電界放出型電子源及びその製造方法
【課題】性能の高いCu2O円錐状突起からなる電界放出型電子源及びその製造方法を提供する。
【解決手段】電界放出型電子源として、Cu2O円錐状突起体を用いる。この円錐状突起体は、突起体先端の曲率半径ρが15〜200nm、開き角θが5〜60degであることが望ましく、突起体先端の曲率半径ρが20〜70nm、開き角θが10〜30degであることがさらに望ましい。また、円錐状突起の長さlと曲率半径ρの比l/ρ>15が望ましい。また、本発明の電界放出型電子源の製造方法は、予備酸化したCuワイヤのチップ先端に低真空下で垂直方向からArイオンを照射して、チップの先端にCu2O円錐状突起を形成することを特徴とするものである。この発明において、Cuワイヤとして予め機械研磨または電解研磨が施されたものを用いることができる。
【解決手段】電界放出型電子源として、Cu2O円錐状突起体を用いる。この円錐状突起体は、突起体先端の曲率半径ρが15〜200nm、開き角θが5〜60degであることが望ましく、突起体先端の曲率半径ρが20〜70nm、開き角θが10〜30degであることがさらに望ましい。また、円錐状突起の長さlと曲率半径ρの比l/ρ>15が望ましい。また、本発明の電界放出型電子源の製造方法は、予備酸化したCuワイヤのチップ先端に低真空下で垂直方向からArイオンを照射して、チップの先端にCu2O円錐状突起を形成することを特徴とするものである。この発明において、Cuワイヤとして予め機械研磨または電解研磨が施されたものを用いることができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、先端から電子を放出する電界放出型電子源及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属からなる円錐状突起、カーボンナノチューブ(以下、CNTという)、カーボンナノファイバー(以下、CNFという)、TiO2ナノチューブや金属ホイスカーなどのナノ材料は、ユニークで貴な物理的、化学的特性を有するために大きな注目を集めている。その有望な用途の一つとして電界放出型電子源としての使用が挙げられる。
【0003】
電界放出を起こさせるには非常に強い電圧をかけねばならない。しかし、電圧をかける面積が小さくなればその分だけ電界が集中するので、金属針のように先端を尖らせたものなら小さい電圧で足りる。そのため電界放出型電子源には先端が鋭く尖ったものが用いられている。CNT、CNFや金属ホイスカーは先端がシャープであるので、高い放射電流を得ることができる電界放出型電子源として有望である。それ故、多くの研究者が種々の機器にCNTやCNF等の適用を試みてきた。例えばCNFは、高い形状比、機械的靱性、化学的安定性等の理想的特性を有しているので、プラズマ促進化学蒸着により成長されたCNF等は電界放出型電子源やX線源に応用されたりしてきた。
【0004】
ところで、予備酸化したCuに低真空下でArイオンなどの高エネルギービームを照射すると、高エネルギービームの照射方向に向かって銅酸化物からなるナノ突起構造体が成長する。このようなナノ突起構造体は、電子線リソグラフィ、X線源、TEM、SEMなどの電子源などの用途に使用することができる。ナノ突起構造体としては、性能向上のために細くて強いものが求められている。発明者らは、予備酸化したCu板の表面に低真空下でArイオンを照射する転写法によってCu2O円錐状突起が成長することを見いだして、これを特願2007−66731号として出願したが、このCu2O円錐状突起を電界放出電子源として使用するにはさらに性能を向上させる必要がある。
【0005】
Cu2Oからなる突起を電界放出型電子源とする技術については、非特許文献1に開示されたものがある。開示に係るものは、Cu箔上にピラミッド状に形成された突起であって、後述する本発明に係るものとは、形態が異なる。また、後述する突起体先端の曲率半径ρ、Cuワイヤ先端の曲率半径R、開き角θ、θ’に関する規定もなされていない。
【0006】
また、非特許文献2は、比較のために用いた本願発明者らのCNFに関するレポートである。
【0007】
【特許文献1】特開2006−131475号公報
【特許文献2】特開2005−262373号公報
【非特許文献1】Solid State Communications 134(2005)229.
