圧縮する状況にあたっては、鋼板を高強度化すると、一般に座屈形状が不安定になり、安定した蛇腹状の座屈から折れ曲がりの状態に変形態様が変化するという問題もある。いうまでもなく、折れ曲がりになると衝撃エネルギーの吸収効率も低下するため、素材を高強度化したことによる吸収エネルギーの増加も見込めなくなる。なお、鋼板の高強度化により座屈が不安定になる理由としては、鋼板素材の高強度化による加工硬化能の低下が大きいといわれている。すなわち、部材が軸方向に1回だけ座屈した時に素材の加工硬化の度合いが大きければ、座屈部のみならずその周囲にも変形が伝播し、別の部位が次に座屈し、結果的に蛇腹状の座屈形態となる。ところが、加工硬化の度合いが小さい場合は、1回目の座屈部のみに変形が集中してしまい、その場合には折れ曲がりの形態となる。一般的に鋼板を高強度化すると加工硬化能は低下するため、座屈の不安定化は避けられなかった。
【0005】
このような問題を解決するためには、部品の形状を、安定座屈しやすくなるようなものとすることが効果的であるが、エンジンルーム内のレイアウトやデザインの面で制約があり、部品の形状を所望通りに実現できるとは限らない。そこで、材料そのものの特性を最適化することで目的を達成できれば、材料を高強度化しながらも問題なくエネルギーを吸収することができる。具体的には、高強度でありながら降伏強度が低く、かつ、加工硬化能が高い鋼板を用いれば、初期反力の増加が抑制され、また、座屈が安定化し、効率的に衝撃エネルギーを吸収することができる。
【0006】
さらに、フロントフレームのような車両用車体を構成する部品においては、一般的に1種類の鋼板のみからなる部品は極めて稀であり、少なくとも2種類以上の鋼板からなる部品が多くを占めている。これは接合性、軽量化、および製造コスト等の観点から総合的な最適化を図っているためである。そのため、車両用車体部品には、基本的に異材接合が多用されており、自動車の衝突安全性への要求の1つに、衝突時に部品を構成する材料どうしの接合部で剥離が起きないことが要件として規定されていることが多い。剥離を回避する理由は、構成材料どうしの剥離によって本来得られる衝撃エネルギーの吸収効率が低下するためである。また、剥離発生の有無は接合条件によるが、選択する接合条件に最も影響を与える要素は鋼板の種類であるため、2種類以上の鋼板からなる車両用車体を構成する部品設計においては、構成する鋼板の種類の選択が重要な項目となる。
【0007】
衝突特性に優れた車体部品用の鋼板としては、加工誘起変態によりマルテンサイトを生成可能なオーステナイト組織を有するとともに、加工硬化指数が0.6以上の鋼板を用いて構成された鋼板が開示されている(特許文献1)。また、この他には、C:0.1〜0.45%を含み、Si:0.5〜1.8%を含む鋼を所定の条件で熱延、冷延、焼鈍することで、引張り強度が82〜113kgf/mm2で、引張り強度×伸びが2500kgf/mm2・%以上を示す延性の良好な高強度鋼板の製造方法が開示されている(特許文献2)。さらには、C:0.1〜0.4wt%を含み、Siを制限した成分系でMn量を高め、所定条件で2回焼鈍することで、引張り強度が811〜1240MPa、引張り強度×伸びが28000MPa・%以上の高延性を示す高強度鋼板が開示されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−130444号公報
【特許文献2】特開昭62−182225号公報
【特許文献3】特開平7−188834号公報
【特許文献4】特開2007−321207号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1には、実施例aとしてCr:19質量%、Ni:12.2質量%のオーステナイト系ステンレス鋼板と、実施例bとしてCr:18.3質量%、Ni:8.87質量%のオーステナイト系ステンレス鋼板が開示されている。本発明者らがそのうちの実施例bとほぼ同じ成分を含有する市販のSUS304L(オーステナイト系ステンレス鋼)を用いて、板材をハット状に折り曲げ加工した部材を用いた筒型部材(図3参照)を試験片として作製し、圧潰試験(後述の実施例参照)に供したところ、座屈は蛇腹形状で安定して生じたものの、初期反力と吸収エネルギーのバランスは、従来鋼に対して優位差がないという結果を得た。
【0010】
また、特許文献1の請求項2には、使用される鋼板の加工硬化指数が0.26以上と規定されているが、初期反力と吸収エネルギーのバランスを決定するのは、加工硬化指数すなわち“n値”だけではないことを本発明者らは把握している。そもそもこのn値とは、応力σと歪みεの関係を、「σ=Kεn」で表した場合の指数nであり、本発明者らはこれに関して3つの問題点があると考えている。
【0011】
第1に、n値自体は、応力歪み線図の形を決定しているにすぎず、材料の加工硬化量すなわち変形応力の増分の絶対値を決めるものではないということである。例えば軟鋼板はn値が高いが、応力の増分の絶対値自体が大きいわけではない。また、必ずしも全ての材料の応力歪み線図に対してn値が精度良く合うものではない。後述するように、本発明は、部材の衝突特性にとって重要な因子は、n値ではなく、応力の増分すなわち応力歪み線図の勾配であるとの知見に基づいている。
【0012】
