説明

キトサン/セリシン複合体ナノファイバー及びその人工皮膚への利用

【課題】優れた人口皮膚の提供
【解決手段】キトサンとセリシンの複合体を含む平均直径が50〜500nmの繊維を、電界紡糸法によって調製する。その繊維マットは、人口皮膚、創傷被覆材などとして、また、皮膚、毛管、軟骨、骨などの各種臓器再生のための足場などの医療用材料として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キトサンとセリシンの複合体によって形成された機能性ナノファイバー、とその製造方法、及び当該ファイバーから得られる医療用材料に関する。
【背景技術】
【0002】
重度の熱傷による皮膚の損傷や瘢痕、床ずれによる褥瘡、糖尿病性潰瘍、重症アトピー性皮膚炎、交通事故による皮膚の損傷などによる皮膚欠損には、従来から、本人の健康皮膚を移植、あるいは自家培養皮膚の移植などが行われてきたが、真皮まで達するような重度の損傷の場合、移植皮膚の生着率が必ずしも良好ではなく再移植が必要となる場合があるなど、患者に与える負担は少なからず、また、自家培養は、緊急時に対応できないなど、必ずしも満足のいくものではなかった。
【0003】
近年、再生医療の一環として、天然及び合成高分子素材を中心とする生体適合性のよい素材を利用した人工皮膚の研究開発が進められ、例えば、コラーゲン等を培養皮膚用基材とする人工皮膚の製造例(特許文献1)、DNA/キトサン複合体からなる医療用材料(特許文献2)、キチン繊維からなる人工皮膚(非特許文献1)等が報告されている。
また、組織再生には、足場(scaffold)としての三次元構造が必要であることから、人工皮膚素材には、生体適合性や安全性のほか、適度な力学的強度、細胞接着に資する十分な比表面積、あるいは酸素や栄養分を供給し細胞や再生組織の侵入路となる多孔構造が形成され得るものであることが求められている。
足場として機能する三次元構造としては、スポンジ体、ハニカム体、あるいは繊維を重層した不織布などが知られているが、そのうちの不織布を構成する繊維としては、従来から知られているマイクロメーターオーダー(ミクロンオーダー)の極細繊維のほか、さらに細いナノメーターオーダーの繊維(ナノファイバー)の開発・実用化が進められている。ナノファイバーは、通常100nm以下の平均径を有し、従来の極細繊維に比較しても格段に大きな比表面積を有するため、細胞接着効率の点で有利である。また、当該繊維から調製された不織布は、in vivoにおける細胞外マトリックスの微視的構造に近似することから、再生医療への応用についての考察がされている。
【0004】
例えば、特許文献3には、ゼラチン、コラーゲン等の天然高分子材料やポリウレタン等の合成高分子材料を用いた、数ナノメーターないし数十マイクロメーターの外径を有する繊維の不織布を含む医用材料が、また、特許文献4には、キトサン、コンドロイチン硫酸、ペクチン等の多糖類を主原料とし、直径が500nm以下である繊維が記載されている。
【特許文献1】特開平9−173362号公報
【特許文献2】特開2005−289852号公報
【特許文献3】特開2004−321484号公報
【特許文献4】特開2005−290610号公報
【非特許文献1】キチン・キトサン研究会編「キチン・キトサンハンドブック」、336−343頁、技報堂出版、1995年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記のとおり、人工皮膚の素材として、いくつかの天然高分子素材あるいは合成高分子素材の利用が試みられているが、例えば、キチン繊維からなる人工皮膚の場合、繊維径がマイクロメーターオーダーであるため生着性が十分でなく、またその製造には極めて毒性の高い特殊な試薬が使用されるなど課題があり、また、キチン糸紡糸後、不織布製造に数工程を必要とするなどの点で、必ずしも満足できるものではなかった。
したがって、本発明が解決しようとする課題は、人工皮膚などの人工臓器用の素材として、あるいは創傷被覆材として安全であり、しかも組織再生能力の高い医療用材料の提供と、これを利用した人工臓器や創傷被覆材などを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、人工皮膚などのための医療用素材につき鋭意研究を重ねた結果、キトサンとセリシンの複合体を安全性の高い試薬を使用してナノファイバーに繊維化することに成功し、当該ナノファイバーが、人工皮膚及び創傷被覆材などのための医療用機能性ファイバーとして、従来にない優れた作用効果を奏することを見出して、本発明を完成した。
