説明

アンチロック機能付き車両制動装置および車両制動方法

【課題】路面状態に応じて車輪のアンチロック制御を行うことにより、制動距離の短縮を図る。
【解決手段】ブレーキ駆動部61は、制動時における切替可能な動作モードとして、ブレーキトルクを増加させる増加モードと、ブレーキトルクを増加させない非増加モードとを有し、動作モードに応じたブレーキトルクを車輪5に与える。検出部65は、車輪5に作用する上下力Fzと、車輪5に作用する前後力Fxとを検出する。算出部62aは、上下力Fzと前後力Fxとに基づいて、摩擦係数μxを算出するとともに、車輪5のスリップ速度Vsを算出する。指示部62bは、算出値としてのスリップ速度Vsと摩擦係数μとに基づいて、動作モードの切替判定に用いられる判定値Vsthを可変に設定する。そして、判定値Vsthと算出値とを比較することにより、動作モードの切替指示がブレーキ駆動部に対して行われる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アンチロック機能付き車両制動装置および車両制動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、制動距離の短縮化の観点から、制動時における車輪のロックを抑制するアンチロック機能付き車両制動装置が知られている。例えば、特許文献1に開示されている制動装置では、車輪の回転速度と車速との乖離がスリップ速度またはスリップ率といった値で定量的に評価される。そして、この値が所定の判定値以上となることを条件として、ドライバーの操作量に応じてブレーキトルクを増加させる通常のブレーキ制御から、ブレーキトルクの増加と非増加とを選択的に行うアンチロック制御へと移行する。また、例えば、特許文献2に開示されている制動装置では、路面摩擦力実測値からブレーキトルク実測値を減算した値に基づいて、アンチロック制御へと移行するタイミングを決定している。
【特許文献1】特開2004−196246号公報
【特許文献2】特開平09−2240号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、従来の手法では、路面状態によってはアンチロック制御を行うことにより、むしろ制動距離が長くなってしまうという問題がある。なぜならば、特許文献1の手法では、判定値を固定的に設定しているため、スリップ速度(またはスリップ率)がある一定値以上になると、車輪のロックを防止すべく、一律にアンチロック制御に移行してしまうからである。そのため、例えば、深雪路面、砂利路面といったように、車輪をある程度ロックさせることで、制動力が車輪に効果的に加えられるような状況では、制動距離の短縮を図ることが困難となる。また、特許文献2の手法では、アンチロック制御へと移行するタイミングが可変に設定されているものの、この可変タイミングは車輪がロックタイミングに設定されている。そのため、車輪をある程度ロックさせることが有効な状況において、制動距離の短縮を図ることが困難であった。
【0004】
そこで、本発明の目的は、路面状態に応じて車輪のアンチロック制御を行うことにより、制動距離の短縮を図ることである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる課題を解決するために、第1の発明は、アンチロック機能付き車両制動装置を提供する。このアンチロック機能付き車両制動装置は、制動時における切替可能な動作モードとして、ブレーキトルクを増加させる増加モードと、ブレーキトルクを増加させない非増加モードとを有し、動作モードに応じたブレーキトルクを車輪に与えるブレーキ駆動部と、車輪に作用する上下力と、車輪に作用する前後力とを検出する検出部と、車輪の回転速度を検出する車輪速センサと、上下力と前後力とに基づいて、車輪と路面との間の摩擦係数を算出するとともに、回転速度と、回転速度に基づき算出される車速とに基づいて、車輪のスリップ速度を算出する算出部と、算出値としてのスリップ速度と摩擦係数とに基づいて、動作モードの切替判定に用いられる判定値を可変に設定し、判定値と算出値とを比較することにより、動作モードの切替指示をブレーキ駆動部に対して行う指示部とを有する。
【0006】
ここで、第1の発明において、指示部は、スリップ速度の増加に対する摩擦係数の変化率をモニタリングし、変化率の符号が反転するタイミングを基準に第1の設定タイミングを設定し、第1の設定タイミングにおける算出値を判定値として設定することが好ましい。
【0007】
第1の発明において、指示部は、初期動作モードとして増加モードを指示することが好ましい。
【0008】