さらには、n値を測定するにあたり、測定に用いる歪み量の範囲によって得られるn値が変わってくることも問題である。例えば、「プレス成形難易ハンドブック第3版(2007年 日刊工業新聞社 薄鋼板成形技術研究会編)、99ページ」には、「通常の材料では変形中にn値が一定ではない」と記載されている。しかしながら、n値の測定に用いる歪み量の範囲に明確な規定はない。前出の「プレス成形難易ハンドブック第3版 99ページ」には、歪み量は、「普通鋼板では5〜15%、または10〜20%とすることが多い」と記載されているのみである。また、「JIS Z 2253 薄板金属材料の加工硬化指数試験方法 7.n値の算出」の(1)には、「計算に用いる歪みの範囲は、それぞれの材料規格による。特に規定のない場合は、受渡当事者間の協定による」と記載されているものの、「JIS G 3141 冷間圧延鋼板及び鋼帯」には、n値の規定は無く、「日本鉄鋼連盟規格 JFSA−2001 自動車用冷間圧延鋼板及び鋼帯」にもn値の規定はない。
【0013】
以上を鑑みると、種々の方法で測定されたn値をそのまま比較することは正当な評価をしたことにならない。さらには、n値の測定に関しては、弾性変形域の取り扱いも慎重になされるべきである。「JIS Z 2253 薄板金属材料の加工硬化指数試験方法」には、真歪みεの定義として伸び計の標点距離Lが用いられており、これに基づくならば、弾性変形域を含んだ標点距離の変位量を用いて真歪みが計算されるため、真歪みには弾性変形分が含まれることになる。しかしながら、加工硬化指数を計算するにあたって弾性変形域も含んだ歪みを用いることには、そもそも矛盾がある。もっとも、軟鋼板等、降伏点が比較的低いものの場合には、弾性変形域を含むか否かはさほど問題にならない。しかしながら本発明のような衝突部品に適用される高強度鋼板では、軟鋼板に比べて降伏点が高いため、弾性変形域を含む場合と含まない場合のn値の差異は、無視できなくなる。
【0014】
以上のような状況に鑑み、本発明者らは、部材の衝突特性に影響する材料因子として、n値以外に、より簡便で、かつ、計算条件が明確な指標を検討してきた。その結果、弾性変形域を除外した塑性歪みを用いた、真応力真歪み線図において、真歪み3〜7%の間の真応力の傾きdσ/dεが、最も有効であるとの結論に達した。そのため本発明では、応力勾配dσ/dεを、材料特性を規定するための指標とする。その詳細な測定方法については後述する。
【0015】
次に、特許文献2では引張り強度×伸びが2500kgf/mm2・%以上を示し、特許文献3では引張り強度×伸びが28000MPa・%以上を示す強度延性バランスが良好な高強度鋼板が開示されているが、いずれの鋼板においても、初期反力を抑えて吸収エネルギーを確保するといった特性は有していない。
【0016】
また、従来の鋼板を採用している一般的な車両用車体部品では、前述の通り、2種類以上の鋼板で構成されている部品が多い。例えば、2種類の鋼板からなる部品の場合、引張り強度600MPa程度の鋼板と、それより引張り強度の低い鋼板で構成することがある。通常、冷間圧延鋼板の強度は含有するC量に比例するが、C量が高いほどスポット溶接の条件範囲が狭くなる。このため、従来においては、強度の異なる2種類の鋼板、つまり、C量の多い鋼板と少ない鋼板で部品を構成することで、構成材料どうしの接合条件の範囲を広くして生産性を向上させ、ひいては構成材料どうしの接合部が剥離する可能性を排除している。しかしながら、車両用車体部品に採用されている従来の冷間圧延鋼板の衝撃エネルギー吸収能は、初期反力に比例する、つまり鋼板の強度に比例するため、上記のような強度の高い鋼板と低い鋼板で構成された部品の衝撃エネルギー吸収能は、強度の高い鋼板どうしで構成された部品に比べて低い傾向にある。よって、接合性や製造コスト等では最適な状態でありながらも、使用した鋼板の衝撃エネルギー吸収能を最大限利用できる車両用車体部品を構成する必要がある。
【0017】
以上のような状況から、衝突時の初期反力をできるだけ抑えながらも良好な衝撃エネルギー吸収能が得られる高強度鋼板を、鋼板のエネルギー吸収効率を損なうことなく、接合性や製造コスト等を最適な状態で部品に適用できる技術が求められていた。
【0018】
よって本発明は、高強度と衝撃エネルギー吸収能とを高次元で兼ね備える車両用強度部材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、車両用強度部材のうち特に軸方向に変形する部品において、初期反力を抑えながらエネルギー吸収量を上昇させるために必要な材料の特性について研究を重ねた。その結果、初期反力は素材の3%変形時の応力に比例し、圧潰後の吸収エネルギーは、素材の7%変形応力に比例しているとの知見を得た。その知見を元に、初期反力を抑えながら吸収エネルギーを上昇させるためには、素材の3%変形応力をできるたけ低くし、7%変形応力をできるだけ高くすることが必要であるとの結論に達した。すなわち、歪み3〜7%の間の応力上昇つまり応力歪み線図の傾きが大きい高強度鋼板が、従来得られなかった低い初期反力と高い吸収エネルギーとのバランスを持つことができるとの結論に達した(以下、この鋼板を「開発鋼板」と称する)。また、2種類の鋼板からなる車両用強度部材におけるその1種類が開発鋼板である場合について、もう1種類の鋼板と構成材料の接合性および吸収エネルギーの関係を検討した結果、同じ開発鋼板どうしからなる車両用強度部材よりも、開発鋼板と比較的強度の低い鋼板とからなる部材の方が、構成材料どうしの剥離が発生せず、かつ、高い衝撃エネルギー吸収能を得られることが判った。また、開発鋼板の引張り強度に対する引張り強度比が一定の範囲となる鋼板の場合に、初期反力を抑えながら特に高い衝撃エネルギー吸収能を得ることができるとの知見を得た。さらには、本発明の車両用強度部材は、そのような鋼板を溶接してなるものであるが、C量が比較的高い場合には、通常のスポット溶接では十分な溶接強度を得にくい可能性がある。そこで本発明者等は、鋼板どうしを高い強度で接合するためには摩擦攪拌接合(Friction Stir Welding)が有効であるという知見も得た。
