説明

音響エコーキャンセラとそれを用いたハンズフリー電話及び音響エコーキャンセル方法

【課題】サンプリングから次のサンプリングまでに複数回の学習処理を行う際に、遅延の少ない部分のリファレンス信号と、遅延の多い部分のリファレンス信号を同じ頻度で使用すると、音響空間の伝達特性が変化しているので、遅延の多い部分のリファレンス信号に基づく伝達特性に近づけても、実際に動作している伝達特性と差が起こり、不安定性になりやすい。
【解決手段】リファレンス信号蓄積部6の遅延の少ない部分と遅延の多い部分を、遅延にのリファレンス信号を同じ頻度で使用するのではなく、更新頻度制御部10でリファレンス信号の遅延の大きさに応じてフィルタ係数蓄積部6のフィルタ係数をフィルタ係数更新部で更新することにより、最新の音響空間の伝達特性を反映することができ、実際の音響空間の伝達特性と近いフィルタの伝達特性が得られ、エコー消去量が大きく、安定した音響エコーキャンセラが得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、収束が早く、かつ最新の音響区間の伝達特性を反映したことによる、安定した音響エコーキャンセラに関するものである。
【背景技術】
【0002】
音響エコーキャンセラは適応アルゴリズムを搭載し、スピーカ−マイク間の音響経路の伝達特性の推定及び擬似エコーの生成・減算によって音響エコーを除去する動作を行う。エコーキャンセラに実装される適応アルゴリズムの代表として、LMS(Least Mean Square)法及びその改良型である学習同定法が挙げられる。
【0003】
しかし、音響エコーキャンセラで上記アルゴリズムを実装すると、収束速度が遅いという問題点がある。
【0004】
収束を早くする改善する方法として、以下の2つの方法がある。
(1)デジタル信号処理プロセッサ(DSP)の処理能力が大きいものを使用し、サンプリングから次のサンプリングまでに複数回の学習処理を行い、早く収束させる。
(2)タップ長を制御することにより、1回の音響経路の推定及び擬似エコーの生成・減算のを少なくし、処理量の少ないDSPでもサンプリングから次のサンプリングまでに複数回の推定処理をすることにより、早く収束させる。
【0005】
このうち、タップ長を制御することで、サンプリングから次のサンプリングまでに複数回の推定処理を行えるように工夫した技術が公開されている。
【0006】
従来の複数回の推定制御を行なう音響エコーキャンセラについて図11を用いて説明する。
【0007】
リファレンス信号のデータ数を2のべき乗の個数(例えば4096)のデータとし、フィルタ係数のタップ数をリファレンス信号のデータ数より小さい2のべき乗の個数(例えば1024)とし、リファレンス信号のデータ数がフィルタ係数のタップ数の2のべき乗倍(この例では4倍)あるという構成とする。この場合、リファレンス信号の長さを4等分し、4等分されたそれぞれのリファレンス信号を用いてフィルタ係数の更新を複数回行う。この例では先ず、区間4に対して音響エコーキャンセラで残響特性を模擬するフィルタ処理をして(ステップ1)、模擬した結果と実際の残響特性による信号との誤差を計算し(ステップ2)、誤差からフィルタ係数の更新を行う(ステップ3)。
【0008】
次に区間3に対して係数更新を実施し、さらに区間2に対して係数更新を実施し、最後に区間1に対して係数更新を実施する(例えば非特許文献1参照)。
【非特許文献1】Tsuyoshi Usagawa、外3名、「A New Adaptive Algorithm Forcused on the Convergence Characteristics by Coloered Input Signal: Variable Tap Length LMS」、IEICE Transactions on Fundamentals of Electronics, Communications and Computer Sciences、社団法人電子情報通信学会、1992、VOL.E−75A、NO.11、p.1493−1499
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記従来の構成では、遅延の少ない部分のリファレンス信号と、遅延の多い部分のリファレンス信号が同じ頻度で使用される。音響空間の伝達特性は変化しており、遅延の多い部分のリファレンス信号に基づく伝達特性に近づけても、実際に動作している伝達特性と差が起こり、不安定性になりやすい。
【0010】
特に、長い残響時間に対応するために、フィルタのタップ長あるいは次数を多くした場合、この差は顕著になる。具体的な例として、8kHzサンプリングでエコーキャンセラを実行する場合、4000タップの学習同定法を実行させ、上記の複数回の学習を行うと、最も遅延の大きいタップでは実際に入力された信号から約0.4から0.5秒過去のデータを用いることになる。音響エコーキャンセラを使用する環境で、約0.5秒間の人の移動によって、スピーカからマイクへの伝達特性に影響が出てしまう。
【0011】
ただし、文献には記載されていないが、音響エコーキャンセラの係数更新が長い時間のリファレンス信号に基づいて行われるため、雑音などの影響に強いことが考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
遅延の少ない部分のリファレンス信号と、遅延の多い部分のリファレンス信号を同じ頻度で使用するのではなく、遅延の大きさに応じてリファレンス信号をフィルタ係数の更新に用いる頻度を変える。
【発明の効果】
【0013】
この構成により、フィルタ係数に対応した伝達特性が音響空間の伝達特性に近くなるようにフィルタ係数の更新を行うことができる。
【0014】
そのため、最新の音響空間の伝達特性を反映することができ、実際の音響空間の伝達特性と近いフィルタの伝達特性が得られ、エコー消去量が大きく、安定した音響エコーキャンセラが得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明においては、
スピーカからの音声をリファレンス信号としてサンプリングし、サンプリングしたリファレンス信号についてフィルタ係数を更新し、その更新したフィルタ係数に基づくフィルタ処理で、マイクロホンを介して入力された音声のエコーをキャンセルする音響エコーキャンセラであって、
入力されるリファレンス信号を蓄積するリファレンス信号蓄積部と、
リファレンス信号蓄積部により蓄積されたリファレンス信号について、フィルタ係数の更新処理を実行するフィルタ係数更新部と、
