説明

サスペンション制御装置

【課題】 オーバーステアを軽減して、車両の安定性を高めるようにする。
【解決手段】 車体1には操舵角δを検出する操舵角センサ12と実ヨーレートrを検出するヨーレートセンサ13を設ける。コントローラ15は、操舵角δと実ヨーレートrに基づいて、車両がオーバーステアか否かを判断する。そして、コントローラ15は、車両がオーバーステア状態と判断した場合には、操舵角δに基づく目標ヨーレートr0と実ヨーレートrとの差分に応じて、後輪側の減衰力指令信号IRRを制御する。これにより、車両がオーバーステア状態となったときに、車体1の両後輪3のうち、縮み行程の減衰力をハードに、伸び行程の減衰力をソフトに調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば4輪自動車等の車両に搭載され、車両の振動を緩衝するのに好適に用いられるサスペンション制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、自動車等の車両には、車体側と各車軸側との間に減衰力調整式緩衝器を設けると共に、該緩衝器による減衰力特性を、ブレーキの制動作動に伴う車両姿勢等に応じて可変に制御する構成としたサスペンション制御装置が搭載されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に記載されたサスペンション制御装置では、横滑り防止装置の作動時に、制動輪の輪荷重を増加し、非制動輪の輪荷重を減少させるように減衰力調整式緩衝器を制御する。これは、減衰力調整式緩衝器によって制動力を増加し、走行安定性を向上させる方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−11635号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、制動輪の輪荷重を増加させると、摩擦円が拡大するため、制動力も向上するが、併せてコーナリングフォースも増加する。これに対し、横滑り防止装置によるオーバーステア抑制は、右前後輪もしくは左前後輪に制動力を発生させ、制動力によって自転と逆向きのヨーモーメントを作り出すことで行う。このとき、輪荷重制御によって前輪の荷重を増加させることは、前輪のコーナリングフォースを増大させることに繋がるため、コーナリングフォースによる自転向きのヨーモーメントが増大することになる。従って、前輪の輪荷重を増加させると、オーバーステアをさらに増大させることになるから、横滑り防止装置は、輪荷重制御で増大したヨーモーメント分を抑制するために、さらに制動力を増加させなければならないという問題がある。
【0006】
本発明は上述した問題に鑑みなされたもので、本発明の目的は、オーバーステアを軽減して、車両の安定性を高めるようにしたサスペンション制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明によるサスペンション制御装置は、輪荷重調整機構を制御する制御手段は、操舵角を検出する操舵角検出手段と、車体に発生する実ヨーレートを検出する実ヨーレート検出手段と、検出した前記操舵角から目標ヨーレートを推定する目標ヨーレート推定手段と、前記実ヨーレートと前記目標ヨーレートとの差分により、前記車両の挙動がオーバーステアか否かを判断する車体挙動判断手段と、を有し、該車体挙動判断手段によりオーバーステアであると判断したときに、前記実ヨーレートと前記目標ヨーレートとの差分に応じて、前記車体の両後輪の前記輪荷重調整機構を制御する構成としたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、上述の構成により、オーバーステアを軽減して、車両の安定性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の実施の形態によるサスペンション制御装置が適用された4輪自動車を示す斜視図である。
【図2】本発明の実施の形態によるサスペンション制御装置を示す制御ブロック図である。
【図3】図2中のコントローラによる各車輪の減衰力制御処理を示す流れ図である。
【図4】図3中のステップ6における制御判別処理を示す流れ図である。
【図5】図3中の輪荷重制御を示す流れ図である。
【図6】実施の形態による操舵角、実ヨーレート、ヨーレート偏差、制御判別係数、ピストン加速度および後輪側の減衰力指令信号の時間変化を模式的に示す特性線図である。
【図7】実施の形態による制御判別係数、後輪側の減衰力指令信号および左後輪の輪荷重の時間変化を示す特性線図である。
