説明

c−kit遺伝子発現抑制剤

【課題】 c−kit遺伝子の発現を抑制し、より効果が高いと期待される新規な美白剤を提供する。
【解決手段】 ガジュツ、カシ、サンリョウ、アマチャのいずれかの植物若しくはそれらの抽出物をc−kit遺伝子発現抑制剤として用いる。これらの植物や抽出物は、メラノサイトや肥満細胞、消化管間質腫瘍細胞等の表面に出現するc−kitの発現を抑えるため、SCFを介在する刺激から防御し、メラニンの産生を抑制して美白作用を発揮したり、肥満細胞からの増殖分化などを抑制して抗アレルギー作用を発揮したり、あるいは消化管間質腫瘍の抑制したりすることが期待される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、c−kit遺伝子発現抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
c−kitは、SCF(Stem Cell factor)の受容体として造血細胞の表面に発現し、造血細胞の増殖や分化の促進に重要な機能を果たす他、肥満細胞の表面にも発現し、SCFがc−kitに結合することによって、肥満細胞の遊走、分化・増殖を促進し、これにより喘息等のアレルギーを引き起こすことも報告されている(Nicholas W. Lukacs et al. J. Immunol 156(10), 3945-3951 1996)。また、メラノサイトにも発現して、SCFの結合によりチロシナーゼの産生を促し、メラニンの生成に関与しているとも言われている。さらには、c−kitを介在した刺激が、ヒトの肺大細胞癌(Sekido Y, et al. Cancer Res 51(9):2416-2419, 1991.)や急性白血病(Ikeda H, et al. Blood 78(11):2962-2968, 1991.)、乳癌(Hines SJ, et al. Cell Growth Differ 6:769-779, 1995.)、生殖細胞腫瘍(Strohmeyer T, et al. Cancer Res 51(7):1811-1816, 1991.)、消化管間質腫瘍(DiMatteo G, et al. Hepatogastroenterology 49(46):1013-1016, 2002.)などに関与していることが認められ、これらの癌細胞においてもc−kitの発現が認められている。
【0003】
このようにc−kitは、種々の場面で重要な機能を果たしており、c−kitを介在した刺激伝達を抑制することによって、アレルギーの抑制や肌の美白化、腫瘍の抑制などに寄与することが考えられる。
【0004】
c−kitを介在した刺激伝達を抑制するものとして、これまでに、例えば特開2002−302451号公報(特許文献1)には、アレルギー疾患の改善を試みるべく、カンゾウやウコン等の植物抽出物からなるSCF結合阻害剤が開示されている。また、特開2004−35442号公報(特許文献2)や特開2004−83551号(特許文献3)にも、各種の植物抽出物からなるc−kit発現抑制剤が開示されている。
【0005】
ところが、特許文献1〜3のいずれにおいても、c−kitへのCFSの結合量を測定したものであって、直接c−kitの発現量(c−kitmRNAの存在量)を測定しているものではない。そして、これまでのところ、これらの特許文献を含めて、c−kitの発現そのものを抑えるというアプローチはなされておらず、c−kit遺伝子の発現を抑制する物質については言及された文献は見あたらない。
【0006】
【特許文献1】特開2002−302451号公報
【特許文献2】特開2004−35442号公報
【特許文献3】特開2004−83551号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記背景技術に鑑みてなされたものであって、SCFの受容体の発現そのものを遺伝子レベルで抑制することによって、c−kitが関与すると考えられる各種の疾病の予防や改善、色素沈着、シミ・ソバカスの予防や改善(いわゆる美白作用)を期待できる物質を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のc−kit遺伝子発現抑制剤は、ガジュツ、カシ、サンリョウ、アマチャのいずれかの植物若しくはそれらの抽出物からなるものであって、さらに、本発明はそれを含む美白用組成物に係るものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明のc−kit遺伝子発現抑制剤は、メラノサイトへの刺激伝達物質であるSCFの受容体であるc−kitの発現を抑制する。この結果、メラノサイトへの刺激伝達が抑制され、チロシナーゼの生成ひいてはメラニンの産生が抑制される。従って、これらを化粧料とすることによって、新規な美白用組成物が提供される。