説明

シート状細胞培養物の品質判定方法およびそのためのシステム、ならびにそれらに適したシート状細胞培養物

【課題】 シート状細胞培養物の品質を、簡便迅速に判定する方法およびシステムを提供する。さらに、本方法に特に適したシート状細胞培養物を提供する。
【解決手段】 シート状細胞培養物を円形に製造し、シート状細胞培養物の輪郭を画像センサーで検出し、輪郭の真円度を求め、真円度によりシート状細胞培養物の品質の判定をおこなう。また、輪郭線を2つの同心の幾何学的円で挟んだとき、同心円の間隔が最小となる場合の、2円の半径の差を外側の同心円半径で除した値が、0.20以下であるシート状細胞培養物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シート状細胞培養物の品質を判定する方法およびそのためのシステム、ならびに、該判定に特に適したシート状細胞培養物に関する。
【背景技術】
【0002】
心不全に対する治療法として、βブロッカーやACE阻害剤による内科治療が行われ、重症化した心不全(重症心不全)には、補助人工心臓や心臓移植などの置換型治療が行われる。
【0003】
しかし、重症心不全に対する置換型治療は、慢性的なドナー不足、継続的な免疫制御、合併症の発症など解決すべき課題が多く、多くの重症心不全患者に対する普遍的な治療法とは言い難い状況である。
【0004】
そのような中、最近、重症心不全治療の解決策として新しい再生医療の展開が不可欠と考えられている。
【0005】
例えば、重症心筋梗塞等においては、心筋細胞が機能不全に陥り、さらに線維芽細胞の増殖、間質の繊維化が進行し、心不全を呈するようになる。心不全の進行に伴い、心筋細胞は傷害され、アポトーシスに陥るが、心筋細胞は殆ど細胞分裂をおこさないため、心筋細胞数は減少し、心機能の低下もさらに進む。
【0006】
このような重症心不全患者に対する心機能回復戦略として、細胞移植法が有用とされ、既に自己骨格筋芽細胞による臨床応用が開始されている。
【0007】
しかし、実際に細胞移植法により臨床的に心機能を十分に向上させるためには、直接心筋内注入による方法では、移植細胞の70〜80%が失われ、その効果を十分に発揮できない点や、不整脈等の副作用の問題、大量かつ安全な細胞源の確保などの問題点の解決が不可欠である。また、細胞注入局所へ炎症を惹起するとともに局所的な細胞移植しか行えず、例えば、拡張型心筋症のように心臓全体の心機能が低下した場合に限界がある。
【0008】
近年、これらの問題に対し、組織工学を応用した温度応答性培養皿を用いた3次元組織構造物としての細胞シートと、その製造方法が提供された(例えば、特許文献1参照)。
【0009】
また、臨床への適用に障害となり得る製造工程由来不純物成分を含まないシート状細胞培養物、およびその製造方法が提供された(例えば、特許文献2参照)。
【0010】
シート状細胞培養物は、一般に細胞を培養基材上でシート状に培養して形成するが、実際に治療に用いる際には、形成されたシート状細胞培養物を培養基材から単離する必要がある。培養皿から剥離する際に生じやすい、皺、破れ、破損等、また、シート状細胞培養物自体の厚みムラや穴の発生、外形が所定の形から大きくはずれること等は、シート状細胞培養物を利用する効果を大きく落とすものとなる(図4のシート2、3、4参照)ため、これら特性はシート状細胞培養物の品質を規定する事項である。シート状細胞培養物の製造に際しての品質管理をおこなうため、また、臨床的利用に際して適切なシート状細胞培養物を使用するためには、この品質を判定する必要がある。
しかしながら、従来、単離したシート状細胞培養物の品質を人手によらず簡便、迅速に判定する方法、およびその方法に特に適するシート状細胞培養物は知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特表2007−528755号公報
【特許文献2】特開2010−81829号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、単離したシート状細胞培養物における、皺、破れ、破損または厚みのムラの有無や程度、外形が規格に適合しているかどうか等の品質を簡便・迅速に人手によらず判定する方法およびシステム、およびその方法に特に適するシート状細胞培養物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