第1の発明において、指示部は、現在の動作モードが増加モードである場合には、算出値が判定値以上となることを条件として動作モードを非増加モードに切替えるように指示し、現在の動作モードが非増加モードである場合には、算出値が判定値よりも一定値下回ることを条件として動作モードを増加モードに切替えるように指示することが好ましい。
【0009】
また、第1の発明において、検出部は、車輪に作用する横力をさらに検出しており、指示部は、スリップ速度の増加に対する横力の変化率をモニタリングすることにより、横力の低下を判断したタイミングを基準に第2の設定タイミングを設定し、第2の設定タイミングにおける算出値を判定値として設定することが好ましい。
【0010】
車両制動方法において、車輪に作用する上下力と、車輪に作用する前後力とを検出するとともに、車輪の回転速度を検出する第1のステップと、上下力と前後力とに基づいて、車輪と路面との間の摩擦係数を算出するとともに、回転速度と、回転速度に基づき算出される車速とに基づいて、車輪のスリップ速度を算出する第2のステップと、ブレーキトルクを増加させる増加モードおよびブレーキトルクを増加させない非増加モードの一方の動作モードに応じたブレーキトルクを車輪に与える第3のステップと、算出値としてのスリップ速度と摩擦係数とに基づいて、動作モードの切替判定に用いられる判定値を可変に設定し、判定値と算出値とを比較することにより、動作モードの切替指示を行う第4のステップとを有する。
【0011】
ここで、第2の発明において、第4のステップは、スリップ速度の増加に対する摩擦係数の変化率をモニタリングし、変化率の符号が反転するタイミングを基準に第1の設定タイミングを設定し、第1の設定タイミングにおける算出値を判定値として設定するステップを含むことが好ましい。
【0012】
第2の発明において、第3のステップは、初期動作モードとして増加モードを指示するステップを含むことが好ましい。
【0013】
第2の発明において、第4のステップは、現在の動作モードが増加モードである場合には、算出値が判定値以上となることを条件として動作モードを非増加モードに切替えるように指示し、現在の動作モードが非増加モードである場合には、算出値が判定値よりも一定値下回ることを条件として動作モードを増加モードに切替えるように指示するステップであることが好ましい。
【0014】
また、第2の発明において、第1のステップは、車輪に作用する横力を検出するステップをさらに有し、第4のステップは、スリップ速度の増加に対する横力の変化率をモニタリングすることにより、横力の低下を判断したタイミングを基準に第2の設定タイミングを設定し、第2の設定タイミングにおける算出値を判定値として設定することが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、スリップ速度と摩擦係数とに基づいて、動作モードの切替判定に用いられる判定値を可変に設定することにより、アスファルト、深雪といったように、路面状態に応じた判定値が動的に設定される。これにより、路面状態に応じた車輪のアンチロック制御を行うことが可能となり、路面状態に拘わらず、車輪に制動力を効果的に加えることが可能となる。そのため、制動距離の短縮を有効に図ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
図1は、本実施形態にかかるアンチロック機能付き車両制動装置が適用された車両の説明図である。この車両は、前後左右の四輪がそれぞれ駆動される四輪駆動車である。エンジン1のクランクシャフト(図示せず)からの動力は、自動変速機2、センタディファレンシャル装置3を介して、前輪側および後輪側の駆動軸(車軸)4へとそれぞれ伝達される。車軸4に動力が伝達されると、各車輪5には駆動トルクが与えられ、これにより、個々の車輪5に駆動力が加えられる。また、これらの車輪5には、アンチロックブレーキシステム(以下「ABS」という)6によって制動力がそれぞれ加えられる。車両制動装置としてのABS6は、ブレーキ機構60と、ブレーキ駆動部61と、ブレーキ制御部62とを主体に構成されている。
【0017】
ブレーキ機構60は、例えば、ブレーキパッド、キャリパおよびディスクロータを主体に構成された周知の油圧式ブレーキ機構であり、車輪5毎に設けられている。個々のブレーキ機構60は、キャリパによってブレーキパッドをディスクロータに押圧することにより、摩擦力に応じたブレーキトルクを車輪5に与える(それ故に、車輪5に制動力が加えられる)。キャリパによるディスクロータの押圧力は、ホイールシリンダ(図示せず)に供給される油圧(フルード圧)を制御することにより、調整される。
