説明

運転操作予測装置

【課題】ドライバのハンドル回避操作前の準備操作を検出することにより、限定的な状況下でのドライバのハンドル回避意思を高精度に予測する。
【解決手段】外部環境イベント及び運転操作イベントを検出し(S2)、外部環境イベントと運転操作イベントとの時間関係にルールが反応したとき、そのルールの結論に応じて重みを加算或いは減算することにより、ハンドル回避意思推定値Hを計算する(S3)。そして、制御介入の必要性を判定し(S4)、制御介入の必要性がある場合、ハンドル回避意思推定値Hの値を参照する(S5)。その結果、H>0の場合には、ドライバのハンドル操作による回避意思が高いものと判断して制御介入しない或いは介入を遅らせる等して制御介入を自重し(S6)、一方、H≦0の場合には、ドライバのハンドル操作による回避意思が低いものと判断してシステムによるブレーキ介入を実行させる(S7)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドライバのハンドル回避操作を予測する運転操作予測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、自動車等の車両においては、前方車両との衝突を回避する場合、ブレーキによる回避とハンドルによる回避が考えられ、近年では、衝突の危険を判断して強制的にブレーキ制御を介入させるシステムが開発されている。このようなシステムによる制御介入を行う場合、ドライバの操作との干渉が問題となってくる。干渉のうち一番問題となるのは、ドライバがハンドルによる回避を行っている(もしくは行おうとしている)ときに、システムがブレーキ介入する場合である。
【0003】
このため、従来から、ドライバの運転操作を予測する技術が種々提案されている。例えば、特許文献1には、運転環境の変動からドライバの運転操作の変化を予測し、ドライバの急な運転操作変動に応答できる制御が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、検出された交通環境及び交通規則データベースより運転者が交通違反となる運転を行うかを予測する技術が開示されている。更に、また、特許文献3には、ドライバモデルを構築し、入力される外部環境情報に応じたドライバの運転操作を確率的に推定する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−213699号公報
【特許文献2】特開2010−67234号公報
【特許文献3】特開2009−245147号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の技術は、主として外部環境に対してドライバの操作を予測する技術であり、衝突危険時のドライバ操作を予測することは困難である。これは、一般に、ある時刻までの運転操作から未来の操作を予測することは、不確実性が高く、高精度の予測は困難と考えられるためであるが、プリクラッシュブレーキが作動するような限定的な状況に限れば、ドライバの操作予測を行うことは可能である。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、ドライバのハンドル回避操作前の準備操作を検出することにより、限定的な状況下でのドライバのハンドル回避意思を高精度に予測することのできる運転操作予測装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明による運転操作予測装置は、ドライバの運転操作情報と車両の外部環境情報とに基づいてドライバのハンドル回避操作を予測する運転操作予測装置であって、前記運転操作情報から運転操作毎の運転操作イベントを検出すると共に、前記外部環境情報から算出される前方車両との衝突予測時間に基づく外部環境イベントを検出するイベント検出部と、前記各イベント間の時間関係から判断されるルールにより、ドライバのハンドル回避意思を推定する予測処理部とを備える。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ドライバのハンドル回避操作前の準備操作を検出することにより、限定的な状況下でのドライバのハンドル回避意思を高精度に予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】運転操作予測装置の構成図
