説明

選択的眼科レーザ治療

選択されたレーザ治療パラメータに基づき,予想される組織への影響と総治療時間とを計算するシステム制御プロセッサを備える,レーザパルスの制御されたバーストを発生させる眼科用レーザシステム。本システムは,最適な治療パラメータの選択を助けるために,予想される組織への影響をユーザ(眼科医)に表示するグラフィカルユーザインタフェースを備える。本システム及び動作方法は,周囲の組織を損傷せずに対象組織の治療を実現するための治療の窓を表示することによって,選択的網膜治療等の処置に特に有用である。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
本発明は,眼の治療方法と,この治療を行うために眼科医によって使用されるように設計されたレーザ装置とに関する。特に,本発明は,眼球構造及び網膜色素上皮(RPE)等,個々の網膜層の選択的眼科レーザ治療のためのレーザシステムと治療方法とに関する。
【0002】
発明の背景
眼科用レーザシステムは,眼の各種疾患を治療するための様々な処置に用いられており,眼科用レーザシステムが用いられる処置は増加の一途をたどっている。緑内障の治療及び後発白内障の手術を行うための装置と方法は,我々の同時係属中の国際特許公開WO04/027487号「眼科用レーザシステム(Ophthalmic Laser System)」に記載されている。我々は,網膜光凝固術と,汎網膜光凝固術,黄斑変性のための光凝固術,及び,レーザ線維柱帯形成術のために設計したレーザシステムについても国際特許公開WO02/083041号に記載している。
【0003】
これらのレーザシステムはそれぞれの意図した用途に極めて有効であることが実証されているが,いくつかの眼科処置においては意図していない二次的損傷を眼の複数の部分に引き起こし得ることが認識された。例えば,多くの治療は,加熱によって光凝固を対象領域に発生させる。残念なことに,これらの方法では,通常,所望の光凝固が対象領域内に起こったことを示す,目に見える傷が眼の表面に現れたことに依存する。レーザ放射の大部分は網膜の表面下の複数の層に吸収されるので,目に見える傷が現れる前に表面下の網膜層がかなり損傷されている。多くの網膜疾患をこの方法によって治療できるが,この方法によって得られる利点は,これらの傷と表面下に発生した損傷とに照らして慎重に検討する必要がある。表面下の損傷は,視力の著しい低下をもたらす可能性がある。
【0004】
いくつかの網膜疾患は,RPEの正常機能の低下によって引き起こされると考えられている。そこでRPE層において表面下の単層の細胞を損傷し,その後,これらの細胞を若返らせる(rejuvenate)ことによって網膜の機能が向上可能であることが調査研究によって証明されている。ただし,これは覆っている神経網膜層又は下部の脈絡膜を損傷しなかった場合に限られる。神経網膜内の光受容体は特に損傷を受けやすい。ただし,網膜に当たる入射光の50%は,メラノソームが多く含まれているRPE層で吸収される。したがって,適切なレーザエネルギーを与えれば,RPE層の選択的な加熱が可能である。ただし,光受容体を損傷せずにRPE細胞を損傷できるレベルにRPE内の温度上昇を制限することは難しい。
【0005】
目に見える傷を引き起こさないエネルギーレベルでパルス幅が約100μsの810nmのレーザパルスを複数用いてRPE層を選択的に治療する試みがいくつかなされてきた(マイクロパルスダイオードレーザの臨床用途(Clinical Applications of MicroPulse Diode Laser) 、ムアマン シーエム(Moorman CM)、ハミルトン エーエムピー(Hamilton AMP)、「Eye」 13:145-150,1999年)。この目的は,温度上昇をRPE層内に空間的に封じ込めることであったが,RPE層に隣接する神経網膜構造への損傷を防ぐには,これらのパルスの幅は長すぎると考えられる。
【0006】
この限界を克服する試みとして,対象領域におけるレーザ治療の効果を監視し,正確な治療終点を眼科医に提供することによって二次的損傷を最小限に抑えようとする方法がいくつか開発された。このような方法の1つが,イリデックスコーポレイション(Iridex Corporation)に譲渡された米国特許第6540391号に記載されている。この特許には,治療中の対象領域の変化を監視する干渉技術が記載されている。この方法は,実現が難しく,用途が限られている。
【0007】
同社は,フィードバックの目安を医師に提供するために,レーザ治療中に局所網膜電図を測定する術中監視システムについて説明している。このアプローチは,米国特許第6733490号に記載されている。干渉技術と同様,局所網膜電図の測定及び分析は,実現が難しく,用途が限られている。
【0008】
イリデックスコーポレイションによって開示された第3のアプローチは,国際特許公開WO04/026099号に開示されている。この特許出願において,同社は,散乱強度の変化が治療部位における温度依存の変化と相関していることを根拠として,治療中に光の散乱を監視する技術を提案している。
【0009】
イリデックスコーポレイションが説明している各技術は,コストと複雑度の上昇を招き,相対的に長いレーザパルス幅の使用によって引き起こされる光受容体への熱損傷の基本的問題には適応していない。
【0010】
代替アプローチがロイダー(Roider),ブリンクマン(Brinkmann),ウィービロー(Wirbelauer),ラクア(Laqua)及びバーングルバー(Birngruber)によって「J.Ophthalmol」(2000年;84:40-47)に提示されている。このアプローチでは,望ましくない二次的効果を回避しながらRPE層を選択的に治療するために,一連の幅17μs,波長527nmのレーザパルスが使用されている。このパルス幅の使用によって,RPE細胞内のメラノサイトでは温度の急上昇が可能になるが,光受容体への熱拡散は制限される。このアプローチは,米国特許第5302259号におけるバーングルバーの業績に基づく。この特許には,エネルギーの選択的吸収に基づく材料の凝固方法が説明されている。バーングルバーは,一般原則を彼の特許において説明しているが,これを眼科レーザ治療に実施する方法については説明していない。しかし彼の論文には,各患者を個別に評価し,その後に様々なレーザパラメータを慎重に均衡させることによって,選択的眼科レーザ治療を適用した最適な治療の実現が可能であることが示されている。
【0011】
眼科レーザ治療に日常的に使用できる実際の装置を実現するには,バーングルバーが説明した概念を精緻化する必要があることは明らかである。
【0012】
