説明

電動機から発生する電磁音を制御する方法

【課題】消費電力を低減しつつ、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで電動機から発生させる。
【解決手段】交流電動機、前記交流電動機に交流電力を供給する電力供給手段、及び前記電力供給手段を制御して前記交流電動機の相コイルに流れる電流を調節する制御手段を備える動力装置において、前記交流電動機に対するトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に周期的な変動を加えることにより所望の周波数及び音量を有する電磁音を前記交流電動機から発生させるに当たり、前記電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンに従って前記電圧指令値に変動を加えることにより、前記交流電動機の相電流において、同じ周期及び振幅を有する正弦波と比較して、より小さい電流実効値及びより多くの周波数成分を有する波形を生じさせる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機から発生する電磁音を制御する方法に関する。より詳細には、本発明は、電動車両等に搭載される電動機から所望の周波数及び音量を有する電磁音を発生させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
当該技術分野においては、昨今の地球環境保護意識の益々の高まりを受け、電動機を動力源とする電動車両の普及が進んでいる。かかる電動車両に搭載される電動機の動作は、一般的に、パルス幅変調インバータによる可変電圧可変周波数制御によって制御される。開発当初の電動車両においては、インバータや電動機から発生する電磁音が騒音として問題視されたが、キャリア周波数を人間にとって耳障りな周波数よりも高い領域にすることにより、低騒音化が実現されるようになった。
【0003】
しかしながら、電動車両においては、上記のように低騒音化が実現されたことに伴い、新たな問題が顕在化した。具体的には、電気自動車(EV)や内燃機関が稼働していない状態におけるハイブリッド自動車(HV)においては、大きな騒音源である内燃機関が搭載されていない又は稼働していないため、上記のような低騒音化の実現と相まって、非常に高い静音性が実現されている。その結果、車両の近傍に居る人(例えば、歩行者等)が電動車両の接近に気付き難い等の問題が懸念されるようになった。
【0004】
一方、当該技術分野においては、例えば、バッテリーの容量不足、インバータや電動機の過熱、シフトレバーの位置等の車両の状態を運転者や搭乗者等に報知するための警告音や報知音を、ブザーやスピーカー等の専用の構成要素を追加するのではなく、電動機から発生する電磁音や振動によって発生させようとする試みもなされている。
【0005】
そこで、当該技術分野においては、例えば、パルス幅変調インバータの制御周期や制御周波数(キャリア周波数)を変化させて、電動機に供給される電流のリプル成分(リプル電流)を制御することにより、電動機から発生する電磁音を制御する技術が開発されている(例えば、特許文献1乃至3を参照)。
【0006】
しかしながら、上記のようにパルス幅変調インバータのキャリア周波数を変化させて、電動機のリプル電流を制御することにより、電動機から発生する電磁音を制御する手法においては、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで発生させることは困難である。具体的には、リプル電流を利用して電動機から電磁音を発生させようとする場合、インバータのキャリア周波数を低くすると、リプル電流の高さが大きくなり、電磁音の大きさが大きくなる一方、リプル電流の幅が大きくなり、電磁音の周波数が低くなる。逆に、インバータのキャリア周波数を高くすると、リプル電流の高さが小さくなり、電磁音の大きさが小さくなる一方、リプル電流の幅が小さくなり、電磁音の周波数が高くなる。このように、インバータのキャリア周波数を変化させて電動機から発生する電磁音を制御する手法においては、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで発生させることは困難である(例えば、高い周波数を有する電磁音を大音量で発生させることは難しい)。
【0007】
加えて、パルス幅変調インバータのキャリア周波数を過度に低くすると、パルス幅変調インバータによる電動機の制御精度が低下するため、実現可能なキャリア周波数には下限が存在する。従って、上記のようにパルス幅変調インバータのキャリア周波数を変化させて、電動機のリプル電流を制御することにより、電動機から発生する電磁音を制御しようとしても、キャリア周波数の下げ幅には限界があるため、所望の大きさの電磁音を電動機から発生させることは困難である。
【0008】
以上のように、当該技術分野においては、例えば、車両の近傍に居る人(例えば、歩行者等)に電動車両の接近を知らせるための報知音や、バッテリーの容量不足、インバータや電動機の過熱、シフトレバーの位置等の車両の状態を運転者や搭乗者等に報知するための警告音として、電動機から発生する電磁音を利用しようとする種々の試みが為されているものの、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで電動機から発生させることができる技術は未だに確立されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平2−179297号公報
【特許文献2】特開平7−177601号公報
【特許文献3】特開2005−130614号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述のように、当該技術分野においては、例えば、車両の近傍に居る人(例えば、歩行者等)に電動車両の接近を知らせるための報知音として、あるいはバッテリーの容量不足、インバータや電動機の過熱、シフトレバーの位置等の車両の状態を運転者や搭乗者等に報知するための警告音として、電動機から発生する電磁音を利用しようとする種々の試みが為されているものの、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで電動機から発生させることができる技術は未だに確立されていない。
【0011】
そこで、本発明者は、本願と同日に出願するもう1つの発明において、交流電動機に交流電力を供給する電力供給手段を制御して、交流電動機に対するトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に周期的な変動を加えることにより、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで電動機から発生させることができることを見出した。
【0012】
上記のように、交流電動機に交流電力を供給する電力供給手段を制御して、交流電動機に対するトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に周期的な変動を加えることにより、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで電動機から発生させることができる。上記周期的な変動としては、一般的には、正弦波が用いられるが、正弦波によって交流電動機の相電流を変動させて電磁音を発生させる場合、消費電力が大きいという問題があった。
