説明

アスタキサンチンの保存安定性が高い緑藻抽出物

【課題】緑藻抽出物中のアスタキサンチンの保存安定性を高めるための手段、ならびに高い保存安定性を有するアスタキサンチンを含有する緑藻抽出物を提供すること。
【解決手段】本発明は、アスタキサンチンをフリー体換算で0.5から20質量%の濃度および少なくとも1つのリン脂質を0.1から15質量%の濃度で含む緑藻抽出物を提供する。この緑藻抽出物は、アスタキサンチンの保存安定性が高く、60℃にて1週間保存した後であっても、約80%以上のアスタキサンチンが残存し得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アスタキサンチンが高い保存安定性を有するアスタキサンチン含有緑藻抽出物に関する。
【背景技術】
【0002】
アスタキサンチンは、赤色のカロチノイドの一種であり、強力な抗酸化作用を有することが知られている。そのため、魚類などの色揚げ用飼料、食材用色素、化粧品、健康食品などとして使用されている。
【0003】
アスタキサンチンは、化学合成されるものの他、天然物由来のものがある。天然物由来のアスタキサンチンは、例えば、オキアミ、アマエビなどのエビ類、ファフィア酵母、藻類などから抽出される。しかし、オキアミ、アマエビ、カニなどの甲殻類、ファフィア酵母などはアスタキサンチン含量が少ないため、これらからのアスタキサンチンの収率は非常に低い。そのため、一般に、アスタキサンチン含量が高い藻類、例えば、ヘマトコッカス属の緑藻から抽出されている。
【0004】
アスタキサンチンは、熱、酸素、光などに対して不安定であり、藻体の培養液をそのまま保存することは好ましくない。そのため、通常は、アスタキサンチンを含有する藻体は、乾燥形態で保存される(例えば、特許文献1および2参照)。しかし、これらの特許文献1および2においては、乾燥時における熱、酸素、光などに対するアスタキサンチン自身の安定性についての検討がなされていない。例えば、本発明者の研究によれば特許文献2に記載の乾燥方法を用いて単に藻体を乾燥させた場合、藻体中のアスタキサンチンが分解し、アスタキサンチン含量が低下する。
【0005】
あるいは、アスタキサンチンは、藻体からの抽出物として保存される。アスタキサンチンの抽出は、その不安定性のため、藻体の培養直後に行われる場合が多い(例えば、特許文献3および4参照)。緑藻からのアスタキサンチンの抽出は、有機溶媒抽出法、超臨界抽出法などにより行われている。
【0006】
ヘマトコッカス藻類から有機溶媒を用いてアスタキサンチンを抽出する場合、溶媒としてエタノール、アセトン、またはヘキサンを用いることが提案されている。得られた抽出物を食品添加物として用いる場合には抽出物中の残留溶媒濃度が考慮されなければならない。さらに、ヘマトコッカス藻類培養液中の栄養源、化学薬品類、クロロフィル類、リン脂質類、ステロール類などが混入するという問題がある(特許文献5参照)。
【0007】
特許文献5では、有機溶媒抽出法によるアスタキサンチン抽出の欠点を回避する目的で、超臨界抽出法でのアスタキサンチンの抽出が検討されている。補助溶媒を適切に選択することにより、超臨界抽出法で抽出されたアスタキサンチンには、有機溶媒抽出法では避けられなかった、上記のリン脂質、タンパク質、クロロフィル、ステロールなどの混入がほとんどない。しかし、有機溶媒抽出法に比べて、コストアップとなり、工業的生産には不向きである。
【0008】
さらに、いずれの方法によって抽出された場合でも、アスタキサンチンは、熱、酸素、光などに対して不安定であるため、従来法では、抽出物は窒素雰囲気下で光を遮断し、低温下で扱うことが好ましい。
【特許文献1】特開平7−8212号公報
【特許文献2】特開2004−129504号公報
【特許文献3】特開平9−111139号公報
【特許文献4】特公昭55−32351号公報
