説明

金型用粉体含有油性潤滑剤、これを用いた静電塗布方法、及び静電塗布装置

【課題】
高圧鋳造、重力鋳造、低圧鋳造及び鍛造に用いられる金型に塗布して、特に高温部位と高荷重下での焼付きを防止することができる油性潤滑剤、その油性潤滑剤を塗布する塗布方法、及び塗布するための塗布装置を提供することを目的とする。
【解決手段】
金型用粉体含有油性潤滑剤は、油からなる油性潤滑剤60〜99質量%、可溶化剤0.3〜30質量%、無機粉体0.3〜15質量%及び水7.5質量%以下からなり、金型へ静電塗布される。また、静電塗布方法は、前記金型用粉体含有油性潤滑剤を金型へ静電塗布する。さらには、静電塗布装置は、前記金型用粉体含有油性潤滑剤へ静電を付与する静電付与装置と、多軸ロボット上に設置された静電塗布ガンとを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム、マグネシウム、亜鉛等の非鉄金属の鋳造及び鍛造加工において、金型に使用される粉体含有油性潤滑剤、その潤滑剤を用いた静電塗布方法、及び静電塗布装置に関する。
【背景技術】
【0002】
周知の如く、非鉄金属の加工において金型を使う工程には、鋳造、鍛造、プレス加工、押し出し加工等の方法がある。工程から見ると、鋳造は高圧鋳造、重力鋳造、低圧鋳造、スクイズ鋳造等に大別され、鍛造は冷間鍛造、熱間鍛造に大別される。また、加工の対象となる材料面から見ると、鉄、非鉄金属及びプラスチックに大別される。金型面に塗布する潤滑剤から見ると、水溶性潤滑剤及び油性潤滑剤に大別され、水溶性潤滑剤は透明な溶液型と牛乳状の不透明な乳化型に分類される。潤滑剤中の成分から見ると、粉体が含有したタイプと粉体を含有しないタイプに分類できる。塗布する方法から見ると、刷毛塗り、液滴落下、及びスプレーに大別される。スプレーは、二流体方式及び一流体方式と、非静電型及び静電型の組み合わせに分類できる。
【0003】
高圧鋳造、重力鋳造、低圧鋳造の基本工程は同じである。これらの工程は、フライパンに油を塗り、かき混ぜた生卵子をその上に流し込み、玉子焼きを作る工程に例えられる。非鉄金属を鋳造する際に、金型(フライパン相当)と溶湯(かき混ぜた生卵子相当)の固着を防止するため潤滑剤(食用油相当)を金型に塗布する。その後、溶解した高温の溶湯を金型に流し込み、固化後、製品(玉子焼き相当)を取り出す。ただし、鋳造された製品の生産効率と強度的品質から見ると、高圧鋳造は高生産効率で低強度品が得られ、重力鋳造は低生産効率で高強度品が得られ、低圧鋳造は、高圧鋳造に比べ重力鋳造寄りの生産効率で、重力鋳造寄りの強度のものが得られる。部品の破壊に起因する人命の危険に係わる可能性のあるものについては、低生産効率であっても、高強度のものを生産せざるを得ない。破壊しても人命に係らない部品の生産は、少々空気が巻き込まれスポンジ化し強度が低下しても、生産効率を重視する。すなわち、これらの工法のおもな違いは、溶湯の金型部への充填速度の違いであり、重力鋳造、低圧鋳造、高圧鋳造の順で速度が速くなる。そのため、金型に生成した塗布膜の受ける熱量が異なり、重力鋳造で最も多く熱を受け、高圧鋳造で最も受熱量が少ない。受熱量に応じ潤滑剤は分解、消失することもあり、異なる潤滑技術が適用されているのが現状である。
【0004】
一方、鍛造工程では、刀の生産に例えられ、固化した金属を叩くことで強度を高める方法である。高圧で叩くことで固化した金属を希望の形状に変形する方法でもある。塗布膜が高温に曝される時間は短いが、非常に高い圧力に曝される。従って、鋳造とかなり異なる潤滑技術が使われているのが現状である。
【0005】
このような各種分類の組み合わせに対し、一種類の潤滑剤ですべての要求を満たすのは難しく、その用途ごとに個別の潤滑技術を活用しているのが現状である。ただし、二、三の複数の組み合わせを配慮した潤滑技術は可能である。本出願では、これら複数種類の技術の統合を目指す潤滑技術に関するもので、高圧鋳造、重力・低圧鋳造及び鍛造の順に以降に説明する。
【0006】
A)高圧鋳造
この分野を見ると、過去40年間、アルミニウム、マグネシウム、亜鉛等の非鉄金属用潤滑剤・離型剤の90%以上が水溶性型離型剤である。有効成分を水に乳化させた水溶性離型剤は、主に空気圧を使った二流体スプレー方式で、金型に塗布されている。電気伝導性の良過ぎる水溶性離型剤には静電スプレー技術を全く活用できていない。
【0007】
数年前から水溶性の使用量に比べ1/500〜1/1000と微量の塗布で鋳造を可能とする油性潤滑剤が使われ始めてきた。しかし、油性潤滑剤は微量しか塗布できないため、複雑な構造の金型や、大型の金型での塗布膜の形成が不十分となる場合がある。複雑な構造の金型の場合、特に塗布面から隠れた金型部位での塗布膜形成が不十分な傾向がある。加えて、金型には凹凸があるので、凹部には厚く塗布膜が形成するが、凸部には薄い塗布膜が形成される傾向がある。そのため、凹部では過剰に油性潤滑剤成分が溜り鋳造製品の鋳巣(スポンジ化)増加の一因となり、凸部では潤滑性の不足による金型と鋳造製品の溶着、焼付の原因となりやすい。生産現場での対策として、少々の鋳巣増加を犠牲にしながら、隠れた部位や凸部へも噴射した飛沫粒子が多く届くように油性潤滑剤の塗布量を増やして鋳造しているのが、現状である。また、大型の金型の場合、非鉄金属の溶湯が持つ熱エネルギーが大きい。従って、金型全体、特に細い部位の温度が溶湯の温度に近づき、350℃以上の高温となることもある。そのため、油性潤滑剤がライデンフロストと呼ばれる現象を起こし、油性潤滑剤の液滴が沸騰する。それに起因し、金型面への油性潤滑剤の濡れ性が悪化する。すなわち、沸騰により金型面から床に飛びちる液滴も増える。その結果、形成されるべき塗布膜が薄くなり、潤滑性が劣ることもある。
【0008】
水溶性離型剤の場合の対策は、多量に塗布して金型を冷却し、ライデンフロスト温度以下で付着させることである。当然、排水による問題が生じる。油性潤滑剤の場合の対策として、2種類の方法が取られている。一つは、塗布膜を厚くするため、多めに塗布することである。もう一つは、細い高温部位の冷却のため、ほとんど蒸発してしまうほど少量の水を塗布し、その後、油性潤滑剤を塗布することである。多めに油性潤滑剤を塗布すると、十分な塗布膜が形成されている部位での塗布膜厚さも増える。その結果、鋳造製品中の鋳巣量が増加する傾向となる。また、鋳造製品の強度が若干低下することもある。加えて、少量の水であっても、塗布するための配管が必要となる。
【0009】
即ち、従来技術には、次のような問題点がある。
1)金型の隠れた部位に油性潤滑剤が十分供給されず、その部位で潤滑に必要な塗布膜を形成することが難しい。
2)金型の細い部位で十分な厚さの塗布膜を形成することが難しい。
3)金型の凹凸部位で均一な塗布膜を形成することが難しい。
【0010】
これらの油性潤滑剤の問題を解消するため、静電塗布は有効な手段である。塗布装置で油性潤滑剤油滴をマイナスに電荷してプラスの電荷の金型へ噴霧する。噴霧された潤滑剤油滴が金型の隠れた部位まで到達するようにする技術である。ただし、水溶性離型剤は電気伝導性が良すぎるため、静電塗布は適用できない。特許文献1は、塗料に電導性を与える手段として、静電助剤としてのアルコールやアンモニウム塩を添加し電気抵抗値を下げる技術に関するものである。しかし、鋳造現場でアルコールやアンモニウムのミストは好ましくない。特許文献2は、塗料に静電助剤を添加することが示唆された技術に関する。しかしながら、「極性の低い油性潤滑剤」に「極性の強い静電助剤」は0.3質量%程しか溶けず、沈降、分離を起こし、好ましくない。本出願人らが検討してみたところ、このレベルでは、静電助剤の付着量増加効果が見られなかった。極性溶剤を追加すれば静電助剤の溶解は増えるが、極性溶剤のため、現場作業者の健康を損ねる嫌いがある。そのため、油性潤滑剤の組成には、健康への配慮から極性のある溶剤は好ましくない。
【0011】
上記に示すような静電塗布に係る更なる問題点を解消するため、本出願人らは、水と可溶化剤を油性潤滑剤に配合することで若干の伝導性を付与し、高圧鋳造用金型に静電塗布する技術を提案している。しかし、潤滑剤の少量塗布に起因する冷却性の欠落で引き起こされる潤滑面の高温化による焼付きに対応し難い傾向がある。
【0012】
B)重力及び低圧鋳造
鋳造用潤滑塗布膜にとって、鋳造時の溶湯の流速は大きな因子である。重力鋳造のように溶湯の流速が極端に低いと、潤滑塗布膜が約600℃の高温の金属溶湯に接している時間は長く、潤滑塗布膜は著しく劣化する。その結果、塗布膜が薄くなり、溶湯が固化する際、金型に固着することもある。そのため、劣化に影響を受けないよう、無機粉末を水に溶かした「塗型剤」なるものが主に使われているのが現状である。塗型剤の塗布膜は粉体であり劣化しない。しかし、塗型剤は水を含有しているので、乾燥が必要である。例えれば、日本家屋に用いられる漆喰塗りの工程に相当し、長時間の乾燥が必要である。鋳造の場合、万一、乾燥前に溶湯を流し込むと溶湯アルミと水が水蒸気爆発を起こす。そのため、塗布後、数時間の乾燥工程が不可欠であり、「鋳造ごとに塗布、乾燥し、生産する」と生産効率が極端に低くなる。そこで、乾燥工程を省くため「数十個または百数十個生産毎に1回塗布する」のが現在の状況である。しかも、塗型剤の塗布は職人芸と言われ、優れた職人は1回塗布当たり100個以上を生産できる。腕の悪い職人は10個も生産できないこともある。また、塗型剤で作られた厚い塗布膜は部分的に剥離することがある。剥離した粉体は製品の中に紛れ込み、製品の強度を極端に低下させる。いつ剥離が発生したか不明確なため、一般には剥離を起こした該当ロットの全鋳造製品を不合格とし、回収している。また製品意匠面で塗布膜が剥離すると、剥離した製品部が凸となり、外観不良となる。
【0013】
鋳造工程の中で、固着防止ばかりでなく、細かく刻み込まれた金型の部位にも完全に溶湯が流れ、期待する型の製品に仕上がることも重要な要素である。この湯流れを確保するため、塗型剤を厚く塗っている。すなわち、溶湯の冷却を遅め、溶湯の粘度を低く保ち、金型の細部に溶湯がいきわたるようにしている。前述のように数十回に1回塗布し厚い塗布膜(数十から百数十μmの厚さ)を確保しているが、鋳造ごとに微量の粉体が製品中に持っていかれる。そのため、塗布膜が徐々に薄くなり、断熱効率が低下する。最終的には、溶湯温度が低下し、湯流れを確保できなくなり、金型の隅々まで溶湯が流れていかない。即ち、形の崩れた玉子焼きが出来上がる。初期の塗布膜が厚く、数十回鋳造した後の塗布膜は薄い。従って、初期の製品の冷却速度と数十回鋳造した後の冷却速度に違いが起こる。その結果、金属の結晶組織が異なり、塗布初期と塗布後期で製品の品質が異なる欠点がある。即ち、製品の品質を安定させるには頻繁な塗布が必要となるが、塗布後の頻繁な乾燥も必要となるので、生産効率は低下する。安定的な品質を犠牲にしながら、初期に厚塗りし、潤滑性が悪化する薄さまで使用し、非効率的な乾燥工程を少なくしている。
【0014】
更に、塗布膜で作られた製品の表面は一般に梨地状となり、製品によっては外観上の品質要求を満たさないため艶出しを目的とした後処理が必要になる。加えて、水を除けば100%の粉体を使用するので、乾燥後は粉体の飛散は避けられず、作業環境にも注意が必要である。
【0015】
このような欠点を補う技術として、特許文献3及び特許文献4に記載された技術が知られている。両技術ともに、乾燥時間を大幅に削減するため水を含有しない油性潤滑剤に関するものである。また、塗布回数を増やすことで、過剰な厚塗りを避け従来の塗型剤より均質な塗布膜を生成している。さらに、粉体含有量を低減することで、できるだけ薄い膜とし、膜の剥離を防止している。また、低濃度粉体であるので、生産現場での粉体の飛散も極力抑えられている。
【0016】
C)鍛造
鍛造は、製品化する金属材料を圧縮し、変形させる手法である。この手法は自由鍛造と型鍛造の2種類に大別できる。金型なしで、鉄材を叩いて作る刀は、自由鍛造の良い例である。一方、金型を使い、製品の均質化を図って行なうのは、型鍛造である。エンジン部品のクランク軸は、型鍛造の良い例と言える。また、変形に必要な圧縮力を低減するため被鍛材(以降、ワークと称す)を加熱し、軟化させることがある。ワークの材質に応じ、加熱する温度が異なる。加熱の程度によって、一般に、冷間鍛造、温間鍛造、熱間鍛造と分類されるが、数量化による明確な区分はない。
【0017】
冷間鍛造は、ワークの再結晶温度以下(通常、室温)で実施され、寸法精度が極めて高い。従って、後加工処理なしで、製品化が可能な場合が多い。冷間鍛造は小型製品に適している。一方、熱間鍛造は再結晶温度以上で実施され、大型製品に適応されている。しかし、ワークの表面に酸化皮膜が生成し、製品の割れが起こり易くなる。また、金属を変形させるので、ワークは高圧で圧縮される。ワークと金型間に潤滑剤がない状態では、ワークと金型間でカジリや凝着を起こす。従って、カジリや凝着防止のため、金型に潤滑剤が塗布されている。
