説明

SCF結合阻害剤

【課題】c−kitレセプターに対するSCFの結合を阻害し、医薬品又は飲食品に有用なSCF結合阻害剤の提供。
【解決手段】D−グルタミン酸、S−アデノシル−L−メチオニン、プロトポルフィリンIX、グリセロリン脂質及び2,3−ジヒドロキシ安息香酸から選ばれる化合物若しくはその塩を有効成分とするSCF結合阻害剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステムセルファクター(Stem cell factor、以下「SCF」という)結合阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
SCFは、癌遺伝子c−kitに対するリガンドとしてクローニングされ、造血幹細胞の表面に発現しているc−kitレセプターのリガンドであり、造血細胞の増殖・分化を促す膜結合型の増殖因子として知られている。また、c−kitレセプターは肥満細胞の表面にも発現しており(非特許文献1)、該c−kitレセプターにSCFが結合すると、肥満細胞(マスト細胞)の増殖・活性化させることが報告されている(非特許文献2)。
【0003】
かようなことから、c−kitレセプターとSCFとの結合を阻害することにより、c−kitの発現する肥満細胞の増殖・分化を抑制することができ、アレルギー症状を予防又は改善できると考えられる。また、アレルギー疾患の予防又は治療剤としては長期間投与しても安全性に優れている医薬品、化粧品及び食品素材等が望まれている。
【0004】
D−グルタミン酸は、ヒトの毛穴収縮や不全角化抑制に作用に関与する細胞の受容体のアゴニストやアンタゴニスト作用(特許文献1)又は非ヒト動物に対する行動抑制や殺傷作用(特許文献2)があることが知られている。
【0005】
S−アデノシル−L−メチオニンは、イソプロテレノールのようなカテコールアミン類の気管支弛緩作用や心刺激作用の増強作用(非特許文献3)、腎毒性の軽減や抗腫瘍効果の増強作用(特許文献3)、一時的な局在性虚血により惹起される再灌流障害の低減作用(特許文献4)、及び癌転移の抑制作用(特許文献5)があることが知られている。
【0006】
プロトポルフィリンIXは、生体内でのヘムやクロロフィル合成代謝経路の中間体として知られており、光増感性を生かし、悪性腫瘍等に対する光化学治療に用いることができること(特許文献6及び7)が知られている。
【0007】
グリセロリン脂質は、メラニン生成抑制作用(特許文献8及び9)、NGF(Nerve growth factor)産生促進活性作用(特許文献10)及びTリンパ球増殖反応の低下作用(特許文献11)、また、焼き菓子や揚げ菓子の食感向上作用(特許文献12及び13)があることが知られている。
【0008】
2,3−ジヒドロキシ安息香酸は、感光の現像剤の添加物(特許文献14)として利用されており、また当該化合物を含有するウンカリア・トメントーサ樹皮抽出物にアルツハイマー病のアミロイド阻害作用(特許文献15)があることが知られている。
【0009】
しかしながら、これらの化合物にSCF結合阻害作用があることは知られていない。
【特許文献1】特開2003−342195号公報
【特許文献2】特開2006−28097号公報
【特許文献3】特開平6−192109号公報
【特許文献4】WO96/02252パンフレット
【特許文献5】特開平7−69876号公報
【特許文献6】特開2005−246013号公報
【特許文献7】特開2006−56807号公報
【特許文献8】特開2004−231544号公報
【特許文献9】特開2000−86425号公報
【特許文献10】特開平6−157338号公報
【特許文献11】特開2001−89360号公報
【特許文献12】特開2000−270759号公報
【特許文献13】特開2000−245383号公報
【特許文献14】特開平6−332155号公報
【特許文献15】特表2002−508752号公報
【非特許文献1】J.Exp.Med.,183,2681-2686,1996
【非特許文献2】Blood., 87(6):2262-2268. 1996
【非特許文献3】Hirata,F.,et al., Proc.Natl.Acad.Sci.USA,76,368,1979