【特許文献5】特開2004−41147号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、緑藻抽出物中のアスタキサンチンの保存安定性を高めるための手段を提供すること、ならびに高い保存安定性を有するアスタキサンチンを含有する緑藻抽出物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、アスタキサンチンを含む緑藻抽出物中において、従来は不純物であると思われていたリン脂質を、適切なレベルで含むように調整することによって、アスタキサンチンがより安定化され得ることを見い出したことに基づく。
【0011】
本発明は、フリー体(非エステル化体)換算で0.5から20質量%の濃度のアスタキサンチンおよび少なくとも1つのリン脂質を含み、該リン脂質の濃度が0.1から15質量%である、緑藻抽出物を提供する。
【0012】
ある実施態様では、上記リン脂質の濃度は、1質量%以上、2質量%以上、または2.5質量%以上であり、あるいは上記リン脂質の濃度は、10質量%以下、7質量%以下、または5質量%以下である。
【0013】
1つの実施態様では、上記緑藻抽出物はヘマトコッカス属に属する単細胞緑藻類の抽出物である。
【0014】
さらなる実施態様では、上記緑藻抽出物は緑藻ヘマトコッカス・プルビアリスの抽出物である。
【0015】
他の実施態様では、上記リン脂質は、ホスファチジルコリンである。
【0016】
本発明はまた、緑藻抽出物中のアスタキサンチンの保存安定性を高める方法を提供し、該方法は、緑藻抽出物中の少なくとも1つのリン脂質の濃度を測定する工程;少なくとも1つのリン脂質を元来含まない場合は該緑藻抽出物に少なくとも1つのリン脂質を添加する工程;および該緑藻抽出物中のリン脂質濃度を0.1から15質量%に調整する工程を包含し、該緑藻抽出物は、アスタキサンチンをフリー体換算で0.5から20質量%の濃度で含む。
【0017】
本発明はさらに、上記のいずれかの緑藻抽出物を含む食品を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、所定の濃度のアスタキサンチンを含む緑藻抽出物中におけるリン脂質の量を所定の割合になるように調整することにより、緑藻抽出物中のアスタキサンチンの保存安定性が高められる。したがって、アスタキサンチンを抽出物として長期保存することが可能であり、保存に低温を必要としないため、抽出物の取り扱いは容易になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
(緑藻)
本発明に用いられる緑藻は、アスタキサンチンを生産し得る能力がある緑藻であれば、特に制限はない。例えば、ヘマトコッカス(Haematococcus)属に属する単細胞藻類が好ましく用いられる。好ましい緑藻としては、ヘマトコッカス・プルビアリス(H. pluvialis)、ヘマトコッカス・ラクストリス(H. lacustris)、ヘマトコッカス・カペンシス(H. capensis)、ヘマトコッカス・ドロエバケンシ(H. droebakensi)、ヘマトコッカス・ジンバブエンシス(H. zimbabwiensis)などが挙げられる。
【0020】
ヘマトコッカス・プルビアリス(H. pluvialis)としては、独立行政法人国立環境研究所に寄託されているNIES144株、米国テキサス大学藻類保存施設に寄託されているUTEX2505株、デンマークのコペンハーゲン大学のScandinavian Culture Center for Algae and Protozoa, Botanical Instituteに保存されているK0084株などが挙げられる。
【0021】
ヘマトコッカス・ラクストリス(H. lacustris)としては、ATCCに寄託されているATCC30402株および同30453株、東京大学分子細胞生物学研究所に寄託されているIAM C−392株、同C−393株、同C−394株および同C−339株、あるいはUTEX 16株および同294株などが挙げられる。
【0022】
ヘマトコッカス・カペンシス(H. capensis)としては、UTEX LB1023株などが挙げられる。
【0023】
ヘマトコッカス・ドロエバケンシ(H. droebakensi)としては、UTEX 55株が挙げられる。
【0024】
ヘマトコッカス・ジンバブエンシス(H. zimbabwiensis)としては、UTEX LB1758株などが挙げられる。
