説明

酸化マグネシウム蒸着材及びその製造方法

【課題】電子ビーム蒸着法により希土類金属が高度に均一に分散している酸化マグネシウム膜を形成することができる酸化マグネシウム蒸着材を提供する。
【解決手段】平均結晶粒子径が2.0〜50μmの範囲にある酸化マグネシウム結晶粒子の多結晶体からなり、該酸化マグネシウム結晶粒子が希土類金属を0.005〜0.060質量%の範囲にて固溶している酸化マグネシウム蒸着材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化マグネシウム蒸着材、特に交流型プラズマディスプレイパネルの誘電体層の保護膜として有用な酸化マグネシウム膜を電子ビーム蒸着法により形成するのに有利に用いることができる酸化マグネシウム蒸着材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
交流型プラズマディスプレイパネル(以下、AC型PDPという)は、一般に、画像表示面となる前面板と、放電ガスが充填された放電空間を挟んで対向配置された背面板とからなる。前面板は、前面ガラス基板、前面ガラスの上に形成された一対の放電電極、放電電極を被覆する誘電体層、そして誘電体層の表面に形成された誘電体層保護膜からなる。背面板は、背面ガラス基板、背面ガラス基板の上に形成されたアドレス電極、背面ガラス基板とアドレス電極とを被覆し、かつ放電空間を区画する隔壁、そして隔壁の表面に配置された赤、緑、青の蛍光体からなる蛍光体層からなる。
【0003】
AC型PDPでは、前面板の放電電極に電圧を印加すると、次の(1)〜(4)の過程を繰り返すことによって放電空間内の荷電粒子数が増加して、荷電粒子の放電により真空紫外光が発生する。そして、発生した真空紫外光により、赤、緑、青の蛍光体が励起されて可視光が発生し、この可視光の組み合わせによって画像を形成する。
(1)放電電極間に電界が発生して放電ガス中に存在するイオンや電子などの荷電粒子が加速され、誘電体層保護膜に衝突する。
(2)この衝突により、誘電体層保護膜から二次電子が放出される。
(3)放出された二次電子がイオン化していない放電ガス原子に衝突し、放電ガスイオンを生成する。
(4)生成した放電ガスイオンが上記(1)の過程により誘電体層保護膜に衝突する。
【0004】
上記(1)〜(4)の過程において、誘電体層保護膜は誘電体層を荷電粒子の衝突による衝撃から保護するだけでなく、二次電子放出膜としても機能する。一般に誘電体層保護膜の二次電子放出係数が高い方が、AC型PDPの放電開始電圧が低減する傾向がある。このため、誘電体層保護膜は、荷電粒子に対する耐衝撃性が高く(即ち、耐スパッタ性が高く)、かつ二次電子放出係数が高い(即ち、放電開始電圧の低減効果が高い)ことが要求される。現在では、誘電体層保護膜としては、酸化マグネシウム膜が広く用いられており、この酸化マグネシウム膜の耐スパッタ性や放電開始電圧の低減効果の向上を目的として、酸化マグネシウム膜の形成に用いる蒸着材に酸化マグネシウム以外の成分を添加することが検討されている。
【0005】
AC型PDPの誘電体層保護膜として用いられる酸化マグネシウム膜の形成には、蒸着材を電子ビームの照射により蒸発させて基体に堆積させる方法である電子ビーム蒸着法が広く利用されている。酸化マグネシウム膜形成用の蒸着材としては、電融酸化マグネシウム(単結晶酸化マグネシウム)や、酸化マグネシウム粉末を焼結させて得られる酸化マグネシウム焼結体(多結晶酸化マグネシウム)が用いられている。
【0006】
特許文献1には、希土類金属の酸化物粒子を0.5〜50体積%の量にて分散した酸化マグネシウム蒸着材が開示されている。この特許文献には、希土類金属酸化物粒子を上記の範囲で分散することによって、蒸着材の強度と耐熱衝撃性が向上すると記載されている。そして、この蒸着材を用いて形成した酸化マグネシウム膜は配向性が向上し、更にこの酸化マグネシウム膜をPDPの誘電体層保護膜に用いると放電開始電圧が低減し、放電時の耐スパッタ性が向上するとも記載されている。
【0007】
特許文献2には、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm及びSmからなる群より選ばれる一種又は二種以上の希土類金属を酸化物粒子として分散した酸化マグネシウム蒸着材が開示されている。この特許文献には、上記の希土類金属酸化物粒子を分散した蒸着材を用いて形成した酸化マグネシウム膜は、放電応答性が広い温度範囲で向上すると記載されている。
