説明

高強度鋼板およびその製造方法

【課題】加工性に優れる引張強さ(TS)が980MPa以上の高強度鋼板を提供する。
【解決手段】質量%でC:0.17%以上0.73%以下、Si:3.0%以下、Mn:0.5%以上3.0%以下、P:0.1%以下、S:0.07%以下、Al:3.0%以下およびN:0.010%以下を含有させ、かつSi+Al:0.7%以上を満足させ、残部はFeおよび不可避不純物の組成とし、鋼板組織は、下部ベイナイトおよび全マルテンサイトの合計量の鋼板組織全体に対する面積率を10%以上90%以下、残留オーステナイト量を5%以上50%以下、上部ベイナイト中のベイニティックフェライトの鋼板組織全体に対する面積率を5%以上とし、前記下部ベイナイトおよび全マルテンサイトの合計量のうち焼入れままのマルテンサイトを75%以下、ポリゴナルフェライトの鋼板組織全体に対する面積率を10%以下(0%を含む)を満足させ、かつ前記残留オーステナイト中の平均C量を0.70%以上とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、電気等の産業分野で使用される加工性、とりわけ延性と伸びフランジ性に優れた引張強さ(TS)が980MPa以上の高強度鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の見地から、自動車の燃費向上が重要な課題となっている。このため、車体材料の高強度化により車体部品の薄肉化を図り、車体そのものを軽量化しようとする動きが活発である。
【0003】
一般に、鋼板の高強度化を図るためには、鋼板の組織全体に対してマルテンサイトやベイナイトなどの硬質相の割合を増加させる必要がある。しかしながら、硬質相の割合を増加させることによる鋼板の高強度化は加工性の低下を招くことから、高強度と優れた加工性を併せ持つ鋼板の開発が望まれている。これまでに、フェライト−マルテンサイト二相鋼(DP鋼)や残留オーステナイトの変態誘起塑性を利用したTRIP鋼など、種々の複合組織鋼板が開発されてきた。
【0004】
複合組織鋼板において硬質相の割合を増加させた場合、鋼板の加工性は硬質相の加工性の影響を強く受けるようになる。これは、硬質相の割合が少なく軟質なポリゴナルフェライトが多い場合には、ポリゴナルフェライトの変形能が鋼板の加工性に対して支配的であり、硬質相の加工性が十分でない場合においても延性等の加工性は確保されたが、硬質相の割合が多い場合には、ポリゴナルフェライトの変形ではなく硬質相の変形能自体が鋼板の成形性に直接影響するようになり、硬質相自体の加工性が十分でないと、鋼板の加工性の劣化が著しくなるためである。
【0005】
このため、冷延鋼板の場合には、焼鈍およびその後の冷却過程で生成するポリゴナルフェライトの量を調整する熱処理を行った後、鋼板を水焼入れしてマルテンサイトを生成させ、再び鋼板を昇温して高温保持することにより、マルテンサイトを焼戻して、硬質相であるマルテンサイト中に炭化物を生成させて、マルテンサイトの加工性を向上させてきた。しかしながら、このようなマルテンサイトの焼入れ・焼戻しには、例えば、水焼入れ機能を有する連続焼鈍設備のような特別な製造設備が必要となる。従って、鋼板を水焼入れした後、再び昇温して高温保持することができない通常の製造設備を使用する場合には、鋼板を高強度することはできるが、硬質相であるマルテンサイトの加工性を向上させることができなかった。
【0006】
また、マルテンサイト以外を硬質相とする鋼板として、主相をポリゴナルフェライト、硬質相をベイナイトやパーライトとし、かつこれらの硬質相であるベイナイトやパーライトに炭化物を生成させた鋼板がある。この鋼板は、ポリゴナルフェライトのみで加工性を向上させるのではなく、硬質相中に炭化物を生成させることにより硬質相自体の加工性も向上させ、特に、伸びフランジ性の向上を図る鋼板である。しかしながら、主相をポリゴナルフェライトとしている以上、引張強さ(TS)で980MPa以上の高強度化と加工性の両立を図ることは困難である。また、硬質相中に炭化物を生成させることによって硬質相自体の加工性の向上させても、ポリゴナルフェライトの加工性の良さには劣るため、引張強さ(TS)で980MPa以上の高強度化を図るためにポリゴナルフェライトの量を低減すると、十分な加工性を得ることができなくなる。
【0007】
特許文献1には、合金成分を規定し、鋼組織を、残留オーステナイトを有する微細で均一なベイナイトとすることにより、曲げ加工性および衝撃特性に優れる高張力鋼板が提案されている。
【特許文献1】特開平4−235253号公報
【0008】
特許文献2には、所定の合金成分を規定し、鋼組織を、残留オーステナイトを有するベイナイトとし、かつベイナイト中の残留オーステナイト量を規定することにより、焼付け硬化性に優れた複合組織鋼板が提案されている。
【特許文献2】特開2004−76114号公報
【0009】
特許文献3には、所定の合金成分を規定し、鋼組織を、残留オーステナイトを有するベイナイトを面積率で90%以上、ベイナイト中の残留オーステナイト量を1%以上15%以下とし、かつベイナイトの硬度(HV)を規定することにより、耐衝撃性に優れた複合組織鋼板が提案されている。
【特許文献3】特開平11−256273号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上述した鋼板には以下に述べる課題がある。
特許文献1に記載される成分組成では、鋼板に歪みを付与した際に、高歪域でのTRIP効果を発現する安定した残留オーステナイトの量を確保することが困難であり、曲げ性は得られるものの、塑性不安定が生じるまでの延性が低く、張り出し性に劣る。
【0011】
特許文献2に記載の鋼板は、焼付硬化性は得られるものの引張強さ(TS)を980MPa以上あるいはさらに1050MPa以上に高強度化しようとしても、ベイナイトあるいはさらにフェライトを主体とするマルテンサイトを極力抑制した組織であるため、強度の確保あるいは高強度化時における延性や伸びフランジ性などの加工性の確保が困難である。
【0012】
特許文献3に記載の鋼板は、耐衝撃性を向上させることを主目的としており、硬さがHV 250以下のベイナイトを主相とし、具体的にはこれを90%超で含む組織であるため、引張強さ(TS)を980MPa以上とすることは難しい。
