説明

X線回折測定用シリコン基板

【課題】微少量の試料であってもX線回折測定に用いることが可能な測定用基板を提供することを目的とする。
【解決手段】X線回折測定用シリコン基板であって、前記基板内に凹形状部分を1以上有し、前記凹形状部分の底の基板厚みが、0.1〜100μmの範囲であり、前記凹形状部分を除く前記基板の厚みが、280〜1000μmの範囲である基板である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線回折測定用シリコン基板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
X線を結晶面に照射したときに生じる回折X線を測定するX線回折分析は、結晶性物質を調べるために広く用いられている。しかし、微少量の試料の回折測定では、試料が自立することが困難なため、例えば、基板上に試料薄膜を形成し、その薄膜に対してX線回折を測定している。X線は物質を透過しやすいので、回折を観察するためには物質にある程度の厚み、例えば数μmが必要である。この厚みをかせぐため、X線を透過させてX線回折測定するには厚みが足りない試料薄膜については、表面が平坦な膜に対して非常に浅い角度でX線を入射させ、X線回折測定を行うことができる。また、X線回折に影響が少ない材料で作成された基板を用意し、その基板上に形成した試料薄膜に、X線を透過させてX線回折測定する方法もある。後者の場合、前記基板として、例えばゲルマニウム基板の上に、銀とアルミニウムを交互に積層させたX線回折測定用基板が提案されている(例えば、特許文献1参照)。このような基板を選択することにより、基板上の試料薄膜に対してほぼ垂直にX線を入射させて得られるX線回折測定データから、基板の影響を低減することが試みられている。
【0003】
しかし、第3世代クラスの高エネルギーX線を用いる場合、X線の進入長が長くなるため、前記基板上に形成した試料薄膜に対してX線を入射させると、薄膜が薄いため基板にX線が入射してしまい、得られるX線回折データに基板相互作用の情報が含まれてしまう。また、高エネルギーX線を用いるX線回折測定の場合、X線回折に影響が少ない材料で作成された基板を用いても、得られるX線回折データに基板の影響が含まれるという問題があった。
【特許文献1】特開平8−262197号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、本発明は、微少量の試料であってもX線回折測定に用いることが可能な測定用基板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、X線回折測定用シリコン基板であって、前記基板内に凹形状部分を1以上有し、前記凹形状部分の底の基板厚みが、0.1〜100μmの範囲であり、前記凹形状部分を除く前記基板の厚みが、280〜1000μmの範囲である基板である。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、微少量の試料を精度良く測定することが可能であるという利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は、前記のように、X線回折測定用シリコン基板であって、前記基板内に凹形状部分を1以上有し、前記凹形状部分の底の基板厚みが、0.1〜100μmの範囲であり、前記凹形状部分を除く前記基板の厚みが、280〜1000μmの範囲である基板である。本発明のX線回折測定用シリコン基板の一例を図1に示す。図1(a)は、本発明の基板の断面図であり、図1(b)は本発明の基板の斜視図である。図1において、1はX線回折測定用シリコン基板であり、2はシリコン基板であり、3は凹形状部分である。
【0008】
本発明の基板は、前記のようにX線回折測定用シリコン基板である。この基板としては、シリコン単結晶からカットされた基板、シリコン多結晶からカットされた基板等、半導体分野などで用いられるシリコン基板を用いることができる。
【0009】
本発明の基板は、取扱いやすい大きさであればよい。
【0010】
本発明の基板内には、凹形状部分を1以上、好ましくは1〜9、より好ましくは1〜2、さらに好ましくは1有する。この凹形状部分の底部上または基板を挟んで前記底面と逆の面上にX線回折測定される試料を配置するため、凹形状部分を1以上有すると、1つの基板を用いて1以上の試料を測定することが可能になるので好ましい。
