説明

高周波用磁器組成物とその製造方法、および平面型高周波回路

フォルステライトにルチル型酸化チタンを15重量%以上35重量%以下の割合で添加することにより、焼成温度を約1200℃にまで低下させることができる。また、このような低温で焼成を行うことによって、フォルステライトとルチル型酸化チタンとがそれぞれの結晶相を保持しつつ焼結した焼結体を得ることができる。このような焼結体は、フォルステライトに由来する高い品質係数Q・fの値が殆ど損われることなく、かつ、ルチル型酸化チタンによって温度係数τfの絶対値が30ppm/℃以下に制御された、優れた高周波用磁器組成物となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波用磁器組成物とその製造方法、および平面型高周波回路に関する。
【背景技術】
【0002】
誘電体材料は、近年の情報通信技術の発展により、通信回路の特性を決定する重要な材料となりつつある。このような誘電体に要求される特性としては、一般に、(i)マイクロ波帯において適用対象に応じた適当な大きさの比誘電率(ε)を持つこと、(ii)誘電損失が小さいこと、すなわち品質係数(Q・f;但しQは誘電正接tanδの逆数、fは共振周波数)が高いこと、(iii)共振周波数の温度係数(τ)の絶対値が小さいこと、が挙げられる。
【0003】
このような誘電体セラミックスの一つとして、フォルステライトが知られている。このものは、MgOとSiOの反応生成物(MgSiO)よりなり、比較的優れた高周波特性を有している。
【0004】
本発明者らは、これまでにフォルステライトの製造工程において、混入する不純物および粉末の粒度を制御することにより、マイクロ波領域での誘電損失の小さいフォルステライト磁器を開発している(特許文献1参照)。また、10重量%以下のルチル型酸化チタン(以下、単に「酸化チタン」と称することがある)を添加することにより、低温焼成化を試みている(特許文献2参照)。
【特許文献1】特許第3083638号公報
【特許文献2】特許第3083645号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、フォルステライトは共振周波数の温度係数τが約−70ppm/℃と負側に大きいという欠点を有する。このため、現在のところフォルステライトの応用範囲を今一つ拡大できない状況にある。
【0006】
本発明は、上記した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、フォルステライトが有する優れた高周波特性を維持しつつ、温度特性の改善を実現できる高周波用磁器組成物、およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、酸化チタンの添加によるフォルステライトの誘電特性改善について研究を重ねる過程で、以下のような知見を見出した。
【0008】
フォルステライトが約−70ppm/℃という負側に大きな温度係数τを有するのに対し、酸化チタンは450ppm/℃という大きな正の温度係数τを有している。この値から、フォルステライト粒子と酸化チタン粒子とが混合時の割合で独立して存在し、温度係数τがその割合によって決まるとして計算すると、酸化チタンをフォルステライトに対して13.3重量%添加することにより、温度係数τをほぼ0ppm/℃とすることが可能と思われる。
【0009】
しかし、フォルステライトに酸化チタンを添加して通常の焼成条件で焼成すると、両者が反応してMgSiOとMgTiとが生成するために、フォルステライトが有している高い品質係数Q・fという優れた誘電特性が失われてしまう。また、予想した温度係数τの制御効果も得ることができない。図14には、MgO−SiO−TiO三成分系における状態図(「Phase Diagrams for Ceramists,Vol.I」The American Ceramic Society INC.より抜粋)を示した。この図よりわかるように、MgO−SiO−TiO三成分系では、MgSiOとMgTiとが生成することは当業者に良く知られている。したがって、当業者の常識をもってすれば、フォルステライトへの酸化チタンの添加によって誘電特性を改善することは困難であると考えられた。
