説明

ゲル担体とハイドロキシアパタイトとの複合体の製造方法

【課題】電気泳動を用いたゲル担体とハイドロキシアパタイトとの複合体の製造方法であって、収率が改善された製造方法の提供
【解決手段】陽極と陰極の間にゲル担体を配置し、陽極側の泳動溶液としてカルシウムイオンを含む溶液を、陰極側の泳動溶液としてリン酸イオンを含む溶液を使用し、通電により電気泳動を行い前記ゲル担体内部にハイドロキシアパタイトを形成する工程、及び、さらに、電気泳動後のゲル担体をアルカリ性溶液に接触させる工程を含むゲル担体とハイドロキシアパタイトとの複合体の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ゲル担体とハイドロキシアパタイトとの複合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
骨はコラーゲンとハイドロキシアパタイトの複合体であり、ハイドロキシアパタイトをはじめとするリン酸カルシウム系化合物は、生体親和性に優れることから人工骨の材料として利用されている。また、骨の組成に類似した有機-無機複合体は骨修復材料として医療現場にて使用されており、ゲル担体とハイドロキシアパタイトを含むリン酸カルシウム系化合物との複合体は生体骨との親和性が高いことから骨折治療などに有用であることから、人工骨や人工歯根植立の際の骨増量剤としての使用が試みられている。
【0003】
そして、このような複合体の製造方法として、アパタイトをシリコーン樹脂へ共有結合させる方法がある(非特許文献1参照)。また、ゲル担体基材をカルシウムイオンを含む溶液とリン酸イオンを含む溶液とに交互に浸漬することによって前記基材の表面にハイドロキシアパタイトを形成させる方法(以下「交互浸漬法」という)が本発明者らにより報告されている(特許文献1)。
【0004】
ゲル担体は高分子からなり食品、工業製品、医薬品、多様な用途に用いられる材料である。ゲル担体を構成する高分子は、その化学組成から水系溶媒、有機系溶媒あるいはそれら両者の混合溶媒を吸収し、ゲルと呼ばれる状態をとる。内部に溶媒を含んだ状態のゲルを、組成の異なる溶媒中に浸漬させると、ゲル担体内部の溶媒と外部の溶媒の交換が容易に行われる。交互浸漬法は、この現象を利用し、電荷の異なるイオン溶液に、ゲル担体を交互に浸漬させることにより、ゲル担体中で無機物を形成させることによって、有機物と無機物の複合体を合成する方法である。ここでいう有機物はゲル担体を指し、形成される無機物の例としてカルシウムイオンとリン酸イオンと水酸化物イオンとからなるハイドロキシアパタイトや、カルシウムイオンと炭酸イオンとからなる炭酸カルシウムなどが挙げられる。
【0005】
しかしながら、交互浸漬法では、基材となるゲル中でのイオンの移動は拡散によるもので、基材の内部まで十分かつ均一にハイドロキシアパタイトを形成させるためには時間がかかった。この問題を解決するための方法として、陽極と陰極の間にゲル担体を配置し、陽極側の泳動溶液としてカルシウムイオンを含む溶液、陰極側の泳動溶液としてリン酸イオンを含む溶液をそれぞれ使用し、通電により電気泳動を行うことによって前記ゲル担体内部にハイドロキシアパタイトを形成する方法が、本発明者らにより開示されている(特許文献2)。さらに、本発明者らは、水酸化ナトリムを添加して作製したゲル担体を使用してゲル担体内に形成されるハイドロキシアパタイトの収率を増加できることを開示する(非特許文献2)。
【特許文献1】国際公開99/58447号パンフレット
【特許文献2】国際公開2007/061001号パンフレット
【非特許文献1】Furuzono et al., J.BIOMED.MATER.RES.56 9−16 2001
【非特許文献2】Watanabe et al., CRYSTAL GROWTH & DESIGN 2008,vol.8,no.2,478−482
