説明

重切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐欠損性を発揮する表面被覆切削工具

【課題】重切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐欠損性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体の表面に、TiC1−Xを満足する(原子比で、0.2≦X≦0.5)硬質被覆層を蒸着形成してなる表面被覆切削工具において、該硬質被覆層は、その表面研磨面の法線に対して、{100}面の法線がなす傾斜角を測定して作成した傾斜角度数分布グラフにおいて、0〜10度の傾斜角区分に最高ピークが存在し、その度数合計が全体の60%以上であり、かつ、Σ3〜Σ13の各分布割合の合計が、ΣN+1全体の分布割合の合計の70%以上を占める構成原子共有格子点分布グラフを示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、特に、切刃に対して大きな機械的負荷がかかる鋼や鋳鉄の重切削加工で、硬質被覆層がすぐれた耐欠損性を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるインサートや、前記インサートを着脱自在に取り付けて、面削加工や溝加工、さらに肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うインサート式エンドミルなどが知られている。
また、被覆工具としては、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金、炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットまたは各種の立方晶窒化ほう素(以下、cBNで示す)基超高圧焼結材料で構成された工具本体の表面に、TiCN層あるいはTi(CaNbOc)(ただし、原子比で、0.05<a<0.9、0.1<b<1.0、0.01≦c≦0.2、0.8≦z≦1.2を満足する)層からなる硬質被覆層を設け、かつ、前記TiCN層あるいはTi(CaNbOc)層の(111)面配向性を高めることにより、硬質被覆層の強度、耐欠損性、耐摩耗性を改善した被覆工具が知られており、さらに、この被覆工具が各種の鋼や鋳鉄の切削加工に用いられることも知られている。
【特許文献1】特開平8−281502号公報
【特許文献2】特開2002−346811号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
近年の切削装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化の傾向にあるが、上記の従来被覆工具においては、これを鋼や鋳鉄などの通常の条件での切削加工に用いた場合には問題はないが、特にこれを切削条件の厳しい重切削加工に用いた場合は、硬質被覆層を構成する上記従来の(111)面配向性を高めたTiCN層、Ti(CaNbOc)層は、高温強度が不十分であるために、刃先の境界部分に異常損傷(以下、境界異常損傷という)を生じ、欠損を発生しやすいため、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0004】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、上記被覆工具の耐欠損性の向上を図るべく、硬質被覆層を構成するTiCN層、すなわち図2に模式図で示される通り、格子点にTi、炭素および窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有するTiCN層の結晶配向性に着目し、鋭意研究を行った結果、
(a)従来被覆工具の硬質被覆層を構成する従来TiCN層は、例えば、図1に示される通常の物理蒸着装置の1種であるアークイオンプレーティング装置に工具基体を装入し、ヒータで装置内を例えば300〜500℃に加熱した状態で、Ti合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に例えば60〜100Aのアーク放電電流を発生させ、同時に装置内に反応ガスとして窒素−メタン混合ガスを導入して、例えば1〜6Paの反応雰囲気とし、一方工具基体には例えばバイアス電源から−50〜−100Vの直流バイアス電圧を印加するという条件下で成膜される(以下、通常成膜条件という)が、
その蒸着条件を変更し、例えば、6〜10Paの高圧反応雰囲気とし、さらに、工具基体にバイアス電源からバイポーラパルスバイアスを印加してアークイオンプレーティングを行う(以下、改質成膜条件という)と、この条件で蒸着形成されたTiCN層(以下、改質TiCN層という)は、通常成膜条件で形成されたTiCN層に比べ、結晶粒の粒界強度が強化され、その結果、硬質被覆層の高温強度が一段と向上するため、切刃に対して大きな機械的負荷がかかる重切削加工であっても、前記硬質被覆層はすぐれた耐欠損性を発揮し、長期にわたってすぐれた耐摩耗性を示すこと。
(b)上記の従来被覆工具の硬質被覆層を構成するTiCN層(以下、従来TiCN層という)と上記(a)の改質TiCN層について、
電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフを作成すると、例えば、図3に示されるように、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示すことから、改質TiCN層は、表面研磨面の法線方向に対して、(100)面が強配向している結晶配向性を示すこと。