【0010】
ところが、発明者らが焼成条件等を詳細に検討したところ、全く意外なことにフォルステライトに多量の酸化チタンを添加することによって、焼成温度を1200℃まで低下させ、フォルステライトと酸化チタンとを共存させて焼成できることを見出し、フォルステライトおよび酸化チタンの結晶相が保持された焼結体の合成に初めて成功した。
【0011】
そして、得られた焼結体は、高い品質係数Q・fを維持しているとともに、酸化チタンの添加量に対応して温度特性τが調整されたものとなっていることを見出した。すなわち、計算上温度特性τを0ppm/℃とするために必要な量(フォルステライトに対して13.3重量%)に加え、さらにMgSiOとMgTiとを生成するのに費やされる分を加えた量の酸化チタンを添加することによって、温度特性τをほぼ0ppm/℃に調整できることを見出した。本発明は、かかる新規な知見に基づいてなされたものである。
【0012】
すなわち、本発明の高周波用磁器組成物は、フォルステライトとルチル型酸化チタンとの焼結体からなる高周波用磁器組成物であって、前記フォルステライトと前記ルチル型酸化チタンとが、それぞれの結晶相を保持しつつ焼結していることを特徴とする。
【0013】
ここで、「それぞれの結晶相を保持しつつ焼結している」とは、フォルステライトおよびルチル型酸化チタンの結晶相が完全に保持されている場合のみではなく、部分的にMgSiOとMgTiとに変化している場合も含む意である。
【0014】
また、本発明の高周波用磁器組成物の製造方法は、MgOとSiOを2対1のモル比で混合した原料粉末を仮焼成してフォルステライトを得る仮焼成工程と、前記フォルステライトに、このフォルステライトに対して15重量%以上35重量%以下のルチル型酸化チタンと、バインダとを混合し、平均粒径3μm以下となるまで粉砕して混合粉末を得る混合工程と、前記混合粉末を加圧成形して成形物を得る成形工程と、前記成形物に脱脂処理を施した後、約1200℃で焼成する本焼成工程とを実行することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の焼結体によれば、フォルステライトに由来する高い品質係数Q・fの値が殆ど損われることなく、かつ、ルチル型酸化チタンによって温度係数τの絶対値が30ppm/℃以下に制御された、優れた高周波用磁器組成物を提供することができる。
また、本発明の製造方法によれば、フォルステライトにルチル型酸化チタンを15重量%以上35重量%以下の割合で添加することにより、焼成温度を約1200℃にまで低下させ、フォルステライトとルチル型酸化チタンとがそれぞれの結晶相を保持しつつ焼結した焼結体が得られる。これにより、フォルステライトに由来する高い品質係数Q・fの値が殆ど損われることなく、かつ、ルチル型酸化チタンによって温度係数τの絶対値が30ppm/℃以下に制御された、優れた高周波用磁器組成物を提供することができる。また、基板の焼成と同時に電極の形成を行う同時焼成によって製造される電子デバイス等のように、比較的低温で焼成することが必要なセラミックス材料としての応用が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
[図1]図1は、本発明の高周波用磁器組成物の製造工程を示すフローチャートである。
[図2]図2は、酸化チタンを添加しないフォルステライトの特性を示すグラフである。(a)焼成温度と相対密度との関係を示すグラフである。(b)焼成温度と品質係数との関係を示すグラフである。(c)焼成温度と比誘電率との関係を示すグラフである。(d)焼成温度と温度係数との関係を示すグラフである。
[図3]図3は、フォルステライトに酸化チタンを添加し、焼成温度1400℃で焼成した焼結体のX線回折チャートである。
[図4]図4は、フォルステライトに酸化チタンを添加し、焼成温度1400℃で焼成した焼結体の特性を示すグラフである。(a)酸化チタンの添加量と見かけ密度との関係を示すグラフである。(b)酸化チタンの添加量と品質係数との関係を示すグラフである。(c)酸化チタンの添加量と比誘電率との関係を示すグラフである。(d)酸化チタンの添加量と温度係数との関係を示すグラフである。