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、電気泳動を用いたゲル担体とハイドロキシアパタイトとの複合体の製造方法であって、その収率を増加できる製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、陽極と陰極の間にゲル担体を配置し、陽極側の泳動溶液としてカルシウムイオンを含む溶液、陰極側の泳動溶液としてリン酸イオンを含む溶液をそれぞれ使用し、通電により電気泳動を行うことによって前記ゲル担体内部にハイドロキシアパタイトを形成する工程を含む、ゲル担体とハイドロキシアパタイトとの複合体の製造方法であって、さらに、電気泳動後のゲル担体をアルカリ性溶液に接触させる工程を含む製造方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の製造方法によれば、従来の電気泳動を行うことによりゲル担体とハイドロキシアパタイトとの複合体の製造方法に簡便な工程を加えるだけで前記複合体の収率を向上できるという効果が好ましくは奏される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
[HAp複合体]
本発明において、「ゲル担体とハイドロキシアパタイトとの複合体」(以下、HAp複合体ともいう)とは、ゲル担体の内部でカルシウムイオンとリン酸イオンとがハイドロキシアパタイトとして結晶化したもの、すなわち、その内部でハイドロキシアパタイトが形成されたゲル担体をいう。HAp複合体は、上述したとおり、生体骨との親和性が高く、例えば、止血又は人工骨・人工歯根形成の医療材料としての使用でき、また、骨折の予防や治療、歯科治療、その他の止血又は人工骨/人工歯根形成を含む治療に適用できる。本発明において、ハイドロキシアパタイトとは、一般的なCa10(PO46(OH)2の化学量論的組成の水酸化リン酸カルシウムのみならず、この組成に類似した組成の水酸化リン酸カルシウム化合物を含む。
【0010】
[電気泳動法によるHAp複合体の製造]
従来の電気泳動法によるHAp複合体の製造の典型例は、特許文献2(WO2007/061001)に開示され、概略的には、陽極と陰極の間にゲル担体を配置し、陽極側の泳動溶液としてカルシウムイオンを含む溶液、陰極側の泳動溶液としてリン酸イオンを含む溶液を使用し、通電により電気泳動を行うことによって前記ゲル担体内部にハイドロキシアパタイトを形成する工程を含む。
【0011】
本発明は、上述した従来の電気泳動法によるHAp複合体の製造において、電気泳動によりHAp複合体を形成した後に前記HAp複合体を含むゲル担体の内部のpHを高める操作を行うと、電気泳動後のゲル担体内部に存在する低pHの媒体によるハイドロキシアパタイトの溶解を防ぐことができ、さらに、ゲル担体内部においてさらなるハイドロキシアパタイトの形成を誘起できるという知見に基づく。この知見のメカニズムは以下のように考えられる。すなわち、電気泳動中には陽極側の泳動溶液のpHが低下することによりゲル担体内部でもpHが低下するため、ゲル担体内部でハイドロキシアパタイトが形成されてもその一部ではハイドロキシアパタイトの結晶化が阻害されている状態となっている。上述した非特許文献2(Watanabe et al.)で開示されるように水酸化カルシウムを添加することにより予めゲル担体のpHを高める操作を行ったとしても電気泳動を行うことによるゲル担体内部のpHの低下は避けられない。そして、pHが低下するとゲル担体内部で形成したハイドロキシアパタイトが溶解するおそれがある。そこで、電気泳動後にゲル担体中の水系溶媒のpHを迅速に高めることにより、電気泳動後におけるゲル担体内部のハイドロキシアパタイトの溶解を抑制し、さらに、pHが低い状態では結晶化されなかったハイドロキシアパタイトの結晶化が誘起され、その結果HAp複合体の収率が向上すると考えられる。但し、本発明はこのメカニズムに限定されない。
【0012】
本発明のHAp複合体の製造方法は、従来の電気泳動法によるHAp複合体の製造方法の改良されたHAp複合体の製造方法であって、陽極と陰極の間にゲル担体を配置し、陽極側の泳動溶液としてカルシウムイオンを含む溶液、陰極側の泳動溶液としてリン酸イオンを含む溶液をそれぞれ使用し、通電により電気泳動を行うことによって前記ゲル担体内部にハイドロキシアパタイトを形成する工程、及び、電気泳動後のゲル担体をアルカリ性溶液に接触させる工程を含む製造方法である。本発明の製造方法は、HAp複合体の収率を向上できるという効果を好ましくは奏する。
【0013】
[泳動溶液]