【0025】
本発明においては、ヘマトコッカス・プルビアリスが好ましく用いられる。
【0026】
(緑藻の培養)
アスタキサンチンを含有する緑藻は、アスタキサンチンを生産できるような条件下で上記緑藻を培養することにより得られる。アスタキサンチンの生産条件に特に制限はない。例えば、光照射下、二酸化炭素を通気しつつ、窒素源および微量金属類を含有する培地中で藻体の栄養細胞を増殖させた後、増殖した藻体に、光照射による物理的ストレス、栄養飢餓による生物学的ストレス、過酸化水素および/または鉄化合物の添加による化学物質ストレスなどのストレスを、単独であるいは組み合わせて与えることにより、栄養細胞をシスト化に導く方法が挙げられる。また、炭素源として酢酸などを添加して暗培養を行って栄養増殖させ、次いでシスト化を行ってもよい。培養した緑藻は、遠心分離により回収され、必要に応じて水洗した後、以下で詳述する抽出工程に付される。
【0027】
(緑藻抽出物)
本発明において「緑藻抽出物」とは、上記の緑藻中に含まれる油分をいい、アスタキサンチンの濃縮・精製が行われていない油分をいう。ここで、濃縮・精製とは、クロマトグラフィーなどの当業者が通常行う分離・精製手段によって、抽出された油分から、さらにアスタキサンチンを選択的に得ることをいう。
【0028】
アスタキサンチンを含む油分の抽出手段には特に制限はなく、当業者が通常用いる手段が用いられる。例えば、上記のように培養した緑藻を、(1)機械的破砕(例えば、ビーズビーターなど)により破砕すると同時にまたは破砕した後に溶媒によって抽出、(2)機械的破砕後に圧搾によって抽出、および(3)これら(1)と(2)とを組み合わせた抽出が行われる。あるいは、アスタキサンチンは超臨界抽出法を用いて抽出してもよい。抽出に用いられる溶媒としては、クロロホルム、ヘキサン、アセトン、メタノール、エタノールなどの有機溶媒が挙げられる。抽出に溶媒を利用した場合は、抽出後、当業者が通常用いる手段によって、溶媒が除去される。
【0029】
アスタキサンチンの抽出に一般に用いられる有機溶媒抽出では、アスタキサンチンは藻体中に存在する他の成分、例えば中性脂質とともに抽出される。抽出溶媒の種類、抽出操作などにもよるが、得られた緑藻抽出物中のアスタキサンチン濃度は、通常、フリー体換算で約0.5〜20質量%、より通常には約0.5〜18質量%であり得る。なお、緑藻抽出物中のアスタキサンチンは、培養条件にもよるが、アスタキサンチン脂肪酸モノエステルが主成分である。全アスタキサンチンのうち、アスタキサンチン脂肪酸ジエステルの濃度は15〜30質量%程度であり、遊離のアスタキサンチンの濃度は1質量%以下である場合が多い。アスタキサンチンはエステル体ならびにフリー体で存在し得るが、本発明の記載を通して、アスタキサンチンの質量の割合は、フリー体換算で表される。
【0030】
(リン脂質)
本発明において、リン脂質とは、ホスファチジルコリン(レシチン)、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール、およびスフィンゴミエリンからなる群より選択される1以上のリン脂質をいう。これらの由来は特に限定されず、天然物由来であっても、化学合成されたものであってもよい。本発明においては、以下で説明するリン脂質の添加の際には、ホスファチジルコリン(レシチン)が好適に採用される。リン脂質は、藻体中に存在し得そしてアスタキサンチンとともに抽出され、あるいは緑藻抽出物に別途添加してもよい。
【0031】
(緑藻抽出物中のアスタキサンチンの保存安定性の向上)
本発明において、緑藻抽出物中のアスタキサンチンの保存安定性を高める方法は、緑藻抽出物中の少なくとも1つのリン脂質の濃度を測定する工程;少なくとも1つのリン脂質を元来含まない場合は該緑藻抽出物に少なくとも1つのリン脂質を添加する工程;および該緑藻抽出物中においてリン脂質濃度を0.1から15質量%に調整する工程を包含する。
【0032】
