説明

X線管及びそれを用いたX線検査装置

【課題】微小焦点X線管の陽極の温度上昇による焦点の移動量を制御可能とする。
【解決手段】X線管10には、微小焦点32を形成するための陰極12と陽極14を加熱するためにのみ用いられるエミッション陰極13の2つの陰極と、陽極14の2つの陰極12、13と対向する位置に第1のターゲット18と第2のターゲット19の2つのターゲットが設けられている。エミッション陰極13によって第2のターゲットに形成される焦点33の大きさは微小焦点32の大きさよりも大きくなっている。大きなエミッション陰極電流が得られるエミッション陰極13と微小焦点の陰極12を共用し、このエミッション陰極電流を制御することにより、従来の微小焦点X線管よりも大きなX線管電流を流して、陽極温度を素早く上昇し、また陽極温度を高温に維持する。その結果焦点移動量の変動を小さくできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小焦点などの小さい焦点を有するX線管及びそれを用いたX線検査装置に係り、特にX線管の使用中の陽極温度の上昇によって生じる焦点移動量の変動を低減し、かつX線検査装置にて焦点移動量を制御することにより高精度なX線検査を可能にする技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のX線検査装置の一例を図8に示す。このX線検査装置はX線CT検査用の装置である。図8においてX線CT検査装置200は、X線を発生するX線管が内挿されているX線発生装置202と、被検体204を載置して、これを任意の位置に移動可能な台座206と、被検体204を間に挟んでX線発生装置202と対向して設置され、被検体204を透過したX線を検出するX線検出装置208と、X線発生装置202、台座206、X線検出装置208などを収納するX線遮蔽ボックス210と、X線検出装置208の出力信号からX線画像を作成をしたり、他の装置の動作の制御などを行う制御装置212と、X線画像を画面に出力するモニタ装置214などから構成されている。X線CT検査装置200では、被検体204を、またはX線発生装置202とX線検出装置208とを回転させることで、被検体204の断層像を得ることが可能であり、更にこれらの断層像のデータを積層することで、被検体204の3次元形状の像の取得が可能である。
【0003】
このようなX線CT検査装置200は被検体204の内部の状態の調査や、被検体204の形状の検査などに使用されている。近年では被検体204の内部の微細な傷や欠陥の検査及び変異組織の調査など、高精度の検査を行うために、X線発生装置202に微小焦点を有するX線管を使用することが多くなっている。
【0004】
従来の微小焦点X線管の一例を図9に示す。図9に示した微小焦点X線管は固定陽極形のものであるが、他に陽極が回転する回転陽極形のものもある。図9において、微小焦点X線管220は絶縁のために真空中に設置された陰極222と陽極224と、両電極を真空気密に内包する外囲器226とから構成される。陰極222は熱電子を発生するカソード228と、この熱電子を細い電子線230に集束する電子集束系232を有する。陽極224は陰極222からの細い電子線230が衝突してX線234を発生するターゲット236と、ターゲット236を支持する陽極母材238を有する。外囲器226は陽極224のターゲット236上のX線源(焦点)240で発生したX線234を外部に放射するためのX線放射窓242を有する。
【0005】
このようなX線管220において、使用時に陽極224と陰極222の間にX線管電圧が印加され、陰極222から陽極224に向けて電子線230の電流(X線管電流)が流れると、陽極224のターゲット236の焦点240でX線234が発生するとともに、大量の熱が発生する。電子線230がターゲット236に衝突する際の電子線230の衝突エネルギーは大略X線管電圧値とX線管電流置の積で表わされるが、この衝突エネルギーのうち、X線234に変換されるのは1%未満であり、99%以上は熱に変換される。この際にターゲット236で発生する熱によりターゲット236とこれを支持する陽極母材238の温度が上昇する。その結果、ターゲット236と陽極母材238が熱膨張し、陽極母材238の長さが伸長するためにターゲット236上の焦点240の位置が移動する。
【0006】
上記の如く、X線CT検査装置200では、被検体204、またはX線発生装置202とX線検出装置208の組合せを回転させて断層像を得ているため、断層像の撮影中にX線管220の焦点240の移動が起こると、断層像の撮影の開始時と終了時での断層位置が変位し、取得した画像の中心から放射状に輝線が発生するなどのアーチファクトと呼ばれる画像欠陥が発生する。更に、X線管220の焦点240の移動量が大きい場合には、画像の欠落や、最悪のときには撮影不可能となるときもある。
【0007】
また、X線CT検査装置200では、検査開始前に被検体204の無い状態でのX線234の線量分布の測定を行い、このときのX線検出装置202の出力データを基準にして、被検体のX線透過率の測定を行い、断面形状及びこれに基づく3次元形状を取得する。このような基準データの作成をキャリブレーションと呼ぶ。このため、キャリブレーション時と実際の検査時とでX線管220の焦点240の位置が異なると、実際の検査時に被検体204でのX線透過率の計算が不正確となり、高精度な検査ができなくなる。現状の微小焦点X線管を利用したX線CT検査装置200では、X線検出装置202の感度の面から、X線管220の焦点240の位置移動量はキャリブレーションを行ったときの位置から数μm以内に納まっている必要がある。
【0008】
図10には、X線管220の陽極224に一定量の負荷を印加した場合の陽極224の温度、または熱膨張の時間的変化の概略を示す。図10において、横軸は時間経過、縦軸は陽極224の温度、または熱膨張を示している。ここで、陽極224の熱膨張はX線管220の焦点240の移動量に対応し、これらは陽極224の温度にほぼ比例する。図10から明らかなように、陽極224の温度が低く、熱膨張が小さい領域では、温度上昇速度及び熱膨張速度が速く、温度が高く、熱膨張が大きくなった領域では、温度及び熱膨張の変化は飽和状態になり、温度及び熱膨張はほぼ一定値になり、定常状態になっている。これは、陽極224の温度が上昇し、陽極224と周囲との温度差が大きくなったことにより、陽極224からの放熱量が、陽極224への入力負荷量とほぼ等しくなり、バランスしたことによる。
