説明

クラッチレリーズ軸受装置用玉軸受

【課題】部品点数を増やすことなく確実に泥水耐性を向上させることができるクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受を提供する。
【解決手段】 フロント側シール部材17は、断面くの字形状とし、取付端部17c(外径端部)を内輪15の基礎部29の外面24に固定することにより、内輪15の基礎部29から鍔部20に亘って密着した状態で取り付ける。このフロント側シール部材17の内径端部は、外輪14の鍔部19の内周面側に延設して遮蔽部27とする。この遮蔽部27により、軸受開口部40を覆う。また、取付端部17cと遮蔽部27との間の部位に、外輪14の鍔部19の内面19cに接触するリップ28を設ける。遮蔽部27の内周面27aは、内輪側から先端側に向けて回転軸Xからの径方向寸法が増大するテーパ形状の拡径部と、回転軸Xに沿って延びる直線部が先端側から順に連続した形状をなす。なお、フロント側シール部材17の取付端部17cは、内輪15の基礎部29の外面24に形成した凹所29aへ圧入して嵌合する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車をはじめとする車両のクラッチ装置に組み込まれるクラッチレリーズ軸受装置の玉軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
クラッチレリーズ軸受装置は、マニュアル車(MT車)などにおいて、クラッチペダルを操作することにより、エンジンからトランスミッションへの動力の伝達或いは遮断を行うものであり、エンジンとトランスミッションとの間に介装される。
【0003】
エンジンからトランスミッションへの動力の遮断は、クラッチレリーズ軸受装置を軸方向移動させてクラッチディスクをフライホイールから離隔させることにより行う。この軸方向移動させる方向でクラッチレリーズ軸受装置をプッシュタイプとプルタイプに大別することができる。プッシュタイプは、エンジンからの動力を遮断する際、クラッチレリーズ軸受装置をエンジン側に軸方向移動させるものであり、プルタイプは、クラッチレリーズ軸受装置をトランスミッション側に軸方向移動させるものである。このクラッチレリーズ軸受装置は玉軸受を備えている。
【0004】
この玉軸受は、エンジン側の軸心とトランスミッション側の軸心との間に径方向のズレが生じた場合に、このズレに応じて径方向に移動して、両軸心を自動的に調心する。
【0005】
図8に、ダイレクトシリンダタイプ(油圧プッシュタイプ)のクラッチレリーズ軸受装置に使用される玉軸受を例示する(特許文献1参照)。
【0006】
この玉軸受112は、回転輪である外輪114と、静止輪である内輪115と、外輪114と内輪115との間に介在されたボール116と、このボール116を保持するケージ126とで主要部が構成されている。外輪114のエンジン側(図面左側:以下、フロント側とする)の端部は、径方向内側(図面下側)に延設されて鍔部119を成し、内輪115のフロント側端部は、径方向内側に延設されて鍔部120を成す。鍔部119は、内輪115に取り付けられる予圧スプリング(図示省略)により、ダイアフラムスプリング130に常時当接された状態である。
【0007】
外輪114と内輪115との間は、環状のシール部材117、118により密封されている。このシール部材117、118は、芯金131、132にゴム部材133、134を加硫溶着して成形されている。
【0008】
フロント側のシール部材117(以下、フロント側シール部材とする)は、断面逆コの字形状をなす。このフロント側シール部材117は、外径端部117cが、外輪114の内面123に固定されており、内径端部に、主リップ117aと補助リップ117bを有する。主リップ117aは、内輪115の外面124にラジアル接触しており、これにより、軸受112の内部(外輪114と内輪115との間の空間で、ボール116が介在する中心部:以下、軸受内部とする)への泥水(異物)の侵入が防止されている。また、補助リップ117bにより、泥水が主リップ117aに達しにくくなっており、主リップ117aの上述した機能が向上している。
【0009】