このような改良の試みは,ラティーナ(Latina)名義の米国特許第5549596号に見出される。ラティーナは,緑内障,眼内黒色腫,及び,RPEの疾病を治療するために,眼球の色素沈着細胞を選択的に標的とするべく,バーングルバーの技術を適用した。ラティーナの特許の請求範囲には,幅が1ns〜2μsのパルスを1つ又は複数使用し,色素沈着細胞への吸収が非色素沈着細胞への吸収より大きい波長を使用した,0.01J/cm2〜5J/cm2の放射露光量の使用が記載されている。
【0013】
ラティーナの技術は,選択的レーザ線維柱帯形成術(SLT)として公知の処置を使用した緑内障治療に適用されて成功している。SLT治療は,眼内圧を下げるために小柱網(TM)のメラニン濃度の高い領域に適用される。レーザ放射では,覆っている何れの組織をも通過する必要無く,TMに直接アクセスできる。この場合の放射露光量の範囲は0.01J/cm2〜5J/cm2が適切である。ただし,臨床結果によると,RPE層の効果的治療には,この放射露光量範囲では不十分であり,神経網膜及び脈絡膜を傷つけずにRPE層の効果的な凝固を達成するには,パルス数及びパルス繰り返し周期等,他のレーザパルスパラメータとの組み合わせが極めて重要であることが示されている。
【0014】
レーザエネルギーの送出を慎重に制御することによって新たなレベルの眼科レーザ治療の精度及び精緻化が可能であることは,選択的レーザ線維柱帯形成術と閾下網膜レーザ治療とに関して公表されている業績から明らかである。一部のレーザシステムでは選択的RPE治療が部分的に可能であり,高度に選択的な治療の有効性が限定的な方法で実験的に実証されている一方で,選択的眼科レーザ治療の潜在的可能性を十分に発揮できるよう,必要なあらゆる治療オプションを眼科医が容易に理解できる方法で生成できるレーザシステム又は治療プロトコルは存在しない。
【0015】
発明の開示
一態様において,この態様が必ずしも唯一の,又は実際に最も広い態様であるとは限らないが,本発明は,
付加的熱効果を対象組織内に引き起こすことができるパルス繰り返し周期と,熱拡散を略対象組織内に封じ込めることができるパルス幅と,前記対象組織へのエネルギー送出が最適化されるように選択された波長とを伴うレーザパルスを発生させるレーザモジュールと,
前記レーザモジュールと信号接続されている制御モジュールであって,隣接構造への熱拡散を制限しながら漸進的温度上昇を引き起こすために,各バースト内のパルスが前記対象組織内で付加的熱効果を有するよう,制御されたパルスエネルギーを有する,選択された幅と選択された繰り返し周期のパルスバーストを選択された数だけ送出して,前記レーザモジュールを制御する手段を含む制御モジュールと,
前記レーザモジュールと光接続され,前記制御モジュールと信号接続されている送出モジュールであって,制御された放射エネルギーを伴う,レーザパルスの前記バーストを治療ゾーンに送出する送出モジュールと
を備える眼科用レーザシステムに関する。
【0016】
本眼科用レーザシステムのレーザモジュールは,適切にはパルスレーザとパルスゲート素子とを備え,前記パルスレーザはパルス列を発生させ,前記パルスゲート素子はこれらのパルス列からパルスのバーストを選択する。
【0017】
このパルスレーザは,波長域が500nm〜750nm,パルス繰り返し周期が1kHz〜500kHz,パルス幅が0.1μs〜40μsで動作するQスイッチ固体レーザが適している。
【0018】
本眼科用レーザシステムは,レーザモジュールの動的制御のために治療フィードバックを制御モジュールに提供するフィードバック手段をさらに備えてもよい。
【0019】
他の態様において,本発明は,
レーザ治療パラメータを選択する工程と,
これらのレーザ治療パラメータの結果として起こり得る治療の選択性を自動的に計算して表示する工程と,
これらのレーザ治療パラメータに基づき,総治療時間を自動的に計算して表示する工程と,
所望の選択性と総治療時間とを達成するために,レーザ治療パラメータを調整する工程と,
レーザパルスを治療ゾーンに送出するために,前記レーザ治療パラメータに従ってレーザシステムを制御する工程と
を含む眼科レーザ治療方法に関する。
【0020】
本方法は,選択的網膜治療(SRT)等の処置において,網膜色素上皮層に適用されることが好ましい。
【0021】
本方法は,治療目標値が事前に決められている場合は,これらを選択し,これらの目標治療値を,計算された感度及び治療時間と共に表示する工程をさらに含んでもよい。治療目標値は,患者依存のプリセット変数及び測定値から導き出してもよい。
【0022】
本発明は,目に見える傷の閾値を用いて,推定される最適レーザ治療パラメータを決定する工程をさらに含んでもよい。この工程は,
網膜周辺部に目に見える傷を引き起こすことを意図したレーザ治療パラメータを選択する工程と,
目に見える傷の閾値の変倍係数を含む,患者依存のプリセット変数を選択する工程と,
選択された一連のレーザパルスを網膜の周辺部に送出するために,レーザシステムを制御及び駆動する工程と,
目に見える傷の閾値を決定するために,前記レーザ治療パラメータを調整する工程と,
目に見える傷の閾値及び該目に見える傷の閾値の変倍係数に基づき,選択的治療のための推定される最適レーザ治療パラメータと組織温度上昇目標とを計算して表示する工程と
を含む。
【0023】
ユーザによる治療パラメータのさらなる手動調整を必要としてもよい。推定される最適レーザ治療パラメータが決まると,本方法は上記のように進行する。
【0024】
本発明は,治療を最適化するためにレーザ治療パラメータの手動又は自動調整を可能にするために,眼科レーザ治療の有効性を示すように設計された外部測定装置からのフィードバックを使用する工程をさらに含んでもよい。この工程は,
選択的治療の有効性に関するフィードバックを提供できる外部測定装置にレーザシステムを接続する工程と,
外部測定装置に基づき治療の有効性を表示し,選択的治療を最適化するために治療パラメータを自動又は手動調整する工程と
を含む。
【0025】
本発明の理解を助けるために,以下の図面を参照しながら好適な実施形態を説明する。
【0026】
図面の詳細な説明
図1を参照すると,選択的網膜治療(SRT),選択的レーザ線維柱帯形成術(SLT),虹彩切開術,及び,非選択的網膜凝固等,選択可能な範囲の光凝固処置に使用可能な眼科用レーザシステム1の一実施形態が示されている。本システムは,3つの主モジュール,すなわちレーザモジュール2と,送出モジュール3と,制御モジュール4とで構成されている。レーザモジュール2は,既知のエネルギーのレーザパルスの制御されたバースト,波長,パルス幅,及び,繰り返し周期を送出する。レーザモジュールの出力は,送出モジュール3を介して治療エリア5に送出される。制御モジュール4は,電力をレーザモジュール2に供給し,制御信号をレーザモジュール2及び送出モジュール3とやり取りすることによって,治療ゾーン5に送出されるレーザ放射のパラメータを制御する。光ファイバ6は,レーザモジュール2からの出力を送出モジュール3に案内する。
