高分子材料およびその製造方法
【課題】人工筋肉素材として有用でかつ制御容易な新規な材料を提供する。
【解決手段】本発明の高分子材料は、第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、第1ペプチドおよび第2ペプチドは、互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドであり、周囲の温度またはpHの変化に応じて可逆的にゾル−ゲル転移をする。
【解決手段】本発明の高分子材料は、第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、第1ペプチドおよび第2ペプチドは、互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドであり、周囲の温度またはpHの変化に応じて可逆的にゾル−ゲル転移をする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子材料およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで人工筋肉やソフトアクチュエータの研究開発は盛んに行われてきており、手術時のカテーテルや人工臓器、アシストリハビリテーションにおけるメカトロニクス技術、カメラや携帯電話の小型カメラのレンズ駆動部、MEMS(Micro Electrical Mechanical System)やμTAS(Micro Total Analysis System)など、様々な分野において応用がなされている。開発されているアクチュエータとしては高分子を用いたアクチュエータ(ポリマーアクチュエータ)、形状記憶材料を用いたアクチュエータ(形状記憶アクチュエータ)、静電力を利用したアクチュエータ(静電アクチュエータ)、空気圧を用いたアクチュエータ(エアアクチュエータ)など様々であるが、人工筋肉として実際に開発され実用化されているものはない。その原因として溶液環境であること、発生応力・歪みが小さい、駆動電圧が高い、寿命が短い、デバイスとして組んだ場合の重量が重い、駆動音が大きいなど様々な問題点が挙げられる。人工筋肉として発生応力や歪み、そしてエネルギー変換効率などの面でもっとも優れた素材は、生体筋肉であると考えられる。生体筋肉はソフトな材料であり、応力・歪み・エネルギー変換など高効率な機構を有しており、人工筋肉開発の非常に良い手本となるわけであるが、その構造の複雑さと未解明な駆動原理、そして電気的制御の困難さなどから、生体筋肉の実用化は現状では非常に難しい。
【0003】
生体筋肉を構成する最小単位は、アクチンとミオシンと呼ばれる巨大タンパク質である。アクチンは自己集合することで巨大な繊維状集合体(アクチンフィラメント)を形成し、ミオシン分子のヘッド部分がATPの加水分解エネルギーを利用してアクチンフィラメントをレールの様にして滑り運動を行うことによって、応力・歪みを発生させていると考えられている。ミオシンヘッドはATP結合時と解離時でその構造が異なり、タンパク質の立体構造変化を滑り運動の駆動源としている。またアクチンフィラメントとミオシンが階層的に集合することで筋原繊維を構成し、さらに筋原繊維が階層的に集合することで筋繊維を形成し、最終的に筋繊維が階層的に集まることで生体筋肉を構成している。つまり階層的構造が、ミオシン1分子の数ナノメートルのわずかな滑り運動を増幅させ、大きな歪みを生み出している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のような筋肉の機構を人工的に作り出すことは非常に困難である。また生体筋肉はATPをエネルギーとして利用し、カルシウムイオンを筋肉の活動状態と静止状態の切り替えのシグナル物質として利用しているが、生体筋肉をデバイスとして応用した時に、ATPやカルシウムイオンのような化学物質を電気的に制御することは非常に困難である。このような理由から、生体筋肉を人工筋肉として実用化できていないのが現状である。
【0005】
本発明は、人工筋肉素材として有用でかつ制御容易な新規な材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究の結果、可逆的なゾル−ゲル転移を容易に制御可能な新規な高分子材料を見出した。さらには、かかる高分子材料が人工筋肉素材として有用であることを見出した。
【0007】
タンパク質は、20種類のアミノ酸がペプチド結合で連なったヒモ状の生体分子で、生体内では様々な機能を発現し、生命活動における実行部隊のような役割を果たしている。通常タンパク質はヒモ状の構造(変性構造)では機能はなく、α-ヘリックス構造やβ-シート構造などの二次構造を形成し、さらにそれらが組み合わさって複雑な三次立体構造を形成することではじめて機能を発現する。つまりタンパク質の立体構造変化が様々な機能発現にとって重要であると言える。生体筋肉の駆動源であるミオシンヘッドも、運動という機能発現のために立体構造変化を利用している。
【0008】
本発明者は、タンパク質よりアミノ酸残基数が少ないペプチドの構造の変化に着目し、ペプチドのヘリックスバンドル形成能をゲルの架橋点形成に利用できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、第一の本発明は、第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、第1ペプチドおよび第2ペプチドは、互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドであり、周囲の温度またはpHの変化に応じて可逆的にゾル−ゲル転移をする、高分子材料を提供する。
【0010】
本発明の一態様において、第1ペプチドは配列番号1のアミノ酸配列を含み、第2ペプチドは配列番号2のアミノ酸配列を含む。好ましくは、第1ペプチドおよび第2ペプチドの末端は電荷を有さないように修飾されている。
【0011】
本発明の一態様において、第1ペプチドおよび第2ペプチドは、第1温度領域では互いに会合してへリックスバンドルを形成し、第2温度領域では互いに解離してへリックスバンドルを形成しないペプチドであり、好ましくは、第1温度領域は20℃〜40℃であり、第2温度領域は60℃〜80℃である。
【0012】
本発明の一態様において、第1ペプチドおよび第2ペプチドは、第1pH領域では互いに会合してへリックスバンドルを形成し、第2pH領域では互いに解離してヘリックスバンドルを形成しないペプチドであり、好ましくは、第1pH領域はpH7〜pH10であり、第2pH領域はpH12〜pH14である。
【0013】
第1高分子および第2高分子として、例えばヒアルロン酸などの多糖類を用いることができる。
【0014】
本発明の高分子材料は、可逆的にゾル−ゲル転移することから、人工筋肉素材に用いることができる。
【0015】
第二の本発明は、上述の高分子材料の製造方法であって、第1溶液中にて第1ペプチドを第1高分子に結合する工程(a)、第2溶液中にて第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(b)、および工程(a)、(b)の後、第1溶液と第2溶液とを混合する工程(c)、を有する。
【0016】
第三の本発明は、上述の高分子材料の製造方法であって、第3溶液中にて第1ペプチドと第2ペプチドとを混合する工程(d)、および第1高分子および第2高分子を含む第4溶液と、第3溶液とを混合し、第1ペプチドを第1高分子に結合し、第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(e)、を有する。
【発明の効果】
【0017】
本発明の高分子材料は、可逆的にゾル−ゲル転移する材料なので種々の用途に有用である。また、温度またはpHを制御することによりゾル−ゲル転移を制御することができるので、ゾル−ゲル転移を簡単に制御することができる。また、高い構造安定性を有するように構成することができ、この場合歪みに対して大きな応力を取り出すことができ、優れた人工筋肉素材を提供する。さらに、本発明を構成する第1高分子及び第2高分子として生分解性高分子を用いることによって、高分子材料を生分解性とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の高分子材料について、実施の形態及び実施例を挙げて更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0019】
本発明の高分子材料は、第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、周囲の温度またはpHの変化に応じて可逆的にゾル−ゲル転移する。第1ペプチドおよび第2ペプチドとして、互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドを用いる。さらには、周囲の温度またはpHに応じて互いに会合して形成されるヘリックスバンドルの崩壊−形成が転移するペプチドを選択することにより、周囲の温度またはpHの変化に応じて、可逆的にゾル−ゲル転移する高分子材料を提供することができる。
【0020】
本明細書におけるゲル状態とは、3次元網目構造を持つ高分子が溶媒に膨潤したものであり、流動性を失った状態をいう。3次元網目構造を持つ親水性高分子が水に膨潤したものはハイドロゲルといわれる。一方、本明細書におけるゾル状態とは、3次元網目構造が崩壊し、流動性を有する状態をいう。
【0021】
第1ペプチドと第2ペプチドは、液相法または固相法を用いた化学合成により調製したものであっても、目的の配列をコードするcDNAを用いて大腸菌等により発現、精製して調製したものであっても良い。この際用いるcDNAは通常の化学合成により調製すれば良い。
【0022】
本発明では、上記の第1ペプチド及び第2ペプチドを高分子に結合する。第1ペプチドを結合する第1高分子と、第2ペプチドを結合する第2高分子とは、種類が同じものであっても異なるものであっても良い。
【0023】
ペプチドの高分子への結合方法は、高分子の種類、ペプチドの結合位置に応じて従来から公知の方法より選択すればよい。ペプチドが高分子主鎖に対し側鎖として結合されたグラフト共重合体の態様であっても良いし、ペプチドが高分子主鎖中に直線的に結合されるブロック共重合体の態様であっても良い。
【0024】
本発明の第1高分子及び第2高分子の種類は特に制限はなく種々の合成高分子や天然高分子が用いられる。本発明の高分子材料を生医学的用途で用いる場合は、高分子材料の構成要素が生分解性であることが好ましく、第1高分子及び第2高分子として、核酸、タンパク質、多糖類などを用いれば生体内で代謝分解されるので極めて有用である。以下の実施例では、ヒアルロン酸を用いている。
【実施例】
【0025】
1.実験方法
1-1.ペプチド合成
各種ペプチドの合成は、固相合成法に基づきペプチド合成機(peptide synthesis system, Pioneer; Applied Biosystems)で行った。固相合成で用いた支持体レジンは、Gly-PEG-PS樹脂とペプチドのC末端のカルボキシル基をアミド化するためのPAL-PEG-PS樹脂(Applied Biosystems)でNα-アミノ基の保護に9-fluorenylmethoxycarbonyl (Fmoc) 保護基が付加されたものを用いた。合成に必要なすべてのアミノ酸誘導体(ペプチド研究所)はNα-アミノ基にFmoc保護基が付加されており、リジン残基側鎖の保護にはt-butoxycarbonyl (tBoc)保護基、グルタミン酸側鎖の保護にはt-butoxy (OtBu)保護基、セリン、チロシン残基側鎖の保護基にはt-butyl (tBu)保護基、そしてシステイン、ヒスチジン、グルタミン、アスパラギン残基側鎖の保護にはtrityl (Trt)保護基が付加されたものを使用した。合成過程でのアミノ酸のカップリングには、カップリング試薬としてN-[(Dimethylamino)-1H-1,2,3-triazole[4,5-6]pyridin-1-ylmethylene]-N-methylmethanaminium hexafluorophosphate N-oxide (HATU)(Applied Biosystems)を用い、また5% 無水酢酸と6% 2,6-ジメチルピリジンを含むN,N-ジメチルホルムアミド溶液でペプチドのN末端アミノ基のアセチル化を行った。合成後のペプチド保護基の脱保護反応は、混合溶液(0.25ml EDT、0.25ml精製水、9.5ml TFA)中で、1時間半〜2時間かけて室温で行った。その後脱保護されたペプチドはt-butyl methyl ether (MTBE)で抽出し、遠心回収後、真空乾燥により得た。
【0026】
ペプチドの精製はDevelosil ODS column (Nomura Chemical)を用いてreverse-phase high-pressure liquid chromatography (RP-HPLC)(日立製作所)によって行われた。流速は10ml/minで、使用した溶離液Aは精製水(0.1%TFA)、溶離液Bはアセトニトリル(0.1%TFA)であり、溶出の際のグラジエントは溶離液Bの濃度を30分で 20%から50%に変化させて行った。RP-HPLCによって精製されたペプチドの確認は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(matrix-assisted laser desorption ionization; MALDI)法を用いて飛行時間型質量分析機(AXIMA-CFR, 島津製作所)で行った。