【0018】
一般に、冷間鍛造では、物理吸着により塗布膜は形成しやすい。一方、熱間鍛造の高温では、高温下でライデンフロスト現象を起こし、潤滑剤成分が金型に付着しにくい。また、付着しても物理吸着力が弱く、塗布膜の形成が難しくなる。水を媒体とした潤滑剤の場合は、100℃以下では水が乾燥せず潤滑できないが、中間温度で塗布膜を形成しやすい。しかし、240℃を超えるとライデンフロスト現象のため塗布膜を形成し難い。
【0019】
市場にある塗布膜を形成する材料として、次の形態があげられる。
1)黒鉛系:水乳化型、油性分散型の2種類の潤滑剤。
2)白色粉体系:雲母、窒化ホウ素、または、メラミンシアヌレートの水乳化型。
3)ガラス系:コロイド状珪酸と芳香族カルボン酸のアルカリ金属塩混合系(特許文献5)で、水に希釈されて使われるタイプ。
4)水溶性高分子系:水を含有(特許文献6)。
【0020】
黒鉛は、低温から高温まで優れた潤滑性を示す。しかし、黒鉛の場合、作業環境は黒色粉体で汚れ、劣悪である。特に、油に黒鉛を混合したタイプの潤滑剤は、著しい汚れの原因になる。白色粉体が主体の潤滑剤は作業環境を黒鉛ほどには悪化させないが、それでも粉体含有量が多いと作業現場を汚す。しかも、白色粉体は黒鉛に比べ潤滑性に劣る。また、白色粉体は硬度が高い場合があり、金型表面を傷め、金型寿命を短くする傾向がある。
【0021】
ガラス系及び高分子系潤滑剤は厚い皮膜を形成できるが、黒鉛に比べ潤滑性は劣り、金型寿命が短い。また、ガラス潤滑剤は装置周りにガラス膜や高分子膜を形成し、白色粉体ほどではないが、定期的な清掃作業が必要で作業効率も悪い。
【0022】
黒鉛及び白色粉体系潤滑剤は水または油に粉体が分散されているので、貯蔵時に分離が発生する問題や配管、スプレー等が詰まる問題が常に付きまとう。水ガラス系は、塗布するノズル付近で乾燥が起きる。特に、作業中断が長いと乾燥が助長され、ノズル先端の詰りが起こる。その結果、作業を再開する時、塗布量が低下する。従って、潤滑能力が不足するので、不良品が発生する。水乳化系潤滑剤は金型の冷却性が良いが、廃水処理が必要となる。
【0023】
また、金型面が230℃を超えると、水に包まれた潤滑剤のミストが金型面で沸騰する。その結果、潤滑剤の金型への付着効率が悪くなり、潤滑剤を多量に塗布しなければならなくなる。即ち、水溶性潤滑剤の塗布膜形成は温度に大きく依存するので、シビアな金型温度の制御が不可欠である。水は100℃以下では蒸発しにくいので、乳化型の潤滑剤は冷間鍛造には不向きである。一方、乳化型の潤滑剤は温間・熱間鍛造に使える。しかし、水が金型を冷却し、ワークが金型を加熱する。この加熱・冷却サイクルを繰り返すと、金型にクラックが発生する。金型の修理が必要となり、加えて、修理回数が増えると、高価な金型の廃棄に至る。すなわち、水が金型の寿命を縮めている。また、成形工程中でワーク温度の低下が著しい場合は、高荷重での成形が必要となり、金型寿命を縮める要因となっている。
【0024】
潤滑剤の塗布方法に関し、多量に塗布するとサイクルタイム(1個の製品を生産するための作業時間)が伸びる問題がある。水溶性の潤滑剤の場合、大量に塗布するので、生産効率の点で好ましくない。また、大量塗布による潤滑剤の飛散に起因して、作業環境の悪化及び潤滑剤補充頻度の増加などの問題もあげられる。更に、ワークの加熱工程が生産性の低下を招く場合がある。従来の水溶性潤滑油を使った生産工程は、ワークの昇温後は多様であり、予備成形と荒地成形と仕上成形等の工程がある。その際、成形工程が進むと共にワークの温度が低下するので、変形抵抗が増加し成形が困難になる。特に、水溶性潤滑剤の場合は塗布量が多いので、金型が冷却され、温度低下が加速される。その対策として、再昇温工程を加える場合がある。しかし、再昇温工程はサイクルタイム、スペース、ランニングコスト等、生産効率の低下を招いている。
【0025】
上記の問題点を解消するため、本出願人らは、低濃度の粉体を含有した油性潤滑剤を提案している。油性なので水を含有せず、水に起因する生産性の低下や生産コストの悪化を防止できる。また、粉体量は低濃度であり、現場環境の悪化の低減、潤滑剤貯蔵時の沈降の問題を低減できる。さらに小量塗布であるので冷却能力が少なく再加熱工程を削減でき、生産効率がよい。しかし、高荷重下で、条件によってはカジリが発生する。
【0026】
このように個々の場合には、従来技術がある程度確立しているが、高圧鋳造、重力・低圧鋳造及び鍛造で共通に使える潤滑剤に関する技術は見当たらない。
【0027】
【特許文献1】特開平9−235496号公報
【特許文献2】特開2000−153217号公報
【特許文献3】特開2007−253204号公報
【特許文献4】特開2008−93722号公報
【特許文献5】特開昭60−1293号公報
【特許文献6】特開平1−299895号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0028】
本発明は、高圧鋳造、重力鋳造、低圧鋳造及び鍛造の金型に「粉体」を含有する「油性潤滑剤」を「静電塗布」し、特に高温部位と高荷重下での焼付きを防止する組成物、その組成物を塗布する塗布方法、及び塗布するための塗布装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0029】
第一の発明は、油からなる油性潤滑剤60〜99質量%、可溶化剤0.3〜30質量%、無機粉体0.3〜15質量%及び水7.5質量%以下からなり、金型へ静電塗布される金型用粉体含有油性潤滑剤、又は、油からなる油性潤滑剤60〜98.7質量%、可溶化剤0.8〜30質量%、無機粉体0.3〜15質量%及び水0.2〜7.5質量%からなり、金型へ静電塗布される金型用粉体含有油性潤滑剤に関する。
【0030】
また、第二の発明は、前記金型用粉体含有油性潤滑剤を金型へ静電塗布する静電塗布方法に関する。
【0031】
また、第三の発明は、前記金型用粉体含有油性潤滑剤へ静電を付与する静電付与装置と、多軸ロボット上に設置された静電塗布ガンとを具備する、当該金型用粉体含有油性潤滑剤を金型へ静電塗布するための静電塗布装置に関する。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、高圧鋳造、重力鋳造、低圧鋳造又は鍛造の金型に静電塗布した際に、特に塗布装置から隠れた部位、高温部位と高荷重下での焼付きを防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、第一の発明について、更に詳しく説明する。
【0034】
a)油性潤滑剤
第一の発明で用いられる油性潤滑剤とは油からなるもので、界面活性剤や後述する可溶化剤がなければ水と混じることがなく、極性が低く、常温で液体である可燃性の物質をいう物質をいう。油性潤滑剤は、石油系飽和炭化水素成分(溶剤、または鉱油と合成油)と潤滑性を高める潤滑性向上剤成分(シリコーン油、動植物油、脂肪酸エステル等の潤滑添加剤)と塗布膜保持のための高粘度石油系炭化水素油成分から成ることが好ましい。例えば、国際公開WO2006/025368号公報に述べられているものや、従来から「立上げ剤」と呼ばれている潤滑剤・離型剤があげられる。
【0035】
油性潤滑剤は、本発明の粉体含有油性潤滑剤中、60〜99質量%である。さらには、60〜98.7質量%であることが好ましく、70〜90質量%であることがより好ましい。60質量%より少なくなると、金型面上での乾燥性が悪くなり、99質量%より多くなると、金型面上での塗布膜が薄くなり潤滑性が低下する傾向となる。
【0036】
石油系飽和炭化水素成分は、溶剤または鉱油や合成油を主として用いることが好ましい。これらの成分は数十から数千の化合物の混合体であり、沸点が低いと溶剤、沸点が高いと鉱油や合成油と呼ばれるが、明確な区分はない。通常、沸点ではなく揮発性の指標である引火点で区分けされる。ごく一般的に溶剤とは、引火点が約150℃以下、鉱油や合成油は200℃以上と見なされ、その中間の成分は時に溶剤、時に鉱油と呼ばれている。油性潤滑剤の引火点が低ければ、乾燥性が良く確固たる塗布膜を形成するが、引火の危険性が高まり、かつ、膜厚は薄くなる。一方、油性潤滑剤の引火点が高ければ、引火の危険性は減るが、乾燥性が低下し塗布膜は見掛け上厚くなるが、過剰な部分が多くなり熱により垂れてくる。その結果、鋳巣の原因となる傾向がある。本発明の粉体含有潤滑剤中、石油系飽和炭化水素は、引火点で70〜250℃が好ましい範囲である。また、前記の高粘度石油炭化水素は塗布膜保持のためのバインダーとして働くもので、数%程の成分であり250℃以上の引火点(揮発性が低い)を有することが好ましい。引火点が70℃未満では火災の危険性の高い第二石油類に分類され、好ましくない。
【0037】
石油系飽和炭化水素成分の溶剤としては、炭素数10以上の常温で液体である炭化水素があげられる。具体的には、デカン、ドデカン、オクタデカンや炭素数15の石油系溶剤が挙げられる。なかでも、炭素数14〜16の石油系炭化水素が、火災の危険と金型面上での乾燥性の観点から好ましい。石油系飽和炭化水素成分の鉱油としては、例えばスピンドル油、マシン油、モーター油、シリンダー油があげられる。石油系飽和炭化水素成分の前記合成油としては、例えば、ポリアルファ−オレフィン(エチレン−プロピレン共重合体、ポリブテン、1−オクテンオリゴマー、1−デセンオリゴマー、およびこれらの水素化物等)、モノエステル(ブチルステアレート、オクチルラウレート)、ジエステル(ジトリデシルグルタレート、ジ−2−エチルヘキシルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジ−2−エチルヘキシルセパケート等)、ポリエステル(トリメリット酸エステル等)、ポリオールエステル(トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールペラルゴネート等)、ポリオキシアルキレングリコール、ポリフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、リン酸エステル(トリクレジルフォスフェート等)があげられる。
【0038】
前記の潤滑性向上剤成分としては、脂肪酸、有機酸、アルコールやシリコーンがある。脂肪酸成分としては、例えば、ナタネ油、大豆油、ヤシ油、パーム油等の植物性油脂があげられる。また、有機酸としてはオレイン酸、ステアリン酸、パルミチン酸、ラウリン酸に加え、牛脂脂肪酸等の高級脂肪酸の一価アルコールエステルが挙げられる。アルコールとしては多価アルコールエステルが挙げられ、シリコーン油成分としてはジメチルシリコーンやアルキル変性シリコーンが挙げられる。なかでも、高温での潤滑性の点でナタネ油とアルキル変性シリコーンが好ましい。油性潤滑剤は、これらのいずれかを単独で用いてもよく、また2種以上を混合して用いても良い。
【0039】
b)可溶化剤
本発明において、可溶化剤とは水を溶解し、さらに、極性の低い油性潤滑剤中に溶ける性質を有するもので、アルコール、グリコール、エステル、エーテル、ケトン類の溶媒、又は乳化剤があげられる。水を溶解したこれらの溶媒が更に油性潤滑剤に溶解しなければ、水と溶媒の一部が分離し、濁りを発生することがあり、その結果、電気抵抗も無限大となる。C1、C2の低級アルコールやグリコールは水をよく溶かすが、石油系油性潤滑剤中で分離を起こす傾向にある。また、油性潤滑剤は塗布しながら使うので、作業者の健康への影響の少ない毒性、極性の低い溶媒も必要な性質である。無臭に近い性質も重要である。これらの点を勘案し、水を極性の低い油性潤滑剤に溶解させるためには、気化しやすいエーテルやケトン、C3、C4、C5等の低級アルコール、エステルに比べ、親水基と親油基を併せ持つ非イオン型または陰イオン型の乳化剤が可溶化剤として最も好ましい。
【0040】
可溶化能力の点で、HLB(Hydrophile−Lipophile Balance)が5〜10の範囲の可溶化剤が最も好ましい。HLBが5未満であれば水を溶かしにくいが、油には溶けやすい。そのため、一定量の水を油性潤滑剤に溶解させるためには、多量の可溶化剤が必要となる。HLBが10を越えると、水を溶かしやすいが油には溶けにくい。そこで、一定量の水を油性潤滑剤に溶解させようとすると、分離を起こす。適切な可溶化剤としては、適切なHLB範囲の有するものが最も好ましい。乳化剤であれば、環境ホルモンとしての問題を有しているフェノール・エーテル型より、そのような問題のない非イオン型のソルビタン系が好ましい。
【0041】