【0013】
本発明は、上記の課題を有利に解決するもので、加工性、とりわけ延性と伸びフランジ性に優れる引張強さ(TS)が980MPa以上の高強度鋼板を、その有利な製造方法とともに提供することを目的とする。
本発明の高強度鋼板には、鋼板の表面に溶融亜鉛めっきまたは合金化溶融亜鉛めっきを施した鋼板を含むものとする。
なお、本発明において、加工性に優れるとは、TS×T.ELの値が20000MPa・%以上、かつTS×λの値が25000MPa・%を満足することであるものとする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋼板の成分組成およびミクロ組織について鋭意検討を重ねた。その結果、下部ベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織を活用して高強度化を図るとともに、鋼板中のC量を0.17%以上とC含有量を多くした上で、上部ベイナイト変態を活用することで、TRIP効果を得る上で有利な安定した残留オーステナイトを確保でき、かつ該マルテンサイトの一部を焼戻しマルテンサイトにすることにより、加工性、とりわけ強度と延性のバランス、並びに強度と伸びフランジ性のバランスにともに優れる引張強さが980MPa以上の高強度鋼板が得られることを見出した。
【0015】
本発明は、上記の知見に立脚するものであり、その要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で
C:0.17%以上0.73%以下、
Si:3.0%以下、
Mn:0.5%以上3.0%以下、
P:0.1%以下、
S:0.07%以下、
Al:3.0%以下および
N:0.010%以下
を含有し、かつSi+Alが0.7%以上を満足し、残部はFeおよび不可避不純物の組成になり、
鋼板組織として、下部ベイナイトおよび全マルテンサイトの合計量の鋼板組織全体に対する面積率が10%以上90%以下、残留オーステナイト量が5%以上50%以下、上部ベイナイト中のベイニティックフェライトの鋼板組織全体に対する面積率が5%以上であり、前記下部ベイナイトおよび全マルテンサイトの合計量のうち焼入れままのマルテンサイトが75%以下、ポリゴナルフェライトの鋼板組織全体に対する面積率が10%以下(0%を含む)を満足し、かつ前記残留オーステナイト中の平均C量が0.70%以上であって、引張強さが980MPa以上であることを特徴とする高強度鋼板。
【0016】
2.前記鋼板がさらに、質量%で、
Cr:0.05%以上5.0%以下、
V:0.005%以上1.0%以下および
Mo:0.005%以上0.5%以下
のうちから選んだ1種または2種以上の元素を含有することを特徴とする上記1に記載の高強度鋼板。
【0017】
3.前記鋼板がさらに、質量%で、
Ti:0.01%以上0.1%以下および
Nb:0.01%以上0.1%以下
のうちから選んだ1種または2種の元素を含有することを特徴とする上記1または2に記載の高強度鋼板。
【0018】
4.前記鋼板がさらに、質量%で、
B:0.0003%以上0.0050%以下
を含有することを特徴とする上記1乃至3のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
【0019】
5.前記鋼板がさらに、質量%で、
Ni:0.05%以上2.0%以下および
Cu:0.05%以上2.0%以下
のうちから選んだ1種または2種の元素を含有することを特徴とする上記1乃至4のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
【0020】
6.前記鋼板がさらに、質量%で、
Ca:0.001%以上0.005%以下および
REM:0.001%以上0.005%以下
のうちから選んだ1種または2種の元素を含有することを特徴とする上記1乃至5のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
【0021】
7.上記1乃至6のいずれか1項に記載の鋼板の表面に、溶融亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層を具えることを特徴とする高強度鋼板。
【0022】
8.上記1乃至6のいずれか1項に記載の成分組成になる鋼片を、熱間圧延し、冷間圧延により冷延鋼板とし、ついで該冷延鋼板を、オーステナイト単相域で15秒以上600秒以下焼鈍した後、350℃以上490℃以下の第1温度域で定める冷却停止温度:T℃まで冷却するに際し、少なくとも550℃までは平均冷却速度を5℃/s以上に制御して冷却し、その後、該第1温度域で15秒以上1000秒以下保持し、ついで、200℃以上350℃以下の第2温度域で15秒以上1000秒以下保持することを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
【0023】
9.前記冷却停止温度:T℃までの冷却時もしくは前記第1温度域で、溶融亜鉛めっき処理または合金化溶融亜鉛めっき処理を施すことを特徴とする上記8に記載の高強度鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、加工性、とりわけ延性と伸びフランジ性に優れる引張強さ(TS)が980MPa以上の高強度鋼板をその有利な製造方法とともに提供することができ、自動車、電気等の産業分野での利用価値は非常に大きく、特に自動車車体の軽量化に対して極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明において、鋼板組織を上記のように限定した理由について述べる。以下、面積率は、鋼板組織全体に対する面積率とする。
【0026】
下部ベイナイトおよび全マルテンサイトの合計量の面積率:10%以上90%以下