入力されるリファレンス信号の遅延の大きさに応じて、フィルタ係数更新部による更新処理の頻度を制御する更新頻度制御部という構成を有する。
【0016】
あるいは、スピーカからの音声をリファレンス信号としてサンプリングし、サンプリングしたリファレンス信号についてフィルタ係数を更新し、この更新したフィルタ係数に基づくフィルタ処理で、マイクロホンを介して入力された音声のエコーをキャンセルする音響エコーキャンセル方法であって、
入力されるリファレンス信号を蓄積するリファレンス信号蓄積工程と、
リファレンス信号蓄積部により蓄積されたリファレンス信号について、フィルタ係数の更新処理を実行するフィルタ係数更新工程と、
入力される前記リファレンス信号の遅延の大きさに応じて、フィルタ係数更新部による更新処理の頻度を制御する更新頻度制御工程という構成を有する。
【0017】
これにより、遅延の少ない部分のリファレンス信号と、遅延の多い部分のリファレンス信号を同じ頻度で使用するのではなく、遅延の大きさに応じてリファレンス信号をフィルタ係数の更新に用いる頻度を変えることで、最新の音響空間の伝達特性を反映することができ、実際の音響空間の伝達特性と近いフィルタの伝達特性が得られ、エコー消去量が大きく、安定した音響エコーキャンセラが得られる。
【0018】
また、前記リファレンス信号蓄積部は、
リファレンス信号蓄積部が有する区間を複数に分割、あるいは複数に等分に分割した区間をそれぞれ有する、複数の分割蓄積部を有し、
フィルタ係数更新部は、分割蓄積部により蓄積された各リファレンス信号について、フィルタ係数の更新処理を実行する
ようにしても良い。
【0019】
あるいは、リファレンス信号蓄積工程は、
リファレンス信号蓄積工程で処理する蓄積メモリが有する区間を複数に分割、あるいは複数に等分に分割した区間をそれぞれ有する、複数の分割蓄積メモリを有し、
フィルタ係数更新工程は、分割蓄積メモリにより蓄積された各リファレンス信号について、フィルタ係数の更新処理を実行する
ようにしても良い。
【0020】
この構成によりそれぞれの区間を利用したフィルタ係数更新のアルゴリズムにおいて、それぞれの長さに対応した有限個のフィルタ係数更新部を用いて処理ができる。また、同じ長さの区間を対象とすることにより1つのフィルタ係数更新部で処理でき、アルゴリズムの処理量が少なくなる。
【0021】
また、リファレンス信号蓄積部(蓄積メモリ)が有する区間の長さを2のべき乗の長さとし、リファレンス信号蓄積部(蓄積メモリ)が有する区間の長さと異なる2のべき乗の数で、分割蓄積部(分割蓄積メモリ)を等分にしても良い。この構成によりDSPなどで実現する際のアルゴリズムの処理量がさらに少なくなる。
【0022】
また、分割蓄積部(分割蓄積メモリ)が有する区間同士が重複するようにしても良い。この構成によりリファレンス信号蓄積部(蓄積メモリ)全体の区間長が、フィルタ係数蓄積部の区間長の整数倍にする必要があるという制約がなくなり、区間の決め方に対して自由さが増え、サンプリングから次のサンプリングまでに複数回の推定処理を行う回数を増やすことができる。
【0023】
また、リファレンス信号蓄積部(蓄積メモリ)が有する区間を分割する際に、分割蓄積部(分割蓄積メモリ)が有する区間同士が重複するようにして、分割信号蓄積部(分割蓄積メモリ)が有する区間が同じ長さとするようにしても良い。この構成によりアルゴリズムの処理量が少なくなる。
【0024】
また、リファレンス信号蓄積部(蓄積メモリ)が有する区間を分割する際に、分割蓄積部(分割蓄積メモリ)が有する区間同士が重複するようにして、分割されたリファレンス信号蓄積部(蓄積メモリ)が同じ長さの2のべき乗の長さとするようにしても良い。この構成によりDSPなどで実現する際のアルゴリズムの処理量がさらに少なくなる。
【0025】
また、遅延の小さい所は頻度を大きく、遅延の少ない所は頻度を小さくするよう更新頻度を制御部が制御するようにしても良い。この構成により最新の伝達特性に追従した音響エコーキャンセラを実現できる。また、送話信号入力端子からの信号に、マイク周辺の話者や環境雑音があることを考慮すると音響エコーキャンセラのアルゴリズムが短い最新の区間のみを用いてフィルタ係数をする場合に比べて、話者や環境雑音に影響されにくいことも併せ持つ。
【0026】
また、フィルタ係数蓄積部と、
フィルタ係数蓄積部に蓄積されたフィルタ係数に基づいて残響時間を推定する残響時間推定部と、
残響時間推定部で推定された残響時間に対応するフィルタ処理の次数あるいは段数に基づく演算処理量により更新頻度制御部を制御するフィルタ長制御部とを有するする構成にしても良い。
【0027】
あるいは、フィルタ係数メモリに蓄積されたフィルタ係数に基づいて残響時間を推定する残響時間推定部と、
残響時間推定工程で推定された残響時間に対応するフィルタ処理の次数あるいは段数に基づく演算処理量により更新頻度制御工程を制御するフィルタ長制御工程とを有する構成にしても良い。
【0028】
この構成により実際に使われる環境での残響時間に合わせて動作する音響エコーキャンセラを提供することができる。
【0029】
また、残響時間推定部は、
フィルタ係数蓄積部のフィルタ係数の大きさが最大であるフィルタ係数の位置を基準として決めた第1の始点と第1の終点から構成される第1の区間と、フィルタ係数蓄積部のフィルタ係数の大きさの最大であるフィルタ係数の位置を基準として決められたフィルタ係数が減衰する第2の始点と第2の終点から構成される第2の区間とを求める区間始点終点計算部と、
フィルタ係数蓄積部の第1の区間のフィルタ係数の大きさとフィルタ係数蓄積部の第2の区間のフィルタ係数の大きさとに基づき残響時間を推定する残響時間簡易推定部とを有する構成にしてもよい。
【0030】
あるいは、残響時間推定工程は、
フィルタ係数メモリに蓄積されているフィルタ係数の大きさが最大であるフィルタ係数の位置を基準として決めた第1の始点と第1の終点から構成される第1の区間と、フィルタ係数メモリに蓄積されているのフィルタ係数の大きさが最大であるフィルタ係数の位置を基準として決められたフィルタ係数が減衰する第2の始点と第2の終点から構成される第2の区間とを求める区間始点終点計算工程と、
フィルタ係数メモリの第1の区間のフィルタ係数の大きさとフィルタ係数メモリの第2の区間のフィルタ係数の大きさとに基づき残響時間を推定する残響時間簡易推定工程とを有する構成にしてもよい。
【0031】
この構成により、短いフィルタ処理区間を含めて、どんなフィルタ処理区間長においてもその区間で適応フィルタが充分に機能しているかどうかが判断できることとなり、収束したフィルタ係数で伝達特性を実現できるフィルタ処理区間長を設定できる。
