説明

イオン交換膜の分析方法

【課題】従来の方法に比べ、精度よくイオン交換膜に含まれる不純物を定量できる分析方法を提供する。
【解決手段】イオン交換膜に含まれる不純物の分析方法であって、(a)イオン交換膜を酸性水溶液に接触させるステップ、(b)ステップ(a)の後、イオン交換膜を塩基性水溶液に接触させるステップ、(c)イオン交換膜を接触させた酸性水溶液に含まれる不純物を定量するステップ、(d)イオン交換膜を接触させた塩基性水溶液に含まれる不純物を定量するステップを有する分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン交換膜に含まれる不純物の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン交換膜を隔膜として塩化アルカリ水溶液を電解し、水酸化アルカリと塩素とを製造する、イオン交換膜法による塩化アルカリ電解法が知られている。
該イオン交換膜としては、通常、カルボン酸基を有する含フッ素ポリマーを含む層とスルホン酸基を有する含フッ素ポリマーを含む層とを積層した積層膜からなる陽イオン交換膜が用いられる。該陽イオン交換膜としては、たとえば、Flemion(旭硝子社製)、Aciplex(旭化成社製)、Nafion(Dupont社製)が知られている。
【0003】
塩化アルカリ電解に長期間用いられた後のイオン交換膜や、塩化アルカリ電解時に塩水精製トラブル等を受けたイオン交換膜には、電解槽に供給される塩化アルカリ水溶液中の不純物に由来する、Ca、Mg、Sr、Al、Si、Fe、Ni、Ba、I等の元素を含む不純物が沈着することが知られている。
【0004】
該不純物が膜に沈着すると、電流効率の低下、電圧の上昇、生産される水酸化アルカリの品質の低下等の問題が起こる。
よって、前記塩水精製トラブルの解析や、前記不純物に対して耐性の高いイオン交換膜の開発にあたっては、イオン交換膜に沈着した不純物の量を正確に定量することが重要となる。
【0005】
イオン交換膜に沈着した不純物の分析方法としては、不純物を酸で抽出し、抽出された各元素を定量する方法が知られている(特許文献1、2、非特許文献1参照)。
しかし、不純物を酸で抽出する方法では、AlおよびSiを完全に抽出できず、正確に定量できない問題がある。
【特許文献1】特開昭61−235587号公報
【特許文献2】特開昭62−67185号公報
【非特許文献1】J.Electrochem.Soc.、1991年、第138巻、第3号、p.735
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来の方法に比べ、精度よくイオン交換膜に含まれる不純物を定量できる分析方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のイオン交換膜の分析方法は、イオン交換膜に含まれる不純物の分析方法であって、下記ステップを有すること特徴とする。
(a)イオン交換膜を酸性水溶液に接触させるステップ。
(b)ステップ(a)の後、イオン交換膜を塩基性水溶液に接触させるステップ。
(c)イオン交換膜を接触させた酸性水溶液に含まれる不純物を定量するステップ。
(d)イオン交換膜を接触させた塩基性水溶液に含まれる不純物を定量するステップ。
【0008】
前記イオン交換膜は、カルボン酸基を有する含フッ素ポリマーまたはスルホン酸基を有する含フッ素ポリマーを含むことが好ましい。
また、前記イオン交換膜は、カルボン酸基を有する含フッ素ポリマーを含むフィルムと、スルホン酸基を有する含フッ素ポリマーを含むフィルムとを積層してなる、塩化アルカリ電解用の隔膜であることが好ましい。
前記塩基性水溶液は、アルカリ金属水酸化物の水溶液であることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明のイオン交換膜の分析方法によれば、従来の方法に比べ、精度よくイオン交換膜に含まれる不純物を定量できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(イオン交換膜)
イオン交換膜は、イオン交換樹脂を含む膜である。
イオン交換樹脂としては、カルボン酸基を有する含フッ素ポリマーまたはスルホン酸基を有する含フッ素ポリマーが好ましい。