さらに、同じく、
電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、格子点にTi、炭素、窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(NはNaCl型面心立方晶の結晶構造上2以上の偶数となる)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体(ただし、頻度の関係でNの上限値を28とする)に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、例えば、図5に示されるように、Σ3、Σ5、Σ7、Σ9、Σ11、Σ13の各分布割合の合計が、ΣN+1全体の分布割合の合計の70%以上を占める構成原子共有格子点分布グラフを示すこと。
(c)上記の改質TiCN層は、従来TiCN層自体が具備する高温硬さと高温強度に加えて、上記従来TiCN層に比して一段と高い高温強度を有するので、これを硬質被覆層として蒸着形成してなる被覆工具は、切刃に対して特に大きな機械的負荷がかかる重切削加工に用いた場合にも、前記従来TiCN層を蒸着形成してなる被覆工具に比して、硬質被覆層が一段とすぐれた耐欠損性を発揮するようになること。
以上(a)〜(c)に示される研究結果を得たのである。
【0005】
この発明は、上記の研究結果に基づいてなされたものであって、
「 炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、または立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料で構成された工具基体の表面に、1〜10μmの平均層厚を有するTiの複合炭窒化物層からなる硬質被覆層を蒸着形成してなる表面被覆切削工具において、
(a)前記Tiの複合炭窒化物層は、
組成式:TiC1−Xで表したときに、
0.2≦X≦0.5(ただし、Xは原子比を示す)を満足し、
(b)電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフにおいて、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示し、
(c)かつ、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、格子点にTi、炭素、窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(NはNaCl型面心立方晶の結晶構造上2以上の偶数となる)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体(ただし、頻度の関係でNの上限値を28とする)に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3、Σ5、Σ7、Σ9、Σ11、Σ13の各分布割合の合計が、ΣN+1全体の分布割合の合計の70%以上を占める構成原子共有格子点分布グラフを示すこと、
を特徴とする表面被覆切削工具(被覆工具)。」
に特徴を有するものである。
まず、この発明の改質TiCN層について、詳細に説明する。
(a)組成式:TiC1−Xで表されるTiの複合炭窒化物層(改質TiCN層)
この発明の被覆工具の硬質被覆層を構成する上記改質TiCN層において、TiC成分には層の硬さを向上させ、また、TiN成分には層の強度を向上させる作用があり、これらの各成分を共存含有することにより高い硬さとすぐれた強度を具備するようになるが、層中のC成分の含有割合(X値)がN成分との合量に占める原子比で0.2未満では所望の高硬度を得ることはできず、一方その含有割合(X値)が0.5を越えると、相対的にN成分の含有割合が少なくなり過ぎて、強度向上効果を期待することができなくなることから、X値を原子比で0.2〜0.5と定めた。
(b)結晶面の配向割合
上記の改質TiCN層について、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフを作成したところ、図3に示すように、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在し、しかも、0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示すことから、改質TiCN層は、表面研磨面の法線方向に対して{100}面が強配向していることがわかり、このような結晶配向性によって、通常成膜条件で形成した従来TiCN層に比して、結晶粒の粒界強度が一段と向上する。その結果、硬質被覆層として改質TiCN層を備えた被覆工具は、重切削加工条件下でも耐欠損性が一段と向上する。
なお、図4に例示される通り、従来TiCN層は、0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の50%以下の値にすぎず、表面研磨面の法線方向に対する{100}面配向はみられない。
(c)Σ3〜Σ13の合計分布割合
さらに、上記の改質TiCN層について、同じく、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、上記の通り格子点にTi、炭素、窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(NはNaCl型面心立方晶の結晶構造上2以上の偶数となる)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表し、個々のΣN+1がΣN+1全体(ただし、頻度の関係でNの上限値を28とする)に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフを作成したところ、前記改質TiCN層は、図5に示される通り、Σ3、Σ5、Σ7、Σ9、Σ11、Σ13の各分布割合の合計が、ΣN+1全体の分布割合の合計の70%以上を占める構成原子共有格子点分布グラフを示し、この点からも、改質TiCN層は、結晶粒の粒界強度が一段と向上し、その結果、耐欠損性が一段と向上していることがわかる。