【非特許文献2】Rev.Sci.Inst.78(2007)013305.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、Cu2O円錐状突起からなる高性能な電界放出型電子源及びその製造方法を提供するためになされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するためになされた本発明に係る電界放出型電子源は、Cu2O円錐状突起体からなることを特徴とするものである。なお、円錐状突起体は、突起体先端の曲率半径ρが15〜200nm、開き角θが5〜60deg、望ましくは、突起体先端の曲率半径ρが20〜70nm、開き角θが10〜30degであることを特徴とするものである。また、円錐状突起体は当該突起体の長さlと突起体先端の曲率半径ρの比l/ρが15以上であることを特徴とする。
【0010】
また、本発明の電界放出型電子源の製造方法は、予備酸化したCuワイヤのチップ先端に低真空下でチップ先端に対向する方向からArイオンを照射して、チップの先端にCu2O円錐状突起を形成することを特徴とするものである。この発明において、Cuワイヤとして予め機械研磨または電解研磨が施されたものを用いることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の電界放出型電子源は、先端が鋭利なCu2O円錐状突起からなるので、従来のCNFを用いた場合よりも電子放射特性が良好である。
【0012】
本発明の電界放出型電子源の製造方法は、予備酸化したCuワイヤのチップに低真空下でArイオンを照射するだけであるので、容易に電子放出特性に優れたCu2O円錐状突起を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、本発明の実施形態について説明する。
先ずCu2O円錐状突起の製造方法について説明する。始めに0.5mm径のCuワイヤのチップを機械研磨と電解研磨により準備した。機械研磨はエメリー紙を用いて行い、電解研磨は室温で6N硝酸中で2Vの電圧を負荷して行った。Cuワイヤチップは先端の曲率半径が1〜15μmのものを用いた。研磨後ワイヤのチップを350℃で10分間予備酸化しワイヤの表面にCuOからなる微小な針状の核を形成した。予備酸化は、200〜700℃の間で、1分〜5時間の間で処理することができる。200℃未満、1分未満では酸化が十分でないからであり、700℃超、5時間超では酸化の進行が大きすぎるからである。
【0014】
引き続いて図1に示すように負荷電圧9kV、照射時間20分として、チップ先端に対向する方向からArイオンビームを照射した。Arイオンの照射は室温にて10−2〜10−4torrの低真空圧力下で行った。Arイオンの照射によってチップの先端にCuOを核としたCu2O円錐状突起が形成された。この突起の先端の曲率半径は15〜200nmであった。
【0015】
図2に機械研磨後予備酸化したCuワイヤチップ上に密にして方向性をもって整列したCu2O円錐状突起を示すが、Arイオンの照射が突起先端に対向する方向からであるので、円錐状突起はArイオンの照射方向に向けて成長している。また、図3には、電解研磨後予備酸化したCuワイヤチップの先端に形成されたCu2O円錐状突起を示すが、機械研磨したものと比較して突起の密度が低い。これらの突起の密度の相違は蓄積歪みエネルギーの相違によるものである。すなわち、針状のCuO結晶が核として作用し、活性化されたCu原子がArイオンビームの照射方向に沿って拡散し、蓄積歪みエネルギーを駆動力としてCu原子が残留酸素原子と反応してCu2O円錐状突起が形成されたものである。
【0016】
図3(a)に示したCu2O円錐状突起は、9kV、20分の条件で、チップ先端に対して垂直方向からArイオンを照射した場合に形成されたものであり、図3(b)は先端部分の拡大像である。Cu2O円錐状突起はArイオン照射方向の垂直上方に成長している。このような円錐状突起はCuワイヤチップの先端のみに形成されている。
【0017】
突起の成長現象は、Arイオン照射角度への突起成長依存性に基づいて定性的に説明することができる。図12には、予備酸化したCu平板にArイオンビームを照射した場合の、照射角度θと成長した円錐状突起の高さhとの関係を示すが、円錐状突起の最大高さは照射角度θに依存して大きくなり、照射角度θが75°で14.6μmの最大に達している。一方、照射角度20°でも6μm程度の小さい円錐状突起が形成されている。したがって、湾曲するCuワイヤチップ先端に照射されるArイオンビームの角度に対応して円錐状突起が成長する。
【0018】