可溶化剤の混合により、油性潤滑剤の本来の潤滑性を阻害し、かつ、鋳造したアルミ製品の鋳巣の発生を増加させる懸念がある。これらの問題を最小限に抑えるため、可溶化剤の配合量を低く抑えることが重要である。可溶化剤の量は水含有量の9倍以下とするのが好ましい。可溶化剤は、本発明の粉体含有油性潤滑剤中、0.3〜30質量%である。0.3質量%より少なくなると、可溶化剤が水を溶解できずに、水が他の成分から分離するという問題を起し、30質量%より多くなると、可溶化剤自体が他の成分から分離するという問題を起こす傾向にある。さらには、0.8〜30質量%であることが好ましい。
【0042】
c)無機粉体
上に述べた油性潤滑剤、水、可溶化剤の各成分は400℃を超える温度領域では、数秒間で分解する。一部には分解しても潤滑性を保持する成分もあるが、塗布膜は薄くなり、断熱性が低下する。塗布膜が薄くなれば、金型と金属溶湯が直接接触を起こし、焼付きに至る。また、断熱性が低下すると、金属溶湯の温度が低下し、溶湯の粘度が上昇する。その結果、金型の隅々までアルミ溶湯が流れなくなり、必要な形状の製品が鋳造できなくなる。一方、鍛造の場合、断熱性が低下するとワークの温度が低下し、硬くなる。その結果、ワーク変形のためには、より大きな力が必要となる。実施例で後述するように、無機粉体は高温で劣化しにくく、厚い塗布膜を維持し、断熱性を発揮することが確認されている。即ち、無機粉体は鋳造では焼付き防止、鍛造では焼付き防止とワーク変形圧力の低減に効果がある。
【0043】
無機粉体の例として、タルク、マイカ、雲母、粘土、シリカ、耐火モルタル、ボロンナイト、フッ素樹脂、セリサイト、ホウ酸塩、アルミナ粉、ピロリン酸塩、重曹、酸化チタン、ベンガラ、ラジオライト、酸化ジルコニウム、黒鉛、カーボンブラック等があげられる。なかでも、油中での粉体の沈降防止性を付与するため、粉体表面に有機物を吸着させた粘土が最も好ましい。また、比重が比較的軽く、且つ比較的沈降し難い炭酸カルシウムが好ましい。無機粉体の配合量は、0.3〜15質量%であり、1〜10質量%が好ましい。15質量%より多いと、製造後に長期間、保管することにより、油性潤滑剤を使用する前に無機粉体が沈降するという問題を起こし、また、鋳造製品やワークに傷が付き、表面の艶が悪くなる。また、作業現場が粉体で汚れる。一方、0.3質量%より少ないと、高温での焼付き防止効果が少なくなる。
【0044】
d)水
a)で述べた油性潤滑剤の電気抵抗値は無限大であり、静電塗布には適さない。しかし、油性潤滑剤の電気抵抗値を5〜400MΩの範囲に調整することで、静電塗布が可能となる。例えば、油性潤滑剤に0.8質量%の水を可溶化剤の助けを得て溶解すると、電気抵抗値が約20MΩに低下する。詳細な試験結果は後で述べるが、水は、本発明の粉体含有油性潤滑剤中、0〜7.5質量%添加する。さらには、水を0.2〜7.5質量%添加することがより好ましい。水が7.5質量%を超えると、油性潤滑剤から水の分離が起こり、貯蔵中の潤滑剤が変質する。一方、水分量が0質量%の場合であっても、1.5Vの低電圧で計測する抵抗計では電気抵抗は無限大を示すが、潤滑性向上剤のような極性のある成分が高電圧(60KV)の静電塗布条件下で若干の静電効果を発揮する。後述する表2では、水を0.1質量%混合すると電気抵抗値が無限大から1500MΩへ減少し、0.4質量%混合すると900MΩへと電気抵抗値が低下するが、水が0.2質量%より少なくなると、電気抵抗値の低下の度合いが小さくなる傾向にある。
【0045】
なお、油性潤滑剤の組成に関する好ましい範囲としては、油性潤滑剤が高温の金型・溶湯に接する時間、生産時の圧力、加工製品の艶肌、油性潤滑剤中の粉体の沈降防止策の有無を考慮する必要がある。高温の金型・溶湯への接触時間が短く、油性潤滑剤を攪拌する装置を持つことの少ない高圧鋳造では無機粉体の量を低めに抑えて、1〜5質量%とするのが好ましい。高温の金型・溶湯への接触時間が長く、油性潤滑剤を攪拌することが常識である重力・低圧鋳造では無機粉体の量を高濃度に設定できる。この場合、無機粉体は5〜15質量%であることが好ましい。超高圧が掛る鍛造では、製品の傷付きも考慮し、無機粉体は3〜7質量%であることが好ましい。
【0046】
本発明の粉体含有油性潤滑剤を重力鋳造又は低圧鋳造に用いる場合は、油性潤滑剤80〜90質量%、可溶化剤0.8〜4質量%、無機粉体5〜15質量%及び水0.2〜1質量%からなることが好ましい。無機粉体が5質量%より少なくなると、焼付き防止効果が少なくなる傾向にあり、15質量%より多くなると、鋳造製品に傷が発生するという問題が生じる傾向にある。
【0047】
本発明の粉体含有油性潤滑剤を高圧鋳造に用いる場合は、油性潤滑剤85〜97質量%、可溶化剤0.8〜8質量%、無機粉体1〜5質量%及び水0.2〜2質量%からなることが好ましい。無機粉体が1質量%より少なくなると、焼付き防止効果が少なくなる傾向にあり、5質量%より多くなると、油性潤滑剤中の粉体が沈降したり、鋳造製品に傷が発生するという問題が生じる傾向にある。
【0048】
本発明の粉体含有油性潤滑剤を鍛造に用いる場合は、油性潤滑剤83〜95質量%、可溶化剤0.8〜8質量%、無機粉体3〜7質量%及び水0.2〜2質量%からなることが好ましい。無機粉体が3質量%より少なくなると、焼付き防止効果が少なくなる傾向にあり、7質量%より多くなると、加工製品に傷が発生するという問題が生じる傾向にある。
【0049】
なお、本発明の粉体含有油性潤滑剤は、必要に応じて、無機粉体を効率よく分散させるための分散剤や、潤滑性を付与するための潤滑添加剤を適宜用いることができる。
【0050】
次に、第二の発明及び第三の発明について、更に詳しく説明する。第二の発明は、上に述べた粉体含有油性潤滑剤(第一の発明)を金型へ静電塗布する静電塗布方法である。次に述べる静電塗布装置(第三の発明)による静電塗布方法を用いることが好ましい。第一の発明による粉体含有油性潤滑剤は、第三の発明による静電塗布装置により静電効果を発生しやすい。そのため、いわゆる回り込み効果により金型の隠れた部位や凹凸部位あるいは細い部位にも、均質で、かつ、十分な塗布膜を形成することができる。しかも、後述する実施例からも明らかなように、粉体を含有しており、金型面に形成した塗布膜が高温、高荷重条件でも耐えるため、潤滑性が大幅に増加する。特に、電気的に動きの制御が可能な多軸ロボット上に静電塗布ガンを設置すると、必要な金型部位での静電付与の効果が増幅される。
【0051】
第三の発明である静電塗布装置は、第二の発明である静電塗布方法を実施するための装置であり、静電付与装置と多軸ロボット上に静電塗布ガン等を具備することを特徴としている。図1(A)は、静電塗布装置の概略的な全体の説明図であり、図1(B)は、同装置の一部を拡大し、かつロボット上に搭載しながら粉体含有油性潤滑剤を塗布する状況を説明している図である。本発明の静電塗布装置の基本構造は、高圧鋳造、重力・低圧鋳造及び鍛造のいずれの目的に使用する場合であっても、共通である。
【0052】
具体的には、図1(A)及び図1(B)に図示する。図1(A)に示すように、静電塗布装置は、主に、ガン先端に60KV以上の高電圧を掛ける図示しないコロナ放電電極を近傍に配置したスプレーノズルを備えた静電塗布ガン1と、この静電塗布ガン1の電極に夫々電気的に接続する静電コントローラ2、及び変圧器3を有している。加えて、静電塗布装置は、静電塗布ガン1に粉体含有油性潤滑剤を供給する液圧送装置4(粉体含有油性潤滑剤のタンク、ギヤ・ポンプ、バルブ等からなる)と、静電塗布ガン1に配管5を介して圧縮空気を供給するエアコンプレッサー6と、静電コントローラ2を駆動する電源7(AC200V又は100V)とを備えている。また、静電コントローラ2及び変圧器3により静電付与装置8が構成されている。また、静電塗布ガン1は、エアースプレーと粉体含有油性潤滑剤の吐出制御に関る図示しない空圧駆動の流体制御弁を複数有している。この静電塗布ガン1はエアチューブにてエア制御システム13に接続されている。なお、静電コントローラ2に制御される変換器3は、静電塗布ガン1に内蔵されることもある。変圧器3からの高電圧は、静電塗布ガン1の電極に送電される。粉体含有油性潤滑剤は、液圧送装置4により静電塗布ガン1まで供給され、静電塗布ガン1に装着されるスプレーノズルからエアースプレーによって霧化される。電源7から電力が出力されると、静電付与装置8が作用する。更に、エア制御システム13から空圧駆動用圧縮エアが静電塗布ガン1に供給さる。また、内臓されている流体制御弁が開放し、エアースプレーを開始する。電源7からの電力が停止すると、静電付与装置8が停止するとともに流体制御弁が閉鎖されエアースプレーが停止する。スプレーのタイミングと静電を付与するためのタイミングが連動するように設計されている。スプレーノズル近傍に配置したコロナ放電電極での高電圧のコロナ放電現象によって、霧化された粉体含有油性潤滑剤は電荷を帯びた状態で金型に塗布される。また、高圧鋳造及び鍛造装置の金型間の距離は短く、静電塗布ガン1を小型化する必要があった。本発明の特徴の一つとして、静電塗布ガン1に変圧器3を内蔵せず、変圧器3を外部に分離させることでガン本体を小型化したことが挙げられる。また、静電塗布ガン1が小型であるので、軽量であり、ロボット搭載時のロボットの動作性が向上したことも特徴である。
【0053】
後述する実施例では、静電塗布ガン1としては、旭サナック株式会社製のEAB90型を用いている。また、静電コントローラ2としては、旭サナック株式会社製のBPS1600型を用いた。液圧送装置4としては、ランズバーグ製Kポンプ(0.5cm)型、オリエンタルモーター製BHI62ST−18型を組み合せて用いた。
【0054】
図1(B)に示すように、多軸ロボット9は、図示していない鋳造機に設けられている。前記静電塗布ガン1は、この多軸ロボット9にブラケット10を介して取り付けられる。この静電塗布ガン1から霧化されたマイナス極性に荷電された油滴11は、図1(B)に示すように接地されている金型12に噴霧されて塗布される。
【0055】
上述したように、静電塗布装置は、静電コントローラ2、変圧器3及び電源7からなる静電付与装置8と、多軸ロボット9に設けられた静電塗布ガン1とを具備した構成となっている。このような構成とすることで、静電界は金型12に回りこむように形成されるので、マイナス極性に荷電された油滴11はこの静電界に沿うようにして塗布される。従って、静電塗布ガン1が直接向いていない金型の部位(例えば金型の裏側)にも粉体含有油性潤滑剤を塗布することができる。
【実施例】
【0056】
以下に、本発明の実施例及び比較例に係る非鉄金属加工用の粉体含有油性潤滑剤について詳細に説明する。なお、この発明は、以下の実施例そのままに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化できる。また、実施例に開示されている複数の構成要素の適宜な組み合わせにより種々の発明を形成できる。例えば、実施例に示される全構成要素から幾つかの構成要素を削除してもよい。更には、異なる実施形態となるよう構成要素を適宜組み合わせてもよい。
【0057】
(A)製造方法
まず、撹拌機を付帯する加熱可能なステンレス製釜に、油性潤滑剤の主成分である溶剤を所定量の10分の1を投入する。次に、分散性のある粉体(ガラマイト)を所定量投入し軽く5分攪拌する。その後、分散性のない粉体を全量投入し、10分攪拌する。また、所定量の半分の溶剤を投入し、10分攪拌する。次いで、潤滑添加剤及び残りの溶剤を所定量加え、攪拌しながら40℃まで加温し、継続して10分間攪拌する。別途、水と可溶化剤を事前に混合した液を所定量投入し、40℃に加熱しながら、10分間攪拌する。最後に、沈殿物のないことを確認する。
【0058】
(B)試料の組成
実施例に使った試料は、次の組成から成る。
【0059】
油性潤滑剤:本発明を説明する油性潤滑剤の基本組成は3種類(油性潤滑剤A、B、C)であり、表1に示すように、類似した組成を有する。ただし、試験目的に応じ、油性潤滑剤に対して、水、可溶化剤や粉体の量を適宜変更した。具体的な組成は、各項に記載する。
【0060】
水:水道から得られた硬度が約30の水道水を用いる。特記のない場合、水0.4質量%を使用する。
【0061】
可溶化剤:竹本油脂株式会社のアルコール系ノニオンとソルビタンモノオレートとアルキルベンゼンスルホン酸金属塩(カルシウム塩)の混合物(商品名:ニューカルゲン140)。特記のない場合、1.6質量%を使用する。
【0062】
粉体混合物:サザンクレイ・プロダクツ社製ガラマイト(表面処理し有機物を付加した分散性に優れた粘土)1部、日本タルク株式会社製タルク1部、三共精粉株式会社製炭酸カルシウム1部の等量混合物を目的に応じ適切量を混合した。
【0063】
【表1】