陽極側の泳動溶液は、カルシウムイオンを含んでいればよく、例えば、塩化カルシウム、酢酸カルシウム、硝酸カルシウム等のカルシウム化合物(カルシウム塩)を含む溶液が好ましい。前記溶液の溶媒としては、例えば、水や緩衝液等の水性溶媒が好ましく、特に、pH調整が可能な緩衝液が好ましい。前記緩衝液としては、例えば、Tris―HCl緩衝液等のTris緩衝液、炭酸ナトリウム−炭酸水素ナトリウム緩衝液等が使用でき、その濃度は、例えば、10〜200mmol/Lであり、好ましくは10〜160mmol/Lであり、より好ましくは10〜40mmol/Lである。また、pH調整には、NaOHやKOHが使用できる。カルシウム化合物や溶媒は、それぞれいずれか一種類でもよいし、二種類以上を併用してもよい。
【0014】
陽極側泳動溶液におけるカルシウムイオンの濃度は、特に制限されないが、例えば、10〜200mmol/Lであり、好ましくは10〜160mmol/Lであり、より好ましくは10〜40mmol/Lである。なお、ゲル担体内部に形成するハイドロキシアパタイトの密度は、例えば、このカルシウムイオン濃度と、後述する陰極側泳動溶液のリン酸イオン濃度とによって調整できる。なお、この陽極側泳動溶液は、ハイドロキシアパタイトの形成速度の低下を十分に抑制できることから、実質的にリン酸イオンを含まないことが好ましく、リン酸イオンの濃度は、例えば、10mmol/L以下であり、好ましくは測定限界以下(例えば、0mmol/L)である。
【0015】
陽極側泳動溶液のpHは、例えば、4.6〜13.5、5.8〜13.5、6.6〜13.5であって、HAp複合体の収率向上の点から、7.4〜13.5が好ましく、8.2〜13.5がより好ましく、8.8〜12.5がさらに好ましく、9〜12がさらにより好ましい。
【0016】
陰極側の泳動溶液は、リン酸イオンを含んでいればよく、例えば、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム等のリン酸化合物を含む溶液が好ましい。前記溶液の溶媒としては、例えば、水や緩衝液等の水性溶媒が好ましい。前記緩衝液としては、例えば、Tris−HCl緩衝液等のTris緩衝液、炭酸ナトリウム−炭酸水素ナトリウム緩衝液、リン酸緩衝液等が使用でき、その濃度は、例えば、10〜200mmol/Lであり、10〜160mmol/Lが好ましく、10〜40mmol/Lがより好ましい。また、pH調整には、NaOHやKOHが使用できる。リン酸化合物や溶媒は、それぞれいずれか一種類でもよいし、二種類以上を併用してもよい。
【0017】
陰極側泳動溶液におけるリン酸イオンの濃度は、特に制限されないが、例えば、10〜200mmol/Lであり、10〜160mmol/Lが好ましく、10〜40mmol/Lがより好ましい。なお、この陰極側泳動溶液は、ハイドロキシアパタイトの形成速度の低下を十分に抑制できることから、実質的にカルシウムイオンを含まないことが好ましく、カルシウムイオンの濃度は、例えば、10mmol/L以下であり、好ましくは測定限界以下(例えば、0mmol/L)である。
【0018】
陰極側泳動溶液のpHは、例えば、4.6〜13.5、5.8〜13.5、6.6〜13.5であって、HAp複合体の収率向上の点から、7.4〜13.5が好ましく、8.2〜13.5がより好ましく、8.8〜12.5がさらに好ましく、9〜12がさらにより好ましい。
【0019】
陽極側泳動溶液に含まれるカルシウム化合物と陰極側泳動溶液に含まれるリン酸化合物との組合せは、特に制限されず、例えば、塩化カルシウムとリン酸水素二ナトリウムとの組合せ、酢酸カルシウムとリン酸二水素アンモニウムとの組合せ等があげられる。また、陽極側泳動溶液のカルシウムイオン濃度と、陰極側泳動溶液のリン酸イオン濃度との比は、例えば、3:5〜5:3の範囲であり、5:5〜5:3の範囲が好ましい。なお、これらの泳動溶液は、ハイドロキシアパタイトの形成を損なわない範囲において、例えば、他のイオンが存在してもよい。
【0020】
[ゲル担体]