【特許文献1】特開平11−323533号公報
【特許文献2】特開2006−207014号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1及び2に記載されているように、希土類金属の酸化物粒子を分散した酸化マグネシウム蒸着材を蒸着源として用いて、電子ビーム蒸着法により形成した酸化マグネシウム膜は、AC型PDPの誘電体層保護膜として有用である。
【0009】
一方、AC型PDPの保証温度範囲は、一般に最低温度が0℃、場合によっては−10℃、最高温度が60℃、場合によっては90℃と上下の幅が大きい。このような広い温度範囲において、誘電体層保護膜の耐スパッタ性及びAC型PDPの放電開始電圧の低減効果を維持させるためには、誘電体層保護膜の組成を高度に均一にすることが必要となる。しかしながら、特許文献1及び2の酸化マグネシウム蒸着材では、希土類金属が酸化物粒子として分散しているため、電子ビーム蒸着法では生成する酸化マグネシウム膜に希土類金属を高度に均一に分散させることは困難である。
【0010】
従って、本発明の課題は、電子ビーム蒸着法により希土類金属が高度に均一に分散している酸化マグネシウム膜を形成することができる酸化マグネシウム蒸着材及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、希土類金属塩が溶解している水溶液に、一次粒子の平均粒子径が0.010〜0.50μmの範囲にある微細な酸化マグネシウム粉末が、希土類金属塩に含まれる希土類金属が希土類金属と酸化マグネシウム粉末との合計量に対して0.005〜0.10質量%の範囲となる量にて分散されている酸化マグネシウム粉末分散液を噴霧乾燥する等の方法によって得られた表面に希土類金属塩が付着した酸化マグネシウム粉末を、ペレット状に成形し、得られたペレット状成形物を焼成して、希土類金属塩が付着した酸化マグネシウム粉末を焼結させると、希土類金属が0.005〜0.060質量%の範囲にて固溶した、平均結晶粒子径が2.0〜50μmの範囲にある多結晶の酸化マグネシウム焼結体ペレットが得られることを見出した。そして、その焼結体ペレットを蒸着材に用いて、電子ビーム蒸着法により酸化マグネシウム膜を形成すると、希土類金属が均一に分散した酸化マグネシウム膜を得ることができ、更にその酸化マグネシウム膜が高い耐スパッタ性を有し、かつAC型PDPの放電開始電圧を広い温度範囲で低いレベルとする効果があることを確認して本発明を完成させた。
【0012】
従って、本発明は、平均結晶粒子径が2.0〜50μmの範囲にある酸化マグネシウム結晶粒子の多結晶体からなり、該酸化マグネシウム結晶粒子に希土類金属が0.005〜0.060質量%の範囲にて固溶している酸化マグネシウム蒸着材にある。なお、本発明において希土類金属が固溶しているとは、希土類金属が酸化物又はマグネシウムと希土類金属との複合酸化物として、酸化マグネシウム結晶粒子の内部に均一に分散していることを意味する。酸化マグネシウム結晶粒子内部に希土類金属が固溶していることは、エネルギー分散型X線分析装置を用いて酸化マグネシウム結晶粒子内部の希土類金属の分布を測
定することによって確認することができる。
【0013】
本発明の酸化マグネシウム蒸着材の好ましい態様は以下の通りである。
(1)希土類金属が、Dy、Gd、Eu、Ho、Er、Tb、Yb、Tm及びLuからなる群より選ばれる一種以上の金属である。
(2)希土類金属が、Dy、Gd、Eu、Ho及びErからなる群より選ばれる一種以上の金属である。
(3)固溶している希土類金属の量が0.005〜0.040質量%の範囲にある。
(4)固溶している希土類金属の量が0.010〜0.030質量%の範囲にある。
【0014】
本発明はまた、希土類金属の塩が溶解している水溶液に、一次粒子の平均粒子径が0.010〜0.50μmの酸化マグネシウム粉末が、希土類金属塩に含まれる希土類金属が該希土類金属と該酸化マグネシウム粉末との合計量に対して0.005〜0.10質量%の範囲となる量にて分散されている酸化マグネシウム粉末分散液を噴霧乾燥して、表面に希土類金属塩が付着した酸化マグネシウム粉末を得る工程、該希土類金属塩が付着した酸化マグネシウム粉末をペレット状に成形する工程、そして得られたペレット状成形物を焼成して、希土類金属塩が付着した酸化マグネシウム粉末を焼結させる工程を含む上記本発明の酸化マグネシウム蒸着材の製造方法にもある。
【0015】
