説明

ゴム物品補強用スチールワイヤおよびスチールコード

【課題】スチールワイヤのゴムとの初期接着性を更に改善する方途を提案する。
【解決手段】ワイヤの周面にブラスめっきを施したスチールワイヤにおいて、該ブラスめっき層に、電圧−電流応答がオームの法則に従う電気特性を付与する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空気入りタイヤや工業用ベルト等のゴム物品の補強材として使用されるスチールワイヤ及びスチールコード、特にゴムとの接着性に優れたスチールワイヤ及びスチールコードに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ゴム物品の典型例である空気入りラジアルタイヤでは、そのベルトやカーカスに、ブラスめっきが施されたスチールワイヤの複数本を撚り合わせて成る、又はスチールワイヤの単線から成る、スチールコードをゴムで被覆したものを適用し、主にスチールコードによる補強をはかっている。そして、スチールコードをタイヤの補強材として活用するには、該スチールコードをその被覆ゴムと確実に接着する必要があり、そのためにスチールコードを構成するワイヤの周面にはブラスめっきが施されている。
【0003】
このブラスめっきに関しては、ゴムとの接着性を確保するために、ブラスにおける銅と亜鉛の割合やめっき厚を適正化すること等が検討され、これらに関する一定の知見が確立している。
【0004】
かような知見に基づいて適正化されたブラスめっきを、スチールコードを構成するワイヤに施すことによって、ゴムとの接着性は改善されるが、それでもなお、接着相手であるゴムに対して種々の条件が要求されている。例えば、タイヤを一定の時間内に加硫成形するには、コードとゴムとの接着速さやそれらの完全な結合により充分な接着力を確保することが求められる。すなわち、いわゆる初期接着性が要求されるため、ゴム中に接着促進剤としてCo塩やNi塩を相当の割合で添加したり、硫黄を高い比率で配合すること等が必要となる。
【0005】
ところが、このように添加された硫黄を含む接着促進剤は、接着反応を促進するのに有効であるが、未加硫ゴムから接着促進剤の滲み出し、いわゆる薬品ブルームが生じるために、例えばタイヤの成形工程において未加硫ゴムシートを貼り合わせる際の作業性が低下すると共に、未加硫ゴムシートとその周辺ゴムとの密着性や接着性が阻害され、さらに加硫ゴムにおいては接着促進剤の残渣がゴム分子の切断反応、すなわち加硫戻りを引き起こし、タイヤの耐久性を低下させる原因にもなっている。
【0006】
そこで、ゴムではなくワイヤ側においてゴムとの接着性を改善すべく、めっき表面の成分とゴム接着性との関係について様々な研究がなされ、種々の知見が得られている。例えば、特許文献1には、ワイヤの初期接着性を向上する観点から、めっき層における燐酸量と酸化亜鉛量との関係について検討が成されているが、タイヤ製造における生産性向上の観点からは加硫サイクルの短縮が重要であるところ、そのために必要十分な初期接着性が得られているとは言いがたい。
【0007】
特許文献1に記載の技術では、めっきの表面組成、其れもかなり厚い層(μmオーダー)の組成について、初期接着性との対応が検討されているが、近年の接着反応の研究から接着を支配する金属表面厚さはミクロンオーダーではなく、数nmの極表面層であることが解明されている。
【0008】
例えば、特許文献2には、ブラスめっきを施したワイヤの極表面の組成に基づいて接着性を規定すること、具体的には、めっきの極表面に存在する燐酸被膜層、つまり燐の存在が接着性を規定するために、燐の量を抑制することが提案されている。初期接着性は、めっき側とゴム組成物との間に新たな(CuxS)層を形成する反応によって完成するため、ワイヤの最表面がCu以外の組成によって覆われるのを回避するのは極めて有効である。
【特許文献1】国際公開第97/023311号パンフレット
【特許文献2】国際公開第02/066732号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献2に提案された技術によって接着性は著しく改善されたが、近年の自動車の高性能化によるタイヤの高性能化に伴って、その補強材となるワイヤとゴムとの接着性を更に改善することが希求されている。
そこで、本発明の目的は、スチールワイヤのゴムとの初期接着性を更に改善する方途を拓くことにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
さて、ワイヤに施しためっき表面は、当該めっきの組成とは大きく異なることが、一般に知られている。例えば、ブラスめっきの構造を図1に模式的に示すように、該めっきの表面は、湿式伸線を行った場合にあっても高温になるため、めっき最表面にはめっき成分である亜鉛の酸化膜も存在するし、潤滑剤成分との反応物も存在する。従って、初期接着性の更なる向上を目指すには、めっき最表面の被膜の性質や形態が絡んでくることが推察される。