本発明におけるゲル担体の種類は、特に制限されず、例えば、前述の泳動溶液に対して実質的に非溶解性であり、電荷をかけることによって、ゲル担体の内部をカルシウムイオンおよびリン酸イオンが移動できるゲルが好ましい。このようなゲルとして、例えば、ハイドロゲルがあげられる。ハイドロゲルは、一般に、水(水性溶媒)中でゲル状であるものを意味する。前記ハイドロゲルの材料は、ゲル化(膨潤)する物質であれば特に制限されず、例えば、水性溶媒との混合液を加熱・冷却することによってゲル化する物質でもよいし、水素結合等によりゲル化する物質、凝集剤や架橋剤、重合剤等の添加によってゲル化する物質でもよい。また、ゲル担体の材料は、イオン性基を含んでいてもよいが、非イオン性であることが好ましい。また、製造したゲル担体‐ハイドロキシアパタイト複合体を生体内で使用する場合には、前記ゲル担体は生体適合性であることが好ましい。
【0021】
ゲル担体の形成材料としては、天然高分子、合成高分子、天然高分子の加工により得られる半合成高分子などが挙げあれる。具体例として、アガロース、アミロース、セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、キトサン、キチン、キトサン− キチン共重合体、アルギン酸、ヒアルロン酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸、デキストラン、デキストラン硫酸、プルラン、ペクチン、デンプン、α化デンプン、およびマンナンなどの多糖類、コラーゲン、ゼラチン、ポリリジン、ポリグルタミン酸、ポリアスパラテート、およびカゼインなどのポリペプチド、シリコーンポリマーなどの珪素含有ポリマー、ポリエチレングリコール、ポリアルキレングリコール、ポリエーテルおよびポリエーテルエーテルケトンなどの含酸素ポリマー、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリグリコール酸、ポリ乳酸、ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタン、ポリスルフォン、ポリアミン、ポリウレア、ポリイミド、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリメタクリル酸メチル、ポリアクリロニトリル、ポリスチレン、ポリビニルアルコール、およびポリ塩化ビニルなどの合成高分子を好ましく挙げることができる。また、ゲル担体を構成する高分子は部分的に物理的・化学的な架橋がされていてもよく、従来公知の電気泳動操作が可能であればこれらに限定されない。またこれらの形成材料はいずれか一種類でもよいし二種類以上を併用してもよい。これらの中でも、人体に対する安全性や、分解性に優れることから、アガロース、ヒアルロン酸、コラーゲン等が好ましい。
【0022】
ゲル担体の調製方法は、特に制限されず、形成材料の種類に応じて従来公知の方法により調製できる。例えば、アガロースやゼラチンの場合には、加熱によって溶媒中に溶解し、得られた溶液を冷却して固化することによって作製できる。また、ポリビニルアルコールやポリアミノ酸等の場合は、例えば、これらの水溶液に、さらにグルタルアルデヒド等の架橋剤を添加し、固化することによって作製できる。前記溶媒としては、例えば、電気を通す溶液が使用できる。具体例としては、リン酸水素二ナトリウム水溶液、リン酸二水素ナトリム等のリン酸水溶液、リン酸緩衝液、Tris−HCl緩衝液等のTris緩衝液等の水性溶媒があげられ、中でも、リン酸水素二ナトリウム水溶液、リン酸二水素ナトリム等のリン酸水溶液が好ましい。また、その濃度は、例えば、10〜40mmol/Lであり、10〜20mmol/Lが好ましい。また、緩衝液の場合、そのpHは、例えば、5.8〜8であり、6.6〜8が好ましく、6.6〜7.4がより好ましい。
【0023】
前記ゲル担体の内部のpHは、特に制限されないが、例えば、5.8〜12であり、HAp複合体の収率向上の点から、6.6〜12が好ましく、6.6〜12がより好ましい。ゲル担体のpHは、例えば、ゲル担体の作製時に使用する前述のような溶媒によって所望の値に調整することができる。また、ゲル担体の内部のpHを高い状態とするため、溶解したゲル形成材料溶液に水酸化カルシウム等の化合物を0を超え10mmol/L以下の範囲で添加してもよく、あるいは、固化したゲル担体を所望のpHの水溶液に浸漬してもよい。
【0024】
前記ゲル担体における形成材料の含有量は、特に制限されず、その形成材料の種類等に応じて適宜決定できるが、例えば、0.5〜10重量%であり、0.5〜5重量%が好ましく、0.5〜3重量%がより好ましい。