【0032】
また、フィルタ係数蓄積部(フィルタ係数メモリ)の第1の区間の長さと第2の区間の長さを同じ長さに設定した前記区間始点終点計算しても良い。この構成によりそれぞれを区間長で正規化の演算をすることなく大きさを比較することができる。正規化の除算が不要になり処理量の削減が可能である。
【0033】
また、フィルタ係数蓄積部(フィルタ係数メモリ)のフィルタ係数の大きさとして、フィルタ係数の自乗パワーの平均値を用いるようにしてもよい。あるいは、フィルタ係数の絶対値の平均値を用いるようにしてもよい。あるいは、フィルタ係数の絶対値の最大値を用いるようにしてもよい。
【0034】
この構成により、フィルタ係数の自乗パワーの平均値を用いた場合、DSPで実装した場合、DSPの乗算命令を有効に活用して、精度の高いフィルタ係数の大きさを求めることができる。また、フィルタ係数の絶対値の平均値を用いた場合、積和演算命令を持たない汎用CPUでも処理することが可能である。また、フィルタ係数の絶対値の最大値を用いた場合、積和演算命令を持たない汎用CPUでも処理することが可能であり、累積計算をする必要がないため、累積による演算の桁あふれをなくすことが可能である。
【0035】
また、本発明の音響エコーキャンセラを用いたことを特徴とするハンズフリー電話において、人の移動などによる部屋の環境の変化に追従する速度が速く安定した、かつ、エコー消去量が大きく会話のしやすいハンズフリー電話を提供することができる効果がある。
【実施例】
【0036】
(実施例1)
以下、本発明の実施例1における音響エコーキャンセラについて図面を参照しながら説明する。図1は実施例1のブロック図であり、図2はフィルタ係数更新の動作を示す図である。
【0037】
受話信号入力端子1から入力された受話信号は、受話信号出力端子へ出力されると同時にリファレンス信号蓄積部5に蓄積される。受話信号は受話信号出力端子2を介して接続されたスピーカから音響空間へ音波として出力される。また、送話信号入力端子3を介して音響空間からの音波をマイクで収音した信号入力し、送話入力信号とする。フィルタ係数蓄積部6は後述のフィルタ係数更新部13の動作により、スピーカから音響空間へ出力され、マイクで入力したときの伝達特性を模擬したフィルタ係数が蓄積されている。
【0038】
このリファレンス信号蓄積部5に蓄積されているリファレンス信号とフィルタ係数蓄積部に蓄積されているフィルタ係数を第1のフィルタ処理部でフィルタ処理して、送話信号入力端子7を介して入力した音波を模擬した信号とする。ここで、第1の誤差計算処理部8で送話信号入力端子3からの信号から第1のフィルタ処理部の出力を、送話信号出力端子4から送話相手に音響空間で発生したエコーを除いた信号として送信する。
【0039】
また、送話信号入力端子3からの信号を送話入力蓄積部9に蓄積しておく。更新頻度制御部10は、フィルタ係数更新に使用するリファレンス信号蓄積部のリファレンス信号の区間と、対応する送話入力蓄積部のデータとを指定する。この組でフィルタ係数蓄積部6のフィルタ係数を用いてフィルタ係数更新がなされる。さらに、後述するように、リファレンス信号蓄積部の区間を移動し、繰返してフィルタ係数の更新の制御を行なう。
【0040】
第2のフィルタ処理部11は更新頻度制御部10で指定されたリファレンス信号蓄積部5の区間のリファレンス信号と、フィルタ係数蓄積部6のフィルタ係数を用いて、フィルタ処理を行う。第2の誤差計算処理部は、第2のフィルタ処理部11の出力と更新頻度制御部10で指定された送話入力蓄積部9のデータとの誤差を計算して、フィルタ係数更新部13に出力し、その誤差に基づいてフィルタ係数の更新がなされる。また、27は音響エコーキャンセラ全体を示すものである。
【0041】
ここで、フィルタ係数の更新を学習同定法で実施するならば、下記の式で更新が行われる。誤差を求める式を(数1)に示す。
【0042】
【数1】

【0043】
ここで、dは送話入力蓄積部の該当する区間の時刻kの信号、Xは該当する区間リファレンス信号蓄積部のデータ、Wはフィルタ係数蓄積部の該当する区間のフィルタ係数、εは第2の誤差計算処理部の結果である。Tは行列の転置を表す。
【0044】
フィルタ係数を更新する式を(数2)に示す。
【0045】
【数2】

【0046】
ここで、Wk+1は時刻k+1である次のサンプリングでのフィルタ係数蓄積部の該当する区間のフィルタ係数、‖XはXのノルム、μは学習を進める速度を制御する定数である。
【0047】
リファレンス信号蓄積部5とフィルタ係数蓄積部6とフィルタ処理部7で残響特性を模擬した信号を作成し、第1の誤差計算処理部で送話信号入力端子3をからの信号から差し引くことにより、エコーのない信号を生成する機能という音響エコーキャンセラの機能の一部の機能を実現している。
【0048】
また、更新頻度制御部10で制御されたリファレンス信号蓄積部5の一部である分割蓄積部の区間のリファレンス信号とフィルタ係数蓄積部のフィルタ係数とでフィルタ処理部2がフィルタ処理をした結果と、更新頻度制御部10で制御された送話入力蓄積部9のデータとの誤差を第2の誤差計算処理部12で計算して、フィルタ係数更新部13でフィルタ係数を更新することにより音響エコーキャンセラの機能の残りの機能を実現している。このエコーのない信号を生成する機能とフィルタ係数の更新する機能を合わせて、音響エコーキャンセラの基本的な機能を実現している。
【0049】
ここで、図2を用いて、更新頻度制御部10の動作について説明する。
【0050】
まず、遅延の少ないリファレンス信号蓄積部5の一部分である分割蓄積部の区間1とフィルタ係数蓄積部6のフィルタ係数を用いて、第2のフィルタ処理を行う(ステップ1−1)。次に送話信号蓄積部の対応するデータとの誤差を計算する(ステップ1−2)。その次に、その誤差を用いて、フィルタ係数更新部13でフィルタ係数を更新する(ステップ1−3)。
【0051】
次のステップでは、リファレンス信号蓄積部5の一部分である分割蓄積部の区間2とフィルタ係数蓄積部6のフィルタ係数を用いて、第2のフィルタ処理を行う(ステップ2−1)。次に送話信号蓄積部の対応するデータとの誤差を計算する(ステップ2−2)。その次に、その誤差を用いて、フィルタ係数更新部13でフィルタ係数を更新する(ステップ2−3)。
【0052】
以下同様に、リファレンス信号蓄積部5の一部分である分割蓄積部の区間3を用いて、フィルタ係数を更新することができる。また、リファレンス信号蓄積部5の一部分である分割蓄積部の区間4を用いて、フィルタ係数を更新することができる。
【0053】
