説明

カム機構及び駆動力伝達装置

【課題】カム機構を作動させるためのトルク及びサイズの増大を抑制しながらカム機構の一対のカム部材が中立状態から相対回転することを抑制することが可能なカム機構、及びカム機構を備えた駆動力伝達装置を提供する。
【解決手段】カム機構7は、第1のカム面702a,712aを有する第1のカム溝702,712、及び第1のカム溝702,712よりも浅い第2のカム溝703,713がそれぞれの対向面に形成されたメインカム70及びパイロットカム71と、メインカム70及びパイロットカム71の間に介在する第1のカムボール72及び第2のカムボール73とを備え、第1のカムボール72は、第1のカム溝702,712を周方向に転動することでメインカム70及びパイロットカム71を離間させる方向のカム推力を発生させ、第2のカムボール73は、中立状態において第2のカム溝703,713に嵌合する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カム機構、及びカム機構を備えた駆動力伝達装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、四輪駆動車の駆動力伝達系に適用され、伝達トルクを調節可能なクラッチを有する駆動力伝達装置を介して駆動力が伝達される補助駆動輪のみが設置した状態で牽引される所謂二輪被牽引時における引き摺りトルクを低減するため、クラッチを押圧するカム部材の推力の発生を抑制する構成を備えたカム機構が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に記載のカム機構は、相対回転することによりカム推力を発生させる第1カム部材及び第2カム部材と、両カム部材間に介在する弾性部材とを有し、両カム部材が相対回転した場合には、弾性部材の復元力によりカム部材同士を中立位置に向かって付勢するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−236291号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載のカム機構では、弾性部材の復元力に抗して両カム部材を相対回転させ、クラッチを押圧するカム推力を発生させなければならない。このため、両カム部材を相対回転させるためのトルクに、弾性部材の復元力に対応したトルクを付加してカム機構に作用させる必要がある。また、構成が複雑化するために装置が大型化する可能性もあった。
【0006】
そこで本発明は、カム機構を作動させるためのトルク及びサイズの増大を抑制しながらカム機構の一対のカム部材が中立状態から相対回転することを抑制することが可能なカム機構、及び駆動力伝達装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために、以下のカム機構、及び駆動力伝達装置を提供する。
【0008】
[1]周方向に対して傾斜したカム面を有するカム溝、及び前記カム溝よりも軸方向の深さが浅い凹部がそれぞれの対向面に形成され、相対回転可能な一対のカム部材と、前記一対のカム部材間に介在する第1の転動体、及び前記第1の転動体よりも小径の第2の転動体とを備え、前記第1の転動体は、前記カム溝の底部から前記カム面を周方向に転動することで前記一対のカム部材を軸方向に離間させる方向のカム推力を発生させ、前記第2の転動体は、前記第1の転動体が前記カム溝の底部に位置する中立状態で前記凹部に嵌合する、カム機構。
【0009】
[2]前記凹部は、前記カム溝よりも外周側に形成された前記[1]に記載のカム機構。
【0010】
[3]前記凹部は、前記カム溝のカム角よりも周方向に対して大きな傾斜角を有する傾斜面を有し、前記第2の転動体は、前記中立状態において前記傾斜面に接して前記凹部に嵌合する前記[1]又は[2]に記載のカム機構。
【0011】
[4]前記カム部材は、前記凹部の周方向側の領域に前記第2の転動体が乗り上げる平面を有し、前記傾斜面と前記平面との間が凸円弧状に形成された前記[3]に記載のカム機構。
【0012】
[5]前記[1]〜[4]のいずれか1項に記載のカム機構と、前記カム機構の内周側に配置された内側回転部材と、前記カム機構の外周側に配置された外側回転部材と、前記内側回転部材と前記外側回転部材との間に配置された複数の摩擦板を有し、前記カム機構のカム推力を受けて前記内側回転部材と前記外側回転部材とをトルク伝達可能に連結するクラッチとを備えた駆動力伝達装置。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、カム機構を作動させるためのトルク及びサイズの増大を抑制しながらカム機構の一対のカム部材が中立状態から相対回転することを抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、本発明の第1の実施の形態に係る四輪駆動車の構成例を示す概略図である。