[図5]図5は、フォルステライトに酸化チタンを添加し、焼成温度を変化させて焼成した焼結体のX線回折チャートを示すグラフである。
[図6]図6は、フォルステライトに酸化チタンを添加し、焼成温度を変化させて焼成した焼結体の特性を示すグラフである。(a)焼成温度と見かけ密度との関係を示すグラフである。(b)焼成温度と品質係数との関係を示すグラフである。(c)焼成温度と比誘電率との関係を示すグラフである。(d)焼成温度と温度係数との関係を示すグラフである。
[図7]図7は、酸化チタンの添加量を変化させて、焼成温度1200℃で焼成した焼結体のX線回折チャートである。
[図8]図8は、酸化チタンの添加量を変化させて、焼成温度1200℃で焼成した焼結体の特性を示すグラフである。(a)酸化チタンの添加量と見かけ密度との関係を示すグラフである。(b)酸化チタンの添加量と品質係数との関係を示すグラフである。(c)酸化チタンの添加量と比誘電率との関係を示すグラフである。(d)酸化チタンの添加量と温度係数との関係を示すグラフである。
[図9]図9は、焼成温度1200℃で焼成した焼結体の電子顕微鏡写真−1である。
[図10]図10は、焼成温度1200℃で焼成した焼結体の電子顕微鏡写真−2である。
[図11]図11は、焼成温度1150℃で焼成した焼結体の電子顕微鏡写真である。
[図12]図12は、マイクロストリップ線路の構造図である。
[図13]図13は、平面型高周波回路における種々のストリップ線路のパターンを示す平面図である。(a)インタディジタルキャパシタ(b)スパイラルインダクタ(c)分岐回路(d)方向性結合器(e)電力分配合成器(f)低域通過フィルタ(g)帯域通過フィルタ(h)リング共振器(i)パッチアンテナ
[図14]図14は、MgO−SiO−TiO三成分系における状態図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の高周波用磁器組成物は、フォルステライトとルチル型酸化チタンとが互いにその結晶相を保持したままで焼結されたものである。このような焼結体では、フォルステライトに由来する高い品質係数を維持することができ、かつ、ルチル型酸化チタンの添加量を調整することにより温度係数τを制御できる。
【0018】
このような高周波用磁器組成物は、フォルステライトと酸化チタンとが共存するような低温で焼成する方法、または、マイクロ波加熱による焼成やプラズマ焼成のように極めて短時間で焼成を完了させる方法によって焼結することができる。特に、フォルステライトにルチル型酸化チタンを15重量%以上35重量%以下の割合で混合し、約1200℃で焼成する方法を好ましく適用することができる。本発明の高周波用磁器組成物の製造プロセスの一例を示す工程図を図1に示す。
【0019】
フォルステライトの原料であるMgO、SiOとしては、それぞれ高純度のものを使用することが好ましく、具体的には純度99.9%以上のものを使用することが好ましい。また、粒度はできるだけ小さいことが好ましいが、仮焼成において充分反応する程度であればよい。各工程においては、不純物が混入しないような材料及び手段を用い、焼結体に極力、不純物が入らないように配慮して作業を行うことを要する。
【0020】
仮焼成工程において、仮焼成は1000℃以上1200℃以下で1〜8時間行えばよい。これにより、フォルステライトの良好な単一相を合成することができる。1000℃より低温及び1200℃より高温では、フォルステライトが良好に合成されないため好ましくない。
【0021】
混合工程では、仮焼成で得られたフォルステライトにルチル型酸化チタンがバインダとともに添加され、両者の混合と粉砕とが同時に行われる。ルチル型酸化チタンとしては、高純度のものを使用することが好ましく、具体的には純度99.5%以上のものを使用することが好ましい。また、添加量はフォルステライトに対して15重量%以上35重量%以下であることが好ましく、20重量%以上30重量%以下であることがより好ましい。また、バインダとしてはポリビニルアルコール、メチルセルロースなどの有機質の糊料を好ましく使用できる。