【0011】
本発明の基板内の、凹形状部分の底の基板の厚みは、0.1〜100μmの範囲であり、好ましくは0.1〜10μmの範囲であり、より好ましくは0.1〜5μmの範囲である。前記凹形状部分の底の基板の厚みが0.1〜100μmの範囲であれば、この凹形状部分の底部上または基板を挟んで前記底面と逆の面上に配置されたX線回折測定される試料にX線を入射させても、基板の影響が非常に少ないからである。
【0012】
また、前記凹形状部分を除く前記基板の厚みは、280〜1000μmの範囲であり、好ましくは280〜600μmの範囲であり、より好ましくは500〜600μmの範囲である。前記凹形状部分を除く前記基板の厚みが280〜1000μmの範囲であれば、前記基板を取り扱いやすいからである。
【0013】
本発明の基板内の凹形状部分の底面積は、0.6〜40mm2の範囲であり、好ましくは0.9〜1.2mm2の範囲である。前記凹形状部分の底面積が0.6〜40mm2の範囲であれば、微少量な試料であってもX線回折測定に必要な厚みを確保することが可能だからである。
【0014】
本発明の基板内の凹形状部分は、円柱形状、立方体形状、直方体形状、円錐台形状、角錐台形状等であってもよいが、これには特に限定されない。
【0015】
本発明の基板は、極微少量の試料のX線回折を測定するための基板であるのが好ましい。
【0016】
本発明の基板を用いて測定する試料としては、例えば、固体、ゲル状、液体などが挙げられる。また、試料としては、結晶性物質、非晶質物質などが挙げられ、中でも、非晶質物質であるのが好ましい。前記非晶質物質に加えて、例えば、蛋白質、アモルファス合金が挙げられる。
【0017】
本発明の基板を用いて測定するX線回折測定は、高エネルギーX線を用いて行われるのが好ましい。高エネルギーX線を用いたX線回折測定によれば、複雑な原子構造を決めることが可能だからである。
【0018】
本発明の基板を用いて測定するX線回折測定は、散乱ベクトルQが例えば20以下まで、好ましくは25以下まで、より好ましくは35以下まで行われるのが好ましい。
【0019】
物質のX線回折測定データから逆モンテカルロシュミレーション法やリードベルト法により、物質の構造解析をすることができる。例えば逆モンテカルロシュミレーション法を用いて、結晶性ではない物質の3次元構造を構築することが可能である。その3次元構造は、まず物質の構造関数S0(Q)を算出し、3次元仮想構造から算出した構造関数S(Q)とその構造関数S0(Q)を比較し、その差が最小になる際の3次元仮想構造を実際の3次元構造に最も近い構造として選択されたものである。ここでQは散乱ベクトルと呼ばれるが、Qが低い場合には原子配列の周期性情報が得られ、Qが高い、例えば12以上であれば、微小な原子変位の情報が得られる。すなわち、Qが高い場合には、原子配列の周期性が無い、結晶性ではない物質、例えばアモルファスの原子に関する情報が得られる。本発明の基板を用いて測定するX線回折測定は、前記のように散乱ベクトルQが例えば20以下までの高いものである。従って、本発明の基板を用いれば、微小な原子変位の情報を得ることができる。
【0020】
次に、本発明の極微少量の試料のX線回折を測定する方法は、本発明の基板の、前記凹形状部分の底面上または基板を挟んで前記底面と逆の面上に試料を配置し、前記試料および前記凹形状部分の底面をX線が通過するようにX線を入射させて前記試料のX線回折を測定することを含む方法である。
【0021】
本発明の測定方法において、測定される試料12は、本発明の基板10の前記凹形状部分13の底面上(例えば図2(a)参照)または基板を挟んで前記底面と逆の面上(例えば図3(a)参照)に配置される。試料がゲル状または固体の場合、本発明の基板の前記凹形状部分の底面上に配置されてもよく、試料が固体またはゲル状の場合、本発明の基板を挟んで前記底面と逆の面上に配置されてもよい。
【0022】