【図2】図2は、駆動力伝達装置の構成例を示す断面図である。
【図3】図3は、メインカムのパイロットカムとの対向面を示す平面図である。
【図4】図4は、カム機構の周方向断面を径方向から見た場合のカム機構の動作を模式的に示す説明図であり、(a)は中立状態を、(b)〜(d)は作動角が順次大きくなった状態を、それぞれ示す。
【図5】図5(a)及び(b)は、メインカム及びパイロットカムの第2のカム溝の形状を示す断面図である。
【図6】図6(a)〜(c)は、第2のカム溝の形状の変形例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[第1の実施の形態]
図1は、本発明の第1の実施の形態に係る四輪駆動車の構成例を示す概略図である。図1に示すように、四輪駆動車101は、駆動力伝達装置1,駆動源としてのエンジン102,トランスアクスル103,一対の前輪104,104及び一対の後輪105,105を備えている。
【0016】
駆動力伝達装置1は、四輪駆動車101における前輪側から後輪側に至る駆動力伝達経路に配置され、かつ四輪駆動車101の車体(図示せず)にディファレンシャルキャリア106を介して支持されている。
【0017】
そして、駆動力伝達装置1は、プロペラシャフト107とドライブピニオンシャフト108とをトルク伝達可能に連結し、この連結状態においてエンジン102の駆動力を後輪105,105に伝達し得るように構成されている。駆動力伝達装置1の詳細については後述する。
【0018】
エンジン102は、その駆動力をトランスアクスル103を介してフロントアクスルシャフト109,109に出力することにより、一対の前輪104,104を駆動する。
【0019】
また、エンジン102は、その駆動力をトランスアクスル103を介してプロペラシャフト107,駆動力伝達装置1,ドライブピニオンシャフト108,リヤディファレンシャル110及びリヤアクスルシャフト111,111に出力することにより、一対の後輪105,105を駆動する。
【0020】
(駆動力伝達装置1の全体構成)
図2は、駆動力伝達装置1の構成例を示す断面図である。図2に示すように、駆動力伝達装置1は、ディファレンシャルキャリア106(図1に示す)に対して相対回転可能な外側回転部材としてのハウジング2と、このハウジング2に相対回転可能な内側回転部材としてのインナシャフト3と、このインナシャフト3とハウジング2との間に介在するメインクラッチ4と、このメインクラッチ4に回転軸線Oに沿って並列するパイロットクラッチ5と、このパイロットクラッチ5の押圧力を発生させる駆動機構6と、この駆動機構6によるパイロットクラッチ5の押圧力の発生によってハウジング2の回転力をメインクラッチ4の押圧力に変換するカム機構7とから大略構成されている。
【0021】
(ハウジング2の構成)
ハウジング2は、フロントハウジング8、及びフロントハウジング8に螺着等により一体に回転するように結合されたリヤハウジング9からなり、ディファレンシャルキャリア106(図1に示す)内に回転軸線Oを中心軸線として回転可能に収容されている。ハウジング2とインナシャフト3との間には、環状の収容空間2aが形成されている。この収容空間2aには潤滑油が封入されている。
【0022】
フロントハウジング8は、カム機構7の外周側に配置され、円板状の底部8aと中空の円筒部8bとを一体に有し、リヤハウジング9側に開口する有底円筒部材に形成され、エンジン102(図1に示す)にトランスアクスル103(図1に示す)及びプロペラシャフト107(図1に示す)を介して連結されている。円筒部8bの内周面には、回転軸線Oに沿って設けられた複数のスプライン歯80bが形成されている。そして、フロントハウジング8は、エンジン102の駆動力をプロペラシャフト107から受けてリヤハウジング9と共に回転軸線Oの回りに回転し得るように構成されている。
【0023】
リヤハウジング9は、第1〜第3ハウジングエレメント91〜93を溶接等により一体に結合してなり、フロントハウジング8の開口内周面に螺着され、かつディファレンシャルキャリア106(図1に示す)に固定されたヨーク94に軸受95を介して回転可能に支持されている。リヤハウジング9には、フロントハウジング8の開口方向と同一の方向に開口し、ヨーク94の内周側及び外周側を覆うように形成された円環状の収容空間9aが設けられている。
【0024】