粉砕は、例えばジルコニアボールを用いたボールミルにて16時間〜48時間行なえばよい。このとき、混合粉末の粒度分布が平均粒径3μm以下、より好ましくは1μm以下となるまで粉砕を行う。混合粉末の粒径がこれよりも大きいと、焼結性が悪くなり高密度の焼結体が得られない。
【0022】
成形工程において、加圧成形は例えば一軸プレス成形により行うことができる。
本焼成工程において、脱脂処理は成形物に含まれるバインダ等の有機物を徐々に焼失させる条件で行えばよく、例えば300〜500℃で4〜8時間行えば良い。また、本焼成は約1200℃で行うことを要する。ここで、本焼成の温度は加熱炉内に熱電対を設置して測定した温度をいう。また、「約1200℃」とは、ちょうど1200℃に限らず誤差の範囲まで含む意である。加熱炉の中心位置では±2〜3℃、炉内全体では測定位置により±30℃程度の誤差が生じる。本焼成温度がこれよりも低ければフォルステライトが焼結せず、高ければフォルステライトと酸化チタンが反応して無くなるため好ましくない。
【0023】
本発明の高周波用磁器組成物は、特に平面型高周波回路に好ましく適用することができる。図12には、マイクロストリップ線路1の構造を示した。マイクロストリップ線路1はマイクロ波、ミリ波集積回路を構成するための最も基本的な回路要素であり、誘電体基板2と、この誘電体基板2における表裏両面のうち一方の面に形成されたストリップ導体3と、他方の面に形成された接地導体4とで構成される。平面型高周波回路5は、このマイクロストリップ線路1を主な構成要素としている。実際の平面型高周波回路5においては、ユニフォームな伝送線路のほかに、種々の不連続部が含まれており、これらの不連続部を利用することで、図13(a)〜(i)に例示するような種々のパターンの平面型高周波回路5を実現することができる。このような種々の平面型高周波回路5のパターン形成には、量産性や特性再現性に優れた高精度の薄膜微細加工プロセスの適用が望ましい。ストリップ導体3の材料としては、Pd,CU,Auなどが望ましい。
【0024】
このストリップ導体3をサポートする基板としては、一般的にはテフロン(登録商標)、石英、アルミナなどが用いられているが、これらの材料は周波数温度特性(τ)に劣り(約−70ppm/℃)、共振器やフィルタの材料としては利用することができなかった。ε=24、Q・f=350,000GHz、τ=0ppm/℃の誘電体を平面型フィルタに適用した開発例(「A Ka−band Diplexer Using Planar TE Mode Dielectrie Resonators with Plastic Package」T.Hiratsuka,T.sonoda,S.Mikami,K.Sakamoto and Y.Takimoto,Metamorphosis,No.6,pp.38−39(2001))があるが、今後さらに高周波化時代に対応するには、やはりεが約10以下の低誘電率、高いQ値(Q・fが60,000GHz以上)、τが30ppm/℃以下の誘電体材料の開発が待たれていた。本発明の高周波用磁器組成物は温度係数τが30ppm/℃以下と小さく、また、品質係数Q・fは約82,000GHz程度と前述の誘電体よりも劣るが、比誘電率ε=11と低い分、誘電体共振器の体積を増やすことができる。この場合、24/11すなわち約2.2倍に体積が増えることで、その分Qが比例して増大するので、Q・f=82,000×2.2=180,400GHzと同等の高Q・f値を有する材料と同じ機能を発揮できる。また、比誘電率εが低い分、加工精度もゆるくなり、コストの低減および量産性の点でも優れた材料であるといえる。
【実施例】
【0025】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
【0026】
[酸化チタンを添加しないフォルステライトの誘電特性を調べる予備試験]
予備実験として、まず酸化チタンを添加しないフォルステライトの特性を調べる実験を行った。
【0027】
1.試験方法
<予備試験1−1>
1)焼結体の作成