【図8】左操舵時における車両の状態と操舵角およびヨーレート偏差との関係を示す説明図である。
【図9】右操舵時における車両の状態と操舵角およびヨーレート偏差との関係を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態によるサスペンション装置を、例えば4輪自動車に適用した場合を例に挙げ、添付図面に従って詳細に説明する。なお、以下では、左操舵を正とし、右操舵を負とする。また、左操舵でのヨーレートを正とし、右操舵でのヨーレートを負とする。さらに、ピストンの伸び側を正とし、縮み側を負とする。
【0011】
図1ないし図7は本発明の実施の形態を示している。図中、1は車両のボディを構成する車体で、該車体1の下側には、例えば左,右の前輪2(一方のみ図示)と左,右の後輪3(一方のみ図示)とが設けられている。
【0012】
4,4は左,右の前輪2側と車体1との間に介装して設けられた前輪側のサスペンション装置で、該各サスペンション装置4は、左,右の懸架ばね5(以下、ばね5という)と、該各ばね5と並列になって左,右の前輪2側と車体1との間に設けられた左,右の減衰力調整式緩衝器6(以下、減衰力可変ダンパ6という)とから構成されている。
【0013】
7,7は左,右の後輪3側と車体1との間に介装して設けられた後輪側のサスペンション装置で、該各サスペンション装置7は、左,右の懸架ばね8(以下、ばね8という)と、該各ばね8と並列になって左,右の後輪3側と車体1との間に設けられた左,右の減衰力調整式緩衝器9(以下、減衰力可変ダンパ9という)とから構成されている。
【0014】
ここで、各サスペンション装置4,7の減衰力可変ダンパ6,9は、減衰力調整式の油圧緩衝器を用いて構成される。この減衰力可変ダンパ6,9は、車体1と車輪2,3との間の距離方向に生じる力を調整することにより、車輪2,3の輪荷重を調整する。ここで、減衰力可変ダンパ6,9には、その減衰力特性をハードな特性(硬特性)からソフトな特性(軟特性)に連続的に調整するため、減衰力調整バルブとアクチュエータ(図示せず)等が付設されている。このため、減衰力可変ダンパ6,9は、これらのバルブやアクチュエータを含めて輪荷重調整機構を構成している。
【0015】
なお、減衰力調整バルブは、減衰力特性を必ずしも連続的に変化させる構成である必要はなく、2段階または3段階以上で断続的に調整する構成であってもよい。この減衰力調整バルブとしては、減衰力発生バルブのパイロット圧を制御する圧力制御方式や通路面積を制御する流量制御方式等、良く知られて構造を用いることができる。
【0016】
10は車体1に設けられた複数のばね上加速度センサで、該各ばね上加速度センサ10は、ばね上側となる車体1側で上,下方向の振動加速度を検出するために、左,右の前輪2側の減衰力可変ダンパ6の上端側(ロッド突出端側)近傍となる位置で車体1に取付けられると共に、後輪3側の減衰力可変ダンパ9の上端側(ロッド突出端側)近傍となる位置でも車体1に取付けられている。そして、ばね上加速度センサ10は、車両の走行中に路面状態を上,下方向の振動加速度として検出する路面状態検出器を構成し、その検出信号を後述のコントローラ15に出力する。なお、このばね上加速度センサ10は、4輪全てに設けてもよく、また、左,右の前輪2と左,右の後輪3の何れか1つの合計3個設ける構成としてもよい。
【0017】
11は車両の各前輪2側、各後輪3側にそれぞれ設けられた複数のばね下加速度センサで、該各ばね下加速度センサ11は、左,右の前輪2側と左,右の後輪3側とで上,下方向の振動加速度を車輪毎に検出し、その検出信号を後述のコントローラ15に出力する。
【0018】
そして、ばね下加速度センサ11によるばね下(車軸)側の加速度信号は、後述のコントローラ15による演算処理(図3中のステップ4参照)において、ばね上加速度センサ10から出力されるばね上(車体1)側の加速度信号に対して減算処理される。この減算処理により、ばね上,ばね下間のピストン加速度afr,arr、即ち各ダンパ6,9の距離方向への移動加速度となる伸縮加速度が算出される。なお、ピストン加速度afrは、前輪側の減衰力可変ダンパ6の伸縮加速度であり、ピストン加速度arrは、後輪側の減衰力可変ダンパ9の伸縮加速度である。これらのピストン加速度afr,arrはピストン相対加速度ともいう。
【0019】
また、ピストン加速度afr,arrを積分することにより、各前輪2、各後輪3と車体1との間の上,下方向の相対速度、即ち各ダンパ6,9の伸縮速度が算出される。
【0020】