【0027】
1-2.円ニ色性(CD)分光測定
リン酸緩衝溶液に溶かした各ペプチドの濃度は紫外分光光度計(U-3210 spectrophotometer、日立製作所)で、ε275.3nm=1450を用いて決定した。各種ペプチド溶液を約500μl分取し、それを光路長0.1cmの角型石英セルに入れ、250nm〜190nmの遠紫外領域のCD(Jasco J-720 spectropolarimeter、日本分光)測定を行った。
【0028】
1-3.蛍光分光測定(2-2.における測定)
後述するペプチド2Aとペプチド2Bを等モル濃度になるように混合し、700mlを角型石英セルに入れ、励起波長275nmで波長領域280nm〜400nmの蛍光(FP-6500 spectrophotometer、日本分光)を測定した。
【0029】
1-4.高分子材料の作製
1-4-1.作製法1(2-4.における作製)
ヒアルロン酸6mgを25mMリン酸緩衝液1mlに溶かし、1)EDC(Pierce) 3.6mg、2)sulfo-NHS(Pierce) 4.1mg、3)EMCH(Pierce) 4.2mgを1)、2)、3)の順番にヒアルロン酸水溶液に加え、4℃で穏やかに4時間撹拌させた。その後、後述するリンカー付きペプチド2Aをリン酸緩衝液に10mg/mlの濃度に溶かした溶液1mlを加え、さらに室温で24時間穏やかに撹拌した。次に溶液を透析膜(M.W.C.O=15000)に入れ、リン酸緩衝液に対して24時間透析を行った後、超純水(MQ水)に対して8時間透析をし、最終的に凍結乾燥した。得られた粉末は400μlリン酸緩衝液に再度溶解させた。
【0030】
後述するリンカー付きペプチド2Bのヒアルロン酸への固定化は、リンカー付きペプチド2Aと同様にして行った。しかし凍結乾燥後、得られた粉末を400μlリン酸緩衝液に再度溶解させても粉末は溶解せずゼリー状に凝集したため、溶液に濃度が3Mになるように塩酸グアニジンを加え、ゼリー状凝集体を溶かし、その後透析膜(M.W.C.O=15000)に入れ、リン酸緩衝液に対して24時間透析した。その後、遠心濃縮機で溶液が640μlになるまで濃縮した。
【0031】
得られたヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2Aとヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2Bを1:1の体積比で混合し、高分子材料を作製した。
【0032】
1-4-2.作製法2(2-6.における作製)
ヒアルロン酸6mgを25mMリン酸緩衝液1mlに溶かし、1)EDC 3.6mg、2)sulfo-NHS4.1mg、3)EMCH4.2mgを1)、2)、3)の順番にヒアルロン酸水溶液に加え、4℃で穏やかに4時間撹拌させた。その後、リンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bを1:1の濃度比で混合した溶液1ml(ペプチド全濃度20mg/ml)を加え、さらに室温で48時間穏やかに撹拌した。次に溶液を透析膜(M.W.C.O=15000)に入れ、3M塩酸グアニジン溶液(変性剤)に対して4時間透析し、その後2M塩酸グアニジン溶液(変性剤)に対して2時間透析、さらに続いて1M塩酸グアニジン溶液(変性剤)に対して2時間透析を行った後、最終的にリン酸緩衝液に対して48時間透析を行った。その後、遠心濃縮機で溶液が600μlになるまで濃縮した。
【0033】
2.実験結果
2-1.ペプチド1A、ペプチド1Bの結果
互いに会合してヘリックスバンドルを形成するように、またそれぞれ単独ではフォールドしないようにペプチド1Aとペプチド1Bを設計し合成した。図1(a)は、ペプチド1Aとペプチド1Bのアミノ酸配列を示す。それぞれのアミノ酸配列は配列番号1と配列番号2に対応する。図1(a)においては、ヘリックス1Aとヘリックス1Bのアミノ酸配列について、配列番号1及び2の配列とともにN末端とC末端の官能基を明記している。ペプチド1Aおよびペプチド1BのN末端とC末端とは、中性溶液中ではそれぞれ正電荷と負電荷を持つ。
【0034】
図1(b)は、ペプチド1Aとペプチド1Bとの設計時に想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係を示す。図1(b)を用いて、ペプチド1Aとペプチド1Bの設計指針を説明する。それぞれのペプチドにおいてポジションa(a’)には主にバリンを配置し、ポジションd(d’)にはロイシンを配置することで、ポジションaとa’、dとd’で疎水性界面を形成するように設計されている。さらポジションaとa’において16番目のアミノ酸の位置にアスパラギンを配置しておく。これはヘリックス構造を形成したときに疎水界面でアスパラギン同士が水素結合をし、逆平行型のヘリックス構造を形成しないような位置合わせをする役割を果たしている。またポジションgとe’、 またポジションeとg’が静電相互作用するように電荷を持つグルタミン酸(負電荷)とリジン(正電荷)を配置し、さらに自己会合しないようにグルタミン酸とリジンを配置させている。その他のポジションb(b’)、c(c’)、f(f’)には溶解度を高めるために、親水性アミノ酸を配置している。
【0035】
ペプチド1A、ペプチド1Bは、それぞれ単独ではフォールドしないように設計されている。実際にフォールドしないかを検証した結果を図2に示す。図2(a)はペプチド1Aの-10℃〜88℃までのCDスペクトルを示しており、全温度領域において200nm付近に極小をもつ典型的な変性構造のスペクトルである。さらに図2(b)はヘリックス構造の指標波長である222nmの楕円率を温度に対してプロットしたものであるが、10℃〜88℃までは楕円率に変化がなく、ヘリックス構造は形成していないと考えられる。10℃以下の低温になると若干楕円率が負に増加しヘリックス構造に転移しかけているが、そのポピュレーションは非常に少ないと思われる。同様に図2(c)はペプチド1Bの-10℃〜88℃までのCDスペクトルを示しており、ペプチド1Bの場合も全温度領域において典型的な変性構造のスペクトルであった。さらに図2(d)はペプチド1Bの222nmの楕円率の温度依存性であるが、直線的な変化を示しており、全温度領域において変性状態であることがわかる。以上のことからペプチド1A、ペプチド1Bは単独ではヘリックス構造を形成していないことが示唆される。
【0036】
次にペプチド1Bにペプチド1Aを滴定していき、ヘリックス構造が形成されるかどうか、検証を行った。図3(a)は滴定におけるCDスペクトルを示す。図3(a)を見ると、ペプチド1B単独では典型的な変性スペクトルを示しているが、ペプチド1Aを徐々に加えていくと(図3(a)の矢印方向)208nmと222nmの楕円率の強度が負に増加し、二つの極小をもつスペクトルに変化しているのが分かる。208nmと222nmの極小は、典型的なヘリックス構造のスペクトルであり、ペプチド1Aとペプチド1Bを混合することで、ヘリックス構造を形成することが分かった。すなわち、ペプチド1Aとペプチド1Bとが、互いを認識してヘリックス構造を形成していることが分かる。このことは、後述するペプチド2Aとペプチド2BのCDスペクトルによる転移点と蛍光スペクトルによる転移点がほぼ一致することかも支持されるように、互いに会合してヘリックスバンドルを形成していることを示しているということができる。さらに図3(b)に示すように222nmの楕円率のペプチド1A濃度依存性から、解離定数がKd=12.1μMであることが分かった。さらに全ペプチド濃度を固定し、ペプチド1Aの濃度割合を変化させたときの222nmの楕円率の変化を示したものを図3(c)に示す。このプロットからペプチド1Aとペプチド1Bの化学量論が1:1であることが確認できた。
【0037】
さらにペプチド1Aとペプチド1Bとのヘリックス構造の熱安定性を知るために、ペプチド1Aとペプチド1Bとを1:1で混合した溶液のCDスペクトルの温度依存性を調べた。その結果を図4(a)、(b)に示す。図4(a)から低温では典型的なヘリックス構造のスペクトルを示し、温度が上昇するとともに典型的な変性構造のスペクトルへ転移していることが確認できる。しかし図4(b)の208nm、222nmの楕円率の温度依存性から分かるように、〜0℃から転移が始まり、〜40℃で転移が終了している。またカーブフィッティングからヘリックス構造と変性構造が1:1になる転移中点温度(Tm)は、208nmでは24.1℃、222nmでは23.9℃であることが分かった。これはペプチド1Aとペプチド1Bのヘリックス構造の熱安定性が低いことを示しており、25℃の常温では全分子の約50%程度しかヘリックス構造を形成していないことが示唆される。
【0038】
また、ペプチド1Aとペプチド1Bのヘリックス構造のpHに対する構造安定性を知るために、温度25℃において、pHをpH2〜pH12まで変化させてCDスペクトルを測定した。その結果を図4(c)、(d)に示す。図4(c)から酸性条件では強度は減少しているが、ヘリックス構造のスペクトルを示し、アルカリ条件では典型的な変性状態のスペクトルに転移していることが分かる。図4(d)は208nm、222nmの楕円率のpH依存性を示しているが、これからpH2〜6までは完全に変性はせず、一部ヘリックスが残ったようなスペクトル、pH7〜10までは典型的なヘリックス構造、pH11以上では典型的な変性構造であることが分かる。
【0039】
以上の結果から、設計通りにペプチド1Aとペプチド1Bは単独では変性構造で、混合することでヘリックス構造を形成することが確認されたが、ヘリックス構造は著しく不安定であり、ゲルを作製したときに常温では架橋構造を形成せず、ゲル化しないと考えられるため、ヘリックス構造を安定化する設計を行い、後述するペプチド2A、ペプチド2Bを設計した。
【0040】
2-2.ペプチド2A、ペプチド2Bの結果
ペプチド1Aとペプチド1Bとのヘリックス構造を安定化させるために、ペプチド1Aとペプチド1Bの配列はそのままにして(それぞれ配列番号1、配列番号2)、N末端をアセチル化して正電荷を、またC末端をアミド化して負電荷を消すことを試みた。図5(a)は、ペプチド2A(配列番号3)とペプチド2B(配列番号4)のアミノ酸配列を示す。ペプチド2A及びペプチド2Bのアミノ酸配列は、それぞれ配列番号1及び配列番号2の配列において、N末端がアセチルメチルブロックされ、C末端がアミドブロックされている配列である。図5(b)は、ペプチド2Aとペプチド2Bとの設計時に想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係を示す。
【0041】
図6にペプチド2Aとペプチド2BのCDスペクトルの温度依存性(それぞれ図6(a)、図6(c))と222nmの楕円率の温度依存性(それぞれ図6(b)、図6(d))を示す。それぞれペプチド1A、ペプチド1Bとは異なる温度依存性を示しており、特にペプチド2Aは、20℃以下でヘリックス構造へ転移が始まっている。これは両末端の電荷を消すことで、ヘリックス構造が安定化されたことを示している。両ペプチドとも安定化されたとはいえ、常温では非常にヘリックスの存在量が少ないと考えられ、常温以上の温度では単独でほとんどヘリックス構造を形成していないと考えられる。
【0042】
次にペプチド2Bにペプチド2Aを滴定していき、ヘリックス構造を形成するかどうか、検証を行った。図7(a)は滴定におけるCDスペクトルを示す。図7(a)を見ると、ペプチド2B単独では典型的な変性スペクトルを示しているが、ペプチド2Aを徐々に加えていくと(図7(a)の矢印方向)208nmと222nmの楕円率の強度が負に増加し、二つの極小をもつスペクトルに転移しており、ヘリックス構造を形成することがわかる。さらに図7(b)に示す222nmの楕円率のペプチド2A濃度依存性から、解離定数がKd=1.5μMであることが分かった。この値はペプチド1Aとペプチド1BのKdよりも小さく、ペプチド2Aとペプチド2Bの結合の方が強いことを示している。さらに全ペプチド濃度を固定し、ペプチド2Aの濃度割合を変化させたときの222nmの楕円率の変化を示したものを図7(c)に示す。このプロットからペプチド2Aとペプチド2Bの化学量論が1:1であることが確認できた。
【0043】