本発明の酸化マグネシウム蒸着材の製造方法の好ましい態様は以下の通りである。
(1)酸化マグネシウム粉末分散液が、水溶性ポリマーを酸化マグネシウム粉末に対して0.10〜10質量%の範囲にて含む。
(2)酸化マグネシウム粉末分散液が、ポリカルボン酸のアンモニウム塩を酸化マグネシウム粉末に対して0.10〜10質量%の範囲にて含む。
(3)希土類金属塩が希土類金属の硝酸塩、塩化物又は硫酸塩である。
(4)希土類金属塩が希土類金属の硝酸塩である。
【発明の効果】
【0016】
本発明の酸化マグネシウム蒸着材を蒸着源として用いることによって、電子ビーム蒸着法により希土類金属が均一に分散した酸化マグネシウム膜を形成することができる。本発明の酸化マグネシウム蒸着材を用いて電子ビーム蒸着法により形成した酸化マグネシウム膜は耐スパッタ性が高く、この酸化マグネシウム膜をAC型PDPの誘電体層保護膜として用いることによって、AC型PDPの放電開始電圧を広い温度範囲で長期間にわたって安定して低いレベルとすることができる。
更に、本発明の製造方法を利用することによって、酸化マグネシウム結晶粒子に希土類金属が固溶している多結晶の酸化マグネシウム蒸着材を工業的に有利に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の酸化マグネシウム蒸着材は、酸化マグネシウム結晶粒子の多結晶体からなる。酸化マグネシウム結晶粒子の平均結晶粒子径は、一般に2.0〜50μmの範囲にある。
【0018】
本発明の酸化マグネシウム蒸着材は、酸化マグネシウム結晶粒子に希土類金属が固溶している。固溶している希土類金属量は、一般に0.005〜0.060質量%の範囲、好ましくは0.005〜0.040質量%の範囲、特に好ましくは0.010〜0.030質量%の範囲にある。希土類金属量が上記の範囲より少なくなると添加効果が十分に認められない。希土類金属量が上記の範囲より多くなると希土類金属が酸化マグネシウム結晶粒子の粒界に偏在することがある。
【0019】
本発明の酸化マグネシウム蒸着材に固溶している希土類金属は、Sc、Y及びランタノイドである。希土類金属は、ランタノイドであることが好ましく、Dy、Gd、Eu、Ho、Er、Tb、Yb、Tm及びLuであることがより好ましく、Dy、Gd、Eu、Ho及びErであることが特に好ましい。希土類金属は、一種単独で使用してもよいし、二種以上を併用してもよい。
【0020】
本発明の酸化マグネシウム蒸着材の形状は特に限定されるものではないが、円板状であることが好ましい。円板状蒸着材の直径は3.0〜20mmの範囲であることが好ましく、5.0〜10mmであることがより好ましい。円板状蒸着材の厚みは1.0〜5.0mmの範囲であることが好ましい。厚みが薄い方が電子ビーム蒸着法により得られる酸化マグネシウム膜の品質(膜密度の均質性、結晶配向性の均一性等)を保ちつつ蒸着速度が向上する。円板状蒸着材のアスペクト比(厚み/直径)は、1.0以下であることが好ましい。
【0021】
本発明の酸化マグネシウム蒸着材は、相対密度が95%以上であることが好ましい。
【0022】
本発明の酸化マグネシウム蒸着材は、例えば、希土類金属の塩が溶解している水溶液に、一次粒子の平均粒子径が0.010〜0.50μmの酸化マグネシウム粉末が、希土類金属塩に含まれる希土類金属が該希土類金属と該酸化マグネシウム粉末との合計量に対して0.005〜0.10質量%の範囲、好ましくは0.005〜0.08質量%の範囲となる量にて分散されている酸化マグネシウム粉末分散液を噴霧乾燥して、酸化マグネシウム粉末の表面に希土類金属塩が付着した希土類金属塩付着酸化マグネシウム粉末を得る工程、希土類金属塩付着酸化マグネシウム粉末をペレット状に成形する工程、そして得られたペレット状成形物を焼成して、希土類金属塩付着酸化マグネシウム粉末を焼結させる工程を含む方法によって製造することができる。
【0023】
酸化マグネシウム源として用いる酸化マグネシウム粉末は、一次粒子の平均粒子径が0.010〜0.50μm、好ましくは0.10〜0.50μmの微粉末である。なお、本明細書において、酸化マグネシウム粉末の一次粒子の平均粒子径はBET比表面積から算出したBET径を意味する。
【0024】
酸化マグネシウム粉末は、純度が99.9質量%以上であることが好ましく、99.95質量%以上であることがより好ましく、99.98質量%よりも高いことが特に好ましい。酸化マグネシウム粉末はまた、一次粒子の形状が立方体であることが好ましい。一次粒子が微細な立方体形状であって、高純度の酸化マグネシウム粉末としては、金属マグネシウムと酸素とを気相酸化反応させる方法によって製造された酸化マグネシウム粉末が知られている。