12は車体1に設けられた操舵角検出手段としての操舵角センサで、該操舵角センサ12は、例えばステアリング(図示せず)に設けられた角度センサ等によって構成され、ステアリングの操舵角δを検出し、その検出信号を後述のコントローラ15に出力する。
【0021】
13は実ヨーレート検出手段としてのヨーレートセンサで、該ヨーレートセンサ13は、車体1に発生する実際のヨーレートを実ヨーレートrとして検出し、その検出信号を後述のコントローラ15に出力する。
【0022】
14は車体1に設けられた横滑り防止装置で、該横滑り防止装置14は、操舵角センサ12からの操舵角信号とヨーレートセンサ13からのヨーレート信号とに基づいてヨーレート偏差Mzを求めると共に、このヨーレート偏差Mzを利用して、車体1の横滑りを防止するための制御を行う。
【0023】
15はマイクロコンピュータ等によって構成される制御手段としてのコントローラで、該コントローラ15は、図2に示すように、入力側がばね上加速度センサ10、ばね下加速度センサ11、操舵角センサ12、ヨーレートセンサ13等に接続され、出力側が減衰力可変ダンパ6,9のアクチュエータ(図示せず)等に接続されている。
【0024】
コントローラ15は、ROM、RAM、不揮発性メモリ等からなる記憶部15Aを有し、この記憶部15A内には、図3〜図5に示す制御処理用のプログラム等が格納されている。そして、コントローラ15は、図3に示す各車輪の減衰力制御処理に従って各減衰力可変ダンパ6,9のアクチュエータ(図示せず)に出力すべき減衰力指令信号を指令電流値として演算処理する。各減衰力可変ダンパ6,9は、前記アクチュエータに供給された指令電流値(減衰力指令信号)に従って発生減衰力がハードとソフトの間で連続的に、または複数段で可変に制御される。
【0025】
本実施の形態によるサスペンション制御装置は、上述のような構成を有するもので、次に、コントローラ15による減衰力可変ダンパ6,9の減衰力特性を可変に制御する処理について説明する。
【0026】
まず、コントローラ15は、車両の走行時に図3に示すように、車輪毎の減衰力制御処理を実行する。即ち、図3中のステップ1では初期設定を行い、次のステップ2で時間管理を行って、ステップ3以降の制御処理を行う制御サイクルを例えば数ms程度の値に調整する。そして、ステップ3ではセンサ入力を行い、ばね上加速度センサ10、ばね下加速度センサ11、操舵角センサ12およびヨーレートセンサ13等からの信号を読込む。
【0027】
次のステップ4では、車輪毎のピストン加速度afr,arrおよび相対速度を演算して求める。この場合、ばね下加速度センサ11によるばね下側の加速度信号とばね上加速度センサ10によるばね上側の加速度信号とを減算処理することにより、ばね上,ばね下間のピストン加速度afr,arrが算出される。また、ピストン加速度afr,arrを積分することにより、各前輪2、各後輪3と車体1との間の上,下方向の相対速度が算出される。このため、図3中のステップ4が、減衰力可変ダンパ6,9の距離方向への移動加速度としてピストン加速度afr,arrを検出する加速度検出手段の具体例を示している。ピストン加速度afr,arrおよび相対速度は、ダンパの伸び側を正とし、縮み側を負として示す。
【0028】
次のステップ5では、これらの演算結果に従った減衰力指令信号を入力する。また、次のステップ6では、操舵角センサ12からの操舵角信号とヨーレートセンサ13からのヨーレート信号とに基づいて、車体1がオーバーステアか否かを判別するための制御判別係数Sを演算する。具体的には、図4に示す制御判別処理を行い、操舵角δに基づく目標ヨーレートr0を演算すると共に、操舵角δ、目標ヨーレートr0および実ヨーレートrから制御判別係数Sを算出する。そして、ステップ7では、制御判別係数Sに基づいて、輪荷重制御を実行するか否かを判定する。操舵角δおよび実ヨーレートrは、車両の左側を正とし、右側を負として示す。
【0029】
ステップ7で「YES」と判定するときには、後述するように制御判別係数Sが負の値(S<0)となって、車両がオーバーステア状態であるから、次のステップ8に移って輪荷重制御を行い、後述の図5に示すように、制御判別係数Sおよびピストン加速度afr,arrに応じた車輪毎の減衰力指令信号IFR,IRRを演算する。そして、次のステップ9で車輪毎に減衰力指令信号(目標減衰力信号)を出力し、車輪毎の輪荷重を可変に制御するために減衰力の可変制御を行い、その後は、ステップ2以降の処理を繰返すようにする。
【0030】