さらにペプチド2Aとペプチド2Bのヘリックス構造の熱安定性を知るために、ペプチド2Aとペプチド2Bとを1:1で混合した溶液のCDスペクトルの温度依存性を調べた。その結果を図8(a)、(b)に示す。図8(a)から低温では典型的なヘリックス構造のスペクトルを示し、温度が上昇するとともに典型的な変性構造のスペクトルへ転移していることが確認できる。さらに図8(b)の208nm、222nmの楕円率の温度依存性から分かるように、〜40℃から転移が始まり、〜60℃で転移が終了している。またカーブフィッティングからTmは、208nmでは50.3℃、222nmでは50.9℃であることが分かった。この値はペプチド1Aとペプチド1BのTmの2倍であり、熱安定性が著しく上昇したことを示しており、25℃の常温ではほとんどヘリックス構造を形成していることがわかる。一般的にCDはタンパク質の二次構造を反映しているといわれ、またチロシンやトリプトファンの蛍光はタンパク質の三次構造を反映していると考えられている。ヘリックスバンドルの形成−崩壊に応じて、チロシンの側鎖のフェニル基の電子状態が変わり、蛍光強度が変化するからである。そこでペプチド2Aとペプチド2Bにはチロシン残基が1つずつ存在するので、そのチロシンの蛍光強度の温度依存性を調べた。その結果を図8(c)、(d)に示す。図8(c)から分かるように、温度とともに蛍光スペクトルが変化していることが確認できる。さらに図8(d)に示すように、303nmの蛍光強度の温度依存性を見てみると、転移していることが伺え、カーブフィッティングによりTmが53.5℃であることが分かった。この値はCDから得られたTmとほぼ一致しており、二次構造の形成と三次構造の形成が同時に起こっていることを示しており、このことからペプチド2Aとペプチド2Bはヘリックスバンドルを形成するヘリックス構造と変性構造の二状態を転移していると言うことができる。
【0044】
また、ペプチド2Aとペプチド2Bのヘリックス構造のpHに対する構造安定性を知るために、25℃において、pHをpH7〜pH13まで変化させてCDスペクトルを測定した。その結果を図9(a)、(b)に示す。図9(a)より、中性から徐々にpHを上昇させていくと、ヘリックス構造から変性構造へスペクトルが転移していることが分かる。図9(b)は208nm、222nmの楕円率のpH依存性を示しているが、pH7〜10までは典型的なヘリックス構造、pH12以上では典型的な変性構造であることが分かり、カーブフィッティングにより転移中点pHは11.5であった。
【0045】
ペプチドの両末端の電荷を消すことでヘリックス構造の安定性を著しく向上させることに成功した。熱安定性においても40℃近くまでヘリックス構造を保つことができきることから、高分子材料を作製したときに常温で架橋構造が形成可能となり、ゲル化すると考えられるため、このペプチド2Aとペプチド2Bを用いて、架橋配列の合成を行った。
【0046】
2-3.リンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bの結果
最終的にヒアルロン酸への設計ペプチドの固定化を行うために、安定なヘリックス構造を形成するペプチド2Aとペプチド2Bをもとに、架橋ペプチドを合成した。合成した配列の詳細を図10(a)、(b)に示す。ペプチド2AのC末端にグリシン-セリン-システインの三残基を付加し、ペプチドの両末端をアセチル化、アミド化することで電荷を消したものをリンカー付きペプチド2A(配列番号5)とした。またペプチド2BのN末端にシステイン-セリン-グリシン-グリシンの四残基を付加し、同様に両末端の電荷は消したものをリンカー付きペプチド2B(配列番号6)とした。
【0047】
ペプチド2Aとペプチド2Bにリンカーを付加することで、もとのヘリックス構造の安定性が変化していないか確かめた。図11はリンカー付きのペプチド2Aとペプチド2Bのそれぞれ単独での熱安定性をCDで調べた結果を示している。図11(a)はリンカー付きペプチド2AのCDスペクトルの温度依存性を示しており、図6(a)のスペクトルと非常に類似していることが分かる。また図11(b)は208nm、222nmの楕円率の温度依存性を示しているが、これも図6(b)と同じ温度依存性を示しており、リンカーを付加させたことでペプチド2Aの性質が変化していないことを示している。さらに図11(c)、(d)はリンカー付きペプチド2B単独のCDスペクトルと208nm、222nmの楕円率の温度依存性を示しており、リンカー付きペプチド2Aの場合と同様に、ペプチド2Bの温度依存性と同じ挙動を示していることから、リンカーを付加させたことでペプチド2Bの性質も変化していないことがわかる。また図12(a)はリンカー付きペプチド2Bにリンカー付きペプチド2Aを滴定した時のCDスペクトルの変化を表しているが、両ペプチドを混合することでヘリックス構造が形成され、図12(b)に示すように222nmの楕円率のリンカー付きペプチド2A濃度依存性から、解離定数がKd=0.8μMであることが分かり、リンカーの付加によるヘリックス構造形成やその結合特性への影響はないと考えられる。また図12(c)、(d)に示すように、熱安定性の結果はTm=51.5(208nm)、Tm=51.5(222nm)となり、これもペプチド2Aとペプチド2BとのTmとほぼ同じであることから、リンカー付加による熱安定性への影響もないことが分かった。
【0048】
2-4.リンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bのヒアルロン酸への固定化
リンカー付きペプチド2Aのヒアルロン酸への固定化は、図13に示すように、ヒアルロン酸の分子内に存在するカルボキシル基にEDC、sulfo-NHS、EMCHを反応させ、カルボキシル基をマレイミド化する。その後リンカー付きペプチド2Aを添加することで、それぞれのペプチドのリンカー内にあるシステイン側鎖のスルフヒドリル基とマレイミドが化学結合しヒアルロン酸にペプチドが固定化される。リンカー付きペプチド2Bも同様の操作でヒアルロン酸に固定化される。尚、詳細な固定化方法は上記1-4-1.に記載している。
【0049】
2-5.各ペプチドを別々に固定化した場合
図14にリンカー付きペプチド2Aのみヒアルロン酸へ固定化した場合の状態を示す写真及び分子構造のイメージを示す。ペプチドの固定化率は、固定化する前のヒアルロン酸の重量と凍結乾燥させた後の固定化されたヒアルロン酸の重量の差から計算した結果、約20%であることが分かり、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体の濃度はヒアルロン酸0.75%w/v、リンカー付きペプチド2Aは3.8mMであった。ペプチド2Aの性質として図6(a)、(b)や図11(a)、(b)に示すように低温にすると若干ヘリックス構造を形成することが分かっており、図14の様に-5℃にするとゾル状態のヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体はゲル化することが確認された。これは分子構造のイメージに示すようにヒアルロン酸に固定化されたリンカー付きペプチド2Aの一部が自己会合し、ヘリックス構造を形成するためと考えられる。またこのゲル化したヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体を60℃に加熱するとゾル状態となった。これは分子構造のイメージに示すようにヒアルロン酸に固定化されたリンカー付きペプチド2Aが低温時にはヘリックス構造を形成していたが、温度が上昇したことで構造が壊れ変性構造となり、架橋点がなくなったためと考えられる。これは、図6(a)、(b)や図11(a)、(b)に示すペプチド2Aの温度プロファイルと一致している。
【0050】
リンカー付きペプチド2Bのみを固定化した場合では、その固定化率は約38%で、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体の濃度はヒアルロン酸0.75%w/v、リンカー付きペプチド2Bは7.2mMであった。リンカー付きペプチド2B複合体は図6(a)、(b)や図11(a)、(b)に示すように、全温度範囲で変性構造を示しており、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体も低温にしても高温にしてもゾル状態を保っていた。
【0051】
図15は、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体(a)と、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体(b)と、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体とヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体とを1:1の体積で混合した混合体(c)について、それぞれ一度80℃で5分間熱し、その後容器を倒して25℃に冷却した後、再度容器を立てた時の写真を示す。図15を見て分かるように、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体とヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体は、それぞれ単独では25℃と80℃では同じゾル状態を保つことから、複合体は25℃に戻してもゾル状態で、溶液自体に変化はない。しかし、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体とヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体との混合体は25℃に冷却した後でも、容器を倒した時の状態を保っていることから、25℃でゲル化していることが分かる。これはそれぞれ単独ではヘリックス構造を形成していないため架橋点は形成されないが、混合すると25℃で架橋点となるヘリックス構造を形成し、ヒアルロン酸がゲル化したと考えられる。
【0052】
2-6.各ペプチドを同時に固定化し場合
次にリンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bを固定化する前に一度混合させてヘリックス構造を形成させ(以下、「リンカー付きペプチド2AB」とする)、その後ヒアルロン酸へ固定化させた実験を行った。尚、固定化方法の詳細は、上記1-4-2.に記載している。図16(a)はペプチドを固定化していないヒアルロン酸の25℃と80℃での溶液の状態を示す写真及び分子構造のイメージ図であるが、どちらの温度でもゾル状態であることが分かる。図16(b)は、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体の25℃と80℃の状態を示す写真及び分子構造のイメージ図である。25℃ではゲル化している。リンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bとがヘリックス構造を形成することでヒアルロン酸を架橋し、ゲル化していると考えられる。80℃ではゾル化している。これは、リンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bとのヘリックス構造が崩壊し、架橋点がなくなることでヒアルロン酸がゾル化していると考えられる。この温度によるヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体のゾル−ゲル転移は可逆で何度でも繰り返し転移することが確認された。また、実際にヒアルロン酸に固定化されたリンカー付きペプチド2ABがヘリックス構造を形成しているか確認するために、ゲルをリン酸緩衝溶液で希釈し、CDスペクトルの温度依存性を調べた。その結果を図17(a)に示すが、典型的なヘリックス構造を示すスペクトルから温度上昇とともに変性構造のスペクトルへ転移していることが分かり、ヒアルロン酸に固定化されていてもペプチドはヘリックス構造を形成していることが確認できた。また図17(b)に示した208nm、222nmの楕円率の温度依存性から、Tm=49.8℃(208nm)、Tm=49.7℃(222nm)であることが分かり、これは固定化されていない時のリンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2BとのTmとほぼ一致しており、固定化されてもヘリックス構造の熱安定性は変わっていないことが分かった。
【0053】
さらにヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体のpH変化によるゾル−ゲル転移を調べた。その結果を図18に示す。図18(a)はペプチドを固定化していないヒアルロン酸のpH7とpH13での溶液の状態を示した写真及び分子構造のイメージ図である。pH7のヒアルロン酸はゾル状態であり、10規定のNaOHを添加しpH13にしても同様にゾル状態である。図18(b)はリンカー付きペプチド2ABをヒアルロン酸に固定化した溶液のpH7とpH13での状態を示す写真及び分子構造のイメージ図である。図18(b)に示すように、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体では、pH7ではゲル化している。リンカー付きペプチド2ABがヘリックス構造を形成することでヒアルロン酸を架橋し、ゲル化していると考えられる。pH13ではゾル化している。pH13にするとヘリックス構造が崩壊し、架橋点がなくなることでヒアルロン酸がゾル化していると考えられる。なお、pH13のヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体に10規定HClを添加しpH7に戻すと再度ゲル化することから、可逆にゾル−ゲル転移が起こっていることが確認できた。
【0054】
2-7.ヒアルロン酸−リンカー付きペプチド2AB複合体の人工筋肉への応用