以上のようにして形成したCu2O円錐状突起を電界放出型電子源として使用した。電界放出特性を、図4に示す装置を用いて室温真空下で測定した。使用した電極システムは電子ビームの絞り込みを行うための3つの平行電極を備えている。それぞれの電極はセラミックスペーサーによって分割され、第1、第2電極は中心に1.7mmのホールを有している。電界放出型電子源と第1電極の距離は0.5〜1.9mmである。各電極を通過した電子のトータル電流I=I1+I2+I3を求めてこれを評価した。チャンバー内の基準圧力と作用圧力はそれぞれ2.0×10−6及び3.2×10−6Paであった。成長ままのCu2O円錐状突起に10kVまでの高い電圧を0.1kVおきに印加して、電界放出型電子をチップ先端から放出させた。また、円錐状突起を放出電子流測定の前後でSEM観察した。
【0019】
以下に、Cu2O円錐状突起の電界放出特性について説明する。
図5に、Cu2O円錐状突起の加速電圧Vと全放射電流Iとの代表的プロット(I−Vプロット)を示す。また、対応するFowler−Nordheim(以下、F−Nという)プロットを図6に示す。F−N理論は表面バリアに対する電子のトンネリング効果から導かれ、次のように表される。
【0020】
【数1】
【0021】
ここで、Jは放射電流密度(A/m2)、Fは局部電界強度、φはCu2Oの仕事関数である。ln(I/V2)に対する1/Vの関係が直線的であることは、測定トータル放射電流が量子トンネリングに基づくものであることを示している。
【0022】
Cu2O円錐状突起からの最大放射電流は970μAであった。また、図6におけるトータル放射電流は22μAである。それ故、Cu2O円錐状突起は高効率の電界放出型電子源として有望な候補である。
【0023】
さらに、電子放出面積α、電界増強因子βは、F−Nプロットから得ることができる。すなわち、α、βはF−N式変換により(2)、(3)式から求めることができる。
【0024】
【数2】
【0025】
【数3】
【0026】
ここで、φはチップ材料の仕事関数(eV)、AはF−Nプロットの切片、BはF−Nプロットの傾きである。なお、Cu2Oの仕事関数は約4.2eVである。Cu2Oの曲率半径ρ及び先端開き角度はα、βを決定する支配因子である。そこで、α、βの曲率半径ρと先端開き角度θの依存性について調査した。
【0027】
図7にCu2O円錐状突起の曲率半径ρ及び先端開き角度θについて模式的に示す。図8は曲率半径ρと電子放出面積αとの関係を示す。図8は、ばらつきは大きいものの曲率半径ρの増加につれて電子放出面積αが1×10−23から1×10−11m2まで増加することを示している。すなわち、電子放出面積αはCu2O円錐状突起の曲率半径ρとともに著しく増加する。よって、ρを調整することによってαの制御が可能である。一方、電子放出面積αは円錐状突起の開き角θには依存しないことが、図9から分かる。
【0028】
円錐状突起体は、突起体先端の曲率半径ρを15〜200nm、開き角θを5〜60degとするのが望ましい。曲率半径ρが15nm未満では、材料強度の小さいCu2Oが細くなり電界折損が生じやすくなるからであり、曲率半径ρが200nm超では電界面積が大きくなりすぎるからである。開き角θが10°未満では、やはり材料強度の小さいCu2Oが細くなり電界で折損が生じやすくなるからであり、40°超では、先端を鋭くすることができないからである。なお、円錐状突起体は、突起体先端の曲率半径ρを20〜70nm、開き角θを10〜30degとするのがさらに望ましい。この範囲内においてさらに良好な電界放出特性を得ることができるからである。
【0029】
電界増強因子βはRやθとの相関はみられなかった。しかし、円錐状突起の長さlが長くなるほど下地である銅ワイヤの影響を受けなくなり、銅ワイヤのみに比べ強い電界が先端に掛かることとなる。また、円錐状突起の先端曲率半径ρが小さいほどβは大きくなると考えられる。そこで横軸にl/ρをとり、縦軸にβをとったグラフを図10に示す。図10は電界増強因子βはl/ρに比例することを示している。即ち円錐状突起の高さlが高いほどβは大きくなり、先端曲率半径θが小さいほど大きくなる。図10からはβを大とするには、l/ρは15以上であることが望ましい。しかし、ばらつきが大きいが、この原因として、円錐状突起の形状の非対称性や、円錐状突起の生成密度分布の個体差などが考えられる。
【0030】
【表1】
【0031】
表1には、Cu2O円錐状突起とCNFの電子放出面積α、電界増強因子β値を示した。α、βともに大きい方が電界放出型電子源として望ましいが、Cu2O円錐状突起のαはCNFのαに対して102倍も大きく、また、F=βV/5Rとして計算したβ値は7〜139であり、CNFのそれより約3倍大きい。