このようにして、リファレンス信号の各分割蓄積部の区間に対して、独立にフィルタ係数の更新を行うことができる。この図において、リファレンス信号蓄積部のリファレンス信号の遅延の少ない分割蓄積部の区間1から遅延の大きい分割蓄積部の区間4に対して同じ頻度ではなく、遅延の大きさによって、頻度を変更することにより、音響エコーキャンセラの学習が進むようにどの分割蓄積部の区間を用いるか制御することができる。ここで、図2では4つの分割蓄積部の区間で実施例を示しているが、4つの分割蓄積部の区間に限るものではない。
【0054】
これにより、遅延の大きさに応じてリファレンス信号をフィルタ係数の更新に用いる頻度を変えることにより、音響エコーキャンセラの学習を速く、かつ、精度を向上させることができる。
【0055】
また、図2において、リファレンス信号蓄積部を等分の分割蓄積部の区間に分割して、フィルタ係数蓄積部と整合させることにより、それぞれの分割蓄積部の区間を利用したフィルタ係数更新部13のアルゴリズムが同じ長さの分割蓄積部の区間を対象とすることができ、アルゴリズムの処理量が少なくなる。
【0056】
さらに、リファレンス信号蓄積部を2のべき乗の長さとし、等分の数をそれより小さい2のべき乗の数にすることにより、DSPなどで実現する際のアルゴリズムの処理量がさらに少なくなる。
【0057】
尚且つ、音響エコーキャンセラにおいて、遅延が少ないほど現在時刻の伝達特性を表していることを考慮して、遅延の少ない分割蓄積部の区間を用いてフィルタ係数の更新する頻度を多くすることにより、最新の伝達特性に追従した音響エコーキャンセラを実現できる。また、送話信号入力端子からの信号に、マイク周辺の話者や環境雑音があることを考慮すると音響エコーキャンセラのアルゴリズムが短い最新の分割蓄積部の区間のみを用いてフィルタ係数をする場合に比べて、話者や環境雑音に影響されにくいことも併せ持つ。
【0058】
実際のDSPで実装した際の具体的な実現例を示す。
【0059】
エコーキャンセラを8000Hzサンプリングにて学習同定法で実現した場合を考える。前記サンプリング周波数からサンプリング間隔は125μsとなる。DSPは1サンプルに付き合計8192タップ相当のフィルタリング処理及びフィルタ係数の更新処理が可能なものとする。また、リファレンス信号蓄積部に4096サンプル分蓄積しているものとする。
【0060】
部屋の残響時間からを128ms分のフィルタ係数が必要であるものとする。ここで、128msに相当するタップ数は1024タップとなる。この場合、フィルタリング処理かつフィルタ係数の更新処理で合計1024タップ分のハードウェア資源しか利用していないので、残り7168タップ分のDSP処理能力が余剰することになる。するとあと7168÷1024=7回のフィルタ係数更新が可能となり、合計8回/1サンプルのフィルタ係数更新が可能となる。
【0061】
更新頻度制御部10で、1回目のフィルタ係数更新はリファレンス信号蓄積部の0〜1023タップ、2回目のフィルタ係数更新はリファレンス信号蓄積部の1024〜2047タップ、3回目のフィルタ係数更新はリファレンス信号蓄積部の2048〜3071タップ4回目のフィルタ係数更新はリファレンス信号蓄積部の3072〜4095タップのリファレンス信号蓄積部のように使用するようにリファレンス信号蓄積部を制御する。リファレンス信号蓄積部は4096サンプル分蓄積しているので、4回の更新でリファレンス信号蓄積部全部のデータを使い切ってしまう。そこで残りの4回は、遅延の少ないリファレンス信号が入力されている0〜1023タップのリファレンス信号蓄積部をあと3回、1024〜2047をあと1回と選択するようにして、最終的に0〜1023での更新を4回、1024〜2047での更新を2回、2048〜3071での更新を1回、3072〜4095での更新を1回となるように、更新頻度制御部で制御する。
【0062】
以上の構成により、音響エコーキャンセラの高速な収束と高精度な推定を図ることが可能となり、特に短い残響時間の部屋に用いた場合、高速で確実な収束が可能となる。
【0063】
(実施例2)
以下、本発明の実施例2における音響エコーキャンセラについて図面を参照しながら説明する。図3はフィルタ係数更新の動作を示す図であり、図3を用いて、更新頻度制御部10の動作について説明する。
【0064】
まず、遅延の少ないリファレンス信号蓄積部5の一部分である分割蓄積部の区間1とフィルタ係数蓄積部6のフィルタ係数を用いて、第2のフィルタ処理を行う(ステップ1−1)。次に送話信号蓄積部の対応するデータとの誤差を計算する(ステップ1−2)。その次に、その誤差を用いて、フィルタ係数更新部13でフィルタ係数を更新する(ステップ1−3)。
【0065】
次のステップでは、リファレンス信号蓄積部5の一部分である分割蓄積部の区間2とフィルタ係数蓄積部6のフィルタ係数を用いて、第2のフィルタ処理を行う(ステップ2−1)。次に送話信号蓄積部の対応するデータとの誤差を計算する(ステップ2−2)。ここで、分割蓄積部の区間1と分割蓄積部の区間2が重複していることが実施例2との違いである。その次に、その誤差を用いて、フィルタ係数更新部13でフィルタ係数を更新する(ステップ2−3)。
【0066】
以下同様に、リファレンス信号蓄積部5の一部分である分割蓄積部の区間3を用いて、フィルタ係数を更新することができる。また、リファレンス信号蓄積部5の一部分である分割蓄積部の区間4を用いて、フィルタ係数を更新することができる。
【0067】
このようにして、リファレンス信号の各分割蓄積部の区間に対して、独立にフィルタ係数の更新を行うことができる。この図において、リファレンス信号蓄積部のリファレンス信号の遅延の少ない分割蓄積部の区間1から遅延の大きい分割蓄積部の区間4に対して同じ頻度ではなく、遅延の大きさによって、頻度を変更することにより、音響エコーキャンセラの学習が進むようにどの分割蓄積部の区間を用いるか制御することができる。ここで、図3では4つの分割蓄積部の区間で実施例を示しているが、4つの分割蓄積部の区間に限るものではない。
【0068】
これにより、遅延という偏りを利用して、音響エコーキャンセラの学習を速く、かつ、精度を向上させることができる。
【0069】
さらに、分割蓄積部の区間を重複することにより、リファレンス信号蓄積部全体の区間長が、フィルタ係数蓄積部の区間長の整数倍にする必要があるという制約がなくなり、リファレンス信号蓄積部の区間の決め方に対して自由さが増え、サンプリングから次のサンプリングまでに複数回の推定処理を行う回数を増やすことができる。
【0070】