以下、ヒアルロン酸−リンカー付きペプチド2AB複合体を人工筋肉素材として応用する場合の特性について考える。この複合体は常温では架橋点となるヘリックス構造を形成することでゲル化しており、温度を上げることで構造が壊れゾル化する。また中性pHではヘリックス構造を形成することでゲル化し、アルカリpHでは構造が壊れゾル化する。すなわち、温度またはpHの変化により可逆的にゾル−ゲル転移する。さらにリンカー付きペプチド2ABの構造安定性を実験的に見積ったところ、ΔGは約10.8kcal/molであり、天然タンパク質とほぼ同じような安定性を持っていた。実際の生体筋肉においてATPをADPにする加水分解のエネルギーは約11kcal/molで、この高エネルギーを高効率で仕事に変換している。リンカー付きペプチド2ABの立体構造安定性は、ΔGとして約10.8kcal/molでATPの加水分解エネルギーに匹敵する値であり、ATPを利用しなくてもリンカー付きペプチド2ABの立体構造変化を制御することで、高効率の仕事をさせることが可能である。リンカー付きペプチド2ABの分子量は、約7600Daであり、1グラム分子では約7.6kgの重量となる。ΔGの単位を変換すると、1グラム分子当たり約4.6tmの仕事をすることになる。生体筋肉に含まれる水は約75%(比重約1)であり、水分も含めた全体の重量を約30kgとすると、
応力P=4.6tm/(0.55m)2=0.15MPa
歪みS=(1m/0.1m)×100=1000%
となる。仮に仕事量を一定に保ちながらアクチュエータの特性を変換できるとすると(P・S=一定)、
(P, S)=(0.15MPa, 1000%)=(5.0MPa, 30%)
となり、生体筋肉と同等の30%の歪みが生じるとすると生体筋肉の応力(約0.3MPa)の約16倍の応力を発生しうることになる。以上のことからヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体は生体筋肉以上の特性を有する人工筋肉素材として有用であることが分かる。
【0055】
図19は、これまでに開発されたアクチュエータの応力−歪特性を示した図である。図中の「PZT」はチタン酸ジルコン酸鉛を表しており、圧電効果を示す。よって電気エネルギーを変位や応力などの機械エネルギーに直接変換することでアクチュエータとして動作する。また「SMA」は形状記憶合金で、電流を流すことで加熱し、アクチュエータとして動作する。さらに「ECP」は導電性高分子を用いたアクチュエータとして知られており、電気的な酸化還元で化学構造や高分子構造を変化させ、膨潤収縮の動作を行う。これらのアクチュエータは、タンパク質のアクチンやミオシンから構成される「生体筋肉」よりも性能としては高いものであるが、「生体筋肉」のように柔軟な動きができず、また生体親和性が低いなど、「生体筋肉」にはほど遠い。「イオン性ゲル」は高分子の静電相互作用により、また「非イオン性ゲル」は疎水性相互作用により膨潤収縮をしてアクチュエータとして動作するが、「生体筋肉」より応力の発生も歪の発生も低い。「本発明の高分子材料」が100%の性能を発揮すると仮定すると、図19に示すように他の材料によるアクチュエータと比較してもっとも「生体筋肉」に近い性能を発揮することが分かる。
【0056】
2-8.第1ペプチド、第2ペプチドに関する考察
高分子材料として、周囲の温度が常温近傍でかつpHが中性近傍であるときは、安定性の観点からゲル状態である高分子材料が好ましい。さらに、周囲の温度を変化させることにより高分子材料のゾル−ゲル転移を制御するためには、常温を含む20℃〜40℃の第1温度領域ではゲル状態であり、60℃〜80℃の第2温度領域ではゾル状態である高分子材料が好ましく用いられる。周囲の温度制御について、第1温度領域と、第2温度領域との間での制御は容易に行うことができるからである。非常に低い温度領域での制御が必要となったり、非常に高い温度領域での制御が必要となったりする場合、簡便な制御は難しくなる。
【0057】
また、周囲のpHを変化させることにより高分子材料のゾル−ゲル転移を制御するためには、pH7〜pH10の第1pH領域ではゲル状態であり、pH12〜pH14の第2pH領域ではゾル状態である高分子材料が好ましく用いられる。周囲のpH制御について、第1pH領域と、第2pH領域との間での制御は容易に行うことができるからである。
【0058】
上記結果より、第1ペプチドと第2ペプチドとが互いに会合して形成されるヘリックスバンドルの崩壊−形成の転移点は、高分子材料のゲル−ゾルの転移点とほぼ一致することがわかる。第1ペプチドと第2ペプチドとが会合してヘリックスバンドルを形成している状態では、第1高分子と第2高分子間が架橋され高分子材料としてはゲル状態になると考えられる。第1ペプチドと第2ペプチドとが解離してヘリックスバンドルが崩壊している状態では、第1高分子と第2高分子間の架橋点が存在せず高分子材料としてはゾル状態になると考えられる。第1ペプチドとしてリンカー付きペプチド2Aを用い、第2ペプチドとしてリンカー付きペプチド2Bを用いた場合、高分子材料において20℃〜40℃の第1温度領域ではゲル状態であり、60℃〜80℃の第2温度領域ではゾル状態であるので好ましい。また、pH7〜pH10の第1pH領域ではゲル状態であり、pH12〜pH14の第2pH領域ではゾル状態であるので好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の高分子材料は、その可逆的なゾル−ゲル転移を利用して、例えば人工筋肉素材等の生医学的用途として使用しうる。その他にも、そのゲル性状を利用して、医療分野、化粧品分野、農芸分野などで有用であり、例えば、コンタクトレンズ、創傷被覆材、生体組織接着剤、癒着防止材、薬剤担体、吸収材等として使用しうる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】ペプチド1Aとペプチド1Bのアミノ酸配列(a)、および想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係(b)を示す図。
【図2】ペプチド1Aの-10℃〜88℃までのCDスペクトル(a)、222nmの楕円率を温度に対してプロットしたもの(b)、およびペプチド1Bの-10℃〜88℃までのCDスペクトル(c)、222nmの楕円率を温度に対してプロットしたもの(d)を示す図。
【図3】ペプチド1Bにペプチド1Aを滴定したときのCDスペクトル(a)、222nmの楕円率をペプチド1A濃度に対してプロットしたもの(b)、全ペプチド濃度を固定した状態でペプチド1Aの濃度割合を変化させたときの222nmの楕円率の変化を示したもの(c)を示す図。
【図4】ペプチド1Aとペプチド1Bとを1:1で混合した溶液のCDスペクトルの温度依存性(a)、208nm、222nmの楕円率の温度依存性(b)、CDスペクトルのpH依存性(c)、208nm、222nmの楕円率のpH依存性(d)を示す図。
【図5】ペプチド2Aとペプチド2Bのアミノ酸配列(a)、および想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係(b)を示す図。
【図6】ペプチド2Aの-10℃〜92℃までのCDスペクトル(a)、222nmの楕円率を温度に対してプロットしたもの(b)、およびペプチド2Bの-10℃〜92℃までのCDスペクトル(c)、222nmの楕円率を温度に対してプロットしたもの(d)を示す図。
【図7】ペプチド2Bにペプチド2Aを滴定したときのCDスペクトル(a)、222nmの楕円率をペプチド2A濃度に対してプロットしたもの(b)、全ペプチド濃度を固定した状態でペプチド2Aの濃度割合を変化させたときの222nmの楕円率の変化を示したもの(c)を示す図。
【図8】ペプチド2Aとペプチド2Bとを1:1で混合した溶液のCDスペクトルの温度依存性(a)、208nm、222nmの楕円率の温度依存性(b)、蛍光強度の温度依存性(c)、303nmの蛍光強度の温度依存性(d)を示す図。
【図9】ペプチド2Aとペプチド2Bとを1:1で混合した溶液のCDスペクトルのpH依存性(a)、208nm、222nmの楕円率のpH依存性(b)を示す図。
【図10】リンカー付きペプチド2A(a)、およびリンカー付きペプチド2B(b)の配列を示す図。
【図11】リンカー付きペプチド2Aの-10℃〜92℃までのCDスペクトル(a)、208nm と222nmの楕円率を温度に対してプロットしたもの(b)、およびリンカー付きペプチド2Bの-10℃〜88℃までのCDスペクトル(c)、208nmと222nmの楕円率を温度に対してプロットしたもの(d)を示す図。
【図12】リンカー付きペプチド2Bにリンカー付きペプチド2Aを滴定した時のCDスペクトル(a)、222nmの楕円率をペプチド2A濃度に対してプロットしたもの(b)、およびリンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bとを1:1で混合した溶液のCDスペクトルの温度依存性(c)、208nmと222nmでの楕円率の温度依存性(b)を示す図。
【図13】ヒアルロン酸へのリンカー付きペプチド2Aの固定の手順を示す図。
【図14】リンカー付きペプチド2Aのみヒアルロン酸へ固定化した場合の状態を示す写真及び分子構造のイメージを示す図。
【図15】ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体(a)と、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体(b)と、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体とヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体とを1:1の体積で混合した混合体(c)について、それぞれ一度80℃で5分間熱し、その後容器を倒して25℃に冷却した後、再度容器を立てた時の写真を示す図。
【図16】ペプチドを固定化していないヒアルロン酸の溶液の状態を示した写真及び分子構造のイメージ図(a)、およびヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体の状態を示す写真及び分子構造のイメージ図(b)。
【図17】ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体をリン酸緩衝液で希釈した溶液の各温度におけるCDスペクトル(a)、208nm、222nmの楕円率の温度依存性(b)を示す図。
【図18】ペプチドを固定化していないヒアルロン酸の溶液の状態を示した写真及び分子構造のイメージ図(a)、リンカー付きペプチド2ABをヒアルロン酸に固定化した溶液の状態を示す写真及び分子構造のイメージ図(b)。
【図19】これまでに開発されたアクチュエータの応力−歪特性を示す図。
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子材料およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで人工筋肉やソフトアクチュエータの研究開発は盛んに行われてきており、手術時のカテーテルや人工臓器、アシストリハビリテーションにおけるメカトロニクス技術、カメラや携帯電話の小型カメラのレンズ駆動部、MEMS(Micro Electrical Mechanical System)やμTAS(Micro Total Analysis System)など、様々な分野において応用がなされている。開発されているアクチュエータとしては高分子を用いたアクチュエータ(ポリマーアクチュエータ)、形状記憶材料を用いたアクチュエータ(形状記憶アクチュエータ)、静電力を利用したアクチュエータ(静電アクチュエータ)、空気圧を用いたアクチュエータ(エアアクチュエータ)など様々であるが、人工筋肉として実際に開発され実用化されているものはない。その原因として溶液環境であること、発生応力・歪みが小さい、駆動電圧が高い、寿命が短い、デバイスとして組んだ場合の重量が重い、駆動音が大きいなど様々な問題点が挙げられる。人工筋肉として発生応力や歪み、そしてエネルギー変換効率などの面でもっとも優れた素材は、生体筋肉であると考えられる。生体筋肉はソフトな材料であり、応力・歪み・エネルギー変換など高効率な機構を有しており、人工筋肉開発の非常に良い手本となるわけであるが、その構造の複雑さと未解明な駆動原理、そして電気的制御の困難さなどから、生体筋肉の実用化は現状では非常に難しい。
【0003】
生体筋肉を構成する最小単位は、アクチンとミオシンと呼ばれる巨大タンパク質である。アクチンは自己集合することで巨大な繊維状集合体(アクチンフィラメント)を形成し、ミオシン分子のヘッド部分がATPの加水分解エネルギーを利用してアクチンフィラメントをレールの様にして滑り運動を行うことによって、応力・歪みを発生させていると考えられている。ミオシンヘッドはATP結合時と解離時でその構造が異なり、タンパク質の立体構造変化を滑り運動の駆動源としている。またアクチンフィラメントとミオシンが階層的に集合することで筋原繊維を構成し、さらに筋原繊維が階層的に集合することで筋繊維を形成し、最終的に筋繊維が階層的に集まることで生体筋肉を構成している。つまり階層的構造が、ミオシン1分子の数ナノメートルのわずかな滑り運動を増幅させ、大きな歪みを生み出している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のような筋肉の機構を人工的に作り出すことは非常に困難である。また生体筋肉はATPをエネルギーとして利用し、カルシウムイオンを筋肉の活動状態と静止状態の切り替えのシグナル物質として利用しているが、生体筋肉をデバイスとして応用した時に、ATPやカルシウムイオンのような化学物質を電気的に制御することは非常に困難である。このような理由から、生体筋肉を人工筋肉として実用化できていないのが現状である。