【図2】ルールブックの例を示す説明図
【図3】予測処理のフローチャート
【図4】ルールの反応とハンドル回避意思度を示す説明図
【図5】ルール最適化処理のフローチャート
【図6】ルールブック更新処理のフローチャート
【図7】ルールブックの更新例を示す説明図
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
本実施に形態における運転操作予測装置は、前方車両との衝突危険性が存在する走行状況下でドライバのハンドルによる回避操作を予測し、システムによる強制的な制御介入との干渉を低減するものである。このような運転操作予測装置は、図1に示すように、CAN(Controller Area Network;コントローラ・エリア・ネットワーク)等からなる車内ネットワーク100に接続されるマイクロコンピュータからなる電子制御装置(ECU)10によって構成され、専用の装置、或いは車両制御装置の一部として構成される。
【0012】
ECU10による運転操作の予測は、ドライバのハンドル回避意思を評価する「ハンドル回避意思推定値H」を求めることで行い、このハンドル回避意思推定値Hに基づいてシステムによる制御介入を判断する。このため、ECU10には、運転操作予測装置の機能として、外部環境情報入力部11、運転操作情報入力部12、イベント検出部13、予測処理部14、ブレーキ制御介入判断部15を備え、更に、予測処理部14を走行経験によって更新するため、事前サンプルデータ保持部16、追加サンプルデータ保持部17、予測処理更新部18を備えている。
【0013】
ECU10における運転操作予測装置としての処理は、以下の(1)〜(3)に示す処理に大別される。以下では、(1)の運転操作の予測を、外部環境情報入力部11、運転操作情報入力部12、イベント検出部13、予測処理部14、ブレーキ制御介入判断部15によるシステム全体での処理、(2)の最適化を、予測処理部14におけるオフラインでの処理、(3)の更新を、事前サンプルデータ保持部16、追加サンプルデータ保持部17、予測処理更新部18による走行経験に基づく学習処理として、順に説明する。
(1)運転操作情報及び外部環境情報を用いたドライバの運転操作の予測
(2)事前に収集したデータを用いた予測処理の最適化
(3)ドライバの実際の運転データを用いた予測処理の更新
【0014】
[ドライバの運転操作の予測(システム全体の処理)]
先ず、ECU10による運転操作予測装置としてのシステム全体の処理について説明する。但し、ここでは、事前サンプルデータ保持部16、追加サンプルデータ保持部17、予測処理更新部18による予測更新処理は除く。
【0015】
外部環境情報入力部11は、前方車との車間距離や相対速度等の外部環境情報を入力し、自車両が前方車と衝突するまでの予測時間(衝突予測時間)TTC(Time To Collision:車間距離/相対速度)を算出する。車間距離や相対速度等は、例えば、車載のカメラやレーザーレーダ等によって検出した外部環境情報から算出され、車内ネットワーク100を介して入力される。一方、運転操作情報入力部12は、ドライバの運転操作情報として、ハンドル角、アクセル開度、ブレーキ圧力の各データを車内ネットワーク100を介して入力する。
【0016】
外部環境情報入力部11及び運転操作情報入力部12で取得した情報は、イベント検出部13にて以下に説明するイベントを検出するために用いられる。ここでのイベントは、ルールベースでハンドル回避意思推定値Hを算出するための時間関係を与えるものであり、運転操作情報から運転操作イベントを検出し、外部環境情報から外部環境イベントを検出する。
【0017】
運転操作イベントは、以下の(A1−1)〜(A1−5)に示すように、アクセル操作、ブレーキ操作、ハンドル操作のぞれぞれについて設定条件が成立するとき、イベント発生と判断し、各運転操作毎のイベントとして検出する。但し、これらのイベントの検出は、前方車に接近している状況下(本実施の形態においては、衝突予測時間TTCが10秒以下)でのみで行い、各イベントは、一回の衝突危険シーンで複数回存在しないよう、一回検出した後は不感時間(例えば30秒)を設けている。
【0018】
(A1−1)アクセルゆるめイベント
アクセル開度の時間微分値(アクセル操作速度)が一定値を下回ったとき、アクセルゆるめイベントとして検出する。
