説明

難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクター

【課題】第1に、反応効率等に優れると共に、第2に、しかもこれが、簡単容易にコスト面にも優れて実現される、難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターを提案する。
【解決手段】このマイクロリアクター1は、マイクロ流路3に、難分解性の有機化合物2の水溶液4が圧入されて層流となると共に、紫外線照射面6以外の流路形成面7に、光触媒8が付着コートされており、有機化合物2は、紫外線(hν)照射に基づき、光触媒8との界面での分子拡散により還元される。界面では、光触媒8が紫外線照射により、外殻軌道の電子(e)が励起されて正孔(hole)が形成され、水が正孔にて電子を収奪されて、OHラジカル(・OH)が生成され、有機化合物2は、水がOHラジカルにて酸化される際に生成される発生期の原子状水素(H+e)にて、還元される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、難分解性の有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターに関する。すなわち、廃液等に含有された難分解性の有機化合物を還元,無害化する、光触媒が付着コートされたマイクロリアクター、に関するものである。
【背景技術】
【0002】
《技術的背景》
難分解性の有機化合物は、各種の製造工程等で使用,生成され、環境破壊を引き起こす原因物質として知られており、健康への悪影響が深刻化している。例えばテトラクロロエチレンは、工業溶剤,金属洗浄,ドライクリーニング用,その他に使用されており、水中に残留していることも多く、飲食に供されると、めまい,頭痛,黄疸,肝機能障害等を引き起こす毒性を備えている。
【0003】
《従来技術》
これに対し、この種の有機化合物について、有効な浄化処理,無害化処理技術は、未だ確立していない。廃液等中に含有された有機化合物の処理ニーズは、今後ますます高まることが予想されるが、その難分解性等に起因して、効果的な処理技術は未だ確立していない。
この種の従来技術としては、次の処理技術が開発,使用されているに過ぎない。すなわち、難分解性の有機化合物を含有したガスや廃液を、まず、活性炭等に供給して吸着,脱着せしめる。それから、これを蒸留法や高分子膜法により精製処理,再利用化処理したり、燃焼処理したり、産業廃棄物等として廃棄処理や土壌微生物処理する技術が、代表的であった。
又、難分解性の有機化合物を含有した汚染土壌の処理技術として、過酸化水素と鉄塩にてOHラジカルを生成して、有機化合物を酸化,分解するフェントン法の技術も提案されている。
【0004】
《先行技術文献情報》
次の特許文献1,特許文献2は、フェントン法に関する。
【特許文献1】特開2006−334570号公報
【特許文献2】特開2007−50314号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
《問題点について》
ところで、上述したこの種従来例の処理技術については、次の問題が指摘されていた。
まず、活性炭等の交換コストが嵩むと共に、蒸留法や高分子膜法については、蒸留設備,加熱設備,高分子膜等の設備コストやランニングコストが嵩み、燃焼処理については、大量の助燃剤や触媒を要しランニングコストが嵩み、産業廃棄物等としての廃棄処理や土壌微生物処理については、運搬コストが嵩み環境汚染にも繋がる、等々の問題が指摘されていた。
従来のフェントン法については、過酸化水素が途中で水と酸素に分解され易く、OHラジカルの生成効率が悪いと共に、これをカバーすべく過酸化水素が多量添加されており、ランニングコストが嵩み、中和剤による後処理コストも嵩んでいた。又、OHラジカルは存在時間が瞬間的で超短寿命であるにも拘らず、反応効果等が悪く所期反応以外の2次的反応も起こり易い、という問題も指摘されていた。
【0006】
《本発明について》
本発明の難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターは、このような実情に鑑み、上記従来例の課題を解決すべくなされたものである。
そして本発明は、第1に、反応効率等に優れると共に、第2に、しかもこれは簡単容易に、コスト面にも優れて実現される、難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターを、提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