【0005】
本発明は、人工筋肉素材として有用でかつ制御容易な新規な材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究の結果、可逆的なゾル−ゲル転移を容易に制御可能な新規な高分子材料を見出した。さらには、かかる高分子材料が人工筋肉素材として有用であることを見出した。
【0007】
タンパク質は、20種類のアミノ酸がペプチド結合で連なったヒモ状の生体分子で、生体内では様々な機能を発現し、生命活動における実行部隊のような役割を果たしている。通常タンパク質はヒモ状の構造(変性構造)では機能はなく、α-ヘリックス構造やβ-シート構造などの二次構造を形成し、さらにそれらが組み合わさって複雑な三次立体構造を形成することではじめて機能を発現する。つまりタンパク質の立体構造変化が様々な機能発現にとって重要であると言える。生体筋肉の駆動源であるミオシンヘッドも、運動という機能発現のために立体構造変化を利用している。
【0008】
本発明者は、タンパク質よりアミノ酸残基数が少ないペプチドの構造の変化に着目し、ペプチドのヘリックスバンドル形成能をゲルの架橋点形成に利用できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、第一の本発明は、第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、第1ペプチドおよび第2ペプチドは、互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドであり、周囲の温度またはpHの変化に応じて可逆的にゾル−ゲル転移をする、高分子材料を提供する。
【0010】
本発明の一態様において、第1ペプチドは配列番号1のアミノ酸配列を含み、第2ペプチドは配列番号2のアミノ酸配列を含む。好ましくは、第1ペプチドおよび第2ペプチドの末端は電荷を有さないように修飾されている。
【0011】
本発明の一態様において、第1ペプチドおよび第2ペプチドは、第1温度領域では互いに会合してへリックスバンドルを形成し、第2温度領域では互いに解離してへリックスバンドルを形成しないペプチドであり、好ましくは、第1温度領域は20℃〜40℃であり、第2温度領域は60℃〜80℃である。
【0012】
本発明の一態様において、第1ペプチドおよび第2ペプチドは、第1pH領域では互いに会合してへリックスバンドルを形成し、第2pH領域では互いに解離してヘリックスバンドルを形成しないペプチドであり、好ましくは、第1pH領域はpH7〜pH10であり、第2pH領域はpH12〜pH14である。
【0013】
第1高分子および第2高分子として、例えばヒアルロン酸などの多糖類を用いることができる。
【0014】
本発明の高分子材料は、可逆的にゾル−ゲル転移することから、人工筋肉素材に用いることができる。
【0015】
第二の本発明は、上述の高分子材料の製造方法であって、第1溶液中にて第1ペプチドを第1高分子に結合する工程(a)、第2溶液中にて第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(b)、および工程(a)、(b)の後、第1溶液と第2溶液とを混合する工程(c)、を有する。
【0016】
第三の本発明は、上述の高分子材料の製造方法であって、第3溶液中にて第1ペプチドと第2ペプチドとを混合する工程(d)、および第1高分子および第2高分子を含む第4溶液と、第3溶液とを混合し、第1ペプチドを第1高分子に結合し、第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(e)、を有する。
【発明の効果】
【0017】
本発明の高分子材料は、可逆的にゾル−ゲル転移する材料なので種々の用途に有用である。また、温度またはpHを制御することによりゾル−ゲル転移を制御することができるので、ゾル−ゲル転移を簡単に制御することができる。また、高い構造安定性を有するように構成することができ、この場合歪みに対して大きな応力を取り出すことができ、優れた人工筋肉素材を提供する。さらに、本発明を構成する第1高分子及び第2高分子として生分解性高分子を用いることによって、高分子材料を生分解性とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の高分子材料について、実施の形態及び実施例を挙げて更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0019】
本発明の高分子材料は、第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、周囲の温度またはpHの変化に応じて可逆的にゾル−ゲル転移する。第1ペプチドおよび第2ペプチドとして、互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドを用いる。さらには、周囲の温度またはpHに応じて互いに会合して形成されるヘリックスバンドルの崩壊−形成が転移するペプチドを選択することにより、周囲の温度またはpHの変化に応じて、可逆的にゾル−ゲル転移する高分子材料を提供することができる。
【0020】
本明細書におけるゲル状態とは、3次元網目構造を持つ高分子が溶媒に膨潤したものであり、流動性を失った状態をいう。3次元網目構造を持つ親水性高分子が水に膨潤したものはハイドロゲルといわれる。一方、本明細書におけるゾル状態とは、3次元網目構造が崩壊し、流動性を有する状態をいう。
【0021】
第1ペプチドと第2ペプチドは、液相法または固相法を用いた化学合成により調製したものであっても、目的の配列をコードするcDNAを用いて大腸菌等により発現、精製して調製したものであっても良い。この際用いるcDNAは通常の化学合成により調製すれば良い。
【0022】
本発明では、上記の第1ペプチド及び第2ペプチドを高分子に結合する。第1ペプチドを結合する第1高分子と、第2ペプチドを結合する第2高分子とは、種類が同じものであっても異なるものであっても良い。
【0023】
ペプチドの高分子への結合方法は、高分子の種類、ペプチドの結合位置に応じて従来から公知の方法より選択すればよい。ペプチドが高分子主鎖に対し側鎖として結合されたグラフト共重合体の態様であっても良いし、ペプチドが高分子主鎖中に直線的に結合されるブロック共重合体の態様であっても良い。
【0024】
本発明の第1高分子及び第2高分子の種類は特に制限はなく種々の合成高分子や天然高分子が用いられる。本発明の高分子材料を生医学的用途で用いる場合は、高分子材料の構成要素が生分解性であることが好ましく、第1高分子及び第2高分子として、核酸、タンパク質、多糖類などを用いれば生体内で代謝分解されるので極めて有用である。以下の実施例では、ヒアルロン酸を用いている。
【実施例】
【0025】
1.実験方法
1-1.ペプチド合成
各種ペプチドの合成は、固相合成法に基づきペプチド合成機(peptide synthesis system, Pioneer; Applied Biosystems)で行った。固相合成で用いた支持体レジンは、Gly-PEG-PS樹脂とペプチドのC末端のカルボキシル基をアミド化するためのPAL-PEG-PS樹脂(Applied Biosystems)でNα-アミノ基の保護に9-fluorenylmethoxycarbonyl (Fmoc) 保護基が付加されたものを用いた。合成に必要なすべてのアミノ酸誘導体(ペプチド研究所)はNα-アミノ基にFmoc保護基が付加されており、リジン残基側鎖の保護にはt-butoxycarbonyl (tBoc)保護基、グルタミン酸側鎖の保護にはt-butoxy (OtBu)保護基、セリン、チロシン残基側鎖の保護基にはt-butyl (tBu)保護基、そしてシステイン、ヒスチジン、グルタミン、アスパラギン残基側鎖の保護にはtrityl (Trt)保護基が付加されたものを使用した。合成過程でのアミノ酸のカップリングには、カップリング試薬としてN-[(Dimethylamino)-1H-1,2,3-triazole[4,5-6]pyridin-1-ylmethylene]-N-methylmethanaminium hexafluorophosphate N-oxide (HATU)(Applied Biosystems)を用い、また5% 無水酢酸と6% 2,6-ジメチルピリジンを含むN,N-ジメチルホルムアミド溶液でペプチドのN末端アミノ基のアセチル化を行った。合成後のペプチド保護基の脱保護反応は、混合溶液(0.25ml EDT、0.25ml精製水、9.5ml TFA)中で、1時間半〜2時間かけて室温で行った。その後脱保護されたペプチドはt-butyl methyl ether (MTBE)で抽出し、遠心回収後、真空乾燥により得た。
【0026】
ペプチドの精製はDevelosil ODS column (Nomura Chemical)を用いてreverse-phase high-pressure liquid chromatography (RP-HPLC)(日立製作所)によって行われた。流速は10ml/minで、使用した溶離液Aは精製水(0.1%TFA)、溶離液Bはアセトニトリル(0.1%TFA)であり、溶出の際のグラジエントは溶離液Bの濃度を30分で 20%から50%に変化させて行った。RP-HPLCによって精製されたペプチドの確認は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(matrix-assisted laser desorption ionization; MALDI)法を用いて飛行時間型質量分析機(AXIMA-CFR, 島津製作所)で行った。
【0027】
1-2.円ニ色性(CD)分光測定
リン酸緩衝溶液に溶かした各ペプチドの濃度は紫外分光光度計(U-3210 spectrophotometer、日立製作所)で、ε275.3nm=1450を用いて決定した。各種ペプチド溶液を約500μl分取し、それを光路長0.1cmの角型石英セルに入れ、250nm〜190nmの遠紫外領域のCD(Jasco J-720 spectropolarimeter、日本分光)測定を行った。
【0028】
1-3.蛍光分光測定(2-2.における測定)
後述するペプチド2Aとペプチド2Bを等モル濃度になるように混合し、700mlを角型石英セルに入れ、励起波長275nmで波長領域280nm〜400nmの蛍光(FP-6500 spectrophotometer、日本分光)を測定した。
【0029】
1-4.高分子材料の作製
1-4-1.作製法1(2-4.における作製)
ヒアルロン酸6mgを25mMリン酸緩衝液1mlに溶かし、1)EDC(Pierce) 3.6mg、2)sulfo-NHS(Pierce) 4.1mg、3)EMCH(Pierce) 4.2mgを1)、2)、3)の順番にヒアルロン酸水溶液に加え、4℃で穏やかに4時間撹拌させた。その後、後述するリンカー付きペプチド2Aをリン酸緩衝液に10mg/mlの濃度に溶かした溶液1mlを加え、さらに室温で24時間穏やかに撹拌した。次に溶液を透析膜(M.W.C.O=15000)に入れ、リン酸緩衝液に対して24時間透析を行った後、超純水(MQ水)に対して8時間透析をし、最終的に凍結乾燥した。得られた粉末は400μlリン酸緩衝液に再度溶解させた。
【0030】
後述するリンカー付きペプチド2Bのヒアルロン酸への固定化は、リンカー付きペプチド2Aと同様にして行った。しかし凍結乾燥後、得られた粉末を400μlリン酸緩衝液に再度溶解させても粉末は溶解せずゼリー状に凝集したため、溶液に濃度が3Mになるように塩酸グアニジンを加え、ゼリー状凝集体を溶かし、その後透析膜(M.W.C.O=15000)に入れ、リン酸緩衝液に対して24時間透析した。その後、遠心濃縮機で溶液が640μlになるまで濃縮した。
【0031】
得られたヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2Aとヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2Bを1:1の体積比で混合し、高分子材料を作製した。
【0032】
1-4-2.作製法2(2-6.における作製)
ヒアルロン酸6mgを25mMリン酸緩衝液1mlに溶かし、1)EDC 3.6mg、2)sulfo-NHS4.1mg、3)EMCH4.2mgを1)、2)、3)の順番にヒアルロン酸水溶液に加え、4℃で穏やかに4時間撹拌させた。その後、リンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bを1:1の濃度比で混合した溶液1ml(ペプチド全濃度20mg/ml)を加え、さらに室温で48時間穏やかに撹拌した。次に溶液を透析膜(M.W.C.O=15000)に入れ、3M塩酸グアニジン溶液(変性剤)に対して4時間透析し、その後2M塩酸グアニジン溶液(変性剤)に対して2時間透析、さらに続いて1M塩酸グアニジン溶液(変性剤)に対して2時間透析を行った後、最終的にリン酸緩衝液に対して48時間透析を行った。その後、遠心濃縮機で溶液が600μlになるまで濃縮した。