【0013】
本発明は、上記問題を解消するために為されたものである。即ち、本発明の1つの目的は、消費電力を低減しつつ、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで電動機から発生させる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の上記1つの目的は、
交流電動機と、
前記交流電動機に交流電力を供給する電力供給手段と、
前記電力供給手段を制御して、前記交流電動機の相コイルに流れる電流を調節する制御手段と、
を備える動力装置において、
前記交流電動機に対するトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に周期的な変動を加えることにより、所望の周波数及び音量を有する電磁音を前記交流電動機から発生させる、
電磁音制御方法であって、
前記電圧指令値に加えられる周期的な変動の少なくとも一部が、前記電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンである正負連続変動パターンに従って前記電圧指令値に加えられ、これにより、前記交流電動機の相コイルに流れる電流において、同じ周期及び振幅を有する正弦波と比較して、より小さい電流実効値及びより多くの周波数成分を有する波形を生ずる、
電磁音制御方法によって達成される。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る電磁音制御方法によれば、消費電力を低減しつつ、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで電動機から発生させて、例えば、車両の近傍に居る人(例えば、歩行者等)に電動車両の接近を知らせるための報知音として、あるいはバッテリーの容量不足、インバータや電動機の過熱、シフトレバーの位置等の車両の状態を運転者や搭乗者等に報知するための警告音として、利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】パルス幅変調インバータによって制御される交流電動機の相電流のキャリア周波数による変化を表す模式図である。
【図2】本発明の1つの実施態様に係る電磁音制御方法を適用することができる動力装置における交流電動機の相電流の変化を表す模式図である。
【図3】本発明の1つの実施態様に係る電磁音制御方法における相電流の変動を表す波形と正弦波とを比較する模式図である。
【図4】本発明の1つの実施態様に係る電磁音制御方法を適用することができる動力装置における電圧指令値における変動と相電流における変動との対応関係の一例を表す模式図である。
【図5】本発明の1つの実施態様に係る電磁音制御方法において、電圧指令値に加えられる変動の一例を表す模式図である。
【図6】図5に示す実施態様の1つの変形例に係る電磁音制御方法において、電圧指令値に加えられる変動の結果として交流電動機から発生する電磁音の波形の一例を表す模式図である。
【図7】本発明のもう1つの実施態様に係る電磁音制御方法において、電圧指令値に加えられる変動の2つの例を表す模式図である。
【図8】本発明の更にもう1つの実施態様に係る電磁音制御方法において、電圧指令値に加えられる変動の一例を表す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
前述のように、本発明は、消費電力を低減しつつ、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで電動機から発生させる方法を提供することを1つの目的とする。本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意研究の結果、交流電動機に交流電力を供給する電力供給手段を制御して、交流電動機に対するトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に周期的な変動を加えることにより、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで電動機から発生させるに当たり、前記交流電動機の相コイルに流れる電流において、同じ周期及び振幅を有する正弦波と比較して、より小さい電流実効値及びより多くの周波数成分を有する波形を生ずるように前記電圧指令値の変動を制御することにより、消費電力を低減しつつ、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで電動機から発生させることができることを見出し、本発明を想到するに至ったものである。
【0018】
即ち、本発明の第1の実施態様は、
交流電動機と、
前記交流電動機に交流電力を供給する電力供給手段と、
前記電力供給手段を制御して、前記交流電動機の相コイルに流れる電流を調節する制御手段と、
を備える動力装置において、
前記交流電動機に対するトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に周期的な変動を加えることにより、所望の周波数及び音量を有する電磁音を前記交流電動機から発生させる、
電磁音制御方法であって、
前記電圧指令値に加えられる周期的な変動の少なくとも一部が、前記電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンである正負連続変動パターンに従って前記電圧指令値に加えられ、これにより、前記交流電動機の相コイルに流れる電流において、同じ周期及び振幅を有する正弦波と比較して、より小さい電流実効値及びより多くの周波数成分を有する波形を生ずる、
電磁音制御方法である。
【0019】
上記のように、本実施態様に係る電磁音制御方法は、交流電動機と、当該交流電動機に交流電力を供給する電力供給手段と、当該電力供給手段を制御して、前記交流電動機の相コイルに流れる電流を調節する制御手段と、を備える動力装置において、消費電力を低減しつつ、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで前記交流電動機から発生させる方法である。
【0020】
上記交流電動機は、特定の構成を有するタイプに限定されるものではなく、例えば同期電動機、誘導電動機等の何れの交流電動機であってもよい。また、上記交流電動機の相数についても、特に限定されるものではない。例えば、電気自動車(EV)、ハイブリッド自動車(HV)、プラグイン・ハイブリッド自動車(PHV)等の電動車両の動力源として使用される交流電動機としては、三相の永久磁石型同期電動機が一般的に用いられている。
【0021】
上記電力供給手段についても、上記交流電動機の相コイルに交流電力を供給して、交流電動機に所望の動作(例えば、回転速度やトルク等)をさせるために必要とされるトルク電圧Vq及び励磁電圧Vdを交流電動機において生じさせることができる限り、特定の構成に限定されるものではない。例えば、EV、HV、PHV等の電動車両に搭載される交流電動機のための電力供給手段としては、直流電力を交流電力に変換するインバータ、より具体的にはパルス幅変調インバータが一般的に用いられている。