《各請求項について》
このような課題を解決する、本発明の特許請求の範囲記載の技術的手段は、次のとおりである。まず、請求項1については次のとおり。
請求項1の難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターは、難分解性の有機化合物を還元,無害化する。そのマイクロ流路は、該有機化合物の水溶液が圧入供給されて層流となると共に、紫外線照射手段が対向配設されており、かつ、紫外線照射面以外の流路形成面に、光触媒が付着コートせしめられている。
そして該有機化合物は、該紫外線照射手段による該光触媒への紫外線照射に基づき、該光触媒との界面において分子拡散により、還元,無害化されること、を特徴とする。
請求項2については、次のとおり。請求項2の難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターは、請求項1において、該界面では、該光触媒は、紫外線照射により原子構造の外殻軌道の電子が励起され、もって電子欠損空孔である正孔が形成される。該水溶液の溶媒である水は、該正孔にて電子が収奪されて、プロトンとOHラジカルとにラジカル分裂する。
そして、該水溶液の溶質である該有機化合物は、溶媒の水が該OHラジカルにて酸化される際に生成される発生期の原子状水素により、還元,無害化されること、を特徴とする。
【0008】
請求項3については、次のとおり。請求項3の難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターでは、請求項2において、該有機化合物は更に、該正孔に吸着されていた該電子および該プロトンによっても、還元,無害化されること、を特徴とする。
請求項4については、次のとおり。請求項4の難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターでは、請求項2において、プロトンと電子よりなる該発生期の原子状水素は、その電子が、該光触媒に形成された正孔に一旦引き抜かれた後に、放電されること、を特徴とする。
請求項5については、次のとおり。請求項5の難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターでは、請求項2において、該有機化合物は、テトラクロロエチレンよりなり、エチレンと塩化水素に還元されること、を特徴とする。
請求項6については、次のとおり。請求項6の難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターでは、請求項2において、該光触媒は酸化チタンよりなること、を特徴とする。
【0009】
《作用等について》
本発明は、このような手段よりなるので、次のようになる。
(1)テトラクロロエチレン等の難分解性の有機化合物の水溶液は、マイクロリアクターのマイクロ流路に圧入供給されて、層流となる。
(2)これと共に、紫外線照射手段から紫外線が照射され、もって、マイクロ流路に付着コートされた光触媒の外殻軌道に、電子欠損空孔である正孔が形成される。
(3)すると水溶液の水は、この正孔にて電子が収奪されて酸化され、もって、プロトンとOHラジカルとにラジカル分裂する。
(4)そしてOHラジカルは、水溶液の水を酸化し、もって、発生期の原子状水素を生成せしめる。
(5)原子状水素は、光触媒の正孔に一旦吸着されるか、電子が一旦引き抜かれた後に放電される。もって、還元剤として機能する前に水素分子化することは、回避される。
(6)そこで、水溶液の有機化合物は、この原子状水素にて還元,無害化される。
(7)なお、光触媒の正孔に収奪された電子と、プロトンとの組み合わせによっても、このような還元,無害化の可能性が存する。
(8)さてマイクロリアクターでは、上述した各反応が、水溶液の層流と光触媒との界面において、分子拡散に基づき、極めて短時間のうちに、しかも広い接触面積のもとで行われ、もって、超短寿命のOHラジカルも所期の機能を果たすようになる。
(9)これらにより、テトラクロロエチレン等の有機化合物は、効率的,迅速,かつ確実に還元,無害化される。
(10)しかもこれは、マイクロリアクターの採用により、簡単な構成により容易に実現される。
(11)さてそこで、本発明は、次の効果を発揮する。