【0025】
希土類金属源として用いる希土類金属塩は、水溶性であれば特には制限はないが、硝酸塩、塩化物及び硫酸塩であることが好ましく、硝酸塩であることが特に好ましい。
【0026】
酸化マグネシウム粉末分散液には、水溶性ポリマーを添加することが好ましい。水溶性ポリマーは、酸化マグネシウム粉末からペレット状成形物を得る際のバインダーとして作用する。水溶性ポリマーの例としては、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルブチラールもしくは水溶性アクリル系共重合物を挙げることができる。分散液中の水溶性ポリマー濃度は、酸化マグネシウム粉末に対して0.10〜10質量%の範囲にあることが好ましい。
【0027】
酸化マグネシウム粉末分散液には、更にポリカルボン酸のアンモニウム塩を添加してもよい。ポリカルボン酸のアンモニウム塩は、分散液中での酸化マグネシウム粉末の分散性を向上させると共に、分散液中での酸化マグネシウム粉末の水和(分散液中の水酸化マグネシウムの生成量)を抑制する効果がある。分散液中のポリカルボン酸アンモニウム塩の濃度は、酸化マグネシウム粉末に対して0.10〜10質量%の範囲にあることが好ましい。
【0028】
酸化マグネシウム粉末分散液の噴霧乾燥は、通常のスプレードライヤーを用いて行なうことができる。噴霧乾燥温度は、200〜280℃の範囲にあることが好ましい。酸化マグネシウム粉末分散液の噴霧乾燥により得られる希土類金属塩付着酸化マグネシウム粉末には、分散液中に溶解している希土類金属塩の大部分が付着する。
【0029】
希土類金属塩付着酸化マグネシウム粉末は、酸化マグネシウム粉末分散液をろ過し、乾燥することによって製造してもよい。但し、ろ過乾燥の場合は、分散液中の希土類金属塩の大部分がろ液として外部に流出するため、分散液中の希土類金属塩量を、希土類金属の量が希土類金属と酸化マグネシウム粉末との合計量に対して0.10〜20質量%の範囲となる量とすることが好ましい。
【0030】
希土類金属塩付着酸化マグネシウム粉末は、その一部が水和して水酸化マグネシウムを生成していてもよい。酸化マグネシウムの水和率(水酸化マグネシウム生成量)は、50質量%以下(特に、30質量%以下、更に5質量%以下)であることが好ましい。水和率が50質量%以下の酸化マグネシウム粉末を得るには、酸化マグネシウム粉末分散液を調製してから希土類金属塩付着酸化マグネシウム粉末を取り出すまでの時間を短くするのが、簡便かつ有効な方法である。具体的には、酸化マグネシウム粉末分散液を調製してから2時間以内に、希土類金属塩付着酸化マグネシウム粉末を取り出すことが好ましい。また、酸化マグネシウム粉末分散液を調製してから希土類金属塩付着酸化マグネシウム粉末を取り出すまでの間は、分散液の温度を30℃以下(特に10〜30℃)に維持することが好ましい。
【0031】
本発明では、上記のようにして得られた希土類金属塩付着酸化マグネシウム粉末をペレット状に成形する工程、そして得られたペレット状成形物を焼成して、希土類金属塩付着酸化マグネシウム粉末を焼結させる工程により、酸化マグネシウム蒸着材を製造する。
【0032】
ペレット状成形物の成形には、通常のプレス成形法を用いることができる。成形圧力は、一般に0.3〜3トン/cm2の範囲にある。
【0033】
ペレット状成形物の焼成は、1400〜2300℃の温度にて行なうことが好ましい。焼成時間は成形物のサイズ(特に厚さ)や焼成温度などの要件により変わるので、一律に定めることはできないが、一般に1〜8時間である。
【0034】
ペレット状成形物を焼成することにより、希土類金属塩付着酸化マグネシウム粉末の粒子が焼結し、粒成長して酸化マグネシウム結晶粒子を生成する。酸化マグネシウム粉末に付着している希土類金属塩に含まれる希土類金属は、酸化物もしくはマグネシウムとの複合酸化物として、酸化マグネシウム結晶粒子の内部に取り込まれ、即ち、酸化マグネシウム結晶粒子に固溶する。
【実施例】
【0035】
[実施例1]