【0022】
また、上記インバータに供給される直流電力は、例えば、商用の交流電源から供給される交流電力を例えばコンバータ等によって直流電力に変換して得られるものであってもよい。あるいは、上記インバータに供給される直流電力は、例えば電動車両等に搭載される直流電源(例えば、リチウムイオン電池等の二次電池等)から供給されるものであってもよい。
【0023】
上記インバータは、上記コンバータ又は上記直流電源から供給される直流電力を、蓄電手段が配設された入力段に受け、交流電力に変換して、当該交流電力を交流電動機に供給する。インバータの構成については当該技術分野において周知であるので、ここでは詳細には説明しないが、例えば、インバータは、上記直流電源の出力を平滑化する蓄電手段と、蓄電手段の両端子にそれぞれ接続された複数対のスイッチング素子と、各スイッチング素子に並列に接続された整流素子とを備え、スイッチング素子のON/OFFの制御により直流電源の直流電力を交流電力に変換する。
【0024】
上記スイッチング素子としては、例えば、絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT)を挙げることができる。また、上記整流素子としては、例えば、ダイオードを挙げることができる。また、上記インバータがその入力段に備える上記蓄電手段は、例えば、コンデンサ(キャパシタ)等によって構成され、上記直流電源の出力を平滑化する機能を果たす。具体的には、上記蓄電手段は、直流電源から供給される直流電圧の変動に応じて、充電及び放電を行うことにより、インバータに供給される直流電圧を平滑化する。
【0025】
上記制御手段は、電力供給手段を制御して、交流電動機の相コイルに流れる電流(相電流)を調節する。より具体的には、上記制御手段は、例えば、交流電動機に所望の動作(例えば、回転速度やトルク等)をさせるために必要とされるトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*に対応する相電流を算出し、斯くして算出された相電流に対応する相電圧を交流電動機の相コイルに印加するように電力供給手段を制御する。これにより、上記制御手段は、交流電動機の動作(例えば、回転速度やトルク等)を制御することができる。
【0026】
より詳細には、電力供給手段から交流電動機に印加される交流電圧は、交流電動機を励磁する成分である励磁電圧成分Vdと、交流電動機にトルクを付与する成分であるトルク電圧成分Vqとに分けて捉えることができる。上記動力装置においては、交流電動機に求められる出力(トルク及び回転数)に応じて、励磁電圧成分Vdの目標値である励磁電圧指令値Vd*及びトルク電圧成分Vqの目標値であるトルク電圧指令値Vq*が、電力供給手段を制御する制御手段によって設定され、設定された励磁電圧指令値Vd*及びトルク電圧指令値Vq*に従って、励磁電圧成分Vd及びトルク電圧成分Vqが制御手段によってそれぞれ制御される。
【0027】
例えば、上記動力装置が電動車両に搭載される動力装置である場合、当該車両が備える電子制御装置(ECU)が、アクセル信号、ブレーキ信号、シフトポジション信号等の入力信号に基づいて、励磁電圧指令値Vd*及びトルク電圧指令値Vq*(ひいては励磁電流指令Id*及びトルク電流指令Iq*)を算出し、算出した励磁電圧指令値Vd*及びトルク電圧指令値Vq*に基づき、例えば、PWM信号を生成することにより、交流電動機の相コイルに流れる電流(相電流)を制御する。交流電動機が三相電動機である場合、電動機の各相電流Iu、Iv、及びIwを励磁電流成分Id及びトルク電流成分Iqに変換し、また励磁電圧指令値Vd*及びトルク電圧指令値Vq*(ひいては励磁電流指令Id*及びトルク電流指令Iq*)を各相電圧指令値Vu*、Vv*、及びVw*(ひいては各相電流指令値Iu*、Iv*、及びIw*)に変換して、上記のような制御を実現することができる。但し、本発明は、交流電動機に対する供給電流の励磁電流成分Id及びトルク電流成分Iqへの変換を伴わないベクトル制御手法にも適用することができる。
【0028】
ベクトル制御は、永久磁石同期モータ等の交流電動機を高速・高精度に制御するのに有効な電動機制御技術である。ベクトル制御とは、電動機の電流や鎖交磁束をベクトルの瞬時値として把握し、それらのベクトルを瞬時値で制御することにより、電動機の瞬時トルクを指令に追従させる技術である。ベクトル制御は、電動機のモデルとしての電圧方程式に基づいて構成される。かかるベクトル制御における交流電動機のモデルとしての電圧方程式は、例えば、以下の式(1)によって表される。
【0029】
【数1】

【0030】
上式中、Vd及びVqは各軸(それぞれd軸及びq軸)の一次電圧(励磁電圧成分及びトルク電圧成分)であり、Id及びIqは各軸(それぞれd軸及びq軸)の一次電流(励磁電流成分及びトルク電流成分)であり、ωは交流電動機の回転子の回転角速度(電気角速度)であり、Ld及びLqは各軸(それぞれd軸及びq軸)のインダクタンスであり、Rは一次抵抗であり、φは鎖交磁束の大きさであり、そしてPは微分演算子(d/dt)である。
【0031】
上記のように交流電動機、電力供給手段、及び制御手段を備える動力装置において所望の周波数及び音量を有する電磁音を交流電動機から発生させようとする場合、従来技術においては、前述のように、例えば、電力供給手段としてのインバータのキャリア周波数を変化させて、交流電動機に供給される電流のリプル成分を制御することにより、交流電動機から発生する電磁音の周波数及び音量を制御しようとしてきた。
【0032】
しかしながら、このようにインバータのキャリア周波数を変化させて交流電動機のリプル電流を制御することにより交流電動機から発生する電磁音を制御する手法においては、前述のように、例えば、高い周波数を有する電磁音は小音量でしか発生させることができず、低い周波数を有する電磁音は大音量でしか発生させることができない。即ち、当該手法においては、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで発生させることは困難である。また、前述のように、インバータのキャリア周波数の下げ幅には限界があるため、所望の大きさの電磁音を電動機から発生させることは困難である。
【0033】
ここで、図1を参照しながら、上記につき、より詳細に説明する。図1は、前述のように、パルス幅変調インバータによって制御される交流電動機の相電流のキャリア周波数による変化を表す模式図である。先ず、図1(a)は、キャリア周波数が高い場合において交流電動機の相電流に生ずるリプルを表す。個々の鋸刃状の波形がリプル100を表し、当該波形に対応するリプル幅110及びリプル高120を呈する。これに対し、図1(b)は、キャリア周波数が低い場合において交流電動機の相電流に生ずるリプルを表す。キャリア周波数が高い(a)の相電流と比較して、個々のリプル100がより大きくなっており、これに対応して、リプル幅110及びリプル高120もより大きくなっている。
【0034】