【0020】
本発明の車両用強度部材は上記知見に基づいてなされたものであり、引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板と、その高強度鋼板の引張り強度に対する引張り強度比が0.3〜0.85となる鋼板とを、所定方向に延在する空間を挟んで両端において接合したものであり、前記所定方向側から荷重がかかるように使用されることを特徴とする。
【0021】
ここで、高強度鋼板と鋼板とを摩擦攪拌接合によって接合することが望ましく、それにより、十分な溶接強度を得ることができる。
【0022】
さて、上記のように、本発明で用いる高強度鋼板(以下、「開発鋼板」と称する)は、高強度で、かつ、衝撃エネルギー吸収能を高次元で得るために、引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上であることを必須としている。ここで、まず開発鋼板の特性を示す応力歪み線図の傾きdσ/dεの測定方法について詳述する。
【0023】
素材から引張り試験片を作製して引張り試験に供するが、その際の伸び計の使用は任意である。伸び計を使用する場合には、引張り試験時に標点伸びと荷重を測定し、公称応力歪み線図を得る。次いで、公称応力歪み線図の歪みから弾性変形分を減じて塑性歪みに換算し、さらに真歪みと真応力の関係に変換する。得られた塑性真歪み真応力の関係から、真歪み0.03での真応力:σ3と、真歪み0.07での真応力:σ7を得た後に、下記式によって応力歪み線図の傾きdσ/dεを求める。
dσ/dε=(σ7−σ3)/0.04
これが、本発明で定義する応力歪み線図の傾きである。
【0024】
また、試験片が小さい等の理由で伸び計を使用できない場合には、クロスヘッド変位と荷重を測定し、応力変位線図を得た後に、応力変位線図の立ち上がりにおける直線部を弾性変形分として、その弾性変形分を歪みから減じれば、公称塑性歪みとなる。以下は上記と同じ要領で求められる。
【0025】
次に、本発明者等は、上記の従来技術によらずに加工硬化能が大幅に向上した高強度鋼板を得るために、結晶粒の超微細化に着目した研究を行ってきた。その結果、超微細粒を所定の範囲の比率で含有するフェライトを母相とし、マルテンサイト、ベイナイト、残留オーステナイトのいずれか1種、またはそれ以上からなる硬質な第2相を一定の比率で含有する複合組織鋼板とすることで、高強度でありながら従来にない高い加工硬化能を付与できるとの結論に達した。
【0026】
このようにして製造した鋼板が開発鋼板であり、真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きが5000MPa以上となり、従来の高強度鋼板の製造技術では実現することができなかったものである。図1に、開発鋼板と従来の冷間圧延鋼板(後述の実施例に記載の開発鋼板2と低強度の比較鋼板4)の公称応力公称歪み線図を示す。開発鋼板は、特に歪み10%以下の領域で大きな加工硬化能を有している。
【0027】
開発鋼板の超微細粒のフェライト相と硬質第2相からなる組織が、従来にない大きな加工硬化能を有する理由は明確ではないが、以下のように考えられる。超微細フェライト粒においては一般的に金属の変形組織に見られる転位セル組織が形成されず可動転位密度が低いことと、硬質第2相の組織が隣接した軟質なフェライトを優先的に変形させ、歪み、すなわち転位をフェライト相中に多く導入することにより、フェライトの加工硬化能が大きくなっていると考えられる。
【0028】
ここで転位セルとは、変形により導入された転位が互いに補足し合ったりからみ合ったりして集積することで、歪みエネルギーが下がるように配列したもので、セル壁と呼ばれる転位密度の高い部分と、比較的転位密度が低い部分とからなる。このように転位セルを形成することで、歪みエネルギーが下がって内部応力が緩和されているため、セルを形成しない場合よりも、変形に必要な外部応力は小さいと考えられる。
【0029】
なお、開発鋼板の加工硬化現象および組織の詳細な解説については、特許文献4に示されている。
【0030】
次に、本発明者等は、1種類または2種類の鋼板からなる車両用強度部材において、接合性に優れ、かつ、高い衝撃エネルギー吸収能を得るのに必要な材料構成を求めるため、車両用強度部材の衝突時における破壊形態と衝撃エネルギー吸収能の関係について研究を行った。その結果、高い衝撃エネルギー吸収能を得るためには、部材を構成する鋼板どうしが互いに追従して、上記のように安定した蛇腹状の座屈変形を示すことが必要であるとの結論に達した。
【0031】