【0007】
すなわち本発明は、
(1) キトサンとセリシンの複合体を含む、平均直径が50〜500nmの繊維。
(2) キトサンとセリシンの重量比が60〜90:40〜10である、(1)に記載の繊維。
(3) キトサンとセリシンの重量比が80:20である、(2)に記載の繊維。
(4) さらに、合成高分子材料を含む、(1)〜(3)のいずれか1に記載の繊維。
(5) 合成高分子材料が、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、及びPVPのいずれか1以上である、(4)に記載の繊維。
(6) キトサンとセリシンを酸の存在下に水に溶解し、当該水溶液を電界紡糸することからなる、(1)〜(5)のいずれか1に記載の繊維の製造方法。
(7) 酸が酢酸である、(6)に記載の製造方法。
(8) 当該水溶液に、ポリエチレンオキサイドを溶解させることを含む、(6)又は(7)に記載の製造方法。
(9) (1)〜(5)のいずれか1に記載の繊維からなるマット。
(10) (9)に記載のマットからなる医療用材料。
(11) 人工皮膚である、(10)に記載の医療用材料。
(12) 創傷被覆材である、(10)に記載の医療用材料。
【発明の効果】
【0008】
本発明によるキトサン/セリシン複合体のナノファイバーは、従来のミクロンオーダーの繊維に比較して非常に大きな比表面積を有するため、当該繊維から得られる不織性の薄膜やマットは、高度の気孔率を有する。したがって、体液の吸収性にも優れ、止血作用や細菌増殖抑制作用を有するため、人工皮膚や創傷被覆材として使用したときには、当該薄膜ないしマットを損傷部位へ当接すると、損傷面へよく接着し、接着面積が大きく、また、当該繊維間の隙間構造(気孔構造)はin vivoに近似するため、細胞・組織の再生に有利である。さらに、当該薄膜ないしマットは、柔軟性が極めて高いため、損傷面への装着感に優れる。本発明に係るキトサン/セリシン複合体の創傷治癒促進効果は、キトサン単独のものに比較して顕著に優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
[原料溶液]
キトサンは、主にカニやエビなどの甲殻類、あるいは昆虫、貝、キノコ等から得られるキチンを脱アセチル化して得られる多糖類であり、通常、脱アセチル化度が60%以上のものをいうが、本発明においては、70%程度以上、より好ましくは80%程度以上、さらに好ましくは90%程度以上のものが使用される。キチンには分子結晶構造の違いによってα型、β型、γ型の3種類存在するが、いずれのキチンを用いたキトサンを使用してもよい。
キトサンの分子量は、製造方法によって、例えば3万ないし100万以上まで幅があり、本発明においてとくに限定されないが、分子量が大きくなり過ぎると溶解性が低下し、溶液濃度や粘度と紡糸性に問題が生じる傾向にあるため、比較的低分子量の5万〜25万程度のものが好ましい。
セリシンは、蚕の繭中にフィブロインを取り囲むかたちで20〜30%含まれるたんぱく質であり、絹糸(フィブロイン糸)を得るための精錬行程における廃液から回収することによって得られる。セリシンの分子量は2万程度から50万以上まで幅があり、本発明においてはとくに限定されないが、2〜5万程度のものが好ましい。
キトサン及びセリシンのいずれも、市販品として入手できる。
本発明において、キトサン/セリシン複合体とは、キトサンとセリシンの単純混合物、あるいは静電結合、ファンデルワールス結合体などをいい、一部共有結合を含んでいても良い。
本発明のキトサン/セリシン複合体において、キトサンとセリシンの配合比は、重量比で、約60〜90:40〜10、好ましくは70〜85:30〜15程度である。キトサンの量が60%より少ないと、紡糸性が悪くなる傾向があり、また、90%より多いと、セリシンの配合効果が希薄となるため好ましくない。
【0010】