【0064】
但し、表1において、
*1 溶剤:Shell Chemical社製の商品名、Shellzol TM:引火点90℃
*2 高粘度鉱油:株式会社ジャパンエナジーの商品名:ブライストック:粘度:32mm/s(100℃)
*3 シリコーン油1:旭化成ワッカーシリコーン株式会社の商品名、Release agentTN 中分子量
*4 シリコーン油2:旭化成ワッカーシリコーン株式会社の商品名、AK−10000(高分子量)
*5 植物油:名糖油脂工業株式会社の商品名:ナタネ油
*6 潤滑添加剤1:有機モリブデン、株式会社ADEKAの商品名:サクラルーブ165
*7 潤滑添加剤2:硫化エステル、株式会社小桜商会の商品名:GS−230
*8 潤滑添加剤3:Ca石鹸、インフィニアム社の商品名:M7101
*9 分散剤:アクリル・コポリマー:ウイルバー・エリス株式会社の商品名、EFKA−3778
【0065】
(C)測定方法
(C−1)電気抵抗の測定法
ASTM D5682に準拠した旭サナック株式会社製の静電テスター(型式EM−III)にて計測する。100cmビーカーに約50cmの試料(潤滑剤)を採取し、電気抵抗を測定する。なお、測定値が高い領域では電気抵抗値の指示針が不安定であるので、5回測定の平均値を測定値とした。
【0066】
(C−2)付着量の測定方法
(C−2−1)付着試験器
図2は、付着量を測定するための塗布装置を示す。電源・温度調節器22は、付着試験器の台21の上に設けられている。ヒーター23を内蔵した鉄板架台24は、電源・温度調節器22の近くの台21上に設けられている。鉄板支持金具25は鉄板架台24の一端側に設けられ、試験片(鉄板26)は前記鉄板支持金具25の内側に配置されている。熱電対27a、27bは、前記ヒーター23、鉄板支持金具25に夫々接続されている。
【0067】
(C−2−2)付着量測定方法
1.試験片の準備
試験片としての鉄板26(100mm角、1mm厚さ)を200℃で30分間、オーブンにて空焼する。その後、デシケーターで一晩放冷した後、鉄板の質量を0.1mg単位まで計測する。
【0068】
2.潤滑剤の塗布操作
まず、図2に示す塗布装置(株式会社山口技研製)の電源・温度調節器22を所定の温度に設定し、ヒーター23で鉄板支持金具25を加熱する。ここで、熱電対27aが設定温度に達したら、鉄板支持金具25に試験片としての鉄板26を置き、熱電対27bを鉄板26に密着させる。この後、鉄板26の温度が所定の温度に達したとき、静電塗布ガンから所定の量の潤滑剤28を鉄板26に塗布する。その後、鉄板26を取り出し、空気中で垂直に一定時間立てて放冷し、鉄板26から垂れ流れる油分を絞り捨てる。塗布条件は、鉄板温度250℃、塗布量0.3cm/回、鉄板とノズル先端との距離を200mmとした。
【0069】
3.付着量の計測
付着物の付いた鉄板26を105℃、30分オーブンに置いた後、取り出す。その後、空冷し、デシケーターで一定時間放冷する。その後、付着物の付いた鉄板26の質量を0.1mg単位まで計測し、試験前後の試験片の質量変化から付着物量を算出する。
【0070】
(C−3)摩擦力の測定方法
高圧鋳造の実機との相関が良い、図3に示す摩擦試験器を用いて摩擦力を測定する。測定値が98N以下の場合、鋳造製品を取り出す時でも、実生産で全く問題ない。それ以上では部分的に焼付きが発生する。また、本試験器で焼付く場合は、実機でも焼付きによる生産停止が発生する。図3(A)、(B)は、試験片の摩擦力を計測するための方法を工程順に示す図である。図3の摩擦試験器による摩擦試験の操作方法は次のとおりである。株式会社メックインターナショナル製の自動引張試験器(商品名:LubテスターU)の摩擦測定用鉄板31(SKD−61製、200mm×200mm×34mm)は、図3(A)のように熱電対32を内蔵している。市販のヒーターで摩擦測定用鉄板31を加熱する。この熱電対の指示が所定の温度に達したなら、摩擦測定用鉄板31を垂直に立てる。前記付着試験と同じ条件で塗布ノズル33から潤滑剤28を塗布する。直ちに、摩擦測定用鉄板31を図3(B)のように、すなわち摩擦測定用鉄板31の塗布面が上を向くように、試験器架台34上に水平に置く。また、株式会社メックインターナショナル製リング35(S45C製、内径75mm、外径100mm、高さ50mm)を摩擦測定用鉄板31上の中央に載せる。続いて、そのリング35中に陶芸用溶解炉に溶かしてあるアルミ溶湯36(ADC−12、温度670℃)を90cm注ぐ。その後、40秒間放冷し、固化させる。更に、直ちに固化したアルミニウム(ADC−12)上に8.8kgの鉄製重し37を静かに載せ、リング35を同装置のギヤーで矢印X方向に引っ張りながら、内蔵のひずみ計で摩擦力を計測する。
【0071】
(C−4)ライデンフロスト温度の測定方法
前記付着試験に使う鉄板を市販の電気コンロに置き、加熱する。次に、鉄板の表面温度を非接触型温度計で測定する。続いて、表面温度が400℃に達したら、潤滑剤の液滴を一滴(約0.1cm)ピペットから垂らす。そして、垂らした直後の液滴の状況を観察し、次の1)〜3)の操作を行なう。
【0072】
1)コロコロと液滴が転がる、または動いている場合は、前記表面温度を10℃上げて試験をやり直す。
2)液滴が飛び跳ねる場合は、温度を10℃下げて試験をやり直す。
3)上記1)と2)の中間の比較的動きが少ない状況下で沸騰する温度を見つける。この温度をライデンフロスト温度とする。
【0073】
(C−5)熱伝達率測定
ボタン電池形状の金属試験片(10mm、厚さ2mm)を前記付着試験器の試験片(100mm角)の中央に配置し、マグネットを試験片の裏側にあて、熱伝達率測定用の金属試験片を固定した。金属試験片に塗布膜を付けるため、前記付着試験の塗布操作を行った。塗布条件は250℃、塗布量0.3cm/回、塗布距離200mmとした。また潤滑剤は表1に示す油性潤滑剤Bに9質量%粉体を混合したものを使い、膜厚は塗布回数を変更して調整した。その後、金属試験片の裏側に温度測定用熱電対を溶接した。この金属試験片をアルバック理工株式会社製レーザ・フラッシュ法の熱伝達率測定機(型式TC−7000)にセットした。比熱及び熱拡散率を計測し、その値と事前に計測した試験片密度から熱伝達率を算出した。測定は各試料とも3回実施し、平均値を測定値とした。
【0074】
(C−6)湯流れ性測定
(C−6−1)湯流れ性試験器
図5〜図10は本発明の実施例に使用したアルミ溶湯の湯流れ性試験器の図であり、鉄製である。図5は湯流れ性試験器の各部品を組み付けた後の概要図である。図6は湯流れ性試験器の台51の側面の図であり、図7(A)は湯流れ性試験器の蓋の側面の図であり、図7(B)は湯流れ性試験器の蓋の裏側の図である。図5に示すように、湯流れ試験器は、鉄製の台51、この台51の上に載置される鉄製の蓋52、蓋52の上にさらに載置されるイソライト製の枡53、棒54、ガスバーナ55、及び取っ手56から構成されている。台51は、図6に示すように、長手方向に沿った一端に上部方向に突出する突出部51aが備えられ、その突出部51aに傾斜面51bが形成されている。図7(A)に示すように、蓋52には、台51に載置した際に傾斜面51bと接する部分として、傾斜面52aが形成されている。図7(B)に示すように、蓋52の傾斜面52aには溶湯を流すための流し込み口52bと、流し込み口52bに連通し、アルミ溶湯が流れる溝52c(20mm幅、2.5mm高さ)が刻まれている。図8(A)は、アルミ溶湯の流し込むためのイソライト製の枡53の図であり、アルミ溶湯を枡53に流し込むための開口部57と、枡53を蓋52に載置した時に、蓋52の流し込み口52cと連通する10mmの孔58が、底に設けられている。図8(B)はアルミ溶湯を一時的に貯めるための栓であり、イソライト製の棒54である。
【0075】
(C−6−2)湯流れ性試験方法
図5の湯流れ性試験の操作は次のとおりである。まず、鉄製の台51と蓋52を別々にガスバーナ55の上に置き、所定の温度(350℃)まで加熱する。また、別のバーナーで枡53と棒54を500℃付近まで加熱する。台51と蓋52が所定の温度に達したなら、蓋52の溝52cに潤滑剤を塗布し、蓋の取っ手56をつかんで台51の上に蓋52を載せる。蓋52の流し込み口52bと枡53の孔58が連通するように、枡53を蓋52に置き、棒54で孔58の栓をする。別途、陶芸用溶解炉に溶かしてあるアルミ溶湯(AC4CH材、温度700℃)90cmを鉄製の柄杓で採取し、直ちに枡53に注ぐ。5秒後、棒54で孔58の栓を抜き、溶湯を流す。30秒後、蓋52を取り外し、台51の上で固化したアルミの長さを測定する。アルミが流れた長さが長いほど、湯流れ性が良いと判断する。
【0076】
(C−7)膜厚測定
(C−7−1)膜厚測定法−1:非接触型
株式会社キーエンス製の赤外線式光学顕微鏡(型式VK−9500)を使い、鉄板上の主に粉体からなる塗布膜の膜厚を計測する。基本的に顕微鏡と同じ操作である。塗布膜の膜厚を測定する場合、耐熱性のガラス繊維入りテープを付着試験用の鉄板26((C−2−2)参照)の中央に貼り付け、粉体含有潤滑剤を鉄板26に塗布する。膜厚を測定する際、テープを静かに剥がすと、塗布膜と試験片地金の段差ができる。この段差を計測し、膜厚とする。計測範囲は1〜500μmである。
【0077】
(C−7−2)膜厚測定法−2:接触型
株式会社ケット科学研究所製の電磁膜厚計(LE−300J型)で、測定範囲は5〜500μmである。接触型であるので、測定時の圧力により真の膜厚が測定できない可能性があり、非接触型の光学式顕微鏡で校正した測定値を使う。一方、長所は可動式なので、顕微鏡に載せられないような大きな試験片((C−6)の湯流れ性試験により得られる試験片等)でも膜厚の測定は可能である。
【0078】
(C−8)成形性評価試験
(C−8−1)成形性評価試験器
図9〜13は本発明の実施例に使用した重力鋳造の金型を模した成形性評価試験器であり、図5の湯流れ性試験器で評価する湯流れ性ばかりでなく、厚さの薄い部位までの溶湯の流れ込みを評価できる。図9は、成形性評価試験器と成形性評価試験に用いられる柄杓の概要図である。成形性評価試験器は、鉄製であり、左側金型61と右側金型65を組み付けて使われる。図10は左側金型61の上面及び内側を示す詳細図であり、図11は右側金型65の上面及び内側を示す詳細図であり、また、図12は成形性評価試験器による成形性評価試験の操作を説明するための図である。
【0079】
図10に示すように、左側金型61には、アルミ溶湯を流し込むための湯口62を形成するための半円形状の切欠け部62aと、この切欠け部62aに連通された、製品形状のキャビティ部63が刻み込まれている。キャビティ部63は左右に3本ずつ分岐する、あばら骨状になっており、合計18個のセル64から構成される。セル64中の数字は各セルの厚さを示しており、セル64ごとに厚さが異なる。例えば、セル64a、64b、64cの厚さは、夫々10mm、8mm、6mmであるが、セル64d、64e、64fの厚さは夫々6mm、4mm、2mmである。図11に示すように、右側金型65には半円形状の切欠け部62bが設けられ、図9に示すように、左側金型の切欠け部62aと右側金型65の切欠け部62bが合わさることで、湯口62が構成される。
【0080】
(C−8−2)評価方法
成形性評価試験の操作は次の通りである。まずは、図12に示すように、左側金型61および右側金型65を別々のガスバーナ66で所定の温度まで加熱する。次に、左側金型61および右側金型65に潤滑剤を塗布し、数秒後、図9に示すように左側金型61と右側金型65を合わせる。そして、直ちに、溶解炉より鉄製の柄杓67でアルミ溶湯68(AC4CH 700℃)を汲みだし、湯口62よりアルミ溶湯68(約2.8kg)を注湯する。アルミ凝固後(約2分)、左側金型61と右側金型65を分割し、左側金型61で固化した鋳造製品69(図13(A)、(B)参照)を取り出す。最後に各セルを観察し、アルミが完全にキャビティを充填した形状になっているセルの数を求める。完全な形状の部位70の数が多ければ、成形性がよく、湯流れ性が良いと判断される。一方、図13(B)の部位70、70のように不完全な形状の部位70の数が多ければ、湯流れ性が悪いと判断される。
【0081】
(C−9)温度計測
安立計器株式会社製の接触型温度計(HFT−40型)であり、測定範囲は200〜1000℃である。特に湯流れ性試験器と摩擦試験器の表面温度計測に使った。
【0082】
(C−10)リング圧縮試験
(C−10−1)リング圧縮試験器
図14は、リング圧縮試験器の概要を説明する図である。リング圧縮試験器は、固化したアルミ試験片が高荷重下で変形する際の固体アルミと潤滑剤の間の摩擦係数を計測できる。リング圧縮試験器は、下ダイセット81、上ダイセット82が備えられている。ダイ83は下ダイセット81上に配置され、アルミ試験片85はダイ83の上に潤滑剤84を介して配置される。パンチ86は上ダイセット82の下面に配置され、潤滑剤84はパンチ86の下面に塗布されている。
【0083】
(C−10−2)リング圧縮試験方法
高荷重下での摩擦を評価するこの試験方法は、日本塑性加工学会冷間鍛造分科会・温間鍛造研究班の文献(塑性と加工Vol−18、No.202、1977−11)に述べられているリング圧縮試験に準拠している。試験の概要は、上ダイセット82に固定されたパンチ86の下面に潤滑剤84を塗布する。下ダイセット81に固定されたダイ83に潤滑剤84を塗布し、アルミ試験片85を載せる。その後、矢印Aの方向に圧力を掛け、アルミ試験片85を変形させる。変形したアルミ試験片85の内径縮小率から摩擦係数を読み取った。
【0084】
(C−11)鍛造実機評価
図15は、実機鍛造装置に静電塗布装置を試験的に搭載した状況の説明図である。図15に示す実機を使って、鍛造(つぶし曲げ成形)時の潤滑剤の潤滑性を評価した。実機鍛造装置は、互いに対向する上ダイセット91、下ダイセット92と、これらのダイセットの内側に夫々配置された上金型93及び下金型94を有している。カートリッジヒーター95a、95bは、上金型93、下金型94に夫々埋め込まれている。潤滑剤96を金型に静電塗布するための静電塗布ガン97(吐出機構)は、塗布時のみ上金型93及び下金型94の間に配置される。前記カートリッジヒーター95a、95bは昇温ユニット98に電気的に接続され、温度が調整されている。温度制御ユニット100は、上金型93、下金型94に埋め込まれた熱電対99a、99bの夫々と電気的に接続されている。ロボットに組み込まれた静電塗布ガン97から潤滑剤96が上金型93及び下金型94に塗布される。その後、ワークが下金型94にセットされ、上金型93が下降し、成形を開始する。鍛造の条件は、金型温度250℃、ワークへの荷重2500KN、ワーク温度470〜490℃、ワークの素材としてはアルミの丸棒(約10cm径×50cm)を用いた。仕上がったワークの大きさは、約50cm×20cm×2cmである。鍛造前後の上側ダイセットの位置の変化より、変形率を求める。
【0085】
(C−12)粘度の測定方法
JIS−K−7117−1に準拠した回転粘度計で測定した40℃の絶対粘度(cP)と比重から40℃の動粘度を算出した。
【0086】
(C−1)引火点の測定方法
試料の引火点の測定はJIS−K−2265に沿って、ペンスキーマルテン法で測定した。
【0087】
(D)成分と試験測定結果
(D−1)静電塗布を可能にする配合
前述したように、油性潤滑剤の電気抵抗値は無限大であり、静電塗布に不向きである。水を油性潤滑剤に溶解させることで電気抵抗値は低下することが分かっている。しかし、石油炭化水素を主体とする油性潤滑剤には水を溶解させにくく、可溶化剤の助けがないと、水が沈降してしまう。
【0088】
(D−1−1)水・可溶化剤混合による電気抵抗
そこで、油性潤滑剤Aに前述の粉体混合物を一定量(10質量%)混合した場合の最適な水と可溶化剤の混合比率を(C−1)に記載した測定方法による電気抵抗値測定で確認した。
【0089】
表2に示すように、比較例1及び実施例1の水分が0質量%の場合、電気抵抗値は無限大であった。一方、実施例2〜5及び比較例2〜4に示すように、水分を可溶化させると、試験器での電気抵抗値は低下してくる。電気抵抗値が高ければ実機での高圧印加が必要となり、電気抵抗値が低すぎれば実機での漏電の可能性が高まる。性能と安全性の観点から、塗料業界では、5〜400MΩ程度の電気抵抗値が好ましいと言われている。ただし、電気抵抗値は1.5V電圧で測定した値であり、60KVの実機の高電圧との相関はないこともあるので、この範囲は目安と考える。極性のある潤滑添加剤が配合されている潤滑剤では、電気抵抗値がより幅広い範囲でも、実機で使えるとの経験がある。一方、粉体が分散しているので見つけにくいものの、水分が8質量%を超え、可溶化剤が30質量%を超えると、かなりの濁りがみられる。これらのことから、水が7.5質量%以下、可溶化剤が0.3〜30質量%が好ましい範囲であることが分かる。
【0090】
【表2】