また、ステップ7で「NO」と判定するときには、制御判別係数Sが零または正の値(S≧0)となって、目標ヨーレートr0および実ヨーレートrとが一致する通常走行状態または車両がアンダーステア状態であるから、ステップ10に移って車輪毎の減衰力指令信号の演算処理を、通常制御として実行する。通常制御としては、スカイフック制御等の制振制御や悪路走行中の悪路制御、ロールやアンチダイブ、スクオット制御等が行われる。そして、次のステップ9では、ステップ10で演算した各車輪の減衰力指令信号(目標減衰力信号)を出力して減衰力を可変に制御する。
【0031】
なお、図3中のステップ7で、制御判別係数Sが零または正の値(S≧0)と判別したときに通常制御を行う構成とした。しかし、通常制御と輪荷重制御とが繰り返し切換わることによって減衰力が急に変わるのを抑えるために、例えばカウンタを設けて、制御判別係数Sが零または正(S≧0)となる状態が所定時間だけ継続し、車両の状態が安定した後に通常制御に切換える構成としてもよい。
【0032】
次に、図3中の制御判別処理について、図4を参照しつつ説明する。まず、ステップ11では、以下の数1の式に示すように、操舵角δに所定の係数Cを掛けることによって、目標ヨーレートr0を演算する。このため、図4中のステップ11が、操舵角δから目標ヨーレートr0を推定する目標ヨーレート推定手段の具体例を示している。なお、係数Cは、目標ヨーレートr0を演算するために予め決められた一定値でもよく、例えば車速に応じて可変にしてもよい。
【0033】
【数1】

【0034】
次に、ステップ12では、以下の数2の式に示すように、目標ヨーレートr0と実ヨーレートrとの差分によってヨーレート偏差Mzを演算する。続くステップ13では、数3の式に基づいて、ヨーレート偏差Mzに操舵角δの符号を掛けることによって制御判別係数Sを演算する。ステップ13が終了すると、ステップ14に移ってリターンする。このとき、図4中のステップ13および図3中のステップ7が車体挙動判断手段の具体例を示している。なお、後述するように、制御判別係数Sが負の値(S<0)となるときに、アンダーステア状態と判断するので、制御判別係数Sが零または正の値(S≧0)となるときには、制御判別係数Sを零(S=0)に飽和させてもよい。
【0035】
【数2】

【0036】
【数3】

【0037】
ここで、数3の式における符号関数sgn(δ)は、数4の式に示すように、操舵角δが正(δ>0)のときに1を出力し、負(δ<0)のときに−1を出力し、零(δ=0)のときに零を出力するものである。
【0038】
【数4】

【0039】
次に、図5に示す輪荷重制御について説明する。まず、ステップ21では、以下の数5の式に基づいて、ピストン加速度afrから前輪側の指令電流値となる減衰力指令信号IFRを演算する。これに加えて、以下の数6の式に基づいて、ピストン加速度arrから後輪側の指令電流値となる減衰力指令信号IRRを演算する。ステップ21が終了すると、ステップ22に移ってリターンする。
【0040】
【数5】

【0041】
【数6】

【0042】
ここで、制御ゲインKFR,KRR,I0FR,I0RRは、一定値でもよく、可変な値でもよい。制御ゲインKFR,KRR,I0FR,I0RRを一定値とする場合には、予めチューニングによって決められた一定値をステップ1の初期設定で読込む構成としてもよい。一方、制御ゲインKFR,KRR,I0FR,I0RRを可変に設定する場合には、例えば横加速度、前後加速度、車速、操舵角速度等を利用してドライバ操作状況や車両状況に応じて変化させる構成としてもよい。減衰力指令信号IFR,IRRは、ピストン加速度afr,arrに比例してハード側からソフト側まで増加する信号として演算される。
【0043】
なお、減衰力指令信号IFR,IRRは、ハード側の最小値(ハード指令信号IH)とソフト側の最大値(ソフト指令信号IS)との間の範囲内の値となるように、飽和処理を行う構成としてもよい。
【0044】
この場合、減衰力指令信号IFR,IRRがハード指令信号IHより小さい値(IFR<IH)であるときには、減衰力指令信号IFRをハード指令信号IHに設定する(IFR=IH)。一方、減衰力指令信号IFR,IRRがソフト指令信号ISより大きな値(IFR,IRR>IS)であるときには、減衰力指令信号IFR,IRRをソフト指令信号ISに設定する(IFR,IRR=IS)。
【0045】
以上のようにして、コントローラ15は、制御判別係数Sおよびピストン加速度afr,arrを用いて減衰力指令信号IFR,IRRを演算する。
【0046】
本実施の形態によるサスペンション制御装置は、上述のような制御処理を実行するもので、次に、車両の走行時における減衰力指令信号IFR,IRRおよび輪荷重の特性について説明する。