【0009】
上記のことを考慮して、X線CT検査装置200の使用時には、X線管220の陽極224を十分に熱膨張させて、安定した状態にして検査を行うという手順がとられている。この手順はウォーミングアップ工程といわれており、この工程では、X線CT検査装置200の使用前にX線管220に特定の負荷を印加し、陽極224を特定の温度まで上昇させる。しかし、微小焦点を有するX線管220では、陽極224のターゲット236の表面に形成される焦点240の面積が小さく、負荷が過大であると、ターゲット236の焦点240面が溶融し、X線管220の劣化、または破損を招くため、X線管220として許容される負荷(許容負荷)は低い値に制限される。
【0010】
X線管220の使用中の陽極224の熱膨張による焦点240の移動に対応するために、従来のX線装置では、焦点240の移動量を検出する機構を設け、この検出結果に基づきX線管220から放出されるX線234の範囲を制御するコメリータを変位させて、焦点240の移動量をキャンセルする方法が特許文献1に開示されている。
【特許文献1】特開2000−51209号公報
【0011】
また、X線管220の焦点240の移動量の検出結果に基づき、X線検出装置208の検出感度分布を変化させて、焦点240の移動によって発生するアーチファクトを防止する機構を持つX線装置について、特許文献2、特許文献3などに開示されている。
【特許文献2】特開平6−269443号公報
【特許文献3】特開平6−169914号公報
【0012】
その他の焦点240の移動の対応策として、X線管220の焦点240の移動量に合わせて、X線管220を内挿するX線発生装置202自体を逆方向に移動させて焦点240の移動量をキャンセルする手法もある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記のX線管220の焦点移動の対応策の中で、特許文献1に開示されたものでは、X線管220を内挿したX線発生装置202のX線放射窓の外側にコリメータなどを設置しているが、微小焦点X線管220を使用したX線CT検査装置200では被検体204の内部の微細な欠陥などを観察するのに、十分な倍率で拡大してX線照射を行うことになるため、被検体202と焦点240との距離(FOD)を十分小さくする必要があり、その結果、X線放射窓の外側にコリメータなどを取り付けることは困難である。
【0014】
また、特許文献2や特許文献3に開示されている手法は、X線検出装置208が複数のX線検出素子の集合体として形成されている場合には採用可能な手法であるが、微小焦点X線嵌220を使用したX線CT検査装置200では、一般に光電子増倍管(I.I.)を利用したX線カメラや平面X線検出器(FPD)などの単一のX線検出器から成るX線検出装置208が使用されているため、このようなX線検出装置208では検出感度分布を変化させることは不可能である。
【0015】
また、X線発生装置202自体を移動して焦点240の移動量をキャンセルする手法では、X線発生装置202の移動のために大掛かりの制御機構を必要とするほか、その移動時の振動などにより観察画像にブレを生じる可能性があるため、被検体204の微小な観察対象物を高倍率で観察する微小焦点X線管220を使用したX線CT検査装置200では非常に精密な制御が必要となるという問題がある。
【0016】
上記に鑑み、本発明では、微小焦点X線管の陽極の温度上昇による焦点の移動量を制御可能とし、X線管の焦点移動量の変動の小さい状態で使用することにより、X線画像のアーチファクトを無くし、高精度なX線検査のできるX線検査装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記目的を達成するため、本発明のX線管は、熱電子を発生するカソードと、この熱電子を細いビーム状の電子線に集束する電子集束系を有する陰極と、陰極からの電子線が衝突してX線を発生するターゲットを有する陽極と、陰極と陽極を真空気密に内包し、対向させて絶縁支持する外囲器を備えたX線管において、前記陰極とは別個に設けられた第2の陰極(以下、エミッション陰極という)と、前記ターゲット(以下、第1のターゲットという)とは別個に、前記エミッション陰極と対向して、前記陽極に設けられた第2のターゲットを有し、前記エミッション陰極から前記第2のターゲットに向かう電子線による電流(以下、エミッション陰極電流という)は前記陽極を加熱するために用いられる(請求項1)。
【0018】
また、本発明のX線管では、前記エミッション陰極電流の値を制御して、前記陽極の温度を制御可能としている。
【0019】
また、本発明のX線管では、前記エミッション陰極電流が前記第2のターゲットに衝突して発生するX線を外部に漏洩しないようにするX線遮蔽体を前記第2のターゲットのX線源(焦点)の近傍に設けている。
【0020】
また、本発明のX線管では、前記エミッション陰極電流によって前記第2のターゲットに形成される焦点の大きさを、前記陰極からの電子線の電流(以下、正味のX線管電流という)によって第1のターゲットに形成されるX線源(焦点)の大きさよりも大きくしたものである。
【0021】
また、本発明のX線管では、前記陽極の第2のターゲットを省き、前記第1のターゲットを支持する陽極母材にて代用するものである。
【0022】
また、本発明のX線管では、前記陽極が回転陽極である。
【0023】
また、本発明のX線管では、前記陽極が回転陽極であり、前記第2のターゲットが前記ターゲットに含まれる。また、正味のX線管電流によって形成される焦点の回転軌道とエミッション陰極電流によって形成される焦点の回転軌道は一致しないようにずらして設けられている。
【0024】
また、本発明のX線管では、前記エミッション陰極は、前記陰極に対し、前記陽極を中心軸にして、回転角で約120度以上離れた回転した位置に配置されている。また、前記エミッション陰極は前記陰極に対しほぼ180度回転した位置に配置されている。
【0025】
また、本発明のX線発生装置は、X線を発生するX線管と、X線管を支持するX線管支持体と、X線管にX線管電圧を供給する高電圧電源と、X線管の陰極にカソード加熱電圧などを供給する陰極電流と、X線管などを絶縁し冷却する絶縁油と、少なくともX線管とX線管支持体と絶縁油を内包する容器などを備えたX線発生装置において、前記X線管が本発明のX線管であり、更に前記X線管のエミッション陰極にカソード加熱電圧などを供給するエミッション陰極電源を備えている(請求項2)。
