説明

金属化合物、その製造方法及び導体用ペースト

【目的】導体用材料として使用し焼成しても、有害なSOやClが発生しない、貴金属酢酸塩誘導体及びそのアセチリド化合物を提供する。
【構成】本発明の金属化合物は、その主配位子が酢酸根(あるいはカルボキシラート基)あるいはそれとアセチリド、置換アセチリド、そのオリゴマーあるいはアセチリド誘導体からなり、硫黄やハロゲンを含有しない。そのうえ、亜硫酸塩を使用する工程も存在しないため、本発明に係わる金属化合物から導体用ペーストを生成してセラミック電子部品を製造しても、有害なSOやClが発生しない。SOやClを発生しない本発明に係る金属化合物は、セラミック電子部品等完成品の性能の安定性にも寄与する。更に、金属化合物の配位子の炭素数の制限を緩和したため、前記配位子の選択範囲が広がる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な金属化合物及びその製造方法に関し、特に素材表面に電極や装飾膜等の金属膜を形成するために使用される金属化合物であり、更に詳細にはその金属化合物を利用した導体用ペーストに関する。
【背景技術】
【0002】
導体用ペーストは、例えば、電子部品の電極形成に用いられる。即ち、この導体用ペーストをスクリーン印刷等の方法でセラミック基板上に塗布して所定の回路パターンを形成し、このパターン部分を加熱して有機成分を分解・蒸発させ、金属を膜状に析出させる方法が知られている。
【0003】
従来、この様な用途に用いられてきた有機金属化合物としては、バルサム系化合物、例えば硫化テルピネオール金(C1018SAuCl)、硫化テルピネオール白金(C1018SPtCl)、硫化テルピネオールパラジウム(C1018SPdCl)等が知られている。これらの化合物は一般に金バルサム、白金バルサム、パラジウムバルサムとも略称されており、その他にもロジウムバルサム、ルテニウムバルサム等の貴金属バルサムが知られている。
【0004】
これら従来のバルサム系化合物を、金属ペーストや金属液等の金属化合物の原料として利用すると、バルサム系化合物には硫黄や塩素が含まれているため、焼成工程でSOやClが副産物として必然的に発生するという問題が存在する。有害物質であるSOやClが発生すると、作業員の職場環境を悪くするだけでなく、自然環境一般に対しても悪い影響を与える。また、これらの有害物質を回収するには脱硫装置などの多大な設備が必要となり、そのうえ100%回収することは困難であった。
【0005】
また、焼成時に発生するSOやClが素材に悪影響を与える場合がある。素材を加熱して金属以外の成分を分解蒸発させるのであるが、SOやハロゲンが素材を腐食したり、硫黄原子やハロゲン原子が素材中に不純物として拡散する場合がある。特に、素材が電子部品である場合にはその電子特性に悪影響を与える場合もある。
【0006】
そのため、環境破壊防止への取り組み、地球環境に対する意識の高まり及び電子部品の性能向上への要望につれて、硫黄やハロゲンを含有しない導体用ペーストが要求されるようになった。この問題を解決するため、本願発明者等の一部は特許第3491021号(特許文献1)、特許第3674870号(特許文献2)で、硫黄やハロゲンを含有しない金属化合物として、金属アセチリド化合物を前記要求への回答の第一段階として提案した。
【特許文献1】特許第3491021号
【特許文献2】特許第3674870号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記発明にも問題点があった。即ち、特許文献1では、金属化合物中の炭素数が少ないと溶剤に溶解しにくくなると同時に、爆発性が増大するため危険性が増加するという問題が存在した。逆に、炭素数が多いと金属化合物中での金属重量が相対的に小さくなり、導体用ペーストを調製したときに金属膜を形成できなくなるという問題が存在した。そのため、配位子全体の炭素数に、3〜10という制限が存在した。このため、配位子の種類や使用量にも制限が存在した。
【0008】
また、特許文献2では、金属アセチリドを製造する時に、還元剤として亜硫酸塩を使用して、金属塩を部分還元する工程を必要としていた。せっかく硫黄やハロゲンを含有しない原料を使用しても、還元剤として亜硫酸塩を使用するということは、硫黄を使用する工程が存在し、SO発生の原因になるということである。
【0009】
本願発明者等は、完全硫黄フリー及び完全ハロゲンフリーの金属化合物を研究開発する中で、製造工程中においても硫黄やハロゲンを全く使用せず、最終目的物質の中においても硫黄やハロゲンを全く含有しない金属化合物を発見するに至った。即ち、この金属化合物の製造工程では、還元剤を全く使用せずに目的とする金属化合物を探索し、その結果得られた金属化合物が化合物リストの中に記載されない新規金属化合物であることを見出すに至った。