下部ベイナイトおよびマルテンサイトは、鋼板を高強度化のために必要な組織である。下部ベイナイトおよび全マルテンサイトの合計量の面積率が10%未満では、鋼板の引張強さ(TS)が980MPaを満足しない。一方、下部ベイナイトと全マルテンサイトの合計量の面積率が90%を超えると、上部ベイナイトが少なくなり、結果的にCの濃化した安定な残留オーステナイトが確保できないため、延性等の加工性が低下することが問題となる。従って、下部ベイナイトおよび全マルテンサイトの合計量の面積率は、10%以上90%以下とした。好ましくは、20%以上80%以下の範囲である。より好ましくは、30%以上70%以下の範囲である。
【0027】
下部ベイナイトおよび全マルテンサイトの合計量のうち、焼入れままのマルテンサイトの割合:75%以下
マルテンサイトのうち、焼入れままのマルテンサイトの割合が、鋼板中に存在する下部ベイナイトおよび全マルテンサイトの合計量に対して75%を超えると、引張強さは980MPa以上となるものの、伸びフランジ性に劣る。焼入れままのマルテンサイトは極めて硬質であり、焼入れままのマルテンサイト自体の変形能は極めて低いため、鋼板の加工性とりわけ伸びフランジ性を著しく劣化させる。また、焼入れままのマルテンサイトと上部ベイナイトの硬度差は著しく大きいため、焼入れままのマルテンサイトの量が多いと、焼入れままのマルテンサイトと上部ベイナイトとの界面が多くなり、打ち抜き加工時などに、焼入れままのマルテンサイトと上部ベイナイトの界面に微小なボイドが発生し、打ち抜き加工の後に行う伸びフランジ成形時に、ボイドが連結して亀裂が進展しやすくなることから、伸びフランジ性が劣化する。従って、マルテンサイトのうち焼入れままのマルテンサイトの割合は、鋼板中に存在する下部ベイナイトおよび全マルテンサイトの合計量に対して75%以下とする。好ましくは50%以下である。なお、焼入れままのマルテンサイトは、マルテンサイト中に炭化物が認められない組織で、SEMにより観察することができる。
【0028】
残留オーステナイト量:5%以上50%以下
残留オーステナイトは、加工時にTRIP効果によりマルテンサイト変態し、歪分散能を高めることにより延性を向上させる。
本発明の鋼板では、上部ベイナイト変態を活用して、特に、C濃化量を高めた残留オーステナイトを、上部ベイナイト中に形成せしめる。その結果、加工時に高歪域でもTRIP効果を発現できる残留オーステナイトを得ることができる。このような残留オーステナイトとマルテンサイトを併存させて活用することにより、引張強さ(TS)が980MPa以上の高強度領域でも良好な加工性が得られ、具体的には、TS×T.Elの値を20000MPa以上とすることができ、強度と延性のバランスに優れた鋼板を得ることができる。
ここで、上部ベイナイト中の残留オーステナイトは、上部ベイナイト中のベイニティックフェライトのラス間に形成され、細かく分布するため、組織観察によりその量(面積率)を求めるには高倍率で大量の測定が必要であり、正確に定量することは難しい。しかし、該ベイニティックフェライトのラス間に形成される残留オーステナイトの量は、形成されるベイニティックフェライト量にある程度見合った量である。そこで、発明者らが検討した結果、上部ベイナイト中のベイニティックフェライトの面積率が5%以上で、かつ従来から行われている残留オーステナイト量を測定する手法であるX線回折(XRD)による強度測定、具体的にはフェライトとオーステナイトのX線回折強度比から求められる残留オーステナイト量が5%以上であれば、十分なTRIP効果を得ることができ、引張強さ(TS)が980MPa以上で、TS×T.Elが20000MPa・%以上を達成できることが分かった。なお、従来から行われている残留オーステナイト量の測定手法で得られた残留オーステナイト量は、残留オーステナイトの鋼板組織全体に対する面積率と同等であることを確認している。
残留オーステナイト量が5%未満の場合、十分なTRIP効果が得られない。一方、50%を超えると、TRIP効果発現後に生じる硬質なマルテンサイトが過大となり、靭性の劣化などが問題となる。従って、残留オーステナイトの量は、5%以上50%以下の範囲とする。好ましくは、5%超、より好ましくは10%以上45%以下の範囲である。さらに好ましくは、15%以上40%以下の範囲である。
【0029】
残留オーステナイト中の平均C量:0.70%以上
TRIP効果を活用して優れた加工性を得るためには、引張強さ(TS)が980MPa〜2.5GPa級の高強度鋼板においては、残留オーステナイト中のC量が重要である。本発明の鋼板では、上部ベイナイト中のベイニティックフェライトのラス間に形成される残留オーステナイトにCを濃化させる。該ラス間の残留オーステナイト中に濃化されるC量を正確に評価することは困難であるが、発明者らが検討した結果、本発明の鋼板においては、従来行われている残留オーステナイト中の平均C量(残留オーステナイト中のC量の平均)を測定する方法であるX線回折(XRD)での回折ピークのシフト量から求める残留オーステナイト中の平均C量が0.70%以上であれば、優れた加工性が得られることが分かった。
残留オーステナイト中の平均C量が0.70%未満の場合、加工時において低歪域でマルテンサイト変態が生じてしまい、加工性を向上させる高歪域でのTRIP効果が得られない。従って、残留オーステナイト中の平均C量は0.70%以上とする。好ましくは0.90%以上である。一方、残留オーステナイト中の平均C量が2.00%を超えると、残留オーステナイトが過剰に安定となり、加工中にマルテンサイト変態が生じず、TRIP効果が発現しないことにより、延性が低下する。従って、残留オーステナイト中の平均C量は2.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは1.50%以下である。
【0030】
上部ベイナイト中のベイニティックフェライトの面積率:5%以上
上部ベイナイト変態によるベイニティックフェライトの生成は、未変態オーステナイト中のCを濃化させ、加工時に高歪域でTRIP効果を発現して歪分解能を高める残留オーステナイトを得るために必要である。オーステナイトからベイナイトへの変態は、およそ150〜550℃の広い温度範囲にわたって起こり、この温度範囲内で生成するベイナイトには種々のものが存在する。従来技術では、このような種々のベイナイトを単にベイナイトと規定する場合が多かったが、本発明で目標とする加工性を得るためには、ベイナイト組織を明確に規定する必要があることから、上部ベイナイトおよび下部ベイナイトを次のように定義する。