【0026】
また、本発明のX線発生装置では、前記X線管の陽極は回転陽極であり、更に前記回転陽極を回転するためのステータとステータ電源を備えている。
【0027】
また、本発明のX線検査装置は、X線を発生するX線発生装置と、被検体を支持する台座と、X線発生装置から放射され、被検体を透過したX線を検出するX線検出装置と、X線発生装置やその他の装置を制御し、X線検出装置にて得られた情報から被検体のX線画像を作成する制御装置と、前記X線画像を画面に出力するモニタ装置と、少なくともX線発生装置と台座とX線検出装置を収納し、外部へのX線漏洩を防止するX線遮蔽ボックスなどから構成されるX線検査装置において、前記X線発生装置が本発明のX線発生装置である(請求項3)。
【0028】
また、本発明のX線検査装置では、X線検査中に前記X線発生装置に内包されるX線管の陽極の温度が適正高温状態のほぼ一定の温度に保たれるように、前記X線管のエミッション陰極電流が前記制御装置によって制御されている。また、前記ほぼ一定の温度は前記X線管の陽極の冷却能力の上限値を示す温度である。
【0029】
また、本発明のX線検査装置では、X線検査中に前記X線発生装置に内包されるX線管の陽極に入力される前記陰極からの負荷と前記エミッション陰極からの負荷の和が常に前記陽極の温度を適正高温状態に維持するのに必要な負荷でかつほぼ一定の負荷になるように、前記エミッション陰極電流が前記制御装置によって制御されている。また、前記ほぼ一定の負荷は前記X線管の陽極の冷却能力の上限値である。
【0030】
また、本発明のX線検査装置では、X線検査開始前のウォーミングアップ時に、前記X線発生装置に内包されるX線管の陽極に入力される前記陰極からの負荷と前記エミッション陰極からの負荷の和が前記陽極の温度を適正高温状態に維持するのに必要な負荷でかつほぼ一定の負荷になるように、前記エミッション陰極電流が前記制御装置によって制御される。また、前記ほぼ一定の負荷は前記X線管の陽極の冷却能力の上限値である。
【0031】
また、本発明のX線検査装置では、X線検査開始前のウォーミングアップ時に前記X線発生装置に内包されるX線管の陽極には前記エミッション陰極からの負荷のみ入力され、この入力負荷が前記陽極の温度を適正高温常態に維持するのに必要な負荷でかつほぼ一定の負荷になるように、前記エミッション陰極電流が前記制御装置によって制御される。また、前記ほぼ一定の負荷は前記X線管の陽極の冷却能力の上限値である。
【発明の効果】
【0032】
本発明のX線管は、微小焦点を形成をするための通常の陰極とは別個に陽極を加熱するためのエミッション陰極を有しているので、このエミッション陰極と微小焦点用の通常の陰極の両方を使用して、またはエミッション陰極のみを使用して陽極に微小焦点用の通常の陰極単独の場合よりも大きな負荷を入力することが可能となり、その結果、微小焦点用の通常の陰極単独の場合よりも陽極の温度上昇時間をより短くし、また陽極の温度をより高温に維持することが可能となる。X線管の焦点の移動量は陽極の温度が高くなるほど大きくなるが、陽極への入力負荷に対する焦点移動量の変化率は陽極の温度が高くなる程小さくなるので、本発明のX線管を使用したX線検査装置では、X線検査中にX線管の陽極にエミッション陰極電流を流して高温に維持することにより、焦点移動量の変動が小さい状態でX線検査を行うことができ、従来品よりも高画質のX線画像を得ることができる。また、X線検査開始前のウォーミングアップ時には、エミッション陰極の使用により、ウォーミングアップ時間を従来品よりも短縮することができる。
【0033】
また、本発明のX線管では、エミッション陰極電流の値を制御して、陽極の温度を制御可能としているので、X線管の実使用中または使用開始前に、エミッション陰極電流を通常の陰極電流すなわち正味のX線管電流と共に、またはエミッション陰極電流単独で制御して、通常の陰極電流よりも大きなX線管電流を流すことにより、陽極の温度を従来よりも高速で高温に上昇することができ、また従来よりも高温に維持することができる。
【0034】
また、本発明のX線管では、エミッション陰極電流によって第2のターゲットで発生するX線を遮蔽するためにX線遮蔽体を第2のターゲットの焦点の近傍に設けているので、第2のターゲットからのX線が外部に漏洩することはなく、また第1のターゲットからのX線に混じることがないので、本発明のX線管は安全に使用することができ、また高画質のX線画像を提供することができる。
【0035】
また、本発明のX線管では、エミッション陰極電流によって第2のターゲットに形成される焦点の大きさを、陰極からの電流すなわち正味のX線管電流によって第1のターゲットに形成される焦点の大きさよりも大きくしているので、エミッション陰極電流を正味のX線管電流よりも大きい値とすることが可能であり、通常の陰極とエミッション陰極を一緒に用いることにより陽極の温度を従来品よりも少なくとも2倍以上の速度で温度上昇することができ、また陽極の温度を従来品よりも高い温度に維持することができる。また、エミッション陰極電流による焦点をより大きくすることにより、エミッション陰極単独でも、陽極の温度上昇操作を行うことができる。
【0036】
また、本発明のX線管では、陽極の第2のターゲットを省き、第1のターゲットを支持する陽極母材に代用しているので、第2のターゲットの材料費や陽極の加工費などが低減され、X線管の製造コストの低減に寄与する。この陽極の第2のターゲットの省略のためには、エミッション陰極電流によって形成される焦点の大きさが大きいことが必要である。
【0037】
また、本発明のX線管では、陽極が回転陽極であるので、X線検査に用いる微小焦点の焦点寸法を固定陽極のものに比べて格段に小さくすることができ、高精細なX線画像が得られ、その結果、高精度のX線検査を行うことができる。
【0038】
また、本発明のX線管では、第2のターゲットが第1のターゲットに含まれているので、第2のターゲットは不要となり、X線管の製造コストの低減に寄与する。このことは通常の回転陽極X線管の円盤状ターゲットでは実現されている。また、正味のX線管電流による焦点の回転軌道とエミッション陰極電流による焦点の回転軌道を一致しないようにずらしているので、正味のX線管電流によって形成される焦点の許容負荷は殆んど低下することなく実用することができる。
【0039】