【0032】
図11には、印加電界Fと電流密度Jとの関係を示す。印加電界FはF=βV/5Rと定義した。Vは印加電圧、RはCuワイヤの先端曲率半径である。そこで、試験により得られた電界増強因子β及び曲率半径Rを代入し、印加電圧VをかけることでFを求めた。また、電流密度Jは、J=l/αであり、lは放出電流である。試験により得られた放出電流及び電子放出面積αを代入することでFを求めた。図11はCNFからなる電界放出型電子源と、Cu2O円錐状突起からなる電子放出源とを比較したものであって、上方の曲線がCu2O、下方の曲線がCNFについてのものである。同じ電界をかけたとき、Cu2Oにおいては最大で約80倍の電流密度Jとなっている。したがって、本発明のCu2O円錐状突起は、電界放出型電子源として有望な材料であることを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】Cuワイヤ先端へのArイオンビーム照射状態を説明する模式図である。
【図2】機械研磨したCuワイヤ先端に形成されたCu2O円錐状突起のSEM像である。
【図3】電解研磨したCuワイヤ先端に形成されたCu2O円錐状突起のSEM像である。
【図4】電解放出特性の測定装置の概略構成図である。
【図5】加速電圧に対するCu2O円錐状突起の全放射電流を示すグラフである。
【図6】F−Nプロットを示すグラフである。
【図7】Cu2O円錐状突起の曲率半径ρ及び先端角度θの模式的説明図である。
【図8】ρとαの関係を示すグラフである。
【図9】θとαの関係を示すグラフである。
【図10】l/ρとβの関係を示すグラフである。
【図11】CNF電界放出電子源と、Cu2O電界放出電子源との電流密度の比較を示すグラフである。
【図12】Cu平板にArイオンを照射したときの照射角度とCu2O円錐状突起の高さ及び基部の直径との関係を示すグラフである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、先端から電子を放出する電界放出型電子源及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属からなる円錐状突起、カーボンナノチューブ(以下、CNTという)、カーボンナノファイバー(以下、CNFという)、TiO2ナノチューブや金属ホイスカーなどのナノ材料は、ユニークで貴な物理的、化学的特性を有するために大きな注目を集めている。その有望な用途の一つとして電界放出型電子源としての使用が挙げられる。
【0003】
電界放出を起こさせるには非常に強い電圧をかけねばならない。しかし、電圧をかける面積が小さくなればその分だけ電界が集中するので、金属針のように先端を尖らせたものなら小さい電圧で足りる。そのため電界放出型電子源には先端が鋭く尖ったものが用いられている。CNT、CNFや金属ホイスカーは先端がシャープであるので、高い放射電流を得ることができる電界放出型電子源として有望である。それ故、多くの研究者が種々の機器にCNTやCNF等の適用を試みてきた。例えばCNFは、高い形状比、機械的靱性、化学的安定性等の理想的特性を有しているので、プラズマ促進化学蒸着により成長されたCNF等は電界放出型電子源やX線源に応用されたりしてきた。
【0004】
ところで、予備酸化したCuに低真空下でArイオンなどの高エネルギービームを照射すると、高エネルギービームの照射方向に向かって銅酸化物からなるナノ突起構造体が成長する。このようなナノ突起構造体は、電子線リソグラフィ、X線源、TEM、SEMなどの電子源などの用途に使用することができる。ナノ突起構造体としては、性能向上のために細くて強いものが求められている。発明者らは、予備酸化したCu板の表面に低真空下でArイオンを照射する転写法によってCu2O円錐状突起が成長することを見いだして、これを特願2007−66731号として出願したが、このCu2O円錐状突起を電界放出電子源として使用するにはさらに性能を向上させる必要がある。
【0005】
Cu2Oからなる突起を電界放出型電子源とする技術については、非特許文献1に開示されたものがある。開示に係るものは、Cu箔上にピラミッド状に形成された突起であって、後述する本発明に係るものとは、形態が異なる。また、後述する突起体先端の曲率半径ρ、Cuワイヤ先端の曲率半径R、開き角θ、θ’に関する規定もなされていない。
【0006】
また、非特許文献2は、比較のために用いた本願発明者らのCNFに関するレポートである。
【0007】
【特許文献1】特開2006−131475号公報
【特許文献2】特開2005−262373号公報
【非特許文献1】Solid State Communications 134(2005)229.
