説明

すぐれた自己潤滑性を発揮する表面被覆切削工具

【課題】溶着性の高い被削材の切削加工で硬質被覆層がすぐれた自己潤滑性を発揮することにより、すぐれた耐摩耗性を示す表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体表面に、マトリックス相と分散相とから構成される硬質被覆層を少なくとも1層以上蒸着形成した表面被覆切削工具において、マトリックス相は、Al、Ti、Crのうちの1種以上の元素の窒化物および/または炭窒化物からなり、分散相は、Ni窒化物、Ni炭窒化物のうちの少なくとも1種以上のNi化合物からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、特に、軟鋼、ステンレス鋼などのような溶着性の高い被削材を、高い発熱を伴う高速切削条件で切削加工した場合にも、硬質被覆層がすぐれた自己潤滑性を発揮し、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を示す表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるスローアウエイチップ、前記被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、さらに前記被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルなどがあり、また前記スローアウエイチップを着脱自在に取り付けて前記ソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うスローアウエイエンドミル工具などが知られている。
【0003】
具体的な被覆工具としては、例えば、炭化タングステン基(以下、WC基で示す)超硬合金または炭窒化チタン基(以下、TiCN基で示す)サーメット等で構成された工具基体の表面に硬質皮膜を蒸着形成し、被覆工具の耐摩耗性、工具寿命の改善を図ったものが一般的に知られている。
例えば、工具基体表面にTiN、TiCN、TiAlN、Al等の硬質皮膜を形成し、その上に、Ni酸化膜をさらに被覆形成することにより、被覆工具の特性(潤滑性)改善を図った被覆工具が知られ、また、例えば、工具基体表面にAl、Crの少なくとも1種とC、N、O、Bの少なくとも1種からなる化合物に、金属Niを含有させることにより不動態を形成させ、耐摩耗性と耐酸化特性の改善を図った被覆工具が知られている。
そして、上記従来の被覆工具を、炭素鋼や合金鋼などの切削に用いた場合には、すぐれた耐摩耗性を発揮することが知られている。
【特許文献1】特開2000−233324号公報
【特許文献2】特開2006−82210号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年の切削加工装置のFA化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴って切削加工は一段と高速化する傾向にあるが、上記の従来被覆工具においては、これを通常条件での切削加工に用いた場合には問題はないが、これを特に、軟鋼やステンレス鋼等のような溶着性の高い被削材を、高い発熱を伴う高速切削に用いた場合には、切削時に発生する高熱によって硬質被覆層が過熱されて、高温硬さ、潤滑性が不足したり、また溶着を生じたりするために、耐摩耗性の低下、チッピングの発生等が避けられず、その結果、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、高熱を発生する高速切削条件で溶着を生じやすい軟鋼、ステンレス鋼のような被削材を切削加工するにあたり、硬質被覆層がすぐれた潤滑性と耐摩耗性を発揮する被覆工具を開発すべく、上記の従来被覆工具に着目し、研究を行った結果、
(イ)例えば図1(a)に概略平面図で、同(b)に概略正面図で示される構造のアークイオンプレーティング(AIP)装置を用い、装置中央部に工具基体(例えば、超硬基体)装着用回転テーブルを設け、装置内には、硬質被覆層のマトリックス相形成用カソード電極(蒸発源)と分散相形成用カソード電極(蒸発源)を設け、工具基体装着用回転テーブル上に工具基体をリング状に装着し、この状態で装置内雰囲気を窒素雰囲気等の所定に雰囲気として、前記回転テーブルを回転させると共に、形成される硬質被覆層の層厚均一化を図る目的で工具基体自体も自転させながら、前記のマトリックス相形成用カソード電極(蒸発源)とアノード電極との間、及び、前記の分散相形成用カソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に、アーク放電を発生させると、工具基体表面には、マトリックス相を素地として、その中に、所定面積割合で分散相が分散して存在する硬質被覆層が蒸着形成され、そして、マトリックス相形成用カソード電極として、Al、Ti、Crの金属あるいは合金を使用し、また、分散相形成用カソード電極として、金属Niを使用して硬質被覆層を蒸着形成すると、Al、Ti、Crのうちのいずれか1種または2種以上の元素の窒化物または炭窒化物(以下、(Al,Ti,Cr)(C,N)で示す。)をマトリックス相とし、該マトリックス相中に、Ni窒化物、Ni炭窒化物のうちの少なくとも1種以上のNi化合物(以下、Ni(C,N)で示す。)からなる分散相が分散存在する硬質被覆層が形成されること。