【0019】
(A1−2)アクセルオフイベント
アクセル開度が0より大きい数値から0になったとき、アクセルオフイベントとして検出する。
【0020】
(A1−3)ブレーキオンイベント
ブレーキ圧力が0から0より大きい数値になったとき、ブレーキオンイベントとして検出する。
【0021】
(A1−4)ブレーキ圧一定値オーバーイベント
ブレーキ圧力が所定の閾値以下から、それより大きくなったとき、ブレーキ圧一定値オーバーイベントとして検出する。ブレーキ圧力の閾値は、本実施の形態においては、20,50,80barの3タイプを用いている。
【0022】
(A1−5)ハンドル角一定値オーバーイベント
ハンドル角の絶対値が所定の閾値以下から、それより大きくなったとき、ハンドル角一定値オーバーイベントとして検出する。ハンドル角の閾値は、本実施の形態においては、5,10,45barの3タイプを用いている。
【0023】
一方、外部環境イベントは、以下の(A2−1)〜(A2−4)に示すように、衝突予測時間TTCをベースとするイベントとして検出される。但し、ここでの各イベントの発生を判断する衝突予測時間TTCの限界値(限界TTC)は、本実施の形態においては、複数のテストドライバの実際の走行データから実測したデータを用いている。
【0024】
(A2−1)システムブレーキ介入限界TTCイベント
車両ブレーキ制御で衝突を回避可能な限界TTCを下回ったとき、システムブレーキ介入限界TTCイベントとして検出する。
【0025】
(A2−2)ハンドル回避限界TTCイベント
ドライバが自らの操作でハンドル回避をする場合に、ハンドル回避が可能な限界TTCを下回ったとき、ハンドル回避限界TTCイベントとして検出する。
【0026】
(A2−3)ドライバブレーキオン限界TTCイベント
ドライバが自らの操作でブレーキ回避をする場合にブレーキオフ操作の限界TTCを下回ったとき、ドライバブレーキオン限界TTCイベントとして検出する。
【0027】
(A2−4)ドライバアクセルオフ限界TTCイベント
ドライバが自らの操作でブレーキ回避をする場合にアクセルオフ操作の限界TTCを下回ったとき、ドライバアクセルオフ限界TTCイベントとして検出する。
【0028】
次に、予測処理部14は、イベント検出部13で検出した各イベントの時間関係を用いてif-thenルールベースでの予測処理を行う。この予測処理は、予めオフラインで構築されて最適化された複数のルールの集合を用いて行うが、後述するように、走行中のドライバの運転データを保存しておくことにより、オンラインでルール集合を更新することができる。ここでは、予め最適化されたルール集合を用いた予測処理について説明し、ルール集合の最適化、ルール集合の更新については、後述する。
【0029】
先ず、予測処理に用いるルールの構造について説明する。このルール構造は、以下の(A3−1),(A3−2)に示すように、運転操作イベントをトリガーとするルールと、外部環境イベントをトリガーとするルールとの2タイプの構造を有している。
【0030】
(A3−1)運転操作イベントトリガールール
「運転操作イベントがあったとき、外部環境イベントがそれより前に(あれば/なければ)、ハンドル回避意思が(高い/低い)」
【0031】
(A3−2)外部環境イベントトリガールール
「外部環境イベントがあったとき、運転操作イベントがそれより前に(あれば/なければ)、ハンドル回避意思が(高い/低い)」
【0032】
このような構造を有するルール集合を用いて、「ハンドル回避意思があるか、ないか」を示すハンドル回避意思推定値Hを複数のルールの判定により算出する。本実施の形態においては、予めオフラインで最適化されたルール集合をルールブックとして保有している。このルールブックは、予測に用いるルール情報を登録するリストである。
【0033】
図2は10個のルールからなるルールブックの例を示しており、各ルール毎に識別番号(ルールID)と各ルール自身の重み(ルールの重要度が高い程、大きな値となる)Wを有している。尚、図2に示すルール例では、イベントの表記を省略し、ハンドル回避意思の高低をハンドル度の高低で表現している。
【0034】
