説明

電子放出源及びその製造方法

【課題】均一な電界電子放出特性と高い耐久性とを有する、電子放出源。
【解決手段】酸化鉄ウィスカーからなる電界電子放出体であり、中でも鉄系基板を酸化雰囲気中で酸化させてその基板上に酸化鉄ウィスカーを直接成長させた構造であることを特徴とする。また、酸化鉄ウイスカーは、直径5nmから2μm、長さ0.1μmから1mm、アスペクト比5から10万であり、FED用或いは照明用などの電極として幅広い応用が可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化鉄ウィスカーからなる電子放出源およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
画像表示装置や照明用光源の電子放出源として、従来はシリコンやモリブデンからなる針状電極、いわゆるスピント型電極が使用されてきた。これに対して、より長寿命かつ低真空稼動という特性に着目してカーボンナノチューブが検討されている(たとえば特許文献1,2,3,4)。一方、酸化鉄ウィスカーは磁気記録媒体、炭酸ガス分解触媒の原料として有用であるため、湿式法により製造されたものが広く使用されている(たとえば特許文献5〜13)が、シリコンやカーボンナノチューブと同様の優れた電子放出源であることは知られていなかった。
【0003】
【特許文献1】特開2001-57146号公報
【特許文献2】特開2001-236875号公報
【特許文献3】特開2003-16911号公報
【特許文献4】特開2004-127713号公報
【特許文献5】特開平6-64927号公報
【特許文献6】特開平7-242425号公報
【特許文献7】特開平8-8104号公報
【特許文献8】特公昭47-25959号公報
【特許文献9】特開2001−240500号公報
【特許文献10】特開平3−245845号公報
【特許文献11】特開平3−285829号公報
【特許文献12】特開平7−41322号公報
【特許文献13】米国特許 5093303号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来知られていた材料であるシリコンやモリブデンと比較して、カーボンナノチューブは電子放出源としての寿命や駆動環境に優れていると期待されているが、電子放出が不均一、基板との密着強度が不充分という問題がある。本発明はこのような問題を解決するために、新たに酸化鉄ウィスカーを電子放出源として提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、酸化鉄ウィスカーが電子放出材料として優れていることを新たに見出した。中でも、酸化雰囲気中で鉄系材料を高温度で酸化させることにより、基板上に直接成長させた酸化鉄ウィスカーが電子放出源として優れた性質を有することを見出し、本発明に至った。
即ち、本発明は、
(1)酸化鉄ウイスカーからなる電界放出による電子放出源であり、
(2)鉄系材料からなる基板の表面に直接酸化鉄ウィスカーを立設したことを特徴とする電界放出による電子放出源の形態を採ることができるものであり、
(3)その製法として、酸素を含有する気体雰囲気と高温度の鉄系材料基板とを接触させることにより、該気体から供給される酸素と該基板から供給される鉄とから、酸化鉄ウイスカーを析出成長させることを特徴とする、請求項2記載の電子放出源の製造方法であり、
(4)これらの酸化鉄ウイスカーが、直径5nmから2μm、長さ0.1μmから1mm、アスペクト比5から10万であることができる。
【発明の効果】
【0006】
本発明の酸化鉄ウィスカーからなる電界電子放出源は、均一な電子放射特性と、高い耐久性とがあり、また容易に所定の形態、寸法が得られるため電子放出プローブから、FED用或いは照明用など幅広い応用が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下に本発明の内容について具体的に説明する。本発明の電子放出源は、鉄系材料を酸化雰囲気中で高温度で酸化させることによって得られる、図1に示すような酸化鉄ウィスカーからなることが、望ましい。
