説明

転がり軸受

【課題】大型化が図れ、耐食性に優れ、かつ、軸受固定部での取り付け精度悪化、固定力低下、および振動発生などを防止でき、腐食性の高い環境でも長期間使用が可能な転がり軸受を提供する。
【解決手段】転がり軸受1は、軸受部材として内輪2、外輪3、および転動体4を備えてなり、軸受部材における腐食環境に曝される部位のうち、少なくとも軸受固定面(c、d)を含む部位に、該軸受部材の基材に対して犠牲陽極作用を有する被膜が形成されてなり、軸受固定面(c、d)に形成された被膜が、多孔質の被膜であり、特に、軸受部材の基材が、鉄系材料からなり、上記被膜が亜鉛、アルミニウム、マグネシウムのいずれかの元素を含む材料を溶射材として用いて形成された溶射被膜である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、屋外、沿岸部、洋上などの腐食性の高い環境で使用される設備において、長期間腐食することなく用いることが可能な耐食性の転がり軸受に関する。特に、風力発電機などで利用可能な耐食性に優れる大型の転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
腐食性の高い環境で使用される転がり軸受としては、内輪、外輪、転動体に非常に高価なセラミックスやステンレス鋼を利用した転がり軸受や、軸受外部に別途特殊なシール構造を設ける防錆技術が提案されている。例えば、内輪、外輪、転動体をセラミックス製とした耐食性転がり軸受が提案されている(特許文献1参照)。また、内輪、外輪などがステンレス鋼からなり、該部材表面に、Niめっき、Crめっき、リン酸塩系被膜処理などの表面処理を施した転がり軸受が提案されている(特許文献2、特許文献3参照)。また、軸受外部に、腐食ガスなどの侵入を防止する磁性流体によるシールを設けたものが提案されている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】実開平4−82431号公報
【特許文献2】特開平7−301241号公報
【特許文献3】特開平6−313435号公報
【特許文献4】実用新案登録第2526195号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、内輪、外輪、転動体の軸受部材自体を高耐食性材料で製作する場合では、例えば、セラミックス製のものは非常に耐食性に優れるが、粉体を固めた圧粉体を焼結することで製造されるため、製造法上、大型の軸受には適用が困難である。また、Niめっき、Crめっき、リン酸塩系被膜処理では、処理浴を利用することから、大型軸受への適用は寸法・重量面で困難である。
【0005】
このような厳しい耐食性が必要となる大型(例えば、内輪内径800mm以上)の転がり軸受としては、風力や地熱などの自然エネルギーから発電する発電機や、その周辺設備で用いられる軸受が挙げられる。このような自然エネルギーが有効に得られる場所は腐食性の高い場所が多い。具体的には、沿岸部や洋上などに設置される風力発電機に使用されるヨー軸受やブレード軸受などの風力発電機用軸受が挙げられる。このような大型軸受には、そのサイズ、重量面から従来からの小型の転がり軸受に対する防錆処理法を適用するのは困難であり、刷毛やスプレーによる亜鉛塗装(+封孔処理)などにより防錆処理を施している。
【0006】
また、このような大型軸受では、軸箱との固定にボルト止めされる場合が多い。しかし、その大きさから、取り付け時に固定面での接触を充分確保することが難しく、使用中において固定部での振動によるスティックスリップ発生や、ボルトの緩みの発生(固定力の低下)が懸念される。また、上記固定面で異音が発生し、騒音源となることが懸念される。さらに、上記固定面が、異種材料との接触界面となることから、その他の部位と比べて腐食が発生しやすくなり、腐食による取り付け精度の悪化も懸念される。