トランスミッション側(図面右側:以下、リア側とする)のシール部材118(以下、リア側シール部材とする)は、断面コの字形状をなす。このリア側シール部材118は、外径端部118cが、外輪114の内面123に固定されており、内径端部に、主リップ118aと補助リップ118bを有する。また、主リップ118aは、内輪115の外面124にラジアル接触している。なお、主リップ118aと補助リップ118bの作用および効果は、既に述べたフロント側シール部材117の主リップ117aと補助リップ117bと同じであるため、その詳細な説明を省略する。
【0010】
この軸受112において、エンジンからトランスミッションへの動力の伝達は、外輪114の鍔部119とダイアフラムスプリング130とを常時当接させた状態にし、これによりクラッチディスク(図示省略)をフライホイール(図示省略)に密着させた状態とすることで可能である。また、エンジンからトランスミッションへの動力の遮断は、軸受112の鍔部119をダイアフラムスプリング130に押圧させることで、クラッチディスク(図示省略)をフライホイール(図示省略)から引き離すことにより可能である。
【特許文献1】特開2006−189086号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
図8に示す特許文献1に記載の軸受112は、接触型のシール部材117、118を使用するため、軸受内部に侵入しようとする泥水(異物)は、シール部材117、118の内径端部(主リップ117a、118a)に遮られる。そのため、軸受内部に泥水が浸入しにくい。
【0012】
しかし、オフロードコースなど、泥水が極めて浸入しやすい環境下においては、上記の軸受112は、泥水耐性(異物遮断機能)において十分でない場合がある。
【0013】
上記の課題を解決するための手段として、環状のシール部材117、118を、軸受外部側から軸受内部側の方向で複数設ける方法が考えられる。
【0014】
しかし、この場合、複数のシール部材を使用するため、軸受の部品点数が多くなって、軸受の製造に必要なコストが嵩む問題がある。
【0015】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、部品点数を増やすことなく簡易に泥水耐性(異物遮断機能)を向上させることができるクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記の課題を解決するための本発明に係るクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受は、回転輪である外輪と、静止輪である内輪と、前記外輪と前記内輪との間に介在されたボールと、前記外輪と前記内輪との間に密封空間を形成するシール部材とを備え、前記外輪の端部が径方向内側に延設されて鍔部をなし、前記外輪の鍔部の端部と前記内輪との間に軸受開口部が形成されているクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受であって、前記シール部材は、一端部が、前記内輪に固定される取付端部をなし、他端部が、前記外輪の鍔部の内周面側へ延びて前記軸受開口部を覆う筒状の遮蔽部をなすことを特徴とする。
【0017】
このようにすると、泥水(異物)が軸受の内径側から軸受開口部を介して軸受内部へ侵入しようとしても、この泥水は、軸受開口部を覆う遮蔽部により遮られる。これにより、軸受内部に泥水が浸入するのを防止することができる。
【0018】
前記シール部材の取付端部と遮蔽部との間の部位に、前記外輪の鍔部の内面に接触する環状のリップを設けるのが望ましい。
【0019】
この場合、万が一、遮蔽部により泥水を遮ることができなかったとしても、この泥水は、前記リップにより遮られることになる。これにより、軸受内部への泥水の浸入を効率よく防止して、軸受の泥水耐性(異物遮断機能)を大幅に向上させることができる。
【0020】
前記リップは、軸受外部側から軸受内部側の方向で複数設けるのが望ましい。この結果、万が一、遮蔽部により泥水を遮ることができなかったとしても、この泥水は、複数のリップにより遮られることになる。これにより、軸受の泥水耐性を確実に向上させることができる。
【0021】
さらに、リップを有する前記発明において、前記リップは、前記外輪の鍔部の内面にアキシャル接触させるのが望ましい。
【0022】
アキシャル接触は、ラジアル接触(径方向接触)よりも接触圧が小さくなる。そのため、外輪が回転することによる軸受112の温度上昇で軸受内部の空気が膨張しても、リップは、外輪の鍔部の内面との接触を解いて、軸受内圧を容易に解放することができる。このため、軸受内圧の過剰な上昇で軸受トルク(軸受を回転させるのに必要な力)が増大するのを防止して、軸受の動力伝達を円滑にすることができる。