【発明の効果】
【0010】
《第1の効果》
第1に、反応効率等に優れている。すなわち、本発明の難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターによると、テトラクロロエチレン,四塩化炭素等の有機化合物が、反応効率等に優れつつ還元,無害化される。
前述したこの種従来例の処置技術に比べ、マイクロリアクターを採用し、層流で広い接触面積の界面における分子拡散により、効率的,迅速,かつ確実に還元,無害化される。
【0011】
《第2の効果》
第2に、しかもこれは簡単容易に、コスト面に優れて実現される。すなわち、本発明の難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターは、光触媒が付着コートされたマイクロ流路に、有機化合物の水溶液を圧入供給して、紫外線を照射することにより、簡単な構成により、上述した第1の効果が容易に実現される。
前述したこの種従来例に比し、設備コストやランニングコストに優れ、還元剤や薬品を多量添加する必要もなく、溶媒の水のみにて還元が行われ、しかも温度管理も容易である等々、諸コスト面にも優れつつ、テトラクロロエチレン等が容易に還元,無害化される。
このように、この種従来例に存した課題がすべて解決される等、本発明の発揮する効果は、顕著にして大なるものがある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
《図面について》
以下、本発明の難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターを、図面に示した発明を実施するための最良の形態に基づいて、詳細に説明する。
図1および図2は、本発明を実施するための最良の形態の説明に供する。そして、図1の(1)図は、要部の側断面図、(2)図は、全体の平面図である。図2は、全体の分解斜視図である。
【0013】
《マイクロリアクター1について》
本発明では、テトラクロロエチレン(CCL)や四塩化炭素(CCl)等の難分解性の有機化合物2を還元,無害化すべく、マイクロリアクター1が採用されている。そこでまず、マイクロリアクター1について、説明する。
マイクロリアクター1は、マイクロ流路3を備えている。そしてマイクロ流路3は、有機化合物2の水溶液4が、圧入供給されて層流となると共に、紫外線照射手段5が対向配設されており、紫外線照射面6以外の流路形成面7に、光触媒8が付着コートせしめられている。光触媒8は、代表的には酸化チタンよりなる。
【0014】
このようなマイクロリアクター1について、更に詳述する。マイクロリアクター1は、マイクロオーダーの微細構造のマイクロ流路3を備えた反応器よりなり、マイクロ流路3は、例えば流路幅が100μm〜500μm程度で、流路深さが25μm〜100μm程度よりなる。
図示のマイクロリアクター1は、例えば肉厚2mm程度の3枚重ねの(石英)ガラスプレート板よりなり(なお不活性材料であれば、樹脂板や金属板も使用可能)、本体プレート9の上下に、ホルダープレート10,11が、密に重積,被覆,固定されたサンドイッチ構造よりなる。本体プレート10には、マイクロ流路3が形成されており、上位のホルダープレート10は、図示例では紫外線照射との関係から、必須的に透明で光透過性を備えているのに対し、下位のホルダープレート11は、透明でなくても良い。
マイクロ流路3はチャンネル状をなし、図示例では本体プレート9の長手方向に直線的、かつ短手方向に複数回繰り返しつつ、往復して略ジグザグ状,蛇行状に連続的に刻設形成されており、各折曲箇所は湾曲状にカーブしている。
【0015】
そして、テトラクロロエチレン等の有機化合物2を溶質とした水溶液4は、供給槽12から、ポンプ13や微細チューブ14を介して、マイクロ流路3の入口に対し圧入供給される。
本体プレート9に形成されたマイクロ流路3は、内部に水溶液4の流路を形成すべく上面,両側面,底面を備えた、断面半円状や断面矩形状をなしている。そして図示例では、上面が紫外線透過用の紫外線照射面6となるが、この上面の紫外線照射面6は、開放されると共に上位のホルダープレート10で密閉,封鎖形成されている。このような紫外線照射面6を除き、本体プレート9に形成されたマイクロ流路3は、その両側面や底面の流路形成面7に、光触媒8が付着コートせしめられている。