【0007】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、大型化が図れ、耐食性に優れ、かつ、軸受固定部での取り付け精度悪化、固定力低下、および振動発生などを防止でき、腐食性の高い環境でも長期間使用が可能な転がり軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の転がり軸受は、軸受部材として内輪、外輪、および転動体を備えてなる転がり軸受であって、上記軸受部材における腐食環境に曝される部位のうち、少なくとも軸受固定面を含む部位に、該軸受部材の基材に対して犠牲陽極作用を有する被膜が形成されてなり、上記軸受固定面に形成された上記被膜が、多孔質の被膜であることを特徴とする。
【0009】
上記軸受部材の基材が、鉄系材料からなり、上記犠牲陽極作用を有する被膜が、亜鉛、アルミニウム、マグネシウムのいずれかの元素を含む材料からなることを特徴とする。特に、上記犠牲陽極作用を有する被膜が、上記材料を溶射材として用いて形成された溶射被膜であることを特徴とする。
【0010】
上記転がり軸受は、上記外輪および上記内輪から選ばれる少なくとも一方の軸受端面で軸箱に締結され固定される軸受であり、上記軸受端面が上記軸受固定面であることを特徴とする。
【0011】
上記転がり軸受は、上記内輪および上記外輪の軸方向両端開口部をシールするシール部材を備えてなり、該シール部材のシール面側となる上記内輪および上記外輪の軸受端面に、上記犠牲陽極作用を有する被膜が形成されてなることを特徴とする。
【0012】
上記犠牲陽極作用を有する被膜は、上記軸受固定面に形成される部位以外の部位において、該被膜の孔の一部または全部が封止されてなることを特徴とする。また、上記犠牲陽極作用を有する被膜は、上記軸受固定面に形成される部位以外の部位の一部または全部が、犠牲陽極作用を有しない材料で被覆されてなることを特徴とする。
【0013】
上記内輪の内径が、800mm以上であることを特徴とする。また、上記転がり軸受が、自然エネルギーから発電する発電機または発電設備で使用される軸受であることを特徴とする。特に、上記転がり軸受が、風力発電機のブレードまたはヨーを支持する軸受であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の転がり軸受は、軸受部材として内輪、外輪、および転動体を備えてなり、軸受部材における腐食環境に曝される部位のうち、少なくとも軸受固定面を含む部位に、該軸受部材の基材に対して犠牲陽極作用を有する多孔質の被膜が形成されてなり、上記軸受固定面に形成された上記被膜の犠牲陽極作用により、該被膜形成部分およびその近傍の基材の腐食を防止でき、特に、腐食による軸受固定面での取り付け精度悪化、固定力低下、振動発生を防止できる。さらに、ボルト締結などによる軸箱との軸受固定面に形成された被膜が、溶射などによる多孔質被膜(封孔処理などを施さない)であるので、固定時に、形状精度によらず各ボルトで均質な締結力が得られやすくなり、使用中の振動によるボルトの緩みや締結部のスティックスリップの発生を防止できる。これらの結果、本発明の転がり軸受は、内輪内径800mm以上程度の大型の転がり軸受として利用する場合においても、ボルト締結によりガタなどの発生もなく信頼性高く軸箱に固定ができ、また、腐食性の高い環境でも長期間使用が可能となる。
【0015】
また、軸受部材の基材が鉄系材料からなり、犠牲陽極作用を有する被膜が少なくとも亜鉛、アルミニウム、マグネシウムのいずれかの元素を主成分として含む材料からなる溶射被膜などであるので、被膜材が軸受部材の基材よりも軟質材であり、各ボルトでより均質な締結力が得られやすくなり、使用中の振動によるボルトの緩みや締結部のスティックスリップの発生をより防止できる。
【0016】
また、本発明の転がり軸受は、シール部材を備える構成において、該シール部材のシール面側となる内輪および外輪の軸受端面に、犠牲陽極作用を有する被膜が形成されてなるので、シール部の腐食を防止できる。これにより、シール部の腐食によるシール性の低下、それに伴うグリースなどの潤滑剤の漏えいおよび寿命低下を防止できる。
【0017】