【0006】
なお、図6に例示される通り、従来TiCN層では、Σ3〜Σ13の各分布割合の合計が、ΣN+1全体の分布割合の合計の60%以下に過ぎず、改質TiCN層に比べ、相対的に低い構成原子共有格子点分布グラフを示している。
以上のとおり、改質TiCN層は、{100}面の配向性が高く、また、Σ3〜Σ13の各分布割合の合計も高いため、従来TiCN層のもつ高温硬さと高温強度と耐熱性に加えて、結晶粒の粒界強度が一段と向上し、その結果、硬質被覆層として改質TiCN層を備えた被覆工具は、重切削加工条件下でも耐欠損性が一段と向上する。
(d)平均層厚
改質TiCN層の平均層厚が1μm未満では、自身のもつ耐熱性、高温硬さおよび高温強度を長期に亘って維持することができず、工具寿命短命の原因となり、一方その平均層厚が10μmを越えると、皮膜の剥離やチッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を1〜10μmと定めた。
次に、この発明の改質TiCN層の成膜条件について、詳細に説明する。
硬質被覆層として、アークイオンプレーティングで蒸着形成した改質TiCN層を備えた被覆工具を製造するにあたり、
アークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上に工具基体を配設し、カソード電極として金属Tiを配置し、
前記装置内の回転テーブル上に配設された工具基体をArガス雰囲気中でArイオンによってボンバード洗浄した後、
装置内に反応ガスとして窒素−メタン混合ガスを導入して6〜10Paの反応雰囲気とすると共に、回転テーブル上の工具基体に、印加電圧+5〜−15(v)×印加時間2000〜20000(ns)の負バイアス、および、印加電圧+32〜+42(v)×印加時間100〜5000(ns)の正バイアスからなるバイポーラパルスバイアスを印加し、かつ前記金属Tiからなるカソード電極とアノード電極との間に60〜200Aの電流を流してアーク放電を発生させて、工具基体表面に、組成式:TiC1−Xで表したときに、0.2≦X≦0.5(ただし、Xは原子比を示す)を満足する改質TiCN層を蒸着形成する。
上記蒸着条件のうち、反応雰囲気については、反応雰囲気圧が6Pa未満では{100}面への配向率が低く、一方、反応雰囲気圧が10Paを超えると、ΣN+1に占めるΣ3〜Σ13の各分布割合の合計比率が高くならないため、反応雰囲気圧を6〜10Paと定めた。
また、バイポーラパルスバイアスについては、印加電圧+5〜−15(v)×印加時間2000〜20000(ns)の負バイアス、および、印加電圧+32〜+42(v)×印加時間100〜5000(ns)の正バイアスからなるバイポーラパルスバイアスを印加することが必要であり、負バイアス、正バイアスの印加電圧及び印加時間が上記数値範囲から外れた場合には、目的としている{100}面の強配向性の皮膜とならないため、成膜時の工具基体へのバイアス付加条件を上記の通りに定めた。
【発明の効果】
【0007】
この発明の被覆工具およびその製造方法によれば、切刃に対してきわめて大きな機械的負荷がかかる鋼や鋳鉄などの重切削加工でも、硬質被覆層である改質TiCN層が一段とすぐれた高温強度を有し、すぐれた耐欠損性を発揮する被覆工具を提供することができ、そして、この被覆工具は、硬質被覆層に欠損が発生することはなく、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0009】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末、TaN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO・CNMG120408に規定するスローアウエイチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Fをそれぞれ製造した。
【0010】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1540℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120412のチップ形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体G〜Lを形成した。