イオン交換膜の用途としては、塩化アルカリ電解法における隔膜、燃料電池の電解質膜等が挙げられる。本発明のイオン交換膜の分析方法は、不純物による影響が大きい点から、塩化アルカリ電解法における隔膜に好適である。
【0011】
塩化アルカリ電解法における隔膜としては、カルボン酸基を有する含フッ素ポリマーを含むフィルムとスルホン酸基を有する含フッ素ポリマーを含むフィルムとを積層した積層膜が好ましい。
【0012】
カルボン酸基またはスルホン酸基を有する含フッ素ポリマーとしては、下式(I)で表される繰り返し単位と、下式(II)で表される繰り返し単位とを有する共重合体が好ましい。
【0013】
【化1】

【0014】
ただし、X、Xは、それぞれフッ素原子、塩素原子、水素原子またはトリフルオロメチル基であり、Xは、フッ素原子またはトリフルオロメチル基であり、mは、0〜3の整数であり、nは0〜2の整数であり、pは、0または1であり、Aは、カルボン酸型官能基またはスルホン酸型官能基である。
カルボン酸型官能基は、カルボン酸基、その塩、または、加水分解されてカルボン酸基となる基である。加水分解されてカルボン酸基となる基としては、−COOCH、−COOC、−CN、−COF、−COCl、−COBr等が挙げられる。
スルホン酸型官能基は、スルホン酸基、その塩、または、加水分解されてスルホン酸基となる基である。加水分解されてスルホン酸基となる基としては、−SOF、−SOCl、−SOBr等が挙げられる。
【0015】
該共重合体のイオン交換容量は、0.8〜1.5ミリ当量/g乾燥樹脂が好ましい。
イオン交換膜は、補強材を含んでいてもよい。補強材としては、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと記す。)からなる織布等が挙げられる。
【0016】
前記積層膜の全体の厚さは、通常100〜500μm程度であり、当該積層膜を構成する、カルボン酸基を有する含フッ素ポリマーを含むフィルムの厚さは5〜400μm程度であり、スルホン酸基を有する含フッ素ポリマーを含むフィルムの厚さは10〜400μm程度である。
【0017】
(不純物)
不純物とは、イオン交換膜が塩化アルカリ電解法における隔膜の場合、塩化アルカリ電解に用いる供給塩水(塩化アルカリ水溶液)に含まれる、塩化アルカリ電解に不要な成分である。
イオン交換膜に含まれる不純物としては、電解槽に供給される塩化アルカリ水溶液に含まれる不純物や、製造装置等に由来する無機物が挙げられる。この不純物としては、具体的には、Ca、Mg、Sr、Al、Si、Fe、Ni、Ba、I、P、Ti、Cu等の元素を含む不純物が挙げられる。
なかでも、従来は完全に抽出することが難しかったAlやSiを、より確実に抽出、定量できるという観点からは、本発明の分析方法は、AlまたはSiを定量するのに適している。
【0018】
(分析方法)
本発明のイオン交換膜の分析方法は、イオン交換膜に含まれる不純物の分析方法であって、下記ステップを有する方法である。
(a)イオン交換膜を酸性水溶液に接触させるステップ。
(b)ステップ(a)の後、イオン交換膜を塩基性水溶液に接触させるステップ。
(c)イオン交換膜を接触させた酸性水溶液に含まれる不純物を定量するステップ。
(d)イオン交換膜を接触させた塩基性水溶液に含まれる不純物を定量するステップ。
【0019】
ステップ(a):
イオン交換膜を酸性水溶液に接触させ、イオン交換膜に含まれる不純物を酸性水溶液で抽出する。
【0020】
イオン交換膜としては、塩化アルカリ電解法における隔膜として用いられた後のイオン交換膜が好適である。該イオン交換膜から試験片を切り出し、該試験片を酸性水溶液に接触させることが好ましい。試験片の大きさは、10〜20cmが好ましい。
【0021】
酸性水溶液は、酸性化合物を含む水溶液である。
酸性化合物としては、塩酸、硫酸、硝酸、酢酸、これらの混合物等が挙げられ、塩酸、硝酸が好ましい。
【0022】
酸性水溶液の濃度は、試験片が酸性水溶液に接触する際の該水溶液のpHが1以下であるのが好ましいことから、0.1N(規定)以上が好ましく、酸性水溶液の添加量を少なくできることから0.5N(規定)以上がより好ましい。
また、酸性水溶液の濃度の上限は特に限定されないが、測定に悪影響を及ぼす可能性があるため、5.0N(規定)以下が好ましく、1.0N(規定)以下がより好ましい。