第1ハウジングエレメント91は、リヤハウジング9の内周側に配置され、磁性材料からなる円筒部材によって形成されている。第2ハウジングエレメント92は、リヤハウジング9の外周側に配置され、第1ハウジングエレメント91と同様に磁性材料からなる円筒部材によって形成されている。第3ハウジングエレメント93は、第1ハウジングエレメント91と第2ハウジングエレメンと92との間に介在し、ステンレス鋼等の非磁性材料からなる円環状部材によって形成されている。
【0025】
(インナシャフト3の構成)
インナシャフト3は、カム機構7の内周側に配置され、各外径が互いに異なる大小2つの円筒部3a,3b、及びこれら両円筒部3a,3b間に介在する段差部3cを有している。また、インナシャフト3は、ハウジング2の回転軸線O上に配置され、かつハウジング2に軸受17,18を介して相対回転可能に支持された円筒部材によって形成されている。
【0026】
大径の円筒部3aの外周面には、収容空間2aに露出して回転軸線Oに沿って設けられた複数のスプライン歯30aが形成されている。
【0027】
小径の円筒部3bの内周面には、ドライブピニオンシャフト108(図1に示す)の先端部を収容する収容空間3dが形成され、収容空間3dの内周面にはドライブピニオンシャフト108の外周面にスプライン嵌合するスプライン嵌合部30bが設けられている。
【0028】
(メインクラッチ4の構成)
メインクラッチ4は、複数のアウタクラッチプレート41(外側摩擦板)、及び複数のインナクラッチプレート40(内側摩擦板)を有する湿式の多板クラッチからなる。インナクラッチプレート40には、潤滑油を流通させる油孔40bが形成されている。
【0029】
このメインクラッチ4は、収容空間2aに収容され、フロントハウジング8の円筒部8bとインナシャフト3の円筒部3aとの間に配置されている。そして、メインクラッチ4は、複数のインナクラッチプレート40及びアウタクラッチプレート41のうち互いに隣り合うクラッチプレート同士を摩擦係合させ、ハウジング2とインナシャフト3とをトルク伝達可能に連結するように構成されている。
【0030】
複数のインナクラッチプレート40及びアウタクラッチプレート41は、環状に形成され、その側面同士を互いに対向させて回転軸線O上に交互に配置されている。インナクラッチプレート40には、その内周縁部に径方向内側に向かって突出し、インナシャフト3のスプライン嵌合部30aに噛み合う突起40aが円周方向に沿って複数形成されている。また、アウタクラッチプレート41には、その外周縁部に径方向外側に向かって突出し、フロントハウジング8のスプライン歯80bに噛み合う突起41aが円周方向に沿って複数形成されている。これにより、インナクラッチプレート40はインナシャフト3に対して、アウタクラッチプレート41はフロントハウジング8に対して、それぞれ回転軸線Oに沿って相対回転不能かつ軸方向移動可能である。
【0031】
(パイロットクラッチ5の構成)
パイロットクラッチ5は、図2に示すように、駆動機構6(後述)の駆動によるアーマチュア6bの電磁コイル6a側への移動によって互いに摩擦係合可能な円環状の摩擦板からなる複数のインナクラッチプレート50及び複数のアウタクラッチプレート51を有している。パイロットクラッチ5は、アーマチュア6bとリヤハウジング9との間に配置され、かつ収容空間2aに収容されている。
【0032】
インナクラッチプレート50及びアウタクラッチプレート51は、環状に形成され、その側面同士を互いに対向させて回転軸線O上に交互に配置されている。
【0033】
インナクラッチプレート50は、その内周縁に複数の突起50aを有し、この突起50aを後述するパイロットカム71のスプライン歯71aに係合させてパイロットカム71と相対回転不能かつ軸方向移動可能に連結されている。
【0034】
アウタクラッチプレート51は、その外周縁に複数の突起51aを有し、この突起51aをスプライン歯80bに係合させてフロントハウジング8に相対回転不能かつ軸方向移動可能に連結されている。
【0035】
(駆動機構6の構成)
駆動機構6は、電磁コイル6a及びアーマチュア6bを有し、ハウジング2の回転軸線O上に配置されている。そして、駆動機構6は、電磁コイル6aの電磁力の発生によるアーマチュア6bの電磁コイル6a側への移動によってパイロットクラッチ5のインナクラッチプレート50及びアウタクラッチプレート51を摩擦係合させるように構成されている。
【0036】