本発明の繊維の原料素材としては、キトサン及びセリシン以外に、キトサン/セリシン複合体の全重量100に対し、40重量%まで、好ましくは10〜30重量%の天然及び合成の高分子物質を含むことができる。天然高分子物質としては、コラーゲン、ゼラチン、キチン、フィブロイン、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸、ペクチンなどが、また、合成高分子物質としては、ポリエチレンオキサイド、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、PVP、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリグルタミン酸などが挙げられるが、このうち、ポリエチレンオキサイド(PEO)、ポリビニルアルコール(PVA)、及びポリビニルピロリドン(PVP)などの合成高分子物質を配合すると、紡糸性が良好となるので好ましい。これらの合成高分子物質は、分子量が10万〜100万程度のものが適し、30〜50万程度のものが好ましい。紡糸性を改良するための合成高分子物質の配合量は、前記のとおりであるが、キトサンの分子量が10万程度と小さい場合には、さらに少量でよく、2.5%程度の配合で紡糸性を改善することができる。
【0011】
本発明におけるキトサン/セリシン複合体繊維は、平均直径が50〜500nm、好ましくは100〜200nmの繊維であり、キトサンとセリシンの混合溶液を、電界紡糸装置を用いて電界紡糸することによって製造される。
【0012】
[電界紡糸]
ナノファイバーを得るための電界紡糸装置は、例えば、図1に示すとおりであり、ニードルシリンジ(1)、ノズル(ニードル)(2)、基板(3)、直流高電圧電源(4)、及びインフュージョンポンプ(5)を備えている。
シリンジ1のノズル2先端にポリマー溶液が表面張力の作用で留まっている時に、ノズル先端と基板3間に、高電圧を印加すると、ノズル先端においてポリマー溶液の静電反発力が表面張力を上回り、ノズル先端から溶液が連続的に吐出され、繊維形状のまま長繊維シートとして基板上に捕集される。
また、図2のとおり、基板を円筒状の回転体に変更すれば、人工血管など、管状の医療用材料を得ることができる。
原料溶液のポリマー濃度、吐出速度、印加電圧、ポリマーの種類、溶媒の種類等により適宜に設定されるが、一般には、ポリマー濃度3〜20重量%、好ましくは7〜15重量%、吐出速度0.1〜10ml/hr、好ましくは1〜3ml/hr、印加電圧5〜35kV、好ましくは15〜27kVを目安とする。
また、シリンジ/基板間距離は、4〜30cm、好ましくは8〜15cm、装置内の温度は室温±10℃、湿度は、相対湿度30〜70%、好ましくは40〜60%に調整する。
印加電圧を上記範囲より大きくしたり、シリンジ/基板間距離を上記範囲より狭くすると、ノズルと基板間で放電する危険性があり、また、印加電圧を上記範囲より小さくしたり、シリンジ/基板感距離を上記範囲より広くとったり、相対湿度を上記範囲外にすると、紡糸性が不良となる傾向がある。
【0013】
シリンジに原料溶液を充填し、高電圧電源のプラス側をノズル先端に、マイナス側を基板に接続して高電圧を印加し、基板上に集積させる。
基板は、銅あるいはアルミニウムなど導電性の良い金属を備え、高電圧印加時の電極となり得るものであれば如何なる形状、大きさでもよいが、例えば、図1及び図2では、銅板上に高分子シートのような絶縁シート(ポリエチレンテレフタレート(PET))を積層し、絶縁シートを適宜サイズに切り取って、切り取り周縁部を銅テープで縁取りして、ナノファイバーの受部を形成している。ファイバーの受部には、紙やガーゼなどの繊維シートを敷いてもよい。
【0014】
電界紡糸に用いる原料溶液の調製法は、とくに限定されないが、例えば、キトサンを予め水に溶解し、セリシンを加えて原料溶液とする。
キトサンは水に難溶であるため、溶解補助のために有機酸又は無機酸を加えることが好ましい。有機酸としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、クエン酸、酒石酸、乳酸、アスコルビン酸、グリコール酸などが、また、無機酸としては、塩酸、硝酸などが挙げられる。酸の使用量は、キトサンの分子量にもよるが、キトサン100重量部に対し20〜80重量%、好ましくは40〜70重量%であり、これより少ないと溶解補助能が発現されず、これより多いと、残留酸量が増え人工皮膚として適さなくなる。
