説明

電動パワーステアリング制御装置

【課題】路面反力トルクを正しく推定することができる電動パワーステアリング装置を提供する。
【解決手段】ドライバがハンドルに入力するトルクであるハンドルトルク、モータに生じるトルクであるモータトルク、路面反力トルクに応じてそれぞれ検出値が変化する3つのセンサ(トルクセンサ4、回転角速度センサ13、モータ電流センサ14)と、これら3つのセンサの検出値が入力され、これらの検出値に基づいて路面反力トルク推定値Tl_estを出力する路面反力推定器101とを備える。この路面反力推定器101として、推定する値の入力に対しては入力値と略等しい出力値を出力する応答性を備えるとともに、推定する値以外の入力に対しては略ゼロを出力する分離性を備える推定器であって、推定する値が路面反力トルクとされた推定器を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動パワーステアリング装置に関し、特に、路面反力トルクに基づいてアシストトルクを決定する電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電動パワーステアリング装置はモータを備えており、このモータにアシストトルクを発生させる。このアシストトルクを、路面反力トルクに基づいて決定する装置が知られている(例えば特許文献1)。
【0003】
特許文献1では、車速、操舵トルク、路面反力等に基づいてアシストトルクを決定している。そして、この路面反力は、下記式から決定するステアリング軸反力トルクTtranをローパスフィルタに通すことにより推定している。なお、下記式において、Thdlは操舵トルク、Tassistはアシストトルク、J・dw/dtはモータの慣性項である。
【0004】
Ttran = Thdl + Tassist − J・dw/dt
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−312521号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、特許文献1の発明では、路面反力の推定に、操舵トルクThdl、アシストトルクTassist、モータの慣性項J・dw/dtを用いていることから、理想的な氷上(路面反力が0となる場合)であっても、推定値はゼロとならない可能性が高い。すなわち、特許文献1の発明では、路面反力が正しく推定できないという問題がある。
【0007】
本発明は、この事情に基づいてなされたものであり、その目的とするところは、路面反力トルクを正しく推定することができる電動パワーステアリング装置を提供するところにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
その目的を達成するための請求項1記載の発明は、モータを備え、路面からタイヤに入力されるトルクである路面反力トルクを推定し、推定した路面反力トルクを少なくとも用いて、モータに発生させるアシストトルクを決定する電動パワーステアリング装置の発明である。本発明の電動パワーステアリング装置は、ドライバがハンドルに入力するトルクであるハンドルトルク、モータに生じるトルクであるモータトルク、および路面反力トルクに応じてそれぞれ検出値が変化する第1、第2、第3センサと、第1、第2、第3センサの検出値が入力され、これらの検出値に基づいて路面反力トルク推定値を出力する路面反力推定器とを備える。この路面反力推定器として、推定する値の入力に対しては入力値と略等しい出力値を出力する応答性を備えるとともに、推定する値以外の入力に対しては略ゼロを出力する分離性を備える推定器であって、推定する値が路面反力トルクとされた推定器を用いる。
【0009】
このように、本発明の路面反力推定器は、推定する値の入力に対しては入力値と略等しい出力値を出力する応答性を備えており、且つ、推定する値が路面反力トルクとされている。よって、路面反力トルクの入力に対しては入力値と略等しい出力値を出力する一方、それ以外の入力に対しては略ゼロを出力する。よって、路面反力トルクを正しく推定できるようになる。
【0010】
上記第1、第2、第3センサとしては、例えば、請求項2のように、操舵トルクを検出するトルクセンサ、モータの回転角速度を検出する回転角速度センサ、モータに流れる電流を検出するモータ電流検出センサを用いることができる。
【0011】
また、請求項3のように、推定する値の20Hz以下の入力に対して前記応答性を有し、且つ、前記分離性が−40dB以下であるようにすることが特に好ましい。
【0012】