上部ベイナイトは、ラス状のベイニティックフェライトと、ベイニッティクフェライトの間に存在する残留オーステナイトおよび/または炭化物とからなり、ラス状のベイニティックフェライト中に規則正しく並んだ細かな炭化物が存在しないことが特徴である。一方、下部ベイナイトは、ラス状のベイニティックフェライトと、ベイニッティクフェライトの間に存在する残留オーステナイトおよび/または炭化物とからなることは、上部ベイナイトと共通であるが、下部ベイナイトでは、ラス状のベイニティックフェライト中に規則正しく並んだ細かな炭化物が存在することが特徴である。
つまり、上部ベイナイトと下部ベイナイトは、ベイニティックフェライト中における規則正しく並んだ細かな炭化物の有無によって区別される。このようなベイニティックフェライト中における炭化物の生成状態の差は、残留オーステナイト中へのCの濃化に大きな影響を与える。つまり、上部ベイナイトのベイニティックフェライトの面積率が5%未満の場合、ベイナイト変態を進めた場合においても、Cはベイニティックフェライト中に炭化物として生成する量が多くなり、結果的にラス間に存在する残留オーステナイト中へのC濃化量が減少して、加工時に高歪域でTRIP効果を発現する残留オーステナイト量が減少することが問題となる。従って、上部ベイナイト中のベイニティックフェライトの面積率は、鋼板組織全体に対する面積率で5%以上必要である。一方、上部ベイナイトのベイニティックフェライトの鋼板組織全体に対する面積率が85%を超えると、強度の確保が困難となる場合があるため、85%以下とすることが好ましい。
【0031】
ポリゴナルフェライトの面積率:10%以下(0%を含む)
ポリゴナルフェライトの面積率が10%を超えると、引張強さ(TS):980MPa以上を満足することが困難になると同時に、加工時に硬質組織内に混在した軟質なポリゴナルフェライトに歪が集中することにより加工時に容易に亀裂が発生し、結果として所望の加工性を得られない。ここで、ポリゴナルフェライトの面積率が10%以下であれば、ポリゴナルフェライトが存在しても硬質相中に少量のポリゴナルフェライトが孤立分散した状態となり、歪の集中を抑制することができ、加工性の劣化を避けることができる。従って、ポリゴナルフェライトの面積率は10%以下とする。好ましくは5%以下、さらに好ましくは3%以下であり、0%であってもよい。
【0032】
なお、本発明の鋼板の場合、鋼板組織中で最も硬質な組織の硬さは、HV≦800である。すなわち、本発明の鋼板において、焼入れままのマルテンサイトが存在しない場合、焼戻しマルテンサイト若しくは下部ベイナイトまたは上部ベイナイトのいずれかが最も硬質な相となるが、これらの組織は、いずれもHV≦800となる相である。また、焼入れままのマルテンサイトが存在する場合、焼入れままのマルテンサイトが最も硬質な組織となるが、本発明の鋼板においては、焼入れままのマルテンサイトであっても硬さはHV≦800となり、HV>800となるような著しく硬いマルテンサイトは存在せず、良好な伸びフランジ性を確保できる。
【0033】
本発明の鋼板には、残部組織として、パーライトやウィドマンステッテンフェライト、下部ベイナイトを含んでも構わない。その場合、残部組織の許容含有量は、面積率で20%以下とすることが好ましい。より好ましくは、10%以下である。
【0034】
以上が、本発明の高強度鋼板における鋼板組織の基本構成であるが、必要に応じて次の構成を加えても良い。
【0035】
次に、本発明において、鋼板の成分組成を上記のように限定した理由について述べる。なお、以下の成分組成を表す%は質量%を意味するものとする。
C:0.17%以上0.73%以下
Cは鋼板の高強度化および安定した残留オーステナイト量を確保するのに必要不可欠な元素であり、マルテンサイト量の確保および室温でオーステナイトを残留させるために必要な元素である。C量が0.17%未満では、鋼板の強度と加工性を確保することが難しい。一方、C量が0.73%を超えると、溶接部および熱影響部の硬化が著しく溶接性が劣化する。従って、C量は0.17%以上0.73%以下の範囲とする。好ましくは、0.20%を超え0.48%以下の範囲であり、さらに好ましくは0.25%以上である。
【0036】
Si:3.0%以下(0%を含む)
Siは、固溶強化により鋼の強度向上に寄与する有用な元素である。しかしながら、Si量が3.0%を超えると、ポリゴナルフェライトおよびベイニティックフェライト中への固溶量の増加による加工性、靭性の劣化を招き、また、赤スケール等の発生による表面性状の劣化や、溶融めっきを施す場合には、めっき付着性および密着性の劣化を引き起こす。従って、Si量は3.0%以下とする。好ましくは2.6%以下である。さらに好ましくは、2.2%以下である。
また、Siは、炭化物の生成を抑制し、残留オーステナイトの生成を促進するのに有用な元素であることから、Si量は0.5%以上とすることが好ましいが、炭化物の生成をAlのみで抑制する場合には、Siは添加する必要はなく、Si量は0%であっても良い。
【0037】
Mn:0.5%以上3.0%以下
Mnは、鋼の強化に有効な元素である。Mn量が0.5%未満では、焼鈍後の冷却中にベイナイトやマルテンサイトが生成する温度よりも高い温度域で炭化物が析出するため、鋼の強化に寄与する硬質相の量を確保することができない。一方、Mn量が3.0%を超えると、鋳造性の劣化などを引き起こす。従って、Mn量は0.5%以上3.0%以下の範囲とする。好ましくは1.5%以上2.5%以下の範囲とする。
【0038】
P:0.1%以下
Pは鋼の強化に有用な元素であるが、P量が0.1%を超えると、粒界偏析により脆化することにより耐衝撃性を劣化させ、鋼板に合金化溶融亜鉛めっきを施す場合には、合金化速度を大幅に遅延させる。従って、P量は0.1%以下とする。好ましくは0.05%以下である。なお、P量は、低減することが好ましいが、0.005%未満とするには大幅なコスト増加を引き起こすため、その下限は0.005%程度とすることが好ましい。
【0039】
S:0.07%以下