【0006】
(ロ)上記(Al,Ti,Cr)(C,N)からなるマトリックス相において、相構成成分であるAlは高温硬さ、耐熱性および耐酸化性を向上させ、同Ti、Crは高温強度を向上させ、被覆工具の基本的な特性をマトリックス相が担保しているが、溶着性の高い被削材の高速切削加工においては、高熱発生に伴って硬質被覆層が過熱され、潤滑性が不足するとともにその高温硬さも低下する傾向にあるため、耐摩耗性が不十分となり工具寿命が短いが、マトリッククス相中に、上記Ni(C,N)からなる分散相を分散存在させると、Ni(C,N)分散相自体が硬質であるため、硬質被覆層の高温硬さをさらに高め、耐摩耗性の向上に寄与するとともに、Ni(C,N)分散相の一部は、切削加工時に発生する高熱によってニッケルの酸化物、窒酸化物、炭酸化物、炭窒酸化物(以下、これらを総称して、単に、NiOで示す。)に変化し、そして、このNiOは自己潤滑性を備え、被削材との潤滑性を向上させ溶着を抑制する作用があることから、(Al,Ti,Cr)(C,N)マトリックス相中にNi(C,N)分散相が所定面積割合で存在する硬質被覆層は、全体としてすぐれた高温硬さ、耐熱性、耐酸化性、高温強度を備え、さらに切削加工時に自己潤滑性を発揮し、その結果として、ステンレス鋼などの溶着性の高い被削材を、高熱発生を伴う高速切削条件で切削加工しても、溶着、チッピング、偏摩耗等を生じることなくすぐれた耐摩耗性を長期に亘って発揮するようになること。
以上(イ)、(ロ)に示される研究結果を得たのである。
【0007】
この発明は、上記の研究結果に基づいてなされたものであって、
「炭化タングステン基(WC基)超硬合金または炭窒化チタン基(TiCN基)サーメットで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を蒸着形成してなる表面被覆切削工具において、
上記硬質被覆層のうちの少なくとも1層は、マトリックス相と、該マトリックス相中に分散存在する分散相とから構成され、上記マトリックス相は、Al、Ti、Crのうちのいずれか1種または2種以上の元素の窒化物または炭窒化物((Al,Ti,Cr)(C,N))からなり、上記分散相は、Ni窒化物、Ni炭窒化物のうちの少なくとも1種以上のNi化合物(Ni(C,N))からなることを特徴とする自己潤滑性を発揮する表面被覆切削工具(被覆工具)。」
に特徴を有するものである。
【0008】
つぎに、この発明の被覆工具の硬質被覆層を構成する(Al,Ti,Cr)(C,N)マトリックス相、Ni(C,N)分散相について説明する。
【0009】
(Al,Ti,Cr)(C,N)マトリックス相;
Al、Ti、Crのうちのいずれか1種または2種以上の元素の窒化物または炭窒化物からなるマトリックス相は、Al、Ti、Crの金属あるいは合金をターゲットとした物理蒸着、化学蒸着等種々の方法で蒸着形成することができるが、物理蒸着(例えば、アークイオンプレーティング)による場合はそのターゲット材料の選択によって、また、化学蒸着による場合は、反応ガス条件等を調整することにより、各種成分組成のマトリックス相を形成することができる。
この発明では、具体的には、例えば、(Al,Ti)N、(Al,Ti)(C,N)、(Al,Cr)N、(Al,Cr)(C,N)、(Al,Ti,Cr)N、(Al,Ti,Cr)(C,N)をマトリックス相として形成した。
そして、既に述べたように、マトリックス相を構成する成分によって、各種の特性が得られるが、例えば、マトリックス相中のAl成分は、高温硬さ、耐熱性および耐酸化性を向上させ、同Ti成分、Cr成分が高温強度を向上させることは良く知られているところである。
【0010】
Ni(C,N)分散相;
マトリックス相中にNi(C,N)分散相が分散存在する層を得る方法それ自体は、特に限定されるものではないが、例えば、マトリックス相の蒸着を継続実行しつつ、金属Niをターゲットとし、蒸着量を調整しながらアークイオンプレーティングを行うことにより、マトリックス相中にNi(C,N)相が分散する蒸着層を形成することができ、また、マトリックス相の蒸着を行いつつ、金属Niをターゲットとし、蒸着量を調整しながらスパッタリングを行うことにより、Ni(C,N)相をマトリックス相中に分散させた蒸着層を形成することもできる。
そして、(Al,Ti,Cr)(C,N)マトリックス相中に分散形成されたNi(C,N)分散相それ自体は、高硬度を有しているため、マトリックス相と分散相からなる硬質被覆層の硬度を高め、その結果、高温切削条件下での被覆工具の耐摩耗性を向上させる。また、Ni(C,N)分散相を構成する窒化物、炭窒化物は、その一部が、高速切削時に発生する高熱によって、ニッケルの酸化物、窒酸化物、炭酸化物、炭窒酸化物(NiO)に変化するが、NiOは潤滑性にすぐれるため、(Al,Ti,Cr)(C,N)マトリックス相中にNi(C,N)分散相が分散存在する硬質被覆層は、該層の高温硬さを向上させると同時に、切削加工時に発揮される該層の自己潤滑性によって、溶着性の高い被削材との潤滑性を高める作用を有する。
したがって、(Al,Ti,Cr)(C,N)マトリックス相中にNi(C,N)分散相が分散存在する硬質被覆層を蒸着形成した被覆工具は、軟鋼、ステンレス鋼等の溶着性の高い被削材を高速条件下で切削加工する場合にも、硬質被覆層が発揮するすぐれた自己潤滑性によって、高熱による溶着発生を防止すると同時に、硬質被覆層の有するすぐれた高温硬さによって、すぐれた耐摩耗性を長期に亘って維持することができる。