光触媒8としては、二酸化チタンが代表的に用いられ、その粒子が、金属微粒子や吸着材と共に、流路形成面7に対し塗布や焼結により、膜状に固定,担持せしめられている。二酸化チタン以外の金属酸化物,その他も、光励起して触媒作用を発揮すると共に化学的に安定である限り、光触媒8として使用可能である。
そして、このようなマイクロ流路3に対し、紫外線照射手段5が対向配設されている。紫外線照射手段5は、本体プレート9のマイクロ流路3に対し、透明なホルダープレート10を介し、対向配設されている。
光源の紫外線照射手段5としては、水銀灯,ブラックライト,LED等が使用可能である。もって、光触媒8を光励起(光化学反応)させる波長の紫外線(UV)を照射し、具体的には240nm〜280nmの中波長紫外線を照射するが、短波長紫外線や長波長紫外線を照射するものも使用可能である。
マイクロリアクター1は、このようになっている。
【0016】
《有機化合物2の還元,無害化等について》
次に、テトラクロロエチレン等の難分解性の有機化合物2の還元,無害化等について、説明する。
まず、マイクロリアクター1のマイクロ流路3に圧入供給された水溶液4、つまり有機化合物2が溶解された水溶液4は、マイクロ流路3内を、入口から出口に向け層流となって流れる。
すなわち、マイクロ流路3の流路幅が極めて小さく狭いと共に、供給される水溶液4がポンプ13等で圧入されるので、レイノルズ数(慣性力と粘性による摩擦力との比である無次元数)が小さく、層流が形成される。マイクロ流路3を流れる水溶液4は、その粘性が支配的であり、入り乱れて乱流となることなく、滑るように層流となる。単位容積当たりの接触面積(比表面積)が極めて広い状態で、光触媒8と界面で接触しつつ、層流となって流れて行く。
そして、このようにマイクロ流路3を流れる水溶液4、そしてマイクロ流路3の流路形成面7に付着コートされた光触媒8に対して、紫外線照射手段5から、紫外線が照射される。
【0017】
そこで、水溶液4と光触媒8との界面では、まず光触媒8は、紫外線照射により、その原子構造の外殻軌道の電子が励起されて、電子欠損空孔である正孔が形成される。もって、水溶液4の水は、この正孔にて電子が収奪されて、プロトンとOHラジカルとにラジカル分裂する。
そして、このOHラジカルは、水溶液4の水を酸化して水に帰し、発生期の原子状水素を生成する。この原子状水素は、水溶液4中のテトラクロロエチレン等の有機化合物2を、還元,無害化してしまう。なお、この原子状水素は、光触媒8の正孔に一旦吸着されるか、その電子が引き抜かれた後に放電されるので、還元反応前の水素分子化は回避されるようになる。
そして、上述したOHラジカルの生成反応、原子状水素の生成反応、テトラクロロエチレン等の有機化合物2の還元反応等の各反応は、層流の界面において、分子拡散に基づいて行われる。
すなわち、マイクロ流路3を層流となって流れる水溶液4と光触媒8との界面においては、乱流の場合のように、流体力学的な力による流路幅方向への物質移動は、殆どなく、流路幅方向への物質移動は、分子拡散が主体で、流体力学的な力による物質移動は、ほぼ流れ方向のみに働き、物質相互間の分子拡散に基づいて、しかも広い接触面積のもとで、各反応が行われる。界面を介して、反応対象化学種の分子相互が作用し合って、反応する。図中15は、有機化合物2が還元,無害化された水溶液4、つまり処理水の回収槽である。
有機化合物2の還元,無害化等は、このように行われる。
【0018】
《マイクロ流路3における反応等:その1》
次に、マイクロ流路3における化学反応について、上述した所を反応式等に基づき、更に具体的かつ詳細に説明する。
マイクロ流路3では、まず、紫外線照射手段5からの紫外線(光量子hνとして把握、以下同様)照射により、光触媒8の二酸化チタン(チタニア,TiO)表面の外殻軌道(定常軌道)にある電子(e)が、励起され(励起軌道に移り)、もって、光触媒8の外殻軌道に、電子が抜け出て欠損した電子空孔である正孔(hole)が形成される。下記化1の反応式を参照。
このように形成された正孔は、他物質から電子を引き抜いて、その電子欠損を埋めようとする性質、つまり強い酸化力を有している。そこで、界面で接する水溶液4の溶媒である水(水分子,HO)から、電子を引き抜き奪って酸化し、これをラジカル分裂させて、プロトン(H)とOHラジカル(・OH)とに分断する。下記化2の反応式を参照。
なお、下記化1の反応式において、2光量子反応にしている理由は、下記化3の反応式において、生成側の酸素(O)を1モルとしたことに、対応させているためである。
【0019】
【化1】