他の高分子物質を加える場合には、別途高分子物質の溶液を調製し、キトサン/セリシン溶液に添加して、十分に撹拌して原料溶液を得る。
各原料物質の水溶液の調製において、必要であれば30〜60℃程度に加温してもよい。
【0015】
電界紡糸の操作は、原料溶液を電界紡糸装置のシリンジ1に充填し、装置内の雰囲気湿度を30〜70%に調製したのち、高電圧を印加して基板上にナノファイバーを捕集し、薄膜を形成する。薄膜の厚さは用途に応じ任意であるが、例えば、人工皮膚として使用する場合は、50μm〜100μm程度とする。基板上にたい積したナノファイバーの薄膜・マットを中和してもよい。その場合は、中和後水洗・乾燥して目的とする薄膜・マットを得る。
中和方法は、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、重炭酸ナトリウム等のアルカリ水溶液に浸漬する、アルカリ水溶液を噴霧する、あるいはアンモニア飽和蒸気中に放置する、など、いずれの方法によってもよい。
【0016】
[用途]
本発明のナノファイバーは、比表面積が極めて大きく、当該繊維をたい積した不織布状の薄膜ないしマットは、in vivoにおける細胞外マトリックスの微視的構造に近似した気孔構造を有することから、損傷し、欠損した生体組織の再生において優れた足場(scaffold)として機能する。したがって、本発明のナノファイバー、あるいはその薄膜ないしマットは、損傷・欠損した生体組織の部位に対応した形状・構造に成形して、皮膚、血管、神経、骨、軟骨、食道、弁、その他臓器などの再生のために直接使用し、また、in vitroにおける、組織培養における足場として使用することができる。
本発明のナノファイバーは、さらに、手術用の縫合糸、また、不織布状の薄膜に成形し、必要に応じて粘着シートに積層して創傷被覆材として利用することができる。本発明の創傷被覆材は、薬物を使わずに、創傷面に当接するだけで、自然治癒を顕著に促進することができる。
【0017】
以下に、実施例及び比較例を挙げてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0018】
[実施例1]電界紡糸1
キトサン(分子量217,000:片倉チッカリン社製)、セリシン(分子量30,000:セーレン(株)製)、PEO(分子量400,000:SCIENTIFIC POLYMER PRODUCTS社製)、及び蒸留水の、表1に示した量を用いた。キトサンを蒸留水に30分間浸漬し、酢酸を添加し、4時間程度撹拌してキトサン水溶液を得た。ついで、セリシン及びPEOを加え、40〜50℃程度に加温しながら8時間程度撹拌し、キトサン/セリシン/PEO水溶液を得た。
この水溶液を、図1Aの電界紡糸装置のシリンジ1に充填し、ノズルと基板間の距離を8cm、装置内雰囲気を相対湿度約50%に調整したのち、印加電圧25〜30kV、吐出速度2ml/hrでノズル先端から連続的に紡糸し、図1Aの基板上に繊維を捕集した。基板は、図1Bのとおり、銅板の上にポリエチレンテレフタレート(PET)シート6を積層し、PETシートに2cm四方の穴を開けて、穴の外周縁に銅テープ8を取り付けて高電圧マイナス電極を取り付け、穴の底部に紙テープ7をセットしてナノファイバーの受部とした。
試料膜の表面をE−101型イオンスパッタで金属(Au)蒸着した後、走査型電子顕微鏡(SEM)(日立製作所モデルS−2300型)を用い、加速電圧25kV、ワーキング距離25mmで観察したところ、図3A及びBのとおり、平均直径約170nmのナノファイバーの不織布状を示した。
【0019】
[実施例2]電界紡糸2
実施例1で得られたナノファイバー・マットを、5%NaOH水溶液中に1時間程度浸漬して中和したのち、3回水洗し、乾燥して、ナノファイバーマットを得た。図3C及びDにSEM像を示す。
[実施例3]電界紡糸3
実施例1で得られたナノファイバーマットを、5%NH水溶液の飽和蒸気中に4日間放置して中和したのち、水洗、乾燥して、ナノファイバー・マットを得た。
[実施例4]電界紡糸4
キトサン、セリシン、PEO、及び蒸留水の量を、表1に記載のとおりに変更した以外は実施例1と同様にしてナノファイバー・マットを得た。