また、上記応答性と分離性とを備える路面反力推定器としては、たとえば、請求項4のようにH∞制御理論により設計された推定器を用いることができる。その請求項2に係る発明では、路面反力推定器は、制御入力uと外部入力wとから制御量zと観測出力yとを出力する一般化プラント、および観測出力yから制御入力uを生成して一般化プラントにフィードバックする制御器を用いるH∞制御理論に基づいて設計されており、外部入力wを、ハンドルトルク、モータトルク、路面反力トルクとし、観測出力yを、第1、第2、第3センサの検出値とし、制御器を路面反力推定器とし、制御入力uを路面反力推定器が出力する路面反力トルク推定値とし、制御量zを路面反力トルクと路面反力トルク推定値との差分eとする。そして、外部入力wであるハンドルトルク、モータトルク、路面反力トルクから、制御量zである、路面反力トルクと路面反力トルク推定値との差分eまでの応答が略ゼロとなるように、路面反力推定器が設計されている。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明が適用された電動パワーステアリング装置の全体構成を示す模式図である。
【図2】図1の制御装置1の構成および機能を示すブロック図である。
【図3】路面反力推定器101における分離性および応答性を説明する図である。
【図4】推定器設計のための一般的な一般化プラントを示すモデル図である。
【図5】本実施形態の路面反力推定器101を設計するために用いた一般化プラントを示す図である。
【図6】図5の一般化プラントを用いて設計した路面反力推定器101のボード線図である。
【図7】(a)は路面反力推定器101の特性を示すボード線図、(b)は路面反力推定器101のステップ応答を示す図である。
【図8】路面反力推定器101が実行するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。図1は、本発明が適用された電動パワーステアリング装置の全体構成を示す模式図である。
【0015】
図1に示されるように、ステアリングホイール(以下、ハンドルという)2には、ステアリング軸3が接続されており、ステアリング軸3はハンドル2と一体回転する。このステアリング軸3には減速機構5が取り付けられている。減速機構5はモータ6の回転を減速してインターミディエイトシャフト7に伝達する。モータ6は、ドライバの操舵力を補助する操舵補助トルク(以下、アシストトルクという)を発生するものであり、減速機構5を介してステアリング軸3に接続されている。
【0016】
トルクセンサ4は、図示しないトーションバーを備えており、そのトーションバーによってステアリング軸3とインターミディエイトシャフト7とが連結されている。ステアリング軸3がインターミディエイトシャフト7に対して回転すると、その回転に応じてトーションバーにねじれが生じる。トルクセンサ4には、このねじれを検出するセンサが備えられており、検出したねじれを制御装置1へ逐次供給する。
【0017】
インターミディエイトシャフト7のステアリング軸3とは反対側の端は、ラックアンドピニオン式のギヤ装置8のピニオン軸9に連結されている。このピニオン軸9とラック軸10とによってギヤ装置8は構成される。そして、ラック軸10の両端には、図示しないタイロッド及びナックルアームを介して左右操舵輪としての一対のタイヤ11がそれぞれ連結されている。従って、ピニオン軸9の回転運動がラック軸10の直線運動に変換されると、そのラック軸10の直線運動変位に応じた角度だけ、左右のタイヤ11が転舵される。
【0018】
回転角速度センサ13、モータ電流検出センサ14は、それぞれ、モータ6の回転角速度dThc、モータ6を流れる電流を逐次検出し、検出した回転角速度dThc、モータ電流値Curを示す信号を制御装置1に逐次供給する。また、トルクセンサ4によって検出されたトルク(以下、操舵トルクという)Tsを示す信号も制御装置1に入力される。これら、操舵トルクTs、モータ6の回転角速度dThc、モータ電流値Curは、いずれも、ハンドルトルクTh、モータトルクTm、路面反力トルクTlに応じてそれぞれ検出値が変化することから、これらを検出するトルクセンサ4、回転角速度センサ13、モータ電流検出センサ14は、特許請求の範囲の第1、第2、第3センサに相当する。
【0019】
次に、図2を参照して、制御装置1の構成や機能等について説明する。この制御装置1はマイクロコンピュータを備えており、一部または全部の機能が、そのマイクロコンピュータによって実現される。
【0020】
制御装置1は、路面反力推定器101、電流指令値変換器102、電流制御部103を備えている。路面反力推定器101は、トルクセンサ4から供給される操舵トルクTs、回転角速度センサ13から供給されるモータ6の回転角速度dThc、モータ電流検出センサ14から供給されるモータ電流値Curに基づいて、路面反力トルクTlの推定値(以下、路面反力トルク推定値)Tl_estを逐次推定する。なお、路面反力推定器101における路面反力トルク推定値Tl_estの推定方法については後述する。路面反力推定器101は、推定した路面反力トルク推定値Tl_estを、モータ6に発生させるアシストトルクの指令値であるアシスト指令値として電流指令値変換器102へ出力する。