【0091】
但し、表2において、
*1 油性潤滑剤A:表1と同じものを使用
*2 水、可溶化剤、及び粉体混合物:「(B)試料の組成」と同じものを使用
【0092】
(D−1−2)粉体混合による電気抵抗
(D−1−1)では、油性潤滑剤に粉体を一定量混合した場合の最適な水と可溶化剤の混合比率を述べた。次に示す実施例6〜9及び比較例5では、水と可溶化剤を一定(水0.2質量%、可溶化剤0.8質量%)にし、粉体混合物の量を表3に示すように変化させた場合の電気抵抗値をまとめた。電気抵抗値は(C−1)に記載した測定方法により測定した。表3に示すように、比較例5に比べ、実施例6〜9のように粉体を混合すると、1.5Vの試験器による電気抵抗値は増大した。しかし、後で述べるように、粉体含有油性潤滑剤の60KVでの静電塗布は可能であった。
【0093】
【表3】

【0094】
但し、表3において、
*1 油性潤滑剤A:表1と同じものを使用
*2 粉体混合物、水、可溶化剤:「(B)試料の組成」と同じものを使用
【0095】
(D−2)粉体混合による付着・摩擦への影響
油性潤滑剤に粉体を混合することで、熱い金型での潤滑剤の突沸を抑え、金型への潤滑剤の濡れ性を高めることができる。その結果、付着量が増加し、「摩擦低減・焼付き防止」の効果が期待できる。また、無機粉体は高温でも劣化・分解することがないので、高温での焼付きが防止され、潤滑剤の使用温度範囲が広がり、加えて、塗布膜が断熱材となり溶湯の温度低下を軽減し「湯流れ」の改良も期待できる。
【0096】
(D−2−1)LF温度への影響
潤滑剤の突沸の度合と粉体の量の関係を調べるため、比較例6〜13について、(C−4)に記載した試験方法でLF(ライデンフロスト)温度を検討した結果を表4に示す。このLF温度測定は、油性潤滑剤Aに粉体混合物を混合した試料を用い、静電塗布を行なわない条件で測定した。なお、比較例6〜13の各試料は、水と可溶化剤を一定(水0.4質量%、可溶化剤1.6質量%)にし、表4に示す組成により、調整した。
【0097】
【表4】

【0098】
但し、表4では:
*1 油性潤滑剤A:表1と同じものを使用
*2 粉体混合物、水、可溶化剤:「(B)試料の組成」と同じものを使用
*3 水溶性離型剤:株式会社青木科学研究所販売の商品名A−201を40倍に希釈した液。
【0099】
比較例6の粉体を用いない場合は、LF温度が440℃であるに対し、比較例7(粉体=0.1質量%:LF=450℃)、比較例8(粉体=0.3質量%:LF=460℃)、比較例9(粉体=1質量%:LF=460℃)、比較例10(粉体=3質量%:LF=500℃)、比較例11(粉体=5質量%:LF=510℃)の順でLF温度が上昇した。即ち、粉体混合量を増やすと沸騰温度が上昇し、金型への潤滑剤の濡れが良くなることがわかる。しかし、それ以上、粉体を混合した比較例12(粉体=10質量%:LF=510℃)、比較例13(粉体=15質量%:LF=510℃)の様に、LF温度はそれ以上、向上せずに510℃であった。以上から、油性潤滑剤へ粉体を混合することで、LF温度が上昇することが確認できた。その効果は0.1質量%以上の粉体を混合することが必要であるが、約5質量%の粉体混合でLF温度の上昇は頭打ちとなる。
【0100】
(D−2−2)付着量に対する影響
粉体の混合によりLF温度が高まると、付着量の増加も期待できる。このことを確認するため、(C−2)に記載した試験方法で、かつ、図1に示す静電付与装置から塗布し、付着試験を実施した(以降、静電塗布の全ての場合において、図1の静電塗布装置を用いて塗布されている)。試験条件は鉄板温度が250℃、塗布条件はエアー圧0.05MPa/cm、液圧0.005MPa/cm、塗布距離200mm、塗布量0.3cmであった。ただし、比較例14の場合は静電塗布ガンを用いていないので、エアー圧は0.4MPa/cmであった。なお、実施例10〜15及び比較例14〜18の各試料は油性潤滑剤Aに水0.4質量%、可溶化剤1.6質量%を混合した試料に、更に表5に示す粉体混合物を適宜混合し、全体が100質量%となるよう調整したものである。
【0101】
【表5】

【0102】
但し、表5では:
*1 比較例14の場合、静電塗布ガンではなく、通常のスプレー・ガン(山口技研株式会社製)を使用。
*2 油性潤滑剤Aに水0.4質量%、可溶化剤1.6質量%を加えた配合に粉体混合物を混合(「(B)試料と組成」と同じものを使用)
*3 水溶性離型剤は表4と同じものを使用。水溶性離型剤は275℃付近で焼付く
【0103】
表5の結果から、次のことが分かる。
【0104】
1.水溶性離型剤との比較
市場の90%を占める水溶性離型剤の付着量は2.5mgである。一方、油性潤滑剤(全ての比較例及び実施例)の付着量は5.0〜49.9mgと水溶性離型剤の2〜20倍多く、焼付き温度は約80〜150℃も高い。表4に示すように、LF温度が200℃以上高いことに起因しているものと考えられる。
【0105】
2.静電塗布ガンによる付着効果(静電印加なし)
比較例14(通常の非静電塗布ガン、静電印加なし、粉体非含有:付着量5.0mg)に比べ、比較例15(静電塗布ガン、静電印加なし、粉体非含有:付着量20.4mg)は15.4mgと大幅に付着量が増加した。静電印加なくとも、塗布粒子径、塗布圧等の点で静電塗布ガン自体が優れており、大幅に付着が増えたものである。
【0106】
3.粉体を混合していない場合の静電印加による付着効果
比較例15(静電塗布ガン使用、粉体非含有、静電印加0KV:付着量20.4mg)より比較例16(静電塗布ガン使用、粉体非含有、静電印加60KV:25.1mg)の付着量は4.7mg多く、23%も付着効率が向上した。静電塗布ガンで荷電された潤滑剤ミストが金属板に効率よく付着した結果である。
【0107】
4.静電印加していない場合の粉体混合による付着効果
静電塗布ガンに印加しない場合の粉体混合による付着量は比較例15(粉体ゼロ:付着量20.4mg)と比較例18(粉体3質量%:付着量31.3mg)の比較に見えるように、10.9mgの付着増加(53%付着増加)であった。前述のLF温度観察結果に見られるように、粉体を混合するとLF温度が上昇し、突沸が抑えられる。すなわち、熱い試験片の垂直面での油性潤滑剤の突沸が抑えられるので、試験片の表面から飛び出す油性潤滑剤の量が低下する。その結果、試験片への濡れ性が向上し、付着効率が高まり、試験片への付着量が増えている。
【0108】
5.粉体混合及び静電印加の組み合わせ効果
静電印加をした場合、比較例16(粉体=0質量%:付着量=25.1mg)に比べ、比較例17(粉体=0.1質量%:付着量=25.4mg)、実施例10(粉体=0.3質量%:付着量=25.6mg)、実施例12(粉体=3質量%:付着量=34.7mg)、実施例14(粉体=10質量%:付着量=49.9mg)に見られるように、付着量は粉体増量とともにほぼ直線的に増加した。
【0109】
粉体混合と静電塗布により、付着量は大幅に増えた。その結果、焼付き防止効果や潤滑剤の塗布量低減効果が期待できる。加えて、金型面上に塗布膜を形成することで高温まで使用範囲が広がることも期待できる。
【0110】
(D−3)潤滑剤中の溶剤分の静電塗布への影響
ここまでの評価試料の組成は表1に示すように、引火点が約90℃の溶剤を主成分としていた。粉体混合及び静電印加のない場合、金型面で付着量を増やすため、速乾性を期待し溶剤を使っていた。即ち、塗布された潤滑剤ミストが金型面で急速に乾燥し、金型面の下部へのたれ流れによる油膜厚さの低下に起因する摩擦力悪化を制御していた。
【0111】
一方、粉体の混合及び静電塗布は付着量を増加させ、塗布膜を厚くし、摩擦力を低減する効果が認められた。従って、粉体の混合及び静電塗布を行なう本発明では、必ずしも速乾性を必要としない場合もある。この点を確認するため、比較例19及び比較例20で、溶剤よりも引火点の高い(速乾性の少ない)潤滑油用基油(鉱油)を主成分とした油性潤滑剤の摩擦力を評価した。摩擦力の評価は、(C−3)に記載した試験方法にしたがって行なった。塗布条件は塗布量0.3cm、エアー圧0.05MPa/cm、塗布距離200mm、60KVの静電印加とした。試料は比較例16(静電塗布型、粉体非含有)を基準に、その中の溶剤を基油に変更したものである。比較例14、16、19及び20の物性、組成と摩擦試験結果を表6に示す。
【0112】
【表6】