【0027】
図2には,レーザモジュール2の好適な一実施形態が概略的に示されている。レーザモジュール2は,レーザヘッド22と,パルスゲート素子24と,光学ベンチ26とを備える。レーザヘッド22は,短いパルスが連続するパルス列を生成するQスイッチ固体レーザであり,これらのパルスがパルスゲート素子24によってバースト単位で選択されると適切である。同様の動作パラメータを有する他のレーザシステムも適している。例えば,発明者らは,パルスゲート素子を固体パルスレーザモジュール用のレーザダイオードポンプソースの電源の高速スイッチングとして具現化できるであろうことを認識している。
【0028】
レーザは,500nm〜750nmで動作する。必要な波長に対して適切な固体活性媒質が選択される。Nd:YAGの活性媒質は,532nm,561nm,又は659nmを生成でき,Nd:YLFの活性媒質は,527nmを生成できる。本発明のための代表的なレーザは,以下のパラメータで動作する周波数2倍波Nd:YAGレーザである。
波長:532nm
パルス幅:1μsec(固定)
パルス当たりのエネルギー:0.5μJ〜70μJ(調整可能)
パルス繰り返し周期:30kHz(Qスイッチ速度)
【0029】
バーストにおいて,組み合わされた必要なパルスは,パルスゲート素子によって光学ベンチモジュールと送出モジュールとを介して,治療ゾーンに送出される。必要なパルスの組み合わせは,ユーザの設定に応じてシステム制御モジュールが判定する。パルスゲート素子は,一般には電気光学スイッチである。前記のレーザヘッドで使用される一般的な動作パラメータは以下のとおりである。
パルスバースト繰り返し周期:0.1kHz〜5kHz(調整可能)
バースト当たりのパルス数:1〜500(調整可能)
【0030】
例えば,キャビティ内Qスイッチ周波数が30kHz(繰り返し速度はパルス当たり33.3μs)であり,総治療時間が100msであると,レーザは約3000個のパルスを出力する。次に,バーストにおいて任意のパルスの組み合わせを通過させるよう,パルスゲート素子を作動させることができる。例えば,1ms毎に3パルスを通過させるように制御すれば,バースト当たり3パルスを有する約100バーストを与えることができる。
【0031】
光学ベンチ26は,レーザヘッド22及びゲート素子24からの出力を光ファイバカプラ27を介して光ファイバ6に結合するための光学系を有する。光学ベンチ26は,制御モジュール4の制御下で光ファイバカプラを阻止する安全シャッタ28をさらに含む。照準用レーザ29を光学ベンチ26に設け,レーザヘッド22の出力と同軸に位置合わせしてもよい。
【0032】
図3には,適切な送出モジュール3が示されている。該送出モジュール3は,折り畳みミラー32,マイクロマニピュレータレンズ33,対物レンズ34,安全フィルタ39,及び,光学ズーム35を含むアライメント用光学系と,双眼視顕微鏡31とを備える。場合によっては,倍率切り替え器37を含む。送出モジュールは,適切には顕微鏡支持アーム36に組み込まれる。光ファイバ6は,実質的に,好ましくはその全体が,顕微鏡支持アーム内に封入されている。これらの素子は,上記の我々の出願である国際特許公開WO03/083041号に記載されている。
【0033】
マイクロマニピュレータレンズ33は枢動可能アームに取り付けられ,光学軸を中心としたこのレンズの枢動は,治療ゾーン5における光ファイバの合焦出力の移動に変換される。
【0034】
ユーザは,光学ズーム35の位置を調整することによって,治療ゾーン5におけるスポットサイズを設定することができる。ズーム位置は,所望の総放射エネルギーを送出するためのレーザパラメータの設定に使用される制御モジュール4によって監視される。スポットサイズに応じて,治療ゾーンに送出される総放射エネルギーが決まる。一部の実施形態においては,光学ズーム35を自動化し,制御モジュール4によって直接設定されるようにしてもよい。当業者は,光学ズームの自動化に有効な様々な直線駆動及びステッピングモータオプションに気付くであろう。
【0035】
図4には,制御モジュールが詳細に示されている。制御モジュール4は,ユーザが特定の治療に合わせて一連のレーザ動作モードから選択できるようにする。システム制御プロセッサ41は,予想される組織への影響と治療時間とを計算し,眼科用レーザシステムの動作を制御するためのアルゴリズムを実行する。これらのアルゴリズムについて,以下に詳細に説明する。ディスプレイ42は,現在の動作パラメータをユーザに示す。キーパッド等の入力装置43によって,ユーザは事前に設定した一連の治療から選択することも,カスタムパラメータを入力することもできる。様々な動作モードについて以下に詳細に説明する。
【0036】
制御モジュール4には,電源44も組み込まれている。電源44は,主電力(mains power)45を,制御モジュール4,送出モジュール3,及び,レーザモジュール2において必要なあらゆる電圧に変換する。様々なインターロック46によってシステムの安全動作が保証される。
【0037】
使用時,ユーザは入力装置43を介して,選択的RPE治療,選択的小柱網治療,虹彩切開,及び,非選択的網膜凝固を含む様々な治療モードを選択できる。システム制御プロセッサ41は,選択された治療パラメータと予想される治療結果とを選択された治療モードに合った方法で表示し,次にユーザからのコマンドにより,選択された治療を,レーザモジュール内のキャビティ内Qスイッチとパルスゲート素子とによって制御された一連のレーザパルスとして送出する。
【0038】
選択的RPE治療モードは,対象となるRPE層が表面下の層であるため,要求の厳しいモードである。選択的光凝固を発生させるには,温度上昇をRPE層内に空間的に封じ込める必要があるため,エネルギーの送出を慎重に制御する必要がある。二次的損傷を引き起こし得る隣接構造への熱拡散を回避するには,レーザパルス幅を対象構造の熱緩和時間より十分低くしなければならない。したがって,局部的な光凝固を極めて短時間で発生させることのできる高エネルギーレベルを送出する必要がある。
【0039】
結果として生じる高エネルギー勾配によるキャビテーション及びマイクロエクスプロージョン等の機械的影響の誘発を回避するには,このエネルギーを付加的熱効果を有するレーザパルスから成る一連の極めて短い持続時間のバーストとして相対的に低い繰り返し周期で送出することが好ましい。例えば,選択的RPE治療では,1μs幅,最大300μJのパルスを2ms毎に繰り返す必要がある。これらのパルスを単一の高エネルギーパルス列として送出する代わりに,提示のレーザシステムは,短い間隔のレーザパルスから成るバーストとして送出することによって,単一の高エネルギーパルスと同じ付加的効果を奏することができる。パルスバーストの送出によって,レーザシステムのコスト及び複雑度が低減され,望ましくない機械的影響を治療ゾーンに及ぼす危険がさらに減る。レーザモジュール内のキャビティ内Qスイッチがパルスをパルスバースト速度で発生させる一方で,パルスゲートモジュールはバーストの繰り返し周期及びバースト当たりのパルス数の制御を可能にする。