また、犠牲陽極作用を有する被膜は、軸受固定面に形成される部位以外の部位について、該被膜の孔の一部または全部を封止する、または、犠牲陽極作用を有しない材料で被覆するので、軸受固定面では耐食性向上かつガタ防止などの上記効果を得つつ、腐食環境に特に曝されやすい部分では、耐久性、耐食性などを更に向上させることができる。
【0018】
本発明の転がり軸受は、高湿環境や、結露の発生し易い環境、洋上、沿岸などの腐食性の高い環境で使用する大型軸受として利用でき、例えば、風力発電機のブレードまたはヨーを支持する軸受として好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施例である風力発電機に用いられる大型転がり軸受(内歯車)の正面図および一部断面図である。
【図2】図1における一部拡大断面図である。
【図3】本発明の他実施例である風力発電機に用いられる大型転がり軸受(歯車なし)の一部拡大断面図である。
【図4】本発明の他実施例であるシール付きの深溝玉軸受を断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の転がり軸受が、主に対象とするのは、大型の転がり軸受であって、耐食性が要求される軸受である。該軸受としては、風力や地熱などの自然エネルギーから発電する発電機や、その周辺設備で用いられる軸受が挙げられる。このような自然エネルギーが有効に得られる場所は腐食性の高い場所が多い。例えば、風力発電機は、近年において、陸地では風力発電用風車の設置条件を満たす場所が少なくなり、大型風車が海岸沿岸または洋上に設置される例が多くなってきている。また、風力発電機などの自然エネルギーから発電する発電設備は、効率面および採算面から無人で運転されたり、大型化されて、上記のように洋上や高所に設置されたりすることが多い。このため、これら発電設備に用いられる転がり軸受は、腐食性の高い環境でありながら、長期間(例えば、10年程度、好ましくは20年程度)にわたりメンテナンスフリー化を図ることが望まれる。
【0021】
本発明の転がり軸受のサイズは特に限定されないが、処理浴を利用した耐腐食性処理か困難な大きさ、具体的には、内輪内径が500mm以上、さらには800mm以上(かつ、6000mm以下程度)の大型の転がり軸受とすることができる。このような軸受としては、例えば、大型の風力発電機における主軸支持軸受、ブレードピッチ旋回座に用いられるブレード軸受、ヨー旋回座に用いられるヨー軸受などが挙げられる。ブレード軸受は、効率よく風を受けるために、風の強さによりブレードの角度を調節できるよう、ブレードの付け根に取り付けられてブレードを回転自在に支持する軸受である。また、ヨー軸受は、風向きに合わせて主軸の向きを調節するため、ナセルのヨーを旋回自在に支持する軸受である。
【0022】
本発明の転がり軸受の一実施例について図1および図2に基づいて説明する。図1は、風力発電機の大型軸受(ヨー軸受、ブレード軸受)の正面図および一部断面図を、図2は、図1における一部拡大断面図をそれぞれ示す。図1および図2に示すように、本発明の転がり軸受1は、軸受部材として、内輪2、外輪3、複数の転動体4を備えてなる。転動体4は、内輪2と外輪3との間に複列または単列で介在され、保持器5または間座により保持されている。転動体の周囲の軸受内空間6には、潤滑剤としてグリースが封入されている。転がり軸受1は、外輪2および内輪3から選ばれる少なくとも一方の軸受端面で軸箱に締結され固定される。図1および図2に示す態様では、内輪2および外輪3に形成されたボルト穴8を介して軸箱(図示省略)とボルト締結される。また、この態様では、内輪2の内径に歯車7を有するが、適用箇所に応じて、該歯車7は外輪3の外径に有してもよい。
【0023】