各ルールは、衝突予測時間TTCが設定時間以内のシーンで所定の処理周期毎に判定され、ルールが反応したか(条件に当てはまったか)、そうでないかの2値で処理される。本実施の形態においては、衝突予測時間TTCが10秒以内のシーンで10msec毎にルールの判定が行われ、以下の(A4−1)〜(A4−3)に示す処理により、ハンドル回避意思推定値Hが計算される。
【0035】
(A4−1)衝突予測時間TTCが10秒以内になったとき、H=0に初期化される。また、衝突予測時間TTCが10秒以内の範囲を外れた場合もH=0に初期化される。
【0036】
(A4−2)ルールが反応したとき、そのルールがハンドル操作意思が高いという結論を持つルールであれば、ハンドル回避意思推定値Hに重みWを加算する。ハンドル度が低いという結論を持つルールの場合には、重みWを減算する。尚、重みWの設定については後述する。
【0037】
(A4−3)或る時点のハンドル回避意思推定値Hが0より大きい場合は、ドライバのハンドル回避意思が高いと判断し、0以下の場合は、ハンドル回避意思が低いと判断する。ハンドル回避意思推定値Hの絶対値が高い程、推定の信頼度が高いとみなすことができる。
【0038】
尚、システムが別途ドライバ状態の認識(例えば覚醒度推定)を行っている場合には、「低覚醒状態では、ハンドルによる回避意思が低い」という性質を適用することができる。適用方法は、ハンドル回避意思推定値Hの初期化を行う際、低覚醒度状態であればHを0ではなく、H=−Fとする。ここで、Fの値は検出されたドライバ状態の程度により変動させる。例えば居眠り状態であることが検知されていれば、Fを充分大きな値とすることで、強制的にハンドル回避意思がないという予測を行うことができる。
【0039】
予測処理部14で算出されたハンドル回避意思推定値Hは、ブレーキ制御介入判断部15で参照され、制御介入すべきか否かが判断される。すなわち、ブレーキ制御介入判断部15は、制御介入すべきか否かを判断する時点で、ハンドル回避意思推定値Hの値を参照し、ハンドル回避意思推定値Hの値が0以下(ハンドル回避意思が低い)の場合は、ドライバはハンドル回避操作をしないと予測し、システムによるプリクラッシュブレーキの介入を行い、ハンドル回避意思推定値Hの値が正であれば、ドライバはハンドル回避操作をすると予測し、システムによる制御介入は行わない(若しくは遅らせる)。
【0040】
以上の処理は、具体的には、図3のフローチャートに示すプログラム処理によって実施される。次に、これらのプログラム処理の流れを概略的に説明する。
【0041】
図3のフローチャートはシステム全体の予測処理の流れを示しており、先ず、最初のステップS1において、外部環境情報と運転操作情報とを入力する。ここでは、外部環境情報は、前方車との車間距離及び相対速度から求められる衝突予測時間TTCであり、運転操作情報は、ハンドル、アクセル、ブレーキの各データである。
【0042】
次に、ステップS2へ進んで、外部環境情報に基づく外部環境イベント、運転操作情報に基づく運転操作イベントを検出し、ステップS3でハンドル回避意思推定値Hを計算する。前述したように、ハンドル回避意思推定値Hは、外部環境イベントと運転操作イベントとの時間関係にルールnが反応したとき(条件が一致したとき)、ルールnがハンドル操作意思が高いという結論を持つルールであれば、重みWを加算し、ハンドル操作意思が低いという結論を持つルールである場合には、重みWを減算する。
【0043】
すなわち、図4に示すように、衝突予測時間TTCが10秒以下になったとき、ハンドル回避意思推定値Hが0に初期化され、その後、ハンドル関係のルール1,2,3の反応が調べられる。図4の例では、ルール1が最初に反応し、このルール1がハンドル操作意思が高いという結論を持つルールであるため、ハンドル回避意思推定値Hにルール1の持つ重みW1が加算される。
【0044】
次に、ルール2は反応しないため何もせず、ハンドル操作意思が低いという結論を持つルール3が反応して、ハンドル回避意思推定値Hからルール3の持つ重みW3が減算される。そして、以下に説明するように、最終的に制御介入ポイントに達したときのハンドル回避意思推定値Hの正負により制御介入を判断する。
【0045】
すなわち、ステップS3でハンドル回避意思推定値Hを計算した後は、ステップS4で衝突予測時間TTCがブレーキ介入限界以下か否かを調べ、制御介入の必要性を判定する。その結果、制御介入の必要性がない場合には、ステップS4から本処理を抜け、制御介入の必要性がある場合、ステップS4からステップS5へ進み、ハンドル回避意思推定値Hの値を参照する。