【0023】
接触方法としては、試験片を酸性水溶液中に浸漬させる方法が好ましい。
接触時間は、16時間以上が好ましい。
接触時の酸性水溶液の温度は、50℃以上が好ましく、抽出時間を短縮できる観点からは85℃以上がより好ましい。また、上記温度の上限は特に限定されないが、沸騰を伴わないという観点からは、100℃以下が好ましく、95℃以下がより好ましい。
【0024】
ステップ(b):
酸性水溶液から引き上げたイオン交換膜(試験片)を塩基性水溶液に接触させ、イオン交換膜に含まれる不純物を塩基性水溶液でさらに抽出する。
【0025】
塩基性水溶液は、塩基性化合物を含む水溶液である。
塩基性化合物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等が挙げられ、精度よく不純物を定量できる点から、アルカリ金属水酸化物(水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウム。)が好ましい。
【0026】
塩基性水溶液の濃度は、試験片が塩基性水溶液に接触する際の該水溶液のpHが13以上であるのが好ましいことから、0.1N(規定)以上が好ましく、0.5N(規定)以上がより好ましい。一方、塩基性水溶液の濃度が高すぎると、測定するサンプルの粘度が高くなったり、ナトリウムイオンやカリウムイオンの濃度が高くなったりなどし、測定に悪影響がある可能性があるため、塩基性水溶液の濃度は5.0N(規定)以下が好ましく、1.0N(規定)以下がより好ましい。
【0027】
接触方法としては、試験片を塩基性水溶液に浸漬させる方法が好ましい。
接触時間は、16時間以上が好ましい。
接触時の塩基性水溶液の温度は、50℃以上が好ましく、抽出時間を短縮できる観点からは85℃以上がより好ましい。また上記温度の上限は特に限定されないが、沸騰を伴わないという観点からは、100℃以下が好ましく、95℃以下がより好ましい。
【0028】
ステップ(c)、(d):
イオン交換膜を接触させた酸性水溶液に含まれる不純物、およびイオン交換膜を接触させた塩基性水溶液に含まれる不純物を定量する。
ステップ(c)、(d)を実施する順は特に限定されない。
【0029】
定量方法としては、原子吸光法、ICP(高周波誘導結合プラズマ)発光分光法、ICP質量分析法等が挙げられ、ICP発光分光法が好ましい。
定量された酸性水溶液に含まれる不純物の量および塩基性水溶液に含まれる不純物の量を合算して、イオン交換膜に含まれる不純物の量を求める。
【0030】
以上説明した、本発明のイオン交換膜の分析方法にあっては、酸性水溶液による不純物の抽出と、塩基性水溶液による不純物の抽出とを併用しているため、従来の酸のみで抽出する方法に比べ、精度よくイオン交換膜に含まれる不純物を定量できる。そして、イオン交換膜に沈着した不純物の量を正確に把握できることにより、塩水精製トラブルの解析や、不純物に対して耐性の高いイオン交換膜の開発に有益な知見が得られるメリットがある。
【0031】
本発明のイオン交換膜の分析方法によって、従来の方法に比べ、精度よくイオン交換膜に含まれる不純物を定量できる理由は、下記の通りである。
イオン交換膜に沈着したAl、Siの元素を含む化合物の一部は、酸性水溶液と接触した後もイオン交換膜に残存している。そして、該化合物は、酸性水溶液と接触した後、引き続き塩基性水溶液に接触させることによって抽出可能な状態となり、塩基性水溶液に抽出される。
【0032】
該現象の詳細は不明であるが、以下のことが考えられる。
すなわち、イオン交換膜に沈着しAl、Siの元素を含む化合物の一部は、酸性水溶液との接触によって一度は溶解するものの、Al、Siの元素を含む、別の新たな化合物としてイオン交換膜に再沈着する。該化合物は、続く塩基性水溶液との接触によって溶解し、結果として抽出可能な状態となる。
【実施例】
【0033】
以下、実施例を示す。
例1は、実施例であり、例2は、比較例である。
【0034】
〔例1〕
イオン交換膜としては、PTFE布で補強された、下記スルホン酸基を有する含フッ素ポリマーのフィルムA(イオン交換容量:1.05ミリ当量/g乾燥樹脂、含水率:22.8質量%、乾燥時の厚さ:120μm)と、下記カルボン酸基を有する含フッ素ポリマーのフィルムB(イオン交換容量:0.95ミリ当量/g乾燥樹脂、含水率:12.8質量%、乾燥時の厚さ:25μm)との積層膜であり、かつ両面が親水化処理されたイオン交換膜を用いた。