【0023】
遮蔽部にリップを有する上記発明において、前記外輪の鍔部に、軸受内部側へ突出して、前記シール部材の遮蔽部とリップとの間に配置される環状のシール部を設けるのが望ましい。
【0024】
この場合、シール部材の遮蔽部とリップとの間に、ラビリンス隙間が形成される。そのため、万が一、遮蔽部により泥水を遮ることができなかったとしても、この泥水は、前記ラビリンス隙間によりリップに達しにくくなる。そのため、軸受内部への泥水の浸入を非常に効率よく防止して、軸受の泥水耐性を極めて向上させることができる。
【0025】
外輪の鍔部にシール部を有する上記発明において、その遮蔽部とリップとの間の部位に、前記外輪の鍔部に向けて突出して、その外輪の鍔部のシール部よりも軸受内部側に配置される環状の補助リップを設けるのが望ましい。
【0026】
この場合、シール部材の遮蔽部とリップとの間に、補助リップがない場合よりも軸受外部側から軸受内部側までの距離が長いラビリンス隙間が形成される。そのため、ラビリンス隙間が形成される前記発明の作用および効果を向上させることができる。
【0027】
また、前記補助リップは、外輪の鍔部の内面に接触させるのが望ましい。この場合、万が一、遮蔽部により泥水を遮ることができなかったとしても、この泥水は、補助リップにより遮られることになる。この作用と、補助リップにより形成される上記したラビリンス隙間の作用により、補助リップの泥水防止性能を向上させることができる。
【0028】
さらに、前記補助リップは、外輪の鍔部の内面にアキシャル接触させるのが望ましい。
【0029】
アキシャル接触(軸方向接触)はラジアル接触(径方向接触)よりも接触圧が小さくなる。そのため、本発明の場合、リップを外輪の鍔部の内面にシール部材をアキシャル接触させる既に述べた発明と同様、外輪が回転して軸受内圧が上昇しても、補助リップは、外輪14の鍔部との接触を解いて、軸受内圧を容易に開放することができる。この結果、軸受トルクの増大の防止に貢献できる。
【0030】
これまでに述べた発明において、前記遮蔽部の内周面に、内輪側から先端側に向けて軸受の回転軸からの径方向寸法が増大する拡径部を設けるのが望ましい。ここで、「拡径部を設ける」とは、内輪側から先端側に向けて軸受の回転軸からの径方向寸法を縮径させることなく遮蔽部の内面に拡径部を設けることを意味する。
【0031】
この場合、遮蔽部の内周面に付着した泥水(異物)は、外輪と内輪の相対回転により生じる遠心力の影響を受けた際、遮蔽部の拡径部により先端側(軸受外部側)へ流動(移動)しやすくなるため、軸受外部側へ跳ね飛ばされ易くなる。この結果、遮蔽部の既に述べた泥水遮断機能を向上させることができる。
【0032】
この発明において、前記拡径部は、テーパ形状とするのが望ましい。この場合、遮蔽部の内周面に跳ね掛けられた泥水は、その形状に沿って先端部に向けて滑らかに流動する。換言すれば、遮蔽部の内面に跳ね掛けられた泥水は、遮蔽部の内周面を流動して軸受外部側へ跳ね飛ばされ易くなる。この結果、遮蔽部の泥水遮断機能(異物遮断機能)を大幅に向上させることができる。
【0033】
或いは、内輪に固定される前記遮蔽部の先端部は、内径側へ屈曲させるのが望ましい。この場合、遮蔽部の内周面に付着した泥水は、屈曲させた先端部により、遮蔽部の外周面へ流動しにくくなる。この結果、遮蔽部の既に述べた泥水遮断機能を向上させることができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明のクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受は、一端部(取付端部)を内輪に固定し、他端部を、外輪の鍔部の端部と内輪との間に形成された軸受開口部を覆う遮蔽部とする。これにより、内径側から軸受開口部を介して軸受内部へ侵入しようとする泥水(異物)は、前記遮蔽部で遮られる。この結果、軸受内部への泥水の浸入を防止して、軸受の泥水耐性(異物遮断機能)を簡易に向上させることができる。
【0035】
また、本発明の場合、シール部材に遮蔽部を設けて、シール部材の数を増やすことなく軸受の泥水耐性を向上させる。そのため、軸受の部品点数を少なくして、軸受の製造に必要なコストを抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
以下に、本発明の実施の形態について、添付の図面(図1〜図7)を参照して説明する。