【0047】
本発明では、横滑り防止装置14の考え方を輪荷重制御に応用し、輪荷重制御によるオーバーステア抑制制御を実現する。
【0048】
ここで、横滑り防止装置14は、一般的に、操舵角δに基づく目標ヨーレートr0と実ヨーレートrとの差分によってヨーレート偏差Mzを演算し、このヨーレート偏差Mzを利用して、車体1の横滑りを防止するための制御を行う。このため、通常走行域では、操舵操作に追従して実ヨーレートrが発生するので、ヨーレート偏差Mzは零(Mz=0)になる。一方、ヨーレート偏差Mzが零以外の値をとる場合は、オーバーステア状態またはアンダーステア状態となった限界走行域であると判断できる。このため、横滑り防止装置14は、ヨーレート偏差Mzが発生したときに例えば前輪2の制動力制御を行い、車体1の横滑りを防止する。
【0049】
本発明によるサスペンション制御は、まずヨーレート偏差Mzと操舵角δの向きの比較によってオーバーステア状態の判断を行い、それを輪荷重制御に掛け合わせることで、輪荷重制御によって横滑り防止装置14のようなオーバーステア抑制制御を実現する。これは、横滑り防止装置14と同様にヨーレート偏差Mzを利用してオーバーステア抑制制御を行うので、横滑り防止装置14と同時に制御を実現すれば、協調したオーバーステアの抑制が実現できる。
【0050】
輪荷重制御において、オーバーステア状態では、後輪荷重のみを増加させるように制御すれば、前輪2のコーナリングフォースは増加しないため、横滑り防止装置14が制動力を増加させることがなく、逆に、後輪3のスタビリティが増加するので、横滑り防止装置14が発生する制動力を下げることが可能になる。
【0051】
具体的には、本実施の形態では、以下のように制御を行う。
【0052】
まず、コントローラ15によってヨーレート偏差Mzを求める。このヨーレート偏差Mzは、前述した数2の式に基づいて、操舵角δから計算する目標ヨーレートr0と、実ヨーレートrとの差で求める。横滑り防止装置14からヨーレート偏差Mzまたはそれに相当するものを取得できる場合には、それを利用する。この場合、ヨーレート偏差Mzの算出は不要になる。ヨーレート偏差Mzを算出するときに、必要であれば、例えばバンドパスフィルタ等を用いて目標ヨーレートr0をフィルタリングしてもよい。
【0053】
ここで、ヨーレート偏差Mzの意味について説明する。
【0054】
まず、図8に示すように、操舵角δが正(δ>0)となる左操舵の場合について説明する。目標ヨーレートr0と実ヨーレートrが等しいときには、ヨーレート偏差Mzは零(Mz=0)になる。これは操舵に追従して実ヨーレートrが立ちが上がることがあり、車両の操舵に応答して旋回できている通常走行状態であると判断できる。
【0055】
一方、ヨーレート偏差Mzが正の値(Mz>0)になるときは、目標ヨーレートr0に対して、実ヨーレートrが小さい。この場合、操舵に実ヨーレートrが応答せず、操舵量に対して車両が曲っていない状態、即ちアンダーステア状態であると判断できる。
【0056】
逆に、ヨーレート偏差Mzが負の値(Mz<0)になるときは、目標ヨーレートr0よりも大きな実ヨーレートrが立ち上っているので、操舵量に対して車両が曲り過ぎている状態、即ちオーバーステア状態であると判断できる。
【0057】
次に、図9に示すように、操舵角δが負(δ<0)となる右操舵の場合について説明する。この場合でも、ヨーレート偏差Mzが零(Mz=0)のときは、目標ヨーレートr0と実ヨーレートrが等しいので、通常走行状態であると判断できる。
【0058】
一方、ヨーレート偏差Mzが負の値(Mz<0)になるときは、操舵角δが逆向きになっているので、操舵角δが正の場合とは異なり、アンダーステア状態であると判断できる。逆に、ヨーレート偏差Mzが正の値(Mz>0)になるときは、オーバーステア状態であると判断できる。
【0059】
以上をまとめると、ヨーレート偏差Mzが零(Mz=0)の場合には、操舵角δに拘らず、通常走行状態であると判断できる。一方、ヨーレート偏差Mzが正の値(Mz>0)の場合、操舵角δが正の値(δ>0)となるときにはアンダーステア状態であり、操舵角δが負の値(δ<0)となるときにはオーバーステア状態であると判断できる。また、ヨーレート偏差Mzが負の値(Mz<0)の場合、操舵角δが正の値(δ>0)となるときにはオーバーステア状態であり、操舵角δが負の値(δ<0)となるときにはアンダーステア状態であると判断できる。
【0060】