前記のように試料を配置した後、前記試料および前記凹形状部分の底面をX線が通過するようにX線を入射させて前記試料のX線回折を測定する。X線の入射は、試料12が本発明の基板の前記凹形状部分13の底面上に配置されている場合は、前記凹形状部分13からX線14を入射させれば、前記試料12および前記凹形状部分の底面をX線が通過するようにできる(例えば図2(b)参照)。また、試料12が本発明の基板を挟んで前記凹形状部分13の底面と逆の面上に配置されている場合は、前記試料12からX線を入射させれば、前記凹形状部分の底面をX線が通過するようにできる。そのようにして得られた前記試料のX線回折を測定することができる。得られた試料のX線回折データは前記のように逆モンテカルロシュミレーション法やリードベルト法により、物質の構造解析をすることができる。例えば逆モンテカルロシュミレーション法を用いて、結晶性ではない物質の3次元構造を構築することが可能である。
【0023】
次に、本発明の基板は、例えば以下の製造方法により製造することができる。本発明の基板の製造方法としては、例えば、280〜1000μmの範囲の厚みのシリコン基板を用意し、前記基板を機械研磨により前記基板内に凹形状部分を1以上形成するように加工し、前記基板の凹形状部分をRIE(リアクティブイオンエッチング)によりさらに底の厚みを薄く加工して、前記凹形状部分の底の基板の厚みを0.1〜100μmの範囲にすることを含む。前記機械研磨によれば、前記基板の凹形状部分の底の基板厚みを例えば100μm程度まで前記基板に凹形状部分を形成することが可能であり、前記RIEによれば、前記基板の凹形状部分の底の基板厚みを例えば1μm程度まで前記基板に凹形状部分を形成することが可能なため、これら機械研磨とRIEを組み合わせると、短時間に凹形状部分の底の基板厚みを薄く加工できるので好ましい。
【0024】
前記機械研磨としては、化学機械研磨(CMP)などを用いることができる。前記化学機械研磨は、研磨パッドと研磨剤(研磨スラリー)を用いて、シリコン基板を研磨する方法である。前記研磨剤としては、単結晶シリコンには、アルミナ、シリカ、セリア、酸化マンガンを研磨剤として用いることができる。また、ダイヤモンドドリルを用いた機械研磨を用いることができる。このような機械研磨には、研削液を用いることができる。前記研削液としては、例えば、水溶性研削液および非水溶性研削液が挙げられる。
【0025】
前記RIEは、試料台(平面電極、カソード)と対向電極(アノード)を備えた真空容器中、試料台上にシリコン基板を配置し、例えば1〜200Pa、好ましくは10〜150Pa、より好ましくは150Paのガス圧で、例えば10〜30(sccm)、好ましくは15〜100(sccm)、より好ましくは15〜80(sccm)の流量で、反応ガス、例えばCF4ガス、C38ガス、CCl4ガス、BCl3ガスを流しながら、試料台に高周波を印加して行うことができる。前記高周波数は、RF電源の周波数は例えば10〜15MHz、好ましくは13.56MHzで、出力100〜500W、好ましくは150Wである。
【0026】
本発明の基板は、前記製造方法に限定されず、例えばRIEの代わりにスパッタエッチング、励起ガスエッチング、プラズマエッチング、リアクティブイオンビームエッチング、イオンビームスパッタエッチング等を用いてもよい。
【実施例1】
【0027】
シリコン単結晶からカットされた基板(厚み500μm、大きさ2cm×2cm)の中央部分を機械研磨により2cm×2cmの大きさ、深さ400μmの直方体形状に研磨し、1つの凹形状部分を形成した。機械研磨は、ダイヤモンドドリルで行った。その際、0.4mmのダイヤモンドの刀と、研削液を用いて研磨を行った。
【0028】
得られたシリコン基板の前記凹形状部分の底を、さらにRIEにより加工して、さらに深さ99μmまで研磨し、本発明の基板を得た(凹形状部分の底の厚みは約1μm。凹形状部分の底面積は0.96mm2)。RIEは、以下の条件で行った。
RIE装置:製品名:Model
【0029】
【化1】

【0030】
販売元:サムコインターナショナル株式会社
ガス圧:150Pa
ガス流量:80sccm(CF4)、15sccm(Ar)
反応ガス:CF4およびアルゴン(Ar)
RF電源の周波数:13.56MHz
RF電源の出力:150W
【実施例2】
【0031】
実施例1で得た基板の、基板を挟んで前記凹形状部分の底面と逆の面上に、試料としてcat−CVD法によりアモルファスシリコン膜(厚み:1.6μm)を形成した(図3(a)参照)。得られた試料付き基板の、試料に対してX線を入射し、X線回折を測定した(図3(b)参照)。X線の測定は、以下の条件で行った。