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、c−kitレセプターに対するSCFの結合を阻害し、アレルギー症状を予防又は改善する医薬品又は飲食品として有用なSCF結合阻害剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、細胞表面上のc−kitレセプターに対するSCFの結合を特異的に阻害する成分を探索したところ、枯草菌の代謝物中に存在する特定の物質にc−kitとSCFとの結合阻害活性があることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明は、D−グルタミン酸、S−アデノシル−L−メチオニン、プロトポルフィリンIX、グリセロリン脂質及び2,3−ジヒドロキシ安息香酸から選ばれる化合物若しくはその塩を有効成分とするSCF結合阻害剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明のSCF結合阻害剤によれば、細胞表面上のc−kitとSCFとの結合が阻害され、各種アレルギー症状等を予防又は改善することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のSCF結合阻害剤とは、細胞表面上のc−kitレセプターに対するSCFの結合を特異的に阻害し、アレルギー症状の予防又は改善効果等を有するものをいう。
【0015】
本発明の化合物は、下記に示す、D−グルタミン酸(化合物1)、S−アデノシル−L−メチオニン(化合物2)、プロトポルフィリンIX(化合物3)、グリセロリン脂質(化合物4)及び2,3−ジヒドロキシ安息香酸(化合物5)である。
【0016】
【化1】

【0017】
ここで、一般式(4)中、R1及びR2はそれぞれ共に又は独立して高級飽和又は不飽和炭化水素、R3は、−H、−CH2CH2+(CH33、−CH2CH2+3、−CH2CH(N+3)COO-、−CH2CH(OH)CH2OHを意味する。グリセロリン脂質としては、ホスファチジン酸、ホスファチジルコリン(レシチン)、ホスファチジルエタノールアミン(セファリン)、ホスファチジルセリン(セファリン)、ホスファジルイノシトール、ホスファジルグリセロールが挙げられ、好ましくはホスファチジン酸である。
【0018】
化合物1〜5の塩としては、医薬品若しくは飲食品上許容し得る塩であればよい。例えば、塩基性塩としてリチウム、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属塩類、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム等のアルカリ土類金属類、1〜3級アミン類、4級アンモニウム塩類やアルギニン、リジン等のアミノ酸類が挙げられる。また、例えば、酸性塩として、塩酸、ヨウ素酸、硫酸等の鉱酸塩、酢酸、クエン酸、p−トルエンスルホン酸等の有機酸塩等が挙げられる。
【0019】
斯かるD−グルタミン酸、S−アデノシル−L−メチオニン、プロトポルフィリンIX、グリセロリン脂質及び2,3−ジヒドロキシ安息香酸(化合物1〜5)は、市販品を用いてもよく、公知の有機化合物合成法により得てもよい。また、天然物や微生物代謝物、例えば枯草菌代謝物から公知の抽出方法により得てもよい。
【0020】
具体的には、D−グルタミン酸は(化合物1)は、グルタミン酸ラセマーゼ発現遺伝子を組み込んだエシェリヒア属菌(特開2003−342195号公報)、グルタミン酸ラセマーゼ(Ashiuchi M, Soda K, Misono H. Biosci Biotechnol Biochem. 1999 May;63(5):792-8, Characterization of yrpC gene product of Bacillus subtilis IFO 3336 as glutamate racemase isozym)次いでL−グルタミン酸オキシダーゼ(特開2001−25398号公報)等を用いて製造することができる。
【0021】
また、S−アデノシル−L−メチオニン(化合物2)は、S−アデノシル−L−メチオニン合成酵素(Yocum RR, Perkins JB, Howitt CL, Pero J. J Bacteriol. 1996 Aug;178(15):4604-4610, Cloning and characterization of the metE gene encoding S-adenosylmethionine synthetase from Bacillus subtilis.)、サッカロマイセス属の食用酵母(特開2005−229812号公報)を用いて製造することができる。
【0022】