【0037】
図2に、FR車に搭載され、かつ、本発明に係る玉軸受を備えたダイレクトシリンダタイプのクラッチレリーズ軸受装置を示す。この軸受装置1は、円筒形状の外側本体2と、固定部品3と、ピストン4と、玉軸受12とを主要部とする。
【0038】
外側本体2は、トランスミッション側(図面右側:以下リア側とする)がケーシング22に固定されており、エンジン側(図面左側:以下フロント側とする)に延設されたキャビティ8を有する。このキャビティ8の内周側に、環状のピストン4および環状の固定部品3が順に軸方向移動可能に配置されている。
【0039】
固定部品3は、軸方向に延びるガイドチューブ5から成り、フロント側は外側本体2の外部へ延びている。ピストン4は、固定部品3に対して軸方向移動可能に配置され、固定部品3との間に介在されたピストン支持チューブ13により支持されている。このピストン4の外周面には予圧スプリング21が配置されている。この予圧スプリング21は、軸受12の内輪15のリア側端部に圧入でもって内嵌された取付部材(図示省略)の内部に取り付けられているため、軸受12の内輪15と協働する。
【0040】
外側本体2は、リア側部位の内周面9に凹溝10が形成されており、この凹溝10に、ガイドチューブ5のリア側端部が径方向外側に延設されて成るラジアルエッジ11が嵌合されている。
【0041】
このラジアルエッジ11と、キャビティ8と、ピストン4とで中空の容積可変チェンバ6が構成されている。この容積可変チェンバ6にはオイル等の制御流体が封入されており、この制御流体によりキャビティ8の内部が加減圧されている。また、容積可変チェンバ6は制御用油圧発生器(図示省略)に接続されている。
【0042】
本発明の第1の実施形態である軸受12は、回転輪である外輪14と、静止輪である内輪15と、外輪14と内輪15との間に介在されたボール16と、このボール16を保持するケージ26とで主要部が構成されている。外輪14が軸受12の回転軸X(図中一点鎖線で示す)の基準にして回転することにより、外輪14と内輪15は互いに相対回転する。外輪14のフロント側端部は、径方向内側(図面下側)に延設されて鍔部19を成す。内輪15のフロント側端部は、径方向内側に延設されて鍔部20を成す。なお、外輪14の鍔部19は、予圧スプリング21によりダイアフラムスプリング30に常時当接された状態である。
【0043】
外輪14と内輪15との間には、図1に拡大して示すように、環状のシール部材17、18により密封空間が形成されている。このシール部材17、18により、軸受12の内部(外輪14と内輪15との間の空間で、ボール16が介在する中心部:以下、軸受内部とする)に封入されたグリース等の潤滑成分が軸受12の外部(以下、軸受外部とする)へ漏出するのを防止することができる。
【0044】
シール部材17、18は、芯金31、32に水素添加ニトリルゴム(H−NBR)を素材とするゴム部材33、34を加硫溶着して成形されているため、耐水性および耐摩耗性を具備する。なお、ゴム素材としては、ニトリルゴム(NBR)以外に、耐摩耗性のあるフッ素系ゴム(FKM)を使用することもできる。
【0045】
リア側シール部材18は、断面コの字形状をなす。このリア側シール部材18は、取付端部18c(外径端部)が、外輪14の内面23に固定され、内径端部に主リップ18aと補助リップ18bを有する。主リップ18aは、内輪15の外面24にラジアル接触しており、補助リップ18bは非接触である。前記ラジアル接触により、軸受内部への泥水(異物)の浸入が防止されている。また、補助リップ18bにより、泥水が主リップ18aに達しにくくなっており、主リップ18aの上述した機能が向上している。
【0046】
以下に、本実施形態の特徴となる点について述べる。
【0047】
フロント側シール部材17は、断面くの字形状をなし、内輪15の基礎部29(図2に示す回転軸Xに沿って延びる部位)から鍔部20に亘って密着した状態で取り付けられている。
【0048】
このフロント側シール部材17は、外径端部である取付端部17cが内輪15の基礎部29の外面24に固定され、内輪15の鍔部20に沿って延びた内径端部は、外輪14の鍔部19の内周面19a側(以下、内周面側とする)へ延設して遮蔽部27とする。これにより、外輪14の鍔部19と内輪15との間の軸受開口部40が、遮蔽部27に覆われた状態になると共に、この遮蔽部27と外輪14の鍔部19の内周面19aとの間にシール隙間41が形成された状態になる。
【0049】