【非特許文献2】Rev.Sci.Inst.78(2007)013305.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、Cu2O円錐状突起からなる高性能な電界放出型電子源及びその製造方法を提供するためになされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するためになされた本発明に係る電界放出型電子源は、Cu2O円錐状突起体からなることを特徴とするものである。なお、円錐状突起体は、突起体先端の曲率半径ρが15〜200nm、開き角θが5〜60deg、望ましくは、突起体先端の曲率半径ρが20〜70nm、開き角θが10〜30degであることを特徴とするものである。また、円錐状突起体は当該突起体の長さlと突起体先端の曲率半径ρの比l/ρが15以上であることを特徴とする。
【0010】
また、本発明の電界放出型電子源の製造方法は、予備酸化したCuワイヤのチップ先端に低真空下でチップ先端に対向する方向からArイオンを照射して、チップの先端にCu2O円錐状突起を形成することを特徴とするものである。この発明において、Cuワイヤとして予め機械研磨または電解研磨が施されたものを用いることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の電界放出型電子源は、先端が鋭利なCu2O円錐状突起からなるので、従来のCNFを用いた場合よりも電子放射特性が良好である。
【0012】
本発明の電界放出型電子源の製造方法は、予備酸化したCuワイヤのチップに低真空下でArイオンを照射するだけであるので、容易に電子放出特性に優れたCu2O円錐状突起を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、本発明の実施形態について説明する。
先ずCu2O円錐状突起の製造方法について説明する。始めに0.5mm径のCuワイヤのチップを機械研磨と電解研磨により準備した。機械研磨はエメリー紙を用いて行い、電解研磨は室温で6N硝酸中で2Vの電圧を負荷して行った。Cuワイヤチップは先端の曲率半径が1〜15μmのものを用いた。研磨後ワイヤのチップを350℃で10分間予備酸化しワイヤの表面にCuOからなる微小な針状の核を形成した。予備酸化は、200〜700℃の間で、1分〜5時間の間で処理することができる。200℃未満、1分未満では酸化が十分でないからであり、700℃超、5時間超では酸化の進行が大きすぎるからである。
【0014】
引き続いて図1に示すように負荷電圧9kV、照射時間20分として、チップ先端に対向する方向からArイオンビームを照射した。Arイオンの照射は室温にて10−2〜10−4torrの低真空圧力下で行った。Arイオンの照射によってチップの先端にCuOを核としたCu2O円錐状突起が形成された。この突起の先端の曲率半径は15〜200nmであった。
【0015】
図2に機械研磨後予備酸化したCuワイヤチップ上に密にして方向性をもって整列したCu2O円錐状突起を示すが、Arイオンの照射が突起先端に対向する方向からであるので、円錐状突起はArイオンの照射方向に向けて成長している。また、図3には、電解研磨後予備酸化したCuワイヤチップの先端に形成されたCu2O円錐状突起を示すが、機械研磨したものと比較して突起の密度が低い。これらの突起の密度の相違は蓄積歪みエネルギーの相違によるものである。すなわち、針状のCuO結晶が核として作用し、活性化されたCu原子がArイオンビームの照射方向に沿って拡散し、蓄積歪みエネルギーを駆動力としてCu原子が残留酸素原子と反応してCu2O円錐状突起が形成されたものである。
【0016】
図3(a)に示したCu2O円錐状突起は、9kV、20分の条件で、チップ先端に対して垂直方向からArイオンを照射した場合に形成されたものであり、図3(b)は先端部分の拡大像である。Cu2O円錐状突起はArイオン照射方向の垂直上方に成長している。このような円錐状突起はCuワイヤチップの先端のみに形成されている。
【0017】
突起の成長現象は、Arイオン照射角度への突起成長依存性に基づいて定性的に説明することができる。図12には、予備酸化したCu平板にArイオンビームを照射した場合の、照射角度θと成長した円錐状突起の高さhとの関係を示すが、円錐状突起の最大高さは照射角度θに依存して大きくなり、照射角度θが75°で14.6μmの最大に達している。一方、照射角度20°でも6μm程度の小さい円錐状突起が形成されている。したがって、湾曲するCuワイヤチップ先端に照射されるArイオンビームの角度に対応して円錐状突起が成長する。
【0018】