つまり、ヨーレート偏差Mzが零(Mz=0)の場合には、通常走行状態であると判断でき、ヨーレート偏差Mzが正または負の値となる場合には、ヨーレート偏差Mzと操舵角δの符号との組み合わせで、オーバーステアかアンダーステアかを判断することができる。具体的には、ヨーレート偏差Mzと操舵角δが同符号でアンダーステアと判断でき、ヨーレート偏差Mzと操舵角δが異符号でオーバーステアと判断できる。
【0061】
このことから、本発明では、オーバーステアかアンダーステアかを判断して、制御判別をするための制御判別係数Sを前述した数3の式に基づいて計算する。これにより、制御判別係数Sが正の値(S>0)であればアンダーステアと判断でき、負の値(S<0)であればオーバーステアと判断できる。このため、本発明では、制御判別係数Sが負の値(S<0)でオーバーステア状態と判断したときに特化した制御を行う。
【0062】
ここで、輪荷重を増加させるときの制御指令Iuと輪荷重を減少させるときの制御指令Idは、以下の数7および数8の式のように表すことができる。数7、数8において、aはピストン加速度であり、KおよびI0は定数である。
【0063】
【数7】

【0064】
【数8】

【0065】
制御指令Iu,Idは、いずれもピストン加速度aが正側(伸び側)に大きくなるほどソフトになる指令が出力され、ピストン加速度aが負側(縮み側)に大きくなるほどハードになる指令が出力されることを意味している。また、制御指令Iuと制御指令Idは、逆位相である。
【0066】
例えば制御指令Iuは、ピストン加速度aが縮み側に大きくなる(負に大きくなる)ほどハードになり、伸び側に大きくなる(正に大きくなる)ほどソフトになる。制御指令Idは、制御指令Iuとは逆になる。
【0067】
この制御は、1輪の減衰力指令を制御して輪荷重を制御する方法であるが、(1)何時、(2)どの車輪の荷重を、(3)増加または減少させるのか、という3点の判断が含まれていない。
【0068】
そこで、本発明では、この制御式に上記のオーバーステアとアンダーステアの判断を行う制御判別係数Sを導入する。本発明では、オーバーステア時の後輪荷重を増加させるので、(1)制御判別係数Sが負(S<0)のとき、(2)後輪3の荷重を、(3)増加させる、という判断を行う。従って、制御判別係数Sを導入した輪荷重制御は、前述した数5および数6のように表すことができる。
【0069】
制御判別係数Sが負のときの後輪側の減衰力指令信号IRRが、輪荷重を増加させる制御指令Iuとなるように、−Sを掛けている。一方、後輪荷重を増加させるためには、前輪荷重を減少させなければならないので、前輪側の減衰力指令信号IFRは輪荷重を減少させる制御指令Idとなるように、減衰力指令信号IRRとは逆位相としている。
【0070】
なお、以上の輪荷重制御は、制御判別係数Sの値が大きいほど、即ち目標ヨーレートr0と実ヨーレートrとの差が大きく、オーバーステアであるほど、制御指令の切換えが急峻になるので、素早い減衰力の切換えが可能になる。
【0071】
以上の輪荷重制御による効果を、図6を用いて具体的に説明する。図6は、車両の走行時における後輪1輪の減衰力指令信号IRR等の時間変化を模式的に示したものである。
【0072】
なお、図6では、後輪1輪だけの減衰力指令信号IRRだけを示したが、前輪側の減衰力指令信号IFRは、数5の式に基づいて、同様に求めることができる。例えば図6に示す操舵角δに対して実ヨーレートrが発生し、前輪1輪のピストン加速度afrが図6に示す後輪のピストン加速度arrと同じ変化をする場合には、この前輪1輪の減衰力指令信号IFRは、図6に示す後輪1輪の減衰力指令信号IRRと逆位相になる。
【0073】
但し、前輪2と後輪3のそれぞれのピストン加速度afr,arrに対する減衰力指令信号IFR,IRRは、制御ゲインKFR,KRR,I0FR,I0RRのパラメータチューニングに依存する。このため、ピストン加速度afr,arrの大きさが同じ状態であっても、前輪2と後輪3の減衰力指令信号IFR,IRRは互いに同じ値が出力されるとは限らない。また、減衰力指令信号IFR,IRRに対する減衰力可変ダンパ6,9の減衰力は、前輪2と後輪3のそれぞれの状況および減衰力可変ダンパ6,9の仕様に依存する。このため、減衰力指令信号IFR,IRRが同じ値となっても、減衰力可変ダンパ6,9が同じ減衰力を発生するとは限らない。
【0074】
図6に示すように、例えばドライバが左操舵を行うと、左方向の操舵角δが小さいときには、目標ヨーレートr0と実ヨーレートrは一致し、車両の挙動は操舵角δに対応した通常走行状態となる。しかし、左方向の操舵角δが大きくなると、目標ヨーレートr0と実ヨーレートrとの間にヨーレート偏差Mzが生じ、車両の挙動は操舵角δに追従しなくなってオーバーステア状態になる。このとき、コントローラ15は、後輪側の減衰力指令信号IRRとしてピストン加速度arrの大きさに応じてハード側またはソフト側の信号を出力する。