さらに、原料粉末として、いずれも0.5〜4μmの範囲内の平均粒径を有する立方晶窒化硼素(cBN)粉末、窒化チタン(TiN)粉末、Al粉末、酸化アルミニウム(Al)粉末を用意し、これら原料粉末を表3に示される配合組成に配合し、ボールミルで80時間湿式混合し、乾燥した後、120MPaの圧力で直径:50mm×厚さ:1.5mmの寸法をもった圧粉体にプレス成形し、ついでこの圧粉体を、圧力:1Paの真空雰囲気中、900〜1300℃の範囲内の所定温度に60分間保持の条件で焼結して切刃片用予備焼結体とし、この予備焼結体を、別途用意した、Co:8質量%、WC:残りの組成、並びに直径:50mm×厚さ:2mmの寸法をもったWC基超硬合金製支持片と重ね合わせた状態で、通常の超高圧焼結装置に装入し、通常の条件である圧力:5GPa、温度:1200〜1400℃の範囲内の所定温度に保持時間:0.8時間の条件で超高圧焼結し、焼結後上下面をダイヤモンド砥石を用いて研磨し、ワイヤー放電加工装置にて一辺3mmの正三角形状に分割し、さらにCo:5質量%、TaC:5質量%、WC:残りの組成およびCIS規格SNGA120412の形状(厚さ:4.76mm×一辺長さ:12.7mmの正三角形)をもったWC基超硬合金製チップ本体のろう付け部(コーナー部)に、質量%で、Cu:26%、Ti:5%、Ni:2.5%、Ag:残りからなる組成を有するAg合金のろう材を用いてろう付けし、所定寸法に外周加工した後、切刃部に幅:0.13mm、角度:25°のホーニング加工を施し、さらに仕上げ研摩を施すことによりISO規格SNGA120412のチップ形状をもったcBN基超高圧焼結材料製の工具基体M〜Rをそれぞれ製造した。
(a)これらの工具基体A〜F、G〜LおよびM〜Rのそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示されるアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着し、カソード電極(蒸発源)として、改質TiCN層形成用の金属Tiを配置し、
(b)まず、装置内を排気して1×10−2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を400℃に加熱した後、Arガスを導入して、2.0Paの雰囲気とすると共に、前記テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−200Vの直流バイアス電圧を印加し、もって工具基体表面をアルゴンイオンによってボンバード洗浄し、
(c)装置内に反応ガスとして窒素−メタン混合ガスを導入して表4に示される反応雰囲気圧とすると共に、装置内を520℃に加熱し、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に、バイアス電源から、同じく表4に示される条件のバイポーラパルスバイアスを印加し、かつ前記カソード電極(金属Ti)とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、前記工具基体の表面に、表5〜7に示される目標組成および目標層厚の改質TiCN層を蒸着形成することにより、本発明被覆工具1〜18をそれぞれ製造した。
また、比較の目的で、蒸着形成時の条件を、表4に示される工具基体温度、同じく表4に示される反応雰囲気とした以外は、本発明被覆工具1〜18の製造の場合と全く同じ条件で従来TiCN層を蒸着形成することにより、従来被覆工具1〜18をそれぞれ製造した。
ついで、上記の本発明被覆工具と従来被覆工具の硬質被覆層を構成する改質TiCN層および従来TiCN層について、電界放出型走査電子顕微鏡を用いて、傾斜角度数分布グラフおよび構成原子共有格子点分布グラフをそれぞれ作成した。
【0011】
まず、上記傾斜角度数分布グラフは、上記の改質TiCN層および従来TiCN層の表面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記表面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射し、電子後方散乱回折像装置を用いて、30×50μmの領域を0.1μm/stepの間隔で、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、この測定結果に基づいて、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより作成した。
【0012】
また、上記構成原子共有格子点分布グラフは、上記の改質TiCN層および従来TiCN層の表面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記表面研磨面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に照射して、電子後方散乱回折像装置を用い、30×50μmの領域を0.1μm/stepの間隔で、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(NはNaCl型面心立方晶の結晶構造上2以上の偶数となる)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体(ただし、頻度の関係でNの上限値を28とする)に占める分布割合を求めることにより作成した。
この結果得られた各種の改質TiCN層および従来TiCN層の傾斜角度数分布グラフにおいて、0〜10度の測定傾斜角区分内に存在する度数を表5〜7にそれぞれ示し、また、改質TiCN層および従来TiCN層の構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3、Σ5、Σ7、Σ9、Σ11、Σ13の各分布割合の合計値が、ΣN+1全体(Nは2〜28の範囲内のすべての偶数)に占める分布割合を表5〜7にそれぞれ示した。
上記の各種の傾斜角度数分布グラフおよび構成原子共有格子点分布グラフにおいて、表5〜7にそれぞれ示される通り、本発明被覆工具の改質TiCN層は、{100}面の配向割合が非常に高く(傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合)、また、Σ3〜Σ13の合計分布割合も非常に高い(構成原子共有格子点分布グラフにおける度数全体の70%以上の割合)のに対して、従来被覆工具の従来TiCN層は、{100}面の配向割合およびΣ3〜Σ13の合計分布割合のいずれもが低いものであった。