【0046】
そして、ステップS5においてH>0の場合には、ドライバのハンドル操作による回避意思が高いものと判断して、ステップS6で、制御介入しない或いは介入を遅らせる等して制御介入を自重する。先の図4の例では、ルール1,3が反応して制御介入ポイントでハンドル回避意思推定値Hが正の値となっているため、ドライバのハンドル操作による回避意思が高いものと判断して制御介入を自重する。一方、ステップS5においてH≦0の場合には、ドライバのハンドル操作による回避意思が低いものと判断して、ステップS5からステップS7へ進み、システムによるブレーキ介入を実行させて安全を確保する。
【0047】
[ルールの最適化(オフラインでの予測処理の構築)]
次に、予測処理の基本要素となるルールの最適化に関して説明する。ルールは、実験にて得られる実走行のハンドル回避時のデータと、それ以外の場合のデータとを用いてオフラインで自動的に最適化され、予測処理システムが構築される。本実施の形態では、周知のアダブースト(AdaBoost)の技術をベースにルールブックを最適化する。
【0048】
アダブーストは、弱識別器の組み合わせにより高精度な2値識別課題を扱うことを可能とする技術であり、各標本に対して弱い識別器を順に適用し、それぞれの識別器が正解したか否かを判断し、間違って識別された標本に対応する重みをより重くする一方、正しく識別された標本に対応する重みを減らし、それらを組合せることで強い(正しい)識別器を迅速に得ることができる。
【0049】
本実施の形態では、ルールを識別器として扱い、各ルールは、「反応する」、「反応しない」の値を持つものとする。この場合、ルールは学習するのではなく、ルール候補の中から評価値が最大となるものを探索することで、組み合わせを最適化する。
【0050】
具体的には、図5のフローチャートに示すルール最適化処理により、ルールブック(ルールの組み合わせ)が最適化される。
【0051】
このルール最適化処理では、先ず、最初のステップS11で初期化を行う。ここでの初期化は、以下の(B1−1)〜(B1−3)に示す3点について行う。
【0052】
(B1−1)ルールブックの初期化
ルールブックは、予測に用いるルール情報を登録するリストであり、ルール内容及びルール重みWのデータを持つ。
【0053】
(B1−2)ルール候補の作成
ルール候補は、前述したルール構造(運転操作イベントトリガールール、外部環境イベントトリガールール)で表現可能な組み合わせで作成する。本実施の形態では、216のルール候補を作成している。
【0054】
(B1−3)サンプルデータの重み初期化
サンプルデータの重みSW(n)を初期化する。サンプル数をNとする場合、基本的には全てのデータで均一の重みSW(n)=1/Nとして初期化する。但し、サンプルデータ中でハンドル回避のデータ数とそれ以外のデータ数とに偏りがある場合は、その比に応じた重みにすることにより、データの偏りを排除することができる。
【0055】
つまり、ハンドル回避データをS_H、それ以外のデータをS_Oとすると(データ数N=S_H+S_O)、下式に従ってサンプルデータの重みSW(n)を初期化する。
SW(n)=0.5/S_H(ハンドル回避データの場合)
SW(n)=0.5/S_O(それ以外のデーの場合)
【0056】
次のステップS12では、各ルール候補の評価値Eを計算し、各サンプルを重み付けする。詳細には、先ず、各ルールが制御介入判断が必要な時点までに反応しているかどうかを調べる。ここで、ルールRのサンプルデータSにおける反応は、4つに分けることができる。すなわち、ルールRがサンプルデータと同じ属性を持っている場合を同属性、そうでない場合を異属性と呼ぶことにすると(例えば、ルールがハンドル回避意思が高いという結論を持つ場合、サンプルデータがハンドル回避データであれば同属性、そうでなければ異属性)、属性と反応の有無の組み合わせにより、以下に示すように、反応1〜反応4の4つに分けることができる。
反応1:同属性で反応あり(正解)
反応2:同属性で反応なし(不正解、未検出)
反応3:異属性で反応あり(不正解、誤検出)
反応4:異属性で反応なし(正解)
【0057】