本発明で言う酸化鉄とはウスタイト(FeO、Fe0.98O、 Fe0.94O)、ヘマタイト(Fe2O3)、マグヘマイト(Fe2O3)、マグネタイト(Fe3O4)、カチオン欠陥マグネタイト(Fe3-δO4)、カチオン過剰マグネタイト(Fe3O4-δ)、鉄―酸素の全ての二元系化合物(FexOyかつ0<x≦3、0<y≦4)の各々の単体、及びここに述べた鉄―酸素化合物を複数(2種類以上)含む混合物をも指す。加えて鉄と酸素以外の原子を高だか10at%含む、望ましくは8at%以下、理想的には0.5at%以下しか含まないものが良い。鉄と酸素以外の不純物原子を10at%以上含むと、結晶内の相当量の欠陥により、ウィスカーの強度が低下する弊害が起こる。
なお、基板にSUS304鋼の、厚み1mmの板を用いて、図2に示す構成で大気中で生成した、マグネタイトウィスカーの元素分析を、透過型電子顕微鏡に搭載されている空間分解能が一桁ナノメートルのエネルギー分散型エックス線分光器で行ったところ、鉄と酸素以外の原子は検出されなかった。該エックス線分光器の最小検出限界は、比重が鉄に近い7から9の原子(クロム、マンガン、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ニオブなど)で、0.5at%である。
【0008】
酸化鉄の結晶の単位格子の寸法は、正方晶系のマグヘマイト(Fe23)のc軸方向が最も長く、2.5nmある。ここにおいて、酸化鉄のウィスカーの直径が小さくなると、ある直径を境にして指数関数的に強度が低下することがわかった。この制約によって請求項にいう直径5nm以上が規定される。その物理的な理由は、球形のマイクロクラスターにおいて明らかにされている以下に述べる理由と同様であると本発明者らは考えている。すなわち、少数の原子が結晶構造をとっているマイクロクラスターは直径50nm程度の大きさになると、結晶表面にある結合手が切れた原子の割合が結晶全体の原子数に対して増加することにより不安定になり、原子同士の結合力が弱くなる。ウィスカーのような一次元(線状)物質では上記の効果が、一次元に連なる結合によってある程度緩和されるので、結合力の低下が現れる寸法上の下限が低下する。酸化鉄ウィスカーでは実用上許容される直径の下限が請求項で言う直径5nmであることが明らかになった。
【0009】
上限の直径2μmの値は、酸化鉄ウィスカーの直径が2μmを越えると、電子放出材料としての耐久性が劣ることから規定される。ウィスカーの長さは、製造設備と操業時間の制約が無ければ2mm、3mm、5mm、10m、100mといくらでも連続して長くできるが、電子放出源としては長さが0.1μmから1mmの範囲で充分である。
【0010】
本発明でいうウィスカーの構造は、カーボンナノチューブに見られるような、断面が単層環状型、多層環状型、渦巻き環状型のものをも含み、さらに炭素繊維に見られるような、断面がオニオン型、ラジアル型の構造、また、だるま落としの玩具ように長さ方向に結晶を繋ぎ合わせた多結晶構造をも含む。また、ウィスカーの外観形状は高いアスペクト比を示しながらも、直線には限定されず、全体が渦を巻いたような螺旋構造、糸同士が無秩序に絡まり合ったフエルトのような構造のものをも含む。さらに、一点より多数のウィスカーが成長したもの、樹枝状に形成したもの、折線状に成長したものも含まれる。
【0011】
一方、電子放出材料として表面の仕事関数を低下させるためには、上記酸化鉄ウィスカーに異原子を蒸着して蒸着原子の最外殻電子をウィスカーに電荷移行させ、ウィスカー表面に電気二重層を形成させることが有効である。そのような異原子として、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウムなどがあげられる。
また、負性電子親和力を有する異種の材料;例えば窒化ホウ素、カーボン系材料(ダイヤモンド、ダイヤモンドライクカーボンなど)など;を酸化鉄ウィスカーに被覆することは閾値電界を低減させることに有効である。
【0012】
以下に述べることは本発明を限定するものではないが、本特許出願までに明らかにされた、酸化鉄ウィスカーを担持させる基板に推奨される条件である。
