説明

金属板材の締結方法

【課題】金属板材を締結対象に締結する締結構造においてその疲労強度を簡易な手法で高められるようにする。
【解決手段】金属板材の締結方法においては、最終的なボルト締結に先行してプレート22,24に対してピーニング治具10を用いた仮締結を複数回繰り返して行う。ピーニング治具10は、板材の一方の面に複数の鋼球16を配設して構成される。仮締結は、その繰り返しの際にピーニング治具10を回転等させて鋼球16の配置を変更するのが好ましい。これにより、各プレートに対していわゆるショットピーニングを施したものに似た処理効果が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属板材を締結対象に締結する締結方法に関する。
【背景技術】
【0002】
車両のフレームは、車体の前後方向に延びる左右のサイドメンバと、これらを車幅方向に架橋する複数のクロスメンバとを組み付けて構成されるが、その組み付けにボルトやリベット等の締結部材が用いられる箇所も多い。図5は、このような締結部材による取付構造の一例を概念的に示す図である。同図(A)はその取付構造の斜視図を表し、(B)はその平面図を表している。
【0003】
同図(A)には、ブッシュカラーや鋳造部品などの介装部材102を、金属板材からなる2枚のプレート104,106にて挟み込んだ状態にしてボルト108とナット110で締結した構造が例示されている。このような取付構造において、例えば両プレートを撓ませるような荷重が負荷されて締結部に曲げ応力が作用した場合、同図(B)に示すように、プレート104に亀裂112が発生する可能性がある。すなわち、プレート104にボルト108のエッジによる応力集中が発生し、その応力が繰り返し作用することにより疲労破壊に到ることが想定される。
【0004】
このような疲労破壊を防止するために、例えば締結対象の応力集中部位に予負荷を加え、その残留応力によって疲労強度を強化する方法も考えられる。例えば、引用文献1には、リベット孔やボルト孔等の応力集中部位を有する部材の強化方法として、部材の外力作用方向に予負荷を加える方法が開示されている。また、引用文献2には、シート材料に形成される孔や切欠き部分の疲れ寿命を改善するために、その孔の形成前にそのシート材料を圧縮する方法が開示されている。
【特許文献1】特開2000−296782号公報
【特許文献2】特表平7−500773号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、このような方法を適用する場合、その引っ張り荷重あるいは圧縮荷重による予負荷を与える際に、油圧式のプレス機等の比較的大がかりな装置を要する。なお、このような問題は、車両のフレームに限らず、曲げ応力の影響を受けやすい金属板材を締結対象に締結する締結構造においては同様に発生しうる。
【0006】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであり、金属板材を締結対象に締結する締結構造においてその疲労強度を簡易な手法で高められるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明のある態様は、金属板材を締結対象に締結する締結方法にかかる。この締結方法は、その締結に先行して、一方の面に複数の突起が散点的に設けられたピーニング治具を、その複数の突起を金属板材の締結部周辺に対向させて配置する治具設置工程と、金属板材との間にピーニング治具を挟むようにして仮締結部材を締結することにより、金属板材の締結部周辺の表面を部分的に塑性変形させるピーニング工程と、仮締結部材の締結を解除してピーニング治具を取り外す治具解除工程と、実締結部材を用いて金属板材を締結対象に締結する締結工程と、を備える。
【0008】
ここで、「締結対象」の材料や構造については特に限定されない。ピーニング治具の「突起」は、その治具に一体成形されてもよいし、溶接その他の接合方法によりその治具の面に接合されてもよい。また、ここでいう「散点的」とは、整列配置される場合、ランダムに配置される場合の双方を含みうる。「実締結部材」は、金属板材を締結対象に締結保持する本来の締結部材を意味し、「仮締結部材」は、特にピーニング工程において使用される仮の締結部材を意味するが、両者は同一部材からなるものでもよい。 この態様によれば、実締結部材の締結に先行して、ピーニング治具および仮締結部材を用いたピーニング工程が行われる。すなわち、ピーニング治具の突起を金属板材の締結部周辺に対向配置して仮締結部材を締結することにより、締結部周辺の表面に対し、個々の突起による局所的な圧縮応力を散点的に付与する。これにより、その金属板材の締結部周辺の表面層に塑性変形に伴う加工硬化を発生させる。すなわち、ピーニング治具に形成された突起を金属板材に押し付けることで、いわゆるショットピーニングに似た効果を発生させることができる。これにより、金属板材の締結部周辺に残留圧縮応力が発生し、その部分の疲労強度が高められる。その結果、金属板材の締結後に曲げ応力が加わってもその締結部付近での疲労破壊を防止または抑制することができる。特に、ピーニング治具を間に挟んで仮締結を行うという簡易な手法で疲労強度を高められる点で有用である。
【0009】
ピーニング工程においては、仮締結部材による締結を複数回繰り返すのが好ましい。その繰り返しの際に例えばピーニング治具を回転させるなどして突起の位置を変化させると、金属板材における残留圧縮応力の発生部位をより均一にすることができ、その結果、締結部周辺の疲労強度をより一層高めることができる。言い換えれば、よりショットピーニングに近い効果が得られるようになる。
【0010】