【化2】

【0020】
このように生成されたOHラジカルつまりヒドロキシラジカルは、周知のごとく極めて強力な酸化力(電子奪取力)を備えている。
そこでOHラジカルは、界面で接する水溶液4の溶媒である水から、水素原子(H)を引き抜き奪って酸化する。そして、自身は水に回帰すると共に、酸化物として酸素分子(O)を生成,遊離しつつ、発生期の原子状水素(H+e)(水素ラジカルとも称される)を生成する。下記化3の反応式を参照。
なお、上記3つの反応式は、化1,化2,化3の順序で起こるが、化1,化2,化3の反応式をまとめて合成すると、下記化4の反応式となる。化2の反応式で生成されるOHラジカルは、化4の反応式の触媒として把握される。
なお、下記化4の反応式は、水分子の光化学分解反応として、広く知られている。
マイクロ流路3の光触媒8表面(界面)では、まず、このようにして原子状水素が、生成される。
【0021】
【化3】

【化4】

【0022】
《マイクロ流路3における反応等:その2》
次に、このように生成された原子状水素による還元反応等について、説明する。発生期の原子状水素は、極めて強力な還元力(電子供与性)を備えており、界面で接する水溶液4中に溶存している有機化合物2の還元剤となり、これを低分子化合物に還元,分解,無害化する。
まず、その前提として、前記化3や化4の反応式で生成された原子状水素は、水中では過渡的存在であるが、次のように安定化されるので、その水素分子(H)化そして系外への遊離は回避され(つまり、H+e→1/2Hの反応は回避され)、もって、所期の通り還元剤として機能する。
すなわち、紫外線(hν)照射により、光触媒8表面の界面では、前記化1の反応式にて正孔が次々と形成されており、還元力の強い原子状水素(H+e)は、この酸化力の強い正孔に吸着原子として一旦吸着されるか、又は、その電子(e)が正孔に一旦引き抜かれ充電し(プロトンHは水中に放され)た後に放電され、もって、所期の通り還元剤として機能する。
さてそこで、このような原子状水素と界面で接する、マイクロ流路3の水溶液4中の溶存有機化合物2であるテトラクロロエチレン(CCl)は、次の化5,化6の反応式により、エチレン(C)と塩化水素(HCl)に、順次安定的に還元,分解,無害化される。
化5は、正孔に原子状水素が一旦吸着されていた場合に関する。化6は、正孔に原子状水素の電子のみが一旦引き抜かれた場合に関し、引き抜き充電が域値を超えた後は(なお、前記化2および化3の反応式により、正孔に対し多目の電子が発生する傾向があるので、容易に域値に達する)、順次水域に放電された電子が、水中のプロトンを吸着して共に還元剤として機能する。
このようにして、発生期の原子状水素にて、有機化合物2が還元,無害化される。
【0023】
【化5】