上記の結果、図1(b)のようにキャリア周波数を下げた場合は、キャリア周波数が高い(a)の場合と比較して、リプル幅110がより大きいことから、交流電動機から発生する電磁音の周期も長くなり(即ち、周波数が下がる)、リプル高120もより大きいことから、電磁音の音量もより大きくなる。逆に、図1(a)のようにキャリア周波数を上げた場合は、キャリア周波数が低い(b)の場合と比較して、リプル幅110がより小さいことから、交流電動機から発生する電磁音の周期も文字斯くなり(即ち、周波数が上がる)、リプル高120もより小さいことから、電磁音の音量もより小さくなる。このように、インバータのキャリア周波数を変化させて交流電動機のリプル電流を制御することにより交流電動機から発生する電磁音を制御する手法においては、高い周波数を有する電磁音は小音量でしか発生させることができず、低い周波数を有する電磁音は大音量でしか発生させることができない。
【0035】
一方、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、上記のように、交流電動機に対するトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に周期的な変動を加えることにより、所望の周波数及び音量を有する電磁音を交流電動機から発生させる。これにより、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、インバータのキャリア周波数を変化させて交流電動機から発生する電磁音を制御する従来技術に係る手法とは異なり、交流電動機から発生する電磁音の周波数と音量とを独立して自由に制御することができる。
【0036】
具体的には、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、交流電動機に対するトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に周期的な変動を加える。この際、電圧指令値における周期的な変動の周波数を低くすることにより、相電流における周期的な変動の周期を長くすることができ、結果として交流電動機から発生する電磁音の周波数を低くすることができる。逆に、電圧指令値における周期的な変動の周波数を高くすることにより、相電流における周期的な変動の周期を短くすることができ、結果として交流電動機から発生する電磁音の周波数を高くすることができる。一方、電圧指令値における周期的な変動の振幅を大きくすることにより、相電流における周期的な変動の振幅を大きくすることができ、結果として交流電動機から発生する電磁音の音量を大きくすることができる。逆に、電圧指令値における周期的な変動の振幅を小さくすることにより、相電流における周期的な変動の振幅を小さくすることができ、結果として交流電動機から発生する電磁音の音量を小さくすることができる。
【0037】
ここで、図2を参照しながら、上記につき、より詳細に説明する。図2は、前述のように、本発明の1つの実施態様に係る電磁音制御方法を適用することができる動力装置における交流電動機の相電流の変化を表す模式図である。尚、図2においては、理解を容易にすることを目的として、交流電動機の相電流の変化が正弦波によって表されているが、後に詳述するように、本発明に係る電磁音制御方法においては、同じ周期及び振幅を有する正弦波と比較して、より小さい電流実効値及びより多くの周波数成分を有する波形(例えば、鋭く尖った三角形状の波形や鋸刃状の波形等)によって表される変動を交流電動機の相電流に生じさせる。
【0038】
先ず、図2(c)は、基準となる変動が加えられた電圧指令値に基づいて交流電動機の相電流に生ずる変動を表すものとする。この場合、相電流の変動の周期210及び相電流の変動の振幅220に応じた電磁音が交流電動機から発生する。電磁音の音量を基準より大きくしたい場合は、図2(a)に示すように、交流電動機の相電流に生ずる変動の振幅220が大きくなるように、電圧指令値に加える変動の振幅を大きくすればよい。逆に、電磁音の音量を基準より小さくしたい場合は、図2(e)に示すように、交流電動機の相電流に生ずる変動の振幅220が小さくなるように、電圧指令値に加える変動の振幅を小さくすればよい。
【0039】
一方、電磁音の音程(周波数)を高くしたい場合は、図2(d)に示すように、交流電動機の相電流に生ずる変動の周期210が短く(周波数が高く)なるように、電圧指令値に加える変動の周期を短く(周波数を高く)すればよい。逆に、電磁音の音程(周波数)を低くしたい場合は、図2(b)に示すように、交流電動機の相電流に生ずる変動の周期210が長く(周波数が低く)なるように、電圧指令値に加える変動の周期を長く(周波数を低く)すればよい。
【0040】
上記のように、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、交流電動機に対するトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に加えられる周期的な変動の周波数及び振幅により、交流電動機の相コイルに流れる電流(相電流)の周波数及び振幅を、それぞれ独立して制御することができる。しかも、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、交流電動機から発生する電磁音の音量を大きくする際には、電圧指令値における周期的な変動の振幅を大きくすればよい。従って、インバータのキャリア周波数を変化させて交流電動機から発生する電磁音を制御する従来技術に係る手法とは異なり、電磁音の音量を大きくするための設定において特段の制約は無い。即ち、上述の従来技術においてはキャリア周波数の下限が電磁音の音量の上限となるが、本実施態様においては電圧指令値における周期的な変動の振幅を大きくすればするほど、電磁音の音量を大きくすることができる。
【0041】
以上のように、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、交流電動機に交流電力を供給する電力供給手段を制御して、交流電動機に対するトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に周期的な変動を加えることにより、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで電動機から発生させることができる。しかしながら、図2に示すように正弦波によって表される波形を有する変動を交流電動機の相電流に生じさせて電磁音を発生させる場合、前述のように、消費電力が大きいという新たな問題が認められた。
【0042】
そこで、本発明者は、上記問題を解消すべく鋭意研究の結果、交流電動機に交流電力を供給する電力供給手段を制御して交流電動機に対するトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に周期的な変動を加えることにより所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで電動機から発生させるに当たり、交流電動機の相コイルに流れる電流(相電流)において、同じ周期及び振幅を有する正弦波と比較して、より小さい電流実効値及びより多くの周波数成分を有する波形を生ずるように電圧指令値の変動を制御することにより、消費電力を低減しつつ、所望の周波数を有する電磁音を所望の大きさで電動機から発生させることができることを見出した。
【0043】