また、図3において、分割蓄積部の分割された区間を同じ長さにし、フィルタ係数蓄積部と整合させることにより、それぞれの分割蓄積部の区間を利用したフィルタ係数更新部13のアルゴリズムが同じ長さの区間を対象とすることができ、アルゴリズムの処理量が少なくなる。
【0071】
さらに、リファレンス信号蓄積部を2のべき乗とし、等分の数をそれより小さい2のべき乗にすることにより、DSPなどで実現する際のアルゴリズムの処理量がさらに少なくなる。
【0072】
尚且つ、音響エコーキャンセラにおいて、遅延が少ないほど現在時刻の伝達特性を表していることを考慮して、遅延の少ない分割蓄積部の区間を用いてフィルタ係数の更新する頻度を多くすることにより、最新の伝達特性に追従した音響エコーキャンセラを実現できる。また、送話信号入力端子からの信号に、マイク周辺の話者や環境雑音があることを考慮すると音響エコーキャンセラのアルゴリズムが短い最新の分割蓄積部の区間のみを用いてフィルタ係数をする場合に比べて、話者や環境雑音に影響されにくいことも併せ持つ。
【0073】
(実施例3)
以下、本発明の実施例3における音響エコーキャンセラについて図面を参照しながら説明する。図4は実施例3のブロック図であり、図5は実施例3の残響時間推定部14の詳細なブロック図である。
【0074】
なお、実施例1と同様の構成を有するものについては、同一符号を付し、その説明を省略する。
【0075】
図4において、実施例1と相違する点は、図1のフィルタ係数蓄積部に蓄積されているフィルタ係数を用いて残響時間を推定する残響時間推定部14と、残響時間推定部14の残響時間により第1のフィルタ処理部7のフィルタ長を設定し、また、そのフィルタ長による処理量からフィルタ係数の更新を複数回行うための処理可能な処理量を更新頻度制御部10に設定するフィルタ長制御部15である。
【0076】
残響時間推定部14での残響時間の推定方法として、音響エコーキャンセラを使用する前に予め測定しておく方法、あるいは、音響エコーキャンセラ使用開始の初期化時に定常雑音をスピーカから出力し、定常雑音の出力を停止してから、マイクに入力する信号が予め設定したレベルまで減衰する時間を測定するなどの方法がある。
【0077】
そこで、推定された残響時間を元に、音響エコーキャンセラでキャンセルしようとする減衰量を考慮して実際の残響時間に対応するフィルタ長を設定する。
【0078】
残響時間は一定レベルの音を出力して定常になってから、音の出力を停止してから60dB減衰するまでの期間と定義されている。以上のような公知の方法で、残響時間推定部14で残響時間を推定することができる。
【0079】
次に、フィルタ長制御部15の動作を説明する。音響エコーキャンセラで減衰できる能力を30dBとすると、残響時間推定部14で推定した残響時間の約半分の時間を必要なフィルタ長とすることができる。
【0080】
以上のようにして推定した残響時間を用いて、実施例1における更新頻度制御部で予め既知としていた残響時間に代えて実施することで、実際に使われる環境での残響時間に合わせて動作する音響エコーキャンセラを提供することができる。
【0081】
また、別の実施例として音響エコーキャンセラを動作させながら残響時間の推定を行う方法を図5の残響時間推定部14のブロック図と実際に学習同定法を動作させた時のフィルタ係数のグラフ図6から図9を元にして説明する。
【0082】
この実施例では、残響時間推定部14は、残響時間を推定するためのフィルタ係数の大きさを求める区間を決定する区間始点終点計算部16とその区間のフィルタ係数の大きさに基づいて残響時間を推定する残響時間簡易推定部17から構成される。この構成において、まず、区間始点終点計算部16と残響時間簡易推定部17とから構成される残響時間推定方法について説明する。
【0083】
区間始点終点計算部16は、フィルタ係数蓄積部6のフィルタ係数を参照して、一番大きなフィルタ係数のタップ位置付近の第1の始点から第1の終点のフィルタ係数の大きさと、時間軸でその後の第2の始点から第2の終点のフィルタ係数の大きさとを比較する第2の始点と第2の終点を計算する処理部である。
【0084】
残響時間簡易推定部17は、第1の始点から第1の終点までのフィルタ係数の大きさと第2の始点から第2の終点までのフィルタ係数の大きさを比較することにより、フィルタ処理区間を決定する。実際には音響エコーキャンセラのDSPプログラムを作成する際は、フィルタ長としてプログラム上都合の良い値を選択することが多い。DSPプログラムを作成する際に都合の良い値としては2のべき乗である、512、1024、2048などがあり、その中から最適な区間長を選択する動作をする。
【0085】
実際に適応フィルタが動作して収束した後のフィルタ係数を図6と図7に示す。横軸が8000Hzサンプリングに対応する時間、縦軸が符号付16ビットで表現したときの各タップのフィルタ係数を表している。以降、実際に音響エコーキャンセラを動作させたときの伝達特性であるインパルス応答をフィルタ係数が表すので、インパルス応答を表す表現としてフィルタ係数を用いる。
【0086】
図6は残響時間が100msの部屋のフィルタ係数、図7は残響時間が400msの部屋のフィルタ係数である。減衰時間だけではなく、最大のフィルタ係数のタップ位置も異なることがわかる。また、収束しても環境雑音の影響と誤調整度の影響で収束時にフィルタ係数が零になるわけではないこともわかる。
【0087】
フィルタ係数がほぼ一定値になることを基準に、図6のグラフから最適なフィルタ処理区間は1000タップ程度、図7のグラフから最適なフィルタ処理区間は2500タップ程度と推定できる。
【0088】
初期値として予め決めているフィルタ処理区間長から、フィルタ処理区間を長くするかあるいは短くするかの判断をする方法として、図6のような減衰特性となっている残響特性を利用して、フィルタ係数が最大のタップ位置付近のフィルタ係数の大きさとそれより後ろのフィルタ係数の大きさを比較することにより、現在設定されているフィルタ処理区間長が適切かどうか判断する。
【0089】
フィルタ係数蓄積部6の一番大きなフィルタ係数のタップ位置付近の第1の始点から第1の終点のフィルタ係数の大きさと、時間軸でその後の第2の始点から第2の終点のフィルタ係数の大きさとを比較することで、フィルタ処理区間を長くするか、あるいは短くするか判断する。
【0090】
フィルタ係数蓄積部6の第1の始点から第1の終点のフィルタ係数の大きさをA、第2の始点から第2の終点のフィルタ係数の大きさをBとすると次の式で、フィルタ処理区間を長くするか、あるいは短くするかの判断を行う。
【0091】