Dy源に硝酸ジスプロシウム(Dy(NO33・XH2O、純度:99.9質量%)を用いて、Dy濃度0.003質量%、ポリビニルアルコール濃度1.75質量%、ポリエチレングリコール濃度0.75質量%及びポリカルボン酸アンモニウム塩濃度3.0質量%の硝酸ジスプロシウム水溶液を調製した。この硝酸ジスプロシウム水溶液66質量部に、気相酸化反応法により製造された酸化マグネシウム粉末(純度:99.985質量%、一次粒子の平均粒子径:0.2μm、一次粒子の形状:立方体)33質量部を混合分散して、酸化マグネシウム粉末分散液(温度:25℃)を調製した。調製した酸化マグネシウム粉末分散液を、温度を25℃に維持しながら、速やかに(分散液調製後、約15分以内)、スプレードライヤー(加熱温度:230℃)を用いて、噴霧乾燥した。得られた硝酸ジスプロシウム付着酸化マグネシウム粉末を成形圧2トン/cm2にて、ペレット状(直径:6.0mm、厚み:2.5mm、成形体密度:2.30g/cm3)に成形した。次いで、得られたペレット状成形物を、電気炉を用いて1650℃の温度で5時間焼成して、硝酸ジスプロシウム付着酸化マグネシウム粉末を焼結させて、焼結体ペレットを得た。
【0036】
[実施例2]
硝酸ジスプロシウム水溶液のDy濃度を0.014質量%としたこと以外は、実施例1と同じ条件で焼結体ペレットを製造した。
【0037】
[実施例3]
硝酸ジスプロシウム水溶液の代わりに、Eu源として硝酸ユウロピウム(Eu(NO33・5H2O、純度:99.9質量%)を用いて調製した、Eu濃度0.003質量%、ポリビニルアルコール濃度1.75質量%、ポリエチレングリコール濃度0.75質量%及びポリカルボン酸アンモニウム塩濃度3.0質量%の硝酸ユウロピウム水溶液を用いたこと以外は、実施例1と同じ条件で焼結体ペレットを製造した。
【0038】
[実施例4]
硝酸ユウロピウム水溶液のEu濃度を0.014質量%としたこと以外は、実施例3と同じ条件で焼結体ペレットを製造した。
【0039】
[実施例5]
硝酸ジスプロシウム水溶液の代わりに、Gd源として硝酸ガドリニウム(Gd(NO33・6H2O、純度:99.9質量%)を用いて調製した、Gd濃度0.016質量%、ポリビニルアルコール濃度1.75質量%、ポリエチレングリコール濃度0.75質量%及びポリカルボン酸アンモニウム塩濃度3.0質量%の硝酸ガドリニウム水溶液を用いたこと以外は、実施例1と同じ条件で焼結体ペレットを製造した。
【0040】
[実施例6]
硝酸ジスプロシウム水溶液の代わりに、Ho源として硝酸ホルミウム(Ho(NO33・5H2O、純度:99.9質量%)を用いて調製した、Ho濃度0.016質量%、ポリビニルアルコール濃度1.75質量%、ポリエチレングリコール濃度0.75質量%及びポリカルボン酸アンモニウム塩濃度3.0質量%の硝酸ホルミウム水溶液を用いたこと以外は、実施例1と同じ条件で焼結体ペレットを製造した。
【0041】
[実施例7]
硝酸ジスプロシウム水溶液の代わりに、Er源として硝酸エルビウム(Er(NO33・5H2O、純度:99.9質量%)を用いて調製した、Er濃度0.016質量%、ポリビニルアルコール濃度1.75質量%、ポリエチレングリコール濃度0.75質量%及びポリカルボン酸アンモニウム塩濃度3.0質量%の硝酸エルビウム水溶液を用いたこと以外は、実施例1と同じ条件で焼結体ペレットを製造した。
【0042】
[実施例8]
硝酸ジスプロシウム水溶液の代わりに、Er源として硝酸テルビウム(Tb(NO33・5H2O、純度:99.9質量%)を用いて調製した、Tb濃度0.016質量%、ポリビニルアルコール濃度1.75質量%、ポリエチレングリコール濃度0.75質量%及びポリカルボン酸アンモニウム塩濃度3.0質量%の硝酸テルビウム水溶液を用いたこと以外は、実施例1と同じ条件で焼結体ペレットを製造した。
【0043】
[実施例9]
硝酸ジスプロシウム水溶液の代わりに、Yb源として硝酸イッテルビウム(Yb(NO33・5H2O、純度:99.9質量%)を用いて調製した、Yb濃度0.016質量%、ポリビニルアルコール濃度1.75質量%、ポリエチレングリコール濃度0.75質量%及びポリカルボン酸アンモニウム塩濃度3.0質量%の硝酸イッテルビウム水溶液を用いたこと以外は、実施例1と同じ条件で焼結体ペレットを製造した。
【0044】
[実施例10]
硝酸ジスプロシウム水溶液の代わりに、Tm源として硝酸ツリウム(Tm(NO33・5H2O、純度:99.9質量%)を用いて調製した、Tm濃度0.016質量%、ポリビニルアルコール濃度1.75質量%、ポリエチレングリコール濃度0.75質量%及びポリカルボン酸アンモニウム塩濃度3.0質量%の硝酸ツリウム水溶液を用いたこと以外は、実施例1と同じ条件で焼結体ペレットを製造した。