即ち、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、前述の交流電動機において、トルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に周期的な変動を加えることにより所望の周波数及び音量を有する電磁音を発生させるに当たり、電圧指令値に加えられる周期的な変動の少なくとも一部が、電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンである正負連続変動パターンに従って電圧指令値に加えられ、これにより、交流電動機の相コイルに流れる電流(相電流)において、同じ周期及び振幅を有する正弦波と比較して、より小さい電流実効値及びより多くの周波数成分を有する波形を生じさせることにより、消費電力を低減することができる。
【0044】
尚、同じ周期及び振幅を有する正弦波と比較して、より小さい電流実効値及びより多くの周波数成分を有する波形とは、例えば、鋭く尖った三角形状の波形や鋸刃状の波形等を指す。ここで、図3を参照しながら、本実施態様に係る電磁音制御方法における相電流の変動を表す波形と正弦波との違いにつき、より詳細に説明する。図3は、前述のように、本発明の1つの実施態様に係る電磁音制御方法における相電流の変動を表す波形と正弦波とを比較する模式図である。図3(a)は、一般的な正弦波の波形を表し、時間軸(横軸)に対する積分値が相対的に大きく、周波数成分としては、1成分のみ含んでいる。
【0045】
一方、図3(b)は、本発明の1つの実施態様に係る電磁音制御方法における相電流の変動を表す波形を示す。図3(b)に示すように、当該波形においては、正弦波と比較して、時間軸(横軸)に対する積分値が相対的に小さい(実効値が小さい)。これにより、かかる波形を有する変動によれば、電磁音を発生させる際の消費電力を低減することができる。また、図3(b)に示すように、当該波形は、正弦波と比較して鋭く尖った形状をしている。かかる波形を有する波は多くの周波数成分を含み、例えば、人間の聴感特性において高い重み付けがなされる周波数成分を電磁音に含ませることがより容易となるので、電磁音を報知音や警告音として使用するのに望ましい。
【0046】
ところで、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、前述の交流電動機において、トルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に対して、電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンである正負連続変動パターンに従う変動を加えることにより、上記のような、同じ周期及び振幅を有する正弦波と比較して、より小さい電流実効値及びより多くの周波数成分を有する波形を交流電動機の相コイルに流れる電流(相電流)に生じさせる。
【0047】
ここで、図4を参照しながら、上記につき、より詳細に説明する。図4は、前述のように、本発明の1つの実施態様に係る電磁音制御方法を適用することができる動力装置における電圧指令値における変動と相電流における変動との対応関係の一例を表す模式図である。先ず、図4(a)は、交流電動機から電磁音を発生させるための変動が加えられていない、電流フィードバック後の電圧指令値を表す模式図である。次に、図4(b)は、交流電動機から電磁音を発生させるための変動が加えられた電圧指令値を表す模式図である。図4(b)に示すように、この例においては、電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンとして、電圧指令値を増大させる矩形波と電圧指令値を減少させる矩形波とを連続的に組み合わせた変動パターンを採用している。かかる電圧指令値の変動により、交流電動機の相コイルに流れる電流(相電流)においては、図4(c)に示すような、鋭く尖った三角形状の波形が生ずる。上述のように、かかる波形を有する波は多くの周波数成分を含み、例えば、人間の聴感特性において高い重み付けがなされる周波数成分を電磁音に含ませることがより容易となるので、電磁音を報知音や警告音として使用するのに望ましい。また、かかる波形は、正弦波と比較して、時間軸(横軸)に対する積分値が相対的に小さい(実効値が小さい)ことから、電磁音を発生させる際の消費電力を低減することができる。
【0048】
尚、上記のように、図4に示す例においては、電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンとして、電圧指令値を増大させる矩形波と電圧指令値を減少させる矩形波とを連続的に組み合わせた変動パターンを採用した。しかしながら、本実施態様に係る電磁音制御方法において採用される電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンである正負連続変動パターンは、かかる特定のパターンに限定されるものではない。即ち、交流電動機の相コイルに流れる電流(相電流)において、同じ周期及び振幅を有する正弦波と比較して、より小さい電流実効値及びより多くの周波数成分を有する波形を生ずることが可能である限り、如何なる形状を有する波形によって表される変動パターンを採用してもよい。例えば、本実施態様に係る電磁音制御方法において電圧指令値に加えられる周期的変動の変動パターンは、交流電動機から発生させようとする電磁音の音色等に応じて、種々の形状を有する変動パターンから、適宜選択することができる。
【0049】
以上のように、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、交流電動機に対するトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に周期的な変動を加えることにより所望の周波数及び音量を有する電磁音を発生させるに当たり、電圧指令値に加えられる周期的な変動の少なくとも一部が、電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンである正負連続変動パターンに従って電圧指令値に加えられ、これにより、交流電動機の相コイルに流れる電流(相電流)において、同じ周期及び振幅を有する正弦波と比較して、より小さい電流実効値及びより多くの周波数成分を有する波形を生じさせることにより、消費電力を低減することができる。
【0050】
ところで、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンの変動周期を変更することによって、交流電動機から発生させる電磁音の周波数を変更することができる。しかしながら、交流電動機から発生させる電磁音の周波数は、上記のように変動パターンの変動周期を変更するのではなく、変動パターンの発生頻度を変更する、即ち、1つの変動パターンともう1つの変動パターンとの間に変動パターンの無い期間(休止期間)を設けて、当該休止期間の時間的な長さを変更することによって変更することもできる。尚、消費電力の低減という観点からは、前者の方式よりも、後者の方式の方が望ましい。
【0051】
即ち、本発明の第2の実施態様は、
本発明の前記第1の実施態様に係る電磁音制御方法であって、
前記電圧指令値に加えられる周期的な変動が、複数の前記正負連続変動パターンを含み、時間的に隣り合う正負連続変動パターンの対の少なくとも一部の間に、前記電圧指令値に変動が加えられない休止期間を更に含む、
電磁音制御方法である。