(i)フォルステライトの調製
純度99.9%以上、平均粒径0.09μm、比表面積26.03m/gのMgO粉末、及び純度99.9%以上、平均粒径0.82μm、比較面積1.78m/gのSiO粉末を、モル比が2:1となるように秤量し、蒸留水を加えて、ウレタンボールを用いてボールミルで20時間混合した。この混合粉末を約100℃で24時間乾燥した。次いで、この混合粉末を原料粉末は1150℃で1時間仮焼成してフォルステライトの仮焼成物を得た。この仮焼成物をジルコニアボールを用いたボールミルにて蒸留水中で24時間粉砕した後、100℃で24時間乾燥してフォルステライト粉末とした。
【0028】
(ii)焼結体の作成
上記(i)で調製したフォルステライト粉末にバインダとしてポリビニルアルコールを1%添加し、混合した。この混合物を、直径12mmの金型を用いて86MPa、2分間の一軸加圧により成形した後、200MPa、2分間の冷間等方圧プレス(CIP)で再成形して、ペレット状の成形物を得た。
次いで、成形品を加熱炉に入れ、400℃で6時間加熱して脱脂した後、昇温し、1300℃で2時間の本焼成を行って焼結体を得た。なお、焼成における昇温・降温速度は5℃/minとした。
【0029】
2)試験
(i)相対密度
相対密度は、アルキメデス法で見かけ密度を求め、その値を理論密度で除することにより求めた。
【0030】
(ii)誘電特性
上記1で得られた焼結体の両端面を研磨した後、Hakki and Coleman(ハッキアンドコールマン)法を改良した両端短絡形誘電体共振器法(JIS R 1627)により比誘電率ε、品質係数Q・f値及び温度係数τを測定した。なお、測定周波数は12〜17GHzで行った。温度係数τは+20〜+80℃の温度範囲で共振周波数の変化から求めた。
【0031】
<予備試験1−2>
本焼成における焼成温度を1350℃とした他は、予備試験1−1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0032】
<予備試験1−3>
本焼成における焼成温度を1400℃とした他は、予備試験1−1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0033】
<予備試験1−4>
本焼成における焼成温度を1450℃とした他は、予備試験1−1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0034】
<予備試験1−5>
本焼成における焼成温度を1500℃とした他は、予備試験1−1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0035】
2.結果と考察
表1には、予備試験1−1〜1−5における相対密度、比誘電率ε、品質係数Q・f及び温度係数τの測定結果を示した。また、図2には、(a)焼成温度と相対密度との関係、(b)焼成温度と品質係数との関係、(c)焼成温度と比誘電率との関係、(d)焼成温度と温度係数との関係、を示すグラフを示した。
【0036】

【0037】
表1および図2より、1300℃で焼成した場合には、焼結体の相対密度が92.5%となり、緻密な焼結体が得られていなかった。1350℃以上で焼成した場合には、焼結体の相対密度は98%以上となり、品質係数Q・fも100,000GHz以上となった。温度係数τは焼成温度に関わらず−80〜−70ppm/℃と負側に大きな値を示した。
【0038】
[酸化チタンの添加効果を調べる予備試験]
上記したように、フォルステライトは負側に大きな温度係数τを有している。そこで、正の温度係数をもつ酸化チタンを添加して温度係数τを制御することを試みた。
【0039】
1.試験方法
<予備試験2−1>
1)焼結体の作成
(i)仮焼成工程
上記予備試験1−1の1)(i)と同様にしてフォルステライト粉末を調製した。
【0040】
(ii)混合工程
(i)で得られたフォルステライト粉末に、純度99.5%以上のルチル型酸化チタン粉末をフォルステライト粉末に対して10重量%加え、さらにバインダとしてポリビニルアルコールを1%添加した。この混合物をジルコニアボールを用いたボールミルにて蒸留水中で平均粒径1μm以下となるまで(24時間)粉砕した後、100℃で24時間乾燥して混合粉末を得た。