判断条件は次の通りである。α>B/Aならば、このフィルタ処理区間で充分に収束しているのでフィルタ処理区間を縮める。α<B/A<βならば、ほぼ収束状態なのでこのフィルタ処理区間をそのまま使用する。B/A>βならば、まだ収束していないのでフィルタ処理区間を長くする。ここで、αとβは予め決定しておく判断のための係数である。
【0092】
現在のフィルタ処理区間長が1024タップならば、フィルタ処理区間長を短くする際には512タップのフィルタ処理区間長に変更することになり、また、フィルタ処理区間長を長くする際には2048タップのフィルタ処理区間長に変更することになる。
【0093】
音響エコーキャンセラを実際に動作させる信号は、理想的である周波数スペクトルが広がったホワイトノイズのような信号で動作するわけではない。実際には、例えば音声のような周波数スペクトルが偏った信号で第1の始点から第1の終点で決定される区間と、第2の始点から第2の終点で決定される区間を決定しなければならない。そのため、収束したフィルタ係数でも理想状態で学習した結果に比べて誤差が生じている。この誤差を取り除くために、ある程度の区間長を用いて誤差を少なくする必要である。
【0094】
まず、区間始点終点計算部15の動作を図8と図9を参考にして、第1の始点と第1の終点と第2の始点と第2の終点との決定方法を説明する。
【0095】
まず第1の始点から第1の終点で決定される区間の設定方法を説明する。フィルタ係数の一番大きいタップを含む区間であることが必要であるため、第1の始点をフィルタ係数最大のタップ位置からフィルタ処理区間の30%前のタップ位置とする。また、第1の終点をフィルタ係数が一番大きいタップ位置から畳み込み区間の30%後ろのタップ位置とする。
【0096】
まず、現在の第1のフィルタ処理部のフィルタ処理区間を512タップとする。図8において、フィルタ係数が一番大きいタップ位置は40タップの位置である。フィルタ係数の一番大きいタップ位置から、フィルタ処理区間512タップの30%の153タップ前のタップ位置を第2の始点とする。この場合先頭のタップより前になってしまうので先頭のタップ位置とする。また、フィルタ係数の一番大きいタップ位置から、フィルタ処理区間512タップの30%の153タップ後ろのタップ位置を第2の終点とする。
【0097】
同様に図9において、フィルタ係数が一番大きいタップ位置は130タップの位置である。フィルタ係数の一番大きいタップ位置から、フィルタ処理区間512タップの30%の153タップ前のタップ位置を第2の始点とする。また、フィルタ係数の一番大きいタップ位置から、フィルタ処理区間512タップの30%の153タップ分後ろのタップ位置を第2の終点とする。
【0098】
次に、第2の始点から第2の終点で決定される区間の設定方法は次のとおりとする。第1の終点の次のタップ位置を第2の始点としフィルタ処理区間の最後をタップ位置を第2の終点とする。
【0099】
図8においては、第1の終点の次のタップ位置の194タップを第2の始点とし、フィルタ処理区間の最後のタップ位置である512タップを第2の終点とする。
【0100】
図9においては、第1の終点の次のタップ位置の284タップを第2の始点とし、フィルタ区間の最後のタップ位置である512タップを第2の終点とする。
【0101】
第1の始点から第1の終点で決定される区間のフィルタ係数の累積自乗和を該当区間のタップ長で正規化する。同様に第2の始点から第2の終点で決定される区間のフィルタ係数の累積自乗和を該当区間のタップ長で正規化する。
【0102】
このようにして求められた第1の始点から第1の終点で決定される区間正規化された累積自乗和と第2の始点から第2の終点で決定される区間正規化された累積自乗和を用いて、判断基準に基づいてフィルタ処理区間を長く、あるいはそのまま、あるいは短く変更する。
【0103】
上記の構成において、短いフィルタ処理区間を含めて、どんなフィルタ処理区間長においてもその区間で適応フィルタが充分に機能しているかどうかが判断できることとなり、収束したフィルタ係数で伝達特性を実現できるフィルタ処理区間長を設定できる。
【0104】
この実施例で、第1の始点と第1の終点と第2の始点から第2の終点を決定するにあたって、フィルタ処理区間長の30%の区間長を設定しているが、使用される環境での伝達関数の特性に合わせた値を設定することで、最適な効果を得ることができる。
【0105】
なお、実施例3において、フィルタ係数の大きさを算出するために、フィルタ係数蓄積部6の第1の始点から第1の終点までの区間長と第2の始点から第2の終点までの区間長をを同じ長さにすることにより、それぞれを区間長で正規化の演算をすることなく大きさを比較することができる。正規化の除算が不要になり処理量の削減が可能である。
【0106】
また、実施例3において、フィルタ係数の大きさを算出する方法として、フィルタ係数の区間正規化された累積自乗和を求めていたが、フィルタ係数の大きさとして区間で平均されたフィルタ係数の絶対値を用いても、同様の効果が得られる。絶対値を用いた場合、上記の構成において、積和演算命令を持たない汎用CPUでも処理することが可能である。
【0107】
また、実施例3において、フィルタ係数の大きさを算出する方法として、フィルタ係数の累積自乗和を求めていたが、フィルタ係数の大きさとして始点から終点までの区間のフィルタ係数の最大値を用いても、同様の効果が得られる。最大値を用いた場合、上記の構成において、積和演算命令を持たない汎用CPUでも処理することが可能であり、累積計算をする必要がないため、累積による演算の桁あふれをなくすことが可能である。
【0108】
(実施例4)
以下、本発明の実施例4におけるハンズフリー電話について図面を参照しながら説明する。
【0109】
図10において、回線入力端子29が筐体28の内部にある実施例2の音響エコーキャンセラ27の受信信号入力端子1に電気的に接続されている。また、同様に音響エコーキャンセラ27の送信信号出力端子4が回線信号出力端子30に電気的に接続されている。
【0110】
筐体28の内部にスピーカ25とマイク26が固定され、音響エコーキャンセラ27の受話信号出力端子2にスピーカ25が電気的に接続されている。また、音響エコーキャンセラ27の送話信号入力端子3にマイク26が電気的に接続されている。
【0111】
この実施例では、回線入力端子29からの音声が再生できるよう筐体27の上面に向けてスピーカ25が設置されている。また、筐体28の周囲全体の話者の音声を収音するために4個のマイク26を水平方向の指向性となるように設置している。
【0112】