【0021】
電流指令値変換器102は、予め記憶されているマップあるいは関係式に基づいて、アシスト指令値を電流指令値に変換する。電流制御部103は、たとえば、4つのMOSFETからなるブリッジ回路等の周知のモータ駆動回路を備えており、モータ電流検出回路14によって検出されるモータ電流値が、電流指令値変換器102から供給される電流指令値となるようにモータ駆動回路のフィードバック制御を行なう。なお、前述のモータ電流検出回路14は、モータ駆動回路と接地ラインとの間に設けられた電流検出抵抗の両端間の電圧を検出することによって、モータ6に流れる電流を検出している。
【0022】
次に、路面反力推定器101の設計方法を説明する。路面反力推定器101は、入力される3つの値、すなわち、操舵トルクTs、モータ6の回転角速度dThc、モータ電流値Curに基づいて路面反力トルク推定値Tl_estを推定するものであり、分離性および応答性を満足するように設計されている。
【0023】
ここで、まず、路面反力推定器101における分離性および応答性について、図3を用いて説明する。分離性とは、ハンドルトルクTh、モータトルクTmなど、路面反力トルクTl以外が入力されたときには、路面反力推定器101の出力が略ゼロとなることである。図3(a)、(b)は、それぞれ、ハンドルトルクThが入力された場合、モータトルクTmが入力された場合の入出力を概念的に示している。ハンドルトルクThが入力された場合(図3(a))、および、モータトルクTmが入力された場合(図3(b))のいずれの場合にも、各センサ4、13、14は、それらのトルクに応じた検出値を路面反力推定器101に入力する。しかし、これらハンドルトルクThやモータトルクTmが入力された場合には、路面反力推定器101の出力は略ゼロとなる。これが分離性である。
【0024】
一方、応答性とは真の値から推定値へのゲインが1であることを言う。路面反力トルクTlが入力された場合にも、各センサ4、13、14は、路面反力トルクTlに応じた検出値を路面反力推定器101に入力し、この場合、路面反力推定器101は、入力された路面反力トルクTlと略等しい値を出力する。
【0025】
このような特性の路面反力推定器101を、本実施形態では、H∞制御理論に基づいて設計している。H∞制御理論は、一般化プラントと呼ばれ、制御入力u、外部入力w、観測出力y、制御量zの4つの入出力を持つ汎用的な制御モデルを対象とする(図4参照)。制御の目的は外部入力wに対して制御量zをなるべく小さく抑えることであるので、観測出力yから制御入力uに適切なフィードバックを施すことで外部入力wから制御量zまでの伝達関数GのH∞ノルムを小さくするように、換言すれば、外部入力wから制御量zまでの応答を下げるように、制御器Kを設計する。
【0026】
図5に、本実施形態において路面反力推定器101を設計するために用いた一般化プラントを示す。電動パワーステアリング装置では、ハンドル(ドライバによる入力)、モータ、路面という3つのトルク入力箇所からトルクが入力されることから、本実施形態における一般化プラントは、外部入力wを、ハンドルトルクTh、モータトルクTm、路面反力トルクTlとしている。また、制御入力uは路面反力推定器101からの出力、すなわち、路面反力推定器101が推定する路面反力トルク推定値Tl_estである。
【0027】
また、観測出力yは、モータ電流値Cur、モータ6の回転角速度dThc、操舵トルクTsである。観測出力yとして3種類の値を用いているのは、電動パワーステアリング装置では、ハンドル(ドライバによる入力)、モータ、路面という3つのトルク入力箇所が存在することから、これらからの入力を分離して推定するには3種類以上の観測出力値が必要だからである。また、3種類の観測出力値として、本実施形態では、モータ電流値Cur、モータ6の回転角速度dThc、操舵トルクTsを用いているのは次の理由による。電動パワーステアリング装置を備えた車両において、通常は、操舵トルクTsはドライバに最も近いセンサ検出値であり、モータ6の回転角速度dThcは路面に最も近いセンサ検出値であり、モータ電流値Curはモータに最も近いセンサ検出値だからである。
【0028】
残りの制御量zは、本実施形態では、路面反力Tlと推定器出力である路面反力トルク推定値Tl_estとの差分eとしている。制御量zを路面反力Tlと推定器出力(Tl_est)との差分eとしている理由を次に説明する。
【0029】