【化6】

【0024】
《マイクロ流路3における反応等:その3》
なお、次の還元反応の可能性も存在する。すなわち、上述したように、マイクロ流路3を流れるテトラクロロエチレン等の有機化合物2は、界面において、発生期の原子状水素により還元,無害化されるが、これと共に、これとは別に次の反応により、還元,無害化される可能性も、可能性としては低いが存在する。
すなわち、前記化2の反応式にて光触媒8の正孔に引き抜かれた電子(e)と、残ったプロトン(H)とが、組み合わされて還元剤として機能し、もってテトラクロロエチレン等の有機化合物2を還元,無害化する可能性もある(その反応式については、上記化6に準じる)。
しかしながら光触媒8の正孔は、化2の反応式のように安定した水からよりも、化3の反応式で生成された還元力(電子供与性)の強い原子状水素からの方が、圧倒的に多くの電子を引き抜き,吸着する。もってマイクロ流路3では、前述したように原子状水素を中心に、有機化合物2の還元,無害化が進行するようになる。
マイクロ流路3における化学反応等については、以上のとおり。
【0025】
《作用等》
本発明の難分解性の有機化合物2の還元,無害化用のマイクロリアクター1は、以上説明したように構成されている。そこで、以下のようになる。
(1)テトラクロロエチレン,四塩化炭素等の有機化合物2が溶質として溶存した水溶液4は、マイクロリアクター1のマイクロ流路3に圧入供給され、マイクロ流路3内を層流となって流れる。
【0026】
(2)これと共に、マイクロ流路3に対しては、紫外線照射手段5から紫外線(hν)が照射される。もって、マイクロ流路3に付着コートされた光触媒8は、紫外線照射により、その原子構造の外殻軌道の電子が励起されて、電子欠損空孔である正孔(hole)が、形成される(前記化1の反応式を参照)。
【0027】
(3)すると、水溶液4の溶媒である水は、このように形成された光触媒8の正孔にて電子(e)が収奪されて酸化され、もって、プロトン(H)とOHラジカル(・OH)とに、ラジカル分裂する(前記化2の反応式を参照)。
【0028】
(4)このように生成されたOHラジカルは、水溶液4の溶媒の水を酸化し、もって発生期の原子状水素(H+e)を、生成せしめる(前記化3,化4の反応式を参照)。
【0029】
(5)このように生成された原子状水素は、光触媒8に形成される正孔に、一旦吸着されるか、その電子が一旦引き抜かれた後に放電される。もって、還元剤として機能する前に、水素分子(H)化することは回避される。
【0030】
(6)そこで、水溶液4の溶質として溶存する難分解性の有機化合物2は、このような原子状水素にて、逐次的に還元,無害化される。テトラクロロエチレン(CCl)は、エチレン(C)と塩化水素(HCl)に還元,無害化される(前記化5,化6の反応式を参照)。
【0031】
(7)なお、光触媒8の正孔に収奪された電子と、プロトンとの組み合わせによっても(前記化2の反応式を参照)、テトラクロロエチレン等の有機化合物2の還元,無害化の可能性も存する。
【0032】
(8)さて、このマイクロリアクター1では、上述した各反応(前期化2,化3,化4,化5,化6の反応式を参照)が、水溶液4の層流と光触媒8との界面において、行われる。
すなわち各反応は、界面を介した分子相互間の分子拡散作用に基づいて、極めて短時間のうちに行われる。しかも界面において、単位容積当たりの接触面積が極めて広い状態で、行われる。生成されたOHラジカル(前期化2の反応式を参照)は、存在期間が瞬間的で超短寿命ではあるが、このような分子拡散と広い接触面積に基づき、所期の通り原子状水素を生成する(前記化3の反応式を参照)。OHラジカルが、他の2次的反応をする虞はない。
【0033】
(9)このマイクロリアクター1によると、これらにより、各反応が極めて高効率で進行し、テトラクロロエチレン,四塩化炭素等の有機化合物2が、効率的,迅速かつ確実に、還元,無害化される。
【0034】
(10)しかもこれは、マイクロリアクター1を採用して、光触媒8を付着コートする
と共に、紫外線照射手段5を配設した簡単な構成により、容易に実現される。
本発明の作用等は、このようになっている。
【0035】
《二酸化炭素の還元,無害化について》
以上、テトラクロロエチレン等の難分解性の有機化合物2の還元,無害化処理について説明したが、このマイクロリアクター1は、二酸化炭素(CO)の還元,無害化処理にも、そのまま適用可能である。
すなわち、地球温暖化ガスとして、その対策が急務とされている二酸化炭素を、固定化できると共に、更に有用物質化も可能である。
そこで、本発明には属さない参考例として、このマイクロリアクター1による二酸化炭素の処理について、以下1),2),3),4),5),6)に分節して、詳細に説明しておく。
【0036】
1)従来把握されていた反応式について:
光触媒を付着コートしたマイクロリアクターを用い、紫外線照射により二酸化炭素溶存水を還元,無害化する反応式については、次の化7〜化10が公表されている。
そして二酸化炭素(CO)は、この化7〜化10の反応式により蟻酸(H-COOH),ホルムアルデヒド(H-CHO),メタノール(CH-OH),メタン(CH)等へと、固定化,有用物質化される、とされていた。
【0037】
【化7】