【0040】
放射は,約500nm〜約750nmの波長のレーザパルスのバーストとして網膜及び他の眼球構造に送出される。この放射は,選択的治療モードの場合は,対象の層又は眼球構造に選択的に,隣接領域に比べ,より多く吸収される。この場合のパルス幅は0.1μs〜40μsであり,パルス当たりの最大エネルギーは略300μJ,パルスの繰り返し周期は1kHz〜500kHz,パルスバーストの繰り返し周期は0.05kHz〜5kHz,バースト当たりのパルス数は1〜100パルス,及び,パルスバースト数は1〜500である。レーザパルスバーストの数,バースト繰り返し周期,バースト当たりのパルス数,レーザパルス強度,及び,治療部位を選択することによって約1ジュール/cm2〜約300ジュール/cm2の総放射露光量を実現すると,隣接する層又は眼球構造を損傷し得る温度上昇を引き起こさずに,選択された治療エリア内の対象の層又は眼球構造のみを損傷する温度に加熱することが可能になる。あるいは,他の治療モードに合った他の選択的光凝固又は非選択的光凝固効果を引き起こすために,パルスバースト,パルスバースト間隔,及び,パルスエネルギーレベルの他の組み合わせを選択することもできる。
【0041】
上記の500nm〜750nmの範囲の下端に近い治療放射波長を選択すると,RPE層のメラニン内の吸収が最大になるので,使用する治療エネルギーを最小化できる。ただし,覆っている網膜脈管構造からの干渉が最小になるように,治療放射の波長を選択することもできる。上記範囲の上端に近い,例えば670nmの波長を使用すると,酸化血色素への吸収が最小になるため,RPE層の治療スポットエリアへのエネルギー送出がより安定化され,網膜血管の損傷の機会が減る。
【0042】
好適な一実施形態においては,網膜色素上皮(RPE)層の治療方法のためにレーザが用いられる。RPE層の選択的光凝固を得るには,大量のエネルギーを短時間で送出し,その後,この送出を,パルス間の時間を相対的に長くして,複数回繰り返す必要がある。一般的な値は,波長532nm,パルス幅1μs,バースト当たり3パルス,パルス繰り返し周期30kHz,パルスエネルギー50μJ,パルスバーストの繰り返し周期500Hz,及び,総バースト数100である。直径200ミクロンの治療スポットを使用すると,図6に示すように,総放射露光量は約48J/cm2になる。ユーザは,パルスバーストのエネルギー,パルスバーストの繰り返し周期,治療当たりのバースト数,及び,スポットサイズ等の治療パラメータを随時選択できる。ユーザが選択的RPE治療モードを選択すると,ユーザが選択したパラメータがシステム制御プロセッサ41によって分析され,予想される治療の窓(therapeutic window)と,総治療時間と,RPE層及び隣接神経網膜に対して予想される温度上昇特性とが計算されて表示される。ユーザが治療パラメータを変更すると,計算値の表示がそのつど更新される。次に,ユーザは,計算された予想される治療の窓と,総治療時間と,RPE層及び隣接神経網膜とに対して予想される温度上昇特性とに基づき,RPE層の選択的損傷を最適化することによって,神経網膜及び脈絡膜内の構造及び細胞の損傷を回避できる。
【0043】
図5は,人間の眼のRPE層50の領域の断面構造を示す。この図には,所望の治療ゾーン51と周囲のゾーン52とが示されている。
【0044】
選択的RPE治療は,神経網膜とRPE層の間の相対的なレーザ放射吸収比率と,各層の物理的特性とに応じて異なる。これらの特性は,患者間のバラツキの幅が大きい。さらに,覆っている神経網膜に二次的損傷を引き起こさずに,薄い,表面下RPE層の選択的凝固を実現するには,相互に依存する治療パラメータを慎重に均衡させる必要がある。したがって,最適な治療パラメータを選択し,組み合わされた効果を把握することは,眼科医には極めて困難なことである。相互依存パラメータとして,治療スポットサイズ,パルス幅,パルス振幅,パルス繰り返し周期,及び,送出される総パルス数が挙げられる。治療の窓を最適化するには,これらのパラメータをすべて選択する必要があり,これは総治療時間に対して判定する必要がある。治療の窓を最適化するために選択されたパラメータによって治療時間が長くなりすぎると,患者の眼の動きによって治療の有効性が損なわれることもある。
【0045】
レーザ放射によって網膜のRPE層を選択的に損傷する一方で,覆っている神経網膜及び下部の脈絡膜の損傷を防ぐには,レーザ治療パラメータを慎重に選択する必要がある。これらのパラメータと網膜層内にもたらされる熱効果との間の関係を理解することは容易ではないが,起こり得る臨床結果を予測し,治療パラメータの変更の影響を評価でき,眼科医が容易に解釈できる有意な方法で提示するようにこれらの関係を計算することは可能である。
【0046】
選択的網膜治療の目的は,一連のレーザパルスを加えることによってRPE層内では細胞破壊温度に到達させる一方で,RPE層に隣接する神経網膜内の温度をレーザ治療の終了時において最低可能値に制限することである。このコンテキストにおいては,RPE層の温度と該RPE層に隣接する神経網膜の温度との間の比率は,治療の窓(TW)であると見なされる。RPEの温度と神経網膜の温度との差が大きいほど,選択効果は大きいため,治療の窓がより広いと考えられる。熱モデリングの原則について,図7のフローチャートを参照しながら以下に詳細に説明する。
【0047】
治療の窓の計算は,次のように行う。


式中,
RPEは,レーザパルシング中のエネルギー吸収によってRPEメラニン色素中に発生する累積温度上昇から,拡散によるレーザパルス間の累積温度降下を引いた値であり;
NRは,治療ゾーン内のNRにおけるレーザパルシング中のエネルギー吸収とRPE層からの熱拡散とによってRPE層に隣接する箇所に発生する累積温度上昇から,レーザパルス間の拡散による累積温度降下を引いた値であり;
γRPE/NRは,RPEとNRの間の吸収比率を明らかにするプリセット変倍係数である。この変倍係数は,RPEの温度とNRの温度とに略等しい重み付けがなされるように選択される。
【0048】
RPEのメラニン色素における累積温度上昇は,以下に依存する。
パルス幅(μs)
パルス振幅(W/パルス)
総パルス数(n)
スポットサイズ(μm)
RPEの相対吸収係数
【0049】
RPEのメラニン色素における拡散による累積温度降下は,以下に依存する。
パルス繰り返し周期(ms)
周囲温度に比較した温度上昇の幅
RPEの相対拡散係数
【0050】
NRにおける累積温度上昇は,以下に依存する。
パルス幅(μs)
パルス振幅(W/パルス)
総パルス数(n)
スポットサイズ(μm)