なお、(Al,Ti,Cr)(C,N)マトリックス相中におけるNi(C,N)分散相の面積割合が、1.0面積%未満では、潤滑性向上効果、耐溶着性向上効果、耐摩耗性向上効果が少なく、マトリックス相の特性しか発揮されず、一方、Ni(C,N)分散相の面積割合が20面積%を超えると、層全体の高温硬さ、高温強度が低下し、耐摩耗性の低下傾向が見られるようになり、また、チッピングの発生を抑制することが困難になることから、Ni(C,N)分散相の面積割合(=[Ni(C,N)分散相の面積×100]/[(Ni(C,N)分散相の面積+(Al,Ti,Cr)(C,N)マトリックス相の面積])を1〜20面積%、好ましくは、5〜15面積%、とすることが望ましい。
【発明の効果】
【0011】
この発明の被覆工具は、(Al,Ti,Cr)(C,N)マトリックス相が、すぐれた高温硬さ、高温強度、耐熱性、耐酸化性を有し、また、(Ni(C,N)分散相が、すぐれた高温硬さを有するとともに、切削加工時にすぐれた自己潤滑性を有するNiOが形成されるため、硬質被覆層全体として、すぐれた高温硬さ、高温強度、耐熱性、耐酸化性およびすぐれた潤滑性が発揮され、軟鋼、ステンレス鋼等の溶着性の高い被削材を、特に大きな発熱を伴う高速切削条件で加工した場合であっても、すぐれた耐チッピング性、耐溶着性を示すとともに、偏摩耗を生じることもなく、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例1】
【0013】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末、TaN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPa の圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度:1400℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.03のホーニング加工を施してISO規格・CNMG120408のチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A1〜A10を形成した。
【0014】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比で、TiC/TiN=50/50)粉末、MoC粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を2kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.03のホーニング加工を施してISO規格・CNMG120408のチップ形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体B1〜B6を形成した。
【0015】
ついで、上記の工具基体A1〜A10およびB1〜B6のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示されるアークイオンプレーティング装置の回転テーブル上に装着し、アークイオンプレーティング装置のマトリックス相形成用カソード電極(蒸発源)として、表3に示される種々の成分組成の合金1〜5(本発明カソード1〜5という)を装着し、分散相形成用カソード電極(蒸発源)として金属Niを装着し、さらに、ボンバード洗浄用カソード電極として金属Tiも装着し、まず装置内を排気して0.5Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加して、ボンバード洗浄用カソード電極の金属Tiとアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって工具基体表面をTiボンバード洗浄し、
(b)ついで、装置内に反応ガスとして窒素ガス、または、窒素ガスとメタンガス等の反応ガスを導入して3Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加して、マトリックス相形成用カソード電極とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、表4、5に示される所定成分組成、所定目標層厚のマトリックス相を蒸着形成し、
(c)同時に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加して、分散相形成用カソード電極とアノード電極との間に90Aの電流を流してアーク放電を発生させ、表4、5に示される所定成分、所定面積割合(面積%)の分散相を、マトリックス相中に分散させて蒸着形成することにより、
硬質被覆層として、(Al,Ti,Cr)(C,N)マトリックス相中にNi(C,N)分散相が分散した組織の層を有するISO・CNMG120408に規定するスローアウエイチップ形状の本発明被覆工具1〜16(以下、本発明被覆チップ1〜16という)をそれぞれ製造した。
【比較例1】
【0016】