また、プロトポルフィリンIX(化合物3)は、動物体内でのヘムやクロロフィル合成代謝経路から得ることやプロトヘムIX合成酵素遺伝子(Hansson M, Hederstedt L. J Bacteriol. 1992 Dec;174(24):8081-8093., Cloning and characterization of the Bacillus subtilis hemEHY gene cluster, which encodes protoheme IX biosynthetic enzymes.)を用いて製造することができる。
【0023】
また、グリセロリン脂質(化合物4)は、ホスホリパーゼ等の酵素や微生物例えば、枯草菌(Bacillus subtilis and its closest relatives. (ASM press))を用いて製造することができる(特表2004−532857号公報)。
【0024】
また、2,3−ジヒドロキシ安息香酸(化合物5)は、カテコールのジナトリウム塩から有機合成(特開2001−39919号公報)を用いて製造することができる。
【0025】
この際用いられる分離・精製手段としては、例えば、活性炭処理、液液分配、カラムクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、ゲル濾過、精密蒸留等を挙げることができる。
【0026】
本発明のD−グルタミン酸、S−アデノシル−L−メチオニン、プロトポルフィリンIX、グリセロリン脂質及び2,3−ジヒドロキシ安息香酸(化合物1〜5)は、後記実施例に示すように、c−kitへのSCFの結合阻害活性を有し、例えば肥満細胞上のc−Kitの活性化によって引き起こされるアレルギー機構の作用を抑制することができると考えられる(Eur J Pharmacol. 2006 Mar 8;533(1-3):327-40. Epub 2006 Feb 17.)。従って、本発明の化合物1〜5は、これを有効成分とするSCF結合阻害剤として使用することができ、また、SCF結合阻害剤を製造するために使用することができる。当該SCF結合阻害剤は、アレルギー症状の予防又は改善等の効果を発揮する、ヒト若しくは動物用の医薬品、医薬部外品、化粧品、飲食品等として使用可能である。また、前記、ヒト若しくは動物用の医薬品、医薬部外品、化粧品、飲食品の製造のために使用可能である。例えば、アレルギー症状の予防又は改善等をコンセプトとし、必要に応じてその旨の表示を付した飲食品、例えば、病者用飲食品、特定保健用食品、美容食品等の機能性食品や化粧品として使用可能である。
【0027】
ここで、アレルギー症状とは、例えば喘息、アレルギー性鼻炎、アレルギー性副鼻腔炎、アナフィラキシー症候群、蕁麻疹、血管浮腫、アトピー性皮膚炎、アレルギー性接触皮膚炎、結節性紅斑、多形性紅斑、皮膚壊死性静脈炎等のアレルギー疾患によって呈される諸症状をいう。
【0028】
本発明のSCF結合阻害剤を医薬品として用いる場合の投与形態としては、例えば錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤等による経口投与又は注射剤、外用剤、坐剤、経皮吸収剤等による非経口投与のいずれでもよい。当該医薬製剤を調製するには、本発明の植物又はその抽出物を単独で、又は他の薬学的に許容される賦形剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、嬌味剤、香料、被膜剤、担体、希釈剤等を適宜組み合わせて用いることができる。
【0029】
また、本発明のSCF結合阻害剤を医薬部外品や化粧料として用いる場合は、皮膚外用剤、洗浄剤、メイクアップ化粧料とすることができ、使用方法に応じて、ローション、乳液、ゲル、クリーム、軟膏剤、粉末、顆粒等の種々の剤型で提供することができる。このような種々の剤型の医薬部外品や化粧料は、本発明の化合物1〜5を単独で、又は医薬部外品、皮膚化粧料及び洗浄料に配合される、油性成分、保湿剤、粉体、色素、乳化剤、可溶化剤、洗浄剤、紫外線吸収剤、増粘剤、薬効成分、香料、樹脂、防菌防黴剤、植物抽出物、アルコール類等を適宜組み合わせることにより調製することができる。尚、薬効成分としては、スプロピオン酸クロベタゾール、吉草酸ジフルコルトロン、酢酸ヒドロコルチゾン等のステロイド剤等が挙げられる。
【0030】
本発明のSCF結合阻害剤を食品として用いる場合は、果汁飲料、炭酸飲料、茶系飲料、乳飲料、アルコール飲料、清涼飲料、ガム、キャンデー、クッキー、パン、米飯、麺類等あらゆる飲食品の形態とすることができる。このような種々の飲食品は、本発明の化合物1〜5を単独で、又は飲料、食品に配合される酸化防止剤、香料、無機酸類、無機酸塩類、無機塩類、色素類、乳化剤、保存料、調味料、甘味料、酸味料、果汁エキス類、野菜エキス類、花蜜エキス類、乳酸菌、pH調整剤、品質安定剤等を適宜組み合わせることにより調製することができる。