【0025】
前記ゲル担体の形状および大きさは、何ら制限されず、使用する電気泳動装置の形状や大きさ等に応じて適宜決定できる。具体例としては、イオンの移動方向(泳動方向)におけるゲルの長さは、例えば、1〜20cmであり、3〜10cmが好ましく、3〜6cmがより好ましく、厚みは、例えば、0.1〜3cmであり、0.1〜1.5cmが好ましく、0.2〜1.5cm若しくは0.1〜1cmがより好ましく、0.2〜1cmがさらに好ましい。ゲルの幅も特に制限されないが、例えば、30cm以下であって、20cm以下が好ましく、15cm以下がより好ましい。ゲル幅の下限も特に制限されず、例えば、0.1cm、1cm、3cm、5cm、8cm、10cm以上である。ゲルの形状の具体例としては、一般的な平板ゲル(slab gel)、棒状ゲル(rod gel)等があげられる。
【0026】
[アルカリ性溶液]
本発明において電気泳動後にゲル担体を接触させるアルカリ性溶液は、特に制限されないが、HAp複合体の収率向上の点から、NaOH水溶液、KOH水溶液、リン酸緩衝液、Tris−HCl緩衝液、炭酸ナトリウム−炭酸水素ナトリウム緩衝液、その他の緩衝液、又はこれらの混合物などが好ましく、これらの中でもHAp複合体の収率向上の点からは、リン酸イオンを含有する水溶液又は緩衝液が好ましい。アルカリ性溶液のpHは、8.2〜14であって、HAp複合体の収率向上の点からは、8.5〜13.5が好ましく、9〜13.5がより好ましく、9.5〜13.5がさらに好ましく、9.5〜13がさらにより好ましい。
【0027】
[HAp複合体の製造方法]
本発明のHAp複合体の製造方法の一実施形態を以下に説明するが、本発明はこれらには限定されない。
【0028】
まず、ゲル担体を準備し、電気泳動装置の所定の位置にゲル担体を配置する。電気泳動装置としては、例えば、従来公知のものが使用でき、ゲル担体の一端にカルシウムイオンを含む陽極側泳動溶液、他端にリン酸イオンを含む陰極側泳動溶液をそれぞれ配置できるものであれば、その形態は何ら制限されない。例えば、図3A及び3Bに示すような電気泳動装置を使用してもよい。このような電気泳動装置は、核酸の電気泳動に一般的に使用されるいわゆる"サブマリン式"の電気泳動装置と同様の形態であってもよい。すなわち、図3A及び3Bの電気泳動装置は、ゲル担体2を載置するための載置部と該載置部によって分割された2つの電極槽とを構成する本体1と、電極3、4とを備える。
【0029】
続いて、陽極が配置された電極槽に、前述のカルシウムイオンを含む泳動溶液を注ぎ、陰極が配置された電極槽に、前述のリン酸イオンを含む泳動溶液を注ぐ。この際、ゲル担体の一端が陽極側泳動溶液に、ゲル担体の他端が陰極泳動溶液に、それぞれ接触するまで、各電極槽に前記泳動溶液を注入する。なお、陽極側泳動溶液と陰極側泳動溶液とは、ゲル担体によって隔離されることが好ましい。例えば、図3Aに示すとおり、電極3を陽極、電極4を陰極した場合、ゲル担体2により陽極側泳動溶液5と陰極側泳動溶液6をと隔離することができる。あるいは、図3Bに示すとおり、部材7を用いてゲル載置部と部材7とでゲル担体2を挟持して泳動溶液5と6とを隔離してもよい。部材7の形状は泳動溶液を隔離できるものであれば特に制限されず、例えば、図3Bのように凹型でもよい。部材7の材質は特に制限されず、例えば、本体1と同一であってよく、従来公知の樹脂やガラスなどを適用できる。
【0030】
そして、電荷をかけて電気泳動を行うことにより、ゲル担体の内部(および表面)にハイドロキシアパタイトを形成させる。本発明の方法によりゲル担体の内部にまでハイドロキシアパタイトを形成できる理由は、カルシウムイオンとリン酸イオンとが、通電により強制的にゲル担体を移動することによると推測される。このため、ハイドロキシアパタイトの形成領域は、例えば、ゲル担体の厚みには影響を受けることがないと考えられる。
【0031】
電気泳動の条件は、特に制限されないが、電圧は、例えば、2〜500Vであり、電流は、例えば、2〜200mAである。泳動時間も特に制限されず、例えば、1〜60分である。また、泳動時間は、例えば、ゲル担体の大きさに応じて調整でき、イオンの移動方向におけるゲルの長さが6cmの場合、例えば、10〜30分程度で、ゲル担体内部にハイドロキシアパタイトを形成できる。ハイドロキシアパタイトが形成されると、ゲル担体におけるハイドロキシアパタイト形成領域が白濁するため、例えば、目視確認により通電を終了できる。