【0113】
但し、表6中:
*1 比較例14、16:表5に記載したものと同じものを使用
*2 基油1:アメリカ石油協会分類のグループ4の合成系潤滑油基油(PAO−8)、松和産業株式会社が販売するNEXBASE2008(引火点240℃)
*3 基油2:アメリカ石油協会分類のグループ1の精製基油、株式会社ジャパンエナジーが販売する商品名N−500(引火点230℃)
*4 基油1及び基油2以外の成分:「(B)試料の組成」及び表1と同じものを使用
*5 非静電塗布ガンは表5に述べる通常ガンと同じものを使用
【0114】
前述したように、摩擦試験器での判定は98Nであり、それ以下では部分的な焼付きが無く、それを超えると部分的焼付きが発生し本格的焼付きの直前と判断する。表6の比較例16(溶剤が主成分)は350℃で147Nであり、すでに焼付きが一部分で起こっており、焼付き直前である。比較例19(合成基油が主成分)の場合は比較例16と差のない137.2Nであった。比較例20(精製基油が主成分)の場合は350℃で焼付きを起こしていた。しかし、本出願人らの経験から、摩擦力「137.2及び147N」と「焼付き」という結果には、あまり優位差がない。比較例16及び比較例19の場合、355℃では焼付きを起こすと推定される。一方、表5に示した同じ油性潤滑剤を評価した比較例14(通常ガン)と比較例15(静電塗布ガン、静電印加ゼロ)の結果から、付着量は静電塗布ガンを使用することで約4倍となっている。これらのことから、塗布膜を厚くするか、または、塗布面積を広げることに静電塗布は活用できるものと考えられる。
【0115】
従って、溶剤に代えて高引火点の基油を配合して性能が低下する分を、静電印加をすることで十分にカバーできる。高引火点の油性潤滑剤を用いた場合であっても、本発明は有効である。
【0116】
(D−4)高圧鋳造用評価
(D−4−1)付着性・摩擦力試験:直角噴射
前述するように、付着量増加で焼付き防止効果が期待できる。(C−3)に記載した試験方法を用い、実機との相関の良い摩擦試験器で評価した結果を表5に示す。試験片への塗布条件は付着試験と同じであり、試験片へ直角に噴射している。表5の結果から次のことが明らかになった。
【0117】
1.静電印加による付着効果
比較例15(静電印加ゼロ)、比較例16(静電印加=60KV)ともに、350℃で147Nと焼付き直前の状態であり、375℃では焼付きを示していた。また、比較例18(粉体=3質量%、静電印加しない)と実施例12(粉体=3質量%、60KVで静電印加)ともに、同じ摩擦力であり、425℃まで焼付かなかった。同じ粉体量の場合、焼付き温度は同じであった。すなわち、摩擦力に関し、静電印加を行なうことによる効果は見られなかった。ただし、後述するように、鉄板に直角ではなく、凹凸のある金型に平行に塗布した場合には、静電印加を行なうことによる摩擦力の低減効果は顕著に表れる。また、重力鋳造においても、静電印加を行なうことによる摩擦力の低減効果は顕著に表れる。
【0118】
2.静電印加していない場合の粉体混合による付着効果
比較例15(粉体=0質量%:375℃で焼付き)と比べ、比較例18(粉体=3質量%)は425℃まで58.8〜78.4Nの低い摩擦を示していた。粉体の混合が摩擦力低減に貢献していることが明らかである。高温でも劣化しない粉体が鉄板と固化したアルミ間の直接接触を低減し、焼付きを防止しているものと推定される。
【0119】
3.粉体混合及び静電印加の組み合わせ効果
比較例16(粉体=0質量%:350℃で147N)に比べ、実施例11(粉体=1質量%:350℃で78.4N)と摩擦力は若干低減している。また、実施例12(粉体3質量%:425℃で68.6N)、実施例14(粉体=10質量%:425℃で68.6N)、実施例15(粉体=15質量%:425℃で68.6N)と粉体混合量を増やすと、摩擦力は低減し、耐焼付き温度が50℃も高まった。ただし、粉体が3質量%以上では摩擦力の低減効果は増加しなかった。
【0120】
(D−4−2)付着性・摩擦力試験:平行噴射
金型には塗布方向から見て平行な面や隠れた面がある。特に焼付きの起こりやすい部位である鋳抜きピンや押し出しピンは円柱形であるので塗布された粒子が付着し難い裏側もある。静電塗布はそのような部位への油性潤滑剤の付着を促進することができる。
【0121】
実施例16において、図4に示すように、試験片42に静電塗布ガン41から油性潤滑剤を平行に塗布し、付着量及び摩擦力を測定した。試験片42の設置状況は、油性潤滑剤を塗布する方向の中心線上で静電塗布ガン41の先端から200mm隔てた所、かつ、中心線から60mm離れたオフセット位置を中心とした。塗布される試験片42の中心が、このオフセット位置に置かれ、かつ、試験片42の塗布面が塗布方向と平行になるよう配置した。付着量測定用試験片、摩擦力測定用試験片ともに同じ配置とした。塗布条件は前述の直角噴射の場合(実施例12)と同じであり、0.3cmの塗布量、0.05MPa/cmの空気圧とした。また、比較例21として、静電印加をしないこと以外は実施例16と同様の方法で、付着量及び摩擦力を測定した。実施例12、16及び比較例21の測定結果を表7に示す。なお、実施例12、16及び比較例21の評価試料は油性潤滑剤Aに水0.4質量%、可溶化剤1.6質量%及び粉体混合物3質量%を混合したものである。
【0122】
【表7】

【0123】
但し、表7では:
*1 油性潤滑剤Aに水0.4質量%、可溶化剤1.6質量%を基準に3質量%の粉体混合物を混合(「(B)試料の組成」と同じものを使用)
【0124】
表7に示すように、静電塗布ガンを使用しながら静電印加をしない平行塗布の比較例21の場合、250℃〜350℃の範囲で付着量は0.1mgと殆どゼロであった。そのため350℃での摩擦試験で焼付きを示した。一方、静電印加した実施例16の場合は、250℃で付着量が4.5mgであり、350℃の摩擦力は68.6Nと十分低いレベルであった。直角噴射した実施例12の350℃における摩擦力レベルと遜色はなかった。明らかに、静電印加により、荷電された塗布ミストが鉄製試験片へ静電気的に引き寄せられ、いわゆる回り込み現象が起こった。この結果から、静電塗布することで、直角に潤滑剤ミストが当たらない凹凸の多い実際の金型でも、塗布膜が形成し焼付き発生を減らすことができる。なお、前述したように市場の90%を占める水溶性離型剤の場合、直角に噴射しても、付着量は高々2.5mg程度である。静電印加時に平行噴射した実施例16の付着量は4.5mgであり、本発明は優れている。
【0125】
(D−4−3)高圧鋳造機による実機評価
直角噴射時の付着試験及び摩擦試験で、粉体の混合及び静電印加による効果として、付着量増加、塗布膜増加、焼付き防止温度の範囲の拡大が認められた。また、平行噴射時の付着試験及び摩擦試験で、静電印加による潤滑剤のミストの回り込み現象が認められた。即ち、第一の発明である粉体含有油性潤滑剤を静電塗布することによる優れた効果が、試験的に確認された。そこで、実機の高圧鋳造機で付着性と焼付き性を確認するため、本出願人ら所有の鋳造装置で評価した。評価条件は、型締め2500ton鋳造機、塗布直後の金型最高温度約350℃、塗布量9cm、塗布秒数20秒であった。試料の組成と評価結果を表8(実施例12、比較例15−1、15−2、18)に示す。付着性は目視評価であり、スプレー缶(染色浸透探傷剤の現像液、株式会社タセト製)を用いて白色粉体を金型に塗布し全面を白色化した。その後、油性潤滑剤を塗布し、金型面上の白色粉体が油性潤滑剤に濡れて黒っぽく変化した。この黒っぽく変化した箇所は潤滑剤が付着し、白色のままの箇所は潤滑剤が付着していないと判断した。また、焼付き性は実生産で鋳造できたかどうかで判断した。
【0126】
【表8】

【0127】
但し、表8では:
*1 油性潤滑剤Aに水0.4質量%、可溶化剤1.6質量%を加えた配合に粉体混合物を混合(「(B)試料と組成」と同じものを使用)
*2:表5の*1に記載した通常ガンを使用
【0128】
表8に示すように、比較例15−1(粉体非含有)及び比較例18(粉体含有)で静電印加をしない場合、油性潤滑剤が付着した箇所は金型表面の1〜2割程度であり、静電塗布ガンを用いた場合が若干良かったと言える程度である。すなわち、粉体を含有した影響は、ほとんど見られなかった。一方、比較例15−2(粉体非含有)及び実施例12(粉体含有)で静電印加を行なった場合、金型全面が濡れていた。すなわち、粉体の有無が油性潤滑剤の濡れ性に影響しておらず、静電印加が濡れ性向上に大きく影響している。金型面には凹凸が多く、静電印加による回り込み効果が表れた結果と考えられる。比較例15−1(通常ガン)の場合、連続鋳造ができず、数個で生産が中断した。全面濡れた比較例15−2及び実施例12の場合、連続鋳造が可能であり、40個生産し評価を停止した。比較例15−2と比べ、実施例12の粉体による優位差は本評価では見られないが、少なくとも粉体含有油性潤滑剤を用いた実施例12が金型上で粉体の堆積を示さなかった。すなわち粉体の堆積による鋳造製品の肉の欠落が起こらないことが予測でき、実機で問題を起こさないと判断出来た。表5に示すように、ラボ付着試験で静電を印加することと、粉体を混合することによる組み合わせの効果で、著しい付着性の増加が表れていた。このことから、実機での実施例12の場合、塗布量を比較例15−2より減らせるものと推定される。
【0129】
(D−5)重力及び低圧鋳造
高圧鋳造に比べ、重力及び低圧鋳造ではアルミ溶湯を押し込む圧力は低く設計されている。そのため、アルミ溶湯の速度は遅いので、アルミ溶湯が冷え、アルミ溶湯の粘度が増加し、途中で固化することがある。その結果、金型の隅々までアルミ溶湯が流れ込まない問題が起きやすい。表5に示すように、粉体の含有及び静電塗布で付着量を大幅に増やせることが分かった。付着量が増えれば金型での塗布膜は厚くなり、アルミ溶湯から金型への伝熱が低下することが期待できる。その結果、アルミ溶湯の温度低下が少なくなり、アルミ溶湯がサラサラと流れ、金型の隅々までアルミ溶湯が流れ込むことも期待できる。
【0130】
表5で使った油性潤滑剤Aでは高粘度油分が多く、長時間接触する重力鋳造では鋳造製品上で炭化し、着色問題を起こしやすい。この問題を解決するため、高粘度油分の少ない油性潤滑剤B(低油分)を基に水、可溶化剤、及び粉体を混合した。そこで、油性潤滑剤Bでも粉体の含有及び静電塗布で付着量が増え、焼き付きが減ることを確認する試験を実施した。
【0131】
(D−5−1)低油分配合における付着・摩擦への粉体混合・静電の効果
表9に示す組成で潤滑剤を調整した。塗布条件は、静電塗布ガンを使用し、塗布量0.3cm、塗布距離200mm、塗布エアー圧0.05MPa/cmとした。付着試験は(C−2)に記載した試験方法、摩擦試験は(C−3)に記載した方法を用いた。
【0132】
【表9】