また、回線信号入力端子29からの信号は、音響エコーキャンセラ27の受信信号端子21に接続され、スピーカ25から音声が出力されることで、ハンズフリー電話周辺にいる人に回線からの音声を聞かせることができる。
【0113】
筐体28内のスピーカ25から出力された音声の音波は、設置してある部屋の残響が付加された音波となって、筐体28周辺から発生する音波を合わせてマイク25から収音され、音響エコーキャンセラ27の送話信号入力端子3に入力される。
【0114】
音響エコーキャンセラ27は、スピーカ25から出力され、部屋の残響が付加された成分をマイク26で収音した信号から除去する。そのため、筐体28周辺から発生する音波のみを音響エコーキャンセラ27の送信信号出力端子2に接続された回線信号出力端子30へ出力する。これにより、筐体28周辺の人の音声のみを回線信号出力端子30へ出力することができ、ハンズフリー電話が実現できる。
【0115】
この実施例4の音響エコーキャンセラを用いた構成により、人の移動などによる部屋の環境の変化に追従する速度が速く安定した、かつ、エコー消去量が大きく会話のしやすいハンズフリー電話を提供することができる。
【0116】
上記実施例全体を通じて、下記のような作用と効果がある。
【0117】
本発明は、サンプリングから次のサンプリングまでに複数回のフィルタ係数の更新を行う際に、遅延の少ない部分のリファレンス信号を用いてフィルタ係数の更新が多く、遅延の多い部分のリファレンス信号を用いてフィルタ係数の更新が少なく、フィルタ係数の更新が行われる。
【0118】
そのため、最新の音響空間の伝達特性を反映することができ、実際の音響空間の伝達特性と近いフィルタの伝達特性が得られ、エコー消去量が大きく、安定した音響エコーキャンセラが得られる。また、遅延の多い部分のリファレンス信号を用いたフィルタ係数の更新も行うことにより、雑音などの影響に強い特性も合わせて持つ精度の高いエコーキャンセラとハンズフリー電話を提供できるという効果を奏する。
【産業上の利用可能性】
【0119】
以上のように、本発明にかかる音響エコーキャンセラは、エコー消去量が大きく、安定したエコーキャンセル機能が可能となるので、音響エコーキャンセラの応用としてハンズフリー電話等に適応できる。
【図面の簡単な説明】
【0120】
【図1】本発明の実施例1における音響エコーキャンセラのブロック図
【図2】本発明の実施例1におけるフィルタ係数更新の動作を示す図
【図3】本発明の実施例2におけるフィルタ係数更新の動作を示す図
【図4】本発明の実施例3における音響エコーキャンセラのブロック図
【図5】本発明の実施例3における残響時間推定部のブロック図
【図6】残響時間が短い部屋のインパルス応答の実例を示すグラフ
【図7】残響時間が長い部屋のインパルス応答の実例を示すグラフ
【図8】(a)は残響時間が短い部屋のインパルス応答の実例を示すグラフ、(b)は実施例2のフィルタ係数の大きさを決定する区間を示す図
【図9】(a)は残響時間が長い部屋のインパルス応答の実例を示すグラフ、(b)は実施例2のフィルタ係数の大きさを決定する区間を示す図
【図10】本発明の実施例4におけるハンズフリー電話の斜視図
【図11】従来の音響エコーキャンセラにおけるフィルタ係数更新の動作を示す図
【符号の説明】
【0121】
5 リファレンス信号蓄積部
6 フィルタ係数蓄積部
7 第1のフィルタ処理部
8 第1の誤差計算処理部
9 送話入力蓄積部
10 更新頻度制御部
11 第2のフィルタ処理部
12 第2の誤差計算処理部
13 フィルタ係数更新部
14 残響時間推定部
15 フィルタ長制御部
16 区間始点終点計算部
17 残響時間簡易推定部
25 スピーカ
26 マイク
27 音響エコーキャンセラ
28 筐体
29 回線信号入力端子
30 回線信号出力端子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピーカからの音声をリファレンス信号としてサンプリングし、前記サンプリングしたリファレンス信号についてフィルタ係数を更新し、その更新したフィルタ係数に基づくフィルタ処理で、マイクロホンを介して入力された前記音声のエコーをキャンセルする音響エコーキャンセラであって、
入力される前記リファレンス信号を蓄積するリファレンス信号蓄積部と、
前記リファレンス信号蓄積部により蓄積されたリファレンス信号について、前記フィルタ係数の更新処理を実行するフィルタ係数更新部と、
入力される前記リファレンス信号の遅延の大きさに応じて、前記フィルタ係数更新部による更新処理の頻度を制御する更新頻度制御部とを有する、
ことを特徴とする音響エコーキャンセラ。
【請求項2】
前記リファレンス信号蓄積部は、
当該リファレンス信号蓄積部が有する区間を複数に分割した区間をそれぞれ有する、複数の分割蓄積部を有し、
前記フィルタ係数更新部は、前記分割蓄積部により蓄積された各リファレンス信号について、前記フィルタ係数の更新処理を実行することを特徴とする請求項1記載の音響エコーキャンセラ。
【請求項3】
前記分割蓄積部は、
前記リファレンス信号蓄積部が有する区間を等分に分割した区間を有することを特徴とする請求項2記載の音響エコーキャンセラ。
【請求項4】
前記リファレンス信号蓄積部が有する区間は2のべき乗の長さである、
前記分割蓄積部は前記リファレンス信号蓄積部の長さと異なる2のべき乗の数で等分した区間を有する、
ことを特徴とする請求項3記載の音響エコーキャンセラ。
【請求項5】
前記分割蓄積部が有する区間同士が重複することを特徴とする請求項2記載の音響エコーキャンセラ。
【請求項6】
前記分割蓄積部が有する各区間の長さを全て同じに設定したことを特徴とする請求項5記載の音響エコーキャンセラ。
【請求項7】
前記分割蓄積部が有する区間を2のべき乗の長さに設定したことを特徴とする請求項6記載の音響エコーキャンセラ。
【請求項8】
前記更新頻度制御部は、
前記スピーカからの音声が入力される前記リファレンス信号の遅延が小さい所は頻度を大きく、遅延の大きい所は頻度を小さくするように、前記フィルタ係数更新部による更新処理の頻度を制御することを特徴とする請求項1から7いずれか1項に記載の音響エコーキャンセラ。
【請求項9】
フィルタ係数蓄積部と、
前記フィルタ係数蓄積部に蓄積されたフィルタ係数に基づいて残響時間を推定する残響時間推定部と、
前記残響時間推定部で推定された残響時間に対応する前記フィルタ処理の次数あるいは段数に基づく演算処理量により前記更新頻度制御部を制御するフィルタ長制御部とを有する、
ことを特徴とする請求項1から8いずれか1項に記載の音響エコーキャンセラ。
【請求項10】
前記残響時間推定部は、