【0010】
即ち、本発明の目的は、上記の課題に鑑み、単に硫黄やハロゲンを含有しないだけではなく、配位子の炭素数の制限を緩和し、還元剤を使用する工程も存在しない、素材表面に電極や装飾膜等の金属膜を形成する新規金属化合物を提供することである。そして、本願発明者等は、前記新規金属化合物が後述する特長を有することを確認して、特許出願に至った。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、本発明の第1の形態は、化学式がM(NH(OAc)(NO)で表され、Mは金属元素(配位数x、形式酸化数y)であり、p、q、r、x及びyはp≧0、q≧0、r≧0、x=p+q+r及びy=q−rという条件を有したことを特徴とする金属化合物である。
【0012】
本発明の第2の形態は、前記第1の形態において、前記化学式のNH及び/又はOAcの一部又は全部が他の配位子で置換された誘導体である金属化合物である。
【0013】
本発明の第3の形態は、前記第2の形態において、前記他の配位子がアセチリド、置換アセチリド、それらのオリゴマー又はそれらの2次反応生成物である金属化合物である。
【0014】
本発明の第4の形態は、前記第1〜3形態のいずれかにおいて、前記金属元素Mが貴金属元素である金属化合物である。
【0015】
本発明の第5の形態は、ニトロシル基、ニトロ基及び硝酸基のいずれか1種と、必要によりアンモニアを含有する初期金属化合物に、酢酸塩及び/又は酢酸を反応させ金属化合物を生成し、前記金属化合物は化学式がM(NH(OAc)(NO)で表され、Mは金属元素(配位数x、形式酸化数y)であり、p、q、r、x及びyはp≧0、q≧0、r≧0、x=p+q+r及びy=q−rという条件を有した金属化合物の製造方法である。
【0016】
本発明の第6の形態は、前記第5の形態において、前記金属化合物にNH及びOAc以外の他の配位子となる化合物を反応させ、前記金属化合物のNH及び/又はOAcの一部又は全部を置換して誘導体を生成する金属化合物の製造方法である。
【0017】
本発明の第7の形態は、前記第6の形態において、前記他の配位子がアセチリド、置換アセチリド、それらのオリゴマー又はそれらの2次反応生成物である金属化合物の製造方法である。
【0018】
本発明の第8の形態は、前記第5〜7形態のいずれかにおいて、前記金属化合物中の金属元素が貴金属元素である金属化合物の製造方法である。
【0019】
本発明の第9の形態は、前記第1〜4形態のいずれかにおいて、前記金属化合物に、前記金属化合物の溶剤及び/又は粘度調整用の樹脂を少なくとも配合する導体用ペーストである。
【0020】
本発明の第10の形態は、前記第9の形態において、金属粉体を更に混合して調製した導体用ペーストである。
【発明の効果】
【0021】
本発明の第1の形態によれば、化学式がM(NH(OAc)(NO)で表され、Mは金属元素(配位数x、形式酸化数y)であり、p、q、r、x及びyはp≧0、q≧0、r≧0、x=p+q+r及びy=q−rという条件を有したことを特徴とする金属化合物を提供することができる。前記金属化合物は、化学式に基き既存物質データベースを検索することにより、新規物質であることが判明した。前記化学式からも分るように、前記金属化合物は有害物質である硫黄や塩素を含有しない。そのため、前記金属化合物から導体用ペーストを生成して加熱しても、有害物質であるSOやClが発生しない。即ち、前記金属化合物は、地球に優しいクリーンな化合物である。そして、前記導体用ペーストは前記金属化合物を分子として分散形成しているので、最小単位が分子サイズになり、セラミック電子部品に使用すると極薄膜を形成でき、前記セラミック電子部品の小型化・高密度化・大容量化が図れる。そして、前記金属化合物は新規物質であるので、単に導体用ペーストへの利用のみならず、各種産業への応用展開が可能になる。ここで、(OAc)はCHCOOで表されるアセトキシ基である。アセトキシ基は、例えば酢酸や酢酸塩から誘導される。もちろん、必要に応じてこのアセトキシ基をさらに長鎖の有機カルボキシ基に換える事もできる。
【0022】