本発明の緑藻抽出物中の調整されたリン脂質の濃度は、0.1質量%以上、通常0.2質量%以上、好ましくは0.3質量%以上、さらに好ましくは0.45質量%以上、より好ましくは1質量%以上、なお好ましくは2質量%以上、よりさらに好ましくは2.5質量%以上であり、あるいは調整されたリン脂質の濃度は、15質量%以下、好ましくは10質量%以下、より好ましくは7質量%以下、さらに好ましくは5質量%以下である。緑藻抽出物中のリン脂質の割合(または濃度)が高すぎると、低温下で抽出物中に沈殿が生じる場合があるので、好ましくない。
【0033】
リン脂質の濃度が調整された緑藻抽出物中のアスタキサンチン濃度は、フリー体換算で0.5質量%以上であり、好ましくは2質量%以上、より好ましくは3質量%以上、さらに好ましくは5質量%以上、さらにより好ましくは7質量%以上であり、あるいは、約18質量%以下であり、好ましくは15質量%以下であり、より好ましくは12質量%以下である。
【0034】
緑藻抽出物中のアスタキサンチン(フリー体換算)とリン脂質との割合は、質量比で1:30〜1:0.005、好ましくは1:5〜1:0.05、より好ましくは1:3〜1:0.1である。
【0035】
超臨界抽出法により得られる緑藻抽出物には、リン脂質はほとんど含まれていない。そのため、緑藻抽出物に適切な量のリン脂質を添加することにより、リン脂質の割合を調整する。一方、溶媒抽出により得られた緑藻抽出物は、緑藻中に存在するリン脂質がアスタキサンチンとともに抽出され得るため、リン脂質を含む場合が多い。したがって、緑藻抽出物中に予め含まれているリン脂質の量(または濃度)に応じて、添加されるべきリン脂質の量が適宜決定される。いずれの場合も、最終的なリン脂質の割合が上記の範囲になるように調整される。本発明においては、緑藻抽出物中のリン脂質の濃度が適切であることを確認することも、リン脂質の割合の調整に包含される。したがって、抽出溶媒を適宜選択することによって、それぞれ本発明の所望の濃度でアスタキサンチンおよびリン脂質を含む緑藻抽出物を得てもよい。
【0036】
一般的に、溶媒抽出により得られる緑藻抽出物に含まれるリン脂質の濃度を増加させるためには、溶媒中で、藻体をより細かく破砕することが好ましい。溶媒中で藻体をより細かく破砕することにより、細胞膜を構成するリン脂質がより抽出されやすくなる。藻体の破砕には、例えば、ビーズビーター、ホモジナイザーなどの装置が用いられ得る。抽出に用いる溶媒は、エタノールを単独で、またはエタノールと他の有機溶媒とを組み合わせて用いることが好ましいと考えられる。
【0037】
本発明によれば、上記のようにして、高い保存安定性を有するアスタキサンチンを含有する緑藻抽出物が得られる。この緑藻抽出物を60℃にて1週間遮光下で保存した場合、この緑藻抽出物中にアスタキサンチンは、初期濃度の少なくとも50%、好ましくは75%、より好ましくは少なくとも80%、なお好ましくは少なくとも85%、さらに好ましくは少なくとも90%残存する。このように、リン脂質の濃度が適切に調整された緑藻抽出物は、熱に弱いアスタキサンチンの分解が抑制され、緑藻抽出物の保存安定性が高められている。
【0038】
リン脂質は、生体成分であるだけでなく、食品添加物として、乳化剤として、そして食品として使用される物質である。そのため、緑藻抽出物中に少なくとも1つのリン脂質が存在しても、特に問題はなく、保存後にリン脂質を除去しなくてもよい。
【0039】
(高い保存安定性を有するアスタキサンチンを含有する緑藻抽出物を含む食品)
本発明の食品は、リン脂質の濃度が所定の範囲になるように調整された緑藻抽出物を含む。このような緑藻抽出物は、そのまま食品として摂取してもよく、あるいは、例えば、食品としての摂取量を調節しやすいように、適切な植物油などで所定の濃度のアスタキサンチンを含む食品となるように希釈され得る。この場合、さらにリン脂質を添加して、アスタキサンチンの保存安定性を向上させてもよい。好適には、保存安定性が向上された緑藻抽出物は、そのままあるいは希釈されて、カプセル剤の形態に加工され得る。あるいは、乳化剤または可溶化剤とともに水溶液に緑藻抽出物を分散または溶解させて、飲料として提供され得る。
【実施例】
【0040】