複数の突起は、ピーニング治具の一方の面に接合された複数の鋼球からなってもよい。その鋼球は、ピーニング治具の一方の面に部分的に埋設されていてもよいし、溶接等によって接合されていてもよい。突起を球状の硬球により形成することで、金属板材の表面との接触状態が点接触に近くなり、その面圧をより高めることができる。その結果、その表面を効率よく加工硬化させることができる。
【0011】
より具体的には、各締結部材がボルトとナットからなるものでもよい。また、ピーニング治具には、金属板材の締結部に対応する位置にボルトを挿通させるための挿通孔が形成され、その挿通孔の周囲において少なくともボルトの頭部の投影範囲よりも広い範囲で突起が配設されていてもよい。ボルトを締結する際にはその軸をピーニング治具の挿通孔に差し込むようにして貫通させ、ナットと接合する。
【0012】
このように、突起をボルトの頭部の投影面積よりも広い範囲に配設することで、その締結部において応力集中が生じやすい箇所の疲労強度を確実に高めることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、金属板材を締結対象に締結する締結構造においてその疲労強度を簡易な手法で高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面を参照しつつ本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明する。
【0015】
図1は、本実施の形態に係る金属板材の締結方法に用いられるピーニング治具の概略構成を表す図である。同図(A)は、そのピーニング治具の斜視図を表している。同図(B)は、ピーニング治具を構成する第1治具の底面図を表している。
【0016】
ピーニング治具10は、第1治具11および第2治具12からなる。第1治具11は、円板状の鋼板から形成された治具本体14と、その治具本体14の一方の面に散点的に配設された複数の鋼球16とを含んで構成される。各治具は、例えば焼き入れ処理等によりその剛性が高められている。
【0017】
治具本体14の中央には、円形の挿通孔18が軸線方向に貫通して設けられている。治具本体14は、挿通孔18に挿通される後述のボルトの頭部よりも十分に大きく形成されている。挿通孔18は、そのボルトの軸を挿通可能な大きさに形成されている。治具本体14の挿通孔18の周囲には、多数の鋼球16が放射状に配置され溶接されている。なお、第2治具12は、第1治具11とほぼ同様の構成を有するため、その説明については省略する。
【0018】
次に、本実施の形態における金属板材の締結方法について説明する。図2および図3は、金属板材の締結方法を表す説明図である。各図の(A)〜(C)は、その締結方法の各工程の流れを時系列的に表している。なお、本実施の形態では、締結対象として図5に示したものと同様の構成を例示している。図4は、金属材料における公称圧縮塑性歪みと疲労強度との関係を表す参考図である。
【0019】
図2に示すように、本実施の形態では、いずれもステンレス鋼板からなるプレート22とプレート24とをその間にブッシュカラー26を介装して締結する。すなわち、ここでは締結対象も金属部材からなる。締結部材にはボルトおよびナットが使用される。
【0020】
この締結方法においては、同図(A)に示すように、プレート22とプレート24との間の所定位置にブッシュカラー26を介装させた状態で、各プレートのブッシュカラー26と反対側の面に第1治具11、第2治具12をそれぞれ配置する。各治具は、鋼球16が配設された面を各プレートの締結部周辺に対向させるように配置される。このとき、各プレートに形成されたボルト挿通孔32、ブッシュカラー26の中央に形成されたボルト挿通孔34、および各治具に形成された挿通孔18が同一軸線上に配置される。そして、同図(B)に示すように、その軸線に沿ってボルト28(「仮締結部材」に該当する)の軸を挿通し、ナット30と螺合させる。そして、同図(C)に示すように、ボルト28による予備的な締結(「仮締結」ともいう)を複数回繰り返す。この仮締結は作業者によって行われるが、その締結トルクは、鋼球16の押圧により各プレートの表面が塑性変形して適度な残留圧縮応力が得られる程度であればよい。
【0021】
すなわち、この仮締結により各プレートの鋼球16との当接面に圧縮応力が付与され、その表面層において加工硬化が起きる。なお、仮締結を複数回繰り返す過程で第1治具11、第2治具12をそれぞれ軸線周りに回転させると、鋼球16の相対位置が変化して各プレートの表面をより均一に押圧することができる。このように、ピーニング治具10に配設された複数の鋼球16を各プレートに複数回押し付けることで、あたかも多数の鋼球16を各プレートに投射したかのようないわゆるショットピーニングに似た効果を得ることができる。これにより、その加工硬化した部分において疲労強度が高められる。
【0022】
その後、ボルト28およびピーニング治具10を取り外し、代わりに図3(A)に示すボルト36(「実締結部材」に該当する)による締結を行って本来の締結構造を得る。なお、本実施の形態では、仮締結を行う際に用いる仮締結部材としてのボルト28と、実際に締結状態を保持する実締結部材としてのボルト36とを別々に用意した。これは、ピーニング治具10の装着時と非装着時とでボルトとして必要な長さが異なるためであるが、両締結部材を同じボルトで構成してもよい。例えば、ボルト28のねじ部を長くし、実締結部材としても利用してよい。それにより、部品点数を削減することができる。
【0023】