また、本発明のX線管では、エミッション陰極は、陰極に対し、陽極を中心軸にして、回転角で約120度以上離れた回転した位置に配置されているので、エミッション陰極電流によって第2のターゲットで発生したX線が、陰極電流によって第1のターゲットで発生したX線と混じって直接外部に放射されることはなくなり、陰極電流に形成される微小焦点にて高精細なX線画像を得ることができる。
【0040】
また、本発明のX線発生装置は、本発明のX線管と、このX線管のエミッション陰極にカソード加熱電圧などを供給するエミッション陰極電源を備えているので、このエミッション陰極電源からX線管のエミッション陰極に必要な電圧を供給してエミッション陰極電流を陽極に向けて流すことによって陽極を加熱し、温度上昇させることが可能となる。また、エミッション陰極電源からエミッション陰極に供給される電圧を調整することによって、エミッション陰極電流を変更して陽極への入力負荷量を変えることができるので、この調整により陽極の温度上昇速度を変更し、また使用中に維持する陽極の温度を変更することが可能となり、その結果、X線検査開始前のウォーミングアップ時間の短縮や焦点移動量の変動が小さい状態でのX線検査が可能となる(請求項2)。
【0041】
また、本発明のX線発生装置では、X線管の陽極は回転陽極であり、更に回転陽極を回転するためのステータとステータ電源を備えているので、X線検査に用いる微小焦点の焦点寸法を固定陽極X線管を使用する場合に比べて格段に小さくすることができ、高精細なX線画像を得ることができる。その結果、高精度のX線検査を行うことができる。
【0042】
また、本発明のX線検査装置は、本発明のX線発生装置を構成要素として備えているので、請求項2の場合と同じ効果が得られる(請求項3)。
【0043】
また、本発明のX線検査装置では、X線検査中にX線発生装置に内包されるX線管の陽極の温度が適正高温状態のほぼ一定の温度に保たれるのに必要なエミッション陰極電流を流すように、エミッション陰極電源が制御装置によって制御されているので、X線管の陽極の温度は適正高温状態のほぼ一定の温度に維持され、陽極の熱膨張、すなわち焦点移動量の変動の小さい状態でX線検査が行われることになるため、アーチファクトなどの発生のない高画質のX線画像が得られ、高精度のX線検査が可能となる。また、上記のほぼ一定の温度はX線管の陽極の冷却能力の上限値を示す温度に設定されているので、この温度では焦点移動量の変動はもっとも小さくなるので、この状態でのX線検査によって得られるX線画像はアーチファクトの最も少ないものとなり、高精細なX線画像となる。
【0044】
また、本発明のX線検査装置では、X線検査中にX線管の陽極に入力される陰極からの負荷とエミッション陰極からの負荷の和が常に陽極の温度を適正高温状態に維持するのに必要な負荷でかつほぼ一定の負荷になるように、エミッション陰極電流が制御されているので、この制御によりX線管の陽極の温度は適正高温状態のほぼ一定の温度に維持され、焦点移動量の変動の小さい状態でX線検査を行うことができ、高精細なX線画像を得ることができる。また、上記のほぼ一定の負荷はX線管の冷却能力の上限値を示す温度に設定されているので、この温度では焦点移動量の最も少ない状態でのX線検査を行うことができ、高精細なX線画像が得られる。
【0045】
また、本発明のX線検査装置では、X線検査開始前のウォーミングアップ時に、X線管の陽極に入力される陰極からの負荷とエミッション陰極からの負荷の和が、陽極の温度を適正高温状態に維持するのに必要な負荷でかつほぼ一定の負荷になるように、エミッション陰極電流が制御されるので、従来品よりも高負荷量でのウォーミングアップが可能となり、ウォーミングアップ時間を短縮することができる。また、上記のほぼ一定の負荷はX線管の陽極の冷却能力の上限値であるので、この負荷では陽極の温度は最高となり、入力負荷も最大となり、ウォーミングアップ時間は最短時間となる。
【0046】
また、本発明のX線検査装置では、X線検査開始前のウォーミングアップ時に、X線管の陽極に入力される負荷をエミッション陰極からの負荷のみとし、エミッション陰極から負荷が陽極の温度を適正高温状態に維持するのに必要な負荷でほぼ一定の負荷になるように、エミッション陰極電流が制御されるので、従来品よりも高負荷量でのウォーミングアップが可能となり、ウォーミングアップ時間を短縮することができる。また、エミッション陰極のみでのウォーミングアップとなるので、ウォーミングアップ工程及びその制御が簡易化される。また、上記のほぼ一定の負荷はX線管の陽極の冷却能力の上限値であるので、この負荷ではウォーミングアップ時間は最短時間となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0047】
以下、本発明の実施例について添付図面を参照しながら説明する。
先ず、図1を用いて本発明に係る固定陽極X線管の一実施例の構造について説明する。図1は本発明に係る固定陽極X線管の一実施例の構造図である。図1において、固定陽極X線管(以下、X線管と略称する)10は、2個の陰極、すなわち第1の陰極12と第2陰極13と、陽極14と、2個の陰極12、13と陽極14を真空気密に内包する外囲器16とから構成される。2個の陰極のうちの第1の陰極12は従来の微小焦点X線管の陰極と同様に陽極14に微小焦点を形成するものであるので、以下単に陰極12と呼ぶことにする。2個の陰極のうちの第2の陰極13は陽極14を加熱するために必要なX線管電流を流すことを主目的とするものであるので、以下エミッション陰極13と呼ぶことにする。陽極14は2個の陰極12、13に対応して2個のターゲット18、19を有する。以下、X線管10の構造の詳細について説明する。
【0048】
図1において、2個の陰極12、13は陽極14を中心軸にして左右に約180度の角度をとって配置されている。陽極14は2個のターゲット18、19と陽極母材20とから成り、円柱状の陽極母材20の一方の端部に2個のターゲット18、19が埋め込まれている。陽極母材20は端部に傾斜面22を有し、この傾斜面22にX線源(焦点)24を形成するための第1のターゲット18が埋め込まれている。この第1のターゲット18と陰極12が対向するように配置されている。陽極母材20の端部の外周面で、傾斜面22の向きとは反対側に第2のターゲット19が埋め込まれている。この第2のターゲット19とエミッション陰極13は対向するように配置されている。
【0049】