【0013】
なお、図3は、本発明被覆工具1の改質TiCN層の傾斜角度数分布グラフ、図4は、従来被覆工具1の従来TiCN層の傾斜角度数分布グラフをそれぞれ示し、また、図5は、本発明被覆工具1の改質TiCN層の構成原子共有格子点分布グラフ、図6は、従来被覆工具1の従来TiCN層の構成原子共有格子点分布グラフをそれぞれ示す。
さらに、上記の本発明被覆工具1〜18および従来被覆工具1〜18について、これの硬質被覆層の構成層を電子線マイクロアナライザー(EPMA)およびオージェ分光分析装置を用いて観察(層の縦断面を観察)したところ、前者および後者とも目標組成と実質的に同じ組成を有するTiCN層からなることが確認された。また、これらの被覆工具の硬質被覆層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて測定(同じく縦断面測定)したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
【0014】
つぎに、上記の各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具1〜18および従来被覆工具1〜18について、以下のような切削試験を行った。
本発明被覆工具1〜6および従来被覆工具1〜6について、
切削条件(A−1);
被削材:JIS・SNCM439の長さ方向等間隔4本縦溝入丸棒、
切削速度: 210 m/min、
切り込み: 2.5 mm、
送り: 0.35 mm/rev、
切削時間: 3 分、
の条件での合金鋼の乾式断続重切削試験(通常の切込みおよび送りは、それぞれ、1.5mm、0.2mm/rev )、
切削条件(B−1);
被削材:JIS・S45Cの長さ方向等間隔4本縦溝入丸棒、
切削速度: 290 m/min、
切り込み: 2.8 mm、
送り: 0.32 mm/rev、
切削時間: 3 分、
の条件での炭素鋼の乾式断続重切削試験(通常の切込みおよび送りは、それぞれ、1.5mm、0.2mm/rev)、
切削条件(C−1);
被削材:JIS・SUS304の丸棒、
切削速度: 160 m/min、
切り込み: 3.2 mm、
送り: 0.32 mm/rev、
切削時間: 5 分、
の条件でのステンレス鋼の乾式連続重切削試験(通常の切込みおよび送りは、それぞれ、1.2mm、0.15mm/rev)、
を行い、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表8に示した。
また、本発明被覆工具7〜12および従来被覆工具7〜12について、
切削条件(A−2);
被削材:JIS・SNCM439の長さ方向等間隔4本縦溝入丸棒、
切削速度: 240 m/min、
切り込み: 1.6 mm、
送り: 0.20 mm/rev、
切削時間: 3 分、
の条件での合金鋼の乾式断続重切削試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、150m/min、0.10mm/rev )、
切削条件(B−2);
被削材:JIS・SCM440の丸棒、
切削速度: 200 m/min、
切り込み: 2.2 mm、
送り: 0.14 mm/rev、
切削時間: 3 分、
の条件での合金鋼の乾式高速高切込み連続切削試験(通常の切削速度および切り込みは、それぞれ、150m/min、1.5mm)、
切削条件(C−2);
被削材:JIS・S50Cの長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 170 m/min、
切り込み: 1.4 mm、
送り: 0.30 mm/rev、
切削時間: 5 分、
の条件での炭素鋼の乾式高送り断続切削試験(通常の送りは0.15mm/rev)、
を行い、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表9に示した。
また、本発明被覆工具13〜18および従来被覆工具13〜18について、
切削条件(A−3);
被削材:JIS・SCr420(HRC60)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 230 m/min、
切り込み: 0.18 mm、
送り: 0.25 mm/rev、
切削時間: 5 分、
の条件でのクロム鋼の乾式高速高送り断続切削試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、120m/min、0.15mm/rev )、
切削条件(B−3);
被削材:JIS・SUJ2の焼入れ材(HRC60)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 160 m/min、
切り込み: 0.35 mm、
送り: 0.15 mm/rev、
切削時間: 6 分、
の条件での軸受鋼の焼入れ材の乾式高速高切込み断続切削試験(通常の切削速度および切り込みは、それぞれ、120m/min、0.2mm)、
切削条件(C−3);
被削材:JIS・SKD61(HRC61)の丸棒、
切削速度: 190 m/min、
切り込み: 0.25 mm、
送り: 0.26 mm/rev、
切削時間: 4 分、
の条件でのダイス鋼の焼入れ材の乾式連続重切削試験(通常の切り込みおよび送りは、それぞれ、0.15mm、0.15mm/rev)、
を行い、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表10に示した。
【0015】
【表1】