Sは、MnSを生成して介在物となり、耐衝撃性の劣化や溶接部のメタルフローに沿った割れの原因となるため、S量を極力低減することが好ましい。しかしながら、S量を過度に低減することは、製造コストの増加を招くため、S量は0.07%以下とする。好ましくは0.05%以下であり、より好ましくは0.01%以下である。なお、Sを0.0005%未満とするには大きな製造コストの増加を伴うため、製造コストの点からはその下限は0.0005%程度である。
【0040】
Al:3.0%以下
Alは、鋼の強化に有用な元素であるとともに、製鋼工程で脱酸剤として添加される有用な元素である。Al量が3.0%を超えると、鋼板中の介在物が多くなり延性を劣化させる。従って、Al量は3.0%以下とする。好ましくは、2.0%以下である。
また、Alは、炭化物の生成を抑制し、残留オーステナイトの生成を促進するのに有用な元素であり、また、脱酸効果を得るために、Al量は、0.001%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.005%以上とする。なお、本発明におけるAl量は、脱酸後に鋼板中に含有するAl量とする。
【0041】
N:0.010%以下
Nは、鋼の耐時効性を最も大きく劣化させる元素であり、極力低減することが好ましい。N量が0.010%を超えると耐時効性の劣化が顕著となるため、N量は0.010%以下とする。なお、Nを0.001%未満とするには大きな製造コストの増加を招くため、製造コストの点からは、その下限は0.001%程度である。
【0042】
以上、基本成分について説明したが、本発明では、上記の成分範囲を満足するだけでは不十分で、次式を満足させる必要がある。
Si+Al≧0.7%
SiおよびAlはともに、上記したように、炭化物の生成を抑制し、残留オーステナイトの生成を促進するのに有用な元素である。炭化物の生成の抑制は、SiまたはAlを単独で含有させても効果があるが、Si量とAl量の合計で0.7%以上を満足する必要がある。なお、上掲式におけるAl量は、脱酸後に鋼板中に含有するAl量とする。
【0043】
また、本発明では上記した基本成分の他、以下に述べる成分を適宜含有させることができる。
Cr:0.05%以上5.0%以下、V:0.005%以上1.0%以下およびMo:0.005%以上0.5%以下のうちから選ばれる1種または2種以上
Cr、VおよびMoは焼鈍温度からの冷却時にパーライトの生成を抑制する作用を有する元素である。その効果は、Cr:0.05%以上、V:0.005%以上およびMo:0.005%以上で得られる。一方、Cr:5.0%、V:1.0%およびMo:0.5%を超えると、硬質なマルテンサイトの量が過大となり、必要以上に高強度となる。従って、Cr、VおよびMoを含有させる場合には、Cr:0.05%以上5.0%以下、V:0.005%以上1.0%以下およびMo:0.005%以上0.5%以下の範囲とする。
【0044】
Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下のうちから選ばれる1種または2種
TiおよびNbは鋼の析出強化に有用で、その効果は、それぞれの含有量が0.01%以上で得られる。一方、それぞれの含有量が0.1%を超えると加工性および形状凍結性が低下する。従って、TiおよびNbを含有させる場合は、Ti:0.01%以上0.1%以下およびNb:0.01%以上0.1%以下の範囲とする。
【0045】
B:0.0003%以上0.0050%以下
Bはオーステナイト粒界からフェライトが生成・成長することを抑制するのに有用な元素である。その効果は0.0003%以上の含有で得られる。一方、含有量が0.0050%を超えると加工性が低下する。従って、Bを含有させる場合は、B:0.0003%以上0.0050%以下の範囲とする。
【0046】
Ni:0.05%以上2.0%以下およびCu:0.05%以上2.0%以下のうちから選ばれる1種または2種
NiおよびCuは鋼の強化に有効な元素である。また、鋼板に溶融亜鉛めっきまたは合金化溶融亜鉛めっきを施す場合には、鋼板表層部の内部酸化を促進してめっき密着性を向上させる。これらの効果は、それぞれの含有量が0.05%以上で得られる。一方、それぞれの含有量が2.0%を超えると、鋼板の加工性を低下させる。従って、NiおよびCuを含有させる場合には、Ni:0.05%以上2.0%以下およびCu:0.05%以上2.0%以下の範囲とする。
【0047】
Ca:0.001%以上0.005%以下およびREM:0.001%以上0.005%以下のうちから選ばれる1種または2種
CaおよびREMは、硫化物の形状を球状化し、伸びフランジ性への硫化物の悪影響を改善するために有用である。その効果は、それぞれの含有量が0.001%以上で得られる。一方、それぞれの含有量が0.005%を超えると、介在物等の増加を招き、表面欠陥および内部欠陥などを引き起こす。従って、CaおよびREMを含有させる場合には、Ca:0.001%以上0.005%以下およびREM:0.001%以上0.005%以下の範囲とする。
【0048】
本発明の鋼板において、上記以外の成分は、Feおよび不可避不純物である。ただし、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、上記以外の成分の含有を拒むものではない。
【0049】
次に、本発明の高強度鋼板の製造方法について説明する。
上記の好適成分組成に調整した鋼片を製造後、熱間圧延し、ついで冷間圧延を施して冷延鋼板とする。本発明において、これらの処理に特に制限はなく、常法に従って行えば良い。
好適な製造条件は次のとおりである。鋼片を、1000℃以上1300℃以下の温度域に加熱した後、870℃以上950℃以下の温度域で熱間圧延を終了し、得られた熱延鋼板を350℃以上720℃以下の温度域で巻き取る。ついで、熱延鋼板を酸洗後、40%以上90%以下の範囲の圧下率で冷間圧延を行い冷延鋼板とする。
なお、本発明では、鋼板を通常の製鋼、鋳造、熱間圧延、酸洗および冷間圧延の各工程を経て製造する場合を想定しているが、例えば、薄スラブ鋳造やストリップ鋳造などにより熱間圧延工程の一部または全部を省略して製造しても良い。
【0050】
得られた冷延鋼板に、図1に示す熱処理を施す。以下、図1を参照しながら説明する。