【0133】
但し、表9では:
*1 油性潤滑剤B:表1と同じものを使用
*2 水、可溶化剤、粉体混合物:上記「(B)試料の組成」と同じものを使用
【0134】
表9に示すように、比較例22(粉体=0質量%、静電印加無し)、比較例23(粉体=0質量%、静電印加)ともに375℃で焼付いている。また、比較例24(粉体=10質量%、静電印加無し)では375℃で焼付きはないものの、400℃では焼付いていた。一方、実施例17(粉体=10質量%、静電印加)ではさらに425℃まで焼付かなかった。従って、高粘度油分を若干減らした油性潤滑剤でも、本発明の粉体の混合及び静電塗布の効果は認められた(表1に示すように、油性潤滑剤Aの油分は11質量%、一方、油性潤滑油Bの油分は3.5質量%であり、10質量%の粉体の含有及び静電印加の条件で、それぞれ付着量は49.9mg対46.5mgと遜色はない)。
【0135】
(D−5−2)粉体の熱伝達への影響
前述するように、本発明により金型への潤滑剤の付着量は増加する。そこで塗布膜の熱伝達率を(C−5)に記載した方法で熱伝達率を計測した。塗布膜厚さは塗布回数を1回、6回、12回と変えて調整した。熱伝達率測定に加え、厚さ測定用試料も同じ作業で作成した。熱伝達率は同じ試料を3回計測した平均値であり、その平均値を表10にまとめた。なお、膜厚は接触型・膜厚計で測定した。ただし、事前に非接触型・膜厚計を用いて、接触型・膜厚計の測定値を校正してあり、その校正した値を表10に記載した。表10の実施例18及び比較例25の各試料は、水と可溶化剤を一定(水0.4質量%、可溶化剤1.6質量%)にし、表10に示す組成により、調整した。
【0136】
【表10】

【0137】
但し、表10では:
*1 油性潤滑剤B:表1と同じものを使用
*2 水、可溶化剤、粉体混合物:「(B)試料の組成」と同じものを使用
*3 潤滑剤を使用せずに、熱伝達率を測定
【0138】
表10の比較例25(粉体非含有)に比べ実施例18(粉体含有)の塗布膜は厚かった(1回塗布)。また、粉体ありの実施例18の塗布回数を増やすと18.2μm(1回塗布)、103μm(6回塗布)、216μm(12回塗布)と塗布回数に比例して塗布膜が厚くなった。加えて、膜の熱伝達率は膜の厚さに対応して比較例25の熱伝達率0.773W/cmK(7μmの膜厚)から0.295W/cmK(216μmの膜厚)へと低下していった。塗膜を厚くすることで、アルミ溶湯から金型への伝熱が低下することが明らかになった。その結果、金型に入ったアルミ溶湯の温度低下は減り、溶湯の温度が高く保たれアルミ溶湯の粘度が増加せず、湯流れ距離が長くなるものと期待できる。
【0139】
(D−5−3)粉体の湯流れ距離への影響
前述したように熱伝達率の低減によりアルミ溶湯の湯流れ距離が長くなることが期待できる。図5の湯流れ性試験器を使い、(C−6)に記載した試験方法でこのことを確認した。試料の組成・塗布条件と試験結果を表11に示す。
【0140】
【表11】

【0141】
但し、表11において:
*1 油性潤滑剤B:表1と同じものを使用
*2 非静電型スプレー・ガンは、表5と同じものを使用
*3 分散剤、粉体混合物、水及び可溶化剤は、「(B)試料の組成」と同じものを使用
【0142】
表11の比較例26は粉体を含有せずに、静電印加をしない条件で、比較例27、28及び29は、粉体を含有し、静電印加しない条件で試験された。また、実施例19は粉体を含有し、静電印加を行なう条件で試験された。比較例26、27、28、29を比べると、粉体の混合量を0〜20質量%へ増やすと、塗布膜厚さは各々10、40、71、138μmと増えていた。一方、湯流れ距離は各々5、28、37、50cmと長くなっていた。
【0143】
水溶性塗型剤の実機での現状では、初期膜厚は100〜150μmである。この水溶性塗型剤を使ったラボ試験器での湯流れ性は約35cmである。このことを勘案すると、粉体含有油性潤滑剤を静電塗布しない比較例28(湯流れ性37cm)で十分である。比較例29の場合、20質量%という高濃度の粉体量であるので、10質量%で静電印加を行なう条件で湯流れを評価した。比較例28の100cm塗布と比べ、同じ塗布量の実施例19では膜厚が71から111μmへ増え、湯流れ距離も37から50cmへと増えた(試験器の最長が50cmであり、それ以上は計測できない。比較例29及び実施例19は「50cm以上」といえるが、良すぎて測定不能)。
【0144】
明らかに、粉体を含有し、静電塗布を行なった場合、湯流れ性が向上したと言える。塗布膜厚さから推定し、実施例19の場合、塗布量を50〜60cmとすれば、従来技術の水溶性塗型剤の35cm程度の湯流れ性は確保できるであろう。静電塗布により、塗布量を約半分にできる長所がある。その結果、過剰な塗布膜の厚さを抑えることで、溶湯が流れた後の冷却性が良くなり一個の製品に掛るサイクルタイムの短縮が期待できる。すなわち、優れた作業効率の長所もある。水溶性塗型剤の場合、水を飛ばすため、ほぼ1日中、金型の乾燥に費やす。一方、粉体含有油性潤滑剤を使用し、静電塗布した場合、乾燥時間は数秒であり、作業効率が大幅に伸びる。
【0145】
(D−5−4)重力鋳造実機相当の成型評価機での実用評価
上に述べたように、粉体含有油性潤滑剤を静電塗布すると、付着した塗布膜の熱伝達率は低下し、湯流れ距離が長くなった。このラボ試験結果を、実機装置に近い、図9の成形性評価試験器(金型重量約500Kgと大型試験器)を使い、(C−8)に説明する方法で評価した。なお、溶湯温度は680℃、金型温度は200〜250℃であった。試料の組成・塗布条件と表12に試験結果をまとめる。
【0146】
【表12】

【0147】
但し、表12において、
*1 油性潤滑剤B(表1と同じものを使用)に水0.4質量%、可溶化剤1.6質量%及び粉体混合物を混合し、粉体混合物と合計して100質量%となるように調整。水、可溶化剤、粉体混合物は、「(B)試料の組成」と同じものを使用
*2 通常ノズル:表5と同じものを使用
【0148】
比較例30(粉体非含有、静電印加無し)の評点は、3/18(18個中3個しか溶湯が流れ込まない)であった。比較例31(粉体含有、静電印加無し)の場合、評点は8/18とまだまだ悪い。粉体を増量し、塗布量を増やした比較例32(静電印加無し)の場合、17/18とかなり良くなった。一方、実施例20(粉体含有油性潤滑剤を使用、静電塗布)の場合、18/18の評点であり、良好な性能が確認できた。しかも、鋳造製品の表面は粉体を含有する場合がきれいであった。粉体を含有するので塗布膜と鋳造製品の間に空隙ができ、塗布膜中の油分から生成したガスがこの空隙から逃げたことによる鋳巣生成の低下が鋳造製品の表面に現れたと考えられる。
【0149】
加えて、ラボ試験で認められた「静電の回り込み現象」を実機相当の成型評価器で調べた。比較例33の静電印加をしない場合に平行塗布すると、評点は7/18と低かった。一方、静電印加した実施例21の場合、評点は11/18と向上した。静電の回り込み現象が大型試験器でも確認できた。
【0150】
(D−6)鍛造
(D−6−1)リング圧縮試験
(C−3)に記載した摩擦試験器の面圧は0.023MPaであり、この条件下での粉体含有油性潤滑剤の優位性は確認できた。しかし、この優位性を、10000〜100000倍の高荷重条件下で加工している鍛造の膜強度に適用することは難しい。そこで、高荷重下で評価するため、図14に示すリング圧縮試験器(1290MPa、摩擦試験器の約60000倍の面圧)を使い摩擦係数を評価した。試験方法は(C−10)に記載された方法を用いる。試験条件は、圧縮率60±2%、リング内径は30mm、パンチ温度は175±20℃、ワーク温度は450℃、塗布量は1.32ml(20cm/minで0.33cm/sec×2sec、上下2か所へ塗布)であった。表13に試料の組成、塗布条件、摩擦係数を3回測定した平均値を示す。
【0151】
【表13】

【0152】
但し、表13において
*1 油性潤滑剤C(表1と同じ)に水0.8質量%、可溶化剤3.2質量%に粉体混合物を混合し、合計を100質量%となるよう調整した。水、可溶化剤、粉体混合物は、「(B)試料の組成」と同じものを使用
【0153】
比較例34は、潤滑剤を使用しない場合であり、0.58と高い摩擦係数である。一方、比較例35及び実施例22は粉体含有油性潤滑剤を塗布した場合である。静電塗布を行なっていない比較例35の摩擦係数は0.327であるのに対し、静電塗布を行なった実施例22の摩擦係数は0.290である。明らかに、静電印加による摩擦力の低減効果が見られた。高荷重条件下でも本発明の優位性は確認できた。
【0154】
(D−6−2)鍛造実機評価
前述するように高荷重下でのラボ試験(リング試験)で、本発明の効果が確認できたので、図15に示す鍛造の実機での効果も調べた。評価条件は、つぶし曲げ成形の際の最大すべり距離は50mm、金型温度は250℃、荷重ねらい値は2500KN、ワーク温度は470〜490℃、素材はA6061合金であった。ただし、荷重ねらい値は2500KNではあるが、実測値は2670KNであった。塗布条件は、0.5cm/秒の噴射量、3秒の塗布時間で、上型及び下型に塗布したので合計6cmの塗布量であった。表14に試料の組成、塗布条件、測定した製品の変形率を示す。
【0155】
【表14】