このように、本実施形態では、フロント側シール部材17の内径端部を外輪14の鍔部19の内周面側へ延設して遮蔽部27とし、その遮蔽部27で軸受開口部40を覆う。このため、軸受12の内径側から軸受開口部40を介して軸受内部へ侵入しようとする泥水を遮蔽部27で遮って、泥水が軸受内部に浸入するのを防止することができる。この結果、軸受12の泥水耐性(異物遮断機能)を向上させることができる。
【0050】
また、上記したように、フロント側シール部材17に遮蔽部27を設けて、フロント側シール部材17の数を増やすことなく軸受12の泥水耐性を向上させることができる。そのため、軸受12の部品点数を少なくして、軸受12の製造に必要なコストを抑えることができる。
【0051】
上記した遮蔽部27の内周面27aは、内輪15側(以下、内輪側とする)から先端側に向けて回転軸X(図2参照)からの径方向寸法が増大するテーパ形状の拡径部27a1と、回転軸Xに沿って延びる直線部27a2がフロント側から順に連続した形状に成形する。
【0052】
このため、遮蔽部27の内周面27aに付着した泥水(異物)は、外輪14の回転により生じる遠心力の影響を受けた際、拡径部27a1のテーパ形状に沿って先端側へ滑らかに流動(移動)するため、フロント側(軸受外部側)へ跳ね飛ばされ易くなる。この結果、遮蔽部27の既に述べた泥水遮断機能を大幅に向上させることができる。なお、拡径部は、本実施形態のように、遮蔽部27の内周面27aにおける回転軸X(図2参照)からの径方向寸法が、内輪側から先端側に向けて縮径しないように設ける必要がある。このようにすれば、内輪側から先端側に向けて流動しようとする泥水が縮径した部位で遮られることがないため、既に述べた拡径部の作用および効果を確実に得ることができる。
【0053】
さらに、遮蔽部27の内周面27aは、内輪側端部から先端部に亘って回転軸X(図2参照)からの径方向寸法が増大する拡径部のみとすることもできる。この場合、遮蔽部27の内周面27aに付着した泥水は、遮蔽部27の内周面27aに部分的に拡径部を設ける場合よりも先端側へ流動しやすくなるため、遮蔽部27の泥水遮断機能が極めて向上する。なお、この場合においても、拡径部は、既に述べた理由にように、テーパ形状とするのが望ましい。
【0054】
フロント側シール部材17において、取付端部17cと遮蔽部27との間に、外輪14の鍔部19の内面19cに接触するリップ28を設ける。この場合、万が一、遮蔽部27により泥水を遮ることができなかったとしても、この泥水は、リップ28により遮られることになる。これにより、軸受内部への泥水の浸入を効率よく防止して、軸受12の泥水耐性を大幅に向上させることができる。
【0055】
リップ28は、外輪14の鍔部19の内面19cにアキシャル接触(軸方向接触)させる。また、外輪14の鍔部19の内周面19cとフロント側シール部材17の遮蔽部27との間にシール隙間41を形成する。
【0056】
アキシャル接触は、ラジアル接触(径方向接触)よりも接触圧が小さい。そのため、外輪14の回転による軸受12の温度上昇で軸受内部の空気が膨張しても、リップ28は、外輪14の鍔部19の内面19cとの接触を解いて、軸受内圧を容易に解放しやすい。このアキシャル接触とシール隙間41の協働により、軸受内圧が上昇しても、軸受内圧を容易に解放することができる。このため、軸受内圧の過剰な上昇で軸受トルク(外輪14を回転させる力)が増大して、ダイアフラムスプリング30と外輪14の鍔部19の接触部で滑りが生じるのを確実に防止することができる。この結果、ダイアフラムスプリング30と外輪14の鍔部19(軸受12)との間での動力伝達を円滑にすることができる。
【0057】
フロント側シール部材17の取付端部17c(外径端部)は、内輪15の基礎部29のフロント側端部における外面24に形成したリア側へ延びる凹所29aに圧入して嵌合する。
【0058】
また、フロント側シール部材17の取付端部17cは、フロント側シール部材17を構成する芯金31をリア側へ延長して成形する。この場合、取付端部17cの硬度や剛性を確保できるため、取付端部17cは、内輪15への固定が容易になり、また、固定後の状態を安定させることができる。
【0059】
なお、前記した遮蔽部27およびリップ28は、フロント側シール部材17を構成するゴム部材33を延設して成形する。これにより、遮蔽部27やリップ28として別部品を使用する必要がないため、軸受12の部品点数を減らして、軸受12の製造に必要なコストを抑えることができる。
【0060】