【0032】
電気泳動が終了したら、次に、ゲル担体とアルカリ性溶液とを接触させる。接触方法は特に制限されないが、例えば、ゲル担体を取り出してアルカリ性溶液に浸漬させてもよく、あるいは、泳動槽の溶液を取り除いた後の電気泳動装置にアルカリ性溶液をゲル担体が覆われるまで注ぎ込んでもよく、あるいは、電気泳動後の泳動溶液に直接アルカリ性溶液を添加してもよい。
【0033】
泳動溶液へのハイドロキシアパタイトの溶解を抑制する観点からは、電気泳動後のゲル担体を速やかにアルカリ性溶液と接触させることが好ましい。電気泳動の終了からアルカリ性溶液との接触までの時間は、3分以内が好ましく、1分以内がより好ましく、より短くなるほどさらに好ましい。浸漬時間は、例えば、10〜300分であって、ゲル担体内部を十分に中和させて収率を向上させる観点からは、20〜200分が好ましく、30〜120分がより好ましい。このゲル担体とアルカリ性溶液との接触において、系全体を振とうしたり、ゲルに切れ込みを入れたり、ゲルを切断するなどする操作を加えることが好ましい。ゲル内部のイオンの交換が促進され、収率の向上が期待できるからである。
【0034】
電気泳動後におけるアルカリ性溶液との接触により、ゲル担体内部において、ハイドロキシアパタイトの泳動溶液への溶解が抑制されるとともに、電気泳動中のpHでは結晶化できなかったハイドロキシアパタイトの結晶化が誘起され、新たなHAp複合体が形成されることとなる。このようにして、ハイドロキシアパタイトがゲル担体に担持された複合体を製造できる。したがって、その他の態様の本発明は、上述した本発明のHAp複合体の製造方法で製造されたHAp複合体である。
【0035】
ゲル内部に形成されたハイドロキシアパタイトは、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)等で確認することもできる。また、ゲル担体の内部(および表面)に形成されるハイドロキシアパタイトは、結晶粒子であることが好ましく、その粒径としては、特に制限されないが、例えば0.2〜2μmであって、好ましくは0.5〜2μmであり、より好ましくは1.0〜1.5μmである。
【0036】
HAp複合体におけるハイドロキシアパタイトの密度は、例えば、各泳動溶液におけるカルシウムイオン濃度とリン酸イオン濃度によって調整できるが、実用上、平衡膨潤体積(cm3)あたり0.1重量%以上であることが好ましく、より好ましくは1〜25重量%、特に好ましくは10〜25重量%である。
【0037】
[医療材料]
本発明のHAp複合体は、例えば、止血効果に富み、人工骨や人工歯根の形成材料等、医用材料として使用でき、例えば、損傷した生体骨や歯の周辺に、このHAp複合体を埋植することによって、止血能を発揮するとともに、人工骨や人工歯根を形成できる。また、HAp複合体は、例えば、γ線滅菌等の各種滅菌処理を施した後、使用時まで生理食塩水やPBS中で保存することができる。したがって、さらにその他の態様の本発明は、本発明のHAp複合体を含む医療材料である。
【0038】
[治療方法]
本発明のHAp複合体の製造方法により製造されたHAp複合体は、例えば、骨折の予防や治療、歯科治療、その他の止血又は人工骨/人工歯根形成を含む治療に使用できる。したがって、さらにその他の態様の本発明は、ヒト及びヒト以外の動物の予防・治療方法であって、本発明のHAp複合体の製造方法によりHAp複合体を製造する工程、及び、前記HAp複合体を予防・治療に十分量使用して予防・治療する工程を含む予防・治療方法である。
【0039】
[キット・試薬]
さらにその他の態様の本発明は、上述した電気泳動装置、陽極側/陰極側泳動溶液、陽極側/陰極側泳動溶液用試薬、ゲル担体、ゲル材料粉末、及び、取扱説明書の少なくとも1つを含むHAp複合体の製造キット又はHAp複合体の製造用試薬である。
【0040】
以下、実施例を用いて本発明をさらに説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定して解釈されない。
【実施例】
【0041】