【0052】
上記のように、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、電圧指令値に加えられる周期的な変動が、複数の正負連続変動パターンを含み、時間的に隣り合う正負連続変動パターンの対の少なくとも一部の間に、電圧指令値に変動が加えられない休止期間を更に含む。上述のように、変動パターンの変動周期を変更するのではなく、本実施態様に係る電磁音制御方法におけるように、1つの変動パターンともう1つの変動パターンとの間に変動パターンの無い期間(休止期間)を設けて、当該休止期間の時間的な長さを変更することによって、交流電動機から発生させる電磁音の周波数を変更することができる。しかも、本実施態様においては、休止期間において、電圧指令値に変動が加えられないため、交流電動機に電磁音を発生させるために消費される電力をより一層低減することができる。
【0053】
尚、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、上述の正負連続変動パターンと休止期間との組み合わせにより、電圧指令値の変動パターンの出現頻度(周期)及び電圧指令値の変動幅(振幅)を調節して、所望の周波数及び振幅を有する変動を交流電動機の相電流に生じさせることができる。従って、本実施態様に係る電磁音制御方法によれば、消費電力を大幅に低減させつつ、所望の周波数及び音量を有する電磁音を交流電動機から発生させることができる。
【0054】
例えば、上述の正負連続変動パターンと休止期間とを交互に設け、正負連続変動パターン及び/又は休止期間の時間的な長さをそれぞれ調節して、電圧指令値の変動パターンの出現頻度(周期)を変化させることにより、交流電動機の相電流に生ずる変動の出現頻度(周期)を変化させ、結果として、交流電動機から発生する電磁音の周波数を変化させることができる。
【0055】
ここで、上記実施態様につき、図5を参照しながら、より詳細に説明する。図5は、前述のように、本発明の1つの実施態様に係る電磁音制御方法において、電圧指令値に加えられる変動の一例を表す模式図である。図5において、横軸は時間を表し、縦方向の破線は、当該実施態様における制御周期(例えば、電力供給手段がパルス幅変調インバータを含んでなる場合は、インバータのキャリア周波数に対応する制御周期)を表す。図5に示すように、この例においては、電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンとして、電圧指令値を増大させる矩形波と電圧指令値を減少させる矩形波とを連続的に組み合わせた変動パターンを採用している。
【0056】
以下の説明においては、図5に示す実施態様における制御周期が1ms(ミリ秒)であると仮定する(例えば、電力供給手段がパルス幅変調インバータを含んでなる場合は、インバータのキャリア周波数が500Hzであると仮定する)。図5に示すように、電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンである正負連続変動パターンに従った電圧指令値の変動が生ずる期間(正負連続変動期間)Fは、2つの制御周期に相当する時間的な長さ(即ち、2ms)を有する。その後、4つの制御周期に相当する時間的な長さ(即ち、4ms)を有する休止期間Rが設けられている。この休止期間Rの後、もう1つの正負連続変動期間Fが続いている。従って、この例においては、電圧指令値における正負連続変動パターンが6ms(=2ms+4ms)の周期で出現するので、この例における電圧指令値における変動周期Cは6msとなる。即ち、この例における電圧指令値における変動周波数は約166.7Hz(=1000ms/6ms)となる。仮に、休止期間Rの時間的な長さを、5つの制御周期に相当する時間的な長さ(即ち、5ms)とすると、電圧指令値における正負連続変動パターンが7ms(=2ms+5ms)の周期で出現するので、この場合における電圧指令値における変動周期Cも7msとなり、電圧指令値における変動周波数は約142.9Hz(=1000ms/7ms)となる。
【0057】
上記のように、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、時間的に隣り合う正負連続変動パターンの対の間に、電圧指令値に変動が加えられない休止期間を設け、当該休止期間の時間的な長さを増減することにより、電圧指令値における変動周波数を増減することができる。その結果、交流電動機の相コイルに流れる電流(相電流)における変動周波数を増減することができるので、交流電動機から発生する電磁音の周波数(音程)を増減することができる。更に、休止期間においては、電圧指令値に変動が加えられないため、交流電動機の相電流においても変動が発生しない。その結果、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、交流電動機に電磁音を発生させるために消費される電力をより一層低減することができる。
【0058】
また、本実施態様の1つの変形例として、電圧指令値の変動パターンが連続的又は密に存在する複数の期間の間に比較的長い休止期間を設けて、電圧指令値に変動が加えられる期間と電圧指令値に変動が加えられない期間とを混在して生じさせてもよい。この場合、交流電動機の相電流においても変動が生ずる期間と変動が生じない期間とが混在して生ずる。その結果、交流電動機から発生する電磁音において、所望の音色を発現させたり、電磁音の間欠に基づくリズムを発現させたりすることができる。
【0059】
ここで、上記変形例につき、図6を参照しながら、より詳細に説明する。図6は、前述のように、図5に示す実施態様の1つの変形例に係る電磁音制御方法において、電圧指令値に加えられる変動の結果として交流電動機から発生する電磁音の波形の一例を表す模式図である。図6において、横軸は時間を表し、縦軸は交流電動機から発生する電磁音の振幅を表す。この例においては、電圧指令値の変動パターンが連続的又は密に存在する複数の期間の間に比較的長い休止期間を設けて、電圧指令値に変動が加えられる期間と電圧指令値に変動が加えられない期間とを混在させることにより、図6に示すように、交流電動機から電磁音が発生する期間Dと、電磁音が発生しない期間Sとを混在させている。これにより、交流電動機から発生する電磁音において、所望の音色を発現させたり、電磁音の間欠に基づくリズムを発現させたりすることができる。
【0060】
更に、本実施態様のもう1つの変形例として、上述の2つの実施態様を組み合わせてもよい。即ち、電圧指令値の変動パターンが連続的又は密に存在する期間において、上述の正負連続変動パターンと休止期間とを交互に設け、更に、これらの電圧指令値の変動パターンが連続的又は密に存在する複数の期間の間に比較的長い休止期間を設けることにより、所望の周波数及び音量を有する電磁音を交流電動機から発生させつつ、交流電動機から発生する電磁音において、所望の音色を発現させたり、電磁音の間欠に基づくリズムを発現させたりすることができる。何れの変形例においても、休止期間においては電圧指令値に変動が加えられないため、交流電動機に電磁音を発生させるために消費される電力をより一層低減することができる。
【0061】