【0018】
ブレーキ駆動部61は、一般に、ハイドロリックコントロールユニットと呼ばれており、モータ、ソレノイドバルブ、リザーバ等で構成される。このブレーキ駆動部61は、フルード通路63を介して、各ブレーキ機構60(正確には、ホイールシリンダ)に接続されているとともに、マスターシリンダ64にも接続されている。このマスターシリンダ64にはブレーキペダルBPが接続されており、ドライバーによってこれが踏込まれると、ブレーキフルードがマスターシリンダ64からブレーキ駆動部61を経由して各ホイールシリンダに圧送される。
【0019】
ブレーキ駆動部61は、自己の動作モードとして、トルク増加モードとトルク非増加モードとを有しており、制動時にはこれらのモードが選択的に設定される。トルク増加モードは、ブレーキペダルBPの踏込量に応じてフルード圧を増圧させるモードであり(増圧モード)、制動時に初期的に設定される初期動作モードでもある(通常のブレーキ制御)。増圧モードが設定されている場合、車輪5に与えられるブレーキトルクは現在値よりも増加する。一方、トルク非増加モードは、ブレーキペダルBPの踏込量に拘わらず、フルード圧を保持するモード(保持モード)、またはフルード圧を減圧するモード(減圧モード)である。保持モードまたは減圧モードが選択されている場合、車輪5に与えられるブレーキトルクは現在値よりも増加しない。これらの動作モードは、制動距離の短縮化といった観点から、ブレーキ制御部62からの切替指示に応じて適切なタイミングで切替えられる。ブレーキ駆動部61は、動作モードに応じて個々のホイールシリンダのフルード圧をそれぞれ制御することにより、動作モードに応じたブレーキトルクをそれぞれの車輪5に与える。
【0020】
図2は、ブレーキ制御部62を示すブロック構成図である。ブレーキ制御部62としては、CPU、ROM、RAM、入出力インターフェース等で構成されたマイクロコンピュータを用いることができる。ブレーキ制御部62は、ドライバーによってブレーキペダルBPが踏込まれると、各車輪5の回転状態等に基づいて、車輪5のアンチロック制御に関する演算を行う。ブレーキ制御部62には、このような演算を行うために、検出部65、車輪速センサ66およびブレーキスイッチ67を含む各種センサからの検出信号が入力されている。
【0021】
図3は、検出部65によって検出される作用力の説明図である。検出部65は、車輪5に作用する作用力を検出する。説明の便宜上、図2には、検出部65相当のブロックを一つのみ示しているが、実際には、個々の車輪5に対応して検出部65が設けられている。検出部65が検出し得る作用力としては、前後力Fx、横力Fyおよび上下力Fzが挙げられる。前後力Fxは、車輪5の接地面に発生する摩擦力のうち車輪中心面に平行な方向に発生する分力であり、横力Fyは、車輪中心面に直角な方向に発生する分力である。一方、上下力Fzは、鉛直方向に作用する力、いわゆる、垂直荷重である。個々の検出部65は、ひずみゲージと、このひずみゲージから出力される電気信号を処理し、作用力に応じた検出信号を生成する信号処理回路とを主体に構成されている。車軸4に生じる応力は作用力に比例するという知得に基づき、ひずみゲージを車軸4に埋設することにより、作用力が直接的に検出される。なお、検出部65の具体的な構成については、例えば、特開平04−331336号公報および特開平10−318862号公報に開示されているので、必要ならば参照されたい。
【0022】
車輪速センサ66は、車輪5の回転速度(以下単に「車輪速」という)Rwを検出する。検出部65と同様、図2には、車輪速センサ66に相当するブロックを一つのみ示しているが、実際には、個々の車輪5に対応して車輪速センサ66が設けられている。車輪速センサ66としては、例えば、車輪5の中心に取付けられた歯車の回転(角速度)を検出する磁気センサを用いることができる。ブレーキスイッチ67(図1には図示せず)は、ブレーキペダルBPが踏み込まれているか否かを検出する。ブレーキペダルBPが踏み込まれている場合にオン信号Sonが出力され、ブレーキペダルBPが踏み込まれていない場合にはオフ信号Soffが出力される。
【0023】
ブレーキ制御部62は、これを機能的に捉えた場合、算出部62aと、指示部62bとを有する。算出部62aは、車輪5と路面との間の摩擦係数μと、車輪5のスリップ速度Vsとを算出する。指示部62bは、算出部62aによる算出値、すなわち、スリップ速度Vsと摩擦係数μとに基づいて、ブレーキ駆動部61の動作モードの切替判定に用いられる判定値Vsthを可変に設定する。この判定値Vsthは、スリップ速度Vsの現在値と比較され、この比較結果に基づいて、動作モードの切替指示を示すモード信号Smodeがブレーキ駆動部61に対して出力される。