仮に、路面反力トルクTlのみが入力され、ハンドルトルクThおよびモータトルクTmがいずれもゼロであるとすると、路面反力推定器101が正しく路面反力トルクTlを推定できている場合には、推定器出力(Tl_est)はTlとなる。従って、上記差分eはゼロとなる。一方、ハンドルトルクThやモータトルクTmは入力されるが、路面反力トルクTlがゼロであるとすると、路面反力推定器101が正しく路面反力トルクTlを推定できている場合には、推定器出力(Tl_est)はゼロとなる。従って、この場合にも、上記差分eはゼロとなる。すなわち、いずれの場合にも、路面反力推定器101が正しく路面反力トルクTlを推定できている場合には、上記差分eはゼロとなる。
【0030】
そして、前述のように、H∞制御理論では、外部入力w(本実施形態では、ハンドルトルクTh、モータトルクTm、路面反力トルクTl)から制御量z(本実施形態では路面反力トルクTlと推定器出力Tl_estとの差分e)までの応答を下げるように制御器K(路面反力推定器101)が設計される。よって、制御量zを、路面反力Tlと推定器出力(Tl_est)との差分eとすることで、正しく路面反力トルクTlを推定できる路面反力推定器101が設計できるのである。なお、本実施形態では、観測量のノイズを考慮してカットオフ周波数(より詳しくは入力である路面反力から路面反力推定器101までの周波数応答のカットオフ周波数)を20[Hz]としている。図6に、このようにして設計した路面反力推定器101のボード線図を示す。
【0031】
次に、上述のようにして設計した路面反力推定器101が、正しく路面反力トルクTlを推定できることを示す。次の説明では、説明を分かりやすくするため、各観測出力y、すなわち、モータ電流値Cur、モータ6の回転角速度dThc、操舵トルクTsにDC成分の入力があるとする。ただし、各周波数での振る舞いは、図6のボード線図から容易に決定することができる。
【0032】
操舵トルクTsのDCゲインをα、モータ6の回転角速度dThcのDCゲインをβ、モータ電流CurのDCゲインをγとすると、路面反力推定器101の出力は式1のように表せる。なお、αとγがβとは逆符号となっているのは、図6からも分かるように、モータ6の回転角速度dThcに対して、モータ電流値Curと操舵トルクTsとは位相が180°反転しているからである。
(式1) −αTs+βdThc−γCur
【0033】
ここで、図6のボード線図から定まるゲインα、βは、αTsとβdThcの絶対値が等しくなるようなゲインとなっており、また、ゲインγは、2αTs=γCurとなるように与えられる。また、ハンドルトルクThが入力された場合や路面反力トルクTlが入力された場合の検出電流Curは、逆起電力によって生じる電流のみのため、モータトルクTmが入力された場合の検出電流Curよりも十分に小さく、γCur≒0となる。これらのことに基づいて、(1)ハンドルトルクThのみが入力された場合、(2)モータトルクTmのみが入力された場合、(3)路面反力トルクTlのみが入力された場合をそれぞれ考える。
【0034】
まず、(1)ハンドルトルクThのみが入力された場合を考える。ハンドルトルクThが入力である場合、トーショントルクTsとモータ6の回転角速度dThcはともに正となる一方で、検出電流Curは逆起電力であることから負となる。また、前述のようにαTsとβdThcの絶対値は等しいことから、上記式1は式2のようにγCurのみとなり、また、このγCurは略ゼロである。すなわち、ハンドルトルクThのみが入力された場合は、路面反力推定器101の出力は略ゼロとなる。
(式2) −αTs+βdThc−γ(−Cur)=γCur≒0
【0035】
次に、(2)モータトルクTmのみが入力された場合を考える。モータトルクTmが入力である場合、トーショントルクTsとモータ6の回転角速度dThcとは互いに符号が逆となる。また、検出電流Curは正となる。よって、式1は式3のようになる。そして、前述のように、γは2αTs=γCurとなるように与えられることから、出力はゼロになる。
(式3) −α(−Ts)+βdThc−γCur=2αTs−γCur≒0
【0036】
次に、(3)路面反力トルクTlのみが入力された場合を考える。路面反力トルクTlが入力である場合も、トーショントルクTsとモータ6の回転角速度dThcとは互いに符号が逆となる。また、検出電流Curは、逆起電力であることから負となる。また、逆起電力の場合の検出電流Curは略ゼロであることからγCurは無視できる。よって、式1は式4のようになる。従って、路面反力トルクTlが入力されたときは、路面反力推定器101から、2αTsというゼロではない値が出力されることになる。
(式4) −α(−Ts)+βdThc−γCur=2αTs+γCur=2αTs
【0037】
図7(a)は路面反力推定器101の周波数特性を示すボード線図であり、図7(b)は路面反力推定器101のステップ応答を示す図である。この図7において、実線はハンドルトルクThが入力された場合を示し、点線はモータトルクTmが入力された場合を示し、破線は路面反力トルクTlが入力された場合を示している。
【0038】