ところで、交流電動機に交流電力を供給する電力供給手段がパルス幅変調インバータを含み、当該インバータによって交流電動機を駆動する場合、当該インバータを構成するスイッチング素子のスイッチング動作は、キャリア周波数によって制御されている。インバータにおけるスイッチング素子のスイッチング動作は所望の交流電力を交流電動機に供給するために必要であるが、スイッチング損失を伴う。一方、交流電動機が搭載される装置や設備(例えば、電動車両等)の稼働状況によっては、かかるスイッチング動作が必要とされない期間も存在し得る。当該期間において、上述の休止期間に該当する場合は、電圧指令値に変動を加える必要も無いことから、他に支障が無い限り、スイッチング損失を伴いながら、高いキャリア周波数に基づく高速なスイッチング動作を敢えて維持する必要は無い。
【0062】
即ち、本発明の第3の実施態様は、
本発明の前記第2の実施態様に係る電磁音制御方法であって、
前記電力供給手段がパルス幅変調インバータを含んでなり、
前記休止期間において、前記パルス幅変調インバータのキャリア周波数を低下させる、
電磁音制御方法である。
【0063】
上記のように、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、電力供給手段がパルス幅変調インバータを含んでなり、電圧指令値に変動が加えられない休止期間において、パルス幅変調インバータのキャリア周波数を低下させる。これにより、本実施態様に係る電磁音制御方法によれば、休止期間において、電圧指令値に変動が加えられないため、交流電動機に電磁音を発生させるために消費される電力をより一層低減することができることに加えて、インバータにおけるスイッチング素子のスイッチング動作に起因するスイッチング損失をも低減することができるので、全体としての消費電力を更により一層低減することができる。消費電力の低減という観点からは、休止期間におけるパルス幅変調インバータのキャリア周波数を0(ゼロ)Hzとすることがより望ましい。
【0064】
ここで、上記実施態様につき、図7を参照しながら、より詳細に説明する。図7は、前述のように、本発明のもう1つの実施態様に係る電磁音制御方法において、電圧指令値に加えられる変動の2つの例を表す模式図である。具体的には、図7に示す実施態様は、電圧指令値に変動が加えられない休止期間において、パルス幅変調インバータのキャリア周波数を低下させた点を除き、図5に示す実施態様と同じである。即ち、図7において、横軸は時間を表し、縦方向の破線は、当該実施態様における制御周期(例えば、電力供給手段がパルス幅変調インバータを含んでなる場合は、インバータのキャリア周波数に対応する制御周期)を表す。
【0065】
図7に示すように、この例においても、図5に示す例と同様に、電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンとして、電圧指令値を増大させる矩形波と電圧指令値を減少させる矩形波とを連続的に組み合わせた変動パターンを採用している。また、電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンである正負連続変動パターンに従った電圧指令値の変動が生ずる期間(正負連続変動期間)Fが、500Hzのキャリア周波数にて駆動されるパルス幅変調インバータの2つの制御周期に相当する時間的な長さ(即ち、2ms)を有する点も、図5に示す例と同様である。
【0066】
更に、図7に示す実施態様においても、図5に示す実施態様と同様に、上記正負連続変動期間Fに続いて4msの休止期間Rが設けられている。しかしながら、上述のように、図7に示す実施態様においては、電圧指令値に変動が加えられない休止期間において、パルス幅変調インバータのキャリア周波数を低下させている。具体的には、図7(a)に示す例においては、休止期間Rにおけるインバータのキャリア周波数が図5に示す実施態様の場合の半分(即ち、250Hz)に下げられているので、図5と同じ4msの時間的な長さを有する休止期間Rには、2つの制御周期しか含まれない。従って、図7(a)に示す例においては、同じ4msの休止期間Rにおけるインバータのスイッチング動作の回数が図5に示す例の半分である。このように、図7(a)に示す例においては休止期間Rにおけるスイッチング動作の回数が低減されるので、スイッチング損失もまた低減される。
【0067】
一方、図7(b)に示す例においては、休止期間Rにおけるインバータのキャリア周波数が0Hzに下げられているので、休止期間Rにおいてはインバータのスイッチング動作は起こらない。従って、図7(b)に示す例においては、休止期間Rにおけるインバータのスイッチング損失は発生しない。
【0068】
上記のように、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、電力供給手段がパルス幅変調インバータを含んでなり、電圧指令値に変動が加えられない休止期間において、パルス幅変調インバータのキャリア周波数を低下させることにより、休止期間におけるインバータのスイッチング損失を低減することができる。その結果、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、交流電動機に電磁音を発生させるために消費される電力を更により一層低減することができる。
【0069】
ところで、図5に示す実施態様においては、2つの制御周期に相当する時間的な長さ(即ち、2ms)を有する正負連続変動期間Fと4つの制御周期に相当する時間的な長さ(即ち、4ms)を有する休止期間Rとによって構成される6つの制御周期に相当する時間的な長さ(即ち、6ms)を有する電圧指令値の変動周期により、電圧指令値における変動周波数を約166.7Hz(=1000ms/6ms)としている。また、図5に示す実施態様においては、正負連続変動パターンにおいて電圧指令値が増大方向に変動する期間である増大期間及び電圧指令値が減少方向に変動する期間である減少期間は何れも1つの制御周期に相当する時間的な長さ(即ち、1ms)を有する。このように、図5に示す実施態様においては、整数個の制御周期の組み合わせにより、電圧指令値における所望の変動周波数を達成することができている。
【0070】
しかしながら、交流電動機から発生させようとする電磁音の周波数によっては、正負連続変動パターンにおいて電圧指令値が増大方向に変動する期間である増大期間、正負連続変動パターンにおいて電圧指令値が減少方向に変動する期間である減少期間、及び休止期間のそれぞれの時間的な長さは、必ずしも、その時点におけるインバータの制御周期の整数倍になっているとは限らない。かといって、正負連続変動パターンにおいて電圧指令値が増大方向に変動する期間である増大期間、正負連続変動パターンにおいて電圧指令値が減少方向に変動する期間である減少期間、及び休止期間のそれぞれの時間的な長さを、その時点におけるインバータの制御周期の整数倍となる長さに限定したのでは、電圧指令値における所望の変動周波数を達成することが困難となる。
【0071】
そこで、上記のような場合においては、パルス幅変調インバータのキャリア周波数を調節することにより、整数個の制御周期の組み合わせによって、電圧指令値における所望の変動周波数を達成することができる。具体的には、正負連続変動パターンにおいて電圧指令値が増大方向に変動する期間である増大期間、正負連続変動パターンにおいて電圧指令値が減少方向に変動する期間である減少期間、及び休止期間のそれぞれの時間的な長さの公約数を求め、当該公約数に一致する制御周期となるように、パルス幅変調インバータのキャリア周波数を調節することによって、電圧指令値における所望の変動周波数を達成することができる。