本発明の第2の形態によれば、前記化学式のNH及び/又はOAcの一部又は全部が他の配位子で置換された誘導体である金属化合物を提供することができる。前記他の配位子の種類、NH及び/又はOAcの置換される割合には、上述したようにM(NH(OAc)(NO)で、p、q、r、x及びyはp≧0、q≧0、r≧0、x=p+q+r及びy+r=qという条件以外には制限がない。そのため、使用条件に最適な前記他の配位子を広範囲に選択でき、前記他の配位子でNH及び/又はOAcが置換された金属化合物も広範囲に生成できるので、使用条件によって最適な配位子を選択することができる。また、前記他の配位子に硫黄やハロゲンを含有しない配位子が選択されると、本形態の化合物は有害物質であるSOやClが発生しないので、地球に優しいクリーンな化合物が提供できる。
【0023】
本発明の第3の形態によれば、前記他の配位子がアセチリド、置換アセチリド、それらのオリゴマー又はそれらの2次反応生成物である金属化合物を提供することができる。アセチリドは炭素−炭素の三重結合が存在するため、反応性に極めて富む化合物である。また、前記他の配位子はアセチリド又は置換アセチリドが2〜20程度結合したオリゴマーでも良いし、2次反応生成物にはCOやCOのような炭素化合物も含まれる。そのため、前記p、q、r、x及びyの制限を満足すれば、分子量、炭素数、官能基等によりこれらの中から、使用条件によって最適な配位子を選択することができる。またこれらは新規化合物である。
【0024】
本発明の第4の形態によれば、前記金属元素Mが貴金属元素である金属化合物を提供することができる。ここで貴金属とは、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、イリジウム(Ir)、ロジウム(Rh)、オスミウム(Os)及びルテニウム(Ru)の6元素である。貴金属元素を前記金属元素Mとして使用するから、貴金属を含有する金属化合物から生成される導体用ペースト等は、安定した性質を保持する。そのため、過酷な使用条件下での長期間の使用にも耐えられる導体用ペースト等が得られる。前記導体用ペーストを使用したセラミック電子部品は、電気的性能が安定する。また、貴金属を含有する金属化合物を装飾品に使用すれば、貴金属を含有しない金属化合物より光沢が増加する。
【0025】
本発明の第5の形態によれば、ニトロシル基、ニトロ基及び硝酸基のいずれか1種と、必要によりアンモニアを含有する初期金属化合物に、酢酸塩及び/又は酢酸を反応させ金属化合物を生成し、前記金属化合物は化学式がM(NH(OAc)(NO)で表され、Mは金属元素(配位数x、形式酸化数y)であり、p、q、r、x及びyはp≧0、q≧0、r≧0、x=p+q+r及びy=q−rという条件を有した金属化合物の製造方法を提供することができる。この際、この化合物は、不安定であったり、また分離することが困難な場合が多いので、この化合物を単離することなく、その合成系にさらに他の化合物や配位子を導入して、目的最終生成物をえることができる。上述したように、前記金属化合物は有害物質である硫黄や塩素を含有しない。そのうえ、硫黄やハロゲンを含む還元剤、例えば亜硫酸塩を使用する工程が存在しない。即ち、原料にも工程にも、硫黄やハロゲンが存在しないので、前記金属化合物から導体用ペーストを生成して加熱しても、有害物質であるSOやClが発生しない。このため、この製造方法は地球環境を考慮した金属化合物の製造方法である。
【0026】
本発明の第6の形態によれば、前記金属化合物にNH及びOAc以外の他の配位子となる化合物を反応させ、前記金属化合物のNH及び/又はOAcの一部又は全部を置換して誘導体を生成する金属化合物の製造方法を提供することができる。上述したようにM(NH(OAc)(NO)で、p、q、r、x及びyはp≧0、q≧0、r≧0、x=p+q+r及びy+r=qという条件以外には、前記他の配位子となる化合物の種類、NH及び/又はOAcの置換される割合には制限がない。そのため、広範囲に前記他の配位子となる化合物を選択でき、前記他の配位子となる化合物でNH及び/又はOAcが置換された、使用条件に最適な金属化合物を製造することができる。また、前記他の配位子に硫黄やハロゲンを含有しない配位子が選択されると、本形態の化合物の製造方法により、有害物質であるSOやClが発生しない、地球に優しいクリーンな化合物を製造することができる。
【0027】
本発明の第7の形態によれば、前記他の配位子がアセチリド、置換アセチリド、それらのオリゴマー又はそれらの2次反応生成物である金属化合物の製造方法を提供することができる。前述のように、炭素−炭素三重結合が存在するアセチリドは、反応性に極めて富む化合物である。また、前記他の配位子はアセチリド又は置換アセチリドが2〜20程度結合したオリゴマーでも良いし、2次反応生成物には、COやCOといった炭素化合物も含まれる。そのため、前記p、q、r、x及びyの制限を満足すれば、これらの中から分子量、炭素数、官能基等により、使用条件及び製造条件により最適な配位子を選択して金属化合物を製造することができる。