オーステナイト単相域で15秒以上600秒以下の焼鈍をする。本発明の鋼板は、未変態オーステナイトから、350℃以上490℃以下の範囲の比較的低温域で変態させる上部ベイナイト、下部ベイナイトおよびマルテンサイトを主相とするため、ポリゴナルフェライトが極力少ない方が好ましく、オーステナイト単相域での焼鈍が必要である。焼鈍温度に関しては、オーステナイト単相域であれば特に制限はないが、焼鈍温度が1000℃を超えるとオーステナイト粒の成長が著しく、後の冷却によって生じる構成相の粗大化を引き起こし、靭性などを劣化させる。一方、焼鈍温度がA点(オーステナイト変態点)未満の場合には、焼鈍段階で既にポリゴナルフェライトが生成しており、冷却中のポリゴナルフェライトの成長を抑制するためには500℃以上の温度域を極めて急速に冷却する必要が生じる。従って、焼鈍温度は、A点(オーステナイト変態点)℃以上とすることが必要であり、1000℃以下とすることが好ましい。
また、焼鈍時間が15秒未満の場合には、オーステナイトへの逆変態が十分に進まない場合や、鋼板中の炭化物が十分に溶解しない場合がある。一方、焼鈍時間が600秒を超えると、多大なエネルギー消費に伴うコスト増を招く。従って、焼鈍時間は15秒以上600秒以下の範囲とする。好ましくは、60秒以上500秒以下の範囲である。ここで、A点は、
点(℃)=910−203×[C%]1/2+44.7×[Si%]−30×[Mn%]
+700×[P%]+130×[Al%]−15.2×[Ni%]
−11×[Cr%]−20×[Cu%]+31.5×[Mo%]
+104×[V%]+400×[Ti%]
によって算出することができる。なお、[X%]は鋼板の成分元素Xの質量%とする。
【0051】
焼鈍後の冷延鋼板は、350℃以上490℃以下の第1温度域で定める冷却停止温度:T℃まで冷却されるが、少なくとも550℃までは、平均冷却速度を5℃/s以上に制御して冷却される。平均冷却速度が5℃/s未満の場合、ポリゴナルフェライトの過剰な生成、成長や、パーライト等の析出が生じ、所望の鋼板組織が得られない。従って、焼鈍温度から第1温度域までの平均冷却速度は、5℃/s以上とする。好ましくは、10℃/s以上である。平均冷却速度の上限は、冷却停止温度にバラツキが生じない限り特に限定されないが、一般的な設備では、平均冷却速度が100℃/sを超えると、鋼板の長手方向および板幅方向での組織のバラツキが著しく大きくなるため、100℃/s以下が好ましい。
【0052】
550℃まで冷却された鋼板は、冷却停止温度:T℃まで引き続き冷却される。T℃以上550℃以下の温度域で鋼板が冷却される速度は、該第1保持温度域での保持時間を15秒以上1000秒以下とする以外は特に制限されないが、鋼板が過度に遅い速度で冷却された場合には、未変態オーステナイトから炭化物が生成することにより、所望の組織が得られなくなる可能性が高い。従って、T℃以上550℃以下の温度域において、鋼板は、平均で1℃/s以上の速度で冷却されることが好ましい。
【0053】
冷却停止温度:T℃まで冷却された鋼板は、350℃以上490℃以下の第1温度域で15秒以上1000秒以下の時間保持される。第1温度域の上限が490℃を超えると、未変態オーステナイトから炭化物が析出して、所望の組織が得られない。一方、第1温度域の下限が350℃未満の場合、上部ベイナイトではなく、下部ベイナイトが生成し、オーステナイト中へのC濃化量が少なくなることが問題となる。従って、第1温度域の範囲は、350℃以上490℃以下の範囲とする。好ましくは、370℃以上460℃以下の範囲である。
また、第1温度域での保持時間が15秒未満の場合、上部ベイナイト変態量が少なくなり、未変態オーステナイト中へのC濃化量が少なくなることが問題となる。一方、第1温度域での保持時間が1000秒を超える場合、鋼板の最終組織として残留オーステナイトとなる未変態オーステナイトから炭化物が析出してC濃化した安定な残留オーステナイトが得られず、その結果、所望の加工性が得られない。従って、保持時間は15秒以上1000秒以下とする。好ましくは、30秒以上600秒以下の範囲である。
【0054】
第1温度域での保持が終了した鋼板は、200℃以上350℃以下の第2温度域まで任意の速度で冷却され、第2温度域で15秒以上1000秒以下の時間保持される。第2温度域の上限が350℃を超えると、下部ベイナイト変態が進行せず、結果として焼入れままのマルテンサイトの量が多くなることが問題となる。一方、第2温度域の下限が200℃未満の場合も同様に下部ベイナイト変態が進まずに焼入れままのマルテンサイトの量が多くなることが問題となる。従って、第2温度域の範囲は、200℃以上350℃以下の範囲とする。好ましくは、250℃以上340℃以下の範囲である。
また、保持時間が15秒未満の場合、十分な量の下部ベイナイトを得られず、所望の加工性が得られない。一方、保持時間が1000秒を超えると、第1温度域で生成させた上部ベイナイト中の安定した残留オーステナイトから炭化物が析出し、その結果、所望の加工性が得られない。従って、保持時間は15秒以上1000秒以下の範囲とする。好ましくは、30秒以上600秒以下の範囲である。
【0055】
なお、本発明における一連の熱処理では、上述した所定の温度範囲内であれば、保持温度は一定である必要はなく、所定の温度範囲内で変動しても本発明の趣旨を損なわない。冷却速度についても同様である。また、熱履歴さえ満足すれば、鋼板はいかなる設備で熱処理を施されても構わない。さらに、熱処理後に、形状矯正のために鋼板の表面に調質圧延を施すことや電気めっき等の表面処理を施すことも本発明の範囲に含まれる。
【0056】
本発明の高強度鋼板の製造方法には、さらに、溶融亜鉛めっき処理、あるいは溶融亜鉛めっき処理にさらに合金化処理を加えた合金化溶融亜鉛めっき処理を加えることができる。溶融亜鉛めっき処理、あるいはさらに合金化溶融亜鉛めっき処理は、上記した第1温度域までの冷却中もしくは第1温度域で行っても良い。この場合、第1温度域での保持時間は、溶融亜鉛めっき処理あるいは合金化亜鉛めっき処理の第1温度域における処理時間も含めて15秒以上1000秒以下とする。なお、該溶融亜鉛めっき処理あるいは合金化溶融亜鉛めっき処理は、連続溶融亜鉛めっきラインにて行うことが好ましい。
【0057】