シート状細胞培養物の品質は、皺、破れ、破損、厚みムラ、外形が規定した形から外れている程度、輪郭の凹凸の程度等により規定されるところ、本発明者は、これらの個々の特性をそれぞれ測定するという面倒なしに、シート状細胞培養物の輪郭の真円度という、測定が簡単な量を測定することによって、シート状細胞培養物の上記各特性が所望の程度であることを推定できるということを見出し、更に、本発明の方法は円形のシート状細胞培養物であれば適用可能であるが、真円度の極めて高いシート状細胞培養物であれば、本発明の方法に特に好適であることも見出し、本発明に至ったものである。
【0014】
培養皿から単離された状態の細胞シートの品質は、培養皿と接着した状態(培養皿上で培養している状態)の細胞シートからはわからない。すなわち、培養皿の内側の輪郭と同じ外周を有する細胞培養物であっても、単離したうえで細胞培養物の寸法、厚みムラ、破れ、穴の有無、輪郭形状、輪郭凹凸状態などを確認しない限り、品質は判定できない。また、シート状細胞培養物は培養皿から単離すると、一般に中心方向に収縮する。したがって、培養皿の内側の輪郭と同じ外周を有する細胞培養物であっても、培養皿から剥離すると培養皿に接着していた状態とは異なる形状を取り得る。この点からも単離したうえで細胞培養物の寸法、厚みムラ、破れ、穴の有無、輪郭形状、輪郭凹凸状態などを確認しない限り、細胞培養物の品質は判定できない。本発明者は、培養皿から単離した細胞培養物が収縮した後により真円に近ければ(すなわち、真円度が高ければ)、寸法、厚みムラ、破れ、穴の有無、輪郭形状、輪郭凹凸状態などの観点で細胞培養物の品質は担保されることを見出した。
【0015】
シート状細胞培養物の培養は、任意の大きさおよび形状の容器で行うことが可能である。本発明においては、所定の大きさの円形となるように、培養の条件を設定して、図4のシート1に示されるような、ほぼ円形の形状となるようにされたシート状細胞培養物を対象とすることによって、真円度による判定を実現している。その際に、真円度が極めて高くなるように培養の条件を設定する、たとえば、極めて真円度の高い枠の内側で培養する等により、本発明の方法に特に適した真円度の高いシート状細胞培養物が得られる。
【0016】
形状の真円度とは、円すなわち一点から等距離に有る点の集合にどれだけ近い形であるか、という指標である。日本工業規格においては、「真円度とは、円形形体の幾何学的に正しい円からの狂いの大きさをいう。」とされ、さらに、「真円度は、円形形体を2つの同心の幾何学的円で挟んだとき、同心円の間隔が最小となる場合の、2円の半径の差で表す。」となっており、本発明の場合図3に示すように通常被測定対象たる形(シート状細胞培養物の輪郭線)に外接する円と、その円と同心であって測定対象たる形に内接する円のうち、径の差が最少になる場合の径の差を、外接円の径で除してた数値によって正規化したものを用いるが、本発明における真円度は、図3の定義式のみならず、上記したように円にどれだけ近い形であるかの指標であれば良い。
【0017】
シート状細胞培養物の輪郭は、たとえば画像センサーによって、非接触に取得した輪郭位置データを、真円度を計算するデータ処理をおこなうことによって求め、その値が設定条件を満たしているかどうかで、品質を判定する。シート状細胞培養物は、培養基材から単離した状態で、シート状細胞培養物に悪影響を与えず保護する保護液中に浮遊した状態で輪郭測定されるが、培養液中に浮遊させた状態で輪郭測定してもよい。シート状細胞培養物を保護するために、測定は温度調節された保管庫内でおこなわれてもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明においては、単離したシート状細胞培養物の品質を、撮像装置により得た輪郭形状の真円度を測定することによって測定する方法であり、従来簡便に得ることの出来なかった、シート状細胞培養物の、寸法、皺、破れ、破損、厚みムラ、外形が規定した形から外れている程度、輪郭の凹凸の程度等といった品質を表す指標を個々に測定するという多くの手間を要することなく、簡便に品質の判定ができるという効果がある。そのため、例えばシート状細胞培養物の製造を自動化した装置に本発明を適用すれば、製造したシート状細胞培養物の品質を人間が介在することなく自動的に高速に判定することができ、シート状細胞培養物製造時の品質管理が高効率に可能となる。
【0019】