【0016】
【表2】

【0017】
【表3】

【0018】
【表4】

【0019】
【表5】

【0020】
【表6】

【0021】
【表7】

【0022】
【表8】

【0023】
【表9】

【0024】
【表10】

表5〜10に示される結果から、本発明被覆工具1〜18は、{100}面の配向割合が非常に高く(傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合)、また、Σ3〜Σ13の合計分布割合も非常に高い(構成原子共有格子点分布グラフにおける度数全体の70%以上の割合)改質TiCN層で硬質被覆層が構成され、機械的負荷がきわめて大きい鋼や鋳鉄の重切削加工でも、前記改質TiCN層が一段とすぐれた高温強度を有することから、すぐれた耐欠損性を示すと同時にすぐれた耐摩耗性を発揮するのに対して、{100}面の配向割合およびΣ3〜Σ13の合計分布割合のいずれもが低い従来TiCN層で硬質被覆層が構成された従来被覆工具1〜18においては、いずれも硬質被覆層の高温強度が不十分であるために、重切削加工では硬質被覆層に欠損が発生し、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【0025】
上述のように、この発明の被覆工具は、各種鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削や断続切削は勿論のこと、特に高い高温強度が要求される重切削加工でも硬質被覆層がすぐれた耐欠損性を示し、長期に亘ってすぐれた切削性能を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】硬質被覆層を形成するのに用いたアークイオンプレーティング装置の概略説明図である。
【図2】硬質被覆層を構成するTiCN層が有するNaCl型面心立方晶の結晶構造を示す模式図である。
【図3】本発明被覆工具1の硬質被覆層を構成する改質TiCN層の傾斜角度数分布グラフである。
【図4】従来被覆工具1の硬質被覆層を構成する従来TiCN層の傾斜角度数分布グラフである。
【図5】本発明被覆工具1の硬質被覆層を構成する改質TiCN層の構成原子共有格子点分布グラフである。
【図6】従来被覆工具1の硬質被覆層を構成する従来TiCN層の構成原子共有格子点分布グラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、または立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料で構成された工具基体の表面に、1〜10μmの平均層厚を有するTiの複合炭窒化物層からなる硬質被覆層を蒸着形成してなる表面被覆切削工具において、
(a)前記Tiの複合炭窒化物層は、
組成式:TiC1−Xで表したときに、
0.2≦X≦0.5(ただし、Xは原子比を示す)を満足し、
(b)電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフにおいて、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜10度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示し、
(c)かつ、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、表面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記表面研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{100}面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、格子点にTi、炭素、窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(NはNaCl型面心立方晶の結晶構造上2以上の偶数となる)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体(ただし、頻度の関係でNの上限値を28とする)に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3、Σ5、Σ7、Σ9、Σ11、Σ13の各分布割合の合計が、ΣN+1全体の分布割合の合計の70%以上を占める構成原子共有格子点分布グラフを示すこと、
を特徴とする表面被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−142972(P2009−142972A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−325934(P2007−325934)
【出願日】平成19年12月18日(2007.12.18)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】