また、造血細胞、肥満細胞その他上記癌細胞の表面にc−kitが発現するのを抑制し、c−kitを介在していると考えられる各種疾病の予防や治療に貢献できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のc−kit遺伝子発現抑制剤は、ショウガ科の植物であるガジュツ(Curcuma zedoaria Roscoe)、シクンシ科の植物であるカシ(Terminalia chebula Retz)、ミクリ科の植物であるサンリョウ(Sparganium simplex Hudson)、ユキノシタ科の植物であるアマチャ(Hydrangea macrophilla var. thunbergiiやHydrangea macrophylia(Thnb.) Ser. Subsp. Serrata(Thunmb.) Makino、Hydrangea Sering var. thunbergill Sugimoto)のいずれかの植物又はそれらの植物抽出物のいずれかを含むものである。また、これらの植物には、それらの近縁植物も含まれる。ここで、c−kit遺伝子発現抑制剤とは、c−kitをコードする遺伝子の発現を直接抑制する物質であり、例えば配列番号1に示される塩基配列を有するプライマー(sense側)及び配列番号2に示される塩基配列を有するプライマー(anti-sense側)を用いたRT−PCR法により検出される。すなわち、配列番号1の塩基配列及び/又は配列番号2の塩基配列からなるプライマー(セット)を用いてRT−PCRを行った場合に、発現しているmRNA量(測定される塩基量)の減少を伴う。これらのプライマーは、c−kitをコードするm−RNAの塩基配列(GenBankによる)から作成されたものである。
【0011】
上記の植物は、花、茎、葉、根などのいずれの部位を用いてもよく、あるいはその全草を用いることとしてもよい。また、その抽出物とは前記いずれかの部位あるいはその全草を溶媒で抽出したものを言う。また、抽出液そのものだけでなく、それらをさらに濃縮してエキス状にしたものや、さらにドライスプレーなどにより粉末状にしたものでもよい。用いられる抽出溶媒には、n−ヘキサン、ベンゼン等の炭化水素、ジエチルエーテル等のエーテル、ジクロルメタン、クロロホルム等のハロゲン化アルカン、酢酸エチル等のアルキルエステル、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン、エタノール、メタノール等の低級1価アルコール、グリセリン、1,3−ブチレングリコール等の多価アルコール、水など各種の親油性溶媒、親水性溶媒あるいはそれら混合物が例示され、特に限定されるものではない。これらの中でもエタノール、水あるいはエタノールと水との混合溶媒が特に好ましい。抽出方法も特に限定されるものではなく、室温若しくは加温した状態で適宜公知の方法が採用される。また、それらの溶媒を2種以上用い、活性炭やその他の吸着剤等を用いて粗精製したものであっても差し支えない。
【0012】
本発明のc−kit遺伝子発現抑制剤はそのままであるいは適当な担持体とともに、錠剤、カプセル剤、軟カプセル剤、散剤、顆粒剤等の内服用の医薬組成物として、あるいは、軟膏、クリーム、乳液、ローション、パック、ゲル、注射剤などの各種外用の組成物(医薬用、化粧用を問わず)としてヒトに適用される。また、食品としての形態であってもよい。担持体としては、例えば、乳糖、デンプン、リン酸カルシウム、結晶セルロース、マンニット、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ポリオキシエチレンアルキルエステル、ミツロウ、ステアリルアルコール、スクワラン、水、エタノールが例示される。もっとも、その製剤化に必要であれば、医薬品、医薬部外品、化粧品等に用いられる各種成分を用いることができるのは言うまでもなく、本発明の抽出物のほか、ビタミン類のような各種主薬、佐薬、保湿剤などの各種補助成分をさらに加えてもよい。
【0013】
その投与量は、剤型やその投与経路によっても異なるが、成人1日量として、植物の場合、0.1g〜10g、抽出物の場合0.001mg〜10gが好ましい。
【実施例1】
【0014】
〔c−kit遺伝子発現抑制試験〕
ガジュツ、カシ、サンリョウ、アマチャ、ウコンの各根茎乾燥物を50v/v%エタノール水溶液で、常温にて72時間抽出した。そして、溶媒を留去した残留物をそれぞれ5w/v%濃度となるように50v/v%エタノール水溶液に溶解した。その後、ポアサイズ0.2μmのメンブランフィルターにて濾過して、試料溶液とした。また、ウワウルシについては、市販品(商品名「MELFADE−J」、Pentapharm Ltd.社製)を用い、細胞系での最終濃度がエキスとして1%となるように用いた。
【0015】
培養液としてクラボウ(株)製HMGS−2を加えたMedium−254培地を用い、クラボウ(株)製NHEM正常ヒト新生児包皮表皮メラノサイトを内径10cmのシャーレに4×10個/cmの植え付け量で植え付けた。植え付けの4日後、植物乾燥物濃度にして10ppm若しくは1ppm濃度となるように試料溶液をシャーレに添加した。
【0016】
試料添加4時間後にUV(20mJ/cm)を照射し、16時間後にRNeasy Mini Kit(QIAGEN社製)でmRNAを抽出し、Takara One Step RNA PCR Kit(AMV)(TakaraBio社製)でRT−PCRを行い、下記の計算式に基づき、c−kit遺伝子発現抑制率を求めた。その結果を表1に示す。なお、ブランクにはPBS(−)を用い、c−kitレセプターのリガンドであるSCFを培地に添加して試験を行った。また、c−kitのmRNA産生度は、単位GADPHのmRNA量あたりのc−kitのmRNA量の割合で計算し、さらにブランク区に対するその割合を計算した。
【0017】
【数1】