以上のようにして形成したCu2O円錐状突起を電界放出型電子源として使用した。電界放出特性を、図4に示す装置を用いて室温真空下で測定した。使用した電極システムは電子ビームの絞り込みを行うための3つの平行電極を備えている。それぞれの電極はセラミックスペーサーによって分割され、第1、第2電極は中心に1.7mmのホールを有している。電界放出型電子源と第1電極の距離は0.5〜1.9mmである。各電極を通過した電子のトータル電流I=I1+I2+I3を求めてこれを評価した。チャンバー内の基準圧力と作用圧力はそれぞれ2.0×10−6及び3.2×10−6Paであった。成長ままのCu2O円錐状突起に10kVまでの高い電圧を0.1kVおきに印加して、電界放出型電子をチップ先端から放出させた。また、円錐状突起を放出電子流測定の前後でSEM観察した。
【0019】
以下に、Cu2O円錐状突起の電界放出特性について説明する。
図5に、Cu2O円錐状突起の加速電圧Vと全放射電流Iとの代表的プロット(I−Vプロット)を示す。また、対応するFowler−Nordheim(以下、F−Nという)プロットを図6に示す。F−N理論は表面バリアに対する電子のトンネリング効果から導かれ、次のように表される。
【0020】
【数1】
【0021】
ここで、Jは放射電流密度(A/m2)、Fは局部電界強度、φはCu2Oの仕事関数である。ln(I/V2)に対する1/Vの関係が直線的であることは、測定トータル放射電流が量子トンネリングに基づくものであることを示している。
【0022】
Cu2O円錐状突起からの最大放射電流は970μAであった。また、図6におけるトータル放射電流は22μAである。それ故、Cu2O円錐状突起は高効率の電界放出型電子源として有望な候補である。
【0023】
さらに、電子放出面積α、電界増強因子βは、F−Nプロットから得ることができる。すなわち、α、βはF−N式変換により(2)、(3)式から求めることができる。
【0024】
【数2】
【0025】
【数3】
【0026】
ここで、φはチップ材料の仕事関数(eV)、AはF−Nプロットの切片、BはF−Nプロットの傾きである。なお、Cu2Oの仕事関数は約4.2eVである。Cu2Oの曲率半径ρ及び先端開き角度はα、βを決定する支配因子である。そこで、α、βの曲率半径ρと先端開き角度θの依存性について調査した。
【0027】
図7にCu2O円錐状突起の曲率半径ρ及び先端開き角度θについて模式的に示す。図8は曲率半径ρと電子放出面積αとの関係を示す。図8は、ばらつきは大きいものの曲率半径ρの増加につれて電子放出面積αが1×10−23から1×10−11m2まで増加することを示している。すなわち、電子放出面積αはCu2O円錐状突起の曲率半径ρとともに著しく増加する。よって、ρを調整することによってαの制御が可能である。一方、電子放出面積αは円錐状突起の開き角θには依存しないことが、図9から分かる。
【0028】
円錐状突起体は、突起体先端の曲率半径ρを15〜200nm、開き角θを5〜60degとするのが望ましい。曲率半径ρが15nm未満では、材料強度の小さいCu2Oが細くなり電界折損が生じやすくなるからであり、曲率半径ρが200nm超では電界面積が大きくなりすぎるからである。開き角θが10°未満では、やはり材料強度の小さいCu2Oが細くなり電界で折損が生じやすくなるからであり、40°超では、先端を鋭くすることができないからである。なお、円錐状突起体は、突起体先端の曲率半径ρを20〜70nm、開き角θを10〜30degとするのがさらに望ましい。この範囲内においてさらに良好な電界放出特性を得ることができるからである。
【0029】
電界増強因子βはRやθとの相関はみられなかった。しかし、円錐状突起の長さlが長くなるほど下地である銅ワイヤの影響を受けなくなり、銅ワイヤのみに比べ強い電界が先端に掛かることとなる。また、円錐状突起の先端曲率半径ρが小さいほどβは大きくなると考えられる。そこで横軸にl/ρをとり、縦軸にβをとったグラフを図10に示す。図10は電界増強因子βはl/ρに比例することを示している。即ち円錐状突起の高さlが高いほどβは大きくなり、先端曲率半径θが小さいほど大きくなる。図10からはβを大とするには、l/ρは15以上であることが望ましい。しかし、ばらつきが大きいが、この原因として、円錐状突起の形状の非対称性や、円錐状突起の生成密度分布の個体差などが考えられる。
【0030】
【表1】
【0031】
表1には、Cu2O円錐状突起とCNFの電子放出面積α、電界増強因子β値を示した。α、βともに大きい方が電界放出型電子源として望ましいが、Cu2O円錐状突起のαはCNFのαに対して102倍も大きく、また、F=βV/5Rとして計算したβ値は7〜139であり、CNFのそれより約3倍大きい。