【0156】
但し、表14において
*1 比較例37と実施例23:表13の比較例35及び実施例22と同じ組成。油性潤滑剤C(表1と同じ)に水0.8質量%、可溶化剤3.2質量%に粉体混合物を混合し、合計を100質量%となるよう調整した。水、可溶化剤、粉体混合物は、「(B)試料の組成」と同じものを使用
*2 比較例36は水溶性潤滑剤:WF:ホワイトルブ(大平化学産業株式会社製の商品名、水ガラス系)を10倍の水に希釈した液
【0157】
比較例37(粉体含有油性潤滑剤・静電印加無し)の変形率は70.9%であり、実施例23(粉体含有油性潤滑剤・静電印加)の変形率は72.4%であった。静電塗布の効果が見られ、リング圧縮試験器からの予測と一致した。
【0158】
しかし、比較例36(市販の水溶性潤滑剤)の変形率は72.7%であり、実施例23と同等であり、変形率の点では、本発明にメリットは見えないが、作業工程上のメリットが期待できる。表4に示すように、鋳造用の水溶性離型剤のLF温度は約240℃であり、水の含有量がほぼ同じ比較例36の鍛造用の水溶性潤滑剤も240℃と推定される。一方、油性潤滑剤のLF温度は510℃である。すなわち、鍛造用の水溶性潤滑剤の場合、現場では付着量を確保するため、金型温度を約180℃にしている。金型温度を高めると潤滑剤の付着量が低下し、塗布膜が薄くなる。油性潤滑剤の場合は金型温度を100℃以上高めても付着量は低下しないので塗布膜は薄くならない。従って、ワークから奪う熱量を低減できる。より高温で熱間鍛造ができると、変形率はより高まるとの経験値がある。しかも、多段工程で、かつ、鍛造用の水溶性潤滑剤の際、この温度低下を補うため、ワークの再昇温工程がある。金型温度を約250℃から350℃へと100℃高めれば、ワークの再昇温工程が不要となり、生産工程の時間的短縮や投資削減が可能となる。また、塗布量が1/10と少ない油性潤滑剤では、冷却もほとんど起こらなくなり、再昇温工程省略が確実なものとなる。さらに、金型温度を高めることで、ワークが柔らかくなり成形荷重を削減できる。従って、本発明は作業工程の面でメリットがある。
【0159】
(D−7)測定結果のまとめ
前述の試験結果から、次のことが明らかになった。
【0160】
1)静電塗布を可能にする配合
「水0〜7.5質量%と可溶化剤0.3〜30質量%」を混合して粉体含有油性潤滑剤とすることで静電塗付が可能となった。電気抵抗値に関しては、粉体を含有することで電気抵抗が無限大の方向に作用し、水を混合することで、電気抵抗が低くなる方向に作用する。また可溶化剤は水を油性潤滑剤に溶かす役目を果たしている。後述するように、1.5Vで印加した場合の電気抵抗値が高くとも、実機で60KVの高圧で印加すると、付着量は増加した。油性潤滑剤中の極性のある潤滑添加剤が存在することで、静電塗布が可能となったものと推測される。
【0161】
2)粉体の混合による付着への影響
粉体0質量%のLF温度が440℃、粉体5質量%を混合することで510℃となった。粉体を混合することで、油性潤滑剤のLF温度は上昇した。粉体の突起部分から少しずつ潤滑成分が沸騰することでゆっくりと沸騰し、突沸を抑えているもので、化学実験での沸石による突沸防止と同じ効果である。しかし、その効果は粉体が5質量%までであり、それ以上、粉体を混合しても効果が出ない傾向にある。
【0162】
静電印加をしない条件下で、粉体の混合だけで付着量が増加した。粉体を含有しない油性潤滑剤に粉体3質量%混合すると付着試験器での付着量が20.4mgから31.3mgへと増加した。LF温度の60℃上昇により、垂直の金型面上で突沸が抑えられた結果である。即ち、金型面への油性潤滑剤の濡れ性が向上し、金型面から弾ける油性潤滑剤のミストが減少し、付着が増加したと推測される。
【0163】
静電印加を加えることで、更に付着量は増加した。3質量%及び10質量%の粉体混合で、夫夫34.7mg及び49.9mgの付着であった。市場の90%を占める水溶性離型剤の2.5mgや粉体を用いず、静電塗布を行なわない油性潤滑剤の5mgと比べ、はるかに高い付着である。第一の発明の組成に係る実証データと言える。
【0164】
静電塗布ガン自体の付着向上効果も観察された。粉体を含有せずに、静電印加をしない条件で、「通常のガン」の油性潤滑剤の付着量は5.0mgに対し、「静電塗布ガン」は20.4mgであった。静電塗布ガン自体が工夫され、非常に付着効率が良く、第三の発明である装置に係る効果の一部を成している。
【0165】
加えて、第一の発明の油性潤滑剤の組成に関し、必ずしも溶剤を混合する必要のないことが明らかになった。静電塗布を行なわない条件では、金型へ付着して油膜に速乾性を与え、素早く乾燥膜を金型上に形成する必要がある。即ち、溶剤と混合することで付着効率を高めている。しかし、付着効率を静電塗布で補えるので、速乾性は必ずしも必要ではなく、溶剤を混合しなくても良い場合がある。事実、溶剤を粘度の高い精製基油及び合成基油に置き換えても溶剤と同等の静電付着を示した。第四石油類(消防法で引火点200℃以上)の潤滑油基油(鉱油)でも本発明に使うことができる。
【0166】
3)粉体の含有による摩擦への影響
油性潤滑剤に粉体が含有されることで、金型の焼付きは減少した。静電印加を行なう条件下で350℃での摩擦力は、粉体を含有しない場合の156.8N(焼付き直前)、1質量%粉体混合で78.4Nと低下した。しかも、粉体を3質量%含有させることで、425℃でも焼付かなかった。水溶性離型剤を用いた場合の約250℃、粉体を含有しない油性潤滑剤の350℃に比べ、本発明は遥かに高温まで焼付きを起こさず、適用範囲が広い。市場の高圧高速鋳造機の使用温度範囲のほぼ100%をカバーすることができる。
【0167】
しかし、静電塗布による効果だけを見ると、粉体を含有した場合の直角噴射の場合は効果がほとんど認められなかった。すでに粉体を含有させることで十分耐焼付き性が向上し、静電塗布による効果は認められなかったものと推測される。そこで、平行噴射による静電の「回り込み効果」を調べたところ、顕著な静電効果が認められた。粉体3質量%の油性潤滑剤を試験片に平行噴射した場合、静電塗布を行なわない場合では350℃で焼付き、静電塗布を行なった場合では68.6Nの摩擦力であった。その際の250℃の付着量は静電塗布を行なわない場合で0.1mgであるのに対し、静電塗布を行なった場合、4.5mgへと増加した。この試験器での効果は、実機に近い成形性評価器でも確認できた。第一の発明の組成と第二の発明の塗布方法の有効性が確認できた。
【0168】
4)粉体混合による断熱性への影響
塗布膜の熱伝達率が顕著に低下した。塗布膜なしの0.773W/cmKに対し、塗布膜216μmで0.285W/cmKであった。高圧鋳造では数μm、鍛造でも数μmから十数μmの膜厚であり、大幅な伝熱係数の低減は期待できないが、重力・低圧鋳造では100〜150μmほどの膜を形成させるので、この熱伝達率低下は効果的である。
【0169】
重力・低圧鋳造のための湯流れ性試験で、熱伝達率の低下に起因し、湯流れ距離が顕著に伸びた。静電印加がなく、且つ塗布膜10μmのときに5cmであった湯流れが、塗布膜71μmのときは37cmであった。この場合でも静電塗布の効果は認められ、同じ塗付条件で静電塗布をしない場合は、塗布膜71μmのときに37cmであった湯流れが、静電塗布を行なった場合は、塗布膜111μmのときに50cm以上の湯流れ距離となった。
【0170】
5)低油分配合での付着・摩擦への粉体混合・静電効果
主に多量に塗布する重力・低圧鋳造のための検討であるが、鋳造後の製品に「色残り」が起こる。多量の高粘度炭化水素が炭化して起こる問題である。そこで、油分を低減した配合を検討した。油分が11質量%の油性潤滑剤Aから3.5質量%の油性潤滑剤Bへ油分を低減しても、10質量%の粉体の場合、付着量は49.9mg対46.5mgと同等であった。
【0171】
6)圧縮下の摩擦
ラボ摩擦試験器の約60000倍の高荷重下でリング試験を実施した。粉体含有油性潤滑剤を使って、静電塗布の有無による摩擦を比較したところ、静電印加をしない場合の0.327から、静電印加を行なった場合の0.290へと摩擦係数が低下し、高圧圧縮下で静電塗布の効果が確認できた。
【0172】
7)実機での効果
a)高圧高速鋳造
金型面上への塗布液の濡れ性が、静電印加をすることで顕著に向上した。静電塗布による回り込み効果が表れたと言える。一方、金型全面が濡れたため、粉体を混合することによる効果は本評価では明確にはならなかった。また、粉体を混合しても、実機で焼付けも発生せず、40回実生産を継続し、評価を停止した。(D−4−1)及び(D−4−2)におけるラボ試験結果から推定し、実機で塗布量が低下できるものと考えられる。
【0173】
b)重力鋳造
実機を模した成形性評価試験器で、粉体を含有させず、静電印加をしない場合に比べ、粉体を含有させ、静電印加を行なう場合の方が、評点が高く、かつ、100%充填できた。塗布膜が厚くなり、断熱性が向上し、湯流れ性がよくなった結果である。
【0174】
c)鍛造
高荷重下のリング圧縮試験器で本発明の摩擦低減効果が見られた。実機を使用し、この効果を確認したところ、粉体を含有し、静電印加をしない場合の変形率70.9%に比べ、粉体を含有し、静電塗布を行なった場合の変形率は72.4%であり、若干、変形率は向上した。一方、市販の水溶性潤滑剤の変形率72.7%と、同等であった。しかし、本発明の場合、塗布量は1/10と少なく、かつ、油性潤滑剤であるのでLF温度が高い。そのため、金型温度を100℃以上高く設定することが可能となり、ワーク用の再昇温工程を省略可能であり、作業時間の大幅な短縮が期待できる。
【0175】
8)結論
1)〜7)に述べるように各種評価結果から粉体含有油性潤滑剤を静電塗布することにより、次の優れた効果が確認できた。
1.粉体含有油性潤滑剤の金型への付着量の増加。粉体を含有しない場合と比べ、塗布量が同じであっても、塗布膜が厚くなり焼付き範囲が狭くなる。焼付きがない場合、更に塗布量を低減することが可能となる。
2.焼付き防止効果。焼付きの発生する温度が350℃〜425℃以上となり、粉体含有油性潤滑剤の適用範囲が顕著に広がる。高圧鋳造、重力鋳造、鍛造で効果的に用いられる。
3.回り込み効果。静電塗布により、複雑な形状をした金型の隠れた部位までも、粉体含有油性潤滑剤の付着が可能となり、該潤滑剤を活用できるケースがさらに広がる。複雑な構造の高圧鋳造で効果的に用いられる。
4.断熱効果。粉体含有油性潤滑剤の付着量の増加と厚い塗布膜の形成が可能となり、断熱性が向上し、湯流れ性が改善できる。重力鋳造で効果的に用いられる。
5.乾燥時間の短縮。粉体含有油性潤滑剤であるため、水溶性潤滑剤に比べ乾燥時間が短く、乾燥時間は数秒である。重力鋳造で効果的に用いられる。
6.高温での付着性。金型温度を高め、鍛造での再昇温工程を削減できる。鍛造で効果的に用いられる。
【産業上の利用可能性】
【0176】
本発明の粉体含有油性潤滑剤を静電塗布する方法は、非鉄金属を鋳造及び鍛造加工するのに適している。
【図面の簡単な説明】
【0177】
【図1】図1(A)は本発明の静電塗布装置の概略的な全体の説明図である。また、図1(B)は、図1(A)の静電塗布装置の一部である静電塗布ガンから金型へ油性潤滑剤を塗布している状態を説明している図である。
【図2】図2は実機金型での油性潤滑剤の付着を模したラボ型付着量測定試験器の説明図である。
【図3】図3は、実機金型で固化したアルミ製品を取り出す際に要する摩擦力を推定するためのラボ型摩擦試験器の説明図である。図3(A)は試験片に潤滑剤を塗布している状況を説明している。図3(B)は、潤滑剤を塗布した試験片上で、溶けたアルミを固化させ、その後、摩擦力を測定している状況を説明している。
【図4】図4は、静電塗布効果を確認する場合の塗布方向と平行に試験片を設置するための配置を示す。
【図5】図5は高温に溶解したアルミ溶湯が固化するまでに流れる長さを測定する湯流れ性試験器の全体図である。
【図6】図6は、図5の湯流れ性試験器を構成する台の側面を表す図である。
【図7】図7は、図5の湯流れ性試験器を構成する蓋を表す図である。図7(A)は蓋の側面を表し、図7(B)は蓋の裏側を表す図である。
【図8】図8は、図5の湯流れ性試験器による湯流れ性試験に用いる枡と棒を表す図である。図8(A)は湯流れ性試験に用いる枡、図8(B)は湯流れ性試験に用いる棒を表す図である。
【図9】図9は実機の重力鋳造装置を模した成形性評価試験器の概要図である。
【図10】図10は図9の成形性評価試験器を構成する左側金型の詳細図である。
【図11】図11は図9の成形性評価試験器を構成する右側金型の詳細図である。
【図12】図12は成形性評価試験の操作を説明するための図である。
【図13】図13は成形性評価試験により固化した鋳造製品を表す図である。
【図14】図14は、実機鍛造を模したリング圧縮試験器の概要を説明する図である。
【図15】図15は、実機鍛造装置に静電塗布装置を試験的に搭載した状況の説明図である。
【符号の説明】
【0178】
1 静電塗布ガン
2 静電コントローラ
3 変圧器
4 液圧送装置
5 配管
6 エアコンプレッサー
7 電源
8 静電付与装置
9 多軸ロボット
10 ブラケット
11 油滴
12 金型
13 エア制御システム
21 台
22 電源・温度調節器
23 ヒーター
24 鉄板架台
25 鉄板支持金具
26 鉄板
27 熱電対
28 潤滑剤
31 摩擦測定用鉄板
32 熱電対
33 塗布ノズル
34 試験器架台
35 リング
36 アルミ溶湯
37 鉄製重し
41 静電塗布ガン
42 試験片
51 台
51a 突出部
51b 傾斜面
52 蓋
52a 傾斜面
52b 流し込み口
52c 溝
53 枡
54 棒
55 ガスバーナ
56 取っ手
57 開口部
58 孔
61 左側金型
62 湯口
62a 切欠け部
62b 切欠け部
63 キャビティ部
64 セル
65 右側金型
66 ガスバーナ
67 柄杓
68 アルミ溶湯
69 鋳造製品
70 部位
81 下ダイセット
82 上ダイセット
83 ダイ
84 潤滑剤
85 アルミ試験片
86 パンチ
91 上ダイセット
92 下ダイセット
93 上金型
94 下金型
95 カートリッジヒーター
96 潤滑剤
97 静電塗布ガン
98 昇温ユニット
99 熱電対
100 温度制御ユニット


【特許請求の範囲】
【請求項1】
油からなる油性潤滑剤60〜99質量%、可溶化剤0.3〜30質量%、無機粉体0.3〜15質量%及び水7.5質量%以下からなり、金型へ静電塗布される金型用粉体含有油性潤滑剤。
【請求項2】
油からなる油性潤滑剤60〜98.7質量%、可溶化剤0.8〜30質量%、無機粉体0.3〜15質量%及び水0.2〜7.5質量%からなり、金型へ静電塗布される金型用粉体含有油性潤滑剤。
【請求項3】
請求項1又は2記載の金型用粉体含有油性潤滑剤を金型へ静電塗布する静電塗布方法。
【請求項4】
請求項1又は2記載の金型用粉体含有油性潤滑剤へ静電を付与する静電付与装置と、多軸ロボット上に設置された静電塗布ガンとを具備する、前記金型用粉体含有油性潤滑剤を金型へ静電塗布するための静電塗布装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2010−77321(P2010−77321A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−249147(P2008−249147)
【出願日】平成20年9月26日(2008.9.26)
【出願人】(304028645)株式会社青木科学研究所 (10)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000100805)アイシン高丘株式会社 (202)
【出願人】(000117009)旭サナック株式会社 (194)
【Fターム(参考)】