【化8】

【化9】

【化10】

【0038】
2)今回把握した反応式について:
今回、光触媒8を付着コートしたマイクロリアクター1を用い、二酸化炭素を溶質とした水溶液4を圧入供給して、紫外線(hν)を照射した所、下記化11〜化14の反応式にて、二酸化炭素が還元,無害化される旨、把握された。
すなわち二酸化炭素は、上記化7〜化10で把握された反応式に加え、下記化11〜化14の反応式によっても、蟻酸,ホルムアルデヒド,メタノール,メタン等に、固定化,有用物質化されると、把握される。
そして、今回把握された反応式のポイントは、前記化3の反応式で生成された生成期の原子状水素(H+e)と共に、前記化2の反応式で生成され漂っているOHラジカル(・OH)が、還元反応の前段階として、酸化反応で参画している点にある。
すなわち、二酸化炭素の還元過程で生成される蟻酸やメタノールのように、還元対象物質に水素原子が存する場合は、OHラジカルが反応に参画して、自身は水分子(HO)になると共に、酸素分子を遊離して、所定残基を生成する点にある(特に後記化15や化19の反応式を参照)。
但し、その前提条件としては、水中に溶存する二酸化炭素が飽和又は飽和に近い状態であることを要し、もしもこの条件が満たされない場合は、蟻酸やメタノールとOHラジカルの反応で、二酸化炭素を発生してしまう虞が高くなる。
【0039】
【化11】

【化12】

【化13】

【化14】

【0040】
3)その詳細(蟻酸の生成)について:
以下、今回把握した上記化11〜14の反応式について、更に詳述する。まず、蟻酸の生成反応について、説明する。
前記化11の反応式(2電子吸収反応)に示したように、水溶液4中に溶質として溶存する二酸化炭素は、前記化3や化4の反応式で生成された発生期の原子状水素により、還元されて蟻酸(H-COOH)となる。
更に、前記化2の反応式による電子とプロトンとの組み合わせによっても、同様に蟻酸に還元される可能性が存する(以下に述べる、発生期の原子状水素による各反応についても、同様)。その他、前記化1,化2の反応式や、正孔への吸着や電子引き抜き等については、有機化合物2の還元について前述した所に準じる。
【0041】
4)その詳細(ホルムアルデヒドの生成)について:
次に、ホルムアルデヒドの生成反応(蟻酸の還元反応)について、説明する。まず、その前段階の反応として、前記化11の反応式で生成された蟻酸は、下記化15の反応式に基づき、(前記化2の反応式で生成された)OHラジカルにて酸化され、もってホルミル基(H-CO+e)が生成される。
そして、このような酸化反応を前段階反応として、次に、後段階の還元反応へと進む。すなわち、このホルミル基が、下記化16の反応式に基づき、(前記化3の反応式で生成された)原子状水素にて還元され、もってホルムアルデヒド(H-CHO)が生成される。従って、蟻酸のホルムアルデヒドへの還元反応等は、下記化15+下記化16×2により、下記化17の反応式で示される。
そこで、二酸化炭素からホルムアルデヒドを直接生成する前記化12の反応式が、前記化11×2+下記化17で算出された反応式を、二酸化炭素1モル当たりに換算することにより、得られる(4電子吸収反応、但し1電子分はOHラジカル生成で消費される)。
【0042】
【化15】