本発明に係るフロント側シール部材17の形状は、本実施形態に限られず、種々の変更が可能である。以下に、その実施形態について説明する。
【0061】
図3に本発明の第2の実施形態(軸受62)を示す。なお、以下に説明する実施形態の軸受の基本構造は、図1に示す第1の実施形態と同じであるため、重複する構造・作用・効果等については、その説明を省略或いは簡略化する。
【0062】
本実施形態では、フロント側シール部材17の遮蔽部27の先端部50を内径側へ屈曲させる。このようにすると、遮蔽部27の内周面27aに付着した泥水は、屈曲させた先端部50により遮蔽部27の外周面27bへ流動しにくくなるため、遮蔽部27の既に述べた泥水遮断機能を向上させることができる。
【0063】
図4に本発明の第3の実施形態(軸受72)を示す。本実施形態では、外輪14の鍔部19の先端部19bをリア側(軸受内部側)へ延設して環状のシール部51とする。これにより、シール部51を、フロント側シール部材17の遮蔽部27とリップ28との間に配置する。
【0064】
この場合、フロント側シール部材17の遮蔽部27とリップ28との間に、ラビリンス隙間が形成される。そのため、万が一、遮蔽部27により軸受72の内径側からの泥水を遮ることができなかったとしても、この泥水は、前記ラビリンス隙間によりリップ28に達しにくくなる。これにより、軸受内部への泥水の浸入を非常に効率よく防止することができるため、軸受72の泥水耐性を極めて向上させることができる。
【0065】
また、シール部51は、外輪14の鍛造成形時に同時に成形できるため、シール部51として別部品を使用する必要がない。このため、軸受72の部品点数を少なくして、軸受72の製造に必要なコストを抑えることができる。
【0066】
なお、環状のシール部51は、軸受外部(軸受開口部40よりも軸受外側)と軸受内部を連通する方向の複数箇所に設けるようにしても良い。この場合、シール部51により形成される前記ラビリンス隙間の軸受外部側から軸受内部側までの距離が、シール部51が一つの場合よりも長くなるため、ラビリンス隙間の前記した作用および効果を向上させることができる。
【0067】
図5に本発明の第4の実施形態(軸受82)を示す。本実施形態では、リップ28を、軸受外部と軸受内部を連通する方向の複数箇所(2箇所)に設ける。これにより、軸受内部への泥水の浸入を防止して、軸受82の泥水耐性を確実に向上させることができる。つまり、図1に示す第1の実施形態の作用および効果を向上させることができる。
【0068】
図6に本発明の第5の実施形態(軸受92)を示す。本実施形態では、図4に示す第3の実施形態の軸受において、フロント側シール部材17のシール部27とリップ28との間の部位に、外輪14の鍔部19に向けて突出する環状の補助リップ52を設ける。これにより、補助リップ52を、外輪14の鍔部19に設けたシール部51よりも外径側(軸受内部側)に配置する。
【0069】
この場合、フロント側シール部材17の遮蔽部27とリップ28との間に図4に示す第3の実施形態の場合よりも軸受外部側から軸受内部側までの距離が長いラビリンス隙間が形成される。そのため、図4に示す第3の実施形態で説明したラビリンス隙間の作用および効果を確実に得ることができる。
【0070】
なお、本実施形態においても、図1に示す第1の実施形態と同様、内輪15(基礎部29)のフロント側端部を径方向内側へ延設して鍔部20とし、基礎部29から鍔部20に亘って、これらの部位に対向(或いは密着)した状態でフロント側シール部材17を内輪15に取り付ける。
【0071】
これにより、外輪14の鍔部19とフロント側シール部材17との間の距離が、鍔部を有さない内輪にフロント側シール部材を固定する場合よりも短くなる。そのため、フロント側シール部材に設けた補助リップ52を外輪14の鍔部19の内面19cに接触させるのが容易になる。
【0072】
また、補助リップ52は、フロント側シール部材17を構成するゴム部材33を延設して成形する。これにより、補助リップ52として別部品を使用する必要がないため、軸受92の部品点数を減らして、軸受92の製造に必要なコストを抑えることができる。
【0073】
なお、補助リップ52は、軸受外部と軸受内部を連通する方向の複数箇所に設けるようにしても良い。この場合、補助リップ52が一つの場合よりもラビリンス隙間の軸受外部側から軸受内部側までの距離が長くなる。そのため、図4に示す第3の実施形態で説明したラビリンス隙間の作用および効果を大幅に向上させることができる。