また例えば、保管してあったシート状細胞培養物を臨床的に使用する際に本発明を適用すれば、迅速的確なシート状細胞培養物の品質判定が可能であるので、不適切なシート状細胞培養物を使用してしまうことを防止することができる。
更に、本発明の品質判定法に特に適した、真円度の高い円形シート状細胞培養物であれば、品質判定がより迅速的確に実行できる。また、真円度が高ければ、中心位置のみの位置決めで、輪郭線位置が精度良く定まるので、取り扱いが簡便であるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、シート状細胞培養物の培養、保管、利用の各段階における本願発明の適用可能箇所を示す図である。
【図2】図2は、本発明の方法を実施したシート状細胞培養物の品質判定の一例を示すフローチャートである。
【図3】図3は、「真円度」を説明する図である。
【図4】図4は、シート状細胞培養物の一例の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明において、「シート状細胞培養物」は、細胞が互いに連結してシート状になったものをいい、典型的には1の細胞層からなるものであるが、2以上の細胞層から構成されるものも含む。細胞同士は、直接および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも機械的に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、細胞培養物を構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも物理的(機械的)に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。
【0022】
本発明において、シート状細胞培養物は、好ましくはスキャフォールド(支持体)を含まない。スキャフォールドは、その表面上および/またはその内部に細胞を付着させ、細胞培養物の物理的一体性を維持するために当該技術分野において用いられることがあり、例えば、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)、ポリ乳酸(PLA)、またはポリグリコール酸(PGA)製の膜のような合成ポリマーのスキャフォールド等が知られているが、本発明の細胞培養物は、かかるスキャフォールドがなくともその物理的一体性を維持することができる。また、本発明における細胞培養物は、好ましくは、細胞培養物を構成する細胞由来の物質のみからなり、それら以外の物質を含まない。
【0023】
図1に、シート状細胞培養物の作成から利用までの間で、本発明を適用するに好適な段階を示す。作成したシート状細胞培養物を保存する前に本発明を適用して品質判定をおこなえば、不良製品の発生がいち早く察知できるので、製造条件の不測の変化等を知ることができる。また、製品を保存する前に品質を判定できるので、やはり不良製品の出荷を防ぐことができる。そして本発明は人手を必要とせずに品質判定が可能であるので、自動化に対応可能である。
また、臨床におけるシート状細胞培養物の使用の直前に本発明を適用して品質判定をおこなえば、不適切なシート状細胞培養物を使用してしまう危険を防止することができる。
【0024】
図2に、本発明の方法を実施するシステムの一例のフローチャートを示す。
シート状細胞培養物の品質判定は、保護液中に浮遊した状態で画像センサーにより輪郭位置データが取得されるものであり、好ましくは保護液容器は温度制御部を備えた収納庫内に収納されており、収納庫内の温度をTに制御するように設定される。そして単離したシート状細胞培養物は画像センサーによって輪郭データを取得される。
本発明のシステムがシート状細胞培養物の判定開始指示を受けると、シート状細胞培養物を輪郭データが取得できる状態にする(H001)。次に画像センサーによって、シート状細胞培養物の輪郭データが測定される(H002)。
【0025】
次に測定した輪郭データに基づきシート状細胞培養物の輪郭の真円度が計算され(H003)、真円度が設定値の条件を満たしているかどうかに基づき品質判定結果を出力し(H005)、たとえばインジケータが点灯される。
【0026】
2次元座標等の輪郭データから、輪郭の真円度を計算する方法は、通常の画像処理技術・情報処理技術を用いる。例えば、得られた輪郭データに対し仮想円を想定し、仮想円からの距離の偏差の二乗和が最小となる円の中心を求めその中心からの輪郭データの最短距離と最長距離との差を求める、輪郭で囲まれた図形の重心からの最短距離と最長距離の差を求める等である。