【0031】
本発明のSCF結合阻害剤の化合物1〜5の含有量は、乾燥固形成分として0.1〜20質量%、特に0.5〜10質量%とすることが好ましく、化合物1〜5の含有量としては、固形分換算で0.0001〜10質量%、特に0.001〜5質量%含有することが好ましい。
また、本発明のSCF結合阻害剤の成人1人当たりの1日の投与(摂取)量は、本発明の化合物1〜5(乾燥固形分換算)として、例えば0.001〜1000mg、特に0.01〜100mgであることが好ましい。
【実施例】
【0032】
化合物1溶液は、D−グルタミン酸(シグマ G1001)を蒸留水で1mMとなるように溶解した。化合物2溶液は、S−アデノシル−L−メチオニン(Fluka 02095)を蒸留水で1mMとなるように溶解した。化合物3溶液は、プロトポルフィリンIX(Wako 599−10291)をDMSOで1mMとなるように溶解した。化合物4溶液は、グリセロリン脂質(レシチン由来、シグマ P9511)を蒸留水に0.1%(W/V)となるように溶解した。化合物5溶液は、2,3−ジヒドロキシ安息香酸(シグマ(ALDRICH) 126209)を蒸留水で1mMとなるように溶解した。
【0033】
実施例1 SCF結合阻害活性
PBSで200μg/mLに溶解したRecombinant human c-kit (Soluble c-kit ; s-kit(R&D systems社))を96ウェルプレートに50μL/ウェルとなるように添加し、4℃で一晩放置した。翌日ウェルをPBSで2回洗浄した後、5%BSA(Bovine Serum Albumin;和光純薬工業株式会社)−PBST(0.1% Tween20-PBS)をウェルが満杯になるまで添加し、室温で1時間以上放置した。ウェルをPBSTで2回洗浄後、評価サンプル(各化合物1〜5溶液:終濃度5%(v/v))、終濃度100pMのSCF(「Recombinant Human SCF」(Peprotech社))、終濃度0.5%のBSA、PBSを加え計100μL/ウェルを添加し、室温で2時間以上振とうさせた。ウェルをPBSTで5回洗浄した後、終濃度0.5μg/mLの抗SCF抗体(「Rabbit polyclonal to SCF」(abcam社))、終濃度0.5%のBSA、PBSを加え計100μL/ウェルを添加し、室温で2時間以上振とうまたは、4℃で一晩放置した。ウェルをPBSTで5回洗浄した後、0.5%BSA−PBSTで1000倍希釈したHRP標識抗ウサギIgG抗体(ECL Anti-rabbit IgG(Amersham Biosciences社))を100μL/ウェル添加し、室温で2時間以上振とうさせた。ウェルをPBSTで10回洗浄した後、TMB基質液(「TMB Microwell Peroxidase Substrate System」(KPL社))を100μL/ウェル添加し、遮光して室温で10℃、20分放置した。さらにTMB反応停止液(「TMB Stop Solution」(KPL社))を100μL/ウェル添加し反応を停止させ、プレートリーダーで450nmの吸光度を測定しs−kitに結合したSCF量を計測した。
なおコントロールとして、評価サンプルの代わりにその溶媒を同量添加したウェルを作製した。また、s−kitを固相化せずに、評価サンプルの代わりにその溶媒を添加したウェルを作製し、この吸光度をブランク(非特異的結合量)とした。得られた吸光度はブランクの値を差し引くことで特異的結合量を求め、コントロールの値を100とした相対値で表した。
【0034】
【表1】

【0035】
表1に示したとおり、本発明の化合物1〜5は、c−kitに対するSCFの結合阻害活性を有することが認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
D−グルタミン酸、S−アデノシル−L−メチオニン、プロトポルフィリンIX、グリセロリン脂質及び2,3−ジヒドロキシ安息香酸から選ばれる化合物若しくはその塩を有効成分とするSCF結合阻害剤。

【公開番号】特開2008−31096(P2008−31096A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−206515(P2006−206515)
【出願日】平成18年7月28日(2006.7.28)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】