反応1,4が望ましい場合であり、反応2は未検出、反応3は誤検出と考えることができる。このような条件分けに対して、各ルールの評価値Eは、下式に従って計算する。ここで、評価値Eは、0〜1の範囲になるようにしており、また、0に近いほど評価が高いことを表す。
E=1−(Nw1/Nw1,2)×0.5+(Nw3/Nw3,4)×0.5
但し、Nw1 :反応1の場合のサンプル重み総数
Nw1,2:反応1,2の場合のサンプル重み総数
Nw3 :反応3の場合のサンプル重み総数
Nw3,4:反応3,4の場合のサンプル重み総数
【0058】
続くステップS13の処理では、評価値Eを求めたルール候補のうち、ルールブックに登録されておらず、評価値Eが最大のルールを抽出し、ステップS14で最適ルールとしてルールブックに登録する。このとき、登録するルールの重みWは下式により設定し、重みWが予測正解の評価値を最大化するようにする。
W=Log((1−E)/E):Logは自然対数
【0059】
更に、ステップS15の処理として、ステップS14で求めた登録ルールの重みWを用いて、登録されたルールのサンプルデータに対する反応によりサンプルデータの重みSW(n)を更新する。すなわち、元の重みSW(n)に対して、更新後の重みをSW'(n)とすると、以下のように更新する。尚、サンプルデータの重みは、全てのサンプルデータで総和が1になるように正規化する。
SW'(n)=SW(n)×exp(-W):サンプルデータnが登録ルールで反応1の場合
SW'(n)=SW(n)×exp(W):サンプルデータnが登録ルールで反応2,3の場合
SW'(n)=SW(n)×exp(0):サンプルデータnが登録ルールで反応4の場合
【0060】
このサンプルデータの重み更新により、次回の登録ルールは、現在失敗したデータ(不正解のデータ)ほど重みを大きくして評価され、複数のルールでお互いの苦手な部分を補うことが可能になる。
【0061】
サンプルデータの重みを更新した後は、ステップS16で最適化処理の終了判定を行う。この終了判定は、登録ルール数が規定値を超えた場合(例えば、30程度)、若しくは最適ルールの評価値が閾値(例えば0.5)を超えた場合、最適化終了と判定する。それ以外の場合はステップS12の処理に戻り、次の登録ルールを求める処理を繰り返す。
【0062】
[予測処理の更新(オンラインの走行経験による学習)]
上述したルールの最適化は、サンプルデータにより最適なルールの組み合わせを生成する手法であるが、本システムは予測を目的としているため、事後(衝突回避後)に予測が正解したか否かを自律的に判断することが可能である。つまり、走行経験から新たなサンプルデータを生成することができ、生成したサンプルデータに最適化するよう、ルールブックを修正していくことができる。これは、特にドライバの運転の癖等の個人差を吸収していく効果が期待できる。
【0063】
この場合、前述のオフラインでのルール生成と異なり、得られるデータには偏りが生じる。このため、オフラインでの処理に加え、過学習を防ぐような形で更新処理を行う必要があり、図1に示す事前サンプルデータ保持部16、追加サンプルデータ保持部17、予測処理更新部18にて以下の処理を行う。
【0064】
すなわち、ユーザの運転から得られるデータだけでは過学習との危険が大きいため、事前サンプルデータ保持部16に固定の事前サンプルデータを保持しておき、走行中に新たに得られた追加サンプルデータを追加サンプルデータ保持部17に保持する。そして、予測処理更新部18にて、固定のサンプルデータと新たに得られた追加サンプルデータとを合わせて各ルールの評価値を再計算し、ルールブックを更新する。この場合、固定のサンプルデータと新たに得られたデータとの比は、一定以上とならないようにする。例えば固定サンプルデータは100、新たに得られるデータは最大50とし、50以上のデータが得られた場合は、古い順に削除する。
【0065】
図6のフローチャートは、ルールブック更新のプログラム処理を示し、前述した図3の予測処理にてシステムの制御介入が必要と判断されたとき、並列に処理される。
【0066】
このルールブック更新処理では、最初のステップS21において、ハンドル回避操作が行われた否かを判定する。そして、ハンドル回避操作が行われていない場合、ステップS24で今回の処理を一旦終了し、ハンドル回避操作が行われた場合には、ステップS22で追加サンプルデータとして保存し、ステップS23で、一定数以上のデータが更新されたか(追加されたか)調べる。