陰極12とエミッション陰極13とは類似の構造をしており、電子線24、25を発生するカソード26、27と、電子線24、25を集束する電子集束系28、29と、電子集束系28、29を支持する陰極支持体30、31などから構成されるが、前者は微小焦点を形成するものであるため、カソード26や電子集束系28の各部の寸法が従来の微小焦点X線管と同様に厳しく限定されるのに対し、後者は大きい寸法の焦点を形成するものであるため、寸法限定はゆるくなっている。陰極12のカソード26からの電子線24は電子集束系28によって細いビームに集束され、陽極14の傾斜面22に設置された第1のターゲット18のX線源(焦点)32に衝突し、X線34を発生させる。このX線34は外囲器16に取り付けられたX線放射窓36から上方のX線主放射方向38に取り出される。ここで、X線主放射方向38と陽極14の傾斜面22とが作る角度はターゲット角度と呼ばれており、このターゲット角度は微小焦点X線管では通常小さい値に設定されている。エミッション陰極13のカソード27からの電子線25は電子集束系29によって適当な寸法のビームに集束され、陽極14の第2のターゲット19上の大きい焦点33に衝突し、X線35を発生するが、エミッション陰極13は陽極14を加熱するためにのみ用いられる陰極であるため、このX線35は不要なものであり、外部には放射されない。このX線35はX線管10の外部に漏洩しては困るものであるので、X線防護処置が施される。このX線防護処置については、外囲器16の説明の所で述べる。また、第2のターゲット19からのX線35が第1のターゲット18からのX線34に混じらないように陰極12とエミッション陰極13とは上記の如く約180間隔を離して配置しているが、両者の間の角度間隔はこれに限定されず、約120度以上離れていればよい。
【0050】
陽極14の陽極母材20は銅などの熱伝導性が良く比較的耐熱性の良い金属材料から成り、第1のターゲット18はタングステンなどの高原子番号で高融点の金属材料から成る。第2のターゲット19はX線放射を目的としていないので、高融点の金属材料であればよく、第1のターゲット18のように高原子番号である必要はない。焦点寸法を大きくした場合には、陽極母材20の表面をそのまま第2のターゲット19の代りにしてもよい。ターゲット18、19は通常長方形または円形の板状体に加工されており、鋳造によって陽極母材20に埋め込まれる。第2のターゲット19についてはろう付けなどによって陽極母材20に結合してもよい。陽極母材20は大略円柱状に加工されており、一端には上記の如く第1のターゲット18と第2のターゲット19が所定の位置に取り付けられており、他端の陽極端40は外囲器16と結合される。
【0051】
外囲器16は、陽極14の大部分を囲む大径円筒部42と、陽極14の陽極端40と結合する陽極支持部44と、陰極12を絶縁支持する陰極絶縁部46と、エミッション陰極13を絶縁支持するエミッション陰極絶縁部47などから構成される。大径円筒部42は底板付きの円筒部で、金属材料から成り、金属円筒部48と絶縁材料から成る陽極絶縁部49から構成される。金属円筒部48は底板付き円筒で、底板50と円筒部51を有し、底板50は円板状で陽極14の第1のターゲット18の上側を覆うように配置され、円筒部51は陽極14の一端を囲むように配置されている。金属円筒部48はステンレス鋼や銅などの比較的耐熱性の高い金属材料から成り、底板50の第1のターゲット18上の焦点32に近い位置に開口が設けられ、その開口にX線放射窓36が結合されている。また、円筒部51の側面のほぼ対向する位置には、陰極絶縁部46とエミッション陰極絶縁部47が陽極14の中心軸と直交する方向に延在するように結合されている。陽極絶縁部49と陰極絶縁部46とエミッション陰極絶縁部47は、その大部分が耐熱性ガラスやセラミックなどの絶縁材料から成り、これらの絶縁部46、47、49と金属円筒部48や陰極支持体30、31や陽極端40との結合部分には上記絶縁材料と熱的になじみのよい金属材料から成る部材が挿入される。
【0052】
また、外囲器16の金属円筒部48の第2のターゲット19上の焦点33に近い位置にX線遮蔽構造54が設けられている。第2のターゲット19の焦点33から放射されるX線35はX線検査には不要なものであるので、第1のターゲット18の焦点32から放射されるX線34に混在すると、X線検査のための画像を不鮮明なものにする可能性があるために、X線遮蔽構造54は第2のターゲット19の焦点33とX線放射窓36との間に、焦点33からの直接X線または散乱X線がX線放射窓36を通して外部に漏れないように板材を衝立て状に(例えばL字形などに)整形したものを、金属円筒部48の底板50の内側面に取り付ける。X線遮蔽構造54の材料としてはモリブデンなどの低原子番号で耐熱性の高い金属材料が用いられる。このX線遮蔽構造54は、第2のターゲット19の焦点33からのX線35が外囲器16の壁面を通して漏洩するのも防止している。
【0053】
次に、図2を用いて本発明に係るX線管の第2の実施例の構造について説明する。図2は本発明に係る回転陽極X線管の一実施例の構造図である。本実施例は、第1の実施例とは陽極を回転陽極としたことで異なり、それに伴い他の部分も一部異なるので、以下相違点を重点にして説明する。図2において、本実施例の回転陽極X線管(以下、X線管と略称する)60は、回転陽極(以下、陽極と略称する)62と、2個の陰極12、13と、陽極62と2個の陰極12、13を真空気密に内包する外囲器64とから構成される。
【0054】
X線管60の構成要素のうち2個の陰極12、13は利用X線を放射するための電子線24を生成する通常の陰極12と、陽極62を加熱するための電子線25を生成するエミッション陰極13である。陰極12とエミッション陰極13は第1の実施例のX線管10の場合とほぼ同じ構造をしており、陰極12はカソード26と電子集束系28と、陰極支持体30とから成り、微小焦点を作るための細いビーム状の電子線24を生成し、エミッション陰極13はカソード27と電子集束系29と陰極支持体31とから成り、太いビーム状の電子線25を生成する。陽極62は回転陽極形で、陰極12からの電子線24が衝突してX線34を発生するターゲット66と、ターゲット66を支持するロータ68と、ロータ68を支持する回転軸70と、回転軸70を回転自在に支持する軸受72と、軸受72の外輪を固定する固定部74などで構成されている。この陽極62の構造は、従来の回転陽極X線管のものとほぼ同じ構造をしている。ターゲット66は傘型の円盤で、上面に焦点が形成される傾斜面76を有し、タングステンやタングステン合金などの高原子番号で高融点の金属材料から成る。このターゲット66の傾斜面75に陰極12からの電子線24とエミッション陰極13からの電子線が衝突し、焦点32、33を形成する。焦点32で発生したX線34はX線放射窓36を通してX線主放射方向38に向けて円錐状の広がりをもって取り出され、X線検査に利用される。これに対し、エミッション陰極13からの電子線25はターゲット66を加熱することが目的であるので、焦点33で発生したX線35は外部に放射されず、外部に漏れないように防X線処置が施される。本実施例では、ターゲット66は1個で、第1の実施例の第1のターゲットと第2のターゲットの役割を兼ねることになっているが、焦点32と焦点33のターゲット66の同一の回転軌道に形成されると焦点温度の面で不利になるので、両者の回転軌道は少しずらせて一致しないようにすることが好ましい。例えば焦点32の回転軌道を外側にし、焦点33の回転軌道を内側にすればよい。