【0033】
2.実験結果
2-1.ペプチド1A、ペプチド1Bの結果
互いに会合してヘリックスバンドルを形成するように、またそれぞれ単独ではフォールドしないようにペプチド1Aとペプチド1Bを設計し合成した。図1(a)は、ペプチド1Aとペプチド1Bのアミノ酸配列を示す。それぞれのアミノ酸配列は配列番号1と配列番号2に対応する。図1(a)においては、ヘリックス1Aとヘリックス1Bのアミノ酸配列について、配列番号1及び2の配列とともにN末端とC末端の官能基を明記している。ペプチド1Aおよびペプチド1BのN末端とC末端とは、中性溶液中ではそれぞれ正電荷と負電荷を持つ。
【0034】
図1(b)は、ペプチド1Aとペプチド1Bとの設計時に想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係を示す。図1(b)を用いて、ペプチド1Aとペプチド1Bの設計指針を説明する。それぞれのペプチドにおいてポジションa(a’)には主にバリンを配置し、ポジションd(d’)にはロイシンを配置することで、ポジションaとa’、dとd’で疎水性界面を形成するように設計されている。さらポジションaとa’において16番目のアミノ酸の位置にアスパラギンを配置しておく。これはヘリックス構造を形成したときに疎水界面でアスパラギン同士が水素結合をし、逆平行型のヘリックス構造を形成しないような位置合わせをする役割を果たしている。またポジションgとe’、 またポジションeとg’が静電相互作用するように電荷を持つグルタミン酸(負電荷)とリジン(正電荷)を配置し、さらに自己会合しないようにグルタミン酸とリジンを配置させている。その他のポジションb(b’)、c(c’)、f(f’)には溶解度を高めるために、親水性アミノ酸を配置している。
【0035】
ペプチド1A、ペプチド1Bは、それぞれ単独ではフォールドしないように設計されている。実際にフォールドしないかを検証した結果を図2に示す。図2(a)はペプチド1Aの-10℃〜88℃までのCDスペクトルを示しており、全温度領域において200nm付近に極小をもつ典型的な変性構造のスペクトルである。さらに図2(b)はヘリックス構造の指標波長である222nmの楕円率を温度に対してプロットしたものであるが、10℃〜88℃までは楕円率に変化がなく、ヘリックス構造は形成していないと考えられる。10℃以下の低温になると若干楕円率が負に増加しヘリックス構造に転移しかけているが、そのポピュレーションは非常に少ないと思われる。同様に図2(c)はペプチド1Bの-10℃〜88℃までのCDスペクトルを示しており、ペプチド1Bの場合も全温度領域において典型的な変性構造のスペクトルであった。さらに図2(d)はペプチド1Bの222nmの楕円率の温度依存性であるが、直線的な変化を示しており、全温度領域において変性状態であることがわかる。以上のことからペプチド1A、ペプチド1Bは単独ではヘリックス構造を形成していないことが示唆される。
【0036】
次にペプチド1Bにペプチド1Aを滴定していき、ヘリックス構造が形成されるかどうか、検証を行った。図3(a)は滴定におけるCDスペクトルを示す。図3(a)を見ると、ペプチド1B単独では典型的な変性スペクトルを示しているが、ペプチド1Aを徐々に加えていくと(図3(a)の矢印方向)208nmと222nmの楕円率の強度が負に増加し、二つの極小をもつスペクトルに変化しているのが分かる。208nmと222nmの極小は、典型的なヘリックス構造のスペクトルであり、ペプチド1Aとペプチド1Bを混合することで、ヘリックス構造を形成することが分かった。すなわち、ペプチド1Aとペプチド1Bとが、互いを認識してヘリックス構造を形成していることが分かる。このことは、後述するペプチド2Aとペプチド2BのCDスペクトルによる転移点と蛍光スペクトルによる転移点がほぼ一致することかも支持されるように、互いに会合してヘリックスバンドルを形成していることを示しているということができる。さらに図3(b)に示すように222nmの楕円率のペプチド1A濃度依存性から、解離定数がKd=12.1μMであることが分かった。さらに全ペプチド濃度を固定し、ペプチド1Aの濃度割合を変化させたときの222nmの楕円率の変化を示したものを図3(c)に示す。このプロットからペプチド1Aとペプチド1Bの化学量論が1:1であることが確認できた。
【0037】
さらにペプチド1Aとペプチド1Bとのヘリックス構造の熱安定性を知るために、ペプチド1Aとペプチド1Bとを1:1で混合した溶液のCDスペクトルの温度依存性を調べた。その結果を図4(a)、(b)に示す。図4(a)から低温では典型的なヘリックス構造のスペクトルを示し、温度が上昇するとともに典型的な変性構造のスペクトルへ転移していることが確認できる。しかし図4(b)の208nm、222nmの楕円率の温度依存性から分かるように、〜0℃から転移が始まり、〜40℃で転移が終了している。またカーブフィッティングからヘリックス構造と変性構造が1:1になる転移中点温度(Tm)は、208nmでは24.1℃、222nmでは23.9℃であることが分かった。これはペプチド1Aとペプチド1Bのヘリックス構造の熱安定性が低いことを示しており、25℃の常温では全分子の約50%程度しかヘリックス構造を形成していないことが示唆される。
【0038】
また、ペプチド1Aとペプチド1Bのヘリックス構造のpHに対する構造安定性を知るために、温度25℃において、pHをpH2〜pH12まで変化させてCDスペクトルを測定した。その結果を図4(c)、(d)に示す。図4(c)から酸性条件では強度は減少しているが、ヘリックス構造のスペクトルを示し、アルカリ条件では典型的な変性状態のスペクトルに転移していることが分かる。図4(d)は208nm、222nmの楕円率のpH依存性を示しているが、これからpH2〜6までは完全に変性はせず、一部ヘリックスが残ったようなスペクトル、pH7〜10までは典型的なヘリックス構造、pH11以上では典型的な変性構造であることが分かる。
【0039】
以上の結果から、設計通りにペプチド1Aとペプチド1Bは単独では変性構造で、混合することでヘリックス構造を形成することが確認されたが、ヘリックス構造は著しく不安定であり、ゲルを作製したときに常温では架橋構造を形成せず、ゲル化しないと考えられるため、ヘリックス構造を安定化する設計を行い、後述するペプチド2A、ペプチド2Bを設計した。
【0040】
2-2.ペプチド2A、ペプチド2Bの結果
ペプチド1Aとペプチド1Bとのヘリックス構造を安定化させるために、ペプチド1Aとペプチド1Bの配列はそのままにして(それぞれ配列番号1、配列番号2)、N末端をアセチル化して正電荷を、またC末端をアミド化して負電荷を消すことを試みた。図5(a)は、ペプチド2A(配列番号3)とペプチド2B(配列番号4)のアミノ酸配列を示す。ペプチド2A及びペプチド2Bのアミノ酸配列は、それぞれ配列番号1及び配列番号2の配列において、N末端がアセチルメチルブロックされ、C末端がアミドブロックされている配列である。図5(b)は、ペプチド2Aとペプチド2Bとの設計時に想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係を示す。
【0041】
図6にペプチド2Aとペプチド2BのCDスペクトルの温度依存性(それぞれ図6(a)、図6(c))と222nmの楕円率の温度依存性(それぞれ図6(b)、図6(d))を示す。それぞれペプチド1A、ペプチド1Bとは異なる温度依存性を示しており、特にペプチド2Aは、20℃以下でヘリックス構造へ転移が始まっている。これは両末端の電荷を消すことで、ヘリックス構造が安定化されたことを示している。両ペプチドとも安定化されたとはいえ、常温では非常にヘリックスの存在量が少ないと考えられ、常温以上の温度では単独でほとんどヘリックス構造を形成していないと考えられる。
【0042】
次にペプチド2Bにペプチド2Aを滴定していき、ヘリックス構造を形成するかどうか、検証を行った。図7(a)は滴定におけるCDスペクトルを示す。図7(a)を見ると、ペプチド2B単独では典型的な変性スペクトルを示しているが、ペプチド2Aを徐々に加えていくと(図7(a)の矢印方向)208nmと222nmの楕円率の強度が負に増加し、二つの極小をもつスペクトルに転移しており、ヘリックス構造を形成することがわかる。さらに図7(b)に示す222nmの楕円率のペプチド2A濃度依存性から、解離定数がKd=1.5μMであることが分かった。この値はペプチド1Aとペプチド1BのKdよりも小さく、ペプチド2Aとペプチド2Bの結合の方が強いことを示している。さらに全ペプチド濃度を固定し、ペプチド2Aの濃度割合を変化させたときの222nmの楕円率の変化を示したものを図7(c)に示す。このプロットからペプチド2Aとペプチド2Bの化学量論が1:1であることが確認できた。
【0043】
さらにペプチド2Aとペプチド2Bのヘリックス構造の熱安定性を知るために、ペプチド2Aとペプチド2Bとを1:1で混合した溶液のCDスペクトルの温度依存性を調べた。その結果を図8(a)、(b)に示す。図8(a)から低温では典型的なヘリックス構造のスペクトルを示し、温度が上昇するとともに典型的な変性構造のスペクトルへ転移していることが確認できる。さらに図8(b)の208nm、222nmの楕円率の温度依存性から分かるように、〜40℃から転移が始まり、〜60℃で転移が終了している。またカーブフィッティングからTmは、208nmでは50.3℃、222nmでは50.9℃であることが分かった。この値はペプチド1Aとペプチド1BのTmの2倍であり、熱安定性が著しく上昇したことを示しており、25℃の常温ではほとんどヘリックス構造を形成していることがわかる。一般的にCDはタンパク質の二次構造を反映しているといわれ、またチロシンやトリプトファンの蛍光はタンパク質の三次構造を反映していると考えられている。ヘリックスバンドルの形成−崩壊に応じて、チロシンの側鎖のフェニル基の電子状態が変わり、蛍光強度が変化するからである。そこでペプチド2Aとペプチド2Bにはチロシン残基が1つずつ存在するので、そのチロシンの蛍光強度の温度依存性を調べた。その結果を図8(c)、(d)に示す。図8(c)から分かるように、温度とともに蛍光スペクトルが変化していることが確認できる。さらに図8(d)に示すように、303nmの蛍光強度の温度依存性を見てみると、転移していることが伺え、カーブフィッティングによりTmが53.5℃であることが分かった。この値はCDから得られたTmとほぼ一致しており、二次構造の形成と三次構造の形成が同時に起こっていることを示しており、このことからペプチド2Aとペプチド2Bはヘリックスバンドルを形成するヘリックス構造と変性構造の二状態を転移していると言うことができる。
【0044】
また、ペプチド2Aとペプチド2Bのヘリックス構造のpHに対する構造安定性を知るために、25℃において、pHをpH7〜pH13まで変化させてCDスペクトルを測定した。その結果を図9(a)、(b)に示す。図9(a)より、中性から徐々にpHを上昇させていくと、ヘリックス構造から変性構造へスペクトルが転移していることが分かる。図9(b)は208nm、222nmの楕円率のpH依存性を示しているが、pH7〜10までは典型的なヘリックス構造、pH12以上では典型的な変性構造であることが分かり、カーブフィッティングにより転移中点pHは11.5であった。
【0045】
ペプチドの両末端の電荷を消すことでヘリックス構造の安定性を著しく向上させることに成功した。熱安定性においても40℃近くまでヘリックス構造を保つことができきることから、高分子材料を作製したときに常温で架橋構造が形成可能となり、ゲル化すると考えられるため、このペプチド2Aとペプチド2Bを用いて、架橋配列の合成を行った。
【0046】
2-3.リンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bの結果
最終的にヒアルロン酸への設計ペプチドの固定化を行うために、安定なヘリックス構造を形成するペプチド2Aとペプチド2Bをもとに、架橋ペプチドを合成した。合成した配列の詳細を図10(a)、(b)に示す。ペプチド2AのC末端にグリシン-セリン-システインの三残基を付加し、ペプチドの両末端をアセチル化、アミド化することで電荷を消したものをリンカー付きペプチド2A(配列番号5)とした。またペプチド2BのN末端にシステイン-セリン-グリシン-グリシンの四残基を付加し、同様に両末端の電荷は消したものをリンカー付きペプチド2B(配列番号6)とした。
【0047】