図7(a)から分かるように、ハンドルトルクThから路面反力推定器101までの周波数応答は、周波数20Hz以下でのゲインが約−60dBであり、モータトルクTmから路面反力推定器101までの周波数応答は、周波数20Hz以下でのゲインが約−90dBであり、いずれも、ゲインは略ゼロとみなすことができるほど小さな値である。また、ハンドルトルクTh、モータトルクTmから路面反力推定器101までの周波数応答は、いずれも、周波数20Hz以上では、ゲインが20Hz以下よりもさらに小さい。よって、ハンドルトルクTh、モータトルクTm(すなわち推定したい入力以外の入力)に対しては、それらの入力から路面反力推定器101までのゲインが全ての周波数において−40dB以下となっていると言える。このことから、本実施形態の路面反力推定器101は分離性を有することが分かる。また、図7(b)からも、路面反力推定器101はハンドルトルクThおよびモータトルクTmの入力に対しては反応していないことが分かる。
【0039】
これに対して、図7(a)から分かるように、路面反力トルクTlが入力された場合の周波数20Hz以下でのゲインは0dB、つまり、1倍のゲインである。また、図7(b)から分かるように、路面反力トルクTlが入力された場合には、ほとんど時間遅れなく、振幅「1」が出力されている。このことから、路面反力推定器101は路面反力トルクTlに対して応答性を有していることが分かる。なお、図7(a)のボード線図から分かるように、20Hz以上では、いずれのトルクTh、Tm、Tlに対しても、ゲインは20Hz以下よりも減少している。これは、既に述べたように、観測量のノイズを考慮してカットオフ周波数を20Hzとしているからである。
【0040】
上述の特性を有する路面反力推定器101は、図8に示すフローにより、路面反力トルクTlを推定する。
【0041】
まず、路面反力トルク推定値Tl_estの演算に必要な値を各センサから読み込む(ステップS1)。すなわち、トルクセンサ4から操舵トルクTsを読み込み、回転角速度センサ13からモータ6の回転角速度dThcを読み込み、モータ電流センサ14からモータ電流値Curを読み込む。
【0042】
次に、ステアリングS1で読み込んだ値(Ts、dThc、Cur)を用いて路面反力トルク推定値Tl_estを演算する(ステップS2)。この路面反力トルク推定値Tl_estの演算は、具体的には、まず、ステップS1で読み込んだTs、dThc、Curおよび図6に示したボード線図に基づいて、前述の式1のα、β、γをそれぞれ決定する。そして、これらα、β、γと、ステップS1で読み込んだTs、dThc、Curを式1に代入することで路面反力トルク推定値Tl_estを演算する。
【0043】
このようにして演算した路面反力トルク推定値Tl_estは、前述のように、アシスト指令値として電流指令値変換器102へ出力されて、アシストトルクの制御に用いられる。
【0044】
以上、説明した本実施形態によれば、路面反力推定器101は、路面反力トルクTlが入力されたときは入力値と略等しい出力値を出力する一方、ハンドルトルクTh、モータトルクTmに対しては略ゼロを出力する。よって、路面反力トルクTlを正しく推定できるようになる。そして、路面反力トルクTlを正しく推定できる結果、操舵の自然なフィーリングを実現することも可能となる。
【0045】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、次の実施形態も本発明の技術的範囲に含まれ、さらに、下記以外にも要旨を逸脱しない範囲内で種々変更して実施することができる。
【0046】
前述の実施形態では、第1、第2、第3センサとして、トルクセンサ4、回転角速度センサ13、モータ電流検出センサ14を用いており、これらのセンサが検出する操舵トルクTs、モータ6の回転角速度dThc、モータ電流値Curを路面反力推定器101に入力して路面反力トルク推定値Tl_estを推定していたが、これに限られない。路面反力推定器101に入力するセンサ検出値は、ハンドルトルクTh、モータトルクTm、路面反力トルクTlに応じて検出値が変化すれば種々の検出値を用いることができる。上記操舵トルクTs、モータ6の回転角速度dThc、モータ電流値Cur以外にも、たとえば、ハンドル回転角、ハンドル回転角速度、モータ回転角、インタミトルク(インターミディエィトシャフト7のトルク)、ラックストローク、ラックストローク速度、タイヤ回転角、タイヤ回転角速度、モータ6の検出電圧などがある。これらから少なくとも3つの検出値を用いればよい。
【0047】