【0041】
(iii)成形工程
(ii)で得られた混合粉末に、上記予備試験1−1の1)(ii)と同様にしてバインダを加えて成形した。
【0042】
(iv)本焼成工程
(iii)で得られた成形体を加熱炉に入れ、上記予備試験1−1の1)(ii)と同様にして本焼成を行った。なお、焼成温度は1400℃とした。
【0043】
2)試験
(i)粉末X線回折(XRD)法による解析
得られた焼結体について、粉末X線回折法による解析(線源:CuKα)を行った。
(ii)見かけ密度
見かけ密度ρは、下記の手順により求めた。
(a)試料の重量Wを天秤で測る。
(b)ビーカーに蒸留水と試料とを入れる。
(c)ビーカーを真空デシケーターに入れ、脱気する。
(d)ピンセットにて試料を浮き秤のフックに載せ、水中での試料の重量Wを測る。
(e)下記式(1)を用いて見かけ密度ρを求める。
ρ={W/(W−W)}・ρ…(1)
(但し、W:試料の重量、W:水中での試料の重量、ρ:見かけ密度、ρ:その温度における水の密度)
(iii)誘電特性
上記予備試験1−1の2)と同様にして試験を行った。
【0044】
<予備試験2−2>
酸化チタンの添加量を20重量%とした他は、上記予備試験2−1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0045】
<予備試験2−3>
酸化チタンの添加量を30重量%とした他は、上記予備試験2−1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0046】
2.結果と考察
表2には、予備試験2−1〜2−3における見かけ密度、比誘電率ε、品質係数Q・f及び温度係数τの測定結果を示した。また、図3には、焼結体のX線回折チャートを、図4には、(a)酸化チタンの添加量と見かけ密度との関係、(b)酸化チタンの添加量と品質係数との関係、(c)酸化チタンの添加量と比誘電率との関係、(d)酸化チタンの添加量と温度係数との関係、を示すグラフを示した。
【0047】

【0048】
図3より、酸化チタンの添加量に関わらず、酸化チタンのピーク(図3中▽)は殆ど見られず、MgSiOとMgTiとのピーク(図3中●および○)が観察された。また、添加量が多くなるほど、フォルステライト(図3中▼)のピークは弱くなり、MgTiのピークが強くなっていた。
【0049】
表2および図4より、酸化チタンを添加しない場合に比べて品質係数Q・fは低下し、特に酸化チタンを30重量%添加した場合には大幅に低下した。これは、焼成中にフォルステライトが酸化チタンと反応してMgSiOとMgTiが生成したためであると考えられる。
【0050】
また、温度係数τは、酸化チタンを20重量%添加した場合に−39ppm/℃にまで改善されたが、添加量を30重量%に増やすと再び悪化して−63.4ppm/℃となった。これは、フォルステライトとの反応によって酸化チタンのルチル相が消失したために、温度係数τの制御効果が発揮されなかったものと考えられる。
【0051】
[最適焼成温度を検討する実施例群]
前記したように、フォルステライトに酸化チタンを添加して、無添加のフォルステライトと同様の焼成条件で焼成すると、両者が反応するために良好な誘電特性をもつ焼結体を得ることができない。そこで、最適な焼成条件を探るため、焼成温度を変化させて焼結体の作成を行った。
【0052】
1.試験方法
【実施例1】
酸化チタンの添加量を30重量%とし、焼成温度を1200℃とした他は、上記予備試験2−1と同様に焼結体を作成し、試験を行った。
【0053】
<比較例1−1>
酸化チタンの添加量を30重量%とし、焼成温度を1250℃とした他は、上記予備試験2−1と同様に焼結体を作成し、試験を行った。
【0054】
<比較例1−2>
酸化チタンの添加量を30重量%とし、焼成温度を1300℃とした他は、上記予備試験2−1と同様に焼結体を作成し、試験を行った。
【0055】
<比較例1−3>
酸化チタンの添加量を30重量%とし、焼成温度を1350℃とした他は、上記予備試験2−1と同様に焼結体を作成し、試験を行った。