これら軸受部材における腐食環境に曝される部位としては、主に、外輪3の内径面、内輪2の外径面、および転動体の表面を除く、内輪2および外輪3の任意の表面である。図2では、外輪3の軸受端面cおよび内輪2の軸受端面dが、軸箱(図示省略)と固定される軸受固定面である。転がり軸受1では、軸受部材における腐食環境に曝される部位(a〜fなど)のうち、少なくとも軸受固定面(c、d)を含む部位に、後述する犠牲陽極作用を有する被膜が形成されている。ここで、aおよびcは外輪3の軸受端面、bは外輪3の外径面、dおよびeは内輪2の軸受端面、fは内輪2の内径面(歯車部を除く)である。図2に示す態様では、歯車部、溝部、穴、ねじ、シール摺動面、外輪3の内径面、内輪2の外径面、転動体4の表面を除く表面全体(a〜f)に上記被膜を形成している。なお、形成される被膜の膜厚は、軸受寸法に対して非常に薄いため、被膜自体の図示は省略している(破線で示す範囲が被膜形成部分、図3、図4においても同様)。
【0024】
腐食環境に曝される部位に形成された上記被膜の犠牲陽極作用により、該被膜を形成した部分の基材表面と、その近傍の基材表面での腐食を防止できる。少なくとも軸受固定面(c、d)に該被膜を形成することで、腐食による軸受固定面での取り付け精度悪化、固定力低下、振動発生を防止できる。
【0025】
軸受固定面は、転がり軸受を軸箱などの他の部材と固定する際に、この他部材と直接または間接に接触する面である。上記被膜は、軸受固定面の全部または一部に形成される。
【0026】
腐食環境に特に曝されやすい外輪2の外径面bなどは、上記被膜を形成した後、後述の封孔処理や塗装処理をさらに行なうことが好ましい。一方、軸受固定面(c、d)に形成する被膜については、溶射被膜などの形成の後に封孔処理などをあえて行わず、多孔質状のままとする。図1に示すように、軸箱への固定は、多くのボルトで締結することで行なうが、軸受固定面の被膜を多孔質被膜とすることで、固定時に各ボルトで均質な締結力が得られやすくなり、使用中の振動によるボルトの緩み、締結部のスティックスリップの発生、異音の発生などを防止できる。
【0027】
本発明の転がり軸受の他の実施例について図3に基づいて説明する。図3は、風力発電機の大型軸受(ヨー軸受、ブレード軸受)の一部断面拡大図を示す。図3に示す態様の転がり軸受1は、歯車7が設けられていない以外は、図1および図2に示す態様と同様である。この態様では歯車7を有さないので、犠牲陽極作用を有する被膜は、図1および図2に示す態様の箇所に加えて、内輪2の内径面の全面に形成されている。
【0028】
本発明の転がり軸受の他の実施例について図4に基づいて説明する。図4は、シール付きの深溝玉軸受の断面図を示す。図4に示す態様の転がり軸受1は、内輪2および外輪3の軸方向両端開口部をシールするシール部材9を備えてなる。シール部材9のシール面側となる内輪2および外輪3の軸受端面(軸受両幅面)に、犠牲陽極作用を有する被膜が形成されている。該転がり軸受1は、内輪内径、外輪外径が他部材に嵌合されて使用されるものである。軸受端面の一部も軸受固定面となる。嵌合面となる内輪内径面、外輪外径面には、上記被膜は形成していないが、必要に応じて、これらの面に上記被膜を形成してもよい。
【0029】
内輪2および外輪3の軸受端面に形成された上記被膜の犠牲陽極作用により、シール部材9を含むシール部の腐食を防止できる。これにより、シール部の腐食によるシール性の低下、それに伴うグリースなどの潤滑剤の漏えいおよび寿命低下を防止できる。
【0030】
本発明の転がり軸受は、上記例示したものの他、自動調心ころ軸受、アンギュラ玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、針状ころ軸受、スラスト円筒ころ軸受、スラスト円すいころ軸受、スラスト針状ころ軸受、スラスト自動調心ころ軸受としても使用できる。
【0031】
軸受部材の基材としては、高炭素クロム軸受鋼、浸炭鋼(肌焼き鋼)、ステンレス鋼、高速度鋼、冷間圧延鋼、熱間圧延鋼などの鉄系材料(鋼材)が挙げられる。また、これらの鋼材に、高周波熱処理、窒化処理などを施したものも使用できる。これらの中でも、浸炭鋼(肌焼き鋼)は、浸炭焼入れにより、表面から適当な深さまで硬化させ、比較的硬さの低い心部を形成することにより、硬さと靭性を兼ね備え、耐衝撃性に優れているため、本発明の軸受部材(特に大型転がり軸受のもの)の基材として好ましい。具体的には、SCM445、SCM440などに代表されるクロムモリブデン鋼などの鉄系機械構造用合金鋼(JIS G4053)、または、S48C、S50Cなどに代表される機械構造用炭素鋼(JISG4051)が挙げられる。