X線測定機械:BL04B2
ビームライン:Si220から得られる61.7keVの単色光
X線測定:透過法
検出器:Ge半導体検出器
得られたX線回折測定データから、構造関数So(Q)を算出した。その結果を図4(a)(Q=12まで)および図4(b)(Q=20まで)に示す。図4(a)および(b)に示すように、本発明の基板を用いてアモルファス試料を測定すると、Q=2および3.5付近のアモルファスピークが観測できた。この結果、本発明の基板を用いると、アモルファスの微少量試料を測定できることが確認できた。
【0032】
(比較例1)
実施例1で得た基板の代わりに、シリコン単結晶からカットされた基板(厚み500μm、大きさ2cm×2cm)を用いた以外は、実施例2と同様にしてアモルファス試料を測定した。得られた結果を図5(Q=12まで)に示す。図5に示すように、従来の基板を用いてアモルファス試料を測定すると、アモルファスピークが観測できなかった。
【産業上の利用可能性】
【0033】
試料として蛋白質を用い、生物学的研究用X線回折分析にも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】図1(a)は、本発明の基板の一例を示した断面図である。図1(b)は、本発明の基板の一例を示した斜視図である。
【図2】図2(a)は、試料付き本発明の基板の一例を示した斜視図である。図2(b)は、図2(a)に示す基板を用いるX線回折測定の一例を説明する図である。
【図3】図3(a)は、試料付き本発明の基板の別の一例を示した斜視図である。図3(b)は、図3(a)に示す基板を用いるX線回折測定の一例を説明する図である。
【図4】図4(a)は、本発明の基板の一例を用いて試料を測定し、得られたX線回折スペクトルである(実施例1)。図4(b)は図4(a)のQ=20までの拡大図である。
【図5】従来の基板を用いて試料を測定し、得られたX線回折スペクトルである(比較例1)。
【符号の説明】
【0035】
1 X線回折測定用シリコン基板
2 シリコン基板
3 凹形状部分
10 X線回折測定用シリコン基板
11 シリコン基板
12 試料
13 凹形状部分
14 X線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線回折測定用シリコン基板であって、前記基板内に凹形状部分を1以上有し、前記凹形状部分の底の基板厚みが、0.1〜100μmの範囲であり、前記凹形状部分を除く前記基板の厚みが、280〜1000μmの範囲である基板。
【請求項2】
前記基板内の前記凹形状部分の底面積が、0.6〜40mm2の範囲である請求項1に記載の基板。
【請求項3】
極微少量の試料のX線回折を測定するための基板であって、前記基板が、請求項1または2に記載の基板。
【請求項4】
前記試料が、非晶質である請求項3に記載の基板。
【請求項5】
前記試料が、蛋白質またはアモルファス合金である請求項3に記載の基板。
【請求項6】
前記X線回折測定が、高エネルギーX線を用いて行われる請求項1〜5のいずれかに記載の基板。
【請求項7】
極微少量の試料のX線回折を測定する方法であって、
前記方法が、請求項1〜6のいずれかに記載の基板の、前記凹形状部分の底面上または基板を挟んで前記底面と逆の面上に試料を配置し、
前記試料および前記凹形状部分の底面をX線が通過するようにX線を入射させて前記試料のX線回折を測定することを含む方法。
【請求項8】
280〜1000μmの範囲の厚みのシリコン基板を用意し、
前記基板を機械研磨により前記基板内に凹形状部分を1以上形成するように加工し、
前記基板の凹形状部分をRIEによりさらに底の厚みを薄く加工して、前記凹形状部分の底の基板の厚みを0.1〜100μmの範囲にすることを含む請求項1に記載の基板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−263610(P2007−263610A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−85893(P2006−85893)
【出願日】平成18年3月27日(2006.3.27)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】