【0056】
<比較例1−4>
酸化チタンの添加量を30重量%とし、焼成温度を1400℃とした他は、上記予備試験2−1と同様に焼結体を作成し、試験を行った。
【0057】
2.結果と考察
表3には、実施例1および比較例1−1〜1−4における見かけ密度、比誘電率ε、品質係数Q・f及び温度係数τの測定結果を示した。また、図5には、焼結体のX線回折チャートを、図6には、(a)焼成温度と見かけ密度との関係、(b)焼成温度と品質係数との関係、(c)焼成温度と比誘電率との関係、(d)焼成温度と温度係数との関係、を示すグラフを示した。
【0058】

【0059】
図5より、1200℃で焼成した場合には、酸化チタンおよびフォルステライトのピークが強くはっきりと現れており、酸化チタンとフォルステライトとが互いにその結晶相を保持していることが確認された。それに対し、1250℃以上で焼成した場合には、酸化チタンのピークは非常に弱く、フォルステライトとの反応によりルチル相がほぼ消失していることが分かった。
【0060】
表3および図6より、見かけ密度は、焼成温度が1350℃以下ではほぼ3.3g/cmであまり変化しなかったが、焼成温度が1400℃の場合には著しく減少した。
【0061】
それに対応して、品質係数Q・fも焼成温度が1350℃以下では30,000GHz以上と比較的良好な値を示したが、焼成温度が1400℃以上になると16,000GHzに低下した。比誘電率εは、焼成温度が1200℃の場合に12.35ともっとも良好な値を示し、焼成温度が高くなるにしたがって低下した。
温度係数τは、焼成温度が1250℃以上の場合には−60ppm/℃前後で推移したのに対し、焼成温度が1200℃の場合には+12.4ppm/℃とプラスの値に転じ、酸化チタン添加による効果が見られた。
【0062】
このように、焼成温度1200℃では酸化チタンとフォルステライトとが互いにその結晶相を保持しつつ焼結し、品質係数Q・fおよび比誘電率εを良好な値に維持できるとともに、温度係数τを制御できることがわかった。
【0063】
[酸化チタンの最適添加量を検討する実施例群]
前記の結果を踏まえ、焼成温度を1200℃に固定して、酸化チタンの添加量を変化させて焼結体を作成し、最適な添加量を調べた。
【0064】
1.試験方法
<実施例2−1>
酸化チタンの添加量を20重量%とし、焼成温度を1200℃とした他は、上記予備試験2−1と同様に焼結体を作成し、試験を行った。
【0065】
<実施例2−2>
酸化チタンの添加量を25重量%とし、焼成温度を1200℃とした他は、上記予備試験2−1と同様に焼結体を作成し、試験を行った。
【0066】
<実施例2−3>
酸化チタンの添加量を30重量%とし、焼成温度を1200℃とした他は、上記予備試験2−1と同様に焼結体を作成し、試験を行った。
【0067】
<比較例2>
酸化チタンの添加量を40重量%とし、焼成温度を1200℃とした他は、上記予備試験2−1と同様に焼結体を作成し、試験を行った。
【0068】
2.結果と考察
表4には、実施例2−1〜2−3および比較例2における見かけ密度、比誘電率ε、品質係数Q・f及び温度係数τの測定結果を示した。また、図7には、焼結体のX線回折チャートを、図8には、(a)酸化チタンの添加量と見かけ密度との関係、(b)酸化チタンの添加量と品質係数との関係、(c)酸化チタンの添加量と比誘電率との関係、(d)酸化チタンの添加量と温度係数との関係、を示すグラフを示した。
【0069】


【0070】
図7より、いずれの添加量の場合でも、酸化チタンのピークが最強ピークとして現れており、また、フォルステライトのピークも強くはっきりと現れていた。
表4および図8より、見かけ密度および比誘電率εは添加量の増大に伴ってほぼ直線的に増加していた。品質係数Q・fは、添加量20重量%、25重量%の場合には80,000GHz以上の比較的良好な値を示したが、添加量を30重量%まで増大させるとやや低下して約65,000GHzとなり、添加量を40重量%まで増大させると約61,000GHzまで低下した。
【0071】