【0028】
本発明の第8の形態によれば、前記金属化合物中の金属元素が貴金属元素である金属化合物の製造方法を提供することができる。ここで貴金属とは、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、イリジウム(Ir)、ロジウム(Rh)、オスミウム(Os)及びルテニウム(Ru)の6元素である。貴金属元素を前記金属元素Mとして使用するから、貴金属を含有する金属化合物から生成される導体用ペースト等は安定した性質を保持する。そのため、本形態により、過酷な使用条件にも耐えられる、セラミック電子部品の小型化・高密度化・大容量化の要求にも対応できる導体用ペーストを製造することができる。
【0029】
本発明の第9の形態によれば、前記金属化合物に、前記金属化合物の溶剤及び/又は粘度調整用の樹脂を少なくとも配合する導体用ペーストを提供することができる。上述したように、本形態の導体用ペーストは原料の前記金属化合物に有害物質である硫黄や塩素を含有しない。そのうえ、硫黄やハロゲンを含む還元剤、例えば亜硫酸塩を使用する工程が存在しない。即ち、原料にも工程にも、硫黄やハロゲンが存在しないので、前記金属化合物から導体用ペーストを生成して加熱しても、有害物質であるSOやClが発生しない、地球環境を考慮した導体用ペーストである。また、前記金属化合物に溶剤を混和すると粘性を呈して、粘度調整用の樹脂が不要になる場合がある。前記金属化合物は粒径制限のある粒子と異なり、分子として前記導体用ペースト中に分散形成されているので、最小単位が分子サイズになる。前記導体用ペーストを焼成すると、凹凸がなく、平滑であり、鏡面状の光沢のある極薄膜が形成できる。そして、前記金属化合物を主成分とする前記導体用ペーストは、セラミック電子部品に使用すると極薄膜を形成できるため、前記セラミック電子部品を小型化・高密度化・大容量化することが期待できる。
【0030】
本発明の第10の形態によれば、前記導体用ペーストに、金属粉体を更に混合して調製した導体用ペーストを提供することができる。前記金属粉体は、単独でも導体用ペーストに使用することができる。金属粉体のみを含有し、金属化合物を含有しない導体用ペーストを焼成すると、表面に凹凸のある薄膜が形成される。このとき、金属粉体同士は点接触となるため、電気抵抗が大きく、電流により発熱することがある。金属化合物を含有する導体用ペーストでは、凹部に前記金属化合物が入り込み、焼成すると、平滑で鏡面状の光沢のある薄膜が形成される。さらに、金属粉体同士の点接触の周りも前記金属化合物で埋め尽くされるため、電気抵抗が小さくでき、電流による発熱も防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下に、本発明に係る金属化合物の実施形態を詳細に説明する。
【0032】
[実施例1:白金アセチリドの合成(1)]
ジアンミンジニトロ白金(II)Pt(NH(NO10.0g、酢酸ナトリウム3水和物4.3g(白金に対して等モル)及び氷酢酸150mlをフラスコ中で混合し、リービッヒ冷却管を取り付けて、混合物をかき混ぜながら油浴中(浴温120付近)で加熱する。当初、原料の白金錯体は酢酸に不溶であるので、淡黄色の懸濁液であるが、加熱すると混合液の温度は104〜110℃となり、しばらくして混合液の色は淡黄色から濃黄色、更に(赤)褐色へと変化し、同時にNO特有の褐色のガスが発生するようになる。加熱を続けていくにつれて、懸濁していた固体が徐々に溶解し、更に褐色のガス発生が激しくなる。このまま13時間加熱すると、褐色ガスの発生は終息し、原料固体は消失して、溶液は濃い赤褐色となる(高い浴温では、黒色の沈殿を含む青紫色溶液となる)。室温に冷却後、この反応溶液から減圧下で酢酸を留去すると、約17gの濃赤色から黒色(濃紫色)固体が得られる。この固体は水やアルコールに溶解するが、アルコール中では徐々に分解して黒色沈殿が生じる。赤外スペクトルから酢酸根を含む白金錯体であると考えられる。
【0033】
こうして得られた固体に150mlのアセトンと15.8gの置換アセチレンである3,5‐ジメチル‐1‐へキシン‐3‐オール(C14O、DMHO‐H:アセチレン水素を除く骨格をDMHOと略記、白金に対して4倍モル)を加え、浴温70℃付近で攪拌下に加熱すると、黒色状の固体は消失し、溶液の色は赤褐色へと変化する。5時間加熱攪拌後、溶媒であるアセトンを減圧留去し、残分をトルエンに溶解して水洗によりナトリウム除去、溶媒不溶分をろ過、更に溶媒を減圧留去する等による精製後、20.0gの褐色ペースト状生成物が得られる。生成物の白金含量から白金錯体収率は83.6%となる。元素分析の結果は次の通りである。実測値:C、54.82;H、7.27;N、1.12;Pt、25.30%、これは組成C35.255.60.625.5Ptに対応する。