また、比較の目的で、これら工具基体A1〜A10およびB1〜B6のうち、工具基体A1〜A5およびB1〜B3については、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、それぞれ図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、カソード電極(蒸発源)として、表3に示される本発明カソード1〜5を装着し、Ni酸化膜形成用カソード電極(蒸発源)として金属Niを装着し、さらに、ボンバート洗浄用金属Tiカソード電極も装着し、装置内を排気して0.5Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加して、ボンバード洗浄用カソード電極の金属Tiとアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって工具基体表面をTiボンバード洗浄し、
ついで装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して2Paの反応雰囲気とすると共に、前記工具基体に印加するバイアス電圧を−100Vに下げて、前記本発明カソード1〜5とアノード電極との間に90Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって前記工具基体A1〜A5およびB1〜B3のそれぞれの表面に、表6、7に示される目標組成および目標層厚をもった硬質層を形成し、
その後、装置内に反応ガスとして、酸素からなる雰囲気ガスを導入して2Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加して、Ni酸化膜形成用カソード電極とアノード電極との間に90Aの電流を流してアーク放電を発生させ、表6、7に示される所定層厚のNi酸化膜層を前記硬質層の上に蒸着形成することにより、
同じくスローアウエイチップ形状の従来被覆工具1〜5、11〜13(以下、従来被覆チップ1〜5、11〜13という)をそれぞれ製造した。
(なお、上記従来被覆チップ1〜5、11〜13は、特許文献1(特開2000−233324号公報)に記載された構造の被覆工具に対応する。)
【比較例2】
【0017】
さらに比較の目的で、これら工具基体A1〜A10およびB1〜B6のうち、工具基体A6〜A10およびB4〜B6については、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、それぞれ図2に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、表3に示される組成のNi含有ターゲットからなるカソード電極(蒸発源)6〜10(従来カソード6〜10という)を装着し、さらに、ボンバート洗浄用金属Tiカソード電極も装着し、装置内を排気して0.5Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加して、ボンバード洗浄用カソード電極の金属Tiとアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって工具基体表面をTiボンバード洗浄し、
ついで装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して2Paの反応雰囲気とすると共に、前記工具基体に印加するバイアス電圧を−100Vに下げて、前記Ni含有ターゲットからなる従来カソード6〜10とアノード電極との間に90Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって前記工具基体A6〜A10およびB4〜B6のそれぞれの表面に、表6、7に示される目標組成および目標層厚をもった硬質層を形成することにより、
同じくスローアウエイチップ形状の従来被覆工具6〜10、14〜16(以下、従来被覆チップ6〜10、14〜16という)をそれぞれ製造した。
(なお、上記従来被覆チップ6〜10、14〜16は、特許文献2(特開2006−82210号公報)に記載された構造の被覆工具に対応する。)
【0018】
つぎに、上記の各種の被覆チップを、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆チップ1〜16および従来被覆チップ1〜16について、
被削材:JIS・SUS321の丸棒、
切削速度: 180 m/min.、
切り込み: 2.0 mm、
送り: 0.5 mm/rev.、
切削時間: 5 分、
の条件(切削条件A)でのオーステナイト系ステンレス鋼の乾式高速切削加工試験(通常の切削速度は、100m/min.)、
被削材:JIS・S17Cの丸棒、
切削速度: 350 m/min.、
切り込み: 2.0 mm、
送り: 0.5 mm/rev.、
切削時間: 5 分、
の条件(切削条件B)での軟鋼の乾式高速切削加工試験(通常の切削速度は、250m/min.)、
被削材:JIS・SCM432の丸棒、
切削速度: 240 m/min.、
切り込み: 3.0 mm、
送り: 0.5 mm/rev.、
切削時間: 4 分、
の条件(切削条件B)での合金鋼の乾式高速切削加工試験(通常の切削速度は、170m/min.)、
を行い、いずれの切削加工試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表8に示した。
【0019】
【表1】