【0075】
次に、ドライバが左操舵から右操舵に切換えると、操舵角δを超えた車体動作が生じてアンダーステア状態になる。この時点では、コントローラ15は、輪荷重制御は行わず、通常制御を行う。
【0076】
ドライバが更なる右操舵を行い、右方向の操舵角δが大きくなると、再び車両はオーバーステア状態になるから、コントローラ15は、後輪側の減衰力指令信号IRRとしてピストン加速度arrの大きさに応じてハード側またはソフト側の信号を出力する。そして、右方向の操舵角δが小さくなると、通常走行状態に復帰するから、コントローラ15も再び通常制御を行う。
【0077】
このように、コントローラ15は、オーバーステア状態と判断したときには、後輪3の縮み行程中の初期をハード側にすると共に後期をソフト側に切換え、後輪3の伸び行程中の初期をソフト側にすると共に後期をハード側に切換える。
【0078】
この結果、本実施の形態では、オーバーステア時の後輪荷重を増加することができ、後輪3のスタビリティを増加して、オーバーステアを軽減し、車両の安定性を向上することができる。
【0079】
このような本実施の形態の有効性を検証するために、フルビークルシミュレーションによる走行実験を行った。そのときの左後輪の輪荷重の時間変化を図7に示す。図7中で、実線は通常制御と輪荷重制御を行う本実施の形態を示し、破線は輪荷重をソフト側に固定した通常制御だけを行う比較例を示している。図7に示すように、本実施の形態では、比較例に比べて、制御判別係数Sが負の値(S<0)となったオーバーステア状態では、後輪3の輪荷重の抜けを低減し、後輪3の輪荷重の増加を大きくしていることが分かる。
【0080】
かくして、本実施の形態では、コントローラ15は、オーバーステアであると判断したときに、目標ヨーレートr0と実ヨーレートrとの差分であるヨーレート偏差Mzに応じて、車体1の両後輪3の輪荷重を制御する。具体的には、数5および数6の式に基づいて輪荷重制御を行うから、両後輪3のうち縮み行程中の初期をハード側とすると共に後期をソフト側に切換え、伸び行程中の初期をソフト側とすると共に後期をハード側に切換えることができる。これにより、オーバーステア時の後輪荷重を増加することで、後輪3のスタビリティを増加してオーバーステアを軽減し、車両の安定性を向上することができる。
【0081】
また、後輪3の輪荷重を制御することによってオーバーステアを軽減するので、横滑り防止装置14が発生する制動力を小さくすることができる。これに加え、横滑り防止装置14が無い車両でも、車両の安定性を向上することができる。
【0082】
さらに、横滑り防止装置14と同様のヨーレート偏差Mzを用いて輪荷重制御を行うため、横滑り防止装置14と同時に協調したオーバーステア抑制が可能であり、横滑り防止装置14のオーバーステア抑制効果を向上させることができる。
【0083】
なお、前記実施の形態では、サスペンション装置4,7は、所謂セミアクティブダンパと呼ばれる減衰力調整式の油圧緩衝器からなる減衰力可変ダンパ6,9を備える構成とした。しかし、本発明はこれに限らず、例えば空圧や油圧のアクティブサスペンションのように、流体を供給または排出して内部の圧力を増減させることによって輪荷重を調整可能な圧力シリンダを用いる構成としてもよい。また、流体を利用するサスペンション装置に限らず、ボールネジ式や電磁式のアクティブサスペンション等にも適用することができる。
【0084】
また、前記実施の形態では、オーバーステア状態において、前輪側と後輪側の輪荷重(減衰力指令信号IFR,IRR)を両方とも制御する構成としたが、後輪側の輪荷重のみを制御する構成としてもよい。
【0085】
さらに、前記実施の形態では、横滑り防止装置14を備える構成としたが、横滑り防止装置14を省く構成としてもよい。また、前記実施の形態では、ばね上加速度センサ10とばね下加速度センサ11を用いて、ピストン加速度afr,arrを演算により求める構成とした。しかし、本発明はこれに限るものではなく、例えば車体1の高さを検出する車高センサからの信号を用いてピストン加速度afr,arrを演算により求めてもよく、各種のセンサを用いてピストン加速度afr,arrを直接的に検出する構成としてもよい。
【0086】
また、前記実施の形態では、制御判別係数Sによりアンダーステア領域とオーバーステア領域とに分けているが、0クロスする前後の領域では不感帯領域を設けるようにしてもよい。
【0087】