【0034】
生成物の赤外吸収スペクトルでは、この構造中に含まれる炭化水素グループによる吸収の他に、特徴的な吸収として3440cm−1にνOH、2063cm−1にνC≡C、1710cm−1にνNO、更に1612及び1367cm−1に単座配位子としてのアセトキシ基の吸収が認められる。これらの結果から、錯体はPt(NO)0.5(OAc)(‐C≡C‐R){(‐CH=CR)‐C≡C‐R}、n=0〜2に相当する構造を持つものと推定される。即ち、ジアンミンジニトロ白金(II)と酢酸塩及び/又は酢酸が反応しPt(OAc)の誘導体が合成され、更に置換アセチリドによりOAcの一部が置換されたと考えられる。なお、このNO配位子はPt原子に対して0.5モル倍程度しか存在せず、NO配位子を含まないものとの混合物あるいは複核錯体で片方のPt原子上にNO配位子が存在することを示すものと思われる。
【0035】
生成物はトルエン、アセトン、エタノール等の有機溶媒に高い溶解度を持ち、空気中で長期安定である。生成物の白金含量は合成及び精製条件で異なるが25〜32%である。反応等は全て大気下で実施できる。
【0036】
[実施例2:白金アセチリドの合成(2)]
実施例1の酢酸ナトリウムの代わりに11.4gの25%水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液を用い、(酢酸と反応して酢酸テトラメチルアンモニウムとなる)、浴温122〜124℃(混合液温度104〜106℃)で約8時間半加熱して前段反応を行い、その後は実施例1と全く同じ条件で3,5‐ジメチル‐1‐へキシン‐3‐オール(DMHO‐H、C14O)と反応させ、同様な手法で精製することにより、83.2%の収率で白金錯体を合成できる。即ち、ジアンミンジニトロ白金(II)と酢酸塩及び/又は酢酸が反応しPt(OAc)を含む化合物が合成され、更に置換アセチリドによりOAcの一部が置換された。ここではナトリウム化合物を使用していないので、生成物は完全にナトリウムフリーである。
【0037】
[実施例3:白金アセチリドの合成(3)]
実施例1の3,5‐ジメチル‐1‐へキシン‐3‐オールの代わりに、9.52gの置換アセチレンであるエチニルベンゼン(フェニルアセチレン、C)を用いて、実施例1と同様の反応させると、トルエンに可溶な固体状の褐色錯体17.6g(白金含量32.6%、収率95%)が得られる。即ち、ジアンミンジニトロ白金(II)と酢酸塩及び/又は酢酸が反応しPt(OAc)を含む化合物が合成され、更に置換アセチリドによりOAcの一部が置換されたことを示している。
【0038】
この褐色錯体は、トルエン、アセトン及び酢酸エチルに高い溶解性を持つが、メタノールやエタノールには難溶である。従って、この錯体を高濃度に含むトルエン溶液に例えば炭素粉体を分散し、この分散液にメタノール添加することで、炭素粉体以上にこの白金錯体を析出させることができる。この析出体を窒素中で熱処理することにより、炭素粉体を白金でコーティングすることができる。
【0039】
[実施例4:ルテニウムカルボニル錯体の合成]
3.94%のルテニウム金属を含む硝酸ルテニウム水溶液490g(ルテニウム金属19.3g、0.191mol)を水酸化ナトリウム水溶液で中和する。生じた沈殿を遠心分離し、ついで純水に分散、遠心分離による洗浄を少なくとも6回繰返して精製する。そうして得られた沈殿を温風(50℃程度)で乾燥すると、45.6gの固体含水酸化ルテニウム或いは水酸化ルテニウムが得られる。この固体を150mlの氷酢酸と混合して、約5時間、110℃で加熱した後、酢酸を減圧留去する。ついで固体に残存する酢酸を除去するために、この固体を150mlのトルエンに懸濁させ、トルエンを減圧留去すると、濃褐色固体としてニトロシル配位子を含んだ収量50.2g、収率98.6%の酢酸ルテニウムが得られる。同様の実験を数回繰り返し、それぞれに得られる生成物の元素分析を行った。実測された組成範囲は、C、16.13〜17.87;H、2.60〜3.02;N、4.24〜4.82;Ru、35.6〜38.0%であった。この生成物の赤外吸収スペクトルでは特徴的なものとして、3430cm−1にνOH、1866cm−1に強い吸収νNO及び1550及び1420cm−1に橋かけアセトキシに帰属できる強い吸収が認められ、この生成物はアセトキシ基で架橋された多核錯体であると推定される。