【0045】
[実施例11]
硝酸ジスプロシウム水溶液の代わりに、Lu源として硝酸ルテチウム(Lu(NO33・XH2O、純度:99.9質量%)を用いて調製した、Lu濃度0.016質量%、ポリビニルアルコール濃度1.75質量%、ポリエチレングリコール濃度0.75質量%及びポリカルボン酸アンモニウム塩濃度3.0質量%の硝酸ツリウム水溶液を用いたこと以外は、実施例1と同じ条件で焼結体ペレットを製造した。
【0046】
[比較例1]
硝酸ジスプロシウム水溶液の代わりに、硝酸ジスプロシウムを含まない、ポリビニルアルコール濃度1.75質量%、ポリエチレングリコール濃度0.75質量%及びポリカルボン酸アンモニウム塩濃度3.0質量%の水溶液を用いたこと以外は、実施例1と同じ条件で焼結体ペレットを製造した。
【0047】
[焼結体ペレットの評価]
実施例1〜11及び比較例1で製造した焼結体ペレットについて、以下の方法により、相対密度、希土類金属の含有量、酸化マグネシウム結晶粒子の平均結晶粒子径を測定し、結晶粒子内部の希土類金属の分布状態を確認した。その結果を表1に示す。なお、希土類金属の含有量の測定と希土類金属の分布状態の確認は、実施例1〜11で製造した焼結体ペレットについてのみ行なった。
【0048】
[相対密度の測定方法]
ケロシンを媒液としアルキメデス法で嵩密度を測定し、真密度を3.58g/cm3として算出した。
【0049】
[希土類金属含有量の測定方法]
ICP−AES法により測定した。
【0050】
[平均結晶粒子径の測定方法と希土類金属の分布状態の確認方法]
焼結体ペレットを直径方向に切断し、その切断面を鏡面研磨処理した。そして、その切断面表層部の酸化マグネシウム結晶粒子について、エネルギー分散型X線分析装置が付設
されているフィールドエミッション走査型電子顕微鏡を用いて、平均結晶粒子径の測定と希土類金属の分布状態の確認を行なった。
【0051】
平均結晶粒子径は、200個の結晶粒子を1500倍の拡大倍率で観察して、各結晶粒子の最長径を測定し、これを平均して求めた。
【0052】
希土類金属の分布状態は、電子顕微鏡の拡大倍率を4500倍に設定し、結晶粒子内部の希土類金属の分布を電子顕微鏡に付設されているエネルギー分散型X線分析装置を用い
て、加速電圧:18kV、走査時間:10分の条件にて測定し、結晶粒子内部に希土類金属が直径1μm以上の塊が検出されない場合は固溶とした。
【0053】
代表例として、実施例6で製造した焼結体ペレットの電子顕微鏡写真を図1に、同一部位の希土類金属の分布測定結果を図2にそれぞれ示す。図2において白点は希土類金属を意味する。図1の写真と図2の希土類金属の分布とを対比すると、希土類金属は酸化マグネシウム結晶粒子に固溶していることが分かる。
【0054】
表1
────────────────────────────────────────
希土類金属 酸化マグネシウム
────────────────────── 結晶粒子の
相対密度 元素 含有量 酸化マグネシウム結晶 平均結晶粒子径
(%) (質量%) 粒子内部の分布状態 (μm)
────────────────────────────────────────
実施例1 95.4 Dy 0.0053 固溶 9.2
実施例2 95.3 Dy 0.0258 固溶 10.3
実施例3 95.4 Eu 0.0056 固溶 10.1
実施例4 95.6 Eu 0.0255 固溶 10.2
実施例5 95.5 Gd 0.0320 固溶 12.3
実施例6 95.4 Ho 0.0309 固溶 9.8
実施例7 95.4 Er 0.0315 固溶 9.3
実施例8 95.3 Tb 0.0302 固溶 10.7
実施例9 95.4 Yb 0.0296 固溶 10.0
実施例10 95.4 Tm 0.0306 固溶 13.3
実施例11 95.4 Lu 0.0302 固溶 10.3
────────────────────────────────────────
比較例1 95.1 添加せず − − 8.9
────────────────────────────────────────
【0055】
表1の結果から、本発明の製造方法に従って製造した焼結体ペレットは、いずれも酸化マグネシウム結晶粒子の平均結晶粒子径が9.2〜13.3μmの範囲にあり、酸化マグネシウム結晶粒子に希土類金属が固溶していることが確認された。
【0056】
[焼結体ペレットを用いて電子ビーム蒸着法により形成した酸化マグネシウム膜の評価]