ここで、衝突時に部材を構成する鋼板どうしが互いに追従して変形するために必要な特性について検討する。1つは鋼板の強度が低いことであり、強度が低いほど衝突時の変形抵抗は低く変形方向の自由度が高いため、鋼板どうしは最後まで互いに追従して変形する。もう1つは鋼板どうしの接合強度が高いことであり、接合強度が高いほど鋼板どうしは剥離することなく最後まで互いに追従する。
【0032】
そこで、高い加工硬化能を持つことから安定した蛇腹状の座屈変形を示す開発鋼板と、車両用強度部材における鋼板どうしの追従性を向上させるため、強度の低い鋼板とを接合してなる部材の衝撃エネルギー吸収能を試験した結果、同じ開発鋼板どうしからなる部材に比べて、初期荷重を抑えながら高い衝撃エネルギー吸収能を得ることができることが判明した。また、本発明で用いる比較的C量の多い開発鋼板の場合においては、本発明で用いる比較的C量の少ない高強度鋼板、つまり、比較的強度の低い開発鋼板とで構成される部材でも、高い衝撃エネルギー吸収能を得ることができることが判明した。
【0033】
さらに、鋼板どうしの追従性を向上させる特性の1つは鋼板の強度にあることから、開発鋼板と、鋼板とを接合してなる車両用強度部材について、両鋼板の引張り応力の関係に注目した結果、開発鋼板の引張り強度に対する引張り強度比が0.3〜0.85となる鋼板の場合において、初期反力を抑えながら特にエネルギー吸収能が高くなることを見出した。
【0034】
まず、開発鋼板の相手材に引張り強度比が0.3より低い、つまり強度が極端に低い鋼板を用いた場合、鋼板どうしの追従性は向上し安定した蛇腹の座屈変形も得られるが、強度が極端に低い鋼板は衝撃エネルギー吸収能には全く寄与しなくなるため、部材としての初期反力が低下してしまい、従来技術でも達成可能なエネルギー吸収量になってしまう。一方、引張り強度比が0.3以上の鋼板の場合、鋼板どうしの追従性向上とともに鋼板自体の衝撃エネルギー吸収能も見込めるため、部材として高いエネルギー吸収能を得ることができる。
【0035】
次に、開発鋼板の相手材に引張り強度比が0.85より高い、つまり強度が比較的高い鋼板を用いた場合、鋼板どうしの追従性は失われるとともに上記の通り高強度の鋼板は折れ曲がりの変形を示すため、高い衝撃エネルギー吸収能は得られなくなる。一方、引張り強度比が0.85以下の鋼板の場合、高強度の鋼板による追従性損失や折れ曲がり変形は緩和され、高い加工硬化能を持つ開発鋼板による衝撃エネルギー吸収能により、部材として十分なエネルギー吸収能を得ることができる。
【0036】
ここで、強度の高い鋼板と、強度の低い鋼板とを接合してなる車両用強度部材は、一般に、接合性、軽量化、製造コスト等の観点から設計が行われている。一方、本発明における車両用高強度部材では、部品を構成する鋼板どうしの追従性向上を目的に開発部材に対し強度の低い鋼板を用いており、低い強度の鋼板を用いたにもかかわらず衝突エネルギー吸収能が向上する点で従来技術とは異なる。また、開発鋼板どうしではなく、従来技術にある鋼板を一部に用いることができるため、部材の製造コスト低減に有利である。
【0037】
次に、比較的C量が高い開発鋼板と、鋼板との接合手段について述べる。上記のように、本発明の車両用強度部材は、加工硬化能の高い開発鋼板と、鋼板とを摩擦攪拌接合によって互いに接合したものでもある。
【0038】
溶接性に影響する因子としては、前述のC量だけでなく、他の元素の影響も加味したC当量を用いるべきであり、Si,Mn,P,Sを加味したC当量:Ceq(C+Mn/20+Si/40+4P+2S)が用いられる。この式によるCeqは、「新日鉄技報385号(2006年10月)38ページ」に記載されているように、スポット溶接ナゲットの破断形態に影響する因子であるとされているが、本質的には、溶融ナゲットの切欠感受性に影響して、ナゲット内の破断であるのか、母材の破断であるのかを決定する因子である。したがって、スポット溶接以外の、例えばレーザー溶接やアーク溶接継手等の溶融接合法の破断形態の判定にも利用できる。
【0039】
ところで、開発鋼板のC当量が比較的高い場合には、通常のスポット溶接で開発鋼板と、鋼板とを接合しても、十分な接合強度を得にくい可能性がある。接合強度が不十分であると、構成する鋼板どうしの追従性が失われ、エネルギー吸収量が低下する。そこで本発明では、比較的C当量が高い開発鋼板と、鋼板とを摩擦攪拌接合によって接合することにより、十分な接合強度を確保している。摩擦攪拌接合(以下、FSWと称する)は、スポット溶接やアーク溶接のように素材である鋼板を溶融せず、固相のままで接合することができる。このため、接合部の靭性が大幅に低下するのを防ぐことができる。
【0040】
開発鋼板と、鋼板とをFSWで接合して強度部材を製造するにあたっては、エネルギーの吸収特性に優れた強度部材を得るためのFSWの条件を検討する必要がある。FSWは、ツールと称される棒状の攪拌工具を接合部分に押し当てながら接合線に沿って移動することにより、鋼板の突き当て部分どうしを接合させる方法である。このようなFSWにおいては、ツールの回転速度と移動速度に応じて、ツールから鋼板への入熱量が変化する。この入熱量は、鋼板どうしを良好に接合するうえで重要な要素となる。
【0041】