【0032】
本発明における犠牲陽極作用を有する被膜は、軸受部材の基材との関係で、犠牲陽極作用を発揮し得る被膜である。該被膜は、被膜形成対象となる軸受部材の基材よりも、イオン化傾向の大きい金属を含んだ被膜であればよく、特に材質、形成方法は制限されない。なお、イオン化傾向は、水溶液中における水和金属イオンと単体金属との間の標準酸化還元電位の順であり、該電位が負の場合、その絶対値が大きいものほど、「イオン化傾向が大きい」という。
【0033】
この被膜の材質としては、軸受部材の基材として上記の鉄系材料を用いる場合、鉄よりもイオン化傾向の大きい金属である、亜鉛、アルミニウム、マグネシウムなどの元素を含む材料とする。この被膜の形成方法としては、例えば、亜鉛を含んだジンクリッチペイント(ジンクリッチ塗装)による塗装処理や、亜鉛やアルミニウム、アルミニウムと亜鉛からなる合金や擬合金、アルミニウムとマグネシウムやアルミニウムとチタンからなる合金などを溶射材として用いる溶射被膜処理が挙げられる。
【0034】
溶射方法としては、フレーム溶射、アーク溶射、プラズマ溶射、レーザ溶射などの公知の溶射方法を採用できる。これらの中でも、アーク溶射を用いることが好ましい。アーク溶射は、2本の金属ワイヤの間にアークを発生させてワイヤを溶融し、該ワイヤを送給しながらガス噴射によって溶滴を微細化させて基材に吹き付けて被膜形成する方法であり、上記亜鉛、アルミニウム、マグネシウムなどを含む材料を溶射材として利用でき、基材との密着力も確保し易い。
【0035】
溶射被膜は、いずれの溶射方法を採用した場合でも、粒子径分布のある多数の粒子が粒子間表層のみで融着して形成され、必然的に粒子境界に空隙や間隙が生成し、多孔質となる。溶射時に溶射材の融点が低いほど小さな粒子となり易いため、得られる被膜(多孔質体)の空孔も小さくなり易く、軸受固定面において、締結部の緩み防止やスティックスリップの防止効果は得られにくくなる。このことから、上記溶射材の中でも、亜鉛よりも融点の高いアルミニウムや、アルミニウムとマグネシウムからなる合金を用いることが好ましい。
【0036】
溶射被膜の気孔率は、3〜40%、好ましくは5〜20%とすることが好ましい。気孔率は、溶射条件などにより調整可能である。気孔率が3%未満であると、締結部の緩み防止やスティックスリップの防止効果は得られにくくなる。一方、気孔率が40%をこえる場合、耐食性の向上が十分に図れないおそれがある。なお、上記範囲は、軸受固定面における被膜においての好適範囲であり、溶射被膜の気孔率をこの範囲に調整した場合でも、より耐食性が要求される他の部位については、封孔処理などにより対処することが可能である。
【0037】
また、ジンクリッチペイントによる塗装被膜も多孔質体となる場合がある。よって、溶射被膜と同様に該塗装被膜の場合も、軸受固定面の被膜が多孔質状となることで、使用中の振動によるボルトの緩み、締結部のスティックスリップの発生、異音の発生などを防止し得る。
【0038】
軸受固定面以外の部分の被膜については、該被膜の耐久性、耐食性、環境遮断性などを更に向上すべく、これらの孔を封止する封孔処理や、被膜表面に対する塗装処理を単独または複合して併用することが好ましい。封孔(封止)処理は、上記被膜の軸受固定面に形成される部位以外の部位において、該被膜の孔の一部または全部を封止する処理である。塗装処理は、上記被膜の軸受固定面に形成される部位以外の部位の一部または全部について、犠牲陽極作用を有しない材料で被覆する処理である。
【0039】