以下に、ヘマトコッカス・プルビアリスK0084株を用いた実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこの実施例に制限されない。なお、本実施例において、アスタキサンチン量、リン脂質量、および水分量は、以下の方法で測定した。
【0041】
(アスタキサンチン量の測定)
緑藻抽出物中のアスタキサンチン量は、以下の方法で測定した。まず、所定量の緑藻抽出物をDMSOにて適宜希釈したのち、492nmの吸光度を測定し、以下の式から希釈液中のアスタキサンチン濃度(フリー体換算)を求め、この値から希釈前の抽出物中のアスタキサンチン濃度を求めた。
【0042】
アスタキサンチン濃度(質量%)=(A*100*F)/(W*2085)
ここで、Aは、希釈液の492nmにおける吸光度(光路長1cm)、
Fは、希釈液の希釈倍率、および
Wは、希釈液の質量(g)である。
【0043】
(リン脂質量の測定)
リンの定量に一般的に用いられているモリブデン青法(例えば、「衛生試験法・注解 2005」(日本薬学会編,金原出版)に記載のリンモリブデン酸によるリンの定量法)によって得られた測定値(リン量)に、26.03を乗じて得られた値をレシチン量とした。
【0044】
(水分量の測定)
水分量は、常圧加熱乾燥法(例えば、「食品衛生検査指針 理化学編」(厚生労働省監修,社団法人 日本食品衛生協会,2005年)に記載)によって測定した。すなわち、所定の温度に調節した定温乾燥機に秤量容器を蓋とともに入れ、1時間加熱後デシケーターに移す。放冷して秤量容器の温度が室温に達したら、直ちに0.1mg単位まで秤量する。恒量(Wg)に達するまで、加熱、放冷、および秤量の操作を繰り返す。次いで、1〜2gの試料を素早く採取し、秤量容器上に平らに広げ、蓋をし、正確に秤量(Wg)する。秤量容器を定温乾燥機の中に蓋をずらして入れる。定温乾燥機が105℃に達してから、3時間乾燥後、乾燥機中で素早く秤量容器に蓋をし、デシケーターに移し放冷する。室温に達したら直ちに秤量する(Wg)。試料中の水分含量は以下の式で求められる。
試料中の水分(%)=(W−W)/(W−W)×100
【0045】
(実施例1:緑藻抽出物の調製−1)
アスタキサンチンを生産するヘマトコッカス・プルビアリスK0084株(以下、単にK0084株という)を用いた。1.5L容のライトパス25mmの密閉式扁平培養瓶に、以下の表1に示す成分を有するMBG−11培地を1L入れ、初発の濃度が0.6g/LとなるようにK0084株を培地に接種した。
【0046】
【表1】

【0047】
3容積%のCOを含むガスを600mL/分の速度で(すなわち、0.6vvmで)通気しながら、培養温度25℃、pHを6〜8の間で調整し、以下に示す光照射条件下で5日間K0084株を培養した。光照射は、光源として白色蛍光灯(松下電器産業株式会社製、FL40SSW/37)を用いた。光照射の強度は、LICOR−190SA平面光量子センサーを用いて測定した培養槽受光方向の光合成有効光量子束密度(PPFD)が100μmol−p/msとなるように、光照射の強度を調整した。培養後のK0084株は、緑色から茶〜茶褐色に変色しており、K0084株がシスト化したことが確認された。
【0048】
次いで、上記と同じ扁平培養瓶中に同じ培地(MBG−11培地)を入れ、初発の濃度が0.6g/Lとなるようにシスト化したK0084株を接種し、上記と同じ培養条件で200時間培養した。
【0049】
得られた緑藻を、遠心分離により回収し、水洗し、ビーズビーターに入れた。ヘキサンを加え、ビーズビーターで5分間破砕した。このように、溶媒中で緑藻を細かく破砕することによって、細胞膜成分であるレシチンがより多く抽出される。得られた混合物を、遠心分離機で上清と沈殿とに分け、上清を回収した。沈殿に再びヘキサンを加え上記と同様の操作を、沈殿の色がほぼ完全に白くなるまで繰り返した。回収したヘキサン画分を合わせ、ヘキサンを留去して緑藻抽出物を得た。得られた緑藻抽出物中のアスタキサンチン濃度は、フリー体換算で9質量%であり、リン脂質濃度は0.9質量%であり、そして水分量は0.2質量%であった。
【0050】
(実施例2:リン脂質の含有量の検討−1)