【0072】
即ち、本発明の第4の実施態様は、
本発明の前記第2の実施態様に係る電磁音制御方法であって、
前記電力供給手段がパルス幅変調インバータを含んでなり、
前記正負連続変動パターンにおいて前記電圧指令値が増大方向に変動する期間である増大期間、前記正負連続変動パターンにおいて前記電圧指令値が減少方向に変動する期間である減少期間、及び前記休止期間のそれぞれの時間的な長さの公約数に一致する制御周期となるように、前記パルス幅変調インバータのキャリア周波数を調節する、
電磁音制御方法である。
【0073】
上記のように、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、電力供給手段がパルス幅変調インバータを含んでなり、正負連続変動パターンにおいて電圧指令値が増大方向に変動する期間である増大期間、正負連続変動パターンにおいて電圧指令値が減少方向に変動する期間である減少期間、及び休止期間のそれぞれの時間的な長さの公約数に一致する制御周期となるように、パルス幅変調インバータのキャリア周波数を調節する。これにより、本実施態様に係る電磁音制御方法によれば、電圧指令値において所望の変動周波数を達成すべく設定された上記増大期間、減少期間、及び休止期間のそれぞれの時間的な長さを、整数個の制御周期によって規定することができる。結果として、本実施態様に係る電磁音制御方法によれば、所望の周波数を有する電磁音を交流電動機から発生させることができる。
【0074】
ここで、上記実施態様につき、図8を参照しながら、より詳細に説明する。図8は、前述のように、本発明の更にもう1つの実施態様に係る電磁音制御方法において、電圧指令値に加えられる変動の一例を表す模式図である。具体的には、図8に示す実施態様においては、2つの制御周期に相当する時間的な長さを有する正負連続変動期間Fと7つの制御周期に相当する時間的な長さを有する休止期間Rとによって、9つの制御周期に相当する時間的な長さを有する電圧指令値の変動周期が構成されている。
【0075】
上記のような構成において、1047Hzの周波数を有する「ド」の音程を有する電磁音を発生させようとする場合は、電圧指令値の変動周期を約0.955ms(=1000ms/1047)とする必要がある。上記のように、図8に示す実施態様においては、電圧指令値の変動周期は9つの制御周期によって構成されているので、1つの制御周期は約0.106ms(=0.955/9)である必要がある。当該制御周期に対応するキャリア周波数は約4712Hzであるが、その時点におけるキャリア周波数は必ずしも約4712Hzとなっているとは限らない。そこで、本実施態様に係る電磁音制御方法においては、キャリア周波数を約4712Hzに調節して、所望の音程(即ち、1047Hzの周波数を有する「ド」の音程)の電磁音を交流電動機から発生させることができる。
【0076】
尚、図8に示す実施態様においては、電圧指令値の変動周期を構成する9つの制御周期(即ち、正負連続変動期間Fを構成する2つの制御周期及び休止期間Rを構成する7つの制御周期)の全てについて、(キャリア周波数の調節により)時間的な長さを均等に調節して、電圧指令値の変動周期を所望の時間的な長さとした。しかしながら、本実施態様の変形例として、電圧指令値の変動周期を構成する複数の制御周期のうちの一部についてのみ、(キャリア周波数の調節により)時間的な長さを調節して、電圧指令値の変動周期を所望の時間的な長さとしてもよい。例えば、前述の第3の実施態様に係る電磁音制御方法におけるように、休止期間においてのみキャリア周波数を変更して制御周期を調節し、結果として電圧指令値の変動周期を所望の長さとしてもよい。
【0077】
また、上述の各種実施態様を説明する各図においては、正負連続変動パターンにおいて電圧指令値が増大方向に変動する期間である増大期間及び電圧指令値が減少方向に変動する期間である減少期間が何れも1つの制御周期に相当する時間的な長さを有する構成を例示したが、正負連続変動パターンにおいて電圧指令値が増大方向に変動する期間である増大期間及び電圧指令値が減少方向に変動する期間である減少期間の両方又は何れか一方が複数の制御周期に相当する時間的な長さを有していてもよい。
【0078】
以上、本発明を説明することを目的として、特定の構成を有する幾つかの実施態様について説明してきたが、本発明の範囲は、これらの例示的な実施態様に限定されるものではなく、特許請求の範囲及び明細書に記載された事項の範囲内で、適宜修正を加えることができることは言うまでも無い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流電動機と、
前記交流電動機に交流電力を供給する電力供給手段と、
前記電力供給手段を制御して、前記交流電動機の相コイルに流れる電流を調節する制御手段と、
を備える動力装置において、
前記交流電動機に対するトルク電圧指令値Vq*及び励磁電圧指令値Vd*の少なくとも何れか一方の電圧指令値に周期的な変動を加えることにより、所望の周波数及び音量を有する電磁音を前記交流電動機から発生させる、
電磁音制御方法であって、
前記電圧指令値に加えられる周期的な変動の少なくとも一部が、前記電圧指令値の増大方向への変動と減少方向への変動とが連続して起こる変動パターンである正負連続変動パターンに従って前記電圧指令値に加えられ、これにより、前記交流電動機の相コイルに流れる電流において、同じ周期及び振幅を有する正弦波と比較して、より小さい電流実効値及びより多くの周波数成分を有する波形を生ずる、
電磁音制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の電磁音制御方法であって、
前記電圧指令値に加えられる周期的な変動が、複数の前記正負連続変動パターンを含み、時間的に隣り合う正負連続変動パターンの対の少なくとも一部の間に、前記電圧指令値に変動が加えられない休止期間を更に含む、
電磁音制御方法。
【請求項3】
請求項2に記載の電磁音制御方法であって、
前記電力供給手段がパルス幅変調インバータを含んでなり、
前記休止期間において、前記パルス幅変調インバータのキャリア周波数を低下させる、
電磁音制御方法。
【請求項4】
請求項2に記載の電磁音制御方法であって、
前記電力供給手段がパルス幅変調インバータを含んでなり、
前記正負連続変動パターンにおいて前記電圧指令値が増大方向に変動する期間である増大期間、前記正負連続変動パターンにおいて前記電圧指令値が減少方向に変動する期間である減少期間、及び前記休止期間のそれぞれの時間的な長さの公約数に一致する制御周期となるように、前記パルス幅変調インバータのキャリア周波数を調節する、
電磁音制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−115842(P2013−115842A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−256972(P2011−256972)
【出願日】平成23年11月25日(2011.11.25)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】