実施例1〜11及び比較例1で得られた焼結体ペレットを用いて電子ビーム蒸着法により形成した酸化マグネシウム膜について、以下の方法により、希土類金属の含有量の測定、希土類金属の分布状態の確認、耐スパッタ性の評価及び放電開始電圧の測定を行なった。その結果を表2に示す。なお、希土類金属の含有量の測定と希土類金属の分布状態の確認は、実施例1〜11で製造した焼結体ペレットを用いて形成した酸化マグネシウム膜についてのみ行なった。
【0057】
[希土類金属の含有量の測定方法]
シリコンウェハ基板(10mm×10mm×0.5mm)上に、焼結体ペレットを蒸着材に用いて、電子ビーム蒸着法により厚さ約1000nmの酸化マグネシウム膜を形成した。蒸着の条件は、電圧:8kV、蒸着速度:2.0nm/秒、蒸着チャンバーの酸素分圧:2×10-2Pa、基板温度:200℃とした。
酸化マグネシウム膜の希土類金属の含有量は、蛍光X線法により測定した。
【0058】
[希土類金属の分布状態の確認方法]
シリコンウェハ基板上に、上記希土類金属の含有量の測定方法と同じ条件で、厚さ約1000nmの酸化マグネシウム膜を作成した。得られた酸化マグネシウム膜の表層部について、エネルギー分散型X線分析装置が付設されているフィールドエミッション走査型電
子顕微鏡を用いて、希土類金属の分布状態の確認を行なった。希土類金属の分布状態は、電子顕微鏡の拡大倍率を25000倍に設定し、希土類金属の分布を電子顕微鏡に付設されているエネルギー分散型X線分析装置を用いて、加速電圧:25kV、走査時間:10
分の条件にて測定し、希土類金属の偏析がみられない場合は均一分散とした。
【0059】
代表例として、実施例6で製造した焼結体ペレットを用いて形成した酸化マグネシウム膜の電子顕微鏡写真を図3に、同一部位の希土類金属の分布測定結果を図4にそれぞれ示す。図4において白点は希土類金属を意味する。図3の写真と図4の希土類金属の分布とを対比すると、希土類金属は酸化マグネシウム膜に均一に分散していることが分かる。
【0060】
[耐スパッタ性の評価方法]
シリコンウェハ基板上に、前記希土類金属の含有量の測定方法と同じ条件で、厚さ約500nmの酸化マグネシウム膜を作成した。
得られた酸化マグネシウム膜の膜厚を、フィールドエミッション走査型電子顕微鏡を用いて測定した。次いで、酸化マグネシウム膜の表面に走査型X線光電子分光装置(ESCA)のArイオン銃を用いて、Arイオンスパッタ(スパッタレート:16nm/分−SiO2換算)を行ない、Arイオンがシリコンウェハ基板に到達するまでの時間を測定した。下記式より求めたスパッタ速度(nm/分)により耐スパッタ性を評価した。スパッタ速度が遅い方が、耐スパッタ性が高い。
スパッタ速度=酸化マグネシウム膜の膜厚(nm)/Arイオンがシリコンウェハ基板に到達するまでの時間(分)
【0061】
[酸化マグネシウム膜の放電開始電圧の測定方法]
特開2006−278043に記載の方法に準じて実施した。互いに平行に配置された10組の放電電極が形成されているガラス基板上に、焼結体ペレットを蒸着材に用いて前記希土類金属の含有量の測定方法と同じ蒸着条件で、電子ビーム蒸着法により厚さ約1000nmの酸化マグネシウム膜を作成した。
得られた酸化マグネシウム付きガラス基板をNe:Xe=95:5の混合希ガス(圧力:465torr)が充填された透明容器内に設置し、放電電極を電源に接続した。透明容器を環境試験器内に設置し、環境試験器内の温度を−10℃、25℃、60℃の各温度にて調整した、放電電極に周波数20kHzの矩形波を負荷した。10組の放電電極が全て点灯した電圧を開始電圧とした。
【0062】
表2
────────────────────────────────────────
希土類金属
─────────────── スパッタ 放電開始電圧(V)
含有量 速度 ────────────
元素 (質量%) 分布状態 (nm/分) −10℃ 25℃ 60℃
────────────────────────────────────────
実施例1 Dy 30 均一分散 7.8 189 181 174
実施例2 Dy 200 均一分散 184 175 168
実施例3 Eu 40 均一分散 182 174 163
実施例4 Eu 220 均一分散 7.7 180 170 161
実施例5 Gd 230 均一分散 7.7 179 176 173
実施例6 Ho 280 均一分散 7.9 170 161 154