入熱量が少ないと鋼板の流動が不十分となって接合も不十分なものとなる。一方、入熱量が多すぎると鋼板の温度がA3変態点を超えてしまい、その後の冷却により靭性に劣るマルテンサイト相が多く現れて強度的に不利になる。ちなみに、ツールの移動速度が遅いほど、また、回転速度が速いほど、入熱量は多くなる。また、ツールの移動速度は接合の安定性にも影響する。すなわち、ツールの移動速度が遅い場合には、接合は安定するものの、入熱量が多くなり、逆に移動速度が速いと鋼板がめくれるような変形が生じたり、攪拌部分に欠陥が生じたりする。これらの不都合が起こらないように、ツールの回転速度と移動速度を適正な範囲に制御する。その範囲としては、例えば、後述するツール形状で行う場合には、ツールの回転速度は100〜300rpm程度、ツールの移動速度は60〜100mm/分程度が好適である。また、ツールの材料も入熱量に影響し、本発明の場合には、WC(タングステンカーバイド)系の超硬合金などが好適である。
【発明の効果】
【0042】
本発明の車両用強度部材は、引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板と、その高強度鋼板の引張り強度に対する引張り強度比が0.3〜0.85となる鋼板を接合したものである。このため、本発明の車両用強度部材は、加工硬化能の大幅な向上に伴う安定した座屈形態での圧潰が可能である。また、本発明の車両用強度部材は、優れた耐衝撃性能を有し、接合性向上や製造コスト低減を図りながらも高次元での高強度と衝撃エネルギー吸収能を兼ね備える。そして、このような特性を有することから、部材の薄肉化による大幅な軽量化、ならびにそれに伴う車両の燃費の大幅な向上が達成可能であり、CO2の排出削減に大きく寄与するといった効果が得られる。また、摩擦攪拌接合で高強度鋼板を接合することにより、高い接合強度が確保されているため、車両用強度部材として大いに有望である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】実施例における開発鋼板と比較鋼板の公称応力公称歪み線図である。
【図2】実施例の引張り試験に使用した試験片の形状を示す図である。
【図3】実施例で使用した圧潰試験用の筒型部材を示す斜視図である。
【図4】スティッチ状に鋼板をFSWで接合した筒型部材を示す斜視図である。
【図5】鋼板をスポット溶接で接合した筒型部材を示す斜視図である。
【図6】筒型部材を圧潰試験用に作製した試験体の斜視図である。
【図7】実施例において自由落下式の落錘試験機を用いて試験体を圧潰試験に供している状態を示す側面図である。
【図8】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図9】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図10】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図11】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図12】実施例で行った圧潰試験で測定した初期反力と吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図13】実施例で行った圧潰試験で測定した初期反力と吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図14】実施例で行った圧潰試験で測定した吸収エネルギーと背板およびハット部に用いた鋼板の引張り強度比との関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
本発明の車両用強度部材を構成する高強度鋼板(開発鋼板)は、フェライトの母相と硬質第2相からなる複合組織を有する鋼板であり、一般的なフェライト系低合金鋼の成分で製造が可能である。
【0045】
所定の成分の鋼は、工業的には、転炉もしくは電気炉で溶製することができ、また、実験室的には、真空溶解もしくは大気溶解炉で溶製することができる。鋼を鋳造する場合は、バッチのインゴット鋳造も可能であるが、より生産性の高い連続鋳造を適用することも勿論可能である。作製したスラブまたはインゴットは、薄板用の連続熱間圧延ミルで圧延され、熱延コイルとなる。その際に、圧延後の冷却パターンや巻取り温度を合金成分に応じて適切に制御することで、フェライトと硬質第2相の複合組織とすることができる。このようにして得られた熱延コイルは、酸洗によって表面の酸化スケールが取り除かれた後、冷間圧延される。この際の冷間圧延率は、熱延板における硬質第2相の間隔に応じて、適切な範囲に制御される。その後、連続焼鈍、箱焼鈍等種々の方法で、焼鈍された後、必要に応じて形状矯正のためのスキンパス圧延が施されて、製品化される。
【0046】
上記のように、本発明における超微細粒複合組織を特徴とする高強度鋼板(開発鋼板)は、従来の薄鋼板の製造プロセスを変更することなく、中間素材の組織とプロセス条件の適正化のみによって製造可能である。
【0047】
また、本発明の車両用強度部材を構成する鋼板の1つは、従来から提供されている市販の自動車用鋼板であり、車両用車体部品で一般的に採用されている引張り応力450〜1000MPa程度の広い強度レベルの鋼板を用いることができる。
【実施例】
【0048】
次に、本発明の具体的な実施例を示す。当該実施例は実験室レベルで鋼板を製造したものであり、製造にあたっての真空溶解、圧延、焼鈍等の設備は、量産設備に比べて小型のものであるが、この実施例の結果は、量産設備での製造に何ら制約を与えるものではない。