NRの相対吸収係数
RPEからの熱拡散
【0051】
NRにおける拡散による累積温度降下は,以下に依存する。
パルス繰り返し周期(n)
周囲温度に対する温度上昇の幅
NRの相対拡散係数
【0052】
ユーザが選択したパラメータに基づく相対TWを表示することによって,これらのパラメータの変更の影響を即座に評価することができる。また,パルス列全体に予想される影響を図示できるので,RPE及びNRの温度の相対的変化,ひいてはTW値の結果を個別に見ることができる。
【0053】
最適な治療の窓を見つけるには,パルス繰り返し周期と送出パルス数の両方の変更を伴うこともある。これらの変更は,総治療時間に影響する。総治療時間が長すぎると,患者の眼の動きによって治療が損なわれ,特に治療エリアの周辺において治療線量が不足することがある。総治療時間を求め,治療の窓と共にユーザに提示することによって,最良の総合結果がもたらされるように,これらの係数を評価することができる。
【0054】
総治療時間は,次のように計算できる。
総治療時間=総パルスバースト数×パルスバーストの繰り返し周期
【0055】
この方法を使用することによって,眼科医は,治療の目的に直接関係する点に関して,パルス幅,パルス振幅,パルス繰り返し周期,総パルス数,及び,治療スポットサイズを含むすべてのレーザパラメータ間の複雑な関係を容易に評価することができる。
【0056】
予想される温度効果の計算に必要なパラメータは,関連組織の熱容量と光吸収の推定値から計算することができる。これらの計算は,治療支援ソフトウェアのパッケージ内の分析アルゴリズムとしてシステム制御プロセッサにプログラムされている。このソフトウェアは,グラフィカルユーザインタフェースを含むので,予想される治療効果をユーザに提示することによって治療結果の最適化を助けることができる。図6には,必要な計算の理解を助けるために,グラフィカルユーザインタフェースの例が示されている。図7には,使用される熱モデリングのフローチャートが示されている。図6から分かるように,RPEにおける温度上昇61はパルス毎に大きくなり,ついにはRPEの細胞破壊温度62に達する。各パルスによる神経網膜の温度上昇63は,はるかに小さく,神経網膜の損傷の閾値64より下に留まっている。RPE及び神経網膜層の熱応答に対する影響を観察するには,選択されたパルスパラメータ65を調整する。選択されたパルスパラメータとして,パルス幅のμs値,パルス振幅のワット数/パルス,バースト当たりのパルス数,及び,バースト繰り返し周期のミリ秒値(msec)が挙げられる。治療ゾーンのサイズ66も入力する。この目的は,神経網膜層への損傷を回避しながら,RPE細胞を破壊することである。計算された値がパネル67に表示され,温度上昇のグラフ表示がパネル68に表示される。
【0057】
プリセット治療値がパネル69に設定される。図6の例では,上記の目に見える傷の閾値(VLT)技術を用いて推定RPE細胞破壊温度目標を求めた。VLT変倍係数は,患者の民族性及び年齢等の個人的要素に基づく経験値である。この目標RPE温度上昇62は62.5であり,これは313×0.2(VLT相対温度上昇にVLT変倍係数を掛けた値)であることに注目されるであろう。この例では,NR損傷の閾値64は,患者間のバラツキが相対的に小さいために,固定プリセット値から導出されている。
【0058】
図6は,双方向治療支援を意図したものであり,ソフトウェアとして制御モジュールに統合することも,又は,制御モジュールの遠隔部分である他のコンピュータ内で動作させ,従来のインタフェースを介して操作することも可能であることを理解されるであろう。
【0059】
この双方向治療支援ソフトウェアは,治療の限界を表示し,この限界を超えた場合はユーザに助言するために,各治療モードで使用される,治験(critical trial)から導き出された通常範囲のパラメータ設定に関して事前にプログラムされた情報を含んでもよい。例えば,図6は,選択的網膜治療用のディスプレイである。パネル70には,この処置に対して許容し得ると判定された治療時間及び治療の窓の範囲が表示されている。計算された値が棒グラフに表示されるので,眼科医は,選択したレーザ治療パラメータが所望の結果をもたらすか否かを容易に判断できる。
【0060】
上記のように,本発明は,治療後の治療効果測定値,変倍された目に見える治療閾値に基づく内部推定目標値,又は治療効果の外部測定システムから導出し得る治療目標値の設定及び表示能力を含む。RPE治療の場合,目標値は一般に,細胞損傷を実現するためのRPE層に対する目標最小温度上昇値,及び,二次的損傷を回避するために超えてはならない,隣接神経網膜に対する最大目標温度上昇値の形態をとるであろう。図6に示すこれらの目標レベルによって,実際の治療パラメータの選択が可能になると共に,TW値の最適化によって治療に対する最良の許容誤差が与えられる。
【0061】
他の治療方法では,他の関連パラメータを表示する同様のディスプレイが必要とされる。
【0062】
ユーザが治療パラメータをいったん選択すると,制御モジュールを介して総放射露光量値が確定される。したがって,複数の異なる領域を治療する場合に,必要に応じて治療中に治療スポットのサイズ変更を行うと,選択された総放射露光量を維持するためにパルスエネルギーが自動的に調整される。
【0063】
図7は,図6で予測された温度効果と治療結果とを導出するために,熱モデリングアルゴリズムで使用される工程を説明している。総エネルギー送出時間は,エネルギーが標的に送出され,吸収によって熱上昇がもたらされる合計時間である。一方,エネルギー送出間の総時間は,パルス間の休止時間であり,拡散特性に依存する。このアルゴリズムは,プリセット変数と組織の推定吸収特性とを用いて,エネルギー送出中のRPEの温度上昇と,休止期間中の推定温度降下とを計算する。これらの計算値の差は,RPEにおける推定正味温度変化である。同じ計算をNRに対して行うことによって,NRにおける推定正味温度変化を得ることができる。ただし,この場合は,パルス幅に大きく依存するRPEからの熱拡散に対してさらに許容差を持たせる必要がある。対象組織(RPE)における予測温度上昇と保護すべき組織(NR)における予測温度上昇とを比較することによって,治療の窓の目安が導き出される。
【0064】
上記の説明から分かるように,本眼科用レーザシステムは,選択的網膜治療(SRT),選択的レーザ線維柱帯形成(SLT),虹彩切開,及び,非選択的網膜凝固等,複数の眼科処置を行う方法で使用される。SRT技術を用いて患者の網膜の網膜色素上皮層を治療する方法は,
1. ユーザが選択的RPE治療モードを選択する工程と,
2. ユーザがレーザ治療パラメータを選択する工程と,
3. 患者依存のプリセット変数及び治療目標値(入手可能な場合)を選択する工程と,