[実施例5]電界紡糸5
実施例4で得られたナノファイバー・マットを、5%NaOH水溶液中に1時間程度浸漬して中和したのち、3回水洗し、乾燥して、ナノファイバー・マットを得た。
【0020】
[実施例6]電界紡糸6
キトサン、セリシン、PEO、及び蒸留水の量を、表1に記載のとおりに変更した以外は実施例1と同様にしてナノファイバー・マットを得た。
得られたナノファイバー・マットを10×3mmに折りたたみ、厚さ0.1mmに調整して、デシケーター中で、十分に乾燥させ、広角X線回折(WAXD)測定を行った。
測定は、東芝製XC−40H広角X線回折装置により(コリメーター0.5mm径、カメラ長32mm)、CuKα線(Niフィルターろ過)(40kV、20mA)を用いて、8時間撮影することによって行った(図4)。
同じ試料を使用し、赤道線(β=0°)上について広角X線回折強度を測定した。
測定は、理学電機製RINT2100を用い、走査範囲2θ:3°〜40°、スキャンスピード:1°/min、走査軸:2θ/θ、X線:CuKα線(管電圧40kV、管電流20mA)のNiフィルターろ過X線を用いて行った(図5〜7)。
図5はセリシン粉末の、図6はPEO粉末の、図7はキトサン/セリシン/PEO=7/3/2のナノファイバーのWAXD強度曲線を示す。
図7によれば、2θ=9.52°、20.8°、23.1°、29.8°、35.2°に中和されたキトサンに似た形で回折ピークが現れた。中和前のX線回折強度曲線より、中和後のX線回折強度曲線に似ているため、電界紡糸中に酢酸溶液が拡散し、ナノファイバー中に酢酸がほとんど残らなかったと考えられる。また、2θ=16.0°、20.8°、23.1°、36.4°に現れた回折ピークは、わずかに混合したPEOの影響と思われる。2θ=29.8°、35.2°の2つの子午線反射が強く出ているので、ナノファイバーは高い分子配向を示していると思われる。
図5によって、セリシンは低結晶性であること、また、図6から、PEOは明確な結晶回折を示すことがわかった。
【0021】
[実施例7]電界紡糸7
実施例6で得られたナノファイバー・マットを、5%NaOH水溶液中に1時間程度浸漬して中和したのち、3回水洗し、乾燥して、ナノファイバー・マットを得た。
[比較例1]
キトサン(分子量100,000:富士紡績(株)製)6g、PEO(分子量400,000:SCIENTIFIC POLYMER PRODUCTS社製)4g、酢酸3g及び蒸留水87gを用いて調製した原料溶液を用いた以外は、実施例3と同様にしてナノファイバー・マットを得た。
[比較例2]
比較例1において使用した材料を表1に記載した割合で用いる以外は、実施例1と同様にしてナノファイバー・マットを得た。
【0022】
【表1】

【0023】
[実施例8]創傷治療効果1 (表皮のみの浅い傷に対する治癒効果)
創傷作成:マウスの背中に脱毛剤を塗り、3分程度おいた。その後、表皮をこすり取って剥がして創傷を準備した。
ナノファイバー・マット貼付テープ:実施例1で得られたナノファイバー・マットを1×2cmに切断し、粘着テープの中央部に貼着して貼付テープを作製した。
創傷処置:貼付テープのナノファイバー・マット面をマウスの創傷部位に貼付し、0、3、6、及び10日ごとに剥がして、マットを貼付しないマウスをコントロールとして、治療効果を観察した。目視による治療成績を表2に示し、0、3、6及び10日後の創傷部写真を図8A、9A、10A、11Aに示す。観察後、新しい貼付テープを貼り付けた。
貼付後10日目に治療領域の皮膚を切り取り、固定してスライスした切片をヘマトキシリン・エオジン染色して、皮膚断面を観察した(図12A)。
実施例2、3、5、及び7で得られたナノファイバー・マットを使用する以外は前記と同様にして、創傷の治療効果を観察した(表2、図8B〜E、9B〜E、10B〜E、11B〜E、12B〜E)。
【0024】
【表2】

【0025】
表中、Cはキトサン、Sはセリシン、PはPEOを、数値は3成分の配合重量を、Unは中和していないファイバー・マットを、Naは水酸化ナトリウムで中和したファイバー・マットを意味する。