【0074】
図7に本発明の第6の実施形態(軸受102)を示す。本実施形態では、図6に示す第5の実施形態の軸受において、補助リップ52の先端部52aを径方向外側へ延設して、リップ28と同様に、外輪14の鍔部19の内面19cにアキシャル接触させる。
【0075】
この場合、万が一、軸受102の内径側からの泥水を遮蔽部27により遮ることができなかったとしても、この泥水は、補助リップ52で遮ることができる。この作用と、補助リップ52により形成される図6に示す第5の実施形態で説明したラビリンス隙間の作用により、補助リップ52の泥水防止性能を向上させることができる。
【0076】
なお、補助リップ52の前記したアキシャル接触による作用および効果は、リップ28を外輪14の鍔部19の内面19cにアキシャル接触させる場合(図1に示す第1の実施形態の説明を参照)と同じであるため、その詳細な説明を省略する。
【0077】
これまでに述べた実施形態において、遮蔽部27の外周面27bは、内輪側から先端側に向けて回転軸X(図2参照)からの径方向寸法が増大する拡径部を設けるのが望ましい。ここでいう「拡径部を設ける」とは、遮蔽部27の外周面27bにおける回転軸からの径方向寸法を、内輪側から先端側に向けて縮径させることなく拡径部を設けることを意味する。
【0078】
この場合、遮蔽部27の内周面27aに付着した泥水(異物)が外周面27bへ流動(移動)しても、この泥水は、外輪14の回転による遠心力の影響を受けて、遮蔽部27の外周面27bの前記拡径部により先端側(軸受外部側)へ流動しやすくなるため、軸受外部側へ跳ね飛ばされやすくなる。この結果、遮蔽部27の既に述べた泥水遮断機能の向上に寄与することができる。なお、上述した拡径部は、テーパ形状とするのが望ましい。この場合、遮蔽部の外周面に付着した泥水の先端側への流動が滑らかになるため、上述の作用および効果が得やすくなる。
【0079】
或いは、遮蔽部27の外周面27bは、内輪側端部から先端部に亘って軸受の回転軸からの径方向寸法が増大する拡径部のみで構成するのが望ましい。この場合、遮蔽部の外周面27bに付着した泥水は、遮蔽部27の外周面27bに部分的に拡径部を設ける場合よりも先端側へ流動しやすくなるため、軸受外部側へ極めて跳ね飛ばされやすくなる。このため、遮蔽部の泥水遮断機能の向上に極めて貢献することができる。なお、この場合においても、拡径部は、既に述べた理由でテーパ形状とするのが望ましい。
【0080】
また、本実施形態では、フロント側シール部材に設ける部材(遮蔽部27、リップ28、補助リップ52)や、外輪14の鍔部19に設ける部材(シール部51)は、フロント側シール部材17或いは外輪14の鍔部19と一体で成形したが、別体としても良い。
【0081】
しかし、上記各部材を別体とすると、軸受の部品点数が増して、軸受の製造に必要なコストが嵩む問題がある。また、別体とした上記各部材をフロント側シール部材17或いは外輪14の鍔部19に設けるための別工程が必要になるため、軸受の製造工程数が増して、軸受を製造する際の作業効率が低下する問題がある。そのため、ここで挙げた実施形態のように、フロント側シール部材に設ける部材(遮蔽部27、リップ28、補助リップ52)や、外輪14の鍔部19に設ける部材(シール部51)は、フロント側シール部材17或いは外輪14の鍔部19と一体で成形するのが望ましい。
【0082】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明は、これに限られることはなく、特許請求の範囲に記載の技術的思想を逸脱しない範囲内で任意に変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】本発明の第1の実施形態を示す断面図である。
【図2】図1に示す玉軸受を備えたクラッチレリーズ軸受装置を示す断面図である。
【図3】本発明の第2の実施形態を示す断面図である。
【図4】本発明の第3の実施形態を示す断面図である。
【図5】本発明の第4の実施形態を示す断面図である。
【図6】本発明の第5の実施形態を示す断面図である。
【図7】本発明の第6の実施形態を示す断面図である。
【図8】従来のクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受を示す断面図である。
【符号の説明】
【0084】
1 クラッチレリーズ軸受装置(ダイレクトシリンダタイプ)
12、62、72、82、92、102 クラッチレリーズ軸受装置用玉軸受