【0018】
【表1】

【0019】
以上の結果から、ガジュツ、カシ、サンリョウ、アマチャの抽出物はc−kit遺伝子発現抑制効果を有することが理解された。また、ガジュツと同じクルクマ属の植物であるウコンにはc−kit抑制作用はなかった。
【実施例2】
【0020】
〔メラニン産生抑制試験〕
培養液としてクラボウ(株)製HMGS−2を加えたMedium−254培地を用い、クラボウ(株)製NHEM正常ヒト新生児包皮表皮メラノサイトを内径10cmのシャーレに4×10個/cmの植え付け量で植え付けた。植え付けの翌日、実施例1と同様にして得られた試料溶液を植物乾燥物濃度にして10ppm若しくは1ppm濃度となるようにシャーレに添加した。なお、ウワウルシについては、c−kit遺伝子発現抑制試験と同様に、細胞系での最終濃度が市販品エキスとして1%となるように用いた。
【0021】
試料添加3日経過後に、細胞を2N-NaOHに溶解し400nmの吸光度を測定した。また、細胞増殖度は2N-NaOHに溶解した細胞溶解液の一部をBio−Rad社製のプロテインアッセイキットにより600nmの吸光度で測定し、タンパク量に換算した。メラニン産生度は、単位タンパク量あたりのメラニン量の割合で計算し、対照を100として次式により産生割合を求めた。なお、ブランクとしてPBS(−)を用い、c−kitのリガンドであるSCFを培地に添加して試験を行った。また、c−kit遺伝子発現抑制作用のないアルブチンを比較対照とした。その結果を表2に示す。
【0022】
【数2】