実施例7 Er 280 均一分散 7.6 171 163 156
実施例8 Tb 260 均一分散 185 178 172
実施例9 Yb 230 均一分散 185 176 173
実施例10 Tm 270 均一分散 183 175 170
実施例11 Lu 260 均一分散 185 174 171
────────────────────────────────────────
比較例1 無添加 0 9.4 233 215 202
────────────────────────────────────────
【0063】
表2の結果から、本発明に従う酸化マグネシウム蒸着材を用いて形成した酸化マグネシウム膜は、希土類金属が均一に分散されていることが分かる。また、本発明に従う酸化マグネシウム蒸着材を用いて製造した酸化マグネシウム膜は、希土類金属を含まない酸化マグネシウム蒸着材を用いて形成した酸化マグネシウム膜と比べて、耐スパッタ性が向上し、また、放電開始電圧が広い温度範囲で低減することが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】実施例6にて製造した焼結体ペレットの電子顕微鏡写真である。
【図2】実施例6にて製造した焼結体ペレットについて、図1と同一部位における希土類金属の分布を測定した結果である。
【図3】実施例6にて製造した焼結体ペレットを用いて形成した酸化マグネシウム膜の電子顕微鏡写真である。
【図4】実施例6にて製造した焼結体ペレットを用いて形成した酸化マグネシウム膜について、図3と同一部位における希土類金属の分布を測定した結果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均結晶粒子径が2.0〜50μmの範囲にある酸化マグネシウム結晶粒子の多結晶体からなり、該酸化マグネシウム結晶粒子に希土類金属が0.005〜0.060質量%の範囲の量にて固溶している酸化マグネシウム蒸着材。
【請求項2】
希土類金属が、Dy、Gd、Eu、Ho、Er、Tb、Yb、Tm及びLuからなる群より選ばれる一種以上の金属である請求項1に記載の酸化マグネシウム蒸着材。
【請求項3】
希土類金属が、Dy、Gd、Eu、Ho及びErからなる群より選ばれる一種以上の金属である請求項1に記載の酸化マグネシウム蒸着材。
【請求項4】
固溶している希土類金属の量が0.005〜0.040質量%の範囲にある請求項1に記載の酸化マグネシウム蒸着材。
【請求項5】
固溶している希土類金属の量が0.010〜0.030質量%の範囲にある請求項1に記載の酸化マグネシウム蒸着材。
【請求項6】
希土類金属の塩が溶解している水溶液に、一次粒子の平均粒子径が0.010〜0.50μmの酸化マグネシウム粉末が、希土類金属塩に含まれる希土類金属が該希土類金属と該酸化マグネシウム粉末との合計量に対して0.005〜0.10質量%の範囲となる量にて分散されている酸化マグネシウム粉末分散液を噴霧乾燥して、表面に希土類金属塩が付着した酸化マグネシウム粉末を得る工程、該希土類金属塩が付着した酸化マグネシウム粉末をペレット状に成形する工程、そして得られたペレット状成形物を焼成して、希土類金属塩が付着した酸化マグネシウム粉末を焼結させる工程を含む請求項1に記載の酸化マグネシウム蒸着材の製造方法。
【請求項7】
酸化マグネシウム粉末分散液が、水溶性ポリマーを酸化マグネシウム粉末に対して0.10〜10質量%の範囲にて含む請求項6に記載の酸化マグネシウム蒸着材の製造方法。
【請求項8】
酸化マグネシウム粉末分散液が、ポリカルボン酸のアンモニウム塩を酸化マグネシウム粉末に対して0.10〜10質量%の範囲にて含む請求項6に記載の酸化マグネシウム蒸着材の製造方法。
【請求項9】
希土類金属塩が希土類金属の硝酸塩、塩化物又は硫酸塩である請求項6に記載の酸化マグネシウム蒸着材の製造方法。
【請求項10】
希土類金属塩が希土類金属の硝酸塩である請求項6に記載の酸化マグネシウム蒸着材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−298655(P2009−298655A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−155790(P2008−155790)
【出願日】平成20年6月13日(2008.6.13)
【出願人】(000119988)宇部マテリアルズ株式会社 (120)
【Fターム(参考)】