電磁コイル6aは、リヤハウジング9の収容空間9aに収容され、かつヨーク94に取り付けられている。そして、電磁コイル6aは、図2に破線で示すように、通電によってヨーク94,パイロットクラッチ5,アーマチュア6b及びリヤハウジング9に跨って磁気回路Gを形成し、アーマチュア6bにリヤハウジング9側への移動力を付与するための電磁力を発生させるように構成されている。インナクラッチプレート50及びアウタクラッチプレート51はこの移動力によって圧接され、摩擦力を発生させる。
【0037】
アーマチュア6bは、その外周縁に回転軸線Oに沿ったストレートスプライン嵌合部60bを有し、ストレートスプライン嵌合部60bをスプライン歯80bに嵌合させてフロントハウジング8に相対回転不能かつ軸方向移動可能に連結されている。
【0038】
電磁コイル6aには図略の制御装置からコイル電流が供給される。このコイル電流の大きさによって磁気回路Gに発生する磁束の密度が変化し、コイル電流が大きいほどアーマチュア6bがパイロットクラッチ5を押圧する押圧力が強くなる。すなわち、パイロットクラッチ5によるトルク伝達容量は、電磁コイル6aのコイル電流の大きさに応じて変化する。
【0039】
(カム機構7の構成)
カム機構7は、図2に示すように、インナシャフト3からの回転力を受けて回転する押圧部材としての環状のメインカム70と、このメインカム70にハウジング2の回転軸線Oに沿って並列する環状のパイロットカム71と、メインカム70とパイロットカム71との間に介在する第1の転動体としての複数の第1のカムボール72と、同じくメインカム70とパイロットカム71との間に介在する第2の転動体としての複数の第2のカムボール73と、第1のカムボール72及び第2のカムボール73を保持するリテーナ74と有している。このカム機構7は、メインクラッチ4とリヤハウジング9との間に配置され、かつ収容空間2aに収容されている。
【0040】
そして、カム機構7は、パイロットクラッチ5のクラッチ動作によってハウジング2からの回転力を受け、この回転力をメインクラッチ4のクラッチ力となるカム推力に変換するように構成されている。
【0041】
メインカム70は、インナシャフト3の段差部3cとの間に配置された皿バネからなるリターンスプリング75によってパイロットカム71側に付勢されている。また、メインカム70は、その外周部にメインクラッチ4を押圧する環状の押圧部701を有し、この押圧部701の内周縁部には、径方向内側に向かって突出して形成され、インナシャフト3のスプライン歯30aに噛み合う複数の突起70aが設けられている。
【0042】
メインカム70のパイロットカム71との対向面には、第1のカムボール72が転動する第1のカム面702a、及び第2のカムボール73が転動する第2のカム面703aが形成されている。
【0043】
パイロットカム71は、リヤハウジング9の第1ハウジングエレメント91との間に軸受19を介在させ、インナシャフト3に相対回転可能に配置されている。また、パイロットカム71は、パイロットクラッチ5によって伝達されるハウジング2からのトルクを受けるトルク受部711を外周部に有し、このトルク受部711の外周面には、回転軸線Oに沿って設けられ、インナクラッチプレート50の突起50aに相対回転不能かつ軸方向移動可能に嵌合する複数のスプライン歯71aが形成されている。
【0044】
パイロットカム71のメインカム70との対向面には、第1のカムボール72が転動する第1のカム面712a、及び第2のカムボール73が転動する第2のカム面713aが形成されている。
【0045】
図3は、メインカム70のパイロットカム71との対向面を示す平面図である。メインカム70には、第1のカムボール72が周方向に転動する第1のカム面702aからなる複数の第1のカム溝702、及び第2のカムボール73が周方向に転動する第2のカム面703aからなる複数の第2のカム溝703が形成されている。第1のカム溝702は、本発明におけるカム溝の一例である。また、第2のカム溝703は、本発明における凹部の一例である。
【0046】
第2のカム溝703は、第1のカム溝702よりもメインカム70の外周側に形成されている。本実施の形態では、6つの第1のカム溝702と、3つの第2のカム溝703がメインカム70のパイロットカム71との対向面に形成されている。3つの第2のカム溝703のそれぞれの周方向の間には、周方向に対して平行な平面703bが形成されている。なお、パイロットカム71のメインカム70との対向面に設けられた第1のカム面712a及び第2のカム面713a(図2参照)も、同様に形成されている。
【0047】
(カム機構7の動作)
カム機構7は、ハウジング2の回転力がパイロットクラッチ5を介してパイロットクラッチ71のトルク受部711に伝達されることにより作動する。パイロットクラッチ5からトルク受部711に伝達されるトルクが小さい場合には、カム機構7はリターンスプリング75の復元力によってメインカム70とパイロットカム71とが最も接近した中立状態となる。また、トルク受部711に伝達されるトルクが大きくなると、そのトルクによってメインカム70とパイロットカム71とが相対回転し、カム推力を発生させる。