【0011】
かような背景の下、発明者らは、接着反応について鋭意究明したところ、めっき側のCuとゴム組成物中の硫黄とのイオン反応であることから、仮に数nmの被膜層が存在してもCuが拡散できる条件、すなわち数nm表面が導電性を持つか否かが重要であること、更には被膜の連続性や均一性にも影響を受けること、を知見した。さらに、これらの知見を総合した結果、所期した特性の向上には、めっきの表面導電性を規定することが有効であることを見出した。
【0012】
すなわち、上記課題を解決するために、湿式伸線時の潤滑液中の各種成分の変更やダイスでの減面率やダイス材質の選択、更には伸線終了後のワイヤの機械的研摩など様々な検討をする中で、めっき最表面5nm領域の電圧−電流応答を一定のパターンに制御すると、初期接着性が大幅に改良することを新規に知見した。具体的には、ワイヤ最表面の電圧−電流特性を擬似絶縁破壊タイプの特性ではなくオームの法則に従うオーミックタイプ特性を示すように制御することである。
【0013】
ここで、電圧−電流応答がオームの法則に従う電気特性を有することとは、図2,3および4に擬似絶縁破壊タイプおよびオーミックタイプの電圧−電流応答特性並びに電圧−抵抗応答特性を示すように、オーミックタイプの電気特性をそなえることである。
【0014】
本発明は、上記の知見に基いてなされたものであって、その要旨は次のとおりである。
(1)ワイヤの周面にブラスめっきを施したスチールワイヤであって、該ブラスめっき層は、電圧−電流応答がオームの法則に従う電気特性を有することを特徴とするゴム物品補強用スチールワイヤ。
【0015】
(2)上記(1)において、ブラスめっき層の平均厚みが0.15〜0.35μmであることを特徴とするゴム物品補強用スチールワイヤ。
【0016】
(3)上記(1)または(2)において、ブラスめっき層における銅及び亜鉛の総量に対する銅の比率が50〜70mass%であることを特徴とするゴム物品補強用スチールワイヤ。
【0017】
(4)上記(1)、(2)または(3)において、ワイヤの直径が0.4mm以下であることを特徴とするゴム物品補強用スチールワイヤ。
【0018】
(5)上記(1)ないし(4)のいずれかに記載のワイヤの複数本を撚り合せて成るゴム物品補強用スチールコード。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、めっき表面の電気化学的特性すなわち電圧−電流応答がオームの法則に従う電気特性とすることによって、ゴムとの接着速度が大幅に高まる結果、初期接着性を向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
さて、めっきが施されたワイヤの表面は、平均で200nm程度の厚さのメッキ層を表面に有するとはいえ、実際の表面は電気化学的には必ずしも良導体にはなっていないのが通常である。なぜなら、めっき表面は、図1に示したように、酸化物や水酸化物、更には潤滑被膜や腐食物、有機物によって覆われているからである。特に、高温の湿式状態下で伸線強化されるスチールワイヤの表面は、極圧潤滑剤成分がブラスめっき表面と複雑な反応をしているため、有機溶剤で洗浄しても除去されない極めて薄い強固な層が形成されているのが一般的である。この層は、酸やアルカリでさえ容易には除去されない場合すらある。
【0021】
かようにワイヤのめっき表面は、特別の処方をしなければ、電気化学的に不活性で絶縁体に近い状態、正確には擬似絶縁破壊状態にある。このような層は、化学的には極めて安定なため、極薄膜とはいえ、接着反応のような界面反応が起こりにくくなる。
【0022】
すなわち、初期接着性を大幅に改良するためには、めっき表面に、電圧−電流応答がオームの法則に従うオーミック特性タイプ(図2および3におけるAタイプ)となる電気特性を与えることが重要である。
【0023】
このオーミック特性タイプのめっき表面とすることによって、ブラスめっきから銅の拡散が円滑に進行することが可能となるが、絶縁体状態では電気的に導通る状態にない為、イオン反応即ち、電気化学的な反応が起らなくなるからである。銅の拡散があって、はじめて、CUXSが形成される。
【0024】
なお、オーミック特性タイプとするめっきの表層は、めっき表面からワイヤ半径方向内側に5nmの深さの領域を対象とすることが好ましい。なぜなら、比較的大きなイオン径をもつ5mm以上の厚さの場合はいかに導体性をもつとしても、銅電子がこの層を通過することは特別な理由がない限り不可能と考えられるからである。
【0025】
次に、めっき表面に、電圧−電流応答がオームの法則に従う電気特性を与える手法について、以下に具体的に説明する。
図1に示したように、めっき表面の潤滑被膜の下にはZnO層が存在するが、このZnO層は、酸化物であるものの導電性を有しオームの法則に従うため、ZnO層を覆う潤滑被膜に導電性を持たせるか、或いは極薄の潤滑被膜を伸線工程中ないしは伸線後に除去すれば、めっき表面の導電性が確保されてオームの法則に従う電気特性を有するものとなり、その結果、界面反応は活性化されることになる。