また、比較的高い波数位置に観測されたνNOの値は、ニトロシル配位子が+2価以上の酸化状態をもつRu原子に配位していることを示している。これらのことから、生成物の組成はRu(OCOCH(NO)(OH)・HOと推定できる。その元素組成の計算値は、C、16.91;H、3.19;N、4.92;Ru、35.56%となり、上記の実測組成範囲内にある。この組成では、Ruの形式酸化数は+2価となり、通常この酸化数のRu化合物に認められる配位数6とは一致しないが、これは上述したようにこの単位の構造がアセトキシ基の橋かけを通して多量化(クラスターを形成)していることによる。また、クラスターの中ではRu−Ru結合も存在しているのであろう。
【0040】
前記酢酸ルテニウム5.00g(Ruとして17.6mmol)、3,5‐ジメチル‐1‐へキシン‐3‐オール(DMHO‐H、C14O)4.50g(35.7mmol)、更にエタノール50mlをフラスコにとり、約5時間窒素中で加熱還流する。室温に冷却してからエタノールを減圧留去し、残留固体をn‐ヘキサンで洗浄してルテニウム化合物6.28gを得る。元素分析の結果、実測値:C、38.02;H、5.34;N、3.35;Ru、30.6%となり、対応するDMHO誘導体としての計算値:Ru(OCOCH)(DMHO)(NO)OHとして、C、36.14;H、5.16;N、4.21;Ru、30.41%と一致する。この結果から酢酸ルテニウムの2つのアセトキシ配位子のうち1つが置換活性であり、末端アセチレンと反応してアセチリドとなったと考えられる。
【0041】
しかし、生成物の赤外吸収スペクトルでは、1558及び1418cm−1に橋かけしたアセトキシ基に対応する強い吸収、2049にアセチリドのνC≡Cに帰属可能な中程度の吸収、1846cm−1にニトロシル配位子による強くて幾分幅広のνNOの他に1974cm−1に比較的強い吸収が認められた。これはカルボニル配位子の伸縮振動νCOに帰属できる。これは、この生成物は単純なアセチリドではなく、アセチリド配位子が空気中の酸素により酸化されて、カルボニル化合物に変化したことを示している。そこで、さらに生成物を数日間空気中に放置後、再度n‐ヘキサンで洗浄することにより、4.80gのカルボニル錯体を得た。元素分析結果は、実測値:C、28.53;H、4.05;N、4.32;Ru、37.0%となり、Ru(OCOCH)(NO)(CO)0.5(DMHO)0.5(OH)としての計算値:C,27.52;H,3.73;N,4.94、Ru35.62%とほぼ一致する。これはアセチリドの半分がCOに変化したとした構造に相当する。錯体は当然クラスター化していると思われる。この推定組成では、Ruの平均酸化数が原料の酢酸塩と比較して低い値(+1.5)となることを示しており、それに一致してνNOは原料の酢酸塩では1866cm−1であったのに対してカルボニル錯体では1846cm−1へと低波数に移動している。しかし、クラスター中の酸化状態や配位環境が異なる各Ru原子にニトロシル配位子が存在するにもかかわらず若干幅広いがほとんど一本のνNO吸収ピークしか認められず、Ru−Ruの結合などを通して電子交換などが起きていることを暗示している。この生成物はアセトンの他、アルコール系の溶媒に対して高い溶解度をもち、Ruペース原料として利用可能である。
【0042】
[実施例5:他の高級カルボン酸ルテニウム塩の合成(硝酸ルテニウムとカルボン酸ナトリウム塩との直接反応)]
前節に述べた酢酸ルテニウムを他の高級カルボン酸と混合して過熱し、その際遊離する酢酸を減圧除去(即ち、酸交換)することにより他の高級カルボン酸ルテニウム錯体に転換することができると思われる。この高級カルボン酸錯体は硝酸ルテニウムとカルボン酸ナトリウムとの直接反応でも当然合成できるはずである。一方、酢酸錯体をこの直接反応で合成すると生成物は水に可溶であるので、ナトリウム塩との分離が困難であるために純粋なものを得るのは非常に困難である。それに対して、例えばオクチル酸錯体では水への溶解度は非常に小さいと考えられるので、ナトリウム塩との分離が可能であり、純粋なルテニウム塩が得られるものと考えられる。そこで、その合成を試み、上記の酢酸塩合成の結果と比べた。
【0043】