封孔処理方法としては、溶射処理などによる多孔質被膜の孔の一部または全部を封孔できる方法であれば、特に処理剤の材質などは限定されない。封孔処理方法としては、例えば、エポキシ樹脂、アクリル樹脂、ウレタン樹脂、フェノール樹脂、フッ素樹脂などの有機系封孔処理剤や、ケイ酸塩、リン酸塩、アルコキシシラン化合物を主成分とする無機系封孔処理剤を溶射被膜表面に塗布する方法が挙げられる。なお、溶射被膜への封孔処理は、処理される溶射被膜を形成している粒子境界融着構造により封孔処理剤の浸透・充填性が左右される。このため、溶射被膜の粒子境界融着構造および封孔後の溶射被膜の要求特性に適した最適な封孔処理剤を選択することが望ましい。
【0040】
塗装処理の材料としては、少なくとも上記に例示した犠牲陽極性を示す元素を主成分としない材料であるならば、特に材質の制限はない。例えば、一般的な塗料として知られるウレタン塗料やフッ素塗料などが挙げられる。
【0041】
本発明における犠牲陽極作用を有する被膜の表面は、平滑なほど汚れが付着し難く、より高い耐久性が得られることから、表面粗さを130μmRz以下とすることが好ましく、100μmRz以下とすることがより好ましい。また、軸受固定面に該被膜を形成するので、膜厚の均一性も合わせて要求される。これらのことから、具体的には膜厚の相互差100μm以下とすることで、使用時にガタの発生や固定の緩み、スティックスリップによる軸箱との滑りなどの発生を防止できる。相互差は、好ましくは70μm以下、より好ましくは50μm以下である。
【0042】
本発明における犠牲陽極作用を有する被膜の厚みについては、要求される耐久性を確保できれば、特に何ら制限されるものではない。例えば、塗装被膜などを除く、犠牲陽極作用を有する被膜自体の膜厚は、10〜500μmが好ましく、50〜500μmがより好ましく、100〜200μmが最も好ましい。また、塗装被膜を形成する場合、その膜厚は、10〜500μmが好ましく、50〜500μmがより好ましく、100〜200μmが最も好ましい。一例として、洋上などの極めて厳しい環境下で20年以上の長期間にわたり使用する場合には、後述の実施例で示すように、アルミニウムまたはアルミニウムに5vol%マグネシウム添加したAl−Mg合金を溶射にて膜厚100μm以上形成し、封孔処理した後、塗装被膜の膜厚が100μm以上となるよう塗装処理を施す方法が挙げられる。
【0043】
本発明の転がり軸受において、潤滑剤として封入するグリースは、通常、転がりに用いられるグリースであれば特に制限なく用いることができる。グリースを構成する基油としては、例えば、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油などの鉱油、ポリブテン油、ポリ−α−オレフィン油、アルキルベンゼン油、アルキルナフタレン油などの炭化水素系合成油、または、天然油脂やポリオールエステル油、りん酸エステル油、ジエステル油、ポリグリコール油、シリコーン油、ポリフェニルエーテル油、アルキルジフェニルエーテル油、フッ素化油などの非炭化水素系合成油などが挙げられる。これらの基油は、単独または2種類以上組み合せて用いてもよい。
【0044】
使用する基油の動粘度(40℃)としては、30〜600mm/sが好ましい。特に、風力発電機の大型軸受用途などにおいては、300〜600mm/sが好ましい。風力発電機の大型軸受(主軸用)は、風力が弱い時には、極めて低い回転数で回転する場合があり、該軸受転走面における油膜は比較的薄く不安定となる。このため、40℃における動粘度が300mm/s 未満の場合は、油膜切れを起こしやすくなるおそれがある。一方、40℃における動粘度が600mm/sより高いと、転走面への潤滑油の供給性に劣り、フレッチング(微動摩耗)が起こりやすくなる。また、風力発電機のブレードまたはヨーを支持する転がり軸受は、通常、連続的な回転はなく、風向にあわせてブレード、ナセルの角度を調整する時に動かすものであり、これらの軸受の基油としては、動粘度(40℃)が50mm/s程度のものを使用できる。
【0045】
また、グリースを構成する増ちょう剤としては、例えば、アルミニウム石けん、リチウム石けん、ナトリウム石けん、複合リチウム石けん、複合カルシウム石けん、複合アルミニウム石けんなどの金属石けん系増ちょう剤、ジウレア化合物、ポリウレア化合物などのウレア系化合物、PTFE樹脂などのフッ素樹脂粉末が挙げられる。これらの増ちょう剤は、単独または2種類以上組み合せて用いてもよい。