【0020】
【表2】

【0021】
【表3】

【0022】
【表4】

【0023】
【表5】

【0024】
【表6】

【0025】
【表7】

【0026】
【表8】

【0027】
この結果得られた本発明被覆工具としての本発明被覆チップ1〜16の硬質被覆層を構成する(Al,Ti,Cr)(C,N)マトリックス相とNi(C,N)分散相の組成を、透過型電子顕微鏡を用いてのエネルギー分散X線分析法により測定したところ、それぞれ目標組成のAl,Ti,Cr,N,C含有割合および目標組成のNi,N,C含有割合と実質的に同じ組成を示した。
また、従来被覆工具としての従来被覆チップ1〜16の硬質被覆層を構成する層の組成を、透過型電子顕微鏡を用いてのエネルギー分散X線分析法により測定したところ、それぞれ目標組成と実質的に同じ組成を示した。
【0028】
また、本発明被覆工具の硬質被覆層の分散相を構成するNi(C,N)分散相の面積率を、オージェ分光分析装置の定性分析のマッピングを用い測定したところ、表4、5に示される面積割合(5ヶ所の平均値)を示した。
【0029】
表4〜8に示される結果から、本発明被覆工具は、軟鋼、ステンレス鋼のような溶着性の高い被削材を、高熱発生を伴う高速条件下での切削加工に用いた場合であっても、硬質被覆層の少なくとも一つの層が、(Al,Ti,Cr)(C,N)マトリックス相とNi(C,N)分散相の2相組織からなり、全体として、すぐれた高温硬さ、高温強度、耐熱性、耐酸化性および自己潤滑性を備えていることによって、溶着、チッピング、偏摩耗の発生がなく、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するのに対して、従来被覆工具においては、高速切削加工で高熱発生を伴うことにより、溶着・偏摩耗やチッピングが発生し、これが原因で比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
なお、被覆チップばかりでなく、被覆エンドミル、被覆ドリルを作成し、同様な切削試験を行ったところ、被覆エンドミル、被覆ドリルについても、被覆チップの場合と同様な結果が得られた。
【0030】
上述のように、この発明の被覆工具は、一般鋼や普通鋳鉄などの切削加工は勿論のこと、軟鋼、ステンレス鋼等のような溶着性の高い被削材の高い発熱を伴う高速切削加工に用いた場合でも、長期に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮し、すぐれた切削性能を示すものであるから、切削加工装置のFA化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】硬質被覆層を形成するのに用いたアークイオンプレーティング装置の概略平面図である。
【図2】比較例2の硬質被覆層を形成するのに用いたアークイオンプレーティング装置の概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を蒸着形成してなる表面被覆切削工具において、
上記硬質被覆層のうちの少なくとも1層は、マトリックス相と、該マトリックス相中に分散存在する分散相とから構成され、上記マトリックス相は、Al、Ti、Crのうちのいずれか1種または2種以上の元素の窒化物または炭窒化物からなり、上記分散相は、Ni窒化物、Ni炭窒化物のうちの少なくとも1種以上のNi化合物からなることを特徴とする自己潤滑性を発揮する表面被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−285757(P2009−285757A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−139298(P2008−139298)
【出願日】平成20年5月28日(2008.5.28)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】