【0048】
図4は、カム機構7の周方向断面を径方向から見た場合のカム機構7の動作を模式的に示す説明図であり、(a)は中立状態を、(b)は第2のカムボール73が第2のカム面703a,713aを転動している状態を、(c)及び(d)は、第1のカムボール72が第1のカム面702a,712aを転動している状態を、それぞれ示す。図4(a)に示す中立状態ではメインカム70とパイロットカム71との相対回転角度を示す作動角がゼロであり、図4(b)〜(d)は、中立状態から作動角が順次大きくなった状態を示している。
【0049】
図4(a)〜(d)に示すように、メインカム70の第1のカム溝702は、周方向に対して傾斜したカム面702aを有し、最も軸方向の深さが深い底部702bが第1のカム溝702の周方向の中央部に形成されている。パイロットカム71の第1のカム溝712は、周方向に対して傾斜したカム面712aを有し、最も軸方向の深さが深い底部712bが第1のカム溝712の周方向の中央部に形成されている。カム面702a及びカム面712aの周方向に対する角度(カム角)は、共にθに形成されている。
【0050】
第1のカムボール72及び第2のカムボール73は、リテーナ74に形成された開口部に回転可能に保持されている。第2のカムボール73の直径は、第1のカムボール72の直径よりも小さく形成されている。本実施の形態では、第2のカムボール73の直径が第1のカムボール72の直径の2分の1以下である。
【0051】
図5(a)は、メインカム70の第2のカム溝703の形状を詳細に示す断面図であり、図5(b)は、パイロットカム71の第2のカム溝713の形状を詳細に示す断面図である。
【0052】
図5(a)に示すように、メインカム70における第2のカム溝703の第2のカム面703aは、周方向に対してθの傾斜角を有する第1の傾斜面703aと、周方向に対してθの傾斜角で第1の傾斜面703aとは反対方向に傾斜した第2の傾斜面703aと、第1の傾斜面703aに連続して平面703bとの間に形成された第1の凸円弧面703aと、第2の傾斜面703aに連続して平面703bとの間に形成された第2の凸円弧面703aとから構成されている。
【0053】
第1の傾斜面703a及び第2の傾斜面703aの傾斜角θは、カム面702a(図4に示す)のカム角θよりも大きく形成されている。また、第2のカム溝703の軸方向(図5(a)の上下方向)の深さは、第1のカム溝702の軸方向の深さよりも、浅く形成されている。
【0054】
第1の傾斜面703aと第1の凸円弧面703aとの間、及び第2の傾斜面703aと第2の凸円弧面703aとの間は、滑らかに連続するように形成されている。また、第1の凸円弧面703a及び第2の凸円弧面703aは、平面703bに近づくほど周方向に対する傾斜角が徐々に小さくなるように形成されている。
【0055】
図5(b)に示すように、パイロットカム71における第2のカム溝713の第2のカム面713aは、メインカム70の第2のカム面703aと対称な形状に形成されている。すなわち、第2のカム面713aは、周方向に対してθの傾斜角を有する第1の傾斜面713aと、周方向に対してθの傾斜角で第1の傾斜面713aとは反対方向に傾斜した第2の傾斜面713aと、第1の傾斜面713a及び第2の傾斜面713aに連続して平面713bとの間に形成された第1の凸円弧面713a及び第2の凸円弧面713aとから構成されている。
【0056】
第1の傾斜面713a及び第2の傾斜面713aの傾斜角θは、カム面712a(図4に示す)のカム角θよりも大きく形成されている。また、第2のカム溝713の軸方向(図5(b)の上下方向)の深さは、第1のカム溝712の軸方向の深さよりも、浅く形成されている。
【0057】
第1の傾斜面713aと第1の凸円弧面713aとの間、及び第2の傾斜面713aと第2の凸円弧面713aとの間は滑らかに連続するように形成され、第1の凸円弧面713a及び第2の凸円弧面713aは、平面703bに近づくほど周方向に対する傾斜角が徐々に小さくなるように形成されている。
【0058】
図4(a)に示す中立状態では、メインカム70の第1のカム溝702の底部702bと、パイロットカム71の第1のカム溝712の底部712bとが軸方向に対向し、第1のカムボール72がこれら底部702b及び底部712bに位置する。この中立状態は、メインカム70とパイロットカム71とが最も接近した状態である。
【0059】