【0024】
図4は、本実施形態にかかる車両制動方法を示すフローチャートである。このフローチャートに示す処理手順は、ドライバーによってブレーキペダルBPが踏込まれることを条件として、すなわち、ブレーキスイッチ67のオン信号Sonの出力を条件として、ブレーキ制御部62によって実行される。なお、本実施形態では、ある単一の車輪5に関する処理手順についてのみの説明を行うが、ブレーキ制御部62は、すべての車輪5に対してこの処理手順を実行する。
【0025】
まず、ステップ1において、ABSフラグFabsが「1」であるか否かが判断される。このABSフラグFabsは、初期的には「0」に設定されており、「1」は、アンチロック制御が必要な状況を意味する。そのため、ABSフラグFabsが「0」から「1」に変更されると、ステップ1の肯定判定に従い、後述するステップ9のアンチロック処理に進む。一方、ステップ1で否定判定された場合、すなわち、アンチロック制御が必要な状況でない場合には、ステップ2に進む。
【0026】
ステップ2では、ブレーキ駆動部61に対してトルク増加モード、すなわち、増圧モードが動作モードとして指示される。このモードでは、ブレーキペダルBPの踏込量に応じてホイールシリンダのフルード圧が増加し、この増圧相当のブレーキトルクが車輪5に加えられる。なお、初期的には、上述したステップ1において否定判定されるため、初期動作モードとしては、トルク増加モードが指示される。
【0027】
ステップ3において、車輪速Rwと車度Vとに基づいて、スリップ速度Vsが算出されるとともに、前後力Fxと上下力Fzとに基づいて、摩擦係数μxが算出される。これらの値Vs,μxは、下式に基づいて、一義的に算出される。
(数式1)
Vs = V − Vw
(数式2)
μx = Fx/Fz
【0028】
数式1において、Vwは、検出値としての車輪速(正確には、角速度)Rwに車輪半径Rtを乗算した車輪5の回転速度であり、Vは、車速(車体速度)である。車速Vは、車輪速に基づいて算出可能であり、例えば、個々の車輪5に関する車輪速Rwの平均値と車輪半径Rtとの乗算値として、或いは、車輪速Vwの平均値として算出されるといった如くである。同数式から分かるように、スリップ速度Vsは、車速Vから車輪速Vwを減算した値であり、摩擦係数μxは、前後力Fxを上下力Fzで除算した値である。
【0029】
ステップ4において、スリップ速度Vsの増加に対する横力Fyの変化率F1’(dFy/dVs)が、第1の基準値α(α=負の定数)以下であるか否かが判断される。増圧モードの指示にともないスリップ速度Vsが増加すると、横力Fyは低下する傾向を示す。そこで、このステップ4では、車両をコントロールし得る程度に横力Fyが確保されているか判断すべく、変化率F1’が第1の基準値αと比較される。この第1の基準値αには、横力Fyの低下を判断できる程度の変化率F1’の最大値として、予め実験やシミュレーション等を通じた適切な値が設定されている。このステップ4において否定判定された場合、すなわち、横力Fyが低下していないと判断された場合には(α<F1’)、ステップ5に進む。一方、ステップ4において肯定判定された場合、すなわち、横力Fyの低下と判断された場合には(F1’≦α)、ステップ5をスキップしてステップ6に進む。
【0030】
ステップ5では、スリップ速度Vsの増加に対する摩擦係数μxの変化率F2’(dμx/dVs)が、第2の基準値β(β=「0」)以下であるか否かが判断される。増圧モードの指示にともないスリップ速度Vsが増加した場合、摩擦係数μxは、初期的には増加する傾向を示すものの、その値はあるスリップ速度Vsにおいてピークを迎え、その後に減少する傾向を示す。そこで、摩擦力を有効に得られる範囲において制動を実行すべく、このステップ5の判断によって変化率F2’の符号が反転するタイミング、すなわち、摩擦係数μxのピークが判断される。ステップ5において肯定判定された場合、すなわち、摩擦係数μxがピークを迎えた場合には(F2’≦β)、ステップ6に進む。一方、ステップ5において否定判定された場合、すなわち、摩擦係数μxがピークを迎えていない場合には(β<F2’)、ステップ6,7に示す処理をスキップして、ステップ8に進む。
【0031】
ステップ6において、スリップ速度Vsの現在値が、動作モードの切替判定に用いられる判定値Vsthに設定される。すなわち、このステップ6では、ステップ4における肯定判定にともない、横力Fyの低下を判断したタイミングを基準としたスリップ速度Vsが判定値Vsthとして設定される。あるいは、ステップ5における肯定判定にともない、変化率F1’の符号が反転するタイミングを基準としたスリップ速度Vsが判定値Vsthとして設定される。