温度係数τは添加量の増大に伴って直線的に増大し、添加量20重量%〜30重量%で±20ppm/℃の範囲内となった。そして、添加量25重量%の場合に3.95ppm/℃と最も0ppm/℃に近い値を示した。グラフより、添加量約24重量%の場合に温度係数τはほぼ0ppm/℃になり、このときの比誘電率εは約11、品質係数Q・fは約82,000GHzとなることがわかる。
【0072】
図9および図10には、酸化チタンの添加量25重量%、焼成温度1200℃で焼成した焼結体の電子顕微鏡写真を、図11には、酸化チタンの添加量25重量%、焼成温度1150℃で焼成した焼結体の電子顕微鏡写真を示す。
図9および図10より、焼成温度1200℃の場合には、フォルステライトおよび酸化チタンの粒子が粒成長し、緻密な焼結体を形成していることが分かる。一方、図11より、焼成温度1150℃では、粒成長が進行せず緻密な焼結体が得られていないことが分かる。
【0073】
このように、フォルステライトに酸化チタンを多量に添加することにより焼成温度を1200℃まで低下させることができる。そして、この温度では、フォルステライトおよび酸化チタンの結晶相を保持しつつ焼結させることができる。これにより得られた焼結体は、フォルステライトに由来する高い品質係数Q・fの値が殆ど損われることなく、かつ、ルチル型酸化チタンの存在によって温度係数τの絶対値が30ppm/℃以下に制御された、優れた高周波用磁器組成物となる。
【0074】
酸化チタンの添加量を15重量%以上35重量%以下とすることにより、品質係数Q・fが60,000GHz以上で温度係数τが±30ppm/℃の範囲内の高周波用磁器組成物を得ることができる。さらに、酸化チタンの添加量を20重量%以上30重量%以下とすることにより、温度係数τを±20ppm/℃の範囲内とすることができる。また、酸化チタンの添加量を20重量%以上25重量%以下とすることにより、品質係数Q・fが80,000GHz以上で温度係数τが±20ppm/℃の範囲内の高周波用磁器組成物を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明によれば、フォルステライトが有する優れた高周波特性を維持しつつ、温度特性の改善を実現できる高周波用磁器組成物とその製造方法、およびそれを応用した平面型高周波回路を提供することができる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
フォルステライトとルチル型酸化チタンとの焼結体からなる高周波用磁器組成物であって、
前記フォルステライトと前記ルチル型酸化チタンとが、それぞれの結晶相を保持しつつ焼結していることを特徴とする高周波用磁器組成物。
【請求項2】
MgOとSiOを2対1のモル比で混合した原料粉末を仮焼成してフォルステライトを得る仮焼成工程と、
前記フォルステライトに、このフォルステライトに対して15重量%以上35重量%以下のルチル型酸化チタンと、バインダとを混合し、平均粒径3μm以下となるまで粉砕して混合粉末を得る混合工程と、
前記混合粉末を加圧成形して成形物を得る成形工程と、
前記成形物に脱脂処理を施した後、約1200℃で焼成する本焼成工程とを実行することを特徴とする高周波用磁器組成物の製造方法。
【請求項3】
セラミックス基板と、前記セラミックス基板における表裏両面のうち一方の面に形成されたストリップ導体と、前記表裏両面のうち他方の面に形成された接地導体とを備える平面型高周波回路であって、
前記セラミックス基板が、フォルステライトとルチル型酸化チタンとがそれぞれの結晶相を保持しつつ焼結した焼結体からなることを特徴とする平面型高周波回路。

【国際公開番号】WO2004/106261
【国際公開日】平成16年12月9日(2004.12.9)
【発行日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−506511(P2005−506511)
【国際出願番号】PCT/JP2004/007390
【国際出願日】平成16年5月28日(2004.5.28)
【出願人】(598091860)財団法人名古屋産業科学研究所 (23)
【Fターム(参考)】