前記フィルタ係数蓄積部のフィルタ係数の大きさが最大であるフィルタ係数の位置を基準として決めた第1の始点と第1の終点から構成される第1の区間と、前記フィルタ係数蓄積部のフィルタ係数の大きさの最大であるフィルタ係数の位置を基準として決められたフィルタ係数が減衰する第2の始点と第2の終点から構成される第2の区間とを求める区間始点終点計算部と、
前記フィルタ係数蓄積部の第1の区間のフィルタ係数の大きさと前記フィルタ係数蓄積部の第2の区間のフィルタ係数の大きさとに基づき残響時間を推定する残響時間簡易推定部とを有することを特徴とする請求項9記載の音響エコーキャンセラ。
【請求項11】
前記フィルタ係数蓄積部の第1の区間の長さと第2の区間の長さを同じ長さに設定した前記区間始点終点計算部を有することを特徴とする請求項10記載の音響エコーキャンセラ。
【請求項12】
前記フィルタ係数蓄積部のフィルタ係数の大きさとして、区間のフィルタ係数の自乗パワーの平均値を用いることを特徴とする請求項10または11記載の音響エコーキャンセラ。
【請求項13】
前記フィルタ係数蓄積部のフィルタ係数の大きさとして、区間のフィルタ係数の絶対値の平均値を用いることを特徴とする請求項10または11記載の音響エコーキャンセラ。
【請求項14】
前記フィルタ係数蓄積部のフィルタ係数の大きさとして、区間のフィルタ係数の絶対値の最大値を用いることを特徴とする請求項10または11記載の音響エコーキャンセラ。
【請求項15】
請求項1から14いずれか1項に記載の音響エコーキャンセラを用いたことを特徴とするハンズフリー電話。
【請求項16】
スピーカからの音声をリファレンス信号としてサンプリングし、前記サンプリングしたリファレンス信号についてフィルタ係数を更新し、この更新したフィルタ係数に基づくフィルタ処理で、マイクロホンを介して入力された前記音声のエコーをキャンセルする音響エコーキャンセル方法であって、
入力される前記リファレンス信号を蓄積するリファレンス信号蓄積工程と、
前記リファレンス信号蓄積部により蓄積されたリファレンス信号について、前記フィルタ係数の更新処理を実行するフィルタ係数更新工程と、
入力される前記リファレンス信号の遅延の大きさに応じて、前記フィルタ係数更新部による更新処理の頻度を制御する更新頻度制御工程とを有する、
ことを特徴とする音響エコーキャンセル方法。
【請求項17】
前記リファレンス信号蓄積工程は、
当該リファレンス信号蓄積工程で処理する蓄積メモリが有する区間を複数に分割した区間をそれぞれ有する、複数の分割蓄積メモリを有し、
前記フィルタ係数更新工程は、前記分割蓄積メモリにより蓄積された各リファレンス信号について、前記フィルタ係数の更新処理を実行することを特徴とする請求項16の音響エコーキャンセル方法。
【請求項18】
前記リファレンス信号蓄積工程で処理する前記蓄積メモリが有する区間を等分に分割した分割蓄積メモリを有することを特徴とする請求項17記載の音響エコーキャンセル方法。
【請求項19】
前記リファレンス信号蓄積工程で処理する前記蓄積メモリが有する区間は2のべき乗の長さである、
前記分割蓄積メモリは前記蓄積メモリの長さと異なる2のべき乗の数で等分されたことを特徴とする請求項18記載の音響エコーキャンセル方法。
【請求項20】
前記分割蓄積メモリの区間が前記蓄積メモリの重複した区間から構成されることを特徴とする請求項17記載の音響エコーキャンセル方法。
【請求項21】
前記分割蓄積メモリの区間を同じ長さに設定したことを特徴とする請求項20記載の音響エコーキャンセル方法。
【請求項22】
前記分割蓄積メモリの区間の長さを2のべき乗の長さに設定したことを特徴とする請求項21項記載の音響エコーキャンセル方法。
【請求項23】
前記更新頻度制御工程は、
前記スピーカからの音声が入力される前記リファレンス信号の遅延が小さい所は頻度を大きく、遅延の大きい所は頻度を小さくするように、前記フィルタ係数更新工程による更新処理の頻度を制御することを特徴とする請求項16から22いずれか1項に記載の音響エコーキャンセル方法。
【請求項24】
フィルタ係数メモリに蓄積されたフィルタ係数に基づいて残響時間を推定する残響時間推定部と、
前記残響時間推定工程で推定された残響時間に対応する前記フィルタ処理の次数あるいは段数に基づく演算処理量により前記更新頻度制御工程を制御するフィルタ長制御工程とを有する、
ことを特徴とする請求項16から23いずれか1項に記載の音響エコーキャンセル方法。
【請求項25】
前記残響時間推定工程は、
前記フィルタ係数メモリに蓄積されているフィルタ係数の大きさが最大であるフィルタ係数の位置を基準として決めた第1の始点と第1の終点から構成される第1の区間と、前記フィルタ係数メモリに蓄積されているのフィルタ係数の大きさが最大であるフィルタ係数の位置を基準として決められたフィルタ係数が減衰する第2の始点と第2の終点から構成される第2の区間とを求める区間始点終点計算工程と、
前記フィルタ係数メモリの第1の区間のフィルタ係数の大きさと前記フィルタ係数メモリの第2の区間のフィルタ係数の大きさとに基づき残響時間を推定する残響時間簡易推定工程とを有することを特徴とする請求項24記載の音響エコーキャンセル方法。
【請求項26】
前記フィルタ係数メモリの第1の区間の長さと第2の区間の長さを同じ長さに設定した前記区間始点終点計算工程を有することを特徴とする請求項25記載の音響エコーキャンセル方法。
【請求項27】
前記フィルタ係数メモリに蓄積されているフィルタ係数の大きさとして、区間のフィルタ係数の自乗パワーの平均値を用いることを特徴とする請求項25または26記載の音響エコーキャンセル方法。
【請求項28】
前記フィルタ係数メモリに蓄積されているフィルタ係数の大きさとして、区間のフィルタ係数の絶対値の平均値を用いることを特徴とする請求項項25または26記載の音響エコーキャンセル方法。
【請求項29】
前記フィルタ係数メモリに蓄積されているフィルタ係数の大きさとして、区間のフィルタ係数の絶対値の最大値を用いることを特徴とする請求項項25または26記載の音響エコーキャンセル方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2006−157499(P2006−157499A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−345383(P2004−345383)
【出願日】平成16年11月30日(2004.11.30)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】