上記実施例1で得られた緑藻抽出物(リン脂質:0.9質量%;アスタキサンチン:9質量%)に、リン脂質(大豆由来レシチン、和光純薬工業株式会社製)をそれぞれ2.7質量%、4.5質量%、10質量%、または15質量%の濃度になるように添加して、試料を調製した。各試料の約500mgずつをそれぞれ2本の10mL容のバイアル瓶に入れ、アスタキサンチンの初期濃度を上記のようにして測定した。次いで、これらを60℃に設定した恒温器に入れた。1週間保存した後、再度アスタキサンチンの濃度を測定し、残存率を算出した。結果を図1に示す。
【0051】
図1からわかるように、緑藻抽出物が2.7質量%の割合でリン脂質を含む場合、60℃という苛酷な条件下で1週間保存しても、90%以上のアスタキサンチンが残存し、緑藻抽出物が0.9質量%の割合でリン脂質を含む場合、少なくとも75%のアスタキサンチンが残存していた。特に、緑藻抽出物にリン脂質を追加した場合、非常にアスタキサンチンの残存率が高いことがわかる。
【0052】
(実施例3:リン脂質の含有量の検討−2)
上記実施例1で得られた緑藻抽出物の一部を、大豆油(日清オイリオグループ株式会社製)で2倍希釈して、アスタキサンチンをフリー体換算で4.5質量%の濃度で含む希釈抽出物を得た。希釈した緑藻抽出物(リン脂質:0.45質量%)について、リン脂質(大豆由来レシチン、和光純薬工業株式会社製)を0.9質量%、2.7質量%、4.5質量%、10質量%、または15質量%の濃度になるように添加して、試料を調製した。また、上記実施例1で得られた緑藻抽出物の一部を、大豆油で3倍および9倍希釈して、それぞれリン脂質濃度が0.3質量%(アスタキサンチン:3質量%)および0.1質量%(アスタキサンチン:1質量%)の希釈抽出物を得た。各試料の約500mgずつをそれぞれ2本の10mL容のバイアル瓶に入れ、アスタキサンチンの初期濃度を上記のようにして測定した。次いで、これらを60℃に設定した恒温器に入れた。1週間保存した後、再度アスタキサンチンの濃度を測定し、残存率を算出した。結果を図2に示す。
【0053】
図2からわかるように、緑藻抽出物が0.45質量%以上の割合でリン脂質を含む場合、60℃という苛酷な条件下で1週間保存しても、約80%以上のアスタキサンチンが残存していた。一方、リン脂質濃度が低くなるほど、アスタキサンチンの残存率が低下していた。なお、アスタキサンチンをフリー体換算で12質量%の割合で含む緑藻抽出物についても同様の実験を行い、同様の結果を得た。
【0054】
(比較例1:リン脂質を含まない試料におけるアスタキサンチンの安定性の検討)
上記実施例1と同様の操作によって培養して得られたシスト化したK0084株を、遠心分離により回収した。乾燥藻体5gを同量の珪藻土と混合し、乳鉢で破砕し、超臨界CO抽出装置「Spe−ed SFE」(朝日ライフサイエンス株式会社)を用いて超臨界抽出した。抽出は、圧力400bar、抽出温度50℃、二酸化炭素流量1L/minで超臨界COを供給して行った。得られた超臨界抽出物中のアスタキサンチン濃度は、フリー体換算で30質量%であり、リン脂質濃度は検出限界(0.01質量%)以下であった。
【0055】
得られた超臨界抽出物の約500mgずつをそれぞれ2本の10mL容のバイアル瓶に入れ、アスタキサンチンの初期濃度を上記のようにして測定した。次いで、これらを60℃に設定した恒温器に入れた。1週間保存した後、再度アスタキサンチンの濃度を測定した。その結果、アスタキサンチンの残存率は0.2%であり、この抽出物中のアスタキサンチンの安定性が非常に悪いことがわかった。
【0056】
(実施例4:UV照射に対する安定性の検討)
上記実施例1で得られた緑藻抽出物の一部を、オリーブ油(日清オイリオグループ株式会社製)で2倍希釈して、アスタキサンチンをフリー体換算で4.5質量%の濃度で含む希釈抽出物を得た。緑藻抽出物(リン脂質:0.9質量%;アスタキサンチン:9質量%)および希釈抽出物(リン脂質:0.45質量%;アスタキサンチン:4.5質量%)のそれぞれについて、リン脂質(大豆由来レシチン、和光純薬工業株式会社製)を0.9質量%、2.7質量%、4.5質量%、10質量%、または15質量%の濃度になるように添加して、試料を調製した。各試料の約500mgずつをそれぞれ2本の10mL容のバイアル瓶に入れた。次いで、これらのバイアル瓶を、UV照射装置(卓上照射装置DT−35LP:アトー株式会社製)上に載せ、365nmで1週間照射した。1週間保存した後、アスタキサンチンの濃度を測定した。その結果、リン脂質を添加した場合にはいずれもアスタキサンチンの残存率が高く(約80%以上残存)、上記実施例2および3と同様の傾向がみられた。