表2の結果から明らかなとおり、本発明のマットを貼付したものは表皮のみの浅い傷について、創傷処置10日目には、コントロールに比較して全例で、良好な結果を示した。経過観察においても、本発明のマットは、ほぼ全例でコントロールに比較して改善がみられた。
CSP822の3タイプによる治療経過に若干の差があり、Unタイプが有利であったのは、セリシンの優れた生体適合性によるものと考えられる。これに対し、中和処理したNaタイプ及びNHタイプでは、中和・水洗過程で、若干のセリシンが溶出したことによるものと推定される。
また、比較例1で得られたファイバー・マットを用い、実施例8と同様にして、表皮の浅い傷に対する治癒効果を観察した。10日目の創傷部の写真画像を図13に、また、皮膚断面画像を図14に示す。
【0026】
[実施例9]創傷治療効果2(真皮までの深い傷に対する治癒効果)
創傷作成:マウスの背中の表皮を金属ブラシで強くこすり、真皮層まで達する傷を付けた。
その後、実施例8と同様に、実施例1で得られたナノファイバー・マットを装着した貼付テープのマット面をマウスの創傷部位に貼付し、0、3、及び6日目に剥がして、マットを貼付しないマウスをコントロールとして、治療効果を観察した。目視による治療成績を表3に示し、0、3、及び6日後の創傷部写真を図16A〜Cとして示した。観察後、新しい貼付テープを貼り付けた。
貼付後6日目に治療領域の皮膚を切り取り、固定してスライスした切片をヘマトキシリン・エオジン染色して、皮膚断面を観察した(図17A)。
実施例4、及び比較例2で得られたナノファイバー・マットを使用する以外は前記と同様にして、深い傷の治療効果を観察した(図15、図16D〜F、図17B、及びb)。
表3、及び図15〜17の画像から、本発明のマットで処置した場合、深い傷による損傷皮膚の治癒・再生が促進されることが明らかとなった。
【0027】
【表3】

【0028】
実施例8及び9の実験成績を総合すると、表皮のみの浅い傷ばかりでなく真皮まで達する深い傷にも適用できる点で、CSP822・Unが最適な人工皮膚・創傷被覆材と言える。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】A:電界紡糸装置1の模式図、B:電界紡糸装置におけるファイバー受部となる基板の模式図である。
【図2】電界紡糸装置2の模式図である。
【図3】A:実施例1で得られたファイバー・マットの走査型電子顕微鏡画像(×30k)、B:実施例1で得られたファイバー・マットの走査型電子顕微鏡画像(×3k)、C:実施例2で得られたファイバー・マットの走査型電子顕微鏡画像(×30k)、D:実施例2で得られたファイバー・マットの走査型電子顕微鏡画像(×3k)である。
【図4】実施例6で得られたナノファイバーの広角X線写真画像。
【図5】セリシン粉末の広角X線強度曲線。
【図6】PEO粉末の広角X線強度曲線。
【図7】キトサン/セリシン/PEO=7/3/2のナノファイバーの広角X線強度曲線。
【図8】実施例8における創傷処理直後の創傷部写真画像。 a:コントロール、A:実施例1のナノファイバー・マット、B:実施例2のナノファイバー・マット、C:実施例3のナノファイバー・マット、D:実施例5のナノファイバー・マット、E:実施例7のナノファイバー・マット。
【図9】実施例8における被覆3日目の創傷部写真画像。 a:コントロール、A:実施例1のナノファイバー・マット、B:実施例2のナノファイバー・マット、C:実施例3のナノファイバー・マット、D:実施例5のナノファイバー・マット、E:実施例7のナノファイバー・マット。
【図10】実施例8における被覆6日目の創傷部写真画像。 a:コントロール、A:実施例1のナノファイバー・マット、B:実施例2のナノファイバー・マット、C:実施例3のナノファイバー・マット、D:実施例5のナノファイバー・マット、E:実施例7のナノファイバー・マット。
【図11】実施例8における被覆10日目の創傷部写真画像。 a:コントロール、A:実施例1のナノファイバー・マット、B:実施例2のナノファイバー・マット、C:実施例3のナノファイバー・マット、D:実施例5のナノファイバー・マット、E:実施例7のナノファイバー・マット。
【図12】実施例8における被覆10日目の創傷部皮膚断面写真画像。 a:コントロール、A:実施例1のナノファイバー・マット、B:実施例2のナノファイバー・マット、C:実施例3のナノファイバー・マット、D:実施例5のナノファイバー・マット、E:実施例7のナノファイバー・マット。