【0067】
ステップS23にて追加データ数が一定数に達していない場合、ステップS24で今回の処理を一旦終了し、追加データ数が一定数以上となった場合、ステップS25でルールブックの更新処理を行う。ルールブックの更新は、基本的にはオフラインでの処理と同様であるが、オフライン処理で得られるルールは重要度が高い順に生成されるので、予め設定した上位M個のルールは、更新対象にはしないこととする。
【0068】
更新はサンプルのデータが一定数(例えば10)追加される毎に、追加データを用いて、M+1個目のルールから新たにオフラインでの処理と同様にルール生成処理を行う。この際、サンプルデータの重みは、固定のM個のルールを用いてオフラインと同様の重み更新処理を行うことにより決定する。
【0069】
図7は、図2に例示したルールブックの更新例を示し、ID=1〜5の5個の上位ルールは固定され、走行中に取得した追加データを用いてID=6〜10のルールが更新される。更新されるルールは、固定ルールでサンプル重みが変更された状態で評価され、固定ルールを含めたルールブック全体が最適化される。
【0070】
このように本実施の形態においては、複数のルールの判定により、ハンドル回避意思があるかないかを示すハンドル回避意思推定値Hを求め、このハンドル回避意思推定値Hの値を参照してブレーキ制御介入すべきかを判断するため、限定的な状況下でのドライバのハンドル回避意思を高精度に予測して制御介入との干渉を低減することができる。
【符号の説明】
【0071】
10 電子制御装置(運転操作予測装置)
11 外部環境情報入力部
12 運転操作情報入力部
13 イベント検出部
14 予測処理部
15 プリクラッシュ制御判定部
16 事前サンプルデータ保持部
17 追加サンプルデータ保持部
18 予測処理更新部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドライバの運転操作情報と車両の外部環境情報とに基づいてドライバのハンドル回避操作を予測する運転操作予測装置であって、
前記運転操作情報から運転操作毎の運転操作イベントを検出すると共に、前記外部環境情報から算出される前方車両との衝突予測時間に基づく外部環境イベントを検出するイベント検出部と、
前記各イベント間の時間関係から判断されるルールにより、ドライバのハンドル回避意思を推定する予測処理部と
を備えたことを特徴とする運転操作予測装置。
【請求項2】
前記予測処理部は、推定精度により決定される重みをそれぞれ有する複数のルールを用いて、ドライバのハンドル回避意思を推定することを特徴とする請求項1記載の運転操作予測装置。
【請求項3】
前記各ルールの重みを、事前に用意したハンドル回避操作時とそれ以外の操作時のデータとを用いて、予測正解の評価値を最大化するように生成することを特徴とする請求項2記載の運転操作予測装置。
【請求項4】
前記予測正解の評価値を、ルールの属性と反応とに基づいて算出することを特徴とする請求項3記載の運転操作予測装置。
【請求項5】
前記ルールを、事前に用意したサンプルデータと走行中に得られる追加データとを用いて更新する予測処理更新部を更に備えたことを特徴とする請求項1記載の運転操作予測装置。
【請求項6】
前記予測処理更新部は、重要度の高い一定数のルールは更新対象とせずに複数のルール全体の最適化を行うことを特徴とする請求項5記載の運転操作予測装置。
【請求項7】
前記予測処理部で推定したドライバのハンドル回避意思に基づいて、ブレーキ制御介入の判断を行うブレーキ制御介入判断部を更に備えたことを特徴とする請求項1記載の運転操作予測装置。
【請求項8】
前記予測処理部は、前記ハンドル回避意思の推定における初期値を、ドライバ状態の認識結果により変化させ、ドライバ状態に適応した回避意思を推定することを特徴とする請求項1記載の運転操作予測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−238164(P2012−238164A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−106521(P2011−106521)
【出願日】平成23年5月11日(2011.5.11)
【出願人】(000005348)富士重工業株式会社 (3,010)
【Fターム(参考)】