また、この中立状態では、第2のカムボール73がメインカム70の第2のカム面703aにおける第1及び第2の傾斜面703a,703a(図5(a)参照)に接して第2のカム溝703に嵌合すると共に、第2のカムボール73がパイロットカム71の第2のカム面713aにおける第1及び第2の傾斜面713a,713a(図5(b)参照)に接して第2のカム溝713に嵌合する。
【0060】
図4(b)に示すように、中立状態からパイロットカム71がメインカム70に対して矢印A方向(図面左方向)に相対回転して作動角が大きくなると、まず第2のカムボール73がメインカム70の第2のカム面703a及びパイロットカム71の第2のカム面713aを転動する。これにより、メインカム70とパイロットカム71とが周方向に離間する。図2に示すように、パイロットカム71の回転軸線Oに沿った方向のリヤハウジング9側への移動は軸受19により規制されているので、メインカム70とパイロットカム71とが離間すると、メインカム70がメインクラッチ4側に移動する。
【0061】
図4(c)に示すように、作動角がさらに大きくなると、第2のカムボール73がメインカム70の平面703b、及びパイロットカム71の平面713bに乗り上げる。また、第2のカムボール73が平面703b及び平面713bに乗り上げた後にさらに作動角が大きくなると、第1のカムボール72がメインカム70の第1のカム面702a及びパイロットカム71の第1のカム面712aに接触して転動する。これにより、メインカム70とパイロットカム71とがさらに離間し、メインカム70がメインクラッチ4側に移動してメインクラッチ4を押圧する。
【0062】
パイロットカム71のトルク受部711にパイロットクラッチ5からより大きなトルクが伝達されると、図4(d)に示すように作動角がさらに大きくなり、より大きなカム推力でメインカム70がメインクラッチ4を押圧する。
【0063】
(実施の形態の作用及び効果)
以上のように構成されたカム機構7及び駆動力伝達装置1によれば、以下に示す作用及び効果がある。
【0064】
(1)カム機構7の中立状態において第2のカムボール73がメインカム70の第2のカム溝703及びパイロットカム71の第2のカム溝713に嵌合するので、メインカム70とパイロットカム71とを相対回転させるトルクが所定の値以下の場合には、メインカム70とパイロットカム71との相対回転が規制されて大きなカム推力が発生しない。つまり、第1のカム溝702,712のカム角(θ)と第2のカム溝703,713のカム角(θ)との角度の違いによって、第2のカムボール73が平面703b,713bに乗り上げるまでは、第2のカム溝703,713がないとした場合に比較して、メインカム70とパイロットカム71との相対回転が発生しにくくなる。
【0065】
従って、電磁コイル6aにコイル電流が流れていない状態において、パイロットクラッチ5のインナクラッチプレート50及びアウタクラッチプレート51の間の引き摺りトルクによってパイロットカム71のトルク受部711にトルクが伝達されても、メインカム70がメインクラッチ4を押圧することを抑制でき、ハウジング2とインナシャフト3との間、ひいてはプロペラシャフト170とドライブピニオンシャフト108との間の不要なトルク伝達を抑制することができる。
【0066】
特に、前輪104,104が牽引車等に持ち上げられて後輪105,105のみが接地した状態で牽引される二輪被牽引時には、パイロットクラッチ5のインナクラッチプレート50とアウタクラッチプレート51との間の相対回転が極めて大きくなるが、この場合でもメインカム70がメインクラッチ4を押圧することを抑制し、メインクラッチ4のインナクラッチプレート40とアウタクラッチプレート41との摩擦摺動による熱の発生を抑えることができる。
【0067】
(2)第2のカムボール73が中立状態において接するメインカム70の第1及び第2の傾斜面703a,703a、及びパイロットカム71の第1及び第2の傾斜面713a,713aの傾斜角θは、メインカム70の第1のカム溝702及びパイロットカム71の第1のカム溝712のカム角θよりも大きいので、第2のカムボール73がこれらの傾斜面に接触して転動している間は第1のカムボール72によるカム推力が発生しない。従って、作動角が小さい場合には、メインカム70がメインクラッチ4を押圧するカム推力を抑制することができる。
【0068】