【図13】比較例1のナノファイバー・マット使用時の創傷部写真画像。 a:コントロール、b:コントロールの創傷処理から10日目、A:創傷処理直後、B:比較例1のナノファイバー・マットによる被覆10日目。
【図14】比較例1のナノファイバー・マット使用時の10日目の創傷部皮膚断面写真画像。 a:未処理の皮膚断面(×4)、b:表皮を剥がした皮膚断面(×10)、c:コントロール(×10)、A:比較例1のナノファイバー・マット(×4)
【図15】実施例9における、創傷部の写真画像1 a:創傷処理直後(コントロール)、b:創傷処理3日目、c:創傷処理6日目、d:創傷処理直後(比較例2のナノファーバー・マット)、e:比較例2のナノファーバー・マットによる被覆3日目、f:比較例2のナノファーバー・マットによる被覆6日目。
【図16】実施例9における、創傷部の写真画像2 A:創傷処理直後(実施例1のナノファイバー・マット)、B:実施例1のナノファイバー・マットによる被覆3日目、C:実施例1のナノファイバー・マットによる被覆6日目、D:創傷処理直後(実施例4のナノファイバー・マット)、E:実施例4のナノファイバー・マットによる被覆3日目、F:実施例4のナノファイバー・マットによる被覆6日目。
【図17】実施例9における、創傷処理6日目の皮膚断面写真画像。 a:コントロール、b:比較例2のナノファイバー・マット、A:実施例1のナノファイバー・マット、B:実施例4のナノファイバー・マット。
【符号の説明】
【0030】
1 シリンジ
2 ノズル(ニードル)
3 基板
4 直流高電圧電源
5 インフュージョンポンプ
6 PETシート
7 紙テープ
8 銅テープ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
キトサンとセリシンの複合体を含む、平均直径が50〜500nmの繊維。
【請求項2】
キトサンとセリシンの重量比が60〜90:40〜10である、請求項1に記載の繊維。
【請求項3】
キトサンとセリシンの重量比が80:20である、請求項2に記載の繊維。
【請求項4】
さらに、合成高分子材料を含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の繊維。
【請求項5】
合成高分子材料が、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、及びPVPのいずれか1以上である、請求項4に記載の繊維。
【請求項6】
キトサンとセリンを酸の存在下に水に溶解し、当該水溶液を電界紡糸することからなる、請求項1〜5のいずれか1に記載の繊維の製造方法。
【請求項7】
酸が酢酸である、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
当該水溶液に、ポリエチレンオキサイドを溶解させることを含む、請求項6又は7に記載の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の繊維からなるマット。
【請求項10】
請求項9に記載のマットからなる医療用材料。
【請求項11】
人工皮膚である、請求項10に記載の医療用材料。
【請求項12】
創傷被覆材である、請求項10に記載の医療用材料。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate


【公開番号】特開2008−163520(P2008−163520A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−355381(P2006−355381)
【出願日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年7月1日発行の「キチン・キトサン研究 第12巻 第2号」に発表、平成18年8月11日 日本キチン・キトサン学会主催の「第20回キチン・キトサンシンポジウム」において文書をもって口頭及びポスターにて発表
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【Fターム(参考)】