【0046】
また、グリースには、必要に応じて公知の添加剤を添加できる。添加剤としては、例えば、有機亜鉛化合物、有機モリブデン化合物などの極圧剤、アミン系、フェノール系、イオウ系化合物などの酸化防止剤、イオウ系、リン系化合物などの摩耗抑制剤、多価アルコールエステルなどの防錆剤、ポリメタクリレート、ポリスチレンなどの粘度指数向上剤、二硫化モリブデン、グラファイトなどの固体潤滑剤、エステル、アルコールなどの油性剤などが挙げられる。
【0047】
グリース組成物の混和ちょう度(JIS K 2220)は、200〜350の範囲にあることが好ましい。ちょう度が200未満である場合は、低温での油分離が小さく潤滑不良となり、風力発電機の大型軸受用途などにおいて、フレッチング(微動摩耗)が起こりやすくなる。一方、ちょう度が350をこえる場合は、グリースが軟質で軸受外に流出しやすくなる。
【0048】
本発明の転がり軸受では、グリースを封入したシール付軸受において、腐食性の高い環境下での使用においても、シール部の腐食によるシール性の低下を防止できるので、漏えいなどのおそれが少なく、上記の中で要求特性に応じた任意のグリースを採用できる。
【実施例】
【0049】
図1および図2を参照して、実際に軸受表面(a〜f)に被膜を形成した例を表1〜表3に示す。表1は、大気海洋環境である洋上で使用され、20年以上の長期間使用できる転がり軸受の被膜処理例(BS5493)であり、表2は、同洋上で使用され、10年以上の長期間使用できる転がり軸受の被膜処理例(BS5493)である。また、表3は、風力発電機のブレードまたはヨーを支持する軸受において、特に好ましい被膜処理例である。なお、表3の例は、上記洋上で使用した際に、20年以上の長期間使用できる転がり軸受の被膜処理例(BS5493)である。
【0050】
実施例に用いた転がり軸受は、図1および図2の形状を有する2種類(1:K2N−TD33402PX1S30 φ1716×2080×168(内歯)、2:K2N−TD39101PX1S30 φ2000×2400×205(内歯))であり、これらに各表の被膜処理をそれぞれ施した。これらの転がり軸受は、いずれも内輪の内径が800mm以上であり、被膜処理を施した内輪および外輪の基材はSCM445Hである。
【0051】
各表中の「AlMg5%」はアルミニウムに5vol%マグネシウム添加したAl−Mg合金を、「ZnAl15%」は亜鉛に15vol%アルミニウム添加したZn−Al合金を、それぞれ溶射材として用いるものである。各溶射材を用いてアーク溶射により、転がり軸受の各部位に、表中に示す膜厚となるよう溶射被膜を形成した。また、各表中のa〜fは、図2のa〜fの部位に対応する。また、複層構成のものは、(1)〜(3)の順に、軸受部材の基材表面に処理されて形成されたものである。なお、c、dの部位に形成された被膜は、封孔処理および塗装処理を施されておらず、多孔質状であった。
【0052】
「封孔処理」は、エポキシ樹脂系封孔処理材を溶射被膜などの表面に塗布した。「塗装」は、ウレタン塗料を用いて塗装を行なった。また、「塗装」に際して、封孔処理が施されている場合には、密着性向上のため、エポキシ系中間層を塗装で形成し、その上にウレタン塗料を用いて塗装を行なった。
【0053】
なお、各実施例のa、b、e、fにおける「溶射100μm以上」は115〜199μmであり、c、dにおける「溶射100μm以上」は118〜168μmである。また、a、b、e、fにおいて「溶射+封孔処理+塗装」とした場合の総合膜厚は、343〜504μmである。
【0054】
【表1】

【0055】
【表2】

【0056】
【表3】

【0057】