4. 選択したパラメータの結果として予想される組織への影響と,RPE層に対する治療の選択性(治療の窓)とを自動的に計算して表示する工程と,
5. 選択したパラメータに基づき総治療時間を自動的に計算して表示する工程と,
6. 所望の選択性及び総治療時間を達成するために,選択したレーザ治療パラメータを必要に応じて調整する工程と,
7. 選択したレーザ治療パラメータに従って一連のレーザパルスを治療ゾーンに送出するために,ユーザからのコマンドに応じてレーザシステムを制御及び起動する工程と
を含む。
【0065】
工程4及び工程5は,図6のグラフィカルユーザインタフェースを用いて表示される。工程6の結果は,グラフィカルユーザインタフェースのディスプレイで明らかである。
【0066】
上記のように,患者の網膜の網膜色素上皮層を治療する方法を拡張すると,目に見える傷の閾値を使用して選択的RPE治療のためのパラメータを決定することができる。この方法は,
1. ユーザが選択的RPE治療モードを選択する工程と,
2. 網膜周辺部に目に見える傷を引き起こすことを意図したレーザ治療パラメータをユーザが選択する工程と,
3. 目に見える傷の閾値の変倍係数を含む,患者依存のプリセット変数を選択する工程と,
4. 選択した一連のレーザパルスを網膜周辺部に送出するために,ユーザからのコマンドに応じてレーザシステムを制御及び起動する工程と,
5. 目に見える傷の閾値(VLT)を決定するために,ユーザが治療パラメータを調整する工程と,
6. VLTと,VLT変倍係数と,アルゴリズムを最適化する組み込みパラメータとに基づき,選択的RPE治療のための推定最適レーザ治療パラメータと組織温度上昇目標値とを設定して表示し,治療目標値を表示する自動プロセスをユーザが起動する工程と,
7. ユーザが治療パラメータを必要に応じてさらに手動調整する工程と,
8. 選択したパラメータによりもたらされる,RPEに対する治療の予想される選択性を自動的に計算して表示する工程と,
9. 選択したパラメータに基づき,総治療時間を自動的に計算して表示する工程と,
10.選択した一連のレーザパルスを治療ゾーンに送出するために,ユーザからのコマンドに応じてレーザシステムを制御及び起動する工程と
を含む。
【0067】
RPEにおける色素沈着レベルは,選択的RPE治療を達成するために必要な治療パラメータに直接影響する。人間の眼において,RPEの平均的色素沈着のバラツキは約2倍であり,上記の工程4〜工程8で説明した方法は,このバラツキを補償し,眼科医に効果的な選択的RPE治療のために各患者に合わせて選択される推定設定値を供給する手段を提供するように設計されている。使用するレーザパルス幅は同じであるが,バースト当たりのパルス数を増やすことによって,失明が発生しない網膜周辺に,目に見える傷を生じさせることができる。目に見える傷が発生する閾点に到達するために必要な総放射露光量は,各患者における個々のRPEの色素沈着レベルに略比例するので,適切な変倍係数を適用することによって,適切な選択的RPE治療パラメータを決定することができる。組み込まれているパラメータ最適化アルゴリズムによって推奨治療パラメータが事前に設定されているので,この設定の調整が必要であれば,ユーザは手動で調整する。このアルゴリズムは,RPE層と隣接神経網膜に対して計算された目標温度も表示する。ユーザは同じ選択的温度効果を達成する他の設定を必要に応じて選択することができる。
【0068】
この変倍係数の値は,螢光眼底血管造影を用いて治療の有効性を調べることによって求めることができる。色素沈着の2倍のバラツキは,中心窩と,該中心窩を有する傍黄斑領域との間にも発生する。中心窩は,最も色素が沈着している領域である。このバラツキを許容するように,変倍係数を調整することもできる。
【0069】
本治療方法の他の変形では,治療を最適化するべく治療パラメータの手動又は自動調整を可能にするために,RPEの選択的治療の有効性を示すように設計されている外部測定装置からのフィードバックを使用する。この方法は,
1. ユーザが選択的RPE治療モードを選択する工程と,
2. 選択的RPE治療の有効性に関するフィードバックを提供できる専用の測定システムにレーザシステムを接続する工程と,
3. 患者依存のプリセット変数を選択する工程と,
4. ユーザが治療パラメータを調整する工程と,
5. 選択したパラメータによりもたらされる,RPEに対する治療の予想される選択性を自動的に計算して表示する工程と,
6. 選択したパラメータに基づき,総治療時間を自動的に計算して表示する工程と,
7. 選択した一連のレーザパルスを治療ゾーンに送出するために,ユーザからのコマンドに応じてレーザシステムを制御及び起動する工程と,
8. 選択的RPE治療を最適化するために,外部測定装置に基づき治療の有効性を表示し,治療パラメータを自動又は手動で調整する工程と
を含む。
【0070】
本発明は,網膜色素上皮の治療だけに限定されるものではない。他の用途は,開放隅角緑内障のための治療である選択的レーザ線維柱帯形成術(SLT)として公知の処置を用いて眼内圧を下げるための小柱網(TM)の治療である。一般的な値は,波長532nm,パルス幅1μs,バースト当たり3パルス,パルス繰り返し周期30kHz,パルスエネルギー50μJ,パルスバースト繰り返し周期1kHz,及び,総バースト数50である。直径200ミクロンの治療スポットを使用すると,総放射露光量は約24J/cm2になる。この治療は,小柱網の180度にわたる約50スポットにおいて繰り返される。
【0071】
メラニン色素沈着細胞は,レーザ治療のために直接接触可能な小柱網に含まれている。本処置の目的は,小柱網の周囲ビームを損傷せずに,色素沈着細胞を選択的に損傷することである。選択的RPE治療の場合は上記の包括的方法に従うことになろうが,分析アルゴリズムと,通常の治療範囲に関する情報と,治療目標を判定するための方法とは,小柱網の選択的治療に合わせて調整される。パルスバーストの数と,パルス当たりのエネルギーと,バースト間の間隔とを慎重に選択することによって,単一の高エネルギーパルスを送出した場合に比べ,はるかに制御された方法で,色素沈着細胞に選択的損傷を発生させることができる。
【0072】
他の治療モードは,非選択的網膜凝固であろう。これは,十分に確立された網膜光凝固作業を実行するために使用でき,多くの場合,目に見える傷に至る。一般的な値は,波長532nm,パルス幅1μs,バースト当たり500パルス,パルス繰り返し周期30kHz,パルスエネルギー50μJ,パルスバースト繰り返し周期60Hz,及び,総バースト数3である。これによって擬似CWモードが引き起こされ,50msで約1.6Wが送出される。この動作モードを選択すると,適応するためのパルシング措置の自動変換と共に,ソフトウェアは出力パワーとパルス幅とをユーザに選択させるための簡略表示を生成する。
【0073】