【0032】
ステップ7において、ABSフラグFabsが「1」にセットされる。このステップ7に続くステップ8では、制動動作が終了しているか否かが判断される。制動動作の終了は、例えば、ブレーキスイッチ67からの出力がオフ信号Soffであるか否かにより判断可能である。このステップ8において否定判定された場合には、上述したステップ1に戻り、上述した処理を繰り返す。一方、ステップ8において肯定判定された場合には、本ルーチンを抜け、処理手順は終了する。
【0033】
図5は、アンチロック処理の詳細な手順を示すフローチャートである。まず、ステップ90では、現在の動作モードが保持モードであるか否かが判断される。アンチロック処理では、車輪5のロックを抑制するために、ブレーキ駆動部61に対して非増加モードが動作モードとして指示される。この非増加モードには、減圧モードと保持モードとが存在するが、初期的には、減圧モードが選択されるようになっている。そのため、動作モードが保持モードに切替えられるまでは、ステップ90において否定判定されるため、ステップ91に進む。一方、ステップ90で肯定判定された場合、すなわち、現在の動作モードが保持モードである場合には、ステップ91からステップ94に示す処理をスキップし、ステップ95に進む。
【0034】
ステップ91において、ブレーキ駆動部61に対して減圧モードが動作モードとして指示される。この減圧モードでは、ブレーキペダルBPの踏込量に拘わらずフルード圧が減圧されるため、このステップ91に示す処理以降は、車輪5に与えられるブレーキトルクは減少する。そして、ステップ92において、現在のスリップ速度Vsが算出される。
【0035】
ステップ93では、算出されたスリップ速度Vsと判定値Vsthとが比較される。ブレーキトルクの減少にともないスリップ速度Vsもその値が減少する。そこで、このステップ93では、スリップ速度Vsが判定値Vsthから一定値(任意の値)ΔVsを減算した値よりも小さいか否かが判断される。このステップ93において肯定判定された場合、すなわち、スリップ速度Vsが判定値Vsthよりも一定値ΔVs下回った場合には(Vs≦Vsth−ΔVs)、ステップ94に進む。一方、ステップ93において否定判定された場合には、スリップ速度Vsが判定値Vsthよりも一定値ΔVs下回っていない場合には、ステップ94に示す処理をスキップして、本ルーチンを抜ける。
【0036】
ステップ94では、ブレーキ駆動部61に対して保持モードが動作モードとして指示される(ステップ94)。この保持モードでは、ブレーキペダルBPの踏込量に拘わらずフルード圧が一定に保持され、車輪5のブレーキトルクは一定に維持される。
【0037】
一方、ステップ95では、現在の動作モードとしての保持モードを継続するか否かが判断される。保持モードは、減圧モードから増圧モードへ移行するまでの期間であり、その継続期間は任意に設定することができる。保持モードの終了タイミングとしては、例えば、保持モードの経過時間が所定時間以上経過すること、スリップ速度Vsの現在値が判定値Vsthよりも一定値ΔVs’(ΔVs’<ΔVs)減少することなどが挙げられる。このステップ95において否定判定された場合、すなわち、保持モードを終了して増圧モードで移行する場合には、ステップ96に進む。そして、ステップ96において、ABSフラグFabsを「0」にセットした上で、本ルーチンを抜ける。一方、ステップ95において肯定判定された場合、すなわち、保持モードを継続する場合には、ステップ96をスキップして、本ルーチンを抜ける。
【0038】
このように本実施形態によれば、摩擦係数μとスリップ速度Vsとをモニタリングすることにより、トルク非増加モード(減圧モードまたは保持モード)とトルク増加モード(増圧モード)との切替判定に用いられる判定値Vsthが可変に設定される。具体的には、まず、スリップ速度Vsと摩擦係数μxとに関する変化率F2’の符号が反転するタイミングから、摩擦係数μxのピークが特定される。そして、このピークを基準に判定値Vsthの設定タイミングが設定され、この設定タイミングにおいて算出されたスリップ速度Vsが判定値Vsthに設定される。また、この摩擦係数μxのピークにおいて、すなわち、このピークにおいて設定された判定値Vsthよりスリップ率Vsthが大きくなることを条件として、動作モードが増圧モードから減圧モードへと切替えられる。減圧モードにともない車輪速Vwが回復し、スリップ速度Vsが判定値Vsth(ピーク値)よりも一定値ΔVsだけ減少した場合には、動作モードが、保持モードを経て増圧モードへと移行する。