【0027】
シート状細胞培養物の輪郭データの取得は、テレビカメラのような可視光画像センサーに限られることはなく、シート状細胞培養物に悪影響を与えることなく、真円度測定ができる輪郭データを取得できれば、如何なるセンサーを用いて輪郭データを取得してもよい。
【0028】
画像処理により輪郭位置データが得られてからの演算操作において、真円度測定は比較的簡単な演算であり、シート状細胞培養物の形状を特に円形に選ぶことは、シート状細胞培養物の品質を表す特性が、真円度という指標に反映されるので真円度のみで品質判定ができるという点で、有利である。
【0029】
真円度の特別に高いシート状細胞培養物は、本発明の品質判定方法に特に適したものである。従来から、略円形のシート状細胞培養物は存在していたが、特に真円度を高くして作成したものは存在していなかった。本発明の真円度の高いシート状細胞培養物は、真円度が高ければ高いほど品質管理が容易となるために好ましく、真円度の値として、輪郭線を2つの同心の幾何学的円で挟んだとき、同心円の間隔が最小となる場合の、2円の半径の差を外側の同心円半径で除した値を採用し、この値が、0.20以下であればよい。好ましくは0.15以下、より好ましくは0.1以下、さらに好ましくは0.05以下、さらにより好ましくは0.01以下、さらに一層好ましくは0.005以下、さらにより一層好ましくは0.001以下である。すなわち、真円度は高ければ高いほど判定は簡単となり好ましい。
【0030】
特に本発明のシート状細胞培養物が有するような、非常に高い真円度があれば、品質判定が迅速正確になること以外に、シート状細胞培養物の使用に際して、中心位置のみを正確に位置決めすれば、シート状細胞培養物の周縁が正確に位置決めされるという効果もある。
【実施例】
【0031】
シート状細胞培養物を培養皿から剥離し、培養液中で遊離した状態で二つの同心円(外接円および内接円)を設定した。それらの寸法は下記に示すとおりである。これらの数値から、シート状細胞培養物の真円度を測定した(下記)。これらの真円度を有するシート状細胞培養物は、寸法、厚みムラ、破れ、穴の有無、輪郭形状、輪郭凹凸状態などの観点で品質が担保されていることが確認された。

実測したシート状細胞培養物の真円度
実施例1: 外接円直径 36.0mm、内接円直径 31.0mm
真円度 0.139
実施例2: 外接円直径 37.5mm、内接円直径 33.0mm
真円度 0.120

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シート状細胞培養物の品質を、単離したシート状細胞培養物の輪郭の真円度を測定することによって判定する、シート状細胞培養物品質判定方法。
【請求項2】
輪郭の真円度を、画像センサーによる輪郭位置データを処理することにより求める、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
シート状細胞培養物の品質には、寸法、厚みムラ、破れや穴の有無、輪郭形状、輪郭凹凸状態が含まれる、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
シート状細胞培養物の品質を判定するシステムであって、
単離したシート状細胞培養物を浮遊させる保護液容器、
容器中の単離したシート状細胞培養物の輪郭位置データを取得する手段、
輪郭位置データから、真円度を測定する手段、
測定した真円度を、規定値と比較し、比較結果を出力する手段
を含む、前記システム。
【請求項5】
単離したシート状細胞培養物が浮遊した保護液の温度調節装置をさらに含む、請求項4に記載のシステム。
【請求項6】
輪郭線を2つの同心の幾何学的円で挟んだとき、同心円の間隔が最小となる場合の、2円の半径の差を外側の同心円半径で除した値が、0.20以下である、円形シート状細胞培養物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−39944(P2012−39944A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−184074(P2010−184074)
【出願日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】