次に、前記実施の形態に含まれる発明について記載する。即ち、本発明によれば、制御手段は、実ヨーレートと目標ヨーレートとの差分により、車両の挙動がオーバーステアか否かを判断する車体挙動判断手段を有し、車体挙動判断手段によりオーバーステアであると判断したときに、実ヨーレートと目標ヨーレートとの差分に応じて、車体の両後輪の輪荷重調整機構を制御する構成とした。このため、実ヨーレートと目標ヨーレートとの差分に応じてオーバーステア時の後輪荷重を増加することで、後輪のスタビリティを増加してオーバーステアを軽減し、車両の安定性を向上することができる。
【0088】
また、本発明によれば、輪荷重調整機構は、減衰力特性をソフトとハードの間で調整可能な減衰力調整式緩衝器であり、車体の両後輪のうち、縮み行程の減衰力をハードに、伸び行程の減衰力をソフトに調整する構成とした。これにより、後輪の輪荷重抜けを低減できると共に、後輪の輪荷重を増加させることができる。
【0089】
また、本発明によれば、制御手段は、両後輪のうち縮み行程中の初期をハード側とすると共に後期をソフト側に切換え、伸び行程中の初期をソフト側とすると共に後期をハード側に切換える構成とした。
【0090】
具体的には、本発明では、制御手段は、操舵角δ、実ヨーレートr、前輪側と後輪側の移動加速度としてのピストン加速度afr,arr、目標ヨーレートの係数C、チューニング制御ゲインKFR,KRR,I0FR,I0RRおよび符号関数sgnを用いて、前輪側の減衰力指令信号IFRおよび/または後輪側の減衰力指令信号IRR

の関係となる構成とした。これにより、後輪側の輪荷重を増加してオーバーステアを軽減し、車両の安定性を向上することができる。
【符号の説明】
【0091】
1 車体
2 前輪
3 後輪
4,7 サスペンション装置
5,8 ばね
6,9 減衰力可変ダンパ(減衰力調整式緩衝器)
10 ばね上加速度センサ
11 ばね下加速度センサ
12 操舵角センサ(操舵角検出手段)
13 ヨーレートセンサ(実ヨーレート検出手段)
15 コントローラ(制御手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の車体と車輪との間に介装して設けられ、前記車体と車輪との間の距離方向に生じる力を調整することにより前記車輪の輪荷重を調整可能な輪荷重調整機構と、該輪荷重調整機構の距離方向への移動加速度を検出する加速度検出手段と、前記輪荷重調整機構を制御する制御手段とを備え、
該制御手段は、操舵角を検出する操舵角検出手段と、前記車体に発生する実ヨーレートを検出する実ヨーレート検出手段と、検出した前記操舵角から目標ヨーレートを推定する目標ヨーレート推定手段と、前記実ヨーレートと前記目標ヨーレートとの差分により、前記車両の挙動がオーバーステアか否かを判断する車体挙動判断手段と、を有し、
該車体挙動判断手段によりオーバーステアであると判断したときに、前記実ヨーレートと前記目標ヨーレートとの差分に応じて、前記車体の両後輪の前記輪荷重調整機構を制御する構成としたことを特徴とするサスペンション制御装置。
【請求項2】
前記輪荷重調整機構は、減衰力特性をソフトとハードの間で調整可能な減衰力調整式緩衝器であり、前記車体の両後輪のうち、縮み行程の減衰力をハードに、伸び行程の減衰力をソフトに調整することを特徴とする請求項1に記載のサスペンション制御装置。
【請求項3】
前記制御手段は、前記両後輪のうち縮み行程中の初期をハード側とすると共に後期をソフト側に切換え、伸び行程中の初期をソフト側とすると共に後期をハード側に切換えることを特徴とする請求項1または2に記載のサスペンション制御装置。
【請求項4】
前記制御手段は、操舵角δ、実ヨーレートr、前輪側と後輪側のピストン加速度afr,arr、目標ヨーレートの係数C、チューニング制御ゲインKFR,KRR,I0FR,I0RRおよび符号関数sgnを用いて、前輪側の減衰力指令信号IFRおよび/または後輪側の減衰力指令信号IRR

の関係となる構成としたことを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載のサスペンション制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−49362(P2013−49362A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−188688(P2011−188688)
【出願日】平成23年8月31日(2011.8.31)
【出願人】(509186579)日立オートモティブシステムズ株式会社 (2,205)
【Fターム(参考)】