【0055】
外囲器64は、第1の実施例のものと比べ、形状は異なるが、構成は類似している。外囲器64は、陽極62のターゲット66を囲む大径部76と、陽極絶縁部49と、陰極絶縁部46と、エミッション陰極絶縁部47などで構成される。大径部76はX線放射窓36が取り付けられた円板78と、ターゲット66を取り囲む円筒部79と、陽極絶縁部49と接続されるフレア部80を有し、大部分がステンレス鋼や銅などの金属材料から成る。円板78はターゲット66の上面を覆うように配置され、ターゲット66上の焦点32に近接する位置にX線放射窓36が取り付けられ、焦点32からのX線34はこのX線放射窓36から上方のX線主放射方向38に取り出される。円筒部79の側面には陰極絶縁部46とエミッション陰極絶縁部47の一端が結合されており、陽極62の中心軸と直交する方向に延在している。陰極絶縁部46の他端には陰極12の陰極支持体30が結合され、エミッション陰極絶縁部47の他端にはエミッション陰極13の陰極支持体31が結合されている。フレア部80はコーン形状に形成され、絶縁材料または金属材料から成る。陽極絶縁部49と陰極絶縁部46とエミッション陰極絶縁部47は円筒形状をしており、耐熱性ガラスやセラミックなどの絶縁材料から成る。これらの絶縁部49、46、47と大径部76や陽極62の陽極端40との接続部には絶縁材料と熱的になじみのよい金属材料から成る部材が挿入されている。また、大径部76の円板78の、ターゲット66上の焦点33に近接する位置に、焦点33から放射されたX線35またはその散乱X線がX線放射窓36から外部に漏れないようにするため、また外囲器64の壁面からX線漏洩を低減するためのX線遮蔽機構54が設けられている。X線遮蔽機構54としてはX線の透過しにくい耐熱性金属材料から成る板状体が用いられ、このX線遮蔽機構54は焦点33とX線放射窓36との間に衝立てのように配置される。また、大径部76の円板78の焦点33に近接する部分には、焦点33から放射されたX線35が直接照射されるので、その外側には防X線処置を強化しておくことが必要である。
【0056】
次に、図3を用いて、本発明に係るX線発生装置の一実施例の構造について説明する。図3は本発明に係るX線発生装置の一実施例の概略構成図である。図3では、内部の構成要素が見えるように容器を破断して示している。図3において、本実施例のX線発生装置90には、図2に示した本発明の回転陽極X線管60が内挿されている。X線発生装置90は、X線管60と、X線管60にX線管電圧を供給する高電圧電源94と、X線管60の陰極12にカソード加熱電圧や電子集束系に印加する電圧などを供給する陰極電源96と、エミッション陰極13にカソード加熱電圧や電子集束系に印加する電圧などを供給するエミッション陰極電源97と、X線管60の陽極を回転駆動するためのステータ98と、ステータ98に駆動電圧を供給するステータ電源100と、X線管60や高電圧電源94などを絶縁し冷却する絶縁油102と、これらの構成要素を収納する容器92などから構成される。他に、図示していないが、X線管60の陽極や外囲器などを容器92の内壁面などに支持するX線管支持体などが含まれる。
【0057】
本実施例のX線発生装置90は、本発明に係るX線管60を内挿していること、及びX線管60のエミッション陰極13にその動作電圧を供給するエミッション陰極電源97を有することなどの点において、従来のX線発生装置と異なる。エミッション陰極電源97は陰極電源96とほぼ同じ構成であり、カソードを加熱する電圧を発生する電源と電子集束系に印加する電圧を発生する電源とを有する。エミッション陰極13で生成する電子線は太いビームであるので、電子集束系は微小焦点用の陰極12の電子集束系と比べて簡易なものであり、例えば電子集束系に印加する電圧が単一の電圧で済む。X線管60と高電圧電源94、陰極電源96、エミッション陰極電源97との間は高圧リード線106、107、108、109で接続されている。
【0058】
次に図4を用いて、本発明に係るX線検査装置の一実施例の構成について説明する。図4は本発明に係るX線検査装置の一実施例の概略構成図である。図4において、X線検査装置120は、X線CT検査などに用いられるもので、本発明に係るX線発生装置90と、被検体122を載置し、これを回転する台座124と、被検体122を間に挟んでX線発生装置90と対向して設置され、被検体122を透過したX線を検出するX線検出装置126と、X線発生装置90、台座124、X線検出装置126を収納し、X線検査時に被検体122に照射されるX線の外部への漏洩を防止するX線遮蔽ボックス128と、X線検出装置126の出力信号に基づいてX線画像を作成したり、X線発生装置90などの他の装置の動作の制御や使用電力の供給などを行う制御装置130と、制御装置130で作成されたX線画像を画面に出力するモニタ装置132などから構成されている。X線発生装置90はエミッション陰極を備えたX線管とエミッション陰極電源を有し、制御装置130はX線管とエミッション陰極電源を制御する機能を備えている。
【0059】