【0032】
図11には、印加電界Fと電流密度Jとの関係を示す。印加電界FはF=βV/5Rと定義した。Vは印加電圧、RはCuワイヤの先端曲率半径である。そこで、試験により得られた電界増強因子β及び曲率半径Rを代入し、印加電圧VをかけることでFを求めた。また、電流密度Jは、J=l/αであり、lは放出電流である。試験により得られた放出電流及び電子放出面積αを代入することでFを求めた。図11はCNFからなる電界放出型電子源と、Cu2O円錐状突起からなる電子放出源とを比較したものであって、上方の曲線がCu2O、下方の曲線がCNFについてのものである。同じ電界をかけたとき、Cu2Oにおいては最大で約80倍の電流密度Jとなっている。したがって、本発明のCu2O円錐状突起は、電界放出型電子源として有望な材料であることを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】Cuワイヤ先端へのArイオンビーム照射状態を説明する模式図である。
【図2】機械研磨したCuワイヤ先端に形成されたCu2O円錐状突起のSEM像である。
【図3】電解研磨したCuワイヤ先端に形成されたCu2O円錐状突起のSEM像である。
【図4】電解放出特性の測定装置の概略構成図である。
【図5】加速電圧に対するCu2O円錐状突起の全放射電流を示すグラフである。
【図6】F−Nプロットを示すグラフである。
【図7】Cu2O円錐状突起の曲率半径ρ及び先端角度θの模式的説明図である。
【図8】ρとαの関係を示すグラフである。
【図9】θとαの関係を示すグラフである。
【図10】l/ρとβの関係を示すグラフである。
【図11】CNF電界放出電子源と、Cu2O電界放出電子源との電流密度の比較を示すグラフである。
【図12】Cu平板にArイオンを照射したときの照射角度とCu2O円錐状突起の高さ及び基部の直径との関係を示すグラフである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu2O円錐状突起体からなる電界放出型電子源。
【請求項2】
円錐状突起体は、突起体先端の曲率半径ρが15〜200nm、開き角θが5〜60deg、望ましくは、突起体先端の曲率半径ρが20〜70nm、開き角θが10〜30degであることを特徴とする請求項1に記載の電界放出型電子源。
【請求項3】
円錐状突起体は当該突起体の長さlと突起体先端の曲率半径ρの比l/ρが15以上であることを特徴とする請求項2に記載の電界放出型電子源。
【請求項4】
予備酸化したCuワイヤのチップ先端に低真空下でチップ先端に対向する方向からArイオンを照射して、チップの先端にCu2O円錐状突起を形成することを特徴とする電界放出型電子源の製造方法。
【請求項5】
Cuワイヤは予め機械研磨または電解研磨が施されたものであることを特徴とする請求項4に記載の電界放出型電子源の製造方法。
【請求項1】
Cu2O円錐状突起体からなる電界放出型電子源。
【請求項2】
円錐状突起体は、突起体先端の曲率半径ρが15〜200nm、開き角θが5〜60deg、望ましくは、突起体先端の曲率半径ρが20〜70nm、開き角θが10〜30degであることを特徴とする請求項1に記載の電界放出型電子源。
【請求項3】
円錐状突起体は当該突起体の長さlと突起体先端の曲率半径ρの比l/ρが15以上であることを特徴とする請求項2に記載の電界放出型電子源。
【請求項4】
予備酸化したCuワイヤのチップ先端に低真空下でチップ先端に対向する方向からArイオンを照射して、チップの先端にCu2O円錐状突起を形成することを特徴とする電界放出型電子源の製造方法。
【請求項5】
Cuワイヤは予め機械研磨または電解研磨が施されたものであることを特徴とする請求項4に記載の電界放出型電子源の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2009−187739(P2009−187739A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−25184(P2008−25184)
【出願日】平成20年2月5日(2008.2.5)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年2月5日(2008.2.5)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】
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