ペプチド2Aとペプチド2Bにリンカーを付加することで、もとのヘリックス構造の安定性が変化していないか確かめた。図11はリンカー付きのペプチド2Aとペプチド2Bのそれぞれ単独での熱安定性をCDで調べた結果を示している。図11(a)はリンカー付きペプチド2AのCDスペクトルの温度依存性を示しており、図6(a)のスペクトルと非常に類似していることが分かる。また図11(b)は208nm、222nmの楕円率の温度依存性を示しているが、これも図6(b)と同じ温度依存性を示しており、リンカーを付加させたことでペプチド2Aの性質が変化していないことを示している。さらに図11(c)、(d)はリンカー付きペプチド2B単独のCDスペクトルと208nm、222nmの楕円率の温度依存性を示しており、リンカー付きペプチド2Aの場合と同様に、ペプチド2Bの温度依存性と同じ挙動を示していることから、リンカーを付加させたことでペプチド2Bの性質も変化していないことがわかる。また図12(a)はリンカー付きペプチド2Bにリンカー付きペプチド2Aを滴定した時のCDスペクトルの変化を表しているが、両ペプチドを混合することでヘリックス構造が形成され、図12(b)に示すように222nmの楕円率のリンカー付きペプチド2A濃度依存性から、解離定数がKd=0.8μMであることが分かり、リンカーの付加によるヘリックス構造形成やその結合特性への影響はないと考えられる。また図12(c)、(d)に示すように、熱安定性の結果はTm=51.5(208nm)、Tm=51.5(222nm)となり、これもペプチド2Aとペプチド2BとのTmとほぼ同じであることから、リンカー付加による熱安定性への影響もないことが分かった。
【0048】
2-4.リンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bのヒアルロン酸への固定化
リンカー付きペプチド2Aのヒアルロン酸への固定化は、図13に示すように、ヒアルロン酸の分子内に存在するカルボキシル基にEDC、sulfo-NHS、EMCHを反応させ、カルボキシル基をマレイミド化する。その後リンカー付きペプチド2Aを添加することで、それぞれのペプチドのリンカー内にあるシステイン側鎖のスルフヒドリル基とマレイミドが化学結合しヒアルロン酸にペプチドが固定化される。リンカー付きペプチド2Bも同様の操作でヒアルロン酸に固定化される。尚、詳細な固定化方法は上記1-4-1.に記載している。
【0049】
2-5.各ペプチドを別々に固定化した場合
図14にリンカー付きペプチド2Aのみヒアルロン酸へ固定化した場合の状態を示す写真及び分子構造のイメージを示す。ペプチドの固定化率は、固定化する前のヒアルロン酸の重量と凍結乾燥させた後の固定化されたヒアルロン酸の重量の差から計算した結果、約20%であることが分かり、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体の濃度はヒアルロン酸0.75%w/v、リンカー付きペプチド2Aは3.8mMであった。ペプチド2Aの性質として図6(a)、(b)や図11(a)、(b)に示すように低温にすると若干ヘリックス構造を形成することが分かっており、図14の様に-5℃にするとゾル状態のヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体はゲル化することが確認された。これは分子構造のイメージに示すようにヒアルロン酸に固定化されたリンカー付きペプチド2Aの一部が自己会合し、ヘリックス構造を形成するためと考えられる。またこのゲル化したヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体を60℃に加熱するとゾル状態となった。これは分子構造のイメージに示すようにヒアルロン酸に固定化されたリンカー付きペプチド2Aが低温時にはヘリックス構造を形成していたが、温度が上昇したことで構造が壊れ変性構造となり、架橋点がなくなったためと考えられる。これは、図6(a)、(b)や図11(a)、(b)に示すペプチド2Aの温度プロファイルと一致している。
【0050】
リンカー付きペプチド2Bのみを固定化した場合では、その固定化率は約38%で、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体の濃度はヒアルロン酸0.75%w/v、リンカー付きペプチド2Bは7.2mMであった。リンカー付きペプチド2B複合体は図6(a)、(b)や図11(a)、(b)に示すように、全温度範囲で変性構造を示しており、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体も低温にしても高温にしてもゾル状態を保っていた。
【0051】
図15は、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体(a)と、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体(b)と、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体とヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体とを1:1の体積で混合した混合体(c)について、それぞれ一度80℃で5分間熱し、その後容器を倒して25℃に冷却した後、再度容器を立てた時の写真を示す。図15を見て分かるように、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体とヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体は、それぞれ単独では25℃と80℃では同じゾル状態を保つことから、複合体は25℃に戻してもゾル状態で、溶液自体に変化はない。しかし、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体とヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体との混合体は25℃に冷却した後でも、容器を倒した時の状態を保っていることから、25℃でゲル化していることが分かる。これはそれぞれ単独ではヘリックス構造を形成していないため架橋点は形成されないが、混合すると25℃で架橋点となるヘリックス構造を形成し、ヒアルロン酸がゲル化したと考えられる。
【0052】
2-6.各ペプチドを同時に固定化し場合
次にリンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bを固定化する前に一度混合させてヘリックス構造を形成させ(以下、「リンカー付きペプチド2AB」とする)、その後ヒアルロン酸へ固定化させた実験を行った。尚、固定化方法の詳細は、上記1-4-2.に記載している。図16(a)はペプチドを固定化していないヒアルロン酸の25℃と80℃での溶液の状態を示す写真及び分子構造のイメージ図であるが、どちらの温度でもゾル状態であることが分かる。図16(b)は、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体の25℃と80℃の状態を示す写真及び分子構造のイメージ図である。25℃ではゲル化している。リンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bとがヘリックス構造を形成することでヒアルロン酸を架橋し、ゲル化していると考えられる。80℃ではゾル化している。これは、リンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bとのヘリックス構造が崩壊し、架橋点がなくなることでヒアルロン酸がゾル化していると考えられる。この温度によるヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体のゾル−ゲル転移は可逆で何度でも繰り返し転移することが確認された。また、実際にヒアルロン酸に固定化されたリンカー付きペプチド2ABがヘリックス構造を形成しているか確認するために、ゲルをリン酸緩衝溶液で希釈し、CDスペクトルの温度依存性を調べた。その結果を図17(a)に示すが、典型的なヘリックス構造を示すスペクトルから温度上昇とともに変性構造のスペクトルへ転移していることが分かり、ヒアルロン酸に固定化されていてもペプチドはヘリックス構造を形成していることが確認できた。また図17(b)に示した208nm、222nmの楕円率の温度依存性から、Tm=49.8℃(208nm)、Tm=49.7℃(222nm)であることが分かり、これは固定化されていない時のリンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2BとのTmとほぼ一致しており、固定化されてもヘリックス構造の熱安定性は変わっていないことが分かった。
【0053】
さらにヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体のpH変化によるゾル−ゲル転移を調べた。その結果を図18に示す。図18(a)はペプチドを固定化していないヒアルロン酸のpH7とpH13での溶液の状態を示した写真及び分子構造のイメージ図である。pH7のヒアルロン酸はゾル状態であり、10規定のNaOHを添加しpH13にしても同様にゾル状態である。図18(b)はリンカー付きペプチド2ABをヒアルロン酸に固定化した溶液のpH7とpH13での状態を示す写真及び分子構造のイメージ図である。図18(b)に示すように、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体では、pH7ではゲル化している。リンカー付きペプチド2ABがヘリックス構造を形成することでヒアルロン酸を架橋し、ゲル化していると考えられる。pH13ではゾル化している。pH13にするとヘリックス構造が崩壊し、架橋点がなくなることでヒアルロン酸がゾル化していると考えられる。なお、pH13のヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体に10規定HClを添加しpH7に戻すと再度ゲル化することから、可逆にゾル−ゲル転移が起こっていることが確認できた。
【0054】
2-7.ヒアルロン酸−リンカー付きペプチド2AB複合体の人工筋肉への応用
以下、ヒアルロン酸−リンカー付きペプチド2AB複合体を人工筋肉素材として応用する場合の特性について考える。この複合体は常温では架橋点となるヘリックス構造を形成することでゲル化しており、温度を上げることで構造が壊れゾル化する。また中性pHではヘリックス構造を形成することでゲル化し、アルカリpHでは構造が壊れゾル化する。すなわち、温度またはpHの変化により可逆的にゾル−ゲル転移する。さらにリンカー付きペプチド2ABの構造安定性を実験的に見積ったところ、ΔGは約10.8kcal/molであり、天然タンパク質とほぼ同じような安定性を持っていた。実際の生体筋肉においてATPをADPにする加水分解のエネルギーは約11kcal/molで、この高エネルギーを高効率で仕事に変換している。リンカー付きペプチド2ABの立体構造安定性は、ΔGとして約10.8kcal/molでATPの加水分解エネルギーに匹敵する値であり、ATPを利用しなくてもリンカー付きペプチド2ABの立体構造変化を制御することで、高効率の仕事をさせることが可能である。リンカー付きペプチド2ABの分子量は、約7600Daであり、1グラム分子では約7.6kgの重量となる。ΔGの単位を変換すると、1グラム分子当たり約4.6tmの仕事をすることになる。生体筋肉に含まれる水は約75%(比重約1)であり、水分も含めた全体の重量を約30kgとすると、
応力P=4.6tm/(0.55m)2=0.15MPa
歪みS=(1m/0.1m)×100=1000%
となる。仮に仕事量を一定に保ちながらアクチュエータの特性を変換できるとすると(P・S=一定)、
(P, S)=(0.15MPa, 1000%)=(5.0MPa, 30%)
となり、生体筋肉と同等の30%の歪みが生じるとすると生体筋肉の応力(約0.3MPa)の約16倍の応力を発生しうることになる。以上のことからヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体は生体筋肉以上の特性を有する人工筋肉素材として有用であることが分かる。
【0055】
図19は、これまでに開発されたアクチュエータの応力−歪特性を示した図である。図中の「PZT」はチタン酸ジルコン酸鉛を表しており、圧電効果を示す。よって電気エネルギーを変位や応力などの機械エネルギーに直接変換することでアクチュエータとして動作する。また「SMA」は形状記憶合金で、電流を流すことで加熱し、アクチュエータとして動作する。さらに「ECP」は導電性高分子を用いたアクチュエータとして知られており、電気的な酸化還元で化学構造や高分子構造を変化させ、膨潤収縮の動作を行う。これらのアクチュエータは、タンパク質のアクチンやミオシンから構成される「生体筋肉」よりも性能としては高いものであるが、「生体筋肉」のように柔軟な動きができず、また生体親和性が低いなど、「生体筋肉」にはほど遠い。「イオン性ゲル」は高分子の静電相互作用により、また「非イオン性ゲル」は疎水性相互作用により膨潤収縮をしてアクチュエータとして動作するが、「生体筋肉」より応力の発生も歪の発生も低い。「本発明の高分子材料」が100%の性能を発揮すると仮定すると、図19に示すように他の材料によるアクチュエータと比較してもっとも「生体筋肉」に近い性能を発揮することが分かる。
【0056】
2-8.第1ペプチド、第2ペプチドに関する考察