次に、本発明に係るX線管及びそれを用いた装置の本発明の目的に関係する動作について、図1〜図4を参照しながら図5〜図7を用いて説明する。前述の如く、本発明の目的は、X線CT検査装置などのX線検査装置に微小焦点X線管などを実装した場合に、X線照射時に発生するX線管の焦点の移動を制御可能なものとし、焦点移動により発生するX線画像のアーチファクトを無くすことにある。以下、本発明において、X線照射時のX線管の焦点移動をどのように制御するかについて順次説明する。本発明では図1及び図2に示した如くX線管10、60は通常の陰極12の他にエミッション陰極13を備えている。通常の陰極12で生成された電子線24がX線検査に利用されるX線34を発生するのに対し、エミッション陰極13で生成された電子線25は陽極14、62を加熱するためにのみ用いられる。本発明ではエミッション陰極13からの電子線25の電流(以下、エミッション陰極電流と呼ぶ)を、通常の陰極12からの電子線24の電流(以下、正味のX線管電流と呼ぶ)と共に制御することによって、X線照射時の焦点移動量の変動を抑制するものである。すなわち、X線管10、60の使用中に陽極14、62の温度が室温に比較して十分高い状態(以下、適正高温状態と呼ぶことにする)に維持されれば焦点移動量の変化は小さくなるので、陽極14、62の温度が常に適正高温状態でほぼ一定の温度に保たれるように、エミッション陰極電流を正味のX線管電流に応じて制御するものである。ここで、陽極温度の適正高温状態としては、陽極にその冷却能力の限界値に相当する負荷Qが入力されたときの飽和温度を最高温度とし、その最高温度より約20%下がった温度が下限値となる。
【0060】
図5に、本発明に係る焦点移動量低減のためのエミッション陰極電流制御フローチャートの一例を示す。本実施例では、陽極14、62の温度を上記の室温に比較して十分高い状態(すなわち、適正高温状態)に維持するために必要なエミッション陰極電流値を計算し、そのエミッション陰極電流値を出力できるようにX線発生装置90のエミッション陰極電源97を制御するものである。ここで、必要なエミッション陰極電流値の計算及びエミッション陰極電源97の制御はX線検査装置120の制御装置130が行う。図5において、先ず、ステップ1、2にてX線管電圧Vと正味のX線管電流Iを測定する。次に、ステップ3では、利用X線34を発生する焦点32への入力電力Qを式Q=I×Vで計算する。次に、ステップ4ではエミッション陰極13側で発生すべき電力(以下、エミッション電力という)Qを計算する。X線管には陽極を上記の適正高温状態に維持するのに必要な電力としてX線管負荷Q(Qより小さい値)が設定されるが、微小焦点X線管では焦点寸法が小さいために通常Qより小さい値で使用され、上記の適正高温状態を達成するのは困難になっている。このため、QとQとの差をエミッション陰極13側で補填するもので、これをエミッション電力と呼ぶことにしている。エミッション電力Qは式Q=Q−Qで計算される。次に、ステップ5では、エミッション陰極13に流すエミッション陰極電流Iを式I=Q/Vで計算する。次に、ステップ6では、制御装置130がX線発生装置90のエミッション陰極電源97に対し、エミッション陰極13のカソードの加熱電圧を調整し、エミッション陰極電流がIとなるように制御する。このようにエミッション陰極電流Iを制御することにより、エミッション陰極電流Iと正味のX線管電流Iが合算されて、入力電力Qが達成され、X線管10、60の温度は適正高温状態に維持され、焦点移動量の変動は非常に小さくなる。上記において、入力電力を上限値Qより小さい値Qに設定したが、この値Qは上限値Qまで上昇することは可能であり、上限値Qとしたときには、陽極の温度は最高の温度となり、焦点移動量の変動は最も小さくなる。
【0061】
また、X線検査装置を使用する際には、X線検査開始前に、キャリブレーションが可能になるように、X線管10、60の陽極14、62の温度を適正高温状態に上昇させるウォーミングアップ操作が必要となる。前述したように微小焦点X線管では焦点の温度により印加可能な負荷が低く制限されており、ウォーミングアップ操作に長時間を要する。しかし、本発明のX線管10、60では、エミッション陰極13を利用することにより、ウォーミングアップ操作に要する時間(以下、ウォ−ミングアップ時間と呼ぶ)を短縮することが可能である。このような制御を可能とする制御操作の一例を、図6を用いて説明する。図6は本発明に係るエミッション陰極電流利用によるウォーミングアップ時間低減のための制御フローチャートの一例である。図6の制御フローチャートは、X線検査装置120の制御装置130にてウォーミングアップ操作で流すエミッション陰極電流Iを計算し、このエミッション陰極電流Iを流すようにX線発生装置90のエミッション陰極電源97を制御するものである。図6において、先ず、ステップ1ではウォーミングアップ時のX線管電圧Vを測定する。次に、ステップ2ではX線管の陽極の温度を適正高温状態まで上昇できる負荷Qを設定し、それに基づいて、エミッション陰極電流Iを式I=Q/Vを用いて計算する。次に、ステップ3では制御装置130がエミッション陰極電源97を制御して、エミッション陰極13からエミッション陰極電流Iを出力させる。通常ウォーミング操作はX線管の放電を押えるエージングの意味もあり、初期にはX線管電圧Vを低く押え、徐々に段階的に増加させていくため、ステップ1、2のX線管電圧Vは時間経過と共に段階的に増加するものであり、その結果、エミッション陰極電流Iも段階的に減少するものである。本実施例のように、従来よりも大きな負荷Qを設定して、図6の制御フローチャートにより、X線管電圧Vの変化に対応してエミッション陰極電流Iの制御を行うことで、ウォーミングアップ時間を大幅に低減することができる。また、負荷Qについては上限値Qまで上昇することが可能であり、そのときウォーミングアップ時間は最短時間となる。また、上記のウォーミングアップ操作は、エミッション陰極と微小焦点用の陰極を共用して行ってもよい。この場合、エミッション陰極単独の場合より操作は少し複雑となるが、X線管電流を大きくできる利点がある。
【0062】
次に、本発明のX線管に図6と図5の制御フローチャートによりウォーミングアップと実使用負荷の印加をした場合と、従来のX線管に従来の手法でウォーミングアップと実使用負荷の印加をした場合の陽極の熱膨張の差異について図7を用いて説明する。図7は、ウォーミングアップ時及び実使用負荷印加時における本発明に係るX線管と従来のX線管の陽極の熱膨張の時間的変化の概略を示す図である。図7において、横軸は時間経過、縦軸は焦点移動量に対応する熱膨張を示す。図示の破線136、140で表したキャリブレーション位置は前述の陽極の適正高温状態時またはそれに近い状態時の熱膨張(焦点移動量)の値を示し、一点鎖線137、138、141、142は焦点移動量許容幅を表し、上側の一点鎖線137、141は上限値を、下側の一点鎖線138、142は下限値を示している。図7において、グラフ144は本発明に係るX線管の場合のもの、グラフ146は従来品の場合のものであり、またグラフ144aとグラフ146aはウォーミングアップ時のもの、グラフ144bとグラフ146bは実使用負荷時のものである。