【0039】
図6は、スリップ速度Vsと摩擦係数μとの対応関係の説明図であり、アスファルト路面における摩擦係数μと、深雪路面における摩擦係数μとを示す。同図には、それぞれのケースにおける前後方向の摩擦係数μx(=Fx/Fz)と、横方向の摩擦係数μy(=Fy/Fz)とが示されている。通常、ブレーキ駆動部61が減圧モードに設定されると、スリップ速度Vsの増加にともない、摩擦係数μxも増加するが、この摩擦係数μxはあるスリップ速度Vsにおいてピークを迎える。このピークとなるスリップ速度Vsは、路面状態によって異なる。例えば、深雪路面におけるピークは、アスファルト路面におけるピークと比較して、スリップ速度Vsがより大きな値で表われる。したがって、アスファルト路面では、スリップ速度Vsが大きくなると制動力が低下するため、車輪5はなるべくロックさせない方が有利である。一方、深雪路面や砂利路面では、スリップ速度Vsが大きい方が高い制動力を得ることができるため、ある程度まで車輪5をロックさせた方が有利である。そのため、トルク増加モードとトルク非増加モードとの切替判定に用いられる判定値Vsthを固定的に設定した場合には、どちらか一方の走行状況における制動性能の低下については受け入れざるを得なかった。
【0040】
本実施形態では、摩擦係数μxの推移におけるピークを変化率F2'から特定し、このピークとなる位置に判定値Vsthが動的に設定される。これより、アスファルト、深雪といった路面状態に拘わらず、路面状態に応じて判定値Vsthが適切な値へと変更されるので、車輪5に制動力を効果的に加えることが可能となる。その結果、判定値Vsthを固定的に設定する手法と比較して、制動距離の短縮化を図ることができる。
【0041】
また、本実施形態では、スリップ速度Vsと横力Fyとに関する変化率F1’を監視し、この横力Fyが減少していると判断した場合には、摩擦係数μxのピーク時の処理と同様に、動作モードを切替えるための判定値Vsthの設定が行われる。これにより、車輪5の横力Fyの減少が許容できる範囲にスリップ速度Vsが規制されるので、操舵性の向上と制動性の向上との両立を図ることができる。なお、上述した実施形態において、変化率F1’の比較対象となる第1の基準値αは固定値であるが、摩擦係数μxに応じて複数の値を選択的に使用してもよい。これにより、より効果的に横力Fyの低下を判断することができる。
【0042】
さらに、本実施形態では、車輪5に作用する作用力を直接的に検出しているため、この検出値を用いて摩擦係数μxを算出することにより、演算精度の向上を図ることができる。このため、演算値である摩擦係数μxを用いて制御を行うことにより、制御精度の向上を図ることができる。なお、作用力に着目してアンチロック制御を行うのであれば、この値は必ずしも直接的に検出する必要はない。すなわち、車輪に作用する作用力は、例えば、車速、車両の前後加速度、車両の横加速度、ヨーレートなどから間接的に検出する手法の適用を排除するものではない。
【0043】
なお、本実施形態では、摩擦係数μxは、前後方向の摩擦係数のみを取り扱っているが、本発明はこれに限定されない。すなわち、スリップ速度Vsの増加にともない横方向の摩擦係数μyが減少するとの知得に基づいて、この摩擦係数μyが一定値の値以上減少しないようにアンチロック制御を行ってもよい。横方向の摩擦係数μyは、横力Fyを上下力Fzで減算することにより算出することができる。すなわち、本発明では、前後方向および横方向の一方、或いは、両方の摩擦係数に着目して制御を行うことができる。
【0044】
なお、上述した実施形態において、判定値Vsthの設定、および、動作モードの増圧モードから減圧モードへの移行は、変化率F2’が「0」以下となることを条件としている。しかしながら、本発明はこれに限定されず、制動力を効果的に得るとの観点から、変化率F2'の符号が反転したタイミングを基準に設定されれば足りる。そのため、変化率F2'が「0」にならずとも、十分に小さくなった段階で、増圧モードから減圧モードへ移行してもよい。また、本実施形態では、トルク非増加モードとして、減圧モードと保持モードとを例示したが、本発明はこれに限定されず、トルク非増加モードは減圧モードのみであってもよい。
【0045】
また、本実施形態では、スリップ速度Vsを判定値Vsthとして用いているが、本発明では、判定値Vsthの設定時に摩擦係数μxを用い、摩擦係数μxの推移に基づいて動作モードの切替えを行ってもよい。このケースでは、摩擦係数μxが判定値以上となることを条件として、動作モードが増加モードから非増加モードへと切替えられる。また、摩擦係数μxが判定値よりも一定値下回ることを条件として、動作モードが増加モードから非増加モードへと切替えられる。かかる手法であっても、上述した実施形態と同様の効果を奏することができる。