ここで、仮に、前述の実施形態の操舵トルクTsに代えてハンドル回転角とすれば、ハンドル回転角は、操舵トルクTsよりもハンドルに近い位置のセンサ検出値であることから、路面反力トルクTlの推定精度のさらなる向上が期待できる。また、モータ回転角速度dThcに代えてラックストロークとしても、ラックストロークはモータ回転角速度dThcよりも路面に近い位置でのセンサ検出値であることから、路面反力トルクTlの推定精度のさらなる向上が期待できる。もちろん、操舵トルクTsに代えてハンドル回転角を用いるとともに、モータ回転角速度dThcに代えてラックストロークを用いれば、より一層、推定精度の向上が期待できる。
【0048】
また、前述の実施形態では、路面反力トルク推定値Tl_estをそのままアシスト指令値としていたが、これに限られない。たとえば、この路面反力トルク推定値Tl_estと操舵トルクTsとを加えたり、さらには、これに安定化制御のための補正値を加えたりしてもよい。また、路面反力トルク推定値Tl_estにゲインを乗じてもよい。また、操舵トルクTs等、路面反力トルク推定値Tl_est以外のパラメータにより決定したアシスト指令値を補正するための補正係数や補正量の算出に、路面反力トルク推定値Tl_estを用いてもよい。路面反力トルク推定値Tl_estを用いてさえいれば、アシスト指令値の決定方法は種々変更可能である。
【0049】
また、前述の実施形態では、H∞制御理論に基づいて路面反力推定器101を設計していたが、μ設計の手法等、他の手法により路面反力推定器101を設計してもよい。
【符号の説明】
【0050】
1:制御装置、2:ステアリングホイール(ハンドル)、3:ステアリング軸、4:トルクセンサ、5:減速機構、6:モータ、7:インターミディエイトシャフト、8:ギヤ装置、9:ピニオン軸、10:ラック軸、11:タイヤ、12:車速センサ、13:回転角センサ、14:モータ電流検出回路、41:トルクセンサ、42:モータ回転角速度センサ、43:モータ電流センサ、101:推定器、102:電流指令値変換器、103:電流制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータを備え、路面からタイヤに入力されるトルクである路面反力トルクを推定し、推定した路面反力トルクを少なくとも用いて、前記モータに発生させるアシストトルクを決定する電動パワーステアリング装置であって、
ドライバがハンドルに入力するトルクであるハンドルトルク、前記モータに生じるトルクであるモータトルク、および前記路面反力トルクに応じてそれぞれ検出値が変化する第1、第2、第3センサと、
前記第1、第2、第3センサの検出値が入力され、これらの検出値に基づいて路面反力トルク推定値を出力する路面反力推定器とを備え、
前記路面反力推定器として、推定する値の入力に対しては入力値と略等しい出力値を出力する応答性を備えるとともに、推定する値以外の入力に対しては略ゼロを出力する分離性を備える推定器であって、推定する値が前記路面反力トルクとされた推定器を用いることを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記第1、第2、第3センサとして、操舵トルクを検出するトルクセンサ、前記モータの回転角速度を検出する回転角速度センサ、前記モータに流れる電流を検出するモータ電流検出センサを用いることを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
請求項1または2において、
推定する値の20Hz以下の入力に対して前記応答性を有し、且つ、前記分離性が−40dB以下であることを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項において、
前記路面反力推定器は、
制御入力uと外部入力wとから制御量zと観測出力yとを出力する一般化プラント、および前記観測出力yから前記制御入力uを生成して前記一般化プラントにフィードバックする制御器を用いるH∞制御理論に基づいて設計されており、
前記外部入力wを、前記ハンドルトルク、モータトルク、路面反力トルクとし、
前記観測出力yを、前記第1、第2、第3センサの検出値とし、
前記制御器を前記路面反力推定器とし、
前記制御入力uを、前記路面反力推定器が出力する路面反力トルク推定値とし、
前記制御量zを前記路面反力トルクと路面反力トルク推定値との差分eとし、
前記外部入力wである前記ハンドルトルク、モータトルク、路面反力トルクから、前記制御量zである、前記路面反力トルクと路面反力トルク推定値との差分eまでの応答が略ゼロとなるように、前記路面反力推定器が設計されていることを特徴とする電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−32085(P2013−32085A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−168678(P2011−168678)
【出願日】平成23年8月1日(2011.8.1)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】