【0049】
表1に示す組成を有するスラブ1〜3を真空溶解して溶製した後、圧延および焼鈍の処理を施し、処理条件の違いによって本発明に係る開発鋼板1,2と、本発明の範囲から逸脱する比較鋼板1を作製した。また、表1に示す化学組成を有する市販の鋼板1〜6の鋼板を、本発明の範囲から逸脱する比較鋼板2〜7とし、開発鋼板1,2と比較鋼板1〜7の焼鈍組織の表1に併記する。なお、表1に示す元素以外の残部はFeである。
【0050】
【表1】
F:フェライト
A:残留オーステナイト
M:マルテンサイト
B:ベイナイト
C:セメンタイト
【0051】
表1に示した金属組織(フェライト、残留オーステナイト、マルテンサイト、ベイナイト、セメンタイト、およびパーライト)は、次のように判定した。すなわち、圧延後の鋼板から圧延方向に平行な断面を切り出し、この断面をナイタール等でエッチングした後に、走査型電子顕微鏡にて倍率5000倍で撮影した2次電子像(以下、SEM写真と称する)を観察して判定した。
【0052】
次に表1に示す開発鋼板1,2および比較鋼板1〜7から、圧延方向と平行な方向が引張り軸となるように、図2に示すダンベル形状の引張り試験片を切り出して作製した。そして、引張り試験片を用いて引張り試験を行い、得られた応力歪み線図から、降伏点(YP)、引張り強度(TS)を求め、さらに、真歪み3%での真応力、真歪み7%での真応力、真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεおよび全伸び(t−El)を求めた。それらの値を表2に示す。
【0053】
【表2】
【0054】
図1は、開発鋼板と比較鋼板の応力歪み曲線の代表例として、開発鋼板2と比較鋼板4の公称応力公称歪み線図を示している。図1によると、開発鋼板においては、特に歪み10%以下の領域で大きな加工硬化能を有していることがわかる。
【0055】
次に、表2に示す開発鋼板1〜2および比較鋼板1〜7の各鋼板から、図3に示す断面矩形状の筒型部材1(発明部材と比較部材)を試験片としてそれぞれ作製した。筒型部材1は、断面ハット状に折り曲げ加工して幅方向両端部にフランジ2aを有するハット部2のフランジ2aに、平板状の背板3を接合して筒状としたもので、自動車フレーム(車両用強度部材)の一部に見立てたものである。このとき、背板3には、表2に示す開発鋼板1,2および比較鋼板1〜7の各鋼板をそれぞれ用意した。また、ハット部2の4箇所の直角の屈曲部は、半径5mmのポンチを用いて折り曲げ加工して形成した。
【0056】
図3に示した筒型部材1は、フランジ2aと背板3とを、連続的なFSWで接合したものであり、スティッチ状に接合したものを図4に示す。これらの場合のFSWは、背板3のフランジ2aに対応する表面に接合用ツールを押し当てながら移動させることにより、背板3とフランジ2aとを接合する。詳しくは、FSWに用いたツールは、ショルダー径が12mm、先端の突起の直径が4mmで高さが1.4mmのWC(タングステン−カーバイド)をベースとした超硬合金を用いた。そして、そのツールを、接合部分の表面に対する垂直方向から、接合方向(移動方向)に3°傾けた状態を保持しながら、ツールを所定速度で回転させ、かつ、2〜3トンの加圧力で加圧しながら接合方向に移動させてFSWを行った。また、スティッチ状にFSWを行う場合は、ツールを6mm移動させた接合を背板3とフランジ2aの各4箇所で行うことでスティッチ状とした。
【0057】
さらに、FSW以外の接合方法として、図5に示すように、フランジ2aと背板3との接合をスポット溶接(左右5箇所)で行って比較部材を作製した。
【0058】
上記のように、開発鋼板1〜2および比較鋼板1〜7を用いて図3〜5の各モデルの筒型部材1をそれぞれ作製したら、次いで、これら筒型部材1の両端に、図6に示すように天板4と地板5とをTIG溶接によって接合して、圧潰部材を作製した。天板4と地板5は正方形の鋼板であり、地板5の方が天板4よりも面積が大きい。筒型部材1は、天板4および地板5の中央部に配されている。
【0059】
作製した各圧潰試験体につき、圧潰試験を行った。圧潰試験は、図6に示すような自由落下式の落錘試験機を用い、ロードセル11で支持されたベースプレート12に地板5の四隅をボルト13で固定して筒型部材を立てて支持し、上方から落錘14を落下させて筒型部材を上から押し潰す方法を採用した。圧潰試験の条件は、落錘14の重さ約100kg、落下高さ11m、衝突時の落錘速度は約50km毎時とし、筒型部材に生じた圧潰ストローク(筒型部材の圧潰前の全長から圧潰後の全長を引いた値)と、圧潰時に発生した荷重を測定した。また、各試験体につき、吸収エネルギーと初期反力を求めた。
【0060】
表3に、圧潰ストロークが100mmにおける吸収エネルギーと初期反力の結果および圧潰初期における溶接部剥離の有無を、発明部材1〜5および比較部材1〜13について示す。また、各部材を構成するハット部2と背板3に用いる鋼板の引張り強度比も併せて示しており、これら発明部材および比較部材は、ハット部2と背板3の鋼板および接合方法の組み合わせが異なるものであるが、ハット部2に開発鋼板と背板3に比較鋼板とを接合したもののうち、引張り強度比が0.3〜0.85の範囲にあるものが発明部材であり、0.3〜0.85以外のものおよびハット部2と背板3に同じ鋼板どうしを接合したものが比較部材である。なお、圧潰初期における溶接部剥離と潰れモード゛については、圧潰試験時に試験体が潰れる様子を2000コマ/秒で撮影できる高速ビデオカメラで録画し、その映像から落錘が試験体に接触した直後において判定を行った。