他の治療モードは,虹彩切開であろう。これは,閉塞隅角緑内障のためのレーザ治療である。この目的は,房水の自由な流れを後眼房と前眼房との間で可能にするために虹彩に孔を開けることである。これは,目に見える組織への影響を伴う非選択的な処置である。このモードが選択されると,ソフトウェアは通常の治療範囲と推奨パルス構成とを示す簡易表示を生成する。
【0074】
主に網膜の網膜色素上皮層を治療する特定の実施形態を参照しながら本発明を説明してきた。本発明の精神及び範囲内に他の実施形態も想定されていることが認識されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】光凝固術のための眼科用レーザシステムの概略ブロック図を示し;
【図2】図1のレーザモジュールの詳細図を示し;
【図3】図1の送出モジュールの詳細図を示し;
【図4】図1の制御モジュールの詳細図を示し;
【図5】人間の網膜の概略断面であり,治療ゾーンを示し;
【図6】治療支援ソフトウェア用のグラフィカルユーザインタフェースであり;及び,
【図7】前記グラフィカルユーザインタフェースで用いられる熱モデリングアルゴリズムの簡略フローチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
付加的熱効果を対象組織内に引き起こすことができるパルス繰り返し周期と,熱拡散を略対象組織内に封じ込めることができるパルス幅と,前記対象組織へのエネルギー送出が最適化されるように選択された波長とを伴うレーザパルスを発生させるレーザモジュールと,
前記レーザモジュールと信号接続されている制御モジュールであって,隣接構造への熱拡散を制限しながら漸進的温度上昇を引き起こすために,各バースト内のパルスが前記対象組織内で付加的熱効果を有するよう,制御されたパルスエネルギーを有する,選択された幅と選択された繰り返し周期のパルスバーストを選択された数だけ送出して,前記レーザモジュールを制御する手段を含む制御モジュールと,
前記レーザモジュールと光接続され,前記制御モジュールと信号接続されている送出モジュールであって,制御された放射エネルギーを伴う,レーザパルスの前記バーストを治療ゾーンに送出する送出モジュールと
を備える眼科用レーザシステム。
【請求項2】
前記レーザモジュールがパルスレーザとパルスゲート素子とを備え,前記パルスレーザがパルス列を発生させ,前記パルスゲート素子が前記パルス列からパルスのバーストを選択する請求項1記載の眼科用レーザシステム。
【請求項3】
前記パルスレーザが1kHz〜500kHzのパルス繰り返し周期と,0.1μs〜40μsのパルス幅とで動作する請求項2記載の眼科用レーザシステム。
【請求項4】
前記パルスレーザが500nm〜750nmの波長域で動作する請求項2記載の眼科用レーザシステム。
【請求項5】
前記パルスレーザがQスイッチ固体レーザである請求項2記載の眼科用レーザシステム。
【請求項6】
前記パルスゲート素子が0.05kHz〜5kHzの繰り返し周期と,バースト当たり1〜100パルスのパルスバーストを送出する請求項2記載の眼科用レーザシステム。
【請求項7】
前記パルスゲート素子が1個〜500個のパルスバーストを送出する請求項2記載の眼科用レーザシステム。
【請求項8】
前記パルスゲート素子が電気光学スイッチである請求項2記載の眼科用レーザシステム。
【請求項9】
前記パルスゲート素子が前記パルスレーザの電源の高速スイッチである請求項2記載の眼科用レーザシステム。
【請求項10】
前記制御モジュールが,入力手段と表示手段とをさらに備える請求項1記載の眼科用レーザシステム。
【請求項11】
前記送出モジュールが,前記レーザパルスのスポットサイズを調整する手段を備える請求項1記載の眼科用レーザシステム。
【請求項12】
前記眼科用レーザシステムの動的制御のための治療フィードバックを前記制御モジュールに提供するフィードバック手段をさらに備える請求項1記載の眼科用レーザシステム。
【請求項13】
1kHz〜500kHzのパルス繰り返し周期と,0.1μs〜40μsのパルス幅と,0.05kHz〜5kHzのパルスバースト繰り返し周期と,バースト当たり1〜100パルスとを有するレーザパルスのバーストを発生させるレーザモジュールと,
前記レーザモジュールと信号接続されている制御モジュールであって,制御されたパルスエネルギーのパルスバーストの範囲内のレーザパルスと,制御された繰り返し周期のパルスバーストとを選択された数だけ送出する,前記レーザを制御する手段を備えた制御モジュールと,
前記レーザモジュールと光接続され,前記制御モジュールと信号接続されている送出モジュールであって,制御された放射エネルギーを伴うレーザパルスの前記バーストを治療ゾーンに送出する送出モジュールと
を備える眼科用レーザシステム。
【請求項14】
前記レーザモジュールが1個〜500個のパルスバーストを発生させる請求項13記載の眼科用レーザシステム。
【請求項15】
前記レーザモジュールが500nm〜750nmの波長で動作する請求項13記載の眼科用レーザシステム。
【請求項16】
前記レーザモジュールがパルスレーザとパルスゲート素子とを備え,前記パルスレーザがパルス列を発生させ,前記パルスゲート素子が前記パルス列からパルスのバーストを選択する請求項13記載の眼科用レーザシステム。
【請求項17】
1kHz〜500kHzのパルス繰り返し周期と,0.1μs〜40μsのパルス幅と,0.05kHz〜5kHzのパルスバースト繰り返し周期と,バースト当たり1パルス〜100パルスとを有するレーザパルスのバーストを生成するレーザモジュールと,
前記レーザモジュールと信号接続されている制御モジュールであって,選択されたレーザ治療パラメータに基づき,起こり得る温度効果を予測し,治療の窓と総治療時間とを計算し,前記治療の窓と前記総治療時間とに従って,制御されたパルスエネルギーのパルスバーストの範囲内のレーザパルスと,制御された繰り返し周期のパルスバーストとを選択された数だけ制御された繰り返し周期で送出するように前記レーザモジュールの自動又は手動制御を可能にする処理手段を備える制御モジュールと,
前記レーザモジュールと光接続され,前記制御モジュールと信号接続されている送出モジュールであって,制御された放射エネルギーを伴う,レーザパルスの前記バーストを治療ゾーンに送出する送出モジュールと
を備える眼科用レーザシステム。
【請求項18】
レーザ治療パラメータを選択する工程と,
前記レーザ治療パラメータに基づく治療の予想選択性と組織温度上昇とを自動的に計算して表示する工程と,
前記レーザ治療パラメータに基づき,総治療時間を自動的に計算して表示する工程と,
所望の選択性と,組織温度上昇と,総治療時間とを達成するために,前記レーザ治療パラメータを調整する工程と,
レーザパルスを治療ゾーンに送出するために,前記レーザ治療パラメータに従ってレーザシステムを制御する工程と