高分子材料として、周囲の温度が常温近傍でかつpHが中性近傍であるときは、安定性の観点からゲル状態である高分子材料が好ましい。さらに、周囲の温度を変化させることにより高分子材料のゾル−ゲル転移を制御するためには、常温を含む20℃〜40℃の第1温度領域ではゲル状態であり、60℃〜80℃の第2温度領域ではゾル状態である高分子材料が好ましく用いられる。周囲の温度制御について、第1温度領域と、第2温度領域との間での制御は容易に行うことができるからである。非常に低い温度領域での制御が必要となったり、非常に高い温度領域での制御が必要となったりする場合、簡便な制御は難しくなる。
【0057】
また、周囲のpHを変化させることにより高分子材料のゾル−ゲル転移を制御するためには、pH7〜pH10の第1pH領域ではゲル状態であり、pH12〜pH14の第2pH領域ではゾル状態である高分子材料が好ましく用いられる。周囲のpH制御について、第1pH領域と、第2pH領域との間での制御は容易に行うことができるからである。
【0058】
上記結果より、第1ペプチドと第2ペプチドとが互いに会合して形成されるヘリックスバンドルの崩壊−形成の転移点は、高分子材料のゲル−ゾルの転移点とほぼ一致することがわかる。第1ペプチドと第2ペプチドとが会合してヘリックスバンドルを形成している状態では、第1高分子と第2高分子間が架橋され高分子材料としてはゲル状態になると考えられる。第1ペプチドと第2ペプチドとが解離してヘリックスバンドルが崩壊している状態では、第1高分子と第2高分子間の架橋点が存在せず高分子材料としてはゾル状態になると考えられる。第1ペプチドとしてリンカー付きペプチド2Aを用い、第2ペプチドとしてリンカー付きペプチド2Bを用いた場合、高分子材料において20℃〜40℃の第1温度領域ではゲル状態であり、60℃〜80℃の第2温度領域ではゾル状態であるので好ましい。また、pH7〜pH10の第1pH領域ではゲル状態であり、pH12〜pH14の第2pH領域ではゾル状態であるので好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の高分子材料は、その可逆的なゾル−ゲル転移を利用して、例えば人工筋肉素材等の生医学的用途として使用しうる。その他にも、そのゲル性状を利用して、医療分野、化粧品分野、農芸分野などで有用であり、例えば、コンタクトレンズ、創傷被覆材、生体組織接着剤、癒着防止材、薬剤担体、吸収材等として使用しうる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】ペプチド1Aとペプチド1Bのアミノ酸配列(a)、および想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係(b)を示す図。
【図2】ペプチド1Aの-10℃〜88℃までのCDスペクトル(a)、222nmの楕円率を温度に対してプロットしたもの(b)、およびペプチド1Bの-10℃〜88℃までのCDスペクトル(c)、222nmの楕円率を温度に対してプロットしたもの(d)を示す図。
【図3】ペプチド1Bにペプチド1Aを滴定したときのCDスペクトル(a)、222nmの楕円率をペプチド1A濃度に対してプロットしたもの(b)、全ペプチド濃度を固定した状態でペプチド1Aの濃度割合を変化させたときの222nmの楕円率の変化を示したもの(c)を示す図。
【図4】ペプチド1Aとペプチド1Bとを1:1で混合した溶液のCDスペクトルの温度依存性(a)、208nm、222nmの楕円率の温度依存性(b)、CDスペクトルのpH依存性(c)、208nm、222nmの楕円率のpH依存性(d)を示す図。
【図5】ペプチド2Aとペプチド2Bのアミノ酸配列(a)、および想定したヘリックスバンドルにおけるアミノ酸残基の対応関係(b)を示す図。
【図6】ペプチド2Aの-10℃〜92℃までのCDスペクトル(a)、222nmの楕円率を温度に対してプロットしたもの(b)、およびペプチド2Bの-10℃〜92℃までのCDスペクトル(c)、222nmの楕円率を温度に対してプロットしたもの(d)を示す図。
【図7】ペプチド2Bにペプチド2Aを滴定したときのCDスペクトル(a)、222nmの楕円率をペプチド2A濃度に対してプロットしたもの(b)、全ペプチド濃度を固定した状態でペプチド2Aの濃度割合を変化させたときの222nmの楕円率の変化を示したもの(c)を示す図。
【図8】ペプチド2Aとペプチド2Bとを1:1で混合した溶液のCDスペクトルの温度依存性(a)、208nm、222nmの楕円率の温度依存性(b)、蛍光強度の温度依存性(c)、303nmの蛍光強度の温度依存性(d)を示す図。
【図9】ペプチド2Aとペプチド2Bとを1:1で混合した溶液のCDスペクトルのpH依存性(a)、208nm、222nmの楕円率のpH依存性(b)を示す図。
【図10】リンカー付きペプチド2A(a)、およびリンカー付きペプチド2B(b)の配列を示す図。
【図11】リンカー付きペプチド2Aの-10℃〜92℃までのCDスペクトル(a)、208nm と222nmの楕円率を温度に対してプロットしたもの(b)、およびリンカー付きペプチド2Bの-10℃〜88℃までのCDスペクトル(c)、208nmと222nmの楕円率を温度に対してプロットしたもの(d)を示す図。
【図12】リンカー付きペプチド2Bにリンカー付きペプチド2Aを滴定した時のCDスペクトル(a)、222nmの楕円率をペプチド2A濃度に対してプロットしたもの(b)、およびリンカー付きペプチド2Aとリンカー付きペプチド2Bとを1:1で混合した溶液のCDスペクトルの温度依存性(c)、208nmと222nmでの楕円率の温度依存性(b)を示す図。
【図13】ヒアルロン酸へのリンカー付きペプチド2Aの固定の手順を示す図。
【図14】リンカー付きペプチド2Aのみヒアルロン酸へ固定化した場合の状態を示す写真及び分子構造のイメージを示す図。
【図15】ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体(a)と、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体(b)と、ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2A複合体とヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2B複合体とを1:1の体積で混合した混合体(c)について、それぞれ一度80℃で5分間熱し、その後容器を倒して25℃に冷却した後、再度容器を立てた時の写真を示す図。
【図16】ペプチドを固定化していないヒアルロン酸の溶液の状態を示した写真及び分子構造のイメージ図(a)、およびヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体の状態を示す写真及び分子構造のイメージ図(b)。
【図17】ヒアルロン酸-リンカー付きペプチド2AB複合体をリン酸緩衝液で希釈した溶液の各温度におけるCDスペクトル(a)、208nm、222nmの楕円率の温度依存性(b)を示す図。
【図18】ペプチドを固定化していないヒアルロン酸の溶液の状態を示した写真及び分子構造のイメージ図(a)、リンカー付きペプチド2ABをヒアルロン酸に固定化した溶液の状態を示す写真及び分子構造のイメージ図(b)。
【図19】これまでに開発されたアクチュエータの応力−歪特性を示す図。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、
第1ペプチドおよび第2ペプチドは、互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドであり、
周囲の温度またはpHの変化に応じて可逆的にゾル−ゲル転移をする、高分子材料。
【請求項2】
第1ペプチドは配列番号1のアミノ酸配列を含み、第2ペプチドは配列番号2のアミノ酸配列を含む、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項3】
第1ペプチドおよび第2ペプチドの末端は電荷を有さないように修飾されている、請求項2に記載の高分子材料。
【請求項4】
第1ペプチドおよび第2ペプチドは、第1温度領域では互いに会合してへリックスバンドルを形成し、第2温度領域では互いに解離してへリックスバンドルを形成しないペプチドであり、
第1温度領域は20℃〜40℃であり、第2温度領域は60℃〜80℃である、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項5】
第1ペプチドおよび第2ペプチドは、第1pH領域では互いに会合してへリックスバンドルを形成し、第2pH領域では互いに解離してヘリックスバンドルを形成しないペプチドであり、
第1pH領域はpH7〜pH10であり、第2pH領域はpH12〜pH14である、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項6】
第1高分子および第2高分子は、それぞれ多糖類である、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項7】
第1高分子および第2高分子は、それぞれヒアルロン酸である、請求項6に記載の高分子材料。
【請求項8】
人工筋肉素材に用いられる、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項9】
第1溶液中にて第1ペプチドを第1高分子に結合する工程(a)、
第2溶液中にて第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(b)、および
工程(a)、(b)の後、第1溶液と第2溶液とを混合する工程(c)、を有する、請求項1に記載の高分子材料の製造方法。
【請求項10】
第3溶液中にて第1ペプチドと第2ペプチドとを混合する工程(d)、および
第1高分子および第2高分子を含む第4溶液と、第3溶液とを混合し、第1ペプチドを第1高分子に結合し、第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(e)、を有する、請求項1に記載の高分子材料の製造方法。
【請求項1】
第1ペプチドが結合されている第1高分子と、第2ペプチドが結合されている第2高分子とからなる高分子材料であって、
第1ペプチドおよび第2ペプチドは、互いに会合してヘリックスバンドルを形成しうるペプチドであり、
周囲の温度またはpHの変化に応じて可逆的にゾル−ゲル転移をする、高分子材料。
【請求項2】
第1ペプチドは配列番号1のアミノ酸配列を含み、第2ペプチドは配列番号2のアミノ酸配列を含む、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項3】
第1ペプチドおよび第2ペプチドの末端は電荷を有さないように修飾されている、請求項2に記載の高分子材料。
【請求項4】
第1ペプチドおよび第2ペプチドは、第1温度領域では互いに会合してへリックスバンドルを形成し、第2温度領域では互いに解離してへリックスバンドルを形成しないペプチドであり、
第1温度領域は20℃〜40℃であり、第2温度領域は60℃〜80℃である、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項5】
第1ペプチドおよび第2ペプチドは、第1pH領域では互いに会合してへリックスバンドルを形成し、第2pH領域では互いに解離してヘリックスバンドルを形成しないペプチドであり、
第1pH領域はpH7〜pH10であり、第2pH領域はpH12〜pH14である、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項6】
第1高分子および第2高分子は、それぞれ多糖類である、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項7】
第1高分子および第2高分子は、それぞれヒアルロン酸である、請求項6に記載の高分子材料。
【請求項8】
人工筋肉素材に用いられる、請求項1に記載の高分子材料。
【請求項9】
第1溶液中にて第1ペプチドを第1高分子に結合する工程(a)、
第2溶液中にて第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(b)、および
工程(a)、(b)の後、第1溶液と第2溶液とを混合する工程(c)、を有する、請求項1に記載の高分子材料の製造方法。
【請求項10】
第3溶液中にて第1ペプチドと第2ペプチドとを混合する工程(d)、および
第1高分子および第2高分子を含む第4溶液と、第3溶液とを混合し、第1ペプチドを第1高分子に結合し、第2ペプチドを第2高分子に結合する工程(e)、を有する、請求項1に記載の高分子材料の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図17】
【図19】
【図14】
【図15】
【図16】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図17】
【図19】
【図14】
【図15】
【図16】
【図18】
【公開番号】特開2008−222572(P2008−222572A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−59243(P2007−59243)
【出願日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】
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