3.94%のルテニウムを含む硝酸ルテニウム水溶液452.1g(Ru17.8g、0.176mol)から減圧で過剰の硝酸を除去し、残分をメタノール400mlに溶解し、これに炭酸ナトリウム27.4g(0.259mol)とオクチル酸(2-エチルヘキサン酸)50.7g(0.352mol)を加えてからしばらく室温で攪拌したのちに、混合物を8時間加熱還流した。室温に冷却したのちメタノールを減圧留去し、得られた粘稠半固体をトルエンに溶解した。この溶液を水洗してナトリウム塩を除去した後、トルエンを減圧留去することにより、黒褐色の固体65.5gを得た。収率はほぼ定量的である。この化合物の赤外吸収スペクトルでは、特徴的に3440cm−1にνOH、1869cm−1にニトロシル配位子によるνNO及び1615cm−1、1537cm−1及び1380cm−1にカルボキシラート(単座配位及び架橋配位)によると思われる強い吸収が認められ、ニトロシル配位子を含むカルボキシラート架橋を含む多核錯体であると推定される。元素分析の結果、C,40.32;H,6.98;N,5.91;Ru、27.3%となり、これは元素組成C12.425.61.564.51Ru、即ち化合物組成はほぼRu(C15COO)(NO)・xHOに対応すると思われるが、これは赤外吸収スペクトルで前節の場合と同様にνNOの位置はRuの酸化数が+2以上であることを示している事実とは一致せず、全体構造などの詳細は不明である。しかし、少なくともこの化合物の構造/組成は水酸化ルテニウムの酢酸処理によって得たものとかなり異なっていることが分かった。この化合物の一般の有機溶媒への溶解度は極めて高くて安定である。また、空気中150℃以上で分解してルテニウム金属と酸化ルテニウムの混合物を生じる。錯体中の金属含量も高くて、ルテニウムペースト原料として好ましい特性を有している。
【0044】
[実施例6:硝酸パラジウムとアセチレンとの反応によるアセチレン錯体の合成]
パラジウム8.04g(75.5mmol)を含む硝酸パラジウム水溶液をビーカーにとり、それに酢酸ナトリウム3水塩41.1g(0.302mol)の水溶液60mlを加える。これにアセトン100mlを加えた後、氷水で20℃以下に冷却する。この溶液に攪拌しながら3,5‐ジメチル‐1‐へキシン‐3‐オール(DMHO‐H、C14O)29.6g(0.235mol)をゆっくりと溶液温度を20℃以下に保持しながら加える。加え終わってから室温で約1時間、更に約30℃で約2時間攪拌を続ける。反応生成物は濃褐色の粘稠オイルとして分離する。攪拌を止めるとその生成物が沈殿するので上澄みをデカンテーションで分離した後、生成物をトルエンで抽出し、トルエン相を水で洗浄した後、トルエンを留去することにより、生成物は収量36.0g(収率ほぼ100%)の濃褐色の低融点固体として得られる。生成物の元素分析の結果は次の通りである。実測値:C、56.14;H、7.29;N、1.33;Pd、22.10%、これは元素組成C22.534.80.464.0Pdに相当し、Pd1原子に対し炭素原子数は約21、即ちDMHO2分子以上を含むので、生成物はアセチレンのオリゴマーを配位子とすると考えられる。即ち、硝酸パラジウムが酢酸ナトリウムと反応して生じるニトロシルを含む酢酸パラジウム誘導体に相当する中間体のアセトキシ基がさらにアセチレンのオリゴマーと置換したと考えられる。また、前述した白金錯体の場合と同様に生成物には窒素が含まれており、これは硝酸根から派生したニトロシル配位子が存在することによるものと推定される。なお、上述のPt錯体の場合と同様に、NO配位子はPd原子に対して0.5モル倍しか存在しないが、これはNO配位子を含まないものとの混合物というよりは、複核錯体で片方のPt原子上にNO配位子が存在することを示すものと思われる。類似の化合物は酢酸パラジウムとアセチレンとの反応で得られるが、この場合は当然のことながら生成物には窒素は含まれない。
【0045】
赤外吸収スペクトルでは、3700cm−1にνOH、1558と1417cm−1に橋かけアセトキシ基に対応する吸収が認められ、DMHO‐Hに由来するOHがあることからこの化合物はDMHOの二量体や三量体等の重合物やアセキシ基を配位子とする錯体であることを示す。アセチリドとしてのC≡C伸縮振動(νC≡C)は認められず、Pd‐アセチリド結合に更にアセチレンが挿入、更に環化するなどの反応により、複雑な構造の配位子として存在するものと推定される。また、NOの吸収(νNO)は白金の場合と類似して1700cm−1付近に存在すると考えられるが、他の吸収に隠れており特定できない。
【0046】
[実施例7:導体用ペーストの性能特性]