を含む眼科レーザ治療方法。
【請求項19】
目標治療値を選択し,前記目標治療値を,前記選択性と予想される組織温度上昇と共に表示する工程をさらに含む請求項18記載の方法。
【請求項20】
前記目標治療値を選択する工程が,前記目標治療値を,治療後の有効性測定値と,変倍された目に見える治療閾値と,外部測定システムとのうちの1つ又は複数から得た目標治療値のデータベースから選択する工程を含む請求項19記載の方法。
【請求項21】
患者依存のプリセット変数及び測定値から目標治療値を決定する工程をさらに含む請求項18記載の方法。
【請求項22】
前記患者依存のプリセット変数が,目に見えるレーザ傷の閾値と,目に見える傷の閾値の変倍係数とのうちの1つ又は複数から選択される請求項21記載の方法。
【請求項23】
レーザ治療パラメータを選択する前記工程が,
網膜周辺部に目に見える傷を発生させることを意図した前記レーザ治療パラメータを選択する工程と,
目に見える傷の閾値の変倍係数を含む,前記患者依存のプリセット変数を選択する工程と,
選択された一連のレーザパルスを前記網膜周辺部に送出するために,レーザシステムを制御及び駆動する工程と,
前記目に見える傷の閾値を決定するために,前記レーザ治療パラメータを調整する工程と,
前記目に見える傷の閾値と,前記目に見える傷の閾値の変倍係数とに基づき,選択的治療のための前記推定された最適レーザ治療パラメータと組織温度上昇目標とを計算して表示する工程と
を含む請求項18記載の方法。
【請求項24】
レーザ治療パラメータを選択する前記工程が,レーザパルス幅と,レーザパルス振幅と,バースト当たりのパルス数と,総バースト数と,パルスバースト繰り返し周期とのうちの1つ又は複数に対する値を選択する工程を含む請求項18記載の方法。
【請求項25】
前記バースト当たりのパルス数が1〜100になるよう選択される請求項24記載の方法。
【請求項26】
前記パルスバーストの数が1〜500から選択される請求項24記載の方法。
【請求項27】
前記パルスバーストの繰り返しが0.05kHz〜5kHzから選択される請求項24記載の方法。
【請求項28】
選択的治療の有効性に関するフィードバックを提供する外部測定装置に前記レーザシステムを接続する工程と,
前記外部測定装置に基づき治療の有効性を表示する工程と,
前記選択的治療を最適化するために治療パラメータを調整する工程と
をさらに含む請求項18記載の方法。
【請求項29】
レーザ治療パラメータを選択する工程と,
前記レーザ治療パラメータによりもたらされる治療のための治療の窓を自動的に計算して表示する工程と,
前記レーザ治療パラメータに基づき総治療時間を自動的に計算して表示する工程と,
所望の組織温度上昇と,選択性と,総治療時間とを達成するために,前記レーザ治療パラメータを調整する工程と,
レーザパルスを治療ゾーンに送出するために,前記レーザ治療パラメータに従ってレーザシステムを制御する工程と
を含む選択的網膜治療(SRT)等の処置における網膜色素上皮層の眼科レーザ治療方法。
【請求項30】
前記治療の窓が次式から計算される請求項29記載の方法。


式中,
RPEは,レーザパルシング中のエネルギー吸収によってRPEメラニン色素中に引き起こされる累積温度上昇から,拡散によるレーザパルス間の累積温度降下を引いた値であり;
NRは,治療ゾーン内のNRにおいて,レーザパルシング中のエネルギー吸収と,RPE層からの熱拡散とによって引き起こされる前記RPE層に隣接する箇所の累積温度上昇から,拡散によるレーザパルス間の累積温度降下を引いた値であり;
γRPE/NRは,前記RPEと前記NRとの間の吸収比率を明らかにするために事前に設定された変倍係数である。
【請求項31】
レーザ治療パラメータを選択する前記工程が,
網膜周辺部に目に見える傷を発生させることを意図したレーザ治療パラメータを選択する工程と,
目に見える傷の閾値の変倍係数を含む患者依存のプリセット変数を選択する工程と,
選択された一連のレーザパルスを前記網膜周辺部に送出するために,レーザシステムを制御及び駆動する工程と,
前記目に見える傷の閾値を決定するために,前記レーザ治療パラメータを調整する工程と,
前記目に見える傷の閾値と,前記目に見える傷の閾値の変倍係数とに基づき,選択的治療のための前記推定された最適レーザ治療パラメータと組織温度上昇目標とを計算して表示する自動プロセスを起動する工程と
を含む請求項29記載の方法。
【請求項32】
少なくとも1つの外部測定装置から治療有効性の目安を得る工程と,
前記外部測定装置に基づき治療の有効性を表示する工程と,
前記選択的治療を最適化するために前記レーザ治療パラメータを調整する工程と
をさらに含む請求項29記載の方法。
【請求項33】
レーザ治療パラメータを選択する工程と,
前記レーザ治療パラメータによりもたらされる治療の予想される組織への影響と治療の窓とを自動的に計算して表示する工程と,
前記レーザ治療パラメータに基づき総治療時間を自動的に計算して表示する工程と,
所望の組織温度上昇と,選択性と,総治療時間と,約10J/cm2〜200J/cm2の範囲内の総放射露光量とを達成するために,前記レーザ治療パラメータを調整する工程と,
レーザパルスを治療ゾーンに送出するために,前記レーザ治療パラメータに従ってレーザシステムを制御する工程と
を含む選択的レーザ線維柱帯形成術(SLT)等の処置における小柱網の眼科レーザ治療方法。
【請求項34】
レーザ治療パラメータを選択する工程と,
前記レーザ治療パラメータによりもたらされる予想される組織への影響を自動的に計算して表示する工程と,
前記レーザ治療パラメータに基づき総治療時間を自動的に計算して表示する工程と,
所望の組織効果と総治療時間とを達成するために,前記レーザ治療パラメータを調整する工程と,
レーザパルスを治療ゾーンに送出するために,前記レーザ治療パラメータに従ってレーザシステムを制御する工程と
を含む虹彩切開術又は汎網膜光凝固術(PRP)等の非選択的処置における虹彩又は網膜の眼科レーザ治療方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2008−510529(P2008−510529A)
【公表日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−528509(P2007−528509)
【出願日】平成17年8月24日(2005.8.24)
【国際出願番号】PCT/AU2005/001273
【国際公開番号】WO2006/021040
【国際公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【出願人】(503375669)エレックス メディカル プロプライエタリー リミテッド (6)
【氏名又は名称原語表記】ELLEX MEDICAL PTY LTD
【Fターム(参考)】