【0046】
さらに、本実施形態では、車輪速Vwと車速Vとの乖離を示す値としてスリップ速度Vs(=V−Vw)用いているが、スリップ率を用いることもできる。このスリップ率では、ブレーキをかけずに惰性走行している場合、車度Vと車輪速Vwとが等しくなるため、その値は0%となり、一方、車輪5が完全にロックした場合、その値は100%となるように定義されている。スリップ率とは、スリップ速度Vsを車速Vで除算した値であり、車輪速Vwと車速Vとの乖離を示す値としての傾向は類似する。そこで、本発明では、このスリップ速度という用語を、本来の意味のみならず、スリップ率といったように車輪速Vwと車速Vとの乖離を示す値に対して用いる。
【0047】
また、本実施形態では、ドライバーの操作による車両制動について説明したが、本発明はこれに限定されず、ドライバーの操作に拘わらず自動的に実行される車両制動に対して適用してもよい。例えば、衝突防止といった観点から自動ブレーキ制御が行われた場合、或いは、車両の安定性といった観点から自動ブレーキ制御が行われた場合に、上述したアンチロック制御を行うといった如くである。なお、衝突防止に関する自動制動については、例えば、特開平10−338111号公報に、車両の安定性に関する自動制動については、例えば、特開2001−233193号公報に開示されているので、必要ならば参照されたい。
【0048】
本実施形態において、検出部65は、作用力として、三方向に作用する作用力を検出する構成であるが、本発明は、これに限定されるものではなく、必要となる分力方向に作用する作用力を検出可能であれば足りる。また、この三方向周りのモーメントをも含む六分力を検出する六分力計であってもよい。かかる構成であっても、制御において必要となる作用力は少なくとも検出することができるので、当然ながら問題はない。なお、車輪5に作用する六分力を検出する手法については、例えば、特開2002−039744号公報、特開2002−022579号公報に開示されているので、必要ならば参照されたい。
【0049】
また、本実施形態では、検出部65を車軸4に埋設するケースを説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、その他のバリエーションも考えられる。作用力を検出するという観点でいえば、例えば、車輪5を保持する部材、例えば、ハブやハブキャリア等に検出部65を設けてもよい。なお、検出部65をハブに設ける手法については、特開2003−104139号公報に開示されているので、必要ならば参照されたい。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本実施形態にかかるアンチロック機能付き車両制動装置が適用された車両の説明図
【図2】ブレーキ制御部の構成を示すブロック図
【図3】検出部によって検出される作用力の説明図
【図4】本実施形態にかかる車両制動方法を示すフローチャート
【図5】アンチロック処理の詳細な手順を示すフローチャート
【図6】スリップ速度と摩擦係数との対応関係の説明図
【符号の説明】
【0051】
1 エンジン
2 自動変速機
3 センタディファレンシャル装置
4 車軸
5 車輪
6 ABS
60 ブレーキ機構
61 ブレーキ駆動部
62 ブレーキ制御部
62a 算出部
62b 指示部
63 フルード通路
64 マスターシリンダ
65 検出部
66 車輪速センサ
67 ブレーキスイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンチロック機能付き車両制動装置において、
制動時における切替可能な動作モードとして、ブレーキトルクを増加させる増加モードと、前記ブレーキトルクを増加させない非増加モードとを有し、前記動作モードに応じた前記ブレーキトルクを車輪に与えるブレーキ駆動部と、
前記車輪に作用する上下力と、前記車輪に作用する前後力とを検出する検出部と、
前記車輪の回転速度を検出する車輪速センサと、
前記上下力と前記前後力とに基づいて、前記車輪と路面との間の摩擦係数を算出するとともに、前記回転速度と、当該回転速度に基づき算出される車速とに基づいて、前記車輪のスリップ速度を算出する算出部と、
算出値としての前記スリップ速度と前記摩擦係数とに基づいて、前記動作モードの切替判定に用いられる判定値を可変に設定し、当該判定値と前記算出値とを比較することにより、前記動作モードの切替指示を前記ブレーキ駆動部に対して行う指示部と