また、本発明の高強度鋼板の製造方法では、上記した本発明の製造方法に従い、熱処理まで完了した高強度鋼板を製造した後、改めて溶融亜鉛めっき処理、あるいはさらに合金化溶融亜鉛めっき処理を施すことを加えることができる。
また、本発明の製造方法に従い、第2温度域での保持後に引き続き、溶融亜鉛めっき処理あるいは合金化溶融亜鉛めっき処理を施すことができる。
【0058】
鋼板に溶融亜鉛めっき処理または合金化溶融亜鉛めっき処理を行う方法は、次のとおりである。
鋼板をめっき浴中に浸入させ、ガスワイピングなどで付着量を調整する。めっき浴中の溶解Al量は、溶融亜鉛めっき処理の場合は0.12%以上0.22%以下の範囲、合金化溶融亜鉛めっき処理の場合は0.08%以上0.18%以下の範囲とすることが好ましい。
処理温度は、溶融亜鉛めっき処理の場合、めっき浴の温度は通常の450℃以上500℃以下の範囲であればよく、さらに合金化処理を施す場合、合金化時の温度は550℃以下とすることが好ましい。合金化温度が550℃を超える場合、未変態オーステナイトから炭化物が析出したり、場合によってはパーライトが生成するため、強度や加工性またはその両方が得られず、また、めっき層のパウダリング性も劣化する。一方、合金化時の温度が450℃未満では合金化が進行しない場合があるため、450℃以上とすることが好ましい。
めっき付着量は片面当たり20g/m以上150g/m以下の範囲とすることが好ましい。めっき付着量が20g/m未満では耐食性が不足し、一方、150g/mを超えても耐食効果は飽和し、コストアップを招くだけである。
めっき層の合金化度(Fe質量%(Fe含有量))は7質量%以上15質量%以下の範囲が好ましい。めっき層の合金化度が7質量%未満では、合金化ムラが生じ外観品質が劣化したり、めっき層中にいわゆるζ相が生成され鋼板の摺動性が劣化したりする。一方、めっき層の合金化度が15質量%を超えると、硬質で脆いΓ相が多量に形成され、めっき密着性が劣化する。
【実施例】
【0059】
以下、本発明を実施例によってさらに詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定するものではない。また、本発明の要旨構成の範囲内で構成を変更することは、本発明の範囲に含まれるものとする。
【0060】
表1に示す成分組成の鋼を溶製して得た鋳片を、1200℃に加熱し、870℃で仕上げ熱間圧延した熱延鋼板を650℃で巻き取り、ついで熱延鋼板を酸洗後、65%の圧延率で冷間圧延し、板厚:1.2mmの冷延鋼板とした。得られた冷延鋼板を、表2に示す条件で熱処理を施した。なお、表2中の冷却停止温度:Tとは、焼鈍温度から鋼板を冷却する際に、鋼板の冷却を停止する温度とする。
また、一部の冷延鋼板については、溶融亜鉛めっき処理あるいは合金化溶融亜鉛めっき処理を施した。ここで、溶融亜鉛めっき処理は、めっき浴温度:463℃、目付け量(片面あたり):50g/mとなるように両面めっきを施した。また、合金化溶融亜鉛めっき処理は、目付け量(片面あたり):50g/mとして合金化度(Fe質量%(Fe含有量))が9質量%となるように合金化条件を調整して両面めっきを施した。なお、溶融亜鉛めっき処理および合金化溶融合金化溶融亜鉛めっき処理は、表2に示すT℃まで一旦冷却した後に行った。
【0061】
得られた鋼板に、めっき処理を施さない場合には熱処理後に、溶融亜鉛めっき処理あるいは合金化溶融亜鉛めっき処理を施す場合には、これらの処理後に、圧延率(伸び率):0.3%の調質圧延を施した。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
かくして得られた鋼板の諸特性を以下の方法で評価した。
各鋼板から試料を切り出し研磨して、圧延方向に平行な面を走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて3000倍で10視野組織観察して、各相の面積率を測定し、各結晶粒の相構造を同定した。
【0065】
残留オーステナイト量は、鋼板を板厚方向に板厚の1/4まで研削・研磨し、X線回折強度測定により求めた。入射X線には、Co−Kαを用い、フェライトの(200)、(211)、(220)各面の回折強度に対するオーステナイトの(200)、(220)、(311)各面の強度比から平均値を残留オーステナイト量を計算した。
【0066】
残留オーステナイト中の平均C量は、X線回折強度測定でのオーステナイトの(200)、(220)、(311)各面の強度ピークから格子定数を求め、次の計算式から残留オーステナイト中の平均C量(質量%)を求めた。
=0.3580+0.0033×[C%]+0.00095×[Mn%]
+0.0056×[Al%]+0.022×[N%]
ただし、a:格子定数(nm)、[X%]:元素Xの質量%。なお、C以外の元素の質量%は、鋼板全体に対する質量%とした。
【0067】
引張試験は、鋼板の圧延方向に対して垂直な方向から採取したJIS5号試験片を用いて、JIS Z2241に準拠して行った。TS(引張り強さ)、T.El(全伸び)を測定し、強度と全伸びの積(TS×T.El)を算出して、強度と加工性(延性)のバランスを評価した。なお、本発明では、TS×T.El≧20000MPa・%の場合を良好とした。
【0068】
伸びフランジ性は、日本鉄鋼連盟規格JFST1001に準拠して評価した。得られた各鋼板を100mm×100mmに切断後、クリアランスを板厚の12%で直径:10mmの穴を打ち抜いた後、内径:75mmのダイスを用いて、しわ押さえ力:88.2kNで押さえた状態で、60°円錐のポンチを穴に押し込んで亀裂発生限界における穴直径を測定し、(1)の式から、限界穴拡げ率λ(%)を求めた。
限界穴拡げ率λ(%)={(D−D)/D}×100 ・・・(1)
ただし、Dは亀裂発生時の穴径(mm)、Dは初期穴径(mm)とする。
このようにして測定したλを用いて強度と限界穴拡げ率の積(TS×λ)を算出して、強度と伸びフランジ性のバランスを評価した。
なお、本発明では、TS×λ≧25000MPa・%の場合、伸びフランジ性を良好とした。
【0069】