【0026】
ここで、伸線時に生じる潤滑被膜を完全に導電化する極圧潤滑液は未だ見出せていないが、燐酸系潤滑液中の成分を調整することによって、表面導電性を変化させることができる。それに加えて、最終伸線工程における最終数パスに焼結ダイヤダイスを用い、ダイヤの切削作用や自己潤滑作用を利用すると、ワイヤのめっき表面に所期した特性すなわちオーミックな電気特性を効果的に付与することができる。
【0027】
すなわち、燐酸系極圧潤滑剤を用いる最終伸線の後半は、ワイヤの線径が細くなって強加工が行われて表面での発熱が高くなるため、めっき表面の酸化も進行しやすく、このプロセスでの条件制御が最も重要なポイントになる。具体的条件としては、潤滑液中の亜鉛イオン量や燐酸イオン量を制御することに加えて、ダイスに焼結ダイヤモンドを用いることが有効な制御手段となる。
【0028】
更に、通常の条件で伸線したワイヤの表面を、例えばアセトンを含浸させた綿布にて機械的に研磨することによっても、めっき最表面の電気特性を制御できる。
【0029】
また、めっき層の平均厚みは0.15〜0.35μmであることが好ましい。すなわち、めっき層の平均厚みが0.15μm未満では、鉄地が露出する部分が増加し耐疲労性が低下するばかりでなく初期接着性も阻害される。一方、0.35μmを超えると、ゴム物品使用中の熱によって過剰に接着反応が進行し脆弱な接着しか得られなくなる。
【0030】
さらに、ブラスめっき層における銅および亜鉛の総量に対する銅の比率が50〜70mass%であることが好ましい。まず、めっき層全体における銅および亜鉛の総量に対する銅の比率が50mass%未満になると、伸線性が悪化して断線による生産性が阻害されて量産することが難しくなる。一方、同70mass%をこえると、夏場の高水分下での接着安定性が悪くなる。
【0031】
ワイヤの直径は0.40mm以下であることが有利である。なぜなら、0.40mmをこえると、使用したゴム物品が曲げ変形下でくり返し歪みを受けたときに、表面歪が大きくなり、座屈を引き起し易く、これもまた耐疲労性を悪化させるからである。
【実施例】
【0032】
本発明に従うめっき特性を有するワイヤを撚り合わせたスチールコードおよび通常条件で作製したコードを、適切なゴム組成物(A)でコーティングしたトリート材を作製し、160℃×7分の加硫処理後に、ゴム接着性をJIS G3510(1992)の参考に規定されたゴム接着試験方法に準拠して行った。その結果を、表1に示す。
【0033】
なお、表面電圧−電流特性は、走査型プローブ顕微鏡SPM(Scanning Probe Microscope)を用いて、所謂コンタクトモード(原子間応力一定)での観察と同時に試料をアースした状態にて、探針(カンチレバー)に負の電圧を2.5V〜9Vまで負荷し、その間に流れる電流を10μm×lOμmの領域で走査し、導電性分布を観察し、面全体の平均値で表した。電流や抵抗値はカンチレバーの形状やコンタクト力に左右されるので絶対的計測値としては精度にかけるが、相対的電気特性測定としては既に確立した技術である。
【0034】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】ブラスめっきの構造を示す模式図である。
【図2】電圧−電流応答特性を示す図である。
【図3】電圧−抵抗応答特性を示す図である。
【図4】図3の部分拡大図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤの周面にブラスめっきを施したスチールワイヤであって、該ブラスめっき層は、電圧−電流応答がオームの法則に従う電気特性を有することを特徴とするゴム物品補強用スチールワイヤ。
【請求項2】
請求項1において、ブラスめっき層の平均厚みが0.15〜0.35μmであることを特徴とするゴム物品補強用スチールワイヤ。
【請求項3】
請求項1または2において、ブラスめっき層における銅及び亜鉛の総量に対する銅の比率が50〜70mass%であることを特徴とするゴム物品補強用スチールワイヤ。
【請求項4】
請求項1、2または3において、ワイヤの直径が0.4mm以下であることを特徴とするゴム物品補強用スチールワイヤ。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載のワイヤの複数本を撚り合せて成るゴム物品補強用スチールコード。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−9340(P2007−9340A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−187976(P2005−187976)
【出願日】平成17年6月28日(2005.6.28)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】