(3)メインカム70の第2のカム溝703及びパイロットカム71の第2のカム溝713は、メインカム70の第1のカム溝702及びパイロットカム71の第1のカム溝712よりも外周側に形成されているので、第2のカムボール73による相対回転の抑制効果をより高めることができる。つまり、回転軸線Oから径方向に離れた位置でメインカム70及びパイロットカム71の相対回転を抑制することにより、相対回転を抑える力のモーメントを大きくすることができ、より確実にメインクラッチ4の引き摺りトルクを抑制することが可能となる。
【0069】
(4)メインカム70における第2のカム溝703の第1及び第2の傾斜面703a,703a、及びパイロットカム71における第2のカム溝713の第1及び第2の傾斜面713a,713aの周方向両側には、それぞれ凸円弧面が形成されているので、第2のカムボール73が第2のカム面703a,713aを転動する際におけるカム推力の急激な変動を避けることができる。つまり、カム機構7のカム推力は、カムボールが接触する面の周方向に対する傾斜角によって変化するため、この傾斜角が急激に変動すると、駆動力伝達装置1によるトルク伝達量が変動し、四輪駆動車101の駆動力伝達系に衝撃や振動が発生するが、本実施の形態では上記のように凸円弧面が設けられているので、この衝撃や振動を抑制することができる。
【0070】
[他の実施の形態]
以上、本発明の駆動力伝達装置を上記第1の実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記第1の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の態様において実施することが可能であり、例えば次に示すような変形も可能である。
【0071】
(1)カム機構の中立状態において第2のカムボール73が嵌合するメインカム70の凹部は、上記実施の形態の第2のカム溝703の形状に限定されず、例えば図6(a)〜(c)に示す形状であってもよい。なお、パイロットカム71側の凹部については、図示を省略しているが、図6(a)〜(c)に示す各メインカムの凹部と同様の形状を有しているものとする。
【0072】
図6(a)に示すメインカム70Aでは、周方向に平行となるように形成された平面171に第1の傾斜面170a及び第2の傾斜面170bからなる凹部170が形成されており、第1の実施の形態に係る第1の凸円弧面703a及び第2の凸円弧面703aに相当する領域が形成されていない。このような形態でも、第1の実施の形態について説明した(1)〜(3)と同様の作用及び効果が得られる。
【0073】
また、図6(b)に示すメインカム70Bでは、周方向に平行となるように形成された平面271に設けられた凹部270が、第1の傾斜面270aと、第2の傾斜面270bと、これら両傾斜面270a,270bの間に形成された平面270cとを有している。このような形態でも、第1の実施の形態について説明した(1)〜(3)と同様の作用及び効果が得られる。
【0074】
また、図6(c)に示すメインカム70Cでは、周方向に平行となるように形成された平面371に設けられた凹部370が、凸円弧状の第1の円弧面370aと、同じく凸円弧状の第2の円弧面370bと、これら両円弧面370a,370bの間に形成された凹円弧状の第3の円弧面370cとを有している。このような形態でも、第1の実施の形態について説明した(1)〜(4)と同様の作用及び効果が得られる。
【0075】
(2)上記第1の実施の形態では、第2のカム溝703,713を第1のカム溝702,712の外周側に形成したが、これに限らず、第2のカム溝703,713と第1のカム溝702,712とを同一径の周方向に沿って並列配置してもよく、第2のカム溝703,713を第1のカム溝702,712の内周側に形成してもよい。このような形態でも、第1の実施の形態について説明した(1)〜(2)及び(4)と同様の作用及び効果が得られる。
【0076】
(3)上記第1の実施の形態では、第2のカムボール73が平面703b及び平面713bに乗り上げた後にさらに作動角が大きくなった際に第1のカムボール72がメインカム70の第1のカム面702a及びパイロットカム71の第1のカム面712aに接触して転動するようにカム機構7を構成した。しかし、これに限らず、第2のカムボール73がメインカム70の第2のカム面703a及びパイロットカム71の第2のカム面713aの円弧面(第1の凸円弧面703a又は第2の凸円弧面703a、及び第2の凸円弧面713a又は第1の凸円弧面713a)に接触しているときに第1のカムボール72がメインカム70の第1のカム面702a及びパイロットカム71の第1のカム面712aに接触するようにしてもよい。
【0077】
(4)上記実施の形態では、第2のカム溝703,713が周方向に対して傾斜した傾斜面を有する場合について説明したが、これに限らず、カム機構の中立状態において第2のカムボール73が嵌合する凹部は、周方向に直交する方向に形成された内面を有する円筒状等であってもよい。