【0035】
スルホン酸基を有する含フッ素ポリマーとしては、下式(I−1)で表される繰り返し単位と、下式(II−1)で表される繰り返し単位とを有する共重合体を用いた。
【0036】
【化2】

【0037】
カルボン酸基を有する含フッ素ポリマーとしては、下式(I−1)で表される繰り返し単位と、下式(II−2)で表される繰り返し単位とを有する共重合体を用いた。
【0038】
【化3】

【0039】
(塩化ナトリウム電解)
有効通電面積が1.5dmの電解槽内に、フィルムBが陰極側になるようにイオン交換膜を配置した。
供給塩水として290g/Lの塩化ナトリウム水溶液を陽極室に、水を陰極室に供給しながら、陽極室から排出される塩化ナトリウム水溶液濃度を200g/L、陰極室から排出される水酸化ナトリウム濃度を32質量%に保ちつつ、温度90℃、電流密度6kA/mの条件で8日間運転した。ついで、Alを0.5ppm、SiOを30ppm含む供給塩水に切り替えて15日間運転した。
【0040】
電解終了後、イオン交換膜を0.5Nの塩酸に90℃で16時間浸漬し、イオン交換膜に沈着した不純物を抽出した。ここで、イオン交換膜を浸漬したときの水溶液のpHは0.8であった。
ついで、引き上げたイオン交換膜を0.5Nの水酸化ナトリウム水溶液に90℃で16時間浸漬し、イオン交換膜に沈着した不純物を抽出した。ここで、イオン交換膜を浸漬したときの水溶液のpHは13.1であった。
【0041】
ICP発光分光分析装置(セイコーインスツルメンツ社製、SPS3100)を用い、イオン交換膜を接触させた塩酸に含まれる不純物、およびイオン交換膜を接触させた水酸化ナトリウム水溶液に含まれる不純物を定量し、合算し、イオン交換膜の単位面積あたりの不純物の量を求めた。
定量した不純物のうち、AlおよびSiOについての結果を表1に示す。
【0042】
〔例2〕
例1と同じ条件で塩化ナトリウム電解を行った。
【0043】
電解終了後、イオン交換膜を0.5Nの塩酸に90℃で16時間浸漬し、イオン交換膜に沈着した不純物を抽出した。
ICP発光分光分析装置を用い、イオン交換膜を接触させた塩酸に含まれる不純物を定量し、イオン交換膜の単位面積あたりの不純物の量を求めた。
定量した不純物のうち、AlおよびSiOについての結果を表1に示す。
【0044】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、イオン交換膜法の塩化アルカリ電解で用いられる積層膜等のイオン交換膜に沈着する不純物の定量方法として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン交換膜に含まれる不純物の分析方法であって、
下記ステップを有する、イオン交換膜の分析方法。
(a)イオン交換膜を酸性水溶液に接触させるステップ。
(b)ステップ(a)の後、イオン交換膜を塩基性水溶液に接触させるステップ。
(c)イオン交換膜を接触させた酸性水溶液に含まれる不純物を定量するステップ。
(d)イオン交換膜を接触させた塩基性水溶液に含まれる不純物を定量するステップ。
【請求項2】
前記イオン交換膜が、カルボン酸基を有する含フッ素ポリマーまたはスルホン酸基を有する含フッ素ポリマーを含む、請求項1に記載のイオン交換膜の分析方法。
【請求項3】
前記イオン交換膜が、カルボン酸基を有する含フッ素ポリマーを含むフィルムと、スルホン酸基を有する含フッ素ポリマーを含むフィルムとを積層してなる、塩化アルカリ電解用の隔膜である、請求項1に記載のイオン交換膜の分析方法。
【請求項4】
前記塩基性水溶液が、アルカリ金属水酸化物の水溶液である、請求項1〜3のいずれかに記載のイオン交換膜の分析方法。

【公開番号】特開2009−156588(P2009−156588A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−331700(P2007−331700)
【出願日】平成19年12月25日(2007.12.25)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】