14 外輪(回転輪)
15 内輪(静止輪)
16 ボール
17 フロント側シール部材
18 リア側シール部材
17c、18c 取付端部(外径端部)
19 鍔部(外輪)
20 鍔部(内輪)
26 ケージ
27 遮蔽部
27a 内周面
27a1 拡径部(テーパ形状)
27a2 直線部
27b 外周面
28 リップ
29 基礎部(内輪)
29a 凹所
40 軸受開口部
41 シール隙間
50 先端部(遮蔽部)
51 シール部(外輪の鍔部)
52 補助リップ(遮蔽部)
52a 先端部(補助リップ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転輪である外輪と、静止輪である内輪と、前記外輪と前記内輪との間に介在されたボールと、前記外輪と前記内輪との間に密封空間を形成するシール部材とを備え、前記外輪の端部が径方向内側に延設されて鍔部をなし、前記外輪の鍔部の端部と前記内輪との間に軸受開口部が形成されているクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受であって、
前記シール部材は、一端部が、前記内輪に固定される取付端部をなし、他端部が、前記外輪の鍔部の内周面側へ延びて前記軸受開口部を覆う筒状の遮蔽部をなすことを特徴とするクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受。
【請求項2】
前記シール部材の取付端部と遮蔽部との間の部位に、前記外輪の鍔部の内面に接触する環状のリップが設けられている請求項1に記載のクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受。
【請求項3】
前記リップは、軸受外部と軸受内部を連通する方向の複数箇所に設けられている請求項2に記載のクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受。
【請求項4】
前記リップは、前記外輪の鍔部の内面にアキシャル接触している請求項2又は3に記載のクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受。
【請求項5】
前記外輪の鍔部は、軸受内部側へ突出して、前記シール部材の遮蔽部とリップとの間に配置された環状のシール部を有する請求項2〜4のいずれか一項に記載のクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受。
【請求項6】
前記シール部材は、その遮蔽部とリップとの間の部位に、前記外輪の鍔部に向けて突出して、その外輪の鍔部のシール部よりも軸受内部側に配置された環状の補助リップを有する請求項5に記載のクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受。
【請求項7】
前記補助リップは、前記外輪の鍔部の内面に接触している請求項6に記載のクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受。
【請求項8】
前記補助リップは、前記外輪の鍔部の内面にアキシャル接触している請求項6又は7に記載のクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受。
【請求項9】
前記遮蔽部の内周面は、内輪側から先端側に向けて軸受の回転軸からの径方向寸法が増大する拡径部を有する請求項1〜8のいずれか一項に記載のクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受。
【請求項10】
前記拡径部は、テーパ形状である請求項9に記載のクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受。
【請求項11】
前記遮蔽部の先端部は、内径側へ屈曲している請求項1〜8のいずれか一項に記載のクラッチレリーズ軸受装置用玉軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−112532(P2010−112532A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−287786(P2008−287786)
【出願日】平成20年11月10日(2008.11.10)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】