【0061】
【表3】
【0062】
図8は、発明部材1と比較部材5および比較部材10の試験体について、圧潰試験で求めた圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を示しており、図9は、これら試験体の圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を示している。図8では、圧潰ストロークが5mmまでの間に荷重が突出して増す初期反力が現れ、その後の比較的低い荷重の増減により、蛇腹状に座屈している様子が表れている。
【0063】
図8において、まず比較部材5の初期反力は比較部材10より低いが、圧潰ストロークが初期反力の山を超えてからの発生荷重に関しては、比較部材5の方が平均して高いことが判る。これは、比較鋼板どうしからなる比較部材10に比べ、開発鋼板どうしからなる比較部材5の方が、初期反力を抑えながら高い吸収エネルギーを得ていることを示しており、高い加工硬化能を有する開発鋼板が優れた衝撃エネルギー吸収能を持つと言える。
【0064】
次に、図8において、発明部材1と比較部材5の初期反力は同等であるが、図9で明らかなように、吸収エネルギーは発明部材1の方が優れていることが判る。両者のハット部の鋼板は同じもの(開発鋼板1)であるが、発明部材1は背板に比較鋼板を用いたものであり、比較部材5は背板も開発鋼板1であるから、構成材料の違いによって差が生じている。比較部材5は、強度の高い開発鋼板どうしを接合したものであるため、圧潰時の鋼板どうしの追従性は強度の低い比較鋼板を背板に用いた発明部材1に比べて劣る。したがって、圧潰時の衝撃エネルギー吸収能を主に担うハット部に高い加工硬化能を有する開発鋼板を用いた場合、背板には鋼板どうしの追従性を高めるために敢えて強度の低い鋼板を用いた方が、より高い衝撃エネルギー吸収能を得られることが判った。なお、ハット部に比較鋼板を用い背板に開発鋼板を用いて接合した部材については、圧潰時の衝撃エネルギー吸収能を主に担うのは断面積が大きく角陵のあるハット部であるという理由より、高い衝撃エネルギー吸収能は得られないと考えるため実施していない。
【0065】
さらに、図10は、発明部材5と比較部材3,4の試験体について、圧潰試験で求めた圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を示しており、図11は、これら試験体の圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を示している。これら試験体は、いずれもハット部に開発鋼板2を用い背板に強度の異なる比較鋼板を用いて接合したものである。図10に示すように、比較部材3の初期反力は他の部材に比べて低く、初期反力以降の荷重も概ね低いままである。これは、比較部材3の背板には強度が比較的高い比較鋼板2を用いているため、鋼板どうしの追従性が損なわれていることによる。また、表1および表3にも示したように、比較鋼板2はC当量が高く比較部材3は圧潰初期に溶接部の剥離が発生していることにもよる。また、図10において、比較部材4の初期反力は発明部材5と同等であるが、図11で明らかなように、吸収エネルギー値は発明部材5より低いことが判る。これは、比較部材4の背板には強度が極端に低い比較鋼板7を用いているため、鋼板どうしの追従性は良好であるが、強度の極端に低い背板は座屈変形時に耐荷重部材として全く寄与していないことによる。一方、適度な強度を持つ比較鋼板を背板に用いた発明部材5は、初期反力が低く、かつ、吸収エネルギー値は高いことから、優れた衝撃エネルギー吸収能を持っている。したがって、ハット部に開発鋼板を用い背板に比較鋼板を用いて接合した部材であっても、開発鋼板に対してどのような強度の鋼板を用いても、必ずしも良い衝撃エネルギー吸収能が得られるわけではなく、組み合わせる比較鋼板には最適な強度範囲があるということが言える。
【0066】
次に、比較的C当量の高い開発鋼板どうしをスティッチ状にFSWで接合して作製した試験体と、その開発鋼板と比較鋼板とを同じくスティッチ状にFSWで接合して作製した試験体について比較する。図12は、発明部材5と比較部材4,7について、圧潰試験で測定された圧潰ストローク100mmまでの初期反力と吸収エネルギーとの関係を示したものである。図12より、発明部材5は比較部材4,7に比べ、初期反力は同等であるが吸収エネルギーは高いことが判る。比較的C当量の高い開発鋼板は、FSWで接合することで十分な接合強度を得ることができるが、鋼板自体が高強度であるが故に、鋼板どうしの追従性は完全に失われる。このため、圧潰初期に接合部の剥離が生じてしまい、結果として、C当量の高い開発鋼板2どうしからなる比較部材7の吸収エネルギーは低くなってしまう。一方、C当量の高い開発鋼板2であっても、背板に比較鋼板を用いた発明部材5では圧潰初期の接合部剥離は発生せず、鋼板どうしの追従性が保たれたまま高い吸収エネルギー値が得られる。したがって、比較的C当量の高い開発鋼板にあっては、比較鋼板を接合することで、接合性が最適であり、かつ、高い衝撃エネルギー吸収能を持つ部材が得られる。ただし、上述のように、開発鋼板に対して組み合わせる比較鋼板には最適な範囲があることから、比較部材4のように極端に強度の低い比較鋼板7の背板に用いた場合は、逆に吸収エネルギーは低くなってしまう。なお、図13は、連続的なFSWで接合して作製した発明部材4と比較部材6について、上記と同じ比較を行った結果を示しており、連続的なFSWであってもスティッチ状のFSWと同じ傾向を示すことが判る。ただ、連続的なFSWで接合した部材はハット部のフランジと背板が一体の剛体とみなすことができるため、結果として、吸収エネルギー値は、スティッチ状のFSWで接合したものより高くなる。