また、実施例1と実施例4の転がり軸受を軸箱にボルト締結し(軸受固定面はc、d)、一定時間経過後のボルト締付トルクの減少率を測定したところ、同条件において、実施例4(Zn溶射)は実施例1(Al溶射)よりも減少率が大きい結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の転がり軸受は、大型化が図れ、耐食性に優れ、かつ、軸受固定部での取り付け精度悪化、固定力低下、および振動発生などを防止できるので、高湿環境や、結露の発生し易い環境、洋上、沿岸などの腐食性の高い環境で使用する大型軸受として利用でき、例えば、風力発電機のブレードまたはヨーを支持する軸受として好適に利用できる。
【符号の説明】
【0059】
1 転がり軸受
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 軸受内空間
7 歯車
8 ボルト穴
9 シール部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸受部材として内輪、外輪、および転動体を備えてなる転がり軸受であって、
前記軸受部材における腐食環境に曝される部位のうち、少なくとも軸受固定面を含む部位に、該軸受部材の基材に対して犠牲陽極作用を有する被膜が形成されてなり、
前記軸受固定面に形成された前記被膜が、多孔質の被膜であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記軸受部材の基材が、鉄系材料からなり、前記犠牲陽極作用を有する被膜が、亜鉛、アルミニウム、マグネシウムのいずれかの元素を含む材料からなることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記犠牲陽極作用を有する被膜が、前記材料を溶射材として用いて形成された溶射被膜であることを特徴とする請求項2記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記転がり軸受は、前記外輪および前記内輪から選ばれる少なくとも一方の軸受端面で軸箱に締結され固定される軸受であり、前記軸受端面が前記軸受固定面であることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記転がり軸受は、前記内輪および前記外輪の軸方向両端開口部をシールするシール部材を備えてなり、該シール部材のシール面側となる前記内輪および前記外輪の軸受端面に、前記犠牲陽極作用を有する被膜が形成されてなることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記犠牲陽極作用を有する被膜は、前記軸受固定面に形成される部位以外の部位において、該被膜の孔の一部または全部が封止されてなることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1項記載の転がり軸受。
【請求項7】
前記犠牲陽極作用を有する被膜は、前記軸受固定面に形成される部位以外の部位の一部または全部が、犠牲陽極作用を有しない材料で被覆されてなることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか1項記載の転がり軸受。
【請求項8】
前記内輪の内径が、800mm以上であることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか1項記載の転がり軸受。
【請求項9】
前記転がり軸受が、自然エネルギーから発電する発電機または発電設備で使用される軸受であることを特徴とする請求項1ないし請求項8のいずれか1項記載の転がり軸受。
【請求項10】
前記転がり軸受が、風力発電機のブレードまたはヨーを支持する軸受であることを特徴とする請求項9記載の転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−44367(P2013−44367A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−181713(P2011−181713)
【出願日】平成23年8月23日(2011.8.23)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】