【0023】
【表2】

【0024】
以上の結果から、ガジュツの抽出物はメラニンの産生をも抑制し、その効果は美白作用の優れたアルブチンよりもさらに優れたものであった。また、ガジュツと同じ属に属するウコンは、c−kit遺伝子発現抑制作用もなく、メラニン産生抑制作用もなかった。ウワウルシは、遺伝子レベルにおいてc−kitの発現を抑制することが確認されるとともに、メラニンの産生を抑制することも確認された。
【実施例3】
【0025】
ガジュツ、カシ、サンリョウ、アマチャの各植物乾燥物1kgに対して、水、50v/v%エタノール及びエタノールを各10L加え、約80℃で8時間還流抽出した。冷却後濾過して、溶媒を減圧留去して、エキス状のc−kit遺伝子発現抑制剤を得た。
【実施例4】
【0026】
次に、実施例3による抑制剤を用いた美白用組成物としての処方例を示すが、本発明は下記の組成物に限定されるものではない。
(1)化粧用クリーム(重量%)
a)ミツロウ 2.0
b)ステアリルアルコール 5.0
c)ステアリン酸 8.0
d)スクワラン 10.0
e)自己乳化型グリセリルモノステアレート 3.0
f)ポリオキシエチレンセチルエーテル(20E.O.) 1.0
g)ガジュツ水抽出物 1.0
h)1,3−ブチレングリコール 5.0
i)水酸化カリウム 0.3
j)防腐剤・酸化防止剤 適 量
k)精製水 残 部
〔製法〕
a)〜f)までを加熱溶解し、80℃に保つ。g)〜k)までを加熱溶解し、80℃に保ち、混合溶解したa)〜f)に加えて乳化し、40℃まで撹拌しながら冷却する。
【0027】
(2)乳液(重量%)
a)ミツロウ 0.5
b)ワセリン 2.0
c)スクワラン 8.0
d)ソルビタンセスキオレエート 0.8
e)ポリオキシエチレンオレイルエーテル(20E.O.) 1.2
f)ガジュツ50%エタノール抽出物 0.2
g)1,3−ブチレングリコール 7.0
h)カルボキシビニルポリマー 0.2
i)水酸化カリウム 0.1
j)精製水 残 部
k)防腐剤・酸化防止剤 適 量
l)エタノール 7.0
〔製法〕
a)〜e)までを加熱溶解し、80℃に保つ。f)〜k)までを加熱溶解し、80℃に保ち、混合溶解したa)〜e)に加えて乳化し、50℃まで撹拌しながら冷却する。50℃でl)を添加し、40℃まで攪拌、冷却する。
【0028】
(3)化粧水(重量%)
a)ガジュツ50%エタノール抽出物 20.0
b)グリセリン 5.0
c)ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(20E.O.) 1.0
d)エタノール 6.0
e)香料 適 量
f)防腐剤・酸化防止剤 適 量
g)精製水 残 部
〔製法〕
a)b)g)を均一に混合する。c)〜f)を均一に混合し、a)b)g)の混合物に加える。
【0029】
(4)洗顔剤(重量%)
a)ガジュツエタノール抽出物 0.2
b)タルク 残 部
c)セルロース 20.0
d)ミリスチン酸カリウム 30.0
e)ラウリルリン酸ナトリウム 10.0
f)ブドウ種子油 0.01
g)香料 適 量
〔製法〕
a)〜g)までを混合し、よく撹拌、分散させ均一にする。
【実施例5】
【0030】
実施例3による抑制剤を用いた医薬組成物の処方例について示す。
(錠剤)
a)カシ水抽出物 10g
b)ヒドロキシプロピルセルロース 2g
c)トウモロコシデンプン 10g
d)乳糖 95g
e)ステアリン酸マグネシウム 3g
f)タルク 3g
〔製法〕
a)〜f)を均一になるまで攪拌混合し、打錠して錠剤1000錠とする。
【0031】
(カプセル剤)
a)サンリョウ50%エタノール抽出物 10g
b)乳糖 950g
c)ステアリン酸マグネシウム 40g
〔製法〕
a)〜c)を均一に混合し、その混合末をハードゼラチンカプセルに200mgずつ充填してカプセル剤とする。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明によれば、c−kitの発現を遺伝子レベルで抑制することができ、新たな美白剤を始めとして、c−kitを介在した種々の疾病の治療薬としての利用が期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガジュツ、サンリョウ、アマチャ、カシのいずれかの植物又はそれらの抽出物のいずれかを含むことを特徴とするc−kit遺伝子発現抑制剤。
【請求項2】
請求項1に記載のc−kit遺伝子発現抑制剤を含むことを特徴とする美白用組成物。
【請求項3】
前記c−kit遺伝子発現抑制剤は、ガジュツであることを特徴とする請求項2に記載の美白用組成物。

【公開番号】特開2007−269705(P2007−269705A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−97861(P2006−97861)
【出願日】平成18年3月31日(2006.3.31)
【出願人】(591230619)株式会社ナリス化粧品 (200)
【Fターム(参考)】