先ず、ウォーミングアップ時のグラフ144aとグラフ146aを比較すると、本発明のX線管のグラフ144aでは焦点移動量の飽和位置であるキャリブレーション位置136が高く、到達までに要する時間すなわちウォーミングアップ時間が極めて短くなっている。これに対し、従来品のグラフ146aでは焦点移動量の飽和位置であるキャリブレーション位置140が低く、ウォーミングアップ時間は長くなっている。両者のウォーミングアップ時間を比較すると、本発明のX線管では従来品に比べ約1/4に短縮されている。本発明では図6に示した制御フローチャートに基づいて、エミッション陰極電流Iを活用して、大きなX線管負荷でウォーミングアップ操作ができるのに対し、従来品では焦点寸法が小さいために小さなX線管負荷でウォーミングアップ操作を行うためである。次に、実使用時のグラフ144bとグラフ146bを比較すると、実使用負荷時に陽極の温度が本発明のX線管では適正高温状態に維持されているのに対し、従来品では、適正高温状態よりも低い温度に維持されているため、本発明のX線管ではグラフ142bの如く実使用負荷を印加した時の焦点移動量の変化を微小焦点X線管での焦点移動量の許容幅であるキャリブレーション位置136を中心とする±2μmの幅に入れることが可能であるが、従来品ではグラフ144bに示す如く焦点移動量がキャリブレーション位置140を中心とする許容幅を越えるときがある。その結果、本発明のX線管では高画質のX線画像が得られるのに対し、従来品ではX線画像の画質が劣化し、X線検査が不可能となることもある。本発明のX線管では、キャリブレーション後、図5に示すような制御フローチャートによって、正味のX線管電流Iの変動に合わせてエミッション陰極電流Ieを制御して、陽極の温度を一定に保っているために、従来のX線管と比較して、陽極の温度が高温に維持されて、焦点移動量の変化が小さく抑制されている。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明に係る固定陽極X線管の一実施例の構造図。
【図2】本発明に係る回転陽極X線管の一実施例の構造図。
【図3】本発明に係るX線発生装置の一実施例の概略構成図。
【図4】本発明に係るX線検査装置の一実施例の概略構成図。
【図5】本発明に係る焦点移動量低減のためのエミッション陰極電流制御フローチャートの一例。
【図6】本発明に係るエミッション電流利用によるウォーミングアップ時間低減のための制御フローチャートの一例。
【図7】ウォーミングアップ時及び実使用負荷印加時における本発明に係るX線管と従来のX線管の陽極の熱膨張の時間的変化の概略を示す図。
【図8】従来のX線検査装置の一例。
【図9】従来の微小焦点X線管の一例。
【図10】X線の陽極に一定量の負荷を連続的に印加した場合の陽極の温度または熱膨張の時間的変化の概略を示す図。
【符号の説明】
【0064】
10・・・固定陽極X線管(X線管)
12・・・陰極(第1の陰極)
13・・・エミッション陰極
14・・・固定陽極(陽極)
16、64・・・外囲器
18・・・第1のターゲット
19・・・第2のターゲット
20・・・陽極母材
22・・・傾斜面
24、25・・・電子線
26、27・・・カソード
28、29・・・電子集束系
32、33・・・X線源(焦点)
34、35・・・X線
36・・・X線放射窓
38・・・X線主放射方向
40・・・陽極端
42・・・大径円筒部
46・・・陰極絶縁部
47・・・エミッション陰極絶縁部
48・・・金属円筒部
50・・・底板
51、79・・・円筒部
54・・・X線遮蔽構造
60・・・回転陽極X線管(X線管)
62・・・回転陽極(陽極)
66・・・ターゲット
76・・・大径部
78・・・円板
90・・・X線発生装置
92・・・容器
94・・・高電圧電源
96・・・陰極電源
97・・・エミッション陰極電源
98・・・ステータ
100・・・ステータ電源
102・・・絶縁油
120・・・X線検査装置
122・・・被検体
124・・・台座
126・・・X線検出装置
128・・・X線遮蔽ボックス
130・・・制御装置
132・・・モニタ装置
136、140・・・キャリブレーション位置
144、144a、144b、146、146a、146b・・・グラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱電子を発生するカソードと、この熱電子を細いビーム状の電子線に集束する電子集束を系有する陰極と、陰極からの電子線が衝突してX線を発生するターゲットを有する陽極と、陰極と陽極を真空気密に内包し、対向させて絶縁支持する外囲器を備えたX線管において、前記陰極とは別個に設けられた第2の陰極と、前記ターゲットとは別個に、前記第2の陰極と対向して、前記陽極に設けられた第2のターゲットを有し、前記第2の陰極から前記第2のターゲットに向かう電子線による電流は前記陽極を加熱するために用いられることを特徴とするX線管。
【請求項2】
X線を発生するX線管と、X線管を支持するX線管支持体と、X線管にX線管電圧を供給する高電圧電源と、X線管の陰極にカソード加熱電圧などを供給する陰極電源と、X線管などを絶縁し冷却する絶縁油と、少なくともX線管とX線管支持体と絶縁油を内包する容器などを備えたX線発生装置において、前記X線管が請求項1記載のX線管であり、更に前記X線管の第2の陰極にカソード加熱電圧などを供給するエミッション陰極電源を備えていることを特徴とするX線発生装置。
【請求項3】
X線を発生するX線発生装置と、被検体を支持する台座と、X線発生装置から放射され、被検体を透過したX線を検出するX線検出装置と、X線発生装置やその他の装置を制御し、X線検出装置にて得られた情報から被検体のX線画像を作成する制御装置と、前記X線画像を画面に出力するモニタ装置と、少なくともX線発生装置と台座とX線検出装置を収納し、外部へのX線漏洩を防止するX線遮蔽ボックスなどから構成されるX線検査装置において、前記X線発生装置が請求項2記載のX線発生装置であることを特徴とするX線検査装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−149601(P2007−149601A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−345808(P2005−345808)
【出願日】平成17年11月30日(2005.11.30)
【出願人】(000153498)株式会社日立メディコ (1,613)
【Fターム(参考)】