以上のような締結処理の結果、同図(B)にも示されるように、各プレートにおいて残量圧縮応力により疲労強度が高められた補強部40が形成される。この補強部40は、ボルト36の頭部およびナット30のいずれよりも広い範囲で形成されている。その結果、その締結状態において撓み方向の負荷が加わり、各プレートに曲げ応力が発生したとしても、それによる疲労破壊を防止または抑制することができる。なお、図4に示されるように、一般に、金属材料の塑性変形による歪みと疲労強度との間には、歪みが所定量以下の範囲において疲労強度が高まる性質がある。このため、同図において疲労強度が高まる範囲(図示の例では歪みが50%よりも小さい範囲)にて各プレート表面の歪みが得られる程度に仮締結時の締結トルクを調整するのが好ましい。
【0024】
以上に説明したように、本実施の形態の金属板材の締結方法においては、最終的なボルト締結に先行してピーニング治具10を用いた仮締結を行うことにより、締結されるプレートの疲労強度を高めることができる。ピーニング治具10は、板材の一方の面に鋼球16を配設するという簡易な構成で実現でき、その仮締結を複数回繰り返すことにより、いわゆるショットピーニングに似た効果を得ることができる。つまり、本締結方法においては、大がかりな装置を用いることなく、簡易な手法で金属板材の疲労強度の向上、ひいてはその疲労破壊の抑制を実現することができる。
【0025】
本発明は上述の実施の形態に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて各種の設計変更等の変形を実施の形態に対して加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれうる。
【0026】
上記実施の形態では、ピーニング治具10を、第1治具11および第2治具12からなる一対の治具にて構成した例を示した。これは、締結対象も金属板材からなることを考慮したものであるが、締結対象が十分な強度を有する部材である場合には、ピーニング治具10を第1治具11および第2治具12の一方で構成することもできる。その場合、金属板材の側に治具を配置する。また、その場合には、締結部材として同様にボルトとナットを用いてもよいが、例えばねじやリベット等その他の締結部材を用いてもよい。
【0027】
上記実施の形態では、ピーニング治具10として板材の一方の面に複数の鋼球16を溶接した例を示したが、その具体的態様はこれに限られるものではない。例えば、鍛造や鋳造により板材の一方の面に複数の突起を一体成形してもよい。あるいは、鋼球を埋設してもよい。その場合、突起の形状は半球状であってもよいし、円錐状その他の突起形状であってもよい。ただし、その突起が一体成形される治具は、締結される金属板材よりも高い剛性を有するように材質を選択するか、硬化処理を行うようにする。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】実施の形態に係る金属板材の締結方法に用いられるピーニング治具の概略構成を表す図である。
【図2】金属板材の締結方法を表す説明図である。
【図3】金属板材の締結方法を表す説明図である。
【図4】金属材料における公称圧縮塑性歪みと疲労強度との関係を表す参考図である。
【図5】締結部材による取付構造の一例を概念的に示す図である。
【符号の説明】
【0029】
10 ピーニング治具、 11 第1治具、 12 第2治具、 14 治具本体、 16 鋼球、 18 挿通孔、 22 プレート、 24 プレート、 26 ブッシュカラー、 28 ボルト、 30 ナット、 32 ボルト挿通孔、 34 ボルト挿通孔、 36 ボルト、 40 補強部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板材を締結対象に締結する締結方法において、
前記締結に先行して、一方の面に複数の突起が散点的に設けられたピーニング治具を、その複数の突起を前記金属板材の締結部周辺に対向させて配置する治具設置工程と、
前記金属板材との間に前記ピーニング治具を挟むようにして仮締結部材を締結することにより、前記金属板材の締結部周辺の表面を部分的に塑性変形させるピーニング工程と、
前記仮締結部材の締結を解除して前記ピーニング治具を取り外す治具解除工程と、
実締結部材を用いて金属板材を締結対象に締結する締結工程と、
を備えたことを特徴とする金属板材の締結方法。
【請求項2】
前記仮締結部材と前記実締結部材とが同一の締結部材からなることを特徴とする請求項1に記載の金属板材の締結方法。
【請求項3】
前記ピーニング工程において、前記仮締結部材による締結を複数回繰り返すことを特徴とする請求項1または2に記載の金属板材の締結方法。
【請求項4】
前記複数の突起が、前記ピーニング治具の一方の面に接合された複数の鋼球からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の金属板材の締結方法。
【請求項5】
各締結部材がボルトとナットからなり、
前記ピーニング治具には、前記金属板材の締結部に対応する位置に前記ボルトを挿通させるための挿通孔が形成され、その挿通孔の周囲において少なくとも前記ボルトの頭部の投影範囲よりも広い範囲で前記突起が配設されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の金属板材の締結方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−47251(P2009−47251A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−214408(P2007−214408)
【出願日】平成19年8月21日(2007.8.21)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】