本願発明で得られた化合物のうち、空気中の熱処理で選択的に金属を生成する白金アセチリドについて、ペースト作成と評価を行った。得られた白金アセチリドに粘度調整剤としての樹脂を加えてペーストを作成し、ガラス板上にスクリーン印刷して、空気中で焼成することにより(Pt5%を含むペーストから)金属光沢をもつ厚み約20nmの均一な白金膜を得ることができた。このアセチリドは一般溶媒への溶解度が極めて高く、また比較的高い白金含量をもつので、溶媒としてタピノール、ブチルカルビトール、ブチルカルビトールアセテートなどの一般的な溶媒、また樹脂としてセルローズ系、アクリル系、アルキッド系などを自由に選択してペースとを作成できる。また、こうして得られた電極膜の抵抗測定からこの白金膜の比抵抗は7×10−5Ωcmあるいはそれ以下となることが分った。
【0047】
本発明は、上記実施形態や変形例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲における種々変形例、設計変更などをその技術的範囲内に包含するものであることは云うまでもない。特に、アセトキシ基はさらに長鎖のアルキル及び置換アルキルを構造として含むカルボキシル基に、またアセチレン化合物として置換末端アセチレン化合物が利用できることは当然である。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明に係る金属化合物は、硫黄やハロゲンを含有しないし、還元剤として亜硫酸塩を使用する工程も存在しない。そのため、前記金属化合物から生成される金属ペーストを使用してセラミック電子部品等を製造しても、有害物質であるSOやClが発生しない。即ち、本発明に係る金属化合物は、地球に優しい金属化合物である。SOやClは、地球環境や金属化合物を取り扱う作業員の職場環境に悪影響をもたらすだけではなく、素材と結合してセラミック電子部品自体にも悪影響を与えることがある。SOやClを発生しない本発明に係る金属化合物は、セラミック電子部品等完成品の小型化、高密度化、大容量化及び性能の安定性にも寄与する。更に、金属化合物の配位子の炭素数の制限を緩和したため、前記配位子の選択範囲が広がる。そのうえ、レジネートは、スピンコーティングによる膜形成や微量の金属元素の均一添加に有効である。以上より、用途、性能、コスト等目的に合わせた金属化合物が製造できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式がM(NH(OAc)(NO)で表され、Mは金属元素(配位数x、形式酸化数y)であり、p、q、r、x及びyはp≧0、q≧0、r≧0、x=p+q+r及びy=q−rという条件を有したことを特徴とする金属化合物。
【請求項2】
前記化学式のNH及び/又はOAcの一部又は全部が他の配位子で置換された誘導体である請求項1に記載の金属化合物。
【請求項3】
前記他の配位子がアセチリド、置換アセチリド、それらのオリゴマー又はそれらの2次反応生成物である請求項2に記載の金属化合物。
【請求項4】
前記金属元素Mが貴金属元素である請求項1〜3のいずれかに記載の金属化合物。
【請求項5】
ニトロシル基、ニトロ基及び硝酸基のいずれか1種と、必要によりアンモニアを含有する初期金属化合物に、酢酸塩及び/又は酢酸を反応させ金属化合物を生成し、化学式がM(NH(OAc)(NO)で表され、Mは金属元素(配位数x、形式酸化数y)であり、p、q、r、x及びyはp≧0、q≧0、r≧0、x=p+q+r及びy=q−rという条件を有したことを特徴とする金属化合物の製造方法。
【請求項6】
前記金属化合物にNH及びOAc以外の他の配位子となる化合物を反応させ、前記金属化合物のNH及び/又はOAcの一部又は全部を置換して誘導体を生成する請求項5に記載の金属化合物の製造方法。
【請求項7】
前記他の配位子がアセチリド、置換アセチリド、それらのオリゴマー又はそれらの2次反応生成物である請求項6に記載の金属化合物の製造方法。
【請求項8】
前記金属化合物中の金属元素が貴金属元素である請求項5〜7のいずれかに記載の金属化合物の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれかに記載の金属化合物に、前記金属化合物の溶剤及び/又は粘度調整用の樹脂を少なくとも配合することを特徴とする導体用ペースト。
【請求項10】
金属粉体を更に混合して調製した請求項9に記載の導体用ペースト。

【公開番号】特開2008−106058(P2008−106058A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−252045(P2007−252045)
【出願日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【出願人】(591040292)大研化学工業株式会社 (59)
【Fターム(参考)】