【0078】
(5)上記第1の実施の形態では、転動体として球状のカムボールを適用した場合について説明したが、これに限らず、例えば円柱状の転動体を用いてもよい。
【0079】
(6)上記第1の実施の形態では、カム機構7を車両用の駆動力伝達装置1に適用した場合について説明したが、これに限らず、他の用途に適用してもよい。
【符号の説明】
【0080】
1…駆動力伝達装置、2…ハウジング、2a…収容空間、3…インナシャフト、3a,3b…円筒部、3c…段差部、3d…収容空間、4…メインクラッチ、5…パイロットクラッチ、6…駆動機構、6a…電磁コイル、6b…アーマチュア、7…カム機構、8…フロントハウジング、8a…底部、8b…円筒部、9…リヤハウジング、9a…収容空間、17,18,19,95…軸受、30a…スプライン歯、30b…スプライン嵌合部、40…インナクラッチプレート、41…アウタクラッチプレート、50…インナクラッチプレート、51…アウタクラッチプレート、40a,41a,50a,51a,70a…突起、40b…油孔、60b…ストレートスプライン嵌合部、70,70A,70B,70C…メインカム、71…パイロットカム、71a…スプライン歯、71…パイロットカム、91,92,93…第1〜第3ハウジングエレメント、94…ヨーク、101…四輪駆動車、102…エンジン、103…トランスアクスル、104…前輪、105…後輪、106…ディファレンシャルキャリア、107…プロペラシャフト、108…ドライブピニオンシャフト、109…フロントアクスルシャフト、110…リヤディファレンシャル、111…リヤアクスルシャフト、G…磁気回路、O…回転軸線、72…第1のカムボール、73…第2のカムボール、74…リテーナ、75…リターンスプリング、80b…スプライン歯、170,270,370…凹部、170a,270a,703a,713a…第1の傾斜面、170b,270b,703a,713a…第2の傾斜面、171,270c,271,371,703b,713b…平面、370a…第1の円弧面、370b…第2の円弧面、370c…第3の円弧面、701…押圧部、702,712…第1のカム溝、702a,712a…第1のカム面、702b,712b…底部、703,713…第2のカム溝、703a,713a…第2のカム面、703a,713a…第1の凸円弧面、703a,713a…第2の凸円弧面、711…トルク受部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
周方向に対して傾斜したカム面を有するカム溝、及び前記カム溝よりも軸方向の深さが浅い凹部がそれぞれの対向面に形成され、相対回転可能な一対のカム部材と、
前記一対のカム部材間に介在する第1の転動体、及び前記第1の転動体よりも小径の第2の転動体とを備え、
前記第1の転動体は、前記カム溝の底部から前記カム面を周方向に転動することで前記一対のカム部材を軸方向に離間させる方向のカム推力を発生させ、
前記第2の転動体は、前記第1の転動体が前記カム溝の底部に位置する中立状態で前記凹部に嵌合する、カム機構。
【請求項2】
前記凹部は、前記カム溝よりも外周側に形成された請求項1に記載のカム機構。
【請求項3】
前記凹部は、前記カム溝のカム角よりも周方向に対して大きな傾斜角を有する傾斜面を有し、
前記第2の転動体は、前記中立状態において前記傾斜面に接して前記凹部に嵌合する請求項1又は2に記載のカム機構。
【請求項4】
前記カム部材は、前記凹部の周方向側の領域に前記第2の転動体が乗り上げる平面を有し、前記傾斜面と前記平面との間が凸円弧状に形成された請求項3に記載のカム機構。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載のカム機構と、
前記カム機構の内周側に配置された内側回転部材と、
前記カム機構の外周側に配置された外側回転部材と、
前記内側回転部材と前記外側回転部材との間に配置された複数の摩擦板を有し、前記カム機構のカム推力を受けて前記内側回転部材と前記外側回転部材とをトルク伝達可能に連結するクラッチと
を備えた駆動力伝達装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−82895(P2012−82895A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−229363(P2010−229363)
【出願日】平成22年10月12日(2010.10.12)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】