本発明で言うウィスカーを生成させる基板となる鉄系材料は次のようなものである。
1)純鉄。この純鉄には例えば走査型トンネル顕微鏡のプローブで鉄原子一つ一つを並 べて得られるような、原子オーダーで文字通り100%の純鉄から、不可抗力の 不純物を微量に含む工業的な冶金で得られる純鉄までも含む。
2)鉄原子を重量比で10%以上99.999%以下含む合金で、0.001重量%以 上90重量%以下含まれる鉄以外の原子が以下に列挙される原子のどれか1種か あるいは2種類以上を含む化合物や混合物。
鉄以外の原子とは、原子番号3番(リチウム)から103番(ローレンシウム )までの全ての原子でかつこれらからVIII族(希ガス)原子と鉄原子とを除いた ものである。これらの原子には天然同位体比で同位体を含むものや、同位体分離 によって質量数の同じ原子のみからなるものも含む。
3)鉄原子を重量比で0.001重量%以上10%未満含むもので、鉄以外に含まれる 原子は、その酸化物が温度50℃から1500℃の間で平衡解離圧がヘマタイト (Fe23)よりも高いもの。この様な原子には、例えばコバルト、ニッケル 、銅などがあり、そのような性質をもつ原子を1種もしくは2種類以上を含む鉄 化合物もしくは鉄混合物。
4)上記1,2、3で述べた材料を層状や傾斜成分状に組み合わせたり、部分的にはめ 込んで組み合わせたり、混合させたり、共析物とさせている材料。
【0013】
上記2)、3)、4)の基板を用いると、生成するウィスカー内に鉄以外の金属原子が拡散して混入する場合があり、このときの混入量は高だか10at%であり、これを不可避的不純物原子と呼ぶ。
基板の形状は問わない、板・箔状でもワイヤー・棒状でも、機械加工もしくは鋳物や接着・熔接で複雑な形状に仕上げられたものでも、上記条件を満たすもので、固体であればどんな形でも良い。上記の方法によって作成される酸化鉄ウィスカーは、湿式で得られるウィスカーのような樹枝状粒子が全く混在しておらず、かつその細さと強度の高さから電界電子放出源に適している。
【0014】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照しながら詳細に説明する。
メタンガスと酸素の予混合ガス炎と、厚み1mmの純鉄基板とを用いて、図2に示す構成で、大気中でウィスカーの生成を行った。火口径1mmのトーチを使用し、メタンガスと酸素ガスは化学量論比よりも酸素を7vol%減らして、これを総計毎分5リットル燃焼ガスとして供給した。炎の当たっていない側の基板表面の最高温度部が700℃の状態で、5分間保持した。その結果、炎の当たっているのとは反対の側の基板表面に、直径1cmの円状の範囲から10μm四方当たり100本の密度でマグネタイトウィスカーが生成し、個々のウィスカーは平均で長さ10μm、直径30nm、最も長いもので長さ20μm、直径50nmであった。
【0015】
こうして作成した、マグネタイトウィスカー担持純鉄基板を陰極にし、陽極の蛍光板を向かい合わせに5mm離して並行におき、真空中で電界電子放出特性を測定した。その結果を図3に示す。蛍光板は均一に発光し、局部的な輝度むらは認められなかった。5000時間発光させたのちでも、電界電子放出特性と蛍光発光の均一性は変化しなかった。電子は、一本一本のマグネタイトウィスカーの先端からも側面からも放出されるが、この基板の場合は、ウィスカーの側面から放出される電子の寄与のほうが大きい。
【実施例】
【0016】
以下、実施例を挙げて具体的な条件及び結果を説明する。
〔実施例1〕
純酸素雰囲気中で、基板としてSS400鋼、厚さ2mmの板を用いて、図2に示す構成で、10分間生成を行った。反応条件は上記した条件によった。その結果炎の当たっている面とは反対の基板面の、直径1cmの円状の範囲から無数のマグネタイトとヘマタイトの混晶ウィスカーが生成し、最も長いものは長さ10μm、直径40nmであった。この試料を陰極にし、陽極の蛍光板を向かい合わせに5mm離して並行におき、電界電子放出特性を測定した。その結果18V/μmの電界下で、15mA/cm2の電子放出電流が得られた。この試料の表面に、真空中でリチウムを5nm厚蒸着し、連続して真空中で電界電子放出特性を測定した。その結果8V/μmの電界下で、16mA/cm2の放出電流が得られた。