【0057】
(実施例5:緑藻抽出物の調製−2)
抽出溶媒としてヘキサンの代わりにエタノールを用いたこと以外は、上記実施例1と同様に操作して、緑藻抽出物を得た。得られた緑藻抽出物中のアスタキサンチン濃度は、フリー体換算で8.1質量%であり、リン脂質濃度は1.7質量%であり、そして水分量は0.3質量%であった。次いで、これを60℃に設定した恒温器に入れて1週間保存した後、再度アスタキサンチンの濃度を測定した。その結果、アスタキサンチンの残存率は高かった(85%)。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明によれば、緑藻抽出物中のリン脂質の濃度を特定のレベルに調整することにより、高い保存安定性を有するアスタキサンチンを含有する緑藻抽出物が提供される。したがって、アスタキサンチンを抽出物として長期保存することが可能であり、保存に低温を必要としないため、取り扱いが容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】60℃にて1週間保存した本発明の緑藻抽出物中のアスタキサンチン残存率とリン脂質(レシチン)濃度との関係を示すグラフである。
【図2】60℃にて1週間保存した希釈した本発明の緑藻抽出物中のアスタキサンチン残存率とリン脂質(レシチン)濃度との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フリー体換算で0.5から20質量%の濃度のアスタキサンチンおよび少なくとも1つのリン脂質を含み、該リン脂質の濃度が0.1から15質量%である、緑藻抽出物。
【請求項2】
前記リン脂質の濃度が、1質量%以上である、請求項1に記載の緑藻抽出物。
【請求項3】
前記リン脂質の濃度が、2質量%以上である、請求項2に記載の緑藻抽出物。
【請求項4】
前記リン脂質の濃度が、2.5質量%以上である、請求項3に記載の緑藻抽出物。
【請求項5】
前記リン脂質の濃度が、10質量%以下である、請求項1から4いずれかに記載の緑藻抽出物。
【請求項6】
前記リン脂質の濃度が、7質量%以下である、請求項5に記載の緑藻抽出物。
【請求項7】
前記リン脂質の濃度が、5質量%以下である、請求項6に記載の緑藻抽出物。
【請求項8】
ヘマトコッカス属に属する単細胞緑藻類の抽出物である、請求項1から7のいずれかに記載の緑藻抽出物。
【請求項9】
緑藻ヘマトコッカス・プルビアリスの抽出物である、請求項8に記載の緑藻抽出物。
【請求項10】
前記リン脂質が、ホスファチジルコリンである、請求項1から9のいずれかに記載の緑藻抽出物。
【請求項11】
緑藻抽出物中のアスタキサンチンの保存安定性を高める方法であって、緑藻抽出物中の少なくとも1つのリン脂質の濃度を測定する工程;少なくとも1つのリン脂質を元来含まない場合は該緑藻抽出物に少なくとも1つのリン脂質を添加する工程;および該緑藻抽出物中のリン脂質濃度を0.1から15質量%に調整する工程を包含し、該緑藻抽出物がアスタキサンチンをフリー体換算で0.5から20質量%の濃度で含む、方法。
【請求項12】
請求項1から10のいずれかに記載の緑藻抽出物を含む、食品。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−254459(P2007−254459A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−29585(P2007−29585)
【出願日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【出願人】(000010076)ヤマハ発動機株式会社 (3,045)
【Fターム(参考)】