10mmol/L Tris−HCl緩衝液(pH7.5)を用いて、定法により3重量%のアガロースゲル担体(長さ6cm×幅10.6cm×厚み0.8cm)を調製した。このアガロースゲル担体を市販の電気泳動装置(商品名Mupid−2plus:ADVANCE Co.Ltd社製)の所定位置に配置し、内部に陽極が配置された泳動槽に、40mmol/L CaCl2水溶液を40mmol/L Tris−HCl緩衝液でpH7.4に調整した混合液を、内部に陰極が配置された泳動槽に、40mmol/L Na2HPO4水溶液をそれぞれ注入した。そして電圧100Vの条件で約20分間電気泳動を行った。電気泳動開始後20分で、アガロースゲル担体の中心線付近に約2cm幅の白濁したバンドが観察された。電気泳動後のアガロースゲル担体の外観を図1の写真に示す。符号11が陽極側を示し、符号22が陰極側を示す。アガロースゲル担体の中心線付近に、長さ2cm(×幅10.6cm)の白濁バンド(HAp複合体のバンド)33が形成された。
【0042】
電気泳動後のアガロースゲルをイオンの移動方向(泳動方向)に1cm幅で切断し、生理食塩水(pH5.7)、0.01mol/L NaOH水溶液(pH12.2)、0.1mol/L NaOH水溶液(pH13.1)、1mol/L NaOH水溶液(pH13.8)の各溶液に約30分間浸漬した。各溶液浸漬後のアガロースゲルの外観を図2の写真に示す。同図に示すとおり、アルカリ性溶液に浸漬することでゲル担体中のハイドロキシアパタイトの溶解を抑制できた。さらに、0.01mol/L NaOH水溶液(pH12.2)及び0.1mol/L NaOH水溶液(pH13.1)では、目視においてHAp複合体のバンドの濁度が増加する傾向が観察された。
【産業上の利用可能性】
【0043】
上述したとおり、本発明は、例えば、医療や医療材料の分野において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】図1は、電気泳動後のアガロースゲルの一例を示す図である。
【図2】図2は、電気泳動後にアルカリ性溶液に浸漬したアガロースゲルの一例を示す図である。
【図3】図3A及びBは、本発明の製造方法に用いる電気泳動装置の一例を示す概略図である。
【符号の説明】
【0045】
1 本体
2 ゲル担体
3、4 電極
5、6 泳動溶液
7 部材
11 陽極側
22 陰極側
33 HAp複合体のバンド
44 陽極側
55 陰極側

【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽極と陰極の間にゲル担体を配置し、陽極側の泳動溶液としてカルシウムイオンを含む溶液、陰極側の泳動溶液としてリン酸イオンを含む溶液をそれぞれ使用し、通電により電気泳動を行うことによって前記ゲル担体内部にハイドロキシアパタイトを形成する工程を含む、ゲル担体とハイドロキシアパタイトとの複合体の製造方法であって、
さらに、電気泳動後のゲル担体をアルカリ性溶液に接触させる工程を含むことを特徴とする、製造方法。
【請求項2】
前記アルカリ性溶液のpHが、8.5〜13.5である、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
陽極側の泳動溶液と陰極側の泳動溶液とが前記ゲル担体によって隔離されている、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記担体ゲルのpHが5.8〜12の範囲である、請求項1から3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
ゲル担体とハイドロキシアパタイトとの複合体であって、請求項1から4のいずれか一項に記載の製造方法により得られる複合体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−209313(P2009−209313A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−56047(P2008−56047)
【出願日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【出願人】(801000061)財団法人大阪産業振興機構 (168)
【Fターム(参考)】