【0067】
図14は、圧潰試験で測定された圧潰ストローク100mmまでの吸収エネルギーとハット部および背板に用いる鋼板の引張り強度比との関係を、発明部材1〜5と比較部材1〜4および比較部材8について示したものである。図14によれば、引張り強度比0.3〜0.85の範囲にある発明部材1〜5は、吸収エネルギーが比較部材よりも高く衝撃エネルギー吸収性に優れており、その範囲の中でも強度比が0.5前後である場合に、特に、吸収エネルギー値は高いことが判る。したがって、本発明における開発鋼板と、適度な強度を持つ比較鋼板とを接合した発明部材1〜5は、鋼板どうしの追従性向上の効果により、優れた衝撃エネルギー吸収能を備えている。
【0068】
以上のように、本発明の強度部材は、従来の鋼板を用いた部材では得られなかった優れた耐衝撃性能、すなわち初期反力を抑制しながら吸収エネルギーを増加させるという相反する特性をバランスよく有しており、かつ、接合性においても最適な状態を実現できる。このため、車体のフロントフレーム等の車両用強度部材に用いることにより、部材長さの短縮による車体の軽量化やフロントオーバーハングの短縮による運動性能の向上、さらには、従来の鋼板を適用できることによる製造コストの低減などを実現することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板と、その高強度鋼板の引張り強度に対する引張り強度比が0.3〜0.85となる鋼板とを、所定方向に延在する空間を挟んで両端において接合したものであり、前記所定方向側から荷重がかかるように使用されることを特徴とする車両用強度部材。
【請求項2】
前記高強度鋼板と前記鋼板とを摩擦攪拌接合によって接合したことを特徴とする請求項1に記載の車両用強度部材。
【請求項3】
前記鋼板は平板状をなし、前記高強度鋼板は、前記鋼板と接合されるフランジ部と、このフランジ部から前記鋼板から離間する方向に立ち上がって前記空間を形成する本体部とを備えたことを特徴とする請求項1または2に記載の車両用強度部材。
【請求項4】
前記高強度鋼板は、前記所定方向から見てハット状をなすことを特徴とする請求項1または2に記載の車両用強度部材。
【請求項5】
前記高強度鋼板と前記鋼板とを前記摩擦攪拌接合によって直線状に連続して接合したことを特徴とする請求項1に記載の車両用強度部材。
【請求項6】
前記高強度鋼板と前記鋼板とを前記摩擦攪拌接合によって直線状に断続的に接合したことを特徴とする請求項1に記載の車両用強度部材。
【請求項1】
引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板と、その高強度鋼板の引張り強度に対する引張り強度比が0.3〜0.85となる鋼板とを、所定方向に延在する空間を挟んで両端において接合したものであり、前記所定方向側から荷重がかかるように使用されることを特徴とする車両用強度部材。
【請求項2】
前記高強度鋼板と前記鋼板とを摩擦攪拌接合によって接合したことを特徴とする請求項1に記載の車両用強度部材。
【請求項3】
前記鋼板は平板状をなし、前記高強度鋼板は、前記鋼板と接合されるフランジ部と、このフランジ部から前記鋼板から離間する方向に立ち上がって前記空間を形成する本体部とを備えたことを特徴とする請求項1または2に記載の車両用強度部材。
【請求項4】
前記高強度鋼板は、前記所定方向から見てハット状をなすことを特徴とする請求項1または2に記載の車両用強度部材。
【請求項5】
前記高強度鋼板と前記鋼板とを前記摩擦攪拌接合によって直線状に連続して接合したことを特徴とする請求項1に記載の車両用強度部材。
【請求項6】
前記高強度鋼板と前記鋼板とを前記摩擦攪拌接合によって直線状に断続的に接合したことを特徴とする請求項1に記載の車両用強度部材。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2010−280283(P2010−280283A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−134506(P2009−134506)
【出願日】平成21年6月3日(2009.6.3)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年6月3日(2009.6.3)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】
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