【0017】
〔実施例2〕
プロパンガスと酸素とアンモニア蒸気の予混合ガス炎を用い、基板にS15C鋼の厚み1cmの板を用いて、図2に示す構成で、大気中でウィスカーの生成を行った。ガス管に内径1mm管を使用し、これに毎分プロパン2リットル、酸素2リットル、アンモニア蒸気0.1リットル供給して燃焼ガスとした。炎の当たっていない側の基板表面の最高温度部が980℃の状態で、1時間保持した。その結果、炎の当たっているのとは反対の基板表面に無数のヘマタイトウィスカーが生成し、最も長いものは長さ200μm、直径60nmであった。こうして作成した複数のヘマタイトウィスカー担持基板表面をポリプロピレン板の稜でしごいて、ウィスカーのみを分離した。このヘマタイトウィスカーを10wt%の割合で溶融ポリプロピレンと混ぜて樹脂状ペレットとした後に、射出成型機により板状の成型体にした。この成型体を誘導加熱装置にて、大気中で680℃で10分間加熱して、ポリプロピレン成分を炭化させた。その結果、炭化樹脂の表面からヘマタイトウィスカー端面が均一に露出した板が得られた。この板を陰極にし、陽極の蛍光板を向かい合わせに5mm離して並行におき、電界電子放出特性を測定した。その結果20V/μmの電界下で、18mA/cm2の電子放出電流が得られた。
【0018】
〔実施例3〕
200メッシュのステンレス網を基板とし、電気炉中の石英管(内径4cm、長さ70cm)内でウィスカーを以下の条件で生成させた。アルゴンと酸素ガスの混合気体を15cc/minで流し、排気流量を調整し気体の圧力を500Paに保ち、酸素分圧を150Paとして、5分間で750℃に昇温し、30分間その温度に保った。その後ガスを止め、石英管内を真空にして自然放冷させた。その結果ステンレス網表面に径5nm〜100nm, 長さ約200nm〜1μmの酸化鉄ウィスカーが、ステンレス網全体に各ステンレス細線表面にほぼ垂直の向きで密集して成長した。この試料を陰極にし、陽極の蛍光板を向かい合わせに5mm離して並行におき、電界電子放出特性を測定した。その結果18V/μmの電界下で、20mA/cm2の電子放出電流が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】酸化鉄ウィスカー電子顕微鏡写真。
【図2】酸化鉄ウィスカー生成装置模式図。
【図3】酸化鉄ウィスカーの電界電子放出特性。
【符号の説明】
【0020】
10 基板
11 ウィスカー発生面
12 蓋円盤
13 ドーナツ型円盤
14 受け台
15 テーパー穴
16 炎
17 バーナー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化鉄ウイスカーからなる電界放出による電子放出源。
【請求項2】
鉄系材料からなる基板の表面に直接酸化鉄ウィスカーを立設したことを特徴とする電界放出による電子放出源。
【請求項3】
酸素を含有する気体雰囲気と高温度の鉄系材料基板とを接触させることにより、該気体から供給される酸素と該基板から供給される鉄とから、酸化鉄ウイスカーを析出成長させることを特徴とする、請求項2記載の電子放出源の製造方法。
【請求項4】
酸化鉄ウイスカーが、直径5nmから2μm、長さ0.1μmから1mm、アスペクト比5から10万であることを特徴とする請求項1,2記載の電子放出源。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−122883(P2007−122883A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−309148(P2005−309148)
【出願日】平成17年10月24日(2005.10.24)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(505397195)
【出願人】(504113787)有限会社 カナザワ アールアンドデー (1)
【出願人】(000002303)スタンレー電気株式会社 (2,684)
【Fターム(参考)】