を有することを特徴とするアンチロック機能付き車両制動装置。
【請求項2】
前記指示部は、前記スリップ速度の増加に対する前記摩擦係数の変化率をモニタリングし、前記変化率の符号が反転するタイミングを基準に第1の設定タイミングを設定し、当該第1の設定タイミングにおける前記算出値を前記判定値として設定することを特徴とする請求項1に記載されたアンチロック機能付き車両制動装置。
【請求項3】
前記指示部は、初期動作モードとして前記増加モードを指示することを特徴とする請求項1または2に記載されたアンチロック機能付き車両制動装置。
【請求項4】
前記指示部は、現在の前記動作モードが前記増加モードである場合には、前記算出値が前記判定値以上となることを条件として前記動作モードを前記非増加モードに切替えるように指示し、現在の前記動作モードが前記非増加モードである場合には、前記算出値が前記判定値よりも一定値下回ることを条件として前記動作モードを前記増加モードに切替えるように指示することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載されたアンチロック機能付き車両制動装置。
【請求項5】
前記検出部は、前記車輪に作用する横力をさらに検出しており、
前記指示部は、前記スリップ速度の増加に対する前記横力の変化率をモニタリングすることにより、前記横力の低下を判断したタイミングを基準に第2の設定タイミングを設定し、当該第2の設定タイミングにおける前記算出値を前記判定値として設定することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載されたアンチロック機能付き車両制動装置。
【請求項6】
車両制動方法において、
車輪に作用する上下力と、前記車輪に作用する前後力とを検出するとともに、前記車輪の回転速度を検出する第1のステップと、
前記上下力と前記前後力とに基づいて、前記車輪と路面との間の摩擦係数を算出するとともに、前記回転速度と、当該回転速度に基づき算出される車速とに基づいて、前記車輪のスリップ速度を算出する第2のステップと、
ブレーキトルクを増加させる増加モードおよび前記ブレーキトルクを増加させない非増加モードの一方の動作モードに応じた前記ブレーキトルクを前記車輪に与える第3のステップと、
算出値としての前記スリップ速度と前記摩擦係数とに基づいて、動作モードの切替判定に用いられる判定値を可変に設定し、当該判定値と前記算出値とを比較することにより、前記動作モードの切替指示を行う第4のステップと
を有することを特徴とする車両制動方法。
【請求項7】
前記第4のステップは、前記スリップ速度の増加に対する前記摩擦係数の変化率をモニタリングし、前記変化率の符号が反転するタイミングを基準に第1の設定タイミングを設定し、当該第1の設定タイミングにおける前記算出値を前記判定値として設定するステップを含むことを特徴とする請求項6に記載された車両制動方法。
【請求項8】
前記第3のステップは、初期動作モードとして前記増加モードを指示するステップを含むことを特徴とする請求項6または7に記載された車両制動方法。
【請求項9】
前記第4のステップは、現在の前記動作モードが前記増加モードである場合には、前記算出値が前記判定値以上となることを条件として前記動作モードを前記非増加モードに切替えるように指示し、現在の前記動作モードが前記非増加モードである場合には、前記算出値が前記判定値よりも一定値下回ることを条件として前記動作モードを前記増加モードに切替えるように指示するステップであることを特徴とする請求項6から8のいずれかに記載された車両制動方法。
【請求項10】
前記第1のステップは、前記車輪に作用する横力を検出するステップをさらに有し、
前記第4のステップは、前記スリップ速度の増加に対する前記横力の変化率をモニタリングすることにより、前記横力の低下を判断したタイミングを基準に第2の設定タイミングを設定し、当該第2の設定タイミングにおける前記算出値を前記判定値として設定することを特徴とする請求項6から9のいずれかに記載された車両制動方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−131063(P2006−131063A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−321754(P2004−321754)
【出願日】平成16年11月5日(2004.11.5)
【出願人】(000005348)富士重工業株式会社 (3,010)
【Fターム(参考)】