また、鋼板組織中で最も硬質な組織の硬さを次に述べる方法で判断した。すなわち、組織観察の結果、焼入れままマルテンサイトが観察される場合は、これら焼入れままマルテンサイトを、超マイクロビッカースにて、荷重:0.02Nで10点測定し、それらの平均値を鋼板組織中で最も硬質な組織の硬さとした。なお、焼入れままマルテンサイトが認められない場合は、前述のように、焼戻しマルテンサイト、上部ベイナイトあるいは下部ベイナイトのいずれかの組織が、本発明の鋼板において最も硬質な相となる。これらの最も硬質な相は、本発明の鋼板の場合、HV≦800となる相であった。
【0070】
以上の評価結果を表3に示す。
【0071】
【表3】

【0072】
同表から明らかなように、本発明の鋼板はいずれも、引張強さが980MPa以上、かつTS×T.Elの値が20000MPa・%以上およびTS×λ≧25000MPa・%を満足することから、高強度と優れた加工性、とりわけ優れた伸びフランジ性を兼ね備えていることが確認できた。
【0073】
これに対し、試料No.1は、550℃までの平均冷却速度が適正範囲外であることから、所望の鋼板組織が得られず、TS×λ≧25000MPa・%を満足するものの、引張強さ(TS)≧980MPaおよびTS×T.EL≧20000MPa・%を満足しなかった。試料No.2は、第1温度域での保持時間が適正範囲外であることから、試料No.5は、焼鈍温度がA点未満であることから、試料No.6は、冷却停止温度:Tが第1温度域外であることから、試料No.8は、第2温度域での保持温度が適正範囲外であることから、試料No.11は、第2温度域での保持時間が適正範囲外であることから、所望の鋼板組織が得られず、引張強さ(TS)≧980MPaは満足するものの、TS×T.EL≧20000MPa・%およびTS×λ≧25000MPa・%のいずれかを満足しなかった。試料No.30〜34は、成分組成が適正範囲外であることから、所望の鋼板組織が得られず、引張強さ(TS)≧980MPa、TS×T.EL≧20000MPa・%およびTS×λ≧25000MPa・%のいずれか1つ以上を満足しなかった。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】本発明に従う製造方法における熱処理の温度パターンを示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:0.17%以上0.73%以下、
Si:3.0%以下、
Mn:0.5%以上3.0%以下、
P:0.1%以下、
S:0.07%以下、
Al:3.0%以下および
N:0.010%以下
を含有し、かつSi+Alが0.7%以上を満足し、残部はFeおよび不可避不純物の組成になり、
鋼板組織として、下部ベイナイトおよび全マルテンサイトの合計量の鋼板組織全体に対する面積率が10%以上90%以下、残留オーステナイト量が5%以上50%以下、上部ベイナイト中のベイニティックフェライトの鋼板組織全体に対する面積率が5%以上であり、前記下部ベイナイトおよび全マルテンサイトの合計量のうち焼入れままのマルテンサイトが75%以下、ポリゴナルフェライトの鋼板組織全体に対する面積率が10%以下(0%を含む)を満足し、かつ前記残留オーステナイト中の平均C量が0.70%以上であって、引張強さが980MPa以上であることを特徴とする高強度鋼板。
【請求項2】
前記鋼板がさらに、質量%で、
Cr:0.05%以上5.0%以下、
V:0.005%以上1.0%以下および
Mo:0.005%以上0.5%以下
のうちから選んだ1種または2種以上の元素を含有することを特徴とする請求項1に記載の高強度鋼板。
【請求項3】
前記鋼板がさらに、質量%で、
Ti:0.01%以上0.1%以下および
Nb:0.01%以上0.1%以下
のうちから選んだ1種または2種の元素を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の高強度鋼板。
【請求項4】
前記鋼板がさらに、質量%で、
B:0.0003%以上0.0050%以下
を含有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
【請求項5】
前記鋼板がさらに、質量%で、
Ni:0.05%以上2.0%以下および
Cu:0.05%以上2.0%以下
のうちから選んだ1種または2種の元素を含有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
【請求項6】
前記鋼板がさらに、質量%で、
Ca:0.001%以上0.005%以下および
REM:0.001%以上0.005%以下
のうちから選んだ1種または2種の元素を含有することを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれか1項に記載の鋼板の表面に、溶融亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層を具えることを特徴とする高強度鋼板。
【請求項8】
請求項1乃至6のいずれか1項に記載の成分組成になる鋼片を、熱間圧延し、冷間圧延により冷延鋼板とし、ついで該冷延鋼板を、オーステナイト単相域で15秒以上600秒以下焼鈍した後、350℃以上490℃以下の第1温度域で定める冷却停止温度:T℃まで冷却するに際し、少なくとも550℃までは平均冷却速度を5℃/s以上に制御して冷却し、その後、該第1温度域で15秒以上1000秒以下保持し、ついで、200℃以上350℃以下の第2温度域で15秒以上1000秒以下保持することを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
【請求項9】
前記冷却停止温度:T℃までの冷却時もしくは前記第1温度域で、溶融亜鉛めっき処理または合金化溶融亜鉛めっき処理を施すことを特徴とする請求項8に記載の高強度鋼板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−65273(P2010−65273A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−232437(P2008−232437)
【出願日】平成20年9月10日(2008.9.10)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】