【化16】

【化17】

【0043】
5)その詳細(メタノールの生成)について:
次に、メタノールの生成反応(ホルムアルデヒドの還元反応)について、説明する。まず、前記化16の反応式で生成されたホルムアルデヒドは、下記化18の反応式に基づき原子状水素にて還元され、もってメタノール(CH-OH)が生成される。
そこで、二酸化炭素からメタノールを直接生成する前記化13の反応式が、前記化12+下記化18により、算出される(6電子吸収反応、但し1電子分はOHラジカル生成で消費)。
【0044】
【化18】

【0045】
6)その詳細(メタンの生成)について:
次に、メタンの生成反応(メタノールの還元反応)について、説明する。まず、その前段階の反応として、上記化18の反応式で生成されたメタノールは、下記化19の反応式に基づき、OHラジカルにて酸化され、もってメチル基(CH+e)が生成される。
そして、このようなOHラジカルによる酸化反応を前段階反応として、次に、後段階の還元反応へと進む。すなわち、このメチル基が、下記化20の反応式に基づき原子状水素にて還元され、もってメタン(CH)が生成される。従って、メタノールのメタンへの還元反応等は、下記化19+下記化20×2により、下記化21の反応式で示される。
そこで、二酸化炭素からメタンを直接生成する前記化14の反応式が、前記化13+下記化21×1/2により、算出される(8電子吸収反応、但し2電子分はOHラジカル生成で消費)。
以上、二酸化炭素の還元,無害化について、説明した。
【0046】
【化19】

【化20】

【化21】

【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明に係る難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターについて、発明を実施するための最良の形態の説明に供する。そして、(1)図は、要部の側断面図、(2)図は、全体の平面図である。
【図2】同発明を実施するための最良の形態の説明に供し、全体の分解斜視図である。
【符号の説明】
【0048】
1 マイクロリアクター
2 有機化合物
3 マイクロ流路
4 水溶液
5 紫外線照射手段
6 紫外線照射面
7 流路形成面
8 光触媒
9 本体プレート
10 ホルダープレート
11 ホルダープレート
12 供給槽
13 ポンプ
14 微細チューブ
15 回収槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
難分解性の有機化合物を還元,無害化するマイクロリアクターであって、そのマイクロ流路は、該有機化合物の水溶液が圧入供給されて層流となると共に、紫外線照射手段が対向配設されており、かつ、紫外線照射面以外の流路形成面に、光触媒が付着コートせしめられており、
該有機化合物は、該紫外線照射手段による該光触媒への紫外線照射に基づき、該光触媒との界面において分子拡散により、還元,無害化されること、を特徴とする、難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクター。
【請求項2】
請求項1に記載した難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターにおいて、該界面では、
該光触媒は、紫外線照射により原子構造の外殻軌道の電子が励起され、もって電子欠損空孔である正孔が形成され、該水溶液の溶媒である水は、該正孔にて電子が収奪されて、プロトンとOHラジカルとにラジカル分裂し、
該水溶液の溶質である該有機化合物は、溶媒の水が該OHラジカルにて酸化される際に生成される発生期の原子状水素により、還元,無害化されること、を特徴とする、難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクター。
【請求項3】
請求項2に記載した難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターにおいて、
該有機化合物は更に、該正孔に吸着されていた該電子および該プロトンによっても、還元,無害化されること、を特徴とする、難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクター。
【請求項4】
請求項2に記載した難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターにおいて、
プロトンと電子よりなる該発生期の原子状水素は、その電子が、該光触媒に形成された正孔に一旦引き抜かれた後に、放電されること、を特徴とする、難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクター。
【請求項5】
請求項2に記載した難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターにおいて、
該有機化合物は、テトラクロロエチレンよりなり、エチレンと塩化水素に還元されること、を特徴とする、難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクター。
【請求項6】
請求項2に記載した難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクターにおいて、
該光触媒は酸化チタンよりなること、を特徴とする、難分解性有機化合物の還元,無害化用のマイクロリアクター。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−99625(P2010−99625A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−275195(P2008−275195)
【出願日】平成20年10月27日(2008.10.27)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)
【出願人】(500561931)三井造船プラントエンジニアリング株式会社 (41)
【Fターム(参考)】